説明

マススペクトルデータの二次解析方法およびマススペクトルデータの二次解析システム

【課題】簡便且つ短時間で精度の高い同定を行うマススペクトル(MS)データの二次解析方法およびシステムを提供する。
【解決手段】分析対象試料のMSデータに対してライブラリ検索による一次解析を行い、該一次解析による一次候補成分の既知MSデータと分析対象試料のMSデータを対比して(1)ベースピークのm/zが一致するか否かを判定する工程、(2)ベースピーク以外の他のピークについてm/zが一致するピークを抽出し、該他のピークの一致度を算出する工程、(3)工程(2)において抽出されたピークについてベースピークに対する相対強度を比較し、該相対強度の一致度を算出する工程、(4)工程(2)において抽出されたピークから選ばれる任意の2つのピークにおける相対強度の大小関係を比較し、該大小関係の一致度を算出する工程、を行い、(5)工程(1)〜工程(4)の結果に基づいて二次候補成分を選出する工程を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析法による分析によって得られるマススペクトルデータの解析方法に関するものであり、特に、マススペクトルデータのライブラリ検索によって選出される候補化合物群に対して更に絞り込み検索を行うマススペクトルデータの二次解析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
質量分析法は、未知化合物の定性分析に用いることができ、既知化合物のマススペクトルデータのライブラリ検索を行うことによって、前記未知化合物の同定が可能である。
前記ライブラリ検索の手法としては、Biemann法、PBM法、Peak法、あるいはこれらを組み合わせた方法などが用いられており、マススペクトルに現れているピーク本数、ピーク強度、特徴的なm/zのピークの有無などの様々な要素を考慮して、分析した前記未知化合物のマススペクトルデータとライブラリの既知化合物のマススペクトルデータとの一致率が算出され、前記一致率の高い既知化合物が候補化合物として順に選出される(例えば、特許文献1〜特許文献3を参照)。
【0003】
ここで、分析対象試料中の前記未知化合物の純度が高く、不純物に由来するピークが少ないマススペクトルが得られている場合には、前記ライブラリ検索による一致率が最も高い候補化合物が実際の化合物である可能性が高いが、前記分析対象試料に不純物が含まれている場合には、前記一致率が最も高い候補化合物ではなく、一致率の順位の低い候補化合物が実際の化合物である場合がある。
また、前記未知化合物が構造異性体を有する化合物である場合、構造異性体のマススペクトル同士は類似しているため、前記未知化合物の構造異性体が候補化合物として選出され得る。したがって、分析対象試料中の前記未知化合物の純度が高くても前記一致率だけでは同定できない場合がある。
【0004】
また、複数の化合物が混合した混合物試料(例えば、天然物由来の試料)中に含まれる化合物を同定したい場合には、前記混合物試料をガスクロマトグラフ(以下、GCと称する場合がある)や液体クロマトグラフ(以下、LCと称する場合がある)に供した後、GCまたはLCにより分離された各成分を質量分析に供するガスクロマトグラフ−質量分析(以下、GC/MSと称する場合がある)や液体クロマトグラフ−質量分析(以下、LC/MSと称する場合がある)が行われる。
【0005】
前記GC/MSまたはLC/MSを行う場合、GCまたはLCによって分離された成分は単一の化合物として分離されているとは限らない。すなわち、不純物を含む成分としてMSに供される場合がある。特に、天然物由来の試料は、複雑な構造、且つ多くの構造異性体を有する化合物が含まれている場合も多い。したがって、前記ライブラリ検索によって選出される候補化合物が多くなり、該候補化合物のうち前記一致率が高い候補化合物が実際の化合物ではない場合も多くなる。
【0006】
例えば、バイオマスをガス化したときに生成するタール中に含まれる化合物を同定するためGC/MSによる分析を行う場合、該タール中に含まれる化合物数は数百にも及び、また、バイオマス由来のタール中には炭素数の多い鎖状の化合物が多く含まれるため構造異性体の種類も多い。
このようなバイオマス由来のタール成分をGC/MSに供して得られたマススペクトルデータについてライブラリ検索を行うと、前記一致率の高い候補化合物が複数選出され(例えば20以上)、その一致率の順位が低い化合物(例えば10位以下の化合物)が実際の化合物である場合も少なくない。
【0007】
このような場合には、前記複数の候補化合物のスペクトル全てを実験者が目で見て確認し、前記複数の候補化合物の中から再同定を行っているのが現状であるので、その確認精度は実験者の経験に依るところが大きい上、前記タール中に含まれる数百の化合物すべてを再同定するには多大な労力を要する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−132946号公報
