説明

マグネトロンスパッタリング装置及びマグネトロンスパッタリング方法

【課題】ターゲットに対して相対的に移動可能なマグネットを備えたマグネトロンスパッタリング装置において、放電電圧を安定させることができる技術を提供する。
【解決手段】本発明のマグネトロンスパッタリング装置1は、ターゲット8に対して相対的に移動可能で電磁石を有するマグネット12を備える。ターゲット8に放電用の電圧を印加し、かつ、当該放電電圧の値をフィードバックしてPID制御部10に出力する放電用電源9と、マグネット12の電磁石に対する通電量を制御する電磁石制御用電源11とを有する。PID制御部10は、放電用電源9から入力された放電電圧の値と目標とする放電電圧の値に基づいてマグネット12の電磁石に対する通電量をPID制御するように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリングに関し、特にマグネットを用いたマグネトロンスパッタリングの技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、マグネトロンスパッタリングとしては、種々のタイプのものが知られている(例えば、特許文献1、2参照)。
近年、例えば、アルミナ(Al23)等の絶縁性の材料を例えば酸素(O2)ガス雰囲気中で反応性スパッタリングによって成膜を行うプロセスが注目されている。
【0003】
しかし、このようなプロセスを行う場合には、種々の課題がある。すなわち、スパッタリングの際、放電電力を一定にした状態で、導入する酸素流量を徐々に増やしていくと、あるところで放電電圧が急激に減少し、その後低い値で安定する。
【0004】
一方、導入する酸素の流量を徐々に減らしていくと、ある酸素流量の点で急激に電圧が上昇して高い値に戻り、その経路はヒステリシスとなる。
このような状態は、一般に、「金属モード」、「酸化モード」、その間を「遷移モード」と区別されて呼ばれている。
【0005】
金属モードでの成膜は、成膜速度は速いが、アルミナの原子組成比Al:O=2:3よりAl元素比が多い金属が過剰となる膜が形成される。
一方、酸化モードでは、Alターゲット表面上も酸化されアルミのスパッタ量が落ちる。この酸化モードでは、結晶質のアルミナが形成されやすいが成膜速度はきわめて遅い。
【0006】
そのため、高い成膜速度と結晶質のアルミナの両方を得るため、遷移モードにて成膜することが試みられている。
遷移モードにおいて成膜を行う従来技術としては、導入する酸素ガスの量をPID制御によって制御することにより、放電電圧を一定に維持するものが知られている。
【0007】
しかし、酸化モードから遷移モードに移行する場合には、例えば、図6(a)のグラフA、Bで示すように、放電電圧の値が急激に低下するため、酸素ガスの導入による制御では応答性が追いつかず、酸素ガスの導入量が多すぎたり又は少なすぎることにより、放電電圧を所望の値に安定させることは困難である。
【0008】
その一方で、マグネトロンスパッタリングでは、ターゲットの使用効率を向上させるため、ターゲットに対してマグネットを移動(揺動)させることが行われている。
この方法は、例えば図7に示すように、バッキングプレート102に取り付けられたターゲット101の近傍において、マグネット103をターゲット101の表面と平行な方向に往復移動させるものであるが、マグネット103がターゲット101の端部に位置するときに放電電圧が急激に上昇するため、図6(b)に示すように、マグネットを固定した場合と比較して放電電圧の変動が大きく(グラフC、Dで示す)、特に遷移モードにおいて放電電圧を一定にすることは非常に困難であるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平7−258842号公報
【特許文献2】特開2004−149852号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような従来の技術の課題を解決するためになされたもので、その目的とするところは、ターゲットに対して相対的に移動可能なマグネットを備えたマグネトロンスパッタリング装置において、放電電圧を安定させることができる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するためになされた本発明は、ターゲットに対して相対的に移動可能で電磁石を有するマグネットを備えたマグネトロンスパッタリング装置であって、前記ターゲットに放電用の電圧を印加し、かつ、当該放電電圧の値をフィードバックしてPID制御部に出力する放電用電源と、前記マグネットの電磁石に対する通電量を制御する電磁石制御用電源とを有し、前記PID制御部は、前記放電用電源から入力された当該放電電圧の値と目標とする放電電圧の値に基づいて前記マグネットの電磁石に対する通電量をPID制御するように構成されているものである。
