説明

メタクリル酸の製造方法

【課題】反応原料ガスに含有される不純物等に起因する固形物の生成、付着を抑えることができ、反応管内の圧力上昇を抑えることができるメタクリル酸の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明のメタクリル酸の製造方法は、反応原料ガスに含有されるメタクロレインを気相接触酸化反応させる場合に、気相酸化触媒層の上流側に触媒活性を有さない不活性充填物(アルミナ等のセラミック)が充填されてなる不活性充填物層を形成し、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度を、反応管の外部に接触している熱媒(溶融塩等)の温度を20℃下回る温度以上(温度の上限値は反応浴温度+20℃程度である。)とすることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はメタクリル酸の製造方法に関する。更に詳しくは、本発明は、メタクリル酸製造時に発生する固形有機物及びその炭化物等の固形物により、固定床反応器の反応管等の圧力損失の増大により引き起こされる反応管等の閉塞を防止し、反応を長期間継続することができるメタクリル酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メタクロレインを出発原料とし、気相接触酸化反応によりメタクリル酸を製造する方法において、反応原料ガス、反応原料ガスに含有される不純物等が、反応ガス入口部の触媒層に付着、堆積し、固形化することが知られている。そして、この固形物により、反応管の圧力損失が増大し、場合によっては、反応管が閉塞して、反応の継続が困難になることがある。その他、触媒活性の低下、反応収率の低下、目的生成物の選択率の低下等の問題が発生することもある。
【0003】
上記のような問題の発生を抑えるため、反応の継続により触媒層を含む反応器内のガス流路の各箇所に付着し、堆積した固形の有機物及び炭化物等を、スチームを含む空気で処理することによって、その一部又は全部を除去する固体有機物の除去方法が知られている(例えば、特許文献1参照。)。また、固形有機物及び炭化物の除去のため、処理剤を配置し、少なくとも年1回以上の頻度で処理剤を交換する気相接触酸化方法が知られている(例えば、特許文献2参照。)。更に、触媒充填管のガス入口部空間に、金属又はセラミックス製の棒状又は板状の挿入物を挿入することにより、予熱層としての効果を得ながら、高沸点化合物等による閉塞が避けられ、収率、選択率も低下せず、工業的に有利なメタクリル酸の製造方法が知られている(例えば、特許文献3参照。)。
【0004】
【特許文献1】特開平6−263689号公報
【特許文献2】特開2008−24644号公報
【特許文献3】特開平2−22242号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に記載された除去方法では、反応を停止して長時間高温で処理するため、触媒の性能及び寿命に悪影響を及ぼす懸念があり、触媒の使用経緯及び固形物の堆積の程度によって処理の効果が一定でない等の問題がある。また、特許文献2に記載された気相接触酸化方法によれば、高温処理による触媒性能に対する悪影響を回避できるという利点があるが、少なくとも年1回以上、好ましくは年2回以上処理剤の一部又は全量を交換する必要があり、処理剤の新品を再充填する場合は、少なからぬ費用が発生すること、及び処理剤の再生品を使用する場合は、熱処理及び溶剤を用いた洗浄等の煩雑な処理を必要とするなどの問題がある。更に、特許文献3に記載されたメタクリル酸の製造方法では、予熱層という記載はあるものの、温度についての具体的な検討はなされていない。また、触媒粒径に比べてかなり大きい充填物を挿入する必要があり、作業が煩雑である、所要時間がかかるという問題があった。
【0006】
本発明は上記の従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、メタクロレインを含有する反応原料ガスを用いて、気相接触酸化反応によりメタクリル酸を製造する際に発生する固形有機物及びその炭化物等の固形物により、固定床反応器の反応管等の圧力損失が増大して生じる問題を解決するため、固形物の発生を抑制して反応管等の閉塞を防止することにより、反応を長期間継続することができるメタクリル酸の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、メタクロレインを含有する反応原料ガスの温度が、通常、気相酸化触媒層の温度よりも低く、これに起因し、反応管内の低温部分に固形物が多く析出すること、及びこの現象は、反応管内の低温部分に選択的に不活性充填物を充填し、気相酸化触媒層のガス入り口側の温度を所定温度以上とすることにより抑制し得ること、を見出した。そして、このような知見に基づき、触媒活性を低下させることなく、触媒表面等に固形物が付着、堆積することを抑制し、反応管の閉塞を防止し、反応を停止することなく長期間継続することを可能とし、本発明を完成するに至ったものである。
