説明

マンガン含有物及びその製造法

【課題】本発明の課題は、苦渋味が抑制された、茶を原料とするマンガン含有物を提供することである。
【解決手段】本発明によって、茶葉に水洗処理を施し、さらに、水洗処理を施した茶葉を溶媒中で抽出することによって、固形分1%あたり10ppm以上のマンガンを含有し、マンガンに対するカリウムの重量比(K/Mn)が20以下であるマンガン含有物を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【発明の属する技術分野】
【0001】
本発明は、有用成分であるマンガンを含有する組成物およびその製造法に関する。
【従来技術】
【0002】
マンガンは、生体に必須の成分であって、生体内の炭水化物や脂質の代謝、骨の形成や代謝を行う上で重要な役割をはたす物質であることが知られている。マンガンは、生体内で作ることのできない物質であるため、外部より食品などで摂取しなければならないが、マンガンを手軽に効率よく生体内に摂取・吸収することができる安全な食品として適合するものがない。
【0003】
そこで、マンガンの供給源として、マンガンを含有する食品、例えば全粒穀類、豆類、ナッツ、茶葉等の摂取が報告されている。中でも茶葉は、他の食品に比べてマンガンを多量に含むこと(非特許文献1)、マンガンは低濃度で強いえぐ味を示すが、茶葉の浸出液(抽出液)は閾値以上の濃度のマンガンイオンを含んでもえぐ味が感じられないこと(非特許文献2)、カテキン類などのポリフェノールにマンガン等のミネラルの体内吸収促進作用があること(特許文献1)等の理由から、茶葉の抽出液がマンガンの供給源として期待されている。
【0004】
しかし、茶葉にはマンガンが多量に含まれているが、水に浸出移行するのは茶葉に含まれるマンガンの30.0%程度に過ぎず(非特許文献3)、特に、半発酵茶葉中のマンガンは水に浸出移行しにくいことが知られている(非特許文献4)。そこで、マンガンを多量に含む茶抽出液の製造法として、例えば、茶葉(茶植物)を0.05〜1.0重量%の有機酸水溶液もしくは鉱酸水溶液を用いて抽出する工程を具備したマンガン含有茶抽出液の製造方法(特許文献2)が報告されている。この方法で得られるマンガン含有茶抽出液は、茶の芳香を有し、液色は透明の黄色〜萌葱色であり、多くの食品への添加が可能であるとされている。
【0005】
一方、茶抽出液に含まれるマンガン等のミネラルを調整することにより、茶飲料の安定性を高めることが報告されている。例えば、特許文献3には、茶抽出物中の相対的な金属イオン濃度(カリウム、カルシウム、マンガン、マグネシウム)を電気透析処理などで制御することによって、透明性が改良された抗菌性を有する茶飲料が記載されている。また、特許文献4には、カルシウム、マグネシウム、マンガン、アルミニウム、亜鉛、鉄をそれぞれ10ppm含み、カテキン高含有の透明性が改善された茶抽出液が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2005/007171
【特許文献2】特開2001−299222号公報(特許第3859930号公報)
【特許文献3】特開2007−535954号公報
【特許文献4】特表平11−504224号公報(特許第3174065号公報)
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】『ミネラル・微量元素の栄養学』(第一出版株式会社、1994年)、p469〜481
【非特許文献2】茶学会研究会要旨、2002年
【非特許文献3】Anal Lett., Vol.31, No.4, p679-689, 1998
【非特許文献4】日衛誌、第48巻、第4号、1993年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の方法では、茶葉からマンガンを効率よく抽出するに至っていない。また、従来の方法で得られるマンガン含有物は、茶の芳香(特に、苦渋味)を有するために、茶系飲料などの茶風味を有する飲食品への利用には適するものであるが、マンガンを強化する目的で非茶系飲料等の飲食品に添加した場合には、茶に由来する苦渋味によって飲食品自体の風味を阻害するという問題があった。
【0009】
