説明

メタクリル系樹脂の製造方法

【課題】 重合率を高めた状態で、安定に製造できるメタクリル系重合体の製造方法を提供する。
【解決手段】
槽型反応器を用いて、メチルメタクリレートを含むモノマー組成物を、重合温度110〜180℃で攪拌混合し、ラジカル重合開始剤を使用して重合率が40〜80質量%となるように連続的に重合するに際し、ラジカル重合開始剤の供給量を増減することによって、反応器内の反応液組成物の重合率変化を目標重合率の−2質量%〜+2質量%以内に制御するメタクリル系樹脂の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、槽型反応器を用いて、重合率の変動を抑制することを、高重合率でも可能としたメタクリル系樹脂の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、ポリメチルメタクリレート(PMMA)の塊状重合による連続的重合方法は、バッチ式の懸濁重合に比べて生産性に優れること、分散剤等の補助剤を必要としないために得られる重合体が非常に透明性に優れていること、溶液重合に比べて反応溶媒の分離が必要でないこと、揮発分除去後の重合体中に残存溶媒が存在しないために得られる重合体が非常に透明性に優れていること、さらには、反応域に供給するラジカル重合開始剤が非常に少量で済むために耐熱分解性に優れた重合体が得られること等の理由から、古くより鋭意研究が行われている。
【0003】
塊状重合による連続的重合方法では、重合槽での重合率が高いほど、生産性が高くなることは自明である。しかし、一般に、PMMAの塊状重合においては、重合率が高くなるとゲル効果により反応速度の加速現象が起こることが知られている。そのため、槽型反応器一基を用いて連続的に塊状重合を行う場合、重合温度に対して安定に反応を制御しながら運転を行うことができる限界重合率が存在する。その限界重合率を高める手段として、半減期が0.5〜120秒のラジカル開始剤を用いることで重合率が45質量%〜70質量%の範囲で安定運転が可能となることが知られている。(例えば、特許文献1参照)。しかし、我々が実験したところ、重合率が60質量%前後では重合を制御することは可能であったが、それ以上の重合率では重合温度を制御することが難しく、重合温度が変動するという問題点があることがわかった。この重合温度の変動は、重合率が高くなるほど大きくなるという問題点があることもわかった。
【0004】
このように重合温度が変動すると、塊状重合では重合の制御が難しくなるため、工業的に用いるためには、低い重合率で重合させることが一般的となってしまう。それを回避するための手段として、溶剤を用いて重合温度を安定させるための種々の検討がなされている。従来から、メタノールを溶媒として用いると、重合体溶液の粘度低下が大きくなるために、溶媒使用量の低減が可能となることや、重合液中の重合体濃度を高めた状態で安定に運転を行うことが可能となることが知られている。(例えば、特許文献2参照。)。しかし、メタノールを用いて、粘度を下げて安定に運転を行うことを目的としており、さらに重合率が高くなり、粘度が上昇した場合の制御方法については、何ら言及されていない。
【0005】
また、特定の溶媒量で運転することで、安定運転が可能となり、且つ重合体の耐熱分解性が改良されることが知られている。(例えば、特許文献3参照。)。しかし、比較例3に示されるような条件では、定常運転が困難となったと記載されており、原因は、重合率が高くなり、粘度が高くなったために重合が不安定となったためと推測される。このように、重合率が高くなり、粘度が上昇した場合の制御方法については、何ら言及されていない。
【0006】
以上のように、重合率を高めた状態での、効果的な重合制御方法が望まれている。
【特許文献1】特開平3-111408号公報
【特許文献2】特開平10-1511号公報
【特許文献3】特開2000-53709号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、従来のメタクリル系重合体の製造方法では、重合率を高めた状態での、効果的な重合制御方法はなかった。本発明の目的は、重合率を高めた状態で、安定に製造できるメタクリル系重合体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の要旨は、槽型反応器を用いて、メチルメタクリレートを含むモノマー組成物を、重合温度110〜180℃で攪拌混合し、ラジカル重合開始剤を使用して重合率が40〜80質量%となるように連続的に重合するに際し、ラジカル重合開始剤の供給量を増減することによって、反応器内の反応液組成物の重合率変化を目標重合率の−2質量%〜+2質量%以内に制御するメタクリル系樹脂の製造方法にある。
