説明

マンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物及びその製造方法

【課題】 導電性あるいは非導電性の材質からなる任意形状の固体基材表面が、マンガン酸化物の単一組成の単結晶性ナノワイヤで緻密に被覆されている構造物、特には、マンガン酸化物からなる単結晶性ナノワイヤが珊瑚礁のように固体基材表面を完全に被覆し、大面積であっても安定な皮膜を有することを特徴とする構造物、及び該構造物の簡便且つ効率的な製造方法を提供すること
【解決手段】 金属酸化物表層(a)を有する固体基材(X)の当該金属酸化物表層(a)が、マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)で被覆されてなるマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物であって、該マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)が、マンガン酸化物単一組成の単結晶からなるナノワイヤであることを特徴とするマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物、及びその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、任意形状の固体基材表面がマンガン酸化物ナノワイヤで緻密に被覆されていることを特徴とするマンガン酸化物含有ナノワイヤ被覆型構造物、及び該構造物の製造方法に関する。より詳しくは、任意形状の固体基材表面に、数十ナノメートルの太さを有するマンガン酸化物のナノワイヤが数マイクロメートルの厚みで珊瑚状に生えて、その固体基材表面を緻密に被覆することを特徴とするナノワイヤ被覆型構造物、及び該構造物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マンガン酸化物は、スピン・電荷・格子・軌道の自由度により非常に多様な相を構成することで、磁性体、絶縁体、半導体、導体といった電子、光学、磁性材料として非常に注目されている。その中でも、リチウム電池、キャパシターにおいて、マンガン酸化物のポテンシャルは大きい。また、電荷の自由度より、酸化触媒としても広く用いることができる。
【0003】
マンガン酸化物のこのような物性をより効率的に発現させるには、それをナノオーダーのスケールに構築させることが望まれる。ナノサイズの材料の場合、バルクの材料に比べ、その表面の原子の割合が急激的に増大し、バルク状態では示さない化学的、物理的特性が発現されることが多い。
【0004】
マンガン酸化物の場合、粉体としてのナノ構造体についての研究は比較的に多い。例えば、YuanらはMnOを原料として用い、それを200℃加圧条件下水熱反応させることで、γ−MnOOHの単結晶ナノワイヤを合成できることを報告している(例えば、非特許文献1参照。)。これで得られたγ−MnOOHの単結晶ナノワイヤを300℃以上の温度にて加熱することで、β−MnOの単結晶ナノワイヤを得ることも報告している。Ramstedtらは、2価のマンガンイオン化合物を過酸化水で酸化することで、MnOOHのナノ構造体粉末を得ている(例えば、非特許文献2参照。)。Crisostomoらは、KMnOを出発原料として用い、それを還元させることでマンガン酸化物のナノ構造を有する粉体を得ている(例えば、非特許文献3参照。)。Gaoらは、KMnOをエタノールで還元することで、γ−MnOOHの単結晶ナノロッドを得ている(例えば、非特許文献4参照。)。Zhengらは、硫酸マンガンをNaClOで酸化することで、β−MnOの単結晶ナノチューブができると報告している(例えば、非特許文献5参照。)。更にまた、Zhangらは、MnSOを熱水下過酸化水で酸化させることで、ウニ構造のγ−MnOOHナノ粒子を得ること、または、KCrで酸化させることで、ウニ構造のα−MnOナノ粒子を得ることをも報告している(例えば、非特許文献6参照。)。
【0005】
上述のように、マンガン酸化物ナノ構造体粉末を得るには、基本的に高温加圧溶液(オートクレーブ)中マンガン化合物を酸化または還元、あるいは高温組成変換させればよく、比較的容易である。しかしながら、マンガン酸化物のナノ構造体を選択的に基材表面にて成長させ、マンガン酸化物のナノ薄膜を得るためには、これらの粉末を得る際に必要なオートクレーブ法は適合ではない。
