説明

ミトコンドリア障害脳疾患治療剤及び診断剤

【課題】脳梗塞に代表される脳疾患の治療剤及び診断剤の提供。
【解決手段】
(A)一般式(1)
21NCH2COCH2CH2COR3 (1)
(式中、R1及びR2は各々独立に、水素原子、アルキル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリール基又はアラルキル基を示し;R3はヒドロキシ基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルコキシカルボニルオキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基又はアミノ基を示す。)
で表されるδ−アミノレブリン酸、その誘導体又はそれらの塩、と(B)鉄化合物とを組み合せてなることを特徴とするミトコンドリア障害脳疾患治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳梗塞に代表されるミトコンドリア障害脳疾患の治療剤及び診断剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ミトコンドリアは、ほぼ全ての真核細胞に存在する細胞内小器官で、一般に1細胞当たり数百から数千個が含まれている。ミトコンドリアは、外膜と内膜の2層によって囲まれた細長い楕円状構造をしている。主要な役割は、クエン酸回路と電子伝達系及び両者に共役する酸化的リン酸化によって細胞のエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP)を産生するほか、細胞死の制御においても中心的な役割を果たしている。ミトコンドリアから活性酸素が放出され細胞機能の低下や細胞死を引き起こすと言われており、老齢動物では、ミトコンドリアからの活性酸素の産生が増加することも報告されている。
【0003】
アルツハイマー病の発症機構はいまだ不明だが、ミトコンドリアの機能低下がアルツハイマー病の神経脱落に密接に関わっていることを示唆する知見も得られてきている。これまで、ミトコンドリア障害による脳疾患としては、アルツハイマー症の他に、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ミトコンドリア脳筋症などのミトコンドリア病、片頭痛、パーキンソン病、アルツハイマー病、脳梗塞や低酸素脳症や脳動脈硬化症などの虚血性脳障害、躁うつ病、慢性疲労症候群、水頭症や頭部外傷などの頭蓋内圧亢進症、正常圧水頭症、クモ膜下出血後の脳血管攣縮、手術及び血管内手術時の脳虚血の防止などが知られている。
【0004】
なかでも、脳梗塞は、脳卒中の約70%を占め、脳卒中は、2004年の統計では、悪性新生物(がん)、心疾患に次いで第3位であり、死亡総数の12.5%を占めている。脳梗塞は、血管の詰まり方によって2種類に分けられている。血管が動脈硬化を起こし、内腔がだんだんと狭くなり詰まる脳血栓症、心臓や大血管で血栓ができ脳まで血栓が運ばれて脳の血管に詰まる脳塞栓症がある。脳細胞は、血流が完全に遮断されると数分で完全に死んでしまい、回復は不可能である。但し、通常は1本の血管が詰まっても、他の血管からある程度の血液の流れが残っているため、血液が急に完全に遮断されることはない。脳細胞は、血管が詰まってから数時間の間は、血液の流れが悪い部分から徐々に死んでいくが、脳血栓症は、症状がゆっくり進行し、2〜3日たって完成する場合があり、脳塞栓症は突然症状が完成し、脳血栓症よりも一般的に重症といわれている。脳梗塞は、さらに大きく3つのタイプに分ける場合がある。(1)動脈硬化により頸部や頭の中の大きな血管が詰まるアテローム血栓性脳梗塞、(2)脳内の細い血管が詰まるラクナ梗塞、(3)心房細動(不整脈の一種)、心筋梗塞、心臓弁膜症、心筋症などで心臓内に血栓ができ脳に到達する心原性脳塞栓症の3つがある。
【0005】
脳梗塞を診察するには、その神経症状を的確に把握して、病変部位を正確に診断することが大切で、医師によって5分以内に大まかな神経学的な検査が行えるが、その診断を補助して、適切な治療方針を決定するために、CT検査(コンピューター断層撮影)、MRI検査(磁気共鳴画像)、超音波ドプラー検査、脳血管撮影検査、脳血流検査などの検査が行われている。これらは全て治療を施す前の術前診断であり、手術を行いながら疾患部位を判断できる検査方法は存在していないのが現状である。
