説明

マウス飼育施設向け空調設備および空調方法

【課題】小動物であるマウスの飼育環境を適切な温度および湿度範囲に保ちながら、飼育環境の維持に要する空調設備の運用を省エネルギ化する。
【解決手段】マウスを飼育する飼育室を空調する空調設備の制御装置は、外気の絶対温度が予め定めた第1の値x1−dxを超えていれば空調機を用いて除湿冷却して絶対湿度を第1の値以下とした後加熱器を用いて加熱し、外気の絶対湿度が第1の値よりも低い第2の値x2未満であれば、空調機で加熱加湿して絶対湿度を第2の値以上としたのち加熱器で加熱する。絶対湿度が第1および第2の値の間であれば加熱する。この加熱の際は、マウス飼育ガイドラインで定めた最低温度よりも所定温度だけ高い温度TSPminまたはガイドラインで定めた相対湿度の範囲の最高湿度よりも所定湿度だけ低い湿度φSPmaxに制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は小動物を飼育する施設向けの空調設備および空調方法に係り、特にマウス飼育施設向けの空調設備および空調方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子工学や医学分野で広く利用される小動物を飼育・実験するために、実験動物をケージ内に収容しこの実験動物が収容されたケージを配置して管理する施設が用いられている。この施設は、温度や湿度、微生物などを管理された室内を有しており、この管理された室内(飼育室)にケージを配置することにより、小動物の健康と福祉を保持している。
【0003】
このような飼育室内の空気温度や湿度に関しては、過去の実績等から適正な範囲が経験的に知られており、米国学術研究会議(NRC)の「実験動物の管理と使用に関する指針(Guide for the Care and Use of Laboratory Animals)」等のガイドラインや、このガイドラインを参考に社団法人日本建築学会が編集した非特許文献1に開示されている。
【0004】
この非特許文献1によれば、動物飼育室の基準となる温度の範囲として、該ガイドラインの基準を20〜26℃に定めている。そして湿度の影響が特別に大きい実験動物においては、別途温度条件を検討することとしている。さらに、室内温度を上記範囲に設定しても、その短期的な変動範囲をできるだけ狭く、また室内温度分布はできるだけ均一に制御することが望ましいとの観点から、シーズンによる変動は特別な場合を除き考慮しない、としている。なお、飼育室の設計に当たっては、設定値を20〜26℃の中間値23℃を目標値とし、空間的変動幅を±1℃とすることが望ましい、としている。
【0005】
また、湿度に関しては、理論的根拠が不明確であるとの理由から、常識的な範囲として55±10%を相対湿度の基準値としている。そして、ラットの場合には低湿になると病気が発生しやすいので、注意を喚起している。
【0006】
一方、特許文献1には、動物飼育室の空気清浄度を維持し、十分な圧力制御を行いながら給気および排気風量を削減するために、温湿度制御された外気を導入する給気手段と、動物飼育ラックおよび室内の空気を室外に排気する排気手段と、室内の空気の一部を吸気して浄化し、室内に排気して空気循環させる空気浄化ユニットとを動物飼育室が備えている。そして、室内の圧力を検出する圧力センサを備え、圧力センサの測定値に基づいて、吸気手段の給気量と排気手段の排気量を制御して室内の圧力を予め定めた設定値に維持している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−81865号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】社団法人日本建築学会編、「最新版ガイドライン 実験動物施設の建築および設備」、第3版、株式会社アドスリー、2007年6月15日、p.39−41、p.95−98
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
飼育室内の温度や湿度を適正に保つことは、マウスの健康や福祉の面で重要である。上記非特許文献1に開示される各種団体が発表している指標を参照すると、その適正範囲は微妙に異なっているものの多くは、温度20〜26℃、相対湿度40〜60%を推奨している。そして、上記非特許文献1が推奨する場合でも、目標温度および目標湿度をその推奨幅の中間値に定めている。