【0006】
マンガン酸化物ナノ構造薄膜の作製は、特殊の条件を必要とする。例えば、電気化学ルートにより、シリコン、ITO、ステンレス、グラファイトなど導電性基材表面にマンガン酸化物ナノワイヤを析出させることが報告されている(例えば、非特許文献7参照。)。この方法では、導電性基材をMnSO水溶液中に浸漬し、その液中にパルス的に電場をかけることで、導電性基材表面にマンガン酸化物を析出させるものである。しかしながら、これで得るマンガン酸化物ナノワイヤは単一組成ではなく、異なる化学構造のマンガン酸化物ナノ結晶の薄膜である。また、例えば、陽極処理されたアルミナ(AAO)のナノ細孔を有するフィルムを表面に持つ基材を仕事電極にし、それをマンガン化合物水溶液に浸漬し、電場をかけることで、AAOのナノ細孔中にマンガン酸化物が析出し、ナノロッドに成長した薄膜を得ることが報告されている(例えば、非特許文献8参照。)。
【0007】
金属酸化物のナノ構造薄膜作製において、酸化チタン、酸化亜鉛などについては数多くの研究開発が行なわれ、ナノワイヤ、ナノチューブ、ナノリボン、ナノロッドの如く、複雑構造を有するナノ構造薄膜は容易に作製できるようになっている。しかしながら、マンガン酸化物のナノ構造薄膜についての研究は少なく、電気化学的ルートを経由しないと効率的な膜を得ることができない。非電気化学的で、かつ溶液中に浸漬するボトムアップ方式によるマンガン酸化物ナノ構造(単結晶性ナノワイヤ)薄膜の作製技術は皆無といっても過言ではない。即ち、電気化学的プロセスは導電性を持たない基材表面にはマンガン酸化物を析出させることができないというのが、現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Yuan et.al.,Appl.Phys.A80,743−747,2005
【非特許文献2】Ramstedt et.al.,Langmuir,20,8224,2004
【非特許文献3】Crisostomo et.al.,Chem.Mater.,19,1832−1839,2007
【非特許文献4】Gao et.al.,Inorg.Chem.,48,6242−6250,2009
【非特許文献5】Zheng et.al.,J.Phys.Chem.B,109,16439−16443,2005
【非特許文献6】Zhang et.al.,Solid State Communications,141,427−430,2007
【非特許文献7】Hu et al.,Electrochemistry Communications,10,1792−1796,2008
【非特許文献8】C.−L.Xu et al.,Journal of Solid State Chemistry ,179,1351−1355,2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、導電性あるいは非導電性の材質からなる任意形状の固体基材表面が、マンガン酸化物の単一組成の単結晶性ナノワイヤで緻密に被覆されている構造物、特には、マンガン酸化物からなる単結晶性ナノワイヤが珊瑚礁のように固体基材表面を完全に被覆し、大面積であっても安定な皮膜を有することを特徴とする構造物、及び該構造物の簡便且つ効率的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、2価のマンガンイオン化合物の水溶液に、金属酸化物表層を有する固体基材を浸漬し、マンガン酸化物の生成と結晶生長を該固体基材の表層上に制御することによって、上記課題を解決できる事を見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち本発明は、金属酸化物表層(a)を有する固体基材(X)の当該金属酸化物表層(a)が、マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)で被覆されてなるマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物であって、該マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)が、マンガン酸化物単一組成の単結晶からなるナノワイヤであることを特徴とするマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物を提供するものである。
