説明

マスタスレーブシステム及びその制御方法

【課題】比較的小出力のマスタロボットを操作者が操ることによって、少なくとも電気的に接続された比較的大出力のスレーブロボットを操縦するマスタスレーブシステムにおいて、操作者に、まるでスレーブロボットを直接持っているかのような直感的な操縦を可能とせしめ、なおかつスレーブロボット側に力センサを必要としないマスタスレーブシステムの提供。
【解決手段】バイラテラル制御されるマスタスレーブシステムであって、マスタロボットをアドミッタンス型の力覚提示装置とし、マスタロボットの変位を検出するマスタ変位センサと、スレーブロボットの変位を検出するスレーブ変位センサと、マスタロボットを駆動するマスタアクチュエータと、スレーブロボットを駆動するスレーブアクチュエータと、操作者がマスタロボットに加える操作力を検出する操作力センサと、からなるものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマスタスレーブシステム及びその制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
いわゆるマスタスレーブシステムは、マスタロボットとスレーブロボットとが機械式に結合し、連動する機械式のものを発端に、現在に至っている。
図7に、一例となる機械式マスタスレーブシステム20を示す。このシステムでは、操作者UとマスタロボットM、そしてマスタロボットMと相互接続されたスレーブロボットSとは機械的に結合し、連動している。図7において、MCはマスタロボットMとスレーブロボットSとの機械的接続を、EはスレーブロボットSの作業端が置かれた環境を、GはマスタロボットMの操作端となるグリップを表している。
このように機械的に結合する場合、操作者Uがダイレクトな操作感を得られるという長所もあるが、操作者UとマスタロボットM、そしてスレーブロボットSとの幾何学的拘束から機構設計の自由が制限されると共に、異常時における安全確保に難があるといった短所も存在する。
【0003】
そこで、そのような機械的に結合した機械式マスタスレーブシステム20の有用性は依然認めつつも、現在においては、マスタロボットMとスレーブロボットSとが電気的に相互接続されており、操作者U側の入力インターフェースとロボット側の出力インターフェースが機械的には分離している電気式のものが主流となっている。
【0004】
一般的に、電気式とすれば、ソフトウェア的或いは電気的手段によって融通が利き、柔軟に機構設計できるほか、例えば、大出力のアクチュエータの可動範囲に操作者を入れないような、安全を確保しやすいシステムを構築することができる。
このような特長をもつ電気式マスタスレーブシステムは、遠隔操作を主なアプリケーションとして発展した歴史から、これまでは、位置若しくは力の再現性、機構透明性、或いは通信時間遅れへの対処等を主眼として研究がなされてきた(下記非特許文献3〜6参照)。
【0005】
しかし、図6のようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムを考えると、その視点は変化する。以下にその一端を列挙する。
図6は、上肢パワー増幅マスタスレーブシステムの概念図である。この上肢パワー増幅マスタスレーブシステム1’は、マスタロボットMとスレーブロボットSとからなっている。各ロボットアームM,Sは、一端側にそれぞれ操作端となるグリップGと作業端dを有していると共に、他端側が体幹Bの異なる位置に備えられている。また、各ロボットアームM,Sは2本のリンクを有していると共に、グリップG或いは作業端dに接続される一端側、体幹Bに接続される他端側、そしてリンク同士の接続部分に関節を有している。電気式マスタスレーブシステムの場合では、これらの関節或いはグリップGには、適用される制御法にもよるが、必要に応じて変位センサPm1〜3及びPs1〜3、アクチュエータAs1〜3、さらにはAm1〜3、そして、作業力センサFs或いは操作力センサFmが備えられる。適用されるべき制御法についてはこれから順を追って説明する。
なおここで、操作者UとマスタロボットM、そしてマスタロボットMと相互接続されるスレーブロボットSとが機械的に結合し、連動しているいわゆる機械式のものについては、制御系が正常に稼働している限り、高増幅率の人間パワー増幅が可能であることが既に示されている(下記非特許文献1〜2参照)。
【0006】
i)はじめに、図6のようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムにおいては、マスタスレーブそれぞれの末端は機械的に分離していても体幹は同一の機械システム上にあることを前提とするため、通信時間遅れはないと考えてよい。
【0007】
ii)また、図6のようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムにおいては、操作者Uとロボットの相乗効果のためには操作者Uの身体スキルをパワー増幅した上でロボットの動特性すなわちダイナミクスに投射することが求められる(下記非特許文献2参照)。これは、次に説明するこれまでの電気式マスタスレーブシステムが追求してきたダイナミクスを「消す」機構透明性という考え方が、図6のようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムにおいてはむしろ馴染まないことを示唆する。
【0008】
iii)さらに、図6のような上肢パワー増幅マスタスレーブシステム1’においては、スレーブロボットS側に比較的大出力のアクチュエータAs1〜3が配置される。実装上、スレーブロボットS側はこの大出力に耐えられるハードウェアでなければならない。
しかし、一般に多軸力センサは繊細かつ高価である。例えば、下記非特許文献7ではバックホウの出力に耐えられる6軸力センサが存在しないことが指摘されている。
このように、図6のようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムにおいては、多軸力センサをスレーブロボットS側に備えるようなハードウェア構成は望ましくない。
【0009】
iv)最後に、例えば図6のような上肢パワー増幅マスタスレーブシステム1’においては、マスタロボットMは人間の可動範囲のスケールを持つが、スレーブロボットSは大出力に相応しい、比較的大型のスケールであることが予想される。
マスタ、スレーブが同構造か異構造かにかかわらず、減速比やスケール効果によるマスタ、スレーブ間のダイナミクスの相違が必ずしも無視できないことを認識しておかなければならない。
【0010】
[基本的なバイラテラル制御]
では、上に示したi)〜iv)の視点を踏まえ、現在、電気式マスタスレーブシステムの代表として認識されている基本的なバイラテラル制御を列挙し、対比を通じて利害得失を説明する。以下、(a)対称型、(b)力逆送型、そして(c)力帰還型の3例について順次説明する。
なお、電気式マスタスレーブシステムとして、図8に例示されるようなユニラテラル制御30を適用したものも挙げることは可能ではあるが、これはバイラテラル制御に対して、図8に示すようにマスタM側に制御系を置かず単にマスタM側からの目標値をスレーブSの軌道制御を行う軌道制御手段PCsに送るだけのものであり、例えスレーブS側が環境の何かと接触しても操作者Uには力感覚を通してはその状況が伝わらないものである。図8において、Pmはマスタ変位センサ、Psはスレーブ変位センサ、Asはスレーブアクチュエータ、Gは操作者により把持されるグリップ、dは作業端である。
したがって、図6のようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムを電気式マスタスレーブシステムとするにあたっては、スレーブS側の作業状況が力感覚として操作者Uに伝えられるバイラテラル制御が必然的に適用されることとなる。
【0011】
まず、図6のようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムの運動方程式を以下のように定める。式(1)がマスタロボット側、式(2)がスレーブロボット側に係るものである。
【数1】

