説明

マルチプレックスPCR用プライマーセット及びそれを用いた微生物の検出方法

【課題】本発明は、複数の微生物を検出するためのマルチプレックスPCR用プライマーセットを提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、被検試料における複数の微生物を検出するためのマルチプレックスPCR用プライマーセットであって、前記微生物の毒素領域及び生体内必須領域からなる群より選ばれた領域に相補的な配列を含む1対のプライマーからなるプライマーセットを2つ以上混合したマルチプレックスPCR用プライマーセットを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品検査、疫学的環境検査、並びに臨床試験において重要である複数の食中毒細菌(サルモネラ、腸炎ビブリオ、大腸菌、リステリア、エルシニア)を対象菌とし、その検査試料中に目的とする遺伝子が存在するか否かを検出する方法に関する。より詳しくは、対象領域として毒素対象領域の遺伝子や代謝において必要な領域を対象とし、対象菌が存在した場合に複数の増幅産物を生成するマルチプレックスPCR用プライマーセットである。
【背景技術】
【0002】
微生物を検出する方法としては、培養法、PCR法などが知られている。培養法では、微生物の生育速度や初発菌体量などの関係で、検出までに1週間程度を要する。また、複数の微生物を特異的に検出するためには、1検体ごとに特定の培地を用いた検査が必要となる。
また、PCR法では、微生物を特異的に検出するためには、特異的なプライマーの設計が重要である。そして、複数の微生物を検出する場合には、複数のプライマーが必要となる。しかしながら、プライマーが複数存在する場合、プライマーの長さや融解温度などによって競合することや各プライマーで増幅効率が違うことから、設計では高い特異性が求められる。
近年、中食産業市場が増加しており、左記の市場において衛生管理のニーズが高まっている。上記市場のトレンドとして低温流通で保存性が高い商品開発が求められており、特にチルド食品(0〜5℃で流通している)の開発が注目されている。同様にチルド食品の微生物検出もしくは微生物のモニタリングを対象とした微生物の検出などは行われていないことから、対象菌として低温で増殖可能な特徴を持った菌株もしくは常温においても増殖能が高いような菌株を対象とした検査方法が求められている。
【0003】
特許文献1には、2以上の食中毒細菌をPCR法で検出するためのプライマーセットが開示されている。しかしながら、特許文献1には、核酸の検出範囲などに関する報告はなく、また実施例2においては、核酸を混同して使用しているため結果が不安定になる。さらに、特許文献1に記載の方法では、PCR増幅に要する時間は3時間と長い。また、偽陽性の検証において野外分離菌株を用いているが、分離株では菌株のDNAにおいて多様性があるためプライマーの特異性に関する信憑性が低い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−274934号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、複数の微生物を同時検出するためのマルチプレックスPCR用プライマーセットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、被検試料における複数の微生物を同時検出するためのマルチプレックスPCR用プライマーセットであって、前記微生物の毒素領域及び生体内必須領域からなる群より選ばれた領域に相補的な配列を含む1対のプライマーからなるプライマーセットを2つ以上混合したマルチプレックスPCR用プライマーセットを提供する。
また、本発明は、リステリア、エルシニア、大腸菌、腸炎ビブリオ及びサルモネラからなる群より選ばれた2種以上の微生物を同時検出する方法であって、
(A)微生物からDNAを抽出する工程、
(B)抽出したDNAを鋳型として上記マルチプレックスPCR用プライマーセットを用いて増幅する工程、及び
(C)増幅産物を検出する工程
を含む検出方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、複数の微生物を同時検出できるマルチプレックスPCR用プライマーセットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】腸炎ビブリオ検出用プライマーの特異性の検証における、電気泳動写真である。
【図2】サルモネラ検出用プライマーの特異性の検証における、電気泳動写真である。
【図3】大腸菌検出用プライマーの特異性の検証における、電気泳動写真である。
【図4】エルシニア検出用プライマーの特異性の検証における、電気泳動写真である。
【図5】リステリア検出用プライマーの特異性の検証における、電気泳動写真である。
【図6】マルチプレックスPCR用プライマーセットの検証における、電気泳動写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の被検試料における複数の微生物を同時検出するためのマルチプレックスPCR用プライマーセットは、前記微生物の毒素領域及び生体内必須領域からなる群より選ばれた領域に相補的な配列を含む1対のプライマーからなるプライマーセットを2つ以上混合したことを特徴とする。
【0010】
被検試料としては、例えば牛乳、水、緑茶、酸性飲料等の飲料や食肉、チルド食品、生鮮食品(肉、野菜、魚)、弁当・総菜などの幅広い食品や、飼料などが利用可能である。更に、食品製造の設備や製造環境中の空気などの環境試料も本発明の被検試料として利用可能である。被検試料の性状は固体、液体及び気体のいずれであってもよい。被検試料は、前記のような製品又は生体試料そのものを希釈もしくは濃縮したもの、又は本発明の方法による処理以外の前処理をしたものであってもよい。前記前処理としては、酵素処理、磁性ビーズ処理、カラム処理、加熱処理、濾過、又は遠心分離などが挙げられる。