【0010】
そこで、実際にマウスを種々の温度および湿度条件化で飼育したところ、上記非特許文献1に記載の指針に基づく環境とすれば、マウスの繁殖成績等が劣化せず、十分な成績が得られることが判明した。また、空調設備の温度や湿度を適切に制御すれば、温度および湿度を精度よく管理でき、温度であれば制御目標値±1℃、相対湿度であれば制御目標値±5%以内に制御することも可能である。
【0011】
ところで、上記非特許文献1で示されたガイドラインでは、マウス飼育における温度の適正値の範囲を、中間値23℃から±3℃とし、湿度の適正値の範囲を中間値から±10%に定めており、適正値の許容幅が商用の空調機器の温度および湿度の制御精度に比べて十分に広くなっている。そのため、マウスの健康および福祉に影響を与えない範囲で、空調設備のさらなる省エネルギ化を可能とした温度および湿度管理が求められている。
【0012】
一方、上記特許文献1に記載の動物飼育室では、換気に要するエネルギ、および換気に伴う飼育環境の清浄度については考慮されているが、飼育動物の温度および湿度環境を許容範囲内で変化させて、省エネルギ化を図ることについてまでは考慮されていない。
【0013】
本発明は上記従来技術の不具合に鑑みなされたものであり、その目的は、小動物であるマウスの飼育環境を適切な温度および湿度範囲に保ちながら、飼育環境の維持に要する空調設備の運用を省エネルギ化することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成する本発明の特徴は、マウスを飼育する飼育室を空調する空調設備において、外気を導入し加熱冷却および湿度調整する空調機と、この空調機と前記飼育室間に設けられ空調機から供給される空気を加熱する加熱器と、前記空調機に導入される外気の絶対湿度を検出する第1の露点温度計と、前記空調機から供給される空調された外気の絶対湿度を検出する第2の露点温度計と、前記飼育室から排出される空気の温度と湿度を検出する温度計および湿度計と、前記空調機および前記加熱器を制御する制御装置とを備え、前記制御装置は、前記第1の露点温度計が検出した絶対湿度が予め定めた第1の値を超えていれば前記空調機を用いて除湿冷却して絶対湿度を第1の値以下とした後前記加熱器を用いて加熱し、前記第1の露点温度計が検出した絶対湿度が前記第1の値よりも下の予め定めた第2の値未満であれば、前記空調機で加熱加湿して絶対湿度を前記第2の値以上としたのち加熱器で加熱し、前記第1の露点温度計が検出した絶対湿度が第1および第2の値の間であれば加熱し、マウス飼育ガイドラインで定めた最低温度よりも所定温度だけ高い温度またはガイドラインで定めた相対湿度の範囲の最高湿度よりも所定湿度だけ低い湿度に制御するよう前記空調機および加湿器を制御することにある。
【0015】
そしてこの特徴において、前記第1の値は、ガイドラインで定めた温度の適正値から前記飼育室内の温度のばらつきδTを差し引いた値の上限値およびガイドラインで定めた相対湿度の適正値から前記飼育室内の湿度のばらつきδφを差し引いた値の上限値となる点での絶対湿度の値x1から前記飼育室内のマウスによる絶対湿度の上昇値dxを差し引いた値であり、前記第2の値は、ガイドラインで定めた温度の適正値に前記ばらつきδTを加えた値の下限値およびガイドラインで定めた相対湿度の適正値に前記ばらつきδφを加えた値の下限値となる点での絶対湿度であることが好ましい。
【0016】
上記目的を達成する本発明の他の特徴は、マウス飼育室を空調する空調方法において、ガイドラインに定められた適正温度範囲および適正相対湿度範囲から、飼育室内の温度分布および相対湿度分布分だけ狭めた範囲を最適温度範囲および最適相対湿度範囲とし、マウス飼育室に導入する外気が前記最適温度および最適相対湿度範囲外であれば、これらが最適範囲内となるときの絶対湿度の範囲に前記外気の絶対湿度を制御し、その後この外気を加熱して前記温度および相対湿度が前記最適制御範囲内になるようにして前記マウス飼育室に導入することにある。
【0017】
そしてこの特徴において、前記外気の絶対湿度を制御する際には、絶対湿度の上限値を、前記最適温度が上限となり最適相対湿度が上限となる時の絶対湿度から前記マウス飼育室内のマウスによる負荷上昇分を差し引いた値とすることが望ましい。
