説明

ミュオンを用いた反応炉内部の密度分布推定方法

【課題】宇宙線ミュオン用いて、操業条件毎の反応炉内部の密度分布を推定する方法を提供する。
【解決手段】反応炉内部を通過してミュオン計測器で検出されるミュオンの飛来方向毎の累積強度情報を一定時間毎に繰り返し記録するステップ1と、ステップ1を実施している最中の反応炉の操業条件の時間変化を記録するステップ2と、ステップ1及びステップ2で記録された情報に基づいて、一定時間毎のミュオンの飛来方向毎の累積強度情報を操業条件と関連づけるステップ3と、ステップ3で得られた情報に基づいて、特定の操業条件のときにミュオン計測器で検出された飛来方向毎の累積強度情報の合計値を生成するステップ4とを含む操業条件と関連づけられた反応炉内密度分布推定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、宇宙線ミュオンを用いて反応炉内部の密度分布を推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、化学反応は反応炉に投入された原料が、温度、圧力、雰囲気等の反応条件が適切な条件下に置かれることで進行する。化学工業においては所望の品質の製品を得るために化学反応を適切に制御・管理することが極めて重要であり、反応条件を含めた操業条件は厳密に管理されている。しかしながら、反応炉内部の状況というのは把握しにくく、熱電対を反応炉壁に設置するなどして温度分布をモニターする程度のことしか通常は行われていない。そのため、反応炉内における原料、中間体、及び生成物の分布状況は十分に掴めなかった。
【0003】
そこで、最近は反応炉内部の状況を把握するために宇宙線ミュオンを利用することが試みられている。宇宙線ミュオンは宇宙から飛来する素粒子の一つであり、次の特徴を持つ。
・山などを通過できる非常に高い透過力を持つ。
・飛来角度によってミュオンの強度は一定である。
・ミュオンは物体の密度のみに応じて減衰する。
・時間当たりのミュオンの飛来数はほぼ一定である。
従って、ミュオンが構造物を通過すると、その構造物の密度に応じてミュオン強度は減衰する。減衰したミュオン強度と構造物が無い場合のミュオン強度を比較し、ミュオン強度の減衰幅から構造物の密度情報が得られる。
【0004】
特開2008−145141号公報(特許文献1)では、「宇宙線ミュオンを計測する計測装置により高炉を透過して飛来する高炉透過の宇宙線ミュオン強度と、該高炉透過の宇宙線ミュオンの飛来方向の判別情報と、高炉を非透過の非透過宇宙線ミュオン強度とを一定時間蓄積し、該実測による蓄積データに基づいて、高炉の状態を密度として炉底透過の宇宙線ミュオン強度と非透過宇宙線ミュオン強度との強度比で表し、高炉の耐火物と推定される強度比と境界をなす炉内充填物の強度比から該炉内充填物の密度を求め、該充填物を推定することを特徴とする高炉の炉内状況推定方法」(請求項1)が開示されている。
【0005】
特許文献1に記載の発明によれば、「炉内充填物及び底盤、炉壁の密度を炉底透過の宇宙線ミュオン強度と非透過宇宙線ミュオン強度との強度比で表すことができる。このため、耐火レンガなどの耐火物と境界をなす炉内充填物を密度から推定可能となり、特定位置における耐火物と境界をなす炉内充填物との関係から、炉内状況が正常か否かが判別できる。その結果、炉内状況を高精度に推定でき、その状況に合わせて高炉の制御を行える。」(段落0034)とされる。
【0006】
特開2007−121203号公報(特許文献2)では、「高炉炉底耐火物内に配置された温度計測手段により計測した計測温度に応じて該耐火物の残存厚みを推定し、宇宙線ミュオンを利用して該温度計測した耐火物と炉内との境界位置を判定する境界位置判定手段で判定した該境界位置により該残存厚みを補完する高炉炉底管理方法であって、前記境界位置判定手段は、宇宙線ミュオンを計測する計測部により高炉炉底を透過して飛来する炉底透過の宇宙線ミュオン強度と、該炉底透過の宇宙線ミュオンの飛来方向の判別情報と、高炉を非透過の非透過宇宙線ミュオン強度とを一定時間蓄積し、該蓄積データに基づいて炉底の状態を炉底透過の宇宙線ミュオン強度と非透過宇宙線ミュオン強度との強度比で表し、該強度比に基づいて高炉炉底耐火物と炉内の境界位置を判定することを特徴とする高炉炉底管理方法。」(請求項1)が開示されている。
【0007】
