説明

メタクリル酸製造触媒の製造方法およびメタクリル酸の製造方法

【課題】
本発明は、高活性、高性能を示すメタクリル酸製造用触媒を安定して製造する方法を提供するものである。
【解決手段】
Mo−V−P−Cu系ヘテロポリ酸を活性成分とし、水、あるいはアルコール及び/又はアルコールの水溶液をバインダーとして、コーティング法により成型を行う場合に、成型に用いる触媒粉末の含水率、成型工程の温度と湿度、焼成工程の湿度と湿度管理を行うことを特徴とするメタクリル酸製造用触媒の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタクロレイン、イソブチルアルデヒド、イソ酪酸などのメタクリル酸製造原料を気相接触酸化してメタクリル酸を製造する際に用いる、メタクリル酸製造用触媒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メタクロレイン、イソブチルアルデヒド、イソ酪酸などを気相接触酸化してメタクリル酸を製造するために使用される触媒としては、ヘテロポリ酸及び/又はその塩の構造を有するものが有効であることが知られており、その組成、物性、製造法に関し数多くの提案がなされている。
【0003】
これらの触媒は、通常、原料混合液の調製、乾燥、成型、焼成等の工程によって、製造される。高性能を安定して発揮する触媒の製造に関しては、成型法、焼成法に関して多くの報告がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、触媒の強度を向上させることを目的として、耐熱繊維を混合して成型する方法が提案されている。また、特許文献2には、ヘテロポリ酸塩系触媒の製造において、成型した触媒を一定の湿度雰囲気で処理した後、次いで焼成を行う方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平2−36296号公報
【特許文献2】特許第3797148号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ヘテロポリ酸を活性成分とする触媒は、ヘテロポリ酸塩系の触媒に比べて水やアルコール類に対する親和性が極めて高く、単純に成型した触媒を一定の湿度雰囲気で処理した後、焼成するだけでは、高性能触媒を安定して製造するためには不十分であった。特に、ヘテロポリ酸を活性成分とし、これを、水、あるいはアルコール及び/又はアルコールの水溶液をバインダーとして、担体に担持するコーティング法により成型を行う場合には、安定して高性能を示す触媒の製造が困難であった。即ち、コーティング工程での担持不良から多量のバインダーを使用する必要があったり、成型工程中あるいは成型後に触媒表面での結露などから触媒成分が溶解して表面状態が変化したり、成型後の乾燥及び焼成工程での条件により触媒成分の剥がれ落ち等が発生したりして、本来の触媒性能が発揮されないことがしばしば発生するため、工業用触媒の製造が極めて困難であった。本発明は、これらの困難を解消し、安定して高活性、高性能を示すメタクリル酸製造用触媒の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、Mo−V−P−Cu系ヘテロポリ酸を活性成分とし、コーティング法により成型を行う場合には、成型に用いる触媒粉末の含水率、成型工程の温度と湿度、焼成工程の湿度管理を行うことにより、安定して高活性、高性能を示すメタクリル酸製造用触媒が製造可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、
(1)モリブデン、リン、バナジウム及び銅を含むヘテロポリ酸を活性成分とする触媒粉末を担体にコーティングし、更にこれを焼成する、メタクリル酸製造用触媒の製造方法であって、含水率が8.0〜10.0重量%である触媒成分粉末を使用し、コーティング法による触媒成型工程を、温度15〜35℃、絶対湿度0.007〜0.025kg/kgDAの雰囲気下で行い、成型した触媒を、温度15〜90℃、絶対湿度0.007〜0.025kg/kgDAの雰囲気下の乾燥及び焼成装置に投入し、投入後30分以内に相対湿度10%以下になる温度まで昇温して焼成を行うことを特徴とするメタクリル酸製造用触媒の製造方法。