【0012】
時刻tにおいて、操作者がマスタロボット末端に加えるマスタ操作力をf(t)、スレーブ末端が環境に加えるスレーブ作業力をf(t)とする。q(t)、q(t)はマスタ変位とスレーブ変位、τ(t)、τ(t)はマスタロボットM或いはスレーブロボットSを駆動するマスタ駆動力或いはスレーブ駆動力、そして、
【数2】

は慣性以外の効果を集約した剰余項であるとする。
なおここで、マスタロボットM及びスレーブロボットSがn自由度ロボットとすると、以上f(t)、f(t)・・・はそれぞれn次元ベクトルである(以下、同様とする)。
また、M(q)、M(q)は慣性行列、J(q)、J(q)はヤコビ行列であり、これらのヤコビ行列は正則であるとする。ただしこれらは説明を簡単にするための仮定であり、本発明はマスタロボットとスレーブロボットの自由度数が異なっても、ロボットの自由度数と作業座標系の次元数が異なっても、またヤコビ行列が正則でなくても、問題なく適用できるものである。
【0013】
また、図6のようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムを取り扱うに際しては、変位と力のスケーリングを行なう。マスタからスレーブへの変位と力のスケール比をそれぞれS、Sとする。なおS、Sはn行n列の対角行列である。
【0014】
(a)対称型バイラテラル制御
図9に示すように、対称型バイラテラル制御においてはマスタM側及びスレーブS側双方に軌道制御手段PCm、PCsを配置し、相手側のロボットの位置・速度が目標値となるような閉ループ系を構成している。同じ軌道制御系がマスタ側とスレーブ側で対称に配置されているのでこう呼ばれている。対称型は、以下の力逆送型や力帰還型バイラテラル制御32,33では必要な力センサを必要とせず、さらに安定性の意味でも性質の良い制御法である。図9において、Amはマスタアクチュエータである。
制御則に関しては、例えば作業座標系におけるP制御を用いれば以下のようになる。
(t)、x(t)はそれぞれマスタ或いはスレーブ末端の作業座標系での位置[n次元ベクトル]、KはP制御ゲインを表すn行n列の対角行列である。
【数3】

式(3)がマスタロボット側、式(4)がスレーブロボット側に係るものである。
ここで、τ=τ(x,x)とはすなわち、マスタ駆動力τはスレーブ変位xとマスタ変位xとの関数であることを表し、τ=τ(x,x)とはすなわち、スレーブ駆動力τはマスタ変位xとスレーブ変位xとの関数であることを表している。
そして、式(1)〜(4)から次式を得る。
【数4】

式(5)の右辺第1項及び第2項からも分かる通り、マスタ操作力fにはマスタロボットMのダイナミクスの影響が等倍で加わると共に、スレーブロボットSのダイナミクスの影響とスレーブロボットSのスレーブ作業力fがS−1倍に縮小されて加わる。
すなわち、この対称型バイラテラル制御においては制御系の構成上、操作者が感じる見かけの慣性は、マスタロボットMの慣性にスレーブロボットSの慣性が重畳されるため操作感が重くなりがちであるほか、スレーブロボットSからマスタロボットMへの力フィードバックを位置制御系の偏差信号に頼るのでマスタ、スレーブ両ロボットの駆動系の摩擦の影響を受けやすいと言った問題があった。
【0015】
(b)力逆送型バイラテラル制御
図10に示す力逆送型バイラテラルマスタスレーブシステム32は、マスタロボットMの位置・速度を目標値として、スレーブロボットSが軌道制御されると同時に、スレーブロボットS側で検出された環境との接触力に相当するスレーブ作業力fがマスタロボットM側に逆送されてマスタロボットMを駆動する方式である。そのため、スレーブロボットS末端にはスレーブ作業力fを計測する作業力センサFsが備えられると共にマスタロボットM側には駆動力制御手段FCmが備えられ、スレーブ作業力fをマスタロボットM側に於けるマスタ駆動力τへ「反射」させる様構成されている。
力逆送型の場合、スレーブロボットSはマスタロボットMに連動する。これは、スレーブロボットSがマスタロボットMの動特性すなわちダイナミクスに従って動くと言うことを示唆するものである。これについては次に説明する力帰還型の場合でも同様である。
ここで、マスタロボットMの制御則は次の通りとなる。なおスレーブロボットSの制御則は式(4)と同じである。
【数5】