【0006】
脳梗塞の治療は、アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞、心原性脳塞栓症のどのタイプの脳梗塞か、発症後の時間、重症かどうかによって異なっている。特殊な治療としては、脳のむくみをとる治療、血管内の血栓に対する治療と神経細胞を保護する治療などがある。最も効果のある治療法としては、血栓溶解療法(組織プラスミノーゲンアクチベーター)が海外で使用されているが、血栓溶解剤は脳梗塞発症後3時間以内に投与する必要がある。血栓溶解療法には、脳血管の詰まっている場所を脳血管撮影という検査で見つけ、その部位にカテーテルを送り込み血栓を溶かす方法もあるが、やはり脳梗塞発症後3〜6時間以内に施行する必要がある。また、血栓溶解療法ができない場合には、抗血小板剤、あるいは血液凝固抑制剤を投与する治療法もある。
しかし、これらの治療法を施行しても、施行が遅れたり、施行の誤認により、何らかの後遺症(意識障害、運動知覚障害、高次脳機能障害、記銘力障害、情動症障害)が残る場合があり、血栓溶解治療と同時に疾患部位を治療する薬剤は存在していないのが現状である。
【0007】
一方、δ−アミノレブリン酸(ALA)又はその誘導体を投与すると、誘導されるプロトポルフィリンIXが腫瘍に集積して術中診断や治療に効果を発揮することが知られている(特許文献1、非特許文献1)。また、δ−アミノレブリン酸(ALA)又はその誘導体と鉄化合物を併用して頭部に経皮投与すると、育毛効果があることが知られている(特許文献2)。しかしながら、δ−アミノレブリン酸又はその誘導体の脳疾患に対する作用については報告されていない。
【特許文献1】特表平11−501914号公報
【特許文献2】WO2005/105022公報
【非特許文献1】脳神経外科,29(11):1019−1031,2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、脳梗塞に代表されるミトコンドリア障害脳疾患の治療剤及び診断剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで本発明者は、脳梗塞の実験モデルである中大脳動脈閉塞モデルラットを作成し、脳梗塞部位とミトコンドリア活性との関係について検討した。その結果、脳梗塞部位においてはミトコンドリア活性が消失しており、脳梗塞等の脳虚血による脳細胞障害とミトコンドリア活性との間に相関関係があると推定した。
【0010】
ところで、δ−ALAを脳梗塞等の脳疾患の治療に使用するには、δ−ALAが血液脳関門(BBB)を通過するか否かを検討する必要がある。δ−ALAは脳腫瘍においてBBBを通過することは知られているが、正常の場合や脳梗塞の場合に通過するか否かは知られていない。そこで、本発明者は、正常ラットと脳梗塞モデルラットにおけるδ−ALAがBBBを通過するか否か検討したところ、脳梗塞モデルラットではδ−ALA投与により、脳梗塞部位特異的にδ−ALAの代謝物であるプロトポルフィリンIXが確認された。一方、正常ラットではプロトポルフィリンIXは観察されなかった。このことから、δ−ALAは正常時にはBBBの通過は認められず、脳梗塞等の脳疾患時にBBBを通過し、脳組織内の脳梗塞部位においてのみプロトポルフィリンIXに代謝されることから、脳梗塞等のミトコンドリア障害脳疾患の診断に使用できることを見出した。
【0011】
さらに、δ−ALAと鉄化合物とを脳梗塞モデルラットにおいて中大脳動脈閉塞後に投与したところ、脳梗塞後遺症の指標である神経重症度スコア(NSS)が顕著に改善されることから、当該化合物の併用がミトコンドリア障害脳疾患治療薬として有用であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、(A)一般式(1)
21NCH2COCH2CH2COR3 (1)