【0011】
微生物としては、細菌、放線菌、及び真菌類などが挙げられる。細菌としては、グラム陽性菌及びグラム陰性菌のいずれもが含まれる。グラム陽性菌としては、ストレプトコッカス属細菌、リステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)などのリステリア属細菌、及びバチルス・セレウス(Bacillus cereus)などのバチルス属細菌などが挙げられる。グラム陰性菌としては、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)などのエシェリヒア属細菌、エンテロバクター・サカザキ(Enterobacter sakazakii)などのエンテロバクター属細菌、サルモネラ属細菌、ビブリオ属細菌、及びカンピロバクター属細菌などが挙げられる。
本発明のマルチプレックスPCR用プライマーセットは、被検試料における複数の微生物を同時検出するためのものであるが、前記複数の微生物としては、先に列記した微生物のいずれの2種以上の組み合わせであっても良い。好ましくは、前記複数の微生物は、リステリア、エルシニア、大腸菌、腸炎ビブリオ及びサルモネラからなる群より選ばれた2種以上の微生物である。
【0012】
毒素領域及び生体内必須領域としては、16S rRNA(リボソーム)、invA (侵入性因子関連遺伝子)、dnaJ (ヒートショックタンパク遺伝子)、gapA (グリセルアルデヒドデハイドロゲナーゼ合成酵素遺伝子)、hlyA(リステリオシン産生遺伝子)、invA (侵入性因子関連遺伝子)、23S rRNA(リボソーム)、phoE(リン酸代謝)などが挙げられる。好ましくは、毒素領域はinvA(侵入性因子関連遺伝子)及びhlyA(リステリオシン産生遺伝子)であり、生体内必須領域はdnaJ(ヒートショックタンパク遺伝子)及びgapA(グリセルアルデヒドデハイドロゲナーゼ合成酵素遺伝子)である。
【0013】
本発明において「相補的な配列」とは、2つの塩基配列がワトソン−クリック塩基対に完全に従っていることであり、相補的な核酸同士の結合は2個または3個の水素結合を形成する。
【0014】
本発明のマルチプレックスPCR用プライマーセットは、前記微生物の毒素領域及び生体内必須領域からなる群より選ばれた領域に相補的な配列を含む1対のプライマーからなるプライマーセットを2つ以上混合したものであるが、好ましくは以下のプライマーセットからなる群より選ばれる2種以上のプライマーセットを混合したものである。
(1)配列番号1及び2とからなるプライマーセット、
(2)配列番号3及び4とからなるプライマーセット、
(3)配列番号5及び6とからなるプライマーセット、
(4)配列番号7及び8とからなるプライマーセット、及び
(5)配列番号9及び10とからなるプライマーセット。
【0015】
また、本発明の、リステリア、エルシニア、大腸菌、腸炎ビブリオ及びサルモネラからなる群より選ばれた2種以上の微生物を同時検出する方法は、
(A)微生物からDNAを抽出する工程、
(B)抽出したDNAを鋳型として本発明のマルチプレックスPCR用プライマーセットを用いて増幅する工程、及び
(C)増幅産物を検出する工程
を含む。
微生物からDNAを抽出する方法としては、例えばフェノール抽出法、フェノール・クロロホルム抽出法、アルカリ溶解法、ボイル法が挙げられる。また、市販のDNA抽出キットや核酸自動抽出装置を用いてDNAを抽出する方法が挙げられる。
【0016】
PCR増幅は公知の方法を用いて行われる。例えば、抽出されたDNAを鋳型とし、熱変性によりDNAを一本鎖にした後(例えば94℃)、これにプライマーをアニーリングさせ(例えば、60℃)、耐熱性DNAポリメラーゼを用いて相補鎖を合成する(例えば、72℃)、というサイクルを、例えば20〜40回繰返すことにより、目的とする遺伝子領域だけを増幅させる。
得られたPCR増幅産物は、公知の方法、例えば電気泳動やクロマトグラフィー、DNAチップ(マイクロアレイ)などによって解析することができる。
【実施例】
【0017】
1.供試菌株
腸炎ビブリオ:Vibrio parahaemolyticus GTC(岐阜大学大学院医学系研究科病原体制御分野より入手)
サルモネラ :Salmonella anatum ATCC 9270(American type culture collectionより入手)
大腸菌 :Escherichia coli NBRC 102203(独立行政法人製品評価基盤機構より入手)
エルシニア :Yersinia enterocolica ATCC 9610
リステリア :Listeria monocytogenes ATCC 15313
【0018】
2.上記菌株を一晩培養し、培養したサンプルを遠心分離機にて菌株を洗浄・集菌した。集菌した菌をリゾチームにて37℃30分間で溶菌した。溶菌液を、DNeasy(QIAGEN社)を用いて精製した。
【0019】
3.実験
(1)各プライマーセットにおける特異性の検証
下記のPCR組成及び反応条件を用いてPCRを行った。なお、プライマーの設計は、融解温度やGC含量、増幅産物の長さなどを参考にBlast(http://blast.ddbj.nig.ac.jp/top−j.html)などから情報を集め下記に示す対象領域からプライマー配列を決定した。
【0020】
PCR組成(プライマー以外はTakara社製を用いた)