(2)加湿した空気を供給しながら触媒の成分を含有する化合物を含む水溶液または該化合物の水分散体を乾燥することにより、含水率が8.0〜10.0重量%の触媒成分粉末を得る上記(1)に記載の製造方法。
(3)コーティングによる成型工程において、触媒粉末とともにバインダーを使用し、該バインダーとして、水及び1気圧下での沸点が150℃以下のアルコールのうち少なくとも1種類を使用する、上記(1)または(2)に記載の製造方法。
(4)バインダーとしてアルコールを使用し、該アルコール中のメチルアルコール又はエチルアルコール濃度が70重量%以上である上記(3)に記載の製造方法。
(5)バインダーがエチルアルコールを含む、上記(3)または(4)に記載の製造方法。
(6)メタクリル酸製造用触媒の活性成分が一般式(I)
MoCu (I)
(式中Mo、P、V、及びCuはモリブデン、リン、バナジウム、および銅をそれぞれ表す。Xは砒素、銀、ジルコニウム、ホウ素、ゲルマニウム、錫、鉛、クロム、ビスマス、コバルト、ニッケル、セリウム、タングステン、鉄、アルミニウム、マグネシウム、アンチモン、またはチタンから選ばれる一種以上の元素を表す。元素記号右下の添字は各元素の原子比であり、a=10とした時、bは0.1以上で6以下、好ましくは0.3以上で4.0以下、cは通常0.3以上で6以下、好ましくは0.5以上で2.0以下、dは通常0.01以上で5以下、好ましくは0.1以上で3以下、eが通常0を含む5以下、好ましくは0.1以上で3以下、fは各々の元素の酸化状態によって定まる数値である。)
で表される上記(1)〜(5)に記載の触媒製造方法。
(7)上記(1)〜(6)のいずれか1項に記載の製造方法により製造された触媒の存在下に、メタクロレイン、イソブチレン、またはイソ酪酸を気相接触酸化することによるメタクリル酸の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の製造方法によれば、モリブデン、リン、バナジウムを含むヘテロポリ酸を活性成分とする、高活性、高性能メタクリル酸製造用触媒を、コーティング法により、安定して製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の製造方法は、モリブデン、リン、バナジウム及び銅などの触媒の成分を含有する化合物を含む水溶液または該化合物の水分散体(以下、両者をあわせてスラリーという)を調製する工程、スラリーを乾燥して粉末を得る工程、得られた粉末を用いてコーティング法により成型する工程、その後に焼成を行う工程を含んでいる。
【0011】
本発明の製造方法では、まずMo、V、P及びCu並びに必要によりその他の元素をそれぞれ若しくは複数含有する化合物を水に溶解及び/又は分散させ、スラリーを調製し、得られたスラリーを乾燥する。
【0012】
本発明において、Mo、V、P及びCu以外の成分としては、As、Ag、Zr、B、Ge、Sn、Pb、Cr、Bi、Co、Ni、Ce、W、Fe、Al、Mg、Sb、Tiからなる群から選ばれる1種以上が好ましく、As、Sbが特に好ましい。
【0013】
Mo、V、P及びCuや必要により使用する前記元素を含む原料化合物としては、成分元素の、塩化物、硫酸塩、硝酸塩、酸化物又は酢酸塩等を用いることができる。好ましい化合物をより具体的に例示すると、酸化モリブデン、五酸化バナジウム、三酸化アンチモン、酸化セリウム、酸化亜鉛又は酸化ゲルマニウム等の酸化物;正リン酸、リン酸、ヒ酸、硼酸、リン酸アルミニウム又は12タングストリン酸等の酸(又はその塩)等が挙げられる。これらは単独で使用してもよいし、2種以上を混合して使用してもよい。
【0014】
本発明における触媒の各成分の割合は、その原子比がモリブデン10に対して、バナジウムが通常0.3以上で6以下、好ましくは、0.5以上で2.0以下、リンが通常0.1以上で6以下、好ましくは0.3以上で4以下、銅が通常0.01より大きく5以下、好ましくは0.1以上で3以下である。必要により用いるその他の成分の種類及びその使用割合は、その触媒の使用条件等に合わせて、最適な性能を示す触媒が得られるように、適宜決定される。通常の条件で使用される好ましい触媒は、下記式(I)