(式中、R1及びR2は各々独立に、水素原子、アルキル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリール基又はアラルキル基を示し;R3はヒドロキシ基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルコキシカルボニルオキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基又はアミノ基を示す。)
で表されるδ−アミノレブリン酸、その誘導体又はそれらの塩、と(B)鉄化合物とを組み合せてなることを特徴とするミトコンドリア障害脳疾患治療剤を提供するものである。
【0013】
また、本発明は、上記一般式(1)で表されるδ−アミノレブリン酸、その誘導体又はそれらの塩を含有することを特徴とするミトコンドリア障害脳疾患診断剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明のミトコンドリア障害脳疾患診断剤によれば、脳梗塞等の脳疾患の緊急時、例えば手術中に励起光をあてて赤色光の有無を観察することにより、疾患部位を明確に診断することができる。また本発明のミトコンドリア障害脳疾患治療剤によれば、脳梗塞発症後に投与することにより、特に血栓溶解療法等と併用することにより、意識障害、運動知覚障害、高次脳機能障害、記銘力障害、情動症障害等の後遺症を改善することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の脳疾患治療剤及び診断剤に用いられる(A)δ−ALA又はその誘導体は、前記一般式(1)で表される。一般式(1)中、R1及びR2で示されるアルキル基としては、炭素数1〜24の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が好ましく、より好ましくは炭素数1〜18のアルキル基、特に炭素数1〜6のアルキル基が好ましい。炭素数1〜6のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基等が挙げられる。アシル基としては、炭素数1〜12の直鎖又は分岐鎖のアルカノイル基、アルケニルカルボニル基又はアロイル基が好ましく、特に炭素数1〜6のアルカノイル基が好ましい。当該アシル基としては、ホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基等が挙げられる。アルコキシカルボニル基としては、総炭素数2〜13のアルコキシカルボニル基が好ましく、特に炭素数2〜7のアルコキシカルボニル基が好ましい。当該アルコキシカルボニル基としては、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、n−プロポキシカルボニル基、イソプロポキシカルボニル基等が挙げられる。アリール基としては、炭素数6〜16のアリール基が好ましく、例えば、フェニル基、ナフチル基等が挙げられる。アラルキル基としては、炭素数6〜16のアリール基と上記炭素数1〜6のアルキル基とからなる基が好ましく、例えば、ベンジル基等が挙げられる。
【0016】
3で示されるアルコキシ基としては、炭素数1〜24の直鎖又は分岐鎖のアルコキシ基が好ましく、より好ましくは炭素数1〜16のアルコキシ基、特に炭素数1〜12のアルコキシ基が好ましい。当該アルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基、sec−ブトキシ基、tert−ブトキシ基、n−ペンチルオキシ基、イソペンチルオキシ基、ネオペンチルオキシ基、tert−ペンチルオキシ基、2−メチルブチルオキシ基、n−ヘキシルオキシ基、イソヘキシルオキシ基、3−メチルペンチルオキシ基、エチルブチルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基、オクチルオキシ基、デシルオキシ基、ドデシルオキシ基等が挙げられる。アシルオキシ基としては、炭素数1〜12の直鎖又は分岐鎖のアルカノイルオキシ基が好ましく、特に炭素数1〜6のアルカノイルオキシ基が好ましい。当該アシルオキシ基としては、アセトキシ基、プロピオニルオキシ基、ブチリルオキシ基等が挙げられる。アルコキシカルボニルオキシ基としては、総炭素数2〜13のアルコキシカルボニルオキシ基が好ましく、特に総炭素数2〜7のアルコキシカルボニルオキシ基が好ましい。当該アルコキシカルボニルオキシ基としては、メトキシカルボニルオキシ基、エトキシカルボニルオキシ基、n−プロポキシカルボニルオキシ基、イソプロポキシカルボニルオキシ基等が挙げられる。アリールオキシ基としては、炭素数6〜16のアリールオキシ基が好ましく、例えば、フェノキシ基、ナフチルオキシ基等が挙げられる。アラルキルオキシ基としては、前記アラルキル基を有するものが好ましく、例えば、ベンジルオキシ基等が挙げられる。