特許文献2に記載の発明によれば、「炉底耐火物を通して熱電対などの温度計測手段により計測した計測温度に基づく耐火物の残存厚推定値を、宇宙線ミュオンを利用した高炉炉底の炉内と耐火物との境界位置の判定結果により補完するので、耐火物の残存厚をより一層高精度に推定することができる。」(段落0019)とされる。
【0008】
特開2006−284329号公報(特許文献3)では、大型構造物の測定対象部に対向する側方の有限間隔位置に、測定系として位置敏感検出手段を配置し、宇宙からの1次宇宙線により大気でつくられ地表に降り注ぐ素粒子ミュオンが、大型構造物の測定対象部を貫通して、位置敏感検出手段を構成する測定系に到達したときのミュオン強度を所定時間間隔で測定し、前記ミュオン強度の通過経路ごとの分布を知ることによって大型構造物の内部構造情報を得る方法において、「大型構造物の内部構造が時間と共に変化する場合、測定される全てのデータに、コンピューターで記録する際に、絶対時間をマイクロ秒以下の精度で付記することにより、大型構造物の動的内部構造情報を得ることを特徴とする」方法が開示されている(請求項3)。
【0009】
特許文献3に記載の発明によれば、「マイクロ秒以下の精度で絶対時間を付記してデータ取得を行うことにより、数々の実時間変化の追跡や、周期的な内部構造の時間変動に同期したストロボスコピックな解析を可能にする。」(段落0013)とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008−145141号公報
【特許文献2】特開2007−121203号公報
【特許文献3】特開2006−284329号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1や特許文献2に記載の方法は、計測装置で計測されるミュオンの強度比を一定時間蓄積したデータを利用して、炉内充填物の密度を求めたり、高炉炉底耐火物と炉内の境界位置を判定したりしようとする発明である。しかしながら、これらの方法では蓄積期間の平均したデータが得られるに過ぎないから、蓄積期間中に操業条件が変化するような場合に、操業条件に応じた反応炉内部の状況を把握することはできない。特許文献3には、極めて短時間の絶対時間を付記してデータ取得を行うことで内部構造の時間変動に同期したストロボスコピックな解析を可能にすることが記載されているが、計測装置でカウントされる宇宙線ミュオンの周期は数秒から数十秒に1回であり、そのような短時間の情報では信頼性のあるデータを得ることはできない。反応炉内部の状況を正確に解析するためには数百時間程度は必要となる。
【0012】
そこで、本発明は宇宙線ミュオンを用いて、操業条件毎の反応炉内部の密度分布を推定する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
反応炉の操業条件は生産計画等によって変化し、一日単位であったり、半日単位であったり、様々である。しかしながら、数百時間もの長い間一定の操業条件で反応炉を運転することはまずない。そのため、本発明者は、ミュオン計測器で検出される一定時間毎のミュオン強度のデータをその時間における操業条件と関連づけることで、ミュオンデータを操業条件毎に層別することを考えた。
【0014】
ミュオンデータを操業条件毎に層別化することで、ある操業条件におけるミュオンデータのみが後に抽出できるようになるため、データ解析に必要な時間だけその特定の操業条件におけるミュオンデータを収集すれば、操業条件が変化する場合であっても、特定の操業条件における反応炉内部の密度分布情報が得られる。
【0015】
従って、本発明は一側面において、
反応炉内部を通過してミュオン計測器で検出されるミュオンの飛来方向毎の累積強度情報を一定時間毎に繰り返し記録するステップ1と、
ステップ1を実施している最中の反応炉の操業条件の時間変化を記録するステップ2と、
ステップ1及びステップ2で記録された情報に基づいて、一定時間毎のミュオンの飛来方向毎の累積強度情報を操業条件と関連づけるステップ3と、
ステップ3で得られた情報に基づいて、特定の操業条件のときにミュオン計測器で検出された飛来方向毎の累積強度情報の合計値を生成するステップ4と、
を含む操業条件と関連づけられた反応炉内密度分布推定方法である。
【0016】
