説明

マグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法、これらの飼育、保管または輸送方法により飼育、保管または輸送したマグロおよびマグロの未成魚を飼育、保管または輸送するための飼育水

【課題】マグロの飼育、保管または輸送において経済的および労力的負担を軽減することができるマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法およびマグロを飼育、保管または輸送するための飼育水を提供する。
【解決手段】マグロを飼育するための飼育設備は、マグロが遊泳する遊泳槽10を備えている。遊泳槽10には、地下海水給水設備20から供給される地下海水と給水管18から供給される淡水とにより塩分が調製された飼育水が満たされている。マグロの飼育者は、遊泳槽10に満たされた飼育水の塩分を、マグロを投入時においては、約25psu以上かつ30psu未満に調整する。その後、飼育者は、飼育水の塩分を、20psu±3psuにまで低下させる。そして、飼育者は、定期的に飼育水の塩分を測定しながら飼育水の塩分を20psu±3psuに維持しながらマグロを飼育する。この場合、飼育者は、飼育水の塩分を約15psuまで低下させることもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法、これらの飼育、保管または輸送方法により飼育、保管または輸送したマグロおよびマグロの未成魚を飼育、保管または輸送するための飼育水に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、マグロ資源の保存および消費者へのマグロの安定供給の観点からマグロの養殖が行なわれている。一般に、マグロの養殖は、近海で捕獲した生後約13週目前後(体長が約200〜300mm)の天然幼魚(通称ヨコワ)を海面に設置した生簀内で市場に出荷可能な大きさにまで育てることにより行なわれている。また、近年においては、捕獲した天然幼魚を陸上に設置した生簀内で市場に出荷可能な大きさにまで育てる所謂陸上養殖も試みられている。
【0003】
陸上に設置した飼育槽内でマグロを飼育する場合、マグロの飼育に用いる飼育水には海から直接取水した天然海水や、淡水に天然海水に含まれる成分と同等の成分を混ぜ合わせて人工的に生成した人工海水が用いられている。この場合、飼育水の塩分は、マグロが外洋魚であることから一般には狭塩性の海水魚と考えられているため、生息する海域の天然海水と略同じ塩分、具体的には略34psuに調整されている。ここで狭塩性とは、魚が対応できる塩分環境の範囲が狭いことをいい、本来生息する塩分環境と略同じ塩分環境でなければ生存することが困難な性質をいう。なお、狭塩性に対して、対応できる塩分環境の範囲が広い魚の性質を広塩性といい、主に汽水域で生息する魚が該当する。
【発明の概要】
【0004】
しかしながら、陸上におけるマグロの飼育過程において、飼育水の塩分を常に34psu付近に維持することは、飼育水に天然海水を用いた場合であっても人工海水を用いた場合であっても経済的および労力的負担が大きいという問題がある。具体的には、飼育水に天然海水を用いた場合には、天然海水の取水および運搬に対する経済的および労力的負担が大きい。また、飼育水に人工海水を用いた場合には、人工海水の調製に必要な人工海水調製剤に対する経済的負担や人工海水の調整に対する労力的負担が大きい。さらには、マグロが遊泳する飼育水の塩分状態を常に監視して同塩分を略34psuに維持しなければならず、その経済的および労力的な負担が大きいという問題がある。尚、本願に係る先行技術は、文献公知に係るものでないため、記載すべき先行技術文献情報はない。
【0005】
本発明は上記問題に対処するためなされたもので、その目的は、マグロの飼育、保管または輸送において経済的および労力的負担を軽減することができるマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法、これらの飼育、保管または輸送方法により飼育、保管または輸送したマグロおよびマグロの未成魚を飼育、保管または輸送するための飼育水を提供することにある。
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の特徴は、塩分が15psu以上かつ30psu以下の飼育水によってマグロの未成魚を飼育、保管または輸送することにある。
【0007】
この場合、前記マグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、前記塩分が15psu以上かつ25psu以下の飼育水によってマグロの未成魚を飼育、保管または輸送することができる。
