説明

マンガン酸イットリウムYMnO3の製造方法

【課題】 マンガン酸イットリウムYMnOを容易に安価に製造することができ、更に斜方晶のマンガン酸イットリウムYMnO、六方晶のマンガン酸イットリウムYMnO又は斜方晶マンガン酸イットリウムYMnOと六方晶マンガン酸イットリウムYMnOとの混合物を効率的に製造することができる製造方法を提供すること。
【解決手段】 イットリウム化合物とマンガン化合物との混合酸性水溶液と、塩基と過酸化水素との混合水溶液とを混合し、その反応生成物を濾別して乾燥させ、400〜700℃で1〜10時間仮焼し、次いで750〜1150℃で1〜10時間焼成することからなるマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法に関し、より詳しくは強誘電体材料や排気ガス浄化用触媒に使用されるマンガン酸イットリウムYMnOの湿式製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マンガン酸イットリウムYMnOは磁気メモリ等のための強誘電体材料や排気ガス浄化用触媒に使用されており、その製造方法として、クエン酸等の有機酸を用いる方法(例えば、特許文献1参照。)、赤外加熱法(非特許文献1参照。)、スパッタ法、PLD法、ゾルゲル法(非特許文献2参照。)、固相合成法(非特許文献3参照。)等が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−178686号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Physical Review, the Section B.74 014422, 2006
【非特許文献2】Journal of Sol-Gel Science Technology, 13,907, 1998
【非特許文献3】Chemistry Materials 13(12, 4804, 2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のクエン酸等の有機酸を用いる方法では反応の制御が困難であり、またクエン酸等の有機酸は比較的高価であると言う問題点がある。上記の赤外加熱法、スパッタ法、PLD法、ゾルゲル法では製造コストが高いと言う問題がある。上記の固相合成法では製造コストが比較的安いが、六方晶マンガン酸イットリウムYMnOと斜方晶マンガン酸イットリウムYMnOとの作り分けが困難であると言う問題がある。また、斜方晶マンガン酸イットリウムYMnOの合成には1000℃×4h、10kbar程度の高温高圧が必要とされてきた。
【0006】
本発明は、湿式反応系に特定の化合物を存在させることによりマンガン酸イットリウムYMnOを容易に安価に製造することができ、更に湿式反応系に特定の化合物を存在させ且つ焼成条件を制御することにより斜方晶のマンガン酸イットリウムYMnO、六方晶のマンガン酸イットリウムYMnO、又は斜方晶マンガン酸イットリウムYMnOと六方晶マンガン酸イットリウムYMnOとの混合物を効率的に製造することができる製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記の目的を達成するために湿式反応系に種々の物質を添加して実験を行った結果、イットリウム化合物とマンガン化合物との混合酸性水溶液と、塩基と過酸化水素との混合水溶液とを混合することにより、更には焼成条件を制御することにより上記の目的が達成されることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
即ち、本発明のマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法は、イットリウム化合物とマンガン化合物との混合酸性水溶液と、塩基と過酸化水素との混合水溶液とを混合し、その反応生成物を濾別して乾燥させ、400〜700℃で1〜10時間仮焼し、次いで750〜1150℃で1〜10時間焼成することを特徴とする。
【0009】
本発明のマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法は、好ましくは、イットリウム化合物とマンガン化合物との混合酸性水溶液と、塩基と過酸化水素との混合水溶液とを混合し、撹拌下で熟成させ、その反応生成物を濾別して乾燥させ、粉砕し、分級し、400〜700℃で1〜10時間仮焼し、次いで粉砕し、分級し、750〜1150℃で1〜10時間焼成し、更に粉砕し、分級することを特徴とする。
【0010】
本発明のマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法においては、最も好ましくは、イットリウム化合物が硝酸イットリウムであり、マンガン化合物が硝酸マンガンであり、塩基がアンモニア水である。この場合には生成物中にアルカリ金属やハロゲン、硫黄化合物が混入することがない点で望ましい結果が得られる。
【0011】
