説明

ミリ波パッシブイメージング装置

【課題】従来よりも安定かつ小型で低コストなミリ波パッシブイメージング装置を提供する。
【解決手段】ミリ波パッシブイメージング装置は、物体から放射されるミリ波帯の熱雑音を受信するアンテナ部1と、アンテナ部1が受信した熱雑音を増幅する増幅部2aと、増幅部2aによって増幅された熱雑音に含まれる、所定の閾値電圧以上の瞬時電圧を検出する度にパルスを出力するパルス生成部6と、パルス生成部6から出力されるパルスの単位時間あたりの数を電圧信号に変換して、電圧信号を輝度信号4として出力するパルス数電圧変換部7とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物体から放射されるミリ波を受信して増幅し、画像を得るミリ波パッシブイメージング装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、物体から放射されるミリ波帯の熱雑音(電磁波)を受信して増幅し、画像を得るミリ波パッシブイメージング装置が研究されている。このようなミリ波パッシブイメージング装置においては、高利得な低雑音アンプが必要である。ナイキストの定理(非特許文献1参照)より、300Kにおいて平均熱雑音電力は−174dBm/Hz(=kBT:kはボルツマン定数、Bは受信周波数帯域幅、Tは絶対温度 )と極めて小さく、高利得なアンプがなければ十分大きな検波出力が得られない。検波出力が十分大きく得られないと、画像信号は検波器自らが発生する雑音に埋もれてしまうため、信号対雑音比S/Nが劣化する。その結果、見た目の画像が不明瞭になる。
【0003】
次に、これまでに提案されたくつかの改良方法を示す。まず、特殊なダイオードを開発して、検波器の感度を向上する方法が提案されている(非特許文献2参照)。しかし、検波感度を上げることにはダイオードを構成する半導体の物理的な限界もあり、さらにアンプを製造するプロセスとダイオードを製造するプロセスとの違いから、1つの高周波集積回路にアンプとダイオードを混載することは困難である。また、受信周波数帯域幅Bを増加させることで受信電力を増加することも考えられるが、周辺部品の動作周波数帯域幅Bの制限から広帯域化にも限界がある。また、ミリ波画像には周波数なりの透過特性や反射特性があり、用いる周波数によって得られる画像の性質が異なる。よって、動作周波数帯域幅Bをあまり広くすると、本来得たかった画像とは異なる性質のものが含まれることとなり不都合である。
【0004】
以上から、従来のミリ波パッシブイメージング装置においては、できるだけ高感度な検波器を利用し、かつ受信周波数帯域幅Bを許容できる範囲で大きくしたうえで、受信信号を十分増幅するために高利得なアンプを用いる必要があった(非特許文献3参照)。上記の状況で求められる低雑音アンプの特徴的な利得は20〜40dBである。一方、1つの高周波集積回路内で安定的に得られる特徴的な利得は経験的に20dB以下であり、さらにこの特徴的な利得は動作周波数に反比例して低下する傾向がある。何故ならば集積回路の持つ高周波アイソレーションが周波数に反比例して低下し、回路間の電磁結合が大きくなるためである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】本城和彦著,“マイクロ波半導体回路”,日刊工業新聞社,pp.95,ISBN4-526-03386-3,1993
【非特許文献2】H.P.Moyer,J.N.Schulman,J.J.Lynch,J.H.Schaffner,M.Sokolich,Y.Royter,R.L.Bowen,C.F.McGuire,M.Hu,and A.Schmitz,“W-Band Sb-Diode Detector MMICs for Passive Millimeter Wave Imaging”,IEEE MICROWAVE AND WIRELESS COMPONENTS LETTERS,VOL.18,NO.10,OCTOBER,pp.686-688,2008
【非特許文献3】Wayne Lam,Paul Lee,Larry Yujiri,John Berenz,and Jay Pearlman,“Millimeter-Wave Imaging Using Preamplified Diode Detector”,IEEE MICROWAVE AND GUIDED WAVE LETTERS,VOL.2,NO.7,JULY,pp.276-277,1992
