説明

ミエロ系細胞を含有する抗炎症剤及びその用途

【課題】炎症性疾患に対する新たな治療戦略を提供すること
【解決手段】Gr-1及びCD11b陽性ミエロ系細胞を有効成分とした抗炎症剤が提供される。有効成分の細胞は、例えば、当該細胞は顆粒球単球コロニー刺激因子の刺激を利用して誘導多能性幹細胞から誘導される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗炎症剤に関する。詳しくは、抗炎症細胞を有効成分とした抗炎症剤及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
潰瘍性大腸炎及びクローン病は二大炎症性腸疾患(IBD; Inflammatory bowel disease)であり、依然として難治性である(非特許文献1)。最近の研究で炎症性腸疾患の原因に感受性遺伝子座が存在すること、腸内共生細菌が疾患の引き金になる可能性が高いこと、マウスモデルでも潰瘍性大腸炎と細菌との関係が強いこと等が明らかになってきた。また、細菌が引き起こす生体の変化が腸に炎症性サイトカインを産生させ、その結果、活性酸素の産生が亢進して腸の損傷を引き起こすというメカニズムが明らかになりつつある。患者の腸に多くの好中球を認めることもこの仮説を支持する(非特許文献2)
【0003】
ところで、ミエロイド由来抑制細胞(MDSC; myeloid derived suppressor cells)と呼ばれる、免疫抑制作用を持つミエロ系細胞が癌の進展に伴い増加することが知られている(非特許文献3)。この細胞はT細胞抑制機能を有し、その増加によって癌特異的免疫能が低下することが知られている(非特許文献4)。また、炎症や感染の際にもMDSCが誘導されるとの報告がある。一方、この細胞は逆に自己免疫を抑制する可能性がある。事実、ヒトの潰瘍性大腸炎モデルにおいて、免疫抑制作用を持つMDSCが増殖することが報告されている(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Podolsky, D. K. Inflammatory bowel disease. N. Engl. J. Med. 347, 417-429 (2002).
【非特許文献2】Xavier, R. J., D. K. Podolsky. 2007, Nature 448: 427-434.
【非特許文献3】Blumberg RS et al. Curr Opin Immunol. 11(6):648-56, 1999.
【非特許文献4】Gabrilovich DI, Nagaraj S. Nat Rev Immunol. 2009, 9(3):162-74.
【非特許文献5】Haile LA,et al. Gastroenterology. 2008;135(3):871-881.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、炎症性疾患に対する新たな治療戦略を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題の下、代表的な炎症性疾患の一つである潰瘍性大腸炎のモデル動物(デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘導大腸炎モデル)を用いて研究を行った。具体的には、潰瘍性大腸炎患者とDSS誘導大腸炎モデルの両者に好中球の強い浸潤を認めることに注目し、好中球やマクロファージの前駆細胞であるGr-1及びCD11b陽性(Gr-1+/CD11b+)ミエロ系細胞がDSS誘導大腸炎モデル(DSSを投与したマウス)の骨髄及び脾臓で誘導されるか否か検討した。尚、DSSをマウスに経口投与すると、大腸粘膜の破壊、強い炎症性変化をもたらす。即ち、TNF-α、IL-1、IL-6、IL-12及びインターフェロン(IFN)の産生が生ずる。これに伴い、体重減少及び血性下痢の症状が現れ、免疫細胞が腸に侵入する。DSS誘導大腸炎はT細胞及びB細胞の関与がなくても発症する点が重要である(SCIDマウスでも発症させることができる)。
【0007】
実験の結果、Gr-1+/CD11b+ミエロ系細胞が炎症の抑制・治癒に関与すること、即ち、当該細胞が炎症性疾患に対して有効であることが示された。また、その作用メカニズムはT細胞の抑制を介したものではないことが示唆された。即ち、Gr-1+/CD11b+ミエロ系細胞が、MDSCの作用として過去に報告された「T細胞の抑制」ではなく、別の作用メカニズムで治療効果を発揮するという、重要且つ驚くべき知見が得られた。
【0008】
また、Gr-1+/CD11b+ミエロ系細胞の移入実験の結果からは、炎症の抑制・治癒に有効な細胞がLy6C強陽性のマクロファージ系細胞であることが示唆された。更なる検討の結果、顆粒球単球コロニー刺激因子(GM-CSF; Granulocyte Macrophage colony-stimulating Factor)で誘導多能性幹細胞(iPS細胞)を刺激すると、炎症の抑制・治癒に有効であることが判明した上記細胞と同種の細胞を誘導できることが示された。この結果は、GM-CSFの刺激によって誘導されるミエロ系細胞が炎症の抑制・治癒に有効である、との知見をもたらした。
【0009】
以下に示す発明は、上記成果ないし知見に基づく。
[1]Gr-1及びCD11b陽性ミエロ系細胞を含む、抗炎症剤。
[2]前記細胞がT細胞に対する抑制活性を示さない、[1]に記載の抗炎症剤。
[3]前記細胞がLy6C陽性である、[1]又は[2]に記載の抗炎症剤。
[4]前記細胞が、顆粒球単球コロニー刺激因子の存在下での培養によって多分化能幹細胞から誘導された細胞である、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の抗炎症剤。
[5]前記多分化能幹細胞が誘導多能性幹細胞である、[4]に記載の抗炎症剤。
[6]潰瘍性大腸炎の治療用である、[1]〜[5]のいずれか一項に記載の抗炎症剤。
[7]以下のステップ(1)及び(2)を含む、抗炎症細胞の調製法:
(1)ミエロ系細胞への分化能を有する幹細胞を顆粒球単球コロニー刺激因子の存在下で培養するステップ;
(2)誘導されたGr-1及びCD11b陽性ミエロ系細胞を回収するステップ。
[8]前記幹細胞が誘導多能性幹細胞、胚性幹細胞、骨髄幹細胞又は末梢血幹細胞である、[7]に記載の調製法。
[9]以下のステップ(a)及び(b)を含む、抗炎症細胞の調製法:
(a)骨髄又は末梢血からGr-1及びCD11b陽性ミエロ系細胞を回収するステップ;
(b)回収した細胞を増殖させるステップ。
