説明

マイクロ電気泳動チップおよび分析方法

【課題】マイクロ電気泳動チップで分離したタンパク質を多孔質膜に転写し、検出されたタンパク質のチップ上での位置を正確かつ簡便に測定するチップを提供する。
【解決手段】マイクロ電気泳動チップ100は、基板107(ガラス基板)と基板107上に設けられている検体試料用の流路102(微細流路)とを備え、流路102の両端部の位置を示すマーカー用の凹部(第1のマーカー保持部130および第2のマーカー保持部132)が、流路102と離間して基板107に設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ電気泳動チップおよび分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質は、合成された後、リン酸化や糖鎖付加など様々な構造修飾を受ける。この翻訳後修飾は、タンパク質の活性、細胞内局在あるいは細胞外分泌などを制御しており、タンパク質の機能発現に大きく関わっている。従って、翻訳後修飾の簡便かつ迅速な検出は、基礎研究だけでなく、疾患診断マーカー検出や薬効評価等の実用面において有用な技術になると期待される。細胞内において、タンパク質は、修飾されることによって異なる等電点や分子量をもつ複数のアイソフォームとして存在する。アイソフォームは、等電点や分子量の差異をもとに二次元電気泳動などによって分離し、多孔質膜に転写した後、抗体を用いたウェスタンブロッティング法などによって検出されている。この際、二次元電気泳動および膜転写には、長い場合には2日程度の時間を要する。
【0003】
近年、微細加工技術の発展により、基板上に形成したマイクロ流路を用いた電気泳動に関する研究開発が行われ、電気泳動に要する時間の短縮が図られてきている。また、このようなマイクロ電気泳動チップを用いた等電点電気泳動と質量分析器を組み合わせることによる「二次元」タンパク質解析技術が開発されてきている。
【0004】
非特許文献1には、試料分離を行うマイクロ電気泳動チップとMALDI(Matrix−Assisted−Laser Desorption Ionization)型質量分析計とを組み合わせた解析技術の例が紹介されている。このマイクロ電気泳動チップでは、ガラス基板の表面に微細加工によりエッチングされた溝と、マイクロ流路を覆う除去可能なPDMS(ポリジメチルシロキサン)の蓋によってマイクロ流路が形成されている。マイクロ流路に導入されたタンパク質を含む試料は、電気泳動によって分離された後、分離状態を保存するために凍結される。次いで、チップを凍結した状態でPDMSの蓋を剥離し、マイクロ流路中の試料を凍結乾燥した後、マトリックス溶液を塗布し、質量分析器によって分子量の測定が行われる。この電気泳動チップを用いて数分という短時間の内にタンパク質を等電点電気泳動分離し、その後に質量分析器によってタンパク質を検出することが可能になっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Fujita、M.、Hattori、W.、Sano、T.、Baba、M.、Someya、H.、Miyazaki、K.、Kamijo、K.、Takahashi、K.、Kawaura、H.J.Chromatography A、1111、pp200−205(2006).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、非特許文献1記載のマイクロ電気泳動チップによる等電点電気泳動と質量分析器とを組み合わせた解析では、タンパク質の等電点や分子量などの物理化学的性状を知ることはできるが、これらの情報だけでは複雑な混合物中に含まれる特定のタンパク質を同定することは極めて困難である。
【0007】
一方、タンパク質の同定には、分離したタンパク質に特異的な抗体を用いた免疫学的手法(ウェスタンブロッティング法)や質量分析器を用いたペプチドマスフィンガープリント法(PMF法)が一般的によく用いられる。
ここで、非特許文献1記載のマイクロ電気泳動チップではタンパク質を分離した後、流路上部のPDMS蓋を剥離することによって、流路中のタンパク質に直接アクセスすることが可能である。しかし、蓋を剥離し、凍結乾燥を行った後、流路上において溶液中における反応操作を伴う免疫学的検出法あるいはPMF法に必須な前処理工程である酵素処理を実施すれば、分離されたタンパク質は拡散し、分離状態は崩れてしまう。
【0008】
そこで、マイクロ電気泳動チップでタンパク質を分離し、流路上部のPDMS蓋を剥離した上で流路中のタンパク質をニトロセルロース膜等の多孔質性膜に転写することによって分離状態を固定することが考えられる。流路の深さは10〜数十マイクロメートルであり、実際、流路中のタンパク質はニトロセルロース膜等の多孔質性膜に極めて短時間で転写することができ、従来の方法と比較して、電気泳動と転写に要する時間の大幅な短縮を図ることが期待される。
【0009】
しかしながら、非特許文献1に開示されたマイクロ電気泳動チップから多孔質膜に試料を転写し、免疫学的検出法やPMF法を適用する上で課題があった。これについて図1を用いて説明する。図1(A)は、マイクロ電気泳動チップを用いた等電点電気泳動に引き続き、蓋を剥離し、凍結乾燥を行った後、基板101の流路102上において分離された検出対象のタンパク質バンド103を模式的に表している。また、図1(B)は、ニトロセルロース膜104上で検出された対象タンパク質のバンド105を表している。図1(B)から分かるように、ニトロセルロース膜104上には流路位置に関する情報がないため、タンパク質バンド105の流路102端からの距離が不明である。このため、タンパク質バンド105の位置を正確に把握することが難しい。
また、免疫学的検出法では、通常パーオキシダーゼ標識された抗体を用い、化学発光によってタンパク質を検出する。最終的な結果は、対象タンパク質から発せられる化学発光シグナルに感光したX線フィルム上の斑点として得られることが多い。X線フィルム上の斑点を流路内におけるバンドの位置と対応付けることは難しい。
