説明

マグネシウム合金およびその製造方法

【課題】耐食性に優れるマグネシウム合金およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】マグネシウム合金の表面を、ショット角30°以下でショットブラスト処理することで、マグネシウム合金の表面から可固溶元素が除去され、耐食性が向上する。この方法で製造したマグネシウム合金の表面には、Mg結晶粒を含む改質部と、改質部以外の部分であり改質部を構成するMg結晶粒よりも粒径の大きなMgを主成分とするMg相と少なくとも1種の可固溶元素を含む共晶相とを有する非改質部と、が形成され、改質部における可固溶元素/Mgの値は、非改質部における可固溶元素/Mgの値を1としたときに0.5以下となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネシウム合金に関し、詳しくはショットブラスト(またはショットピーニング)により表面処理されたマグネシウム合金およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム合金の腐食の原因の一つとして、共晶(粒界化合物、共融混合物,共融晶ともいう)の存在が考えられる。マグネシウム合金は、主成分(母金属)としてMgを含み、かつ、合金元素としてMg以外の金属又は非金属元素を少なくとも一種含む。合金元素の少なくとも一部はマグネシウム合金中に析出(偏析)して、他の合金元素および/またはMgとともに共晶を構成する。このためマグネシウム合金には、Mgを主成分とする相(Mg相と呼ぶ)と、合金元素を含む共晶で構成される相(共晶相と呼ぶ)とが存在する。
【0003】
Mg相と共晶相との電位差が大きい場合、特に、共晶相の電位がMg相の電位よりも高い場合、電気化学反応によってMg相の腐食が増大する。腐食抑制のためには、Mg相の電位を高めるか、マグネシウム合金表面の共晶相をなくすのが良いと考えられる。前者については合金元素のうちMgに固溶可能な元素(以下、可固溶元素と呼ぶ)を添加し、Mg相に含まれる溶質元素の種類および量を調整することでMg相の電位を高め得るが、この方法単独ではマグネシウム合金の腐食を効果的に抑制し難い。後者については、機械的特性等の実用に必要な材料特性を得られるようにマグネシウム合金に合金元素を添加した際に、共晶相のないマグネシウム合金を製造するのは困難であった。
【0004】
マグネシウム合金の腐食の原因となる電気化学反応は、マグネシウム合金の表面で生じると考えられる。したがって、マグネシウム合金の表面を改質処理することで、Mg相と共晶相との電位差に由来するマグネシウム合金の腐食を抑制できると考えられる。マグネシウム合金の表面を改質処理する方法として、ショットブラストが知られている(例えば、特許文献1、2参照)。マグネシウム合金表面にショットブラストを施して、合金表面近傍から共晶相を除去できれば、共晶相との電位差に由来するMg相の腐食を抑制できる可能性がある。しかし、マグネシウム合金の表面に単にショットブラスト処理を施すだけでは、腐食を充分に抑制することはできなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】実用新案登録第3126582号公報
【特許文献2】特開2006−159402号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、耐食性に優れるマグネシウム合金およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の発明者等は鋭意研究の結果、ショットブラスト時の投射材のマグネシウム合金への衝突角度(ショット角と呼ぶ)とマグネシウム合金の耐食性との間に相関があることを見出した。そして、この方法でマグネシウム合金の表面を改質処理することで、耐食性に優れるマグネシウム合金を得た。
【0008】
すなわち、本発明のマグネシウム合金の表面改質方法は、Alを主成分とする投射材をマグネシウム合金の表面に対して30°以下の鋭角で衝突させることで、前記マグネシウム合金の前記表面に改質部を形成することを特徴とする。
