説明

マウス凍結融解精子を用いる体外受精方法

【課題】凍結精子融解後の受精能が著しく低下し、凍結保存には適さなかったマウス系統の凍結融解精子について、その受精率を向上させる手段を提供すること。
【解決手段】以下の工程を含む、マウス凍結融解精子を用いる体外受精方法。
(1) マウス凍結精子を融解し、メチル−β−シクロデキストリン、D−ペニシラミン、クエン酸三ナトリウム、およびハイポタウリンを含有する培地を入れたディッシュで前培養する工程
(2) ディッシュの中央部分からマウス精子を選択的に採取する工程
(3) 採取したマウス精子とマウス卵子を用いて体外受精を行う工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマウス凍結融解精子を用いる体外受精方法、および当該方法に用いるマウス精子前培養培地に関する。
【背景技術】
【0002】
C57BL/6J系統は遺伝子改変実験をはじめ最も汎用されている実験用マウス系統である。その系統の継代、移動、分与等においては精子を凍結して保持することが求められるが、本系統の凍結精子の融解後の受精能が著しく低下することから、精子の凍結保存には不適な系統とされている。その弱点を埋めるべくこれまで透明帯穿孔法・顕微受精など卵側を操作する受精補助技術を通じて凍結精子への対応策が施されてきた。しかし、いずれの方法も熟練を要することから汎用化が困難であった。
【0003】
C57BL/6Jマウス系統の凍結精子の受精率改善を目的として、これまでに3つの対応策が報告されている。第1は、融解後の精子懸濁液内の細胞片や不動精子の混在が低受精率の原因と考え、それらを人為的に除去して活動性のある精子のみを残すことで受精率を改善する方法(非特許文献1)である。しかし、本法は、実験操作が簡易ではなく、再現性に乏しいなどの理由から汎用化が困難であった。第2は、培養液内へ受精能獲得を誘起する試薬を添加することにより受精率を改善する方法(非特許文献2)、第3は、凍結保護剤にモノチオグリセロールを添加することにより精子への凍結融解時の傷害を軽減して受精率の改善を図る方法(非特許文献3)である。いずれの方法も実験操作は簡易であるが、再現性が乏しい上、受精率が安定しないことから、第1の方法と同様に汎用化が期待できないという問題があった。
【0004】
一方、C57BL/6Jマウス系統を対象にした精子凍結保存・体外受精システムが開発されており、本システムは1種または2種以上のアミノ酸と糖類を含む、精子凍結保存液(特許文献1)と、シクロデキスリン誘導体、アミノ酸、解糖系中間体を含む精子前培養液(特許文献2)を組み合わせることで受精率を向上させるものである。しかしながら、精子凍結保存液として公知のR18S3によって凍結されたC57BL/6Jマウス系統精子においては、精子前培養液単独での効果は期待できない。
【0005】
【非特許文献1】Mary ML.: Simple and efficient in vitro fertilization with cryopreserved C57BL/6J mouse sperm. Biology of Reproduction 2003; 68:19-23.
【非特許文献2】Takeo T, Hoshii T, Kondo Y, Toyodome H, Arima H, Yamamura K, Irie T, Nakagata N. : Methyl-Beta-Cyclodextrin improves fertilizing ability of C57BL/6 mouse sperm after freezing and thawing by facilitating cholesterol efflux from the cells. Biology of Reproduction 2008; 78:546-5
【非特許文献3】G. Charles Ostermeier, Michael V. Wiles, Jane S. Farley, Robert A. Taft : Conserving, Distributing and Managing Genetically Modified Mouse Lines by Sperm Cryopreservation. PLoS ONE 2008; 3:e2792.
