メタボリックシンドローム治療又は予防薬、及び脂肪細胞分化抑制方法
【課題】 メタボリックシンドローム治療又は予防薬を提供する。また、脂肪細胞分化抑制方法を提供する。
【解決手段】 メタボリックシンドローム治療又は予防薬は、前駆脂肪細胞におけるグルタチオン(GSH)代謝を活性化し脂肪細胞への分化を抑制する親電子性物質前駆体又は親電子性物質を有効成分として含有する。ここで親電子性物質前駆体又は親電子性物質は、第2相酵素のうち、Gsta2、Gclc、Abcc4、及びAbcc1の発現をより強く誘導することによってGSH代謝を活性化するものとすることができる。脂肪細胞分化抑制方法は、親電子性物質前駆体又は親電子性物質を前駆脂肪細胞に接触させて前駆脂肪細胞のGSH代謝を活性化させる。
【解決手段】 メタボリックシンドローム治療又は予防薬は、前駆脂肪細胞におけるグルタチオン(GSH)代謝を活性化し脂肪細胞への分化を抑制する親電子性物質前駆体又は親電子性物質を有効成分として含有する。ここで親電子性物質前駆体又は親電子性物質は、第2相酵素のうち、Gsta2、Gclc、Abcc4、及びAbcc1の発現をより強く誘導することによってGSH代謝を活性化するものとすることができる。脂肪細胞分化抑制方法は、親電子性物質前駆体又は親電子性物質を前駆脂肪細胞に接触させて前駆脂肪細胞のGSH代謝を活性化させる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はメタボリックシンドローム治療又は予防薬、及び脂肪細胞分化抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞レベルでの肥満は、脂肪組織の線維芽細胞様前脂肪細胞から分化した脂肪細胞の数と大きさの増加を特徴とし[例えば非特許文献1、2参照]、これは、脂肪細胞の肥大と、前駆細胞からの新たな脂肪細胞の生成によって誘導される。分化は、2つの特徴的な段階で構成されると考えられている。すなわち、決定(線維芽細胞から脂肪細胞前躯体へ)とコミットメント(脂肪細胞前躯体から脂肪細胞へ)である[例えば非特許文献3参照]。マウス3T3−L1細胞は非常に特徴がはっきりしており、前脂肪細胞から脂肪細胞へのコミットメントを研究する場合に信頼できるin vitroモデルであることを、多くの報告書が示唆している[例えば非特許文献4参照]。
【0003】
メタボリックシンドロームの治療又は予防に有用な物質となり得ることから、前駆脂肪細胞としてのマウス3T3−L1細胞から脂肪細胞への分化を抑制する可能性がある物質を、多くの研究者が探し求めてきた[例えば、特許文献1、非特許文献5、6参照]。しかしながら、安全性が高く実質的に有効なメタボリックシンドローム治療又は予防薬は未だ見出されていないという現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−75640号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】T.L. Visscher, J.C. Seidell, The public health impact of obesity.,Annu. Rev. Public Health 22 (2001) pp.355−375.
【非特許文献2】P.G. Kopelman, Obesity as a medical problem, Nature 404 (2000) pp.635−643.
【非特許文献3】M.D. Lane, Q.Q. Tang, From multipotent stem cell to adipocyte., Birth. Defects.Res. A Clin. Mol. Terat. 73 (2005) pp.476−477.
【非特許文献4】R.M. Cowherd, R.E. Lyle, R.E.Jr. Mcgehee, Molecular regulation of adipocyte differentiation. Semin Cell Dev. Biol., 10 (1999) pp.2−10.
【非特許文献5】S. Rayalam, M.A. Della−Fera, C.F. Baile, Phytochemicals and regulation of the adipocyte life cycle. J. Nutr. Biochem. 19 (2008) pp.717−726.
【非特許文献6】C.L. Hsu, G.C. Yen, Phenolic compounds: evidence for inhibitory effects against obesity and their underlying molecular signaling mechanism. Mol. Nutr. Food Res.52 (2008) pp.53−61.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
かかる現状に鑑みてなされた本発明の目的は、メタボリックシンドローム治療又は予防薬を提供すること、また、脂肪細胞分化抑制方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明によるメタボリックシンドローム治療又は予防薬は、前駆脂肪細胞におけるグルタチオン(GSH)代謝を活性化し脂肪細胞への分化を抑制する親電子性物質前駆体又は親電子性物質を有効成分として含有することを特徴とする。このような脂肪蓄積抑制剤において、親電子性物質前駆体又は親電子性物質が、第2相酵素の発現を誘導することによってGSH代謝を活性化するものであることが好ましく、また、親電子性物質前駆体が、グルタチオンS−トランスフェラーゼ サブユニットα−2(Gsta2)、グルタミン酸システインリガーゼ 触媒サブユニット(Gclc)、ATP−結合カセット サブファミリーCメンバー4(Abcc4)、及びATP−結合カセット、サブファミリーCメンバー1(Abcc1)を含む第2相酵素の発現を誘導することによってGSH代謝を活性化するものであることが好適である。そして、親電子性物質前駆体として、カルノシン酸(CA)、カルノソール(CS)及びこれらの薬学的に許容される塩から1以上選択することができる。
【0008】
また、上記目的を達成するため、本発明による脂肪細胞分化抑制方法は、親電子性物質前駆体又は親電子性物質を前駆脂肪細胞に接触させて前記前駆脂肪細胞のグルタチオン(GSH)代謝を活性化させることを特徴とする。この脂肪細胞分化抑制方法において、グルタチオンS−トランスフェラーゼ サブユニットα−2(Gsta2)、グルタミン酸システインリガーゼ 触媒サブユニット(Gclc)、ATP−結合カセット サブファミリーCメンバー4(Abcc4)、及びATP−結合カセット サブファミリーCメンバー1(Abcc1)を含む第2相酵素の発現を誘導することによって前記GSH代謝を活性化することが好ましく、また、Gsta2を低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白(Lrp)の2倍以上の発現量に最も強く発現誘導し、前記Lrpに続き前記Gclc、Abcc4、Abcc1をNidogen 1(Nid1)の発現量以上に発現誘導させることが好適である。そして、親電子性物質前駆体が、カルノシン酸(CA)、カルノソール(CS)及びこれらの薬学的に許容される塩から1以上選ばれたものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明のメタボリックシンドローム治療又は予防薬は、天然物から抽出、精製することによって得ることが出来、細胞毒性は十分に低く、安全性が高い上、内臓組織、特に肝臓組織においても脂肪の蓄積を抑制することができる。また、経口投与することができるという優れた効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の親電子性物質前駆体を含有するシソ科植物からの抽出物について高速液体クロマトグラフ法による分析結果の一例を示すクロマトグラフである。
【図2】本発明の親電子性物質前駆体による前駆脂肪細胞の分化抑制効果の一例を示す図面代用写真であり、(A)は親電子性物質前駆体非添加の非分化培地で、(B)は親電子性物質前駆体非添加の分化培地で、(C)及び(D)は夫々実施例1及び2の親電子性物質前駆体を添加した分化培地で培養した細胞について染色後に顕微鏡観察した例である。
【図3】シソ科植物に含まれる本発明の親電子性物質前駆体(実施例1、2)及びその他の化合物について前駆脂肪細胞に対する分化抑制効果を比較する用量反応曲線の一例を示すグラフである。
【図4】前駆脂肪細胞を本発明の親電子性物質前駆体に暴露することにより、Nrf2が核内に移行することを確認するウェスタンブロット法による泳動像の一例を示す図面代用写真である。
【図5】シソ科植物に含まれる本発明の親電子性物質前駆体及びその他の化合物について、ルシフェラーゼアッセイの結果の一例を示すグラフである。
【図6】シソ科植物に含まれる本発明の親電子性物質前駆体及びその他の化合物について、GSH分析の結果の一例を示すグラフである。
【図7】本発明の親電子性物質前駆体による第2相酵素遺伝子の誘導試験の結果の一例を示すRT−PCRの図面代用写真である。
【図8】本発明の親電子性物質前駆体による抗肥満作用の作用機序を提案するフロー図である。
【図9】レプチン欠損マウス(ob/obマウス)に本発明の親電子性物質前駆体を投与する場合の肝臓内中性脂肪蓄積に対する抑制効果の一例を示すグラフである。
【図10】レプチン欠損マウスに本発明の親電子性物質前駆体を投与する場合の体重増加の抑制効果の一例を示すグラフである。
【図11】レプチン欠損マウスに本発明の親電子性物質前駆体を添加した食餌を自由に与える場合に、食餌摂取量の一例を示すグラフである。
【図12】レプチン欠損マウスに本発明の親電子性物質前駆体を投与する場合に血中ALTの低減効果の一例を示すグラフである。
【図13】レプチン欠損マウスに本発明の親電子性物質前駆体を投与した場合における、耐糖能改善効果の一例を示すグラフである。
【図14】レプチン欠損マウスに本発明の親電子性物質前駆体を投与する場合における白色脂肪組織(WAT)及び肝臓組織(Liver)の組織所見の一例を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の好ましい実施形態例について、詳細に説明する。この実施形態におけるメタボリックシンドローム治療又は予防薬は、前駆脂肪細胞におけるグルタチオン(GSH)代謝を活性化する親電子性物質前駆体又は親電子性物質を有効成分として含有するものである。本実施形態の前駆脂肪細胞は、in vitro細胞培養系或はin vivoにおいて脂肪細胞に分化し得る細胞であれば当該細胞の由来となる動物種、組織・部位など特に限定されない。分化誘導の安定性、効率が高い点では、前駆線維芽細胞が好ましく、マウス3T3−L1細胞がより好ましい。親電子性物質前駆体は、当該物質自体は親電子性を有するものではなく、酸化されることによって親電子性となる物質である。そして、このような親電子性物質前駆体又は親電子性物質の内、前駆脂肪細胞のGSH代謝を活性化する物質を有効成分として含有する。親電子性物質前駆体又は親電子性物質は、ジハイドロキノン又はキノンを活性基とする化合物であることが好ましく、パラ型又はオルソ型のジハイドロキノン又はキノンを活性基とする化合物であることがより好ましい。そして、上記親電子性物質前駆体、親電子性物質の内では、パラ型又はオルソ型のジハイドロキノン又はキノンを活性基とする親電子性物質前駆体が好ましく、パラ型又はオルソ型のジハイドロキノンを活性基とする親電子性物質前駆体がより好ましい。上記親電子性物質前駆体の内、テルペン骨格をもつ、パラ型又はオルソ型のジハイドロキノンを活性基とする親電子性物質前駆体が好ましく、また、ジテルペン骨格をもつ、パラ型又はオルソ型のジハイドロキノンを活性基とする親電子性物質前駆体がより好ましく、パラ型又はオルソ型のジハイドロキノンを活性基とするカルノシン酸(CA)又はカルノソール(CS)又はこれらの誘導体がさらに好ましい。そして、さらに好ましいのは、オルソ型のジハイドロキノンを活性基とするCA又CAの誘導体である。また、ここで、親電子性物質前駆体が、転写因子Nrf2を活性化するものであることが好ましく、親電子性物質前駆体が、タンパク質のチオール基へ共有結合するものであることが好適である。本実施形態の親電子性物質前駆体は、後述する実施例にて確認したように、前駆脂肪細胞におけるKeap1/Nrf2経路の活性化を介してGSH代謝を活性化するものとすることができる。このGSH代謝活性化による前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化抑制が、生体内における内臓脂肪低減や脂肪蓄積抑制、特に肝臓組織の脂肪蓄積抑制作用を介したメタボリックシンドローム治療又は予防薬としての機能の一部を担っている。
【0012】
ここで、Keap1/Nrf2経路は、調節タンパク(遺伝子)であるKeap1(kelch−like ECH−associated protein 1)と、抗酸化反応エレメント(ARE:antioxidant−response element)に結合する転写因子であるNrf2(NF−E2−related factor 2)で構成される[K.イトウ(K.Itoh)ら、フリー ラジカル バイオロジー&メディシン(Free Radical Biology&Medicine)、第36巻、10号(2004)、pp.1208−1213.]、[P.タラレイ(P.Talalay)、バイオファクターズ(BioFactors)、第12巻、(2000)pp.5−11.]。親電子性物質が、Keap1タンパク質の必須なシステイン残基と反応して付加物を形成するとKeap1のシステインチオール基がS−アルキル化され[T.サトウ(T.Satoh)ら、トレンズ イン ニューロサイエンス(Trends in Neurosciences)、第30巻、第1号(2007)、pp.38−45.]、この系が乱されてNrf2が安定化するため、細胞質から細胞核へのNrf2の移行が可能となり、Nrf2は細胞核でAREに結合し、第2相酵素の発現を刺激することが示唆されている。本実施形態の親電子性物質前駆体は、前駆脂肪細胞において上述の反応経路と同様の経路を介して第2相酵素の発現を誘導することによってGSH代謝を活性化するものであることが好ましい。
【0013】
また、この場合、本実施形態の親電子性物質前駆体は、第2相酵素(遺伝子)の内、グルタチオンS−トランスフェラーゼ サブユニットα−2(Gsta2:NM_008182)、グルタミン酸システインリガーゼ 触媒サブユニット(Gclc:BC019374)、ATP−結合カセット サブファミリーCメンバー4(Abcc4:BB291885)、及びATP−結合カセット、サブファミリーCメンバー1(Abcc1:NM_008576)を含む第2相酵素(遺伝子)の発現をより強く誘導するものであることがより好ましい。そして、親電子性物質前駆体は、Gsta2を低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白(Lrp:NM_008512)の2倍以上の発現量に最も強く発現誘導し、前記Lrpに続き前記Gclc、Abcc4、Abcc1をNidogen 1(Nid1:X14480)の発現量以上に発現誘導させるものであることがさらに好ましい。ここで、Gsta2は、親電子性物質によってGSHの抱合を触媒し、GclcはGSHの合成に関連し、Abcc1とAbcc4はGSH抱合された求電子化合物の能動輸送を行う。このような遺伝子の誘導によってGSH代謝が亢進され、酸化ストレスに対する耐性が上昇するものと考えられる。しかし、GSH濃度の単なる上昇が重要な生理学的意味を持っているのではなく、後述の実施例によって確認されるように、GSH代謝の持続的な亢進が重要であり、すなわち細胞レドックスのこのような全体的な調節が、脂肪細胞の分化に影響している可能性がある。なお、親電子性物質前駆体による第2相酵素の発現誘導は、例えばリボソームRNA(rRNA)の発現量をコントロールとしてマイクロアレイ解析により各誘導倍率(Induction Fold)を算定することができる。
