説明

マスタシリンダ

【課題】カップシールに突出部を形成する良好な面を損なうことなく、突出量が設定長より長い場合にも容易に組み立て得るマスタシリンダを構成する。
【解決手段】プライマリカップ20が、第1ピストン11の外周に摺接するインナーリップ部21と、これの外側のアウターリップ部22と、これらに接続するベース部23とで構成され、環状凹部Gの第2内壁面42に当接する複数の突出部24をプライマリカップ20に形成し、この突出部24と第2内壁面42との当接部に対向する位置の第1内壁面41とベース部23との間にクリアランス領域Cを形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダボディにおいてピストンが挿嵌される空間を取り囲む位置に環状凹部が形成され、ピストン内部の圧力室とピストン外部のリザーバとに連通する連通孔が前記ピストンに穿設され、前記ピストンに対して相対移動自在に外嵌する環状のカップシールを前記環状凹部に備え、このカップシールが、ブレーキ操作時におけるピストンの作動に伴い前記連通孔を閉塞する位置に備えられているマスタシリンダに関し、詳しくは、カップシールの改良に関する。
【背景技術】
【0002】
上記のように構成されたマスタシリンダの構成が特許文献1と特許文献2に示されている。特許文献1ではカップシールが、ピストンに摺接するインナーリップ部と、外周側に配置されるアウターリップ部と、これらを連結するベース部とを一体化して断面形状がコ字状に成形されている。
【0003】
特許文献1では、ピストンの外周に2つのテーパ面により断面形状が三角形となる円環状の凹部が形成され、この凹部に嵌まり込むようにカップシールのインナーリップの内周には2つのテーパ面が形成され、更に、カップシールのインナーリップの先端側には位置決め用の突起が形成されている。この構成から、カップシールを環状凹部に嵌め込んだ状態では、ピストンの前進時にピストンのテーパ面とインナーリップのテーパ面が圧接すると共に、突起が環状凹部の内面に当接して保持されるため、カップシールの変位が規制され無効ストロークが抑制される。
【0004】
また、特許文献2には、カップシールが、ピストンに摺接するインナーリップ部(文献では内周リップ)と、外周側に配置されるアウターリップ部(文献では外周リップ)と、これらを連結するベース部(文献では基部)とを一体化して断面形状がコ字状に成形されている。
【0005】
この特許文献2では、ベース部の外周側先端からシリンダ孔底部側に複数の弾性突片が一定間隔で周方向に突設され、環状凹部(文献ではシール溝)に嵌め込んだ状態では、弾性突片が環状凹部の内面に撓んだ状態で当接するように、この弾性突片の突出長が設定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009‐56922号公報
【特許文献2】特開2009‐61849号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1、特許文献2に示されるように突起や弾性突片を形成したカップシールは、突起や弾性突片が環状凹部の内壁に当接してカップシールの変位が規制されるため、ピストンの作動時にはカップシールの変位を規制して無効ストロークの抑制を実現する。
【0008】
しかしながら、カップシールに突起や弾性突片を形成する構成は、無効ストロークを抑制する点で有効である反面、突起や弾性突片の突出量に精度が要求される。特に、突出量が所定長(設計された長さ)より長い場合には、環状凹部にカップシールを挿入し難くなり、マスタシリンダの組み立てに支障をきたす場合がある。また、このようなカップシールに突起や弾性突片を形成する構成では、マスタシリンダの組み立てに支障をきたすことに加え、ピストンの揺動などの外乱に対するカップシールの追従性が悪化し、当該カップシールにおいてシール不良が発生する場合もある。
【0009】