【0012】
更に本発明は、(1)2価のマンガンイオン化合物(i)と過酸化水素を含む水溶液を調製する工程、
(2)工程(1)で得られた水溶液に塩基性有機アミン化合物(ii)を加える工程、
(3)工程(2)で得られた水溶液に金属酸化物表層(a)を有する固体基材(X)を浸漬し、95℃以下に加温して、該金属酸化物表層(a)の表面をマンガン酸化物ナノワイヤ(Y)で被覆する工程、
(4)マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)で被覆された固体基材(X)を取り出し、該表面を水洗して乾燥する工程、
を有することを特徴とするマンガン酸化物MnOOH(y1)ナノワイヤ被覆型構造物の製造方法と、これを焼成することによって得られる、マンガン酸化物MnO(y2)ナノワイヤ被覆型構造物及びマンガン酸化物Mn(y3)ナノワイヤ被覆型構造物の製造方法をも提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明のマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物は、本発明の製造方法により、任意形状、任意材質表面に、酸化錫または酸化チタンなど金属酸化物表層さえあれば形成できる。即ち、固体基材の種類を問わず、その表面に金属酸化物の表層を存在させることができれば、その表面をマンガン酸化物ナノワイヤで緻密に被覆することができる。従って、本発明で得られる構造物は、各種マイクロ電池構築、触媒付与型マイクロリアクター、チップ、センサー、フォトニックデバイス構築、絶縁体または半導体構築、殺菌/滅菌デバイス構築、基材表面の屈折率調整技術などの、産業上幅広い分野への応用展開が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】合成例1で得たガラス基板表面の走査型電子顕微鏡写真である。酸化チタンの粒粒が表面を覆っている。
【図2】合成例2で得たガラス基板表面の走査型電子顕微鏡写真である。基板表面(左)及び断面(右)イメージ。表面は針のような構造で覆っている。
【図3】合成例3で得たポリメチルメタクリレート基板表面の走査型電子顕微鏡写真である。基板表面全体が針のような構造で覆われている。
【図4】実施例1で得た構造物断面走査型電子顕微鏡写真である。基板表面(左)及び断面(右)イメージ。
【図5】実施例1で得た構造物のXRD回折パターンである。
【図6】実施例1で得た構造物のナノワイヤの低分解能TEM写真である。
【図7】実施例1で得た構造物のナノワイヤの透過型電子顕微鏡写真である。上:1本のワイヤイメージ;中:1本のワイヤ全幅の高分解能イメージ;下:中のエッジーの部分の拡大図。
【図8】実施例2で得た構造物断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図9】実施例2で得た構造物のXRD回折パターンである。
【図10】実施例3で得た構造物断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図11】実施例3で得た構造物のXRD回折パターンである。
【図12】実施例4で得た構造物の走査型電子顕微鏡写真である。
【図13】実施例5で得た構造物の走査型電子顕微鏡写真である。
【図14】実施例6で得た構造物の走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の構造物は、金属酸化物表層(a)を有する固体基材(X)の表面がマンガン酸化物ナノワイヤ(Y)で被覆されたマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物であって、該マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)が、基材表面で一定の皮膜を形成しているものである。
【0016】
通常、2価のマンガンイオン化合物を水中溶解させ、それに有機アミン化合物を加えた場合、溶液中にマンガン酸化物の結晶が析出しやすい。従って、基材表面でマンガン酸化物のナノワイヤを選択的成長させるには、基材表面にマンガン酸化物の種結晶、即ち結晶核を効率的に「植える」ことが大前提である。
【0017】