【0008】
本発明は以下のとおりである。
1.反応原料ガスに含有されるメタクロレインを気相接触酸化反応させるメタクリル酸の製造方法において、気相酸化触媒層の上流側に触媒活性を有さない不活性充填物が充填されてなる不活性充填物層を形成し、該気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度を、反応管の外部に接触している熱媒の温度を20℃下回る温度以上とすることを特徴とするメタクリル酸の製造方法。
2.上記反応原料ガスが、イソブチレン、第3級ブチルアルコール及びメチル第3級ブチルエーテルのうちの少なくとも1種の化合物を気相接触酸化反応させる工程により得られる上記1.に記載のメタクリル酸の製造方法。
3.上記反応原料ガスのうちの少なくとも一部の反応原料ガスに含有されるメタクロレインの純度が80%以上である上記1.又は2.に記載のメタクリル酸の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のメタクリル酸の製造方法によれば、反応原料ガスに含有されるメタクロレインを気相接触酸化反応させてメタクリル酸を製造する場合に、反応原料ガスの入口側に不活性充填物が充填されてなる不活性充填物層を形成し、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度が、反応管の外部に接触している熱媒の温度を少し下回る温度以上となるようにすることで、反応原料ガス、反応原料ガスに含有される不純物、又は気相接触酸化反応により生成する副生物等に起因する化合物の生成、及び触媒粒子、反応管壁等に化合物が付着、堆積し、固形化することを十分に抑えることができる。そのため、触媒活性が損なわれることなく、且つ反応管の圧力上昇を解消するための反応停止等を必要とすることなく、長期間に渡り安定な運転を継続することができる。
また、反応原料ガスが、イソブチレン、第3級ブチルアルコール及びメチル第3級ブチルエーテルのうちの少なくとも1種の化合物を気相接触酸化反応させる工程により得られる場合は、反応原料ガスには不純物及び副生物等が含有されることになるが、本発明の方法であれば、副生物等の生成、及び触媒等への付着、堆積、固形化を十分に防止することができ、付着したときも、付着物が容易に剥離し、圧力損失の増大等が抑えられる。
更に、反応原料ガスのうちの少なくとも一部の反応原料ガスに含有されるメタクロレインの純度が80%以上である場合は、副生物等の生成、及び触媒等への付着、堆積、固形化をより十分に防止することができ、圧力損失の増大等がより抑えられ、反応の継続が容易であるとともに、高い収率でメタクリル酸を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳しく説明する。
本発明のメタクリル酸の製造方法は、反応原料ガスに含有されるメタクロレインを気相接触酸化反応させるメタクリル酸の製造方法であり、気相酸化触媒層の上流側に触媒活性を有さない不活性充填物が充填されてなる不活性充填物層を形成し、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度を、反応管の外部に接触している熱媒の温度を20℃下回る温度以上とすることを特徴とする。
【0011】
[1]反応原料ガス
メタクロレインを含有する上記「反応原料ガス」の製造方法は特に限定されないが、イソブチレン、第三級ブチルアルコール及びメチル第三級ブチルエーテルのうちの少なくとも1種の化合物(以下、「イソブチレン等」という。)を、触媒を用いて気相接触反応させる工程により製造する方法が好ましい。この場合、未反応物、及びメタクロレインの生成にともなって副生する副生物等は、分離し、除去してもよく、未反応物及び副生物等を含有したまま反応原料ガスとして用いてもよいが、未反応物及び副生物等が分離、除去されたメタクロレインの純度の高い反応原料ガスを用いることが好ましい。
【0012】
未反応物及び副生物等が分離、除去された反応原料ガスを用いる場合、メタクロレインの純度は特に限定されないが、反応原料ガスのうちの少なくとも一部の反応原料ガスに含有されるメタクロレインの純度が80%以上、特に85%以上、更に90%以上であることが好ましい。このようにメタクロレインの純度が高ければ、副生物の生成等が抑えられ、触媒等に付着、堆積する固形物をより低減させることができる。また、反応原料ガスは全量が高純度のガスであってもよく、通常、連続的に反応に供給される反応原料ガスを間隔を置いて高純度化処理し、一部を高純度のガスとして用いてもよい。
【0013】
[2]触媒