本発明の目的は、カップシールに突出部を形成する良好な面を損なうことなく、突出量が設定長より長い場合にも容易に組み立て得るとともに、ピストンの揺動などの外乱に対してシール性を向上させることができるマスタシリンダを合理的に構成する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の特徴は、シリンダボディにおいてピストンが挿嵌される空間を取り囲む位置に環状凹部が形成され、ピストン内部の圧力室とピストン外部のリザーバとに連通する連通孔が前記ピストンに穿設され、前記ピストンに対して相対移動自在に外嵌する環状のカップシールを前記環状凹部に備え、このカップシールが、ブレーキ操作時におけるピストンの作動に伴い前記連通孔を閉塞する位置に備えられているマスタシリンダであって、
前記環状凹部が、ブレーキ操作時に前記マスタシリンダが作動する方向の上流側の第1内壁面とこれに対向する第2内壁面とを備えており、前記カップシールが、前記ピストンに摺接するインナーリップ部と、前記環状凹部の外周側に配置されるアウターリップ部と、前記第1内壁面に沿って配置されるベース部とを一体化して構成されると共に、その突出端が前記第2内壁面に当接する突出部が前記カップシールの周方向の複数箇所に形成され、前記突出部を前記第2内壁面に当接させ、前記ベース部の一部を当接領域として前記第1内壁面に当接させた状態で、前記突出部と前記第2内壁面との当接位置と向かい合う位置の前記第1内壁面と前記ベース部との間にクリアランス領域が形成される形態で前記カップシールが前記環状凹部に備えられている点にある。
【0011】
この構成によると、カップシールを環状凹部に挿入した状態では、ベース部の一部が第1内壁面に当接する状態で、突出部が第2内壁面に当接することで、ピストンが作動する場合にも環状凹部の内部でカップシールが変位することがなく無効ストロークの発生が抑制される。また、例えば、突出部の突出量が設定長より長いカップシールを環状凹部に嵌め込む場合には、突出部が第2内壁面に当接し、この当接による押圧力によりベース部が第1内壁面の方向に変位することになる。しかし、この変位方向がクリアランス領域に向かうため、ベース部がクリアランス領域の方向へ変位しても、クリアランス領域が変位を吸収することになり、突出部に対応するベース部が第1内壁面に接触する不都合を解消する。これにより、突出部の突出量が設計された長さより長いものであってもカップシールを環状凹部に容易に嵌め込むことが可能となる。
その結果、カップシールに突出部を形成する良好な面を損なうことなく、突出量が設定長より長い場合にも容易に組み立て得るマスタシリンダが構成された。
【0012】
本発明は、前記クリアランス領域として、前記突出部と前記第2内壁面との当接位置に対向する前記第1内壁面から離間する凹状部が前記ベース部に形成され、前記当接領域として前記ベース部のうち前記凹状部と異なる位置が前記ベース部に形成されても良い。
【0013】
これによると、カップシールのベース部の形状の設定により、突出部と第2内壁面とを当接させ、ベース部のうち突出部に対応する領域以外の当接領域を第1内壁面に当接させる状態で、ベース部と第1内壁面との間にクリアランス領域を作り出すことが可能となる。
【0014】
本発明は、前記ベース部の内周側に位置する内周部が前記当接領域として前記第1内壁面に当接し、前記クリアランス領域が、前記内周部より前記ベース部の外周側で前記ベース部と前記第1内壁面との間に形成されても良い。
【0015】
これによると、カップシールの形状の設定のみにより、又は、カップ形状の設定と第1内壁面の形状の設定によりベース部の一部当接領域を第1内壁面に当接させると共に、この当接部より外周側にクリアランス領域を形成することが可能となる。また、ベース部の内周側に当接部を形成しているためインナーリップ部が第1内壁面に近接する位置まで形成される構成となり、ブレーキ操作時にはピストンの連通孔をインナーリップ部が迅速に閉塞して無効ストロークの低減が実現する。
【0016】
本発明は、前記第1内壁面が、前記ピストンに近い部位ほど前記第2内壁面から離間する傾斜面を備えて形成されると共に、前記ベース部の外周側に位置する外周部を前記当接領域として前記第1内壁面に当接させることにより、前記クリアランス領域が、前記外周部より前記ベース部の内周側で前記第1内壁面との間に形成されても良い。
