説明

マウス肝炎ウイルスの組換え抗原

【課題】マウス肝炎ウイルス感染の診断方法の提供。
【解決手段】マウス肝炎ウイルスの組換え抗原及び前記抗原を用いたマウス肝炎ウイルス感染の診断方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マウス肝炎ウイルスの組換え抗原に関する。また本発明は、前記組換え抗原を用いたマウス肝炎ウイルス感染の診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マウス肝炎ウイルス(Mouse hepatitis virus:MHV)は、コロナウイルス属に属するRNAウイルスの1種であり、マウスを宿主とする。
マウス肝炎ウイルス株としては、MHV-S、MHV-Y、MHV-TY、MHV-DVIM、MHV-1、MHV-2、MHV-3、MHV-RI、MHV-JHM、MHV-A59などが知られている(非特許文献1、2)。また、ラットを宿主とするコロナウイルスとしては、唾液腺涙腺炎ウイルス(Sialodacryoadenitis virus:SDAV)SDAV-681、ラットコロナウイルス(Rat Coronavirus:RCV)RCV-Parkerなどが知られている(非特許文献3、4)。このうち、特にMHV-1、MHV-2、MHV-3、MHV-JHM、MHV-A59、及びMHV-S株は病原性が高く、肝臓等の多様な臓器に感染する。一方、MHV-Y、MHV-TY、MHV-DVIM、MHV-RI株は病原性が低く、腸管に限局した感染が特徴で、他臓器への伝播はみられない。
マウス肝炎ウイルスは、主にスパイク(S)タンパク質、ヘムアグルチニン-エステラーゼ(HE)タンパク質、膜(M)タンパク質及びヌクレオキャプシド(N)タンパク質等の構造タンパク質で構成される。マウス肝炎ウイルスMHV-S株のNタンパク質については、そのアミノ酸配列及び遺伝子の塩基配列が知られている(非特許文献5)が、Sタンパク質については、その全長アミノ酸配列及びその遺伝子の塩基配列は明らかとなっていない。
マウス肝炎ウイルスは、実験用マウスやラットに感染するため、その感染の有無を診断することはその品質管理上非常に重要である。現在、実験用マウスやラットの微生物学的品質管理として、抗原抗体反応を利用した微生物感染の血清診断が行われている。しかしながら、これまでの血清診断方法では、感染性のある微生物本体を血清診断の抗原として用いるため、実験室内で感染が拡大する可能性があった。
また、従来技術では、培養細胞で増殖させたウイルスを培養上清から収集・精製するため、ウイルス液には製造ロット差が生じやすく、均一な品質の精製度の高い抗原を多量に取得することが困難であった。そして、このように調製されたウイルス液を抗原として用いた場合には、細胞成分や培地成分の混入による非特異的反応も多く、血清診断の特異性や感度が高いとはいえない状況にあった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Homberger FR, Lab. Anim., 1996, 31: 97-115
【非特許文献2】Baker DG, Clin. Microbiol. Rev., 1998, 11: 236-266
【非特許文献3】Baker MG, Can. J. Vet. Res., 1994, 58: 99-103
【非特許文献4】Yoo D et al., Clin. Diagn. Lab. Immunol., 2000, 7: 568-573
【非特許文献5】Parker MM and Masters PS, Virology, 1990, 179: 463-468
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、その解決しようとする課題は、マウス肝炎ウイルス感染の血清診断に用いる抗原として、感染性がなく、精製度の高い組換えタンパク質を提供すること、並びにこれらのタンパク質を利用して、従来よりも特異性又は感度の高いマウス肝炎ウイルス感染の診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、マウス肝炎ウイルスの構造タンパク質のうち、ウイルス株間で高い共通性を有するヌクレオキャプシド(N)タンパク質と、ウイルス株間で特異性が高く反応性も高いスパイク(S)タンパク質に着目し、これらの組換えタンパク質の作製に成功した。また、これらの組換えタンパク質をマウス肝炎ウイルス感染の血清診断の抗原として使用することにより、従来よりも特異性又は感度の高い血清診断が可能であることを見出した。さらに、前記血清診断法において、Sタンパク質抗原とNタンパク質抗原とを併用することにより、さらに診断の特異性又は感度を高めることに成功し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)以下の(a)〜(h)のいずれかのタンパク質。
(a)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
(c)配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(d)配列番号4で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
(e)配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(f)配列番号6で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
(g)配列番号8で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(h)配列番号8で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
(2)マウス肝炎ウイルスがMHV-S株である、上記(1)に記載のタンパク質。
(3)上記(1)又は(2)に記載のタンパク質をコードする遺伝子。
(4)以下の(a)〜(h)のいずれかのポリヌクレオチドからなる遺伝子。
(a)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド
(b)配列番号1で示される塩基配列に対して相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(c)配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド
(d)配列番号3で示される塩基配列に対して相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(e)配列番号5で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド
(f)配列番号5で示される塩基配列に対して相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(g)配列番号7で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド
(h)配列番号7で示される塩基配列に対して相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(5)マウス肝炎ウイルスがMHV-S株である、上記(4)に記載の遺伝子。
(6)上記(3)〜(5)のいずれかに記載の遺伝子を含む組換えベクター。
(7)上記(6)に記載の組換えベクターを含む形質転換体。
(8)上記(7)に記載の形質転換体を培養し、得られる培養物からマウス肝炎ウイルスの組換えスパイクタンパク質又はその部分ペプチドを採取することを特徴とする、前記タンパク質又はその部分ペプチドの製造方法。
(9)上記(1)又は(2)に記載のタンパク質から選択される少なくとも1種のタンパク質又は上記(7)に記載の形質転換体の処理物を抗原として用いて、被検マウスから採取された血清中の抗マウス肝炎ウイルス抗体を検出することを特徴とする、当該被検マウスにおける肝炎ウイルス感染の診断方法。
(10)上記(1)又は(2)に記載のタンパク質から選択される少なくとも1種のタンパク質又は上記(7)に記載の形質転換体の処理物を抗原として用いて、被検ラットから採取された血清中の抗唾液腺涙腺炎ウイルス抗体を検出することを特徴とする、当該被検ラットにおける唾液腺涙腺炎ウイルス感染の診断方法。
(11)以下の(a)又は(b)のタンパク質を抗原としてさらに併用することを特徴とする上記(9)又は(10)に記載の方法。
(a)配列番号10で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号10で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
(12)マウス肝炎ウイルスがMHV-S株である、上記(8)、(9)及び(11)のいずれかに記載の方法。
(13)上記(1)又は(2)に記載のタンパク質を抗マウス肝炎ウイルス抗体に対する抗原として含む、マウス肝炎ウイルス感染の診断用試薬。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、マウス肝炎ウイルスの組換え抗原を提供することができる。また、本発明により、従来よりも特異性又は感度の高いマウス肝炎ウイルス感染の診断方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】組換えMHVタンパク質の構造等を表す図である。A: MHVのSタンパク質、S1タンパク質、S2タンパク質及びSmidタンパク質の構造の模式図を示す。B:各組換えタンパク質のSDS-PAGE結果を示す。
【図2】抗MHV-S血清に対する各種組換えMHV抗原の反応性の検討結果を示す図である。
【図3】抗MHV-S血清に対する各種組換えMHV抗原の反応性の検討結果を示す図である。
【図4】各種ウイルス株に対する抗血清と各種組換えMHV抗原との反応性を検討した結果を示す図である。
【図5】各種ウイルス株に対する抗血清と各種組換えMHV抗原との反応性を検討した結果を示す図である。
【図6】組換えNタンパク質の反応性とMHVビリオン(MHV-virion)抗原の反応性との相関を示す図である。
【図7】組換えS2タンパク質の反応性とMHVビリオン抗原の反応性との相関を示す図である。
【図8】組換えS2タンパク質の反応性と組換えNタンパク質の反応性との相関を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施の形態のみに限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々な形態で実施をすることができる。
【0010】
1.概要
本発明は、マウス肝炎ウイルスの組換え抗原及びこれを用いたウイルス感染の診断方法に関するものである。本発明者らは、これまで明らかになっていなかったマウス肝炎ウイルスMHV-S株のSタンパク質のアミノ酸配列及び当該タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列を特定することに成功した。そして、これらの配列情報に基づき、Sタンパク質、並びにSタンパク質の部分ペプチドであるS1タンパク質、S2タンパク質及びSmidタンパク質の組換えタンパク質の取得に成功した。さらに、これらの組換えタンパク質を、マウス肝炎ウイルス感染を診断するための抗原として用いることにより、従来の方法と比較して特異性及び感度が極めて高い診断が可能となることを見出した。