【0015】
MoCu (I)
(式中Mo、P、V、及びCuはモリブデン、リン、バナジウム、および銅をそれぞれ表す。Xは砒素、銀、ジルコニウム、ホウ素、ゲルマニウム、錫、鉛、クロム、ビスマス、コバルト、ニッケル、セリウム、タングステン、鉄、アルミニウム、マグネシウム、アンチモン、またはチタンから選ばれる一種以上の元素を表す。元素記号右下の添字は各元素の原子比であり、a=10とした時、bは0.1<b<6、好ましくは0.3<b<4.0以下、cは通常0.3<c<6、好ましくは0.5<c<2.0、dは通常0.01<d<5、好ましくは0.1<d<3、eが通常0≦e<5、好ましくは0.1<e<3、fは各々の元素の酸化状態によって定まる数値である。なお、b〜eにおいて、好ましい組成比の組み合わせは、更に好ましい。)で示される活性成分組成を有するものである。
【0016】
本発明において、スラリーを調製する際の各成分の化合物の使用割合は、各成分の原子比が、所定の割合、好ましくは上記した範囲となるようにすればよい。水の使用量は、用いる化合物の全量を完全に溶解できるか、または均一に混合(分散)できる量であれば特に制限はないが、下記する乾燥方法や乾燥条件等を勘案して適宜決定される、通常スラリー調製用化合物の合計100重量部に対して、水200〜2000重量部程度が使用される。水の量は多くてもよいが、多過ぎると乾燥後の触媒粉末の粒径を所定の範囲に制御することが困難になるほか、乾燥工程のエネルギーコストが高くなる、乾燥に時間がかかるのなど、デメリットが多いので適量を使用するのが好ましい。
【0017】
次いで上記で得られたスラリーを乾燥し、触媒粉末とする。乾燥方法は、乾燥後の粉末の含水率が所定の範囲に制御できる方法であれば特に制限はないが、例えばドラム乾燥、凍結乾燥、噴霧乾燥等が挙げられる。これらのうち本発明においては、スラリー状態から短時間に粉末又は顆粒に乾燥することができる噴霧乾燥が好ましい。この場合の乾燥温度はスラリーの濃度、送液速度等によって異なるが概ね乾燥機の出口温度は85〜130℃である。また、この際得られる触媒粉末の平均粒径が30〜150μmとなるよう乾燥するのが好ましい。触媒粉末が塊状もしくは大きな粒子である場合には適宜粉砕等により上記の粒径の粒子とするのが好ましい。本発明において触媒粉末といった場合、このように粉砕されたものも含むものとする。
【0018】
触媒粉末中の含水率を所定の範囲に制御する方法としては、乾燥機の入り口及び出口の温度、乾燥時間、乾燥雰囲気の湿度制御などの方法、および上記の方法を種々組み合わせた方法をあげることができる。中でも湿度を制御した雰囲気下で乾燥を行う方法は、得られる触媒粉末中の含水率の均一性が良好で、且つ制御が容易である。噴霧乾燥機の場合、噴霧乾燥機に導入する空気中の水分量を制御し、噴霧乾燥速度と噴霧乾燥機の出口温度を調整することにより、触媒粉末の含水率を制御することができる。噴霧乾燥機などに導入する空気中の適切な水分量は乾燥の条件により変化するが、通常の場合、例えば加湿器を用いて加湿した空気を供給するなどの方法により、露点温度15℃以上の水分量を含む空気を使用することが好ましい。
【0019】
ヘテロポリ酸は、その結晶構造中に結晶水を含んでいるが、結晶水の量が変化すると表面積が変化し、水あるいはアルコールなどのバインダー成分との親和性が変化するので、触媒粉末中の含水率を所定の範囲に制御して成型工程で使用することは、高性能触媒を安定して製造する上できわめて重要である。成型工程で用いる触媒粉末の含水率は、8.0〜10.0重量%が適当である。触媒粉末自身の含水率が所定の範囲より低いと、触媒粉末が担体に担持されにくくなる。触媒粉末の担持量が低くなると、触媒の活性が低下する等の不都合が発生する。含水率の低い触媒粉末を担持させるために多量のバインダーを使用すると、コーティング装置の壁面に粉体が付着しやすくなって担体への担持量が低下することや、成型品の焼成工程において担持された触媒成分の剥離が発生しやすくなるなどの不都合が発生するので好ましくない。一方、含水率が所定の範囲より高くなると、担体に均一に担持されなくなる、あるいは焼成工程においてコーティング触媒成分が担体から剥がれ落ちるなどの不都合が生じやすいので好ましくない。