【0017】
これによると、環状凹部の第1内壁面の形状の設定により、ベース側の外周部を第1当接領域として第1内壁面に当接させた状態で、この第1当接領域より内周部をクリアランス領域に設定することが可能となる。この構成では、ベース部の内周側と第1内壁面との間に僅かな隙間を形成することも可能となり、ブレーキ操作の後にピストンが復帰する際には、この隙間から第1内壁面とベース部との間にオイルを導くことも容易に行え、ブレーキペダルの戻り性を良好なものにする。
【0018】
本発明は、前記突出部が、前記インナーリップ部において前記アウターリップ部に対向する面に膨出形成された膨出部として形成されても良い。
【0019】
これによると、突出部をインナーリップ部に形成された膨出部として一体的に形成することにより、インナーリップ部の剛性を高めることになり、ピストンの作動時にピストンからの摩擦力がインナーリップ部を捲る方向に作用する場合でも、突出部がインナーリップ部の変形を抑制してシール性を低下させることもない。また、インナーリップ部とアウターリップ部との間の空間を有効に利用して突出部を形成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】マスタシリンダの断面図である。
【図2】環状凹部とプライマリカップとの断面図である。
【図3】プライマリカップの斜視図である。
【図4】別実施形態(a)の環状凹部とプライマリカップとの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
〔全体構成〕
図1に示すように、本発明に係るタンデム型のマスタシリンダは、例えば、シリンダボディ10に形成されたシリンダ状空間に第1ピストン11と、第2ピストン12とをスライド移動自在に内嵌し、これら第1ピストン11と第2ピストン12とを非操作位置に復帰させる第1リターンスプリング13と第2リターンスプリング14とを備えている。第1ピストン11からの圧力が作用する第1圧力室S1とリザーバ(図示せず)との間にはオイル流路15が形成してある。第2ピストン12からの圧力が作用する第2圧力室S2とリザーバとの間にオイル流路15を形成し、第1ピストン11と第2ピストン12とに外装されるゴム製のプライマリカップ20(カップシールの一例)を備えている。第1ピストン11にはゴム製のセカンダリカップ30を備え、第2ピストン12にはゴム製のプレッシャカップ31を備えている。
【0022】
このマスタシリンダは、ブレーキペダル(図示せず)が非操作状態にある場合に第1ピストン11と第2ピストン12とが図1に示す位置に維持され、第1圧力室S1と第2圧力室S2とはオイル流路15に連通する。ブレーキペダルが踏み込み操作された場合には、第1ピストン11と第2ピストン12とが第1リターンスプリング13と第2リターンスプリング14との付勢力に抗してこれらを圧縮する方向(同図では左側)に作動し、第1圧力室S1と第2圧力室S2との圧力を上昇させ、ブレーキ装置にオイルの圧力を作用させる。図面には示していないが、シリンダボディ10には、第1圧力室S1と第2圧力室S2との圧力上昇時に加圧されたオイルをブレーキ装置に供給する出力ポートが独立に形成されている。
【0023】
このタンデム型のマスタシリンダは、シリンダ状空間の内部において第1ピストン11と同軸芯上に第2ピストン12を配置しており、第1ピストン11の一部がシリンダボディ10の外部に露出して備えられている。この露出部分に対してブレーキペダルの操作力を伝えるブースター等が連結される。第1圧力室S1は、シリンダ状空間の内部で第1ピストン11と第2ピストン12との間に形成され、この第1圧力室S1の内部で第1ピストンと第2ピストンとに挟まれる位置に前述した第1リターンスプリング13を備えている。また、シリンダ状空間の内部で第2ピストンとシリンダボディ10との間に第2圧力室S2が形成され、この第2圧力室S2の内部で前述した第2ピストン12に付勢力を作用させる位置に第2リターンスプリング14を備えている。
【0024】