本発明者らは、マウス肝炎ウイルス感染の診断において、Sタンパク質及びこれらの部分ペプチドに加えて、Nタンパク質も抗原として併用することにより、特異性及び感度をさらに高めることができることを見出した。また、MHV-S株のS2タンパク質を抗原とした場合に、各MHV株に感染したマウスの血清中に含まれる抗体のみならず、SDAV株に感染したラットの血清中に含まれる抗体も高感度に検出可能であることが明らかになった。本発明はこれらの知見に基づき完成されたものである。
【0011】
2.マウス肝炎ウイルス
本発明において、マウス肝炎ウイルス(Mouse hepatitis virus:MHV)とは、コロナウイルス属に属するRNAウイルスの1種であり、マウスを宿主とするウイルスを意味する。このようなマウス肝炎ウイルスとしては、MHV-S、MHV-Y、MHV-TY、MHV-DVIM、MHV-1、MHV-2、MHV-3、MHV-RI、MHV-JHM、MHV-A59などが挙げられるが、好ましくはMHV-Sである。また、ラットを宿主とするコロナウイルスとしては、唾液腺涙腺炎ウイルス(Sialodacryoadenitis virus:SDAV)SDAV-681及びラットコロナウイルス(Rat Coronavirus:RCV)RCV-Parkerなどが挙げられるが、好ましくはSDAVである。
マウス肝炎ウイルスは、主にスパイク(S)タンパク質、ヘムアグルチニン-エステラーゼ(HE)タンパク質、膜(M)タンパク質及びヌクレオキャプシド(N)タンパク質等の構造タンパク質で構成される。これらの構造タンパク質のうち、本発明に用いられる構造タンパク質としては、Sタンパク質及びNタンパク質が好ましい。
【0012】
3.マウス肝炎ウイルスタンパク質
(1)Sタンパク質
本発明において、Sタンパク質とは、マウス肝炎ウイルス、好ましくはMHV-S株のスパイク(S)タンパク質を意味する(図1A)。Sタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。
本発明において、Sタンパク質としては、例えば以下の(a)又は(b)のタンパク質が挙げられる。
(a)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
【0013】
(2)S1タンパク質
本発明において、S1タンパク質とは、上記Sタンパク質のアミノ酸配列のうち、開始コドンから757番目までのアミノ酸残基に相当する部分のタンパク質(Sタンパク質の部分ペプチド)を意味する(図1A)。S1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号4に示す。
本発明において、S1タンパク質としては、例えば以下の(a)又は(b)のタンパク質が挙げられる。
(a)配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号4で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
【0014】
(3)S2タンパク質
本発明において、S2タンパク質とは、上記Sタンパク質のアミノ酸配列のうち、757番目から1361番目までのアミノ酸残基に相当する部分のタンパク質(Sタンパク質の部分ペプチド)を意味する(図1A)。S2タンパク質のアミノ酸配列を配列番号6に示す。
本発明において、S2タンパク質としては、例えば以下の(a)又は(b)のタンパク質が挙げられる。
(a)配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号6で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
【0015】
(4)Smidタンパク質
本発明において、Smidタンパク質とは、上記Sタンパク質のアミノ酸配列のうち、451番目から1068番目までのアミノ酸残基に相当する部分のタンパク質(Sタンパク質の部分ペプチド)を意味する(図1A)。S2タンパク質のアミノ酸配列を配列番号8に示す。
本発明において、Smidタンパク質としては、例えば以下の(a)又は(b)のタンパク質が挙げられる。
(a)配列番号8で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号8で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
【0016】
(5)Nタンパク質
本発明において、Nタンパク質とは、マウス肝炎ウイルス、好ましくはMHV-S株のヌクレオキャプシド(N)タンパク質を意味する。MHV-S株のNタンパク質のアミノ酸配列を配列番号10に示す。
本発明において、Nタンパク質としては、例えば以下の(a)又は(b)のタンパク質が挙げられる。
(a)配列番号10で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号10で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
【0017】
上記のとおり、本発明のSタンパク質、S1タンパク質、S2タンパク質、Smidタンパク質、Nタンパク質(以下「Sタンパク質等」とも称する)には、それぞれ配列番号2、4、6、8、10で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加され、又はそれらの組合せにより変異されたアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質も含まれる。
【0018】
上記配列番号2、4、6、8又は10で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が、欠失、置換、若しくは付加され、又はそれらの組合せにより変異されたアミノ酸配列としては、例えば、
(i) 配列番号2、4、6、8又は10で示されるアミノ酸配列中の1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、
(ii) 配列番号2、4、6、8又は10で示されるアミノ酸配列中の1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、
(iii) 配列番号2、4、6、8又は10で示されるアミノ酸配列に1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、
(iv) 上記(i)〜(iii) の組合せにより変異されたアミノ酸配列
などが挙げられる。
【0019】
本発明において、「マウス肝炎ウイルスの抗原性」とは、当該タンパク質が宿主においてマウス肝炎ウイルスに対する免疫応答を引き起こす活性又は抗マウス肝炎ウイルス抗体に対する反応性を意味する。また、「抗原性を有する」とは、当該タンパク質が必ずしも宿主に免疫応答を引き起こす活性(免疫原性)を有することを意味するものではなく、抗マウス肝炎ウイルス抗体に反応する活性を有していればよい。また、「抗原性を有する」とは、配列番号2、4、6、8又は10で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質のマウス肝炎ウイルスの抗原性を100としたときと比較して、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、好ましくは90%以上の活性を有することを意味する。
マウス肝炎ウイルスの抗原性は、公知の免疫学的手法、例えば、ELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)、IB(immunoblot assay)、放射性免疫測定法(RIA; radioimmuno assay)、microsphere fluorescent immunoassay等によって測定することができる。
【0020】
また、本発明のSタンパク質、S1タンパク質、S2タンパク質、Smidタンパク質、Nタンパク質には、それぞれ、配列番号2、4、6、8、10で示されるアミノ酸配列と約98%
以上、好ましくは約99%以上、より好ましくは約99.9%以上の相同性(同一性)を有するアミノ酸配列を有し、かつマウス肝炎ウイルスの抗原性を有するもの(配列番号2、4、6、8、10で示されるアミノ酸配列と実質的に同等のアミノ酸配列)も含まれる。相同性は、インターネットを利用したホモロジー検索サイト、例えば日本DNAデータバンク(DDBJ)において、FASTA、BLAST、PSI-BLAST等の相同性検索を利用できる。また、National Center for Biotechnology Information (NCBI) において、BLASTを用いた検索を行うこともできる。
【0021】
ここで、配列番号2、4、6、8又は10で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じたアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドは、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Press(1989))、「Current Protocols in Molecular Biology」(John Wiley & Sons(1987-1997))、Kunkel(1985)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 82: 488-92、Kramer and Fritz(1987)Method. Enzymol. 154: 350-67、Kunkel(1988)Method. Enzymol. 85: 2763-6等に記載の部位特異的変異誘発法等の方法に従って調製することができる。
【0022】
上記の変異を有するタンパク質を調製するためにポリヌクレオチドに変異を導入するには、Kunkel法やGapped duplex法等の部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばQuikChangeTMSite-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)、GeneTailorTM Site-Directed Mutagenesis System(インビトロジェン社製)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Super Express Km等:タカラバイオ社製)等を用いて行うことができる。
【0023】
さらに、本発明のSタンパク質等には、他のペプチド配列により付加された融合タンパク質が含まれる。上記配列番号2、4、6、8又は10に示すアミノ酸配列またはその変異体のアミノ酸配列に付加するペプチド配列としては、インフルエンザ凝集素(HA)、グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)、多重ヒスチジンタグ(6×His、10×His等)、FLAG等が挙げられ、これらのペプチド配列は、タンパク質の識別や採取を容易にするものであり、配列等は適宜選択することができる。
【0024】