イソブチレン等を気相接触酸化反応によりメタクロレインとするときに用いる触媒としては、この用途に用いられる一般的な触媒を特に限定されることなく使用することができる。この触媒としては、例えば、モリブデン、バナジウム、リン及び銅等を含有するヘテロポリ酸が特に好ましい。
【0014】
上記「気相酸化触媒層」は、反応管に触媒を充填することにより形成される。この触媒としては、メタクロレインの気相接触酸化反応の用途に用いられる一般的な触媒を特に限定されることなく使用することができる。具体的には、モリブデン、バナジウム、リン、銅及び砒素を必須成分として含有する複合金属酸化物を用いることができ、このような触媒としては、例えば、式(1)により表される組成を有し、且つヘテロポリ酸構造を有する触媒を使用することができる。
【0015】
Mo10CuAs (1)
[上記式(1)において、Mo、V、P、Cu、As及びOは、それぞれモリブデン、バナジウム、リン、銅、砒素及び酸素を表す。また、Xは錫、鉛、セリウム、コバルト、鉄等からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表す。更に、a、b、c、d、e及びfは各々の元素の原子比を表し、モリブデン原子10に対して、aは0<a≦3、bは0.5≦b≦6、cは0<c≦3、dは0<d≦3、eは0≦e≦3である。また、fはそれぞれの元素の酸化状態により定まる数値である。]
【0016】
また、この触媒としては、式(1)の触媒と同様に、モリブデン、バナジウム、リン、銅及び砒素を必須成分として含有し、式(2)により表される組成を有し、且つこれらの元素を構成成分とするヘテロポリ酸と、ヘテロポリ酸の塩とが混在する触媒を用いることができる。
【0017】
Mo10CuAs (2)
[上記式(2)において、Mo、V、P、Cu、As及びOは、それぞれモリブデン、バナジウム、リン、銅、砒素及び酸素を表す。また、Yは錫、鉛、セリウム、コバルト、鉄等からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、Zはカリウム、ルビジウム、セシウム及びタリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表す。更に、g、h、i、j、k、l及びmは各々の元素の原子比を表し、モリブデン原子10に対して、gは0<g≦3、hは0.5≦h≦6、iは0<i≦3、jは0<k≦3、kは0≦l≦3、lは0<l≦1.5である。また、mはそれぞれの元素の酸化状態により定まる数値である。]
【0018】
触媒は、固定床反応器において使用し易いように所定形状に成形される。この触媒の形状は特に限定されず、例えば、球状、断面円形の扁平形状、円柱状、円筒状、角柱状等のいずれであってもよい。また、反応管への充填のし易さ、反応管からの抜き出し易さ等の観点では球状であることが好ましい。この触媒の成形方法としては、打錠成形、押出成形、造粒機による成形等の各種の方法が挙げられる。
【0019】
[3]不活性充填物層及び不活性充填物
上記「不活性充填物層」は、気相酸化触媒層の上流側に不活性充填物を充填することにより形成され、配置される。この上流側とは、反応原料ガスが導入される反応管の入口側を意味し、不活性充填物層は、通常、鉛直方向に立設される反応管の上部(反応原料ガスの流れ方向がダウンフローになるように導入される場合)、又は下部(反応原料ガスの流れ方向がアップフローになるように導入される場合)に形成され、配置される。
【0020】
上記「不活性充填物」は、気相接触酸化反応時に、反応原料ガス、反応原料ガスに含有される不純物、及び反応時に生成する副生物等が、付着、吸着し難く、且つメタクリル酸生成反応を阻害する副反応を生じさせない物質であればよく、特に限定されない。この不活性充填物としては、例えば、金属及びセラミック等を用いることができる。この不活性充填物は1種のみ用いてもよく、2種以上を併用してもよい。また、形状も全てが同形状であってもよく、異なる形状の充填物が混在していてもよい。
尚、不活性充填物とは、同時に用いる触媒と比べて触媒活性が30%以下である充填物を意味する。
【0021】
不活性充填物として用いる金属としては、ステンレススチール、アルミニウム等が挙げられる。また、セラミックとしては、各種金属元素の酸化物及び複合酸化物を用いることができ、酸化物としては、アルミナ(α−アルミナ等、研磨材であるアランダムでもよい。)、シリカ、ジルコニア、炭化ケイ素(研磨材であるカーボランダムでもよい。)等が挙げられる。更に、複合酸化物としては、ケイ素/アルミニウム複合酸化物(ムライト)、ケイ素/チタン複合酸化物、ケイ素/ジルコニウム複合酸化物、アルミニウム/チタン複合酸化物、アルミニウム/ジルコニウム複合酸化物等が挙げられる。
【0022】