さらに、免疫学的検出において、しばしば見られる多孔質膜あるいはチップ上の流路以外の汚れに由来する誤ったシグナルとの判別も容易ではない。また、多孔質膜上でタンパク質の酵素消化を行うには、流路に対応する位置に正確に酵素を添加する必要があり、膜上での流路位置の把握が必要となる。
このように、非特許文献1に開示されたマイクロ電気泳動チップから多孔質膜に試料を転写し、免疫学的検出法やPMF法を適用する上で上記のような課題があった。
【0010】
本発明の目的は、上記事情に鑑みてなされたものであり、マイクロ電気泳動チップにより分離された試料を多孔質膜に転写し、免疫学的方法あるいは質量分析器による解析を行うに当たり、多孔質膜上あるいはX線フィルム上に検出される対象タンパク質等に由来するシグナルの位置をチップ流路上での位置と容易に対応付けることができるマイクロ電気泳動チップ、マイクロ電気泳動チップを用いたタンパク質等の分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、
基板と前記基板上に設けられている検体試料用の流路とを備え、
前記流路の両端部の位置を示すマーカー物質保持用の凹部が、前記流路と離間して前記基板に設けられている、マイクロ電気泳動チップが提供される。
【0012】
また、本発明によれば、
上記マイクロ電気泳動チップを用い、
前記流路の両端間に電圧を印加して、前記流路中の前記検体試料を分離する工程と、
前記凹部にマーカー物質を導入する工程と、
前記基板表面に転写用部材を接触させて、前記流路中の前記検体試料および前記凹部中の前記マーカー物質を前記転写用部材に転写する工程と、
前記転写用部材に転写された前記検体試料を検出する工程と、を含み、
前記検体試料を検出する工程において、前記流路の両端部の位置を示す前記マーカー物質の位置を基準として、前記転写用部材上の前記検体試料の位置データと前記検体試料の検出データとを対応づけることにより、前記検体試料を分析する、分析方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、検体試料を正確に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】一般的なマイクロ電気泳動チップを用いた電気泳動を示す概念図および転写後のニトロセルロース膜を示す概念図である。
【図2】本実施の形態のマイクロチップを用いた電気泳動の概念図および転写後のニトロセルロース膜の概念図である。
【図3】マイクロ電気泳動チップの流路長手方向の断面図である。
【図4】マイクロ電気泳動チップから多孔質膜への転写の概念図である。
【図5】本発明のマイクロ電気泳動チップの流路に導入したウサギ血清を膜転写後、抗ウサギIgG抗体により検出した。
【図6】(A)HRPの二次元電気泳動のイメージである。(B)本実施例のニトロセルロース膜上でのHRP活性検出を示す図である。
【図7】(A)緑色蛍光タンパク質(GFP)の二次元電気泳動イメージである。(B)GFPのマイクロ電気泳動チップ上での泳動パターン(蛍光イメージ)を示す図である。(C)本実施例の抗GFP抗体を用いた免疫学的検出の結果を示す図である。
【図8】本実施の形態の分析方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0016】
図2(A)は、本実施の形態のマイクロ電気泳動チップ100の基板107を模式的に示す。図3は、本実施の形態のマイクロ電気泳動チップ100を模式的に示す。
本実施の形態のマイクロ電気泳動チップ100について、説明する。
マイクロ電気泳動チップ100は、基板107(ガラス基板)と基板107上に設けられている検体試料用の流路102(微細流路)とを備え、流路102の両端部の位置を示すマーカー物質保持用の凹部(第1のマーカー保持部130および第2のマーカー保持部132)が、流路102と離間して基板107に設けられている。
検体試料としては、タンパク質(所定の処理、たとえばSDS処理等がなされていてもよい)、DNA、糖等の高分子等を用いることができる。本実施の形態では、タンパク質を用いた例を説明する。
また、マーカー保持部130、132は、光学的に検出可能なマーカー分子を保持する。
タンパク質やマーカー分子が転写される転写用部材は、特に限定されないが、たとえば多孔質膜(タンパク質ブロッティング用メンブレン)を用いることができる。多孔質膜としては、たとえばニトロセルロース膜、PVDF(Polyvinylidene difluoride)等を用いることができる。
【0017】
ここで、本実施の形態の概要について説明する。
本実施の形態においては、マイクロ電気泳動チップ100により分離されたタンパク質を多孔質膜に転写し、免疫学的方法あるいは質量分析器等による解析を行うに際し、多孔質膜上あるいはX線フィルム上に検出される対象タンパク質に由来するシグナルの位置と流路102上での位置データ(または等電点データ)とを、マーカー分子のシグナルにより容易に対応付けることができる。このように、流路102の両端部の位置を示すマーカーにより、多孔質膜上での流路102の位置が把握できるので、流路102に有るタンパク質を正確に検出できる。
また、(i)対象タンパク質の等電点データとともに免疫学的方法による第1の検出データを得ることができる。また、(ii)タンパク質の位置データを利用して、質量分析器により第2の検出データを正確に得ることができる。(i)(ii)の解析に加え、(iii)タンパク質の位置データと等電点データとが一致するので、当該タンパク質の第1の検出データと第2の検出データとをリンクさせて解析できる。このような解析により、タンパク質を同定することができる。
【0018】
本実施の形態では、流路102の両端部(第1の端部、第2の端部)のそれぞれに、少なくとも1つの第1のマーカー保持部130および第2のマーカー保持部132が設けられている(図2(A))。ここで、第1の端部を、流路102と第1のリザーバ124との間とし、第2の端部を、流路102と第2のリザーバ126との間とする。すなわち、マーカー保持部130、132は、それぞれ第1の端部、第2の端部の位置情報を示すように設けられていればよい。