【特許文献1】特開2005-270006号
【特許文献2】特開2006-204180号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、凍結精子融解後の受精能が著しく低下し、凍結保存には適さなかったマウス系統の凍結融解精子について、その受精率を向上させる手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、活動性の高い精子を選択的に採取する方法と、精子の運動性の維持と受精能獲得を誘起する特定の試薬を添加した精子前培養用培養液による培養を組み合わせることにより、マウス凍結融解精子の受精率を有意に向上させることに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
[1] 以下の工程を含む、マウス凍結融解精子を用いる体外受精方法。
(1) マウス凍結精子を融解し、メチル−β−シクロデキストリン、D−ペニシラミン、クエン酸三ナトリウム、およびハイポタウリンを含有する培地を入れたディッシュで前培養する工程
(2) ディッシュの中央部分からマウス精子を選択的に採取する工程
(3) 採取したマウス精子とマウス卵子を用いて体外受精を行う工程
[2] 精子供与マウスが、C57BL/6J系統、BALB/cA系統、BALB/cByJ系統、FVB/N系統、C3H/HeJ系統、及び129+Ter/SV系統からなる群から選択される系統のマウスである、[1]に記載の方法。
[3] メチル−β−シクロデキストリン、D−ペニシラミン、クエン酸三ナトリウム、およびハイポタウリンを含有するマウス精子前培養培地。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、従来凍結融解後の精子について高い受精率が得ることが困難であったマウス系統においても、簡便な操作で、しかも再現性よく、高い受精率が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
1.マウス体外受精方法
本発明は、マウス凍結融解精子を用いる体外受精方法で以下の工程を含む。
(1) マウス凍結精子を融解し、メチル−β−シクロデキストリン、D−ペニシラミン、クエン酸三ナトリウム、およびハイポタウリンを含有する培地を入れたディッシュで前培養する工程
(2) ディッシュの中央部分からマウス精子を選択的に採取する工程
(3) 採取したマウス精子を用いて受精を行う工程
【0011】
以下、各工程について詳細に説明する。
まず、工程(1)では、マウス凍結精子を融解し、4つの試薬(メチル−β−シクロデキストリン、D−ペニシラミン、クエン酸三ナトリウム、およびハイポタウリン)を含有する培地を入れたディッシュにて前培養する。
【0012】
精子を供与するマウスには、C57BL/6J系統、BALB/cA系統、BALB/cByJ系統、FVB/N系統、C3H/HeJ系統、及び129+Ter/SV系統からなる群から選択される系統のマウスを用いることができるが、C57BL/6J系統のマウスが特に好ましい。
【0013】
マウス精子の凍結と融解は、当該分野において公知の手法に従って行うことができる。その手順の一例を以下に示す。まず、成熟雄マウス(12週齢以上)から採取した精巣上体尾部2個をマルチディッシュ内の100μlの凍結保存液中に移し、精巣上体管を細切後、マルチディッシュを1分間振盪させ、精子を凍結保存液中に懸濁する。凍結保存液は、公知の凍結保存液を用いればよく、例えば、R18S3(ラフィノース18重量%、スキムミルク3重量%および水からなる精子凍結保存液)、R18(ラフィノース18重量%および水からなる精子凍結保存液)、ラフィノース・グリセロール混合液などが挙げられる。
【0014】
次に、ストローに精子懸濁液を充填し、これを凍結用フロートに入れ、液体窒素保管器内の液体窒素液表面に約10〜15分間静置する。その後、凍結用フロートを液体窒素中に浸漬し、精子を凍結保存する。前記ストローは、その両端に空気相を設け、シーラーで封止する。ストローの内径および長さは特に限定されないが、精子凍結時の温度の均一性を確保する上で、内径0.5〜3mmが好ましい。
【0015】
上記のようにして凍結保存されたマウス精子は、用時に融解する。具体的には、凍結保存しているストローを液体窒素から取り出し、60℃の温水中に6秒間浸漬後、続いて37℃の温水中に15分間浸漬する。
【0016】
次に、温水からストローを引き上げ、融解した精子懸濁液を、予め作製しておいた220μlの前培養培地を入れた4-ウェルマルチディッシュにいれ、37℃、5%CO条件下で、60分間前培養を行う。
【0017】
上記「前培養」とは、媒精に供する前に精子に受精能を獲得させるための予備培養をいう。ここで使用する前培養培地は、メチル−β−シクロデキストリン、D−ペニシラミン、クエン酸三ナトリウム、およびハイポタウリンの4つの試薬を所定量添加する以外は、通常のマウスの体外受精用培地およびその改良培地を用いればよく、タイロード液、クレブス・リンゲル重炭酸緩衝液、またそれらを修正した緩衝液、例えば、Whittingham培地、TYH培地、HTF培地などが挙げられる。