【0014】
この実施形態における親電子性物質前駆体は、上述のとおり酸化されることにより親電子性物質となるものであれば特に限定されない。具体的には、例えば、カルノシン酸(CA)やカルノソール(CS)の他、tert−ブチルヒドロキノン(TBHQ)、4−メチルカテコール(4−Methyl−catechol)、3−メチルカテコール(3−Methyl−catechol)、2−メチルヒドロキノン(2−Methyl−hydroquinone)等を挙げることができる。これらの内、細胞毒性は十分に低く、安全性が高い点ではCA及びCSが好ましい。CA、CS及びこれらの薬学的に許容される塩から1以上選択することができる。薬剤として化学的安定性が高い場合がある点、また、脂肪細胞分化抑制能が高い場合がある点ではCAがより好ましく、CA、及びCAの薬学的に許容される塩から1以上選択することができる。なお、CA及びCSは公知の化学合成法や半合成法により得られたものであっても良いが、その合成工程は煩雑であり、また、合成中間体や異性体を含む副生成物などの分離除去に手間を要し、また、これら不純物が充分に除去できず含有される場合がある点では、ロスマリヌス オフィキナリス(Rosmarinus officinalis L.;ローズマリー)、サルビア オフィキナリス(Salvia officinalis L.;セイジ)などのようなシソ科植物から抽出、精製したものが好ましい。
【0015】
CA又はCSのシソ科植物からの抽出方法は、対象植物の栽培品種、利用部位、前処理条件の他、抽出溶媒、抽出条件などを含め特に限定されない。例えば、市販のローズマリー粉末やセイジ粉末などを用いて抽出後、精製したり、また、市販のローズマリー抽出物やセイジ抽出物を用い精製してCA又はCSを得ることもできる。精製法についても特に限定されないが、比較的短時間の内に再現性良く精製できる場合がある点では、順相系又は逆相系の液体クロマトグラフ法を用いて単離することが好ましい。例えば、既報[コサカ.K(K.Kosaka)ら、バイオロジカル&ファーマシューティカルブレチン(Biological&pharmaceutical bulletin、第26巻(2003)、pp.1620−1622.]に準じて効率良く抽出、高純度に精製することができる。すなわち、ここではローズマリーの乾燥葉を3乃至5倍(V/W)の無水エタノール(99.5%以上:V/V)乃至80%(V/V)エタノール・水混液に浸漬、30℃乃至50℃の温度条件下、12時間乃至72時間抽出し、抽出液を1/10乃至1/30容量になるまで濃縮して不溶物を濾過して除き、濾液に1乃至3倍(V/V)の水を加えて析出物を濾取し乾燥することで、使用乾燥葉に対して1乃至3重量%の収率でローズマリー抽出物を得ることができる。このローズマリー抽出物を用い順相系液体クロマトグラフ法によりCA及びCSを単離し、夫々の単離物を非極性溶媒から再結晶することによって、使用乾燥葉に対して0.01乃至0.06重量%の収率でCA、また、0.004乃至0.03重量%の収率でCSを得ることができる。順相系液体クロマトグラフ法は、シリカゲルを充填したカラム、溶離液は酢酸エチルとヘキサンの混液を用いることが好ましい。再結晶の非極性溶媒にはヘキサンが好適に使用できる。このようにして得られるCA及びCSは、夫々液体クロマトグラフ法により単一ピークを示し、日本薬局方一般試験法、電気滴定法のような絶対定量により95%以上、通常98%以上の純度(乾燥品換算)を有し、医薬品原体としても適用可能なものとすることができる。
【0016】
後述する実施例に示すとおり、レプチン欠損マウス(ob/obマウス、5週齢)を用い、上述のような親電子性物質前駆体としてCAを添加(0.03%)した食餌を6週間経口投与し(治療群)、CA非含有食餌投与群(コントロール群)と共に、(総)食餌摂取量、体重、肝臓組織内中性脂肪量、随時血糖、血中総中性脂肪、血中総コレステロール、血中遊離脂肪酸、血中ALT(アラニンオキソグルタル酸アミノトランスフェラーゼ:GPT)、腹腔内糖負荷試験、白色脂肪組織(WAT)及び肝臓組織についての組織学的試験(Histological Examination)などを行なった。この結果、総食餌摂取量及び血中遊離脂肪酸については、治療群とコントロール群との間に有意差が認められなかった。体重は、1回目の実験では6週間後において両群間に有意差が認められなかったが、2回目の実験ではコントロール群に対して治療群は3乃至5週間後までの経時的変化において、その増加が有意に抑制された(p<0.05)。肝臓組織内中性脂肪量は、コントロール群に対して治療群で有意(p<0.001)に低下していた。随時血糖、血中総コレステロールは、コントロール群に対して治療群で有意(p<0.05)に低下していた。血中ALTは、コントロール群に対して治療群で有意(p<0.05)に低下し、肝障害の抑制効果が期待できる。腹腔内糖負荷試験では、糖負荷後2時間における血糖値がコントロール群に対して治療群で有意(p<0.05)に低下し、耐糖能の改善が認められた。WATの組織所見ではコントロール群に対して治療群で細胞の小型化が認められた。肝臓の組織所見では、肝細胞内脂肪量の顕著な低下が認められた。以上の結果から、本実施形態の親電子性物質前駆体は、メタボリックシンドロームの治療又は予防において、或はメタボリックシンドロームの治療又は予防の他、次に示す具体的機能を有し、各機能に対応する治療又は予防薬として有用であることが確認された。
【0017】
すなわち、本実施形態の親電子性物質前駆体は、ヒトを含む哺乳類動物に投与することにより、(1)内臓脂肪の蓄積を抑制する。したがって、内臓脂肪蓄積抑制剤として有用である。(2)肝臓組織における脂肪の蓄積を抑制する。したがって、脂肪肝予防薬として有用である。(3)内臓脂肪を低減する。したがって、内臓脂肪分解薬として有用である。(4)血糖値を低減し、(5)インスリン抵抗性を抑制する。したがって、(6)糖尿病の治療又は予防薬、また、糖尿病による合併症の発症予防薬として有用である。また、(7)肝臓組織の炎症反応を抑制し、(8)肝臓細胞の傷害を抑制する。したがって、糖尿病の予防の他、肝障害抑制薬として有用である。さらに、(9)血中の中性脂肪量を低減し、(10)血中のコレステロールを低減する。したがって、動脈硬化予防薬、心筋梗塞予防薬、脳梗塞予防薬としても有用となり得る。なお、このような親電子性物質前駆体の投与経路は、特に限定されるものではない。例えば、経口の他、静注、皮下注、経皮などの投与経路を挙げることができる。また、剤型についても特に限定されない。具体的には、例えば、日本薬局方製剤総則に準じて、粉末、顆粒、錠剤、カプセル、注射剤、軟膏、坐剤とすることができる。さらには、健康用食品や化粧品、動物用餌として医薬品以外の用途に利用することもできる。
【0018】
また、本実施形態による脂肪細胞分化抑制方法は、親電子性物質前駆体を前駆脂肪細胞に接触させて前駆脂肪細胞のGSH代謝を活性化させるものである。この脂肪細胞分化抑制方法は、in vitro条件下における細胞培養の他、ヒトを含む哺乳類動物に上述のような剤型、投与経路で投与し、生体内において前駆脂肪細胞に親電子性物質前駆体を接触させることも包含する。この脂肪細胞分化抑制方法において、Gsta2(NM_008182)、Gclc(BC019374)、Abcc4(BB291885)、及びAbcc1(NM_008576)を含む第2相酵素の発現を誘導することによってGSH代謝を活性化することが好ましい。Gsta2を低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白(Lrp:NM_008512)の2倍以上の発現量で最も強く発現誘導し、Lrpに続きGclc、Abcc4、Abcc1をNidogen 1(Nid1:X14480)の発現量以上に発現誘導させることがより好ましい。ここで、親電子性物質前駆体は、CA、CS及びこれらの薬学的に許容される塩から1以上選ばれたものであることが好適である。上記各第2相酵素及びLrp、Nid1には、夫々の公的ID(public ID)を付記した。なお、上記脂肪細胞分化抑制方法がin vitro条件下の細胞培養の場合、前駆脂肪細胞は、間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell)を増殖の後、前駆脂肪細胞への分化が決定付けられた細胞であれば特に限定されない。このような前駆脂肪細胞の培養において、上記親電子性物質前駆体を加えた分化培地を用いて培養する工程を加えることにより、前駆脂肪細胞のGSH代謝を活性化させて、脂肪細胞への分化を抑制することができる。前駆脂肪細胞がマウス3T3−L1細胞の場合、分化培地や培養条件は、例えば既報[イトウA.(A.Ito)ら、ジャーナルオブバイオロジカルケミストリー(Journal of Biological Chemistry)、第282巻(2007)、pp.25445−25452.]に準じたものとすることができる。ここでは、5乃至15%FBS加ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)に、0.15乃至0.35μMデキサメタゾン、0.25乃至0.75mMイソブチル−3−メチルキサンチン(IBMX)、5乃至15μg/ml インスリン、及び0.5乃至1.5μM ピログリタゾンを添加した分化培地を用いた。培養条件は、5%CO2の加湿雰囲気下37℃で3日間維持してコンフルエントに達するような密度で複数穴を有する培養プレートに前駆脂肪細胞を播種し、2日間維持した後、親電子性物質前駆体としてCA又はCSを1μM乃至10μMを分化培地に加えて培養を続け、3日目に、デキサメタゾンとIBMXを除き、インスリンを培地に残してさらに2日間維持する工程を含んで構成する。また、前駆脂肪細胞は、以上の細胞培養工程の前後に増殖DMEM培地を用い5%CO2の加湿雰囲気下37℃で維持することが好ましい。増殖DMEM培地は、例えば、15乃至35mMグルコースを含有するDMEMに、5乃至15%仔ウシ血清、80乃至120U/mLペニシリン、80乃至120μg/mLストレプトマイシン、及び1乃至3mMのL−グルタミンを添加したものを用いることができる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明によるメタボリックシンドローム治療又は予防薬、及び脂肪細胞分化抑制方法ついて、実施例、比較例を示して具体的に説明するが、これによって本発明を限定するものではない。
【0020】
[実験1:脂肪細胞分化抑制の検討(In Vitro)]
〔1−1.化学物質〕
CA(実施例1)及びCS(実施例2)は、既報[コサカ.K(K.Kosaka)ら、バイオロジカル&ファーマシューティカルブレチン(Biological&pharmaceutical bulletin、第26巻(2003)、pp.1620−1622.]に準じてローズマリー(Rosmarinus officinalis L.)の葉から抽出、精製した。すなわち、ここではローズマリーの乾燥葉(5kg)を2Lの無水エタノール(99.5%以上:V/V)に浸漬、40℃の温度条件下、24時間抽出し、抽出液を1Lになるまで濃縮して不溶物を濾過して除き、濾液に2Lの水を加えて析出物を濾取し乾燥することで、使用乾燥葉に対して2.1重量%の収率でローズマリー抽出物(105g)を得た。このローズマリー抽出物を用い順相系液体クロマトグラフ法によりCA及びCSを単離し、夫々の単離物をヘキサンから再結晶することによって、使用乾燥葉に対して0.03重量%の収率でCA(1.5g)、また、0.004乃至0.03重量%の収率でCS(0.8g)を得た。順相系液体クロマトグラフ法は、シリカゲルを充填したカラム、溶離液は酢酸エチル・ヘキサン混液(4:1)を用いた。得られたCA及びCSは13C及び1H−NMRにより構造を確認した。夫々の純度は、液体クロマトグラフ法で単一ピークを示し、絶対定量の結果98%以上であった。
【0021】
ローズマリーに含まれるCA、CS以外の化合物(公知生理活性物質)は、シグマ−アルドリッチ ケミカル社(米国ミズーリ州セントルイス)から購入した。
すなわち、ここでは、主なローズマリー含有生理活性物として、(比較例1)フラボノイドとしてのルテオリン(luteolin)、(比較例2)ゲンクワニン(genkwanin)、(比較例3)親水性化合物としてのロズマリン酸(rosemarinic acid)、(比較例4)カフェ酸(caffeic acid)、及び(比較例5)ベルベノン(verbenone)とした。
【0022】
イソブチル−3−メチルキサンチン(IBMX)、デキサメタゾン、インスリン、ピログリタゾンおよびオイルレッドOは、シグマ−アルドリッチ ケミカル社から購入した。ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)、ウシ胎仔血清(FBS)、仔ウシ血清、およびペニシリン−ストレプトマイシン溶液は、ライフテクノロジーズ社(旧インビトロジェン社)(米国カリフォルニア州カールズバッド)から購入した。
【0023】
〔1−2.ローズマリー抽出物のHPLC分析〕
ローズマリーの乾燥葉粉末を50(v/v)%エタノール液(エタノール・水混液)に浸漬し、40℃で1時間攪拌してインキュベートした。抽出物中の物質を、次の条件下でHPLC(高速液体クロマトグラフ法)により分析した。
カラム=microBondasphere C18(米国マサチューセッツ州ミルフォード、ウォーターズコーポレーション);HPLCシステム=LC10Avp(日本国京都、島津製作所);検出器=フォトダイオードアレイ検出器SPD−M10Avp;使用溶媒=2%酢酸溶液(A液)とアセトニトリル溶液(B液)の割合を直線的に変えてグラジエント溶出、10%B(0分)〜70%B(60分);流量=1ml/分。
【0024】
上記HPLC分析の結果は、クロマトグラムを図1に示すとおりであり、比較例4、比較例3、比較例1、比較例5、比較例2、実施例2、実施例1の化合物順に溶出し、夫々分離検出された。保持時間(Retention time)が長いほど化合物の疎水性が高くなっている。この分析条件によっても、各化合物の単離精製、純度検定が可能である。
【0025】
〔1−3.細胞培養〕
前駆脂肪細胞としてマウス3T3−L1を用い既報[イトウA.(A.Ito)ら、ジャーナルオブバイオロジカルケミストリー(Journal of Biological Chemistry)、第282巻(2007)、pp.25445−25452.]に準じて細胞培養(脂肪細胞分化または分化抑制)を行った。すなわち、ここでは、マウス3T3−L1線維芽細胞を、25mMグルコースを含有するDMEMに入れ、10%仔ウシ血清、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシンおよび2mMのL−グルタミンを添加(増殖DMEM培地)して、5%CO2の加湿雰囲気下37℃で維持した。細胞は、3日間でコンフルエントに達するような密度で6穴プレートに播種した。この時点(0日目)で細胞を分化培地(DMEM、10%FBS、0.25μMデキサメタゾン、0.5mM IBMX、10μg/mL インスリンおよび1μM ピログリタゾン)に移し、2日間維持した。その後細胞を、様々な濃度のCA、CS、その他の化合物(比較例1〜5)を添加した分化培地によって処理した。3日目に、デキサメタゾンとIBMXを取り除き、インスリンを細胞培地に残してさらに2日間維持した。その後、細胞を元の増殖DMEM培地で維持し、培地は2日ごとに交換した。なお、10%FBS含有DMEMは、GIBCO社、製品番号11965を用いた。
