説明

マイクロ空間反応場を利用したクライゼン転位化合物の製造方法及びその装置

【課題】マイクロ空間反応場を利用したクライゼン転位化合物の製造方法及びその装置を提供する。
【解決手段】シンナミルアルコールなどのアリルアルコール類とジメチルセトアミドメチルアセタールなどのアセタール類とを反応させ、中間体のアリルビニルアルコールを経て、γ,δ−不飽和アミド化合物を、二段階以上の複数の段階で、二段目は、少なくとも200℃及び0.1MPa以上の高温高圧条件下で、かつマイクロリアクターを用いる流通式反応プロセスを用いて、温度と圧力を制御することにより、触媒が無くとも、短時間で、収率良くかつ選択的に合成することからなる、上記アミド化合物の製造方法、及びその装置。
【効果】環境調和型生産技術として、食品・医薬品原料として安全なγ,δ−不飽和アミド化合物の大量生産技術を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エッシェンモーザー−クライゼン転位として知られるアリルアルコール類からγ,δ−不飽和アミド化合物を得る方法において、反応手法として、高温高圧水とマイクロリアクターを組み合わせた流通式反応法を複数段組み合わせることで、従来の手法と比較して、飛躍的に反応効率を向上させることを可能とするγ,δ−不飽和アミド化合物の製造方法及びその装置に関するものである。
【0002】
エッシェンモーザー−クライゼン転位は、アリルアルコールから、γ,δ−不飽和アミド化合物を合成する有効な手法であり、香料、医薬品、食品分野などの多くの分野で有用である。しかし、エッシェンモーザー−クライゼン転位により得られる化合物は、従来法では、ジメチルアセトアミドやジメチルホルムアミドなどの沸点の高い、非プロトン性有機溶媒中で行われるため、食品、医薬品に利用される場合、残存する有機溶媒の除去は、大きな労力とエネルギーを必要とし、環境に影響を与えるのみならず、生体に有害であるなどの問題点を有している。
【0003】
本発明は、アリルアルコール類とジメチルアセトアミドメチルアセタールなどのアセタール類から、無触媒で、高温高圧マイクロリアクターを用いて、水を媒体とするプロセスでγ,δ−不飽和アミド化合物を合成する方法であり、二段階の温度などの精密制御により、その反応組成物を合成する方法及びその合成装置に関する新技術を提供するものである。そして、本発明は、香料、医薬品や食品のみならず、化成品合成にも応用可能であり、良好な収率で、短時間に、良好なエネルギー効率で、環境に影響を与えることなく、大量にγ,δ−不飽和アミド化合物を生産し、提供することを可能にするものである。
【背景技術】
【0004】
近年、環境問題が深刻に取り上げられる中にあって、1)有害物質をできる限り使用しない、2)有害物質をできる限り排出しない、3)反応温度がより低い、4)反応時間がより短い、5)有害な有機溶媒をできる限り使用しない、などの環境に配慮した物質生産技術の開発が望まれている。従来、エッシェンモーザー−クライゼン転位として、アリルアルコールからγ,δ−不飽和アミド化合物を合成する手法は、触媒を必要としないため、医薬品などを含む種々の化学物質の合成に有用な手法であり、これまで、多くの報文で報告されてきている。
【0005】
しかし、先行技術文献によれば、アリルアルコールとジメチルアセトアミドメチルアセタールを、ジメチルホルムアミドや、キシロール、アミルアルコールなどの高沸点溶媒を用いて、140℃以上で、十数時間加熱しなければ、γ,δ−不飽和アミド化合物を得ることができない(例えば、非特許文献1、2参照)。
【0006】
同様に、ヒドロキシメチルベンゾフランをアリルアルコールとして反応を行った場合でも、DMFで、約15時間の加熱還流が必要である(非特許文献3参照)。即ち、この反応方法は、反応時間が長いため、エネルギー的にも不利であり、しかも、高沸点溶媒を用いることで、反応後の精製工程が難しく、大量生産には、多くの工夫を有する。また、神経毒として知られるアニサチンの全合成に、この反応方法が一部使用されているが、そこでも、キシレンで、48時間もの還流を必要とする(非特許文献4参照)。
【0007】
この高温、長時間、高沸点溶媒の使用の問題点を解決すべく、種々の方法が検討されているが、これまでに、アリルアルコールをリチオ化すること、反応温度は、−35℃〜室温で、2時間〜6時間程度に反応時間を短縮することに成功している。ただし、この方法では、ジクロロメタンを溶媒として使用すること、リチオ化するのに必要な様々な試薬を反応系に投入しなければならないことなど、廃棄物増大の傾向にあり、根本的な解決にはなっていない(非特許文献5参照)。
【0008】
