説明

メガスファエラ属細菌を用いた水素発酵方法及び水素発酵システム

【課題】クロストリジウム(Clostridium)属細菌のような厳密な培養条件を必要とせず、乳酸菌などの雑菌の影響を大きく受けることのない、安定的な水素発酵技術を提供することを目的とする。
【解決手段】メガスファエラ(Megasphaera)属細菌を基質に添加し、嫌気条件下で水素発酵させることを特徴とする水素発酵方法、並びに発酵中に嫌気状態を維持可能な発酵槽と、発酵槽に基質メガスファエラ(Megasphaera)属細菌を投入するための基質投入部と、発酵槽の中の基質を撹拌するための攪拌部と、発酵中の基質のpHを一定に維持するためのpH制御部と、発酵により生成された水素を回収するためのガス回収部と、発酵後の基質を回収するための基質回収部とを備えた水素発酵システムにより解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌を用いた水素発酵方法及び水素発酵システムに関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、環境中に無尽蔵に存在するため、化石燃料のように枯渇する心配が無く、また燃焼に際して大気汚染物質を発生しない利点を持っている。このため、水素は将来のエネルギー問題解決の担い手として脚光を浴びている。
【0003】
微生物を用いた水素発酵は、食品廃棄物などの廃棄物系バイオマスから水素を回収できるため、持続可能なエネルギー開発に向けた最も期待される研究分野の一つである。水素発酵能を有する微生物種は自然界に数多く存在することが知られているが、特に嫌気性非光合成細菌のクロストリジウム(Clostridium)属細菌は増殖速度が速く効率的に水素発酵が可能であることから、バイオマスからの水素発酵の研究に広く用いられている。
【0004】
また、近年では水素発酵システムの実用化を考慮して、複合微生物系による実排水や有機性廃棄物からの水素発酵が試みられており、食品工場からの排水や食品系廃棄物などの廃棄物系バイオマスから水素の回収が可能であることが報告されている(特許文献1〜3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−130511号公報
【特許文献2】特開2005−125149号公報
【特許文献3】国際公開WO2003/052112号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
水素発酵に広く利用されているクロストリジウム(Clostridium)属細菌であるが、クロストリジウム(Clostridium)属細菌は耐熱性を有し、糖類からの高い水素発酵能力を有する反面、生育に厳密な嫌気的環境を要することや、乳酸菌などの雑菌の影響を大きく受ける傾向にある。このため、廃棄物系バイオマスの水素発酵では、水素の発生量が著しく低下することや、水素発酵が停止する現象がしばしば確認されている。特に原料由来の乳酸菌群が混入することは、クロストリジウム(Clostridium)属細菌との間で水素発酵の原料となる糖質を競合するだけでなく、乳酸菌の生産する抗生物質でクロストリジウム(Clostridium)属細菌の水素発酵を阻害することが知られている。
【0007】
このようなことから、クロストリジウム(Clostridium)属細菌を主体とした水素発酵システムでは、「発酵原料もしくは植種の前処理(熱/酸/塩基処理など)」や「安定した発酵を維持するための処理(熱処理、高温発酵、嫌気ガス置換)」によりこの問題点の解決を図ろうとしている。
【0008】
しかしながら、これらの方策には施設投資と維持管理のためのエネルギーの投入が必要であることから、生産された水素の持つエネルギーとしての価値を相殺してしまう懸念があり、このことが水素発酵システム普及の大きな障害となっている。
【0009】
また、従来の水素発酵システムでは、乳酸菌群はクロストリジウム(Clostridium)属細菌の水素発酵を阻害する汚染菌として排除されてきたが、廃棄物系バイオマスを基質とした水素発酵システムにおいては、乳酸菌などの雑菌の存在は避けられず、その存在を前提としたうえで発酵条件を設定する必要がある。そのため、クロストリジウム(Clostridium)属細菌のような厳密な培養条件を必要とせず、乳酸菌などの雑菌の影響を大きく受けることのない、安定的な水素発酵菌及び水素発酵システムの開発が求められていた。
【0010】