ここで、τ=τ(f)とはすなわち、マスタ駆動力τはスレーブ作業力fの関数であることを表している。
そして、式(1)と式(6)から次式を得る。
【数6】

式(7)の右辺第1項からも分かる通り、マスタ操作力fにはマスタロボットMのダイナミクスの影響がやはり等倍で加わり、またスレーブロボットSのスレーブ作業力fはS−1倍に縮小される。
【0016】
(c)力帰還型バイラテラル制御
図11に示す力帰還型バイラテラルマスタスレーブシステム33は、マスタロボットMの位置・速度を目標値として、スレーブロボットSが軌道制御されると同時に、スレーブロボットS側で検出された環境との接触力に相当するスレーブ作業力fを目標値としてマスタロボットMが力制御される方式である。力逆送型32との違いは、マスタロボットM側にも操作力センサFmが備えられ、力目標との誤差を帰還する閉ループが存在することである。この力帰還ループの追加により、力感度等が向上し、マスタロボットMそしてスレーブロボットSの見かけの慣性が小さくなって操作感が向上する様構成されている。
以上の一連の説明から明らかな通り、対称型バイラテラルマスタスレーブシステム31から、力逆送型バイラテラルマスタスレーブシステム32そして力帰還型バイラテラルマスタスレーブシステム33へと構成要件が増すにしたがって、マスタスレーブシステム全体の機構透明性の向上が図られていることが理解される。
ここで、マスタロボットMの制御則は次の通りとなる。Kは力制御ゲインを表すn行n列の対角行列である。なおスレーブロボットSの制御則は式(4)と同じである。
【数7】

ここで、τ=τ(f,f)とはすなわち、マスタ駆動力τはスレーブ作業力fとマスタ操作力fとの関数であることを表している。
そして、式(1)と式(8)から次式を得る。なお、Iは単位行列である。
【数8】