[10][1]〜[6]のいずれか一項に記載の抗炎症剤を、炎症性疾患の患者に投与することを特徴とする、炎症性疾患の治療法。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】DSS(Dextran sulfate sodium)誘導大腸炎モデルマウスの体重変化(A)、DAI(disease activity index)スコアの変化(B)及び腸の長さの変化(C)を示すグラフ。
【図2】DSS誘導大腸炎モデルマウスの脾臓細胞(上段)及び骨髄細胞(下段)をフローサイトメトリーで解析した結果。左から順に、DSS投与前、投与終了直後(D0)、投与終了後5日(D5)、投与終了後11日(D11)、投与終了後23日(D23)の解析結果。Gr-1(横軸)及びCD11b(縦軸)の発現を指標に解析した。
【図3】Gr-1+/CD11b+細胞を移入したDSS誘導大腸炎モデルマウスの体重変化(A)、DSS投与後5日のDAIスコア(B)、腸の長さの変化(C)及び脾臓の重量(D)を示すグラフ。DSS+TSP:Gr-1+/CD11b+細胞移入群、DSS:コントロール群。
【図4】Gr-1+/CD11b+細胞を移入したDSS誘導大腸炎モデルマウスの組織学的解析結果。DSS投与終了後7日、11日及び23日に摘出した腸管をH&E染色で解析した。DSS+TSP:Gr-1+/CD11b+細胞移入群、DSS:コントロール群。
【図5】Gr-1+/CD11b+細胞を移入したDSS誘導大腸炎モデルマウスの脾臓細胞をフローサイトメトリーで解析した結果。DSS投与前(左)、投与終了後5日(D5、右上)、投与終了後11日(D11、右中央)、投与終了後23日(D23、右下)の解析結果。Gr-1(横軸)及びCD11b(縦軸)の発現を指標に解析した。DSS+TSP:Gr-1+/CD11b+細胞移入群、DSS:コントロール群。
【図6】Gr-1+/CD11b+細胞を移入したDSS誘導大腸炎モデルマウスの脾臓細胞をフローサイトメトリーで解析した結果。DSS投与前(左)、投与終了後5日(D5、右上)、投与終了後11日(D11、右中央)、投与終了後23日(D23、右下)の解析結果。Ly6G(横軸)及びLy6C(縦軸)の発現を指標に解析した。DSS+TSP:Gr-1+/CD11b+細胞移入群、DSS:コントロール群。
【図7】A:DSS投与により誘導された細胞(上、DSS投与終了後11日)とGM-CSFにより誘導された細胞(下、GM-CSF含有培養上清を腹腔内注射した後6日)のフローサイトメトリー解析結果。B:DSS投与により誘導された細胞(上、DSS投与終了後11日)とGM-CSFにより誘導された細胞(下、GM-CSF含有培養上清を腹腔内注射した後6日)のギムザ染色像。
【図8】マウス胎仔繊維芽細胞由来iPS細胞から誘導したミエロ系細胞の治療効果を示す図。C57BL/6マウス胎児繊維芽細胞から樹立したiPS細胞をOP9上で培養し、GM-CSFを添加してミエロ系細胞を誘導した。得られた細胞をDSS投与直後のマウスに静脈注射した。5日後(右上)、12日後(下)に摘出した腸管をH&E染色に供し、コントロール群(DSS投与のみ。左上:DSS投与後5日、左下:DSS投与後12日)と比較した。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(抗炎症剤)
本発明の第1の局面は抗炎症剤に関する。「抗炎症剤」とは、炎症に対する抑制的作用ないし効果によって、炎症性疾患に対する治療効果(治癒、症状の減弱・緩和等を含む)をもたらす薬剤をいう。本発明の抗炎症剤を適用可能な炎症性疾患は特に限定されないが、特に好適な炎症性疾患として潰瘍性大腸炎、クローン病、感染症、創傷を例示することができる。
【0012】
本発明の抗炎症剤はGr-1及びCD11b陽性ミエロ系細胞を含む。即ち、本発明では、好中球及びマクロファージの前駆細胞として位置付けられる細胞を有効成分に用いる。尚、以下では慣例に従いGr-1陽性をGr-1+と表記し、CD11b陽性を同様にCD11b+と表記する(Gr-1及びCD11b陽性ミエロ系細胞はGr-1+/CD11b+ミエロ系細胞と表現される)。ここで、「Gr-1」はLy-6ファミリーに属するGPIアンカー型タンパクであり、その発現は顆粒球の分化・成熟と相関する。単球もその分化の過程でGr-1を一過性に発現する。また、「CD11b」はI型膜貫通糖蛋白質であり、単球、マクロファージ、NK細胞及び顆粒球等でその発現が認められる。CD11b/CD18ヘテロ二量体は、補体やフィブリノーゲン等のレセプターとして機能する。
【0013】
後述の実施例に示した通り、本発明者の検討の結果、Gr-1+/CD11b+ミエロ系細胞による抗炎症効果はT細胞の抑制を介したものではなく、別のメカニズムによることが示唆された。従って、本発明で使用するGr-1+/CD11b+ミエロ系細胞は、T細胞の抑制を通して生理機能を発揮するMDSC(非特許文献5などを参照)とは異なる細胞として捉えることができる。また、この特徴に注目し、本発明で使用する細胞を「T細胞に対する抑制活性を示さない」との特性によって更に特徴付けることもできる。一方、炎症の抑制・治癒に有効な細胞がマクロファージ系細胞の表面マーカーであるLy6Cを発現していることが示された(後述の実施例を参照)。この実験結果に基づき、本発明で使用する細胞を「Ly6C陽性」又は「Ly6C強陽性」との特性によって更に特徴付けることもできる。尚、Ly-6CはLy-6ファミリーに属するGPIアンカー型蛋白質である。Ly-6Cは、骨髄細胞、単球、マクロファージ、好中球等にその発現を認め、リンパ球の発生及び成熟に関与していると考えられている。
【0014】
細胞の保護を目的としてジメチルスルフォキシド(DMSO)や血清アルブミン等、細菌の混入を阻止する目的で抗生物質等、細胞の活性化又は増殖などを目的とした各種の成分(ビタミン類、サイトカイン、成長因子、ステロイド等)を本発明の抗炎症剤に含有させてもよい。
【0015】
上記の通り、本発明の抗炎症剤は炎症性疾患の治療に使用可能である。従って、通常は、抗炎症性疾患の患者(又は潜在的患者)に対して本発明の抗炎症剤が投与されることになる。但し、その効果を確認・検証することなどの実験ないし研究目的で本発明の抗炎症剤を使用することもできる。
【0016】
本発明の抗炎症剤が投与される対象は典型的にはヒトである。但し、ヒト以外の哺乳動物(ペット動物、家畜、実験動物を含む。具体的には例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ等)用に抗炎症剤を構成することも可能である。
【0017】
本発明の抗炎症剤は患部への局所注入、静脈注射、腹腔内注射等により投与される。投与スケジュールは、対象(患者)の性別、年齢、体重、病態などを考慮して作成すればよい。単回投与の他、連続的又は定期的に複数回投与することにしてもよい。複数回投与する際の投与間隔は特に限定されず、例えば1日〜1月である。また、投与回数も特に限定されない。投与回数の例は2回〜10回である。