【特許文献2】特開2001−50945号公報
【特許文献3】特開平9−318599号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記問題を解決し、分析試料のマススペクトルデータをライブラリ検索することによって前記分析試料中に含まれる化合物の同定を行うにあたり、前記ライブラリ検索によって得られる複数の候補化合物に対して更に絞り込みを行い、簡便且つ短時間で精度の高い同定を行うことができるマススペクトルデータの二次解析方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明の第1の態様に係るマススペクトルデータの二次解析方法は、質量分析法により分析対象試料を分析して得たマススペクトルデータを既知物質のマススペクトルデータのライブラリと照合し、前記分析対象試料と前記既知物質のマススペクトルデータの一致率を算出する一次解析を行い、前記一致率が高い既知物質を前記分析対象試料の一次候補成分として選出して構成される一次候補成分群について更に絞り込みを行うマススペクトルデータの二次解析方法であって、前記一次候補成分群に含まれる一次候補成分の既知マススペクトルデータと、前記分析対象試料の実測マススペクトルデータを対比して、以下の(1)〜(4)の、(1)ベースピークのm/zが一致するか否かを判定する工程、(2)前記ベースピーク以外の他のピークについてm/zが一致するピークを抽出するとともに、該他のピークの一致度を算出する工程、(3)前記工程(2)において抽出されたピークについてベースピークに対する相対強度を比較し、該相対強度の一致度を算出する工程、(4)前記工程(2)において抽出されたピークから選ばれる任意の2つのピークにおける相対強度の大小関係を比較し、該大小関係の一致度を算出する工程、を行い、(5)前記工程(1)〜工程(4)によって判定または算出された結果に基づいて二次候補成分を選出する工程、を行うことを特徴とするものである。
【0011】
まず、前記既知マススペクトルデータCにおいて最大強度を示すピークであるベースピークBPと前記実測マススペクトルデータAのベースピークBPのm/zが一致するか否かを判定する[工程(1)]。ベースピークが一致するか否かは一致度として表し、例えば、ベースピークBPとベースピークBPのm/zが一致する場合は1、異なる場合は0として判定することができる。
【0012】
次に、前記既知マススペクトルデータCと前記実測マススペクトルデータAにおけるベースピーク以外の他のピークについて、m/zが一致するピークを抽出し、該他のピークの一致度を算出する[工程(2)]。例えば、前記既知マススペクトルデータCにおいて、実測マススペクトルデータAにおけるベースピーク以外の他のピークに一致するピークがない場合を0、実測マススペクトルデータAにおけるベースピーク以外の他のピークすべてに一致するピークを有する場合を1として、0〜1の範囲で一致度を算出する。
【0013】
次に、前記工程(2)において抽出されたピーク、すなわち、前記既知マススペクトルデータと前記実測マススペクトルデータに共通するピークについて、それぞれのベースピークに対する相対強度を比較し、該相対強度の一致度を算出する[工程(3)]。
工程(3)における相対強度の一致度も0〜1の範囲で算出することができる。
【0014】
続いて、前記工程(2)において抽出されたピークから選ばれる任意の2つのピークにおける相対強度の大小関係を比較し、該大小関係の一致度を算出する[工程(4)]。
【0015】
前記既知マススペクトルデータCと前記実測マススペクトルデータAを対比して、以上の工程(1)〜工程(4)を行い、該工程(1)〜工程(4)によって判定または算出された結果に基づいて二次候補成分を選出する[工程(5)]。
【0016】
前述したように、工程(1)におけるベースピークが一致するか否かの判定は一致度によって表すことが可能である。二次候補成分の選出は、例えば、工程(1)〜工程(4)によって得られる一致度に基づき、既知マススペクトルデータCと実測マススペクトルデータAとの総合的な一致率を算出して行うことができる。前記総合的な一致率の算出は、最適計算ソフト、予測計算ソフト等の公知のシミュレーションソフトを用いて実現することができる。
【0017】
本態様によれば、質量分析法により分析対象試料を分析して得たマススペクトルデータについてライブラリ検索による一次解析を行って得られた一次候補成分に対し、当該マススペクトルデータに現れている各ピークのm/z値、各ピークの強度、および各ピーク同士の強度の大小関係の一致度に基づく絞り込みを行う二次解析を行うことができる。
以って、前記一次解析を行って得られる一次候補成分に対して行う同定確認(再同定)を高精度で行うことができる。