第1ピストン11には第1圧力室S1を内包する筒状部が構成され、この筒状部の周方向の複数箇所に径方向に貫通する複数の第1連通孔11Aが形成されている。これと同様に第2ピストン12には第2圧力室S2を内包する筒状部が構成され、この筒状部の周方向の複数箇所に径方向に貫通する複数の第2連通孔12Aが形成されている。
【0025】
シリンダ状空間を取り囲む位置で、第1連通孔11Aと第2連通孔12Aの近傍位置には環状凹部Gが形成され、この環状凹部Gに前述したプライマリカップ20が嵌め込まれている。また、シリンダ状空間を取り囲む位置でシリンダ状空間の端部近くと、第2ピストン12を収容するシリンダ状空間を取り囲む位置でオイル流路15より第1ピストン側とに環状となるシール溝Hが形成され、このシール溝Hの一方にセカンダリカップ30が嵌め込まれ、他方にプレッシャカップ31が嵌め込まれている。
【0026】
セカンダリカップ30は、オイルのシリンダボディ外への漏出を阻止すると共に、外気の侵入を阻止する。プレッシャカップ31は、第1圧力室S1と第2圧力室S2との間でのオイルの漏れ阻止する。
【0027】
図2に示すように、環状凹部Gは、ブレーキ操作時にマスタシリンダが作動する方向の上流側の第1内壁面41と、これに対向する第2内壁面42と、外周側の第3内壁面43とを備えて矩形の断面形状に形成されている。第1内壁面41と第2内壁面42とはシリンダ状空間の軸芯に直交する平坦な面として形成され、第3内壁面43は軸芯を中心とする円周上に形成されている。また、シリンダ状空間のうち第1圧力室S1と環状凹部Gとを連通させる連通溝44が形成され、シリンダ状空間のうち第1内壁面41とオイル流路15との間には連通流路45が溝状に形成されている。特に、ブレーキペダル(図示せず)が非操作状態にある場合には、第1圧力室S1が、第1連通孔11Aと連通流路45とを介してオイル流路15に連通し、これと同様に第2圧力室S2が第2連通孔12Aと連通流路45とを介してオイル流路15に連通する。
【0028】
第1ピストン11のプライマリカップ20は、マスタシリンダが非操作状態にある場合に、第1連通孔11Aと連通流路45とを介して第1圧力室S1がオイル流路15に連通する状態を作り出し、これと同様に、第2連通孔12Aと連通流路45とを介して第2圧力室S2がオイル流路15に連通する状態を作り出す。そして、ブレーキ操作時には図2に示す如く、第1ピストン11の作動に伴いプライマリカップ20が第1連通孔11Aを閉塞する。これと同様に、第2ピストン12の作動に伴いプライマリカップ20が第2連通孔12Aを閉塞する。
【0029】
第1ピストン11のプライマリカップ20と、第2ピストン12に備えられるプライマリカップ20とは同じ構成を有し機能も同じであるため、以下に、第1ピストン11に備えられるプライマリカップ20の構成の詳細について説明する。
【0030】
〔プライマリカップ〕
図2及び図3に示すように、プライマリカップ20は、柔軟に変形し得るゴム材で構成され、第1ピストン11の外周に摺接するインナーリップ部21と、環状凹部Gの第3内壁面43(外周側)に配置されるアウターリップ部22と、第1内壁面41に沿って配置されるベース部23とを一体化して断面形状が「コ」字状に形成されている。
【0031】
また、このプライマリカップ20は、環状凹部Gに嵌め込んだ状態において、その突出端が第2内壁面42に当接する突出部24をプライマリカップ20の周方向の複数箇所(5箇所)に形成しており、この突出部24を第2内壁面42に当接させ、ベース部23の外周側と内周側との2箇所の当接領域23Aを第1内壁面41に当接させた状態で、突出部24と第2内壁面42との当接位置と向かい合う位置の第1内壁面41とベース部23との間にクリアランス領域Cが形成されている。
【0032】