本発明は、多くの飲食品に添加可能な苦渋味の抑制されたマンガン含有物を、効率よく安価に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、まず、茶の芳香(特に、苦渋味)を低減した茶葉の抽出液を得る検討を行った。茶葉の抽出液を合成樹脂に通液し、茶の芳香に重要な因子であるカテキンを低減除去した。この液の官能評価を行うと、苦渋味はある程度低減されるものの、まだ不十分であり、カテキンを低減するだけでは多くの飲食品に添加可能な素材にはならないことが判明した。公知の苦味物質であるカフェインを低減除去しても、まだ苦渋味を有していた。
【0011】
そこで、カテキンおよびカフェイン以外に、茶の芳香(特に、苦渋味)を決定する因子を探索した。その結果、単独では苦味を発現しない、すなわち閾値以下の濃度のカリウムが、カテキンとの共存下ではカテキンの苦渋味を増強することを見出した。そして、このカリウムのカテキンの苦渋味増強作用が、マンガンを高濃度に含有する水溶液で、特に顕著に発現することを見出した。
【0012】
本発明者らは、カリウムの少ない茶葉の抽出液を得る方法について検討を行った結果、茶葉からの溶出において、カリウムの溶出がマンガンの溶出に比べて著しく早いことを見出したことに基づき、茶葉を水性溶媒に接触させた後の水洗茶葉から、マンガンを水等で抽出して抽出液を得たところ、マンガンに対するカリウム濃度(K/Mn)が著しく低減され、茶由来の苦渋味が十分に抑制された茶葉の抽出液が得られることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、これに限定されるものでないが、以下の発明に関する。
(1) マンガン(Mn)とカリウム(K)を含むマンガン含有物であって、茶葉を溶媒で抽出して得られ、固形分1%あたり10ppm以上のマンガンを含有し、マンガンに対するカリウムの重量比(K/Mn)が20以下である、マンガン含有物。
(2) 固形分1%あたり200ppm以下のカリウムを含有する、(1)に記載のマンガン含有物。
(3) カテキン類及びカフェインの含量が、それぞれ200ppm以下である、(1)又は(2)に記載のマンガン含有物。
(4) 前記茶葉が半発酵茶葉である、(1)〜(3)のいずれかに記載のマンガン含有物。
(5) 前記茶葉が、水洗処理を施した茶葉である、(1)〜(4)のいずれかに記載のマンガン含有物。
(6) 固形分1%あたり10ppm以上のマンガンを含有し、マンガンに対するカリウムの重量比(K/Mn)が20以下であるマンガン含有物の製造方法であって、茶葉に水洗処理を施すことと、水洗処理を施した茶葉を水系溶媒中で抽出することと、を含む、上記製造方法。
(7) 酵素又は酸を用いて抽出を行う、(6)に記載のマンガン含有物の製造法。
【発明の効果】
【0014】
天然物である茶葉を抽出原料に用いた本発明のマンガン含有物は、人体及び動物に対し有害な作用を示さず、きわめて安全性が高く、食品、飼料および医薬品等へ配合することができる。
【0015】
本発明のマンガン含有物は、茶由来の苦渋味がなく、飲食品に添加した場合に、飲食品自体の風味を損なうことがないので、多くの飲食品に配合して利用することができる。
本発明のマンガン含有物の製造法では、茶葉の水洗処理として、茶葉を水もしくは熱水で抽出する処理を行ってもよい。この場合、製造効率がよいというだけでなく、今までに利用価値の低かった茶殻を有効利用できるという利点もある。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(マンガン含有物)
本発明のマンガン含有物は、カリウムに対するマンガンの比率が高められた茶抽出液である。具体的には、本発明のマンガン含有物は、固形分1%あたり10ppm以上のマンガンを含有し、マンガンに対するカリウムの重量比(K/Mn)が20以下である。茶抽出液に、カテキン類やカフェイン等の苦味、渋味成分が存在することは知られており、これらの成分を除去する方法も知られているが、工業的に製造される茶抽出液には少なからずカテキン類やカフェインが存在する。本発明者らは、単独では苦味等を発現しない量のカリウムが、カテキン類及び/又はカフェインが存在する液中では、カテキン類やカフェインの苦渋味を増強すること、および、このカリウムの茶抽出液における苦渋味増強作用が、マンガン含有量が高い液中でより顕著となることを見出した。