一方、クライゼン転位における溶媒としての水の可能性に関しては、水とクロロナフチルエーテルを、常温付近23℃で、120時間激しく攪拌するOn water反応(非特許文献8)で、収率100%で得られることが報告されている。しかし、この方法では、上記反応以外の多数のエッシェンモーザー−クライゼン転位に対する適用可能性については、言及されていない(非特許文献6)。
【0009】
反応後における後処理は、通常、触媒・有機溶媒中のクライゼン転位では、反応混合物に中和剤を添加して中和後、抽出溶媒と水あるいは飽和食塩水を加え、分液し、溶媒層は、その後、乾燥、溶媒除去、蒸留あるいは精留のプロセスを得て目的物を得るが、水層には、水の他に、触媒、有機溶媒、酢酸、基質、生成物、副生成物、無機物の複雑な混合物が含有される。
【0010】
ここで、水層からの触媒の分離が容易である場合には、回収再生され、再使用されるが、分離が困難である場合には、そのまま廃棄・処分される。しかし、例えば、無触媒・高温高圧水中のクライゼン転位のように、水層に触媒、有機溶媒が含有されず、水、生成物のみが含有される反応が確立できれば、生成物をデカンテーションだけで分離することが可能である。このことは、水の再生を可能にし、通常法に比べて、環境低減型のプロセスであることを意味する。
【0011】
このように、従来法では、クライゼン転位の場合、触媒及び高沸点溶媒などが必要であるため、製品の品質上、反応後の分離操作において、触媒、有機溶媒やカルボン酸などの除去が必要であり、分離操作後の水層は廃棄物となりやすく、廃液の問題を生じる。更に、環境に対する影響や、生体への有害性への配慮から、また、ヒトが経口する食品・医薬品の安全性から、触媒・有機溶媒の、より高度な分離が要求される。当該高度な分離に必要なコストは、合成操作と同程度であり、望ましくは、触媒と有機溶媒を使用しない方が良い。
【0012】
以上のことから、当該技術分野においては、簡単、低コスト、環境負荷低減型の合成プロセスで、反応後の生成物の分離操作が容易、かつ高度な分離が可能で、触媒などの残存しないγ,δ−不飽和アミド化合物の連続的合成を可能とする新しい合成手法を開発することが強く要請されていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】A.E.Wick,D.Felix,K.G.−Steen,A.Eschenmoser,Helv.Chim.Acta,1966,47,2425
【非特許文献2】A.E.Wick,D.Felix,K.G.−Steen,A.Eschenmoser,Helv.Chim.Acta,1969,52,1030
【非特許文献3】T.I.Mukhanova,S.Yu.Kukushkin, P.Yu.Ivanov,L.M.Alekseeva,V.G.Granik,Russ. Chem.Bull.,Int.Ed.,56、325,2007
【非特許文献4】T.−P.Loh,Qi−Y.Hu,Org.Lett.,3,279,2001
【非特許文献5】H.Qu,X.Gu,B.J.Min,Z.Liu,V.J.Hruby,Org.Lett.,8,4215,2006
【非特許文献6】S.N.J.Muldoon,M.G.Finn,V.V.Fokin,H.C.Kolb and K.B Sharpless,Angew.Chem.Int.Ed.Engl.,2005,44,3275
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、低コストで、環境に優しい簡単な高速合成プロセスで、上記転位化合物を、連続的かつ選択的に合成することができる新しい合成方法を開発することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、高温高圧水、亜臨界水又は超臨界水を反応溶媒とし、マイクロ空間反応場を利用して、二段階以上の多段階で、精密に反応温度と圧力と時間を制御することにより、無触媒ながらも、アリルアルコール類などを原料として、エッシェンモーザー−クライゼン転位化合物を選択的に合成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
本発明は、アリルアルコール類から、エッシェンモーザー−クライゼン転位化合物を、無触媒で、短時間の反応条件下で、連続的に合成する方法、及びその合成装置を提供することを目的とするものである。また、本発明は、香料、医薬品や食品のみならず、化成品合成にも応用可能であり、良好な収率で、短時間に、良好なエネルギー効率で、環境に影響を与えることなく、大量にγ,δ−不飽和アミド化合物を生産し、提供することを可能にする、当該化合物の製造技術を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)下記の一般式
【0017】
【化1】

