説明

マンノオリゴ糖の製造法

【課題】D−マンノースを原材料として、安価な方法でα−結合のマンノオリゴ糖を効率的に製造する方法を提供する。
【解決手段】D−マンノースの高濃度水溶液に、酸触媒を作用させて、脱水縮合反応によりマンノオリゴ糖混合物を合成する、α−結合のマンノオリゴ糖を優先的に生成する方法。少量複製するβ−結合のマンノオリゴ糖はβ−マンノシダーゼで加水分解して除去するという方法により、α−結合のオリゴ糖を安価に合成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、D-マンノースを原料としてマンノオリゴ糖を効率的に製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
多数のα-結合のD-マンノースが結合したオリゴ糖は、糖タンパク質糖鎖のうち高マンノース型糖鎖とよばれ、糖タンパク質がさまざまな生理活性を示す上で重要な役割を果たしていることが知られている。マンノオリゴ糖の役割を詳細に研究する目的で、マンノオリゴ糖の化学的な合成法および酵素を利用した合成法はこれまでに、多く報告されている。高マンノース型糖鎖まで行かなくとも、α-結合のD-マンノースからなる2糖あるいは3糖であっても、高マンノース型糖鎖の機能を模倣(ミミック)する可能性は十分ある。本発明者らもこれまでに、アーモンド由来あるいはAspergillus niger由来のα-D-マンノシダーゼの存在下、高濃度のD-マンノースを60℃で撹拌することにより、高収率で種々の結合のマンノオリゴ糖を酵素合成する手法を確立している。
【0003】
本発明者らがこれまでに確立した酵素を利用した合成法では、α-D-マンノシダーゼを用いているので、当然のことながらα-結合のマンノオリゴ糖を選択的に得ることができる。分離操作は煩雑ではあるが、脱水縮合反応では種々の結合のオリゴ糖を一段階の反応で合成できるという利点がある。一方転移反応であれば、糖供与体を準備する必要はあるが、酵素の特異性を適切に選ぶことにより、必要な結合のオリゴ糖を選択的に合成することができる。しかしながら、いずれの酵素合成法に於いても酵素を利用する以上、コストが高くなる。固定化酵素を用いればある程度コストを低減できるものの、工業的な製造に実用化するには酵素の価格がネックになる可能性が高い。
【0004】
酵素を利用しない合成法としては化学合成法がある。しかし、化学合成法では結合に関与しない水酸基をすべて保護しておき、一方結合させるいわゆる供与体側のD-マンノースの1位を活性化する必要がある。この2つの化合物を合成するには、それぞれ何段階かの反応を経る必要があり、実験室的に合成するには確実な合成法であるが、工業的製造には化学的合成法は適していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5-115292。
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】M. E. Taylor and K. Drickamer, Introduction to Glycobiology, Oxord,(2006)。
【0007】
【非特許文献2】T. Ogawa, et al., Carbohydr. Res., 104, 271-283(1982)。
【0008】
【非特許文献3】K. Ajisaka, et al., Carbohydr. Res., 270, 123-130 (1995)。
【0009】
【非特許文献4】I. Matsuo, et al., Carbohydr. Res., 305, 401-413 (1998)。
【0010】
【非特許文献5】I. Matsuo, et al., J. Carbohydr. Chem., 17, 1249-1258 (1998)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで本発明の目的は、D-マンノースを原料として、縮合用触媒として酵素を利用せずに、且つ水酸基の保護あるいは1位の活性化という多段階の化学合成反応を経ずして、マンノオリゴ糖を効率的に製造する方法を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