本発明では、前記マグネットが電磁石のみからなる場合にも効果的である。
本発明では、前記マグネットが、磁極の異なる電磁石をそれぞれ複数有している場合にも効果的である。
一方、本発明は、上述したいずれかのマグネトロンスパッタリング装置を用いてスパッタリングを行う方法であって、当該スパッタリングの際、前記放電用電源から前記PID制御部に入力された放電電圧の値が目標とする放電電圧の値を超えないように、前記マグネットの電磁石に対する通電量を増加させるようにPID制御を行うステップを有するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ターゲットに対して相対的に移動可能なマグネットを備えたマグネトロンスパッタリング装置において、放電電圧を安定させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係るマグネトロンスパッタリング装置の実施の形態の内部構成を示す断面図
【図2】(a):本発明におけるマグネットの例の外観構成を示す平面図(b):図2(a)のA−A線断面図
【図3】(a)(b):本発明の原理を示す説明図
【図4】(a):本発明におけるマグネットの他の例の外観構成を示す平面図(b):図4(a)のB−B線断面図
【図5】(a):本発明におけるマグネットの他の例の外観構成を示す平面図(b):図5(a)のC−C線断面図
【図6】(a)(b):従来技術の課題を説明するための図
【図7】従来技術の課題を説明するための図
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照して説明する。
図1は、本発明に係るマグネトロンスパッタリング装置の実施の形態の内部構成を示す断面図である。
【0015】
図1に示すように、本実施の形態のマグネトロンスパッタリング装置1は、真空排気系2及びガス導入管3に接続された真空槽4を有している。
真空槽4内の例えば上部には、基板ホルダー5に保持された基板6が配置されるようになっている。
そして、真空槽4内の例えば下部には、例えばアルミニウム(Al)、シリコン(Si)等の金属からなる複数のターゲット8が、それぞれバッキングプレート7上に載置されている。
【0016】
本実施の形態の場合、各ターゲット8は、例えば真空槽4の外部に設けられた交流電源9に、それぞれバッキングプレート7を介して接続されている。
本実施の形態の構成は、所謂デュアルカソードと呼ばれるもので、二つのターゲット8に対して交流電圧(例えば30〜100kHz)を交互に印加するように構成されている。
【0017】
交流電源(放電用電源)9には、PID制御部10が接続されている。
このPID制御部10は、後述するように、入力値の制御を出力値と目標値との偏差、その積分、および微分の3つの要素によって制御する機能を有し、電磁石用電源11に接続されている。
【0018】
さらに、電磁石用電源11は、後述するように、電磁石を有するマグネット12にそれぞれ接続されている。そして、PID制御部10からの命令に基づいて電磁石用電源11からマグネット12の電磁石に対する通電量を増加又は減少させるように構成されている。
【0019】
マグネット12は、例えば真空槽4の外部において、各ターゲット8の近傍にそれぞれ配置されている。
ここで、マグネット12は、後述するように、図示しない駆動手段によって各ターゲット8の粒子放出面と平行に移動(揺動)する主マグネット13を有している。
【0020】
図2(a)は、本発明におけるマグネットの例の外観構成を示す平面図、図2(b)は、図2(a)のA−A線断面図である。
図2(a)(b)に示すように、本発明のマグネット12は、永久磁石からなる主マグネット13と、電磁石からなる補助マグネット14、15とを有している。
【0021】
主マグネット13は、細長形状のもので、長方形形状のマグネットプレート16上に、N極の永久磁石からなるN極磁石17と、S極の永久磁石からなるS極磁石18が設けられて構成されている。
N極磁石17は、長方形の環状に形成されており、このN極磁石17に囲まれた位置に直線棒状のS極磁石18が配置されている。
【0022】
一方、補助マグネット14、15は、主マグネット13のN極磁石17と同等の長さを有する直線棒状のコア(磁芯)19を有している。このコア19は、磁性材料からなり、その周囲にコイル20が巻き付けられて補助マグネット14、15が構成されている。