【0020】
コーティング法によって成型する際に、作業性を向上させる為に、シリカゲル、珪藻土、アルミナ粉末、結晶性セルロース粉末、でんぷん粉末等の成型助剤を混合してから成型することもできる。成型助剤を使用する場合の量は、触媒粉末100重量部に対して通常1〜30重量部が適当である。また、更に必要により触媒成分に対して不活性な、セラミックス繊維、ウイスカー等の無機繊維を強度向上材として用いる事は、触媒の機械的強度の向上に有用である。これら繊維の使用量は、触媒粉末100重量部に対して通常1〜30重量部が適当である。しかし、無機繊維のうち、チタン酸カリウムウイスカーや塩基性炭酸マグネシウムウイスカーの様なヘテロポリ酸触媒と反応する繊維は好ましくない。これらの成型助剤及び強度向上材は、均一に分散させて担体にコーティングするほうが好ましいので、あらかじめ触媒粉末と均一に混合して成型工程で使用することが好ましい。
【0021】
前記のようにして得られた触媒粉末、またはこれと成型助剤、強度向上材を混合した混合物は、反応ガスの圧力損失を少なくするために、3〜15mm程度の大きさの成型体に成型し、固定床反応器の反応管に充填してメタクリル酸製造反応に使用する。成型方法としては、打錠成型、押し出し成型、マルメ成型など種々の方法が考えられるが、担体を触媒粉末または成型助剤及び/又は強度向上材混合物でコーティングする方法で成型した触媒では、選択性の向上や反応熱の除去効率の向上が期待できる。コーティングには通常のコーティング用方法を使用することができるが、以下に述べる転動造粒法が好ましい。
【0022】
この方法は、例えば固定容器内の底部に、平らなあるいは凹凸のある円盤を有する装置中で、円盤を高速で回転することにより、容器内の担体を自転運動と公転運動の繰り返しにより撹拌させ、ここにバインダーと触媒粉末または成型助剤及び/又は強度向上材混合物(以降「担持粉体」と記述する)を添加することにより、担持粉体を担体にコーティングする方法である。バインダーと担持粉体の添加方法は特に制限されない。例えば、バインダーと担持粉体を、1)予め混合しておく、2)固定容器内に添加するのと同時に添加、3)担持粉体を固定容器内に添加した後にバインダーを添加、4)バインダーを固定容器内に添加した後に担持粉体添加、5)担持粉体とバインダーをそれぞれ分割し、2)〜4)を適宜組み合わせて全量添加する等の方法が任意に採用しうる。それぞれの添加方法としては、バインダーは定量ポンプ、担持粉体はオートフィーダー等を用いて添加速度を調節して行うのが好ましい。
【0023】
バインダーは水及び1気圧下での沸点が150℃以下のアルコールからなる群から選ばれる少なくとも1種を使用することができるが、コーティング後の乾燥、焼成工程でバインダーのほとんどを除去する必要があることから、沸点があまり高くないほうが好ましい。アルコールの具体例としては、メタノール、エタノール、プロパノール類、ブタノール類等のアルコールが挙げられるが、中でもエタノールが好ましい。アルコールとしては、該アルコール以外の有機化合物を含まないアルコールのほか、変性エタノールなどのように他種類のアルコールや少量の有機化合物が添加されているもの(混合アルコール)も使用可能であるが、1気圧下での沸点が150℃以下のアルコールの濃度が70重量%以上である事が好ましい。
【0024】
バインダーとしてはアルコールの他、水を使用することもできるが、成型工程での操作性の観点から、アルコール水溶液を用いる方が好ましい。例えばバインダーとしてエタノールを使用する場合、任意濃度のエタノール水溶液が使用できるが、エタノール濃度が10重量%以上である事が好ましい。これらバインダーの使用量は、担持粉体100重量部に対して通常10〜60重量部、好ましくは15〜40重量部である。
【0025】
本発明において使用できる担体の具体例としては、炭化珪素、アルミナ、シリカアルミナ、ムライト等が挙げられる。担体の直径としては1〜15mm、好ましくは2.5〜10mmであって球形の担体が挙げられる。これら担体は通常は10〜70%の空孔率を有するものが用いられる。担体と担持粉体の割合は、通常重量比で、担持粉体/(担持粉体+担体)=10〜75/100、好ましくは15〜60/100となる量を使用する。