【0008】
このように構成した本発明の特徴によれば、塩分が約15psu以上かつ30psu以下の飼育水によってマグロの未成魚を飼育、保管または輸送する。これにより、本発明者らによる実験および飼育観察によれば、生後約13週目前後(体長が約200〜300mm)の天然幼魚を生残率約50%以上で28週以上飼育することを確認した。すなわち、従来、狭塩性と考えられてきたマグロを、本来の生息域の塩分より最大で19psuも低いで塩分環境下で飼育可能なことを確認した。これにより、飼育水に天然海水を用いた場合には、天然海水の取水量(使用量)を減らすことができるため、取水および運搬に対する経済的および労力的負担を軽減することができる。また、飼育水に人工海水を用いた場合には、人工海水の調製に必要な人工海水調整剤の使用量を減らすことができるとともに人工海水における塩分の調製範囲が広くなるため、人工海水の調製に必要な人工海水調整剤に対する経済的負担や人工海水の調整に対する労力的負担を軽減することができる。さらには、マグロの未成魚が生存可能な塩分範囲が広がるため、マグロの未成魚が遊泳する飼育水の塩分状態の監視のための経済的および労力的な負担が軽減される。これらの結果、マグロの未成魚の飼育、保管または輸送において経済的および労力的負担を軽減することができる。
【0009】
なお、前記した「生後約13週目前後」とは、捕獲した天然幼魚の体長、体重またはマグロの捕獲日と一般的に知られているマグロの産卵期とから推定したものである。これは、自然の海で捕獲したマグロの天然幼魚の正確なふ化した日は実際には不明なためである。また、人工海水調製剤とは、天然海水と同等の飼育水、具体的には、天然海水と同等の組成であって各成分の比率や濃度が天然海水と同等の飼育水を調整するために、天然海水に含まれる各種成分を人工的に調製した粉末状または液体状の物質である。
【0010】
また、本発明の他の特徴は、前記マグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、飼育水は、海水、淡水、塩分が約15psu以上の地下水または同塩分が約15psu以上の地下温泉水における各塩分を調整して構成されることにある。これにより、マグロの未成魚の飼育における経済的および労力的負担を軽減することができる。また、前記マグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、マグロの未成魚を20pus以下の塩分環境に移す場合には、飼育水の塩分を徐々に下げることにある。また、本発明の他の特徴は、前記マグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、マグロの未成魚を25psu以上かつ30psu未満の塩分環境で飼育した後、塩分が15psu以上かつ25psu以下に調整した飼育水によってマグロの未成魚を飼育、保管または輸送することにある。これらによれば、より安全に低塩分環境にマグロを移行させることができる。また、本発明の他の特徴は、前記マグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、塩分を17psu以上に調整した飼育水によってマグロの未成魚を飼育、保管または輸送することにある。また、本発明の他の特徴は、前記マグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、塩分を20psu±3psuに調整した飼育水によってマグロの未成魚を飼育、保管または輸送することにある。これらによれば、飼育水に対する経済的および労力的な負担を軽減して効率的にマグロを飼育することができる。
【0011】
また、これらの場合、前記マグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、塩分が約15psu以上の地下水または地下温泉水を飼育水として用いることができる。これによれば、マグロの未成魚の飼育、保管または輸送するための飼育水に、塩分が約15psu以上の地下水または地下温泉水を用いているため、塩分が約15psu以上の地下水または地下温泉水をそのままで、またはこれらの地下水または地下温泉水に淡水などを混合して塩分を約15psu以上の範囲まで低下させてマグロの未成魚の飼育水として用いることができる。これにより、より安価かつ容易に飼育水を用意することができ、マグロの未成魚の飼育、保管または輸送において経済的および労力的負担を軽減することができる。
【0012】