【0009】
メチルメタクリレートを含むモノマー組成物を塊状重合、または、不活性溶媒を原料組成物中5質量%未満使用して溶液重合することが好ましい。
【0010】
製造されるメチルメタクリレートの重合体または共重合体が、メチルメタクリレートの単独重合体、または、80質量%以上のメチルメタクリレート単位と20質量%以下のアルキル(メタ)アクリレート(メチルメタクリレートを除く)単位とを含む共重合体であることが好ましい。
【0011】
槽型反応器における重合温度が130〜165℃であり、重合率が45〜70質量%であることが好ましい。
【0012】
槽型反応器における反応液組成物の平均滞留時間が0.3〜5時間であることが好ましい。
【0013】
槽型反応器における反応液組成物の重合率変化を目標重合率の−1.0質量%〜+1.0質量%以内に制御することが好ましい。
【0014】
槽型反応器に供給する原料組成物の温度を一定とし、槽型反応器での熱収支を一定とし、槽型反応器への原料供給量、重合体の抜出量、槽型反応器での滞在量を一定とすることが好ましい。
【0015】
槽型反応器における重合温度の変化を目標重合温度の−2℃〜+2℃以内に制御することが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、重合率を高めた状態で、安定に製造できるメタクリル系重合体の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、槽型反応器を用いた場合に、高重合率で、粘度が高くなった際に、効果的に重合率を安定化させる重合方法である。これにより、従来、工業化されなかった、高重合率の領域でも、安定に製造することが可能となる。この方法により、生産性を飛躍的に向上させることができる。
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0019】
本発明は、メタクリル系重合体、すなわち、メチルメタクリレートの重合体または共重合体の製造に適用される。特に、メチルメタクリレートの単独重合体、または、80質量%以上のメチルメタクリレート単位と20質量%以下のアルキル(メタ)アクリレート(メチルメタクリレートを除く)単位とを含む共重合体の製造に好ましく適用される。これらは、それぞれ、メチルメタクリレートの単独重合、または、メチルメタクリレートとアルキル(メタ)アクリレート(メチルメタクリレートを除く)とを含む単量体混合物の共重合によって得られる。ここで、アルキル(メタ)アクリレートとは、アルキルアクリレートまたはアルキルメタクリレートのことをいう。
【0020】
共重合を行う場合、モノマーとしてメチルメタクリレートとともに使用するアルキルアクリレートは、好ましくは炭素数1〜18のアルキル基を有するものであり、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、n−ブチル、2−エチルヘキシル、ドデシル、ステアリル等のアルキル基を有するアルキルアクリレートが挙げられる。
【0021】
また、モノマーとしてメチルメタクリレートとともに使用するアルキルメタクリレートは、好ましくは炭素数2〜18のアルキル基を有するものであり、例えば、エチル、n−プロピル、n−ブチル、2−エチルヘキシル、ドデシル、ステアリル等のアルキル基を有するアルキルメタクリレートが挙げられる。
【0022】
アルキル(メタ)アクリレート(メチルメタクリレートを除く)は、1種を用いても2種以上を併用してもよい。なお、アルキルアクリレート1種以上と、メチルメタクリレートを除くアルキルメタクリレート1種以上とを併用してもよい。
【0023】
本発明によって得られるメタクリル系重合体としては、特に、メチルメタクリレートの単独重合体、すなわち、ポリメチルメタクリレート、または、メチルメタクリレートとメチルアクリレート、エチルアクリレートまたはブチルアクリレートのいずれか1種以上との共重合体が好ましい。共重合体については、前述の通り、メチルメタクリレート単位を80質量%以上含むことがさらに好ましい。
【0024】