【0018】
工程(2)では、前培養を行ったディッシュの中央部分からマウス精子を選択的に採取する。従来法では、融解精子を直接に媒精するため運動性のない精子や細胞片が混在していたのに対し、上記の方法によれば、容易に運動精子と不動精子を分離でき、活動性のある精子のみを優位に採取することができる(図1)。
【0019】
工程(3)では、上記で選択的に採取したマウス精子とマウス卵子を用いて体外受精を行う。マウス卵子としては、過排卵誘起法などによって未成熟雌(4週齢)、成熟雌マウス(8〜16週齢)から採取した末受精卵を用いる。
【0020】
未受精卵の調製、体外受精は、当該分野で公知の通常の手法に従って行うことができる。
その手順の一例を以下に示す。
【0021】
成熟雌マウスに、5 I.U./匹の妊馬血清性腺刺激ホルモン(PMSG)を腹腔内注射し、その48時間後に5 I.U./匹のヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)を腹腔内注射して過排卵処理を行う。hCG注射15.5時間後、過排卵を誘起した雌マウスの卵管膨大部より卵丘卵母細胞複合体を採取し、受精用ドロップへ入れる。
【0022】
工程(2)で選択的に採取した運動精子10μlを、未受精卵の入ったドロップに導入して培精し、その後、37℃、5%CO2条件下で培養する。媒精から7時間後、卵子を新鮮な培養用培養液M16で洗浄し、37℃、5%C02条件下で培養する。体外受精率は、計測した2細胞期に発生した胚および未受精卵の数を、以下の式に代入することにより算出される。
体外受精率(%)={2細胞期胚の数/(2細胞期胚の数+未受精卵の数)}×100
【0023】
本発明の方法により、これまで凍結融解精子を用いた体外受精では著しく受精率が低下したマウス系統でも高い受精率が得られる。ここで、本発明の方法により得られる高い受精率とは、例えば、C57BL/6J系統の凍結融解精子を未受精卵に体外受精させた場合に、40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上の受精率をいう。
【0024】
2.マウス精子前培養培地
本発明のマウス精子前培養培地は、有効成分としてメチル−β−シクロデキストリン、D−ペニシラミン、クエン酸三ナトリウム、およびハイポタウリンを含有する。上記成分のうち、メチル−β−シクロデキストリンとD−ペニシラミンは、人為的に精子細胞膜を不安定化させて受精能獲得(capacitation)を誘起する作用を有し、クエン酸三ナトリウムとハイポタウリンは細胞毒性による精子の運動性の低下を防止する作用を有する。
【0025】
本発明のマウス精子前培養培地におけるメチル−β−シクロデキストリンの含有量は、好ましくは0.1〜1.0 mM、より好ましくは0.3〜0.7 mM、最も好ましくは0.5 mMである。メチル−β−シクロデキストリンの含有量が0.1 mMより少ない場合、凍結融解精子の受精能獲得を十分に誘起できず、1.0 mMより多いと、細胞毒性などの影響により精子の生存性・運動性が著しく低下するので、好ましくない。
【0026】
本発明のマウス精子前培養培地におけるD−ペニシラミンの含有量は、好ましくは0.05〜1.0 mg/ml、より好ましくは0.1〜0.5 mg/mlであり、最も好ましくは0.3 mg/mlである。D−ペニシラミンの含有量が0.05 mg/mlより少ない場合、凍結融解精子の受精能獲得を十分に誘起できず、1.0 mg/mlより多いと細胞毒性などの影響により精子の生存性・運動性が著しく低下するので、好ましくない。
【0027】
また、本発明のマウス精子前培養培地におけるクエン酸三ナトリウムの含有量は0.1〜10.0mM、好ましくは0.1〜1.0mM、より好ましくは0.3〜0.7mMであり、最も好ましくは0.5mMである。クエン酸三ナトリウムの含有量が0.1mMより少ない場合、精子の運動性を十分に維持できず、10.0mMより多いと、細胞毒性などの影響により精子の生存性・運動性が著しく低下するので、好ましくない。
【0028】
また、同培地におけるハイポタウリンの含有量は0.01〜10.0mM、好ましくは0.01〜1mM、より好ましくは0.05〜0.3mMであり、最も好ましくは0.1mMである。ハイポタウリンの含有量が0.01mMより少ない場合、精子の運動性を十分に維持できず、10.0mMより多いと細胞毒性などの影響により精子の生存性・運動性が著しく低下するので、好ましくない。
【0029】
本発明によるマウス精子前培養培地には、上記の特定の試薬(メチル−β−シクロデキストリン、D−ペニシラミン、クエン酸三ナトリウム、およびハイポタウリン)の他、必要に応じて、電解質、還元物質、高分子などを含有させてもよく、また細胞のエネルギー源となる物質を加えてもよい。