また、充填されるときの形状も特に限定されず、例えば、球状、ラシヒリング形状、リング状、線状、帯状、その他の形状等とすることができ、球状、ラシヒリング形状等であることが好ましい。更に、反応原料ガスの流通による圧力損失が低く、均一に充填し易く、不活性充填物の入れ替え等における抜き出し時の作業性に優れ、且つ反応管から抜き出す際に反応管を損傷する可能性が低い球状体、特にセラミック製球状体が好ましい。また、不活性充填物の最大寸法は、気相接触酸化反応に用いる反応管の内径にもよるが、2〜15mmであることが好ましく、不活性充填物層の空隙率[(充填層の空間部分の容積/充填層全体の容積)×100]は、25〜95%であることが好ましい。
【0023】
[4]気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度
本発明では、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度を、反応管の外部に接触している熱媒の温度を20℃下回る温度以上(反応原料ガスの温度は、触媒層に接触した瞬間に急激な反応が生じないように熱媒の温度+20℃以下であることが好ましい。)となるようにして気相接触酸化反応を継続する。この反応原料ガスの温度は、熱媒の温度を15℃下回る温度以上、特に10℃下回る温度以上であることが好ましい。反応原料ガスの温度を、熱媒の温度を20℃下回る温度以上で触媒層に導入することで、不活性充填物層が熱媒により加熱されて昇温し、反応原料ガスに含有される化合物等が、不活性充填物に付着、堆積し、固形化することなく、下流側の気相酸化触媒層に移送され、酸化反応の発熱によって熱媒の設定温度より高温になっている気相酸化触媒層において燃焼し、ガスとなって反応管から排出されると推定される。そのため、反応管内の圧力損失の増大を抑えることができ、安定な反応を長期に渡って容易に継続させることができ、高い収率でメタクリル酸を製造することができる。
【0024】
反応管の外部に接触している熱媒は、反応管の内部を所定の反応温度に保持することができればよく、特に限定されない。例えば、実際の触媒の温度が250〜450℃である場合、熱媒の温度も同様の温度範囲であることが好ましい。そのため、熱媒としては、使用温度範囲が広く、熱容量が大きく、比較的低粘度である溶融塩が用いられることが多い。この溶融塩は特に限定されないが、アルカリ溶融塩などを用いることができる。
【0025】
[5]気相接触酸化反応
上記「気相接触酸化反応」は、固定床式気相接触酸化反応、通常、多管式気相接触酸化反応として実施することができ、単流通法でもよく、生成したメタクリル酸を回収し、他の成分、即ち、窒素を主成分とし、酸素及び未反応メタクロレイン等を含有する副生ガスの一部又は全部を反応原料ガスとして再使用する、所謂、オフガスリサイクル法でもよい。また、反応器の構造は、それぞれ独立した一段目反応管と二段目反応管とを配管で直接接続した、通称、タンデム反応器でもよく、一段目反応管と二段目反応管とが一本である、通称、一体型反応器でもよい。更に、一段目反応管の生成物からメタクロレインを分離精製し、二段目反応管に供給する分離型反応器でもよい。ここで、一段目反応管は、イソブチレン等を気相接触反応により酸化させてメタクロレインを製造するための反応管であり、二段目反応管は、メタクロレインを気相接触反応により酸化させてメタクリル酸を製造するための反応管である。
【0026】
反応条件は特に限定されず、メタクロレインを原料としてメタクリル酸を製造する通常の反応条件であればよい。例えば、メタクロレイン1〜10容量%、好ましくは3〜7容量%、分子状酸素2〜30容量%、好ましくは10〜20容量%、水蒸気3〜50容量%、好ましくは12〜25容量%、その他、窒素ガス、炭酸ガス等の不活性ガスを含有する混合ガス、即ち、反応原料ガスを、200〜420℃、好ましくは250〜360℃で、0.1(常圧)〜0.5MPaの圧力下、空間速度(標準状態の反応原料ガスの流量/充填した触媒の見掛けの容量)300〜3000hr−1で触媒層に導入することにより反応させることができる。
尚、メタクロレインを、イソブチレン等の気相接触酸化反応により製造する場合は、副生物として、一酸化炭素、二酸化炭素、アセトン、酢酸、及び反応管内に析出し得る固形物に代表される化合物が合計で1容量%程度含有される。
【0027】
実際の工業用の固定床多管式反応機で、一段目反応機出口から二段目反応器入口部に充填物が存在しない場合には、自動酸化反応がこの空間部で発生する恐れがあるので、二段目反応管に導入される反応原料ガスの温度は、メタクロレインの自動酸化反応を抑えるため、通常、250℃以下にすることが好ましい。また、メタクロレイン製造時の反応で生成した化合物が反応管の内部で凝縮又は析出しないように、反応原料ガスは、通常、200℃以上の温度を維持したまま反応管に導入される。
【0028】