メチルメタクリレートと他のアルキル(メタ)アクリレートとは重合活性が異なるので、上記組成の共重合体を得ようとする場合、仕込みモノマー混合物の組成は用いるモノマーの重合活性に応じて適宜選定する。例えば、メチルメタクリレートをメチルアクリレートまたはエチルアクリレートと共重合する場合、仕込みモノマー混合物の組成は、メチルメタクリレートを70質量%以上、メチルアクリレートまたはエチルアクリレートを30質量%以下とすることが好ましい。
【0025】
本発明によって得られるメタクリル系重合体の重量平均分子量(Mw)は適宜決めればよいが、一般的に成形材料として工業的に使用される範囲は7万〜15万である。
【0026】
本発明では、上記のようなモノマーを塊状重合または溶液重合により重合する。特に、耐熱分解性に優れた重合体が得られるので、塊状重合を行うことが好ましい。
【0027】
本発明を溶液重合で行う場合、不活性溶媒としては、メタノール、エタノール、トルエン、キシレン、アセトン、メチルイソブチルケトン、エチルベンゼン、メチルエチルケトン、酢酸ブチル等の公知の溶剤が使用できる。中でも、メタノール、トルエン、エチルベンゼン、酢酸ブチル等を用いることが好ましい。不活性溶媒は1種を用いても2種以上を併用してもよい。
【0028】
溶液重合を行う場合は、不活性溶媒を使用することで、粘度が下がるために、塊状重合のように、ゲル効果による重合の不安定の要素は小さくなるが、不活性溶媒の使用量が多いと、従来の溶液重合の欠点である耐熱分解性を損なってしまう。従って、不活性溶媒の使用量は、原料組成物中5質量%未満であることが好ましい。このような使用量では、塊状重合と同様にゲル効果が発現するために、本発明の最も重要な要素である、重合温度に対して安定に反応を制御しながら運転を行うことが必要となる。
【0029】
反応速度論的には、槽型反応器での連続重合において、重合率が高くなる程、重合速度が低下する一般的な反応系では、ある滞在時間に対して、その時の重合率は一点に決まる。しかし、本発明のような、ゲル効果により、重合率が高くなるほど、重合速度が増大するような系では、ある滞在時間に対して、その時の重合率は複数存在する場合があり、一点に決まらなくなる。
【0030】
本発明のような系での反応速度は、重合率が高くなるとゲル効果により重合速度が大きくなること、重合率が高くなると系内のモノマー濃度が減少するために重合速度が小さくなること、重合温度が高くなるとモノマーの活性が高くなるために重合速度が大きくなること、重合温度が高くなると粘度が小さくなるためにゲル効果による重合速度の加速は小さくなること、重合温度が高くなると開始剤効率が小さくなるために重合速度が小さくなること等の様々のケースが考えられるために、反応速度に関する因子が定まらないために、重合の制御が難しくなる問題がある。
【0031】
例えば、重合温度を制御する方法としては、ジャケット加熱式の槽型反応器を用いる方法や、外部循環式の熱交換器を用いる方法、反応溶液を気化させて蒸気を冷却する方法、原料供給温度を制御する方法などが考えられる。いずれの方法においても、反応溶液の重合温度が高くなった場合は冷却する制御、重合温度が低くなった場合は加熱する制御により、重合温度を制御するのが一般的である。例えば、何らかの外乱により、反応系の重合率が高くなった場合は、重合発熱量が増大し重合温度が上昇するため、冷却して重合温度を一定に保つ。その時、反応系の反応速度はゲル効果により増大する場合は、さらに重合率が増大し、冷却量が増すことになる。この場合は、重合温度は一定に制御できても、重合率は安定しない。このように、重合温度による制御では、反応系の重合率が安定しない、いわゆるハンチング現象が生じる。この現象は、重合率が低いことや、重合温度が高いこと、溶媒を添加していることなどで、ゲル効果が小さい場合は発生しないため、問題とはならない場合があるが、その場合でも本発明を用いれば、さらに重合率の安定に寄与できる。
【0032】
このように、反応速度に関する因子が定まらないと、安定した制御が難しくなるので、安定した温度制御を行うためには、重合速度に及ぼす影響が明確である制御因子の存在が望まれる。本発明者らは、ラジカル重合開始剤量を増量すると、重合速度は増大し、ラジカル重合開始剤を減量すると重合速度は減少することに着目し、ラジカル重合開始剤量で重合反応を制御する方法を見出した。重合率は、40〜80質量%が好ましい。重合率が40質量%未満だと、工業的生産性が低くなるために好ましくない。さらに好ましくは45質量%以上である。また、重合率が80質量%を超えると、本発明の方法を用いても、粘度の増加が著しくなるために制御が難しくなるために、好ましくない。さらに好ましくは、70質量%以下である。