【0018】
(式中、Xは、酸素、硫黄、窒素であり、R、R、R3、、Rは、それぞれ同一であるか或いは異なっていても良く、水素、又は置換基を有していても良く、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基又はアリール基であるか、或いは互いに結合して環を形成する構成員となるものである。)で表されるアリルアルコール類と、下記の一般式
【0019】
【化2】

【0020】
(式中、R、R、R8、は、それぞれ同一であるか或いは異なっていても良く、水素、又は置換基を有していても良く、アルキル基であるか、或いは互いに結合して環を形成する構成員となるものである。)で表されるアセタール類とを反応させ、中間体を経て、下記の一般式で表されるγ,δ−不飽和アミド化合物を、
【0021】
【化3】

【0022】
二段階以上の複数の段階で、二段目は、少なくとも200℃及び0.1MPa以上の高温高圧条件下で、かつマイクロリアクターを用いる流通式反応プロセスを用いて、温度と圧力を制御することにより、触媒が無くとも、短時間で、収率良くかつ選択的に合成することを特徴とする上記アミド化合物の製造方法。
【0023】
(2)反応媒体として、水、あるいは有機溶媒を溶解させた水、あるいは水と有機溶媒との混合液を用いる、前記(1)に記載の方法。
(3)反応条件として、二段階以上で、温度と圧力を制御しながら合成する方法であって、第一段目は25℃〜450℃、圧力0.1〜50MPa、第二段目は、200℃〜450℃、圧力0.1〜50MPaの亜臨界流体、又は超臨界流体の条件を組み合わせて合成する、前記(1)又は(2)に記載の方法。
(4)反応場として、1μm〜1mmの断面積を持つマイクロ空間で合成する、前記(1)から(3)のいずれかに記載の方法。
(5)反応時間として、第一段目は30分以内又は10分以内で、第二段目は、10分以内又は5分以内で合成する、前記(1)から(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記(1)から(5)のいずれかに記載の方法で反応を行った後、回収水溶液に、水を注入してデカンテーションし、油/水二層溶液に分離後、生成物を含む油層を分液回収することを特徴とする生成物の簡易な連続分離法。
(7)前記(1)から(6)のいずれかに記載の合成方法に使用する合成装置であって、出発原料のアリルアルコール類とアセタール類と、所定の溶媒とを所定の流速で送液するシリンジポンプと、これらを混合するための第1のマイクロミキサーと、その混合液と、これとは別に、所定の温度まで加熱し、加圧された高温高圧水とを、急速混合
するための第2のマイクロミキサーと、当該急速混合させた反応液を、所定の圧力、温度で反応させるためのマイクロリアクターと、当該マイクロリアクターにおける反応温度を制御するためのヒーターと、上記マイクロリアクターを通過した反応液を冷却するための冷却手段、とを基本構成として具備することを特徴とする上記合成装置。
(8)上記マイクロリアクターが、チューブ状のマイクロチューブリアクターである、前記(7)に記載の合成装置。
(9)上記基本構成に加え、上記第1のマイクロミキサーで混合した混合液を加熱するための第1のヒーターと、上記所定の温度まで加熱し、加圧された高温高圧水を調製するための第2のヒーターとを有する、前記(7)に記載の合成装置。
(10)上記合成装置における配管系が、マイクロチューブにより構成されている、前記(7)から(9)のいずれかに記載の合成装置。
【0024】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、アリルアルコールを代表とする下記の一般式
【0025】
【化4】