つまり、突出部24を第2内壁面42に当接させた位置を通過する仮想直線のうち、シリンダ状空間の軸芯と平行するものを想定すると、この仮想直線と第1内壁面41とが交わる位置を含む領域にクリアランス領域Cが形成される。尚、突出部24の数と同数の凹状部23Bをクリアランス領域Cとしてベース部23に形成しても良いが、図2に示す構成では、ベース部23の外周側と内周側とに形成される2箇所の当接領域23Aの中間に位置する凹状部23Bがシリンダ状空間の軸芯を中心とするリング状に形成される。当然のことながら、2箇所の当接領域23Aは、凹状部23Bと異なる位置に形成される。
【0033】
このクリアランス領域Cは、環状凹部Gにプライマリカップ20を嵌め込む際に、例えば、製造誤差により突出部24の突出量が設定長(設計された長さ)より長いものであっても嵌め込みを容易に行えるようにする。具体的には、突出部24の突出量が設定長より長いプライマリカップ20を環状凹部Gに嵌め込む際には、突出部24が第2内壁面42に当接し、この当接による押圧力によりベース部23が第1内壁面41の方向に変位する。しかしながら、本発明のプライマリカップ20では、この変位がクリアランス領域Cに向かうため、この変位がクリアランス領域Cによって吸収され、ベース部23が第1内壁面41に突出する不都合を抑制し、このベース部23が第1内壁面41に接触する不都合を抑制し、嵌め込みを容易に行えるようにしているのである。
【0034】
突出部24は、インナーリップ部21においてアウターリップ部22に対向する面に膨出形成された膨出部として、このインナーリップ部21と一体的に形成されている。尚、突出部24は、インナーリップ部21と分離する形態でベース部23から立設する構成であっても良い。
【0035】
インナーリップ部21は、第1ピストン11の外周に対して相対移動自在に密嵌合する内径を有し、ベース部23から反対側の延出端部(第2内壁面側の端部、図2では左側の端部)までの延出寸法が、環状凹部Gの第1内壁面41と第2内壁面42との間の距離より少し短い寸法に設定されることで、延出端部が第2内壁面42から少し離間する。
【0036】
アウターリップ部22は、ベース部23から反対側の延出端部(第2内壁面側の端部、図2では左側の端部)までの延出寸法が、インナーリップ部21の延出端寸法より短い値であり、これにより延出端部は第2内壁面42から大きく離間する。また、このアウターリップ部22の延出端部側の端部近くを第3内壁面43に接触させており、この接触位置から延出端部側の領域と、この接触端部位置からベース部23の方向の領域とは第3内壁面43から離間させている。
【0037】
〔第1ピストンの作動〕
このような構成から、ブレーキペダルが踏み込み操作された場合には、第1ピストン11が同図において左側に移動する。この移動に伴いプライマリカップ20のインナーリップ部21が第1連通孔11Aを閉塞するため第1圧力室S1の内圧を上昇させ、この圧力を出力ポートからブレーキ装置に作用させる。
【0038】
このように第1ピストン11が図1、図2において左側に移動する場合には、第1ピストン11からインナーリップ部21との間に作用する摩擦力によりプライマリカップ20が全体に移動力が作用することになるが、ベース部23の当接領域23Aが第1内壁面41に当接しているため、プライマリカップ20の移動が少なく第1連通孔11Aを迅速に閉塞する。
【0039】
このように第1連通孔11Aが閉塞状態に達し、第1圧力室S1の圧力が上昇することにより、この第1圧力室S1からの圧力が連通溝44から環状凹部Gに作用する。この圧力は、インナーリップ部21の延出端部からインナーリップ部21とアウターリップ部22との間の空間に作用し、ベース部23を第1内壁面41に押し付けると共に、インナーリップ部21を第1ピストン11の外周面に押し付け、アウターリップ部22を第3内壁面43に押し付けることになる。この結果、第1圧力室S1からオイル流路15へのオイルの流れを阻止して良好なシール性を維持し、結果として、無効ストロークを生ずることのないブレーキ操作を実現する。
【0040】
