説明

マウス肝炎ウイルス由来ポリペプチドおよびこれを用いたマウス肝炎ウイルス感染検査キットならびにマウス肝炎ウイルス感染の検出方法

【課題】 マウス肝炎ウイルスに感染したマウスが産生する抗マウス肝炎ウイルス抗体に対する特異性や捕捉性の高いマウス肝炎ウイルス由来ポリペプチド、およびこれを用いた、マウス肝炎ウイルス感染を高感度で検出することができるマウス肝炎ウイルス感染検査キットならびにマウス肝炎ウイルス感染の検出方法を提供する。
【解決手段】 マウス肝炎ウイルス核タンパク質により提示されるマウス肝炎ウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列および/またはこれにおいて1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなる、マウス肝炎ウイルスに感染したマウスが産生する抗マウス肝炎ウイルス抗体と特異的に結合するポリペプチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マウス肝炎ウイルス核タンパク質により提示されるマウス肝炎ウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列および/またはこれらアミノ酸配列との同一性が高いアミノ酸配列からなる、マウス肝炎ウイルスに感染したマウスが産生する抗マウス肝炎ウイルス抗体と特異的に結合するマウス肝炎ウイルス由来ポリペプチド、およびこれを用いたマウス肝炎ウイルス感染検査キットならびにマウス肝炎ウイルス感染の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マウス肝炎ウイルス(Mouse hepatitis virus;MHV)とは、コロナウイルス科コロナウイルス属に属するRNAウイルスであり、自然宿主はマウスである。不顕性感染である場合がほとんどであり、肝臓や腸管で増殖する。免疫抑制状態や若齢によっては肝壊死斑が肝臓全体に広がり、急性死亡する場合がある。また、マウス肝炎ウイルスのいくつかの株が、多発性硬化症のモデルマウスに対して進行性脱髄性脳炎を引き起こすことが知られている。そのため、繁殖を一時中断することにより繁殖コロニーからマウス肝炎ウイルスを排除する試みがなされている(非特許文献1)。
【0003】
マウス肝炎ウイルスはマウスにおいて感受性が高く、また、実験動物の感染症は実験データの再現性を損ねることから、実験動物マウスに対するマウス肝炎ウイルス感染症の定期的な検査が不可欠であり、検査のための抗体検出の方法や装置、キットなどが開発されている。
【0004】
例えば、T.S.Goldingらにより、RT−PCRを利用してマウス排泄物からマウス肝炎ウイルスを検出する方法が提案されている(非特許文献2)。また、特開2000−131319号公報には、被検抗体を捕捉できる物質(病原微生物抗原)を支持体に固定したイムノクロマトグラフィ法に、病原微生物抗原に特異的な鶏卵卵黄抗体の着色粒子標識物を組み合わせて用いた抗体検査方法および検査用キット(商品名:モニライザ(R))が開示されており(特許文献1)、特表2007−532905号公報には、複数のウイルス抗原あるいは抗ウイルス抗体を捕捉することができる複数のサブアレイを含むマイクロアレイシステムに生物学的サンプルを接触させて複合体を形成させ、これにタンパク質マイクロアレイシステムを接触させることにより、捕捉されたウイルス抗原あるいは抗ウイルス抗体を検出する方法、マイクロアレイシステムおよびキットが開示されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−131319号公報
【特許文献2】特表2007−532905号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】W.E.Giddensら、Laboratory Animal Science、第37(4)巻、第442〜448頁、1987年
【非特許文献2】第45回アメリカ実験動物学会総会公演要旨集(1994年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献2において提案されているRT−PCRを用いた方法では、マウス肝炎ウイルス遺伝子の抽出作業や標的遺伝子の増幅作業などの手間が掛かってしまい、マウス肝炎ウイルス感染を短時間で検出することが困難である。また、特許文献1および特許文献2において開示されている検出方法やキットなどにおいては、マウス肝炎ウイルスそのものが抗原として用いられていることから、製品ごとに精度が異なること、製造コストがかかること、擬陽性が多いことなどの問題がある。