【0009】
また、本発明のマグネシウム合金は、マグネシウム(Mg)を主成分とし、合金元素として少なくとも1種の可固溶元素を含むマグネシウム合金であって、
改質処理により前記マグネシウム合金の表面部に形成されかつMg結晶粒を含む改質部と、
前記改質部以外の部分であり、前記改質部を構成する前記Mg結晶粒よりも粒径の大きなMgを主成分とするMg相と、少なくとも1種の前記可固溶元素を含む共晶相と、を有する非改質部と、を持ち、
オージェ電子分光により測定した前記改質部における(可固溶元素の最大ピーク強度)/(Mgの最大ピーク強度)の値は、前記非改質部における前記値を1としたときに、0.5以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明のマグネシウム合金の表面改質方法によると、耐食性に優れるマグネシウム合金を得ることができる。また、本発明のマグネシウム合金は耐食性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明のマグネシウム合金を模式的に表す説明図である。
【図2】実施例および比較例のマグネシウム合金の質量減少率を表すグラフである。
【図3】実施例1のマグネシウム合金のSTEM像である。
【図4】実施例1のマグネシウム合金における非改質部の電子回折パターンである。
【図5】実施例1のマグネシウム合金における改質部の電子回折パターンである。
【図6】マグネシウム合金におけるMgのオージェピークを表すグラフである。
【図7】マグネシウム合金におけるAlのオージェピークを表すグラフである。
【図8】マグネシウム合金におけるCaのオージェピークを表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
ショットブラストにより改質処理したマグネシウム合金の耐食性が向上する理由は明らかではないが、以下のように推測される。
【0013】
マグネシウム合金には、Mgを主成分とするMg相と、可固溶元素を含む共晶相が存在する。ショットブラストによりマグネシウム合金の改質処理を行うと、共晶相は、投射材によって一部マグネシウム合金の内部に押し込まれるか、または、投射材とともにマグネシウム合金の表面から脱離する。このため、マグネシウム合金の表面近傍の共晶相は減少する。したがってMg相と共晶相との電位差に起因する腐食が抑制され、マグネシウム合金の耐食性が向上する。このとき、投射材の一部または全てがマグネシウム合金の表面に付着すると、投射材とMg相との電位差に起因してマグネシウム合金の耐食性が低下する。このため、表面近傍の共晶相が減少し、かつ、投射材の付着が少ない(望ましくは、ほぼ付着しない)場合にのみ、マグネシウム合金の耐食性が向上すると考えられる。何れにせよ、本発明の表面改質方法によって改質処理された本発明のマグネシウム合金においては、改質部における可固溶元素/Mgの値は非改質部における可固溶元素/Mgの値に比べて小さい。そして、本発明のマグネシウム合金(つまり、改質処理されたマグネシウム合金)は、耐食性に優れる。なお、本明細書でいう「可固溶元素」とは、マグネシウム合金に固溶している元素(溶質元素)を含む概念である。さらに、本明細書でいう「合金元素」とは、マグネシウム合金に含まれるMg以外の元素であり、少なくとも一種の可固溶元素を含む。さらに、可固溶元素/Mgの値とは、後述するように、オージェ電子分光により測定した(可固溶元素の最大ピーク強度)/(Mgの最大ピーク強度)の値を指す。
【0014】
本発明のマグネシウム合金の表面改質方法は、30°以下の鋭角(より詳しくは、劣角が30°以下の鋭角、優角が150°以上の鈍角となる角度)で、投射材をマグネシウム合金の表面に衝突させることで、マグネシウム合金の表面を改質処理する。以下、改質処理された本発明のマグネシウム合金を、単に本発明のマグネシウム合金と略する。
【0015】