また、本発明のタンパク質には、配列番号1、3、5、7又は9で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドによりコードされるタンパク質であって、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質も含まれる。
【0025】
このようなポリヌクレオチドは、上記部位特異的突然変異誘発法を利用して得ることができ、あるいは、配列番号1、3、5、7又は9で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド又はその断片をプローブとして、コロニーハイブリダイゼーション、プラークハイブリダイゼーション、サザンブロット等の公知のハイブリダイゼーション法によりcDNAライブラリー及びゲノムライブラリーから得ることもできる。ライブラリーの作製方法については、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Press(1989))等を参照することができる。また、市販のcDNAライブラリー及びゲノムライブラリーを用いてもよい。
【0026】
上記ハイブリダイゼーションにおいてストリンジェントな条件としては、たとえば、1×SSC〜2×SSC、0.1%〜0.5%SDS及び42℃〜68℃の条件が挙げられ、より詳細には、60〜68℃で30分以上プレハイブリダイゼーションを行った後、2×SSC、0.1%SDS中、室温で5〜15分の洗浄を4〜6回行う条件が挙げられる。ハイブリダイゼーション法の詳細な手順については、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Press (1989);特にSection9.47-9.58)等を参照することができる。
【0027】
3.マウス肝炎ウイルスタンパク質をコードする遺伝子
本発明はまた、上記Sタンパク質、S1タンパク質、S2タンパク質、Smidタンパク質、Nタンパク質のそれぞれをコードする遺伝子(以下、それぞれ「S遺伝子」、「S1遺伝子」、「S2遺伝子」、「Smid遺伝子」、「N遺伝子」とも称する。)を提供する。なお、ここでいう遺伝子には、ゲノムRNA、cDNA、合成DNA及びRNAが含まれる。当該遺伝子は、前述するSタンパク質等をコードする塩基配列を有するものであればよい。
S遺伝子、S1遺伝子、S2遺伝子、Smid遺伝子、N遺伝子としては、それぞれ、配列番号1、3、5、7、9に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド、並びにそのホモログを挙げることができる。ここでホモログとしては、配列番号1、3、5、7又は9で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされるタンパク質と機能的に同等なタンパク質をコードする遺伝子を挙げることができる。
「機能的に同等」とは、配列番号2、4、6、8又は10で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と同様に、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有することを意味する。
【0028】
本発明において、ホモログとしては、配列番号1、3、5、7又は9で示される塩基配列に対して相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド(例えばDNA)とストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列を有する遺伝子を挙げることができる。
なお、「ストリンジェントな条件」は前記した条件と同様である。
【0029】
本明細書において、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドには、例えば、配列番号1、3、5、7又は9で示される塩基配列と少なくとも80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは96%以上、さらに好ましくは98%以上の同一性(相同性)を有する塩基配列を含むポリヌクレオチドが含まれる。同一性を示す値は、BLASTなどの公知のプログラムを利用することにより算出することができる。
【0030】
また、配列番号1、3、5、7又は9で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドとしては、例えば、配列番号1、3、5、7又は9で示される塩基配列において1個又は数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。
【0031】
ここで、配列番号1、3、5、7又は9で示される塩基配列において1個又は数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列としては、例えば、
(a) 配列番号1、3、5、7又は9で示される塩基配列中の1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が欠失した塩基配列、
(b) 配列番号1、3、5、7又は9で示される塩基配列中の1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が他の核酸で置換された塩基配列、
(c) 配列番号1、3、5、7又は9で示される塩基配列に1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が付加した塩基配列、
(d)上記(a)〜(c)の組合せにより変異された塩基配列
などが挙げられる。
【0032】
本発明の遺伝子は、例えば以下のようにして取得することができる。
マウス肝炎ウイルスを感染させた宿主細胞からtotal RNAを抽出し、このRNAを鋳型としてRT-PCR法を行い、N遺伝子ORF全領域、S遺伝子ORF中のS1領域(1〜2271番目のヌクレオチド)、S2領域(2272〜4083番目のヌクレオチド)、Smid領域(1353〜3204番目のヌクレオチド)を増幅する。ここで、マウス肝炎ウイルスとしてはMHV-S株を用いることができ、宿主細胞としてはDBT細胞を用いることができるが、これらに限定されない。
【0033】
さらに、本発明の遺伝子の塩基配列における改変は、当業界において既に公知な方法、例えば部位特異的変異導入法等を用いて、改変しようとする塩基配列に、適宜、置換、欠失、挿入、付加、逆位などの変異を導入することによって行うことができる。
部位特異的変異導入法及びストリンジェントな条件については上記と同様である。
【0034】
本発明において、塩基配列の確認は、慣用の方法により配列決定することにより行うことができ、例えば、適当なDNAシークエンサーを利用して配列が解析される。
一旦本発明の遺伝子の塩基配列が決定されると、その後は、当該塩基配列情報に基づき、PCR法により、あるいは他の化学的な合成法によって本発明の遺伝子を調製することができる。
【0035】
4.組換えベクター
本発明は、上記Sタンパク質等をコードする遺伝子を含有する組換えベクターを提供する。当該組換えベクターは、上記Sタンパク質等をコードする遺伝子を、所望の宿主細胞内で発現可能な状態で含んでおり、当該宿主細胞を形質転換するために使用される。
従って、本発明の組換えベクターは、宿主細胞の形質転換が達成できる形態を有するものであればよく、例えばプラスミド、バクテリオファージ、レトロトランスポゾンの形態を有するものであってもよい。
【0036】
本発明の組換えベクター(発現ベクター)は、宿主として大腸菌(E. coli)や枯草菌(B. subtilis)などの細菌を使用する場合、一般に、少なくともプロモーター−オペレーター領域(プロモーター、オペレーター及びリボゾーム結合領域(SD領域)を含む)、開始コドン、本発明の遺伝子、終止コドン、ターミネーター領域、及び複製可能単位を有する。
【0037】
また、酵母等の真菌細胞または動物細胞を宿主細胞として用いる場合は、一般に、少なくともプロモーター、開始コドン、シグナルペプチド及び本発明の遺伝子、及び終止コドンを有する。
【0038】
また、本発明の組換えベクター(発現ベクター)は、必要に応じて、エンハンサーなどのシスエレメント、本発明の遺伝子の5'側または3'側の非翻訳領域、スプライシング接合部、ポリアデニレーション部位、複製可能単位、相同領域、選択マーカーを含むことができる。これらのエレメントは、本発明の遺伝子の発現に用いられる宿主に対応したものであれば、特に制限されず、当分野の技術常識に基づいて選択することができる。
【0039】
なお、選択マーカーとしては、特に制限されず、例えば遺伝子発現に使用される宿主が細菌の場合は、薬剤抵抗性遺伝子(例えば、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、シクロヘキシミド耐性遺伝子、テトラマイシン耐性遺伝子など)、宿主が細菌以外、例えば酵母などの場合は、栄養要求性遺伝子(例えば、HIS4、URA3、LEU2、ARG4など)などの公知の各種選択マーカーを利用することができる。
【0040】
本発明の組換えベクター(発現ベクター)は、簡便には、上記本発明の遺伝子を、公知の発現用ベクターに、目的のタンパク質が発現可能な状態で導入することによって、具体的にはプロモーターの下流に導入することによって作製することができる。かかる導入は、DNA組換えの一般的な方法、例えばMolecular Cloning. (1989). (Cold Spring Harbor Lab.)に記載される方法に従って行うことができる。
【0041】
発現用ベクターに用いるプラスミドベクターとして、例えばpRS413、pRS415、pRS416、YCp50、pAUR112またはpAUR123などのYCp型大腸菌(E. coli)-酵母シャトルベクター;pRS403、pRS404、pRS405、pRS406、pAUR101またはpAUR135などのYIp型大腸菌(E. coli)-酵母シャトルベクター;大腸菌(E. coli)由来のプラスミド(例えばpBR322、pBR325、pUC18、pUC19、pUC119、pTV118N、pTV119N、pBluescript、pHSG298、pHSG396またはpTrc99AなどのColE系プラスミド;pACYC177またはpACYC184などのp1A系プラスミド;pMW118、pMW119、pMW218またはpMW219などのpSC101系プラスミドなど);枯草菌(B. subtilis)由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5など);pHSP64などの大腸菌(E. coli)-枯草菌(B. subtilis)シャトルベクターを挙げることができる。
【0042】
5.形質転換体
以下、より詳細に形質転換(導入)体(以下、単に「形質転換体」と称す)の作製方法について説明する。
形質転換体を作製するための発現ベクターは、宿主細胞中にてプラスミドが増殖するために必要なDNA配列、プロモーター、リボソーム結合配列、転写終結配列、更に好ましくは形質転換体の選択マーカーとなる遺伝子を含む。
【0043】
プロモーター配列としては、大腸菌由来のトリプトファンオペロンのtrpプロモーター、ラクトースオペロンのlacプロモーター、ラムダファージ由来のPLプロモーターおよびPRプロモーターなどが挙げられる。また、枯草菌由来のグルコン酸合成酵素プロモーター(gnt)、アルカリプロテアーゼプロモーター(apr)、中性プロテアーゼプロモーター(npr)、α-アミラーゼプロモーター(amy)等を挙げることができる。さらに、tacプロモーター、trcプロモーター等の独自に改変及び設計された配列も利用できる。