式(9)の右辺第1項及び第2項からも分かる通り、Kを十分大きくすればマスタロボットMのダイナミクスの影響は無視出来る程に小さくなり、スレーブロボットSのスレーブ作業力fのみがS−1倍に縮小されて加わることとなる。
【0017】
ところで、上記(5)式、(7)式、そして(9)式といった様に対称型マスタスレーブシステム31、力逆送型マスタスレーブシステム32、そして力帰還型マスタスレーブシステム33へと機構透明性を高めるに従い、操作者Uは恰も「対象物(だけ)を直接操作している」様な感覚で以てマスタスレーブシステムを操作することが出来る様になる一方で、例えば(9)式にも現れている様に、操作者UにとってはスレーブロボットSのダイナミクスに配慮した操作を行う、といった意識が稀薄にならざるを得ず、いきおい、操作者Uに、比較的大出力で大型のスレーブロボットSであっても、彼若しくは彼女の手許にある比較的小出力のマスタロボットMのダイナミクスで以て動作するものだという錯覚を与えかねない、またその傾向が強く見られるといった点は問題であった。
【0018】
すなわち、比較的小出力のマスタロボットMと比較的大出力で大型のスレーブロボットSとが電気的に相互接続されてなるマスタスレーブシステムにおいては、同構造であるか異構造であるかにかかわらずマスタロボットMのダイナミクスとスレーブロボットSのダイナミクスは当然大きく相違し、例えば、スレーブロボットSの慣性や摩擦、可動範囲その他の動特性はマスタロボットMと比較して格段に大きなものとなっている。
その様な前提の下で、スレーブロボットSのダイナミクスを何らかのかたちで操作者Uに伝達しないことは、操作者Uに対してスレーブロボットSのダイナミクスに配慮した適切な操作をさせることを阻害する要因ともなり、マスタスレーブシステムの制御系を検討する際にマンマシンインタフェースの性能の一つとして対応すべき問題であった。
【0019】
また、そのような比較的大出力で大型のスレーブロボットを想定した場合に於いては、時には劣悪な環境の下に晒され過大な負荷が掛けられるといったスレーブロボットの過酷な使用に耐え得る強靱な力センサを入手し、これをスレーブロボットに備えることは現実的にも非常に困難であり、そうすると、既存の力逆送型、或いは力帰還型と言ったスレーブロボット側で検出された環境との接触力或いは対象物の感触を操作者に還すバイラテラルマスタスレーブシステム32,33の適用も難しいという問題があった。
【0020】
さらに、仮にその様な比較的大出力で大型のスレーブロボットの過酷な使用に耐え得る強靱な力センサが得られたとしても、上記力逆送型、或いは力帰還型と言ったバイラテラルマスタスレーブシステム32,33には次のような問題が存する以上、比較的小出力のマスタロボットを操作して比較的大出力で大型のスレーブロボットを操縦する様なマスタスレーブシステムには適用が困難と言った問題もあった。
【0021】
すなわち、図10及び11に示す力逆送型、或いは力帰還型バイラテラルマスタスレーブシステム32,33においてはスレーブロボットSに作業力センサFsが備えられるところ、例えば、操作者UがマスタロボットMに備えられた操縦桿であるグリップGから手を離してマスタロボットMと離間してしまった状態(f=0)でスレーブロボットSが外力−fによって無理矢理駆動されると言った状況を想定した場合、スレーブロボットSに備えられた作業力センサFs出力に基づきマスタロボットM側にマスタ駆動力τが伝わった際、それがマスタ位置・速度に反映されることとなる。そうすると、そのようなマスタ変位xが、今度はスレーブロボットS側に伝わってしまい、その結果、マスタ変位xに基づきスレーブロボットS側にスレーブ駆動力τが伝わってスレーブロボットSが駆動され、スレーブロボットの作業力センサFs出力が変動するきっかけをもたらし、再びマスタ駆動力τ発生、マスタ変位x変化・・・と言った具合に閉ループが構成される虞が生じる。その様な閉ループが一旦構成されてしまうと、操作者UとマスタロボットMとの離間状態を解消して適切な操作を加えない限り、スレーブロボットSの、意図しない動作或いは振動が増大し、最悪の場合、スレーブロボットSが暴走して周囲に危険を及ぼす可能性があった。この場合も、制御系として安定性が保たれない虞が高かったのである。
【0022】
これらの危険性或いは周囲に与える影響は特に、スレーブロボットが比較的大出力で大型の場合には大きく、大型であればある程、甚大な被害を周囲に与えかねない危険性を孕んでいると言った問題があった。
すなわち、上記した諸問題は、操作者が安心して操作でき、そしてスレーブロボットの周囲に対しても安心を与えることができるマスタスレーブシステムを提供するに際して必ず解決すべき課題である。
【0023】
ところが、現在に至るまで、これらの諸問題に着目し、そしてそれを正面から解決した例はこれまで世の中に存在しなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0024】
【非特許文献1】金岡克弥、“非定型重作業におけるマンマシンシナジーの効果に関する一考察”、第11回建設ロボットシンポジウム論文集、pp. 119?124、2008.
【非特許文献2】金岡克弥、“パワー増幅ロボットシステム設計概論 力学的相互作用にもとづく人と機械の相乗効果を実現するために”、日本ロボット学会誌、26, 3, pp. 255?258、2008.
【非特許文献3】横小路泰義、“マスタ・スレーブ制御の理論”、日本ロボット学会誌、11, 6, pp. 794?802、1993.
【非特許文献4】横小路泰義、吉川恒夫、“マスタ・スレーブ型遠隔操縦システムの操作性”、計測自動制御学会論文集、26, 5, pp. 572?579、1990.
【非特許文献5】D.A. Lawrence, “Stability and Transparency in Bilateral Teleoperation,” IEEE Trans. on Robotics and Automation, 9, 5, pp. 624?637, 1993.
【非特許文献6】佐野明人、藤本英雄、“マスタスレーブシステムの制御系設計の動向”、システム/制御/情報、42, 7, pp. 356?362、1998.
【非特許文献7】白石哲也、平林丈嗣、“バイラテラル操作型水中バックホウの開発について”、システム/制御/情報、50, 7, pp. 248?253、2006.
【非特許文献8】金岡 克弥(編著),木野 仁,橋口 宏衛,田原 健二,菊植 亮,吉田 晴行,杉原 知道(著),あのスーパーロボットはどう動く - スパロボで学ぶロボット制御工学 -,日刊工業新聞社,2010.
【非特許文献9】加藤恵輔、広瀬茂男、“形状帰還型マスタ・スレーブアームの提案と基礎実験”、日本ロボット学会誌、18, 5, pp. 752?757、2000.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
したがって本発明は、比較的小出力のマスタロボットを操作者が操ることによって、少なくとも電気的に接続された比較的大出力のスレーブロボットを操縦するマスタスレーブシステムにおいて、操作者に、まるでスレーブロボットを直接持っているかのような直感的な操縦を可能にし、なおかつスレーブロボット側に力センサを必要としないマスタスレーブシステム及びその制御方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0026】