【0018】
本発明の第2の態様に係るマススペクトルデータの二次解析方法は、第1の態様において、前記一次候補成分群から選ばれる複数の一次候補成分のスペクトルを任意の割合で足し合わせた合成マススペクトルデータを取得し、前記分析対象試料のマススペクトルデータと対比する前記既知マススペクトルデータとして前記合成マススペクトルデータを用い、前記工程(1)〜工程(5)を行うことを特徴とするものである。
【0019】
ここで、「複数」の一次候補成分とは、一次候補成分群から選ばれる2以上の一次候補成分であればよく、前記一次候補成分群に含まれるすべての一次候補成分を選択することも可能である。
本態様によれば、一次候補成分群から選ばれる複数の一次候補成分のスペクトルを任意の割合で足し合わせた合成マススペクトルデータと、分析対象試料を分析して得たマススペクトルデータとの対比を行い、前記分析対象試料が前記一次候補成分群から選ばれる複数の一次候補成分の混合物であると仮定した解析を行うことができる。
【0020】
本発明の第3の態様に係るマススペクトルデータの二次解析方法は、第1の態様または第2の態様に記載されたマススペクトルデータの二次解析方法において、前記工程(5)は、前記工程(1)〜工程(4)によって判定または算出された結果に基づいて、前記既知マススペクトルデータと前記実測マススペクトルデータの一致率を算出し、前記一致率が所定値以上である既知マススペクトルデータを用いて二次候補成分を選出するものであり、第1の態様に記載されたマススペクトルデータの二次解析方法を行い、前記工程(5)において前記一致率が所定値以上である既知マススペクトルデータがない場合に、第2の態様に記載されたマススペクトルデータの二次解析方法を行うことを特徴とするものである。
【0021】
本態様によれば、第1の態様のマススペクトルデータの二次解析方法の工程(5)において、前記分析対象試料は前記一次候補成分群のいずれの一次候補成分とも一致する可能性が低く、該一次候補成分群の中から二次候補成分を選出することができないと判断された場合に第2の態様に記載されたマススペクトルデータの二次解析方法を行うので、効率よくマススペクトルデータの二次解析を行うことができる。
【0022】
本発明の第4の態様に係るマススペクトルデータの二次解析方法は、第1の態様から第3の態様のいずれか一つにおいて、前記マススペクトルデータの対比は、所定範囲のm/z値のピークに対して行われることを特徴とするものである。
【0023】
本態様によれば、所定範囲のm/z値のピークに対してマススペクトルの対比を行うことにより、検索範囲が絞られるため解析時間を短縮することができる。
【0024】
本発明の第5の態様に係るマススペクトルデータの二次解析方法は、第1の態様から第4の態様のいずれか一つにおいて、前記マススペクトルデータの対比は、前記分析対象試料のマススペクトルにおける検出強度が所定値以上のピークに対して行われることを特徴とするものである。
【0025】
本態様によれば、分析対象試料Aのマススペクトルに現れた代表的なピークを用いて比較が行われるので、解析時間を短縮することができる。
【0026】
本発明の第6の態様に係るマススペクトルデータの二次解析方法は、第1の態様から第5の態様のいずれか一つにおいて、前記分析対象試料は、ガスクロマトグラフまたは液体クロマトグラフにより分離された成分であることを特徴とするものである。
【0027】
本態様によれば、ガスクロマトグラフ(GC)または液体クロマトグラフ(LC)によって分離された成分について質量分析を行う、GC/MS分析またはLC/MS分析によって得られたマススペクトルデータについて、第1の態様から第4の態様のいずれか一つのマススペクトルデータの二次解析方法を用いた解析を行うことができる。
【0028】
本発明の第7の態様に係るマススペクトルデータの二次解析システムは、質量分析法により分析対象試料を分析して得たマススペクトルデータを既知物質のマススペクトルデータのライブラリと照合し、前記分析対象試料と前記既知物質のマススペクトルデータの一致率を算出する一次解析を行い、前記一致率が高い既知物質を前記分析対象試料の一次候補成分として選出して構成される一次候補成分群について更に絞り込みを行うマススペクトルデータの二次解析システムであって、成分が既知である試料の既知マススペクトルデータと、前記分析対象試料のマススペクトルデータを対比して、ベースピークのm/zが一致するか否かを判定するベースピーク対比手段と、前記既知マススペクトルデータと、前記分析対象試料のマススペクトルデータを対比して、前記ベースピーク以外の他のピークについてm/zが一致するピークを抽出するとともに、該他のピークの一致度を算出するピーク対比手段と、前記ピーク対比手段において抽出されたピークについて、ベースピークに対する相対強度を比較し、該相対強度の一致度を算出する相対強度対比手段と、前記ピーク対比手段において抽出されたピークから選ばれる任意の2つのピークにおける相対強度の大小関係を比較し、該大小関係の一致度を算出する大小関係対比手段と、前記ベースピーク対比手段、ピーク対比手段、相対強度対比手段、および大小関係対比手段において判定または算出された結果に基づき、二次候補成分を選出する候補成分絞り込み手段と、前記候補成分絞り込み手段において選出された二次候補成分に関する情報を出力する出力手段と、を備えたことを特徴とするものである。
