マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法及びマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法
【課題】測定分子のイオン化を効果的に起こす好ましい結晶を生成させることが出来るマトリックスを用いた、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法を提供する。
【解決手段】マトリックス溶液として2,5−ジヒドロキシ安息香酸の40mg/ml〜飽和濃度溶液を用意し、前記マトリックス溶液を、インクジェット機構を用いて分析対象試料に分注し、前記2,5−ジヒドロキシ安息香酸を結晶化させることを含む、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【解決手段】マトリックス溶液として2,5−ジヒドロキシ安息香酸の40mg/ml〜飽和濃度溶液を用意し、前記マトリックス溶液を、インクジェット機構を用いて分析対象試料に分注し、前記2,5−ジヒドロキシ安息香酸を結晶化させることを含む、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)質量分析分野に属する。本発明は、細胞生物学、病理学、生化学等の医学・生物学分野にも属する。 本発明は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法及びマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(Method of Sample Preparation for Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometry and Method of Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometry)に関する。具体的には、本発明は、生体試料の切片標本のMALDI質量分析法、とりわけ、生体試料の切片標本の質量分析イメージング法に関する。
【背景技術】
【0002】
<マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)質量分析> 近年、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法の開発によって、生体高分子のソフトイオン化技術が確立され、プロテオミクスなどの研究が急速に進展している。MALDI質量分析において、マトリックスを用いていかに均一な結晶を作るかということは、測定対象となる分子のイオン化のされやすさにかかわる重要な要因のひとつであり、分析の感度、定量性、再現性に大きく寄与する。特に自動分析においてこの点は重要である。
【0003】
また、マトリックスの種類は、測定対象となる分子の種類や、質量分析装置の種類などによって、有効とされるものが制限される傾向にある。たとえば、タンパク質の解析では、シナピン酸やα−シアノ−ヒドロキシ桂皮酸などがマトリックスとして有効とされている。一方で、これらマトリックスは、たとえばAXIMA−CFRplus(島津製作所製)の解析において有効とされている。
【0004】
一方で、微量の試薬溶液を分注することができる装置が知られている。このような装置は、MALDI質量分析用のサンプル調製に有用に用いられる。このような装置の例としては、日本国特開2003−98154号公報や、日本国特開2005−283123号公報に記載の装置が挙げられる。
【0005】
<バイオイメージング> 近年、生体内での生命現象を視覚的に捉えるために、細胞や生体組織を直接観測するバイオイメージング技術が開発され、発展している。バイオイメージング技術は、生体分子を、生体内での位置情報を保ったまま検出することを可能にする。バイオイメージング技術においては、生体組織標本の薄切片(例えば凍結切片やパラフィン包埋切片など)が試料として用いられる。
【0006】
パラフィン包埋切片については、今日、病理診断などで用いた数多くの標本が保存されている。それらから、生体分子の情報を取得することが可能になることは、過去の症例を用いて、診断法、治療法、病理所見、予後などをレトロスペクティブ(retrospective)に検討することを可能にすることであり、疾患の発生病理の研究や新薬の開発などにおいて大きな利点となると認識されている。
【0007】
バイオイメージングにおける手段としては、多くは顕微鏡法が用いられるが、他の手段としては、質量分析法が用いられることもある(すなわち質量分析イメージング)。 質量分析イメージングの例としては、例えば、組織切片に含まれるタンパク質分子を、適宜、消化などの処理を行った後、組織切片表面の複数の位置について質量分析し、組織切片表面の各位置について得られたマススペクトルから画像を構成する。
【0008】
質量分析イメージングにおいては、通常、生体組織の凍結切片が試料として用いられている。近年では、例えば、日本国特開2004−347594号公報には、凍結生体組織切片をMALDI質量分析に供し、MSスペクトルを取得したことが報告されている。この技術においては、マトリックス溶液を、インクジェット機構を用いて微量分注している。
【0009】
ごく最近では、生体組織のパラフィン切片を用いて質量分析イメージングを行ったことの報告もされている。具体的には、54th ASMS Conference on Mass Spectrometryプログラム集、p147(Session: Imaging MS II Code: ThP18 Time Slot/Poster Number: 333のアブストラクト)において、パラフィン切片に対し、通常の免疫組織化学的手法によって処理を行い、reactive matrixを用いて直接的にMALDIイメージングを行ったことが報告されている。
【0010】
【特許文献1】日本国特開2003−98154号公報
【特許文献2】日本国特開2005−283123号公報
【特許文献3】日本国特開2004−347594号公報
【非特許文献1】54th ASMS Conference on Mass Spectrometryプログラム集、p147
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
発明の目的 AXIMA−CFRplus(島津製作所製)のような質量分析装置を用いたタンパク質解析において、シナピン酸やα−シアノ−ヒドロキシ桂皮酸などがマトリックスとして有効とされていても、この質量分析装置では、MSの2乗以上の多段階MSを行うことができないため、タンパク質の同定が出来ない。
【0012】
上記の日本国特開2004−347594号公報では、インクジェット機構を用いて微量分注しているが、2,5−ジヒドロキシ安息香酸の場合は、結晶が不均一にできやすい。このため、結晶がより均一に近く出来ている部分を目視確認しながらレーザーを当てる必要がある。また、α−シアノ−ヒドロキシ桂皮酸の場合は、インクジェット吐出口がつまりやすい。
【0013】
上記の54th ASMS Conference on Mass Spectrometryプログラム集、p147のアブストラクトに記載された方法によるイメージングのクオリティは低いと考えられる。その原因のひとつとしては、マトリックス溶液の好ましい微量分注が出来ておらず、マトリックスの結晶が好ましく生成していないからであると考えられる。
【0014】
そこで、本発明の目的は、測定分子のイオン化を効果的に起こす好ましい結晶を生成させることが出来るマトリックスを用いた、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法を提供することにある。また、本発明の目的は、測定分子のイオン化を効果的に起こすことによって感度の高い分析を行うことができ、なおかつMSの2乗以上の多段階MSを行うことによって測定分子の同定も可能なマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明の概要 本発明は、以下の(1)〜(6)を含む。<マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法>(1)マトリックス溶液として2,5−ジヒドロキシ安息香酸の40mg/ml〜飽和濃度溶液を用意し、 前記マトリックス溶液を、インクジェット機構を用いて分析対象試料に分注し、前記2,5−ジヒドロキシ安息香酸を結晶化させることを含む、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【0016】
(2)前記生体標本が、生体試料の切片標本である、(1)に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【0017】
(3)前記生体標本が、パラフィン包埋標本に由来するものである、(1)又は(2)に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。 上記(3)において、「パラフィン包埋標本に由来するもの」とは、パラフィン包埋標本に対し、質量分析を可能にするための適切な処理(例えば脱パラフィン処理)を行って得られた生体試料をいう。
【0018】
上記(3)の方法によると、マトリックスの液滴が広がりにくく、微小な結晶を作業性よく作ることが可能になる。さらに、上記(3)の方法によって得られたサンプルを質量分析に供する場合に、過去から長期間保存されているパラフィン包埋された病理検体からデータをとることで、発現タンパク質についてプロファイリングができ、タンパク質の発現パターンと病気との関連付けをレトロスペクティブ(retrospective)に行うことが可能になる。
【0019】
(4)前記支持体が、電気伝導性支持体である、(1)〜(3)のいずれかに記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【0020】
(5)前記マトリックス溶液を、100〜200μmの分注ピッチで分注する、(1)〜(4)のいずれかに記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【0021】
上記(5)の方法によると、得られたサンプルを質量分析に供する場合に、質量分析イメージングをクオリティ良く行うことが可能になる。また、生体試料上に、マトリックスの微小結晶を均一に堆積させることができるため、生体試料上における測定すべき生体分子を、安定且つ効率的にイオン化することができ、緻密な位置情報と共にその局在を知ることが可能になる。
【0022】
<マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法>(6)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法によって、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプルを調製する工程と、 前記サンプルを質量分析装置によって測定する工程とを含む、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法。
【0023】
(7)前記質量分析装置によって測定する工程において、MSの2乗以上の多段階MSを行う、(6)に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法。 上記(7)の方法によって、測定分子の同定を行うことが可能になる。
【0024】
<マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル>(8)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法によって調製された、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル。
【発明の効果】
【0025】
本発明によって、使用するマトリックスの性質に関わらず、測定分子のイオン化を効果的に起こす好ましい結晶を生成させる、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法を提供することができる。また、本発明によって、測定分子のイオン化を効果的に起こすことによって感度の高い分析を行うことができ、なおかつMSの2乗以上の多段階MSを行うことによって測定分子の同定が可能なマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、(a)高濃度(50mg/ml)のマトリックス溶液を、マイクロピペットによって滴下して生成した結晶の写真と、(b)高濃度(50mg/ml)のマトリックス溶液を、インクジェット機構によって滴下して生成した結晶(実施例1)の写真である。
【図2】図2は、(a)低濃度(10mg/ml)のマトリックス溶液から生成した結晶と、(b)高濃度(50mg/ml)のマトリックス溶液から生成した結晶(実施例1)の写真である。
【図3】図3は、従来の脱パラフィン法を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例2)の結果と、加熱脱パラフィン法(加熱時間:10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例3)によって得られた結果とを、脱パラフィン時の温度とマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。
【図4】図4は、加熱脱パラフィン法(加熱温度:60℃)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例4)の結果を、脱パラフィン時の加熱時間とマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。
【図5】図5は、加熱脱パラフィン法(加熱条件:60℃−10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例5)の結果を、マトリックス溶液の分注ピッチとマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。