【0044】
リボソーム結合配列としては、SD配列やKozak配列が知られており、これらの配列を変異遺伝子の上流に挿入することができる。原核生物を宿主に用いるときにはSD配列を、真核細胞を宿主に用いるときにはKozak配列をPCR法等により付加してもよい。SD配列としては、大腸菌由来または枯草菌由来の配列等を挙げることができるが、所望の宿主内で機能する配列であれば特に限定されるものではない。例えば、16SリボゾームRNAの3’末端領域に相補的な配列が4塩基以上連続したコンセンサス配列をDNA合成により作製してこれを利用してもよい。
【0045】
転写終結配列は発現ベクターの構築には必ずしも必要ではないが、ρ因子非依存性のもの、例えばリポプロテインターミネーター、trpオペロンターミネーター等が利用できる。
選択マ−カ−としては、例えばジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子等を挙げることができる。
【0046】
宿主としては、上記の遺伝子が発現するものであれば良い。例えば、哺乳動物細胞、昆虫細胞、大腸菌、枯草菌、酵母、カビ、植物等を挙げることができる。好ましくは、大腸菌である。
大腸菌宿主としては、例えば大腸菌K12株やB株、あるいはそれら野生株由来の派生株であるJM109株、XL1-Blue株、C600株、W3110株等を挙げることができる。その他、これら菌株の変異体、組換え体および遺伝子工学的手法による誘導体等も用いられ得る。
【0047】
大腸菌を宿主に用いる場合には、特に有用なベクターとしては、pTrc99A、pKK233-2、pFY529、pET-12、pET-26b等が例示される。これらベクターに本発明の遺伝子又はその断片を組み込むには、これらを含むDNAを適当な制限酵素で切断し、必要であれば適当なリンカ−を付加した後、適当な制限酵素で切断したベクターと結合させることにより行うことができる。
このようにして得られた発現ベクターを宿主細胞に導入すれば、本発明のタンパク質を高発現する形質転換体が得られる。そして、当該形質転換体を培養することにより、これらのタンパク質を発現・蓄積させることができる。
【0048】
発現ベクターの宿主への導入方法としては、DNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレ−ション法等を挙げることができる。酵母を宿主とする場合は、例えばサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)等を用いることができる。酵母への発現プラスミドの導入方法としては、酵母にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えばエレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等を挙げることができる。
【0049】
動物細胞を宿主とする場合は、サル細胞COS-7、Vero、CHO細胞、マウスL細胞、ラットGH3、ヒトFL細胞等が用いられる。動物細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等が挙げられる。
【0050】
昆虫細胞を宿主とする場合は、Sf9細胞、Sf21細胞等が用いられる。昆虫細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法等が用いられる。
【0051】
植物細胞を宿主とする場合は、タバコBY-2細胞等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。植物細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばアグロバクテリウム法、パーティクルガン法、PEG法、エレクトロポレーション法等が用いられる。
【0052】
次に上記のようにして作製した形質転換体を培養する方法を説明する。培養に際し使用する培地には特に制限は無く、宿主菌が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。また培養条件に関しても、形質転換体が生育、増殖可能で且つタンパク質産生が良好に行える条件を選択し、培養すればよい。
【0053】
使用する培地として、炭素源としては、グルコース、ガラクトース、フラクトース、スクロース、ラフィノース、デンプン等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール、グリセリン等のアルコール類を挙げることができる。窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩又はその他の含窒素化合物を挙げることができる。その他、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカー、酵母エキス、各種アミノ酸等を用いてもよい。無機物としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等を挙げることができる。その他、ビタミン等が必要に応じて適宜添加してもよい。培養中は必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
【0054】
プロモーターとして誘導性のプロモーターを用いた発現プラスミドで形質転換した微生物を培養する場合は、必要に応じてインデューサーを培地に添加してもよい。例えば、イソプロピル-β-D-チオガラクトシド(IPTG)で誘導可能なプロモーターを有する発現プラスミドで形質転換した微生物を培養するときには IPTG等を培地に添加することができる。また、インドール酢酸(IAA)で誘導可能なtrpプロモーターを用いた発現プラスミドで形質転換した微生物を培養するときにはIAA等を培地に添加することができる。
【0055】
大腸菌の培養に際し、通常の固体培養法で培養してもよいが、可能な限り液体培養法を採用して培養することが好ましい。培養に用いる培地としては、例えば、酵母エキス、トリプトン、ポリペプトン、コーンスティープリカー、大豆若しくは小麦ふすまの浸出液等の1種以上の窒素源に、塩化ナトリウム、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化第二鉄、硫酸第二鉄若しくは硫酸マンガン等の無機塩類の1種以上を添加し、更に必要により糖質原料、ビタミン等を適宜添加したものを用いることができる。なお、培地の初発pHは7〜9に調整することが適当である。また、培養は、5〜40℃、好ましくは10〜37℃で5〜100時間行う。通気攪拌深部培養、振盪培養、静置培養、流加培養等により実施することが好ましい。
【0056】
6.組換えタンパク質の製造
このようにして得られた形質転換体は、宿主に応じて適切な培地中で培養することによって、本発明の組換えタンパク質を産生することができる。本発明は、かかる形質転換体を利用した組換えタンパク質の製造方法を提供するものである。当該方法は、具体的には、上記の形質転換体を培地で培養し、得られた培養物から、組換えタンパク質を採取することによって実施することができる。
【0057】
本発明において、「培養物」とは、培養上清、培養細胞、培養菌体、又は細胞若しくは菌体の破砕物のいずれをも意味するものである。本発明の形質転換体を培養する方法は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。
また、形質転換体の「処理物」とは、アセトン乾燥微生物菌体、凍結乾燥微生物菌体、機械的又は酵素的方法により細胞壁を破砕した無細胞抽出物、界面活性剤、有機溶媒などにより処理したものあるいはそれらの固定化物などをいう。
【0058】
培地には、上記形質転換体の生育に必須な炭素源、窒素源、無機塩、ビタミン、薬剤などが含有される。炭素源としてはマンナン成分、アラビノース、セロビオース、フルクトース、ガラクトース、グルコース、グリセロール、イノシトール、ラクトース、マンニトール、マンノース、ラフィノース、ラムノース、スクロース、トレハロース、キシロースが;窒素源としては硫酸アンモニウムや塩化アンモニウムなどの無機窒素、並びにカゼイン分解物、酵母抽出物、ポリペプトン、バクトトリプトン及びビーフ抽出物などの有機窒素源;無機塩としては例えば二リン酸ナトリウムまたは二リン酸カリウム、リン酸水素二カリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム等;ビタミンとしてはビタミンB1などの各種のビタミン;薬剤としてはアンピシリン、ネオマイシン、シクロヘキシミド、テトラマイシンなどの各種抗生物質を挙げることができる。なお、これらは一例であり、これらに制限はされない。
【0059】
培地の一例としては、宿主が大腸菌などのグラム陰性菌、または枯草菌などのグラム陽性菌といった細菌の場合は、LB培地(日水製薬)、M9培地(J. Exp. Mol. Genet., Cold Spring Harbor Laboratory, New York, p.431, 1972)などが;また宿主が酵母の場合、YPD培地(1% Bacto yeast extract, 2% Bacto peptone, 2% glycerol)、YPG培地(1% Bacto yeast extract, 2% Bacto peptone, 2% glycerol)、YP培地(1% Bacto yeast extract, 2% Bacto peptone、YPD培地(1% Bacto yeast extract, 2% Bacto peptone, 2% glucose)、0.7% Yeast Nitrogen Base (Difco)、YP培地〔1% Bacto yeast extract (Difco) , 2% Polypeptone S (日本製薬)〕、などが例示される。
【0060】
培養は、通常10〜40℃の温度範囲で数〜80時間程度実施され、必要に応じて通気、攪拌を加えることもできる。培養温度は、宿主に応じて設定できるため、特に制限されないが、好ましくは18〜42℃、より好ましくは25〜38℃の範囲で実施することができる。
【0061】
本発明のタンパク質の製造方法は、さらに、このようにして得られる培養物から目的のタンパク質を採取することによって実施される。目的タンパク質の採取は、培養後、培養上清中または形質転換体(菌体)中に蓄積された目的のタンパク質を、公知の方法で抽出し、また必要に応じて精製することによって行うことができる。
【0062】
本発明のタンパク質の単離精製方法は、蛋白質の溶解度による分画(有機溶媒による沈澱や硫安などによる塩析など)や陽イオン交換、陰イオン交換、ゲルろ過、疎水性クロマトグラフィーや、キレート、色素、抗体などを用いたアフィニティークロマトグラフィーなどの公知の方法を適当に組み合わせることにより精製することができる。
たとえば、菌体を破砕後、硫安沈澱、Blue-Sepharose カラム、DEAT-Toyopearl、Hiload Superdex 200pg FPLC カラム、HAP-C-BEADA hydroxyapatiteFPLC カラム、Pros HQ/M FPLC カラム、BioAssistQ FPLCカラムクロマトグラフィー等を行うことによりポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)的にほぼ単一バンドにまで精製することができる。