また、本発明は、マグロの飼育、保管または輸送方法として実施できるばかりでなく、これらの飼育、保管または輸送方法により飼育、保管または輸送したマグロおよびマグロの未成魚を飼育、保管または輸送するための飼育水の発明としても実施できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施形態に係るマグロの飼育方法に用いられるマグロの飼育設備の主要部の構成を模式的に示すブロック図である。
【図2】(A)は第1年目における飼育週数に対する飼育水の塩分の変化を示した飼育実験結果グラフであり、(B)は同第1年目における飼育週数に対する生残率の変化を示した飼育実験結果グラフである。
【図3】(A)は第2年目における飼育週数に対する飼育水の塩分の変化を示した飼育実験結果グラフであり、(B)は同第2年目における飼育週数に対する生残率の変化を示した飼育実験結果グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係るマグロの飼育、保管または輸送方法およびマグロの飼育、保管または輸送のための飼育水の一実施形態について図面を参照しながら説明する。図1は、本発明に係るマグロの飼育方法によるマグロの飼育に用いる飼育設備の主要部の構成を模式的に示すブロック図である。なお、本明細書において参照する各図は、本発明の理解を容易にするために一部の構成要素を誇張して表わすなど模式的に表している。このため、各構成要素間の寸法や比率などは異なっていることがある。
【0015】
このマグロの飼育設備は、遊泳槽10を備えている。遊泳槽10は、マグロを飼育するための水槽であり、シート材を上方が開放した有底円筒状に張って構成されている。本実施形態においては、遊泳槽10は、直径が5m、深さが1.5mに形成されているとともに、遊泳槽10内に約1mの深さで飼育水が満たされている。この遊泳槽10の中央部には円筒状の取水管11が起立した状態で設けられている。取水管11は、遊泳槽10内の飼育水を取水して遊泳槽10内の水位を一定に保つとともに取水した飼育水を排水ピット12に導くための管体である。したがって、遊泳槽10内におけるマグロが遊泳可能な領域は、遊泳槽10の内壁と取水管11との間のリング状の空間部分となる。
【0016】
排水ピット12は、遊泳槽10から導かれた飼育水の一部を排水管13に導くとともに、他の一部を汲水ポンプ14を介して圧力濾過装置15に導くために取水した飼育水を一時的に貯留する容器である。汲水ポンプ14は、排水ピット12に貯留された飼育水を汲み上げて圧力濾過装置15に給水するための送液ポンプである。圧力濾過装置15は、異物を濾し取る濾過材を収容する密閉された容器内に飼育水を導入して、飼育水の導入側と排出側との圧力差によって飼育水を濾過する装置である。この圧力濾過装置15には、UV殺菌装置16が接続されている。UV殺菌装置16は、飼育水にUV(紫外線)を照射することにより飼育水中に存在する微生物を殺して細菌の繁殖を防止するための装置である。このUV殺菌装置16には、生物濾過槽17が接続されている。
【0017】
生物濾過槽17は、バクテリアを用いて飼育水中の有機物を分解して浄化した後、この浄化した飼育水を遊泳槽10に供給するための水槽である。この生物濾過槽17には、UV殺菌装置16の他に、給水管18および地下海水給水設備20がそれぞれ接続されている。給水管18は、淡水(真水)を生物濾過槽17に供給するための配管であり、同配管の上流側に手動バルブ18aを介して上水道に接続されている。地下海水給水設備20は、地中に打ち込んだ取水管21を介して地下に存在する海水を汲水ポンプ22によって汲み上げる設備群である。本実施形態においては、地下約20mまで打ち込んだ取水管21を介して地下に存在する海水、所謂地下海水を汲み上げる。なお、「地下海水」とは、一般的に明確な定義はないが、本実施形態においては、汽水または海水と同等な塩分を含む地下水のことである。
【0018】
遊泳槽10の上方には、図示しない支持部材を介して4つの照明具19(3つのみ図示)がそれぞれ設けられている。照明具19は、遊泳槽10内を照らすための照明器具であり、広い範囲に均一な照度の光を照射することができる投光器で構成されるとともに、遊泳槽10の水面を略均等な照度で照らすために遊泳槽10の周方向に沿って略均等に配置されている。この場合、「略均一な照度」とは、人間の目視によって明部と暗部とが確認できない程度の均一さである。これらの照明具19は、図示しない照度制御装置にそれぞれ接続されている。照度制御装置は、作業者による設定値に応じて照明具19の照度を0lx(lx:ルクス)〜500lxまでの範囲で連続的に変化させることができる制御装置である。