【図6】図6は、水和処理を行った本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析(実施例5)の結果と、水和処理を行わなかった本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析の結果(実施例6)とを、マトリックス溶液の分注ピッチとマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。
【図7】図7は、(a)パラフィン切片からの質量分析(実施例5:脱パラフィン条件は60℃、10分)の結果得られたマススペクトルと;(b)凍結切片からの質量分析(実施例7)の結果得られたマススペクトルである。
【図8】図8は、(a)本発明で解析を行ったパラフィン切片の実画像と、(b)マトリックス分注後のパラフィン切片の実画像である。
【図9】図9は、本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分、水和処理:あり、マトリックス溶液分注ピッチ:150μm)によって当該パラフィン切片を質量分析イメージングして得られた画像(a)〜(f)である。
【図10】図10は、図8のマトリックス分注後の実画像(b)と、図9の画像(a)〜(f)とを重ね合わせた画像(a’)〜(f’)である。
【図11】図11は、生体試料上にマトリックスが2次元的に分注された様子を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
[1.分析対象試料] 本発明における分析対象試料としては、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)をマトリックスとして用いたマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI)質量分析の対象になりうるあらゆる試料を含む。
【0028】
[1−1.生体試料] 通常、分析対象試料は、生物の細胞や組織を含む生体試料である。生体試料は、いかなる生物に由来するものであっても良い。動物であれば、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類など幅広く許容され、特に哺乳類に由来するものであることが好ましい。この中でも、マウスやヒトに由来するものであることがさらに好ましい。
【0029】
[1−2.標本] さらに、生体試料は、細胞や組織などの生体内における構造をそのまま保持した状態のものを用いることができる。このような状態の生体試料は、たいてい、当該生体試料が適当な包埋媒体によって包埋された、薄切り形態の標本(切片標本)として提供される。このような標本としては、形態学的、免疫組織化学的及び酵素組織化学的解析を含むあらゆる解析において研究ターゲットとなる標本が対象となる。従って、当該生体の全身標本、臓器標本、組織標本、胚子標本及び細胞標本を問わない。さらに、当該標本が病理検体である場合、当該生体が罹患している疾病としては、癌、アルツハイマー病、パーキンソン病、虚血性脳疾患、虚血性心疾患を問わない。
【0030】
上述の標本は、薬物動態を解析するための標本であっても良い。薬物動態を解析するための標本とは体内動態(吸収、分布、代謝、及び排泄)の観点から薬剤としての可能性を検証・評価するための標本で、具体的には薬物を投与された生体に由来する標本である。このような標本の解析においては、例えば薬剤が結合する生体分子を検出することによって、標的部位に到達した薬剤の存在を調べる。
【0031】
また、標本の包埋媒体としては特に限定されず、例えば、水、パラフィン、セロイジン、カーボワックス、ゼラチン、アルブミン、アガロース、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂等や、グリコールメタクリレート等の水溶性樹脂等が挙げられる。本発明においては、切片標本として、水を包埋媒体とする凍結切片や、パラフィンを包埋媒体とするパラフィン切片(以下においてパラフィン包埋標本と記載する場合もある)がよく用いられる。
【0032】
凍結切片は、室温に戻すことによって本発明に供してよいが、その他の切片標本は、適宜、質量分析を可能にするための適切な処理(例えば包埋媒体を除去する処理)を行うことによって、露出した状態の切片標本とすることができる。露出とは、生体試料が包埋媒体に包埋された標本から、包埋媒体が溶出し、生体試料が露出することをいう。このような状態の生体試料の切片標本を、本発明に供することができる。
【0033】
本発明においては、パラフィン包埋標本を用いる場合が特に好ましい。パラフィン包埋標本の場合も、質量分析を可能にするための適切な処理(例えばパラフィンを除去する処理)を行うことによって、生体試料がパラフィンから露出した状態の切片標本とすることができる。このような状態の生体試料の切片標本を、本発明に供することができる。 このような、パラフィン包埋標本に由来する生体試料の切片標本においては、マトリックスの微小結晶を作りやすく、作業性に優れるとともに好ましい解析結果を得ることができるという利点がある。さらに、パラフィン包埋切片を試料とするバイオイメージング技術は、凍結切片を試料とする場合よりも、レトロスペクティブ・スタディ(retrospective study)が可能で汎用性のある病理診断でも有効であるという点で優れている。 なお、本発明において特に好ましく用いられるパラフィン包埋標本については、別途、下記項目3.にさらに詳しく説明する。
【0034】
このように、生体内における構造を保持した標本を用いる場合、質量分析の対象となる生体分子の局在が、生体内における場合と同じものとして形態学的に検証することができる。すなわち、生体内の位置情報を保ったまま標的の生体分子を質量分析によって検出する、質量分析イメージングが可能になる。
【0035】
[1−3.支持体] 分析対象試料は、適当な支持体に保持されてよい。本発明は、質量分析に向けられるため、支持体としては、電気伝導性を有するものを用いることができる。このような電気伝導性支持体としては、例えば金属製支持体である質量分析用サンプルプレートがしばしば使用されるが、これに限定されず、電気伝導性物質がコーティングされた支持体も使用することができる。この場合、コーティングされた支持体の素材としては特に限定されず、具体的には上に例示したものが含まれる。また電気伝導性物質としても特に限定されず、具体的にはインヂウムチンオキサイド(ITO)などが含まれる。電気伝導性物質がコーティングされた支持体のより具体的な例としては、インヂウムチンオキサイテッドコーティングスライドグラスやインヂウムチンオキサイテッドコーティングシートなどが挙げられる。
【0036】
分析試料は、このような電気伝導性支持体の表面に、貼り付けることなどにより保持するか、又は、標本が、樹脂製支持体、例えばメンブレンに転写されたものを電気伝導性支持体に貼り付ける等行うことによって保持して使用することができる。保持のためには、導電性両面粘着テープ等を用いた固定を行うことができる。また、電気伝導性支持体自体がシートの形態である場合は、分析試料が保持された電気伝導性シートを、さらにプレートなどの支持体にはりつけて使用することができる。 本発明においては、分析対象試料が、電気伝導性支持体の表面に保持されていることが特に好ましい。
【0037】
[2.マトリックス][2−1.高濃度DHB溶液] 本発明のマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)質量分析用サンプル調製法においては、マトリックスとして2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB)を用いる。DHBは、従来から当業者によって広く用いられてきたマトリックスであるが、DHBは、従来よりも高濃度で用いる。例えば、40mg/ml〜飽和濃度、より好ましくは50mg/ml程度とすると良い。当該範囲を下回ると、均一に堆積した結晶ができにくくなる傾向にある。 なお、上記飽和濃度は、作業環境の温度における飽和濃度である。作業環境としては、通常室温といわれる温度であり、具体的には15〜30℃、好ましくは20〜25℃である。
【0038】
マトリックスDHBは、適当な溶媒に溶解し、マトリックス溶液として用いる。マトリックスを溶解するための溶媒及びその組成は、当業者が適宜決定することができるが、アセトニトリル(ACN)−トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液などが良く用いられる。アセトニトリル(ACN)−トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液の組成も、当業者が適宜決定することができる。例えば、25〜50(v/v)% ACN−0.05〜1(v/v)% TFAを含む水溶液、とすることができる。
【0039】
[2−2.分注手段] このような高濃度のDHB溶液は、インクジェット機構を備えた分注装置によって生体試料へ供給される。インクジェット機構を備えた分注装置については、ピエゾ素子を利用した機構などが挙げられ、このような分注装置としては、ケミカルプリンタChIP−1000(島津製作所製)などが挙げられる。
【0040】
インクジェット機構を備えた分注装置は、微小領域にピコリットルレベルの液滴を分注することができる。具体的には、1回の吐出につき分注される試薬量を例えば100pl程度に制御することができるが、インクジェットの機構によっては、さらに少ない量に制御することもできる。例えば100pl程度の吐出によって直径100μm程度の極小の分注範囲を生じる。
【0041】
DHBは、高濃度に調製され、且つインクジェット法により微小範囲に分注されると、均一に堆積した結晶が生成する。同じ箇所にDHB溶液を重ねて分注して結晶を作っても良い。このように重ねて分注する場合は、1箇所につき5〜80回、好ましくは15〜40回程度重ねることができる。
【0042】
微小範囲における結晶は、分析対象試料として、生体試料の切片標本(具体的には凍結切片やパラフィン切片に由来する生体試料)において生成させることができる。さらに、切片標本の中でも、パラフィン切片からの生体試料の場合のほうが、凍結切片の場合よりも、液滴が広がりにくく、微小範囲に結晶を作りやすい傾向にある。
【0043】
MALDI質量分析において、測定分子のイオン化を効率的に起こすのに好ましい結晶を作るということは、分析の質(例えば定量性や再現性)に大きく関わる要因である。本発明のように、高濃度DHB溶液をインクジェット法によって分注することは、測定分子のイオン化を効率的に起こすのに好ましい、マトリックスが均一に堆積した結晶を作ることができるので、定量性及び再現性に優れたマススペクトルを得られるという点で好ましい。さらに、この点は自動分析において特に重要である。しかも、DHBは、α−シアノ−ヒドロキシ桂皮酸などと異なり、高濃度溶液であってもインクジェットノズルが詰まりにくい。このため、高濃度DHB溶液をインクジェット法によって分注することは、作業性に優れるという点でも好ましい。
【0044】
[2−3.分注ピッチ] 本発明において、分析対象試料として生体試料の切片標本を用いる場合、上記の分注操作を、生体試料の一定の範囲にわたって2次元的に行うことによって、標的とする生体分子の質量分布に基づいたイメージング、すなわち質量分析イメージングが可能になる。質量分析法を用いたバイオイメージング技術は、生体分子そのものを同定するため、生体分子を直接的に且つ定量結果に基づいて捉えることができる。一方、顕微鏡法を用いたバイオイメージング技術は、生体分子を間接的に捉えるものである。このことから、質量分析イメージングは、解析結果の正確性がより大きいという点で優れている。
【0045】
ここで、図11に、生体試料1及びマトリックスの結晶(又は液滴)2の模式図を示す。例えば、同じ分注ピッチaであれば、結晶(又は液滴)径が大きくなるほど、結晶(又は液滴)同士の間の間隔bが狭くなる。同じ結晶(又は液滴)径であれば、分注ピッチaが小さくなるほど、結晶(又は液滴)同士の間の間隔bが狭くなる。このように、試料上に、図11における上下方向及び左右方向に並べられた複数のマトリックス結晶が作られるが、このためには、1箇所ずつ分注することを繰り返してもよいし、複数のインクジェットノズルを有する手段を用いて、1度に複数箇所を分注してもよい。
【0046】
本発明においては、分注ピッチを適切に設定することで、生体試料上のどの位置においてもまんべんなく、マトリックスが均一に堆積した結晶を作ることが可能である。そのような分注ピッチとしては、100〜200μ
m、より好ましくは125〜200μm、さらに好ましくは150〜175μmである。本発明では、図11における上下方向及び左右方向のピッチを、そのような範囲に設定することができる。当該範囲を下回ると、液滴の間隔が狭くなりすぎて、分注操作により滴下された液滴が互いに合わさって大きな液滴となるため、不均一な結晶になる傾向にある。当該範囲を上回ると、結晶分布が疎になりすぎて、測定時にレーザーが当たってもイオン化されない領域が増え、情報量の少ない解析結果が得られる傾向にある。
【0047】
上記の分注ピッチに設定することにより、生体試料上における測定すべき生体分子を、まんべんなく且つ効率的にイオン化することができ、緻密な位置情報と共にその局在を知ることが可能になる。このことは、本発明の方法が、特に複雑な構造を有する脳を解析の対象とした場合などに、大変有用であることがいえる。
【0048】
従来法によるマトリックス分注を行った場合は、均一な結晶が生じている部分をCCDカメラ等で目視確認し、確認した位置へレーザーを当てるという作業がしばしば行われる。しかしながら本発明においては、上記のようなピッチで高濃度DHBを分注し、生体試料上のどの位置においてもマトリックスが均一に堆積した結晶を作ることが可能になる。
【0049】
[2−4.質量分析装置] 本発明において用いられる質量分析装置としては、マトリックス支援レーザー脱離イオン化型(MALDI)質量分析装置であれば特に限定されない。例えば、MSの二乗以上の多段階MSが可能などの点で好ましい装置としては、AXIMA−QIT(島津製作所製)等が挙げられる。MSの二乗以上の多段階MSが可能な質量分析装置を用いることで、測定分子の同定が可能になる。
【0050】
以下、補足として、本発明で好ましい形態であるパラフィン包埋標本を用いた場合(項目[3.])、消化処理を行う場合(項目[4.])、及び、水和処理を行う場合(項目[5.])について、さらに説明する。
【0051】