上記課題を解決すべく種々検討を重ねた結果、本願発明者は、バイラテラル制御されるマスタスレーブシステムであって、操作者によって操られるマスタロボットを、操作者から受けるマスタ操作力を出力する一方で、変位又は速度入力を受けることによりマスタ駆動力を発生させて操作者に力覚提示を行うアドミッタンス型の力覚提示装置とし、そして、マスタロボットを、操作者がマスタロボットに加える操作力を検出する操作力センサと、マスタロボットの変位を検出するマスタ変位センサと、マスタ変位とスレーブ変位とに基づきマスタロボットを駆動するマスタアクチュエータとからなるものとし、スレーブロボットを、スレーブロボットの変位を検出するスレーブ変位センサと、マスタ操作力に基づきスレーブロボットを駆動するスレーブアクチュエータとからなるものとすることにより、スレーブロボット側に力センサを必要としないマスタスレーブシステムを提供することが可能であることを見い出すとともに、同構成によれば、操作者に、比較的小出力のマスタロボットを操ることによって、恰も比較的大出力のスレーブロボットを直接持っているかのような直感的な操縦を可能にすることを見い出し、本発明を完成した。
【0027】
上記課題を解決可能な本発明のマスタスレーブシステムは、(1)操作者によって操られるアドミッタンス型の力覚提示装置であるマスタロボットと、前記マスタロボットに少なくとも電気的に接続されたスレーブロボットとからなる、バイラテラル制御されるマスタスレーブシステムであって、
前記マスタロボットにおけるマスタ変位を検出する少なくとも1つのマスタ変位センサと、
前記スレーブロボットにおけるスレーブ変位を検出する少なくとも1つのスレーブ変位センサと、
前記マスタロボットを駆動するマスタ駆動力を発生させる少なくとも1つのマスタアクチュエータと、
前記スレーブロボットを駆動するスレーブ駆動力を発生させる少なくとも1つのスレーブアクチュエータと、
前記操作者が前記マスタロボットに加えるマスタ操作力を検出する少なくとも1つの操作力センサと、
を備え、
前記スレーブアクチュエータが前記マスタ操作力に基づき前記スレーブ駆動力を発生させる一方、
前記マスタアクチュエータが、前記マスタ変位と前記スレーブ変位とに基づき前記マスタ駆動力を発生させる、
ことを特徴とするものである。
【0028】
さらに本発明のマスタスレーブシステムの制御方法は、(2)操作者によって操られるアドミッタンス型の力覚提示装置であるマスタロボットと、前記マスタロボットに少なくとも電気的に接続されたスレーブロボットとからなる、バイラテラル制御されるマスタスレーブシステムの制御方法であって、
少なくとも1つの操作力センサにより前記操作者が前記マスタロボットに加えるマスタ操作力を検出するステップと、
少なくとも1つのスレーブアクチュエータにより、前記マスタ操作力に基づき前記スレーブロボットにスレーブ駆動力を発生させるステップと、
少なくとも1つのマスタ変位センサにより前記マスタロボットのマスタ変位を検出し、さらに、少なくとも1つのスレーブ変位センサにより前記スレーブロボットのスレーブ変位を検出するステップと、
少なくとも1つのマスタアクチュエータにより、前記マスタ変位と前記スレーブ変位とに基づき前記マスタロボットにマスタ駆動力を発生させ、前記操作者に力覚を提示するステップと、
を含んでなることを特徴とするものである。
【0029】
[用語の説明]
本明細書において「操作」と「操縦」は使い分けている。「操作」は、操作する人・動作にフォーカスするローカルな場合に用いている。他方、「操縦」は、操作する人だけではなく操作されるロボットも共に含めた全体の行為としてみる場合に用いることとする。
したがって、本明細書においては、操作者はマスタロボットを操作し、操作者はスレーブロボットを操縦する、というようにしている。
【0030】
本明細書にいう「パワー増幅ロボット」とは、一般にパワーアシストロボットとして理解されるデバイスの内、人が生身では発揮できない大きなオーダーでロボットがパワーを発揮することによって、人だけではできない重作業をさせることを主な目的とするロボットを指すものとする。
【0031】
本明細書において「マスタスレーブシステム」とは、マスタロボット及びスレーブロボットのほか、これらを制御する制御装置をも含めた形で統合したものを称するものとする。
【0032】
本明細書において「ダイナミクス」とは、慣性、摩擦、遠心力等の動特性を全て含んだ包括概念を指し示すものとする。
【0033】
本明細書において「異構造」とは、マスタスレーブシステムを構成するマスタロボットとスレーブロボットとがそれぞれ別の幾何学的構造を持つものを指し(図5参照)、「同構造」とは、マスタスレーブシステムを構成するマスタロボットとスレーブロボットとが同一の幾何学的構造を持つものを指し示すものとする。
なお、図5に示す異構造マスタスレーブシステム10において、dはスレーブロボットSの作業端、Gは操作者UとのインターフェースとなるマスタロボットMの操作端を表している。
【0034】
本明細書において「アドミッタンス型」とは、操作者によって操られるマスタロボットにおいて、操作者から受けるマスタ操作力を出力する一方で、変位又は速度入力を受けることによりマスタ駆動力を発生させて操作者に力覚提示を行うものを指し示すものとする(図4参照)。
一方、「インピーダンス型」とは、その反対で、操作者によって操られるマスタロボットにおいて、マスタ変位又は速度を出力する一方で、力入力を受けることによりマスタ駆動力を発生させて操作者に力覚提示を行うものを指し示すものとする。
【0035】
なお一般的に、インピーダンス型、或いはアドミッタンス型というのはバーチャルリアリティの分野で使われる概念で、マスタスレーブシステムに対して使われることは殆どない。
【0036】
本明細書における「機構透明性」とは、主にウェアラブルロボットやマスタスレーブシステムの分野で用いられる概念である。これは、「ロボットの操作者が着用あるいは操作しているロボットの機構が持つ動特性(ダイナミクス)が、操作者にとって見かけ上(運動感覚的に)、恰も透明に(何もないかのように)感じられる」という特性を指し示すものとする。
【発明の効果】
【0037】
本発明によれば、比較的小出力のマスタロボットを操作者が操ることによって、少なくとも電気的に接続された比較的大出力のスレーブロボットを操縦するマスタスレーブシステムにおいて、操作者に、まるでスレーブロボットを直接持っているかのような直感的な操縦を可能にし、なおかつスレーブロボット側に力センサを必要としないマスタスレーブシステム及びその制御方法を提供することができる。
【0038】
又本発明によれば、スレーブロボットをスレーブダイナミクスに従って動作させることができ、同時に、マスタロボットがスレーブロボットに連動する、スレーブ側に力センサを要せず、安定なマスタスレーブシステム及びその制御方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明のマスタスレーブシステムの一実施形態を示す図である。
【図2】本発明のマスタスレーブシステムの他の実施形態に係る四肢パワー増幅マスタスレーブシステムの概念図である。