【0008】
本発明は、このような問題点を解決するためになされたものであって、マウス肝炎ウイルスに感染したマウスが産生する抗マウス肝炎ウイルス抗体に対する特異性や捕捉性の高いマウス肝炎ウイルス由来ポリペプチド、およびこれを用いた、マウス肝炎ウイルス感染を高感度で検出することができるマウス肝炎ウイルス感染検査キットならびにマウス肝炎ウイルス感染の検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、マウス肝炎ウイルス核タンパク質により提示されるマウス肝炎ウイルス抗原エピトープとイムノアッセイ法とを用いることにより、従来のマウス肝炎ウイルス感染検査キットと比較してマウス肝炎ウイルス感染を高感度で検出することができることを見いだし、下記の各発明を完成した。
【0010】
(1)以下の(a)または(b)のアミノ酸配列からなり、かつマウス肝炎ウイルスに感染したマウスが産生する抗マウス肝炎ウイルス抗体と特異的に結合するポリペプチド:
(a)マウス肝炎ウイルス核タンパク質により提示されるマウス肝炎ウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列;
(b)アミノ酸配列(a)において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列。
【0011】
(2)マウス肝炎ウイルス核タンパク質により提示されるマウス肝炎ウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列が配列番号3〜11に示されるアミノ酸配列からなる群から選択されるいずれかのアミノ酸配列である、(1)に記載のポリペプチド。
【0012】
(3)(1)または(2)に記載のいずれかのポリペプチドを含む、マウス肝炎ウイルス感染検査キット。
【0013】
(4)(1)または(2)に記載のいずれかのポリペプチドとマウスから採取した被検体とを接触させて抗原抗体反応の有無を判定することにより行う、マウス肝炎ウイルス感染の検出方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るマウス肝炎ウイルス由来ポリペプチドおよびこれを用いたマウス肝炎ウイルス感染検査キットならびにマウス肝炎ウイルス感染の検出方法によれば、マウス肝炎ウイルスに感染したマウスが産生する抗マウス肝炎ウイルス抗体に対する特異性や捕捉性を高めることができ、従来のマウス肝炎ウイルス感染検査キットと比較してマウス肝炎ウイルス感染を高感度で検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】455アミノ酸からなるマウス肝炎ウイルス核タンパク質のアミノ酸配列から選択した計446種類のポリペプチドをSPOT合成法に従って作製し、これらを用いて作製したペプチドアレイを示す模式図である。
【図2】実施例(1)で作製したマウス肝炎ウイルスペプチドアレイを用いて、マウス肝炎ウイルスに自然感染したマウスの血清をイムノクロマトグラフィにより化学発光させ、各スポットの発光強度とバックグラウンドとの比の平均値をプロットしたグラフである。縦軸は発光強度の比の平均値を示し、横軸はマウス肝炎ウイルス核タンパク質アミノ酸配列のN末端からの順番を示す。
【図3】血清の濃度を変化させた血清(正常マウス血清および感染マウス血清)についての抗体の検出を、配列番号4および配列番号11のペプチドを用いてELISA法により行い、その結果を示すグラフである。縦軸は450nm吸光度(OD450)の値を示し、横軸は検体である血清の希釈倍率を示す。
【図4】マウス肝炎ウイルス核タンパク質のアミノ酸配列と、ラット唾液腺涙腺炎ウイルス核タンパク質のアミノ酸配列とのアラインメントを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係るマウス肝炎ウイルス由来ポリペプチドおよびこれを用いたマウス肝炎ウイルス感染検査キットならびにマウス肝炎ウイルス感染の検出方法について詳細に説明する。本発明に係るポリペプチドは、以下の(a)または(b)のアミノ酸配列からなり、かつマウス肝炎ウイルスに感染したマウスが産生する抗マウス肝炎ウイルス抗体と特異的に結合する:
(a)マウス肝炎ウイルス核タンパク質により提示されるマウス肝炎ウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列;
(b)アミノ酸配列(a)において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列。
【0017】
本発明におけるマウス肝炎ウイルス核タンパク質から選択されるマウス肝炎ウイルス抗原エピトープは、マウス肝炎ウイルス核タンパク質のアミノ酸配列により提示される、直鎖のアミノ酸で構成されるものと、一次構造上離れた部位にあるアミノ酸が高次構造を組むことによって生じるものとがある。
【0018】
ここで、本発明における「エピトープ」とは、抗体によって認識される抗原上の部位の通常の意味を有し、「抗原決定基」と交換可能に用いることができる。本発明におけるエピトープは、典型的には、全タンパク質の小さな部分であるアミノ酸のセグメントであり、一次的すなわち連続的である場合のみならず、立体配座的すなわち不連続的である場合がある。すなわち、タンパク質のフォールディングによって並べられた一次配列の隣接部分または非隣接部分によってコードされるアミノ酸から形成されるものである。エピトープとして使用するためには、少なくとも3アミノ酸の長さの配列が必要であり、好ましくは、少なくとも13アミノ酸、14アミノ酸、15アミノ酸、16アミノ酸、17アミノ酸、18アミノ酸、19アミノ酸、20アミノ酸の長さの配列が必要である。
【0019】
また、エピトープは、これに結合する抗体の結合部位すなわちパラトープと水素結合、イオン結合、疎水結合、ファンデルワールス結合により非共有的に結合する。この結合が成立するためには、エピトープ上の当該作用する部位とパラトープ上の当該作用する部位とが一定の空間配置を取る必要があるが、本発明におけるエピトープの鎖長を伸長させることにより、あるいはアミノ酸を付加させることにより、パラトープに結合可能な立体構造(高次構造)を取ることができ、エピトープとして機能する場合がある。
【0020】
本発明において、エピトープの同定は特に限定されず、当該技術分野に知られるあらゆる方法によって同定することができる。例えば、PEPSCAN法(Geysenら、J.Immunol.Meth.,第102巻、第259〜274頁、1987年)やSPOT合成法(R.Frankら、Tetrahedron、1992年、第48巻、第9217頁,W.R.G.Dostmannら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、2000年、第97巻、14772頁)に従い、ペプチドを化学合成あるいは遺伝子工学的に合成してペプチドアレイを作製し、イムノアッセイにより同定することができる。
【0021】
本発明において用いることができるイムノアッセイは、当業者によって適宜選択することができ、特に限定されないが、例えば、ウェスタンブロット法、ラジオイムノアッセイ、ELISA(酵素結合免疫吸着測定法)、サンドイッチイムノアッセイ、免疫沈降測定法、沈降反応、ゲル拡散沈降反応、免疫拡散測定法、凝集測定法、補体結合測定法、免疫放射定量測定法、蛍光イムノアッセイ、プロテインAイムノアッセイなどを挙げることができる。
【0022】
また、これらイムノアッセイに用いられる二次抗体についても、当業者によって適宜選択することができ、特に限定されないが、例えば、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、キメラ抗体、単鎖抗体、Fabフラグメント、Fab発現ライブラリーによって産生されるフラグメントなどを挙げることができる。また、Fab発現ライブラリーによって産生されるフラグメントには、マウス肝炎ウイルス抗原に対する結合活性が保持されている完全な抗体のフラグメント(Fab、F(ab’)およびF(ab’)フラグメント)、抗体の抗原結合部位を含む単鎖抗体(scFv)、融合タンパク質および他の合成タンパク質が含まれる(Birdら、Science、第242巻、第423〜426頁、1988)。
【0023】