【0018】
以上の記述から明らかな通り本出願は、抗炎症性疾患の患者に対して本発明の抗炎症剤を治療上有効量投与することを特徴とする、抗炎症性疾患の治療法も提供する。
【0019】
本発明で使用する細胞は以下に述べる調製法(本発明の第2の局面)によって調製することができる。
【0020】
(抗炎症細胞の調製法)
本発明の第2の局面は抗炎症細胞の調製法を提供する。本明細書において「抗炎症細胞」とは、炎症に対する抑制的作用ないし効果を発揮する細胞をいう。本発明の抗炎症細胞は本発明の抗炎症剤(第1の局面)の有効成分として有用である。即ち、その用途の一つは、炎症性疾患の治療である。例えば、調製したGr-1+/CD11b+ミエロ系細胞を生理食塩水や適当な緩衝液(例えばリン酸系緩衝液)等に懸濁することによって抗炎症剤(本発明の第1の局面)を得ることができる。治療上有効量の細胞が投与されるように、一回投与分の量として例えば1×104個〜1×108個の細胞を含有させるとよい。細胞の含有量は、使用目的、対象疾患、適用対象(レシピエント)の性別、年齢、体重、患部の状態、細胞の状態などを考慮して適宜調整することができる。
【0021】
本発明の調製法では以下の二つのステップ、即ち、ステップ(1)「ミエロ系細胞への分化能を有する幹細胞を顆粒球単球コロニー刺激因子の存在下で培養するステップ」とステップ(2)「誘導されたGr-1及びCD11b陽性ミエロ系細胞を回収するステップ」を行う。以下、各ステップの詳細を説明する。
【0022】
(1)顆粒球単球コロニー刺激因子の存在下での培養
このステップでは、ミエロ系細胞への分化能を有する幹細胞を用意し、顆粒球単球コロニー刺激因子(GM-CSF)の存在下で培養する。「ミエロ系細胞への分化能を有する幹細胞(以下、説明の便宜上、「幹細胞」と略称することがある)」とは、適当な誘導処理を施すことにより、ミエロ系細胞へ分化誘導される細胞をいう。従って、ミエロ系細胞への分化能を潜在的に保有しておれば、本発明における幹細胞に該当する。使用可能な幹細胞として、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)、ミエロ系前駆細胞、骨髄幹細胞及び末梢血幹細胞を例示することができる。これらの幹細胞は常法で用意することができる。特にミエロ系前駆細胞、骨髄幹細胞及び末梢血幹細胞については、単離された状態ものに限らず、他の細胞が混在した状態のもの(典型的には骨髄や末梢血そのもの或いは骨髄や末梢血の細胞画分)を使用することにしてもよい。以下、本発明の調製法における幹細胞として特に重要なiPS細胞及びES細胞について説明を加える。
【0023】
「誘導多能性幹細胞(iPS細胞)」とは、初期化因子の導入などにより体細胞をリプログラミングすることによって作製される、多能性(多分化能)と増殖能を有する細胞である。誘導多能性幹細胞はES細胞に近い性質を示す。iPS細胞は、これまでに報告された各種iPS細胞作製法によって作製することができる。また、今後開発されるiPS細胞作製法を適用することも当然に想定される。
【0024】
iPS細胞作製法の最も基本的な手法は、転写因子であるOct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycの4因子を、ウイルスを利用して細胞へ導入する方法である(Takahashi K, Yamanaka S: Cell 126 (4), 663-676, 2006; Takahashi, K, et al: Cell 131 (5), 861-72, 2007)。ヒトiPS細胞についてはOct4、Sox2、Lin28及びNonogの4因子の導入による樹立の報告がある(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)。c-Mycを除く3因子(Nakagawa M, et al: Nat. Biotechnol. 26 (1), 101-106, 2008)、Oct3/4及びKlf4の2因子(Kim J B, et al: Nature 454 (7204), 646-650, 2008)、或いはOct3/4のみ(Kim J B, et al: Cell 136 (3), 411-419, 2009)の導入によるiPS細胞の樹立も報告されている。また、遺伝子の発現産物であるタンパク質を細胞に導入する手法(Zhou H, Wu S, Joo JY, et al: Cell Stem Cell 4, 381-384, 2009; Kim D, Kim CH, Moon JI, et al: Cell Stem Cell 4, 472-476, 2009)も報告されている。一方、ヒストンメチル基転移酵素G9aに対する阻害剤BIX-01294やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤バルプロ酸(VPA)或いはBayK8644等を使用することによって作製効率の向上や導入する因子の低減などが可能であるとの報告もある(Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (7), 795-797, 2008; Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (11), 1269-1275, 2008; Silva J, et al: PLoS. Biol. 6 (10), e 253, 2008)。遺伝子導入法についても検討が進められ、レトロウイルスの他、レンチウイルス(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)、アデノウイルス(Stadtfeld M, et al: Science 322 (5903), 945-949, 2008)、プラスミド(Okita K, et al: Science 322 (5903), 949-953, 2008)、トランスポゾンベクター(Woltjen K, Michael IP, Mohseni P, et al: Nature 458, 766-770, 2009; Kaji K, Norrby K, Pac a A, et al: Nature 458, 771-775, 2009; Yusa K, Rad R, Takeda J, et al: Nat Methods 6, 363-369, 2009)、或いはエピソーマルベクター(Yu J, Hu K, Smuga-Otto K, Tian S, et al: Science 324, 797-801, 2009)を遺伝子導入に利用した技術が開発されている。
【0025】