【0018】
上記目的を達成する本発明のさらに他の特徴は、マウス飼育室を空調する空調方法において、マウス飼育室の温度のばらつきをδT、相対湿度のばらつきをδφ、前記マウス飼育室内部のマウスによる絶対湿度上昇値をdxとしたときに、前記マウス飼育室に導入される外気の絶対湿度が、ガイドラインで定めた温度の適正値から前記ばらつきδTを差し引いた値の上限値および相対湿度の適正値から前記ばらつきδφを差し引いた値の上限値となる点から定めた値x1から前記マウスによる絶対湿度上昇値dxを差し引いた第1の値(x1−dx)を超えていれば外気を除湿冷却して絶対湿度を第1の値(x1−dx)以下とした後前記加熱器を用いて加熱し、外気の絶対湿度が前記第1の値よりも下であり、ガイドラインで定めた温度の適正値に前記ばらつきδTを加えた値の下限値およびガイドラインで定めた相対湿度の適正値に前記ばらつきδφを加えた値の下限値となる点から定めた第2の値x2未満であれば、導入された外気を加熱加湿して絶対湿度を前記第2の値x2以上としたのち加熱し、外気の絶対湿度が第1の値(x1−dx)および第2の値x2の間であれば加熱し、これらの加熱においては、ガイドラインで定めた温度の適正値に前記ばらつきを加えた値の下限値またはガイドラインで定めた相対湿度の適正値から前記ばらつきを差し引いた値の上限値のいずれかを満足するように加熱することにある。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、絶対湿度を飼育環境に適合させた後、温度と相対湿度ガイドラインで示された温度および湿度範囲内に収まるように制御しているので、マウスの飼育環境を適切な温度および湿度範囲に保ちながら、飼育環境の維持に要する空調設備の運用を省エネルギ化できる。すなわち、ガイドラインで示された温度および湿度の適正範囲の必ずしも中間値(中央値)ではない値に制御するようにしたので、空調設備の運用において省エネルギ化が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係るマウス飼育施設向け空調設備の一実施例の模式図である
【図2】マウス飼育施設の環境管理を説明する図である。
【図3】本発明に係る空調設備を用いた空調管理を説明する図である。
【図4】図1に示したマウス飼育施設の制御系のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係るマウス飼育施設について、図1ないし図4を用いて説明する。図1は、マウス飼育施設100の一例を模式的に示した図である。この図1においては、マウス飼育施設100とともに、このマウス飼育施設100の飼育環境を管理および制御するために設けた本発明に係る空調設備50の一実施例も示している。
【0022】
クリーンルーム60等で構成されたマウス飼育施設100の飼育棟には、複数の飼育室1a、1bが配置されている。これら各飼育室1a、1bには、1個または複数の飼育ラック2a、2bが配置されている。各飼育ラック2a、2bには縦方向に複数段の棚が形成されており、各棚はケージ3a、3bに収容されたマウス3cを収納可能になっている。つまり、マウス3cはケージ3aまたは3bに収容されて、棚に収められている。
【0023】
上述したように、マウスを健康的に維持しかつ余分なストレスを与えないようにするために、飼育室1a、1bは完全に空調および清浄度を所定範囲に制御されている。飼育室1a、1bの空調のために、飼育室1a、1bの天井面には、給気6a、6bダクト及び排気ダクト7a、7bが配置されている。給気ダクト6a、6bの途中には、詳細を後述する再熱用の加熱コイル13a、13bが設けられており、飼育室1a、1bを加熱可能になっている。排気ダクト7a、7bの途中であって各飼育室1a、1bの近傍には、飼育室1a、1bの温度および湿度を検出するための温度計19a、19bと湿度計20a、20bが取り付けられている。各給気ダクト6a、6bは、給気ダクト6から分岐して設けられている。一方、排気ダクト7a、7bは排気ダクト7にまとめられ、下流に配置された排気ファン8に接続される。排気ファン8には、排気ダクト46が接続されている。
【0024】