投射材は、ショット玉、研磨材、アグレッシブ等とも呼ばれ、ショットブラストにおいて被ショット材(本発明におけるマグネシウム合金)に投射する部材である。ここで、投射材がマグネシウム合金に対して硬すぎる場合には、投射材がマグネシウム合金に埋まってしまい、改質処理前後でマグネシウム合金の組成が大きく変わる場合がある。また、投射材とMg相との電位差が大きい場合には、埋没した投射材とMg相との電位差に起因するマグネシウム合金の腐食が生じる可能性もある。さらに、この場合にはマグネシウム合金に残留歪みが生じ、このことによっても耐食性が悪化する可能性がある。また、投射材がマグネシウム合金に対して柔らか過ぎる場合には、投射材がマグネシウム合金の表面に付着して、マグネシウム合金の表面が投射材で覆われてしまう場合がある。この場合にも改質処理前後でマグネシウム合金の組成が大きく変わる場合がある。またこの場合にも、付着した投射材とMg相との電位差に起因するマグネシウム合金の腐食が生じる可能性がある。アルミニウムは、マグネシウム合金に対して硬すぎずかつ柔らか過ぎないため、アルミニウム(Al)を主成分とする投射材を用いることで、マグネシウム合金の組成変化や耐食性の悪化を抑制しつつマグネシウム合金の表面を改質処理できる。投射材の形状は特に限定しないが、マグネシウム合金表面への付着を抑制するためには、球形に近い形状であるのが好ましく、断面略真円の球状であるのがより好ましい。
【0016】
投射材のAl含有量もまた特に限定しないが、投射材の硬さを考慮するとAl含有量が多い方が好ましい。具体的には、投射材が95質量%以上のAlを含む場合に、マグネシウム合金の組成変化および耐食性の悪化を抑制しつつマグネシウム合金の表面を改質処理できる。以下、本明細書においてAlを主成分とする投射材を、単にAl投射材と略する。
【0017】
Al投射材をマグネシウム合金の表面に対して30°以下の鋭角で衝突させることで、マグネシウム合金の耐食性を向上させることができる。その理由は定かではないが、ショット角を30°以下の鋭角にすることで、マグネシウム合金表面への投射材の付着をさらに抑制できるためではないかと考えられる。
【0018】
つまり、本発明のマグネシウム合金の表面改質方法によると、投射材としてAl投射材を選択したことと、投射材をマグネシウム合金の表面に30°以下の鋭角で衝突させたことと、の協働で、耐食性に優れるマグネシウム合金を得ることができる。そして、このような本発明の表面改質方法で改質処理した本発明のマグネシウム合金は、耐食性に優れる。耐食性を考慮すると、ショット角は15°以下であるのがより好ましい。
【0019】
本発明におけるマグネシウム合金は、マグネシウム(Mg)を主成分とし、合金元素として少なくとも1種の可固溶元素を含む。図1に一例を示すように、本発明の表面改質方法で改質処理された本発明のマグネシウム合金には、非改質部1と改質部2とが存在する。改質部2はマグネシウム合金の表面に存在する、改質処理された部分である。図1に示すように、改質部2は、Mgの多結晶を主成分とし、共晶相11の残渣を含むと考えられる。非改質部1はマグネシウム合金のうち改質処理されていない部分である。
【0020】
改質処理前のマグネシウム合金、つまり非改質部1は、単結晶のMgを主成分とするMg相10と、少なくとも1種の可固溶元素を含む共晶相11と、を有する。共晶相11に含まれる可固溶元素は、マグネシウム合金に含まれる合金元素(少なくとも一種の可固溶元素を含む)の種類と量に応じて異なる。マグネシウム合金に含まれる可固溶元素は、鋳造時の放熱凝固過程において析出し、他の合金元素および/またはMgとともに共晶相11を構成する。本発明のマグネシウム合金において、マグネシウム合金に含まれる合金元素の種類は特に問わないが、合金元素のうち、可固溶元素としてAl、Y、Ca等が例示される。
【0021】