iPS細胞への形質転換、即ち初期化(リプログラミング)が生じた細胞はFbxo15、Nanog、Oct/4、Fgf-4、Esg-1及びCript等の多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる。選択された細胞をiPS細胞として回収する。
【0026】
ES細胞としてはマウスES細胞、サルES細胞(カニクイザルES細胞等)、ヒトES細胞等を使用できる。数種のES細胞が公的機関によって提供され、或いは市販されている。マウスES細胞の例として、ES-E14TG2a細胞(ATCC)、ES-D3細胞等(ATCC)、H1細胞(理研バイオリソースセンター、つくば市、日本)、B6G-2細胞(理研バイオリソースセンター、つくば市、日本)、R1細胞(Samuel Lunenfeld Research Institute、トロント、カナダ)、マウスES細胞(129SV、カタログ番号R-CMTI-1-15、R-CMTI-1A)(大日本住友製薬株式会社、大阪、日本)、マウスES細胞(C57/BL6、カタログ番号R-CMTI-2A(大日本住友製薬株式会社、大阪、日本)を挙げることができる。サルES細胞については、京都大学再生医科学研究所付属幹細胞医学研究センターなどから入手可能である。ヒトES細胞については京都大学再生医科学研究所付属幹細胞医学研究センター、WiCell Research Institute(マディソン、米国)、ES Cell International Pte Ltd(シンガポール)などから入手可能である。言うまでもないが、新たに樹立したES細胞を本発明に適用することもできる。ES細胞の樹立方法は確立されており、一部についてはルーチン化もされていることから、常法に従えば自ら目的のES細胞を樹立可能である。例えばマウスES細胞の樹立方法についてはNagy. A. et al. eds.: Manipulating the Mouse Embryo, A Laboratory Manual, Third Edition, Cold spring Harbor Laboratory Press, 2003、実験医学別冊 培養細胞実験ハンドブック(羊土社)等を参照することができる。サルES細胞の樹立方法であればSuemori H, Tada T, Torii R, et al., Dev Dyn 222, 273-279, 2001等を参照することができる。ヒトES細胞の樹立方法であればWassarman, P.M. et al.: Methods in Enzymology, Vol.365(2003)等を参照することができる。
【0027】
本発明では、用意した幹細胞をGM-CSF存在下での培養に供する。具体的にはGM-CSFが添加された培地中で幹細胞を培養する。使用するGM-CSFの動物種は幹細胞の動物種と同一でなくてもよいが、GM-CSFの作用が良好に発揮されるように、好ましくは動物種を合わせるとよい。例えば、ヒト由来の幹細胞を使用する場合にあってはヒトGM-CSFを使用することが好ましい。このように動物種を合わせることは、異種動物由来の成分の混入を防止でき、安全性が向上するという点においても好ましい。
【0028】
GM-CSFは造血幹細胞に分化を促すサイトカイン(造血系成長因子)であり、顆粒球及び単球/マクロファージの前駆細胞の増殖や分化を促す。GM-CSFは主に活性化T細胞より分泌される。GM-CSFには赤芽球、好酸球、巨核球のコロニー形成活性も認められ、生体の造血機構に幅広く関与している可能性が報告されている。生体から分離・精製したGM-CSFを用いても、或いは組換え生産したGM-CSF(リコンビナントGM-CSF)を用いても良い。いくつかのGM-CSFが市販されており(例えばコスモ・バイオ株式会社、生化学バイオビジネス株式会社、ミルテニーバイオテク株式会社などが提供する)、このような市販品を用いることもできる。
【0029】
培地中のGM-CSF濃度は特に限定されず、予備実験等によって適宜設定することができる。GM-CSF濃度の例を示せば1ng/ml〜100ng/mlであり、好ましい濃度は5 ng/ml〜20 ng/mlである。全培養期間を通してGM-CSF濃度が一定である必要はない。例えば、培養後期に添加濃度が高くなる培養条件を採用することができる。GM-CSF含有培地を用いた培養の期間は例えば1日〜20日、好ましくは2日〜14日、更に好ましくは3日〜7日、より一層好ましくは3日〜5日とする。
【0030】
GM-CSFを添加すること以外は、使用する幹細胞の種類を考慮しつつ、ミエロ系細胞への分化誘導に適した培養条件を採用すればよい。iPS細胞又はES細胞を採用した場合には、in vitroで分化させる方法として一般的な胚様体(EB)形成法(Chinzei R, Tanaka Y, et al: Hepatology 36, 22-29, 2002; Yamada T, Yoshikawa M, et al: Stem Cells 20, 146-154, 2002; Asahina K, Fujimori H, et al: Genes Cells 9, 1297-1308, 2004; Choi D, Lee HJ, et al: Stem Cells 23, 817-827, 2005)やストローマ細胞(典型的にはOP9細胞)との共培養による方法(Shiraki N, Lai CJ, et al: Genes Cells 10, 503-516, 2005; Ishii T, Yasuchika K, et al : Exp Cell Res 309, 68-77, 2005; Teratani T, Yamamoto H, et al: Hepatology 41, 836-846, 2005; Soto-Gutierrez A, Kobayashi N, et al: Nat Biotechnol 24, 1412-1419, 2006)等を採用するとよい。EB形成法としてハンギング・ドロップ(Hanging drop)法(Rundnick MA, Mcburney MW, Cell culture methods and induction of differentiation of embryonal carcinoma cell lines, p. 19-49. In Robertson, E. J. (ed.), Teratocarcinomas and embryonic stem cells: a practical approach, IRL press, Washington DC, 1987等)、細菌用培養皿(Bacterial dish)を用いた方法(Doetschman TC, Eistetter H, Katz M, et al: Embryol. Exp Morph 87, 27-45, 1985等)、U底のマルチウェルプレートを利用した方法(Yasuda E, Seki Y, Higuchi T, et al: J Biosci Bioeng 107, 442-446, 2009; Karp JM, Yeh J, Eng G, et al: Lab Chip 7, 786-794, 2007; Moeller HC, Mian MK, Shrivastava S, et al: Biomaterials 29, 752-763, 2008等)、SFEBq法(Eiraku M, Watanabe K, Matsuo-Takasaki M, et al: Cell Stem Cell 3, 519-532, 2008等)等が開発されており、これらの方法を本発明に適用可能である。