そこで本発明は、クロストリジウム(Clostridium)属細菌のような厳密な培養条件を必要とせず、乳酸菌などの雑菌の影響を大きく受けることのない、安定的な水素発酵技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、落葉と畜産廃棄物を原料としたバーク堆肥から分離した微生物群の水素発酵能を検討していたところ、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌を主要微生物とする微生物群が水素発酵能を有することを発見した。これについてさらに検討した結果、意外にも、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌が水素発酵能を有しており、かつその水素発酵能は乳酸菌が存在してもあまり低下しないとの知見を得た。
【0012】
本発明はかかる知見に基づきなされたものであり、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌を基質に添加し、嫌気条件下で水素発酵させることを特徴とする、水素発酵方法を提供するものである。
【0013】
また、本発明は、発酵中に嫌気状態を維持可能な発酵槽と、発酵槽に基質及びメガスファエラ(Megasphaera)属細菌を投入するための基質投入部と、発酵槽の中の基質を撹拌するための攪拌部と、発酵中の基質のpHを一定に維持するためのpH制御部と、発酵により生成された水素を回収するためのガス回収部と、発酵後の基質を回収するための基質回収部とを備えた、水素発酵システムを提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の水素発酵方法によれば、水素発酵微生物としてメガスファエラ(Megasphaera)属細菌を使用することにより、クロストリジウム(Clostridium)属細菌のような厳密な培養条件を必要とせず、乳酸菌などの雑菌の影響を大きく受けることがない。そのため、発酵原料又は植種微生物の熱/酸/塩基処理など、原料を前処理するための設備や、熱処理、高温発酵、嫌気ガス置換など、安定した発酵を維持するための運転管理設備がない場合でも、安定的に水素を生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本実施形態の水素発酵システムの概要を示す図である。
【図2】本実施形態の他の水素発酵システムの概要を示す図である。
【図3】本実施形態の水素発酵システムを用いてメガスファエラ(Megasphaera)属細菌を主な水素発酵菌とした場合の水素生産量を測定した結果を示す図である。
【図4】各基準株のグルコースを基質とした水素生産能を示す図である。
【図5】乳酸発酵物を基質としたメガスファエラ(Megasphaera)属細菌の水素生産能を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施形態について詳細に説明する。本発明の水素発酵方法は、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌を基質に添加し、嫌気条件下で水素発酵させることを特徴とするものである。
【0017】
メガスファエラ(Megasphaera)属細菌はグラム陰性偏性嫌気球菌であり、現在までにメガスファエラ・セレビシエ(Megasphaera cerevisiae)、メガスファエラ・エルスデニー(Megasphaera elsdenii)、メガスファエラ・ミクロヌシフォルミス(Megasphaera micronuciformis)、メガスファエラ・スエシエンシス(Megasphaera sueciensis)、メガスファエラ・パウシボランス(Megasphaera paucivorans)の5菌種が知られている。これらメガスファエラ(Megasphaera)属細菌のうち、メガスファエラ・ミクロヌシフォルミス(Megasphaera micronuciformis)を除き水素生産能が認められるが、水素生産力に鑑みれば、メガスファエラ・エルスデニー(Megasphaera elsdenii)を使用することが好ましい。なお、水素生産能を有するメガスファエラ(Megasphaera)属細菌を2種以上併用することも可能である。
【0018】
クロストリジウム(Clostridium)属細菌を用いた従来の水素発酵システムでは、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌は水素発酵微生物としては注目されておらず、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌が高い水素発酵能を示すことは知られていない。むしろクロストリジウム(Clostridium)属細菌を用いた従来の水素発酵システムでは、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌は水素発酵に不利益な微生物とする報告も多い。しかし、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌は糖を基質とした場合に、クロストリジウム(Clostridium)属細菌に近い収率で水素を生産することができる。