【0063】
また、本発明においては、上記遺伝子又は上記ベクターから無細胞タンパク質合成系を採用して、目的のタンパク質を産生することが可能である。
無細胞タンパク質合成系とは、細胞抽出液を用いて試験管などの人工容器内でタンパク質を合成する系である。なお、本発明において使用される無細胞タンパク質合成系には、DNAを鋳型としてRNAを合成する無細胞転写系も含まれる。
【0064】
上記細胞抽出液は、真核細胞由来又は原核細胞由来の抽出液、例えば、小麦胚芽、ウサギ網状赤血球、マウスL-細胞、HeLa細胞、CHO細胞、出芽酵母、大腸菌などの抽出液を使用することができる。なお、これらの細胞抽出液は濃縮されたものであっても濃縮されないものであってもよい。細胞抽出液は、例えば限外濾過、透析、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿等によって得ることができる。
【0065】
さらに本発明において、無細胞タンパク質合成は、市販のキットを用いて行うこともできる。そのようなキットとしては、例えば試薬キットPROTEIOSTM(東洋紡)、TNTTM System(プロメガ)、合成装置のPG-MateTM(東洋紡)、RTS(ロシュ・ダイアグノスティクス)などが挙げられる。
上記のように無細胞タンパク質合成によって得られる本発明のタンパク質は、前述のように適宜クロマトグラフィー等を選択して、精製することができる。
【0066】
7.マウス肝炎ウイルス感染等の診断方法
本発明は、被検マウスから採取された血清中の抗マウス肝炎ウイルス抗体を検出又は測定し、マウス肝炎ウイルスの感染の有無を診断する方法を提供する。また、本発明は、被検ラットから採取された血清中の抗ラット唾液腺涙腺炎ウイルス抗体を検出又は測定し、ラット唾液腺涙腺炎ウイルスの感染の有無を診断する方法を提供する。
【0067】
(1)被検マウス及びラット
本発明において、被検マウスとは実験に使用されるマウスを意味し、BALB/cマウス、C3Hマウス、C57BL/6マウス、DBA/2マウス、ICRマウス、SCIDマウス、NOD/SCIDマウス、ヌードマウスなどが挙げられるが、これらに限定されない。また被検ラットとしては、SDラット、Wistarラット、F344ラット、LEラット、BNラットなどが挙げられるがこれらに限定されない。
【0068】
(2)ウイルス
本発明において、診断の対象となるウイルスは、コロナウイルス属に属するものであり、好ましくは、マウス肝炎ウイルス、ラット唾液腺涙腺炎ウイルス、ラットコロナウイルスなどである。マウス肝炎ウイルス株としては、MHV-S、MHV-Y、MHV-TY、MHV-DVIM、MHV-1、MHV-2、MHV-3、MHV-RI、MHV-JHM、MHV-A59などが挙げられるが、好ましくはMHV-Sである。また、唾液腺涙腺炎ウイルスとしては、SDAV-681、SDAV-930-10などが挙げられるが、好ましくはSDAV-681である。ラットコロナウイルス(RCV)としては、RCV-Parker、などが挙げられるが、好ましくはRCV-Parkerである。
【0069】
(2)抗原の調製
本発明の診断に用いる抗原としては、マウス肝炎ウイルスのスパイク(S)タンパク質及びその部分ペプチド、ヌクレオキャプシド(N)タンパク質、マウス肝炎ウイルス粒子などが挙げられる。Sタンパク質の部分ペプチドとしては、S1タンパク質、S2タンパク質、Smidタンパク質が挙げられる。これらのタンパク質及びペプチドは、組換えタンパク質及びペプチドであってもよく、これら組換えタンパク質等の製造方法は、上記「6.組換えタンパク質の製造」に記載した通りである。
また、本発明の抗原としては、形質転換体の処理物を用いることができる。形質転換体の処理物については上述の通りである。
【0070】
(3)血清の調製
本発明の診断に用いる血清は、被検動物(マウス、ラット等の齧歯類)から採取した血液試料由来のものを意味する。血清は、ウイルスに感染した動物由来のものであっても、ウイルスに感染していない動物由来のものであってもよい。血液試料から血清を調製する方法は公知であり、当業者であれば実施可能である。また、「感染」には自然感染又は実験的感染が含まれる。
【0071】
(4)血清中の抗マウス肝炎ウイルス抗体の検出及び測定
血清中の抗マウス肝炎ウイルス抗体の検出及び測定は、被検動物から採取された血清と本発明の抗原とを反応させ、その抗原抗体反応を検出及び測定することにより行うことができる。
検出及び測定に用いる方法としては、免疫学的手法、例えば、microsphere fluorescent immunoassay、ELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)、IB(immunoblot assay)、放射性免疫測定法(RIA; radioimmuno assay)等によって測定することができるが、好ましくはmicrosphere fluorescent immunoassayである。
Microsphere fluorescent immunoassayは、抗原を結合させたマイクロビーズを用いて、結合した抗原とサンプル中に含まれる抗体とを反応させ、抗原抗体反応による蛍光を検出する方法である。
この方法により、血清中に含まれる抗体の量は、蛍光強度として測定され、100個以上のビーズでの測定値から求めた中央値(Median Fluorescence Intensity)に基づき、MFI単位として表示することができる。
【0072】
(5)データ解析
血清中の抗マウス肝炎ウイルス抗体の検出及び測定結果から得られた測定値を解析し、診断に用いる抗原の至適濃度及び陽性又は陰性を診断するためのcut-off値を定めることができる。
至適抗原濃度及びcut-off値は、例えば、以下のようにして求めることができる。まず、ウイルス非感染マウスに由来する血清と、各種濃度の抗原タンパク質とを反応させ、microsphere fluorescent immunoassay等の免疫学的手法及びLuminexフローメトリー装置などの蛍光検出機器を用いて、それぞれ蛍光強度(MFI:Median Fluorescence Intensity)を測定する。このとき対象となる被検マウスの例数は2例以上であり、例えば、5例以上、10例以上、50例以上、100例以上である。そして、非感染マウス由来の血清(100倍希釈)におけるMFI値をbackground MFIとして測定する。このbackground MFIの平均値+3×標準偏差を算出し、cut-off値として設定する。他方、感染マウス由来の抗マウス肝炎ウイルス血清(100倍希釈)のMFI値を測定し、このMFI値を前記cut-off値で除算する。除算の結果算出された数値をSignal/noise(S/N)比として設定する。このS/N比を、各種抗原についていくつかの濃度(例えば5〜40μg/ml)で算出し、各種抗原ごとに、最も高いS/N比を示す抗原濃度及びその抗原濃度でのcut-off値を決定する。
このようにして決定された抗原濃度及びcut-off値を、それぞれ診断のための至適抗原濃度及び判定基準のためのcut-off値として利用することができる。
本発明において、ウイルス感染の陽性及び陰性を診断するためのcut-off値は、MFI値(50単位)で、例えば、400、450、500、550、600、650、700、750、800、850、900、950、1000である。
【0073】
データ解析を行うためのサンプルは、ウイルスの種類や抗原の種類等により分類することもできる。さらに、各種ウイルス及び各種抗原の測定結果を組み合わせて、より詳細な解析を行い、ウイルス感染の診断に用いることができる。
診断に用いる抗原として複数の抗原を併用することにより、より診断の感度及び特異性を上げることができる。たとえば、Nタンパク質抗原とS2タンパク質抗原とを併用することにより、より感度及び特異性の高い診断が可能となる。
【0074】
(6)マウス肝炎ウイルス感染の診断
上記のように設定したcut-off値を基準として、cut-off値以上のサンプルを陽性、cut-off値未満のサンプルを陰性と診断することができる。
本発明の抗原を用いてウイルス感染を診断したときの当該診断結果の確からしさ(検出感度又は特異性)は、他の検出方法、例えば免疫蛍光アッセイ(IFA)などと組み合わせることにより求めることができ、その数値は60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、好ましくは99%以上である。
【0075】
本発明における「診断」には、血清中の抗体の検出、抗体量の測定及び測定結果に基づくウイルス感染の判定が含まれる。
【0076】
本発明においては、(i)被検マウスの血清における抗マウス肝炎ウイルス抗体のMFI値と、(ii)非感染マウスの血清における抗マウス肝炎ウイルス抗体のMFI値との比較を行うことも可能である。
そして、前記(i)の場合の抗マウス肝炎ウイルス抗体のMFI値が、前記(ii)の場合の抗マウス肝炎ウイルス抗体のMFI値と比較して高い場合、例えば、非感染マウスの血清における抗マウス肝炎ウイルス抗体のMFI値の約2倍、約3倍、約4倍、約5倍以上高い場合に、マウス肝炎ウイルスに感染していると診断することもできる。なお、ここで使用する「診断」の用語の意味は、前記と同様である。
【0077】
8.診断用試薬及びキット
本発明は、本発明の組換えタンパク質を抗マウス肝炎ウイルス抗体に対する抗原として含む、マウス肝炎ウイルス感染の診断用試薬を提供する。本発明の組換えタンパク質の説明については、上記の通りである。本発明の試薬は、前記組換えタンパク質を単独で含むものであってもよいし、前記抗体のほか、適宜担体又は希釈剤等を含むものであってもよい。
【0078】
本発明のマウス肝炎ウイルス感染の診断用キットは、本発明の組換えタンパク質を抗原として含むものである。本発明のキットには、該キットを効率的かつ簡便に利用できるようにするために、これらタンパク質以外に種々の補助剤を含めてもよい。補助剤としては、例えば固体状の二次抗体を溶解させるための溶解剤、不溶化担体を洗浄するために使用される洗浄剤、抗体の標識物質として酵素を使用した場合に酵素活性を測定するための基質、その反応停止剤などの免疫学的測定試薬のキットとして通常使用されるものが挙げられる。
【0079】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0080】
1.マウス肝炎ウイルスのS及びNタンパク質をコードする遺伝子の取得
(1)S1遺伝子の取得
マウス肝炎ウイルスのS1タンパク質をコードする遺伝子(以下「S1遺伝子」とも称する)は、以下の方法により取得した。
まず、MHV-S株感染DBT細胞より抽出したtotal RNAからS1遺伝子領域をRT-PCR法により増幅した。cDNAの合成は、プライマーMHV-S1-RVと逆転写酵素superscript III(Invitrogen)を用い、50℃、1時間で行った。
S1遺伝子は、得られたcDNAを鋳型として、PCR法により取得した。PCRに用いたプライマー(MHV-S1-FW及びMHV-S1-RV)の塩基配列、PCR反応液組成及びPCR反応条件を以下に示す。プライマー MHV-S1-FWは、制限酵素BamHIの制限部位の塩基配列を有する。プライマー MHV-S1-RVは、制限酵素SalIの制限部位の塩基配列を有する。