このため、流路102中のタンパク質のバンド(第1のタンパク質バンド140および第2のタンパク質バンド142)を転写すると、ニトロセルロース膜104には、第1のタンパク質バンド150および第2のタンパク質バンド152とともに、第1のマーカーバンド120および第2のマーカーバンド122が転写されている。ニトロセルロース膜104上の各バンドの位置は、基板107上のバンドの位置と精度よく一致している。すなわち、基板107上での各バンドの相対位置関係が、ニトロセルロース膜104上でも保持されている。
そのため、第1のマーカーバンド120の位置は、流路102の第1の端部の位置を示し、第2のマーカーバンド122の位置は、流路102の第2の端部の位置を示すことになる(図2(B))。ここで、図2(B)では、チップ表面のイメージが反転することを明示するためにチップ左上を示す「+」マークがニトロセルロース膜104に記入されている。
【0019】
マーカー保持部130、132の形状としては、特に限定されないが、基板107平面視において、矩形または三角形とすることができる。マーカー保持部130、132が矩形の場合には、マーカーバンド120、122も矩形となり、その長手方向が、流路102の端部に相当する位置を示す(図2(B))。また、マーカー保持部130、132が三角形の場合には、マーカーバンド120、122もほぼ三角形となり、その三角形の頂点の延長線上が流路102の端部に相当する位置を示す。
【0020】
また、マーカー保持部130、132は、流路102を挟んで対向する位置にさらに設けられてもよい。すなわち、第1の端部および第2の端部には、流路102を挟んで、それぞれ一対の第1のマーカー保持部130および一対の第2のマーカー保持部132が設けられていてもよい。これにより、対向に位置された一対のマーカー保持部130、132を結んだ直線上が、流路102の両端部の位置を示す(図2(A))。これにより、図2(B)に示すように、対向に位置された一対のマーカーバンド120、122を結んだ直線上が、流路102の両端部の位置を示す。このため、ニトロセルロース膜104上では、流路102の端部に相当する位置をより正確に把握することができる。
【0021】
さらに、図2(A)に示すように、一対のマーカー保持部108(凹部)が、流路102の延在方向上、特に流路102中央線の延長方向上の基板107に設けられていてもよい。
図2(B)に示すように、マーカー保持部108に対応する一対のマーカーバンド121により、ニトロセルロース膜104上にて流路102の軌道を正確に把握することができる。
また、図2(B)に示すように、ニトロセルロース膜104上にて、一対の第1のマーカーバンド120の延長線、一対の第2のマーカーバンド122の延長線および一対のマーカーバンド121の延長線が直交するように配置させている。各延長線の交点が流路102の端部を示す。これにより、より正確にニトロセルロース膜104上の流路102の両端部の位置およびその軌道を決定することができる。
また、流路102を囲むように、マーカー保持部を配置してもよい(連続で囲んでも、非連続で囲んでもよい)。このとき、ニトロセルロース膜104上で、マーカーバンドに囲まれた領域が、流路102についての両端部や軌道等の形状を示す。
【0022】
図2に示すように、流路102は、両端において、それぞれ第1のリザーバ124および第2のリザーバ126に連通している。流路102には、検体試料を含む液体が導入される。流路102中で検体試料中の成分(第1のタンパク質バンド140、第2のタンパク質バンド142)が等電点分離により分離される。このとき、流路102は、pH勾配の形成される等電点分離領域を含み、等電点分離領域に電界を印加する一対の電極(不図示)と、等電点分離領域に検体試料および電極液を含む液体を導入する試料導入部(リザーバ124、126)とをさらに備える。リザーバ124、126の間に電界を印加したとき、流路102全体を等電点分離領域とすることができる。
【0023】
上述のとおり、本実施の形態では、第1の端部から第2の端部までの領域が、流路102の等電点分離領域を示す。そのため、ニトロセルロース膜104では、第1のマーカーバンド120の位置(第1の端部に相当する)から第2のマーカーバンド122(第2の端部に相当する)までの領域が、上記等電点分離領域に相当する。
このように、流路102中での等電点分離領域情報が、マーカーバンド120、122の位置情報によりニトロセルロース膜104にも、正確に現れている。
すなわち、本実施の形態によれば、ニトロセルロース膜104でも、第1のタンパク質バンド150および第2のタンパク質バンド152の等電点が把握できる。よって、本実施の形態によれば、ニトロセルロース膜104でも、流路102で得られる等電点データと同じ、各タンパク質バンドの等電点データ(位置データ)を取得することができる。
【0024】
流路102の形状は、基板107方向から見て、たとえば、I字状、Y字状、コの字状等としてもよい。流路102の延設方向に対して垂直方向の断面形状は、たとえば、矩形、正方形、台形、三角形等の形状でもよい。また、基板107上に、複数の流路102が形成されていてもよい。
また、流路102において、流路幅は、たとえば0.4〜2mmとすることができ、流路長は、たとえば、30〜50mmとすることができる。
【0025】
基板107の材料として、特に限定されず、たとえば石英等のガラス、ポリジメチルシロキサン(PDMS)等のシリコーン樹脂、およびシリコン等でもよい。本実施の形態では、基板107として、ガラス基板を用いる。
【0026】
図3に示すように、本実施の形態のマイクロ電気泳動チップ100は、基板107上に、PDMS蓋110およびガラス蓋111をさらに備える。