【0019】
メガスファエラ(Megasphaera)属細菌の添加量は特に限定はなく、基質重量との関係で適宜設定することができる。一般的には、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌の添加量が多いほど発酵時間を短縮することができる。
【0020】
前記基質としては、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌が水素発酵を行える基質であれば特に制限はないが、資源の有効利用の観点から、バイオマスを挙げることができる。ここで、「バイオマス」とは、石炭や石油等の化石燃料を除いた生物由来の有機資源を意味し、森林や農作物、海藻・魚介類又はこれらを利用した後の有機性廃棄物などをも含む再生可能な有機資源である。このバイオマスを使用することは、再生可能なエネルギー確保が可能であり、また、有機物であるため、高範囲な型態のエネルギー資源になりうる可能性を有しており、環境問題にも支障がなく活用できることを意味している。
【0021】
また、前記基質として、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌が効率的に水素発酵を行える基質という観点からは、基質が糖類及び/又は有機酸を多く含むことが好ましい。
【0022】
前記糖類としては、例えば、還元性糖類を挙げることができる。還元性糖類は、グルコース、マンノース、ガラクトース、フラクトース、アラビノース、キシロース、エリスロースをはじめとするすべての単糖類、マルトースやラクトースのような還元性基を有する二糖類、同じく還元性基を有する多糖類等、一般に還元糖とされる糖類であるが、なかでもグルコース、キシロース、フラクトース、ラクトース等が好適に利用される。
【0023】
前記有機酸は、少なくとも1個以上のカルボキシル基を有する有機化合物をいい、1個のカルボキシル基を有する有機酸としては、例えば、酢酸、乳酸、プロピオン酸、グルコン酸などが挙げられ、また、2個以上のカルボキシル基を有する有機酸としては、例えば、クエン酸、リンゴ酸、アジピン酸、フマル酸、酒石酸、コハク酸などが挙げられる。
【0024】
上記有機酸は、特に乳酸であることが好ましい。乳酸は基質に別途添加してもよいし、乳酸菌が乳酸発酵により生産した乳酸を利用してもよい。
【0025】
一般に食品廃棄物系のバイオマスでは雑菌として乳酸菌類が繁殖している。そのため、この乳酸菌類が生産する乳酸や抗生物質の影響でクロストリジウム(Clostridium)属細菌がその生育を大きく阻害され、水素の発生量が著しく低下する、水素発酵が停止する等の問題があった。
【0026】
しかしながら、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌は乳酸菌などの雑菌によりその生育が阻害されるなどの影響は少なく、むしろ乳酸菌類が生産する乳酸を基質として水素発酵を行うことができる。そのため、クロストリジウム(Clostridium)属細菌を用いた従来の水素発酵システムでは、発酵原料もしくは植種について、熱、酸又は塩基処理などの前処理が必要であったが、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌を用いた本実施形態の水素発酵方法では従来のような前処理は不要である。
【0027】
水素発酵は嫌気条件下で行われる。嫌気条件とは、酸素分圧が限りなく0に近い厳密な嫌気的条件のみをいうものではなく、微生物を利用したバイオマス処理の分野において「嫌気状態」とみなされる程度に酸素分圧が低下した条件も含まれる。
【0028】
発酵温度は室温でも十分に安定して行うことができるため厳密な温度管理は不要であるが、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌の至適温度を考慮すれば、例えば、30〜37℃で行うことが好ましい。
【0029】
クロストリジウム(Clostridium)属細菌を用いた従来の水素発酵システムでは、安定した発酵を維持するため(特に、乳酸菌が生成する抗生物質による発酵阻害を防止するため)に、熱処理、高温発酵、嫌気ガス置換が必要であるが、本実施形態の水素発酵方法においては、そのような発酵を維持するための処理を行わなくても水素発酵を安定して行うことができる。
【0030】
発酵中、pHは徐々に低下していくため、アルカリをpH調整剤として添加することにより、発酵中のもろみのpHを5〜6に維持する。添加するアルカリとしては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等を挙げることができる。
【0031】