【0017】
一般式(1)中、R1及びR2としては水素原子が好ましい。R3としてはヒドロキシ基、アルコキシ基又はアラルキルオキシ基が好ましく、より好ましくはヒドロキシ基又は炭素数1〜12のアルコキシ基、特にメトキシ基又はヘキシルオキシ基が好ましい。
【0018】
δ−ALA誘導体としては、δ−アミノレブリン酸メチルエステル、δ−アミノレブリン酸エチルエステル、δ−アミノレブリン酸プロピルエステル、δ−アミノレブリン酸ブチルエステル、δ−アミノレブリン酸ペンチルエステル、δ−アミノレブリン酸ヘキシルエステル等がより好ましく、特にδ−アミノレブリン酸メチルエステル又はδ−アミノレブリン酸ヘキシルエステルが好ましい。
【0019】
δ−ALA又はその誘導体の塩としては、特に制限されないが、薬学的に許容される無機酸又は有機酸の酸付加塩が好ましい。無機酸の付加塩としては、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩等、有機酸の付加塩としては、酢酸塩、乳酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩、コハク酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、アスコルビン酸塩等が挙げられ、特にδ−アミノレブリン酸塩酸塩又はδ−アミノレブリン酸リン酸塩が好ましい。
【0020】
δ−ALA、その誘導体及びそれらの塩は、化学合成、微生物や酵素を用いる方法のいずれの方法によっても製造できる。例えば、特開平4−9360号公報、特表平11−501914号公報、特開2006−182753号明細書、特開2005−314361号明細書、特開2005−314360号明細書記載の方法によって製造できる。
【0021】
本発明の脳疾患治療剤は、(A)前記δ−ALA、その誘導体又はそれらの塩と(B)鉄化合物とが組み合せて用いられるが、脳疾患診断剤には当該鉄化合物は含んでいてもよい。(B)鉄化合物としては、特に制限されず、例えば、塩化第二鉄、三二酸化鉄、鉄クロロフィリンナトリウム、フェリチン鉄、クエン酸第一鉄、クエン酸鉄ナトリウム、クエン酸鉄アンモニウム、フマル酸第一鉄、ピロリン酸第一鉄、ピロリン酸第二鉄、含糖酸化鉄、酢酸鉄、シュウ酸鉄、コハク酸第一鉄、コハク酸クエン酸鉄ナトリウム、ヘム鉄、デキストラン鉄、乳酸鉄、グルコン酸第一鉄、ジエチレントリアミン五酢酸鉄ナトリウム、ジエチレントリアミン五酢酸鉄アンモニウム、ジエチレンジアミン四酢酸鉄ナトリウム、ジエチレンジアミン五酢酸鉄アンモニウム、トリエチレンテトラアミン鉄、ジカルボキシメチルグルタミン酸鉄ナトリウム、ジカルボキシメチルグルタミン酸鉄アンモニウム、クエン酸鉄コリン、蟻酸第一鉄、蟻酸第二鉄、シュウ酸カリウム第二鉄アンモニウム、硫酸第一鉄、硫酸第二鉄、硫酸鉄アンモニウム、炭酸第二鉄、塩化第一鉄、酸化鉄が挙げられる。特に医療用に常用されているクエン酸第一鉄、フマル酸第一鉄、ピロリン酸第二鉄、含糖酸化鉄、デキストラン鉄が好ましい。
【0022】
本発明の脳疾患診断剤においては、(A)前記δ−ALA、その誘導体又はそれらの塩を含有していればよく、(B)鉄化合物を併用してもよい。また、本発明の脳疾患治療剤においては、当該成分(A)と成分(B)が組み合せてなることを特徴とする。これらの成分(A)及び成分(B)は、一の組成物(製剤)中に含まれていてもよいが、成分(A)を含む組成物(製剤)と、成分(B)を含む組成物(製剤)との2種の製剤としてもよい。
【0023】
本発明の脳疾患診断剤及び治療剤は、(A)δ−ALA、その誘導体又はそれらの塩に薬学的に許容される担体を配合して、常法により調製することができる。剤形としては、顆粒剤、細粒剤、錠剤等の経口投与用剤;液剤、用時溶解型粉末剤等の注射用剤;軟膏、液剤、クリーム剤、ゲル剤等の経皮用剤;坐剤等が挙げられる。(B)鉄化合物の剤形としては、顆粒剤、細粒剤、錠剤、カプセル剤等の経口投与用剤;液剤、用時溶解型粉末剤等の注射用剤;軟膏、液剤、クリーム剤、ゲル剤等の経皮用剤;坐剤等が挙げられる。また、これら成分(A)及び成分(B)を含有する、上記の剤形であってもよい。