本発明のマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法においては、塩基は反応のモル当量の1倍以上のモル量で用いることが好ましい。本発明の製造方法において反応のモル当量とは、式
[(イットリウム化合物中のイットリウム元素のモル数)×(イットリウム化合物中
のイットリウムの価数)]+[(マンガン化合物中のマンガン元素のモル数)×(マ
ンガン化合物中のマンガンの価数)]
で表されるモル量のことである。
【0012】
例えば、イットリウム化合物として硝酸イットリウムY(NO)1モルと、マンガン化合物として硝酸マンガンMn(NO)1モルとを用いる場合には、「[(硝酸イットリウム中のイットリウム元素のモル数(1モル))×(硝酸イットリウム中のイットリウムの価数(3))]+[(硝酸マンガン中のマンガン元素のモル数(1モル))×(硝酸マンガン中のマンガンの価数(2))]」となり、(1×3)+(1×2)=5で5モルが塩基の反応モル当量となる。また、イットリウム化合物として硫酸イットリウムY(SO)を用い、マンガン化合物として硝酸マンガンMn(NO)を用いる場合には、「[(硫酸イットリウム中のイットリウム元素のモル数(2モル))×(硫酸イットリウム中のイットリウムの価数(3))]+[(硝酸マンガン中のマンガン元素のモル数(1モル))×(硝酸マンガン中のマンガンの価数(2))]」となり、(2×3)+(1×2)=8で8モルが塩基の反応モル当量となる。
【0013】
塩基としてアンモニア水を用いる場合には、アンモニアは1価の塩基であるので反応のモル当量が5モルである場合には5モルのアンモニア水を用い、反応のモル当量が8モルである場合には8モルのアンモニア水を用いる。また、塩基として水酸化カルシウム等の2価の塩基を用いる場合には、反応のモル当量が5モルである場合には2.5モルの水酸化カルシウム等を用い、反応のモル当量が8モルである場合には4モルの水酸化カルシウム等を用いる。過酸化水素については、マンガン化合物中のマンガンモル数に対し0.1倍以上のモル量で用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明のマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法により、マンガン酸イットリウムYMnOを容易に安価に製造することができ、更に焼成条件を制御することにより斜方晶のマンガン酸イットリウムYMnO、六方晶のマンガン酸イットリウムYMnO、又は斜方晶マンガン酸イットリウムYMnOと六方晶マンガン酸イットリウムYMnOとの混合物を効率的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実験例1〜4において800℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンである。
【図2】実験例1〜4において900℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンである。
【図3】実験例1〜4において1000℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンである。
【図4】実験例4〜9において800℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンである。
【図5】実験例4〜9において900℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンである。
【図6】実験例4〜9において1000℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンである。
【図7】実験例4〜9において1100℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンである。
【図8】横軸(x軸)を焼成温度、縦軸(y軸)をHの添加量(H/Mn)とした座標に図1〜7のXRDパターンに示されている結果のプロット図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明のマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法について具体的に説明する。
【0017】
本発明のマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法は、イットリウム化合物とマンガン化合物との混合酸性水溶液と、塩基と過酸化水素との混合水溶液とを混合し、その反応生成物を濾別して乾燥させ、仮焼し、次いで焼成する諸工程を含むものである。
【0018】
本発明の製造方法で用いることのできるイットリウム化合物として、例えば、Y(NO)、YBr、YCl、YCl・6HO、YI、Y(OH)、Y(CHCOO)・4HO、Y(ClO)・6HO、Y(SO)、Y(SO)・8HO、Y(C)・3HO、Y(C)・9HO、Yを硝酸で溶解したもの等を挙げることができる。
【0019】