【0026】
〔1−4−1.培養細胞の染色〕
実験〔1−3〕の培養条件により、CA又はCSを含有する分化培地、または含有しない分化培地によって3T3−L1細胞を分化させた。CA又はCSの分化培地の添加濃度は夫々3μMとし、0日目に添加した。脂質の蓄積と細胞核を視覚化するため、オイルレッドO(赤色)と4′,6−ジアミノ−2−フェニルインドール(DAPI:青色)で細胞を染色した。すなわち、ここでは、培養細胞を氷冷PBS(−)で2回洗浄し、4%ホルマリンで固定して室温で1時間静置した後、0.2%オイルレッドOイソプロパノール液で10分間染色した。その後、PBS(−)に5μM溶解したDAPIで染色し、PBS(−)で洗浄した。PBS(−)は、Ca2+、Mg2+(−)リン酸塩緩衝生理食塩水である。画像は、オリンパス社(日本国東京)製顕微鏡により得た。
【0027】
上記細胞染色の結果は、得られた画像(顕微鏡写真)を図2(A〜D)に示したとおりである。(A)はCA、CS非添加の非分化培地で、(B)はCA、CS非添加の分化培地で、(C)及び(D)は夫々CA及びCSを添加した分化培地で培養した細胞についての染色結果である。(C)のスケールバーは25μmを示している。(A)では脂質の蓄積が一切認められなかった。対照的に、分化培地でインキュベートした細胞は大量の脂質を生成し(B)、細胞全体の27.5±3.5%が、蓄積した脂質小滴を有していた。しかし、CAとCSのいずれも、脂質を蓄積する細胞の数を著しく減少させた(CとD)。
【0028】
〔1−4−2.脂肪細胞抑制効果の比較〕
実験〔1−3〕の細胞培養条件により、ローズマリーに含有される、CA(実施例1)、CS(実施例2)、及び比較例1〜5の各化合物の様々な濃度(0.1μM、0.3μM、1μM、3μM)の存在下で3T3−L1細胞をインキュベートした。得られた各培養細胞につき、実験〔1−4−1〕に準じて染色し、化合物による抑制効果を定量化するため、脂質を蓄積する細胞(27.5%)の比率を100%に設定し、各化合物の効果をこの数値と比較した。
【0029】
上記結果から求めたローズマリー由来化合物の用量反応曲線を図3に示したとおり、CAおよびCSは、その細胞質に脂質を蓄積する細胞の数を強力に、かつ用量依存的に減少させた。比較例1〜5の各化合物についてはこれらが脂肪細胞の分化を抑制しないことが確認されたことは、この抑制作用が、ローズマリー由来の化合物の中でもCAおよびCSなどのカテコール系ジテルペンに極めて特異なものであることを示唆するものである。
【0030】
〔1−5.CA又はCSによるNrf2の核移行〕
実験〔1−3〕の培養条件に準じて、CA(実施例1)又はCS(実施例2)を様々な濃度(0、10μM、20μM、40μM)で添加した10%FBS含有DMEM(25mMグルコース添加)培地で3T3−L1細胞を1時間培養した。細胞分画法によって核内のNrf2タンパク質の濃度を調べた後、各培養細胞につき核抽出キット(米国イリノイ州ロックフォード、PIERCE社製 NE−PER)によって核抽出物を調製した。夫々得られた核抽出物は、1000倍に希釈したラット抗Nrf2モノクローナル抗体(弘前大学 K.イトウ(伊藤健)より提供)、および1000倍に希釈したヤギ抗ラミンBポリクローナルIgG(米国カリフォルニア州サンタクルーズ、サンタクルーズバイオテクノロジー社製sc6216)を用い、ウェスタンブロット法によって解析した。コントロールとしてのラミンBは核抗原である。なお、10%FBS含有DMEMは、GIBCO社、製品番号11965を用いた。
【0031】
この実験結果は、CAについてのウェスタンブロット法による泳動イムノブロット像を図4に示したとおり、前駆脂肪細胞がCAに曝露すると、Nrf2タンパク質の核内濃度が上昇するとの仮説が事実であることが確認された。この結果は、Nrf2が実際にCAによって活性化されることを示唆するものである。
【0032】
〔1−6.CA又はCSによるARE活性化とGSH代謝〕
Keap1/Nrf2経路に応答する転写エレメントであるAREの活性化を、ARE(GSTYa)−ルシフェラーゼでトランスフェクションした3T3−L1細胞を用い、ルシフェラーゼレポーター遺伝子アッセイを行うことによって調べた。また、GSH分析を行なった。なお、ARE分析、GSH分析は、[サトウ T(T. Satoh)ら、ニューロサイエンス レターズ(Neuroscience Letters)、第371巻(2004)、pp.1−5.]、[サトウ T(T. Satoh)ら、バイオケミカル&バイオフィジカル リサーチ コミニュケーションズ(Biochemical & Biophysical Research. Communications)第379巻(2009)、pp.537−541.]に説明したように実施した。すなわち、ここでは、CA(実施例1)、CS(実施例2)及び比較例1〜5の各化合物を添加する5時間前に、ARE−ルシフェラーゼ構築物(construct)によってトランスフェクトした。トランスフェクトは、3T3−L1細胞を4x104 cells/cm2 の細胞密度で48穴プレートに播種、1000ngの(ARE(GSTYa)−ルシフェラーゼ)レポーター構築物及びTransfast(商品名:Promega社製)を含有するPBS(−)中にて5時間インキュベーションすることにより行った。トランスフェクション効率は、pSV−β−gal(Promega社製)の同時トランスフェクション(co−transfection)によって発現されるβ−ガラクトシダーゼ活性で基準化した。レポーター遺伝子アッセイ用に、上記レポーター構築物と200ngのpSV−β−galを1時間インキュベーションした。得られた細胞をPBSで洗浄した後、CA、CS及び比較例1〜5の化合物を夫々添加(3μM)した培養液中にて24時間インキュベーション後に細胞溶解産物を得た。96穴白色プレート(ファルコン社製)に細胞溶解産物を10μl/穴、Luciferase Assay Reagent(Promega社製)75μl/穴を加え(トータル85μl/穴)、ルミノメーター(Dual−Luciferase Reporter Assay System、製品番号E1910、Promega社製)で発光測定した。β−ガラクトシダーゼ活性の測定は、β−Galactosidase Enzyme Assay System(Promega社製)を用いた。
【0033】
GSH分析の操作条件は次に示すとおりとした。すなわち、実験〔1−3〕の培養条件に準じ、6穴プレートに3T3−L1細胞を5×104cells/cm2 で播種して、4時間インキュベートした後、CA、CS及び比較例1〜5の化合物を各化合物を最終濃度(3μM)になるよう必要量添加した。さらに24時間インキュベートした後、培地を除去した。氷冷PBS(−)で2回洗浄した後トリプシンで細胞を剥がし採取した。採取した細胞数を数え、4℃、300×gで10分間遠心後、細胞を氷冷PBSで洗浄した。細胞数2〜5×106につき冷却し、5%メタ燐酸(metaphosphoric acid)500μlを添加してマイクロ遠心チューブ(Eppendorf社製)内で懸濁、細胞溶解させた。これを4℃、15000×gで5分間遠心し、上清を採取した。上清にトリエタノールアミン(triethanolamine:約250μL)を加えて中和し細胞溶解液サンプルを得た。この細胞溶解液サンプルにつき、コスモバイオ社製グルタチオンアッセイキット(製品番号:7511−100−K)を用いて総グルタチオン(還元型GSH及び酸化型GSSG)濃度を測定した。50μLの細胞溶解液サンプルに150μLの反応混合液を加え、この液に1unit/mLのGSH還元酵素を添加することによって反応を開始させた。反応混合液は、143mMの燐酸ナトリウム(pH7.5)、6.3mMのNa4EDTA、6mMの5,5′−ジチオビス(2−ニトロ安息香酸)[5,5′−dithiobis(2−nitrobenzoic acid)]、及び0.25mg/mLのNADPHが混合含有されたものとした。反応開始後、405nmにおける発色をマイクロプレートリーダにより1分ごとに測定するカイネティックモード(kinetic mode)でモニターした。標準GSH、又はGSSG50μLに1×Assay bufferを96穴プレートに入れ、段階希釈しグルタチオンスタンダードカーブを作成した。サンプルは1×Assay bufferでそれぞれ10倍、20倍、40倍に希釈し、96穴プレートへ50μlずつ分注した。サンプル吸光度とスタンダードカーブから、GSH量を求めた。なお、遠心分離器は日立工機社製、CT15RE型、マイクロプレートリーダーはDSファーマバイオメディカル社製、POWERSCAN HT BT−SAIFRDN型を用いた。また、各細胞溶解液サンプルの蛋白含量はBSAを標準品として、BCA protein assay kit(Pierce社製)を使用して測定を行なった。
【0034】
ルシフェラーゼアッセイの結果を図5に示したとおり、CA又はCSはAREに基づく転写活性を用量依存的に数倍(about fold)刺激したが、比較例1〜5の各化合物の作用は皆無であった。この結果は、AREの活性がCAおよびCSによる分化抑制と緊密に相関していることを示唆するものである。また、GSH分析の結果を図6に示したとおり、対照細胞(control)のGSH含有量は、タンパク質1mg当たり26.9nmolであった。CAとCSのいずれも、夫々2.56倍及び2.45倍を限度としてGSH濃度を上昇させたが、比較例1〜5の各化合物による上昇はみとめられなかった。この結果は、CAおよびCSがAREを活性化することによってGSH代謝を刺激することを示唆するものである。なお、以上の結果は、平均値±標準偏差(SD)として示している。データはSASソフトウェアを用いて解析した。分散分析はt検定法を用いた。*及び**は、コントロールとの有意差(夫々、p<0.05及びp<0.01)を示している。
【0035】
〔1−7.オリゴヌクレオチドマイクロアレイ解析〕
GSH代謝が分化抑制に何らかの役割を果たしているのであれば、CAによって第2相酵素が有意に誘導されるはずであるとの推測のもと、この可能性を調べるため、3T3−L1細胞を用いてDNAマイクロアレイ解析を行った。すなわち、ここでは、溶媒(vehicle)又はCA(10μM)で処理(24時間インキュベート)した3T3−L1細胞から、TRIzol試薬(商品名:米国カリフォルニア州カールズバッド、インビトロジェン社製)により総RNAを単離した。Superscript IIシステム(商品名:インビトロジェン社製)を用い、T7−オリゴ(dT)プライマーによりcDNAを合成した。in vitro転写によりビオチン標識cRNAを調製し、100mmol/Lの酢酸カリウムと30mmol/Lの酢酸マグネシウムを含有する40mmol/Lのトリス酢酸緩衝液(pH8.1)により94℃で35分インキュベートして断片化した。断片化したcRNAは、39000を超える転写を含むGeneChip Mouse 430 2.0アレイ(商品名:米国カリフォルニア州サンタクララ、アフィメトリクス社製)に45℃で16時間対合させて雑種形成(ハイブリダイゼーション)を行った。プローブアレイを洗浄し、Fluidics Station 450(商品名:米国カリフォルニア州サンタクララ、アフィメトリクス社製)を用いて染色した後、GeneChipスキャナー300o(商品名:米国カリフォルニア州サンタクララ、アフィメトリクス社製)で走査した。解析には、アフィメトリクス社のGeneChipオペレーティングソフトウェア(GCOS v1.4:商品名)を用いた。データの信頼性を高めるため、検出したp値が対照(溶媒で処理しなかった細胞)と比較して<0.001であった遺伝子を一覧にした。CA(10μM)によって誘導された上位10位の遺伝子を表1に示す。その結果、CAによって発現が上昇した遺伝子の大半(CA誘導遺伝子上位5位のうち4つ)が、第2相酵素(Gsta2、Gclc、Abcc4、Abcc1)をコードしており、そのすべてがGSH代謝に関連していることが分かった([イトウ K(K. Itoh)ら、フリーラジカルバイオロジー&メディシン(Free Radical Biology&Medicine)、第36巻(2004)、pp.1208−1213.]、[タラレイ P(P. Talalay)ら、バイオファクターズ(Biofactors)第12巻(2000)、pp.5−11.]参照)。なお、表1には、遺伝子名、公的ID(Public ID)、誘導倍率(Fold;実験群/対照群)、および対照細胞のp値を示している。太字は、第2相酵素遺伝子を示しているが、そのすべてがGSH代謝に関連していると考えられる。
【0036】
【表1】
【0037】
〔1−8.CA又はCSによる第2相酵素遺伝子の誘導(RT−PCR)〕
第2相酵素をコード化する遺伝子の5′上流プロモーター領域に存在する特異的転写エレメントである抗酸化反応エレメント(ARE)は、このような酵素の誘導において中心的役割を果たしている([イトウ K(K. Itoh)ら、フリーラジカルバイオロジー&メディシン(Free Radical Biology&Medicine)、第36巻(2004)、pp.1208−1213.]、[タラレイ P(P. Talalay)ら、バイオファクターズ(Biofactors)第12巻(2000)、pp.5−11.]参照)。第2相酵素(Gsta2、Gclc、Abcc4、Abcc1)遺伝子の誘導を検出するため、CA(実施例1)又はCS(実施例2)によって前処理を施した3T3−L1細胞からの総RNAを用い、既報[サトウ T(T. Satoh)ら、ニューロサイエンスレターズ(Neuroscience Letters)、第434巻(2008)、pp.260−265.]に準じて逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)を行った。すなわち、ここでは、10μMのCA又はCSで0、8又は24時間処理した3T3−L1細胞から、実験〔1−7〕の場合と同様に総RNAを抽出した。cDNAテンプレートとして以下のプライマーを用い、夫々以下に示したサイクルによりRT−PCRを行った。RT−PCRにおけるサーマルサイクラーの操作条件は、熱変性94℃(2分)の後、熱変性94℃(15秒)→アニール55℃(30秒)→ポリメラーゼ反応72℃(1分)を1サイクルとし、以降に述べるそれぞれのプライマーに対するサイクル数で増幅を繰返した後、4℃に冷却した。なお、RT−PCRの反応組成は、cDNA 2μL(RNA量は合成されたcDNA2μLに対し170ng使用)、F−primer(10μM)1μL(10pmol)、R−primer(10μM)1μl(10pmol)、premix Taq 25μL、及び滅菌蒸留水21μLで総計50μLとした。
【0038】
リボソームRNA(rRNA:149bp)については、14、16、18、20、22のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−CGGCTACCACATCCAAGGAA−3′(rRNA−F:配列番号1)、及び、Reverse:5′−GCTGGAATTACCGCGGCT−3′(rRNA−R:配列番号2)を用いた。
【0039】
グルタチオンS−トランスフェラーゼ サブユニットα−2(gsta2:397bp)については、30、32、34、36、38のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−GAAGGACATGAAGGAGAGAGC−3′(gsta2−F:配列番号3)、及びReverse:5′−TTCTTCGATTTGTTTTGCATC−3′(gsta2−R:配列番号4)を用いた。