【0017】
本発明のマンガン含有茶抽出物は、カリウムを少なくしてマンガンを多くする、すなわちカリウムに対するマンガンの比率を高めることによって、茶抽出液固有の苦渋味を抑制したことを特徴とする。具体的には、本発明のマンガン含有物は、固形分1%あたり10ppm以上、好ましくは15ppm以上、より好ましくは17ppm以上、特に好ましくは20ppm以上のマンガンを含有する茶抽出物であって、カリウム(K)に対するマンガン(Mn)の割合(K/Mn)(重量比)が、20以下、好ましくは15以下、より好ましくは10以下である。K/Mnを上記範囲内にすることによって、マンガンを高濃度に含有する茶抽出液中であっても、カテキン類やカフェインの苦味、渋味(本明細書中、併せて苦渋味ということもある)を増強させることがない。
【0018】
特に、茶抽出物中のカリウムの含有量を、固形分1%あたり200ppm以下、好ましくは170ppm以下、より好ましくは150ppm以下、特に好ましくは130ppm以下とし、固形分1%あたりのカテキン類及びカフェインの含有量を、それぞれ200ppm以下、好ましくは180ppm以下、より好ましくは160ppm以下としたマンガン含有茶抽出物は、苦渋味をほとんど呈しない。したがって、本発明のマンガン含有物は、各種飲食品、飼料、医薬品等に添加して用いることができる。
【0019】
カリウム、カテキン類、カフェインの含有量は、茶抽出液から公知の方法により低減除去してもよいが、後述する本発明の製造法、すなわち茶葉に水洗処理を施した後、該水洗茶葉からマンガンの抽出処理を行う方法を用いると、煩雑な作業なく、簡便に本発明のマンガン含有物(茶抽出液)を得ることができる。
【0020】
なお、本明細書中において、カテキン類とは、カテキン、ガロカテキン、カテキンガレート、ガロカテキンガレート、エピカテキン、エピガロカテキン、エピカテキンガレート、エピガロカテキンガレート等の非重合カテキンをいい、カテキン類の含有量をいうときは、これらの総量を指す。
【0021】
(マンガン含有物の製造法)
本発明のマンガン含有物(茶抽出物)の原料となる茶葉は、ツバキ科(Theoideae)、好ましくはツバキ属(Camellia)に属する茶樹の葉や茎またはそれらを加工して得られる。茶樹としては、Camellia sinensisが好ましく、例えば、Camellia sinensis var. assamicaやCamellia sinensis var. sinensisなどが挙げられる。原料茶葉としては、いわゆる不発酵茶、半発酵茶、発酵茶、それらの混合物のいずれも使用することができ、例えば、不発酵茶としては緑茶が挙げられ、具体的には蒸し茶、煎茶、玉露、抹茶、番茶、玉露茶、釜炒り茶、中国緑茶など、半発酵茶としては白茶(弱発酵茶)、黄茶(弱後発酵茶)、ウーロン茶などの青茶、発酵茶としては紅茶、プーアル茶などが挙げられる。なかでも、葉中のマンガン含有量が高い半発酵茶を用いることが好ましい。マンガン含有物(茶抽出物)を飲食品に添加して用いた場合に異味を感じにくいという香味の観点からも、半発酵茶は好適に用いられる。
【0022】
半発酵茶葉に含まれるマンガンは、他の茶葉と比較して茶抽出液に溶出されにくいことが知られているが、本発明の製造法によると半発酵茶葉からもマンガンを効率よく溶出させることができ、高い回収率でマンガンを回収することが出来る。なお、葉中のマンガン含有量は、新葉よりも古葉で高いこと、葉位別では下位葉ほど高いことが知られている。このようなマンガン含有量が高い葉を選択して用いることもできる。
【0023】
茶葉の大きさは特に制限されないが、0.5〜3.0cm程度のものが好ましい。0.5cm未満に粉砕された茶葉、特に石臼挽きなど細胞壁が破壊されるような粉砕処理が施された茶葉は、茶抽出液へのマンガン溶出量が多いが、カリウム、カテキンやカフェイン等の水溶性成分も多く溶出するため、これら水溶性成分を抽出液から低減除去する工程が必要となってしまう。
【0024】
本発明の製造法では、茶葉中のカリウムに対するマンガンの比率を高めた後、抽出処理を行うことを特徴とする。本発明者らは、茶葉中のマンガンとカリウムでは、水への溶解性が著しく異なり、カリウムが水へ溶出しやすいことを見出した。本発明では、この性質を利用して、上記原料茶葉に水洗処理を施すことで、簡便に茶葉中のカリウムに対するマンガンの比率を高めることができる。