この後にブレーキ操作を解除した場合には、第1リターンスプリング13と第2リターンスプリング14との付勢力によって第1ピストン11が非操作方向の作動することになり、この作動時にはブレーキ装置からのオイルが第1圧力室S1に戻ると同時に、第1圧力室S1とオイル流路15との間のオイルの差圧力が連通流路45から環状凹部Gに作用する。このように連通流路45から圧力が作用することによりベース部23と第1内壁面41との間にオイルの流動が可能な隙間が形成され、更に、この隙間からのオイルの圧力でアウターリップ部22と第3内壁面43との間にオイルの流動が可能な隙間が形成され、これら隙間から流れ込んだオイルは、インナーリップ部21の延出端部と第2内壁面42との間から連通溝44に流れることで、第1ピストン11の戻り作動を促進する。
【0041】
〔別実施形態〕
以下に別実施形態を説明する。この別実施形態では、上記実施の形態と同じ機能を有するものには、上記実施の形態と共通の番号、符号を付している。
【0042】
(a)図4に示すように、第1内壁面41を、第1ピストン11に近い部位ほど第2内壁面42から離間する傾斜面に形成すると共に、ベース部23の外周側に位置する外周部を当接領域23Aとして第1内壁面41に当接させることにより、クリアランス領域Cが、外周部よりベース部23の内周側で第1内壁面41との間に形成されている。同図では、第1内壁面41の一部だけを傾斜面に形成しているが、この第1内壁面41の全面をテーパ状の傾斜面として形成しても良い。また、ベース部23はシリンダ状空間の軸芯に直交する姿勢に成形されるものでも良いが、同図に示すものではベース部23の外周側が僅かに第1内壁面41と平行姿勢に沿う傾斜面に形成されている。
【0043】
このように構成することにより、プライマリカップ20のベース部23に凹状部23Bを形成しなくとも、ベース部23の外周側の当接領域23Aを第1内壁面41に当接させた状態で、突出部24と第2内壁面42との当接位置と向かい合う位置の第1内壁面41とベース部23との間にクリアランス領域Cを形成できる。
【0044】
(b)前述した(a)の構成に類似するものであるが、第1内壁面41を、シリンダ状空間の軸芯に直交する平坦な面として形成すると共に、ベース部23の外周部を当接領域23Aとして第1内壁面41に当接させ、このベース部23の内周側を第1内壁面41から離間させるように、このベース部23の内周側ほど第2内壁面42の方向に接近する傾斜面に形成する。これによりクリアランス領域Cが、外周部よりベース部23の内周側で第1内壁面41との間に形成される。
【0045】
(c)第1内壁面41を、シリンダ状空間の軸芯に直交する平坦な面として形成すると共に、ベース部23の内周部を当接領域23Aとして第1内壁面41に当接させ、このベース部23の外周側を第1内壁面41から離間させるように、このベース部23の外周側ほど第2内壁面42の方向に接近する傾斜面に形成することにより、クリアランス領域Cが、外周部よりベース部23の内周側で第1内壁面41との間に形成する。この構成は上記(b)の構成と当接領域23Aの位置が内外方向で逆になるものであるが、上記(b)の構成と同様のクリアランス領域Cが形成される。
【0046】
〔実施形態・別実施形態の作用・効果〕
このように、本発明のマスタシリンダでは、プライマリカップ20(カップシール)を環状凹部Gに挿入した状態では、ベース部23の一部が第1内壁面41に当接する状態で、突出部24が第2内壁面42に当接する。これにより、ピストンが作動する場合にも環状凹部Gの内部でプライマリカップ20の変位が抑制される。これにより無効ストロークの発生が抑制される。
【0047】
また、クリアランス領域Cを形成することにより、製造誤差により突出部24の突出量が設定長(設計された長さ)より長いものであっても嵌め込みを容易に行えるようにしている。具体的には、突出部24の突出量が設定長より長いプライマリカップ20を環状凹部Gに嵌め込む際には、突出部24が第2内壁面42に当接し、この当接による押圧力によりベース部23が第1内壁面41の方向に変位するが、本発明のプライマリカップ20では、この変位がクリアランス領域Cに向かうため、この変位がクリアランス領域Cによって吸収され、ベース部23が第1内壁面41に突出する不都合を抑制し、このベース部23が第1内壁面41に接触する不都合を抑制し、突出部24やベース部23を無理に変形させることなく嵌め込みを容易に行えるようにしているのである。