メタクリル酸製造のための気相接触酸化反応では、反応は、触媒表面に反応原料ガス及び酸素ガス等が吸着して進行するが、触媒の温度が低い場合は、触媒表面に吸着した反応原料ガスの反応が進行し難い。一方、反応原料ガスに含有される不純物、及び気相接触酸化反応により生成した副生物等は、触媒表面から脱離することなく長時間触媒表面に保持され、副次反応により炭化して固形物となり、触媒表面に堆積することになる。このようにして触媒表面に堆積した固形物が触媒活性の低下を引き起こしたり、圧力損失の増大による圧力上昇の原因になったりしている。
【0029】
更に、不活性充填物の表面にも、触媒と同様、反応原料ガス、反応原料ガスに含有される不純物、及び副生物等が吸着し、炭化物を生成することがあり、この場合、上記の触媒の表面におけると同様の現象が不活性充填物の表面でも発生することになる。
【0030】
反応管内の気相酸化触媒層の温度は、反応管に導入される反応原料ガスの温度から、反応管の外面に接触する加熱浴の熱媒の温度まで徐々に上昇するが、浴温に達するまでの流通距離は反応管の壁厚、反応管の径、ガス流量等によって変化する。通常、反応器に導入される反応原料ガスの温度が200℃程度であれば、先端面から200〜400mm程度で浴温付近の温度に達するため、この領域に不活性充填物を充填することにより、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度を、熱媒の温度を20℃下回る温度以上とすることができ、固形物の堆積による圧力損失の増大にともなう反応圧力の上昇、及び触媒活性の低下を、効率よく長期間に渡り抑えることができる。
【0031】
反応原料ガスの組成、触媒の種類及び使用期間等にもよるが、浴温は、通常、270℃以上であり、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度が250℃以上になるように、不活性充填物層の長さを調整することが好ましい。この不活性充填物層の長さが過大であっても、本発明のメタクリル酸の製造方法により奏される作用効果の面では何ら問題はないが、気相酸化触媒層が短くなり、充填される触媒量が減少するため、反応器の使用効率が低下する。
【実施例】
【0032】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は、その趣旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。また、実施例、比較例における「部」は質量部を、「%」は特にことわりのない限り質量%をそれぞれ意味する。更に、イソブチレン転化率、メタクリル酸選択率は下記の式(3)、式(4)のように定義する。
尚、反応生成物はガスクロマトグラフィーにより定性、定量した。
メタクロレイン転化率(モル%)=100×(反応したメタクロレインのモル数)/(供給したメタクロレインのモル数) (3)
メタクリル酸選択率(モル%)=100×(生成したメタクリル酸モル数)/(反応したメタクロレインのモル数) (4)
【0033】
実施例1
純水7100mlに、三酸化モリブデン1000g、五酸化バナジウム75.81g、85%濃度の正燐酸水溶液88.08g、酢酸銅27.7g、及び60%濃度の砒酸水溶液49.3gを投入し、92℃で3時間加熱攪拌してスラリーを調製した。その後、このスラリーを噴霧乾燥して下記の組成を有する顆粒を得た。
Mo101.21.1Cu0.2As0.3であった(酸素含有量は酸化状態により変動するものなので特定できない。)。
次いで、この顆粒320gと、セラミック繊維製の強度向上材55gとを均一に混合し、混合物を、球状多孔質アルミナ担体(平均粒径3.5mm)300gに、90%濃度のエタノール水溶液をバインダーとして被覆し、成型した。その後、得られた成型物を、空気流通下、330℃で5時間焼成し、担体に担持された触媒を得た。
【0034】
上記のようにして調製した触媒を、熱媒である溶融塩を循環させるためのジャケットを備え、気相酸化触媒層と不活性充填物層との境界部の温度を測定するための熱電対が管軸に設置された、内径28mmのステンレス製反応管に、気相酸化触媒層の層高が300cmになるように充填した。また、反応原料ガスの入り口部には、平均粒径5mmのシリカ及びアルミナを主成分とする不活性充填物からなる球状体を層高が20cmになるように充填した。次いで、この反応管に、モリブデン、ビスマス、コバルト及び鉄を主成分とする複合酸化物触媒の存在下、イソブチレンを分子状酸素を用いて酸化させてなる反応原料ガスを、空間速度1000h−1となるように供給し、浴温を300℃、反応管の出口圧力を0.03MPaに設定し、反応を開始した。
尚、反応原料ガスの組成は、メタクロレイン3.21容量%、酸素8.99容量%、窒素71.54容量%、水蒸気14.46容量%、その他1.80容量%であった。
【0035】