ここで、給気ダクト6a、6bに介在させた加熱コイル13a、13bには、冷温水配管44a、45aから冷温水が供給されている。この冷温水は、加熱コイル13a、13bで熱交換した後、冷温水配管44b、45bから排出される。なお、冷温水配管44a、45aの途中には、冷温水量を制御するための制御バルブ21a、21bが取り付けられている。
【0025】
給気ダクト6の上流側には空調機5が接続されている。空調機5は、内部を冷水が流通する除湿コイル10と、内部を温水が流通する余熱コイル12と、給気ファン9と、加湿器11とを有している。空調機5の上流側には、外気導入ダクト40が接続されており、この空調機5に清浄な空気を導入できるようになっている。
【0026】
除湿コイル10には、図示しない冷水源から冷水配管41aにより、冷水が供給される。供給された冷水は、外気導入ダクト40から導かれた外気と除湿コイル10で熱交換して温度上昇し、冷水配管41bから外部へ排出される。同様に、余熱コイル12には、図示しない温水源から温水配管42aにより、温水が供給される。供給された温水は、外気導入ダクト40から導かれ除湿コイル10で除湿された空気と熱交換して温度低下し、温水配管42bから温水源へ戻される。
【0027】
加湿器11には、図示しない蒸気発生源から蒸気配管43を介して蒸気が供給される。供給された蒸気は、加湿器11の先端部に複数設けられたノズルまたは開孔から噴出され、外気導入ダクト40から導かれ温度上昇した空気を加湿する。これにより、外気は加温および加湿されて給気ダクト6に供給される。この加温加湿空気を給気ダクト6に流通させるために、給気ファン9が回転駆動される。
【0028】
なお、空調機5の上流側の外気導入ダクト40および下流側であってこの空調機5の近傍には、それぞれ露点温度計14、15が、配置されている。また、除湿コイル10の冷水供給配管41a中および余熱コイル12の温水供給配管42a中、蒸気配管43中には、それぞれ各配管内を流通する冷水、温水、蒸気流量を制御するための制御バルブ16、18、17が設けられている。後述するように、制御バルブ16〜18および空調機5等は、制御装置25に信号接続されており、飼育室1a、1b内を適正環境に維持するのに用いられる。また、外気導入ダクト40から排気ダクト46までは、空調設備50を構成している。
【0029】
次にこのように構成した空調設備50を用いて、飼育室1a、1bを適正環境に維持する本発明の特徴的な方法について、図2および図3を用いて説明する。図2は、マウス飼育室内を適正環境に保つために用いる空気線図であり、図3は、同線図を用いた環境制御方法を説明するための図である。
【0030】
図2および図3において、横軸は飼育室1a、1b内の温度であり、乾球温度(℃)である。この温度は、図1の温度計19a、19bが検出する温度に対応する。縦軸は絶対湿度(kg/kg(D.A.)であり、乾燥空気(D.A.)中に含まれる水分の重量比である。また、左上から右下に走る斜めの線は比エンタルピ(kJ/kg(D.A.))であり、乾燥空気(D.A.)の単位重量に対するエンタルピである。右上から左下に走る曲線は、相対湿度(%)を表す線である。なお、以下の記載ではkg(D.A.)を単にkgで表す。
【0031】
上記ガイドライン等で示されるように、マウス飼育においては、環境温度および環境湿度として適正温度範囲および適正湿度範囲がある。そこで、適正温度の上限および下限をそれぞれ、許容最高飼育室内温度Tmaxと許容最低飼育室内温度Tminとして、図2中に示す。同様に、適正湿度の上限および下限をそれぞれ、許容最大飼育室内相対湿度φmaxおよび許容最小飼育室内相対湿度φminとして、図2中に示す。
【0032】
空調設備50を使用して飼育室1a、1b内の環境を制御しても、飼育室1a、1b内では、温度についてδT程度の温度分布、湿度についてδφ程度の湿度分布が生ずることが予想される。そこで、これらの制御のばらつきの予測値δTおよびδφを用いて、実際に空調設備50を用いた制御目標値を定める。
【0033】
すなわち、温度制御目標値の最高温度を目標最高飼育室内温度TSPmaxとし、最低温度を目標最低飼育室内温度TSPminとする。同様に、相対湿度の範囲の最大値を目標最大飼育室内相対湿度φSPmax、最小値を目標最小飼育室内相対湿度φSPminとする。温度計19a、19bが検出する温度および湿度計20a、20bが検出する湿度から求めた湿度がこの範囲に入るように、空調設備50の制御装置25に制御目標が設定される。