尚、本発明で使用可能な基本培地としてイスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)(GIBCO社等)、ハムF12培地(HamF12)(SIGMA社、Gibco社等)、ダルベッコ変法イーグル培地(D-MEM)(ナカライテスク株式会社、シグマ社、ギブコ社等)、グラスゴー基本培地(Gibco社社等)、RPMI1640培地等を例示できる。二種以上の基本培地を併用することにしてもよい。培地に添加可能な成分の例として、血清(ウシ胎仔血清、ヒト血清、羊血清等)、血清代替物(Knockout serum replacement(KSR)など)、ウシ血清アルブミン(BSA)、抗生物質、2-メルカプトエタノール、白血病抑制因子(LIF)、PVA、L-グルタミン、インスリン、トランスフェリン、セレニウムを挙げることができる。培養温度等、その他の培養条件についても常法に準ずればよい。即ち、例えば37℃、5%CO2の環境下で培養すればよい。
【0031】
一態様では、本発明者が見出した新規方法で作製したiPS細胞が用いられる。以下、この新規iPS細胞作製法を説明する。尚、詳細は特願2010−103211号を参照されたい。
【0032】
このiPS細胞作製法では、骨髄をGM-CSFで刺激することで誘導されたミエロ系細胞からiPS細胞を作製する。具体的には、以下の二つのステップ、即ち、ステップ(i)「骨髄をGM-CSFの存在下で培養するステップ」とステップ(ii)「増殖した細胞を多能性幹細胞へ形質転換させるステップ」を行い、iPS細胞を作製する。以下、各ステップの詳細を説明する。
【0033】
(i)GM-CSF存在下での培養
このiPS細胞作製法ではiPS細胞へ形質転換させるステップに先だって、骨髄細胞をGM-CSF存在下で培養する。この培養を行うことが当該作製法の最大の特徴である。この培養工程を組み込むことによってiPS細胞の作製効率が向上する。理論に拘泥する訳ではないが、GM-CSFによる刺激を加えることによりミエロ系細胞系譜への誘導が生じ、増殖性の高い細胞が得られる。また、遺伝子の再構成を防止することができる。この特徴は、遺伝子の再構成が行われたB細胞やT細胞由来のiPS細胞を作製する技術([6] Hong H, Takahashi K, Ichisaka T, Aoi T, Kanagawa O, Nakagawa M, Okita K, Yamanaka S. Suppression of induced pluripotent stem cell generation by the p53-p21 pathway. Nature 460, 1132-1135(2009).;Hanna J, Markoulaki S, Schorderet P, Carey BW, Beard C, Wernig M, Creyghton MP, Steine EJ, Cassady JP, Foreman R, Lengner CJ, Dausman JA, Jaenisch R. Direct reprogramming of terminally differentiated mature B lymphocytes to pluripotency. Cell. 2008 Apr 18;133(2):250-64.)と明確に異なり、再生医療での利用に適したiPS細胞を提供できる点において重要且つ有益である。
【0034】
このiPS細胞作製法ではまず骨髄を用意する。骨髄は常法で採取すればよい(例えば、財団法人骨髄移植推進財団ドナー安全委員会編集の骨髄採取マニュアル第三版が参考になる)。例えば、骨髄穿刺針を用いて腸骨から採取することができる。採取した骨髄を前処理に供してもよい。ここでの前処理として、フィルター処理等による不純物の除去、遠心処理等による細胞成分の分離、PBSによる洗浄等を挙げることができる。
【0035】
骨髄の動物種は特に限定されない。好ましくはヒトから採取された骨髄が用いられるが、ヒト以外の動物(ペット動物、家畜、実験動物を含む。具体的には例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ニワトリ等である)から採取された骨髄を用いることもできる。
【0036】
一般に、細胞の活性はその由来である個体の齢に依存する。即ち、老齢個体の細胞は、通常、若齢個体の細胞よりも活性が低い。このため老齢個体の細胞からiPS細胞を作製する場合その成功率(作製効率)は低くなる。このiPS細胞作製法によればiPS細胞の作製効率を向上でき、老齢個体の細胞からも比較的安定してiPS細胞を得ることが可能となる。このiPS細胞作製法の一態様ではこの特徴を活かし、壮年期以降のヒトの骨髄を用いてiPS細胞を作製する。また、他の一態様では中年期以降、更に他の一態様では高年期以降のヒトの骨髄を用いる。ヒトの一生は幼年期(0〜4歳)、少年期(5〜14歳)、青年期(15〜24歳)、壮年期(25〜44歳)、中年期(45〜64歳)、高年期(65歳以上)に分けることができる。一般に、壮年期以降は生活習慣病に罹り易くなるといわれ、また老化に起因する各種疾病(例えば筋萎縮、骨粗鬆症、関節炎)への罹患率も高まる。iPS細胞の作製効率を向上させるこのiPS細胞作製法は、このように疾病リスクの高まる壮年期以降の患者を対象とした医療の発展に大きく貢献する。尚、以上の説明から分かるように、このiPS細胞作製法は老齢個体の細胞、換言すれば活性の低い細胞をソースとした場合に特に有効であるが、その適用範囲は特に限定されるものではなく、若齢個体の細胞をソースにしてもよい。
【0037】
以上のようにして用意した骨髄をGM-CSF存在下での培養に供する。具体的にはGM-CSFが添加された培地中で骨髄を培養する。当該条件下での培養の前に、GM-CSFを含有しない培地で培養することにしてもよい。例えば、初代培養(又は初代培養とその後の数継代)にGM-CSF非含有培地を使用し、以降の継代培養にGM-CSF含有培地を使用することにする。使用するGM-CSFの動物種は骨髄の動物種と同一でなくてもよいが、GM-CSFの作用が良好に発揮されるように、好ましくは動物種を合わせるとよい。例えば、ヒト骨髄を使用する場合にあってはヒトGM-CSFを使用することが好ましい。このように動物種を合わせることは、異種動物由来の成分の混入を防止でき、安全性が向上するという点においても好ましい。