本発明に係る測定方法は一実施形態において、ミュオン計測器の幾何学的形状に起因する誤差を軽減するために、反応炉内部を通過せずにミュオン計測器で検出されるミュオン(以下、「後方ミュオン」という。)も併せてステップ1で記録し、後方ミュオンの飛来方向毎の累積強度情報に基づいてステップ4で得られた反応炉内部を通過してミュオン計測器で検出されるミュオンの飛来方向毎の累積強度情報の合計値を補正するステップを更に含む。
【0017】
本発明に係る測定方法は別の一実施形態において、反応炉内部を通過せずにミュオン計測器で検出されるミュオン(以下、「後方ミュオン」という。)も併せてステップ1で記録し、後方ミュオンの飛来方向毎の累積強度情報から水平角方向にミュオン検出器の幾何学的形状に即して減少している仰角を選定し、選定した仰角における水平角の中心にある累積強度情報を代表値とし、選定した仰角における水平角毎のイベント数を代表値でそれぞれ除して水平角毎の規格化定数を決定し、ステップ4で得られた反応炉内部を通過してミュオン計測器で検出されるミュオンの飛来方向毎の累積強度情報の合計値を水平角毎に当該規格化定数で除して、補正後の飛来方向毎の累積強度情報の合計値を算出するステップ5を更に含む。
【0018】
本発明に係る測定方法は更に別の一実施形態において、ステップ4によって生成される合計値は、特定の操業条件のときの累積計測時間を500時間以上としたときの合計値である。
【0019】
本発明に係る測定方法は更に別の一実施形態において、ステップ3における一定時間が5〜20分である。
【0020】
本発明に係る測定方法は更に別の一実施形態において、反応炉がカルシウムカーバイド製造用電気炉である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、操業条件毎の反応炉内の密度分布を予測することが可能となる。反応炉内には、原料、中間体、及び生成物がある分布をもって存在していると考えられるが、これら炉内物質は異なる密度を有していることから、反応炉内の密度分布が明らかになると、これらの反応炉内における存在領域も推定できるようになる。これにより、操業の安定化・理論解析技術の発展が見込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係るミュオン測定系の一実施形態を側面からみた概略図である。
【図2】ミュオン計測器の機器構成の一実施形態を示す。
【図3】シンチレーション検出器の一実施形態の模式図を示す。
【図4】実施例において検出されたミュオンの解析結果を示す例である。
【図5】ミュオン測定器による検出効率とミュオン入射角度の関係を示す図である。
【図6】飛来方向毎のミュオンのイベント数をx、y座標系に表した例である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態を図面を参照しながら説明する。本実施形態では、反応炉としてカルシウムカーバイド製造用電気炉を使用している。本発明において、反応炉とは化学反応を工業的規模で行うための任意の炉であり、電気炉、溶解炉、焙焼炉及び焼成炉を含む概念である。反応炉で得られる生成物は最終製品でも中間製品でもよい。
【0024】
図1は、本実施形態に係るミュオン測定系を側面からみた概略図であり、電気炉101と、ミュオン計測器102と、データ保存用PC103から構成される。ミュオン計測器102は、電気炉内部を通過した宇宙線ミュオンのイベント数(強度情報)及び飛来方向を検出し、飛来方向毎の累積イベント数をデータ保存用PC103のメモリに記憶する。また、電気炉の操業条件を管理するプロセスコンピュータ(図示せず)によって操業条件の時間変化をプロセスコンピュータ内の記憶部に自動的に記憶させる。プロセスコンピュータに蓄積された操業条件情報はデータ保存用PC103に転送して、データ保存用PC103で記憶させてもよい。操業条件は時間情報と共に紙媒体や電子媒体などに記録してもよい。
【0025】
ここで、イベント数とは、ミュオン計測器102で検出されたミュオンの数(より詳細には、後述する2台のシンチレーション検出器201a、201bを通過したミュオンの数)のことであり、イベント数はミュオンがミュオン計測器102に到達するまでに通過してきた物体の密度長(密度×長さ)が大きければ減少し、小さければ増加する。イベント数が多いほどミュオン強度は高いという評価になる。