【0029】
本態様によれば、第1の態様と同様の作用効果を奏するマススペクトルデータの二次解析システムを実現することができる。
【0030】
本発明の第8の態様に係るマススペクトルデータの二次解析システムは、第7の態様において、前記一次候補成分群から選ばれる複数の一次候補成分のスペクトルを任意の割合で足し合わせた合成マススペクトルデータを得るスペクトル合成手段を備えたことを特徴とするものである。
【0031】
本態様によれば、第2の態様と同様の作用効果を奏するマススペクトルデータの二次解析システムを実現することができる。
【0032】
本発明の第9の態様に係るマススペクトルデータの二次解析システムは、第8の態様において、前記候補成分絞り込み手段は、前記ベースピーク対比手段、ピーク対比手段、相対強度対比手段、および大小関係対比手段において判定または算出された結果に基づいて、前記既知マススペクトルデータと前記実測マススペクトルデータの一致率を算出し、前記一致率が所定値以上である既知マススペクトルデータを用いて二次候補成分を選出する構成であることを特徴とするものである。
【0033】
本態様によれば、前記ベースピーク対比手段、ピーク対比手段、相対強度対比手段、および大小関係対比手段において判定または算出された結果に基づいて行う二次候補成分の選出を、簡便且つ効率的に行うことができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、分析対象試料のマススペクトルデータについてライブラリ検索による一次解析を行って得られた一次候補成分に対し、当該マススペクトルデータに現れている各ピークのm/z値、各ピークの強度、および各ピーク同士の強度の大小関係の一致度に基づく絞り込みを行う二次解析を行い、前記一次解析によって得られる一次候補成分に対して行う同定確認(再同定)を高精度で行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】実施例1に係るマススペクトルデータの二次解析方法を示すフローチャートである。
【図2】実施例1に係るマススペクトルデータの二次解析システムを説明する図である。
【図3】実施例2に係るマススペクトルデータの二次解析方法を示すフローチャートである。
【図4】実施例2に係るマススペクトルデータの二次解析システムを説明する図である。
【図5】実施例3に係るマススペクトルデータの二次解析方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、実施例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限られるものではない。
【0037】
[実施例1]
本実施例では、一次解析によって得られる一次候補成分の既知マススペクトルデータと実測マススペクトルデータとの対比を行う場合について説明する。
【0038】
本発明に係るマススペクトルデータの二次解析システムを用いて行うマススペクトルデータの二次解析方法は、質量分析法により分析対象試料を分析して得たマススペクトルデータを既知物質のマススペクトルデータのライブラリと照合し、前記分析対象試料と前記既知物質のマススペクトルデータの一致率を算出する一次解析を行い、該一次解析において算出される一致率が高い既知物質を前記分析対象試料の一次候補成分として選出して構成される一次候補成分群について更に絞り込みを行うものである。
【0039】
前記質量分析を行う質量分析装置は、分析試料の種類(予測される分子量や構造等)により選択することができる。例えば、天然物由来の分析試料を用いる場合には、四重極型、二重収束型等の質量分析装置が用いられる。また、質量分析装置における分子のイオン化方法としては、ライブラリ検索を行うことができる既知物質のマススペクトルデータが豊富な方法が好ましく、特にEI法が好ましい。
また、前記一次解析には、前記質量分析装置による分析結果のライブラリ検索を行う際に一般的に用いられるマススペクトル解析ソフトを用いることができる。
【0040】
図2は、実施例1に係るマススペクトルデータの二次解析システムを説明する図である。