結晶核を固体基材表面に植えるには、後述するように、溶液中のマンガンイオン濃度、溶液温度、塩基性アミン化合物濃度、過酸化水濃度などを調製すれば良いが、それらが揃っても、マンガン酸化物のナノワイヤの緻密な皮膜形成を誘導することはできない。本発明者は、マンガン酸化物ナノワイヤの薄膜形成に当たって、固体基材表面でマンガン酸化物の結晶核形成に必要不可欠な要素に着目し、鋭意研究を重ねた結果、どのような材質・形状の固体基材であっても、その表面に金属酸化物表層が存在すれば、その表面でのみ、高度選択的にマンガン酸化物ナノワイヤが成長し、それが基材表面を完全に被覆できることを見出した。
【0018】
[固体基材(X)]
本発明において使用する固体基材(X)としては、その表面に金属酸化物表層(a)があるものであれば特に限定されず、その材質としては例えば、ガラス、シリコン、金属、金属酸化物などの無機材料、樹脂(プラスチック)、セルロースなどの有機材料等が挙げられる。
【0019】
金属酸化物表層(a)を構成する金属酸化物としては、たとえば、酸化錫、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化鉄、酸化クローム、酸化ニッケル、酸化銀、酸化銅等遷移金属系酸化物、及び異物がドープされたこれらの金属酸化物が挙げられる。その中でも、導電性を有するドープ型酸化スズ薄膜、又は光応答性に優れる酸化チタン薄膜であることがより好ましい。更に、固体基材(X)上に導電性酸化スズ薄膜と酸化チタン薄膜とが積層してなるものであることがより好ましい。
【0020】
前記固体基材(X)の材質が樹脂である場合、樹脂種としては例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボナート、ポリエステル、ポリスチレン、ポリメタクリレート、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンアルコール、ポリイミド、ポリアミド、ポリウレタン、エポキシ樹脂、セルロースなどの各種ポリマーの加工品を好適に用いることができる。
【0021】
固体基材(X)の形状については、特に限定されるものではなく、平面状若しくは曲面状板、またはフィルムでも良い。特に、複雑形状加工品の管状チューブ、管状チューブのらせん体、マイクロチューブ;また、任意形状の(例えば、球形、四角形、三角形、円柱形等)容器;また、任意形状の(例えば、円柱形、四角形、三角形等)棒または繊維状態の固体基材でも好適に用いることができる。
【0022】
金属酸化物表層(a)を有する固体基材(X)としては、市販されているものをそのまま使用することができ、また、所望の固体基材(X)に対して、金属酸化物からなる表層を作製してから用いても良い。金属酸化物からなる表層を作製する方法としては、特に限定されるものではなく、例えば、金属酸化物ソース含有液(酸化チタンソース液、酸化亜鉛ソース液、酸化スズソースなど)に基板を浸漬することで作製できる。
【0023】
また、表面に金属酸化物表層(a)を有する固体基材(X)の市販品としては、例えば、インジウムドープ酸化スズ(ITO),フッソドープ酸化錫(FTO),アンチモンドープ酸化スズ(ATO)等が挙げられる。
【0024】
[マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)]
本発明の構造物は、固体基材(X)の金属酸化物表層(a)上にマンガン酸化物ナノワイヤ(Y)からなる皮膜があることを特徴とする。当該ナノワイヤ(Y)は、珊瑚礁のように表層(a)から略垂直方向に立ち並んで緻密に生えて、それの厚みが、1〜5μmの範囲のナノ薄膜を形成している。マンガン酸化物は、MnOOH(y1)、MnO(y2)又はMn(y3)等で構成され、単一組成の単結晶からなるものである。
【0025】
本発明におけるマンガン酸化物ナノワイヤ(Y)は、10〜100nmの太さであって、且つその長さが1〜6μmまで伸びることを特徴とする。
【0026】
また、マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)は、ワイヤの長さ方向に向け、結晶縞が並行的に並ぶことを特徴とする。
【0027】
基材表面を被覆するマンガン酸化物ナノワイヤ(Y)は、100℃以下の水溶液中で成長するが、それは単一成分のMnOOH(y1)であり、高度選択的にγ−MnOOHに成長することを特徴とする。