【0033】
本発明では、モノマーまたはモノマー組成物に、ラジカル重合開始剤と、連鎖移動剤としてメルカプタン化合物とを添加する。モノマーまたはモノマー組成物は、不活性ガスの吹込や、減圧脱揮により、溶存酸素量を低くしておくことが好ましい。
【0034】
ここで添加する、ラジカル重合開始剤としては特に制限はなく、例えば、tert−ブチルパーオキシ−3,5,5−トリメチルヘキサネート、tert−ブチルパーオキシラウレート、tert−ブチルパーオキシイソプロピルモノカーボネート、tert−ヘキシルパーオキシイソプロピルモノカーボネート、tert−ブチルパーオキシアセテート、1,1−ビス(tert−ブチルパーオキシ)3,3,5−トリメチルシクロヘキサン、1,1−ビス(tert−ブチルパーオキシ)シクロヘキサン、tert−ブチルパーオキシ2−エチルヘキサネート、tert−ブチルパーオキシイソブチレート、tert−ヘキシル−ヘキシルパーオキシ2−エチルヘキサネート、ジ−tert−ブチルパーオキサイド、2,5−ジメチル−2,5−ビス(tert−ブチルパーオキシ)ヘキサン等の有機過酸化物、または、2−(カルバモイルアゾ)−イソブチロニトリル、1,1'−アゾビス(1−シクロヘキサンカルボニトリル)、2,2'−アゾビスイソブチロニトリル、2,2'−アゾビス(2−メチルブチロニトリル)、ジメチル2,2'−アゾビスイソブチレート、2、2'−アゾビス(2,4,4−トリメチルペンタン)、2、2'−アゾビス(2−メチルプロパン)等のアゾ化合物などから選択することができる。
【0035】
ここで添加するラジカル重合開始剤の使用量は、槽型反応器における重合温度、平均滞在時間、目標とする重合率によって適宜決めればよいが、重合体の末端二重結合量の少ない耐熱分解性に優れた重合体を得るためにはモノマー100質量部に対して0.1質量部以下であることが好ましく、また、工業的生産性を考慮すると、モノマー100質量部に対して0.001質量部以上であることが好ましい。
【0036】
本発明で使用するメルカプタン化合物としては、n−ブチル、イソブチル、n−オクチル、n−ドデシル、sec−ブチル、sec−ドデシル、tert−ブチルメルカプタン等のアルキル基または置換アルキル基を有する第1級、第2級または第3級メルカプタン;フェニルメルカプタン、チオクレゾール、4−tert−ブチル−O−チオクレゾール等の芳香族メルカプタン;チオグリコール酸とそのエステル;エチレンチオグリコール等の炭素数3〜18のメルカプタンが好ましく挙げられる。これらは単独で用いても、また、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。中でも、tert−ブチルメルカプタン、n−ブチルメルカプタン、n−オクチルメルカプタン、n−ドデシルメルカプタンを用いることが好ましい。
【0037】
製品強度を保ちつつ成形加工が可能な適度な重合度(一般的に成形材料として工業的に使用される範囲は、最終的に揮発分を除去した後の重合体の重量平均分子量が7万〜15万である)を得るとともに、耐熱分解性に優れた重合体を製造すべく、メルカプタンの使用量は、モノマー100質量部に対して0.005質量部以上、特に0.025質量部以上であることが好ましく、また、2質量部以下、特に1質量部以下であることが好ましい。
【0038】
そして、このメチルメタクリレート等のモノマー、ラジカル重合開始剤およびメルカプタン化合物等を含有する原料組成物を、槽型反応器に連続的に供給し、重合を行う。
【0039】
本発明では、槽型反応器において、重合温度が110〜180℃の範囲で、反応液組成物を実質的に均一に攪拌混合する。このとき、重合温度は実質的にある一定の温度に保つようにする。なお、本発明における反応液組成物とは、反応器内で原料のモノマー組成物の一部が重合反応して生成した重合物と、未反応のモノマー組成物との混合液のことをいう。
【0040】
重合温度が110℃より低いと、ゲル効果による重合速度の加速現象が大きくなるために重合率が低い条件でしか安定に運転することが困難であり、経済的に不利である。重合温度は、130℃以上であることが好ましい。
【0041】