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以上のように、従来のミリ波パッシブイメージング装置では、十分な検波出力を得るために、受信した雑音信号を大幅に増幅する必要があった。しかし、高利得なアンプを用いると、回路の発振による不具合が発生するため、アンプの発振対策が必要であった。従来は、発振防止のため、(a)より高感度な検波器を用いて必要な利得を減らす、(b)動作周波数帯域幅Bを増加させて必要な利得を減らす、(c)低利得の複数のアンプに分けて実装する、(d)ヘテロダイン構成にして高周波と中間周波に分けて利得分配する、(d)アンテナやフィーダーの持つ高周波損失の低減で利得を補う、等の対応が複合的に行われてきたが、いずれにせよ装置サイズが大きくなったり、経済性が損なわれたりするため、さらに良い手法が求められてきた。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、従来よりも安定かつ小型で低コストなミリ波パッシブイメージング装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のミリ波パッシブイメージング装置は、物体から放射されるミリ波帯の熱雑音を受信するアンテナと、このアンテナが受信した熱雑音を増幅する増幅手段と、この増幅手段によって増幅された熱雑音に含まれる、所定の閾値電圧以上の瞬時電圧を検出する度にパルスを出力するパルス生成手段と、このパルス生成手段から出力されるパルスの単位時間あたりの数を電圧信号に変換して、電圧信号を輝度信号として出力するパルス数電圧変換手段とを備えることを特徴とするものである。
また、本発明のミリ波パッシブイメージング装置の1構成例において、前記閾値電圧は、前記増幅手段から出力される熱雑音の予想される平均電圧よりも高い値に設定される。
【発明の効果】
【0009】
本発明においては、熱雑音から希に発生する大きなスパイク状信号に着目し、そのスパイク状信号の単位時間内での発生個数を数えることで、ミリ波パッシブイメージングにおける輝度情報を得る。熱雑音の振幅分布はレイリー分布であるため、平均電力に対して十分大きいピーク電力が発生する。この大きな受信信号だけを扱えば良いことから、必要利得が減少して、より安定な受信回路が得られる。このように、本発明では、従来と比べて増幅手段に要求される利得を減少させることができるので、増幅手段の安定性を向上させることができると共に、増幅手段の消費電力を減少させることができ、より小型で低コストなミリ波パッシブイメージング装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】物体から放射される熱雑音の波形の一例を示す図である。
【図2】レイリー分布の確率密度関数による計算結果の一例を示す図である。
【図3】熱雑音のピーク数と閾値電圧との関係を示す図である。
【図4】本発明の実施の形態に係るミリ波パッシブイメージング装置のセンサ部の構成例を示すブロック図である。
【図5】従来のミリ波パッシブイメージング装置のセンサ部の構成例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
まず、本発明の原理について詳細に説明していく。図1に物体から放射される熱雑音(ミリ波)の波形の一例を示す。熱雑音電圧の絶対値の平均値を平均電圧Vave.と定義する。熱雑音の振幅はレイリー分布となっていることから、熱雑音の波形には平均電圧Vave.を遥かに上回るピーク電圧値が見られる。これらのピーク電圧値の中で閾値電圧Vthを超えるものを電圧ピークVpeakと定義する。
次に、レイリー分布の確率密度関数P(v)を下記に示す。
【0012】
【数1】

【0013】
vは電圧振幅である。図2は式(1)のレイリー分布の確率密度関数P(v)による計算結果の一例を示す図である。ここでは、パラメータであるσを0.32Vとしている。図2の平均電圧Vave.は0.4Vであり、また装置が50Ω系であると仮定すれば平均電力は2mW(3dBm)と算出される。ここで、確率密度関数の定義より、図2に示す確率密度−振幅電圧の分布で電圧が閾値電圧Vthを超える確率は面積Sと等しいことが分かる。
【0014】
次に、熱雑音に閾値電圧Vthを超えるピークが単位時間あたり何個現れるかを計算する。周波数帯域幅Bの狭帯域雑音は、その中心周波数をfcとすると、時間間隔1/fcの間では振幅および位相は急変しないことが知られている。また、熱雑音の包絡線の変動周期は周波数帯域幅Bを上限としているため、最低限でも変動周期1/Bより早い応答速度で信号の強さを測定すれば、取りこぼしなく全てのピークを検出できる。よって、以降は最も効率の高い変動周期1/Bでピーク検出を行うことに話をしぼる。また、通常の受信器では比帯域B/fcは1より小さい。よって、時間間隔1/fcより変動周期1/Bは長くなり、1つのピークには周波数fcの波が何周期か含まれていることになる。前述の閾値電圧Vthを超える確率(面積S)と包絡線の変動周期1/Bを併せて考えると、熱雑音に単位時間に発生する、閾値電圧Vthを超えるピークの数Nは以下の式で表される。
N=S×B ・・・(2)
【0015】