改質部2はマグネシウム合金の表面を隈無く覆っても良いし、マグネシウム合金の表面に島状に点在しても良い。つまり、改質部2は一つのみであっても良いし、複数であっても良い。なお、本明細書でいうマグネシウム合金の表面とは、マグネシウム合金の全表面のうち改質すべき部分を指す。例えば、マグネシウム合金の表面の一部のみに改質が必要である場合には、その部分だけを改質処理すれば良い。つまり、本発明のマグネシウム合金においては、全ての表面に改質部2が形成されている必要はない。改質部2の大きさや数、マグネシウム合金の表面における改質部2の占有面積等は特に限定しない。
【0022】
本発明のマグネシウム合金においては、可固溶元素/Mgの値が、改質部と非改質部とで異なる。そして、改質部における可固溶元素/Mgの値と、非改質部における可固溶元素/Mgの値とを比較することで、本発明のマグネシウム合金であるか否かを判断できる。具体的には、判断基準として、「非改質部における可固溶元素/Mg値を1としたときの改質部における可固溶元素/Mgの値」を用いれば良い。以下、「非改質部における可固溶元素/Mgの値を1としたときの改質部における可固溶元素/Mgの値」を改質部の可固溶元素相対量と呼ぶ。上述したように、ショット角が30°を超える場合、マグネシウム合金の改質部にはAlが付着する。そして、付着したAlによって改質部の可固溶元素相対量が変化する。このため、改質部の可固溶元素相対量を基に投射材のショット角が30°以下であるか否かを判断でき、本発明のマグネシウム合金であるか否かを判断できる。なお、ここでいう可固溶元素の量とは、マグネシウム合金に含まれる全種類の可固溶元素の量の総和でなく、1種の可固溶元素の量を指す。つまり、マグネシウム合金が複数種の可固溶元素を含む場合であっても、何れか一種の可固溶元素に着目して改質部における可固溶元素/Mgの値、および非改質部における可固溶元素/Mgの値を算出すれば良い。そして、その値を基に改質部の可固溶元素相対量を算出すれば良い。
【0023】
(可固溶元素/Mg)量は、オージェ電子分光(Auger Electron Spectroscopy、AES)により求められる。具体的には、AESで測定した可固溶元素のオージェピーク強度、およびMgのオージェピーク強度を基に、可固溶元素/Mgの値を算出する。つまり、可固溶元素/Mgの値は、可固溶元素およびMgのオージェピーク強度比であり、詳しくは、(可固溶元素の最大ピーク強度)/(Mgの最大ピーク強度)である。
【0024】
非改質部が可固溶元素としてAlを含む場合、非改質部におけるAl/Mgの値を1としたときの改質部におけるAl/Mgの値、すなわちAlに着目したときの改質部の可固溶元素相対量(以下、改質部のAl相対量と呼ぶ)は、1.0未満であれば良く、0.3以下であるのが好ましい。
【0025】
また、非改質部が可固溶元素としてのCaを含む場合、非改質部におけるCa/Mgの値を1としたときの改質部におけるCa/Mgの値、すなわち、Caに着目したときの改質部の可固溶元素相対量(以下、改質部のCa相対量と呼ぶ)は、0.5以下であれば良く、0.2以下であるのが好ましい。
【0026】
さらに、非改質部が実質的に可固溶元素としてAlを含まない場合も考えられる。この場合、非改質部における可固溶元素/Mgの値を1としたときの改質部における可固溶元素/Mgの値、すなわち、Al以外の可固溶元素に着目したときの改質部の可固溶元素相対量は、1.0未満であれば良く、0.3以下であるのが好ましい。
【0027】
なお、非改質部における可固溶元素/Mgの値について特に下限値はないが、可固溶元素を含む投射材を投射した場合には、可固溶元素/Mgの値は0より大きいと考えられる。
【0028】
改質部の厚さ(図1におけるD部分)は特に限定しないが、マグネシウム合金の耐食性を維持することを考慮すると改質部は厚い方が好ましく、マグネシウム合金の機械的強度を考慮すると改質部は薄い方が好ましい。つまり、改質部の厚さが過剰に薄いと、腐食により改質部が失われ、長期にわたって耐食性を維持するのが困難になる。また、共晶相はMg相に比べて硬質であり共晶相を相対的に多く含む非改質部は機械的強度に優れる。このため、改質部の厚さが過剰に厚いと、マグネシウム合金の機械的強度が低下する。
【0029】