【0024】
本発明の脳疾患診断剤及び治療剤の適用対象となる脳疾患は、ミトコンドリア障害性であればよいが、例えば筋萎縮性側索硬化症、ミトコンドリア脳筋症、片頭痛、パーキンソン病、低酸素脳症、脳動脈硬化症、躁うつ病、慢性疲労症候群、頭蓋内圧亢進症、正常圧水頭症、クモ膜下出血後の脳血管攣縮、手術及び血管内手術時の脳虚血の防止、アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞、心原性脳塞栓症、アルツハイマー症が挙げられる。このうち、特にアテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞、心原性脳塞栓症、アルツハイマー症が好ましい。ミトコンドリア活性が低下している状態ほど有用である。特に脳梗塞の急性期に使用するのが好ましい。
【0025】
本発明の脳疾患診断剤及び治療剤のδ−ALA又はその誘導体の塩の投与方法としては、経口投与、静脈投与、筋肉内投与、患部局所投与、腹腔投与、経皮投与、経直腸投与等が挙げられ、腹腔投与、経口投与、患部局所投与又は静脈投与が好ましい。本発明の脳疾患診断剤及び治療剤の(B)鉄化合物の投与方法としては、経口投与、静脈投与、筋肉内投与、患部局所投与、腹腔投与、経皮投与、経直腸投与等が挙げられ、腹腔投与、経口投与、患部局所投与又は静脈投与が好ましい。
【0026】
本発明の脳疾患診断剤及び治療剤の(A)δ−ALA又はその誘導体の塩の投与量としては、投与方法、投与経路、症状、体重によっても異なるが、経口投与の場合、1回に体重1kg当たり0.001mg〜10gであり、0.01〜1000mgが好ましく、特に1〜300mgが好ましい。本発明の脳疾患診断剤及び治療剤の(B)鉄化合物の投与量としては、投与方法、投与経路、症状、体重によっても異なるが、経口投与の場合、1回に体重1kg当たり0.001mg〜10gであり、0.01〜1000mgが好ましく、特に0.1〜10mgが好ましい。
【0027】
本発明の脳疾患診断剤は、前記の如く(A)δ−ALA、その誘導体又はその塩が脳疾患時においては血液脳関門(BBB)を通過し、脳細胞のミトコンドリアに集積し、その部位でプロトポルフィリンIXに変化することを本発明者が見出したことに基づいている。プロトポルフィリンIXは励起光により励起され、赤色光を発することが知られている。従って、成分(A)を投与した後、手術中に励起光を照射して赤色が観察された部位は脳疾患部位であると診断できる。一方、脳疾患のない部位は赤色にならない。手術中に脳疾患部位が診断できれば、脳疾患部位選択的な治療を施すことができる。ここで、励起光としては、350〜500nmの波長の光が好ましいが、疾患部位から赤色光が観察される波長であれば適用できる。
【0028】
本発明の脳疾患診断剤の投与後、手術中に励起光をあてる時間としては、投与方法や組織状態によって異なるが、ポルフィリン類の存在量が最大となる約0.1〜10時間が好ましく、特に約0.5〜5時間が好ましい。
【0029】
本発明の脳疾患治療剤において、(A)δ−ALA、その誘導体又はそれらの塩と、(B)鉄化合物とを併用することによりミトコンドリア障害脳疾患が治療できる理由は明らかではないが、脳疾患部位にδ−ALAが集積してプロトポルフィリンIXに変化し、当該プロトポルフィリンIXが当該脳疾患部位において鉄と錯体を形成し、ヘモグロビンやチトクロームとして機能することによるものと考えられる。これによりミトコンドリア活性が顕著に向上し、その結果として脳疾患部位の細胞障害が改善されるものと考えられる。
【0030】
従って、本発明の脳疾患治療剤を脳梗塞の急性期に適用する場合には、脳梗塞急性期の治療に用いられる薬剤と併用するのが好ましい。このような薬剤としては、組織プラスミノーゲンアクチベータ(t−PA)、ウロキナーゼ、ストレプトキナーゼ等の血栓溶解剤;ヘパリン、ワーファリン等の抗血液凝固剤;アスピリン、チクロピジン、オザグレルナトリウム、シロスタゾール等の抗血小板剤;低分子デキストラン等の血液希釈剤;アルガトロバン等の抗トロンビン剤;グリセオール、マンニトール等の抗脳浮腫剤;エダラボン等の脳保護剤等が挙げられる。このうち、血栓溶解剤との併用は、脳梗塞部位の血流再開と、脳梗塞部位への本発明脳疾患治療剤の到達を考えると、特に有用である。