【0034】
実際の飼育室1a、1bでは、飼育しているマウス2cから発熱および発汗が生じる。これらを空調設備50の負荷として、絶対湿度の上昇程度を予測しておく必要がある。この絶対湿度の上昇予測値をdxとする。上記目標温度範囲および目標相対湿度範囲の上下限を構成する4点中で、温度が上限で湿度が下限となる点を除く3点の絶対湿度をx1〜x3として、絶対湿度の制御目標値xを
x3<x≦(x1−dx)=x1’ に設定 ……(ステップ1)
とする。
【0035】
ここで、
x1:目標温度(最高)TSPmax、目標相対湿度(最大)φSPmaxのときの絶対湿度;
x2:目標温度(最低)TSPmin、目標相対湿度(最大)φSPmaxのときの絶対湿度;
x3:目標温度(最低)TSPmin、目標相対湿度(最小)φSPminのときの絶対湿度;
である。なお、上記目標範囲のうちの残りの角部を構成する
x4:目標温度(最高)TSPmax、目標相対湿度(最小)φSPminのときの絶対湿度を考慮しないのは、日本ではこのような気象条件が発生しにくいためである。
【0036】
上記ステップ1の絶対湿度の制御だけでは、温度および相対湿度の条件は必ずしも満足されないので、温度および相対湿度条件が満足されるように、加熱コイル13a、13bを用いて加熱する。
すなわち、
TSPmin≦T≦TSPmax
φSPmin≦φ≦φSPmax……(ステップ2)
とする。
【0037】
このように制御することにより、飼育室1a、1bの温度および相対湿度を許容制御範囲の中間値(中央値)にする場合に比べて、省エネルギとなる。なお、この制御方法では、飼育室1a、1bの温度および相対湿度は、必ずしも許容制御範囲の中央付近とはならず、許容制御範囲の限界点近くを制御目標値とする場合も生じる。
【0038】
実際の環境条件下での飼育室1a、1bの環境制御の例を図3を用いて、説明する。この図3では、図2で示したものと同じ空気線図を用いている。飼育室1a、1b内での温度および相対湿度分布を考慮しない、ガイドラインで示された環境制御範囲を薄い網掛けで、飼育室内での温度および相対湿度分布、つまり上記ばらつき予測を考慮した目標環境制御範囲を濃い網掛けで示す。
(例1)外気の絶対湿度が目標範囲を超えているが、温度は目標範囲内のとき
x>x1’=x1−dx:
外気の絶対湿度xが、温度Tが目標最高および相対湿度φが目標最大になるときの絶対湿度x1からマウス3cでの発熱および発汗等による湿度や温度上昇に起因する絶対湿度上昇分dxを差し引いた値x1’以上になっている場合である。この場合、空調設備50が環境制御していない外気は、図3の点aの状態にある。この外気を、空調機5が外気導入ダクト40から吸気する。
【0039】
外気の湿度が目標範囲をはるかに超えているので、空調機5が備える除湿コイル10を作動させるために、制御バルブ16を制御して除湿するとともに冷却する。空調機5内に導入された外気の絶対湿度xがx1’以下になるまで冷却する。
【0040】
外気の絶対湿度xがx1’以下になった(図2の点a)ら、給気ファン9により給気ダクト6へ外気を導き、給気ダクト6a、6b中に配置した加熱コイル13a、13bを制御バルブ21a、21bを開いて作動させる。これにより、給気ダクト21a、21bに導かれた外気は、図3で点aに示される点まで加熱する。
【0041】
すなわち、点aでは温度15℃程度であった外気は、点aでは23℃程度まで加熱されている。このとき、相対湿度φは上限付近の55%程度まで上昇している。従来の制御目標は、温度23℃、相対湿度φ50%であるから、従来方法によれば、点aから点aを過ぎ点a’を経由して、点Pに至る制御経路をたどる。
【0042】
この2つの制御方法を比べると、点pでの比エンタルピをi(p)、点p、q間の冷凍サイクルの成績係数をCOP(p、q)とし、ポンプや送風機等の補機でのエネルギ損失をΔEとすれば、本実施例の場合、所要エネルギEembは、次式となる。
【0043】
Eemb=(i(a)−i(a))/COP(a,a)
+(i(a)−i(a))/COP(a,a2)+ΔE
一方、従来の方法による所要エネルギをEconとすれば、
