説明

マグネシウム合金素材のめっき方法及びそのめっき製品

【課題】マグネシウム合金素材の表面にめっきを施すにあたり、その前処理において表面の汚れ等の介在物を完全に除去した状態でめっき処理に臨むため、めっき皮膜の密着性が良好となりめっき膨れを確実に防止できるマグネシウム合金素材のめっき方法及びそのめっき製品を提供する。
【解決手段】めっき工程の前において、マグネシウム合金素材に前処理とともに施す陽極酸化工程に続いて、その陽極酸化皮膜を除去するエッチング工程と、それに後続するデスマット工程と、それに後続する金属置換工程とからなるめっき前処理工程を施すことを特徴とする。
【効果】マグネシウム合金素材の表面にめっきを施す場合に、その前処理において表面の汚れないし介在物を完全に除去した状態でめっき処理に臨むため、めっき皮膜の密着性が良好となりめっき膨れを防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、マグネシウム合金の素材にめっき膨れが発生しないよう前処理を施すマグネシウム合金素材のめっき方法及びそのめっき製品に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム合金は、実用金属の中で最も軽量な金属であり、しかも、高振動減衰性や電磁波遮断性も備えているため、ノートパソコン始め、携帯電話、デジタルカメラ、自動車部品等、特に軽量化が求められる製品に多用化される傾向にある。しかし、マグネシウム合金は、最も活性があって卑なる金属であるので腐食しやすい等の欠点がある。そのため製品化にあたっては耐食性を向上させる腐食防止のための表面処理を欠かすことはできない。この腐食防止の表面処理としては、素材の表面に陽極酸化皮膜やめっき皮膜を形成する、陽極酸化皮膜等の皮膜上にめっきを形成する、等の方法が採られる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
いずれにしても、マグネシウム合金の素材は、ダイカスト法、鋳造法等により成形される関係もあり(成形業者によって違う)様々な履歴を有することから、その間に陽極酸化皮膜やめっきを施す表面にそれを阻害する雑多な汚れが付着しているので、それを除去する前処理が必要であり、これを省くと、皮膜やめっきの形成に不具合が発生し、腐食を招いたり、めっきが剥がれたりする。また、めっき皮膜の密着不良を原因とする「めっき膨れ」が発生することもある。なお、これは、図1及び図2に参考として示すように、ある範囲に粗面で少し盛り上がる等の現象であって、これはめっき直後に生じていることがあるが、2,3日後に生じることもある。
【0004】
図1は、携帯電話のケース下地表面側の平面外観図で、陽極酸化処理を施さず、一般的な亜鉛置換処理の後、銅めっきまで施した例である。図1において、Fはめっき皮膜の密着が良好な箇所で、亜鉛置換皮膜が正常に生成され、銅めっきが密着良くのっている。一方,Pはめっき皮膜の密着が不良な箇所で、マグネシウムワーク表面が液をはじき、亜鉛置換液がはじかれ、皮膜生成しなかった箇所である。なお、図1において、1は亜鉛置換皮膜、2は銅めっき膜、3は密着の弱い銅めっき膜を示す。
【0005】
図2の(a)は、図1に示したものを断面図でイメージ的に説明した図で、同図(b)は同図(a)のものにニッケルめっきを施した場合を断面図でイメージ的に説明した図である。密着の弱い銅めっき膜の箇所でめっき膨れを生じている。なお、図2において、4はニッケルめっき膜、5はめっき膨れを示す。
【0006】
このような原因を本願の発明者等において、数々の実験と研究を重ねて究明したところでは、めっきを施すマグネシウム合金素材の界面に、例えば、プレス工程、バリ取り工程等の様々なめっき前工程において、離型剤、コンパウンド、置換金属、電解質溶液、有機/無機不純物、酸化皮膜等の予期しない介在物が存在するとき、めっきの密着力が弱くなり、皮膜応力などにより膨れるように変形することがわかった。そこで、これに基づいてさらに数々の実験と研究を進めてきた。