MHV-S1-FW:5'- CCG GAT CCA TGT TGT CCG TGT TTA TTT-3'(配列番号11)
MHV-S1-RV:5'- TAG TCG ACT CAC GTG CGC GCG CGG TGA GCA-3'(配列番号12)

cDNA合成反応液組成:
DEPC処理蒸留水 10μl
MHV感染細胞total RNA 2μl
10mM dNTPs 1μl
プライマー MHV-S1-RV(10μM) 1μl

上記反応液を65℃で5分間の加熱ののち氷中で5分間冷却し、さらに以下の試薬を添加した。
5× first strand buffer 4μl
100 mM dithiothreitol 1μl
superscript III 1μl

cDNA合成反応は、50℃で1時間行い、その後70℃で5分間加熱し、氷中で1分間冷却した。

PCR反応液組成:
鋳型cDNA 2μl
プライマー MHV-S1-FW(10μM) 3μl
プライマー MHV-S1-RV(10μM) 3μl
10× PCR buffer 5μl
2.5mM dNTP mix 4μl
Pyrobest DNAポリメラーゼ(Takara) 0.5μl
蒸留水 32.5μl

PCR反応は、94℃で2分間の加熱処理を行った後、94℃で15秒間の変性、60℃で30秒間のアニーリング、72℃で2分間の伸長反応のサイクルを35サイクル行い、その後72℃で5分間処理した。精製はQIA quick gel extraction kit(Qiagen)を用いて行った。
【0081】
上記PCRの結果、約2.2 kbpの増幅断片を得た。
得られた増幅断片をpGEM-T Easy vector(Promega)にクローニングし、ABI3100を用いて当該増幅断片の塩基配列の決定を行った。
その結果、マウス肝炎ウイルスのS1タンパク質をコードする遺伝子を取得した(配列番号3)。
【0082】
(2)S2遺伝子の取得
S2遺伝子も、プライマー以外は上記S1遺伝子と同様の方法により取得した。PCRに用いたプライマー(MHV-S2-FW及びMHV-S2-RV)の塩基配列を以下に示す。なお、プライマーMHV-S2-FWも、上記プライマーMHV-S1-FWと同様に制限酵素BamHIの制限部位の塩基配列を有する。プライマーMHV-S2-RVは、制限酵素SalIの制限部位の塩基配列を有する。

MHV-S2-FW:5'- CCG GAT CCT CTG TCA GTA CGG GTT ATA-3' (配列番号13)
MHV-S2-RV:5'- GGT CGA CCT CAA TCC TCA TGG GAG GAA AT-3'(配列番号14)
【0083】
上記PCRの結果、約1.8 kbpの増幅断片を得た。
得られた増幅断片をpGEM-T Easy vector(Promega)にクローニングし、ABI3100を用いて当該増幅断片の塩基配列の決定を行った。
その結果、マウス肝炎ウイルスのS2タンパク質をコードする遺伝子を取得した(配列番号5)。
【0084】
(3)Smid遺伝子の取得
Smid遺伝子も、プライマー以外は上記S1遺伝子と同様の方法により取得した。PCRに用いたプライマー(MHV-Smid-FW及びMHV-Smid-RV)の塩基配列を以下に示す。なお、プライマーMHV-Smid-FWも、上記プライマーMHV-S1-FWと同様に制限酵素BamHIの制限部位の塩基配列を有する。プライマー MHV-Smid-RVは、制限酵素SalIの制限部位の塩基配列を有する。

MHV-Smid-FW:5'- ATG GAT CCG GAT TTA ATG ATG TGG C-3'(配列番号15)
MHV-Smid-RV:5'- CCG TCG ACT AGA ATT TCT TGT A-3'(配列番号16)
【0085】
上記PCRの結果、約1.9 kbpの増幅断片を得た。
得られた増幅断片をpGEM-T Easy vector(Promega)にクローニングし、ABI3100を用いて当該増幅断片の塩基配列の決定を行った。
その結果、マウス肝炎ウイルスのSmidタンパク質をコードする遺伝子を取得した(配列番号5)。
(4)N遺伝子の取得
マウス肝炎ウイルスのNタンパク質をコードする遺伝子(以下「N遺伝子」とも称する)は、以下の方法により取得した。
まず、MHV-S株感染DBT細胞より抽出したtotal RNAからN遺伝子領域をRT-PCR法により増幅した。cDNAの合成は、0.5 μg/ml oligo(dT)プライマー(Invitrogen)とsuperscript III(Invitrogen)を用い、50℃で1時間行った。
このcDNAを鋳型として、PCRを行った。PCRに用いたプライマー(MHV-N-FW及びMHV-N-RV)の塩基配列、PCR反応液組成及びPCR反応条件を以下に示す。MHV-N-FWは、制限酵素EcoRIの制限部位の塩基配列を有する。プライマーMHV-N-RVは、制限酵素XhoIの制限部位の塩基配列を有する。

MHV-N-FW:5'- CTAGAATTCATGTCTTTTGTTCCTGGG -3'(配列番号17)
MHV-N-RV:5'- GCGCTCGAGT TACACATTAG AGTCATC-3'(配列番号18)

PCR反応液組成:
鋳型cDNA 2μl
プライマー MHV-N-FW(10μM) 3μl
プライマー MHV-N-RV(10μM) 3μl
10× PCR buffer 5μl
2.5mM dNTP mix 4μl
Pyrobest DNAポリメラーゼ(Takara) 0.5μl
蒸留水 32.5μl