【0026】
電気炉101内部では、原料である生石灰(CaO)及びコークス(C)の混合物が主体の原料層、生成物であるカーバイドが主体の溶融層、更には原料と生成物の入り交じった反応層に分かれていると考えられている。これらの層は密度が異なることから、電気炉内での密度分布が明らかになると、これらの層の電気炉内部での分布状態も明らかになる。
【0027】
図2に示すように、ミュオン計測器102は、電気炉に向かって所定間隔で前後に配列された2台のシンチレーション検出器201a、201bと、電源202と、光電子増倍管からのパルス信号をデジタル信号に変換するディスクリミネータ203と、データ収集解析基盤204とがアルミニウム製の収納ボックス205に収容されて構成されている。
【0028】
図3を参照すると、シンチレーション検出器201a、201bはそれぞれ、水平方向に延びるプラスチックシンチレータ及びその一端に設けられた光電子増倍管を有するモジュール301aを垂直方向に複数(図3では説明のため6行で表示しているが、実際はもっと多い)配列してなる垂直方向検知用のモジュール列と、垂直方向に延びるプラスチックシンチレータ及びその一端に設けられた光電子倍増管を有するモジュール301bを水平方向に複数(図3では説明のため6列で表示しているが、実際はもっと多い)配列してなる水平方向検知用のモジュール列とが重ね合わせられて構成されている。
【0029】
垂直方向及び水平方向に配列するモジュール301a、301bは、単位長さ当たりに設置する数が多いほどミュオンの飛来方向の測定精度が高まるため好ましいが、あまり多くするとコストが高くなるため、要求される精度や対象物によって適宜設定すればよい。シンチレーション検出器201a、201bの測定面の面積は測定対象となる反応炉の大きさによって適宜設定すればよい。
【0030】
図3に示す矢印の方向にミュオンが飛来してシンチレーション検出器201a、201bを通過すると、ミュオンの経路内に配置された前方後方それぞれのモジュール(301a、301b)内のプラスチックシンチレータが発光し、対応する光電子倍増管からそれぞれパルス信号が出力される。この信号はミュオンの飛来方向の情報を伝えることとなる。パルス信号はディスクリミネータ203を通ってデジタル信号に変換され、データ収集解析基盤204で検出器で発光した光がミュオン由来のものであるかの判別やミュオンが通過した経路を判別する処理が行われる。その後、ミュオンのイベント数及び飛来方向の情報はデータ保存用PC103に蓄積される。
【0031】
ここで、水平方向検知用のモジュール列に着目すると、ミュオンは電気炉101に近い側では右端から2番目のモジュールを通過し、電気炉101から遠い側では右端から3番目のモジュールを通過している。この座標情報と、前方及び後方に配列されたシンチレーション検出器同士の距離Mから、水平方向におけるミュオンの入射角度を特定することができる。同様に、垂直方向検知用のモジュール列に着目すると、ミュオンは電気炉101に近い側では上端から3番目のモジュールを通過し、電気炉101から遠い側では上端から3番目のモジュールを通過している。この座標情報と、前方及び後方に配列されたシンチレーション検出器同士の距離から、仰角方向におけるミュオンの入射角度を特定することができる。
【0032】
ミュオンの飛来方向が分かればミュオンが通過した反応炉の領域も分かるため、ミュオンの特定の飛来方向におけるデータから、間接的に反応炉内部の特定領域の情報を把握できるようになる。
【0033】
ミュオン計測器102の中心は、電気炉101の中心から水平方向に距離L離れたところにある。また、前方及び後方に配列されたシンチレーション検出器同士は距離M離れている。LやMを変化させることで、測定可能な仰角や水平角が決定される。このことから、測定対象となる反応炉の径Dや高さHに合わせて距離L及びMを設定すればよい。
【0034】
また、ミュオン計測器102では、反応炉を通過して前方のシンチレーション検出器201a、及び後方のシンチレーション検出器201bを順に通過したミュオンのほか、反応炉の反対側から飛来し、反応炉を通過せずに後方のシンチレーション検出器201b、及び前方のシンチレーション検出器201aを順に通過したミュオン(「後方ミュオン」という)も検出し、同様にイベント数(強度情報)及び飛来方向の情報をデータ保存用PC103に蓄積する。この後方ミュオンは後に述べるデータ補正(規格化)に利用する。検出されたミュオンが前方から飛来したものか後方から飛来したものかは、シンチレーション検出器201a、201bのいずれが先にミュオンを検出したかで判別する。