オリゴ糖とは単糖がグリコシド結合により、いくつか結合したものである。グリコシド結合というのは、糖の1位のアルデヒド基が他の化合物の水酸基とアセタール結合を形成したものである。即ち2糖とは、一つの糖のアルデヒド基と別の糖の水酸基がアセタール結合した化合物のことである。このアセタール結合形成反応は、酸によって触媒される。糖をアルコール中に懸濁して酸を作用させると、グリコシド化合物が形成されるが、この反応はFischer合成法として古くから知られている。例えば酸触媒の存在下、メチルアルコール溶液に糖を懸濁して撹拌すると徐々にメチルグリコシドが形成され、それに伴いそのメチルグリコシドはメチルアルコールに溶解していく。完全に溶解した時点が反応の終点となる。
【0013】
しかしFischer合成法の延長として、酸を触媒として糖と糖を結合して2糖を合成するには重大な問題がある。即ち、液体状のアルコールを用いてグリコシドを形成する場合には、単糖をアルコールに懸濁させて酸を添加することにより反応行えばよい。しかし、2糖を合成する場合は、一つの糖のアルデヒドに対して、別の糖分子の水酸基をアセタール結合で結合させることになる。当然のことながら、糖は固体であるので、ある糖を別の糖に溶解あるいは懸濁させるわけにはいかない。もちろん、2つの単糖を水に溶解させて酸を加えれば、基本的には一定の平衡点まで反応は進行するが、一般には水分が大過剰であるので脱水反応の収率は極端に低くなる。例えばD-マンノースの20%(W/V)溶液100 mLを考えると、糖は約0.11モルであるのに対して、水は約4.4モルとなり、D-マンノースの周辺には40倍もの水分子が存在していることになる
【0014】
Fischer合成法で2糖を合成するには脱水的環境でなくてはならない。即ち、水の量が少なければ少ないほど収率は向上するはずである。そこで、本発明者らはD-マンノースをできるだけ少量の水に溶かすべく、80%(W/W)というD-マンノースの超高濃度溶液の調製を達成した。80%(W/W)の溶液ということは、80 gのD-マンノースを20 g(約20 mL))の水に溶解するという、常識では考えられない溶液である。この場合、D-マンノースは約0.44モル、水は約1.1モルとなり、水分子の方が約2.5倍だけ多いということになる。この濃度ならば、マンノオリゴ糖を収率良く生成させるのに十分な濃度である。この溶液に少量の酸を加えて撹拌することにより、マンノオリゴ糖を高収率で合成できることを見出した。
【0015】
また上記の反応において、D-マンノースがα-結合で結合した2糖の方が、β-結合で結合した2糖よりも圧倒的に多いということが明らかになった。通常、D-グルコースをメタノールに懸濁させて酸触媒でFischer合成を行うと、β-グルコシドが優勢に生成する。しかし、D-マンノースの2位水酸基はアキシアル配置であることから、α-結合のマンノオリゴ糖が優勢に生成したものと理解される。
【0016】
ここで、生成したオリゴ糖はα-結合で結合したものが圧倒的に多いものの、β-結合のオリゴ糖も微量混在している。そこで、反応終了後に希釈して直ちに中和した後、β-マンノシダーゼを加えることにより混在しているβ-結合のマンノオリゴ糖を加水分解した。この操作により、α-結合のみからなるマンノオリゴ糖混合物が得られることを確認し、本発明を完成させた。
【0017】
すなわち、本発明は、
(1) D-マンノースの高濃度溶液に酸を加えて縮合反応を行い、その後副生しているβ-結合のマンノオリゴ糖をβ-マンノシダーゼを用いて加水分解することにより、α-結合のマンノオリゴ糖を効率的に得る方法。
(2) α-結合のマンノオリゴ糖がα-D-マンノピラノシル-(1→2)-D-マンノピラノース、α-D-マンノピラノシル-(1→3)-D-マンノピラノース、α-D-マンノピラノシル-(1→6)-D-マンノピラノース(以下、それぞれManα1-2Man、Manα1-3Man、Manα1-6Manと記す)である(1)に記載のα-結合のマンノオリゴ糖を効率的に得る方法。
(3) α-結合のマンノオリゴ糖がα-D-マンノピラノシル-(1→2)-α-D-マンノピラノシル-(1→2)-D-マンノピラノースである(1)に記載のα-結合のマンノオリゴ糖を効率的に得る方法。
(4) 酸が塩酸、硫酸、リン酸、硝酸、H型イオン交換樹脂、メタンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸である(1)に記載のα-結合のマンノオリゴ糖を効率的に得る方法。