ここで、水洗処理とは、水性溶媒を茶葉に接触させてカリウムを茶葉から溶出させて低減できる手段であればどのようなものでもよい。カリウムを茶葉から溶出させる割合は、水洗処理を施した茶葉からの抽出液中に存在するカリウムの含有量が、固形分1%あたり200ppm以下、好ましくは170ppm以下、より好ましくは150ppm以下、特に好ましくは130ppm以下となるような水洗処理であればよく、具体的には、原料となる茶葉中に含有されるカリウムの30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上、特に好ましくは80%以上を溶出させるような水洗処理を挙げられる。
【0025】
水洗処理は、原料茶葉に浸漬、ドリップあるいはシャワー等の方法によって、水性溶媒を10秒から5日間、好ましくは30秒から30分間接触させる方法を例示できる。水性溶媒の温度にもよるが、水洗時間を例えば3日間とることもできる。水洗処理に用いる水性溶媒には、蒸留水、イオン交換水、含水アルコール等を用いることができるが、カリウムとマンガンの溶解性の差やアルコールの沸点を考慮すると蒸留水やイオン交換水を用いるのが好ましい。水性溶媒の温度は特に制限されず、カリウムが溶出する10℃以上であればよいが、温水又は熱水を用いるとカテキン類やカフェインなどの苦味成分、渋味成分や、茶抽出液における沈殿や凝集の原因となるペクチンやヘミセルロース等の高分子成分などの水溶性成分を効率的に除去できる。好ましい水洗処理温度は、40〜100℃、より好ましくは60〜100℃、さらに好ましくは70〜100℃、特に好ましくは80〜100℃である。特に、90℃以上で水洗処理を行うと、茶葉中のカテキン類及びカフェインの大部分を除去でき、さらに、揮発性の香気成分も除去できることから最も好ましい。この水洗処理により茶葉から除去されるカテキン類又はカフェインの大部分とは、具体的には、原料となる茶葉中に含有されるカテキン類又はカフェインの50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上をいう。このように、カテキン類及びカフェインの大部分が除去された水洗茶葉を用いて水性溶媒で抽出を行うと、その抽出液中のカテキン類及びカフェインの含有量は、それぞれ固形分1%あたり200ppm以下、好ましくは180ppm以下、より好ましくは160ppm以下となる。
【0026】
水洗処理に使用する溶媒量は、乾燥原料茶葉1重量部当たり1〜10000重量部、好ましくは1〜1000重量部、より好ましくは5〜500重量部程度である。
なお、水洗処理は、必要に応じて1回又は複数回行ってもよい。また、水洗処理の前、後又は同時に、水蒸気蒸留等を行って、茶の香気成分を低減除去してもよい。
【0027】
本発明の製造法では、上記の水洗処理した茶葉(以下、水洗茶葉という)を、水性溶媒等を用いて抽出操作を行うことで、効率よくマンガン含有物を得ることができる。水洗茶葉を用いて水性抽出することによって本発明のマンガン含有物が効率的に得られる理由の詳細は明らかでないが、水洗処理、特に温水又は熱水を用いた水洗処理により、茶葉の細胞壁が破壊され、茶葉から溶出しにくいマンガンが溶出しやすい状態になっているものと推測される。また、水洗茶葉は、そのまま抽出工程に供しても、いったん乾燥してから抽出工程に供してもよい。
【0028】
水洗茶葉からのマンガン抽出に使用できる溶媒は、マンガンを溶解することができるものであれば特に限定はなく、例えば水性溶媒、有機溶媒、あるいはこれらの混合物等、いずれのものも使用できるが、得られるマンガン含有物をそのまま飲食品等に添加できるという利点や有機溶媒の沸点を考慮すると、水性溶媒、特に蒸留水やイオン交換水を用いるのが好ましい。抽出に使用する溶媒量は、水洗茶葉の乾燥重量1重量部当たり5〜100重量部、好ましくは10〜90重量部程度である。抽出溶媒には、アスコルビン酸ナトリウムなどの酸化防止剤、重炭酸ナトリウムなどのpH調節剤などの助剤等を抽出溶媒に添加してもよい。
【0029】