改質部および非改質部におけるAES測定のサンプル数(n数)は特に限定しないが、多い程、算出された改質部の可固溶元素相対量の信頼性が高まるのは言うまでもない。AES測定のサンプル数は3以上であるのが好ましく、5以上であるのがより好ましい。
【0030】
また、AES測定は、所定数の任意の改質部それぞれについておこなうのが好ましい。具体的には、AES測定により、5以上の改質部それぞれについて可固溶元素相対量を算出するのが好ましい。より好ましくは、10以上の改質部それぞれについて可固溶元素相対量を算出するのが良い。上述したように、ショットブラストのショット角が30°を超える場合と、30°以下の場合とでは、改質部における可固溶元素/Mgの値が異なる。ショット角がランダムであれば、出現頻度は低くても、改質部の幾つかがショット角30°以下の改質部となる可能性もある。10以上の改質部それぞれについて可固溶元素相対量を算出すれば、測定した改質部の全数中にショット角30°以下の改質部がどれ位含まれているか(個数%)がわかる。そして、この値(個数%)が大きければ(つまり、ショット角30°以下の改質部の出現頻度が高ければ)、当該マグネシウム合金はショット角30°以下となるようにショットブラストされたものである、と判断できる。より具体的には、ショット角がランダムでないと判断するためには、50個数%以上の改質部において可固溶元素相対量が同程度の値であるのが好ましく、80個数%以上の改質部において可固溶元素相対量が同程度の値であるのがより好ましい。非改質部が可固溶元素としてAlを含む場合を例に挙げると、50個数%以上の改質部におけるAl相対量が0.5以下であるのが好ましく、0.3以下であるのがより好ましい。より好ましくは80個数%以上の改質部におけるAl相対量が0.5以下であるのが良く、さらに好ましくは0.3以下であるのが良い。
【0031】
ところで、各改質部が重なり合ってマグネシウム合金の表面を隙間なく覆う場合には、マグネシウム合金の表面には非改質部は存在しない。しかしこの場合にも、マグネシウム合金の内側には非改質部が存在する。この場合、改質部を削り取りマグネシウム合金の内部に存在する非改質部をAES測定することで、非改質部における可固溶元素/Mgの値を測定できる。そして、この値を基に改質部の可固溶元素相対量を算出できる。
【実施例】
【0032】
以下、具体例を挙げて、本発明のマグネシウム合金の表面改質方法、および、本発明のマグネシウム合金を説明する。
【0033】
(実施例1)
〈マグネシウム合金〉
マグネシウム合金として、Mg−4Al−4Ca−1Sr−0.3Mn合金(質量%)からなるダイカスト製の板材(長さ40mm、幅20mm、板厚2.9mm)を準備した。このマグネシウム合金に含まれる合金元素のうち、可固溶元素(つまりMgに固溶されやすい元素)はAlおよびCaである。このマグネシウム合金は、Mgを主成分とする相(Mg相)と、鋳造時の放熱凝固過程において析出した相(共晶相)と、で構成されている。共晶相には、Al、Ca、SrおよびMnの少なくとも一種が含まれている。また共晶相のなかにはMgを含むものもあった。
【0034】
〈マグネシウム合金の改質処理〉
投射材として、Al含量99.7質量%のもの(合金番号A1070)を準備した。この投射材は略真球状をなす。
【0035】
遠心投射式のショットブラスト装置を用い、この投射材をショット角15°、8分間、ロータ回転数4000rpmで、上述したマグネシウム合金板に向けて照射した。つまり、投射材はショット角15°でマグネシウム合金の表面に衝突した。この処理により、実施例1のマグネシウム合金を得た。実施例1のマグネシウム合金の表面には、多数の改質部が形成された。この改質部の厚さは1μm程度であった。
【0036】
(実施例2)
実施例2のマグネシウム合金の表面改質方法は、投射材のショット角が30°であり投射材の照射時間(ショット時間)が4分間であったこと以外は実施例1と同じである。なお、ショット時間は、各実施例および後述する比較例1における改質部の面積がほぼ等しくなるように設定した。実施例2のマグネシウム合金の表面改質方法により、実施例2のマグネシウム合金を得た。