[3.パラフィン包埋標本][3−1.パラフィン] 本発明におけるパラフィン包埋標本も、他の包埋媒体による標本と同様に、形態学的、免疫組織化学的および酵素組織化学的解析を含むあらゆる解析において研究ターゲットとなる標本が対象となる。多くは、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)された生体試料の薄切標本である。本発明におけるパラフィンは、そのようなあらゆる解析において包埋媒体として用いられるものが含まれる。
【0052】
本発明におけるパラフィン包埋標本の一例としては、石油系パラフィンワックス単体を包埋媒体として作成された標本が挙げられる。ここで、石油系パラフィンワックスは、石油に由来する、常温で固形の炭化水素類の混合物をいう。また炭化水素類とは、通常、平均炭素数20〜35程度の直鎖状炭化水素(ノルマルパラフィン)を主成分とする分子量300〜500程度の飽和炭化水素をいう。
【0053】
本発明におけるパラフィン包埋標本の他の一例としては、上記の石油系パラフィンワックスを基剤としさらに他の成分を含んだものを包埋媒体として作成された標本が挙げられる。当該他の成分は、包埋媒体の品質向上などの目的で加えられ得るあらゆる成分が許容される。他の成分が配合された包埋媒体の例としては、薄切りの際の作業性や低温での耐ひび割れ性等を向上させる目的で、石油系マイクロクリスタリンワックス、ポリイソブチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体及びポリブテンを他の成分として配合した包埋媒体(例えば日本国特開2002−107354号公報);融点を低下させ、且つ薄切りの際の作業性及び低温での耐ひび割れ性を向上させる目的で、ポリイソブチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、及び飽和脂肪酸を他の成分として配合した包埋媒体(例えば日本国特開2004−212391号公報)などが挙げられる。
【0054】
本発明のパラフィン包埋標本に用いられているパラフィンの融点は、その成分及び組成にもよるが、例えば45〜70℃(JIS K−2235に準拠して測定された値)程度である。
【0055】
[3−2.脱パラフィン処理] パラフィン包埋標本の脱パラフィン処理法としては、特に限定されず、当業者が適宜行うことが出来る。たとえば、常温条件下で、パラフィン包埋標本を、パラフィンに相溶性がある有機溶剤に晒し、パラフィンを有機溶剤に溶解する操作により行うことが出来る。この操作は、通常複数回(例えば2〜4回程度)繰り返して行われる。 さらに、上記のような従来から行われてきたこのような脱パラフィン処理法のほかに、本発明者らによって開発された加熱脱パラフィン法を行うことがより好ましい。加熱脱パラフィン法では、パラフィン包埋標本を、加熱条件下、パラフィンに相溶性がある有機溶剤に晒し、パラフィンの融解と有機溶剤への溶解とを行う。
【0056】
[3−2−1.有機溶剤] 有機溶剤としては、パラフィンに相溶性がある有機溶剤、より具体的には、パラフィンと相分離することない程度の溶解性を示す有機溶剤であれば、特に限定されない。例えば、パラフィン包埋作業において、生体試料中の水分を脱水剤と交換した後、生体試料にパラフィンを浸透させる前に、生体試料内の脱水剤と交換するための中間剤として用いられる有機溶剤を用いることができる。本発明における有機溶剤の例としては、キシレン、クロロホルム、ジエチルエーテル、レモゾール、及びアルコール類(例えばメタノールやイソプロピルアルコールなど)などから選ぶことができる。これらの有機溶剤は、単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いても良い。
【0057】
[3−2−2.加熱脱パラフィン処理] 従来から行われてきた脱パラフィン処理法は、免疫組織化学的に有意な解析結果を満足するとして常識的に許容されてきた方法であって、同様に質量分析学的にも許容される方法とはいえない。その理由のひとつとして、質量分析法を用いる場合、生体試料に残存するパラフィンが解析結果に与える影響は、顕微鏡法における影響よりも大きいと考えられる。すなわち、残存パラフィンが、標的の生体分子に関して情報量の少ないマススペクトルを与える原因となり、解析のクオリティに悪影響を及ぼす場合がある。
【0058】
加熱脱パラフィン法は、生体試料がパラフィンに包埋された標本を、加熱条件下、パラフィンに相溶性がある有機溶剤に晒し、前記パラフィンを融解及び前記有機溶剤へ溶解させることによって、前記生体試料を露出させる工程と;前記パラフィンが溶解した有機溶剤と、前記露出した生体試料とを分離することによって、前記標本から前記パラフィンを除去する工程とを含む。上記の2つの工程は、ステップワイズに行われてもよいし、いちどきに行われても良い。具体的操作の例としては、以下が挙げられる。
【0059】
例えば、前記生体試料を露出させる工程において、生体試料がパラフィンに包埋された標本を、加熱された有機溶剤中に浸漬及び保持し;その後、前記パラフィンを除去する工程において、有機溶剤中に保持した前記標本を前記有機溶剤から引き上げるという操作を行うことができる。 この例においては、パラフィン包埋標本を加熱された有機溶剤中に浸漬する前に、あらかじめパラフィン包埋標本を熱してパラフィンを融解させておいても良い。また、加熱された有機溶剤は、温水浴を用いて有機溶剤を加熱することにより用意すると良い。
【0060】
また例えば、前記生体試料を露出させる工程において、生体試料がパラフィンに包埋された標本を、有機溶剤中に浸漬し、有機溶剤の温度を上げていき、適切な温度で保持し;その後、前記パラフィンを除去する工程において、有機溶剤中に保持した前記標本を前記有機溶剤から引き上げるという操作を行うこともできる。
【0061】
加熱脱パラフィン法においては、パラフィンの溶出が効率よく行われるため、上記の有機溶剤中への浸漬及び引き上げの操作は、通常は1回でよい。加熱温度などを考慮することにより、上記操作を複数回行うことも許容される。
【0062】
さらに例えば、生体試料がパラフィンに包埋された標本に、加熱した有機溶剤を流しかけ続けることなどを行うことによって、前記生体試料を露出させる工程と前記パラフィンを除去する工程とをいちどきに行っても良い。 この例においては、パラフィン包埋標本に加熱した有機溶剤をかける前に、あらかじめパラフィン包埋標本を熱してパラフィンを融解させておいても良い。また、加熱された有機溶剤は、温水浴を用いて有機溶剤を加熱することにより用意すると良い。
【0063】
さらに、上に例示した操作を行った後に、温めた有機溶剤(パラフィンが溶解していないもの)中に浸漬及び保持するか、或いは温めた有機溶剤を流しかけることで、更なる洗浄を行い、それにより前記パラフィンを除去する工程をより厳格に行っても良い。
【0064】
加熱脱パラフィン処理においては、加熱条件ないし温度制御条件としては、パラフィンの融点近辺の温度条件とする。このような温度に設定することにより、パラフィン自体の溶融現象を生じさせることができるため、溶融パラフィンを有機溶剤へ溶解(相溶)させることができる。このため、固体パラフィンを有機溶剤へ溶解させる従来法に比べ、生体試料内に浸透していたパラフィンを効率よく除去することができると考えられる。すなわち、パラフィンに包埋されていた生体試料が、従来に比べてより好ましく露出する。このために、後に生体試料を解析する際に、残存パラフィンの影響が従来に比べて少なくなる。このことは、引き続く生体試料の解析において質量分析法を用いる場合に特に良い結果として現れる。
【0065】
具体的な加熱温度については、パラフィンによって融点が異なるため、特に限定されるものではなく、当業者が適宜決定することができる。例えば、上述のように、パラフィンの融点が例えば45〜70℃程度であることから、加熱条件としても45〜70℃とすることができる。さらに、55〜65℃とすることが好ましい場合もある。実施例には、加熱条件を55〜65℃として加熱脱パラフィン処理を行い、その後、脱パラフィン処理した標本について、質量分析を行った場合に、情報量の多いマススペクトルを得られていることが実証されている。上記範囲を下回ると、パラフィンの融解が効果的に起こらないため脱パラフィンが十分に起こらず、情報量の少ないマススペクトルが得られる傾向にあり、上記範囲を上回ると、生体試料自身の損傷を引き起こしやすくなる傾向にある。
【0066】
また、加熱時間については、特に限定されず、加熱温度、包埋物質などの諸要因を考慮し、当業者が適宜決定することができる。例えば、5〜20分程度、より好ましくは10〜15分程度とすることができる。60℃程度の温度条件では、10〜15分程度が特に好ましい場合がある。上記範囲を下回ると、脱パラフィンが十分に起こらず、情報量の少ないマススペクトルが得られる傾向にあり、上記範囲を上回ると、生体試料自身の損傷を引き起こしやすくなる傾向にある。
【0067】
[3−2−3.脱パラフィン処理された生体試料] 脱パラフィン処理によって、パラフィン包埋標本からパラフィンが除去されるため、それによって得られた生体試料は露出している。特に、加熱脱パラフィン法によると、パラフィン包埋標本からパラフィンがより効果的に除去されるため、それによって得られた生体試料はよりよく露出している。加熱脱パラフィン処理時の加熱条件は、当該処理によって得られた生体試料において、生体試料の露出という物理的に好ましい効果だけでなく、それ以外のたとえば生化学的に好ましい効果をもたらしている可能性もある。
【0068】
さらに、加熱脱パラフィン処理を行った場合は、加熱条件によって、用いた有機溶剤が効率的に気化する。そのため、従来の脱パラフィン法によって得られた生体試料と異なり、加熱脱パラフィン法によって得られた生体標本は、有機溶剤が効果的に除去されている。従って、染色処理や消化処理などの水性試薬を用いる処理を
行う場合に、当該処理に先立って、従来から通常的に行われてきた水和処理が、必ずしも必要でなくなる。このように、本発明における脱パラフィン処理時の加熱条件は、当該処理によって得られた生体試料の作業性という観点からも好ましい効果をもたらす。
【0069】
脱パラフィン法が行われて得られた生体試料は、その後、どのような解析に用いられても良い。例えば、DNA解析、mRNA解析、タンパク質解析などが挙げられる。また、それらの解析手法としては、形態学的、免疫組織化学的及び酵素組織化学的を問わずあらゆる観点からアプローチすることができる。 脱パラフィン法が行われて得られた生体試料を解析に供する場合は、必要に応じ、さらに解析のための前処理が当業者によって適宜行われる。そのような処理としては、例えば、消化処理や水和処理などが挙げられる。
【0070】
特に、質量分析法を用いてタンパク質などの生体分子を解析する場合に、加熱脱パラフィン法は前処理法として有用である。このような解析法においては、脱パラフィン工程及び質量分析工程の間に、適宜、水和工程及び/又は消化工程がさらに行われて良い。水和工程と消化工程との両方がさらに行われる場合は、水和工程の後に消化工程が行われる。
【0071】
[4.水和処理] 水和処理を行う場合、その具体的操作及び諸条件は、当業者が適宜決定することができる。通常、上記脱パラフィンに用いた有機溶剤(すなわちパラフィンに相溶性の有機溶剤)と水との両方に相溶性の有機溶剤を用いる。そのような水和処理用の有機溶剤としては、多くは、アルコールが用いられる。具体的には、水和処理用の有機溶剤及びそれに引き続き当該有機溶剤を段階希釈した水溶液を用い、生体試料を水和していくことができる。
【0072】
加熱脱パラフィン処理を行って得られた生体試料についても、このような水和処理を行うことによって、生体試料中に残存しうる、気化しきれなかった脱パラフィン用有機溶剤が、効果的に洗い去られる。このため、生体試料を質量分析に供する場合に、標的の生体分子に由来するピークをより多く得ることができる。
【0073】
[5.消化処理] 消化処理を行う場合、その具体的操作及び諸条件は、当業者が適宜決定することができる。例えば、トリプシンなどのタンパク質消化酵素溶液を添加し、湿潤条件下にてインキュベートすることができる。
【0074】
このような消化処理を行うことによって、生体試料を質量分析に供する場合に、標的の生体分子に由来するピークをより多く含むマススペクトルを得ることができる。具体的には、少なくとも、凍結切片について消化処理を行って質量分析を行った場合に得られる程度の情報量を有するマススペクトルを確保することができる。
【0075】
なお、消化工程では、生体試料への試薬の供給方法として、分注(すなわち微量液滴の供給)を行ってよい。分注操作により、生体試料の微小な領域へ試薬を供給することができる。分注を行うためには、試薬溶液の微量供給が可能である装置を特に限定することなく用いることができる。特に、インクジェット機構を備えた分注装置を用いると良い。具体的なインクジェット機構としては、ピエゾ素子を利用した機構などが挙げられる。このような分注装置としては、ケミカルプリンタChIP−1000(島津製作所製)などが挙げられる。
【実施例】
【0076】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。しかしながら本発明は、これら実施例に限定されるものではない。以下において、%で表される量は、特に断りがないかぎり、体積を基準とした量である。
【0077】
[実施例1:生体試料の切片におけるマトリックス結晶の調製] マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が60℃になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、10分間静置した。水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0078】
得られた脱パラフィン切片上に、以下のようにしてマトリックス結晶を調製した。 50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液を溶媒として、50mg/mlの2,5−ジヒドロキシ安息香酸溶液を調製した。調製された高濃度マトリックス溶液を、マイクロピペットを用いて、脱パラフィン切片上へ滴下した(比較例)。これにより生成した結晶の写真を図1(a)に示す。また、調製された高濃度マトリックス溶液を、ケミカルプリンタChIP-1000(島津製作所) を用い、脱パラフィン切片上へ分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。これにより生成した結晶の写真を図1(b)に示す。
【0079】