【0007】
すなわち、この発明は、マグネシウム合金素材の表面にめっきを施すにあたり、その前処理において表面の汚れ等の介在物を完全に除去した状態でめっき処理に臨むため、めっき皮膜の密着性が良好となりめっき膨れを確実に防止できるマグネシウム合金素材のめっき方法及びそのめっき製品を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、第1発明は、めっき工程の前において、マグネシウム合金素材に前処理とともに施す陽極酸化工程に続いて、その陽極酸化皮膜を除去するエッチング工程と、それに後続するデスマット工程と、それに後続する金属置換工程とからなるめっき前処理工程を施すことを特徴とするマグネシウム合金素材のめっき方法を提供する(請求項1)。
【0009】
また、第2発明は、めっき工程の前において、マグネシウム合金素材に前処理とともに施す陽極酸化工程に続いて、その陽極酸化皮膜を除去するエッチング工程と、それに後続するデスマット工程と、それに後続する金属置換工程とからなるめっき前処理工程を施し、該めっき前処理工程において超音波処理を施すことを特徴とするマグネシウム合金素材のめっき方法を提供するものである(請求項2)。
【0010】
(作用)
上記第1,第2の発明の構成において、初期の段階において陽極酸化処理を行うが、まず、めっき工程の前処理において介在物(汚れ)が除去される。そして、後続するエッチングにより陽極酸化皮膜と共に残余の介在物、例えば、マグネシウム合金素材の表面に存在していた薄い自然皮膜等が除去される。しかし、エッチング工程においては、新たな介在物として炭素等のスマットが発生し、また、工場内の環境にも起因して汚れが付着する。これは次のデスマット工程において除去される。このデスマットでも直後に自然皮膜が発生したり汚れが付着する危険があるが、さらにその直後の金属置換の皮膜によって、そのような自然皮膜の形成や汚れの付着、つまり介在物の付着ないし生成を防止した状態が得られる。
【0011】
超音波処理は、陽極酸化処理工程に続く(狭義の)めっき前処理工程の全般において又はその中のいずれか1以上の工程において併用するが、いずれの併用によっても、処理液の浸透によって介在物の除去が促進される等により、めっき膨れを防止するのにより効果的であった。特に、金属置換前のエッチング工程及び/又はデスマット工程において併用すると、汚れや介在物の除去に相乗効果が得られやすい。これはマグネシウム合金素材の表面に前工程で生じている孔から処理液の浸透により介在物が確実に除去され、その状態で金属皮膜が形成される金属置換に臨み得るからと考えられる。したがって、デスマット工程から金属置換に移るタイミングは最短であることが望ましい。
【0012】
本明細書において、金属置換(金属としては、Au,Ag,Cu,Ni,Sn,Znなどを挙げることができる)とは、イオン化傾向の大きな金属(電位の卑な金属)を、イオン化傾向の小さい金属イオンを含む溶液に浸漬すると、イオン化傾向の大きい金属が溶解し、金属イオンとなり、電子を放出し、この電子がイオン化傾向の小さい金属を還元して、めっきが析出することをいうものとする。したがって、金属置換により、残存介在物が除去されると同時に、その上をめっき皮膜で覆われることになるので、介在物が存在も発生もしない安定した状態でめっき工程に臨ませることができるため、めっき膨れ防止効果が顕著にあらわれる。これは素材がマグネシウム合金であるためとも考えられる。
【発明の効果】
【0013】
以上説明したように、この発明方法によれば、マグネシウム合金素材の表面にめっきを施す場合に、その前処理において表面の汚れないし介在物を完全に除去した状態でめっき処理に臨むため、めっき皮膜の密着性が良好となりめっき膨れを防止できるという優れた効果がある。
【0014】
特に、陽極酸化処理に続くめっき前処理におけるエッチング工程及び/又はデスマット工程に超音波処理を併用することで(請求項3)、めっき膨れをさらに確実に防止できる。また、本発明方法によりめっき膨れのないマグネシウム合金素材の優れためっき製品を提供することができる(請求項4)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