本発明の水素発酵方法によれば、発酵原料又は植種微生物の熱/酸/塩基処理など、原料を前処理するための設備や、熱処理、高温発酵、嫌気ガス置換など、安定した発酵を維持するための運転管理設備がない場合でも安定的に水素を生産することができることから、水素発酵システムを従来のものよりも簡便化することが可能である。
【0032】
図1は、本実施形態の水素発酵システム1の概要を示す図であり、図2は、他の実施形態の水素発酵システム2の概要を示す図である。すなわち本実施形態の水素発酵システム1又は2は、発酵中に嫌気状態を維持可能な発酵槽10又は11と、発酵槽10又は11に基質及びメガスファエラ(Megasphaera)属細菌を投入するための基質投入部20と、発酵槽10又は11の中の基質を撹拌するための攪拌部30と、発酵中の基質のpHを一定に維持するためのpH制御部40と、発酵により生成された水素をノズル52を介して回収するためのガス回収部50と、発酵後の基質を回収するための基質回収部60又は61とを備える。
【0033】
基質回収部60又は61は、図1に示すように、発酵槽10の上方に設置し、発酵後の基質を吸引する形態としてもよく、図2に示すように、発酵槽11の下方に設置し、重力を利用して発酵後の基質を排出する形態としてもよい。
【0034】
pH制御部40は、基質のpHを測定するためのpHセンサー42と、pH調整剤460を貯蔵しポンプ440に接続されたタンク46と、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のpH調整剤460をノズル48を介して発酵槽10又は11に添加するポンプ440を備えたpHコントローラー44を備えている。
【0035】
また、本実施形態の水素発酵システム1又は2は、温度計72、温度センサー74、ヒーター76又は78からなる温度制御部70や、発酵槽10又は11の基質の量を測定するレベルセンサー80を備えていてもよい。温度制御部70は、図1に示すように、発酵槽10の底に設置する形態としてもよく、図2に示すように、発酵槽11全体を温度制御できる形態としてもよい。
【0036】
本実施形態の水素発酵システム1又は2は、食品工場やレストランなどの食品残渣発生サイトからの生ごみの発生および収集運搬の頻度を一日に1回と仮定し、水素発酵システムへの生ごみの投入を一日に1回行うことを想定している。
【0037】
すなわち、例えば一日に1回発酵槽の半分量の発酵物を引き抜き、新たに生ごみを同量投入することで管理が可能である。この場合HRT(水理学的滞留時間)は48時間となる。
【0038】
クロストリジウム(Clostridium)属細菌を用いた従来の水素発酵システムの場合、このような条件では、基質の入れ替えに伴う酸素や乳酸菌などの雑菌の影響により水素発酵の停止もしくは著しい低下を招く。そして、これを防ぐために、基質の熱、酸/塩基処理や発酵槽の嫌気ガス置換などが必須となる。
【0039】
これに対して、本実施形態の水素発酵システムによれば、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌は基質の熱、酸/塩基処理や発酵槽の嫌気ガス置換などは必須ではなく、乳酸菌が混入している状態でも安定的に水素を生産することが可能である。但し、水素発酵を行うために基質(生ごみ等)を投入する際はなるべく酸素の混入を避け、基質投入後は内部のガスを嫌気ガスで置換することが好ましい。
【0040】
本実施形態の水素発酵システムを用いてメガスファエラ(Megasphaera)属細菌を主な水素発酵菌とした場合の、多数の乳酸菌が存在する生ごみからの水素発酵能を評価した。発酵装置は図1に示す水素発酵システムを使用し、攪拌装置の回転数を90rpm、pH制御装置のpH設定をpH6.0、温度制御部の温度設定を37℃とした。そして、前培養したメガスファエラ・エルスデニー(Megasphaera elsdenii)(10cfu/ml)1mlを基質と共に添加した。
【0041】
発酵と共に発生した水素は、ガス回収部によって回収され、その水素ガスの量(gas/H(ml))を測定した。その結果、50日以上の長期間に渡り安定的に発酵を継続できることが確認された(図3)。このときの最大水素収率は30.83ml‐H/g‐VSadded、平均水素収率は20.81ml-H/g-VSaddedであった。
【0042】
本実施形態の水素発酵システムでは、高温状態の維持や基質を連続的に供給および排出する装置、酸/塩基処理する施設、嫌気条件を維持するための装置などを必要としないことから、得られる水素が持つエネルギーとしての価値は大きいものと考えられる。
【実施例】
【0043】
1.グルコースを基質とした水素生産能の検討