【0019】
また、この遊泳槽10には、遊泳槽10および生物濾過槽17内の各飼育水に酸素を供給するためのエアレーション設備(図示せず)などの魚類を飼育するために一般的に必要な他の設備を備えている。しかし、これらの各設備については、本発明に直接関わらないため、その説明は省略する。そして、このように構成された遊泳槽10や照明具19は、夜間における外部からの入射光(主として人為的な光)を遮断するとともに日中における自然光を採り入れることができる図示しない建屋内に設置されている。すなわち、本実施形態におけるマグロの飼育は、陸上に設置した遊泳槽10内で行なわれる。
【0020】
次に、このように構成されたマグロの飼育設備を用いてマグロを飼育する方法について説明する。まず、マグロを飼育する飼育者は、遊泳槽10内にマグロを投入する前に、遊泳槽10内を所定の塩分の飼育水で満たす。具体的には、飼育者は、汲水ポンプ22を作動させて地中から地下海水を汲み上げて生物濾過槽17に導入する。生物濾過槽17に導入された地下海水は、生物濾過槽17を満たした後、遊泳槽10に導入される。そして、飼育者は、汲水ポンプ14、圧力濾過装置15およびUV殺菌装置16などの作動をそれぞれ開始させて飼育水の循環を開始させるとともに、照明具19を点灯させて遊泳槽10の水面を略均一な照度で照らす。なお、この場合、地下海水は、一般に無菌であるため、生物濾過槽17を介さず直接遊泳槽10に導入する構成であってもよい。
【0021】
次に、飼育者は、遊泳槽10内の飼育水の調製作業を行う。具体的には、飼育者は、遊泳槽10内に導入された飼育水の塩分を測定した後、この測定結果に応じて飼育水の塩分を約25psu以上かつ30psu未満の範囲内に調整する。すなわち、遊泳槽10内に導入された飼育水の塩分が25psu未満であれば、飼育者は、人口海水を調製するための人工海水調製剤を遊泳槽10内に投入して飼育水の塩分を約25psu以上かつ30psu未満に上昇させる。また、遊泳槽10内に導入された飼育水の塩分が30psuを超えている場合には、飼育者は、手動バルブ18aを開いて淡水を遊泳槽10内に導入して飼育水の塩分を約25psu以上かつ30psu未満に低下させる。
【0022】
なお、この場合、飼育水の塩分が30psuを超えていてもマグロを飼育することは当然可能である。したがって、遊泳槽10内に導入された飼育水の塩分が30psuを超えている場合には、敢えて塩分の調整はせず、そのままの塩分の飼育水を用いてもよい。但し、この場合、本実施形態においては、後述する工程にて、飼育水の塩分を低下させるため、高くても30psu程度に調整しておくことが望ましい。一方、地下から汲み上げられた地下海水の塩分が既に約25psu以上かつ30psu未満である場合には、飼育水の塩分を調整する必要はない。これにより、地下から取水した地下海水の塩分が約25psu以上かつ30psu未満の場合には、飼育水の塩分を調整するための経済的および労力的負担が軽減される。また、塩分を調整する範囲が約25psu以上かつ30psu未満と広いため、飼育水の塩分を調製するための経済的労力的負担が軽減される。
【0023】
次に、飼育者は、遊泳槽10内で飼育するマグロを用意する。この場合、本実施形態においては、飼育者は、生後約13週目前後(体長(尾叉長)が約200mm以上)以降であって生殖能力を備えるまでの間のマグロの未成魚(幼魚または若魚)を用意する。具体的には、飼育者は、近海で捕獲した生後約13週目前後の天然幼魚(通称ヨコワ)を遊泳槽10内に放す。この場合、飼育者は、海で捕獲したマグロの未成魚を一旦海面に設置した生簀で暫く飼育した後に遊泳槽10に移すようにするとよい。これにより、マグロの未成魚に与えるストレスを分散してその後の生残率の低下を抑制することが期待できる。なお、天然幼魚は、産卵日やふ化した日が正確には不明である。したがって、「生後約13週目前後」とは、前記したように、捕獲した天然幼魚の体長、体重またはマグロの捕獲日と一般的に知られているマグロの産卵期とから推定したものである。
【0024】
次に、飼育者は、1〜3日間程度を掛けてマグロを遊泳槽10内の環境に慣らした後、遊泳槽10内の飼育水の塩分を20psu±3psuの範囲に調整する。具体的には、飼育者は、手動バルブ18aを開いて生物濾過槽17に淡水を加えることにより遊泳槽10内の飼育水の塩分を20psu±3psuの範囲まで低下させる。この場合、飼育者は、約20時間で約5psuの割合で飼育水の塩分を低下させる。これにより、マグロへの負担を抑えながら飼育水の塩分を低下させることができる。また、飼育者は、飼育水の塩分を17psu未満に低下させた場合には、新たに地下海水や人工海水調製剤を加えて飼育水の塩分が20psu±3psuの範囲に納まるように調整する。これにより、遊泳槽10内の飼育水の塩分が20psu±3psuの範囲に調整される。そして、飼育者は、定期的(例えば、1日1回)に飼育水の塩分を測定して飼育水の塩分を20psu±3psuの範囲に調整しながらマグロを市場に出荷可能な大きさにまで育てる。