【0037】
(比較例1)
比較例1のマグネシウム合金の表面改質方法は、投射材のショット角が45°であり投射材の照射時間(ショット時間)が3分間であったこと以外は実施例1と同じである。比較例1のマグネシウム合金の表面改質方法により、比較例1のマグネシウム合金を得た。
【0038】
(比較例2)
実施例1で用いたマグネシウム合金板と同じものを比較例2のマグネシウム合金として用いた。つまり、比較例2のマグネシウム合金は改質処理していないものである。
【0039】
〈マグネシウム合金の耐食性評価〉
実施例1、2、比較例1、2のマグネシウム合金について、JIS Z2371の塩水噴霧試験をおこなった。試験時間は240時間であった。試験前後でのマグネシウム合金の質量を比較し、試験前の質量を100質量%としたときのマグネシウム合金の質量減少率(%)を算出した。質量減少率は、マグネシウム合金の腐食が進行する程大きくなる。各実施例および比較例のマグネシウム合金の質量減少率を図2および後述する表1に示す。
【0040】
図2に示すように、ショット角30°以下で改質処理したマグネシウム合金(実施例1、2)は、表面処理していないマグネシウム合金(比較例2)に比べて、質量減少率が小さく、耐食性に優れる。また、ショット角15°で改質処理したマグネシウム合金(実施例1)は、ショット角30°で改質処理したマグネシウム合金(実施例2)に比べて質量減少率が遙かに小さく、耐食性が著しく向上している。一方、ショット角45°で改質処理したマグネシウム合金(比較例1)は、改質処理していないマグネシウム合金(比較例2)に比べても質量減少率が大きく、耐食性に劣る。これらの結果から、改質処理時のショット角とマグネシウム合金の耐食性との間には相関があることがわかる。具体的には、ショット角30°以下で改質処理したマグネシウム合金は改質処理しないマグネシウム合金に比べて耐食性に優れる。また、耐食性を考慮すると、ショット角は15°以下であるのが好ましい。
【0041】
〈電子回折によるマグネシウム合金の表面分析〉
実施例1のマグネシウム合金について、走査透過型電子顕微鏡法(STEM)および電子回折法を用いて、改質層付近の断面観察をおこなった。実施例1のマグネシウム合金のSTEM像を図3に示す。写真右側の白い部分が非改質部、分析用保護膜と改質部との間の黒い部分が改質部に相当する。図3中、非改質部と示した円の領域から取得した非改質部の電子回折パターンを図4に示す。図3中、改質部と示した円の領域から取得した改質部の電子回折パターンを図5に示す。図4に示す電子回折パターンは、電子回折パターンを取得した領域においてMgが単結晶性であることを示している。この電子回折パターンは、STEM像における約1μmφの領域から取得したため、非改質部を構成するMg結晶粒の平均粒径は1μmを超えることがわかる。なお、本発明のマグネシウム合金において、非改質部を構成する平均粒径1μmを超えるMgは、単結晶のMgに限らず、多結晶のMgである場合も含む。
【0042】
また、図5に示す電子回折パターンは、電子回折パターンを取得した領域においてMgが多結晶性であることを示している。この電子回折パターンもまたSTEM像における約1μmφの領域から取得したため、改質部は平均粒径1μm以下の微細なMg結晶粒で構成されていると考えられる。つまり、実施例1のマグネシウム合金における非改質部は比較的粒径の大きな結晶で構成され、改質部は微細結晶で構成されていると考えられる。なお、同様の試験を5回繰り返したところ、何れも同様の結果が得られた。このため、非改質部に含まれるMg結晶粒の数平均粒径は1μmを超え、改質部に含まれるMg結晶粒の数平均粒径は1μm以下であるといえる。
【0043】
〈AESによるマグネシウム合金の表面分析〉