50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液を溶媒として、10mg/mlの2,5−ジヒドロキシ安息香酸溶液を調製した。調製された低濃度マトリックス溶液を、ケミカルプリンタChIP-1000を用い、脱パラフィン切片上へ分注及び重層した(比較例)。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。これにより生成した結晶の写真を図2(a)に示す。例えば丸で囲った部分に着目すると、結晶のでき方が不均一であることがわかる。 図2(b)は、上記50mg/mlの高濃度マトリックス溶液をChIP-1000を用い、脱パラフィン切片上へ分注及び重層して得られた結晶で、上記図1(b)の一部を図2(a)と同じスケールに引き伸ばしたものである。 これらの写真が示すように、高濃度のマトリックス溶液をインクジェット機構によって滴下すると、均一な結晶が、まんべんなくできることがわかる。
【0080】
[実施例2:従来の脱パラフィン法を用いた、パラフィン切片からの質量分析] マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。従来からの脱パラフィン処理として、100%キシレン処理を5分間3回行った。次いで水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0081】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所)を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、150μmのピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0082】
[実施例3:加熱脱パラフィン法(加熱時間:10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析] マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が、検討条件として定めた温度になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、10分間静置した。キシレンの温度としては、55℃、60℃、及び65℃の条件を検討した。次いで、水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0083】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所) を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、150μmのピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0084】
〔図3:脱パラフィンの温度条件の検討〕 図3に、上記実施例2及び上記実施例3の結果を示す。具体的には、図3は、従来の脱パラフィン法を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例2)の結果と、本発明の脱パラフィン法(加熱時間:10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例3)によって得られた結果とを、脱パラフィン時の温度とマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。図3においては、横軸に脱パラフィン時の温度(℃)を、縦軸にピーク数(Number of Peaks)を示す。この結果により、加熱を行うことによって、より多数のピーク数が検出されたことが示された。
【0085】
[実施例4:加熱脱パラフィン法(加熱温度:60℃)を用いた、パラフィン切片からの質量分析] マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が60℃になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、静置した。静置時間としては、5分、10分、15分の条件を検討した。次いで、水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0086】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所) を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、150μmのピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0087】
〔図4:脱パラフィンの時間条件の検討〕 図4に、上記実施例4の結果を示す。具体的には、本発明の脱パラフィン法(加熱温度:60℃)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例4)の結果を、脱パラフィン時の加熱時間とマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。図4においては、横軸に脱パラフィン時の加熱時間(分)を、縦軸にピーク数(Number of Peaks)を示す。
【0088】
[実施例5:本発明の脱パラフィン法(加熱条件:60℃−10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析] マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(5
0℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が60℃になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、10分間静置した。水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0089】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所)を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、検討条件として定めたピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。分注ピッチとしては、200μm、175μm、150μm、125μm、及び100μmの条件を検討した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0090】
〔図5:分注ピッチの検討〕 図5に、上記実施例5の結果を示す。具体的には、図5は、本発明の脱パラフィン法(加熱条件:60℃−10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例5)の結果を、マトリックス溶液の分注ピッチとマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。図5においては、横軸に分注ピッチ(μm)を、縦軸にピーク数(Number of Peaks)を示す。
【0091】
[実施例6:水和処理を行わない本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析] マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が60℃になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、10分間静置した。壺から取り出し、キシレンを気化させた。
【0092】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所)を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、検討条件として定めたピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。分注ピッチとしては、200μm、175μm、150μm、125μm、及び100μmの条件を検討した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0093】
〔図6:水和処理の有無の比較検討〕 図6に、上記実施例6の結果を、実施例5に相当する結果(すなわち、実施例5と同じ操作を、別途行って得られた結果)とともに示した結果を示す。水和処理を行った本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析(実施例5)の結果と、水和処理を行わなかった本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析の結果(実施例6)とを、マトリックス溶液の分注ピッチとマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。図6においては、横軸に分注ピッチ(μm)を、縦軸にピーク数(Number of Peaks)を示す。
【0094】
[実施例7:凍結切片からの質量分析] マウス脳の凍結ブロックよりクリオスタットで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、風乾させた。70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0095】
凍結切片に、ChIP-1000(島津製作所)を用い、100μmlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、150μmのピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。指標として、Bradykinin (1pmol/1.5mm x 1.5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0096】
〔図7:凍結切片とパラフィン切片とから得られたマススペクトルの比較検討〕 図7に、(a)パラフィン切片からの質量分析(実施例5:脱パラフィン条件は60℃、10分)の結果得られたマススペクトルと;(b)凍結切片からの質量分析(実施例7)の結果得られたマススペクトルとを示す。図7(a)及び図7(b)においては、横軸に質量/電荷(Mass/Charge)を、縦軸にイオン強度を示す。図7が示すように、本発明の方法によって、パラフィン切片からの試料でも、凍結切片の場合と同レベルの質、或いは情報量においては凍結切片以上の質のマススペクトルを得ることが可能になる。
【0097】
〔図8〜10:質量分析イメージング〕 図8に、(a)本発明で解析を行ったパラフィン切片の実画像と、(b)マトリックス分注後のパラフィン切片の実画像を示す。
【0098】
図9に、実施例5の本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分、水和処理:あり、マトリックス溶液分注ピッチ:150μm)によって当該パラフィン切片を質量分析イメージングして得られた画像(a)〜(f)を示す。図9において、(a)は指標のBradykinin、(b)はB-Actinのm/z=1132.60の成分、(c)はB-Actinのm/z=976.51の成分、(d)はTublin a 3のm/z=1457.91の成分、(e)はm/z=1053.65の成分、(f)はm/z=1515.85の成分を、マススペクトルのピークの強度(Intensity)ごとに色分けして示す。
【0099】
図10に、図8のマトリックス分注後の実画像(b)と、図9の画像(a)〜(f)のそれぞれとを重ね合わせた画像(a’)〜(f’)を示す。
【0100】
上記実施例においては、本発明の範囲における具体的な形態について示したが、本発明は、これらに限定されることなく他のいろいろな形態で実施することができる。このため、上記実施例はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、請求の範囲の均等範囲に属する変更は、すべて本発明の範囲内である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)質量分析分野に属する。本発明は、細胞生物学、病理学、生化学等の医学・生物学分野にも属する。 本発明は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法及びマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(Method of Sample Preparation for Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometry and Method of Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometry)に関する。具体的には、本発明は、生体試料の切片標本のMALDI質量分析法、とりわけ、生体試料の切片標本の質量分析イメージング法に関する。
【背景技術】
【0002】
<マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)質量分析> 近年、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法の開発によって、生体高分子のソフトイオン化技術が確立され、プロテオミクスなどの研究が急速に進展している。MALDI質量分析において、マトリックスを用いていかに均一な結晶を作るかということは、測定対象となる分子のイオン化のされやすさにかかわる重要な要因のひとつであり、分析の感度、定量性、再現性に大きく寄与する。特に自動分析においてこの点は重要である。
【0003】
また、マトリックスの種類は、測定対象となる分子の種類や、質量分析装置の種類などによって、有効とされるものが制限される傾向にある。たとえば、タンパク質の解析では、シナピン酸やα−シアノ−ヒドロキシ桂皮酸などがマトリックスとして有効とされている。一方で、これらマトリックスは、たとえばAXIMA−CFRplus(島津製作所製)の解析において有効とされている。
【0004】
一方で、微量の試薬溶液を分注することができる装置が知られている。このような装置は、MALDI質量分析用のサンプル調製に有用に用いられる。このような装置の例としては、日本国特開2003−98154号公報や、日本国特開2005−283123号公報に記載の装置が挙げられる。