【0035】
以上の手順で、データ保存用PC103には反応炉内部を通過してミュオン計測器で検出されるミュオン、及び反応炉を通過せずに後方から入射してミュオン計測器で検出されるミュオンについて、イベント数及び飛来方向の情報が時間の経過と共に徐々に蓄積されていく。
【0036】
蓄積された飛来方向毎のミュオンのイベント数は例えば水平角を横軸(x)に、仰角を縦軸(y)にして飛来方向毎のx、y座標系に表すことができる。図6は飛来方向毎のミュオンのイベント数をx、y座標系に表した例である。電気炉101側から飛来してきたミュオンが、前方及び後方のシンチレーション検出器(201a、201b)により、仰角70mrad、水平角+70mradから飛来してきたことが分かれば、座標中のA点がカウントアップされる。また、電気炉101の逆側から飛来してきたミュオンが前方及び後方のシンチレーション検出器(201a、201b)により、仰角70mrad、水平角+70mradから飛来してきたことが分かれば、座標中のB点がカウントアップされる。
【0037】
ここで、データ保存用PC103には測定開始から現在までの飛来方向毎の累積イベント数に関する情報が保存されている。従って、データ保存用PC103に保存されている当該情報に定期的にアクセスし、前回得た情報からの差分を計算することで、一定時間毎に増えたミュオンのイベント数を飛来方向と関連づけて入手することができる。この作業はコンピュータプログラムにより自動化するのが便利である。
【0038】
こうして得られた一定時間毎のミュオンの累積飛来情報は、その一定時間毎の操業条件と関連づけられる。例えば、10分間毎のミュオンの累積飛来情報が、各10分間における操業条件と関連づけられる。そのため、特定の時間帯に飛来したミュオンが如何なる操業条件で反応炉を運転していたときのミュオンであるのかが特定できる。
【0039】
一定時間というのは操業条件の変化する時間に合わせて設定すればよく、特に制限はないが、例えば微細な操業条件の変動を考慮するには5〜20分と比較的短い時間とするのがよく、大きな操業条件の変動を捉えればよいときには1日やそれよりも長い時間とすればよい。ただし、あまり操業条件を細かく区切ると、解析に必要なデータを収集する時間が長くなることに留意すべきである。操業条件としては、当業者にとって反応炉内の密度分布に影響を与えると考えられる条件であれば特に制限はないが、例えば電圧、電力、電流、温度、圧力、雰囲気、原料組成、滞留時間等が挙げられる。
【0040】
このように、ミュオン計測器で検出された一定時間毎のミュオンのイベント数を飛来方向の情報及び操業条件と関連づけて算出した後は、目的とする特定の操業条件のときに検出されたミュオンデータを抽出して、飛来方向毎のイベント数の合計値を算出する。信頼性のあるデータを得るためには、ミュオンのイベント数に有意な強度分布が生じるまで計測を行うことが望ましい。例えば、原料内(予熱層〜反応層)に有意な強度分布があるか調べるには、電気炉101内の原料(予熱層〜反応層)の部分を通過したミュオンのイベント数の仰角ごとの平均値と標準偏差を求め、平均値から標準偏差を引き、その絶対値をα(測定誤差を除いたもの)とすれば、αが大きいほど信頼性が高いといえる。σを単位としてαが1以上平均値からずれていると70%の確証度があり、最低限のイベント数があると言える。またαがσを単位として3以上の場合、99.8%以上の確証度になり、理想的なイベント数と言える。
【0041】
飛来方向毎のイベント数は、通過する物質の密度が大きければ大きいほど減少するため、密度情報を与える。そして、先述したように、飛来方向は反応炉内部の特定領域と対応する。このため、反応炉内部の相対的な密度分布を推定することが可能となる。飛来方向とイベント数をマッピングすることでグラフ化することも可能である。
【0042】