式(2)より、σ=0.32V、B=20GHzの場合のピーク数Nと閾値電圧Vthとの関係を図3に示す。ただし、図3では、閾値電圧Vthの代わりに、閾値電圧Vthに対応する50Ω系交流電力(dBm)を横軸としている。図3から、平均電圧Vave.=0.4Vに対応する平均電力である2mW(3dBm)よりも12dB高い瞬時電力(15dBm)のピークが1秒間に1万個以上観察されることが分かる。つまり、これらのピークだけを計数すれば良いのであれば、低雑音アンプの利得は従来よりも12dB低く設定できることになる。その結果、低雑音アンプの必要利得が減少し、回路の安定性が改善され、1つの集積回路で十分な装置性能が得られるようになる。
【0016】
図4は本発明の実施の形態に係るミリ波パッシブイメージング装置のセンサ部の構成例を示すブロック図である。比較のため、従来のミリ波パッシブイメージング装置のセンサ部の構成を図5に示す。本実施の形態のミリ波パッシブイメージング装置は、アンテナ部1と、増幅部2aと、パルス計数部5とを有する。パルス計数部5は、パルス生成部6と、パルス数電圧変換部7とから構成される。本実施の形態と従来との違いは、検波器3がパルス計数部5に変更されることと、増幅部2aの利得が12dB低減されることである。
【0017】
アンテナ部1は、対象となる物体(不図示)から放射される熱雑音(ミリ波)を受信する。増幅部2aは、アンテナ部1が受信した熱雑音を増幅する。ここで、図5に示す従来例では、増幅部2が例えば6dBの利得を有する5段の低雑音アンプからなるのに対し、本実施の形態では、増幅部2aが例えば6dBの利得を有する3段の低雑音アンプから構成されており、上記のとおり増幅部2aの利得が従来に対して12dB低減されている。
【0018】
パルス生成部6は、増幅部2aから出力される熱雑音に含まれる、閾値電圧Vth以上の瞬時電圧を検出する度にパルスを出力する。パルス生成部6としては、周波数帯域幅B以上を持つフリップフロップやピークホールド回路等が利用可能である。閾値電圧Vthは、図3で説明したとおり交流電力に換算した値で15dBmとなる点の近辺に設定される。
【0019】
パルス数電圧変換部7は、パルス生成部6から出力されるパルスの単位時間あたりの数Nを電圧信号に変換して、この電圧信号を輝度信号4として出力する。パルス数電圧変換部7としては、パルスカウンターや低域ろ波フィルター等が利用可能である。
図示しない信号処理部は、パルス数電圧変換部7から出力された輝度信号4を信号処理して物体のミリ波画像を生成し、このミリ波画像を表示する。
【0020】
なお、図4に示した構成は2次元のミリ波画像の1画素に対応する。したがって、図4に示したセンサ部を2次元のアレイ状に多数配置して物体からの熱雑音を2次元で受信して2次元のミリ波画像を得るか、あるいはアンテナ部1を動かして物体を走査することにより2次元のミリ波画像を得る必要がある。
【0021】
以上説明したように、本実施の形態では、従来と比べて低雑音アンプに要求される利得を減少させることができるので、低雑音アンプの安定性を向上させることができると共に、低雑音アンプの消費電力を減少させることができ、より小型で低コストなミリ波パッシブイメージング装置を実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明は、物体から放射されるミリ波を受信して増幅し画像を得る技術に適用することができる。
【符号の説明】
【0023】
1…アンテナ部、2a…増幅部、5…パルス計数部、6…パルス生成部、7…パルス数電圧変換部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体から放射されるミリ波帯の熱雑音を受信するアンテナと、
このアンテナが受信した熱雑音を増幅する増幅手段と、
この増幅手段によって増幅された熱雑音に含まれる、所定の閾値電圧以上の瞬時電圧を検出する度にパルスを出力するパルス生成手段と、
このパルス生成手段から出力されるパルスの単位時間あたりの数を電圧信号に変換して、電圧信号を輝度信号として出力するパルス数電圧変換手段とを備えることを特徴とするミリ波パッシブイメージング装置。
【請求項2】
請求項1記載のミリ波パッシブイメージング装置において、
前記閾値電圧は、前記増幅手段から出力される熱雑音の予想される平均電圧よりも高い値に設定されることを特徴とするミリ波パッシブイメージング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−36867(P2013−36867A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−173586(P2011−173586)
【出願日】平成23年8月9日(2011.8.9)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「ナノ構造テラヘルツデバイスによる透過型物体計測技術の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】