なお、本発明に係るエピトープをコードするポリヌクレオチドを選択し、あるいは、Stumpp M.T.らの方法(Stumpp M.T.ら、J.Mol.Biol.第332(2)巻、第471〜487頁、2003)に従って得られた完全長cDNAからポリヌクレオチドを合成して、ファージディスプレイ法、bacteria two−hybrid法、yeast two−hybrid法、in vitroウイルス法等を用いて同定することもできる。
【0024】
マウス肝炎ウイルス核タンパク質により提示されるマウス肝炎ウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列のうち、SPOT合成法に従い、ペプチドを化学合成してペプチドアレイを作製し、イムノクロマトグラフィにより同定することのできるアミノ酸配列としては、配列番号3〜11に示されるアミノ酸配列を挙げることができる。
【0025】
本発明において「抗原」とは、脊椎動物にこれを投与することにより免疫応答を導き出すことができ、それによってこれと特異的に結合する抗体の産生、放出を促進させるものをいい、1または2以上のエピトープを有している。本発明における抗原は、「免疫原」と交換可能に用いることができ、サブユニット抗原や、抗体と結合した状態の複合体も本発明における抗原に含まれる。また、抗原としては、例えば、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質、リポタンパク質、糖タンパク質、核酸、多糖類、リポ多糖類、脂質などを挙げることができるが、本発明においては、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質、リポタンパク質、糖タンパク質であることが好ましく、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質であることがより好ましい。
【0026】
本発明において、「1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列」という場合の、欠失、置換、挿入および/または付加されるアミノ酸の個数は、そのアミノ酸配列を有するポリペプチドが、マウス肝炎ウイルスに感染したマウスが産生する抗マウス肝炎ウイルス抗体と特異的に結合する限り特に限定されないが、例えば1〜19個、好ましくは1〜15個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個の任意の個数を挙げることができる。なお、同一あるいは性質の似たアミノ酸配列をコードするのであれば、さらに多くのアミノ酸が置換、挿入、および/または付加されてもよい。
【0027】
すなわち、本発明においては、マウス肝炎ウイルス核タンパク質により提示されるマウス肝炎ウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列の全部または少なくともシグナル配列を除いた部分を含む一部と高い同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつマウス肝炎ウイルスに感染したマウスが産生する抗マウス肝炎ウイルス抗体と特異的に結合するペプチドが含まれる。ここにいう「高い同一性」とは、少なくとも50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列の同一性を指す。
【0028】
本発明におけるマウスもまた、特に限定されないが、例えば、A、AKR、BALB/c、C3H、C57BL/6、DBA/2、B6C3F1、BDF1、B6D2F1、ICRなどの、一般に動物実験に使用される各種系統のマウスを挙げることができる。
【0029】
なお、コロナウイルス科コロナウイルス属に属するRNAウイルスであって、マウス肝炎ウイルスの近縁であるものとしてラット唾液腺涙腺炎ウイルス(Rat sialodacryoadenitis coronavirus;SDAV)を挙げることができる。ラット唾液腺涙腺炎ウイルスはマウス肝炎ウイルスと形態のみならず抗原性が類似しているため、マウス肝炎ウイルス核タンパク質により提示されるマウス肝炎抗原エピトープは、抗マウス肝炎ウイルス抗体のみならず、抗ラット唾液腺涙腺炎ウイルス抗体も認識する。すなわち、本発明に係るマウス肝炎ウイルス由来ポリペプチドは、マウス肝炎ウイルスに感染したマウスが産生する抗マウス肝炎ウイルス抗体と特異的に結合する他、ラット唾液腺涙腺炎ウイルスに感染したラットが産生する抗ラット唾液腺涙腺炎ウイルス抗体と特異的に結合することから、ラット唾液腺涙腺炎ウイルス感染の検出にも有効である。