以上の手順により、反応炉内の密度分布を推定することができるが、方位角から飛来するミュオンは本来、等方的であるが測定装置の検出効率の関係で中心から端に掛けて比例して減少してしまう(図5)。そのため、減少分を補正する必要がある。そのため、より信頼性のある結果を得るためには、ミュオン計測器の幾何学的形状に起因する誤差を軽減するための補正することが好ましい。ここで、後方ミュオンは電炉を通過しておらず建屋の影響が少ないことから、補正には後方ミュオンの飛来方向毎のイベント数を利用することができる。
具体的な手順は以下である。
手順1)後方ミュオンの飛来方向毎のイベント数から、水平角方向にミュオン検出器の幾何学的形状に即して減少している仰角、すなわちミュオン計測器の幾何学的形状による影響の少ない仰角を選定する。この際、水平角方向にミュオン検出器の幾何学的形状に最も即している仰角を選定するのが好ましい。ミュオン計測器の幾何学的形状による影響の少ない仰角の選定は以下の方法で求めることができる。
ある特定の仰角について着目すると、検出された後方ミュオンイベント数は水平方向に配列したモジュールの数に応じて水平角方向に分布を示している。この特定の仰角について、水平角方向に分布しているイベント数のすべての組み合わせについてそれぞれお互いで割りあった値の集合を得る。このとき、得られたすべての値が当該値の集合を母集団としたときの標準偏差の3倍以内、好ましくは2倍以内にあるときは、ミュオン計測器の幾何学的形状による影響の少ない仰角であると認定でき、その仰角を規格化定数の算出に用いることができる。
更に、割りあった各値について標準偏差との差を算出し、その平均が最も小さい仰角をミュオン検出器の幾何学的形状に最も即して減少している仰角とすることができる。
手順2)選定した仰角において、水平角の中心にあるイベント数を代表値とし、水平角毎のイベント数を代表値で除して、水平角毎の規格化定数を決定する。
手順3)反応炉内部を通過してミュオン計測器で検出されるミュオンの飛来方向毎の累積イベント数の合計値を、水平角毎に手順2で決定された規格化定数で除して、補正後の飛来方向毎のイベント数を算出する。
【実施例】
【0043】
以下、本発明の実施例について説明するが、これはあくまで例示目的であり、本発明が限定されることを意図するものではない。
【0044】
図1に示すミュオン測定系を構築した。ミュオン計測器102はカルシウムカーバイド製造用の電気炉101(内径7.0m、高さ3.5m)と同じ床上で、電気炉中心からの距離Lが9.0mのところに設置した。電気炉101は3本の電極(♯1〜♯3)をもつ。ミュオン計測器102は測定面が電気炉を向く方向に設置した。ミュオン計測器102で検出したミュオンの情報はデータ保存用PC103に蓄積される。ミュオン計測器102は、1kVの高圧電源202と、120cmの間隔Mで前後に配列された2台のシンチレーション検出器201a、201bと、ディスクリミネータ203(KAIZUワークス、octal coincidence)と、データ収集解析基盤204(BeBeans Technology、muon readout module)とがアルミニウム製の収納ボックス205に収用されて構成されている。
【0045】
シンチレーション検出器201a、201bのモジュール列を構成する個々のプラスチックシンチレータは長さ70cm×幅3.3cmであり、垂直方向検知用には垂直方向に12本配列され、水平方向検知用には水平方向に12本配列されている。その結果、モジュール列はそれぞれ70cm×70cmの正方形板状をしている。プラスチックシンチレータはバイクロン社製、品番BC−408を使用し、各プラスチックシンチレータの一端には浜松ホトニクス社製、品番H 8500の光電子増倍管が取り付けられている。
【0046】
本ミュオン測定器で測定可能な仰角範囲は47〜471mradであり、水平角範囲はミュオン測定器の中心から電気炉への中心に向かう半直線となす角度として−470〜423mradである。
【0047】
上記のミュオン測定系により、反応炉を通過してミュオン計測器で検出されるミュオン及び反応炉を通過せずにミュオン計測器で検出される後方ミュオンについて、イベント数及び飛来方向の情報をデータ保存用PC103に蓄積した。この間、10分おきにデータ保存用PC103にアクセスし、10分おきのミュオンのイベント数の差分を飛来方向毎に保存した。一方、電気炉の操業条件として、10分おきの電気炉の平均消費電力(MW)をプロセスコンピュータに記憶した。
【0048】