【0028】
マンガン酸化物MnOOH(y1)ナノワイヤで被覆された構造物を350℃以上の温度で加熱処理すると、γ−MnOOHを完全にβ−MnOに変換させることができ、マンガン酸化物MnO(y2)ナノワイヤ被覆型構造物とすることができる。この変換過程(加熱処理過程)では、マンガン酸化物のナノワイヤ形態は変化せず維持される。
【0029】
又、マンガン酸化物MnOOH(y1)ナノワイヤで被覆された構造物を550℃以上の温度で加熱処理することで、γ−MnOOHを完全にα−Mnに変換させることができ、マンガン酸化物Mn(y3)ナノワイヤ被覆型構造物とすることができる。この変換過程(加熱処理過程)では、マンガン酸化物のナノワイヤ形態は変化せず維持される。
【0030】
[マンガン酸化物含有ナノワイヤ被覆型構造物の製造方法]
以下、本発明の構造物の製造方法について詳述する。
本発明でのマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物の製造工程では、まず、MnOOH(y1)のナノワイヤ被覆型構造物の製造が前提となる。
【0031】
本発明でのマンガン酸化物MnOOH(y1)被覆型構造物の製造は下記の工程
(1)2価のマンガンイオン化合物(i)と、過酸化水素を含む水溶液を調製する工程
(2)工程(1)で得られた水溶液に塩基性有機アミン化合物(ii)を加える工程
(3)工程(2)で得られた水溶液に金属酸化物表層(a)を有する固体基材(X)を浸漬し、95℃以下に加温して、該金属酸化物表層(a)の表面をマンガン酸化物ナノワイヤ(Y)で被覆する工程、
(4)マンガン酸化物含有ナノワイヤ(Y)で被覆された固体基材(X)を取り出し、該表面を水洗して乾燥する工程、
を有することを特徴とする。
【0032】
[2価のマンガンイオン化化合物(i)]
本発明の製造方法において、マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)を効率的に構築するためには、2価のマンガンイオン化合物(i)を必須の前駆体とする。前記化合物(i)として、例えば、硝酸マンガン、硫酸マンガン、塩化マンガン、酢酸マンガンなどを取り上げることができる。
【0033】
前記工程(1)における2価のマンガンイオン化合物(i)の適合濃度としては、1〜25mMであることが好ましく、特に5〜20mMの範囲であることが更に好ましい。
【0034】
工程(1)において、2価のマンガンイオン化合物(i)を溶解させる際、同時に過酸化水化合物を用いて、過酸化水素を含む水溶液とするが、その使用割合としては、2価のマンガンイオン(i)のモル数に対し、3〜4倍のモル数であることが好ましい。尚、この工程(1)においては、水溶液の温度は室温、例えば、5〜30℃の範囲で行なうことが好ましい。
【0035】
工程(2)では、前記工程(1)で調製した水溶液に、塩基性有機アミン化合物(ii)を加える。前記塩基性有機アミン化合物(ii)としては、一級、二級、三級アミンであるアルキルアミン類を好適に用いることができる。また、ヘキサメチレンテトラミンや、ピリジン、イミダゾール等の窒素原子含有環状塩基性有機化合物も好適に用いることができる。アミン化合物(ii)の使用量としては、工程(i)で用いた2価のマンガンイオン(i)のモル数に対して、1〜3倍モル量であることが好ましい。
【0036】
[マンガン酸化物MnOOH(y1)ナノワイヤ被覆型構造物の作製工程]
金属酸化物表層(a)を有する固体基板(X)を、上記工程(2)で得られた水溶液中に浸漬し、そのままウォーターバス等を用いて95℃以下に加温することで、表面にMnOOH(y1)のナノワイヤを成長させることができる。
【0037】
加温条件としては、30〜95℃の範囲であることが好ましく、ナノワイヤの伸び度合いを高度に制御するためには65〜90℃の範囲であれば更に好ましい。
【0038】
また、基板の浸漬時間としては特に制限することではないが、30分から10時間の範囲であれよく、ナノワイヤの伸び度合いを高度に制御するには、2〜6時間の範囲であることが好ましい。
【0039】
上述の条件でナノワイヤを成長させた後、基板を水溶液から取り出し、その表面を蒸留水等で洗浄、または基板を蒸留水等に浸漬して水洗する。この後、室温下での放置等により乾燥することで、マンガン酸化物MnOOH(y1)ナノワイヤ被覆型構造物を得ることができる。