一方、重合温度が180℃より高いと、重合反応は安定に進むので重合率を高くすることができるが、二量体の生成が多くなるために揮発分除去後の重合体の透明性、機械的強度が低下する傾向がある。また、重合体の立体規則性においてシンジオタクチックの比率が低下するために重合体の熱変形温度が低下する傾向がある。ここで共重合成分としてアルキルアクリレートを使用する場合、そのアルキルアクリレートの含有量が多いほど重合体の熱変形温度は低下するが、逆に耐熱分解性は向上することが知られている。従って重合温度を低くしアルキルアクリレートの含有量を調整することにより、高い熱変形温度と耐熱分解性とを兼ね備えた重合体が得られ、工業的優位性が非常に大きいものとなる。重合温度は、165℃以下であることが好ましい。
【0042】
槽型反応器での滞在時間は、長いほど、使用するラジカル重合開始剤量が少なくなり、耐熱分解性は向上するが、生産性が低くなるため、5時間以下であることが好ましい。また、滞在時間は、短いほど、生産性が高くなるが、使用するラジカル重合開始剤量が多くなるために、耐熱分解性が低下するため、0.3時間以上であることが好ましい。
【0043】
通常、反応域内には重合反応と攪拌混合による発熱があるので除熱して、場合によっては加熱して所定の重合温度に制御する。温度制御は公知の方法によって行うことができ、例えば、ジャケット、反応域内に設置したドラフトチューブあるいはコイル等への熱媒循環による伝熱除熱あるいは加熱、モノマー混合物の冷却供給、環流冷却等の方法を採用することができる。
【0044】
ここで、熱収支的には、槽型反応器へ連続的に供給する原料と、槽型反応器から抜き出す反応液組成物の熱量の差である顕熱から、槽型反応器での熱の出入すなわち熱収支を引いたものが、重合発熱量となる。この重合発熱量を一定に保てば、重合率が一定となることに本発明者らは着目した。
【0045】
重合発熱量を一定に保つためには、上述の熱収支を正確に把握し、重合発熱量を把握し、制御する方法が考えられる。しかし、条件の変動する因子が多いほど、熱収支の把握が困難となり、重合発熱量の把握が困難となるため、重合発熱量を一定に保つための制御が困難となる。
【0046】
そこで、槽型反応器へ供給する原料の温度を一定とし、槽型反応器での熱収支も一定とした場合は、反応液組成物の温度を一定に保てば、重合発熱量が一定に保たれたことになる。この方法は、簡便に重合発熱量が把握できるので、好ましい。
【0047】
原料の温度を一定に制御する場合は、原料温度の変動幅は小さいほど系内の温度が安定するため、目標温度の−2℃〜+2℃以内が好ましく、さらに好ましくは−0.5℃〜+0.5℃以内である。
【0048】
槽型反応器での熱収支を一定に制御するためには、例えば、ジャケット、反応域内に設置したドラフトチューブあるいはコイル等がある場合は熱媒や冷媒の温度および流量を、環流冷却を行う場合は冷媒の温度および流量を一定とすること等で、反応器からの熱の出入を等しくすることが好ましい。また、攪拌回転数を一定とすることで攪拌混合熱を等しくすることが好ましい。また、槽型反応器への原料供給量、反応液組成物の抜出量、槽型反応器での滞在量を一定とすることで、物質収支も一定に保つことが好ましい。
【0049】
本発明は、添加するラジカル重合開始剤量を変化させて、重合率を制御するものである。重合率とは、槽型反応器に連続的に供給するモノマー組成物中のモノマーの質量に対する、槽型反応器から抜液される反応液組成物中のポリマーの質量であらわす。重合率の変動は、重合発熱量すなわち槽型反応器中の重合温度の変動としてあらわれる。そこで、重合温度が上昇した場合は供給するラジカル重合開始剤量を減少させ、重合温度が低下した場合は、供給するラジカル重合開始剤量を増量する。ここで、急激なラジカル重合開始剤量の変動は、系内の重合が不安定となるために好ましくなく、変動量は、変動前の供給量の−20質量%〜+20質量%以内が好ましく、さらに好ましくは、−10質量%〜+10質量%以内である。
【0050】
本発明者らの検討によると、ラジカル重合開始剤の量を変動させた場合、重合温度が変動するのには、若干の時間遅れが生じる。従って、頻繁にラジカル重合開始剤の供給量を操作すると、以前の操作の影響と重なるため、逆に重合挙動が不安定になることがあることがわかった。例えば、目標重合温度より、実重合温度が高いときに、ラジカル重合開始剤の供給量を減量した後、直ちに重合温度が低下しない場合に、さらに供給量を減量した場合は、しばらく時間が経過した後に、大きく重合温度が低下することがある。このように、実重合温度と目標重合温度の差が小さい時に、頻繁にラジカル重合開始剤の供給量を操作することは、重合挙動の不安定を招く恐れがあるために、好ましくない。しかし、ラジカル重合開始剤の供給量の操作頻度を下げるために、実重合温度と目標重合温度の差が大きくなるまで、ラジカル重合開始剤の供給量を操作しないことは、この行為自体が、重合温度を変動させる要因となるため、好ましくないことは自明である。したがって、実重合温度が目標重合温度の+0.1℃〜+1.5℃となってからラジカル重合開始剤量を減量し、実重合温度が目標重合温度の−0.1℃〜−1.5℃となってから、ラジカル重合開始剤量を増量することが好ましい。さらに好ましくは、+0.2℃〜+1.0℃となってからラジカル重合開始剤量を減量し、実重合温度が目標重合温度の−0.2℃〜−1.0℃となってから、ラジカル重合開始剤量を増量することである。