(5) D-マンノースの高濃度溶液が60%(W/W)〜82%(W/W)である(1)に記載のα-結合のマンノオリゴ糖混合物を効率的に得る方法。
に関する。
【0018】
以下、発明を詳細に説明する。
本発明者らは、糖と液体のアルコールではなく、固体である糖と糖の脱水縮合反応を進行させるという問題を解決するために、糖を溶解させる水の量をできるだけ少なくする方法を検討した。通常、D-マンノースをできるだけ高濃度に溶解する場合、100 mLの水にどれだけのD-マンノースを溶解できるかという実験を行う。しかるに本発明者らは逆の発想で、100 gのD-マンノースはどれだけ少量の水に溶解させることができるかという観点から実験を行った。100 gのD-マンノースを沸騰湯浴中で加熱しつつ、できるだけ少量の水を加えて溶解させていったところ、22 mLの水を加えた時点で水あめ状になることを見出した。これに微量の酸を混ぜて反応させることにより、脱水縮合反応が進行して、高収率でマンノオリゴ糖が得られることが明らかになった。本反応で用いた82%(W/W)という超高濃度のD-マンノース溶液では、82 gのマンノース(0.46モル)に対して18 gの水(1モル)という割合になり、脱水縮合反応の反応収率は最高となった。
【0019】
ここで、D-マンノースの濃度は82%(W/W)限定されるわけではなく、これよりも低くても、それに相応して収率は低下するが、オリゴ糖は生成する。しかしながら、実用に適応する濃度範囲としては60%(W/W)が限度と考えられる。
【0020】
使用できる酸としては、塩酸、硫酸、リン酸、硝酸などの鉱酸の他、メタンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸などの有機酸、さらにはH型のAmberlite IR-120樹脂等のイオン交換樹脂でも触媒として使用することができる。
【0021】
加熱によって反応速度は促進されるが、酸を添加しているために、あまりに高温では副反応が進行してしまい、反応収率の面からも不適当である。4℃〜60℃が実用的な範囲である。
【0022】
本発明による方法で生成するオリゴ糖混合物に、β-マンノシダーゼを作用させると少量副成しているβ-結合のオリゴ糖は加水分解され、α-結合のオリゴ糖混合物を得ることができる。この混合物を活性炭カラムで分離することにより、α-D-マンノピラノシル-(1→2)-D-マンノピラノース、α-D-マンノピラノシル-(1→3)-D-マンノピラノース、α-D-マンノピラノシル-(1→6)-D-マンノピラノースが得られる。ここでβ-結合のオリゴ糖を加水分解するのに用いられるβ-マンノシダーゼは、加水分解に用いるだけなので少量で構わない。これらのオリゴ糖は、高価なα-マンノシダーゼを大量使うことなく、酸触媒で合成できることから、大量合成にも適しており、基礎科学研究のみならず産業的な利用を図る上でもその貢献度は大きい。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、極めて安価に糖タンパク質糖鎖を構成するα-結合のマンノオリゴ糖を高収率で製造可能となった。これにより、高マンノース型糖鎖の化学合成の原料を提供することができ、科学技術の進展に貢献できる。さらに、マンノオリゴ糖は大腸菌などある種の病原菌に結合する性質も有していることから、この手法で製造されたマンノオリゴ糖を利用した除菌用製品も普及させることが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】反応液の85時間目のHPLCチャート。カラム: Asahi-pak NH2-P50。溶離液:80%(V/V)アセトニトリル。流速:1mL/min。
【図2】(A)中和後の反応液の一部を濃縮して測定したC-13 NMRスペクトル。(B)β-マンノシダーゼ処理した反応液の一部を濃縮して測定したC-13NMRスペクトル。
【図3】反応液の活性炭カラムによるマンノビオースの単離。 活性炭カラム(Wako 0031-02135; 220 g, 7.7 cmφ x 40 cm)を用いて、0%(3L)→7%(V/V)(3L)のエタノールのグラジエントにより溶出を行い、25 mLずつフラクションを集め、フェノール硫酸法で発色させた。