めっき膨れが発生する原因については、次の二通りが考えられ、これらを除去することが最良の形態と言える。
【0016】
(1)まず、めっきを施すワークとしてのマグネシウム合金素材には、その履歴から様々な汚れが付着している。例えば、プレス工程を始め、バリ取り工程やめっき前処理工程においてめっきに有害な介在物が付着する。その他に、離型剤、コンパウンド、置換金属、電解質溶液、有機/無機不純物、酸化皮膜等も介在物として作用する。そして、その上にめっきを施すと、その下に閉じ込められた介在物が作用し、皮膜応力によりめっき膨れが発生する。膨れるタイミングは、めっき直後、またはめっき後数日経過してからである。
【0017】
(2)次に、マグネシウム合金素材上の付着物を除去できたとしても、孔が残りそこに電解質溶液が閉じ込められ、これが介在物として直接作用するばかりでなく、電解質による腐食(酸化物生成)によって盛り上がり膨れが発生する。この場合も膨れるタイミングは、めっき直後、またはめっき後数日経過してからである。
【0018】
上記(1),(2)から、特許請求の範囲の内容が導き出され、特に、請求項3のように条件が加重されると、「最も良い◎」実施形態となる。なお、後記実施例〔表3〕と比較例〔表4〕とにおけるめっき膨れについての「あり×,△」、「なし〇」は、この「最も良い◎」を判断基準としたものである。なお、次に記す実施例等では、当該条件については一例のみを示した。
【実施例】
【0019】
次に、この発明の代表的な実施例及び比較例を説明するが、上述したように、ここにおいて、めっき膨れの「あり×,△」、「なし〇,◎」は、あくまでも発明を理解しやすくした区別である。
【0020】
(実施例1)
(1) 陽極酸化工程(広義にはめっき前処理に相当)
A 陽極酸化前処理
a.脱脂
b.エッチング
c.デスマット + 超音波併用
B 陽極酸化
(2) めっき工程
A めっき前処理
a.脱脂
b.エッチング + 超音波併用
c.デスマット + 超音波併用
d.亜鉛置換
B めっき処理
a.青化銅ストライク
b.ピロリン酸銅
c.硫酸銅
d.光沢ニッケル
e.乾燥
【0021】
表1に陽極酸化の各工程について、また、表2にめっきの各工程について上記実施例1を具体的に記載した。各工程の間には水洗を必要に応じて行っている。また、処理液の薬品名は、一般的に使用されているもので、それぞれの右欄にリッター当たりの使用量が記載される。※が付いているものは「奥野製薬工業株式会社」の商品名であることを表している。また、各工程毎に、処理温度、処理時間が記載され、表3(実施例),表4(比較例)では、超音波併用の有無が分かるようになっている。なお、超音波併用は、一般的な洗浄器におけると同じように、所用の浴槽に超音波発生装置を具備して行う。
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
【表3】

【0024】
【表4】

【0025】
表3の例は、陽極酸化皮膜を除去するエッチング工程を含むめっき前処理工程の前に、マグネシウム合金素材に陽極酸化処理を施した例である。
【0026】
即ち、表3は本発明方法を(イ)から(ト)の内容で実施した例で、マグネシウム合金素材に陽極酸化処理を施し、それに続く工程として、その陽極酸化皮膜を除去するエッチング工程と、それに後続するデスマット工程と、それに後続する金属置換工程とからなるめっき前処理工程を施し、そのめっき前処理工程において、超音波処理を施した例である。
【0027】
一方、表4の例は、表3の例とは異なり、めっき前処理工程の前に、陽極酸化処理を施すことなく、めっき前処理工程を経て、めっき工程を施した例である。
【0028】