【0038】
培地中のGM-CSF濃度は特に限定されず、予備実験等によって適宜設定することができる。GM-CSF濃度の例を示せば1ng/ml〜100ng/mlであり、好ましい濃度は5 ng/ml〜20 ng/mlである。全培養期間を通してGM-CSF濃度が一定である必要はない。例えば、培養後期に添加濃度が高くなる培養条件を採用することができる。GM-CSF含有培地を用いた培養の期間は例えば1日〜20日、好ましくは2日〜14日、更に好ましくは3日〜7日、より一層好ましくは3日〜5日とする。GM-CSFを添加すること以外は、基本的には哺乳動物細胞の通常の培養条件に従えばよい。
【0039】
(ii)iPS細胞への形質転換(初期化、リプログラミング)
理論に拘泥する訳ではないが、骨髄をGM-CSF存在下で培養するとミエロ系細胞(Bone marrow derived myeloid cells)が増殖する。このiPS細胞作製法では当該ミエロ系細胞をiPS細胞へと形質転換させる。iPS細胞への形質転換は、所定の転写因子の導入等によって行うことができる(上記参照)。また、形質転換が生じた細胞は、多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる(上記参照)。
【0040】
(他の刺激因子の併用)
本発明の一態様では、GM-CSFに加え、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF; Granulocyte-Colony Stimulating Factor)又はマクロファージコロニー刺激因子(M-CSF; Macrophage-Colony Stimulating Factor)或いはこれら両方をGr-1+/CD11b+ミエロ系細胞への誘導に使用する。即ち、この態様では、GM-CSFだけでなく、他の一つ以上の刺激因子を併用してGr-1+/CD11b+ミエロ系細胞へと分化誘導する。
【0041】
G-CSFは分子量約19KDaの糖蛋白質であり、顆粒球の産生促進、好中球の機能亢進といった作用を有する。G-CSFは血液細胞の分化過程で顆粒球系細胞に作用する。G-CSFを併用することにより、好中球系への分化誘導が促される。従って、細菌感染等の関与が考えられる症例で細菌を殺すという効果の発揮に有効な条件といえる。
【0042】
M-CSFは主に単球系細胞の増殖・分化を刺激するサイトカインである。M-CSFはGM-CSF及びG-CSFの産生も促す。また、M-CSFは、GM-CSFやG-CSFと異なり、破骨細胞や絨毛細胞の分化誘導作用など、造血系以外でも活性を示す。M-CSFを併用することにより、単球・マクロファージ系への分化誘導が促される。従って、炎症を押さえ、破壊された組織を貪食し、組織再生を促すという効果の発揮に有効な条件といえる。
【0043】
G-CSF及び/又はM-CSFを併用する場合の具体的な培養方法として、様々な条件を採用可能であるが、好ましくは、以下のいずれかの培養条件を採用する。尚、使用する基本培地やG-CSF及びM-CSFの添加濃度などは、GM-CSFの場合に準ずる。
(培養条件の例1)
GM-CSF存在下での培養の後、G-CSFの存在下で培養し、続いてM-CSF存在下で培養するという条件
この培養条件が好ましい理由は、早期の組織破壊、細菌感染を押さえ、後期の組織再生を促すことに有効な細胞が得られることである。
(培養条件の例2)
GM-CSF存在下での培養の後、G-CSF及びM-CSFの存在下で培養するという条件
この培養条件が好ましい理由は、より分化した好中球、マクロファージが得られることである。
(培養条件の例3)
GM-CSF及びG-CSFの存在下での培養の後、M-CSFの存在下で培養するという条件
この培養条件が好ましい理由は、早期に好中球を増やし、後期にマクロファージを増やすことで、様々なミエロ系細胞が得られることである。この条件で得られた細胞によれば、抗炎症、組織再生を同時に進行させることができる。
【0044】
(2)Gr-1+/CD11b+ミエロ系細胞の回収
ステップ(2)では、ステップ(1)によって誘導されたGr-1+/CD11b+ミエロ系細胞を回収する。回収にはフローサイトメトリー、特異的抗体(抗Gr-1抗体、抗CD11b抗体)を利用した免疫学的手法、形態観察に基づく分取などの方法を採用できる。回収した細胞は必要に応じて更なる培養(継代培養)、精製などに供される。
【0045】
本発明は更に、抗炎症細胞の調製法として、以下のステップ(a)及び(b)を含む方法を提供する。
(a)骨髄又は末梢血からGr-1及びCD11b陽性ミエロ系細胞を回収するステップ
(b)回収した細胞を増殖させるステップ
【0046】
この態様では、炎症性疾患の治療に有用な細胞であるGr-1+/CD11b+ミエロ系細胞を、それが存在するソース(生体試料)から直接回収し、そして増殖させる。細胞のソースとして骨髄、末梢血等が用いられる。これらの生体試料は、正常個体又は炎症性疾患に罹患している個体から採取される。ここでの用語「正常」は用語「炎症性疾患に罹患している状態」と対比的に用いられる。即ち、「正常な個体」とは、炎症性疾患を罹患していない点で正常である。
【0047】
炎症性疾患に罹患している個体ではGr-1+/CD11b+ミエロ系細胞が増殖していることを期待できる。従って、効率性や安全性等の観点から、炎症性疾患に罹患している個体由来の生体試料を用いることが好ましいといえる。また、調製した細胞の投与が予定される個体から採取した生体試料を用いれば(即ちドナーとレシピエントを同一にすれば)、免疫拒絶を回避できるというメリットがある。
【0048】
細胞の動物種は特に限定されない。好ましくはヒトから採取した生体試料を用いるが、ヒト以外の動物(ペット動物、家畜、実験動物を含む。具体的には例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ニワトリ等である)から採取した生体試料を用いることもできる。
【0049】
回収した細胞を増殖させるためには、基本的には哺乳動物細胞の通常の培養条件(第1の局面における培養条件を参照)に従って培養すればよい。必要に応じて継代培養を繰り返すことで、所望の細胞数の細胞を得ることができる。
【実施例】
【0050】
<マウス潰瘍性大腸炎モデルで炎症を制御するミエロ系細胞の発見とその細胞の誘導>
1.方法
(1)実験動物
日本エスエルシー株式会社(静岡)から購入し、名古屋大学実験施設で飼育しているC57BL/6Jマウス(8〜12週齢)を実験に使用した。実験は名古屋大学実験動物指針に従った。
【0051】