また、本発明の製造方法で用いることのできるマンガン化合物として、例えば、Mn(NO)、Mn(NO)・6HO、MnBr、MnCl、MnCl・4HO、MnI、MnI・4HO、Mn(CHCOO)・4HO、Mn(ClO)、MnSO、MnSO・HO等を挙げることができる。
【0020】
本発明の製造方法で用いることのできる塩基として、例えば、アンモニア、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の水酸化アルカリ金属、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等の水酸化アルカリ土類金属を挙げることができる。
【0021】
本発明の製造方法においては、最初に、イットリウム化合物とマンガン化合物との混合酸性水溶液を調製する。この際に、イットリウム化合物のイットリウム元素の金属モル数と、マンガン化合物のマンガン元素の金属モル数とが同一になるようにする。しかし、その量比が少しずれたとしても問題はない。量比のずれた程度や反応温度、反応時間等の反応条件の変化によっては副生物として少量の複酸化物YMn、複酸化物YMn、Y、Mnが生じることがあるが、これらの副生物を含む混合物も強誘電体材料や排気ガス浄化用触媒に使用することができる。
【0022】
塩基と過酸化水素との混合水溶液を調製する際には、塩基はマンガン酸イットリウム製造反応のモル当量の1倍以上のモル量となり、過酸化水素はマンガン化合物のモル数の0.1倍以上のモル量となるように混合することが好ましい。塩基及び過酸化水素のモル量の上限についてはマンガン酸イットリウムの製造の可否の点では制限が無いが、塩基、過酸化水素のモル量が多くなると大きな反応容器が必要となり、反応液が希釈されることになるのでコスト的に不利である。従って、塩基はマンガン酸イットリウム製造反応のモル当量の1〜7倍のモル量とすることが好ましく、1〜2.5倍のモル量とすることがより好ましい。一方、過酸化水素はマンガン化合物のモル数の0.1〜7倍のモル量とすることが好ましく、0.2〜2.5倍のモル量とすることがより好ましい。
【0023】
本発明の製造方法においては、イットリウム化合物とマンガン化合物との混合酸性水溶液と、塩基と過酸化水素との混合水溶液とを、好ましくは、塩基はマンガン酸イットリウム製造反応のモル当量の1〜7倍のモル量となり、より好ましくは1〜2.5倍のモル量となり、過酸化水素はマンガン化合物のモル数の0.1〜7倍のモル量となり、より好ましくは0.2〜2.5倍のモル量となるように混合して反応させる。
【0024】
塩基と過酸化水素との混合水溶液と、イットリウム化合物とマンガン化合物との混合酸性水溶液との混合が終了した後、好ましくは、撹拌下に熟成させる。熟成は1時間程度で良い。熟成させた後、例えば一晩(約半日)静置し、その後反応生成物を濾別し、乾燥させる。乾燥は例えば120℃で一晩(約半日)実施する。乾燥させた後、好ましくは粉砕し、250μm以下に分級したものを集める。
【0025】
その後、400〜700℃、好ましくは500〜650℃で1〜10時間、好ましくは
2〜8時間仮焼する。仮焼の後、好ましくは粉砕し、250μm以下に分級したものを集める。
【0026】
その後、750〜1150℃、好ましくは750〜1100℃で1〜10時間、好ましくは2〜8時間焼成する。焼成の後、好ましくは粉砕し、250μm以下に分級したものを集める。以上の処理工程によりマンガン酸イットリウムYMnOの粉末を得ることができる。なお、焼成条件を制御することにより斜方晶単相のマンガン酸イットリウムYMnOを製造することも、六方晶単相のマンガン酸イットリウムYMnOを製造することも、斜方晶マンガン酸イットリウムYMnOと六方晶マンガン酸イットリウムYMnOとの混合物を製造することもできる。
【0027】
以下に実施例、比較例に相当する実験例1〜9を記載する。
イットリウム化合物として硝酸イットリウムを用い、マンガン化合物として硝酸マンガンを用い、塩基としてアンモニア水を用い、各化合物を第1表に示すモル量で用いて、硝酸イットリウムと硝酸マンガンとの混合水溶液に、アンモニア水と過酸化水素との混合水溶液を徐々に添加して反応させた。添加(混合)が終了した後の反応液のpHは第1表に示す通りであった。添加(混合)が終了した後、1時間程度撹拌下に熟成させ、その後一晩静置し、反応生成物を濾別した。使用原料中のY及びMnの量に対する溶出分の割合(%)は第1表に示す通りであった。濾別した固形分を120℃で一晩乾燥させた。その後、粉砕し、250μm以下に分級したものを集めた。
【0028】
その後、600℃で6時間仮焼した。仮焼の後、粉砕し、250μm以下に分級したものを集めた。その後、800℃、900℃、1000℃又は1100℃で5時間焼成した。焼成の後、粉砕し、250μm以下に分級したマンガン酸イットリウムYMnOの粉末を集めた。
【0029】
【表1】

【0030】