【0031】
本発明の脳疾患治療剤によれば、後記実施例に示すように脳梗塞が形成された後に投与しても神経重症度スコアが顕著に改善されることから、特に脳梗塞急性期の投与によりその後の神経症状、例えば意識障害、運動知覚障害、高次脳機能障害、記銘力障害、情動症障害等を回復させることができると期待される。
【実施例】
【0032】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに何ら限定されない。
【0033】
実施例1
(脳梗塞モデルラットの作成)
Wister7週齢、雄、ラットの右中大脳動脈に直径1.5mmナイロン糸を留置し、血流を2時間遮断し、その後ナイロン糸を抜去し、右中大脳動脈閉塞モデル(脳梗塞モデルラット)を作成した。
【0034】
(脳梗塞モデルラットの確認)
作成した中大脳動脈腹閉塞モデルラットは、作成前、作成直後(0日目)、作成後1日目、3日目、5日目、7日目、10日目、14日目にNSS(Neurological Severity Scores:神経重症度スコア)に従って評価した。図1に示すように作成したモデルラット(6匹)が重度の脳梗塞状態を示していることを確認した。
【0035】
【表1】

【0036】
(δ−アミノレブリン酸塩酸塩による脳疾患部位の蛍光観察)
中大脳動脈腹閉塞モデルラット作成して6時間、12時間、24時間、42時間後に、それぞれ別々のモデルラットにδ−アミノレブリン酸塩酸塩を生理食塩水に溶解しラットの体重1kgあたり100mgとなるように腹腔投与した。投与4時間後、脳内に405nmの蛍光をあて赤色光部位を全てのモデルラットで観察し、δ−ALAが代謝されてプロトポルフィリンIXに変換されたことを確認した。また、赤色光部位が脳梗塞状態であることも確認した。同様の実験を正常ラットにおいても行ったが、脳内に405nmの蛍光をあてても赤色光部位を確認することはできなかった。従って、本発明の脳疾患診断剤は、術中に疾患組織と正常組織とを明確に判別できる診断剤であることが分かった。
【0037】
(ミトコンドリア活性の確認)
脳梗塞モデルラットであることをNSSで確認した後、ラットを断頭し、直ちに脳を取り出した。脳をカミソリの刃を用いて厚さ2〜3mmの一定の断面で切断した。ミトコンドリア活性染色剤であるTTC(2,3,5−triphenyltetrazolium hydrochloride)の生食溶液(2%)の中で37℃、30分間インキュベートし、直ちに割面の写真を撮影し、梗塞範囲を記録した。図2により、ミトコンドリア活性を有するところは赤く染色され、ミトコンドリア活性がないところは白くなっていることがわかり、右中大脳動脈閉塞を起こしているところが白くなっていることを確認した。
【0038】
実施例2
実施例1で作成した一過性中大脳動脈閉塞モデルのラットを用いて、1)閉塞直後に5−ALAを体重1kgあたり100mgとなるように腹腔内投与し、2時間後含糖酸化鉄(商品名フェジン)を体重1kgあたり2mgを静脈内投与した群(3匹)と、2)閉塞直後に生理食塩水を腹腔内投与し、2時間後に生理食塩水を静脈内投与した群(3匹)の2群で比較した。
モデル作成前、作成3時間後、1日後、3日後、5日後、7日後に各々、NSSの評価と体重測定を行った。図3のように、2)群に比べて1)群では、3日後より6〜8点に改善し経過した。また体重については2群で有意な差はみられなかった(図4)。以上の結果より、δ−アミノレブリン酸塩酸塩と鉄化合物によるミトコンドリア障害脳疾患治療剤としての効果が確認された。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】脳梗塞モデルラットの神経重症度スコア(NSS score)の変化を示す図である。
【図2】脳梗塞モデルラットの脳のTTC染色結果を示す図である。
【図3】脳梗塞モデルラットを用いたδ−ALAと鉄化合物投与群と生理食塩水投与群の神経重症度スコアの変化を示す図である。