【0005】
<バイオイメージング> 近年、生体内での生命現象を視覚的に捉えるために、細胞や生体組織を直接観測するバイオイメージング技術が開発され、発展している。バイオイメージング技術は、生体分子を、生体内での位置情報を保ったまま検出することを可能にする。バイオイメージング技術においては、生体組織標本の薄切片(例えば凍結切片やパラフィン包埋切片など)が試料として用いられる。
【0006】
パラフィン包埋切片については、今日、病理診断などで用いた数多くの標本が保存されている。それらから、生体分子の情報を取得することが可能になることは、過去の症例を用いて、診断法、治療法、病理所見、予後などをレトロスペクティブ(retrospective)に検討することを可能にすることであり、疾患の発生病理の研究や新薬の開発などにおいて大きな利点となると認識されている。
【0007】
バイオイメージングにおける手段としては、多くは顕微鏡法が用いられるが、他の手段としては、質量分析法が用いられることもある(すなわち質量分析イメージング)。 質量分析イメージングの例としては、例えば、組織切片に含まれるタンパク質分子を、適宜、消化などの処理を行った後、組織切片表面の複数の位置について質量分析し、組織切片表面の各位置について得られたマススペクトルから画像を構成する。
【0008】
質量分析イメージングにおいては、通常、生体組織の凍結切片が試料として用いられている。近年では、例えば、日本国特開2004−347594号公報には、凍結生体組織切片をMALDI質量分析に供し、MSスペクトルを取得したことが報告されている。この技術においては、マトリックス溶液を、インクジェット機構を用いて微量分注している。
【0009】
ごく最近では、生体組織のパラフィン切片を用いて質量分析イメージングを行ったことの報告もされている。具体的には、54th ASMS Conference on Mass Spectrometryプログラム集、p147(Session: Imaging MS II Code: ThP18 Time Slot/Poster Number: 333のアブストラクト)において、パラフィン切片に対し、通常の免疫組織化学的手法によって処理を行い、reactive matrixを用いて直接的にMALDIイメージングを行ったことが報告されている。
【0010】
【特許文献1】日本国特開2003−98154号公報
【特許文献2】日本国特開2005−283123号公報
【特許文献3】日本国特開2004−347594号公報
【非特許文献1】54th ASMS Conference on Mass Spectrometryプログラム集、p147
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
発明の目的 AXIMA−CFRplus(島津製作所製)のような質量分析装置を用いたタンパク質解析において、シナピン酸やα−シアノ−ヒドロキシ桂皮酸などがマトリックスとして有効とされていても、この質量分析装置では、MSの2乗以上の多段階MSを行うことができないため、タンパク質の同定が出来ない。
【0012】
上記の日本国特開2004−347594号公報では、インクジェット機構を用いて微量分注しているが、2,5−ジヒドロキシ安息香酸の場合は、結晶が不均一にできやすい。このため、結晶がより均一に近く出来ている部分を目視確認しながらレーザーを当てる必要がある。また、α−シアノ−ヒドロキシ桂皮酸の場合は、インクジェット吐出口がつまりやすい。
【0013】
上記の54th ASMS Conference on Mass Spectrometryプログラム集、p147のアブストラクトに記載された方法によるイメージングのクオリティは低いと考えられる。その原因のひとつとしては、マトリックス溶液の好ましい微量分注が出来ておらず、マトリックスの結晶が好ましく生成していないからであると考えられる。
【0014】
そこで、本発明の目的は、測定分子のイオン化を効果的に起こす好ましい結晶を生成させることが出来るマトリックスを用いた、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法を提供することにある。また、本発明の目的は、測定分子のイオン化を効果的に起こすことによって感度の高い分析を行うことができ、なおかつMSの2乗以上の多段階MSを行うことによって測定分子の同定も可能なマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明の概要 本発明は、以下の(1)〜(6)を含む。<マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法>(1)マトリックス溶液として2,5−ジヒドロキシ安息香酸の40mg/ml〜飽和濃度溶液を用意し、 前記マトリックス溶液を、インクジェット機構を用いて分析対象試料に分注し、前記2,5−ジヒドロキシ安息香酸を結晶化させることを含む、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【0016】
(2)前記生体標本が、生体試料の切片標本である、(1)に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【0017】
(3)前記生体標本が、パラフィン包埋標本に由来するものである、(1)又は(2)に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。 上記(3)において、「パラフィン包埋標本に由来するもの」とは、パラフィン包埋標本に対し、質量分析を可能にするための適切な処理(例えば脱パラフィン処理)を行って得られた生体試料をいう。
【0018】
上記(3)の方法によると、マトリックスの液滴が広がりにくく、微小な結晶を作業性よく作ることが可能になる。さらに、上記(3)の方法によって得られたサンプルを質量分析に供する場合に、過去から長期間保存されているパラフィン包埋された病理検体からデータをとることで、発現タンパク質についてプロファイリングができ、タンパク質の発現パターンと病気との関連付けをレトロスペクティブ(retrospective)に行うことが可能になる。
【0019】
(4)前記支持体が、電気伝導性支持体である、(1)〜(3)のいずれかに記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【0020】
(5)前記マトリックス溶液を、100〜200μmの分注ピッチで分注する、(1)〜(4)のいずれかに記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【0021】
上記(5)の方法によると、得られたサンプルを質量分析に供する場合に、質量分析イメージングをクオリティ良く行うことが可能になる。また、生体試料上に、マトリックスの微小結晶を均一に堆積させることができるため、生体試料上における測定すべき生体分子を、安定且つ効率的にイオン化することができ、緻密な位置情報と共にその局在を知ることが可能になる。
【0022】
<マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法>(6)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法によって、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプルを調製する工程と、 前記サンプルを質量分析装置によって測定する工程とを含む、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法。
【0023】
(7)前記質量分析装置によって測定する工程において、MSの2乗以上の多段階MSを行う、(6)に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法。 上記(7)の方法によって、測定分子の同定を行うことが可能になる。
【0024】
<マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル>(8)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法によって調製された、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル。
【発明の効果】
【0025】
本発明によって、使用するマトリックスの性質に関わらず、測定分子のイオン化を効果的に起こす好ましい結晶を生成させる、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法を提供することができる。また、本発明によって、測定分子のイオン化を効果的に起こすことによって感度の高い分析を行うことができ、なおかつMSの2乗以上の多段階MSを行うことによって測定分子の同定が可能なマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、(a)高濃度(50mg/ml)のマトリックス溶液を、マイクロピペットによって滴下して生成した結晶の写真と、(b)高濃度(50mg/ml)のマトリックス溶液を、インクジェット機構によって滴下して生成した結晶(実施例1)の写真である。
【図2】図2は、(a)低濃度(10mg/ml)のマトリックス溶液から生成した結晶と、(b)高濃度(50mg/ml)のマトリックス溶液から生成した結晶(実施例1)の写真である。
【図3】図3は、従来の脱パラフィン法を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例2)の結果と、加熱脱パラフィン法(加熱時間:10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例3)によって得られた結果とを、脱パラフィン時の温度とマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。
【図4】図4は、加熱脱パラフィン法(加熱温度:60℃)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例4)の結果を、脱パラフィン時の加熱時間とマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。
【図5】図5は、加熱脱パラフィン法(加熱条件:60℃−10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例5)の結果を、マトリックス溶液の分注ピッチとマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。
【図6】図6は、水和処理を行った本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析(実施例5)の結果と、水和処理を行わなかった本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析の結果(実施例6)とを、マトリックス溶液の分注ピッチとマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。
【図7】図7は、(a)パラフィン切片からの質量分析(実施例5:脱パラフィン条件は60℃、10分)の結果得られたマススペクトルと;(b)凍結切片からの質量分析(実施例7)の結果得られたマススペクトルである。
【図8】図8は、(a)本発明で解析を行ったパラフィン切片の実画像と、(b)マトリックス分注後のパラフィン切片の実画像である。
【図9】図9は、本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分、水和処理:あり、マトリックス溶液分注ピッチ:150μm)によって当該パラフィン切片を質量分析イメージングして得られた画像(a)〜(f)である。
【図10】図10は、図8のマトリックス分注後の実画像(b)と、図9の画像(a)〜(f)とを重ね合わせた画像(a’)〜(f’)である。
【図11】図11は、生体試料上にマトリックスが2次元的に分注された様子を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
[1.分析対象試料] 本発明における分析対象試料としては、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)をマトリックスとして用いたマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI)質量分析の対象になりうるあらゆる試料を含む。
【0028】
[1−1.生体試料] 通常、分析対象試料は、生物の細胞や組織を含む生体試料である。生体試料は、いかなる生物に由来するものであっても良い。動物であれば、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類など幅広く許容され、特に哺乳類に由来するものであることが好ましい。この中でも、マウスやヒトに由来するものであることがさらに好ましい。
【0029】
[1−2.標本] さらに、生体試料は、細胞や組織などの生体内における構造をそのまま保持した状態のものを用いることができる。このような状態の生体試料は、たいてい、当該生体試料が適当な包埋媒体によって包埋された、薄切り形態の標本(切片標本)として提供される。このような標本としては、形態学的、免疫組織化学的及び酵素組織化学的解析を含むあらゆる解析において研究ターゲットとなる標本が対象となる。従って、当該生体の全身標本、臓器標本、組織標本、胚子標本及び細胞標本を問わない。さらに、当該標本が病理検体である場合、当該生体が罹患している疾病としては、癌、アルツハイマー病、パーキンソン病、虚血性脳疾患、虚血性心疾患を問わない。
【0030】
上述の標本は、薬物動態を解析するための標本であっても良い。薬物動態を解析するための標本とは体内動態(吸収、分布、代謝、及び排泄)の観点から薬剤としての可能性を検証・評価するための標本で、具体的には薬物を投与された生体に由来する標本である。このような標本の解析においては、例えば薬剤が結合する生体分子を検出することによって、標的部位に到達した薬剤の存在を調べる。
【0031】