【0040】
グルタミン酸システインリガーゼ 触媒サブユニット(gclc:561bp)については、22、24、26、28、30のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−GTGGAGTACATGTTGGTGTC−3′(gclc−F:配列番号5)、及びReverse:5′−GTAGATATGGTCTGGCTGAG−3′(gclc−R:配列番号6)を用いた。
【0041】
ATP−結合カセット サブファミリーCメンバー4(abcc4:412bp)については、30、32、34、36、38のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−GTTAATTGAGGAGGGCACTC−3′(abcc4−F:配列番号7)、及びReverse:5′−GGAGATTCCTATCTCCACCC−3′(abcc4−R:配列番号8)を用いた。
【0042】
ATP−結合カセット、サブファミリーCメンバー1(abcc1:457bp)については、26、28、30、32、34のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−CTCTGGTCATTGAATAAGGAG−3′(abcc1−F:配列番号9)、及びReverse:5′−CCACTGACGAAGCAGATATG−3′(abcc1−R:配列番号10)を用いた。
【0043】
ヘムオキシゲナーゼ−1(ho−1:617bp)については、22、24、26、28、30のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−AGGTGTCCAGAGAAGGCTT−3′(ho−1−F:配列番号11)、及びReverse:5′−ATCTTGCACCAGGCTAGCA−3′(ho−1−R:配列番号12)を用いた。
【0044】
NADP(H)キノン酸化還元酵素1(nqo1:923bp)については、22、24、26、28、30のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−ATCCTTCCGAGTCATCTCTA−3′(nqo1−F:配列番号13)、及びReverse:5′−CAACGAATCTTGAATGGAGG−3′(nqo1−R:配列番号14)を用いた。
【0045】
グルタミン酸システインリガーゼ、調節サブユニット(gclm:598bp)については、22、24、26、28、30のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−AGGAGCTTCGGGACTGTATT−3′(gclm−F:配列番号15)、及びReverse:5′−TGGGCTTCAATGTCAGGGAT−3′(gclm−R:配列番号16)を用いた。
【0046】
上記RT−PCR法により得られたCAによる第2相酵素遺伝子の誘導試験の結果を、図7に示した。内部陽性対照としてrRNA遺伝子を用いたが、その発現レベルはCAによって変化することはなかった。インキュベーションの8〜24時間後にはCAによってすべての遺伝子が増加したが、これらの遺伝子間の誘導パターンにはわずかな違いが認められた。表1に示した以外の、その他の確実な第2相酵素遺伝子(ho−1、nqo1、gclm)も、CAによって誘導された。CSによる結果は、CAと同様であった(データは示さず)。
【0047】
〔実験1:脂肪細胞分化の抑制因子としてのCAの機能について〕
CAは、おそらく、膵リパーゼを阻害することで消化管による脂質吸収を減少させることにより、オリーブオイル負荷マウスにおける血中トリグリセリドの上昇を抑制すると報告されている[ニノミヤ K(K. Ninomiya)ら、バイオオーガニック&メディシナルケミストリーレターズ(Bioorganic&Medicinal Chemistry Letters)、第14巻(2004)、pp.1943−1946.]。同研究は、CAの投与によって体重がin vivoにおいて減少することを明らかにしている。したがって、少なくともCAは、消化管での脂質摂取の阻害を通じて抗肥満作用を有している可能性がある。しかし最近の報告は、体脂肪が蓄積する上での重要な事象の一つは、脂肪組織における前脂肪細胞の脂肪細胞への分化であると指摘している(非特許文献3、4、5参照)。したがって、このような分化の抑制がin vivoにおける抗肥満作用の一因である可能性があると推測した。実験〔1−4−2〕の結果は、CAが極めて低い濃度(IC50=0.86μM)で脂肪細胞の分化を抑制することを示した。つまりCAは、2つの経路である脂質吸収の阻害、および脂肪細胞分化の抑制によって体脂肪を減少させることを見いだした。
【0048】
〔実験1:GSHの機序について〕
〔実験1〕から、3点の重要な知見が得られた。
1)CAおよびCSは脂肪細胞の分化を抑制した。
2)CAは第2相酵素を誘導し、その酵素のすべてがGSH代謝に関連していた。
3)CAおよびCSは細胞内GSH量を増加させた。
これらの知見を考慮に入れ、図8に示すように、CAまたはCSによる抗肥満作用の機序を見いだした。その最も重要な論拠は、GSH代謝の亢進が脂肪細胞の分化の抑制につながっている可能性があるという点である。実験〔1−7〕の結果、Gsta2、Gclc、Abcc4、Abcc1をコード化している4つの第2相酵素遺伝子が、CA誘導遺伝子の上位5位に入ることを見出した。Gsta2は、親電子性物質によってGSHの抱合を触媒し、GclcはGSHの合成に関連し、Abcc1とAbcc4はGSH抱合された求電子化合物の能動輸送を行う。このような遺伝子の誘導によってGSH代謝が亢進され、酸化ストレスに対する耐性が上昇するはずである。しかし、GSH濃度の単なる上昇が重要な生理学的意味を持っているのではなく、GSH代謝の持続的な亢進が重要ではないかと考えられる。すなわち細胞レドックスのこのような全体的な調節が、脂肪細胞の分化に影響している可能性がある。では、GSH代謝の持続的な亢進によって、なぜ脂肪細胞の数が減少するのか、考えられる一つの答えは、活性酸素種が分化を促進する作用があり、GSH代謝の亢進が、そのような分化の促進を抑制している可能性がある、というものである。
【0049】
また、転写因子Nrf2は、第2相酵素の発現を調節するのみならず、アリール炭化水素受容体(AhR)の濃度も調節している可能性があり[シン S(S. Shin)ら、モルキュラー&セルラーバイオロジー(Molecular&Cellular Biology)、第27巻(2007)、pp.7188−7197.]、これが、脂肪細胞分化に対するCA誘導抑制の一因になっていると考えられる。AhRはダイオキシン型リガンドに対する受容体であり、ダイオキシンは3T3−L1細胞の異物応答配列(XRE)を活性化することによって脂肪細胞分化を抑制すると報告されている[フィリップス P.(M. Philips)ら、ジャーナル オブ セル サイエンス(Journal of Cell Science)、第108巻(1995)、pp.395−402.]。しかし、どの経路が主としてCAによる抑制の一因となっているのかについては、依然として不明である。したがって、3T3−L1細胞における脂肪細胞分化に対するCA誘導抑制について、考えられる2つの機序を考慮した。すなわち一方は、図8に示すように、GSHが仲介する経路であり、他方はAhRが仲介する経路で、Nrf2→ARE→XRE活性化→脂肪細胞分化の抑制、というものである。
【0050】
[実験2:肥満自然発症マウスに対するCA投与による作用について]
〔2−1.肝臓内中性脂肪蓄積に対するCAの抑制効果〕
〔2−1−1.肥満自然発症マウスの入手及び飼育条件〕
肥満を自然発症するレプチン欠損マウス(ob/obマウス;ジャクソンラボラトリー(TJL)由来)、雄、4週齢を日本チャールスリバー社より購入した。ob/obマウスは室温、湿度がコントロールされ、12時間毎の明暗サイクルに照明管理した環境の室内にて飼育を行なった。5週齢6匹を3匹ずつ無作為に2群(コントロール群および治療群)に分け、コントロール群にはCA非含有食餌、治療群にはCA0.03%含有食餌を夫々各6週間投与した。食餌摂取量、体重を経時的に測定した。
〔2−1−2.CAの精製および食餌の作成方法〕
ローズマリー末(高砂薬業株式会社製)2kgにエタノールを10L加え、40℃で攪拌しながら3時間抽出操作を行った。濾過し不溶物を除去後、濾液をロータリーエバポレーターで濃縮した。濃縮物をシリカゲルカラム(溶出液:ヘキサン・酢酸エチル混液(9:1))にかけ、11gのCA(実施例1化合物:親電子性物質前駆体)を得た。得られたCAをマウス用餌MF(オリエンタル酵母工業株式会社製)に混ぜCA0.03%含有餌を作製した。
〔2−1−3.肝組織内の中性脂肪の測定〕
6週後にマウスを犠死させ、肝の一部を採取し、重量を測定後に直ちに−80℃に凍結し中性脂肪測定に供した。凍結した肝臓を100mg量りとり、250mMスクロース、2mMエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム、10mMトリス塩酸緩衝液(pH7.4)を2ml加えた。これをポリトロンミキサーにかけて粉砕した後、さらに凍結融解操作(−80℃で30分間放置することによって凍結後、37℃で融解)を2回行うことによって肝組織破壊物を得た。得られた肝組織破壊物をエッペンドルフ社製チューブに入れ、10000rpm、25℃、3分間遠心操作を行うことによって不溶物を除去した。不溶物除去後の上清(5μL)中の中性脂肪量を測定キット(トリグリセライドG−テストワコー(商品名):和光純薬工業株式会社製)にて測定した。結果は、コントロール群の中性脂肪量を100%として算出した。
【0051】
実験〔2−1〕の結果は以下のとおりであった。
総食餌摂取量:治療群209±7.7g(平均±標準偏差)、コントロール群220±14.3gで、両群間に有意の差は認められなかった。
体重:犠死時の体重は、治療群55.2±1.4g(平均±標準偏差)、コントロール群58.1±3.2gで、両群間に有意差は認められなかった。
肝組織内中性脂肪(TG:Triacylglyceride)量:コントロール群100.0±5.2%(平均±標準誤差)に対して治療群60.3±6.8%で、治療群で有意(p<0.001)に低下していた(表2、図9)。なお、統計解析は、スチューデントt検定(Student’s t test)にて行なった。各測定値は、特記したもの以外は、平均値(Mean)±標準誤差(SE)で示した。
【0052】
【表2】
【0053】
〔2−2.体重変化、血清生化学項目試験、糖負荷試験、組織学的試験〕
〔2−2−1.体重変化及び総食餌摂取量〕
肥満自然発症マウスの入手及び飼育条件(体重変化及び食餌摂取量を含む)、並びにCAの精製および食餌の作成方法については、〔2−1−1〕及び〔2−1−2〕の場合と共通(同様)とし、統計解析法についても実験〔2−1〕の場合と同様に行なった。
【0054】
〔2−2−2.血清生化学項目試験〕
コントロール群にはCA非含有食餌、治療群にはCA0.03%含有食餌を各6週間投与、6週後にマウスを犠死させ、心臓穿刺によって血液を採取、血清を調製した。得られた血清を用い、随時血糖、総中性脂肪、総コレステロール、遊離脂肪酸、ALT(アラニンオキソグルタル酸アミノトランスフェラーゼ:GPT)の測定を行なった(盛岡SRL社に試験委託)。
【0055】
〔2−2−3.腹腔内糖負荷試験(耐糖能試験:GTT)〕
18時間絶食させた後に、ブドウ糖を腹腔内に体重gあたり1.5mg負荷し、経時的(30分、60分、120分)に血糖値(Glucose mg/dL)を測定した。血糖値の測定には、グルコメータ(サノフィ−アベンティス社製)を用いた。
【0056】
〔2−2−4.組織学的試験〕
犠死させたマウスの白色脂肪組織(WAT)、及び肝臓組織をパラフィンで包埋、5μm厚に薄片化した後、ヘマトキシリン(hematoxylin)及びエオジン(eosin)により染色し、組織学的試験(Histological Examination)を行なった。
【0057】
実験〔2−2−1〕の結果は、コントロール群(CA−)及び治療群(CA+)についての体重変化を図10に示したとおり、コントロール群に対して治療群は3乃至5週間後までの経時的変化において、その増加が有意に抑制された(p<0.05)。また、コントロール群(CA−)及び治療群(CA+)についての食餌摂取量(Food intake:g/マウス/日)を図11に示したとおり、両群間に有意差が認められなかった。
【0058】
実験〔2−2−2〕の結果は、コントロール群(CA−)及び治療群(CA+)について、随時血糖(mg/dL)、総中性脂肪(mg/dL)、総コレステロール(mg/dL)、遊離脂肪酸(μEQ/L)の測定値を表3に示した。また、ALT(IU/L)の測定値は図12に示したとおりである。遊離脂肪酸は両群間に有意差が認められなかったが、随時血糖(p<0.01)、総中性脂肪(p<0.01)、血中総コレステロール(p<0.05)、ALT(p<0.05)は、夫々コントロール群に対して治療群で有意に低下していた。
【0059】
【表3】
【0060】
実験〔2−2−3〕の結果は、コントロール群(CA−)及び治療群(CA+)について、夫々の血糖値の経時変化を図13に示した。糖負荷後2時間における血糖値がコントロール群に対して治療群で有意(p<0.05)に低下し、耐糖能の改善が認められた。
【0061】
実験〔2−2−4〕の結果は、コントロール群(CA−)及び治療群(CA+)について、夫々WAT及び肝臓組織(Liver)の組織所見(顕微鏡写真)を図14に示した。WATの組織所見ではコントロール群に対して治療群で細胞の小型化が認められた。肝臓の組織所見では、肝細胞内脂肪量の顕著な低下が認められた。
【技術分野】
【0001】
本発明はメタボリックシンドローム治療又は予防薬、及び脂肪細胞分化抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞レベルでの肥満は、脂肪組織の線維芽細胞様前脂肪細胞から分化した脂肪細胞の数と大きさの増加を特徴とし[例えば非特許文献1、2参照]、これは、脂肪細胞の肥大と、前駆細胞からの新たな脂肪細胞の生成によって誘導される。分化は、2つの特徴的な段階で構成されると考えられている。すなわち、決定(線維芽細胞から脂肪細胞前躯体へ)とコミットメント(脂肪細胞前躯体から脂肪細胞へ)である[例えば非特許文献3参照]。マウス3T3−L1細胞は非常に特徴がはっきりしており、前脂肪細胞から脂肪細胞へのコミットメントを研究する場合に信頼できるin vitroモデルであることを、多くの報告書が示唆している[例えば非特許文献4参照]。
【0003】
メタボリックシンドロームの治療又は予防に有用な物質となり得ることから、前駆脂肪細胞としてのマウス3T3−L1細胞から脂肪細胞への分化を抑制する可能性がある物質を、多くの研究者が探し求めてきた[例えば、特許文献1、非特許文献5、6参照]。しかしながら、安全性が高く実質的に有効なメタボリックシンドローム治療又は予防薬は未だ見出されていないという現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−75640号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】T.L. Visscher, J.C. Seidell, The public health impact of obesity.,Annu. Rev. Public Health 22 (2001) pp.355−375.