【0026】
(式中、Xは、酸素、硫黄、窒素であり、R1、R2、R3、、R5は、それぞれ同一であるか或いは異なっていても良く、水素、又は置換基を有していても良く、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基又はアリール基であるか、或いは互いに結合して環を形成する構成員となるものである。)で表されるアリルアルコール類と、ジメチルアセトアミドメチルアセタールなどで代表される下記の一般式
【0027】
【化5】

【0028】
(式中、R6、R7、R8、9は、それぞれ同一であるか或いは異なっていても良く、水素、又は置換基を有していても良く、アルキル基であるか、或いは互いに結合して環を形成する構成員となるものである。)で表されるアセタール類とを反応させ、中間体を経て、下記の一般式で表されるγ,δ−不飽和アミド化合物
【0029】
【化6】

【0030】
を、二段階以上の反応プロセスで、触媒無添加、短時間の反応条件下で、選択的かつ連続的に合成することを特徴とするものである。
【0031】
上記一般式で示されるアリルアルコール類において、上記置換基は、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デカノ基、シクロヘキシル基、フェニル基、エチニル基、ビニル基、トリフルオロメチル基、トリクロロメチル基、ニトロ基、ジメチルアミノ基、シアノ基、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、ヒドロキシル基、メルカプト基、ホルミル基、カルボニル基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基、フルオロメチル基、クロロメチル基、ブロモメチル基、ヨードメチル基、ヒドロキシメチル基、又はビニルメチル基などである。
【0032】
上記一般式で示されるアセタール類において、上記置換基は、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基などである。
【0033】
本発明は、第一段目で、無触媒条件で、アリルアルコール類に、ジメチルアセトアミドメチルアセタールなどを、マイクロリアクター内で、室温〜300℃、圧力0.1〜40MPaの条件下で反応させ、中間体として、アリルビニルエーテル類を生成させ、引き続き、第二段目で、マイクロリアクター内で、常温水あるいは温度100〜400℃、圧力0.1〜40MPaの高温高圧水、それらの混合溶媒を反応溶媒として、クライゼン転位を起すことで、γ,δ−不飽和アミド化合物を得るものである。
【0034】
本発明は、このエッシェンモーザー−クライゼン転位を、一回の反応で、短時間、かつ連続的に合成する方法を提供するものである。ここで、エッシェンモーザー−クライゼン転位におけるヘテロ原子としては、酸素、窒素、硫黄が挙げられ、それぞれ、アリルアルコール、アリルアミン、アリルチオールに対応し、更に、複数のヘテロ原子が組合わされたアリル化合物も含む。
【0035】
本発明では、上記反応の溶媒として、室温〜450℃、圧力0.1〜50MPaの亜臨界流体や超臨界流体の水とそれ以外の有機溶媒との混合溶媒、好適には室温〜400℃、圧力0.1〜40MPaの亜臨界や超臨界水のみ、又は、それ以外の有機溶媒との混合溶媒が用いられる。
【0036】
本発明の方法では、反応溶媒として、上記常温流体又は高温高圧状態にある亜臨界流体、超臨界流体が用いられるが、具体的には、亜臨界二酸化炭素(常温以上、0.1MPa以上)、亜臨界水(100℃以上、0.1MPa以上)、亜臨界メタノール(100℃以上、0.1MPa以上)、亜臨界エタノール(100℃以上、0.1MPa以上)、超臨界二酸化炭素(34℃以上、7.38MPa以上)、超臨界水(375℃以上、22MPa以上)、超臨界メタノール(239℃以上、8.1MPa以上)、超臨界エタノール(241℃以上、6.1MPa以上)、同じ状態の混合溶媒が例示され、好適には、亜臨界水(200℃以上、5MPa以上)が用いられる。
【0037】
反応溶媒としては、上記以外の有機溶媒や無機溶媒を任意の割合で含むことができ、具体的には、有機溶媒として、アセトン、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、ヘキサン、トルエン、キシレンなど、無機溶媒として酢酸、アンモニアなどを含む反応溶液に代替することも可能である。
【0038】