本発明に係るマススペクトルデータの二次解析システム1は、ベースピーク対比手段2と、ピーク対比手段3と、相対強度対比手段4と、大小関係対比手段5と、候補成分絞り込み手段6と、出力手段7と、を備えている。前記各手段についての詳細な説明は、本発明に係るマススペクトルデータの二次解析方法についての説明と合わせて後述する。
【0041】
実施例1に係るマススペクトルデータの二次解析方法について、図1に示すフローチャートに従って説明する。
前記一次解析によって得られる一次候補成分群は、該一次解析において算出される一致率が高い既知物質が、その一致率の高い順に複数選ばれて構成されている。前記一次候補成分群に含まれる一次候補成分の既知マススペクトルデータCと、前記分析対象試料の実測マススペクトルデータAを対比して、以下に説明する(1)〜(4)の工程を行う。
【0042】
マススペクトルデータの二次解析システムの前記ベースピーク対比手段2には、前記既知マススペクトルデータCと、前記分析対象試料の実測マススペクトルデータAが送られ、工程(1)が行われる。工程(1)では、前記既知マススペクトルデータCのベースピークBPと前記実測マススペクトルデータAのベースピークBPのm/zが一致するか否かを判定する(ステップS1)。ベースピークが一致するか否かは一致度として表し、例えば、ベースピークBPとベースピークBPのm/zが一致する場合は1、異なる場合は0として判定することができる。
【0043】
前記ピーク対比手段3には、前記既知マススペクトルデータCと、前記分析対象試料の実測マススペクトルデータAが送られ、工程(2)が行われる。工程(2)では、前記既知マススペクトルデータCと前記実測マススペクトルデータAにおけるベースピーク以外の他のピークについて、m/zが一致するピークを抽出し、該他のピークの一致度を算出する(ステップS2)。例えば、前記既知マススペクトルデータCにおいて、実測マススペクトルデータAにおけるベースピーク以外の他のピークに一致するピークがない場合を0、実測マススペクトルデータAにおけるベースピーク以外の他のピークすべてに一致するピークを有する場合を1として、0〜1の範囲で一致度を算出する。
【0044】
次に、前記相対強度対比手段4において行う工程(3)について説明する。工程(3)では、前記工程(2)において抽出された一致ピーク、すなわち、前記既知マススペクトルデータと前記実測マススペクトルデータに共通するピークについて、それぞれのベースピークに対する相対強度を比較し、該相対強度の一致度を算出する(ステップS3)。相対強度対比手段4には、前記ピーク対比手段3において抽出された一致ピークのデータが送られるように構成されている。
【0045】
ここで、前記相対強度の一致度の算出方法について、より具体的に説明する。前記既知マススペクトルデータCと前記実測マススペクトルデータAにおけるベースピーク以外の共通ピークがn本ある場合について、既知マススペクトルデータCにおける前記共通ピークをピークP1〜ピークPnと表し、前記実測マススペクトルデータAにおける前記共通ピークをピークP1〜ピークPnと表す。
【0046】
前記既知マススペクトルデータCについては、前記ベースピークBPの検出強度を1として、前記ピークP1〜Pnの検出強度を相対的に数値化して相対強度S1〜相対強度Sn(nはピークPnのnに対応する)を算出する。前記実測マススペクトルデータAについては、前記ベースピークBPの検出強度を1として、前記ピークP1〜Pnの検出強度を相対的に数値化して相対強度S1〜相対強度Sn(nはピークPnのnに対応する)を算出する。
【0047】
前記既知マススペクトルデータCと前記実測マススペクトルデータAについて、対応する相対強度(例えば、相対強度S1と相対強度S1、相対強度Snと相対強度Sn)を対比することによって前記相対強度の一致度を算出することができる。
【0048】
続いて、前記大小関係対比手段5において行う工程(4)について説明する。工程(4)では、前記工程(2)において抽出されたピークから選ばれる任意の2つのピークにおける相対強度の大小関係を比較し、該大小関係の一致度を算出する(ステップS4)。大小関係対比手段5には、前記ピーク対比手段3において抽出された一致ピークの相対強度(既知マススペクトルデータCについての相対強度S1〜相対強度Snと実測マススペクトルデータAについての相対強度S1〜相対強度Sn)が前記相対強度対比手段4から送られるように構成されている。
【0049】
ここで、前記大小関係の一致度の算出方法について、より具体的に説明する。
前記既知マススペクトルデータCについて、前記ピークP1〜P1から選ばれる任意の2つのピークPxおよびピークPy(xおよびyは整数であり、1≦x≦n、1≦y≦n、x≠yを満たす)のすべての組み合わせについて網羅的に前記相対強度Sxと相対強度Syの大小関係を判断する。
また、前記実測マススペクトルデータAについて、前記ピークP1〜Pnから選ばれる任意の2つのピークPxおよびピークPy(xおよびyは既知マススペクトルデータCの場合と同様の意味である)のすべての組み合わせについて網羅的に前記相対強度Sxと相対強度Syの大小関係を判断する。