【非特許文献2】P.G. Kopelman, Obesity as a medical problem, Nature 404 (2000) pp.635−643.
【非特許文献3】M.D. Lane, Q.Q. Tang, From multipotent stem cell to adipocyte., Birth. Defects.Res. A Clin. Mol. Terat. 73 (2005) pp.476−477.
【非特許文献4】R.M. Cowherd, R.E. Lyle, R.E.Jr. Mcgehee, Molecular regulation of adipocyte differentiation. Semin Cell Dev. Biol., 10 (1999) pp.2−10.
【非特許文献5】S. Rayalam, M.A. Della−Fera, C.F. Baile, Phytochemicals and regulation of the adipocyte life cycle. J. Nutr. Biochem. 19 (2008) pp.717−726.
【非特許文献6】C.L. Hsu, G.C. Yen, Phenolic compounds: evidence for inhibitory effects against obesity and their underlying molecular signaling mechanism. Mol. Nutr. Food Res.52 (2008) pp.53−61.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
かかる現状に鑑みてなされた本発明の目的は、メタボリックシンドローム治療又は予防薬を提供すること、また、脂肪細胞分化抑制方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明によるメタボリックシンドローム治療又は予防薬は、前駆脂肪細胞におけるグルタチオン(GSH)代謝を活性化し脂肪細胞への分化を抑制する親電子性物質前駆体又は親電子性物質を有効成分として含有することを特徴とする。このような脂肪蓄積抑制剤において、親電子性物質前駆体又は親電子性物質が、第2相酵素の発現を誘導することによってGSH代謝を活性化するものであることが好ましく、また、親電子性物質前駆体が、グルタチオンS−トランスフェラーゼ サブユニットα−2(Gsta2)、グルタミン酸システインリガーゼ 触媒サブユニット(Gclc)、ATP−結合カセット サブファミリーCメンバー4(Abcc4)、及びATP−結合カセット、サブファミリーCメンバー1(Abcc1)を含む第2相酵素の発現を誘導することによってGSH代謝を活性化するものであることが好適である。そして、親電子性物質前駆体として、カルノシン酸(CA)、カルノソール(CS)及びこれらの薬学的に許容される塩から1以上選択することができる。
【0008】
また、上記目的を達成するため、本発明による脂肪細胞分化抑制方法は、親電子性物質前駆体又は親電子性物質を前駆脂肪細胞に接触させて前記前駆脂肪細胞のグルタチオン(GSH)代謝を活性化させることを特徴とする。この脂肪細胞分化抑制方法において、グルタチオンS−トランスフェラーゼ サブユニットα−2(Gsta2)、グルタミン酸システインリガーゼ 触媒サブユニット(Gclc)、ATP−結合カセット サブファミリーCメンバー4(Abcc4)、及びATP−結合カセット サブファミリーCメンバー1(Abcc1)を含む第2相酵素の発現を誘導することによって前記GSH代謝を活性化することが好ましく、また、Gsta2を低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白(Lrp)の2倍以上の発現量に最も強く発現誘導し、前記Lrpに続き前記Gclc、Abcc4、Abcc1をNidogen 1(Nid1)の発現量以上に発現誘導させることが好適である。そして、親電子性物質前駆体が、カルノシン酸(CA)、カルノソール(CS)及びこれらの薬学的に許容される塩から1以上選ばれたものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明のメタボリックシンドローム治療又は予防薬は、天然物から抽出、精製することによって得ることが出来、細胞毒性は十分に低く、安全性が高い上、内臓組織、特に肝臓組織においても脂肪の蓄積を抑制することができる。また、経口投与することができるという優れた効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の親電子性物質前駆体を含有するシソ科植物からの抽出物について高速液体クロマトグラフ法による分析結果の一例を示すクロマトグラフである。
【図2】本発明の親電子性物質前駆体による前駆脂肪細胞の分化抑制効果の一例を示す図面代用写真であり、(A)は親電子性物質前駆体非添加の非分化培地で、(B)は親電子性物質前駆体非添加の分化培地で、(C)及び(D)は夫々実施例1及び2の親電子性物質前駆体を添加した分化培地で培養した細胞について染色後に顕微鏡観察した例である。
【図3】シソ科植物に含まれる本発明の親電子性物質前駆体(実施例1、2)及びその他の化合物について前駆脂肪細胞に対する分化抑制効果を比較する用量反応曲線の一例を示すグラフである。
【図4】前駆脂肪細胞を本発明の親電子性物質前駆体に暴露することにより、Nrf2が核内に移行することを確認するウェスタンブロット法による泳動像の一例を示す図面代用写真である。
【図5】シソ科植物に含まれる本発明の親電子性物質前駆体及びその他の化合物について、ルシフェラーゼアッセイの結果の一例を示すグラフである。
【図6】シソ科植物に含まれる本発明の親電子性物質前駆体及びその他の化合物について、GSH分析の結果の一例を示すグラフである。
【図7】本発明の親電子性物質前駆体による第2相酵素遺伝子の誘導試験の結果の一例を示すRT−PCRの図面代用写真である。
【図8】本発明の親電子性物質前駆体による抗肥満作用の作用機序を提案するフロー図である。
【図9】レプチン欠損マウス(ob/obマウス)に本発明の親電子性物質前駆体を投与する場合の肝臓内中性脂肪蓄積に対する抑制効果の一例を示すグラフである。
【図10】レプチン欠損マウスに本発明の親電子性物質前駆体を投与する場合の体重増加の抑制効果の一例を示すグラフである。
【図11】レプチン欠損マウスに本発明の親電子性物質前駆体を添加した食餌を自由に与える場合に、食餌摂取量の一例を示すグラフである。
【図12】レプチン欠損マウスに本発明の親電子性物質前駆体を投与する場合に血中ALTの低減効果の一例を示すグラフである。
【図13】レプチン欠損マウスに本発明の親電子性物質前駆体を投与した場合における、耐糖能改善効果の一例を示すグラフである。
【図14】レプチン欠損マウスに本発明の親電子性物質前駆体を投与する場合における白色脂肪組織(WAT)及び肝臓組織(Liver)の組織所見の一例を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の好ましい実施形態例について、詳細に説明する。この実施形態におけるメタボリックシンドローム治療又は予防薬は、前駆脂肪細胞におけるグルタチオン(GSH)代謝を活性化する親電子性物質前駆体又は親電子性物質を有効成分として含有するものである。本実施形態の前駆脂肪細胞は、in vitro細胞培養系或はin vivoにおいて脂肪細胞に分化し得る細胞であれば当該細胞の由来となる動物種、組織・部位など特に限定されない。分化誘導の安定性、効率が高い点では、前駆線維芽細胞が好ましく、マウス3T3−L1細胞がより好ましい。親電子性物質前駆体は、当該物質自体は親電子性を有するものではなく、酸化されることによって親電子性となる物質である。そして、このような親電子性物質前駆体又は親電子性物質の内、前駆脂肪細胞のGSH代謝を活性化する物質を有効成分として含有する。親電子性物質前駆体又は親電子性物質は、ジハイドロキノン又はキノンを活性基とする化合物であることが好ましく、パラ型又はオルソ型のジハイドロキノン又はキノンを活性基とする化合物であることがより好ましい。そして、上記親電子性物質前駆体、親電子性物質の内では、パラ型又はオルソ型のジハイドロキノン又はキノンを活性基とする親電子性物質前駆体が好ましく、パラ型又はオルソ型のジハイドロキノンを活性基とする親電子性物質前駆体がより好ましい。上記親電子性物質前駆体の内、テルペン骨格をもつ、パラ型又はオルソ型のジハイドロキノンを活性基とする親電子性物質前駆体が好ましく、また、ジテルペン骨格をもつ、パラ型又はオルソ型のジハイドロキノンを活性基とする親電子性物質前駆体がより好ましく、パラ型又はオルソ型のジハイドロキノンを活性基とするカルノシン酸(CA)又はカルノソール(CS)又はこれらの誘導体がさらに好ましい。そして、さらに好ましいのは、オルソ型のジハイドロキノンを活性基とするCA又CAの誘導体である。また、ここで、親電子性物質前駆体が、転写因子Nrf2を活性化するものであることが好ましく、親電子性物質前駆体が、タンパク質のチオール基へ共有結合するものであることが好適である。本実施形態の親電子性物質前駆体は、後述する実施例にて確認したように、前駆脂肪細胞におけるKeap1/Nrf2経路の活性化を介してGSH代謝を活性化するものとすることができる。このGSH代謝活性化による前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化抑制が、生体内における内臓脂肪低減や脂肪蓄積抑制、特に肝臓組織の脂肪蓄積抑制作用を介したメタボリックシンドローム治療又は予防薬としての機能の一部を担っている。
【0012】
ここで、Keap1/Nrf2経路は、調節タンパク(遺伝子)であるKeap1(kelch−like ECH−associated protein 1)と、抗酸化反応エレメント(ARE:antioxidant−response element)に結合する転写因子であるNrf2(NF−E2−related factor 2)で構成される[K.イトウ(K.Itoh)ら、フリー ラジカル バイオロジー&メディシン(Free Radical Biology&Medicine)、第36巻、10号(2004)、pp.1208−1213.]、[P.タラレイ(P.Talalay)、バイオファクターズ(BioFactors)、第12巻、(2000)pp.5−11.]。親電子性物質が、Keap1タンパク質の必須なシステイン残基と反応して付加物を形成するとKeap1のシステインチオール基がS−アルキル化され[T.サトウ(T.Satoh)ら、トレンズ イン ニューロサイエンス(Trends in Neurosciences)、第30巻、第1号(2007)、pp.38−45.]、この系が乱されてNrf2が安定化するため、細胞質から細胞核へのNrf2の移行が可能となり、Nrf2は細胞核でAREに結合し、第2相酵素の発現を刺激することが示唆されている。本実施形態の親電子性物質前駆体は、前駆脂肪細胞において上述の反応経路と同様の経路を介して第2相酵素の発現を誘導することによってGSH代謝を活性化するものであることが好ましい。
【0013】
また、この場合、本実施形態の親電子性物質前駆体は、第2相酵素(遺伝子)の内、グルタチオンS−トランスフェラーゼ サブユニットα−2(Gsta2:NM_008182)、グルタミン酸システインリガーゼ 触媒サブユニット(Gclc:BC019374)、ATP−結合カセット サブファミリーCメンバー4(Abcc4:BB291885)、及びATP−結合カセット、サブファミリーCメンバー1(Abcc1:NM_008576)を含む第2相酵素(遺伝子)の発現をより強く誘導するものであることがより好ましい。そして、親電子性物質前駆体は、Gsta2を低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白(Lrp:NM_008512)の2倍以上の発現量に最も強く発現誘導し、前記Lrpに続き前記Gclc、Abcc4、Abcc1をNidogen 1(Nid1:X14480)の発現量以上に発現誘導させるものであることがさらに好ましい。ここで、Gsta2は、親電子性物質によってGSHの抱合を触媒し、GclcはGSHの合成に関連し、Abcc1とAbcc4はGSH抱合された求電子化合物の能動輸送を行う。このような遺伝子の誘導によってGSH代謝が亢進され、酸化ストレスに対する耐性が上昇するものと考えられる。しかし、GSH濃度の単なる上昇が重要な生理学的意味を持っているのではなく、後述の実施例によって確認されるように、GSH代謝の持続的な亢進が重要であり、すなわち細胞レドックスのこのような全体的な調節が、脂肪細胞の分化に影響している可能性がある。なお、親電子性物質前駆体による第2相酵素の発現誘導は、例えばリボソームRNA(rRNA)の発現量をコントロールとしてマイクロアレイ解析により各誘導倍率(Induction Fold)を算定することができる。
【0014】
この実施形態における親電子性物質前駆体は、上述のとおり酸化されることにより親電子性物質となるものであれば特に限定されない。具体的には、例えば、カルノシン酸(CA)やカルノソール(CS)の他、tert−ブチルヒドロキノン(TBHQ)、4−メチルカテコール(4−Methyl−catechol)、3−メチルカテコール(3−Methyl−catechol)、2−メチルヒドロキノン(2−Methyl−hydroquinone)等を挙げることができる。これらの内、細胞毒性は十分に低く、安全性が高い点ではCA及びCSが好ましい。CA、CS及びこれらの薬学的に許容される塩から1以上選択することができる。薬剤として化学的安定性が高い場合がある点、また、脂肪細胞分化抑制能が高い場合がある点ではCAがより好ましく、CA、及びCAの薬学的に許容される塩から1以上選択することができる。なお、CA及びCSは公知の化学合成法や半合成法により得られたものであっても良いが、その合成工程は煩雑であり、また、合成中間体や異性体を含む副生成物などの分離除去に手間を要し、また、これら不純物が充分に除去できず含有される場合がある点では、ロスマリヌス オフィキナリス(Rosmarinus officinalis L.;ローズマリー)、サルビア オフィキナリス(Salvia officinalis L.;セイジ)などのようなシソ科植物から抽出、精製したものが好ましい。