このようにして担持粉体を担体にコーティングするが、この際得られる成型品は通常直径が3〜15mm程度である。
【0026】
上述の通り、ヘテロポリ酸は、水あるいはアルコールとの親和性が高いため、成型工程での温度、空気中の湿度によって触媒性能が大きく変化するので、成型工程においても温度、湿度を所定の範囲に制御することは、高性能触媒を安定して製造する上できわめて重要である。これらの条件は常温付近、通常の大気中の湿度付近範囲でも、触媒性能に大きく影響するので、これらの条件管理を行わずに成型を行うと、安定した高性能触媒の製造ができないことになる。本発明においては、成型工程を実施する装置及び周辺機器の雰囲気は、通常15〜35℃、絶対湿度0.007〜0.025kg/kgDA、とすることができるが、作業性、温度および湿度調整に要する費用などの点から、温度20〜30℃であることが好ましい。また、空気中の相対湿度が高くなるとわずかな温度変化で装置表面や成型品表面での結露が発生する恐れがあるので、絶対湿度0.007〜0.021kg/kgDA、且つ温度20〜30℃での相対湿度99%以下としたほうが好ましい。
【0027】
本発明の方法で成型を行う場合、成型品と空気雰囲気との相互作用は、空気中に含まれる水分量に依存するので、一般に用いられる相対湿度ではなく、絶対湿度により適切な湿度範囲を制御すべきである。勿論、絶対湿度は相対湿度に換算可能であるが、飽和蒸気圧量が温度とともに増大するので、同じ絶対湿度でも温度の上昇とともに相対湿度は低下する。本発明に記載する絶対湿度とは、雰囲気中の水蒸気を除いた乾燥空気重量1kgに対する、その除いた水蒸気重量(kg)である。成型工程を実施する装置及び周辺機器の絶対湿度が上述の範囲より低いと、触媒粉末が担体に担持されにくくなり、触媒粉末の担体への担持量が少なくなって触媒の活性が低下する等の不都合が発生する。絶対湿度が上述の範囲より低い条件下で、所定量の触媒粉末を担体に担持させるためには、多量のバインダーを使用することが必要となるが、バインダーを多量に使用するとコーティング装置の壁面に粉体が付着しやすくなるため、触媒粉末の使用量も増加することになるので好ましくない。更に、このようにして製造した成型品は、多量のバインダーを含んでいるため、焼成工程において担持された触媒成分の剥離が発生しやすくなるなどの不都合が発生するので好ましくない。一方、絶対湿度が所定の範囲より高くなると、粉体や成型品が装置内で付着しやすくなり、担体への担持量の低下や生産性低下、触媒粉末使用量の増加、そして設備故障等の不都合が発生しやすくなるので好ましくない。
成型工程の温度管理は、通常の温度調節機器で行うことができ、また湿度管理は通常の加湿器または除湿機を使用することができるが、成型工程を実施する装置及び周辺機器の室内容積に比べ十分な能力を有する必要がある。
【0028】
本発明の方法で成型された成型品を、反応に使用できる触媒とするためには、次いで乾燥、焼成を行う必要がある。これらの工程では、成型に使用した水やアルコールなどのバインダーのほとんどを除去し、実用に耐えうる十分な強度あるいは適切な物性値を有する工業用触媒とするために必要であるが、メタクリル酸製造反応に使用した場合、不要な発熱や副生物を発生させないためにも必要な工程である。
【0029】
上記の成型工程でコーティング法によって成型された成型品は、速やかに一定の雰囲気下におく必要がある。成型品を保管する雰囲気条件としては、温度、湿度が重要である。例えば、高湿度雰囲気で長時間保存すると、成型品の表面に空気中の水分が作用して、表面の触媒活性成分が溶解する恐れがある。また湿度が極端に低い場合には、成型品中の水分やアルコールなどが急速に蒸発して担持粉体が担体から剥離しやすくなり、触媒強度が低下する恐れがある。
また、温度が高い場合には、水やアルコールなどのバインダーが急速に蒸発するため、担持粉体が担体から剥離しやすくなって触媒強度の低下する、さらに極端な場合には担持粉体が担体から剥離する。アルコールなどの有機化合物を含むバインダーを使用する場合には、温度が高いと成型品に含まれる有機化合物急激に蒸発して、周辺雰囲気が爆発範囲条件になる恐れもあるので、注意が必要である。一方、温度が低い場合には、アルコールなどのバインダーは蒸発するときに気化熱を奪い、成型品表面の温度が低下して、成型品表面に結露して表面の触媒活性成分が溶解する恐れがある。以上の理由から、成型品はできるだけ速やかに乾燥室あるいは乾燥装置に投入することが好ましく、成型工程終了後遅くとも25分以内に、好ましくは10分以内に乾燥室あるいは乾燥装置に投入したほうが良い。