実験例1〜9で800℃、900℃、1000℃又は1100℃で5時間焼成して得られた結果物のXRDパターンを求めた。図1に実験例1〜4において800℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンを示し、図2に実験例1〜4において900℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンを示し、図3に実験例1〜4において1000℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンを示す。また、図4に実験例4〜9において800℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンを示し、図5に実験例4〜9において900℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンを示し、図6に実験例4〜9において1000℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンを示し、図7に実験例4〜9において1100℃で5時間の焼成で得られた結果物のXRDパターンを示す。
【0031】
図1〜図7のXRDパターンから明らかなように、実験例3において800℃で5時間の焼成で得られた結果物、実験例4及び実験例9において800℃又は900℃で5時間の焼成で得られた結果物、実験例7及び実験例8において900℃で5時間の焼成で得られた結果物は斜方晶単相のマンガン酸イットリウムYMnOであった。また、実験例4、実験例6、実験例7、実験例8及び実験例9の全てにおいて1100℃で5時間の焼成で得られた結果物は六方晶単相のマンガン酸イットリウムYMnOであった。
【0032】
横軸(x軸)を焼成温度、縦軸(y軸)をHの添加量(H/Mn)とした座標に図1〜7のXRDパターンに示されている結果をプロットすると図8の通りとなる。また、x=750℃、950℃、1050℃及び1150℃に線を引き、y=0.1に線を引き、y=5.7−0.006xの線を引くと図8に領域A、領域B、領域C、領域Dが設定される。
【0033】
領域Aは750≦x≦950、y≧0.1、y≧5.7−0.006xの条件を満足し、斜方晶のYMnOが効率的に得られる領域である。領域Bは950<x<1050,y≧0.1の条件を満足し、斜方晶のYMnOと六方晶のYMnOとの混合物が効率的に得られる領域である。領域Cは1050≦x≦1150、y≧0.1の条件を満足し、六方晶のYMnOが効率的に得られる領域である。領域Dは750≦x≦950、y≧0.1、y<5.7−0.006xの条件を満足し、斜方晶のYMnOと六方晶のYMnOとYMnとの混合物が効率的に得られる領域である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イットリウム化合物とマンガン化合物との混合酸性水溶液と、塩基と過酸化水素との混合水溶液とを混合し、その反応生成物を濾別して乾燥させ、400〜700℃で1〜10時間仮焼し、次いで750〜1150℃で1〜10時間焼成することを特徴とするマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法。
【請求項2】
イットリウム化合物とマンガン化合物との混合酸性水溶液と塩基と過酸化水素との混合水溶液とを混合し、撹拌下に熟成させ、その反応生成物を濾別して乾燥させ、粉砕し、分級し、400〜700℃で1〜10時間仮焼し、次いで粉砕し、分級し、750〜1150℃で1〜10時間焼成し、更に粉砕し、分級することを特徴とするマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法。
【請求項3】
イットリウム化合物が硝酸イットリウムであり、マンガン化合物が硝酸マンガンであり、塩基がアンモニア水である請求項1又は2に記載のマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法。
【請求項4】
塩基を反応のモル当量の1倍以上のモル量で用い、過酸化水素をマンガン化合物のモル数の0.1倍以上のモル量で用いる請求項1、2又は3に記載のマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法。
【請求項5】
横軸(x軸)を焼成温度、縦軸(y軸)をHの添加量(H/Mn)とした座標で750≦x≦950、y≧0.1、y≧5.7−0.006xの条件を満足する条件下で斜方晶のマンガン酸イットリウムYMnOを製造する請求項1〜4の何れか1項に記載のマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法。
【請求項6】
横軸(x軸)を焼成温度、縦軸(y軸)をHの添加量(H/Mn)とした座標で1050≦x≦1150、y≧0.1の条件を満足する条件下で六方晶のマンガン酸イットリウムYMnOを製造する請求項1〜4の何れか1項に記載のマンガン酸イットリウムYMnOの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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