【0040】
[マンガン酸化物MnO(y2)ナノワイヤ被覆型構造物の作製工程]
上記浸漬工程を経て得られたMnOOH(y1)ナノワイヤ被覆型構造物を、基板ごと加熱する工程を行なうことにより、MnOOH(y1)ナノワイヤをMnO(y2)ナノワイヤに変換させることができる。
【0041】
加熱工程では、マンガン酸化物の組成変換を選択的にMnO(y2)にとどめるために、その温度範囲を500℃以下にすることが望ましく、MnOナノワイヤ(y2)結晶度合い向上させるには通常300〜500℃の範囲であり、400〜500℃の範囲であることがより好ましい。
【0042】
加熱時間は特に限定することではないが、所定適合温度範囲にて30分から数時間範囲であればMnOOH(y1)ナノワイヤをMnO(y2)ナノワイヤに変換できる。
【0043】
加熱の際の温度上昇は、プログラム的に制御することが好ましく、数十分または1時間かけて所定温度まで上昇させることが好ましい。
【0044】
[マンガン酸化物Mn(y3)ナノワイヤ被覆型構造物の作製工程]
上記で得られた、MnOOH(y1)ナノワイヤ被覆型構造物又はマンガン酸化物MnO(y2)ナノワイヤ被覆型構造物をさらに高温で処理することによって、マンガン酸化物Mn(y3)ナノワイヤ被覆型構造物を得ることができる。
【0045】
加熱温度として550〜1000℃の範囲に設定することで、マンガン酸化物Mn(y3)ナノワイヤ被覆型構造物を得ることができる。マンガン酸化物Mn(y3)ナノワイヤに安定的に変換させるには、加熱温度を550〜650℃の範囲に設定することがより好ましい。
【0046】
上記所定温度範囲での加熱時間は特に限定することではないが、30分から数時間であれば、MnOOH(y1)ナノワイヤまたはMnO(y2)ナノワイヤを好適にMn2Oナノワイヤ(y3)に変換できる。尚、加熱の具体的装置等には何ら限定されるものではなく、温度調整が可能な汎用の設備で充分である。
【実施例】
【0047】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明する。なお、特に断わりがない限り、「%」は「質量%」を表わす。
【0048】
[走査電子顕微鏡によるナノワイヤの形状分析]
乾燥後のナノワイヤを両面テープにてサンプル支持台に固定し、日立社製走査電子顕微鏡「S−5000」にて観察した。
【0049】
[透過型電子顕微鏡によるナノワイヤの形状分析]
日本電子株式会社製透過型電子顕微鏡「JEM−2200FS」にて観察した。
【0050】
[X線回折法(XRD)によるマンガン酸化物の分析]
マンガン酸化物を測定試料用ホルダーにのせ、それを株式会社リガク製広角X線回折装置「Rint−ultma」にセットし、Cu/Kα線、40kV/30mA、スキャンスピード1.0°/分、走査範囲20〜40°の条件で行った。特に、被覆膜の内部構造詳細の分析では、その測定条件を以下のように設定した。X線:Cu/Kα線、50kV/300mA、走査スピード:0.12°/min;走査軸:2θ(入射角0.2〜0.5°、1.0°)。
【0051】
合成例1[ガラス基板表面に酸化チタン表層を作製する]
スクリューガラス管中で、0.071gのTiOSO・nHO(硫酸チタニル、ナカライテスク社製)無色粉末を19mLの蒸留水(水質;比抵抗18.2mΩ・cm)に分散させ、ここに35%の過酸化水素水60μL(東京化成社製)を加えた。この分散液に数滴の硝酸(69%、キシダ化学社製)を加え、TiOSOが完全に溶解するまで室温で30分撹拌した。この溶液に再度硝酸を滴下し、pHを1.3に調製した後、0.036gの炭酸ナトリウム(キシダ化学社製、pH標準液用)を溶解させ、pHを1.65に調製した。pHは、Mettoler Toledo社(スイス)製pHメーターを用いて測定した。このようにして得られた酸化チタン前駆体の水溶液に、スライドガラス基板を立て掛けて浸漬させ、それを80℃で1時間静置させた。1時間後基板を取り出し、それを蒸留水で洗浄した。
【0052】
この基板を乾燥後、400℃にて1時間加熱した。これでガラス基板表面に、アナターゼ型酸化チタン表層が形成した(図1)。
【0053】
合成例2[ガラス基板表面に酸化チタン表層を作製する]