ここで、コイル20は図示しない電磁石用電源に接続され、コア19のターゲット(図示せず)側の面がN極となるようにその巻付方向及び通電方向が定められている。
【0023】
本実施の形態では、例えば図3(b)に示すように、ターゲット8の両端部に、上述した補助マグネット14、15がそれぞれ配置されている。
そして、図2(b)に示すように、例えば図示しない移動手段によって主マグネット13がターゲットの粒子放出面(図示せず)と平行な方向に補助マグネット14、15間を移動するように構成されている。
【0024】
図3(a)(b)は、本発明の原理を示す説明図である。
以下、図1に示すマグネトロンスパッタリング装置1並びに図2(a)(b)に示すマグネット12を用いた場合を例にとって説明する。
【0025】
一般に、マグネトロンスパッタリングにおいては、図3(a)に示すように、ターゲット表面の磁場強度と放電電圧とは、ターゲット表面の磁場強度を大きくすると、これに伴い放電電圧が小さくなることが知られている。
【0026】
そこで、本発明においては、このような事実に基づき、スパッタリングの際の放電電圧が予め定めた目標値(V1)に近づくようにマグネット12を動作させるPID制御を行う。
具体的には、スパッタリングのプロセスを通して、交流電源9からPID制御部10(図1参照)に入力された放電電圧の値が目標値(V1)を超えた場合には、その目標値との偏差、積分、微分の3つの要素に応じて電磁石用電源11(図1参照)、各補助マグネット14、15に対する電圧を増加させるようにPID制御を行う。
【0027】
他方、交流電源9からPID制御部に入力された放電電圧の値が目標値(V1)を下回った場合には、その目標値との偏差、積分、微分の3つの要素に応じて電磁石用電源11から各補助マグネット14、15に対する電圧を減少させるようにPID制御を行う。
これらの場合、適切な比例ゲイン、積分ゲイン(又は積分時間)、微分ゲイン(又は微分時間)を決定するため、予め入出力の応答を測定しておく。
【0028】
実際上、本実施の形態のようなマグネット12を移動させながらスパッタリングを行う装置では、上述したように、マグネット12がターゲット8の両端部に位置するときに放電電圧が急激に上昇することから、図3(b)において、マグネット12がターゲット8の左端部8Lに位置するときにはマグネット12の左側の補助マグネット14に対する通電量を大きくし、マグネット12がターゲット8の右端部8Rに位置するときにはマグネット12の右側の補助マグネット15に対する通電量を大きくするように制御する。
【0029】
その結果、各補助マグネット14、15からの磁力14g、15gによってターゲット8の左端部8L及び右端部8Rにおいて、ターゲット8表面の磁場強度が大きくなり、図3(b)のグラフに示すように、放電電圧の上昇を抑制することができる(VMAX→V1)。
【0030】
しかも、本発明によれば、電磁石に対する電流を制御するものであることから、従来技術のような酸素ガスの導入量を増加又は減少させる場合と比較して、制御の応答速度を格段に速くすることができる。
したがって、本発明によれば、放電電圧の変動が不安定な遷移モードにおいて放電電圧を安定させることができ、高い成膜速度で結晶質の例えばアルミナ等を成膜することができる。
【0031】
図4(a)は、本発明におけるマグネットの他の例の外観構成を示す平面図、図4(b)は、図4(a)のB−B線断面図であり、以下上記実施の形態と対応する部分には同一の符号を付しその詳細な説明を省略する。
図4(a)(b)に示すように、本例のマグネット22は、電磁石のみからなるものである。
【0032】
このマグネット22は、細長形状のもので、例えば図示しない移動手段によって駆動される支持板21上に、第1及び第2の電磁石25、26が取り付けられ、これによりマグネット22が一体となってターゲットの粒子放出面(図示せず)と平行な方向に移動するように構成されている。
【0033】
第1の電磁石25は、長方形の環状に形成されたコア27を有し、このコア27の外側側面及び内側側面にコイル28が巻き付けられて構成されている。
ここで、第1の電磁石25のコイル28は図示しない電磁石用電源に接続され、コア27のターゲット側の面27aがN極となるようにその巻付方向及び通電方向が定められている。
【0034】
一方、第2の電磁石26は、第1の電磁石25によって囲まれた位置に配置された直線棒状のコア29を有し、このコア29の側面にコイル30が巻き付けられて構成されている。
ここで、コイル30は図示しない電磁石用電源に接続され、コア29のターゲット側の面29aがS極となるようにその巻付方向及び通電方向が定められている。