【図4】活性炭で分離されたオリゴ糖の13C NMRスペクトル。(A) 図3におけるフラクション93-125でMana1-2Manであることを示している。(B) 図3におけるフラクション126-157でMana1-3Manを主成分とするオリゴ糖であることを示している。(C) 図3におけるフラクション158-217でMana1-6Manであることを示している。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を実施する形態を説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【実施例1】
【0026】
5gのD-マンノースを2mLの水に加熱して溶解して得られた水飴様の溶液に濃塩酸50 μLを加え、37℃にてよく撹拌しつつ反応を行った。HPLCで反応を追跡し、変化が少なくなった85時間反応で反応を停止した(図1)。100 mLの水を加えて素早く溶解して直ちに0.1規程の水酸化ナトリウム溶液で中和した。そのうちの1mLを濃縮してC-13 NMRを測定した(図2a)。残りの溶液に0.2ユニットのβ-マンノシダーゼ(Helix pomatia由来、Sigma社)を加えて37℃にて12時間撹拌した。再度そのうちの1mLを濃縮してC-13 NMRを測定して、β-結合のマンノオリゴ糖が消失していることを確認した(図2b)。
【実施例2】
【0027】
実施例1で得られたα-結合マンノオリゴ糖混合物の水溶液を、活性炭カラム(Wako02135; 220 g, 7.7 cmφ x 40 cm)に供した。1Lの水にて洗浄した後、0%(3L)→7%(V/V)(3L)のエタノールのグラジエントにより溶出を行った。25 mLずつのフラクションを集めて、各フラクションについてフェノール硫酸法により還元糖の検出を行った(図3)。得られたグラフより、4つのピークのフラクションを集めて濃縮し、NMRスペクトルを測定して標品と比較した結果、Manα1-2Man(図3のフラクション93〜125)を74 mg、Manα1-6Man(図3のフラクション158〜217)を293 mg、およびManα1-3Manを主成分として含む2糖(図3のフラクション126〜157)を83 mg得た。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明により、D-マンノースを原料として安価に且つ高収率でα-結合のみからなるマンノオリゴ糖を得ることが可能となり、得られたマンノオリゴ糖は病原菌の除菌用製品などの産業で利用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
D−マンノースの高濃度溶液に酸を加えて縮合反応を行い、α-結合のマンノオリゴ糖を効率的に得る方法。
【請求項2】
α−結合のマンノオリゴ糖がα-D-マンノピラノシル-(1→2)-D-マンノピラノース、α-D-マンノピラノシル-(1→3)-D-マンノピラノース、α-D-マンノピラノシル-(1→6)-D-マンノピラノースである(1)に記載のα-結合のマンノオリゴ糖を効率的に得る方法。
【請求項3】
α−結合のマンノオリゴ糖がα-D-マンノピラノシル-(1→6)-D-マンノピラノシル-(1→6)-α-D-マンノピラノース、α-D-マンノピラノシル-(1→2)-D-マンノピラノシル-(1→6)-α-D-マンノピラノース、α-D-マンノピラノシル-(1→6)-D-マンノピラノシル-(1→2)-α-D-マンノピラノースである(1)に記載のα-結合のマンノオリゴ糖を効率的に得る方法。
【請求項4】
酸が塩酸、硫酸、リン酸、硝酸、H型イオン交換樹脂、メタンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸である(1)に記載のα-結合のマンノオリゴ糖を効率的に得る方法。
【請求項5】
D-マンノースの高濃度溶液が60%(w/w)〜85%(w/w)である(1)に記載のα-結合のマンノオリゴ糖混合物を効率的に得る方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−158526(P2012−158526A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−17448(P2011−17448)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(505111982)学校法人 新潟科学技術学園 新潟薬科大学 (7)
【Fターム(参考)】