合成例1と同様な液中にスライドガラス基板を立てかけて浸漬し、溶液を80℃まで加熱し、その温度で18時間静置させた。溶液を室温に冷却後、ガラス基板を取り出し、それを蒸留水で3回洗浄し、室温で放置し乾燥した。これでガラス基板表面が芝状酸化チタンで覆われた(図2)。
【0054】
合成例3 [ポリメチルメタクリレート基板表面に酸化チタン表層を作製する]
合成例1と同様な液中にポリメチルメタクリレート板を立てかけて浸漬し、溶液を80℃まで加熱し、その温度で18時間静置させた。溶液を室温に冷却後、フィルム基板を取り出し、それを蒸留水で3回洗浄し、室温で放置し乾燥した。これでポリイミドフィルム表面が芝状酸化チタンで覆われた(図3)。
【0055】
実施例1[酸化スズ表層を有するシリコン基板表面がマンガン酸化物(MnOOH)ナノワイヤで被覆されてなる構造物]
サンプル瓶に、MilliQ 水,Mn(NO・6H2O(特級,関東化学),H(35%)を順次加え、最後にヘキサメチレンテトラミン(特級,キシダ化学)を溶解させ、各化合物の組成として、マンガンイオン(15mmol/L)、H(37mmol/L)、ヘキサメチレンテトラミン(15mmol/L)の溶液に調製した。該溶液にフッ素ドープ酸化スズ表層を有するシリコン基板(FTO,AGCファブリテック社製)を浸漬し、それを80℃にて5時間静置した。
【0056】
基板を取り出し、蒸留水にて3回洗浄後、室温乾燥し、MnOOHナノワイヤで被覆されたシリコン構造物を得た。図4には得られた構造物のSEM観察の断面構造写真を示した。ナノワイヤが基板上に緻密に立ち並ぶ状態が明確に観察される。この構造物のXRD観察から、ワイヤはγ−MnOOH由来の結晶体であることが判明した(図5)。さらに、ワイヤを掻き落とし、そのワイヤをTEMにて観察した。低分解能条件での観察から、ワイヤ表面はややラフであり、その太さは30nmであった(図6)。高分解能条件では、ナノワイヤ結晶の格子縞が観察され、その同一間隔の縞は一方向に伸びた(図7)。これは、γ−MnOOHナノワイヤが単結晶であることを強く示唆する。
【0057】
実施例2[酸化スズ表層を有するシリコン基板表面がマンガン酸化物(MnO)ナノワイヤで被覆されてなる構造物]
実施例1で得られたMnOOHナノワイヤ被覆型構造物を電気炉に入れ、400℃の加熱条件下で1時間放置した。冷却した後、サンプルを取り出し、MnOナノワイヤ被覆型構造物を得た。これ構造物のSEM写真を図8に示した。ワイヤ構造には変化なく、緻密な被覆構造のままであった。該構造物のXRD測定から、ナノワイヤはMnO由来の結晶体であることが示唆された(図9)。
【0058】
実施例3[酸化スズ表層を有するシリコン基板表面がマンガン酸化物(Mn)ナノワイヤで被覆されてなる構造物]
実施例1で得られたMnOOHナノワイヤ被覆型構造物を電気炉に入れ、600℃の加熱条件下で1時間放置した。冷却した後、サンプルを取り出し、Mnナノワイヤ被覆型構造物を得た。これ構造物のSEM写真を図10に示した。ワイヤ構造には変化なく、緻密な被覆構造のままであった。外構造物のXRD測定から、ナノワイヤはMn由来の結晶体であることが示唆された(図11)。
【0059】
実施例4[酸化チタン表層を有するガラス基板表面がマンガン酸化物(MnOOH)ナノワイヤで被覆されてなる構造物]
合成例1で得た酸化チタン表層を有するガラス基板を、実施例1と同様な方法で処理し、マンガン酸化物MnOOHナノワイヤ被覆型構造物を得た。
【0060】
SEM観察から、基板表面にナノワイヤが緻密に被覆した珊瑚状構造が確認された(図12)。
【0061】
実施例5[酸化チタン表層を有するガラス基板表面がマンガン酸化物(MnOOH)ナノワイヤで被覆されてなる構造物]
合成例2で得た酸化チタン表層を有するガラス基板を、実施例1と同様な方法で処理し、マンガン酸化物MnOOHナノワイヤ被覆型構造物を得た。
【0062】
SEM観察から、基板表面にナノワイヤが緻密に被覆した珊瑚状構造が確認された(図13)。
【0063】
実施例6[酸化チタン表層を有するポリメチルメタクリレート(PMMA)基板表面がマンガン酸化物(MnOOH)ナノワイヤで被覆されてなる構造物]
合成例3で得た酸化チタン表層を有するPMMA基板を、実施例1と同様な方法で処理し、マンガン酸化物MnOOHナノワイヤ被覆型構造物を得た。
【0064】