また、標本の包埋媒体としては特に限定されず、例えば、水、パラフィン、セロイジン、カーボワックス、ゼラチン、アルブミン、アガロース、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂等や、グリコールメタクリレート等の水溶性樹脂等が挙げられる。本発明においては、切片標本として、水を包埋媒体とする凍結切片や、パラフィンを包埋媒体とするパラフィン切片(以下においてパラフィン包埋標本と記載する場合もある)がよく用いられる。
【0032】
凍結切片は、室温に戻すことによって本発明に供してよいが、その他の切片標本は、適宜、質量分析を可能にするための適切な処理(例えば包埋媒体を除去する処理)を行うことによって、露出した状態の切片標本とすることができる。露出とは、生体試料が包埋媒体に包埋された標本から、包埋媒体が溶出し、生体試料が露出することをいう。このような状態の生体試料の切片標本を、本発明に供することができる。
【0033】
本発明においては、パラフィン包埋標本を用いる場合が特に好ましい。パラフィン包埋標本の場合も、質量分析を可能にするための適切な処理(例えばパラフィンを除去する処理)を行うことによって、生体試料がパラフィンから露出した状態の切片標本とすることができる。このような状態の生体試料の切片標本を、本発明に供することができる。 このような、パラフィン包埋標本に由来する生体試料の切片標本においては、マトリックスの微小結晶を作りやすく、作業性に優れるとともに好ましい解析結果を得ることができるという利点がある。さらに、パラフィン包埋切片を試料とするバイオイメージング技術は、凍結切片を試料とする場合よりも、レトロスペクティブ・スタディ(retrospective study)が可能で汎用性のある病理診断でも有効であるという点で優れている。 なお、本発明において特に好ましく用いられるパラフィン包埋標本については、別途、下記項目3.にさらに詳しく説明する。
【0034】
このように、生体内における構造を保持した標本を用いる場合、質量分析の対象となる生体分子の局在が、生体内における場合と同じものとして形態学的に検証することができる。すなわち、生体内の位置情報を保ったまま標的の生体分子を質量分析によって検出する、質量分析イメージングが可能になる。
【0035】
[1−3.支持体] 分析対象試料は、適当な支持体に保持されてよい。本発明は、質量分析に向けられるため、支持体としては、電気伝導性を有するものを用いることができる。このような電気伝導性支持体としては、例えば金属製支持体である質量分析用サンプルプレートがしばしば使用されるが、これに限定されず、電気伝導性物質がコーティングされた支持体も使用することができる。この場合、コーティングされた支持体の素材としては特に限定されず、具体的には上に例示したものが含まれる。また電気伝導性物質としても特に限定されず、具体的にはインヂウムチンオキサイド(ITO)などが含まれる。電気伝導性物質がコーティングされた支持体のより具体的な例としては、インヂウムチンオキサイテッドコーティングスライドグラスやインヂウムチンオキサイテッドコーティングシートなどが挙げられる。
【0036】
分析試料は、このような電気伝導性支持体の表面に、貼り付けることなどにより保持するか、又は、標本が、樹脂製支持体、例えばメンブレンに転写されたものを電気伝導性支持体に貼り付ける等行うことによって保持して使用することができる。保持のためには、導電性両面粘着テープ等を用いた固定を行うことができる。また、電気伝導性支持体自体がシートの形態である場合は、分析試料が保持された電気伝導性シートを、さらにプレートなどの支持体にはりつけて使用することができる。 本発明においては、分析対象試料が、電気伝導性支持体の表面に保持されていることが特に好ましい。
【0037】
[2.マトリックス][2−1.高濃度DHB溶液] 本発明のマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)質量分析用サンプル調製法においては、マトリックスとして2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB)を用いる。DHBは、従来から当業者によって広く用いられてきたマトリックスであるが、DHBは、従来よりも高濃度で用いる。例えば、40mg/ml〜飽和濃度、より好ましくは50mg/ml程度とすると良い。当該範囲を下回ると、均一に堆積した結晶ができにくくなる傾向にある。 なお、上記飽和濃度は、作業環境の温度における飽和濃度である。作業環境としては、通常室温といわれる温度であり、具体的には15〜30℃、好ましくは20〜25℃である。
【0038】
マトリックスDHBは、適当な溶媒に溶解し、マトリックス溶液として用いる。マトリックスを溶解するための溶媒及びその組成は、当業者が適宜決定することができるが、アセトニトリル(ACN)−トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液などが良く用いられる。アセトニトリル(ACN)−トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液の組成も、当業者が適宜決定することができる。例えば、25〜50(v/v)% ACN−0.05〜1(v/v)% TFAを含む水溶液、とすることができる。
【0039】
[2−2.分注手段] このような高濃度のDHB溶液は、インクジェット機構を備えた分注装置によって生体試料へ供給される。インクジェット機構を備えた分注装置については、ピエゾ素子を利用した機構などが挙げられ、このような分注装置としては、ケミカルプリンタChIP−1000(島津製作所製)などが挙げられる。
【0040】
インクジェット機構を備えた分注装置は、微小領域にピコリットルレベルの液滴を分注することができる。具体的には、1回の吐出につき分注される試薬量を例えば100pl程度に制御することができるが、インクジェットの機構によっては、さらに少ない量に制御することもできる。例えば100pl程度の吐出によって直径100μm程度の極小の分注範囲を生じる。
【0041】
DHBは、高濃度に調製され、且つインクジェット法により微小範囲に分注されると、均一に堆積した結晶が生成する。同じ箇所にDHB溶液を重ねて分注して結晶を作っても良い。このように重ねて分注する場合は、1箇所につき5〜80回、好ましくは15〜40回程度重ねることができる。
【0042】
微小範囲における結晶は、分析対象試料として、生体試料の切片標本(具体的には凍結切片やパラフィン切片に由来する生体試料)において生成させることができる。さらに、切片標本の中でも、パラフィン切片からの生体試料の場合のほうが、凍結切片の場合よりも、液滴が広がりにくく、微小範囲に結晶を作りやすい傾向にある。
【0043】
MALDI質量分析において、測定分子のイオン化を効率的に起こすのに好ましい結晶を作るということは、分析の質(例えば定量性や再現性)に大きく関わる要因である。本発明のように、高濃度DHB溶液をインクジェット法によって分注することは、測定分子のイオン化を効率的に起こすのに好ましい、マトリックスが均一に堆積した結晶を作ることができるので、定量性及び再現性に優れたマススペクトルを得られるという点で好ましい。さらに、この点は自動分析において特に重要である。しかも、DHBは、α−シアノ−ヒドロキシ桂皮酸などと異なり、高濃度溶液であってもインクジェットノズルが詰まりにくい。このため、高濃度DHB溶液をインクジェット法によって分注することは、作業性に優れるという点でも好ましい。
【0044】
[2−3.分注ピッチ] 本発明において、分析対象試料として生体試料の切片標本を用いる場合、上記の分注操作を、生体試料の一定の範囲にわたって2次元的に行うことによって、標的とする生体分子の質量分布に基づいたイメージング、すなわち質量分析イメージングが可能になる。質量分析法を用いたバイオイメージング技術は、生体分子そのものを同定するため、生体分子を直接的に且つ定量結果に基づいて捉えることができる。一方、顕微鏡法を用いたバイオイメージング技術は、生体分子を間接的に捉えるものである。このことから、質量分析イメージングは、解析結果の正確性がより大きいという点で優れている。
【0045】
ここで、図11に、生体試料1及びマトリックスの結晶(又は液滴)2の模式図を示す。例えば、同じ分注ピッチaであれば、結晶(又は液滴)径が大きくなるほど、結晶(又は液滴)同士の間の間隔bが狭くなる。同じ結晶(又は液滴)径であれば、分注ピッチaが小さくなるほど、結晶(又は液滴)同士の間の間隔bが狭くなる。このように、試料上に、図11における上下方向及び左右方向に並べられた複数のマトリックス結晶が作られるが、このためには、1箇所ずつ分注することを繰り返してもよいし、複数のインクジェットノズルを有する手段を用いて、1度に複数箇所を分注してもよい。
【0046】
本発明においては、分注ピッチを適切に設定することで、生体試料上のどの位置においてもまんべんなく、マトリックスが均一に堆積した結晶を作ることが可能である。そのような分注ピッチとしては、100〜200μ
m、より好ましくは125〜200μm、さらに好ましくは150〜175μmである。本発明では、図11における上下方向及び左右方向のピッチを、そのような範囲に設定することができる。当該範囲を下回ると、液滴の間隔が狭くなりすぎて、分注操作により滴下された液滴が互いに合わさって大きな液滴となるため、不均一な結晶になる傾向にある。当該範囲を上回ると、結晶分布が疎になりすぎて、測定時にレーザーが当たってもイオン化されない領域が増え、情報量の少ない解析結果が得られる傾向にある。
【0047】
上記の分注ピッチに設定することにより、生体試料上における測定すべき生体分子を、まんべんなく且つ効率的にイオン化することができ、緻密な位置情報と共にその局在を知ることが可能になる。このことは、本発明の方法が、特に複雑な構造を有する脳を解析の対象とした場合などに、大変有用であることがいえる。
【0048】
従来法によるマトリックス分注を行った場合は、均一な結晶が生じている部分をCCDカメラ等で目視確認し、確認した位置へレーザーを当てるという作業がしばしば行われる。しかしながら本発明においては、上記のようなピッチで高濃度DHBを分注し、生体試料上のどの位置においてもマトリックスが均一に堆積した結晶を作ることが可能になる。
【0049】
[2−4.質量分析装置] 本発明において用いられる質量分析装置としては、マトリックス支援レーザー脱離イオン化型(MALDI)質量分析装置であれば特に限定されない。例えば、MSの二乗以上の多段階MSが可能などの点で好ましい装置としては、AXIMA−QIT(島津製作所製)等が挙げられる。MSの二乗以上の多段階MSが可能な質量分析装置を用いることで、測定分子の同定が可能になる。
【0050】
以下、補足として、本発明で好ましい形態であるパラフィン包埋標本を用いた場合(項目[3.])、消化処理を行う場合(項目[4.])、及び、水和処理を行う場合(項目[5.])について、さらに説明する。
【0051】
[3.パラフィン包埋標本][3−1.パラフィン] 本発明におけるパラフィン包埋標本も、他の包埋媒体による標本と同様に、形態学的、免疫組織化学的および酵素組織化学的解析を含むあらゆる解析において研究ターゲットとなる標本が対象となる。多くは、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)された生体試料の薄切標本である。本発明におけるパラフィンは、そのようなあらゆる解析において包埋媒体として用いられるものが含まれる。
【0052】
本発明におけるパラフィン包埋標本の一例としては、石油系パラフィンワックス単体を包埋媒体として作成された標本が挙げられる。ここで、石油系パラフィンワックスは、石油に由来する、常温で固形の炭化水素類の混合物をいう。また炭化水素類とは、通常、平均炭素数20〜35程度の直鎖状炭化水素(ノルマルパラフィン)を主成分とする分子量300〜500程度の飽和炭化水素をいう。
【0053】
本発明におけるパラフィン包埋標本の他の一例としては、上記の石油系パラフィンワックスを基剤としさらに他の成分を含んだものを包埋媒体として作成された標本が挙げられる。当該他の成分は、包埋媒体の品質向上などの目的で加えられ得るあらゆる成分が許容される。他の成分が配合された包埋媒体の例としては、薄切りの際の作業性や低温での耐ひび割れ性等を向上させる目的で、石油系マイクロクリスタリンワックス、ポリイソブチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体及びポリブテンを他の成分として配合した包埋媒体(例えば日本国特開2002−107354号公報);融点を低下させ、且つ薄切りの際の作業性及び低温での耐ひび割れ性を向上させる目的で、ポリイソブチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、及び飽和脂肪酸を他の成分として配合した包埋媒体(例えば日本国特開2004−212391号公報)などが挙げられる。
【0054】
本発明のパラフィン包埋標本に用いられているパラフィンの融点は、その成分及び組成にもよるが、例えば45〜70℃(JIS K−2235に準拠して測定された値)程度である。
【0055】
[3−2.脱パラフィン処理] パラフィン包埋標本の脱パラフィン処理法としては、特に限定されず、当業者が適宜行うことが出来る。たとえば、常温条件下で、パラフィン包埋標本を、パラフィンに相溶性がある有機溶剤に晒し、パラフィンを有機溶剤に溶解する操作により行うことが出来る。この操作は、通常複数回(例えば2〜4回程度)繰り返して行われる。 さらに、上記のような従来から行われてきたこのような脱パラフィン処理法のほかに、本発明者らによって開発された加熱脱パラフィン法を行うことがより好ましい。加熱脱パラフィン法では、パラフィン包埋標本を、加熱条件下、パラフィンに相溶性がある有機溶剤に晒し、パラフィンの融解と有機溶剤への溶解とを行う。
【0056】
[3−2−1.有機溶剤] 有機溶剤としては、パラフィンに相溶性がある有機溶剤、より具体的には、パラフィンと相分離することない程度の溶解性を示す有機溶剤であれば、特に限定されない。例えば、パラフィン包埋作業において、生体試料中の水分を脱水剤と交換した後、生体試料にパラフィンを浸透させる前に、生体試料内の脱水剤と交換するための中間剤として用いられる有機溶剤を用いることができる。本発明における有機溶剤の例としては、キシレン、クロロホルム、ジエチルエーテル、レモゾール、及びアルコール類(例えばメタノールやイソプロピルアルコールなど)などから選ぶことができる。これらの有機溶剤は、単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いても良い。