【0030】
本発明で使用する乾燥室、乾燥装置は特に制限されないが、温度のほかに湿度も制御する必要があるので、制御の安定性及び容易性の観点から開放型ではなく、閉鎖型で内部空気の一部が循環する装置が好ましい。また、乾燥後に別の装置で焼成を行っても良いが、焼成を乾燥と同一装置を用いた方が、乾燥後成型品移動時の雰囲気調整を行う必要がないので簡便である。
【0031】
成型した触媒を乾燥及び焼成する場合、急激に温度の高い雰囲気や湿度の低い雰囲気に投入すると、成型で使用したバインダーが急激に蒸発することにより、触媒成分の剥離や溶解するなどの不都合を生じる。そこで成型品を乾燥及び焼成装置に投入する条件としては温度15〜90℃、絶対湿度0.007〜0.025kg/kgDAが良く、温度30〜75℃、絶対湿度0.007〜0.021kg/kgDA、且つ当該温度範囲での相対湿度99%以下の雰囲気下に投入するのが好ましい。装置への投入後、成型品および乾燥及び焼成装置の温度及び湿度が、安定するまで5〜20分間保持した後、装置への投入後30分以内に相対湿度10%以下になる温度まで昇温する。乾燥及び焼成装置に投入した後、同条件で保持する時間は通常5〜15分程度で充分であり、あまり長時間保持すると蒸発したバインダーや水蒸気が触媒表面に作用する恐れがあるので、投入後25分以内に相対湿度10%以下となる温度まで昇温することが好ましい。
【0032】
乾燥後に実施する焼成工程では、上述の通り成型時にバインダーとして使用した水や、アルコールなどの有機化合物を蒸発あるいは酸化分解して除去する。アルコール類はヘテロ
ポリ酸と一種のエステル結合を形成するので、アルコールを除去するためには150℃以上、好ましくは170℃以上に加熱する必要がある。また、成型助剤として有機化合物を使用した場合には、これらの有機化合物が充分に酸化分解して除去されるように、焼成温度を設定することが好ましい。例えばでんぷん粉末を成型助剤として使用した場合には、
330℃以上の温度で焼成することが好ましい。一方、へテロポリ酸は、高温度条件下で分解する性質があるので、加熱途中でのアルコール酸化反応熱、あるいは有機化合物の酸化反応により、成型品の温度が高くなりすぎないように、焼成装置の温度を徐々に上昇させる必要がある。焼成は、通常420℃以下の温度で行うが、380℃以下で行う方が好ましい。
【実施例】
【0033】
以下実施例により本発明を更に詳細に説明する。なお、本発明はその趣旨を越えない限り以下の実施例に限定されるものではない。また、実施例、比較例中の部は重量部を、%は重量%をそれぞれ意味する。メタクロレイン転化率、メタクリル酸収率、メタクリル酸選択率はそれぞれ、下式(2)、(3)、(4)のようにモル基準で算定した百分率で定義する。なお、反応生成物はガスクロマトグラフィーにより定性、定量した。
メタクロレイン転化率(%)=100×(反応したメタクロレインのモル数)/(供給したメタクロレインのモル数) (2)
メタクリル酸選択率(%)=100×(生成したメタクリル酸モル数)/(反応したメタクロレインのモル数) (3)
メタクリル酸収率(%)=100×(生成したメタクリル酸モル数)/(供給したメタクロレインのモル数) (4)
【0034】
実施例1
純水7100mlに、三酸化モリブデン1000g、五酸化バナジウム44.23g、85%濃度の正燐酸水溶液88.11g、酸化銅11.05g、及び60%濃度の砒酸水溶液82.18gを投入し、92℃で3時間加熱攪拌してスラリーを調製した。その後、このスラリーを、25℃で相対湿度80.0%に調製した空気を導入しながら噴霧乾燥して、下記の組成を有する触媒粉末を得た。噴霧乾燥機の出口温度は100〜110℃、得られた触媒粉末の粒径の中央値は75μm、含水率は9.1%であった。
Mo100.71.1Cu0.2As0.5であった(酸素含有量は酸化状態により変動するものなので特定できない)。