【図4】脳梗塞モデルラットを用いたδ−ALAと鉄化合物投与群と生理食塩水投与群の体重変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)一般式(1)
21NCH2COCH2CH2COR3 (1)
(式中、R1及びR2は各々独立に、水素原子、アルキル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリール基又はアラルキル基を示し;R3はヒドロキシ基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルコキシカルボニルオキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基又はアミノ基を示す。)
で表されるδ−アミノレブリン酸、その誘導体又はそれらの塩、と(B)鉄化合物とを組み合せてなることを特徴とするミトコンドリア障害脳疾患治療剤。
【請求項2】
(B)鉄化合物が、塩化第二鉄、三二酸化鉄、鉄クロロフィリンナトリウム、フェリチン鉄、クエン酸第一鉄、クエン酸鉄ナトリウム、クエン酸鉄アンモニウム、フマル酸第一鉄、ピロリン酸第一鉄、ピロリン酸第二鉄、含糖酸化鉄、酢酸鉄、シュウ酸鉄、コハク酸第一鉄、コハク酸クエン酸鉄ナトリウム、ヘム鉄、デキストラン鉄、乳酸鉄、グルコン酸第一鉄、ジエチレントリアミン五酢酸鉄ナトリウム、ジエチレントリアミン五酢酸鉄アンモニウム、ジエチレンジアミン四酢酸鉄ナトリウム、ジエチレンジアミン五酢酸鉄アンモニウム、トリエチレンテトラアミン鉄、ジカルボキシメチルグルタミン酸鉄ナトリウム、ジカルボキシメチルグルタミン酸鉄アンモニウム、クエン酸鉄コリン、蟻酸第一鉄、蟻酸第二鉄、シュウ酸カリウム第二鉄アンモニウム、硫酸第一鉄、硫酸第二鉄、硫酸鉄アンモニウム、炭酸第二鉄、塩化第一鉄及び酸化鉄から選ばれる1種又は2種以上の化合物である請求項1記載のミトコンドリア障害脳疾患治療剤。
【請求項3】
ミトコンドリア障害脳疾患が、筋萎縮性側索硬化症、ミトコンドリア脳筋症、片頭痛、パーキンソン病、低酸素脳症、脳動脈硬化症、躁うつ病、慢性疲労症候群、頭蓋内圧亢進症、正常圧水頭症、クモ膜下出血後の脳血管攣縮、手術及び血管内手術時の脳虚血の防止、アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞、心原性脳塞栓症、又はアルツハイマー症である請求項1又は2記載のミトコンドリア障害脳疾患治療剤。
【請求項4】
一般式(1)
21NCH2COCH2CH2COR3 (1)
(式中、R1及びR2は各々独立に、水素原子、アルキル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アリール基又はアラルキル基を示し;R3はヒドロキシ基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アルコキシカルボニルオキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基又はアミノ基を示す。)
で表されるδ−アミノレブリン酸、その誘導体又はそれらの塩を含有することを特徴とするミトコンドリア障害脳疾患診断剤。
【請求項5】
ミトコンドリア障害脳疾患が、筋萎縮性側索硬化症、ミトコンドリア脳筋症、片頭痛、パーキンソン病、低酸素脳症、脳動脈硬化症、躁うつ病、慢性疲労症候群、頭蓋内圧亢進症、正常圧水頭症、クモ膜下出血後の脳血管攣縮、手術及び血管内手術時の脳虚血の防止、アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞、心原性脳塞栓症、又はアルツハイマー症である請求項4記載のミトコンドリア障害脳疾患診断剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−255059(P2008−255059A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−99508(P2007−99508)
【出願日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【出願人】(000105567)コスモ石油株式会社 (443)
【Fターム(参考)】