PCR反応は、94℃で2分間の加熱処理を行った後、94℃で15秒間の変性、50℃で30秒間のアニーリング、72℃で2分間の伸長反応のサイクルを35サイクル行い、その後72℃で5分間処理した。精製はQIAquick gel extraction kit(Qiagen)を用いて行った。
【0086】
上記PCRの結果、約1.3 kbpの増幅断片を得た。
得られた増幅断片をpGEM-T Easy vector(Promega)にクローニングし、ABI3100を用いて当該増幅断片の塩基配列の決定を行った。
その結果、マウス肝炎ウイルスのNタンパク質をコードする遺伝子を取得した。
【0087】
2.組換えベクターの作製
上記1.で得られたS1遺伝子、S2遺伝子、Smid遺伝子及びN遺伝子のDNA断片を、それぞれ発現ベクターであるpET28a(+)(Novagen)の制限酵素サイトBamHI及びSalI、またはpGEX-5X-1(GE)の制限酵素サイトEcoRI及びXhoIにクローニングした。
ライゲーション反応は、Ligation High(Toyobo)を用いて行った。
これにより、S1遺伝子、S2遺伝子、Smid遺伝子又はN遺伝子をそれぞれ発現する組換えベクターを取得した。
【0088】
3.形質転換体の作製
上記2.で得られた各種遺伝子を発現する組換えベクターを、E.coli(BL21(D3)株)に形質転換した。形質転換は、CaCl2法により行った。形質転換操作を行った後、抗生物質であるKanamycin含有LB培地又はAmpicillin含有LB培地で終夜インキュベートし、生育してきた菌体を形質転換体として取得した。
【0089】
4.マウス肝炎ウイルスのS及びNタンパク質の取得
上記3.で得られた形質転換体を、Kanamycin含有LB培地又はAmpicillin含有LB培地に加え、室温で振盪培養した。培養後、集菌し、以下の方法により各種Sタンパク質及びNタンパク質を取得した。
S1(S1-His)、S2(S2-His)、Smid(Smid-His)の各組換えタンパク質は、以下の方法により取得した。まず、60 μg/ml kanamycin含有LB培地500mlに形質転換体を接種し、LB培地のOD600値が0.4〜0.5に達するまで室温で振盪培養した。次に、100mM IPTGを2ml添加し、室温で4時間振盪培養を続けることにより、組換えタンパク質の発現誘導を行った。培養液を4℃で2,000 ×g、10分間遠心し、回収された大腸菌の沈渣を氷冷したPBS(−) 25 mlに浮遊した。これに100 mM dithiothreitolを終濃度1 mM、20% Triton X-100を終濃度1%, 50mg/mlリゾチームを終濃度1mg/mlになるように加え、−80℃で凍結させた。凍結菌液を融解し、氷中にて1分間ずつ10回の超音波破砕を行った。4℃で8,000 ×g、20分間遠心し、沈渣を2.5mlの1% NP-40 - 1M Urea - PBS(−)に懸濁し、30秒ずつ10回の超音波破砕を行った。続いて、13,000 ×gで10分間遠心し、沈渣を2M Urea - PBS(−)に懸濁し、30秒ずつ10回の超音波破砕を行った。さらに、13,000 ×gで10分間遠心し、沈渣を500μlの8M Urea- PBS(−)に溶解し、30秒ずつ10回の超音波破砕を行った。最後に、13,000 ×gで10分間遠心して上清を回収し、これを精製組換えタンパク質として−80℃で保存した。
【0090】
NP(NP-GST)の組換えタンパク質は、以下の方法により取得した。まず、100 μg/ml ampicillin含有LB 培地1000mlに形質転換体を接種し、LB培地のOD600値が0.5〜0.8に達するまで室温で振盪培養した。次に、100 mM IPTGを8ml添加し、室温で2時間振盪培養を続けることにより、組換えタンパク質の発現誘導を行った。培養液を4℃、2,000 ×gで10分間遠心し、回収された大腸菌の沈渣を氷冷したPBS(−) 50 mlに浮遊した。これに100 mM dithiothreitolを終濃度1 mMに、20% Triton X-100を終濃度1%になるように加え、−80℃で凍結させた。凍結菌液を融解し、氷中にて10秒間ずつ15回の超音波破砕を行った。これを4℃で8,000 ×g、20分間遠心し、上清を回収した。
【0091】
これにより得られた各種組換えタンパク質を以下のようにして精製した。まず、回収した上清50 mlあたり1 mlの50% glutathion sepharose 4B(GE)を添加し、室温で1時間転倒混和した。1時間混和したglutathion sepharose 4B浮遊液をカラムに全量移し、20 mlのPBS(−)を流下させてカラムを洗浄した。洗浄終了後、カラムにキャップを付けて流下を止め、1 mlの20 mM還元glutathion-PBS(−) ,pH8.2を加えた。室温で20分間静置した後、キャップを外して流下する溶出液を回収した。この溶出操作を4回繰り返し、各溶出液のOD280値を測定した。0.8OD280以上の分画だけを集め、これを精製組換えタンパク質として−20℃で保存した。
【0092】
以上の操作により、精製された各種組換えタンパク質、すなわち、S1タンパク質(S1-His抗原)、S2タンパク質(S2-His抗原)、Smidタンパク質(Smid-His抗原)及びNタンパク質(NP-GST抗原)を取得した。これらの組換えタンパク質についての模式図及びSDS-PAGEの結果を図1に示す。SDS-PAGEは、8%のポリアクリルアミドゲルを用いて、通常の方法により行った。
その結果、S1-His抗原、S2-His抗原、Smid-His抗原、NP-GST抗原は、それぞれ79KDa、64KDa、65KDa、73KDaの位置にバンドが確認された(図1B)。
以上より、本発明のタンパク質を取得することができた。
ここで、各種Sタンパク質及びNタンパク質のアミノ酸配列について、実施例に用いたMHV-S株と他の齧歯類コロナウイルス株との同一性(identity)を検討した。その結果を以下の表1に示す。
【表1】


表1に示すとおり、Nタンパク質に関しては、MHV-S株とその他のMHV株との間で94%以上のアミノ酸の同一性が認められ、MHV-S株とSDAVあるいはMHV-S株とRCVの間での同一性は91〜92%とやや低値を示すことが明らかとなった。また、Sタンパク質の中で株間での同一性が高いのはS2領域であるが、MHV-3、RI、JHM、A59株はMHV-S株との同一性が比較的低く、S2領域でも88〜90%の一致率である。一方、SDAVとRCVのSタンパク質はMHV-S株と同一性が高く、S2領域においては94〜95%の高い一致率を示すことが明らかになった。これらの結果は、Nタンパク質は特にMHV株間でアミノ酸配列が高度に保存されていること、またSタンパク質はMHV−S株などの多くのMHV株とラット由来コロナウイルスとの間で高い共通性が見られるものの、MHV-A59株などの一部のMHV株でアミノ酸配列に比較的多くの変異が生じていることを示している。
【実施例2】
【0093】
1.抗血清中の抗マウス肝炎ウイルス(MHV-S株)抗体の測定
実施例1で調製した各種組換え抗原タンパク質を用いて、抗マウス肝炎ウイルス血清中の抗MHV抗体の測定をmicrosphere fluorescent immunoassayにより行った。
実施例1により調製した各種組換えタンパク質(S1-His抗原、S2-His抗原、Smid-His抗原、NP-GST抗原)及びマウス肝炎ウイルス粒子(MHV virion)を抗原として、5-40μg/mlに調製し、Luminex(登録商標)カルボキシルコートマイクロビーズ(Luminex Corporation)に結合させた。
マウス肝炎ウイルス(MHV-S株)に感染させたICRマウス(日本クレア)から血液を採取し、血液試料から抗MHV-S血清を調製した。抗MHV-S血清については、1/100〜1/51200の希釈列を作製した。
次に、マイクロビーズに結合した各種濃度(5-40μg/ml)の組換え抗原及びマウス肝炎ウイルス粒子と、抗MHV-S抗原の希釈列とを反応させた。
反応後、さらにビオチン標識抗マウスIgG(Vector)およびR-PE標識ストレプトアビジン(Invitrogen)と反応した後、分析機器であるLuminex200(Luminex Corporation)を用いて、蛍光強度(MFI: Median Fluorescence Intensity)を測定した。
その結果、いずれの組換え抗原を用いた場合であっても、血清中の抗MHV-S抗体をその濃度依存的に検出できることが示された(図2、3)。
【0094】
2.各種抗原を用いたマウス肝炎ウイルス又はラット唾液腺涙腺炎ウイルス感染の診断
(1)抗原タンパク質の至適濃度の検討
さらに、各種組換え抗原(S1-His抗原、S2-His抗原、Smid-His抗原、NP-GST抗原)を、ウイルス感染の診断に用いるため、抗原タンパク質の至適濃度の検討及び診断に利用するためのcut-off値の設定を行った。
まず、マウス肝炎ウイルスに感染していないマウス(n=32)から血清を調製し、100倍希釈した血清試料のMFI値(Background MFI値)を測定した。Background MFIの平均値+3×標準偏差を算出し、これを50 MFI単位で切り上げて(例えば、Background MFI平均値+3×標準偏差が701〜750であれば750、751〜800であれば800とする)、各抗原タンパク質濃度におけるcut-off値を求めた。
Signal/noise (S/N)比は、100倍希釈した抗MHV-S株血清のMFI値を前記cut-off値で除算することにより計算した。そして、最も高いS/N比を示す濃度を至適タンパク質濃度とし、これ以降は決定した至適濃度でマイクロビーズへの抗原カップリングを行い、microsphere fluorescent immunoassayによる抗体測定を実施した。また、最も高いS/N比を示す至適タンパク質濃度におけるcut-off値を、陽性と陰性とを区別するための最終的な基準となるcut-off値として設定した。
【0095】
その結果を以下の表2に示す。
【表2】