【0030】
次に、本発明は、本発明に係るポリペプチドを含むキットを提供する。本発明に係るキットは、二次抗体、標識物質その他の免疫学的検出手段の実施に有用な物質または緩衝液など、マウス肝炎ウイルス感染の検出手段の実施に有用な物質などをキットの構成物として含んでいてもよい。
【0031】
さらに本発明は、本発明に係るポリペプチドとマウスから採取した被検体とを接触させて抗原抗体反応の有無を判定することにより行う、マウス肝炎ウイルス感染の検出方法を提供する。本発明に係るマウス肝炎ウイルス感染の検出方法には、本発明に係るマウス肝炎ウイルス感染の検出方法を損なわない限り、インキュベート工程や洗浄工程などを含んでいてもよい。
【0032】
本発明に係るポリペプチドを含むキットおよびマウス肝炎ウイルス感染の検出方法は、実験動物マウスに対するマウス肝炎ウイルス感染症の定期的な検査に用いることができる他、例えば、従来のマウス肝炎ウイルス感染検査キットやマウス肝炎ウイルス感染検査方法によって擬陽性とされたマウスに対する検査に用いることなどが可能である。
【0033】
以下、本発明に係るマウス肝炎ウイルス由来ポリペプチドおよびこれを用いたマウス肝炎ウイルス感染検査キットならびにマウス肝炎ウイルス感染の検出方法について、実施例に基づいて説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。
【実施例】
【0034】
<実施例1>マウス肝炎ウイルスペプチドアレイを用いたマウス肝炎ウイルスエピトープの同定
(1)マウス肝炎ウイルスペプチドアレイの作製
455アミノ酸からなるマウス肝炎ウイルス核タンパク質(マウス肝炎ウイルスNP、Accession number X00990;配列番号1および配列番号2)のアミノ酸配列から、10残基ポリペプチドを1残基ずつシフトさせることによって選択した計446種類のポリペプチドを、SPOT合成法(R.Frankら、Tetrahedron、1992年、第48巻、第9217頁,W.R.G.Dostmannら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、2000年、第97巻、14772頁)に従い、Auto Spot Peptide Synthesizer ASP−222(Intavis社)を用いてセルロース膜上に合成することにより、マウス肝炎ウイルスNPアミノ酸配列のN末端から1〜10番目(スポットNo.1)、2〜11番目(スポットNo.2)、3〜12番目(スポットNo.3)と続いて446〜455番目(スポットNo.446)までの、計446種類の10残基ポリペプチド鎖がセルロース膜上に順番に並んだマウス肝炎ウイルスペプチドアレイを作製した。これを図1に示す。
【0035】
(2)各種マウスにおけるマウス肝炎ウイルスエピトープの同定
本実施例(1)で作製したマウス肝炎ウイルスペプチドアレイ、各種マウスの血清およびhorseradish peroxidase(HRP)標識抗マウスIgG抗体を用い、マウス肝炎ウイルスペプチドアレイに特異的に結合するHRP標識抗マウスIgGをELISA法で検出することにより、エピトープを同定した。
【0036】
[2−1]1%Tween−20PBS溶液および1%Tween−20PBSスキムミルク溶液の調製
それぞれの最終濃度が、1.37M NaCl、27mM KCl、81mM NaHPO、15mM KHPOとなるように調製したHosphate buffered saline(PBS)溶液1Lにつき、10mLの割合でTween−20を加えることにより、1%Tween−20PBS溶液(1%PBST)を調製した。さらに、この1%PBSTに重量比5%となるようスキムミルクを加えて溶解することにより、1%Tween−20PBSスキムミルク溶液(1%PBST−SM)を調製した。
【0037】
[2−2]感染マウスの血清の調製
マウス肝炎ウイルスに自然感染したマウスの集団から、市販のマウス肝炎ウイルス感染判定キット(モニライザMHV;わかもと製薬社)にて陽性を示した7個体を得、それらの血清を採取した。それぞれ採取した血清を、1%PBST−SMにて1000倍に希釈することにより、1%PBST−SM希釈血清を調製した。
【0038】
[2−3]マウス肝炎ウイルスペプチドアレイによるエピトープの探索