本発明では、上記常温流体、亜臨界流体、超臨界流体の反応溶媒の組成、温度及び圧力条件、基質の種類及びその使用量、反応時間を調整することにより、短時間で、効率良く、反応生成物を合成することができる。また、本発明では、例えば、基質及び反応溶媒を、流通式高温高圧装置に導入し、それらの反応時間を、第一段目では、0.1秒〜30分の範囲で、第二段目では、0.01秒〜5分の間で、それぞれ変えることにより、所定の反応生成物を合成することができる。上記反応条件は、使用する出発原料、目的とする反応生成物の種類などにより、適宜設定することができる。
【0039】
図1に、エッシェンモーザー−クライゼン転位により、アリルアルコール類1と、アセタール類2とを反応させて、中間体のアリルビニルエーテル類を経て、目的化合物のγ,δ−不飽和アミド化合物3を合成する本発明の合成プロセスを示す。また、図2に、上記合成プロセスを実施するための本発明の合成装置の概要を示す。
【0040】
本発明では、まず、例えば、水、又はトルエンなどの溶媒を内標準及び少量の媒体として添加したシンナミルアルコールなどのアリルアルコール類と、ジメチルアセトアミドメチルアセタールなどのアセタール類との混合溶液を、所定の流速で、シリンジポンプ(PU1)から送液する。一方、必要に応じて、水又はトルエンなどの溶媒を、高圧ポンプ(PU2)から所定の流速で送液し、マイクロミキサー(Micromixter 1)で混合する。
【0041】
その混合液を、チューブ状のマイクロリアクター中を通過する間に、第1の炉(Heater 1)で、所定の温度まで加熱後、これと、それとは別に、シリンジポンプ(PU3)で加圧し、更に、第2の炉(Heater 2)で加熱した所定の流速の高温高圧水とを、マイクロミキサー(Micromixter 2)で急速混合させ、チューブ状のマイクロリアクターの中で、所定の圧力・温度で反応させる。この場合、反応温度は、炉(Heater 3)で制御する。
【0042】
マイクロリアクターを通過した反応液は、冷却機(Cooler)で、急速に室温まで冷却し、背圧弁(BPG1)から得られる水分散液を、所定の分量毎に所定の時間で採取する。得られた水分散液の組成の分析は、上記水分散液のうち、所定量をサンプリングして、そこに、アセトンを加え、均一の溶液としてから、GC/MS分析計で分析し、得られたマススペクトルを、データベースと照合し、一致度を確認する。また、構造解析は、カラムクロマトグラフィーで生成分を単離した後、NMRにて構造を確認する。また、定量と、市販試薬がある場合の定性は、生成物の純品を用いた検量線から定量を実施し、トルエンを内標準として、GC−FIDで分析を行う。
【0043】
得られた生成物水溶液に、水を加えてデカンテーションすると、油水二層溶液となり、上層の油層には、転位化合物が、下層の水層には、水が得られる。即ち、生成物が水に溶解しない場合、反応終了後の油水分散水溶液に、水を更に注入することにより、油水二層に変化して、転位化合物と水を容易に分液することが可能である。
【0044】
本発明においては、二段階以上の反応が必要であり、第二段目の反応では、約300℃で転位が起こり、圧力は、22MPa付近が好ましく、反応温度は、250〜300℃の温度範囲で高い収率及び選択率が得られる。また、第一段目の反応が、室温付近では、中間体が生成しないため、第二段目の反応の温度を高くし過ぎると、未反応のアセタール類が分解して、収率、選択率が低下する。また、第一段目の反応時間は、収率を高めるには、1分以上の反応時間を必要とする。本発明は、シンナミルアルコールに限定されることなく、他のアリルアルコール類についても、同様に反応が進行することが確認されている。
【0045】
従来法では、エッシェンモーザー−クライゼン転位により得られる化合物は、ジメチルアセトアミドやジメチルホルムアミドなどの沸点の高い、非プロトン性有機溶媒中で行われるため、食品、医薬品に利用される場合、残存する有機溶媒の除去は、大きな労力とエネルギーを必要とし、環境に影響を与えるのみならず、生体に有害であるなどの問題点を有している。これに対し、本発明は、アリルアルコール類とジメチルアセトアミドメチルアセタールなどのアセタール類から、無触媒で、高温高圧マイクロリアクターを用いて、水を媒体とするプロセスでγ,δ−不飽和アミド化合物を合成する方法であり、二段階の温度などの精密制御により、その反応組成物を合成する方法及びその合成装置に関する新技術を提供するものであり、本発明は、香料、医薬品や食品のみならず、化成品合成にも応用可能であり、良好な収率で、短時間に、良好なエネルギー効率で、環境に影響を与えることなく、大量にγ,δ−不飽和アミド化合物を生産し、提供することを可能にするものである。