実施例1、2のマグネシウム合金について、AESによる表面分析を用いて、各マグネシウム合金の表面におけるMg量、Al量およびCa量を測定した。装置はアルバックファイ製PHI670を用いた。加速電圧は10kV、照射電流は10nAであった。なお、改質部については、同一の改質部内に存在する50μm×50μmの領域をn=5で測定した。非改質部については、任意の50μm×50μmの領域をn=5で測定した。AES分析により得たオージェピークを表すグラフを図6〜8に示す。詳しくは、図6はマグネシウム合金におけるMgのオージェピークを表すグラフである。図7はマグネシウム合金におけるAlのオージェピークを表すグラフである。図8はマグネシウム合金におけるCaのオージェピークを表すグラフである。図中縦軸は信号強度であり、横軸は運動エネルギーである。
【0044】
以下、図6を例に挙げて、オージェピーク強度の算出方法を説明する。なお、ピークのセンターラインCLとは、ピーク頂点(ピーク強度が最大となる点)の運動エネルギーを指す。
【0045】
先ず、フィッティング関数としてy=kemxを用い、最小二乗フィッティングにより、対象となるピーク(対象ピークと呼ぶ)のベースラインBLを算出した。このとき用いたベースラインBLの対象データとしては、対象ピークよりも運動エネルギーの大きな側に位置するもの(図6における対象ピークの右側部分)を用いた。対象データの収集開始点SP(運動エネルギー大側)は、対象ピークと、対象ピークの運動エネルギー大側に隣接する他のピークと、の関係で設定した。
【0046】
図6におけるピークXを対象ピークとすると、ピークXの運動エネルギー大側に隣接するMgのピークのセンターラインCLと、対象ピークXのセンターラインCLと、の中間値を、対象データの開始点SPとした。対象データの収集終止点EP(運動エネルギー小側)は、対象ピークXの半値幅HWに応じて設定した。詳しくは、対象ピークXのセンターラインCLから、対象ピークXの半値幅HW分だけ運動エネルギー大側に向けてずらした点を対象データの終止点EPとした。このようにして得たベースラインBLから対象ピークXのピーク高さPIを算出し、このピーク高さPIをオージェピーク強度とした。
【0047】
改質部のAlのオージェピーク強度の平均値、Caのオージェピーク強度の平均値、および、Mgのオージェピーク強度の平均値を算出した。また、非改質部におけるAlのオージェピーク強度の平均値、Caのオージェピーク強度の平均値、および、Mgのオージェピーク強度の平均値を算出した。そして、これらの値を基に、実施例1、比較例1および比較例2のマグネシウム合金について、改質部のAl相対量および改質部のCa相対量を算出した。各実施例および比較例のマグネシウム合金における改質部のAl相対量および改質部のCa相対量を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
表1に示すように、ショット角45°の比較例1のマグネシウム合金において、改質部のAl相対量は1を超えた。つまり、比較例1のマグネシウム合金において、改質部は非改質部よりも多くのAlを含有していた。また、改質部のCa相対量も0.5を超えた。つまり、比較例1のマグネシウム合金においては、共晶相の半分程度が残存していた。これに対して、ショット角15°の実施例1のマグネシウム合金において、改質部のAl相対量は1未満かつ0.3以下であった。また、改質部のCa相対量は0.5以下かつ0.2以下であった。この結果から、質量減少率の小さい(つまり耐食性に優れる)マグネシウム合金において、改質部のAl相対量は1未満であり、好ましくは0.3以下であること、改質部のCa相対量は0.5以下であり、好ましくは0.2以下であること、がわかる。そして、何れの場合にも改質部の可固溶元素相対量が0.5以下であることから、改質部の可固溶元素相対量が0.5以下であれば耐食性に優れる本発明のマグネシウム合金であると判断できることがわかる。
【0050】
なお、例えば、マグネシウム合金が可固溶元素としてのAlを実質的に含まない場合には、改質部のCa相対量の好ましい範囲と同様に、改質部の可固溶元素相対量の好ましい範囲を設定できる。つまりこの場合にも、改質部の可固溶元素相対量が0.5以下であれば耐食性に優れる本発明のマグネシウム合金だと判断できる。
【0051】