【0051】
また、前述のように、ラジカル重合開始剤の量を変動させた場合、重合温度が変動するのには、若干の時間遅れが生じるため、ラジカル重合開始剤の供給量を操作するのは、以前の操作を行ってから、滞在時間の0.5割以上時間が経過してからが好ましく、さらに好ましくは滞在時間の1割以上である。このような操作により、反応液組成物の重合率の変動は目標重合率の−2質量%〜+2質量%以下となることが好ましい。例えば目標重合率が60質量%であれば58〜62質量%の変化を意味する。さらに好ましくは重合率の変動は目標重合率の−1.0質量%〜+1.0質量%以下である。また、このような操作により、実重合温度の変化は目標重合温度の−2℃〜+2℃以下に制御するのが好ましい。
【0052】
本発明は、添加する重合開始剤量を変化させて、重合率を制御するものであるが、温度制御を制限するものではない。原料供給温度を変化させる、系内の圧力を変化させて沸騰蒸発量すなわち環流冷却量を変化させる等の温度制御と併用することも可能である。また、槽型反応器を運転するのに精通していると明らかなように、連続運転に伴い、系内の汚れの増加等で、伝熱効率は低下するため、槽型反応器の熱収支が変化していく場合がある。このような場合は、熱媒や冷媒の温度または、攪拌回転数等を操作し、槽型反応器での熱収支を一定に保つことが好ましい。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を実施例によってさらに詳しく説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
【0054】
原料供給ライン、反応液組成物抜液ラインを備えた、容量3Lの槽型反応器を用いて重合した。槽型反応器本体には、ジャケットを備え、熱媒により温調可能とした。蓋と気相部に備えたコイルは冷媒で冷却し、冷媒の温度は、−3℃とした。攪拌翼として、マックスブレンド翼を用いた。マックスブレンド翼の回転数は、300rpmとした。
【0055】
原料供給ポンプで重合原料を槽型反応器に供給する際には、重合原料の供給ラインに開始剤供給ポンプでラジカル重合開始剤を添加した原料組成物として供給し、ギアポンプで反応液組成物を連続的に抜き出した。原料供給ラインには、熱交換器を設置し、重合原料の温調を可能とした。槽型反応器の圧力は、0.8MPaに保持した。ギアポンプからの反応液組成物抜液ラインには熱交換器を設置し、反応液組成物を冷却し、出口に設置した圧力調整バルブにより、圧力を2.0MPaに保持しながら、反応液組成物を抜液し、反応液組成物を得た。
【0056】
(1)重合率の測定
アセトン約10gに、反応液組成物を約0.2g溶解し、内部標準として、酢酸ブチルを用いてサンプルとした。このサンプルについて、ガスクロマトグラフィー装置(島津製作所社製、GC−14B)を用い、下記条件にて残存モノマーを測定した。
【0057】
カラム:J&W社製 DB−WAX
注入量:1μL
インジェクション温度:200℃
検出器温度 :200℃
カラム温度:50℃で3分間保持した後、毎分20℃で200℃まで昇温した後、3分間保持
ガスクロマトグラフィーで測定した残存モノマー量から、重合率は、[1−反応液組成物中の残存モノマー質量(g)/原料組成物中のモノマー質量(g)]×100(質量%)として求めた。
【0058】
サンプリングは、1時間毎に行い、運転期間は3日間とした。重合率は、例えば平均重合率が60質量%であり、サンプリングデータの最小値が58%で最大値が62質量%の場合、60質量%±2質量%として表記した。
【0059】
[実施例1]
重合原料として、メチルメタクリレート98質量%とメチルアクリレート2質量%とからなるモノマー組成物と、モノマー組成物100質量部に対して0.25質量部のn−オクチルメルカプタンを混合した。重合原料は、真空脱揮した。
【0060】
ラジカル重合開始剤として1,1―ビス(tert−ブチルパーオキシ)3,3,5−トリメチルシクロヘキサンを用いた。