水洗茶葉の抽出に際し、マンガンの溶出を高める処理、具体的には粉砕処理、酵素処理、酸処理等を行ってもよい。粉砕処理とは、水洗茶葉を、石臼、ピンミル、ハンマーミル、カッターミル、コロイドミル、軸流型ミル、ホモジナイザー等の粉砕装置を用いて乾式又は湿式粉砕する処理を指す。平均粒子径(メジアン径)が、0.1〜100μm、好ましくは0.1〜50μm、より好ましくは0.1〜20μm程度の粉砕を行うことにより、細胞壁など細胞の構造体が破壊され、マンガンの溶出を高めることができる。
【0030】
酵素処理とは、酵素を用いて抽出すること(酵素抽出)を指す。使用する酵素は特に限定されるものではなく、茶葉のタンパク質や繊維質などの細胞の構造体を分解する酵素であればよく、例えば、繊維分解酵素としてはペクチナーゼ、プロトペクチナーゼ、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ、蛋白質分解酵素としてはプロテアーゼが挙げられる。上記のセルラーゼとは、セルロースのβ−1,4−グリコシド結合を加水分解してセルビオースを生成する反応を行う酵素である。食品で利用可能なセルラーゼであればその由来や、精製度等に限定されることなく用いることができる。市販されているセルラーゼとしては、セルロシンT2、AC40、AL(エイチビィアイ株式会社)、セルラーゼ「オノズカ」3S(ヤクルト薬品工業株式会社)、セルラーゼT「アマノ」4、A「アマノ」3(天野エンザイム株式会社)等が例示できる。上記のペクチナーゼ(ペクチンデポリメラーゼ又はポリガラクトウロニダーゼとも称される)とは、ポリガラクツロン酸(ペクチン酸)のα−1,4’−グリコシド結合を加水分解する反応を行う酵素である。食品で利用可能なペクチナーゼであればその由来や、精製度等に限定されることなく用いることができ、果汁の清澄化、搾汁の歩留まり向上等の利用を目的として市販されているペクチナーゼ等を用いることができる。このようなペクチナーゼとしては、セルロシンPC5、PE60、PEL(エイチビィアイ株式会社)、ペクチナーゼ3S、HL(ヤクルト薬品工業株式会社)、ペクチナーゼ「アマノ」PL、G「アマノ」(天野エンザイム株式会社)等が例示できる。上記のプロテアーゼとは、タンパク質、ペプチドに作用してペプチド結合の加水分解を触媒する酵素である。プロテアーゼは、タンパク質、ペプチドに作用して低分子ペプチドを生成するエンドペプチダーゼ(プロテイナーゼ)と、ペプチドに作用してアミノ酸を生成するエキソペプチダーゼ(ペプチダーゼ)の2種類に大別される。これらいずれのプロテアーゼを用いてもよいが、特にアミノ酸を生成しうるエキソペプチダーゼが好適である。このようなプロテアーゼは食品で利用可能なものであればその由来や、精製度等に限定されることなく用いることができ、作用至適pH等を考慮して選択すればよい。市販されているプロテアーゼとしては、オリエンターゼ22BF、90N、ONS、20A、ヌクレイシン、(エイチビィアイ株式会社)、パンチダーゼNP−2、パパインソルブル、プロテアーゼYP−SS(ヤクルト薬品工業株式会社)、デナチームAP、デナプシン、食品用精製パパイン(ナガセケムテック株式会社)、プロテアーゼM「アマノ」、A「アマノ」G、P「アマノ」3G、N「アマノ」、グルタミナーゼF「アマノ」100、ニューラーゼF、パンクレアチンF、パパインW−40、プロメラインF(天野エンザイム株式会社)等が例示できる。酵素抽出の条件は、用いる酵素の種類により適宜選択すればよい。通常、その配合量は水洗茶葉の乾燥重量1重量部当たり、0.0001〜0.1重量部、好ましくは0.001〜0.05重量部程度であり、抽出温度は、20〜50℃、好ましくは35〜45℃程度であり、抽出時間は、0.5〜20時間、好ましくは5〜18時間程度である。酵素の至適pHに合わせて、pH調整を行うとよい。酵素反応後は、約60〜121℃で2秒〜20分間程度加熱することにより、酵素を失活させる。
【0031】
酸処理とは、抽出溶媒に酸を用いて抽出すること(酸抽出)を指す。使用する酸は、食品に利用可能な酸であればよく、具体的には、クエン酸、アスコルビン酸、リンゴ酸、乳酸、塩酸、リン酸などが挙げられる。酸によって茶葉の細胞の構造体が破壊され、マンガンが効率よく抽出される。前記酸のなかでも、乳酸やリン酸を用いるのが香味の観点から好ましい。酸抽出では、抽出溶媒のpHは、好ましくは1.0〜6.0程度、より好ましくは1.5〜4.0程度、さらに好ましくは2.0〜3.0程度に調整する。好ましい態様において、水洗茶葉に対して、0.05重量%〜5重量%、より好ましくは0.1重量%〜2重量%の酸(例えば、乳酸)を添加して、酸抽出を行うことができる。抽出温度は、20℃以上、好ましくは50℃以上であり、抽出時間は、0.1〜3時間、好ましくは0.5〜3時間程度である。本発明において酸抽出によって抽出物を得る場合は、必要に応じて、アルカリを添加してpHを適宜中和することができる。