【発明の効果】
【0046】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)アリルアルコール類から、工業的に重要な化合物であるγ,δ−不飽和アミド化合物を、マイクロリアクターを用いて、無触媒で、高温高圧水、亜臨界水又は超臨界水などを反応溶媒として、短時間の反応で、連続的に合成することができる。
(2)マイクロ空間反応場を利用して二段階以上の多段階で、精密に反応温度、圧力、及び時間を制御することにより、アリルアルコールからの転位化合物であるγ,δ−不飽和アミド化合物を高収率及び高選択率で製造することができる。
(3)生成物をデカンテーションするだけで分離することが可能であり、水の再生が可能であり、環境負荷低減型の合成プロセスを構築することができる。
(4)高い安全性が要求される食品・医薬品の原料として安心して使用できる、γ,δ−不飽和アミド化合物を供給することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】エッシェンモーザー−クライゼン転位を利用した本発明の合成工程を示す。図中、1は、アリルアルコール類、2は、アセタール類、3は、目的化合物のγ,δ−不飽和アミド化合物であり、その中間は、アリルビニルエーテル類の中間体を表わす。
【図2】本発明の上記合成方法で使用する合成装置の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0048】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0049】
本実施例では、図1に示すエッシェンモーザー−クライゼン転位を、図2に示す流通式高温高圧水マイクロリアクター反応装置を用いて行った。
【0050】
反応方法は、まず、トルエンを、内標準及び少量の媒体として添加した(基質に対して1〜500重量%)アリルアルコール(シンナミルアルコール)とジメチルアセトアミドメチルアセタール混合溶液を、0.1ml/minの流速でシリンジポンプ(PU1)から送液した。
【0051】
一方、必要に応じて、トルエン又は他の溶媒を、高圧ポンプ(PU2)から0.5mL/minの流速で送液し、マイクロミキサー1で混合した。なお、トルエン以外の媒体としては、水などを送液する。その混合液を、マイクロチューブリアクター(23m)中を通過する間、第1の炉の中(ヒーター1)で、所定の温度まで加熱後、別途、シリンジポンプ(PU3)で加圧と第2の炉(ヒーター2)で加熱をした流速7.0mL/minの高温高圧水とを、マイクロミキサー2で急速混合させ、マイクロチューブリアクター(0.5〜3m)の中で、所定の圧力・温度で反応させた。
【0052】
反応温度は、ヒーター3で制御している。マイクロリアクターを通過した反応液は、冷却機(クーラー)で、急速に室温まで冷却し、背圧弁(BPG1)から得られた水分散液を、30mL毎に、約1時間採取した。
【0053】
得られた水分散液のうち、1mlサンプリングして、そこに、1mlのアセトンを加え、振とうし、均一な溶液としてから、その組成を、GC/MS分析計(Varian社製Saturn2200、カラムHP−1ms)で分析した。得られたマススペクトルは、Willeyデータベースで一致度90%以上で確認した。
【0054】
更に、カラムクロマトグラフィーで単離した後、NMRにて、構造確認を行った。更に、定量及び市販試薬がある場合の定性は、生成物の純品を用いた検量線から定量を実施し、トルエンを内標準として、GC−FID(Varian社製GC−3800,カラムHP−1ms)で分析を行った。
【0055】
得られた生成物水溶液が、油水分散状態で白濁している場合には、水を加えることで、デカンテーションすると油水2層溶液となり、上層の油層には、転位化合物を、下層の水相に、水を得た(GCにより確認)。このことは、生成物が水に溶解しない場合、反応終了後の油水分散水溶液に、水を更に注入することで、油水二層に変化して、転位化合物と水を容易に分液することができることを意味する。
【実施例1】
【0056】
シンナミルアルコール(化1で、R,R,R,R=H,R=Ph)の反応について、第一段目の反応温度を250℃、第2段目の反応温度を300℃にし、圧力10MPa〜40MPaで、圧力依存性を検討した。得られた結果を表1に示す。
【0057】
【表1】