【0021】
反応条件(ep グラジエント s(エッペンドルフ社製)使用)

【0022】
使用したプライマー(ライフテクノロジージャパン株式会社にプライマーの合成を委託)

【0023】
増幅産物と対象領域

【0024】
PCR後、MultiNA(島津製作所製)にて電気泳動させ、正しい増幅産物が得られているか否かを確認した。結果を図1〜5に示す。図1〜5から明らかであるように、各プライマー対は、偽陽性が無く、特定の菌株を特異的に検出できることがわかった。
【0025】
(2)マルチプレックスPCR用プライマーセットの検証
下記のPCR組成及び反応条件を用いてPCRを行った。なお、マルチプレックスPCR用プライマーセットとして、上記5種類のプライマー対の混合物を使用した。また、template DNAとして、上記5種類の菌株のtemplate DNAの混合物を使用した。
【0026】
PCR組成(プライマー以外はTakara社製を用いた)

【0027】
反応条件(ep グラジエント s(エッペンドルフ社製)使用)

【0028】
PCR後、MultiNA(島津製作所製)にて電気泳動させ、正しい増幅産物が得られているか否かを確認した。結果を図6に示す。図6から明らかであるように、5種類の菌株をすべて検出できることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検試料における複数の微生物を同時検出するためのマルチプレックスPCR用プライマーセットであって、
前記微生物の毒素領域及び生体内必須領域からなる群より選ばれた領域に相補的な配列を含む1対のプライマーからなるプライマーセットを2つ以上混合したマルチプレックスPCR用プライマーセット。
【請求項2】
前記複数の微生物が、リステリア、エルシニア、大腸菌、腸炎ビブリオ及びサルモネラからなる群より選ばれた2種以上の微生物である、請求項1記載のマルチプレックスPCR用プライマーセット。
【請求項3】
前記微生物の毒素領域がinvA(侵入性因子関連遺伝子)及びhlyA(リステリオシン産生遺伝子)であり、生体内必須領域がdnaJ(ヒートショックタンパク遺伝子)及びgapA(グリセルアルデヒドデハイドロゲナーゼ合成酵素遺伝子)である、請求項1又は2記載のマルチプレックスPCR用プライマーセット。
【請求項4】
以下のプライマーセットからなる群より選ばれる2種以上のプライマーセットを混合した請求項1〜3のいずれか1項記載のマルチプレックスPCR用プライマーセット:
(1)配列番号1及び2とからなるプライマーセット、
(2)配列番号3及び4とからなるプライマーセット、
(3)配列番号5及び6とからなるプライマーセット、
(4)配列番号7及び8とからなるプライマーセット、並びに
(5)配列番号9及び10とからなるプライマーセット。
【請求項5】
リステリア、エルシニア、大腸菌、腸炎ビブリオ及びサルモネラからなる群より選ばれた2種以上の微生物を同時検出する方法であって、
(A)微生物からDNAを抽出する工程、
(B)抽出したDNAを鋳型として請求項1〜4のいずれか1項記載のマルチプレックスPCR用プライマーセットを用いて増幅する工程、及び
(C)増幅産物を検出する工程
を含む検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−50362(P2012−50362A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−193981(P2010−193981)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【出願人】(000003768)東洋製罐株式会社 (1,150)
【Fターム(参考)】