SEM観察から、基板表面にナノワイヤが緻密に被覆した珊瑚状構造が確認された(図14)。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明のマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物は、各種マイクロ電池構築、触媒付与型マイクロリアクター、センサー、光学系デバイス構築、光熱変換デバイス、赤外線吸収材、絶縁体または半導体構築、殺菌/滅菌デバイス構築、超親水/超疎水界面構築等として用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属酸化物表層(a)を有する固体基材(X)の当該金属酸化物表層(a)が、マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)で被覆されてなるマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物であって、
該マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)が、マンガン酸化物単一組成の単結晶からなるナノワイヤであることを特徴とするマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物。
【請求項2】
前記マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)のマンガン酸化物が、MnOOH(y1)、MnO(y2)又はMn(y3)である請求項1記載のマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物。
【請求項3】
前記マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)が、太さが10〜100nmの範囲であり、且つその長さが1〜6μmの範囲である請求項1又は2に記載のマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物。
【請求項4】
前記マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)が前記金属酸化物表層(a)から略垂直方向に立ち並んで被覆している請求項1〜3の何れか1項記載のマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物。
【請求項5】
前記金属酸化物表層(a)が酸化スズ薄膜又は酸化チタン薄膜である請求項1〜4の何れか1項記載のマンガン酸化物ナノワイヤ被覆型構造物。
【請求項6】
(1)2価のマンガンイオン化合物(i)と過酸化水素を含む水溶液を調製する工程、
(2)工程(1)で得られた水溶液に塩基性有機アミン化合物(ii)を加える工程、
(3)工程(2)で得られた水溶液に金属酸化物表層(a)を有する固体基材(X)を浸漬し、95℃以下に加温して、該金属酸化物表層(a)の表面をマンガン酸化物ナノワイヤ(Y)で被覆する工程、
(4)マンガン酸化物ナノワイヤ(Y)で被覆された固体基材(X)を取り出し、該表面を水洗して乾燥する工程、
を有することを特徴とするマンガン酸化物MnOOH(y1)ナノワイヤ被覆型構造物の製造方法。
【請求項7】
前記工程(1)〜(4)で得られたマンガン酸化物MnOOH(y1)ナノワイヤ被覆型構造物を、300〜500℃の温度範囲で加熱する工程を有することを特徴とする、マンガン酸化物MnO(y2)ナノワイヤ被覆型構造物の製造方法。
【請求項8】
前記工程(1)〜(4)で得られたマンガン酸化物MnOOH(y1)ナノワイヤ被覆型構造物、又はこれを300〜500℃の温度範囲で加熱して得られたマンガン酸化物MnO(y2)ナノワイヤ被覆型構造物を、550〜1000℃の温度範囲で加熱する工程を有することを特徴とする、マンガン酸化物Mn(y3)ナノワイヤ被覆型構造物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−183526(P2011−183526A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−53068(P2010−53068)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(000173751)一般財団法人川村理化学研究所 (206)
【Fターム(参考)】