【0061】
重合原料とラジカル重合開始剤とを混合した原料組成物を槽型反応器に連続的に供給し、反応液組成物を得る重合を開始した。原料組成物の供給温度は、10℃とした。ラジカル重合開始剤量は、モノマー組成物100質量部に対して、0.0048質量部とした。滞在時間は、3.0Hrとし、目標重合温度を135℃とした。ジャケットの熱媒温度を125.0℃に調整すると、目標重合温度の135℃となった。
【0062】
その後、重合開始剤量による制御を開始した。重合温度は、目標重合温度から変動したため、重合温度が135.5℃となると、ラジカル重合開始剤量をモノマー組成物100質量部に対して、0.0045質量部とし、重合温度が134.5℃となると、ラジカル重合開始剤量をモノマー組成物100質量部に対して、0.0048質量部とする制御を繰り返した。重合温度は、134℃〜136℃で制御でき、重合率は、58.0質量%±0.5質量%で安定した。
【0063】
[実施例2]
実施例1の、モノマー組成物100質量部に対して0.0048質量部のラジカル重合開始剤量および3.0Hrの滞在時間を、モノマー組成物100質量部に対して0.0078質量部のラジカル重合開始剤量および2.0Hrの滞在時間と換えた以外は、実施例1と同様にして、反応液組成物を得る重合を開始した。目標重合温度を135℃とした。ジャケットの熱媒温度を122.0℃に調整すると、目標重合温度の135℃となった。
【0064】
その後、重合開始剤量による制御を開始した。重合温度は、目標重合温度から変動したため、重合温度が135.5℃となると、ラジカル重合開始剤量をモノマー組成物100質量部に対して、0.0074質量部とし、重合温度が134.5℃となると、ラジカル重合開始剤量をモノマー組成物100質量部に対して、0.0078質量部とする制御を繰り返した。重合温度は、134.0℃〜136.0℃で制御でき、重合率は、59.0質量%±0.5質量%で安定した。
【0065】
[実施例3]
重合原料として、メチルメタクリレート90質量%とエチルアクリレート10質量%とからなるモノマー組成物と、モノマー組成物100質量部に対して0.25質量部のn−オクチルメルカプタンを混合した。重合原料は、真空脱揮した。
【0066】
ラジカル重合開始剤として、2,2−アゾイソブチロニトリル(AIBN)を用いた。
【0067】
重合原料とラジカル重合開始剤とを槽型反応器に連続的に供給し、反応液組成物を得る重合を開始した。原料組成物の供給温度は、10℃とした。ラジカル重合開始剤量は、モノマー組成物100質量部に対して、0.015質量部とした。滞在時間は、3.0Hrとし、目標重合温度を150℃とした。ジャケットの熱媒温度を120.0℃に調整すると、目標重合温度の150℃となった。
【0068】
その後、重合開始剤量による制御を開始した。重合温度は、目標重合温度から変動したため、重合温度が150.3℃となると、ラジカル重合開始剤量をモノマー組成物100質量部に対して、0.014質量部とし、重合温度が149.7℃となると、ラジカル重合開始剤量をモノマー組成物100質量部に対して、0.015質量部とする制御を繰り返した。重合温度は、149.2℃〜150.8℃で制御でき、重合率は、68.0質量%±0.4質量%で安定した。
【0069】
[実施例4]
実施例1の、モノマー組成物100質量部に対して0.0048質量部のラジカル重合開始剤量を、モノマー組成物100質量部に対して0.0030質量部のラジカル重合開始剤量と換えた以外は、実施例1と同様にして、反応液組成物を得る重合を開始した。目標重合温度を135℃とした。ジャケットの熱媒温度を138.0℃に調整すると、目標重合温度の135℃となった。
【0070】
その後、重合開始剤量による制御を開始した。重合温度は、目標重合温度から変動したため、重合温度が135.3℃となると、ラジカル重合開始剤量をモノマー組成物100質量部に対して、0.0028質量部とし、重合温度が134.7℃となると、ラジカル重合開始剤量をモノマー組成物100質量部に対して、0.0030質量部とする制御を繰り返した。重合温度は、134.5℃〜135.5℃で制御でき、重合率は、47.5質量%±0.3質量%で安定した。
【0071】
[比較例1]