本実施の形態のマイクロ電気泳動チップ100においては、蓋(PDMS蓋110、ガラス蓋111)は、板状部材からなってもよい。これにより、流路102の上部を確実に被覆することができる。また、マイクロ電気泳動チップ100においては、使用中に、除去可能な蓋(PDMS蓋110、ガラス蓋111)で、流路102(微小空間)の上面を覆うことができる。このため、流路102の内容物(検体試料や電解液)の蒸発や乾燥、内容物の漏出、または外来物質の侵入を抑制しつつ、検体試料に対して電気泳動等の処理を行うことできる。また、使用後においては、基板107表面から蓋を除去する際に、基板107の表面に垂直方向に蓋を除去することができる。このため、流路102内の検体試料が基板107と蓋との間隙に毛細管現象により移動し、内容物の汚染が生じるのを確実に抑制することができる。そして、流路102の検体試料を安定的に保持しつつ、蓋を除去し、流路102の上部を開放することができるので、流路102の検体試料が混和することを抑制することができる。たとえば、本実施の形態のマイクロ電気泳動チップ100によれば、電気泳動などにより一つの流路102内で空間的に分離されていた成分同士の混和等を抑制することができる。
また、使用後においては、流路102上を開放することができるため、流路102区間内の任意の領域に存在する内容物に直接操作を加えることが可能となる。よって、迅速で確実な操作が可能となる。
【0027】
ここで、基板107の表面に蓋(PDMS蓋110およびガラス蓋111)を圧接する手段としては、たとえば、ねじ、油圧装置、水圧装置、または気圧装置を採用することができる。これによりマイクロ電気泳動チップ100の使用目的に応じて、基板107と蓋とを着脱自在に密着固定できる。
【0028】
マイクロ電気泳動チップ100において、流路102及びマーカー保持部108、130、132の内部(底面及び側面)は親水性とすることができる。これにより、流路102及びマーカー保持部108、130、132が微細な場合にも、(i)流路102に液体(検体試料)を、(ii)マーカー保持部108、130、132にマーカー分子を、さらに確実に導入することができる。たとえば、オゾンアッシングやコーティングにより、基板107の表面を親水性化処理することができる。
また、流路102及びマーカー保持部108、130、132以外の領域、つまり流路102及びマーカー保持部108、130、132(凹部)近傍の基板107表面は、疎水性とすることができる。これにより、(i)液体(検体試料)が流路102から、(ii)マーカー分子がマーカー保持部108、130、132から、基板107上面にあふれ出ないようにすることができる。たとえば、テフロン(登録商標)等の撥水性物質をコーティングすることにより、基板107の表面を撥水処理することができる。
【0029】
また、マーカー分子(マーカー物質)としては、アルカリフォスファターゼ、ペルオキシダーゼ、蛍光物質、燐光物質、クマシーブルー、およびアルカリフォスファターゼ、ペルオキシダーゼ、蛍光物質、燐光物質若しくはクマシーブルーで標識または染色されたタンパク質等を用いることができる。
【0030】
本実施の形態のマイクロ電気泳動チップの製造方法を説明する。たとえば、マイクロ電気泳動チップとしては特願2005−513937に記載されたマイクロ流路チップや実験条件に応じて適宜改変したものを採用することができる。
本実施の形態では、まず、流路102の形状に対応する光学マスクを準備する。そして、基板107上に光学レジストをスピンコート法により塗布する。続いて、予め準備しておいたマスクを用いて、光学レジストに流路パターンを光学露光し、現像することにより、レジストパターンを作製する。そして、得られたパターンをマスクとして、基板107のドライエッチングやウエットエッチングにより、流路102およびこれに連通する各液溜(第1のリザーバ124、第2のリザーバ126)を形成する。
具体的な上記製造方法の一例としては、まず、厚さ0.5mm程度のガラス基板に電子線描画用レジストを塗布し、電子線描画装置を用いて電子線照射を行う。現像の後、例えば、流路幅0.4〜2mm、流路長30〜50mm、また位置決めマーカー保持部として長辺1〜2mm、短辺0.5〜1mmのレジストパターンを得る。マーカー保持部の長手方向の中央線は、保持部108においては流路中央線の延長線上、また保持部109においては流路端にそれぞれ合致させる。流路の深さは数μmから数10μmとし、流路底面には円柱の直径を50〜1000nm、最近接の円柱間距離を50〜1000nm程度とする柱状の分離構造を設置する。柱間の距離としては、数μm〜数10μmが適当である。次に、レジストをマスクとして、CFガス等による反応性イオンエッチングによりガラス基板表面に溝を形成し、アッシング処理によりレジストを剥離する。
【0031】
次いで、本実施の形態の分析方法について説明する。本実施の形態の分析方法は、タンパク質の解析、とくにタンパク質の同定に関する。
図8は、本実施の形態の分析方法のフローチャートを示す。
本実施の形態の分析方法は、本実施の形態のマイクロ電気泳動チップ100を用い、流路102の両端間に電圧を印加して、流路102中の検体試料(タンパク質)を分離する工程と(S100)、凹部(マーカー保持部108、130、132)にマーカー分子を導入する工程と、基板107表面に転写用部材(ニトロセルロース膜104)を接触させて、流路102中の検体試料および凹部中のマーカー分子を転写用部材に転写する工程と(S102)、転写用部材に転写された検体試料を検出する工程と(S104)、を含む。
本実施の形態の分析方法では、流路102の両端部の位置を示すマーカー分子の位置を基準として、転写用部材上の検体試料の位置データと検体試料の検出データと対応づけることにより、検体試料を分析する。
【0032】
本実施の形態の分析方法においては、流路102中に、分析対象となる検体試料(タンパク質の混合物)の成分を分離する(S100)。具体的には、流路102において、適当な物理的または化学的性質、たとえばサイズや等電点で電気泳動分離を行う。このとき、電気泳動用試料溶液を用意し、流路102に導入した後、第1のリザーバ124および第2のリザーバ126のそれぞれに電極(たとえば白金等)を挿入し、電極間に電圧を印加して、分離動作を行う。また、電圧を印加して分離する方法に代えて、圧力を印加する分離方法を用いてもよい。
【0033】