【0015】
CA又はCSのシソ科植物からの抽出方法は、対象植物の栽培品種、利用部位、前処理条件の他、抽出溶媒、抽出条件などを含め特に限定されない。例えば、市販のローズマリー粉末やセイジ粉末などを用いて抽出後、精製したり、また、市販のローズマリー抽出物やセイジ抽出物を用い精製してCA又はCSを得ることもできる。精製法についても特に限定されないが、比較的短時間の内に再現性良く精製できる場合がある点では、順相系又は逆相系の液体クロマトグラフ法を用いて単離することが好ましい。例えば、既報[コサカ.K(K.Kosaka)ら、バイオロジカル&ファーマシューティカルブレチン(Biological&pharmaceutical bulletin、第26巻(2003)、pp.1620−1622.]に準じて効率良く抽出、高純度に精製することができる。すなわち、ここではローズマリーの乾燥葉を3乃至5倍(V/W)の無水エタノール(99.5%以上:V/V)乃至80%(V/V)エタノール・水混液に浸漬、30℃乃至50℃の温度条件下、12時間乃至72時間抽出し、抽出液を1/10乃至1/30容量になるまで濃縮して不溶物を濾過して除き、濾液に1乃至3倍(V/V)の水を加えて析出物を濾取し乾燥することで、使用乾燥葉に対して1乃至3重量%の収率でローズマリー抽出物を得ることができる。このローズマリー抽出物を用い順相系液体クロマトグラフ法によりCA及びCSを単離し、夫々の単離物を非極性溶媒から再結晶することによって、使用乾燥葉に対して0.01乃至0.06重量%の収率でCA、また、0.004乃至0.03重量%の収率でCSを得ることができる。順相系液体クロマトグラフ法は、シリカゲルを充填したカラム、溶離液は酢酸エチルとヘキサンの混液を用いることが好ましい。再結晶の非極性溶媒にはヘキサンが好適に使用できる。このようにして得られるCA及びCSは、夫々液体クロマトグラフ法により単一ピークを示し、日本薬局方一般試験法、電気滴定法のような絶対定量により95%以上、通常98%以上の純度(乾燥品換算)を有し、医薬品原体としても適用可能なものとすることができる。
【0016】
後述する実施例に示すとおり、レプチン欠損マウス(ob/obマウス、5週齢)を用い、上述のような親電子性物質前駆体としてCAを添加(0.03%)した食餌を6週間経口投与し(治療群)、CA非含有食餌投与群(コントロール群)と共に、(総)食餌摂取量、体重、肝臓組織内中性脂肪量、随時血糖、血中総中性脂肪、血中総コレステロール、血中遊離脂肪酸、血中ALT(アラニンオキソグルタル酸アミノトランスフェラーゼ:GPT)、腹腔内糖負荷試験、白色脂肪組織(WAT)及び肝臓組織についての組織学的試験(Histological Examination)などを行なった。この結果、総食餌摂取量及び血中遊離脂肪酸については、治療群とコントロール群との間に有意差が認められなかった。体重は、1回目の実験では6週間後において両群間に有意差が認められなかったが、2回目の実験ではコントロール群に対して治療群は3乃至5週間後までの経時的変化において、その増加が有意に抑制された(p<0.05)。肝臓組織内中性脂肪量は、コントロール群に対して治療群で有意(p<0.001)に低下していた。随時血糖、血中総コレステロールは、コントロール群に対して治療群で有意(p<0.05)に低下していた。血中ALTは、コントロール群に対して治療群で有意(p<0.05)に低下し、肝障害の抑制効果が期待できる。腹腔内糖負荷試験では、糖負荷後2時間における血糖値がコントロール群に対して治療群で有意(p<0.05)に低下し、耐糖能の改善が認められた。WATの組織所見ではコントロール群に対して治療群で細胞の小型化が認められた。肝臓の組織所見では、肝細胞内脂肪量の顕著な低下が認められた。以上の結果から、本実施形態の親電子性物質前駆体は、メタボリックシンドロームの治療又は予防において、或はメタボリックシンドロームの治療又は予防の他、次に示す具体的機能を有し、各機能に対応する治療又は予防薬として有用であることが確認された。
【0017】
すなわち、本実施形態の親電子性物質前駆体は、ヒトを含む哺乳類動物に投与することにより、(1)内臓脂肪の蓄積を抑制する。したがって、内臓脂肪蓄積抑制剤として有用である。(2)肝臓組織における脂肪の蓄積を抑制する。したがって、脂肪肝予防薬として有用である。(3)内臓脂肪を低減する。したがって、内臓脂肪分解薬として有用である。(4)血糖値を低減し、(5)インスリン抵抗性を抑制する。したがって、(6)糖尿病の治療又は予防薬、また、糖尿病による合併症の発症予防薬として有用である。また、(7)肝臓組織の炎症反応を抑制し、(8)肝臓細胞の傷害を抑制する。したがって、糖尿病の予防の他、肝障害抑制薬として有用である。さらに、(9)血中の中性脂肪量を低減し、(10)血中のコレステロールを低減する。したがって、動脈硬化予防薬、心筋梗塞予防薬、脳梗塞予防薬としても有用となり得る。なお、このような親電子性物質前駆体の投与経路は、特に限定されるものではない。例えば、経口の他、静注、皮下注、経皮などの投与経路を挙げることができる。また、剤型についても特に限定されない。具体的には、例えば、日本薬局方製剤総則に準じて、粉末、顆粒、錠剤、カプセル、注射剤、軟膏、坐剤とすることができる。さらには、健康用食品や化粧品、動物用餌として医薬品以外の用途に利用することもできる。
【0018】
また、本実施形態による脂肪細胞分化抑制方法は、親電子性物質前駆体を前駆脂肪細胞に接触させて前駆脂肪細胞のGSH代謝を活性化させるものである。この脂肪細胞分化抑制方法は、in vitro条件下における細胞培養の他、ヒトを含む哺乳類動物に上述のような剤型、投与経路で投与し、生体内において前駆脂肪細胞に親電子性物質前駆体を接触させることも包含する。この脂肪細胞分化抑制方法において、Gsta2(NM_008182)、Gclc(BC019374)、Abcc4(BB291885)、及びAbcc1(NM_008576)を含む第2相酵素の発現を誘導することによってGSH代謝を活性化することが好ましい。Gsta2を低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白(Lrp:NM_008512)の2倍以上の発現量で最も強く発現誘導し、Lrpに続きGclc、Abcc4、Abcc1をNidogen 1(Nid1:X14480)の発現量以上に発現誘導させることがより好ましい。ここで、親電子性物質前駆体は、CA、CS及びこれらの薬学的に許容される塩から1以上選ばれたものであることが好適である。上記各第2相酵素及びLrp、Nid1には、夫々の公的ID(public ID)を付記した。なお、上記脂肪細胞分化抑制方法がin vitro条件下の細胞培養の場合、前駆脂肪細胞は、間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell)を増殖の後、前駆脂肪細胞への分化が決定付けられた細胞であれば特に限定されない。このような前駆脂肪細胞の培養において、上記親電子性物質前駆体を加えた分化培地を用いて培養する工程を加えることにより、前駆脂肪細胞のGSH代謝を活性化させて、脂肪細胞への分化を抑制することができる。前駆脂肪細胞がマウス3T3−L1細胞の場合、分化培地や培養条件は、例えば既報[イトウA.(A.Ito)ら、ジャーナルオブバイオロジカルケミストリー(Journal of Biological Chemistry)、第282巻(2007)、pp.25445−25452.]に準じたものとすることができる。ここでは、5乃至15%FBS加ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)に、0.15乃至0.35μMデキサメタゾン、0.25乃至0.75mMイソブチル−3−メチルキサンチン(IBMX)、5乃至15μg/ml インスリン、及び0.5乃至1.5μM ピログリタゾンを添加した分化培地を用いた。培養条件は、5%CO2の加湿雰囲気下37℃で3日間維持してコンフルエントに達するような密度で複数穴を有する培養プレートに前駆脂肪細胞を播種し、2日間維持した後、親電子性物質前駆体としてCA又はCSを1μM乃至10μMを分化培地に加えて培養を続け、3日目に、デキサメタゾンとIBMXを除き、インスリンを培地に残してさらに2日間維持する工程を含んで構成する。また、前駆脂肪細胞は、以上の細胞培養工程の前後に増殖DMEM培地を用い5%CO2の加湿雰囲気下37℃で維持することが好ましい。増殖DMEM培地は、例えば、15乃至35mMグルコースを含有するDMEMに、5乃至15%仔ウシ血清、80乃至120U/mLペニシリン、80乃至120μg/mLストレプトマイシン、及び1乃至3mMのL−グルタミンを添加したものを用いることができる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明によるメタボリックシンドローム治療又は予防薬、及び脂肪細胞分化抑制方法ついて、実施例、比較例を示して具体的に説明するが、これによって本発明を限定するものではない。
【0020】
[実験1:脂肪細胞分化抑制の検討(In Vitro)]
〔1−1.化学物質〕
CA(実施例1)及びCS(実施例2)は、既報[コサカ.K(K.Kosaka)ら、バイオロジカル&ファーマシューティカルブレチン(Biological&pharmaceutical bulletin、第26巻(2003)、pp.1620−1622.]に準じてローズマリー(Rosmarinus officinalis L.)の葉から抽出、精製した。すなわち、ここではローズマリーの乾燥葉(5kg)を2Lの無水エタノール(99.5%以上:V/V)に浸漬、40℃の温度条件下、24時間抽出し、抽出液を1Lになるまで濃縮して不溶物を濾過して除き、濾液に2Lの水を加えて析出物を濾取し乾燥することで、使用乾燥葉に対して2.1重量%の収率でローズマリー抽出物(105g)を得た。このローズマリー抽出物を用い順相系液体クロマトグラフ法によりCA及びCSを単離し、夫々の単離物をヘキサンから再結晶することによって、使用乾燥葉に対して0.03重量%の収率でCA(1.5g)、また、0.004乃至0.03重量%の収率でCS(0.8g)を得た。順相系液体クロマトグラフ法は、シリカゲルを充填したカラム、溶離液は酢酸エチル・ヘキサン混液(4:1)を用いた。得られたCA及びCSは13C及び1H−NMRにより構造を確認した。夫々の純度は、液体クロマトグラフ法で単一ピークを示し、絶対定量の結果98%以上であった。
【0021】
ローズマリーに含まれるCA、CS以外の化合物(公知生理活性物質)は、シグマ−アルドリッチ ケミカル社(米国ミズーリ州セントルイス)から購入した。
すなわち、ここでは、主なローズマリー含有生理活性物として、(比較例1)フラボノイドとしてのルテオリン(luteolin)、(比較例2)ゲンクワニン(genkwanin)、(比較例3)親水性化合物としてのロズマリン酸(rosemarinic acid)、(比較例4)カフェ酸(caffeic acid)、及び(比較例5)ベルベノン(verbenone)とした。
【0022】
イソブチル−3−メチルキサンチン(IBMX)、デキサメタゾン、インスリン、ピログリタゾンおよびオイルレッドOは、シグマ−アルドリッチ ケミカル社から購入した。ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)、ウシ胎仔血清(FBS)、仔ウシ血清、およびペニシリン−ストレプトマイシン溶液は、ライフテクノロジーズ社(旧インビトロジェン社)(米国カリフォルニア州カールズバッド)から購入した。
【0023】
〔1−2.ローズマリー抽出物のHPLC分析〕
ローズマリーの乾燥葉粉末を50(v/v)%エタノール液(エタノール・水混液)に浸漬し、40℃で1時間攪拌してインキュベートした。抽出物中の物質を、次の条件下でHPLC(高速液体クロマトグラフ法)により分析した。
カラム=microBondasphere C18(米国マサチューセッツ州ミルフォード、ウォーターズコーポレーション);HPLCシステム=LC10Avp(日本国京都、島津製作所);検出器=フォトダイオードアレイ検出器SPD−M10Avp;使用溶媒=2%酢酸溶液(A液)とアセトニトリル溶液(B液)の割合を直線的に変えてグラジエント溶出、10%B(0分)〜70%B(60分);流量=1ml/分。
【0024】
上記HPLC分析の結果は、クロマトグラムを図1に示すとおりであり、比較例4、比較例3、比較例1、比較例5、比較例2、実施例2、実施例1の化合物順に溶出し、夫々分離検出された。保持時間(Retention time)が長いほど化合物の疎水性が高くなっている。この分析条件によっても、各化合物の単離精製、純度検定が可能である。
【0025】
〔1−3.細胞培養〕