Econ=(i(a)−i(a’))/COP(a,a’)
+(i(p)−i(a’))/COP(p,a’)+ΔE
図3から、上記各値を読み取る。そして、除湿および加熱時のCOPを4、ΔEを全エネルギの10%とすると、Eembは、20(kJ/kg)、Econは、28.3(kJ/kg)程度となり、30%程度の省エネになる。
(例2)外気の絶対湿度が目標範囲内で、温度が目標より低い場合
x2≦x≦x1’:
温度Tが目標最低、相対湿度φが目標最大になるときの絶対湿度x2より外気の絶対湿度xが大きく、x1’=x1−dx以下となった場合である。図3では、bの点で表される。空調機5の余熱コイル12と給気ダクト6a、6b中に配置した加熱コイル13a、13bのいずれか、または双方を作動させて、外気を加熱する。相対湿度φが目標最大相対湿度φSPmax以下になるまで加熱する。このとき本実施例の所要エネルギEembおよび従来の所要エネルギEconは、
Eemb=(i(b)−i(b))/COP(b,b)+ΔE
Econ=(i(b)−i(a’))/COP(b,a’)
+(i(p)−i(b’))/COP(p,a’)+ΔE
Econの第1項を無視しても、Eemb=2.2(kJ/kg)、Econ=2.8(kJ/kg)程度となり、22%程度の省エネとなる。
(例3)外気の絶対湿度xは目標範囲内であるが、温度が目標より低い場合
x3≦x≦x2:
外気の絶対湿度xが、温度Tが目標最低、相対湿度φが目標最大となるときの絶対湿度x2より小さく、温度Tが目標最低、相対湿度φが目標最小となるときの絶対湿度x3より大きいときである。図3では、点cで表される。例2の場合と同様に、空調機5の余熱コイル12と給気ダクト6a、6b中に配置した加熱コイル13a、13bのいずれか、または双方を作動させて、外気を加熱する。例2と異なり、相対湿度φが目標最小相対湿度φSPmin以上になるまでしか、加熱しない。
【0044】
上記実施例と同様に、
Eemb=(i(c)−i(c))/COP(c,c)+ΔE
Econ=(i(c)−i(c’))/COP(c,c’)
+(i(p)−i(c’))/COP(p,c’)+ΔE
ここで、c0’は、目標温度、目標相対湿度となる点pとなる点に対応する露点温度である。第1項を無視してc=c’とすると、Eemb=1.94(kJ/kg),Econ=2.8(kJ/kg)程度になり、30%程度の省エネになる。
(例4)外気の絶対湿度xが目標範囲より低く、温度も目標より低い場合
x<x3:
外気の絶対湿度xが、温度Tが目標最低、相対湿度が目標最低になるときの絶対湿度x3よりも低く、温度が目標より低い場合である。図3では、点dで表される。空調機5の余熱コイル12および加湿器11を作動させる。図3では、予熱コイル12を先に作動させて加熱し(点d)て所定温度まで外気を上昇させ、その後加湿器11を作動させて絶対湿度がx3以上になる(点d)まで加湿している。除湿コイル10は作動させない。そのため、制御バルブ18、次いで制御バルブ17を開き、制御バルブ16は閉じる。なお、本例では加熱してから加湿しているが、加熱と加湿を同時に実行してもよい。本例では、説明の便のために、加熱と加湿を分離実行している。
【0045】
空調機5の加熱だけでは足りない、または加熱温度の微調整をするため等の理由で、給気ダクト6a、6bに設けた加熱コイル13a、13bを作動させて、目標最低温度TSPmin以上まで(点d)蒸気加熱する。加熱コイル13a、13bを作動させるために、制御バルブ21a、21bは開にする。
【0046】
このときの本実施例の所要エネルギEembおよび従来方法による所要エネルギEconは、
Eemb=(i(d)−i(d))/COP(d,d)
+(i(d)−i(d))/COP(d,d)
+(i(d)−i(d))/COP(d,d)+ΔE
Econ=(i(d’)−i(d))/COP(d,d’)
+(i(p)−i(d’))/COP(p,d’)+ΔE
であるから、蒸気加熱(d〜d、d’〜p)時のCOPを1とすると、Eemb=12.8(kJ/kg)、Econ=18.6(kJ/kg)程度となり、30%程度の省エネとなる。
【0047】
図4に、空調機5および各制御バルブ16〜18、21a、21b等を用いた上記制御装置の概要を示す。制御装置5は、演算手段25aと記憶手段25bとを有している。演算手段25aは、制御バルブ16〜18、21a、21b等の開閉を指示する。記憶手段25bには、図2に示したような空気線図が記憶されている。