【0025】
(実験内容と実験結果)
次に、本発明者らが行なった実験とその結果について説明する。本発明者らは、天然海水より塩分が低い飼育水のマグロの生残率に与える影響を明らかにするため、遊泳槽10内の飼育水の塩分を低下させた際の生残率の変化を調べた。
【0026】
具体的には、本発明者らは、天然海水より低い塩分の飼育水を満たした図1に示す遊泳槽10を4つ用意するとともに各遊泳槽10に略同数ずつのマグロ(生後約13週目前後)を投入して、少なくとも23週に亘って飼育する飼育実験を年1回の割合で合計2回行なった。この飼育実験においては、第1年目では飼育水の塩分が約24〜27psuの範囲でマグロを飼育し、第2年目では塩分が約17〜25psuの範囲でマグロを飼育した。これらの飼育実験の結果を図2(A),(B)および図3(A),(B)にそれぞれ示す。これらの各図において、(A)は飼育週数に対する飼育水の塩分変化を示しており、(B)は飼育週数に対する生残率の変化を示している。そして、各図中、丸印、三角印、四角印およびバツ印は、4つの各遊泳槽10を示している。また、飼育水の塩分は、1週間の平均塩分を小数点以下を四捨五入して示している。
【0027】
第1年目の飼育実験においては、マグロの驚愕行動(マグロが急激な環境変化(主に光の急激な変化)に驚いて興奮状態となって狂乱的に遊泳するパニック現象)による遊泳槽10の内壁面への衝突や遊泳槽10からの飛び出しによって飼育開始から23週目までにおいて生残率が約20〜30%にまで低下した。しかし、この第1年目の飼育実験結果においては、図2(A),(B)に示すように、飼育水における塩分の変化と生残率の変化との間に相関関係は見出せなかった。すなわち、飼育水の塩分が25psu以下となった9〜10週目および14〜16週目においても、摂食量および生残率が急変することはなかった。一方、飼育水の塩分が27psuとなった4〜6週目および19〜12週目においても、摂食量および生残率が急変することはなかった。これらにより、マグロは、塩分環境にのみ着目すれば、少なくとも25psu以上の塩分環境であれば飼育が可能であると考えられる。
【0028】
第2年目の飼育実験においては、マグロの驚愕行動の招来を防止する対策を講じたことにより、マグロの驚愕行動の発生を抑えることで飼育開始から23週目までにおいて生残率を約50〜60%に維持することができた。そして、この第2年目の飼育実験結果においても、図3(A),(B)に示すように、飼育水における塩分の変化と生残率の変化との間に相関関係は見出せなかった。すなわち、飼育水の塩分が20psu以下となった9〜26週目においても、摂食量および生残率が急変することはなかった。特に、飼育水の塩分が約17psuとなった20〜21週目においても摂食量および生残率が急変することはなかった。これにより、マグロは、塩分環境にのみ着目すれば、少なくとも17psu以上の塩分環境であれば飼育が可能であると考えられる。
【0029】
さらに、この第2年目の飼育実験においては、本発明者らは、21週目において飼育水の塩分を一時的(約24時間)に約15psuにまで低下させてマグロの様子を観察した。しかし、この場合においても、マグロの摂食量や遊泳状態に変化は見られなかった。したがって、マグロは、塩分環境にのみ着目すれば、約15psuの塩分環境であっても飼育が可能でないかと考えられる。
【0030】
上記作動説明および実験結果からも理解できるように、上記実施形態によれば、塩分が20psu±3psuの飼育水によってマグロを飼育している。これにより、本発明者らによる実験および飼育観察によれば、生後約13週目前後(体長が約200〜300mm)の天然幼魚を生残率約50%以上で28週以上飼育することを確認した。すなわち、従来、狭塩性と考えられてきたマグロを、本来の生息域の塩分(約34psu)より最大で19psuも低いで塩分環境下で飼育可能なことを確認した。これにより、飼育水に天然海水を用いた場合には、天然海水の取水量(使用量)を減らすことができるため、取水および運搬に対する経済的および労力的負担を軽減することができる。また、飼育水に人工海水を用いた場合には、人工海水の調製に必要な人工海水調整剤の使用量を減らすことができるとともに人工海水における塩分の調製範囲が広くなるため、人工海水の調製に必要な人工海水調整剤に対する経済的負担や人工海水の調整に対する労力的負担を軽減することができる。さらには、マグロが生存可能な塩分範囲が広がるため、マグロが遊泳する飼育水の塩分状態の監視のための経済的および労力的な負担が軽減される。これらの結果、マグロの飼育、保管または輸送において経済的および労力的負担を軽減することができる。