【0035】
次いで、この顆粒320gと、セラミック繊維製の強度向上材55gとを均一に混合し、混合物を、球状多孔質アルミナ担体(平均粒径3.5mm)300gを用い、90%濃度のエタノール水溶液をバインダーとして使用して、温度23℃、絶対湿度0.015kg/kgDAの室内に設置した転動造粒機を使用して成型した。
【0036】
その後、得られた成型物を、炉内温度50℃、絶対湿度0.016kg/kgDAの焼成炉に投入し、投入後12分間保持した後、12分間で70℃に昇温した(70℃での相対湿度8.2%)。その後徐々に昇温し、空気流通下330℃で5時間焼成してメタクリル酸製造用触媒を得た。
【0037】
得られた触媒10mlを内径18.4mmのステンレス反応管に充填し、原料ガス組成(モル比) メタクロレイン:酸素:水蒸気:窒素=1:2:4:18.6、空間速度(SV)1200hr−1、反応浴温度310℃で、メタクロレインの酸化反応を実施した。反応は、最初反応浴温度310℃で3時間反応を続け、次いで反応浴温度を350℃に上げ15時間反応を続けた(今後この処理を高温反応処理という)。次いで反応浴温度を310℃に下げて反応成績の測定を行った。反応温度310℃の条件で、メタクロレインの酸化反応を行ったところ、メタクロレインの転化率は81.5%であり、メタクリル酸選択率は82.1%、メタクリル酸収率は、66.9%であった。
【0038】
実施例2
実施例1で調合したスラリーを、25℃で相対湿度72.0%に調整した空気を導入しながら噴霧乾燥して、下記の組成を有する触媒粉末を得た。噴霧乾燥機の出口温度は100〜110℃、得られた触媒粉末の粒径の中央値は75μm、含水率は8.6%であった。
Mo100.71.1Cu0.2As0.5であった(酸素含有量は酸化状態により変動するものなので特定できない)。次いで、この顆粒320gと、セラミック繊維製の強度向上材55gとを均一に混合し、混合物を、球状多孔質アルミナ担体(平均粒径3.5mm)300gを用い、90%濃度のエタノール水溶液をバインダーとして使用して、温度29℃、絶対湿度0.020kg/kgDAの室内に設置した転動造粒機を使用して成型した。
【0039】
その後、得られた成型物を、炉内温度50℃、絶対湿度0.016kg/kgDAの焼成炉に投入し、投入後10分間保持した後、12分間で70℃に昇温した(70℃での相対湿度8.2%)。その後徐々に昇温し、空気流通下330℃で5時間焼成してメタクリル酸製造用触媒を得た。得られた触媒の反応成績は、メタクロレイン転化率82.9%、メタクリル酸選択率79.9%、メタクリル酸収率66.2%であった。
【0040】
比較例1
実施例1で調合したスラリーを、15℃で相対湿度20.0%に調製した空気を導入しながら噴霧乾燥して、下記の組成を有する触媒粉末を得た。噴霧乾燥機の出口温度は100〜110℃、得られた触媒粉末の粒径の中央値は75μm、含水率は7.5%であった。
Mo101.21.1Cu0.2As0.3であった(酸素含有量は酸化状態により変動するものなので特定できない)。
【0041】
得られた触媒粉末は実施例2と同様に成型、焼成を行いメタクリル酸製造用触媒を得た。得られた触媒の反応成績は、メタクロレイン転化率76.8%、メタクリル酸選択率83.2%、メタクリル酸収率63.9%であった。
【0042】
実施例3
成型を行う転動造粒機の室内温度及び絶対湿度を27℃、0.018kg/kgDA(相対湿度79.0%)、成型品を焼成炉へ投入する時の温度及び絶対湿度を、炉内温度50℃、絶対湿度0.015kg/kgDAに変更した以外は実施例2と同一設定条件で製造し、メタクリル酸製造用触媒を得た。得られた触媒の反応成績は、メタクロレイン転化率81.6%、メタクリル酸選択率81.6%、メタクリル酸収率66.6%であった。
【0043】
比較例2
成型を行う転動造粒機の室内温度及び絶対湿度を16℃、0.0055kg/kgDA、成型品を焼成炉へ投入する時の温度及び絶対湿度を、炉内温度50℃、絶対湿度0.017kg/kgDAに変更した以外は実施例2と同一設定条件で製造し、メタクリル酸製造用触媒を得た。得られた触媒の反応成績は、メタクロレイン転化率74.4%、メタクリル酸選択率82.9%、メタクリル酸収率61.7%であった。