【図3】本発明のマスタスレーブシステムのさらに別の実施形態に係る四肢パワー増幅マスタスレーブシステムの概念図である。
【図4】インピーダンス型力覚提示とアドミッタンス型力覚提示との概念の違いを説明する図である。
【図5】異構造マスタスレーブマニピュレータの一例を示す図である。
【図6】上肢パワー増幅マスタスレーブシステムの概念図である。
【図7】機械式マスタスレーブシステムの概念図である。
【図8】ユニラテラル制御について示す概念図である。
【図9】対称型バイラテラル制御について示す概念図である。
【図10】力逆送型バイラテラル制御について示す概念図である。
【図11】力帰還型バイラテラル制御について示す概念図である。
【図12】マスタスレーブシステムの制御系の一般的表現について示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本発明につき、添付図面を参照しつつ詳細に説明する。
本発明に係るマスタスレーブシステムが完成されるに至った背景については上記の通りであり、図6のような上肢パワー増幅マスタスレーブシステム1’においてはスレーブロボットS側に多軸力センサを配置する構成は望ましくないため、i)図10、或いは図11のような力逆送型、或いは力帰還型マスタスレーブシステム32,33は現実として適用困難であること、ii)また、力センサを要しない図9のような対称型マスタスレーブシステム31では高い操作性を保つことが難しいことに帰結する。
【0041】
[構成]
図1は、本発明に係るマスタスレーブシステムの一実施形態を示す図である。図1は、先に図6として示した上肢パワー増幅マスタスレーブシステムに本発明を適用したものと考えて良い。図1に示された本発明のマスタスレーブシステムと図6に示された上肢パワー増幅マスタスレーブシステムとの表面上の差違点をまず最初に指摘しておくと、図6に於いてスレーブロボットSの作業端dにFsとして図示された作業力センサは、本実施形態では不要であり、図1に示されない点が相違点として着目すべきである。
【0042】
上記背景に端を発する特徴をもつ図1に示された本発明に係るマスタスレーブシステム1において、高い操作性を保つ妥当な方法は、マスタロボットM末端Gに操作力fを計測する操作力センサFmを配置し、操作力fをスレーブロボットS側に於けるスレーブ駆動力τへ「投射」することである。
それゆえ本実施形態ではスレーブロボットS側には力センサを配置せず、マスタロボットMは、スレーブ変位xとマスタ変位xとに基づきマスタ駆動力τを発生させるマスタアクチュエータAm1〜3によって駆動される。
以下、本明細書に於いてはこのような制御法或いは構成を力順送型(force projection type)バイラテラル制御或いはバイラテラルマスタスレーブシステムと称し、この用語を随時用いるものとする。
【0043】
図6と同様に、図1に示す本実施形態に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1は、体幹Bの異なる位置に設けられると共に以下の要領で互いに電気的に接続されたマスタロボットMとスレーブロボットSとからなっている。本実施形態に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1において、マスタロボットMは、操作者Uによって操られるアドミッタンス型の力覚提示装置である。
【0044】
マスタロボットMとスレーブロボットSは、それぞれ、一端側に操作端となるグリップGと作業端dを有していると共に、他端側が体幹Bの異なる位置に備えられている。また、マスタロボットMとスレーブロボットSは、それぞれ、2本のリンクを有していると共に、グリップG或いは作業端dに接続される一端側、体幹Bに接続される他端側、そしてリンク同士の接続部分に関節を有している。
【0045】
これらの関節には、マスタ変位センサPm1〜3及びスレーブ変位センサPs1〜3、マスタアクチュエータAm1〜3及びスレーブアクチュエータAs1〜3が備えられている。また本実施形態に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1においては、グリップGに操作力センサFmが備えられている。さらに、図1に示す通り、本実施形態に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1には、マスタロボットM側に軌道制御手段PCm、そしてスレーブロボットS側に駆動力制御手段FCsが備えられ、上記のセンサ及びアクチュエータが電気的に接続されている。
【0046】
操作力センサFmは、マスタロボットM側に設けられ、操作者Uからのマスタ操作力fを検出する。本実施形態ではマスタロボットMのグリップGに設けられている。
スレーブアクチュエータPs1〜3は、スレーブロボットSの各関節に設けられ、操作力センサFmからの信号に基づきスレーブ駆動力制御手段FCsを通じてスレーブ駆動力τを発生させる。
マスタ変位センサPm1〜3は、マスタロボットMの各関節に設けられ、マスタ変位xを検出する。またスレーブ変位センサPs1〜3は、スレーブロボットSの各関節に設けられ、スレーブ変位xを検出する。
マスタアクチュエータAm1〜3は、マスタロボットMの各関節に設けられ、マスタ変位xとスレーブ変位xとに基づきマスタ駆動力τを発生させる。本実施形態ではマスタアクチュエータAm1〜3は、マスタ変位センサPm1〜3及びスレーブ変位センサPs1〜3からの信号の差に基づき軌道制御手段PCmを通じてマスタ駆動力τを発生させる。
【0047】
このように、本実施形態に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1では、スレーブロボットSがマスタ操作力fに基づきスレーブ駆動力τを発生させるスレーブアクチュエータPs1〜3によって駆動される一方、マスタロボットMが、マスタ変位xとスレーブ変位xとの間に生じた誤差に基づきマスタ駆動力τを発生させるマスタアクチュエータAm1〜3によって駆動される。
【0048】
[動作]
以上に概略構成を説明した、操作者によって操られるアドミッタンス型の力覚提示装置であるマスタロボットMとこれに電気的に接続されたスレーブロボットSとからなる、本実施形態に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1は、
i)マスタロボットM側に設けられた操作力センサFmにより操作者Uからのマスタ操作力fを検出するステップと、
ii)操作力センサFmからの信号に基づき、スレーブロボットSに設けられたスレーブアクチュエータAs1〜3によりスレーブ駆動力τを発生させるステップと、
iii)マスタロボットMに設けられたマスタ変位センサPm1〜3によりマスタ変位xを検出するステップと、
iv)スレーブロボットSに設けられたスレーブ変位センサPs1〜3によりスレーブ変位xを検出するステップと、
v)マスタ変位センサPm1〜3及びスレーブ変位センサPs1〜3からの信号の差に基づきマスタ駆動力τを発生させるマスタアクチュエータAm1〜3によりマスタロボットMにマスタ駆動力τを発生させ、操作者Uに力覚を提示するステップと、
を経て制御される。
【0049】
次に、本実施形態に係る力順送型マスタスレーブシステム1の制御則は、例えば以下のようになる。
【数9】