【0031】
さらに、本発明の実施にあたっては、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
【0032】
例えば、上記実施形態においては、飼育水の塩分を20psu±3psuに調整した。しかし、本発明者らによる飼育実験および飼育観察によれば、前記したように、15psuの塩分の飼育水であっても飼育が可能であると考えられる。したがって、飼育水の塩分は、約15psu以上かつ約30psu以下の範囲で適宜設定すれば、必ずしも上記実施形態に限定されるものではない。すなわち、飼育水の塩分は、飼育水の塩分の調製のための経済的負担および労力的負担を考慮して約15psu以上かつ約30psu以下の範囲で適宜設定すればよい。これによっても上記実施形態と同様の効果が期待できる。
【0033】
また、上記実施形態においては、地下海水を用いて飼育水を調製した。しかし、飼育水は、塩分が約15psu以上かつ約30psu以下の範囲で調整されていれば、必ずしも地下海水を用いて調製する必要はない。すなわち、天然海水に淡水を加えて飼育水を調製してもよいし、淡水に人工海水調製剤を加えて飼育水を調整してもよい。また、地下海水や人工海水に代えて、または加えて地下温泉水を用いることもできる。温泉とは、一般に摂氏25℃以上の地下水をいうが、温泉の中には塩分が汽水または海水と同程度のものが存在する。このため、塩分が汽水または海水と同程度の温泉水を用いることにより、マグロの飼育に適した塩分および温度の飼育水を用意に調製することができる。特に、天然海水の調達が困難な山間地でマグロの陸上養殖を行なう場合や、冬季に飼育水の加温が必要な場合などには、温泉水の利用は極めて有効である。これにより、マグロの飼育において経済的および労力的負担を軽減することができる。
【0034】
また、上記実施形態においては、塩分が約25psu以上かつ30psu未満の範囲に調製された飼育水の塩分を20psu±3psuに低下させる際、約20時間で約5psuの割合で飼育水の塩分を低下させた。しかし、塩分を低下させる割合は、マグロの月齢や年齢または健康状態に応じて適宜決定されるものであり、上記実施形態に限定されるものではない。なお、本発明者らの飼育実験および飼育観察によれば、塩分が34psuの飼育水で飼育したマグロを直接塩分が25psuの飼育水に移してもマグロが弱ったり死んだりすることはなかった。また、マグロが遊泳する飼育水の塩分を34psuから20psuに24時間を掛けて低下させた場合においても、マグロが弱ったり死んだりすることはなかった。このため、塩分が25psu以上の場合には、マグロを互いに異なる塩分環境に直接移してもよいものと考えられる。一方、マグロを塩分が20psu以下の塩分環境に移す場合には、ある程度の時間を掛けて徐々に20psu以下の塩分環境に慣れさせるようにした方がより安全にマグロを移すことができると考えられる。
【0035】
また、上記実施形態においては、遊泳槽10を自然光を採り入れ可能な建屋内に設置した。しかし、遊泳槽10は、屋外に設置されているものであっても良いことは当然である。また、マグロの飼育は、遊泳槽10内での飼育に限らず、塩分が約15psu以上かつ約30psu以下の範囲の海域での所謂海面養殖であってもよい。これらによっても、上記実施形態と同様の効果が期待できる。
【0036】
また、塩分が約15psu以上かつ約30psu以下の範囲の飼育水でマグロを飼育することは、マグロにとって浸透圧調節に係る体力的負担を軽減するものである。また、塩分が約15psu以上かつ約30psu以下の範囲の飼育水でマグロを飼育することは、天然海水と同等の塩分の飼育水中に存在する寄生虫の殺虫効果も期待できる。すなわち、塩分が約15psu以上かつ約30psu以下の範囲の飼育水でマグロを飼育する本発明は、マグロの体力回復方法または病気の治癒促進方法としても実施できるものである。
【0037】
また、上記実施形態においては、本発明をマグロの飼育に適用した例について説明した。しかし、本発明は、マグロの保管や輸送時に適用できるものである。これによっても、上記実施形態と同様の効果が期待できる。