【0048】
制御装置25には、外気導入ダクト40に取り付けた露点温度計14が検出した外気温度および湿度が信号線s11により入力される。また、給気配管6に取り付けた露点温度計14が検出した空調機出口温度(飼育室入口温度)と湿度も信号線s12により入力されている。さらに、各飼育室1a、1bごとに設けられた排気ダクト7a、7b中に配置した温度計19a、19bが検出した飼育室1a、1bの温度と、同様に排気ダクト7a、7b中に配置した湿度計20a、20bが検出した飼育室1a、1bの絶対湿度も信号線s41〜s44により入力されている。
【0049】
制御装置25は、記憶手段25bに記憶された空気線図を参照して、外気温度および湿度を検出する露点温度計14の出力に基づいて制御バルブ16〜18の開閉を、上記各例のように信号線s21〜s24に指示する。さらに給気ファン9へも信号線24から送付を指示する。例えば、露点温度計14が検出した外気温度が22℃であり、絶対湿度が0.015(kg/kg)であれば、図3のa点に相当するので、例1のように各制御バルブ16〜18を制御する。その後、空調機5から供給される外気が図3の点aまで状態変化したら、各飼育室1a、1bを加熱するために、信号線s31(s31a、s31b)を介して、制御バルブ21a、21bに開指示をする。
【0050】
なお、本実施例では制御装置25が空調機5を制御しているが、空調機5が制御手段を有してその制御機が空調機関係の制御をし、制御装置が飼育室周りの制御をするように制御を分担させてもよいことは言うまでもない。
【0051】
本実施例によれば、マウス飼育室の環境を、ガイドラインに示された範囲内であってマウスからの負荷を考慮した範囲内とし、しかも負荷を考慮した範囲の限界値のφSPmaxまたはTSPmin線近傍に設定するので、マウス飼育に要するエネルギを節約できる。しかも、ガイドラインの範囲内であるから、マウスの健康や福祉を損なうことが無い。
【符号の説明】
【0052】
1a、1b…飼育室、2a、2b…飼育ラック、3a、3b…ケージ、3c…マウス、4…飼育空間、5…空調機、6、6a、6b…給気ダクト、7、7a、7b…排気ダクト、8…排気ファン、9…給気ファン、10…除湿コイル、11…加湿器、11a…ノズル、12…余熱コイル、13a、13b…加熱コイル、14、15…露点温度計、16〜18…制御バルブ、19a、19b…温度計、20a、20b…湿度計、21a、21b…制御バルブ、25…制御装置、25a…演算手段、25b…記憶手段、31…冷水配管、32…温水配管、33…蒸気配管、34…冷温水配管、40…外気導入ダクト、41a、41b…冷水配管、42a、42b…温水配管、43…蒸気配管、44a〜45b…冷温水配管、46…排気ダクト、50…空調設備、60…クリーンルーム、100…マウス飼育施設、s11〜s44…信号ライン、a、b、c、d…制御開始点、a、b、c、d…制御目標点、a、d、d…制御中間点、dx…負荷による絶対湿度上昇(予測値)、Tmax…許容最高飼育室内温度、Tmin…許容最低飼育室内温度、TSPmax…目標最高飼育室内温度、TSPmin…目標最低飼育室内温度、x1〜x3…絶対湿度、δT…温度のばらつき、δφ…相対湿度のばらつき、φmax…許容最大飼育室内相対湿度、φmin…許容最小飼育室内相対湿度、φSPmax…目標最大飼育室内相対湿度、φSPmin…目標最小飼育室内相対湿度。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マウスを飼育する飼育室を空調する空調設備であって、外気を導入し加熱冷却および湿度調整する空調機と、この空調機と前記飼育室間に設けられ空調機から供給される空気を加熱する加熱器と、前記空調機に導入される外気の温湿度を検出する第1の露点温度計と、前記空調機から供給される空調された外気の温湿度を検出する第2の露点温度計と、前記飼育室から排出される空気の温度と湿度を検出する温度計および湿度計と、前記空調機および前記加熱器を制御する制御装置とを備え、