このような構成を有する本例のマグネット22を用いた場合であっても、上記例と同様に、放電電圧を安定させることができる。
【0035】
図5(a)は、本発明におけるマグネットの他の例の外観構成を示す平面図、図5(b)は、図5(a)のC−C線断面図であり、以下上記実施の形態と対応する部分には同一の符号を付しその詳細な説明を省略する。
図5(a)(b)に示すように、本例のマグネット32は、電磁石のみからなるものである。
【0036】
このマグネット32は、細長形状のもので、例えば図示しない移動手段によって駆動される支持板21上に、多数の電磁石からなる第1及び第2の電磁石群33、34が取り付けられ、これによりマグネット32が一体となってターゲットの粒子放出面(図示せず)と平行な方向に移動するように構成されている。
【0037】
第1の電磁石群33は、それぞれ例えば角柱状に形成されたコア35の側面にコイル36が巻き付けられた複数の第1の電磁石37を有し、これら複数の第1の電磁石37が支持板21の縁部上に環状に配列されている。
【0038】
ここで、第1の電磁石37のコイル36は図示しない電磁石用電源にそれぞれ接続され、コア35のターゲット側の面35aがN極となるようにその巻付方向及び通電方向が定められている。
一方、第2の電磁石群34は、第1の電磁石37と同様に、それぞれ例えば角柱状に形成されたコア38の側面にコイル39が巻き付けられた複数の第2の電磁石40を有し、これら複数の第2の電磁石40が、第1の電磁石群33によって囲まれた位置に直線状の配置されている。
【0039】
ここで、第2の電磁石のコイル39は図示しない電磁石用電源に接続され、コア38のターゲット側の面38aがS極となるようにその巻付方向及び通電方向が定められている。
このような構成を有する本例のマグネット32を用いた場合には、上述した効果に加え、第1及び第2の電磁石37、40の通電量をそれぞれ制御することができるため、ターゲットの表面の磁場強度を小さな領域単位で制御することができ、放電電圧の分布をより均一に抑制することができるという効果がある。
【0040】
なお、本発明は上記実施の形態に限られることはなく、種々の変更を行うことができる。
例えば、上記実施の形態では、静止したターゲットに対してマグネットを移動する方式の磁気形成手段を例にとって説明したが、本発明はこれに限られず、回転可能な筒状のターゲット内に上述した電磁石を有するマグネットを配置する所謂シリンドリカル方式の磁気形成手段にも適用することができる。
【符号の説明】
【0041】
1…マグネトロンスパッタリング装置
8…ターゲット
9…交流電源(放電用電源)
10…PID制御部
11…電磁石用電源
12…マグネット
13…主マグネット
14、15…補助マグネット


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ターゲットに対して相対的に移動可能で電磁石を有するマグネットを備えたマグネトロンスパッタリング装置であって、
前記ターゲットに放電用の電圧を印加し、かつ、当該放電電圧の値をフィードバックしてPID制御部に出力する放電用電源と、
前記マグネットの電磁石に対する通電量を制御する電磁石制御用電源とを有し、
前記PID制御部は、前記放電用電源から入力された当該放電電圧の値と目標とする放電電圧の値に基づいて前記マグネットの電磁石に対する通電量をPID制御するように構成されているマグネトロンスパッタリング装置。
【請求項2】
前記マグネットが電磁石のみからなる請求項1記載のマグネトロンスパッタリング装置。
【請求項3】
前記マグネットが、磁極の異なる電磁石をそれぞれ複数有している請求項1又は2のいずれか1項記載のマグネトロンスパッタリング装置。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のマグネトロンスパッタリング装置を用いてスパッタリングを行う方法であって、
当該スパッタリングの際、前記放電用電源から前記PID制御部に入力された放電電圧の値が目標とする放電電圧の値を超えないように、前記マグネットの電磁石に対する通電量を増加させるようにPID制御を行うステップを有するマグネトロンスパッタリング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−104073(P2013−104073A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−247194(P2011−247194)
【出願日】平成23年11月11日(2011.11.11)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】