そこで表3によれば、陽極酸化処理後のめっき前処理工程において施す超音波処理は、金属置換前のエッチング工程及びデスマット工程に併用した場合〔(ホ)及び(ヘ)〕、又はデスマット工程に併用した場合〔(ハ)〕に、めっき膨れが無く、めっき皮膜の密着状態が「最も良い◎」ことが分かった。
【0029】
また、表4によれば、めっき前処理工程前において、陽極酸化処理が施されないと、めっき皮膜の密着不良を来たし、めっき膨れ現象を生じることが分かった。但し、デスマット工程、又はエッチングとデスマットの工程で超音波併用を施すと、若干めっき膨れ防止に効果がみられることも分かった。
【0030】
上記のような実施例ないし比較例から見て、めっき膨れを有効に防止するためには、「陽極酸化あり」であることが分かる。これは、陽極酸化皮膜による下地の清浄化が行なわれ、この陽極酸化処理に続くめっきの前処理でエッチングによりその皮膜を除去した後に清浄な素地が表われることから、めっき皮膜の密着性の向上につながったものと考えられる。なお、「陽極酸化処理」を施した後に、この酸化膜を除去する工程を介さない場合は、陽極酸化膜と亜鉛置換膜の密着が悪く、析出した銅めっきの密着性も悪くなり、密着の悪いめっき皮膜は、膨れ状態を生じてしまうことになる。
【0031】
また、めっき前処理において「超音波併用がなされている」ことが非常に役立つことが分かる。特に、表3からも分かるように、金属(亜鉛)置換の直前のデスマットにおいて超音波併用がなされていると、めっき膨れが効果的に防止できることが分かった。しかし、この発明は、以上の実施例に限定されないことはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】この発明が防止することを目的としているめっき膨れの発生状態を示す平面外観参考図である。
【図2】同図(a)は上記図1のものをイメージ的に断面図で示した参考図で、同図(b)は同図(a)のものにニッケルめっきを施した場合をイメージ的に断面図で示した参考図である。
【符号の説明】
【0033】
F めっき皮膜の密着が良好な箇所
P めっき皮膜の密着が不良な箇所
1 亜鉛置換膜
2 銅めっき膜
3 密着の弱い銅めっき膜
4 ニッケルめっき膜
5 めっき膨れ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
めっき工程の前において、マグネシウム合金素材に前処理とともに施す陽極酸化工程に続いて、その陽極酸化皮膜を除去するエッチング工程と、それに後続するデスマット工程と、それに後続する金属置換工程とからなるめっき前処理工程を施すことを特徴とするマグネシウム合金素材のめっき方法。
【請求項2】
めっき工程の前において、マグネシウム合金素材に前処理とともに施す陽極酸化工程に続いて、その陽極酸化皮膜を除去するエッチング工程と、それに後続するデスマット工程と、それに後続する金属置換工程とからなるめっき前処理工程を施し、該めっき前処理工程において超音波処理を施すことを特徴とするマグネシウム合金素材のめっき方法。
【請求項3】
陽極酸化処理の後のめっき前処理工程において施す超音波処理は、金属置換前のエッチング工程及び/又はデスマット工程に併用することを特徴とする請求項2記載のマグネシウム合金素材のめっき方法。
【請求項4】
めっき工程の前において、マグネシウム合金素材に前処理とともに施す陽極酸化工程に続いて、その陽極酸化皮膜を除去するエッチング工程と、それに後続するデスマット工程と、それに後続する金属置換工程とからなるめっき前処理工程を施して成ることを特徴とするマグネシウム合金素材のめっき製品。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−120869(P2009−120869A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−293072(P2007−293072)
【出願日】平成19年11月12日(2007.11.12)
【出願人】(502406144)株式会社エーエステー (2)
【出願人】(591021028)奥野製薬工業株式会社 (132)
【Fターム(参考)】