この結果から、ウイルス感染の診断に用いるためのNP-GST抗原、S1-His抗原、S2-His抗原、Smid-His抗原、MHVウイルス粒子(virion)抗原の至適濃度は、それぞれ、10μg/ml、10μg/ml、5μg/ml、5μg/ml、40μg/mlであり、cut-off値は、それぞれ、750、600、500、750、900 MFIであることが明らかとなった。
これらの至適濃度及びcut-off値を次の実験に用いた。
【0096】
(2)抗血清中の各種コロナウイルス株(各種MHV株及びSDAV株)に対する抗体と組換えMHV抗原との反応性の検討
各種マウス肝炎ウイルス(MHV-S、MHV-A59、MHV-JHM、MHV-Nu67)が感染したマウス及びラット唾液腺涙腺炎ウイルス(SDAV)が感染したラットの血清試料を調製し、各種組換え抗原(S1-His抗原、S2-His抗原、Smid-His抗原、NP-GST抗原)及びウイルス粒子抗原(virion)を用いて、これらの血清中に含まれる各種抗MHV抗体及び抗SDAV抗体の測定を行った。
まず、各種組換え抗原及びウイルス粒子抗原を上記(1)で設定した至適濃度に調製し、それぞれマイクロビーズに結合させた。また、MHV-S、MHV-A59、MHV-JHM、MHV-Nu67を感染させたマウス及びSDAVを感染させたラットから、抗血清を調製し、希釈列を作製した。
次に、マイクロビーズに結合した各種抗原と、各種ウイルス株の抗血清とを反応させ、上記1.と同様の方法により、microsphere fluorescent immunoassayを行った。
【0097】
その結果、S2-His抗原(「MHV-S2」)、Smid-His抗原(「MHV-Smid」)、NP-GST抗原(「MHV-NP」)を用いた場合は、血清中のMHV-S、MHV-A59、MHV-JHM、MHV-Nu67及びSDAVに対する抗体のすべてをcut-off値以上の値で検出することができ、S1-His抗原を用いた場合は、MHV-S、MHV-A59及びMHV-Nu67をcut-off値以上の値で検出できることが示された(図4、5)。このうち、NP-GST抗原を用いて測定した場合、MHV-S、MHV-A59、MHV-JHM株に対する抗体を他の抗原より高いMFI値で高感度に検出できた(図4、「MHV-NP(10μg/ml)」のパネル参照)。
さらに、S2-His抗原を用いた場合には、マウス肝炎ウイルスMHV-Nu67株に対する抗体と、ラット唾液腺涙腺炎ウイルス(SDAV)に対する抗体を他の抗原より高いMFI値で高感度に検出できることが示された(図4、「MHV-S2(5μg/ml)」のパネル参照)。この結果は、他の抗原、特にウイルス粒子抗原を用いた場合には認められなかったものであり、従来技術及び当業者の技術常識からは全く予測できないものであった。
これらの結果から、本願発明の組換えタンパク質を抗原として用いた場合、極めて高い特異性及び感度をもってウイルス感染を検出及び診断できることが示された。
【0098】
(3)マウス肝炎ウイルス感染の診断
以上の結果を踏まえ、さらに108匹のマウスを対象として、本発明の組換えタンパク質を抗原として用いた場合のウイルス感染の診断を行い、その検出感度、特異性及び診断の確からしさ等について検討を行った。
まず、108匹の被検マウスにおけるマウス肝炎ウイルスの自然感染の有無を、免疫蛍光アッセイ(IFA)を用いて確認した。具体的には、スライドグラス上に塗抹されたMHV感染DBT細胞に対し、108匹の被検マウスから調製した血清(10倍希釈)と蛍光標識二次抗体(FITC標識抗マウスIgG)とを作用させた。当該血清とMHV感染細胞とが抗原抗体反応を生じた場合には細胞質内に蛍光が発生するので、蛍光の有無によりMHV感染の陽性又は陰性を判断した。
その結果、108サンプルのうち、76サンプルが陽性であり、32サンプルが陰性であった。
【0099】
次に、上記108匹の被検マウスから調製した血清サンプル(100倍希釈)と、本発明の各種組換え抗原及びウイルス粒子抗原とを反応させ、ウイルス感染の診断を行った。ウイルス感染の診断には、上記(1)で設定したcut-off値を用い、当該cut-off値以上のものを陽性、cut-off値未満のものを陰性と診断した。
そして、上記IFA法による結果と、本願発明の各種抗原を用いた診断結果とを組み合わせ、本願発明の診断方法の感度、特異性及び診断結果の確からしさ等を検討した。
これらの結果を以下の表3に示す。
【表3】


表3における「True positive(TP)」は、IFA法で陽性を示したサンプルのうち、各種組換え抗原を用いた診断においても陽性の値を示したサンプルを表す。
「False negative(FN)」は、IFA法で陽性を示したサンプルのうち、各種組換え抗原を用いた診断では陰性を示したサンプル、すなわち偽陰性サンプルを表す。
「True negative(TN)」は、IFA法で陰性を示したサンプルのうち、各種組換え抗原を用いた診断においても陰性の値を示したサンプルを表す。
「False positive(FP)」は、IFA法で陰性を示したサンプルのうち、各種組換え抗原を用いた診断では陽性を示したサンプル、すなわち偽陽性サンプルを表す。
また、「Sensitivity」(感度)は、IFA法で陽性を示したサンプルのうち、各種組換え抗原を用いた診断においても陽性として検出されたサンプルの割合(%)を表す。
「Specificity」(特異性)は、IFA法で陰性を示したサンプルのうち、各種組換え抗原を用いた診断においても陰性として検出されたサンプルの割合(%)を表す。
【0100】
表3の結果を検討すると、各種組換え抗原を用いた診断はいずれも、従来技術であるウイルス粒子抗原を用いた方法と比較して感度及び特異性が高いことが示された。特に、S2抗原を用いた診断は、Sensitivityが95%、Specificityが100%であり、感度及び特異性が極めて高いことが示された。
【0101】
さらに、複数の抗原を併用した場合の効果を、IFA法で陽性を示した76サンプルについて検討した。
その結果を図6〜8に示す。
組換えNタンパク質抗原(NP抗原)とウイルス粒子(MHV virion)抗原との比較では、両抗原は相関したMFI値を示し、ビリオン抗原の大半はNタンパク質であると推察された。ただし、NP抗原だけで陽性と判定される検体が複数存在し、NP抗原の反応性の方がやや高い傾向が認められた(図6)。
組換えS2タンパク質抗原(S2抗原)とウイルス粒子(MHV virion)抗原との比較では、S2抗原でのMFI値が顕著に高い傾向を示した。特に、S2抗原のみで陽性と判定される検体が多数確認されたことから、S2抗原の優位性が明らかになった(図7)。
組換えS2タンパク質抗原(S2抗原)と組換えNタンパク質抗原(NP抗原)との比較では、S2抗原でのMFI値が高い傾向がみられ、S2抗原のみで陽性と判定される検体が多数確認された。ここでもS2抗原の優位性が明確になった。しかし、NP抗原でのMFI値の方が強い検体も複数存在し、このうち1検体はN抗原のみで陽性と判定された(図8)。
この結果から、S2抗原とNタンパク質抗原とを併用することにより、さらに診断の感度及び特異性が向上することが示された。
以上のことから、本発明の診断方法は、従来よりも感度及び特異性が極めて高いものであることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明により、マウス肝炎ウイルスの組換え抗原を提供することができる。また、本発明により、従来よりも特異性又は感度の高いマウス肝炎ウイルス感染の診断方法を提供することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0103】
配列番号11:合成DNA
配列番号12:合成DNA
配列番号13:合成DNA
配列番号14:合成DNA
配列番号15:合成DNA
配列番号16:合成DNA
配列番号17:合成DNA
配列番号18:合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(h)のいずれかのタンパク質。
(a)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
(c)配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(d)配列番号4で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
(e)配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(f)配列番号6で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
(g)配列番号8で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(h)配列番号8で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
【請求項2】
マウス肝炎ウイルスがMHV-S株である、請求項1に記載のタンパク質。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項4】
以下の(a)〜(h)のいずれかのポリヌクレオチドからなる遺伝子。
(a)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド
(b)配列番号1で示される塩基配列に対して相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(c)配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド
(d)配列番号3で示される塩基配列に対して相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(e)配列番号5で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド
(f)配列番号5で示される塩基配列に対して相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(g)配列番号7で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド
(h)配列番号7で示される塩基配列に対して相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
【請求項5】
マウス肝炎ウイルスがMHV-S株である、請求項4に記載の遺伝子。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれか1項に記載の遺伝子を含む組換えベクター。
【請求項7】
請求項6に記載の組換えベクターを含む形質転換体。
【請求項8】
請求項7に記載の形質転換体を培養し、得られる培養物からマウス肝炎ウイルスの組換えスパイクタンパク質又はその部分ペプチドを採取することを特徴とする、前記タンパク質又はその部分ペプチドの製造方法。
【請求項9】
請求項1又は2に記載のタンパク質から選択される少なくとも1種のタンパク質又は請求項7に記載の形質転換体の処理物を抗原として用いて、被検マウスから採取された血清中の抗マウス肝炎ウイルス抗体を検出することを特徴とする、当該被検マウスにおける肝炎ウイルス感染の診断方法。
【請求項10】
請求項1又は2に記載のタンパク質から選択される少なくとも1種のタンパク質又は請求項7に記載の形質転換体の処理物を抗原として用いて、被検ラットから採取された血清中の抗唾液腺涙腺炎ウイルス抗体を検出することを特徴とする、当該被検ラットにおける唾液腺涙腺炎ウイルス感染の診断方法。
【請求項11】
以下の(a)又は(b)のタンパク質を抗原としてさらに併用することを特徴とする請求項9又は10に記載の方法。
(a)配列番号10で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号10で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列からなり、かつ、マウス肝炎ウイルスの抗原性を有するタンパク質
【請求項12】
マウス肝炎ウイルスがMHV-S株である、請求項8、9及び11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
請求項1又は2に記載のタンパク質を抗マウス肝炎ウイルス抗体に対する抗原として含む、マウス肝炎ウイルス感染の診断用試薬。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2011−193740(P2011−193740A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−61032(P2010−61032)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【出願人】(390016470)公益財団法人実験動物中央研究所 (12)
【Fターム(参考)】