【0050】
前記既知マススペクトルデータCと前記実測マススペクトルデータAについて、対応する任意の2つのピークの相対強度の大小関係を対比する。例えば、S1<S2、且つS1<S2であれば一致、S1<S2、且つS1>S2であれば不一致と判断される。前記前記ピークP1〜Pnから選ばれる任意の2つのピークPxおよびピークPyのすべての組み合わせのうち、前記相対強度の大小関係が一致する組み合わせ数をカウントすることによって前記相対強度の一致度を算出することができる。
【0051】
続いて、前記既知マススペクトルデータCと前記実測マススペクトルデータAを対比して、以上の工程(1)〜工程(4)を行い、当該工程(1)〜工程(4)によって判定または算出された結果に基づき、前記候補成分絞り込み手段6において二次候補成分が選出される工程(5)が行われる(ステップS5)。前記候補成分絞り込み手段6には、前記ベースピーク対比手段2、ピーク対比手段3、相対強度対比手段4、および大小関係対比手段5によって得られる一致度のデータが送られるように構成されている。
前記候補成分絞り込み手段6において選出された二次候補成分に関する情報は、出力手段7によって出力される。
【0052】
前記工程(5)における二次候補成分の選出は、工程(1)〜工程(4)、すなわち、前記ベースピーク対比手段2、ピーク対比手段3、相対強度対比手段4、および大小関係対比手段5によって得られる一致度から、既知マススペクトルデータCと実測マススペクトルデータAとの総合的な一致率Rを算出することによって行うことが望ましい。前記一致率Rが所定値以上である既知マススペクトルデータを二次候補成分として選出することによって、より効率的な絞り込みを行うことができる。
前記総合的な一致率Rの算出は、最適計算ソフト、予測計算ソフト等の公知のシミュレーションソフトを用いて実現することができる。最適計算ソフト、予測計算ソフト等のシミュレーションソフトとしては、例えば、ESTECO社のmode FRONTIER(登録商標)等を用いることができる。
【0053】
尚、前記既知マススペクトルデータCと前記実測マススペクトルデータAの対比を、所定範囲のm/z値のピークに対して行うことによって、解析時間を短縮することができる。
また、前記マススペクトルデータの対比を、前記分析対象試料のマススペクトルにおける検出強度が所定値以上のピークに対して行うことによって、分析対象試料Aのマススペクトルに現れた代表的なピークを用いて対比を行い、解析時間を短縮することができる。
【0054】
本発明によれば、質量分析法により分析対象試料を分析して得たマススペクトルデータについてライブラリ検索による一次解析を行って得られた一次候補成分に対し、当該マススペクトルデータに現れている各ピークのm/z値、各ピークの強度、および各ピーク同士の強度の大小関係の一致度に基づく絞り込みを行う二次解析を行うことができる。
以って、前記一次解析を行って得られる一次候補成分に対して行う同定確認(再同定)を高精度で行うことができる。
【0055】
[実施例2]
次に、本実施例に係るマススペクトルデータの二次解析システムおよびマススペクトルデータの二次解析方法の他の例について説明する。図3は、実施例2に係る二次解析方法を示すフローチャートである。図4は、実施例2に係るマススペクトルデータの二次解析システムを説明する図である。本実施例に係るマススペクトルデータの二次解析システムは、実施例1に係るマススペクトルデータの二次解析システムに加え、更にスペクトル合成手段8を備えている。
【0056】
スペクトル合成手段8によって、前記一次候補成分群から選ばれる複数の一次候補成分のスペクトルを任意の割合で足し合わせた合成マススペクトルデータを作成することができる。すなわち、前記一次候補成分群から選ばれる複数の一次候補成分の混合物の予測マススペクトルデータを得ることができる。
【0057】
尚、前記「複数」の一次候補成分とは、前記一次候補成分群から2以上の一次候補成分であればよく、該一次候補成分群に含まれるすべての一次候補成分のスペクトルを任意の割合で足し合わせることもできる。しかし、質量分析における分析対象試料は通常精製操作が行われたものであり、例えば、GC/MSやLC/MSのように、GCあるいはLCの分離条件によっては分析対象試料が混合物になる可能性がある場合であっても、一分析対象試料中に含まれる成分は数成分であると考えられる。したがって、前記一次候補成分群から選ばれる複数の一次候補成分の数を例えば2〜5程度に限定することも可能である。
【0058】