【0038】
また、上記実施形態においては、マグロとしてクロマグロ(本マグロともいう)を対象とした。しかし、他の種類のマグロ、例えば、キハダマグロ、ミナミマグロ、メバチマグロなどのマグロ類に属する魚種に広く適用できるものと考える。
【符号の説明】
【0039】
10…遊泳槽、11…取水管、12…排水ピット、13…排水管、14…汲水ポンプ、15…圧力濾過装置、16…UV殺菌装置、17…生物濾過槽、18…給水管、18a…手動バルブ、19…照明具、20…地下海水給水設備、21…取水管、22…汲水ポンプ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩分が15psu以上かつ30psu以下の飼育水によってマグロの未成魚を飼育、保管または輸送することを特徴とするマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法。
【請求項2】
請求項1に記載したマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、
前記塩分が15psu以上かつ25psu以下の前記飼育水によってマグロの未成魚を飼育、保管または輸送することを特徴とするマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載したマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、
前記飼育水は、海水、淡水、前記塩分が約15psu以上の地下水または同塩分が約15psu以上の地下温泉水における前記各塩分を調整して構成されることを特徴とするマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のうちのいずれか1つに記載したマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、
マグロの未成魚を20pus以下の塩分環境に移す場合には、前記飼育水の塩分を徐々に下げることを特徴とするマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のうちのいずれか1つに記載したマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、
マグロの未成魚を25psu以上かつ30psu未満の塩分環境で飼育した後、前記塩分が15psu以上かつ25psu以下に調整した前記飼育水によってマグロの未成魚を飼育、保管または輸送することを特徴とするマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のうちのいずれか1つに記載したマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、
前記塩分を17psu以上に調整した前記飼育水によってマグロの未成魚を飼育、保管または輸送することを特徴とするマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のうちのいずれか1つに記載したマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法において、
前記塩分を20psu±3psuに調整した前記飼育水によってマグロの未成魚を飼育、保管または輸送することを特徴とするマグロの未成魚の飼育、保管または輸送方法。
【請求項8】
マグロの未成魚を塩分が15psu以上かつ30psu以下の飼育水によって飼育、保管または輸送したことを特徴とするマグロ。
【請求項9】
マグロの未成魚を飼育、保管または輸送するための飼育水であって、
前記飼育水の塩分が15psu以上かつ30psu以下であることを特徴とするマグロの未成魚を飼育、保管または輸送するための飼育水。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−5818(P2013−5818A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−223810(P2012−223810)
【出願日】平成24年10月9日(2012.10.9)
【分割の表示】特願2009−179742(P2009−179742)の分割
【原出願日】平成21年7月31日(2009.7.31)
【出願人】(306036266)WHA株式会社 (5)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】