なお、実施例1および比較例1において改質部のAl相対量が改質部のCa相対量より多い理由として、以下の理由が考えられる。
【0052】
AESで検出される改質部のAlとしては、(I)付着した投射材に由来するもの、(II)Mg相の内部に固溶されているもの、(III)共晶相に由来するもの、の3種類が考えられる。これに対して、AESで検出される改質部のCaとしては、(II)Mg相の内部に固溶されているもの、(III)共晶相に由来するもの、の2種類が考えられる。このため、改質部のAl相対量が改質部のCa相対量よりも多くなったのは(I)付着した投射材に由来すると考えられる。なお、(II)Mg相の内部に固溶されているAlは、耐食性の向上に関与すると考えられる。一方、(I)付着した投射材に由来するAl、および、(III)共晶相に由来するAlは、耐食性の悪化に関与すると考えられる。比較例1のマグネシウム合金における改質部のAl相対量が多いのは、ショット角が45°であるため(I)付着した投射材に由来するAlが多量に生じたためと考えられる。実際に、比較例1のマグネシウム合金は、耐食性に劣る。
【符号の説明】
【0053】
1:非改質部 10:Mg相 11:共晶相
2:改質部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム(Mg)を主成分とし、合金元素として少なくとも1種の可固溶元素を含むマグネシウム合金であって、
改質処理により前記マグネシウム合金の表面部に形成されかつMg結晶粒を含む改質部と、
前記改質部以外の部分であり、前記改質部を構成する前記Mg結晶粒よりも粒径の大きなMgを主成分とするMg相と、少なくとも1種の前記可固溶元素を含む共晶相と、を有する非改質部と、を持ち、
オージェ電子分光により測定した前記改質部における(可固溶元素の最大ピーク強度)/(Mgの最大ピーク強度)の値は、前記非改質部における前記値を1としたときに、0.5以下であることを特徴とするマグネシウム合金。
【請求項2】
オージェ電子分光により測定した前記改質部における(可固溶元素の最大ピーク強度)/(Mgの最大ピーク強度)の値は、前記非改質部における前記値を1としたときに、0.3以下である請求項1に記載のマグネシウム合金。
【請求項3】
前記非改質部は、アルミニウム(Al)を含む請求項1または請求項2に記載のマグネシウム合金。
【請求項4】
前記非改質部は、カルシウム(Ca)を含む請求項1〜請求項3の何れか一つに記載のマグネシウム合金。
【請求項5】
オージェ電子分光により測定した前記改質部における(Caの最大ピーク強度)/(Mgの最大ピーク強度)の値は、前記非改質部における前記値を1としたときに、0.2以下である請求項4に記載のマグネシウム合金。
【請求項6】
前記改質部に含まれる前記Mg結晶粒の平均粒径は1μm以下である請求項1〜請求項5の何れか一つに記載のマグネシウム合金。
【請求項7】
前記Mg層を構成するMgは単結晶である請求項1〜請求項6の何れか一つに記載のマグネシウム合金。
【請求項8】
前記改質処理はAlを主成分とする投射材を前記マグネシウム合金に衝突させる処理である請求項1〜請求項7の何れか一つに記載のマグネシウム合金。
【請求項9】
Alを主成分とする投射材をマグネシウム合金の表面に対して30°以下の鋭角で衝突させることで、前記マグネシウム合金の前記表面に改質部を形成することを特徴とするマグネシウム合金の表面改質方法。
【請求項10】
前記投射材を前記マグネシウム合金の前記表面に対して15°以下の鋭角で衝突させる請求項9に記載のマグネシウム合金の表面改質方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−200838(P2012−200838A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−69421(P2011−69421)
【出願日】平成23年3月28日(2011.3.28)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【Fターム(参考)】