【0044】
実施例4
成型品を乾燥及び焼成装置に投入する際の炉内温度50℃、絶対湿度0.013kg/kgDAに変更した以外は実施例3と同一設定条件で製造し、メタクリル酸製造用触媒を得た。得られた触媒の反応成績は、メタクロレイン転化率81.7%、メタクリル酸選択率79.8%、メタクリル酸収率65.3%であった。
【0045】
実施例及び比較例の製造条件と性能試験結果を、以下の表にまとめて記載する。
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明で製造される触媒は、メタクロレイン、イソブチルアルデヒド、イソ酪酸などのメタクリル酸製造原料を多管式固定床反応装置により、気相接触酸化してメタクリル酸を製造する際に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデン、リン、バナジウム及び銅を含むヘテロポリ酸を活性成分とする触媒成分粉末を担体にコーティングし、更にこれを焼成する、メタクリル酸製造用触媒の製造方法であって、含水率が8.0〜10.0重量%である触媒成分粉末を使用し、コーティング法による触媒成型工程を、温度15〜35℃、絶対湿度0.007〜0.025kg/kgDAの雰囲気下で行い、成型した触媒を温度15〜90℃、絶対湿度0.007〜0.025kg/kgDAの雰囲気下の乾燥及び焼成装置に投入し、投入後30分以内に相対湿度10%以下になる温度まで昇温して焼成を行うことを特徴とするメタクリル酸製造用触媒の製造方法。
【請求項2】
加湿した空気を供給しながら触媒の成分を含有する化合物を含む水溶液または該化合物の水分散体を乾燥することにより、含水率が8.0〜10.0重量%の触媒成分粉末を得る請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
コーティングによる成型工程において、触媒粉末とともにバインダーを使用し、該バインダーとして、水及び1気圧下での沸点が150℃以下のアルコールのうち少なくとも1種類を使用する、請求項1または請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
バインダーとしてアルコールを使用し、該アルコール中のメチルアルコール又はエチルアルコール濃度が70重量%以上である請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
バインダーがエチルアルコールを含む、請求項3または請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
メタクリル酸製造用触媒の活性成分が一般式(I)
MoCu (I)
(式中Mo、P、V、及びCuはモリブデン、リン、バナジウム、および銅をそれぞれ表す。Xは砒素、銀、ジルコニウム、ホウ素、ゲルマニウム、錫、鉛、クロム、ビスマス、コバルト、ニッケル、セリウム、タングステン、鉄、アルミニウム、マグネシウム、アンチモン、またはチタンから選ばれる一種以上の元素を表す。元素記号右下の添字は各元素の原子比であり、a=10とした時、bは0.1以上で6以下、好ましくは0.3以上で4.0以下、cは通常0.3以上で6以下、好ましくは0.5以上で2.0以下、dは通常0.01以上で5以下、好ましくは0.1以上で3以下、eが通常0を含む5以下、好ましくは0.1以上で3以下、fは各々の元素の酸化状態によって定まる数値である。)
で表される請求項1ないし5に記載の触媒製造方法。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の製造方法により製造された触媒の存在下に、メタクロレイン、イソブチレン、またはイソ酪酸を気相接触酸化することによるメタクリル酸の製造方法。

【公開番号】特開2012−148202(P2012−148202A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−126943(P2009−126943)
【出願日】平成21年5月26日(2009.5.26)
【出願人】(000004086)日本化薬株式会社 (921)
【Fターム(参考)】