本実施例(1)で作製したマウス肝炎ウイルスペプチドアレイを、本実施例(2)[2−1]で調製した1%PBST−SM50mLに浸漬させ、4℃下で一晩インキュベートした後、さらに本実施例(2)[2−1]で調製した1%PBST20mLに浸漬させて、室温下で1分間振盪することにより洗浄した。この洗浄したマウス肝炎ウイルスペプチドアレイをプラスチックフィルム上に置き、1%PBST−SM希釈血清をそれぞれ5mLずつ乗せ、これをプラスチックフィルムで覆い、室温下で2時間インキュベートした。
【0039】
インキュベート後にプラスチックフィルムを取り除いたマウス肝炎ウイルスペプチドアレイを本実施例(2)[2−1]で調製した1%PBST20mLに浸漬させ、室温下で15分×3回振盪することにより洗浄し、再度プラスチックフィルム上に置いた後、本実施例(2)[2−1]で調製した1%PBST−SMで10000倍希釈したHRP標識抗マウスIgG抗体(GE Healthcare Bio−Sciences社)をそれぞれ5mLずつ乗せ、再度プラスチックフィルムで覆い、さらに室温下で2時間インキュベートした。その後、プラスチックフィルムを取り除き、本実施例(2)[2−1]で調製した1%PBST20mLに浸漬させ、15分×3回振盪することにより洗浄した。
【0040】
HRP標識抗マウスIgGを反応させたマウス肝炎ウイルスペプチドアレイを、ECL Advance Western Blotting Detection Kit(GE Healthcare Bio−Sciences社)を用いて化学発光させた後、さらにLAS−3000(Fujifilm社)を用いて、化学発光が確認された各スポット(各ポリペプチド)の検出、画像化および発光強度の数値化を行うことにより、マウス肝炎ウイルスペプチドアレイに特異的に結合したIgG抗体を検出して定量化した。
【0041】
マウス肝炎ウイルスに自然感染したマウスの血清の、各スポットの発光強度とバックグラウンドとの比の平均値をプロットしたものを図2に示し、マウス肝炎ウイルスに自然感染したマウスの血清のうち、発光が確認されたスポットを抽出して得られたアミノ酸配列と、それらの配列番号とを表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
図1および表1に示すように、マウス肝炎ウイルスNPアミノ酸配列のN末端から1〜14番目(配列番号3)、同24〜39番目(配列番号4)、同49〜64番目(配列番号5)、同69〜82番目(配列番号6)、同240〜253番目(配列番号7)、同307〜325番目(配列番号8)、同354〜373番目(配列番号9)および同381〜393番目(配列番号10)に相当する各スポットの発光強度が、これらのバックグラウンドの発光強度との比で大きいことが確認された。また、このうち、マウス肝炎ウイルスに自然感染したマウス7個体すべてにおいて、バックグラウンドの発光強度との比が2以上であるスポットのアミノ酸配列は、N末端から24〜39番目(配列番号4)、307〜325番目(配列番号8)および354〜373番目(配列番号9)であることが確認された。
【0044】
<実施例2>マウス肝炎ウイルスNPエピトープペプチドの感染マウス特異性の確認
実施例1(2)[2−3]で同定したマウス肝炎ウイルスNPエピトープの感染マウス特異性を確認するため、マウス肝炎ウイルスNPアミノ酸配列のN末端から24〜39番目(配列番号4)およびN末端から357〜372番目(RFDSTLPGFETIMKVL(Rはアルギニン、Fはフェニルアラニン、Dはアスパラギン酸、Sはセリン、Tはトレオニン、Lはロイシン、Pはプロリン、Gはグリシン、Eはグルタミン酸、Iはイソロイシン、Mはメチオニン、Kはリシン、Vはバリンを示す):配列番号11)のペプチドを化学合成し、ELISA法により、これらに結合する抗体の検出を行った。
【0045】
(1)0.5%Tween−20PBS溶液およびブロッキング溶液の調製
それぞれの最終濃度が、1.37M NaCl、27mM KCl、81mM NaHPO、15mM KHPOとなるように調製したPBS溶液1Lにつき、5mLの割合でTween−20を加えることにより、0.5%Tween−20PBS溶液(0.5%PBST)を調製した。さらに、この0.5%PBSTに重量比0.5%となるようウシ血清アルブミン(BSA)を加えて溶解することにより、ブロッキング液を調製した。
【0046】