ここで、電気泳動用の溶液は、用途に応じて適宜選択されるが、等電点電気泳動のための溶液であってもよい。等電点電気泳動とは、試料中の成分であるタンパク質等両性担体に固有の等電点(pI)に応じて、両性担体を分離する電気泳動の手法のひとつである。pIとは、試料中の成分が持つ正電荷と負電荷がちょうど等しくなるpHのことを指す。試料中の成分は、自身が溶解している溶液のpHに応じた電荷をもっており、各々のpI領域まで電気泳動する。各々のpIに達すると、試料中の成分の電気泳動移動度がゼロになり、電気泳動を終了する。この現象により、試料中の成分をそれぞれのpIごとに濃縮、分離することができる。等電点電気泳動のための溶液には、分離する試料中の成分以外に、pH勾配を形成するための両性担体(carrier ampholytes)が含まれている。流路102中にpH勾配をつくるためには、たとえば等電点電気泳動のための溶液を流路102に導入し、次に第1のリザーバ124に酸溶液、第2のリザーバ126にアルカリ溶液を入れ、リザーバ内に配置した電極間に、電圧を印加すればよい。
等電点電気泳動により、検体試料をタンパク質のバンド(pIごと)に精度良く分離することができる。また、等電点電気泳動により、タンパク質のバンドが現れる位置は再現性がよい。
【0034】
続いて、マーカー分子をマーカー保持部108、130、132に導入する。導入方法としては、特に限定されないが、たとえばスポイト等を用いて導入することができる。導入時期としては、特に限定されず、検体試料の分離前でもよい。
【0035】
続いて、分離後、分離済みの試料を凍結乾燥等の方法により乾燥させて、流路102内の分離された位置に固定する。これらの手順により、マイクロ電気泳動チップ100上に、タンパク質などの分析用試料が乾燥固定される。
【0036】
続いて、流路102中の検体試料(第1のタンパク質バンド140、第2のタンパク質バンド142)および、マーカー保持部108、130、132中のマーカー分子を、ニトロセルロース膜104に転写する(S102)。
転写するには、基板107とニトロセルロース膜104とを接触させればよい。たとえば、基板107とニトロセルロース膜104との間に、圧力を掛けて転写させることができる。具体的には、図4に示すように、所定の処理を施したニトロセルロース膜104を基板107上面に密着させ、その上部に濾紙112を介してアクリル板113と500g程度の重量物(重り114)を載せることにより、タンパク質(第1のタンパク質バンド140、第2のタンパク質バンド142)をニトロセルロース膜104に転写させることができる。その他の転写手段としては、電圧や空気圧(吸引力)を用いることもできる。
以上により、タンパク質バンドおよびマーカーバンドが転写されたニトロセルロース膜104を得ることができる。
【0037】
続いて、上記工程で得られたニトロセルロース膜104中のバンドが示すタンパク質の解析を行う(S104)。
その後、目的のタンパク質とマーカー分子に適合した方法によって、タンパク質(第1のタンパク質バンド150、第2のタンパク質バンド152)とマーカー分子(第1のマーカーバンド120、第2のマーカーバンド122、マーカーバンド121)とを、それぞれを検出する(図2(B))。このとき、タンパク質とマーカー分子を同時に検出することができる。
【0038】
以下、各検出方法について詳述する。
本実施の形態に係る免疫学的方法(ウェスタンブロッティング法)では、目的タンパク質に対して抗体を反応させて検出を行う。電気泳動の優れた分離能と抗原抗体反応の高い特異性を組み合わせることで、複数のタンパク質バンド(第1のタンパク質バンド150、第2のタンパク質バンド152)から目的タンパク質を検出することができる。
タンパク質の検出には、抗体を用いてもよいし、蛍光試料を用いてもよい。抗体を用いる場合には、目的タンパク質に一次抗体を反応させ、この一次抗体に、たとえばAP(Alkaline phosphatase)やHRP(Horse radish peroxidase)などで標識した二次抗体を反応させて、酵素活性による発色や化学発光を検出する。蛍光試料を用いる場合には、X線フィルムへの露光検出を行ったり、あるいは蛍光試料を検出可能なスキャナーを用いたりする。これらの検出方法により、微量タンパク質の検出が容易となる。また、蛍光試料を用いる手法は、感度が良く、定量性に優れている。
【0039】
このように、特異性が高い抗原抗体反応等を利用することで、検体試料のタンパク質溶液中に微量に含まれる、目的タンパク質を明瞭に検出することができる。これにより、ニトロセルロース膜104上のバンド(スポット)に存在するタンパク質が、目的のタンパク質か否か判断し、バンドごとにタンパク質を同定することができる。
【0040】
本実施の形態の作用効果について説明する。
本実施の形態では、抗体特異性が高いタンパク質をスポットの有無で検出できる。また、上述のとおり、多孔質膜上あるいはX線フィルム上に検出される対象タンパク質に由来するシグナルの位置と流路102上での等電点データとを、マーカー分子のシグナルにより容易に対応付けることができる。そのため、マーカーバンド120、122の位置情報により、タンパク質のスポット(バンド)の等電点が分かる。このように、本実施の形態では、ニトロセルロース膜104上で、免疫学的方法による第1の検出データ(スポットの有無)と、対象タンパク質が示すスポットの等電点データと、を両方取得することができる。このため、一度の工程で、2つ観点から検出できるので、タンパク質(検出対象)を正確に検出できる。また、2つのデータにより、このタンパク質を同定することができる。
【0041】
なお、本実施の形態では、マーカーバンド120、122の位置情報により、ニトロセルロース膜104上で、流路102上に相当する位置データを正確に把握できる。そのため、X線フィルム上の斑点がこの位置データの範囲外にあれば、当該斑点は流路102内における対象タンパク質のバンドではないと容易に判断できる。このように、当該斑点が目的タンパク質のバンドか否か簡単に分かる。そのため、対象タンパク質のバンド(シグナル)の誤認を防ぐことにより、タンパク質を正確に検出することができる。