【0032】
上述の酵素処理や酸処理等のマンガンの溶出を高める処理を行わない場合は、水洗茶葉からのマンガンの抽出は、マンガンが溶出する20℃以上の温度、好ましくは30℃以上、より好ましくは60℃以上、さらに好ましくは70℃以上、特に好ましくは80℃以上で行う。温度の高い溶媒を用いることで、水洗茶葉の細胞壁が破壊されやすくなり、マンガンの溶出率が高まる。抽出時間は、溶媒の種類や温度により異なるが、通常、30秒〜1日、好ましくは1分〜20時間、より好ましくは1分〜16時間程度である。
【0033】
水洗茶葉は、予め多量の水溶性成分が除去されているので、上述のマンガンの溶出を高める処理を行っても、マンガン以外の水溶性成分が過剰に溶出することはない。したがって、本発明の製造方法によると、カリウムに対してマンガンの比率が高められたマンガン含有茶抽出液、特にカテキン類やカフェインが低減された、苦渋味の少ないマンガン含有茶抽出液を、簡便に得ることができる。上述のマンガンの溶出を高める処理のうち、酵素抽出および酸抽出でマンガンの回収率が高く、特に酸抽出でマンガンの回収率が高いことから、好ましい処理である。
【0034】
水洗茶葉からの抽出処理後の抽出液は、公知の方法、例えば、布、紙等を用いた濾過や遠心分離等により、回収することができる。回収されたマンガン含有茶抽出液は、減圧濃縮等の公知の濃縮操作を行って濃縮液の形態としてもよいし、噴霧乾燥、凍結乾燥等の乾燥操作を行って乾燥物の形態(粉末形態)としてもよい。マンガン含有茶抽出液は、公知の方法を組み合わせて、さらにマンガンを高純度に精製してもよい。また、茶由来の香気成分を水蒸気蒸留などの公知の技術を用いて除去するなどしてもよい。
【0035】
本発明の製造法では、マンガン含有量が高い、具体的には固形分1%あたり10ppm以上のマンガンを含有する茶葉の抽出液が簡便に得られるが、マンガンだけでなく、カルシウム、マグネシウム等の有用な2価ミネラルも多く抽出できるので、本発明のマンガン含有物の製造法は、ミネラル高含有茶抽出液の製造法としても有用である。本発明の製造法によると、固形分1%あたり90ppm以上、好ましくは120ppm以上、より好ましくは130ppm以上、さらに好ましくは140ppm以上の2価ミネラル(マンガン、カルシウム、マグネシウムの総量)含有物を得ることができる。
【0036】
なお、水洗茶葉として、茶飲料の製造工程で生じる抽出残渣、いわゆる茶殻を用いてもよい。この場合、利用価値の低かった茶殻を有効利用できるので、環境の観点からも経済的観点からも利点がある。
【0037】
このようにして得られた本発明のマンガン抽出物は、茶由来の苦渋味が少ないため、飲食品、医薬品、飼料、食品添加物などとして種々の用途に用いることができる。
【実施例】
【0038】
以下、実験例及び実施例を示して本発明の詳細を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。また、特に記載しないかぎり、本明細書において%などは重量基準であり、数値範囲はその端点を含むものとして記載される。
【0039】
試験例1.カリウムの苦味増強作用
(1−1.カリウム単独での苦味)
塩化カリウム(富田製薬(株)、(食品添加物))をカリウムが所定濃度(0〜450ppm)となるよう溶解した水溶液(マンガン非含有)を調製し、専門パネラーで苦味について官能評価を行った。評価はそれぞれ、3点(苦味なし)、2点(ほとんど苦味なし)、1点(苦味あり)、0点(強い苦味)として、相対的に評価した。
【0040】
【表1】

【0041】
結果を表1に示す。カリウム濃度が450ppm以下では、ほとんど苦味は感じられないレベルであった。
(1−2.カリウムの苦味増強効果)