実施例1の重合開始以降の、重合開始剤量による制御を、原料組成物の供給温度による制御に換えた以外は実施例1と同様に重合した。重合を開始した後、原料組成物の供給温度による制御を開始した。供給温度は10℃で開始し、目標重合温度より重合温度が高い場合は、供給温度を1℃ずつ下げ、目標重合温度の135℃より重合温度が低い場合は供給温度を1℃ずつ上げる制御を繰り返すと、重合温度は、134℃〜136℃で制御できていたが、その後重合温度が上昇を続け、それと共に供給温度を徐々に下げていき、供給温度を0℃まで低下させても、重合温度が137℃以上に上昇していったため、重合開始後15時間後に、重合を中止した。
【0072】
[比較例2]
実施例2の重合開始以降の、重合開始剤量による制御を、原料組成物の供給温度による制御に換えた以外は実施例2と同様に重合した。重合を開始した後、原料組成物の供給温度による制御を開始した。供給温度は10℃で開始し、目標重合温度より重合温度が高い場合は、供給温度を1℃ずつ下げ、目標重合温度の135℃より重合温度が低い場合は供給温度を1℃ずつ上げる制御を繰り返すと、重合温度は、134.2℃〜135.8℃で制御できていたが、その後重合温度が上昇を続け、それと共に供給温度を徐々に下げていき、供給温度を0℃まで低下させても、重合温度が137℃以上に上昇していったため、重合開始後12時間後に、重合を中止した。
【0073】
[比較例3]
実施例3の重合開始以降の、重合開始剤量による制御を、原料組成物の供給温度による制御に換えた以外は実施例3と同様に重合した。重合を開始した後、原料組成物の供給温度による制御を開始した。供給温度は10℃で開始し、目標重合温度より重合温度が高い場合は、供給温度を1℃ずつ下げ、目標重合温度の150℃より重合温度が低い場合は供給温度を1℃ずつ上げる制御を繰り返した。供給温度を0℃から20℃の間で制御すると、重合温度は、147℃〜153℃で制御できたが、重合率が68.0質量%±3.0質量%となった。このように重合温度および重合率の変動幅が大きく安定した製造はできなかった。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明によって、重合率を高めた状態で、安定に製造できるメタクリル系重合体を製造することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
槽型反応器を用いて、メチルメタクリレートを含むモノマー組成物を、重合温度110〜180℃で攪拌混合し、ラジカル重合開始剤を使用して重合率が40〜80質量%となるように連続的に重合するに際し、ラジカル重合開始剤の供給量を増減することによって、反応器内の反応液組成物の重合率変化を目標重合率の−2質量%〜+2質量%以内に制御するメタクリル系樹脂の製造方法
【請求項2】
メチルメタクリレートを含むモノマー組成物を塊状重合、または、不活性溶媒を原料組成物中5質量%未満使用して溶液重合する請求項1に記載のメタクリル系樹脂の製造方法。
【請求項3】
製造されるメチルメタクリレートの重合体または共重合体が、メチルメタクリレートの単独重合体、または、80質量%以上のメチルメタクリレート単位と20質量%以下のアルキル(メタ)アクリレート(メチルメタクリレートを除く)単位とを含む共重合体である請求項1または2に記載のメタクリル系樹脂の製造方法。
【請求項4】
槽型反応器における重合温度が130〜165℃であり、重合率が45〜70質量%である請求項1〜3のいずれかに記載のメタクリル系樹脂の製造方法。
【請求項5】
槽型反応器における反応液組成物の平均滞留時間が0.3〜5時間である請求項1〜4のいずれかに記載のメタクリル系樹脂の製造方法。
【請求項6】
槽型反応器における反応液組成物の重合率変化を目標重合率の−1.0質量%〜+1.0質量%以内に制御する請求項1〜5のいずれかに記載のメタクリル系樹脂の製造方法。
【請求項7】
槽型反応器に供給する原料組成物の温度を一定とし、槽型反応器での熱収支を一定とし、槽型反応器への原料供給量、重合体の抜出量、槽型反応器での滞在量を一定とする請求項1〜6のいずれかに記載のメタクリル系樹脂の製造方法。
【請求項8】
槽型反応器における重合温度の変化を目標重合温度の−2℃〜+2℃以内に制御する請求項1〜7のいずれかに記載のメタクリル系樹脂の製造方法。


【公開番号】特開2006−188612(P2006−188612A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−1876(P2005−1876)
【出願日】平成17年1月6日(2005.1.6)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】