【0048】
更に、突出部24をインナーリップ部21に形成された膨出部としてインナーリップ部21と一体的に形成することにより、インナーリップ部21の剛性を高めることになり、例えば、第1ピストン11の作動時に第1ピストン11からの摩擦力がインナーリップ部21を捲る方向に作用する場合でも、突出部24がインナーリップ部21の変形を抑制してシール性を低下させることもない。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、ピストンの作動時に圧力室からリザーバに流れるオイルをカップシールで阻止する構成のマスタシリンダに利用することができる。
【符号の説明】
【0050】
10 シリンダボディ
11、12 ピストン(第1ピストン、第2ピストン)
11A、12A 連通孔(第1連通孔、第2連通孔)
20 カップシール
21 インナーリップ部
22 アウターリップ部
23 ベース部
23A 当接領域
23B 凹状部
41 第1内壁面
42 第2内壁面
C クリアランス領域
G 環状凹部
S1、S2 圧力室(第1圧力室、第2圧力室)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダボディにおいてピストンが挿嵌される空間を取り囲む位置に環状凹部が形成され、ピストン内部の圧力室とピストン外部のリザーバとに連通する連通孔が前記ピストンに穿設され、前記ピストンに対して相対移動自在に外嵌する環状のカップシールを前記環状凹部に備え、このカップシールが、ブレーキ操作時におけるピストンの作動に伴い前記連通孔を閉塞する位置に備えられているマスタシリンダであって、
前記環状凹部が、ブレーキ操作時に前記マスタシリンダが作動する方向の上流側の第1内壁面とこれに対向する第2内壁面とを備えており、
前記カップシールが、前記ピストンに摺接するインナーリップ部と、前記環状凹部の外周側に配置されるアウターリップ部と、前記第1内壁面に沿って配置されるベース部とを一体化して構成されると共に、その突出端が前記第2内壁面に当接する突出部が前記カップシールの周方向の複数箇所に形成され、
前記突出部を前記第2内壁面に当接させ、前記ベース部の一部を当接領域として前記第1内壁面に当接させた状態で、前記突出部と前記第2内壁面との当接位置と向かい合う位置の前記第1内壁面と前記ベース部との間にクリアランス領域が形成される形態で前記カップシールが前記環状凹部に備えられているマスタシリンダ。
【請求項2】
前記クリアランス領域として、前記突出部と前記第2内壁面との当接位置に対向する前記第1内壁面から離間する凹状部が前記ベース部に形成され、前記当接領域として前記ベース部のうち前記凹状部と異なる位置が前記ベース部に形成されている請求項1記載のマスタシリンダ。
【請求項3】
前記ベース部の内周側に位置する内周部が前記当接領域として前記第1内壁面に当接し、前記クリアランス領域が、前記内周部より前記ベース部の外周側で前記ベース部と前記第1内壁面との間に形成されている請求項1記載のマスタシリンダ。
【請求項4】
前記第1内壁面が、前記ピストンに近い部位ほど前記第2内壁面から離間する傾斜面を備えて形成されると共に、前記ベース部の外周側に位置する外周部を前記当接領域として前記第1内壁面に当接させることにより、前記クリアランス領域が、前記外周部より前記ベース部の内周側で前記第1内壁面との間に形成されている請求項1記載のマスタシリンダ。
【請求項5】
前記突出部が、前記インナーリップ部において前記アウターリップ部に対向する面に膨出形成された膨出部として形成されている請求項1〜4のいずれか一項に記載のマスタシリンダ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−210905(P2012−210905A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−78554(P2011−78554)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】