次に、1−1で調製したカリウム濃度0〜450ppmの範囲の水溶液について、カフェイン(白鳥製薬(株)「緑茶エキス(茶の素)」)とカテキン(太陽化学(株)、「サンフェノン」)が各々200ppmとなるよう添加した水溶液(マンガン非含有)を調製し、専門パネラーで苦味について官能評価を行った。評価はそれぞれ、3点(許容できる苦味)、2点(やや強い苦味)、1点(強い苦味)、0点(苦味が強く不快)として、相対的に評価した。
【0042】
【表2】

【0043】
結果を表2に示す。カリウムの濃度が上昇するに従い、苦みのレベルは顕著に増加し、カリウム、またはカフェイン・カテキン単独で確認されたレベル以上に、相乗的な苦味の増強が見られた。なお、カテキン・カフェインが各々100ppmとなるようにして同様に実験も行ったが、同じように、カリウム、またはカフェイン・カテキン単独で確認されたレベル以上に、相乗的な苦味の増強が確認された。
【0044】
(1−3.マンガン存在下でのカリウムの苦味増強効果)
さらに、硫酸マンガン(ナカライテスク(株)「硫酸マンガン(II)五水和物」(純度99%))をマンガン濃度0〜50ppm、カテキンおよびカフェインが各200ppmとなるよう添加した水溶液を調製し、専門パネラーで苦味について官能評価を行った。前述と同様、評価はそれぞれ、3点(許容できる苦味)、2点(やや強い苦味)、1点(強い苦味)、0点(苦味が強く不快)として、相対的に評価した。
【0045】
【表3】

【0046】
結果を表3に示す。カリウムが共存する場合、マンガン濃度が上昇するに従い、苦みが増加する傾向が確認された。
試験例2.茶抽出液の製造および評価
(2−1.茶抽出液の調製)
A:茶葉抽出液(酵素処理)
ウーロン茶葉(乾燥重量15g)に、15倍量の0.2%アスコルビン酸水溶液を添加した。80℃に到達してから5分間保持し、殺菌した。液を冷却し、45℃になってから、ペクチナーゼ0.3gを添加し、45℃で16時間反応させた。
【0047】
再び加熱し、90℃に到達してから10分間保持し、酵素を失活させた。溶液を冷却し、遠心分離後、ろ紙ろ過にて固形分を取り除き、ウーロン茶葉由来の酵素抽出液(エキスA)を得た。
【0048】
B:茶葉抽出液(酵素処理、PVPP処理)
上記エキスA 75gに、ポリビニルピロリドン(アイエスピー・ジャパン(株)、「ポリクラールVT」)0.6gを添加し、常温で15分間撹拌してカテキン類を吸着させた。これを遠心分離後、ろ紙ろ過にてポリビニルピロリドンを取り除き、エキスBを得た。
【0049】
C:茶葉抽出液(酵素処理、活性炭処理)
上記エキスA 75gに、活性炭3gを添加し、常温で15分間撹拌してカテキン類およびカフェインを吸着させた。これを遠心分離後、ろ紙ろ過にて活性炭を取り除き、エキスCを得た。
【0050】
D:水洗茶葉抽出液(酵素処理)
まず、カラム型抽出機にウーロン茶葉(乾燥重量で15g)を封入し、抽出機上部から95℃の5重量%重曹水190mlを加え20分間保持した後、固液分離して抽出残渣を得た。
【0051】
次に、抽出残渣(水洗茶葉)に対して、0.2%アスコルビン酸水溶液250gを添加した。80℃に到達してから5分間保持し、殺菌した。液を冷却し、45℃になってから、ペクチナーゼ0.3gを添加し、45℃で16時間反応させた。再び加熱し、90℃に到達してから10分間保持し、酵素を失活させた。溶液を冷却し、遠心分離後、ろ紙ろ過にて固形分を取り除き、エキスDを得た。
【0052】
E:水洗茶葉抽出液(酸抽出)
上記Dと同様にして得たウーロン茶葉抽出残渣(水洗茶葉)に対して、0.2%アスコルビン酸および1.5%クエン酸水溶液250gを添加した。60℃に到達してから30分間保持し、遠心分離後、ろ紙ろ過にて固形分を取り除き、エキスEを得た。
【0053】
F:水洗茶葉抽出液(酵素処理)
まず、緑茶葉(乾燥重量で15g)を70℃の熱水450mlに5分間浸漬し、固液分離を行った。この工程を計5回繰り返して抽出残渣を得た。
【0054】
次に、抽出残渣(水洗茶葉)に対して、0.2%アスコルビン酸水溶液250gを添加した。80℃に到達してから5分間保持し、殺菌した。液を冷却し、45℃になってから、ペクチナーゼ、プロテアーゼ、タンナーゼを各0.3g添加し、45℃で16時間反応させた。再び加熱し、90℃に到達してから10分間保持し、酵素を失活させた。溶液を冷却し、遠心分離後、ろ紙ろ過にて固形分を取り除き、エキスFを得た。
【0055】
G:水洗茶葉抽出液