メガスファエラ(Megasphaera)属細菌の水素生産能を検討するため、人工培地を用いて下記の検討を行った。すなわち、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌の基準株として、メガスファエラ・エルスデニー(Megasphaera elsdenii)DSM20460株、メガスファエラ・セレビシエ(Megasphaera cerevisiae)DSM20462株、メガスファエラ・スエシエンシス(Megasphaera sueciensis)DSM17042株、メガスファエラ・パウシボランス(Megasphaera paucivorans)DSM16984株、メガスファエラ・ミクロヌシフォルミス(Megasphaera micronuciformis)DSM17226株の5菌株をドイツの菌株保存機関DSMZより取り寄せ、表1に示す培地を発酵基質として暗発酵水素生産試験を行った。また、参考例として、クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)を使用して、同様に水素発酵を行った。
【0044】
【表1】

【0045】
125ml容バイアル瓶に50mlの発酵基質を加え、気相部を窒素ガスで置換した後、バイアル瓶を密閉して121℃で20分間加熱滅菌した。これに前培養したメガスファエラ(Megasphaera)属細菌(10cfu/ml)1mlを注射器で接種して30〜37℃、90rpmで24時間培養した。発酵とともに発生した水素は、ガラスシリンジによって回収され、その水素ガスの量(gas/H(ml))を測定した。なお、参考例として、クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)を使用して、同様に水素発酵を行った。結果を図4に示す。
【0046】
メガスファエラ(Megasphaera)属細菌は、メガスファエラ・ミクロヌシフォルミス(Megasphaera micronuciformis)DSM17226株(図4のF)を除く4種の基準株において水素の生産が認められた(図4のB〜E)。特に、メガスファエラ・エルスデニー(Megasphaera elsdenii)DSM20460株(図4のB)については、参考例のクロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)(図4のA)と同程度の水素を生産することが明らかとなった。
【0047】
なお、培地として廃糖蜜を用いて上記と同様の検討を行ったところ、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌は、メガスファエラ・ミクロヌシフォルミス(Megasphaera micronuciformis)DSM17226株を除く4種の基準株において水素生産能を有することも確認された。
【0048】
2.乳酸発酵物を基質とした水素生産能の検討
乳酸菌が存在する状況でのメガスファエラ(Megasphaera)属細菌の水素生産能を検討するため、生ごみ培地を用いて下記の検討を行った。すなわち、乳酸菌の1種であるエンテロコッカス(Enterococcus)属細菌による生ごみの乳酸発酵物を基質とした メガスファエラ・エルスデニー(Megasphaera elsdenii)の水素生産能の差異を検討した。
【0049】
生ごみ培地は学生食堂から排出された食品廃棄物をスラリー化したものを用いた(表2)。スラリー化は、米、パスタ、パン、野菜、果物、魚、肉と卵殻を含む食品廃棄物から、目視で識別出来る骨などの夾雑物を取り出して、5mm未満の粒径に破砕して、最終的に8%の蒸発残留物(TS)となるように、水道水で希釈することにより行った。
【0050】
【表2】

【0051】
まず、上記生ごみ培地にエンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)KD94株を添加して乳酸発酵させた。次に、得られた乳酸発酵物にメガスファエラ・エルスデニー(Megasphaera elsdenii)DSM20460株を接種し、90rpm、37℃で振とう培養した。なお、比較対照用として、クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum) IAM14194株を使用して、同様に水素発酵を行った。また、参考例として、乳酸発酵を行わなかった生ごみ培地に直接メガスファエラ・エルスデニー(M. elsdenii)及びクロストリジウム・ブチリカム(C. butyricum)を接種し水素発酵を行った場合についても検討した。結果を図5に示す。
【0052】
クロストリジウム・ブチリカム(C. butyricum)は、乳酸発酵を行わなかった生ごみ培地では高い水素発酵能を示したが(図5のA)、エンテロコッカス(Enterococcus)属による乳酸発酵後の生ごみ培地に添加した場合は水素発酵能を示さなかった(図5のB)。
【0053】