前駆脂肪細胞としてマウス3T3−L1を用い既報[イトウA.(A.Ito)ら、ジャーナルオブバイオロジカルケミストリー(Journal of Biological Chemistry)、第282巻(2007)、pp.25445−25452.]に準じて細胞培養(脂肪細胞分化または分化抑制)を行った。すなわち、ここでは、マウス3T3−L1線維芽細胞を、25mMグルコースを含有するDMEMに入れ、10%仔ウシ血清、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシンおよび2mMのL−グルタミンを添加(増殖DMEM培地)して、5%CO2の加湿雰囲気下37℃で維持した。細胞は、3日間でコンフルエントに達するような密度で6穴プレートに播種した。この時点(0日目)で細胞を分化培地(DMEM、10%FBS、0.25μMデキサメタゾン、0.5mM IBMX、10μg/mL インスリンおよび1μM ピログリタゾン)に移し、2日間維持した。その後細胞を、様々な濃度のCA、CS、その他の化合物(比較例1〜5)を添加した分化培地によって処理した。3日目に、デキサメタゾンとIBMXを取り除き、インスリンを細胞培地に残してさらに2日間維持した。その後、細胞を元の増殖DMEM培地で維持し、培地は2日ごとに交換した。なお、10%FBS含有DMEMは、GIBCO社、製品番号11965を用いた。
【0026】
〔1−4−1.培養細胞の染色〕
実験〔1−3〕の培養条件により、CA又はCSを含有する分化培地、または含有しない分化培地によって3T3−L1細胞を分化させた。CA又はCSの分化培地の添加濃度は夫々3μMとし、0日目に添加した。脂質の蓄積と細胞核を視覚化するため、オイルレッドO(赤色)と4′,6−ジアミノ−2−フェニルインドール(DAPI:青色)で細胞を染色した。すなわち、ここでは、培養細胞を氷冷PBS(−)で2回洗浄し、4%ホルマリンで固定して室温で1時間静置した後、0.2%オイルレッドOイソプロパノール液で10分間染色した。その後、PBS(−)に5μM溶解したDAPIで染色し、PBS(−)で洗浄した。PBS(−)は、Ca2+、Mg2+(−)リン酸塩緩衝生理食塩水である。画像は、オリンパス社(日本国東京)製顕微鏡により得た。
【0027】
上記細胞染色の結果は、得られた画像(顕微鏡写真)を図2(A〜D)に示したとおりである。(A)はCA、CS非添加の非分化培地で、(B)はCA、CS非添加の分化培地で、(C)及び(D)は夫々CA及びCSを添加した分化培地で培養した細胞についての染色結果である。(C)のスケールバーは25μmを示している。(A)では脂質の蓄積が一切認められなかった。対照的に、分化培地でインキュベートした細胞は大量の脂質を生成し(B)、細胞全体の27.5±3.5%が、蓄積した脂質小滴を有していた。しかし、CAとCSのいずれも、脂質を蓄積する細胞の数を著しく減少させた(CとD)。
【0028】
〔1−4−2.脂肪細胞抑制効果の比較〕
実験〔1−3〕の細胞培養条件により、ローズマリーに含有される、CA(実施例1)、CS(実施例2)、及び比較例1〜5の各化合物の様々な濃度(0.1μM、0.3μM、1μM、3μM)の存在下で3T3−L1細胞をインキュベートした。得られた各培養細胞につき、実験〔1−4−1〕に準じて染色し、化合物による抑制効果を定量化するため、脂質を蓄積する細胞(27.5%)の比率を100%に設定し、各化合物の効果をこの数値と比較した。
【0029】
上記結果から求めたローズマリー由来化合物の用量反応曲線を図3に示したとおり、CAおよびCSは、その細胞質に脂質を蓄積する細胞の数を強力に、かつ用量依存的に減少させた。比較例1〜5の各化合物についてはこれらが脂肪細胞の分化を抑制しないことが確認されたことは、この抑制作用が、ローズマリー由来の化合物の中でもCAおよびCSなどのカテコール系ジテルペンに極めて特異なものであることを示唆するものである。
【0030】
〔1−5.CA又はCSによるNrf2の核移行〕
実験〔1−3〕の培養条件に準じて、CA(実施例1)又はCS(実施例2)を様々な濃度(0、10μM、20μM、40μM)で添加した10%FBS含有DMEM(25mMグルコース添加)培地で3T3−L1細胞を1時間培養した。細胞分画法によって核内のNrf2タンパク質の濃度を調べた後、各培養細胞につき核抽出キット(米国イリノイ州ロックフォード、PIERCE社製 NE−PER)によって核抽出物を調製した。夫々得られた核抽出物は、1000倍に希釈したラット抗Nrf2モノクローナル抗体(弘前大学 K.イトウ(伊藤健)より提供)、および1000倍に希釈したヤギ抗ラミンBポリクローナルIgG(米国カリフォルニア州サンタクルーズ、サンタクルーズバイオテクノロジー社製sc6216)を用い、ウェスタンブロット法によって解析した。コントロールとしてのラミンBは核抗原である。なお、10%FBS含有DMEMは、GIBCO社、製品番号11965を用いた。
【0031】
この実験結果は、CAについてのウェスタンブロット法による泳動イムノブロット像を図4に示したとおり、前駆脂肪細胞がCAに曝露すると、Nrf2タンパク質の核内濃度が上昇するとの仮説が事実であることが確認された。この結果は、Nrf2が実際にCAによって活性化されることを示唆するものである。
【0032】
〔1−6.CA又はCSによるARE活性化とGSH代謝〕
Keap1/Nrf2経路に応答する転写エレメントであるAREの活性化を、ARE(GSTYa)−ルシフェラーゼでトランスフェクションした3T3−L1細胞を用い、ルシフェラーゼレポーター遺伝子アッセイを行うことによって調べた。また、GSH分析を行なった。なお、ARE分析、GSH分析は、[サトウ T(T. Satoh)ら、ニューロサイエンス レターズ(Neuroscience Letters)、第371巻(2004)、pp.1−5.]、[サトウ T(T. Satoh)ら、バイオケミカル&バイオフィジカル リサーチ コミニュケーションズ(Biochemical & Biophysical Research. Communications)第379巻(2009)、pp.537−541.]に説明したように実施した。すなわち、ここでは、CA(実施例1)、CS(実施例2)及び比較例1〜5の各化合物を添加する5時間前に、ARE−ルシフェラーゼ構築物(construct)によってトランスフェクトした。トランスフェクトは、3T3−L1細胞を4x104 cells/cm2 の細胞密度で48穴プレートに播種、1000ngの(ARE(GSTYa)−ルシフェラーゼ)レポーター構築物及びTransfast(商品名:Promega社製)を含有するPBS(−)中にて5時間インキュベーションすることにより行った。トランスフェクション効率は、pSV−β−gal(Promega社製)の同時トランスフェクション(co−transfection)によって発現されるβ−ガラクトシダーゼ活性で基準化した。レポーター遺伝子アッセイ用に、上記レポーター構築物と200ngのpSV−β−galを1時間インキュベーションした。得られた細胞をPBSで洗浄した後、CA、CS及び比較例1〜5の化合物を夫々添加(3μM)した培養液中にて24時間インキュベーション後に細胞溶解産物を得た。96穴白色プレート(ファルコン社製)に細胞溶解産物を10μl/穴、Luciferase Assay Reagent(Promega社製)75μl/穴を加え(トータル85μl/穴)、ルミノメーター(Dual−Luciferase Reporter Assay System、製品番号E1910、Promega社製)で発光測定した。β−ガラクトシダーゼ活性の測定は、β−Galactosidase Enzyme Assay System(Promega社製)を用いた。
【0033】
GSH分析の操作条件は次に示すとおりとした。すなわち、実験〔1−3〕の培養条件に準じ、6穴プレートに3T3−L1細胞を5×104cells/cm2 で播種して、4時間インキュベートした後、CA、CS及び比較例1〜5の化合物を各化合物を最終濃度(3μM)になるよう必要量添加した。さらに24時間インキュベートした後、培地を除去した。氷冷PBS(−)で2回洗浄した後トリプシンで細胞を剥がし採取した。採取した細胞数を数え、4℃、300×gで10分間遠心後、細胞を氷冷PBSで洗浄した。細胞数2〜5×106につき冷却し、5%メタ燐酸(metaphosphoric acid)500μlを添加してマイクロ遠心チューブ(Eppendorf社製)内で懸濁、細胞溶解させた。これを4℃、15000×gで5分間遠心し、上清を採取した。上清にトリエタノールアミン(triethanolamine:約250μL)を加えて中和し細胞溶解液サンプルを得た。この細胞溶解液サンプルにつき、コスモバイオ社製グルタチオンアッセイキット(製品番号:7511−100−K)を用いて総グルタチオン(還元型GSH及び酸化型GSSG)濃度を測定した。50μLの細胞溶解液サンプルに150μLの反応混合液を加え、この液に1unit/mLのGSH還元酵素を添加することによって反応を開始させた。反応混合液は、143mMの燐酸ナトリウム(pH7.5)、6.3mMのNa4EDTA、6mMの5,5′−ジチオビス(2−ニトロ安息香酸)[5,5′−dithiobis(2−nitrobenzoic acid)]、及び0.25mg/mLのNADPHが混合含有されたものとした。反応開始後、405nmにおける発色をマイクロプレートリーダにより1分ごとに測定するカイネティックモード(kinetic mode)でモニターした。標準GSH、又はGSSG50μLに1×Assay bufferを96穴プレートに入れ、段階希釈しグルタチオンスタンダードカーブを作成した。サンプルは1×Assay bufferでそれぞれ10倍、20倍、40倍に希釈し、96穴プレートへ50μlずつ分注した。サンプル吸光度とスタンダードカーブから、GSH量を求めた。なお、遠心分離器は日立工機社製、CT15RE型、マイクロプレートリーダーはDSファーマバイオメディカル社製、POWERSCAN HT BT−SAIFRDN型を用いた。また、各細胞溶解液サンプルの蛋白含量はBSAを標準品として、BCA protein assay kit(Pierce社製)を使用して測定を行なった。
【0034】
ルシフェラーゼアッセイの結果を図5に示したとおり、CA又はCSはAREに基づく転写活性を用量依存的に数倍(about fold)刺激したが、比較例1〜5の各化合物の作用は皆無であった。この結果は、AREの活性がCAおよびCSによる分化抑制と緊密に相関していることを示唆するものである。また、GSH分析の結果を図6に示したとおり、対照細胞(control)のGSH含有量は、タンパク質1mg当たり26.9nmolであった。CAとCSのいずれも、夫々2.56倍及び2.45倍を限度としてGSH濃度を上昇させたが、比較例1〜5の各化合物による上昇はみとめられなかった。この結果は、CAおよびCSがAREを活性化することによってGSH代謝を刺激することを示唆するものである。なお、以上の結果は、平均値±標準偏差(SD)として示している。データはSASソフトウェアを用いて解析した。分散分析はt検定法を用いた。*及び**は、コントロールとの有意差(夫々、p<0.05及びp<0.01)を示している。
【0035】
〔1−7.オリゴヌクレオチドマイクロアレイ解析〕
GSH代謝が分化抑制に何らかの役割を果たしているのであれば、CAによって第2相酵素が有意に誘導されるはずであるとの推測のもと、この可能性を調べるため、3T3−L1細胞を用いてDNAマイクロアレイ解析を行った。すなわち、ここでは、溶媒(vehicle)又はCA(10μM)で処理(24時間インキュベート)した3T3−L1細胞から、TRIzol試薬(商品名:米国カリフォルニア州カールズバッド、インビトロジェン社製)により総RNAを単離した。Superscript IIシステム(商品名:インビトロジェン社製)を用い、T7−オリゴ(dT)プライマーによりcDNAを合成した。in vitro転写によりビオチン標識cRNAを調製し、100mmol/Lの酢酸カリウムと30mmol/Lの酢酸マグネシウムを含有する40mmol/Lのトリス酢酸緩衝液(pH8.1)により94℃で35分インキュベートして断片化した。断片化したcRNAは、39000を超える転写を含むGeneChip Mouse 430 2.0アレイ(商品名:米国カリフォルニア州サンタクララ、アフィメトリクス社製)に45℃で16時間対合させて雑種形成(ハイブリダイゼーション)を行った。プローブアレイを洗浄し、Fluidics Station 450(商品名:米国カリフォルニア州サンタクララ、アフィメトリクス社製)を用いて染色した後、GeneChipスキャナー300o(商品名:米国カリフォルニア州サンタクララ、アフィメトリクス社製)で走査した。解析には、アフィメトリクス社のGeneChipオペレーティングソフトウェア(GCOS v1.4:商品名)を用いた。データの信頼性を高めるため、検出したp値が対照(溶媒で処理しなかった細胞)と比較して<0.001であった遺伝子を一覧にした。CA(10μM)によって誘導された上位10位の遺伝子を表1に示す。その結果、CAによって発現が上昇した遺伝子の大半(CA誘導遺伝子上位5位のうち4つ)が、第2相酵素(Gsta2、Gclc、Abcc4、Abcc1)をコードしており、そのすべてがGSH代謝に関連していることが分かった([イトウ K(K. Itoh)ら、フリーラジカルバイオロジー&メディシン(Free Radical Biology&Medicine)、第36巻(2004)、pp.1208−1213.]、[タラレイ P(P. Talalay)ら、バイオファクターズ(Biofactors)第12巻(2000)、pp.5−11.]参照)。なお、表1には、遺伝子名、公的ID(Public ID)、誘導倍率(Fold;実験群/対照群)、および対照細胞のp値を示している。太字は、第2相酵素遺伝子を示しているが、そのすべてがGSH代謝に関連していると考えられる。
【0036】
【表1】
【0037】
〔1−8.CA又はCSによる第2相酵素遺伝子の誘導(RT−PCR)〕