【0042】
また、本実施の形態に係る質量分析では、タンパク質の酵素消化物の質量分析データであるペプチドマスフィンガープリントを、タンパク質データベースに照合させることで、タンパク質を同定することができる。ニトロセルロース膜104上のタンパク質のバンド(スポット)に、酵素処理を行い、得られた断片ペプチド混合物をMALDI法による質量分析により質量ピークデータ、すなわちペプチドマスフィンガープリントが得られる。このとき、ペプチド断片化を行った後、イオン化促進剤であるマトリックスを添加し質量分析を行う。また、スプレー法や滴下法等の所定の方法を用いて、ニトロセルロース膜104上のタンパク質のバンドに好適なマトリックスを添加できる。
また、上記酵素処理においては、タンパク質分解酵素(トリプシン等)を用い、タンパク質をアミノ酸配列の特定部位で切断する。このため、本実施の形態で得られる質量ピークデータ(第2の検出データ)は、タンパク質固有のデータとなる。
【0043】
本実施の形態では、マーカーバンド120、122の位置情報により、ニトロセルロース膜104上で、流路102上に相当する位置データを正確に把握できる。そのため、ニトロセルロース膜104上の流路102に対応する位置に正確に酵素を添加することができる。これにより、操作ミスが低減するとともに、再現性も高まるので、正確にタンパク質を検出することができる。
また、ニトロセルロース膜104上にて、質量分析を行う位置(流路102に対応する位置)が分かるので、正確にタンパク質を検出することができる。
【0044】
また、本実施の形態では、質量分析器による第2の検出データ(ペプチドマスフィンガープリント)と、タンパク質の流路102の両端部からの位置データが分かる。この位置データは、上記等電点データに相当する。そのため、マーカーバンド120、122の位置情報により得られるタンパク質の位置データに基づいて、第1の検出データ(タンパク質が特異的に反応する抗体の種類)と第2の検出データ(質量データ)とを結びつけることができる。
このように、本実施の形態では、タンパク質の基本データ(位置データ、特に等電点データ)と、複数種類の検出データを対応づけられるので、各検出データを統合して、タンパク質をより正確に同定することができる。
【0045】
また、本実施の形態に係るタンパク質固有の活性の検出においては、生理活性物質(抗体、蛍光物質、染色物質等)をニトロセルロース膜104上のタンパク質のバンドに添加して、吸光度測定、発光測定等を行う。これにより、所望のタンパク質固有の活性、特に酵素活性を検出することができる。
【0046】
本実施の形態では、免疫学的方法の場合に得られる効果と同様の効果が得られる。また、タンパク質の固有の活性の検出により第3の検出データ(酵素活性)を、さらにタンパク質の基本データ(位置データ、特に等電点データ)と統合できる。これにより、タンパク質をより正確に同定することができる。
【0047】
以上のように、本実施の形態においては、位置決めマーカー保持部の凹部に添加された位置決めマーカー分子はマイクロ流路および流路上に分離されたタンパク質との相対的位置関係を保ったまま多孔質膜上に転写されるため、多孔質膜あるいはX線フィルム上に検出されたタンパク質のシグナルの流路内における位置を容易にかつ正確に測定することが可能になる。
また、本実施の形態では、ガラス基板上に形成された微細流路において電気泳動により分離されたタンパク質をニトロセルロース膜等の多孔質膜に転写し、後工程の免疫学的方法等により検出する方法に関し、特に多孔質膜上に転写されたタンパク質の検出において、タンパク質に由来するシグナルを特定し、チップ上での位置を迅速、正確かつ簡便に測定することを可能にするチップを提供することができる。
また、本実施の形態においては、マイクロ電気泳動チップを用いて生物試料中の特定のタンパク質を迅速かつ特異的に分離・検出することが可能となり、タンパク質発現解析、疾患や薬効判定のマーカータンパク質検出あるいは農産物・食品中の特定タンパク質の検出などへ応用することができる。
【実施例】
【0048】
(実施例1)
本実施例で用いるマイクロ電気泳動チップ100について説明する。マイクロ電気泳動チップ100としては特願2005−513937(WO2005/026742号パンフレット)に記載されたマイクロ流路チップや実験条件に応じて適宜改変したものを採用することができる。上記の製法に沿って、マイクロチップを作製した。流路102は直線状とし、流路長は35mm、幅及び深さは、それぞれ2mm、10μmである。流路102内には楕円柱型の分離構造のアレイ配列からなっており、ピラーの長径は30μm、短径は10μm、またピラーの間隔は10μmであった。また、流路102と位置決め用のマーカー保持部108、130、132の深さは10μmであった。PDMS蓋110を基板107に密着させ、流路102を形成し、PDMS蓋110を強化するために上部にさらにガラス蓋111を載せた。
【0049】
ニトロセルロース膜104への転写を行った後、ウサギ血清IgGを抗ウサギIgG抗体を用いて検出することによって、タンパク質サンプルの転写の可否を検証した。PBS(Phosphate Buffered Saline、1リットルの純水中に8gのNaCl、0.2gのKCl、1.44gのNaHPO、0.24gのKHPOを含む、pH7.4)で1/100に希釈したウサギ血清を第1のリザーバ124に1μl注入し、反対側第2のリザーバ126から吸引し、流路102に導入した。チップを凍結後、蓋を剥離し、マーカー保持部108、130、132に1/100にPBSで希釈したウサギ血清を0.2μl添加後、さらに凍結乾燥を行った。予めニトロセルロース膜104を30%メタノール、25mM Tris−HCl、192mM グリシンを含む溶液中で10分間洗浄し、さらに純水で5分間洗浄した後、キムワイプ(登録商標)などで過剰の水分を除去し、膜表面に水分が残らない状態にした。上記のように前処理し湿った状態のニトロセルロース膜104をチップ上面に密着させ、上部に乾燥した2〜3枚の濾紙112を載せ、その上にアクリル板113と500g程度の重量物(重り114)を載せることにより、タンパク質(第1のタンパク質バンド140、第2のタンパク質バンド142)をニトロセルロース膜104に転写した(図4)。