【0030】
電解質としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、炭酸水素ナトリウム、酢酸ナトリウム、硫酸マグネシウムなどが挙げられる。また、高分子としては、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルピロリドン(PVP)、フィコール(Ficoll)などが挙げられる。さらに、エネルギー源としては、グルコース、乳酸、ピルビン酸やこれらの塩(乳酸ナトリウムやピルビン酸ナトリウムなど)などを挙げることができる。
【0031】
また、本発明のマウス精子前培養培地には、ペニシリン、ストレプトマイシン、アムホテリシンBなどの抗生物質を必要に応じて添加してもよい。この他に、培地のpHの変化を目視できるようにフェノールレッドなどのpH指示薬を含有させることもできる。
【0032】
本発明のマウス精子前培養培地は、上記の特定の試薬と他の成分を配合することにより常法に従って製造することができる。培地に添加する各成分は、予めその全部または一部の成分を含む溶液を調製しておいてもおく、一部の成分のみを用時に添加してもよい。
培地の形態としては、無菌の溶液、用時希釈型の無菌濃縮液、または用時溶解型の無菌の凍結乾燥剤の形態が挙げられる。溶液とする場合に使用する溶媒としては水が好ましく、特に蒸留水、注射用蒸留水、細胞培養用蒸留水、胚操作用蒸留水などを用いるのが好ましい。
【0033】
本発明のマウス精子前培養培地は、他のマウス体外受精に必要な試薬や器具とともにマウス受精用キットにして提供できる。キットには、マウス精子前培養培地のほか、マウス凍結保存液、保存ストロー、4-ウェルマルチディッシュ、取扱説明書などを含めることができる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものでない。
(実施例1)マウスC57BL/6J系統の受精実験
A. 実験手法
(1) 動物
マウスC57BL/6J Jclは日本クレアより購入した雄12週齢以上、雌4週齢を供した。
【0035】
(2) 精巣上体精子の凍結
雄マウスから両側精巣上体尾部を採取し、R18S3 凍結保存液100μlに入れ、その中でマイクロ剪刀を用いて切り込みを5箇所入れ、室温で5分間静置し、精子を放出させた。十分に精子を拡散後、ストロー8本へ各11μl 充填した。これらのストローを液体窒素気層中に20分間静置させた後、液体窒素中へ浸漬した。
【0036】
(3) 凍結精子の融解
ピンセットを用いて液体窒素保管器からストローを取り出し、60℃恒温水槽中で6秒間浸漬後、37℃温水中に素早く移し15分間加温し融解した。
【0037】
(4) 精子前培養
前培養培地の調製は以下のようにして行った。まず、下記表1に示すWhittingham modified Tyrode solution (WTS)作成時に0.5mM クエン酸三ナトリウム(C)をWTS 100mlに対して14.7mg添加した。
【0038】
【表1】

【0039】
このクエン酸三ナトリウムを添加したWTS 10mlに対して、X (X=0.3, 0.5, 0.7)mM メチル−β−シクロデキストリン (MBCD) 6.8mg、Y (Y=0.05, 0.1, 0.3, 0.5, 1.0, 5.0) mg/ml D−ペニシラミン(P)3.0mg、0.1mM ヒポタウリン(T) 1.0mg、ポリビニルピロリドン(PVP) 10.0mgを4-ウェルマルチディッシュ分注直前に添加した。
【0040】
上記の前培養培地[X mM メチル−β−シクロデキストリン (MBCD)、Y mg/mlD−ペニシラミン (P)、0.5mM クエン酸三ナトリウム(C)、0.1mM ヒポタウリン(T)を含むBSAをPVPに置き換えたWTS]220μlを4-ウェルマルチディッシュに分注し、ミネラルオイルで覆い、一晩CO2インキュベーター内で前平衡させた。
【0041】
三方活栓付シリンジを使い、(3)で融解した精子懸濁液全量をストローから直接上記CO2インキュベーター内の4-ウェルマルチディッシュに導入し、60分間の前培養を行った。なお、精子導入から前培養終了まで、前培養培地を含む4-ウェルマルチディッシュは動さないようにした。
【0042】
(5) 採卵
雌マウスにPMSG(5.0IU)投与して48時間後にHCG(5.0IU)を投与し、HCG投与15.5時間後に卵管から排卵卵子を採取した(採卵)。採卵は受精培地1ドロップ(40μl)に対して雌1頭を供した。
【0043】
(6) 精子の選択的採取法(媒精)
(4)で前培養した精子は、死滅精子などの不動精子が培地の縁に集まり、中央部分には運動精子のみが存在するようになる。そこで、運動精子が多く存在する部分(運動精子と不動精子の境界近く)から10μlを採取し、卵の入った受精培地(0.1mMヒポタウリン(T)を含むHuman Tubal Fluid(HTF)。35mmディッシュに40μlドロップを作製してミネラルオイルで覆い、一晩CO2インキュベーター内で前平衡させて使用)へ媒精した。なお、媒精する際もCO2インキュベーター中の受精培地へ行い、精子導入後ディッシュは動かさないようにした。