(2)DSS投与による腸炎の誘導
DSS(ICN Biomedicals)を濃度2%(w/v)で水に溶かし、5日間自由に飲水させた。マウスを毎日観察し、生存状態の確認と血性下痢の有無及び体重測定を行った。投与後、日にちを追って解剖し、腸の長さ、脾臓の大きさを測定した。腸は組織染色のために固定した。
【0052】
(3)腸の組織学的分析
マウス解剖後、大腸を10%ホルマリンに固定した。5μmの切片を作製した。H&E染色を行い、大腸粘膜の破壊をスコアで表した。腸粘膜が全く破壊されない場合をスコア0、1/3破壊された場合をスコア1、2/3破壊された場合をスコア2、全体が破壊されるものの表面の上皮が残っている場合をスコア3、表面も含め全体が破壊される場合をスコア4とした。
【0053】
(4)DAI(disease activity index)スコア
体重と便の性状をスコア化した。体重減少なし;0、体重減少1〜5%; 1、体重減少5〜10%;2、体重減少10〜15%;3、体重減少15%以上;4。便が通常;0、便が軟らかい;1〜3、下痢;4。
【0054】
(5)フローサイトメトリー
骨髄、脾臓から細胞浮遊液を作製し、様々な蛍光色素標識抗体(FITC標識抗マウスGr-1抗体、PE標識抗マウスCD11b抗体等)を使用してFACSCaliburTM(ベクトン・ディッキンソン)で蛍光染色し、CellQuest TM(ベクトン・ディッキンソン)で解析した。
【0055】
(6)細胞移入実験
脾臓をFITC標識抗マウスGr-1抗体、PE標識抗マウスCD11b抗体で染色し、共に陽性となった分画をセルソーターで分画し、2%DSSを5日間投与したマウスに静脈内移入した(1x106個)。
【0056】
2.結果
(1)DSS投与モデルでGr-1+/CD11b+細胞が誘導される
C57BL/6マウスにDSS(2%)を投与することによって、潰瘍性大腸炎の症状(体重減少、血便、下痢)が現れ、腸の長さの短縮、病理組織変化が見られた。体重減少は投与終了後4日(図1A)、症状(DAIスコア)は投与終了後5日(図1B)、腸の短縮は投与終了後3日(図1C)に最大(ピーク)となった。病理組織変化では大腸上皮細胞の破壊、固有層(Lamina Propria)への血液免疫細胞浸潤がみられた(図示せず)。マウスは投与終了後4日から体重が増加に転じ、それに伴って腸の長さも戻り、体重、腸の長さ共に投与終了後11日でほぼ投与前の状態に回復した。DSS投与前、投与終了直後(D0)、投与終了後5日(D5)、投与終了後11日(D11)、投与終了後23日(D23)に骨髄及び脾臓を取り出し、FACSにてGr-1+/CD11b+細胞の変化を追跡すると、脾臓では投与前は4%以下であったが、D5で増加しはじめ、D11でピーク(約30%)に達し、D23で低下した(図2上段)。骨髄では投与前から程Gr-1+/CD11b+細胞が40%程度存在していた(図2下段)。この結果より、Gr-1+/CD11b+細胞の増加は疾患の回復に関与(相関)することが示唆された。
【0057】
(2)Gr-1+/CD11b+細胞の移入により、潰瘍性大腸炎の病態が軽減される
DSS投与終了11日後の脾臓細胞を取り出し、Gr-1+/CD11b+にて染色後FACSにてGr-1+/CD11b+細胞を分別採取した。このようにして得た細胞1x106個をDSS投与直後のマウスに静脈注射し、潰瘍性大腸炎の病態を検索した。細胞移入マウス(DSS+TSP)の体重減少はコントロール(DSS)に比べ軽度であり、回復も早かった(図3A)。DAIスコアはGr-1+/CD11b+細胞の移入(DSS+TSP)で改善した(図3B)。腸の長さもGr-1+/CD11b+細胞の移入(DSS+TSP)で減少が抑えられた(図3C)。病理組織学的検索では、DSSによる炎症に起因する腸管壁の肥厚がGr-1+/CD11b+細胞の移入によって明らかに減少していた(図4)。
【0058】
(3)Gr-1+/CD11b+細胞移入マウスではGr-1+/CD11b+細胞の増加が見られない
骨髄、脾臓細胞を取り出し、Gr-1+/CD11b+細胞の変化を検索した。Gr-1+/CD11b+細胞移入群(DSS+TSP)の脾臓については、DSS投与終了後5日(D5)では移入しない群(DSS)に比べGr-1+/CD11b+細胞の増加率が高いものの、DSS投与終了後11日(D11)になるとGr-1+/CD11b+細胞の増加は移入しない群の半分ほどであった(図5)。DSS投与で増加する細胞はLy6C強陽性であり、マクロファージ系細胞であった。この細胞群はGr-1+/CD11b+細胞の移入によってその増加が抑えられた(図6)。
【0059】
(4)iPS細胞のGM-CSFによる分化で治療効果がある
GM-CSFを投与した脾臓でGr-1+/CD11b+細胞ポピュレーションが増加することは知られている(Granulocyte macrophage colony-stimulating factor ameliorates DSS-induced experimental colitis.Sainathan SK, Hanna EM, Gong Q, Bishnupuri KS, Luo Q, Colonna M, White FV, Croze E, Houchen C, Anant S, Dieckgraefe BK.Inflamm Bowel Dis. 2008 Jan;14(1):88-99.)。一方、C57BL/6マウスにマウスGM-CSF遺伝子導入CHO細胞の培養上清を腹腔内注射した脾臓細胞でGr-1+/CD11b+細胞ポピュレーションが増加することを確認した(図7A)。また、この細胞をサイトスピン法でスライドに張り付けギムザ染色すると、DSSの投与で増加する細胞と形態が酷似していた(図7B)。そこで、C57BL/6マウスの胎仔繊維芽細胞から樹立したiPS細胞をOP9上で培養し、GM-CSFを添加してミエロ系細胞を誘導した。得られた細胞をDSS投与直後のマウスに静脈注射したところ、DSS誘導腸炎が抑制された(図8)。
【0060】
3.考察
(1)DSS投与モデルでGr-1+/CD11b+細胞が誘導される