【0057】
[3−2−2.加熱脱パラフィン処理] 従来から行われてきた脱パラフィン処理法は、免疫組織化学的に有意な解析結果を満足するとして常識的に許容されてきた方法であって、同様に質量分析学的にも許容される方法とはいえない。その理由のひとつとして、質量分析法を用いる場合、生体試料に残存するパラフィンが解析結果に与える影響は、顕微鏡法における影響よりも大きいと考えられる。すなわち、残存パラフィンが、標的の生体分子に関して情報量の少ないマススペクトルを与える原因となり、解析のクオリティに悪影響を及ぼす場合がある。
【0058】
加熱脱パラフィン法は、生体試料がパラフィンに包埋された標本を、加熱条件下、パラフィンに相溶性がある有機溶剤に晒し、前記パラフィンを融解及び前記有機溶剤へ溶解させることによって、前記生体試料を露出させる工程と;前記パラフィンが溶解した有機溶剤と、前記露出した生体試料とを分離することによって、前記標本から前記パラフィンを除去する工程とを含む。上記の2つの工程は、ステップワイズに行われてもよいし、いちどきに行われても良い。具体的操作の例としては、以下が挙げられる。
【0059】
例えば、前記生体試料を露出させる工程において、生体試料がパラフィンに包埋された標本を、加熱された有機溶剤中に浸漬及び保持し;その後、前記パラフィンを除去する工程において、有機溶剤中に保持した前記標本を前記有機溶剤から引き上げるという操作を行うことができる。 この例においては、パラフィン包埋標本を加熱された有機溶剤中に浸漬する前に、あらかじめパラフィン包埋標本を熱してパラフィンを融解させておいても良い。また、加熱された有機溶剤は、温水浴を用いて有機溶剤を加熱することにより用意すると良い。
【0060】
また例えば、前記生体試料を露出させる工程において、生体試料がパラフィンに包埋された標本を、有機溶剤中に浸漬し、有機溶剤の温度を上げていき、適切な温度で保持し;その後、前記パラフィンを除去する工程において、有機溶剤中に保持した前記標本を前記有機溶剤から引き上げるという操作を行うこともできる。
【0061】
加熱脱パラフィン法においては、パラフィンの溶出が効率よく行われるため、上記の有機溶剤中への浸漬及び引き上げの操作は、通常は1回でよい。加熱温度などを考慮することにより、上記操作を複数回行うことも許容される。
【0062】
さらに例えば、生体試料がパラフィンに包埋された標本に、加熱した有機溶剤を流しかけ続けることなどを行うことによって、前記生体試料を露出させる工程と前記パラフィンを除去する工程とをいちどきに行っても良い。 この例においては、パラフィン包埋標本に加熱した有機溶剤をかける前に、あらかじめパラフィン包埋標本を熱してパラフィンを融解させておいても良い。また、加熱された有機溶剤は、温水浴を用いて有機溶剤を加熱することにより用意すると良い。
【0063】
さらに、上に例示した操作を行った後に、温めた有機溶剤(パラフィンが溶解していないもの)中に浸漬及び保持するか、或いは温めた有機溶剤を流しかけることで、更なる洗浄を行い、それにより前記パラフィンを除去する工程をより厳格に行っても良い。
【0064】
加熱脱パラフィン処理においては、加熱条件ないし温度制御条件としては、パラフィンの融点近辺の温度条件とする。このような温度に設定することにより、パラフィン自体の溶融現象を生じさせることができるため、溶融パラフィンを有機溶剤へ溶解(相溶)させることができる。このため、固体パラフィンを有機溶剤へ溶解させる従来法に比べ、生体試料内に浸透していたパラフィンを効率よく除去することができると考えられる。すなわち、パラフィンに包埋されていた生体試料が、従来に比べてより好ましく露出する。このために、後に生体試料を解析する際に、残存パラフィンの影響が従来に比べて少なくなる。このことは、引き続く生体試料の解析において質量分析法を用いる場合に特に良い結果として現れる。
【0065】
具体的な加熱温度については、パラフィンによって融点が異なるため、特に限定されるものではなく、当業者が適宜決定することができる。例えば、上述のように、パラフィンの融点が例えば45〜70℃程度であることから、加熱条件としても45〜70℃とすることができる。さらに、55〜65℃とすることが好ましい場合もある。実施例には、加熱条件を55〜65℃として加熱脱パラフィン処理を行い、その後、脱パラフィン処理した標本について、質量分析を行った場合に、情報量の多いマススペクトルを得られていることが実証されている。上記範囲を下回ると、パラフィンの融解が効果的に起こらないため脱パラフィンが十分に起こらず、情報量の少ないマススペクトルが得られる傾向にあり、上記範囲を上回ると、生体試料自身の損傷を引き起こしやすくなる傾向にある。
【0066】
また、加熱時間については、特に限定されず、加熱温度、包埋物質などの諸要因を考慮し、当業者が適宜決定することができる。例えば、5〜20分程度、より好ましくは10〜15分程度とすることができる。60℃程度の温度条件では、10〜15分程度が特に好ましい場合がある。上記範囲を下回ると、脱パラフィンが十分に起こらず、情報量の少ないマススペクトルが得られる傾向にあり、上記範囲を上回ると、生体試料自身の損傷を引き起こしやすくなる傾向にある。
【0067】
[3−2−3.脱パラフィン処理された生体試料] 脱パラフィン処理によって、パラフィン包埋標本からパラフィンが除去されるため、それによって得られた生体試料は露出している。特に、加熱脱パラフィン法によると、パラフィン包埋標本からパラフィンがより効果的に除去されるため、それによって得られた生体試料はよりよく露出している。加熱脱パラフィン処理時の加熱条件は、当該処理によって得られた生体試料において、生体試料の露出という物理的に好ましい効果だけでなく、それ以外のたとえば生化学的に好ましい効果をもたらしている可能性もある。
【0068】
さらに、加熱脱パラフィン処理を行った場合は、加熱条件によって、用いた有機溶剤が効率的に気化する。そのため、従来の脱パラフィン法によって得られた生体試料と異なり、加熱脱パラフィン法によって得られた生体標本は、有機溶剤が効果的に除去されている。従って、染色処理や消化処理などの水性試薬を用いる処理を
行う場合に、当該処理に先立って、従来から通常的に行われてきた水和処理が、必ずしも必要でなくなる。このように、本発明における脱パラフィン処理時の加熱条件は、当該処理によって得られた生体試料の作業性という観点からも好ましい効果をもたらす。
【0069】
脱パラフィン法が行われて得られた生体試料は、その後、どのような解析に用いられても良い。例えば、DNA解析、mRNA解析、タンパク質解析などが挙げられる。また、それらの解析手法としては、形態学的、免疫組織化学的及び酵素組織化学的を問わずあらゆる観点からアプローチすることができる。 脱パラフィン法が行われて得られた生体試料を解析に供する場合は、必要に応じ、さらに解析のための前処理が当業者によって適宜行われる。そのような処理としては、例えば、消化処理や水和処理などが挙げられる。
【0070】
特に、質量分析法を用いてタンパク質などの生体分子を解析する場合に、加熱脱パラフィン法は前処理法として有用である。このような解析法においては、脱パラフィン工程及び質量分析工程の間に、適宜、水和工程及び/又は消化工程がさらに行われて良い。水和工程と消化工程との両方がさらに行われる場合は、水和工程の後に消化工程が行われる。
【0071】
[4.水和処理] 水和処理を行う場合、その具体的操作及び諸条件は、当業者が適宜決定することができる。通常、上記脱パラフィンに用いた有機溶剤(すなわちパラフィンに相溶性の有機溶剤)と水との両方に相溶性の有機溶剤を用いる。そのような水和処理用の有機溶剤としては、多くは、アルコールが用いられる。具体的には、水和処理用の有機溶剤及びそれに引き続き当該有機溶剤を段階希釈した水溶液を用い、生体試料を水和していくことができる。
【0072】
加熱脱パラフィン処理を行って得られた生体試料についても、このような水和処理を行うことによって、生体試料中に残存しうる、気化しきれなかった脱パラフィン用有機溶剤が、効果的に洗い去られる。このため、生体試料を質量分析に供する場合に、標的の生体分子に由来するピークをより多く得ることができる。
【0073】
[5.消化処理] 消化処理を行う場合、その具体的操作及び諸条件は、当業者が適宜決定することができる。例えば、トリプシンなどのタンパク質消化酵素溶液を添加し、湿潤条件下にてインキュベートすることができる。
【0074】
このような消化処理を行うことによって、生体試料を質量分析に供する場合に、標的の生体分子に由来するピークをより多く含むマススペクトルを得ることができる。具体的には、少なくとも、凍結切片について消化処理を行って質量分析を行った場合に得られる程度の情報量を有するマススペクトルを確保することができる。
【0075】
なお、消化工程では、生体試料への試薬の供給方法として、分注(すなわち微量液滴の供給)を行ってよい。分注操作により、生体試料の微小な領域へ試薬を供給することができる。分注を行うためには、試薬溶液の微量供給が可能である装置を特に限定することなく用いることができる。特に、インクジェット機構を備えた分注装置を用いると良い。具体的なインクジェット機構としては、ピエゾ素子を利用した機構などが挙げられる。このような分注装置としては、ケミカルプリンタChIP−1000(島津製作所製)などが挙げられる。
【実施例】
【0076】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。しかしながら本発明は、これら実施例に限定されるものではない。以下において、%で表される量は、特に断りがないかぎり、体積を基準とした量である。
【0077】
[実施例1:生体試料の切片におけるマトリックス結晶の調製] マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が60℃になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、10分間静置した。水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0078】
得られた脱パラフィン切片上に、以下のようにしてマトリックス結晶を調製した。 50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液を溶媒として、50mg/mlの2,5−ジヒドロキシ安息香酸溶液を調製した。調製された高濃度マトリックス溶液を、マイクロピペットを用いて、脱パラフィン切片上へ滴下した(比較例)。これにより生成した結晶の写真を図1(a)に示す。また、調製された高濃度マトリックス溶液を、ケミカルプリンタChIP-1000(島津製作所) を用い、脱パラフィン切片上へ分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。これにより生成した結晶の写真を図1(b)に示す。
【0079】
50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液を溶媒として、10mg/mlの2,5−ジヒドロキシ安息香酸溶液を調製した。調製された低濃度マトリックス溶液を、ケミカルプリンタChIP-1000を用い、脱パラフィン切片上へ分注及び重層した(比較例)。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。これにより生成した結晶の写真を図2(a)に示す。例えば丸で囲った部分に着目すると、結晶のでき方が不均一であることがわかる。 図2(b)は、上記50mg/mlの高濃度マトリックス溶液をChIP-1000を用い、脱パラフィン切片上へ分注及び重層して得られた結晶で、上記図1(b)の一部を図2(a)と同じスケールに引き伸ばしたものである。 これらの写真が示すように、高濃度のマトリックス溶液をインクジェット機構によって滴下すると、均一な結晶が、まんべんなくできることがわかる。
【0080】
[実施例2:従来の脱パラフィン法を用いた、パラフィン切片からの質量分析] マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。従来からの脱パラフィン処理として、100%キシレン処理を5分間3回行った。次いで水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0081】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所)を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、150μmのピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0082】
[実施例3:加熱脱パラフィン法(加熱時間:10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析] マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が、検討条件として定めた温度になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、10分間静置した。キシレンの温度としては、55℃、60℃、及び65℃の条件を検討した。次いで、水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0083】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所) を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、150μmのピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0084】
〔図3:脱パラフィンの温度条件の検討〕 図3に、上記実施例2及び上記実施例3の結果を示す。具体的には、図3は、従来の脱パラフィン法を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例2)の結果と、本発明の脱パラフィン法(加熱時間:10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例3)によって得られた結果とを、脱パラフィン時の温度とマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。図3においては、横軸に脱パラフィン時の温度(℃)を、縦軸にピーク数(Number of Peaks)を示す。この結果により、加熱を行うことによって、より多数のピーク数が検出されたことが示された。