転写はローラーのような器具を用いて適当な圧力をかけることによって行うこともできる。ニトロセルロース膜104をブロックエース(登録商標、大日本製薬)中、室温で30分間、インキュベートしブロッキングを行った。ニトロセルロース膜104の全体を覆うように、3%牛血清アルブミン(Sigma)を含むPBSで3000倍希釈したパーオキシダーゼ(HRP)標識抗ウサギIgG抗体(MPBiomedicals)をかけて(0.2〜0.4ml/1cmニトロセルロース膜)、湿度を保ったチャンバー内において乾燥を防ぎながら室温で2時間インキュべートした。ニトロセルロース膜104をTBS−T緩衝液(20mM Tris−HCl、pH7.4、9g/L NaCl、0.05% Tween−20)中で15分間、振とうしながら余分な抗体を洗浄した。洗浄をさらに2回行った後、ニトロセルロース膜104に化学発光基質(Enhanced Chemiluminescence検出試薬、GEヘルスケア)を1分間、反応させた。ニトロセルロース膜104をラップし、X線フィルム(Hyper Film ECL、 GEヘルスケア)に密着させ化学発光反応によって生じた光を検出した。
【0050】
図5に示したように、ウサギIgGは流路102の形状に沿って全体にわたり一様に検出された(図5中、実線は、ニトロセルロース膜上での流路の位置決めマーカーの位置を示す)。また、流路端は位置決めマーカー(第1のマーカーバンド120、第2のマーカーバンド122)と一致していた。このように、本実施の形態では、マーカーバンドの位置により、ニトロセルロース膜104上で流路102の両端部の位置を正確に把握することができることが分かった。
【0051】
(実施例2)
(タンパク質の等電点の検出)
溶液の調製は以下のように行った。cIEFゲル(8.25μl)、キャリアアンフォライト(pH4.0〜6.0、0.25μl)、蛍光マーカー(pI4.0、4.5および5.5の混合液0.75μl、 Fluka)、HRP(Sigma、5.6μg/ml)1μlに水を添加し、全量を12.5μlとした。陽極の電極液は1Mリン酸溶液5μlとcIEFゲル50μlとの混合液10μlと90μlのcIEFゲルを混合して作製する。陰極の電極液には30mMの水酸化ナトリウム水溶液を用いた。
【0052】
マイクロピペットを用いて1μlのサンプル溶液を陽極リザーバに注入し、毛細管現象および陰極側からの真空ポンプによる吸引によって流路に導入した。陰極および陽極リザーバに8μlの各電極液を注入後、全量を回収することによって、過剰のサンプル溶液を除去するとともにリザーバ内の洗浄を行った。7μlの電極液を各リザーバに注入した。両極に1500Vを1分間印加後、3000Vで12分間印可することにより、等電点電気泳動を行った。泳動中のチップの温度はペルチエ素子により10℃に設定した。泳動終了後、チップ温度を迅速に−30℃に下げ、流路内の溶液を凍結させた。凍結後、蓋を剥離し、位置決めマーカー保持部にHRP(5.6μg/ml)を0.2μl添加し、さらに凍結乾燥を行った。PDMSの蓋を取り外し、−20℃において凍結乾燥を行った。凍結乾燥後、蛍光顕微鏡を用いて蛍光マーカーの位置を検出した。サンプルを実施例1記載の方法でニトロセルロース膜に転写した。転写されたHRPを実施例1と同様にEnhanced Chemiluminescence検出試薬により検出した。
【0053】
図6(A)は、HRPの二次元電気泳動のイメージを示す(図6中、実線は、ニトロセルロース膜上での流路の位置決めマーカーの位置を示す)。
Sigma社によると、実施例2で用いたHRP標品にはpIが異なる少なくとも5個のアイソフォームが含まれるとされている。通常の二次元電気泳動により本HRP標品を解析した。すなわち、HRP(2μg)を一次元目にpH3−10の等電点電気泳動、二次元目にSDS−PAGE(12.5%ポリアクリルアミド)を行い分離した後、銀染色により可視化した。pH5.3〜6.7の範囲に少なくとも5個のHRPのスポットが見られた(図6(A))。
【0054】
このHRP標品を、本実施の形態のマイクロ電気泳動チップで等電点電気泳動し、ニトロセルロースに転写した後、膜上で活性を見ることにより検出を試みた。その結果、図6(B)に示すように、4本のバンドを見出した。これらのバンドは流路上の蛍光マーカーの位置と位置決めマーカーの位置をもとにpI5.4〜5.9の領域にあることが分かった。
【0055】
(実施例3)
(緑色蛍光タンパク質の等電点電気泳動と免疫学的検出)
サンプル溶液の調製は以下のように行った。cIEFゲル(8.25μl、ベックマン)、キャリアアンフォライト(pH4.0〜6.0、0.25μl、ベックマン)、蛍光マーカー(pI4.0、4.5および5.5の混合液0.75μl、 Fluka)、緑色蛍光タンパク質(GFP、ベクトンディッキンソン社、0.25μg/μl)0.5μlに水を添加し全量を12.5μlとした。陽極および陰極の電極液は実施例2と同様に調製した。
【0056】
サンプル溶液の流路への注入、電極液の注入および等電点電気泳動は実施例2と同様に行った。泳動終了後、チップを迅速に−30℃に下げ、流路内の溶液を凍結させた。凍結後、PDMSの蓋を剥離し、位置決めマーカー保持部にGFP(0.25μg/μl)を0.2μl滴下し、−20℃において凍結乾燥を行った。凍結乾燥後、蛍光顕微鏡を用いて蛍光マーカーの位置を検出した。
【0057】
図7(A)は、緑色蛍光タンパク質(GFP)の二次元電気泳動イメージを示す(図7中、実線は、ニトロセルロース膜上での流路の位置決めマーカーの位置を示す)。
実施例3で用いたベクトンディッキンソン社のGFPはpIが異なる少なくとも2個のアイソフォームを含むと報告されている。図7(A)に示すように、GFP(1.5μg)を一次元目にpH4−7の等電点電気泳動、二次元目はSDS−PAGE(12.5%ポリアクリルアミド)を行い分離した後、銀染色により可視化した。pH4.9〜5.2の範囲に3個のスポットが見られた。