反応開始から300時間経過後の浴温(反応管の外部に接触している熱媒の温度、以下、同様である。)は300℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は292℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より8℃低かった。また、メタクロレイン転化率は80.5%、メタクリル酸選択率は79.0%、反応管入り口圧力は0.055MPaであった。
【0036】
更に、メタクロレイン転化率が80%になるように浴温を操作しながら反応を8000時間継続したときの浴温は299℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は290℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より9℃低かった。また、メタクロレイン転化率は80.1%、メタクリル酸選択率は79.5%、反応管入り口圧力は0.055MPaであった。更に、メタクロレイン転化率が80%になるように浴温を操作しながら反応を16000時間継続したときの浴温は303℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は294℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より9℃低かった。また、メタクロレイン転化率は80.1%、メタクリル酸選択率は80.0%、反応管入り口圧力は0.057MPaであった。
【0037】
実施例2
重合禁止剤としてハイドロキノンを1000ppm添加した純度98%のメタクロレインを使用し、メタクロレイン4.0容量%、酸素11.2容量%、窒素66.8容量%、水蒸気18.0容量%の組成の反応原料ガスを用いた他は、実施例1と同様にして反応させた。この場合、反応開始から300時間経過後の浴温は300℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は288℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より12℃低かった。また、メタクロレイン転化率は79.5%、メタクリル酸選択率は79.0%、反応管入り口圧力0.055MPaであった。
【0038】
更に、メタクロレイン転化率が80%になるように浴温を操作しながら反応を8000時間継続したときの浴温は300℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は288℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より12℃低かった。また、メタクロレイン転化率は80.2%、メタクリル酸選択率は80.3%、反応管入り口圧力は0.055MPaであった。
【0039】
比較例1
反応原料ガスの入り口部に不活性充填物からなる球状体を充填しなかった他は、実施例1と同様にして反応させた。この場合、反応開始から300時間経過後の浴温は300℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は274℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より26℃低かった。また、メタクロレイン転化率は79.0%、メタクリル酸選択率は79.0%、反応管入り口圧力は0.055MPaであった。
【0040】
更に、メタクロレイン転化率が80%になるように浴温を操作しながら反応を8000時間継続したときの浴温は300℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は272℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より28℃低かった。また、メタクロレイン転化率は80.0%、メタクリル酸選択率は78.6%、反応管入り口圧力は0.062MPaであった。更に、メタクロレイン転化率が80%になるように浴温を操作しながら反応を16000時間継続したときの浴温は304℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は275℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より29℃低かった。また、メタクロレイン転化率は79.8%、メタクリル酸選択率は78.0%、反応管入り口圧力は0.075MPaであった。
このように実施例1、2に比べてメタクリル酸選択率が低いのは、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は、熱媒の温度を20℃下回る温度以下であり、その結果、経時とともに圧力損失が増大し、反応圧力が上昇したためであると推察される。
【0041】
実施例3