【0044】
(7) 卵洗浄
媒精7時間後に正常卵をM16培地(35mm ディッシュ に50μlのドロップを5個作製してミネラルオイルで覆い、一晩CO2インキュベーター内で前平衡させて使用)で3回洗浄し、翌日まで培養した。
【0045】
(8) 受精率の算出
卵を洗浄し、2細胞期へ発生した胚と未受精卵を回収し、それらの数を計測し、式:体外受精率(%)={2細胞期胚の数/(2細胞期胚の数+未受精卵の数)}×100により受精率を算出した。
【0046】
B. 結果
(1) 精子前培養培地におけるメチル−β−シクロデキストリンとD−ペニシラミンの至適濃度条件
図2に、メチル−β−シクロデキストリンとD−ペニシラミンの濃度の違いによる受精率を示す。クエン酸三ナトリウム(0.5mM)とハイポタウリン(0.1mM)の存在下におけるメチル−β−シクロデキストリンとD−ペニシラミンの至適濃度は、それぞれ0.5mMと0.3mg/mlであることがわかった。
【0047】
(2) 精子前培養培地への添加試薬の効果
受精実験における各試薬添加の効果を下記表2に示す。
【0048】
【表2】

【0049】
以上の結果より、4試薬は単独添加では効果が低く、4試薬の併用添加によってより効果的であることが示された。平均受精率においては、従来の凍結融解方法[N. Nakagata et al., Cryopreservation of mouse spermatozoa, Mammalian Genome 11, 572-576 (2000):ラフィノース、スキムミルク、水からなる精子凍結保存液(R18S3)を使用]の受精率(16.5%)に比べて有意に高値(63.9%: P<0.01)を示し、これらの試薬のC57BL/6J系統に対する有効性が確認できた。
【0050】
(実施例2)他のマウス系統の受精実験
C57BL/6J系統に代えて他のマウス系統(BALB/cA、BALB/cByJ、FVB/N、C3H/HeJ 、129+Ter/SV)を用いる以外は、実施例1と同様にして受精実験を行った。なお、精子前培養培地は、実施例1で検討した4試薬を至適濃度で含む培地(0.5 mM メチル−β−シクロデキストリン (MBCD)、0.3 mg/ml D−ペニシラミン (P)、0.5mM クエン酸三ナトリウム(C)、0.1mM ヒポタウリン(T)を含むBSAをPVPに置き換えたWTS)を用いた。図3の結果に示されるように、本法はC57BL/6J系統のみならず、他の系統(BALB/cByJ、C3H/HeJ、129+Ter/SV)においても有効であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の方法は、生殖工学、発生工学において利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】活動性の高い精子の選択的採取法を示す。
【図2】精子前培養培地におけるメチル−β−シクロデキストリンとD−ペニシラミンの至適濃度条件の検討結果を示す。
【図3】他の系統(BALB/cByJ、C3H/HeJ、129+Ter/SV)を用いた受精実験の結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、マウス凍結融解精子を用いる体外受精方法。
(1) マウス凍結精子を融解し、メチル−β−シクロデキストリン、D−ペニシラミン、クエン酸三ナトリウム、およびハイポタウリンを含有する培地を入れたディッシュで前培養する工程
(2) ディッシュの中央部分からマウス精子を選択的に採取する工程
(3) 採取したマウス精子とマウス卵子を用いて体外受精を行う工程
【請求項2】
精子供与マウスが、C57BL/6J系統、BALB/cA系統、BALB/cByJ系統、FVB/N系統、C3H/HeJ系統、及び129+Ter/SV系統からなる群から選択される系統のマウスである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
メチル−β−シクロデキストリン、D−ペニシラミン、クエン酸三ナトリウム、およびハイポタウリンを含有するマウス精子前培養培地。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−148383(P2010−148383A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−327885(P2008−327885)
【出願日】平成20年12月24日(2008.12.24)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】