本実施例では、スペクトル合成手段8によって前記合成マススペクトルデータを得る工程(ステップS11)を行い、該合成マススペクトルデータを、前記分析対象試料の実測マススペクトルデータAと対比する既知マススペクトルデータCとして用い、実施例1における前記工程(1)〜工程(5)を行う(ステップS12〜ステップS16)。このことによって、前記分析対象試料が前記一次候補成分群から選ばれる複数の一次候補成分の混合物であると仮定した解析を行うことができる。
【0059】
[実施例3]
次に、本実施例に係るマススペクトルデータの二次解析方法の更に他の例について説明する。図3は、本実施例に係るマススペクトルデータの二次解析方法を説明する図である。本実施例に係るマススペクトルデータの二次解析システムとしては、実施例2と同様のマススペクトルデータの二次解析システムを用いることができる。
【0060】
本実施例に係るマススペクトルデータの二次解析方法では、実施例1のように、一次解析によって得られる一次候補成分の既知マススペクトルデータと実測マススペクトルデータとの対比を行い(ステップS21〜ステップS25)、工程(5)、すなわち前記ステップS25において前記一致率Rが所定値以上である既知マススペクトルデータの有無の判定を行う(ステップS26)。前記一致率Rが所定値以上である既知マススペクトルデータがある場合には、該一致率Rが所定値以上である既知マススペクトルデータに相当する既知物質を二次候補成分として選出する。
【0061】
一方、前記一致率Rが所定値以上である既知マススペクトルデータがない場合には、前記実施例2において説明した前記スペクトル合成手段8による前記合成マススペクトルデータを得る工程(図3におけるステップS27)を行い、該合成マススペクトルデータと前記分析対象試料の実測マススペクトルデータAとの対比を行い(ステップS28〜ステップS31)、その結果に基づいて二次候補成分の選出を行う(ステップS32)。
【0062】
質量分析における分析対象試料としては、既述の通り精製・分離操作が行われて純度が高い試料が用いられる。したがって、分析対象試料は一次候補成分群に含まれる一次候補成分のいずれかが単一成分として含まれていると仮定した解析(例えば実施例1)を行い、これにより前記一次候補成分のいずれも分析対象試料と同定することができないと判断された場合に、前記分析対象試料が前記一次候補成分群から選ばれる複数の一次候補成分の混合物であると仮定した解析(例えば実施例2)を行うことにより、効率よくマススペクトルデータの二次解析を行うことができる。
【0063】
GC/MSやLC/MSでは、GCあるいはLCの分離条件によっては分析対象試料が混合物になる場合があるので有効である。特に、天然物由来の元試料をGCまたはLCによって分離する場合、当該元試料中には複雑な構造や構造異性体等の類似の構造を有する化合物が含まれているため、MSに供される分析対象試料が混合物になる可能性が高い。本発明によれば、このような試料に対しても簡便且つ短時間で精度の高い同定を行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、質量分析によって得られるマススペクトルを解析し、分析対象試料の同定を行う解析方法および解析システムとして利用できる。
【符号の説明】
【0065】
1 マススペクトルデータの二次解析システム、 2 ベースピーク対比手段、
3 ピーク対比手段、 4 相対強度対比手段、 5 大小関係対比手段、
6 候補成分絞り込み手段、 7 出力手段、 8 スペクトル合成手段、
10 マススペクトルデータの二次解析システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析法により分析対象試料を分析して得たマススペクトルデータを既知物質のマススペクトルデータのライブラリと照合し、前記分析対象試料と前記既知物質のマススペクトルデータの一致率を算出する一次解析を行い、前記一致率が高い既知物質を前記分析対象試料の一次候補成分として選出して構成される一次候補成分群について更に絞り込みを行うマススペクトルデータの二次解析方法であって、
前記一次候補成分群に含まれる一次候補成分の既知マススペクトルデータと、前記分析対象試料の実測マススペクトルデータを対比して、以下の(1)〜(4)の、
(1)ベースピークのm/zが一致するか否かを判定する工程、
(2)前記ベースピーク以外の他のピークについてm/zが一致するピークを抽出するとともに、該他のピークの一致度を算出する工程、
(3)前記工程(2)において抽出されたピークについてベースピークに対する相対強度を比較し、該相対強度の一致度を算出する工程、
(4)前記工程(2)において抽出されたピークから選ばれる任意の2つのピークにおける相対強度の大小関係を比較し、該大小関係の一致度を算出する工程、
を行い、
(5)前記工程(1)〜工程(4)によって判定または算出された結果に基づいて二次候補成分を選出する工程、
を行うことを特徴とするマススペクトルデータの二次解析方法。
【請求項2】