(2)感染マウスの血清の調製
マウス肝炎ウイルスに自然感染したマウスの集団から、市販のマウス肝炎ウイルス感染判定キット(モニライザMHV;わかもと製薬社)にて陽性を示した14個体を得、それらの血清(感染マウス血清)と、マウス肝炎ウイルスに感染していない8個体の血清(正常マウス血清)とを採取した。それぞれ採取した血清を本実施例(1)で調製したブロッキング液にて、それぞれ50倍、100倍、200倍、400倍、800倍、1600倍、3200倍および6400倍に希釈することにより、各濃度のブロッキング液希釈血清を調製した。
【0047】
(3)ELISA法による抗体の検出
配列番号4および配列番号11のペプチドを0.1M NaCOに溶解し、0.5μMに調製した。これを96ウェル平底プレート(BD Bioscience社)に200μLずつ加え、4℃下で一晩インキュベートした後、本実施例(1)で調製した0.5%PBST 200μLで各ウェルを3回洗浄し、本実施例(1)で調製したブロッキング液200μLを各ウェルに加え、さらに37℃下で1時間インキュベートした。次いで、各ウェルを本実施例(1)で調製した0.5%PBST 200μLで3回洗浄し、本実施例2(2)で調製した血清を200μLずつ加え、37℃下で1時間インキュベートした後、再び各ウェルを本実施例2(1)で調製した0.5%PBST 200μLで3回洗浄した。本実施例2(1)で調製したブロッキング液を用いて10000倍に希釈したHRP標識抗マウスIgG抗体(GE Healthcare Bio−Sciences社)を各ウェルに200μLずつ加え、37℃下で1時間インキュベートした後、各ウェルを本実施例2(1)で調製した0.5%PBST 200μLで3回洗浄し、1.5mg/mLのo−フェニレンジアミン・2塩酸(OPD)溶液を200μLずつ加え、37℃下で10分間インキュベートした。各ウェルに3.5N硫酸を50μLずつ加えて発色反応を停止させ、ELISAプレートリーダー(モデル680マイクロプレートリーダー;バイオ・ラッド ラボラトリーズ社)で450nm吸光度(OD450)を測定した。その結果を図3に示す。
【0048】
図3に示すように、配列番号4および配列番号11のいずれのペプチドを抗原として用いた場合でも、正常マウス血清のOD値は濃度にかかわらずほぼ一定の値であるのに対し、感染マウス血清のOD値は濃度の低下に伴い低下することが確認された。以上の結果より、配列番号4および配列番号11のペプチドは、マウス肝炎ウイルス感染マウスの血清に含まれる抗体に特異的に結合することが示された。
【0049】
<実施例3>マウス肝炎ウイルスNPエピトープペプチドによるウイルス感染の検出
実施例1(2)[2−3]で同定し、実施例2(3)で確認されたマウス肝炎ウイルスNPエピトープを用いて、市販のマウス肝炎ウイルス感染判定キットで感染陽性と判定された実験感染マウスについて、マウス肝炎ウイルス感染の検出が可能かどうかを検討した。また、マウス肝炎ウイルス感染の判定の感度について、市販のマウス肝炎ウイルス感染判定キット(モニライザMHV;わかもと製薬社)との比較を行った。
【0050】
(1)マウスの血清の調製
マウス肝炎ウイルスに自然感染したマウスの集団から得られた14個体の血清と、マウス肝炎ウイルスに感染していない8個体の血清を採取した。それぞれ採取した血清を実施例2(1)で調製したブロッキング液を用いて、それぞれ50倍に希釈することによりブロッキング液希釈血清を調製した。
【0051】
(2)ELISA法による検出
実施例2(3)で用いた配列番号4および配列番号11のペプチドと、本実施例(1)で調製したブロッキング液希釈血清とを用いて、実施例2(3)と同様の手法で450nm吸光度(OD450)を測定することにより抗体を検出した。その結果を表2に示す。
【0052】
【表2】

【0053】
表2に示すように、正常マウス8個体については、配列番号4および配列番号11のいずれのペプチドを用いた場合でも、8個体すべてにおいて陰性と判定された。また、市販のマウス肝炎ウイルス感染判定キット(モニライザMHV;わかもと製薬社)を用いた場合でも、正常マウス8個体すべてにおいて陰性と判定された。一方、マウス肝炎ウイルスに自然感染したマウスの集団から得られた14個体については、いずれのペプチドを用いた場合でも、10個体が陽性と判定され、残り4個体が陰性と判定されたが、市販のマウス肝炎ウイルス感染判定キット(モニライザMHV;わかもと製薬社)を用いた場合では、8個体が陽性と判定され、残り6個体が陰性と判定された。配列番号4および配列番号11のいずれのペプチドを用いた場合に陽性と判定された10個体のうちの8個体は、市販のマウス肝炎ウイルス感染判定キット(モニライザMHV;わかもと製薬社)で陽性と判定された8個体と一致した。以上の結果より、配列番号4および配列番号11のペプチドは従来のマウス肝炎ウイルス感染判定キットよりも高感度にマウス肝炎ウイルス感染の判定を行うことができることが示された。