これまでに、潰瘍性大腸炎患者でGr-1+/CD11b+のMDSC様細胞が増加することが報告されている(Haile, L. A. et al. Myeloid-derived suppressor cells in inflammatory bowel disease: a new immunoregulatory pathway. Gastroenterology 135, 871-881 (2008).)。インフルエンザのヘマグルチニン(HA)を腸に発現するマウスに対して、当該HAを認識するTCR(T細胞レセプター)Vbの遺伝子発現マウスのCD8+脾臓細胞を1回投与すると腸炎を発症することが知られている。Haileらの報告(Haile LA,et al. Gastroenterology. 2008;135(3):871-881.)では、CD8+脾臓細胞の1回投与では症状が出るのに対し3回投与すると症状がみられなかった。また、Gr-1+/CD11b+細胞は1回投与では投与なしに比べて1.6%〜3.4%に上昇したのに対し、3回投与では14.2%に上昇した。Haileらは、これらの結果より、Gr-1+/CD11b+細胞がT細胞を抑制することによって腸の炎症が抑えられると考察している。ところが、同じ論文において、マウスDSS投与モデルではMDSC様細胞の増加は見られないと言及する。DSS投与モデルではT細胞が関与しないため、MDSCによる抑制が起こらないと考えられている。実際Reindlらはミエロ系特異的にstat3欠損マウスとRAG欠損マウスを掛け合わせたものにDSSを投与すると、stat3欠損マウス及びRAG欠損マウスと同様に潰瘍性大腸炎を誘導できたことを報告している(Reindl W, Weiss S, Lehr HA, Forster I. Essential crosstalk between myeloid and lymphoid cells for development of chronic colitis in myeloid-specific signal transducer and activator of transcription 3-deficient mice.Immunology 2007 Jan;120(1):19-27.)。ミエロ系特異的にstat3を欠損するマウスはある年齢で潰瘍性大腸炎を自然発症するが、RAGマウスと掛け合わせると発症しないことにより、自然発症潰瘍性大腸炎はT細胞依存性であり、DSS誘導潰瘍性大腸炎はT細胞非依存性であることを示している。
【0061】
(2)誘導されたGr-1+/CD11b+細胞はDSS誘導腸炎を抑制する。
DSS投与終了後11日で誘導されるGr-1+/CD11b+細胞をDSS投与終了時(D0)に投与すると、DSS誘導腸炎が強く抑制された。Gr-1+/CD11b+細胞は近年ミエロイド由来抑制細胞(MDSC)とよばれ、進行癌で末梢と脾臓に増加することが話題になっている。この細胞はT細胞抑制機能を有し、この細胞の増加によって癌特異的免疫能が低下することが知られている(Gabrilovich DI, Nagaraj S. Myeloid-derived suppressor cells as regulators of the immune system. Nat Rev Immunol. 2009, 9(3):162-74. Review.)。炎症や感染でもMDSCは誘導されるとの報告がある。DSS腸炎はT細胞非依存性であることから、我々の誘導したGr-1+/CD11b+細胞はT細胞を抑制することで炎症を抑えているのではなく、別のメカニズムで腸炎の発症を抑えていると考えられる。
【0062】
4.まとめ
本研究によって、DSS投与潰瘍性大腸炎モデルマウスのDSS投与終了後5日から脾臓にGr-1+/CD11b+細胞が増加してくることを発見した。この細胞はDSS投与終了後11日にその増加がピークとなり、DSS投与終了後23日でも存在した。この細胞をセルソーターで取り出し、DSS投与直後のマウスに静脈内移入したところ、潰瘍性大腸炎の症状(体重減少、血便、下痢)、腸の長さ、病理学的組織所見が改善した。Gr-1+/CD11b+細胞を移入したマウスの脾臓細胞ではGr-1+/CD11b+細胞の誘導が見られなかった。近年、進行したガン患者や転移ガン移植マウスモデルでGr-1+/CD11b+細胞が脾臓、末梢血で著しく増加することが知られている。この細胞は、がん特異的T細胞応答に対する抑制活性を示し、MDSCと呼ばれている。本研究で解析したGr-1+/CD11b+細胞はT細胞抑制活性を持たない可能性が高いことと、DSS投与潰瘍性大腸炎はT細胞のないマウスでも誘導されることから、DSS投与潰瘍性大腸炎モデルマウスの脾臓では、MDSCとは異なる機序で腸炎を抑制するGr-1+/CD11b+細胞が誘導されることが判明した。また、炎症の抑制・治癒に有効である当該Gr-1+/CD11b+細胞と同等の細胞をiPS細胞から人為的に誘導できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の抗炎症剤は潰瘍性大腸炎、クローン病、感染症、創傷等、各種炎症疾患の治療に利用され得る。iPS細胞作製技術を組み合わせることによって、倫理面や副作用の問題、或いは必要な細胞数確保の問題などを克服した、優れた治療戦略を実現可能である。
【0064】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Gr-1及びCD11b陽性ミエロ系細胞を含む、抗炎症剤。
【請求項2】
前記細胞がT細胞に対する抑制活性を示さない、請求項1に記載の抗炎症剤。
【請求項3】
前記細胞がLy6C陽性である、請求項1又は2に記載の抗炎症剤。
【請求項4】
前記細胞が、顆粒球単球コロニー刺激因子の存在下での培養によって多分化能幹細胞から誘導された細胞である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の抗炎症剤。
【請求項5】
前記多分化能幹細胞が誘導多能性幹細胞である、請求項4に記載の抗炎症剤。
【請求項6】
潰瘍性大腸炎の治療用である、請求項1〜5のいずれか一項に記載に記載の抗炎症剤。
【請求項7】
以下のステップ(1)及び(2)を含む、抗炎症細胞の調製法:
(1)ミエロ系細胞への分化能を有する幹細胞を顆粒球単球コロニー刺激因子の存在下で培養するステップ;
(2)誘導されたGr-1及びCD11b陽性ミエロ系細胞を回収するステップ。
【請求項8】
前記幹細胞が誘導多能性幹細胞、胚性幹細胞、骨髄幹細胞又は末梢血幹細胞である、請求項7に記載の調製法。
【請求項9】
以下のステップ(a)及び(b)を含む、抗炎症細胞の調製法:
(a)骨髄又は末梢血からGr-1及びCD11b陽性ミエロ系細胞を回収するステップ;
(b)回収した細胞を増殖させるステップ。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の抗炎症剤を、炎症性疾患の患者に投与することを特徴とする、炎症性疾患の治療法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2011−246388(P2011−246388A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−120967(P2010−120967)
【出願日】平成22年5月26日(2010.5.26)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】