式(10)がマスタロボット側、式(11)がスレーブロボット側に係るものである。
ここで、τ=τ(x,x)とはすなわち、マスタ駆動力τはスレーブ変位xとマスタ変位xとの関数であることを表し、τ=τ(f)とはすなわち、スレーブ駆動力τはマスタ操作力fの関数であることを表している。
そして、上記した式(2)と式(11)から次式を得る。
【数10】

式(12)の右辺第1項及び第2項からも分かる通り、マスタ操作力fにはスレーブロボットSのダイナミクスの影響とスレーブロボットSのスレーブ作業力fがS−1倍に縮小されて加わる。
【0050】
ところで、上の式(12)の両辺にスケールファクタSを掛けたとすると、次の式(13)が導かれる。スケールファクタS自体については先に説明した通りであり、スケールファクタSがあることによって、操作者は、「力持ちになって、スレーブロボット、さらには対象物を操作している感覚」を得ることが可能となる。制御則上、スケールファクタSは謂わば、力持ちの所以とも捉えることが可能なものである。
【数11】

すなわち、これは「自らの操作力をS倍に増幅した上でスレーブ末端を直接持って操作する」という、非特許文献2或いは8に開示されたパワー増幅の考え方をバイラテラルマスタスレーブシステムへ無理のないかたちで拡張する結果になっている。そして、本実施形態に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1では、スレーブ変位xとマスタ変位xとに基づきマスタ駆動力τを発生させるマスタアクチュエータAm1〜3によって感覚が逆送される。
【0051】
なお、一見類似と思しき手法に非特許文献9に開示された形状帰還型マスタ・スレーブアームがあるが、これは、低ゲインバイラテラル制御における感覚の逆送を別ルートで補助するために、高ゲインユニラテラル制御を行なう関節を別途付加する手法であり、純粋なバイラテラル制御技術を提供するものとは言えない。
【0052】
[特長]
ここで一旦、本実施形態に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1について特長を纏めると、次の各項目が挙げられる。
1.マスタロボットMの操作端に操作力センサFmを要する一方、スレーブロボットS側には力センサを要しないものとする。
2.操作力fへのマスタダイナミクスの影響を消すこととする。
3.操作力fへのスレーブダイナミクスの影響を消さない。但し、スケーリングは可能とする。
【0053】
図1に示す本実施形態に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1では図6のようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムと同様に、マスタロボットM側の操作力fは人力であり、スレーブロボットS側の作業力は大出力である。そして、マスタロボットM側では環境からの衝撃力を回避することができるが、スレーブロボットS側では環境からの衝撃力は不可避である。
つまり、マスタロボットM側の条件は多軸力センサにとって適切だが、スレーブロボットS側は劣悪である。
したがって、上記1.の特長は図1或いは図6に例示するようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムに適している。
【0054】
また上記2.及び3.の特徴は、以下に述べる通りマンマシンシナジーの観点から重要である。
ここで、力逆送型、或いは力帰還型バイラテラルマスタスレーブシステム32,33では、操作者Uは主にマスタロボットMと環境に支配されるダイナミクスの機械インピーダンスに操作入力を整合させることとなる。一方、力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1では主にスレーブロボットSと環境に支配されるダイナミクスに整合させることとなる。
【0055】
例えば、図2又は3に例示するようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムによる歩行のようなタスクの場合、力逆送型、或いは力帰還型バイラテラルマスタスレーブシステム32,33では、操作者Uは、「マスタ装置に乗って(あるいは何にも乗らずに)楽に歩ける周期」に操作入力を整合させるが、これはスレーブ装置にとってはマッチングしない歩行周期に無理矢理追従させられる結果となるため、エネルギー伝送に無駄が生じる。
一方、力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1では、式(13)にも表れている通り、操作者Uは、「自らの操作力fを増幅した上でスレーブ装置に乗って楽に歩ける周期」に操作入力を整合させることになる。これは、スレーブ装置にとってエネルギー伝送に無駄がない運動となる。
【0056】
すなわち、操作者Uの身体スキルに期待するマンマシンシナジーの観点からは、単なる操作装置にすぎないマスタロボットMのダイナミクスを感じさせる(あるいは何も感じさせない=機構透明性)よりも、図1〜3或いは図6に例示するようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムにおいて支配的なスレーブのダイナミクスを感じさせる方が有利であることが理解される。
【0057】
[理論検証]
以下では、図1〜3或いは図6に例示するようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムにおいて本発明に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1を適用することに対する優位性を説明すべく、ある特定の条件下における種々のバイラテラルマスタスレーブシステムの挙動につき検証する。
ここでは、操作力fを加えないf=0のときにおける上述した4種のバイラテラルマスタスレーブシステムすなわち、対称型バイラテラルマスタスレーブシステム31、力逆送型バイラテラルマスタスレーブシステム32、力帰還型バイラテラルマスタスレーブシステム33、そして、本発明に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1、の挙動について考える。なおこの場合、上述した4種のバイラテラルマスタスレーブシステム31〜33並びに1は外力−fのみによって駆動される。
【0058】
対称型バイラテラルマスタスレーブシステム31の場合は式(5)より、力逆送型バイラテラルマスタスレーブシステム32の場合は式(7)より、そして力帰還型バイラテラルマスタスレーブシステム33の場合は式(9)より、それぞれ次の式(14)〜(16)が得られる。
【数12】

式(14)〜(16)それぞれの右辺第1項を見ても明らかな通り、これらの手法では、スレーブロボットSが外力を受けると、やはり操作装置にすぎないマスタロボットMのダイナミクスの影響下でマスタスレーブシステムが動作してしまう。特に、力帰還型バイラテラルマスタスレーブシステム33で操作性を高めるために力制御ゲインKを大きくすると、少しの外力−fによってもマスタロボットMが大きく動かされることとなる。
【0059】
他方、力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1の場合は、式(12)より、
【数13】

である。このときスレーブロボットSは、式(17)右辺を見ても明らかな通り、外力に対して自身のダイナミクスで動く。
つまり、力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1においては、「スレーブロボットSはスレーブダイナミクスに従って動く」ということが理論上からも検証されたのである。この点は一見、自然の摂理に従った極く極く当り前の様なことにも見えるが、図1〜3或いは図6に例示するようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムにおいてバイラテラル制御を適用する際には、極めて重要な性能上の判断要素と認識すべきものである。
上からも明らかな通り、力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1においては、外力によってマスタスレーブシステムが過大に動かされることはない。
【0060】
ところで、対称型バイラテラルマスタスレーブシステム31、力逆送型バイラテラルマスタスレーブシステム32及び力帰還型バイラテラルマスタスレーブシステム33では、式(4)によって「スレーブロボットSがマスタロボットMに連動」する。外力−fによってマスタロボットMが動かされる(式(14)〜(16)参照)とスレーブロボットSも連動し、それによって外力−fが変化する。これはマスタスレーブシステムの不安定化の一因となる。つまり、操作者Uが何もしなくても外力−fのみによってバイラテラル制御が不安定化される可能性があるのである。
【0061】
他方、本発明の力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1では、式(10)によって「マスタはスレーブに連動」するが、先ほど理論検証として説示した様に操作力f=0であれば式(17)のようにスレーブはマスタから切り離される。
つまり、操作者がマスタから手(足)を放せば、外力によってバイラテラル制御が不安定化されることはない。この点も、図1〜3或いは図6に例示するようなパワー増幅ロボットとしてのマスタスレーブシステムにおいてバイラテラル制御を適用する際には、極めて重要な性能上の判断要素と認識すべきものである。
【0062】
[アドミッタンス型力覚提示とインピーダンス型力覚提示とについて]
上述した通り、図1に示す本発明の力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1では、操作者Uによって操られるマスタロボットMを、操作者Uから受けるマスタ操作力fを出力する一方で、変位又は速度入力を受けることによりマスタ駆動力τを発生させて操作者に力覚提示を行うアドミッタンス型の力覚提示装置としている。すなわち、図4に示す通り、マスタロボットM側から見ると、本発明に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1はアドミッタンス型の力覚提示であるということができる。
【0063】
これと異なり、図10或いは11に示す力逆送型或いは力帰還型バイラテラルマスタスレーブシステム32,33では、マスタロボットMはインピーダンス型力覚提示装置だということができる(図4参照)。
インピーダンス型の力覚提示の場合、マスタロボットMにおいては装置のどの部分からでも操作入力できる。一方、スレーブロボットSでは作業力センサFs部分からの反力でないと力覚提示することができない。すなわち、操作者Uは、スレーブロボットSの作業力センサFs部分以外を使った作業は力覚なしで行なわなければならず、作業力センサFs部分以外での環境との接触を認識できない可能性がある。
【0064】
しかし、本発明に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1はマスタロボットMをアドミッタンス型力覚提示装置としているため、スレーブロボットSのどの部分からの反力でもマスタロボットMに提示することができる。一方、操作者UによるマスタロボットMに対する操作入力は操作力センサFm部分から行うこととなる。
【0065】
[一般形での表現]
ところで、マスタスレーブシステムのバイラテラル制御系には一般形での表現が与えられている(非特許文献4参照)。図12に、マスタスレーブシステムの制御系の一般的表現について示す概念図を示す。
本発明に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1についても同様な表記の可能性を試みたところ、一般形が次のように表現可能なことが遡って検証された。なお、K、Kはマスタスレーブシステムのゲイン行列とする。
【数14】