【0058】
その結果、250℃で、第一段目の反応により、アリルジメチルアミノビニルエーテルが生成し、第二段目の反応で、300℃で、転位が起ることを確認した。好適な圧力は、22MPa付近であり、亜臨界領域での反応、即ち、Kw値が高くなるところで、収率が向上することが分かる。なお、選択率は、18MPa以降では、ほぼ一定で、100%近い。
【実施例2】
【0059】
実施例1と同様に、シンナミルアルコール(化1で、R,R,R,R=H,R=Ph)の反応について、第一段目の反応温度を250℃、第2段目の反応温度を400℃にし、圧力10MPa〜40MPaで、圧力依存性を検討した。得られた結果を表2に示す。
【0060】
【表2】

【実施例3】
【0061】
実施例1と同様の装置を用いて、シンナミルアルコールに対して、ジメチルアセトアミドメチルアセタールを、1.2当量加えた条件で、反応圧力条件を22MPaとして、第二段目の反応温度を250℃〜350℃で、かつ反応時間を変えて、検討を行った。得られた結果を表3に示す。
【0062】
【表3】

【0063】
これより、反応時間は、反応管が2mの時が最適であり、温度も250℃〜300℃の温度範囲が、最も良い収率と、選択率が得られることが分かった。
【実施例4】
【0064】
次に、第一段目を室温にして、反応を検討した。その結果を表4に示す。
【0065】
【表4】

【0066】
その結果、第一段目が、室温である場合、アリルジメチルアミノビニルエーテルが生成しないため、第二段目で温度を上げすぎると、未反応のジメチルアセトアミドメチルアセタールが分解して、収率、選択率が著しく落ちることが分かった。そのため、2段階の反応が、本反応では必要であることが分かった。
【実施例5】
【0067】
実施例1と同様の条件で、第一段階目の反応時間を変えた実験を行った。その結果を表5に示す。
【0068】
【表5】

【0069】
その結果、第一段階目の反応時間は、マイクロリアクター中であっても、1分以上の反応時間を必要とし、そのため、第二段階目では、反応する条件であっても、収率が、大幅に減少することが分かった。
【実施例6】
【0070】
実施例1と同様に、シンナミルアルコールの代りに、幾つかのアリルアルコールを検討し、汎用性を広げるための検討を行った。その結果を表6に示す。
【0071】
【表6】

【0072】
各種化合物で、反応が進むことを示している。なお、シンナミルアルコールの反応条件を最適条件として反応を行ったので、最適化すれば、更に収率・選択率は、向上するものと思われる。
【0073】
以上の実施例から、高温高圧水を反応溶媒として、無触媒で、エッシェンモーザー−クライゼン転位化合物が、エネルギー消費量、廃棄物量を低減しつつ、高収率で合成可能であることが明らかとなった。また、この転位化後、回収水溶液に、水を注入してデカンテーションし、油/水二層溶液に分離後、転位化合物を含む油層を分液回収する一方、水層からは水を分離し、回収する簡易な連続分離法も明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0074】
以上詳述したように、本発明は、アリルアルコール類から、γ,δ−不飽和アミドを高温高圧流体を反応溶媒として、高温高圧マイクロリアクターを用いて、多段階での温度・圧力・反応時間などを精密に制御することで、無触媒で、エッシェンモーザー−クライゼン転位化合物を合成する方法及びその反応組成物に係るものであり、従来法では、ジメチルホルムアミドなどの高沸点な溶媒が用いられており、長時間の加熱も必要であり、環境を鑑みた省エネ・高効率合成は達成が困難不可能であり、特に、反応後の生成物の分離・精製には、多大なるエネルギーと時間を要していたが、本発明で示した常温流体〜亜臨界流体・超臨界流体とマイクロリアクターを用いることで、多段階の精密反応制御を実現し、触媒無添加で、エネルギー消費量及び廃棄物量を低減しつつ、高速で、連続的に、選択的にγ,δ−不飽和アミド化合物を合成することが可能となった。
【0075】
このことは、香料、医薬品、食品として有用なエッシェンモーザー−クライゼン転位化合物を、短時間で、大量に連続的に生産できるというメリットをもたらす。また、この得られたγ,δ−不飽和アミド化合物を含む回収水溶液に、水を注入してデカンテーションし、油/水二層溶液に分離後、転位化合物を含む油層を分液回収する一方、水層からは水を回収し、水をリサイクルすることが可能である。これらのことから、合成・分離プロセスを単純化させることで、プロセスの初期コスト及びランニングコストを圧縮することが可能である。更に、本発明では、中和処理の後処理も不必要であり、環境調和型生産が可能となる。本発明は、香料、医薬品、食品として有用なγ,δ−不飽和アミド化合物の新しい大量生産プロセスとして、既存の生産プロセスに代替し得るものとして有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式
【化1】