【0054】
<比較例>マウス肝炎ウイルス核タンパク質アミノ酸配列とラット唾液腺涙腺炎ウイルス核タンパク質アミノ酸配列との比較
ラット唾液腺涙腺炎ウイルス核タンパク質(ラット唾液腺涙腺炎ウイルスNP、Accession number D10760;配列番号12および13)は454アミノ酸からなる。ここで、マウス肝炎ウイルスNPのアミノ酸配列(455アミノ酸、配列番号2)と、このラット唾液腺涙腺炎ウイルスNPのアミノ酸配列(配列番号13)とのアラインメントを図4に示す。
【0055】
図4に示すように、マウス肝炎ウイルスNPとラット唾液腺涙腺炎ウイルスNPとのアミノ酸配列の相同性は93.4%であることが分かる。特に、ラット唾液腺涙腺炎ウイルスNPのアミノ酸配列と配列番号3〜11に示されるアミノ酸配列とを比較すると、ラット唾液腺涙腺炎ウイルスNPのN末端から38番目のグルタミンが配列番号4においてはロイシンであること、同59番目のトレオニンが配列番号5においてはセリンであること、同321番目のプロリンが配列番号8においてはアラニンであること、同383番目のアラニンが配列番号10においてはアスパラギン酸あることのみ相違していることが分かる。このことから、配列番号3〜11に示されるアミノ酸配列からなるペプチドは、抗マウスIgG抗体(抗マウス肝炎ウイルス抗体)のみならず、抗ラット唾液腺涙腺炎ウイルス抗体を認識することが示された。
【0056】
以上のような本実施例によれば、マウス肝炎ウイルスに感染したマウスが産生する抗マウス肝炎ウイルス抗体に対する特異性や捕捉性の高いペプチドを作製することができ、かつ、マウス肝炎ウイルス感染を簡便かつ高感度で検出することができる。
【0057】
なお、本発明に係るマウス肝炎ウイルス由来ポリペプチドおよびこれを用いたマウス肝炎ウイルス感染検査キットならびにマウス肝炎ウイルス感染の検出方法は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜変更することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)または(b)のアミノ酸配列からなり、かつマウス肝炎ウイルスに感染したマウスが産生する抗マウス肝炎ウイルス抗体と特異的に結合するポリペプチド:
(a)マウス肝炎ウイルス核タンパク質により提示されるマウス肝炎ウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列;
(b)アミノ酸配列(a)において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列。
【請求項2】
マウス肝炎ウイルス核タンパク質により提示されるマウス肝炎ウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列が配列番号3〜11に示されるアミノ酸配列からなる群から選択されるいずれかのアミノ酸配列である、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のいずれかのポリペプチドを含む、マウス肝炎ウイルス感染検査キット。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載のいずれかのポリペプチドとマウスから採取した被検体とを接触させて抗原抗体反応の有無を判定する、マウス肝炎ウイルス感染の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−254601(P2010−254601A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−104906(P2009−104906)
【出願日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】