【0066】
ここで、上記一般形に当て嵌めるとするならば、本発明に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステム1の制御則は、次のように表現することができる。
【数15】

このような設定でバイラテラル制御が論じられている例はこれまで世の中に存在しなかった。
【0067】
[変形例]
以上、一実施形態を用いて本発明に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステムを順に説明してきたが、本願発明は上記一実施形態記載の構成に限定されず、種々の変形実施が可能である。
例えば、本実施形態においてはマスタアクチュエータAm1〜3は、マスタ変位xと前記スレーブ変位xとの間に生じた誤差に基づきマスタ駆動力τを発生させているところ、そのような構成には限定されず、誤差以外の量、例えば変位の微分量などに基づきマスタ駆動力τを発生させる制御を行っても構わない。
マスタ又はスレーブアクチュエータの数、マスタ又はスレーブ変位センサの数も上記実施形態記載の個数に限定されない。
また、上記実施形態記載においては、単に変位、駆動力と述べているが、変位は並進変位に限らず回転変位の混在を許容する一般化変位としてよく、また駆動力は並進力に限らず回転トルクの混在を許容する一般化駆動力としてよい。
【0068】
以上に述べる通り、本発明に係る力順送型バイラテラルマスタスレーブシステムは、比較的小出力のマスタロボットを操作者が操ることによって、少なくとも電気的に接続された比較的大出力のスレーブロボットを操縦するマスタスレーブシステムにおいて、操作者に、まるでスレーブロボットを直接持っているかのような直感的な操縦を可能とせしめ、なおかつスレーブロボット側に力センサを必要としないマスタスレーブシステムを提供することができる新規かつ有用なるものであることが明らかである。
【符号の説明】
【0069】
B 体幹
d、dA、dL 作業端
E 環境
G、GA、GL グリップ
M、MA、ML マスタ
MC 機械的接続
S、SA、SL スレーブ
U オペレータ
Am マスタアクチュエータ(n:整数)
As スレーブアクチュエータ(n:整数)
Fm 操作力センサ
Fs 作業力センサ
Pm マスタ変位センサ(n:整数)
Ps スレーブ変位センサ(n:整数)
FCm、FCs 駆動力制御手段
PCm、PCs 軌道制御手段
1 力順送型バイラテラル制御に係るマスタスレーブシステム
1’ 一般化されたバイラテラル制御によるマスタスレーブシステム
10 異構造マスタスレーブマニュピュレータ
20 機械式マスタスレーブシステム
30 ユニラテラル制御システム
31 対称型バイラテラル制御システム
32 力逆送型バイラテラル制御システム
33 力帰還型バイラテラル制御システム
50 一般化コントローラ
100 一般化表現されたマスタスレーブシステム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
操作者によって操られるアドミッタンス型の力覚提示装置であるマスタロボットと、前記マスタロボットに少なくとも電気的に接続されたスレーブロボットとからなる、バイラテラル制御されるマスタスレーブシステムであって、
前記マスタロボットにおけるマスタ変位を検出する少なくとも1つのマスタ変位センサと、
前記スレーブロボットにおけるスレーブ変位を検出する少なくとも1つのスレーブ変位センサと、
前記マスタロボットを駆動するマスタ駆動力を発生させる少なくとも1つのマスタアクチュエータと、
前記スレーブロボットを駆動するスレーブ駆動力を発生させる少なくとも1つのスレーブアクチュエータと、
前記操作者が前記マスタロボットに加えるマスタ操作力を検出する少なくとも1つの操作力センサと、
を備え、
前記スレーブアクチュエータが前記マスタ操作力に基づき前記スレーブ駆動力を発生させる一方、
前記マスタアクチュエータが、前記マスタ変位と前記スレーブ変位とに基づき前記マスタ駆動力を発生させる、
ことを特徴とするマスタスレーブシステム。
【請求項2】
操作者によって操られるアドミッタンス型の力覚提示装置であるマスタロボットと、前記マスタロボットに少なくとも電気的に接続されたスレーブロボットとからなる、バイラテラル制御されるマスタスレーブシステムの制御方法であって、
少なくとも1つの操作力センサにより前記操作者が前記マスタロボットに加えるマスタ操作力を検出するステップと、
少なくとも1つのスレーブアクチュエータにより、前記マスタ操作力に基づき前記スレーブロボットにスレーブ駆動力を発生させるステップと、
少なくとも1つのマスタ変位センサにより前記マスタロボットのマスタ変位を検出し、さらに、少なくとも1つのスレーブ変位センサにより前記スレーブロボットのスレーブ変位を検出するステップと、
少なくとも1つのマスタアクチュエータにより、前記マスタ変位と前記スレーブ変位とに基づき前記マスタロボットにマスタ駆動力を発生させ、前記操作者に力覚を提示するステップと、
を含んでなることを特徴とするマスタスレーブシステムの制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−189445(P2011−189445A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−56978(P2010−56978)
【出願日】平成22年3月15日(2010.3.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年9月15日 社団法人日本ロボット学会発行の「第27回日本ロボット学会学術講演会 予稿集DVD−ROM」に発表
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【Fターム(参考)】