酵素を添加しなかったこと以外は、エキスDを得る手順と同様にして、エキスGを得た。
【0056】
H:水洗茶葉抽出液(微粉砕)
得られた水洗茶葉を予めフードカッターにて微粉砕したものを用いて酵素処理を行った以外は、エキスDを得る手順と同様にして、エキスHを得た。
【0057】
(2−2.茶抽出液の評価)
エキスA〜Fにおける、固形分(Bx)、ミネラル濃度、カテキン類濃度、カフェイン濃度を測定した。ミネラル濃度の測定は、ICP発光分析法にて行った。カテキン類およびカフェインの測定は、HPLCを用い、下記の条件にて行った。
【0058】
HPLC条件
・カラム:TSK-gel ODS-80TsQA(4.6mmφx150mm、東ソー株式会社)
・移動相:A液:水:アセトニトリル:トリフルオロ酢酸=900:100:0.5
B液:水:アセトニトリル:トリフルオロ酢酸=200:800:0.5
・流速:1.0ml/min
・カラム温度:40℃
・グラディエント条件;分析開始〜5分後:B液0%、
5分〜11分:B液8%までグラジエント
11分〜21分:B液10%までグラジエント
21分〜22分:B液100%までグラジエント
22分〜30分:B液100%にて保持
30分〜31分:B液0%
・検出:A280nm
・標準物質:カテキン、エピカテキン、ガロカテキン、エピガロカテキン、カテキンガレート、エピカテキンガレート、ガロカテキンガレートおよびエピガロカテキンガレート(クリタ高純度試薬)
官能評価
エキスA〜Fについて、専門パネラーで苦味について官能評価を行った。評価基準は、3点(許容できる苦味)、2点(やや強い苦味)、1点(強い苦味)、0点(苦味が強く不快)として、相対的に評価した。
【0059】
マンガン回収率
エキスD、E、G、Hにおける、使用茶葉あたりのマンガン回収量を算出した。算出方法は、エキス中のマンガン濃度(ppm)×エキス回収量(ml)÷使用乾燥茶葉量(g)とした。なお、マンガン濃度の測定は、ICP発光分析法にて行った。
【0060】
【表4】

【0061】
表4に、茶抽出液の組成および官能評価結果を示す(表4中の組成は、いずれも固形分1%あたりの濃度を示す)。表4から明らかなように、水洗茶葉を用いて得られた抽出液(エキスD、EおよびF)は、茶由来の苦味が抑制されており、好適であった。特に茶の風味が少なく、飲食品に添加した際に影響が少なかったのは、DおよびEであった。
【0062】
【表5】

【0063】
表5に、エキスD、E、G、Hにおける使用茶葉あたりのマンガン回収量を測定した結果を示す。なお、マンガン濃度の測定は、ICP発光分析法にて行った。茶殻に対し、粉砕処理、酵素処理、または酸抽出を施すことにより、マンガンの回収量は増加していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガンとカリウムを含むマンガン含有物であって、
茶葉を溶媒で抽出して得られ、
固形分1%あたり10ppm以上のマンガンを含有し、
マンガンに対するカリウムの重量比が20以下である、マンガン含有物。
【請求項2】
固形分1%あたり200ppm以下のカリウムを含有する、請求項1に記載のマンガン含有物。
【請求項3】
カテキン類及びカフェインの含量が、それぞれ200ppm以下である、請求項1又は2に記載のマンガン含有物。
【請求項4】
前記茶葉が、半発酵茶葉である、請求項1〜3のいずれかに記載のマンガン含有物。
【請求項5】
前記茶葉が、水洗処理を施した茶葉である、請求項1〜4のいずれかに記載のマンガン含有物。
【請求項6】
固形分1%あたり10ppm以上のマンガンを含有し、マンガンに対するカリウムの重量比が20以下であるマンガン含有物の製造方法であって、
茶葉に水洗処理を施すことと、
水洗処理を施した茶葉を溶媒中で抽出することと、
を含む、上記方法。
【請求項7】
酵素又は酸を用いて抽出を行う、請求項6に記載のマンガン含有物の製造法。

【公開番号】特開2010−239869(P2010−239869A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−89156(P2009−89156)
【出願日】平成21年4月1日(2009.4.1)
【出願人】(309007911)サントリーホールディングス株式会社 (307)
【Fターム(参考)】