請求項1に記載されたマススペクトルデータの二次解析方法において、前記一次候補成分群から選ばれる複数の一次候補成分のスペクトルを任意の割合で足し合わせた合成マススペクトルデータを取得し、前記分析対象試料のマススペクトルデータと対比する前記既知マススペクトルデータとして前記合成マススペクトルデータを用い、前記工程(1)〜工程(5)を行うことを特徴とするマススペクトルデータの二次解析方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載されたマススペクトルデータの二次解析方法において、前記工程(5)は、前記工程(1)〜工程(4)によって判定または算出された結果に基づいて、前記既知マススペクトルデータと前記実測マススペクトルデータの一致率を算出し、前記一致率が所定値以上である既知マススペクトルデータを用いて二次候補成分を選出するものであり、
請求項1に記載されたマススペクトルデータの二次解析方法を行い、前記工程(5)において前記一致率が所定値以上である既知マススペクトルデータがない場合に、請求項2に記載されたマススペクトルデータの二次解析方法を行うことを特徴とするマススペクトルデータの二次解析方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載されたマススペクトルデータの二次解析方法において、前記マススペクトルデータの対比は、所定範囲のm/z値のピークに対して行われることを特徴とするマススペクトルデータの二次解析方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載されたマススペクトルデータの二次解析方法において、前記マススペクトルデータの対比は、前記分析対象試料のマススペクトルにおける検出強度が所定値以上のピークに対して行われることを特徴とするマススペクトルデータの二次解析方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載されたマススペクトルデータの二次解析方法において、前記分析対象試料は、ガスクロマトグラフまたは液体クロマトグラフにより分離された成分であることを特徴とするマススペクトルデータの二次解析方法。
【請求項7】
質量分析法により分析対象試料を分析して得たマススペクトルデータを既知物質のマススペクトルデータのライブラリと照合し、前記分析対象試料と前記既知物質のマススペクトルデータの一致率を算出する一次解析を行い、前記一致率が高い既知物質を前記分析対象試料の一次候補成分として選出して構成される一次候補成分群について更に絞り込みを行うマススペクトルデータの二次解析システムであって、
成分が既知である試料の既知マススペクトルデータと、前記分析対象試料の実測マススペクトルデータを対比して、ベースピークのm/zが一致するか否かを判定するベースピーク対比手段と、
前記既知マススペクトルデータと、前記実測マススペクトルデータを対比して、前記ベースピーク以外の他のピークについてm/zが一致するピークを抽出するとともに、該他のピークの一致度を算出するピーク対比手段と、
前記ピーク対比手段において抽出されたピークについて、ベースピークに対する相対強度を比較し、該相対強度の一致度を算出する相対強度対比手段と、
前記ピーク対比手段において抽出されたピークから選ばれる任意の2つのピークにおける相対強度の大小関係を比較し、該大小関係の一致度を算出する大小関係対比手段と、
前記ベースピーク対比手段、ピーク対比手段、相対強度対比手段、および大小関係対比手段において判定または算出された結果に基づき、二次候補成分を選出する候補成分絞り込み手段と、
前記候補成分絞り込み手段において選出された二次候補成分に関する情報を出力する出力手段と、
を備えたことを特徴とするマススペクトルデータの二次解析システム。
【請求項8】
請求項7に記載されたマススペクトルデータの二次解析システムにおいて、前記一次候補成分群から選ばれる複数の一次候補成分のスペクトルを任意の割合で足し合わせた合成マススペクトルデータを得るスペクトル合成手段を備えたことを特徴とするマススペクトルデータの二次解析システム。
【請求項9】
請求項8に記載されたマススペクトルデータの二次解析システムにおいて、前記候補成分絞り込み手段は、前記ベースピーク対比手段、ピーク対比手段、相対強度対比手段、および大小関係対比手段において判定または算出された結果に基づいて、前記既知マススペクトルデータと前記実測マススペクトルデータの一致率を算出し、前記一致率が所定値以上である既知マススペクトルデータを用いて二次候補成分を選出する構成であることを特徴とするマススペクトルデータの二次解析システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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