前記制御装置は、前記第1の露点温度計が検出した絶対湿度が予め定めた第1の値を超えていれば前記空調機を用いて除湿冷却して絶対湿度を第1の値以下とした後前記加熱器を用いて加熱し、前記第1の露点温度計が検出した絶対湿度が前記第1の値よりも下の予め定めた第2の値未満であれば、前記空調機で加熱加湿して絶対湿度を前記第2の値以上としたのち加熱器で加熱し、前記第1の露点温度計が検出した絶対湿度が第1および第2の値の間であれば加熱し、マウス飼育ガイドラインで定めた最低温度よりも所定温度だけ高い温度またはガイドラインで定めた相対湿度の範囲の最高湿度よりも所定湿度だけ低い湿度に制御するよう前記空調機および加湿器を制御することを特徴とするマウス飼育施設向け空調設備。
【請求項2】
前記第1の値は、ガイドラインで定めた温度の適正値から前記飼育室内の温度のばらつきδTを差し引いた値の上限値およびガイドラインで定めた相対湿度の適正値から前記飼育室内の湿度のばらつきδφを差し引いた値の上限値となる点での絶対湿度の値x1から前記飼育室内のマウスによる絶対湿度の上昇値dxを差し引いた値であり、前記第2の値は、ガイドラインで定めた温度の適正値に前記ばらつきδTを加えた値の下限値およびガイドラインで定めた相対湿度の適正値に前記ばらつきδφを加えた値の下限値となる点での絶対湿度であることを特徴とする請求項1に記載のマウス飼育施設向け空調設備。
【請求項3】
マウス飼育室を空調する空調方法において、ガイドラインに定められた適正温度範囲および適正相対湿度範囲から、飼育室内の温度分布および相対湿度分布分だけ狭めた範囲を最適温度範囲および最適相対湿度範囲とし、マウス飼育室に導入する外気が前記最適温度および最適相対湿度範囲外であれば、これらが最適範囲内となるときの絶対湿度の範囲に前記外気の絶対湿度を制御し、その後この外気を加熱して前記温度および相対湿度が前記最適制御範囲内になるようにして前記マウス飼育室に導入することを特徴とするするマウス飼育室の空調方法。
【請求項4】
前記外気の絶対湿度を制御する際には、絶対湿度の上限値を、前記最適温度が上限となり最適相対湿度が上限となる時の絶対湿度から前記マウス飼育室内のマウスによる負荷上昇分を差し引いた値とすることを特徴とする請求項3に記載のマウス飼育室の空調方法。
【請求項5】
マウス飼育室を空調する空調方法において、マウス飼育室の温度のばらつきをδT、相対湿度のばらつきをδφ、前記マウス飼育室内部のマウスによる絶対湿度上昇値をdxとしたときに、前記マウス飼育室に導入される外気の絶対湿度が、ガイドラインで定めた温度の適正値から前記ばらつきδTを差し引いた値の上限値および相対湿度の適正値から前記ばらつきδφを差し引いた値の上限値となる点から定めた値x1から前記マウスによる絶対湿度上昇値dxを差し引いた第1の値(x1−dx)を超えていれば外気を除湿冷却して絶対湿度を第1の値(x1−dx)以下とした後前記加熱器を用いて加熱し、外気の絶対湿度が前記第1の値よりも下であり、ガイドラインで定めた温度の適正値に前記ばらつきδTを加えた値の下限値およびガイドラインで定めた相対湿度の適正値に前記ばらつきδφを加えた値の下限値となる点から定めた第2の値x2未満であれば、導入された外気を加熱加湿して絶対湿度を前記第2の値x2以上としたのち加熱し、外気の絶対湿度が第1の値(x1−dx)および第2の値x2の間であれば加熱し、これらの加熱においては、ガイドラインで定めた温度の適正値に前記ばらつきを加えた値の下限値またはガイドラインで定めた相対湿度の適正値から前記ばらつきを差し引いた値の上限値のいずれかを満足するように加熱することを特徴とするマウス飼育室の空調方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−10(P2013−10A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−131481(P2011−131481)
【出願日】平成23年6月13日(2011.6.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年5月25日 「第58回 日本実験動物学会総会 講演要旨集」において文書をもって発表
【出願人】(000005452)株式会社日立プラントテクノロジー (1,767)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】