一方、メガスファエラ・エルスデニー(M. elsdenii)は、乳酸発酵を行わなかった生ごみ培地に接種した場合(図5のC)、乳酸発酵を行った生ごみ培地に接種した場合(図5のD)のいずれの場合においても、十分に水素発酵能を示すことが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0054】
メガスファエラ(Megasphaera)属細菌は、代表的な水素生産菌であるクロストリジウム(Clostridium)属細菌に近い収率で水素を生産可能である。
【0055】
クロストリジウム(Clostridium)属細菌を用いた従来の水素発酵システムでは、乳酸菌群はクロストリジウム(Clostridium)属細菌の水素発酵を阻害する汚染菌として排除されてきた。しかし、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌は乳酸菌との共存環境下からも水素生産が可能であり、さらに、メガスファエラ(Megasphaera)属細菌は糖だけでなく乳酸からの水素生産能も高いことが示された。また、廃糖蜜などの有機性廃棄物からの水素生産能力を有することも確認された。
【0056】
このようなことから、本発明は乳酸および乳酸菌が豊富に存在する食品系廃棄物の安定的な水素発酵システムに利用することができる。
【符号の説明】
【0057】
1,2…水素発酵システム
10,11…発酵槽
20・・・基質投入部
30…攪拌部
40…pH制御部
42…pHセンサー
44…pHコントローラー
46…タンク
48…ノズル
50…ガス回収部
52…ノズル
60,61…基質回収部
70…温度制御部
72…温度計
74…温度センサー
76,78…ヒーター
80…レベルセンサー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メガスファエラ(Megasphaera)属細菌を基質に添加し、嫌気条件下で水素発酵させることを特徴とする、水素発酵方法。
【請求項2】
前記メガスファエラ(Megasphaera)属細菌が、メガスファエラ エルスデニー(Megasphaera elsdenii)である、請求項1に記載の水素発酵方法。
【請求項3】
前記基質がバイオマスである、請求項1又は2に記載の水素発酵方法。
【請求項4】
前記基質が糖類及び/又は有機酸を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の水素発酵方法。
【請求項5】
前記有機酸が乳酸である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の水素発酵方法。
【請求項6】
前記乳酸が、乳酸菌が乳酸発酵により生産した乳酸である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の水素発酵方法。
【請求項7】
発酵中に嫌気状態を維持可能な発酵槽と、
発酵槽に基質及びメガスファエラ(Megasphaera)属細菌を投入するための基質投入部と、
発酵槽の中の基質を撹拌するための攪拌部と、
発酵中の基質のpHを一定に維持するためのpH制御部と、
発酵により生成された水素を回収するためのガス回収部と、
発酵後の基質を回収するための基質回収部とを備えた、
水素発酵システム。
【請求項8】
さらに、温度計、温度センサー、ヒーターからなる温度制御部を備えた、請求項7に記載の水素発酵システム。
【請求項9】
さらに、発酵槽の基質の量を測定するレベルセンサーを備えた、請求項7又は8に記載の水素発酵システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−115154(P2012−115154A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−265225(P2010−265225)
【出願日】平成22年11月29日(2010.11.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載日:平成22年6月30日 ホームページのアドレス: http://www.sciencedirect.com/science?_ob=ArticleURL&_udi=B6V3F−50DXCXF−6&_user=10&_coverDate=08%2F31%2F2010&_alid=1553973209&_rdoc=1&_fmt=high&_orig=search&_origin=search&_zone=rslt_list_item&_cdi=5729&_sort=r&_st=13&_docanchor=&view=c&_ct=1&_acct=C000050221&_version=1&_urlVersion=0&_userid=10&md5=9338b7f78e6f5f8f99eeb95fc740b54d&searchtype=a
【出願人】(598096991)学校法人東京農業大学 (85)
【Fターム(参考)】