測定終了後、10分おきの飛来方向毎のミュオンイベント数の差分を電気炉の消費電力と関連づけて表にした。このデータの中から電気炉の消費電力が4〜6MWの範囲(低負荷操業)にあるとき(累積計測時間522時間)と、20MW以上(高負荷操業)にあるとき(累積計測時間610時間)のデータをそれぞれ抽出して各イベント数を飛来方向毎に合計し、飛来方向毎のミュオンイベント数の分布を得た(合計の累積計測時間1460時間)。
【0049】
その後、先述した手順によって、後方ミュオンの飛来方向毎の累積強度情報から水平角方向にミュオン検出器の幾何学的形状に最も即して減少している仰角を選定し、水平角毎の規格化定数を決定し(表1)、これに基づいてベント数の補正を行った結果、図4に示すグラフが得られた。点線は電気炉内の原料や生成物等の内容物の境界であり、空白部は測定範囲外である。このグラフは電気炉内の相対的な密度分布に相当する。グラフ中、「低」と記載した付近は密度が相対的に低い箇所であり、原料層であると考えられる。「高」と記載した付近は密度が相対的に高い箇所であり、カーバイドの溶融層であると考えられる。
【0050】
【表1】

【符号の説明】
【0051】
101 電気炉
102 ミュオン計測器
103 データ保存用PC
201a、201b シンチレーション検出器
202 電源
203 ディスクリミネータ
204 データ収集解析基盤
205 アルミニウム製の収納ボックス
301a、301b モジュール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反応炉内部を通過してミュオン計測器で検出されるミュオンの飛来方向毎の累積強度情報を一定時間毎に繰り返し記録するステップ1と、
ステップ1を実施している最中の反応炉の操業条件の時間変化を記録するステップ2と、
ステップ1及びステップ2で記録された情報に基づいて、一定時間毎のミュオンの飛来方向毎の累積強度情報を操業条件と関連づけるステップ3と、
ステップ3で得られた情報に基づいて、特定の操業条件のときにミュオン計測器で検出された飛来方向毎の累積強度情報の合計値を生成するステップ4と、
を含む操業条件と関連づけられた反応炉内密度分布推定方法。
【請求項2】
ミュオン計測器の幾何学的形状に起因する誤差を軽減するために、反応炉内部を通過せずにミュオン計測器で検出されるミュオン(以下、「後方ミュオン」という。)も併せてステップ1で記録し、後方ミュオンの飛来方向毎の累積強度情報に基づいてステップ4で得られた反応炉内部を通過してミュオン計測器で検出されるミュオンの飛来方向毎の累積強度情報の合計値を補正するステップを更に含む請求項1に記載の反応炉内密度分布推定方法。
【請求項3】
反応炉内部を通過せずにミュオン計測器で検出されるミュオン(以下、「後方ミュオン」という。)も併せてステップ1で記録し、後方ミュオンの飛来方向毎の累積強度情報から水平角方向にミュオン検出器の幾何学的形状に即して減少している仰角を選定し、選定した仰角における水平角の中心にある累積強度情報を代表値とし、選定した仰角における水平角毎のイベント数を代表値でそれぞれ除して水平角毎の規格化定数を決定し、ステップ4で得られた反応炉内部を通過してミュオン計測器で検出されるミュオンの飛来方向毎の累積強度情報の合計値を水平角毎に当該規格化定数で除して、補正後の飛来方向毎の累積強度情報の合計値を算出するステップ5を更に含む請求項1に記載の反応炉内密度分布推定方法。
【請求項4】
ステップ4によって生成される合計値は、特定の操業条件のときの累積計測時間を500時間以上としたときの合計値である請求項1〜3の何れか一項に記載の反応炉内密度分布推定方法。
【請求項5】
ステップ3における所定時間が5〜20分である請求項1〜4何れか一項に記載の反応炉内密度分布推定方法。
【請求項6】
反応炉がカルシウムカーバイド製造用電気炉である請求項1〜5何れか一項に記載の反応炉内密度分布推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−88075(P2012−88075A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−232766(P2010−232766)
【出願日】平成22年10月15日(2010.10.15)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】