反応原料ガスの入り口部に平均外径5mm、平均内径2mm、平均高さ5mmのシリカ及びアルミナを主成分とするラシヒリング形状の不活性充填物を充填した他は、実施例1と同様にして反応させた。反応開始後300時間後の浴温は300℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は291℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より9℃低かった。また、メタクロレイン転化率は80.5%、メタクリル酸選択率は79.0%、反応管入り口圧力は0.055MPaであった。
【0042】
更に、メタクロレイン転化率が80%になるように浴温を操作しながら反応を8000時間継続したときの浴温は299℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は289℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より10℃低かった。また、メタクロレイン転化率は80.1%、メタクリル酸選択率は79.9%、反応管入り口圧力は0.055MPaであった。更に、メタクロレイン転化率が80%になるように浴温を操作しながら反応を16000時間継続したときの浴温は303℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は293℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より10℃低かった。また、メタクロレイン転化率は80.4%、メタクリル酸選択率は80.0%、反応管入り口圧力は0.058MPaであった。
【0043】
実施例4
反応原料ガスの入り口部に平均外径4mmのステアタイト(不活性充填物)からなる球状体を充填した他は、実施例1と同様にして反応させた。反応開始から300時間経過後の浴温は300℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は287℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より13℃低かった。また、メタクロレイン転化率は80.4%、メタクリル酸選択率は78.9%、反応管入り口圧力は0.055MPaであった。
【0044】
更に、メタクロレイン転化率が80%になるように浴温を操作しながら反応を8000時間継続したときの浴温は298℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は283℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より15℃低かった。また、メタクロレイン転化率は80.5%、メタクリル酸選択率は79.8%、反応管入り口圧力は0.055MPaであった。更に、メタクロレイン転化率が80%になるように浴温を操作しながら反応を16000時間継続したときの反応浴温度は303℃、気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度は288℃であり、反応原料ガスの温度は熱媒の温度より15℃低かった。また、メタクロレイン転化率は80.4%、メタクリル酸選択率は80.2%、反応管入り口圧力は0.056MPaであった
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、メタクロレインを出発原料とし、二段階の酸化反応によりメタクリル酸を製造する場合に、反応器の形態、触媒の種類、温度、圧力等の反応条件などにかかわりなく、利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反応原料ガスに含有されるメタクロレインを気相接触酸化反応させるメタクリル酸の製造方法において、
気相酸化触媒層の上流側に触媒活性を有さない不活性充填物が充填されてなる不活性充填物層を形成し、該気相酸化触媒層に導入される反応原料ガスの温度を、反応管の外部に接触している熱媒の温度を20℃下回る温度以上とすることを特徴とするメタクリル酸の製造方法。
【請求項2】
上記反応原料ガスが、イソブチレン、第3級ブチルアルコール及びメチル第3級ブチルエーテルのうちの少なくとも1種の化合物を気相接触酸化反応させる工程により得られる請求項1に記載のメタクリル酸の製造方法。
【請求項3】
上記反応原料ガスのうちの少なくとも一部の反応原料ガスに含有されるメタクロレインの純度が80%以上である請求項1又は2に記載のメタクリル酸の製造方法。

【公開番号】特開2010−77088(P2010−77088A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−249036(P2008−249036)
【出願日】平成20年9月26日(2008.9.26)
【出願人】(000004086)日本化薬株式会社 (921)
【Fターム(参考)】