【0085】
[実施例4:加熱脱パラフィン法(加熱温度:60℃)を用いた、パラフィン切片からの質量分析] マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が60℃になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、静置した。静置時間としては、5分、10分、15分の条件を検討した。次いで、水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0086】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所) を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、150μmのピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0087】
〔図4:脱パラフィンの時間条件の検討〕 図4に、上記実施例4の結果を示す。具体的には、本発明の脱パラフィン法(加熱温度:60℃)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例4)の結果を、脱パラフィン時の加熱時間とマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。図4においては、横軸に脱パラフィン時の加熱時間(分)を、縦軸にピーク数(Number of Peaks)を示す。
【0088】
[実施例5:本発明の脱パラフィン法(加熱条件:60℃−10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析] マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(5
0℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が60℃になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、10分間静置した。水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0089】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所)を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、検討条件として定めたピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。分注ピッチとしては、200μm、175μm、150μm、125μm、及び100μmの条件を検討した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0090】
〔図5:分注ピッチの検討〕 図5に、上記実施例5の結果を示す。具体的には、図5は、本発明の脱パラフィン法(加熱条件:60℃−10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例5)の結果を、マトリックス溶液の分注ピッチとマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。図5においては、横軸に分注ピッチ(μm)を、縦軸にピーク数(Number of Peaks)を示す。
【0091】
[実施例6:水和処理を行わない本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析] マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が60℃になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、10分間静置した。壺から取り出し、キシレンを気化させた。
【0092】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所)を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、検討条件として定めたピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。分注ピッチとしては、200μm、175μm、150μm、125μm、及び100μmの条件を検討した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0093】
〔図6:水和処理の有無の比較検討〕 図6に、上記実施例6の結果を、実施例5に相当する結果(すなわち、実施例5と同じ操作を、別途行って得られた結果)とともに示した結果を示す。水和処理を行った本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析(実施例5)の結果と、水和処理を行わなかった本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析の結果(実施例6)とを、マトリックス溶液の分注ピッチとマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。図6においては、横軸に分注ピッチ(μm)を、縦軸にピーク数(Number of Peaks)を示す。
【0094】
[実施例7:凍結切片からの質量分析] マウス脳の凍結ブロックよりクリオスタットで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、風乾させた。70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0095】
凍結切片に、ChIP-1000(島津製作所)を用い、100μmlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、150μmのピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。指標として、Bradykinin (1pmol/1.5mm x 1.5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0096】
〔図7:凍結切片とパラフィン切片とから得られたマススペクトルの比較検討〕 図7に、(a)パラフィン切片からの質量分析(実施例5:脱パラフィン条件は60℃、10分)の結果得られたマススペクトルと;(b)凍結切片からの質量分析(実施例7)の結果得られたマススペクトルとを示す。図7(a)及び図7(b)においては、横軸に質量/電荷(Mass/Charge)を、縦軸にイオン強度を示す。図7が示すように、本発明の方法によって、パラフィン切片からの試料でも、凍結切片の場合と同レベルの質、或いは情報量においては凍結切片以上の質のマススペクトルを得ることが可能になる。
【0097】
〔図8〜10:質量分析イメージング〕 図8に、(a)本発明で解析を行ったパラフィン切片の実画像と、(b)マトリックス分注後のパラフィン切片の実画像を示す。
【0098】
図9に、実施例5の本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分、水和処理:あり、マトリックス溶液分注ピッチ:150μm)によって当該パラフィン切片を質量分析イメージングして得られた画像(a)〜(f)を示す。図9において、(a)は指標のBradykinin、(b)はB-Actinのm/z=1132.60の成分、(c)はB-Actinのm/z=976.51の成分、(d)はTublin a 3のm/z=1457.91の成分、(e)はm/z=1053.65の成分、(f)はm/z=1515.85の成分を、マススペクトルのピークの強度(Intensity)ごとに色分けして示す。
【0099】
図10に、図8のマトリックス分注後の実画像(b)と、図9の画像(a)〜(f)のそれぞれとを重ね合わせた画像(a’)〜(f’)を示す。
【0100】
上記実施例においては、本発明の範囲における具体的な形態について示したが、本発明は、これらに限定されることなく他のいろいろな形態で実施することができる。このため、上記実施例はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、請求の範囲の均等範囲に属する変更は、すべて本発明の範囲内である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マトリックス溶液として2,5−ジヒドロキシ安息香酸の40mg/ml〜飽和濃度溶液を用意し、
前記マトリックス溶液を、インクジェット機構を用いて分析対象試料に分注し、前記2,5−ジヒドロキシ安息香酸を結晶化させることを含む、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【請求項2】
前記分析対象試料が、生体試料の切片標本である、請求の範囲第1項に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【請求項3】
前記分析対象試料が、パラフィン包埋標本に由来するものである、請求の範囲第1項に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【請求項4】
前記分析対象試料が、電気伝導性支持体の表面に保持されている、請求の範囲第1項に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【請求項5】
前記マトリックス溶液を、100〜200μmの分注ピッチで分注する、請求の範囲第1項に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【請求項6】
請求の範囲第1項に記載の方法によって、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプルを調製する工程と、
前記サンプルを質量分析装置によって測定する工程とを含む、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法。
【請求項7】
前記質量分析装置によって測定する工程において、MSの2乗以上の多段階MSを行う、請求の範囲第6項に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法。
【請求項8】
請求の範囲第1項に記載の方法によって調製された、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル。
【請求項1】
マトリックス溶液として2,5−ジヒドロキシ安息香酸の40mg/ml〜飽和濃度溶液を用意し、
前記マトリックス溶液を、インクジェット機構を用いて分析対象試料に分注し、前記2,5−ジヒドロキシ安息香酸を結晶化させることを含む、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【請求項2】
前記分析対象試料が、生体試料の切片標本である、請求の範囲第1項に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【請求項3】
前記分析対象試料が、パラフィン包埋標本に由来するものである、請求の範囲第1項に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【請求項4】
前記分析対象試料が、電気伝導性支持体の表面に保持されている、請求の範囲第1項に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【請求項5】
前記マトリックス溶液を、100〜200μmの分注ピッチで分注する、請求の範囲第1項に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル調製法。
【請求項6】
請求の範囲第1項に記載の方法によって、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプルを調製する工程と、
前記サンプルを質量分析装置によって測定する工程とを含む、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法。
【請求項7】
前記質量分析装置によって測定する工程において、MSの2乗以上の多段階MSを行う、請求の範囲第6項に記載のマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法。
【請求項8】
請求の範囲第1項に記載の方法によって調製された、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析用サンプル。
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図11】
【図1】
【図2】
【図8】
【図9】
【図10】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図11】
【図1】
【図2】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2012−68259(P2012−68259A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−255236(P2011−255236)
【出願日】平成23年11月22日(2011.11.22)
【分割の表示】特願2008−536466(P2008−536466)の分割
【原出願日】平成19年9月21日(2007.9.21)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年11月22日(2011.11.22)
【分割の表示】特願2008−536466(P2008−536466)の分割
【原出願日】平成19年9月21日(2007.9.21)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
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