(式中、Xは、酸素、硫黄、窒素であり、R、R、R3、、Rは、それぞれ同一であるか或いは異なっていても良く、水素、又は置換基を有していても良く、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基又はアリール基であるか、或いは互いに結合して環を形成する構成員となるものである。)で表されるアリルアルコール類と、下記の一般式
【化2】

(式中、R、R、R8、は、それぞれ同一であるか或いは異なっていても良く、水素、又は置換基を有していても良く、アルキル基であるか、或いは互いに結合して環を形成する構成員となるものである。)で表されるアセタール類とを反応させ、中間体を経て、下記の一般式で表されるγ,δ−不飽和アミド化合物を、
【化3】

二段階以上の複数の段階で、二段目は、少なくとも200℃及び0.1MPa以上の高温高圧条件下で、かつマイクロリアクターを用いる流通式反応プロセスを用いて、温度と圧力を制御することにより、触媒が無くとも、短時間で、収率良くかつ選択的に合成することを特徴とする上記アミド化合物の製造方法。
【請求項2】
反応媒体として、水、あるいは有機溶媒を溶解させた水、あるいは水と有機溶媒との混合液を用いる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
反応条件として、二段階以上で、温度と圧力を制御しながら合成する方法であって、第一段目は25℃〜450℃、圧力0.1〜50MPa、第二段目は、200℃〜450℃、圧力0.1〜50MPaの亜臨界流体、又は超臨界流体の条件を組み合わせて合成する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
反応場として、1μm〜1mmの断面積を持つマイクロ空間で合成する、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
反応時間として、第一段目は30分以内又は10分以内で、第二段目は、10分以内又は5分以内で合成する、請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の方法で反応を行った後、回収水溶液に、水を注入してデカンテーションし、油/水二層溶液に分離後、生成物を含む油層を分液回収することを特徴とする生成物の簡易な連続分離法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の合成方法に使用する合成装置であって、出発原料のアリルアルコール類とアセタール類と、所定の溶媒とを所定の流速で送液するシリンジポンプと、これらを混合するための第1のマイクロミキサーと、その混合液と、これとは別に、所定の温度まで加熱し、加圧された高温高圧水とを、急速混合
するための第2のマイクロミキサーと、当該急速混合させた反応液を、所定の圧力、温度で反応させるためのマイクロリアクターと、当該マイクロリアクターにおける反応温度を制御するための、ヒーターと、上記マイクロリアクターを通過した反応液を冷却するための冷却手段、とを基本構成として具備することを特徴とする上記合成装置。
【請求項8】
上記マイクロリアクターが、チューブ状のマイクロチューブリアクターである、請求項7に記載の合成装置。
【請求項9】
上記基本構成に加え、上記第1のマイクロミキサーで混合した混合液を加熱するための第1のヒーターと、上記所定の温度まで加熱し、加圧された高温高圧水を調製するための第2のヒーターとを有する、請求項7に記載の合成装置。
【請求項10】
上記合成装置における配管系が、マイクロチューブにより構成されている、請求項7から9のいずれかに記載の合成装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−56852(P2012−56852A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−198413(P2010−198413)
【出願日】平成22年9月5日(2010.9.5)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「革新的マイクロ反応場利用部材技術開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】