【0058】
図7(B)は、GFPのマイクロ電気泳動チップ上での泳動パターン(蛍光イメージ)を示す。
マイクロ電気泳動チップを用いて等電点電気泳動し、凍結乾燥後、チップ上におけるGFPの蛍光イメージをイメージスキャナー(Typhoon9400、GEヘルスケア)により取得した。 すなわち、GFP(0.125μg)をpH4〜6のキャリアアンフォライトを用いて等電点分離し、凍結乾燥後、チップ上で蛍光スキャナーを用いてGFPの分離パターンを見た。 図7(B)に示すように、pIの値が4.1〜4.2と少し低いものの、通常の二次元電気泳動の結果と同じく1本のメジャーバンドに加えて2本のマイナーバンドが認められた。よって、等電点が少し異なるものの、通常の二次元電気泳動と同様に3本のGFPのバンドが確認された。
【0059】
図7(C)は、抗GFP抗体を用いた免疫学的検出の結果を示す。
実施例1記載の方法でニトロセルロース膜に転写し、ブロッキングを行った。抗GFP抗体(Zymed社、3%牛血清アルブミンを含むPBSで750倍希釈)を実施例1と同様にニトロセルロース膜にかけ、チャンバー内で乾燥を防ぎながら室温で2時間インキュべートした。実施例1と同様に洗浄した後、3%牛血清アルブミン(Sigma)を含むPBSで3000倍希釈したHRP標識抗マウスIgG抗体(MP Biomedicals)をかけ、先と同様にインキュベート、洗浄を行った。さらに、先と同様に化学発光基質を反応後、X線フィルムによりシグナルを検出した(図7(C))。これらのバンドのpIは位置決めマーカーおよび蛍光マーカーとの比較から蛍光スキャナーから得られるものと同じpI値であった。
【0060】
以上、図面を参照して本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【符号の説明】
【0061】
100 マイクロ電気泳動チップ
101 基板
102 流路
103 タンパク質バンド
104 ニトロセルロース膜
105 タンパク質バンド
106 リザーバ
107 基板
108 マーカー保持部
110 PDMS蓋
111 ガラス蓋
112 濾紙
113 アクリル板
114 重り
120 第1のマーカーバンド
121 マーカーバンド
122 第2のマーカーバンド
124 第1のリザーバ
126 第2のリザーバ
130 第1のマーカー保持部
132 第2のマーカー保持部
140 第1のタンパク質バンド
142 第2のタンパク質バンド
150 第1のタンパク質バンド
152 第2のタンパク質バンド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と前記基板上に設けられている検体試料用の流路とを備え、
前記流路の両端部の位置を示すマーカー物質保持用の凹部が、前記流路と離間して前記基板に設けられている、マイクロ電気泳動チップ。
【請求項2】
前記流路を挟んで対向するように、一対の前記凹部が設けられている、請求項1に記載のマイクロ電気泳動チップ。
【請求項3】
前記凹部が、前記流路の延在方向に設けられている、請求項1または2に記載のマイクロ電気泳動チップ。
【請求項4】
前記凹部の内部が、親水性である、請求項1から3のいずれかに記載のマイクロ電気泳動チップ。
【請求項5】
前記凹部近傍の前記基板表面が、疎水性である、請求項1から4のいずれかに記載のマイクロ電気泳動チップ。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載のマイクロ電気泳動チップを用い、
前記流路の両端間に電圧を印加して、前記流路中の前記検体試料を分離する工程と、
前記凹部にマーカー物質を導入する工程と、
前記基板表面に転写用部材を接触させて、前記流路中の前記検体試料および前記凹部中の前記マーカー物質を前記転写用部材に転写する工程と、
前記転写用部材に転写された前記検体試料を検出する工程と、を含み、
前記検体試料を検出する工程において、前記流路の両端部の位置を示す前記マーカー物質の位置を基準として、前記転写用部材上の前記検体試料の位置データと前記検体試料の検出データとを対応づけることにより、前記検体試料を分析する、分析方法。
【請求項7】
前記検体試料の前記位置データと複数種類の前記検出データとを統合して、前記検体試料を分析する、請求項6に記載の分析方法。
【請求項8】
前記検出する工程が、抗体を用いた免疫学的方法により、前記検体試料を検出する工程である、請求項6または7に記載の分析方法。
【請求項9】
前記検出する工程が、質量分析方法により、前記検体試料を検出する工程である、請求項6または7に記載の分析方法。
【請求項10】
前記検出する工程が、前記検体試料固有の活性を検出する、請求項6または7に記載の分析方法。
【請求項11】
前記検出する工程は、前記マーカー物質の位置を検出する工程と同時に行う、請求項6から10のいずれかに記載の分析方法。
【請求項12】
前記マーカー物質の位置を検出する工程において、検出された前記マーカー物質の位置に基づいて、前記転写用部材上で前記検体試料の前記流路中の位置を決定する、請求項11に記載の分析方法。
【請求項13】
前記マーカー物質が、アルカリフォスファターゼ、ペルオキシダーゼ、蛍光物質、燐光物質、クマシーブルー、およびアルカリフォスファターゼ、ペルオキシダーゼ、蛍光物質、燐光物質若しくはクマシーブルーで標識または染色されたタンパク質からなる群から選択される少なくとも一種以上を含む、請求項6から12のいずれかに記載の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図8】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−39002(P2011−39002A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−189392(P2009−189392)
【出願日】平成21年8月18日(2009.8.18)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】