第2相酵素をコード化する遺伝子の5′上流プロモーター領域に存在する特異的転写エレメントである抗酸化反応エレメント(ARE)は、このような酵素の誘導において中心的役割を果たしている([イトウ K(K. Itoh)ら、フリーラジカルバイオロジー&メディシン(Free Radical Biology&Medicine)、第36巻(2004)、pp.1208−1213.]、[タラレイ P(P. Talalay)ら、バイオファクターズ(Biofactors)第12巻(2000)、pp.5−11.]参照)。第2相酵素(Gsta2、Gclc、Abcc4、Abcc1)遺伝子の誘導を検出するため、CA(実施例1)又はCS(実施例2)によって前処理を施した3T3−L1細胞からの総RNAを用い、既報[サトウ T(T. Satoh)ら、ニューロサイエンスレターズ(Neuroscience Letters)、第434巻(2008)、pp.260−265.]に準じて逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)を行った。すなわち、ここでは、10μMのCA又はCSで0、8又は24時間処理した3T3−L1細胞から、実験〔1−7〕の場合と同様に総RNAを抽出した。cDNAテンプレートとして以下のプライマーを用い、夫々以下に示したサイクルによりRT−PCRを行った。RT−PCRにおけるサーマルサイクラーの操作条件は、熱変性94℃(2分)の後、熱変性94℃(15秒)→アニール55℃(30秒)→ポリメラーゼ反応72℃(1分)を1サイクルとし、以降に述べるそれぞれのプライマーに対するサイクル数で増幅を繰返した後、4℃に冷却した。なお、RT−PCRの反応組成は、cDNA 2μL(RNA量は合成されたcDNA2μLに対し170ng使用)、F−primer(10μM)1μL(10pmol)、R−primer(10μM)1μl(10pmol)、premix Taq 25μL、及び滅菌蒸留水21μLで総計50μLとした。
【0038】
リボソームRNA(rRNA:149bp)については、14、16、18、20、22のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−CGGCTACCACATCCAAGGAA−3′(rRNA−F:配列番号1)、及び、Reverse:5′−GCTGGAATTACCGCGGCT−3′(rRNA−R:配列番号2)を用いた。
【0039】
グルタチオンS−トランスフェラーゼ サブユニットα−2(gsta2:397bp)については、30、32、34、36、38のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−GAAGGACATGAAGGAGAGAGC−3′(gsta2−F:配列番号3)、及びReverse:5′−TTCTTCGATTTGTTTTGCATC−3′(gsta2−R:配列番号4)を用いた。
【0040】
グルタミン酸システインリガーゼ 触媒サブユニット(gclc:561bp)については、22、24、26、28、30のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−GTGGAGTACATGTTGGTGTC−3′(gclc−F:配列番号5)、及びReverse:5′−GTAGATATGGTCTGGCTGAG−3′(gclc−R:配列番号6)を用いた。
【0041】
ATP−結合カセット サブファミリーCメンバー4(abcc4:412bp)については、30、32、34、36、38のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−GTTAATTGAGGAGGGCACTC−3′(abcc4−F:配列番号7)、及びReverse:5′−GGAGATTCCTATCTCCACCC−3′(abcc4−R:配列番号8)を用いた。
【0042】
ATP−結合カセット、サブファミリーCメンバー1(abcc1:457bp)については、26、28、30、32、34のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−CTCTGGTCATTGAATAAGGAG−3′(abcc1−F:配列番号9)、及びReverse:5′−CCACTGACGAAGCAGATATG−3′(abcc1−R:配列番号10)を用いた。
【0043】
ヘムオキシゲナーゼ−1(ho−1:617bp)については、22、24、26、28、30のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−AGGTGTCCAGAGAAGGCTT−3′(ho−1−F:配列番号11)、及びReverse:5′−ATCTTGCACCAGGCTAGCA−3′(ho−1−R:配列番号12)を用いた。
【0044】
NADP(H)キノン酸化還元酵素1(nqo1:923bp)については、22、24、26、28、30のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−ATCCTTCCGAGTCATCTCTA−3′(nqo1−F:配列番号13)、及びReverse:5′−CAACGAATCTTGAATGGAGG−3′(nqo1−R:配列番号14)を用いた。
【0045】
グルタミン酸システインリガーゼ、調節サブユニット(gclm:598bp)については、22、24、26、28、30のPCRサイクルとし、プライマーは、Forward:5′−AGGAGCTTCGGGACTGTATT−3′(gclm−F:配列番号15)、及びReverse:5′−TGGGCTTCAATGTCAGGGAT−3′(gclm−R:配列番号16)を用いた。
【0046】
上記RT−PCR法により得られたCAによる第2相酵素遺伝子の誘導試験の結果を、図7に示した。内部陽性対照としてrRNA遺伝子を用いたが、その発現レベルはCAによって変化することはなかった。インキュベーションの8〜24時間後にはCAによってすべての遺伝子が増加したが、これらの遺伝子間の誘導パターンにはわずかな違いが認められた。表1に示した以外の、その他の確実な第2相酵素遺伝子(ho−1、nqo1、gclm)も、CAによって誘導された。CSによる結果は、CAと同様であった(データは示さず)。
【0047】
〔実験1:脂肪細胞分化の抑制因子としてのCAの機能について〕
CAは、おそらく、膵リパーゼを阻害することで消化管による脂質吸収を減少させることにより、オリーブオイル負荷マウスにおける血中トリグリセリドの上昇を抑制すると報告されている[ニノミヤ K(K. Ninomiya)ら、バイオオーガニック&メディシナルケミストリーレターズ(Bioorganic&Medicinal Chemistry Letters)、第14巻(2004)、pp.1943−1946.]。同研究は、CAの投与によって体重がin vivoにおいて減少することを明らかにしている。したがって、少なくともCAは、消化管での脂質摂取の阻害を通じて抗肥満作用を有している可能性がある。しかし最近の報告は、体脂肪が蓄積する上での重要な事象の一つは、脂肪組織における前脂肪細胞の脂肪細胞への分化であると指摘している(非特許文献3、4、5参照)。したがって、このような分化の抑制がin vivoにおける抗肥満作用の一因である可能性があると推測した。実験〔1−4−2〕の結果は、CAが極めて低い濃度(IC50=0.86μM)で脂肪細胞の分化を抑制することを示した。つまりCAは、2つの経路である脂質吸収の阻害、および脂肪細胞分化の抑制によって体脂肪を減少させることを見いだした。
【0048】
〔実験1:GSHの機序について〕
〔実験1〕から、3点の重要な知見が得られた。
1)CAおよびCSは脂肪細胞の分化を抑制した。
2)CAは第2相酵素を誘導し、その酵素のすべてがGSH代謝に関連していた。
3)CAおよびCSは細胞内GSH量を増加させた。
これらの知見を考慮に入れ、図8に示すように、CAまたはCSによる抗肥満作用の機序を見いだした。その最も重要な論拠は、GSH代謝の亢進が脂肪細胞の分化の抑制につながっている可能性があるという点である。実験〔1−7〕の結果、Gsta2、Gclc、Abcc4、Abcc1をコード化している4つの第2相酵素遺伝子が、CA誘導遺伝子の上位5位に入ることを見出した。Gsta2は、親電子性物質によってGSHの抱合を触媒し、GclcはGSHの合成に関連し、Abcc1とAbcc4はGSH抱合された求電子化合物の能動輸送を行う。このような遺伝子の誘導によってGSH代謝が亢進され、酸化ストレスに対する耐性が上昇するはずである。しかし、GSH濃度の単なる上昇が重要な生理学的意味を持っているのではなく、GSH代謝の持続的な亢進が重要ではないかと考えられる。すなわち細胞レドックスのこのような全体的な調節が、脂肪細胞の分化に影響している可能性がある。では、GSH代謝の持続的な亢進によって、なぜ脂肪細胞の数が減少するのか、考えられる一つの答えは、活性酸素種が分化を促進する作用があり、GSH代謝の亢進が、そのような分化の促進を抑制している可能性がある、というものである。
【0049】
また、転写因子Nrf2は、第2相酵素の発現を調節するのみならず、アリール炭化水素受容体(AhR)の濃度も調節している可能性があり[シン S(S. Shin)ら、モルキュラー&セルラーバイオロジー(Molecular&Cellular Biology)、第27巻(2007)、pp.7188−7197.]、これが、脂肪細胞分化に対するCA誘導抑制の一因になっていると考えられる。AhRはダイオキシン型リガンドに対する受容体であり、ダイオキシンは3T3−L1細胞の異物応答配列(XRE)を活性化することによって脂肪細胞分化を抑制すると報告されている[フィリップス P.(M. Philips)ら、ジャーナル オブ セル サイエンス(Journal of Cell Science)、第108巻(1995)、pp.395−402.]。しかし、どの経路が主としてCAによる抑制の一因となっているのかについては、依然として不明である。したがって、3T3−L1細胞における脂肪細胞分化に対するCA誘導抑制について、考えられる2つの機序を考慮した。すなわち一方は、図8に示すように、GSHが仲介する経路であり、他方はAhRが仲介する経路で、Nrf2→ARE→XRE活性化→脂肪細胞分化の抑制、というものである。
【0050】
[実験2:肥満自然発症マウスに対するCA投与による作用について]
〔2−1.肝臓内中性脂肪蓄積に対するCAの抑制効果〕
〔2−1−1.肥満自然発症マウスの入手及び飼育条件〕
肥満を自然発症するレプチン欠損マウス(ob/obマウス;ジャクソンラボラトリー(TJL)由来)、雄、4週齢を日本チャールスリバー社より購入した。ob/obマウスは室温、湿度がコントロールされ、12時間毎の明暗サイクルに照明管理した環境の室内にて飼育を行なった。5週齢6匹を3匹ずつ無作為に2群(コントロール群および治療群)に分け、コントロール群にはCA非含有食餌、治療群にはCA0.03%含有食餌を夫々各6週間投与した。食餌摂取量、体重を経時的に測定した。
〔2−1−2.CAの精製および食餌の作成方法〕
ローズマリー末(高砂薬業株式会社製)2kgにエタノールを10L加え、40℃で攪拌しながら3時間抽出操作を行った。濾過し不溶物を除去後、濾液をロータリーエバポレーターで濃縮した。濃縮物をシリカゲルカラム(溶出液:ヘキサン・酢酸エチル混液(9:1))にかけ、11gのCA(実施例1化合物:親電子性物質前駆体)を得た。得られたCAをマウス用餌MF(オリエンタル酵母工業株式会社製)に混ぜCA0.03%含有餌を作製した。
〔2−1−3.肝組織内の中性脂肪の測定〕
6週後にマウスを犠死させ、肝の一部を採取し、重量を測定後に直ちに−80℃に凍結し中性脂肪測定に供した。凍結した肝臓を100mg量りとり、250mMスクロース、2mMエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム、10mMトリス塩酸緩衝液(pH7.4)を2ml加えた。これをポリトロンミキサーにかけて粉砕した後、さらに凍結融解操作(−80℃で30分間放置することによって凍結後、37℃で融解)を2回行うことによって肝組織破壊物を得た。得られた肝組織破壊物をエッペンドルフ社製チューブに入れ、10000rpm、25℃、3分間遠心操作を行うことによって不溶物を除去した。不溶物除去後の上清(5μL)中の中性脂肪量を測定キット(トリグリセライドG−テストワコー(商品名):和光純薬工業株式会社製)にて測定した。結果は、コントロール群の中性脂肪量を100%として算出した。
【0051】
実験〔2−1〕の結果は以下のとおりであった。
総食餌摂取量:治療群209±7.7g(平均±標準偏差)、コントロール群220±14.3gで、両群間に有意の差は認められなかった。
体重:犠死時の体重は、治療群55.2±1.4g(平均±標準偏差)、コントロール群58.1±3.2gで、両群間に有意差は認められなかった。
肝組織内中性脂肪(TG:Triacylglyceride)量:コントロール群100.0±5.2%(平均±標準誤差)に対して治療群60.3±6.8%で、治療群で有意(p<0.001)に低下していた(表2、図9)。なお、統計解析は、スチューデントt検定(Student’s t test)にて行なった。各測定値は、特記したもの以外は、平均値(Mean)±標準誤差(SE)で示した。
【0052】
【表2】
【0053】
〔2−2.体重変化、血清生化学項目試験、糖負荷試験、組織学的試験〕
〔2−2−1.体重変化及び総食餌摂取量〕
肥満自然発症マウスの入手及び飼育条件(体重変化及び食餌摂取量を含む)、並びにCAの精製および食餌の作成方法については、〔2−1−1〕及び〔2−1−2〕の場合と共通(同様)とし、統計解析法についても実験〔2−1〕の場合と同様に行なった。
【0054】
〔2−2−2.血清生化学項目試験〕
コントロール群にはCA非含有食餌、治療群にはCA0.03%含有食餌を各6週間投与、6週後にマウスを犠死させ、心臓穿刺によって血液を採取、血清を調製した。得られた血清を用い、随時血糖、総中性脂肪、総コレステロール、遊離脂肪酸、ALT(アラニンオキソグルタル酸アミノトランスフェラーゼ:GPT)の測定を行なった(盛岡SRL社に試験委託)。
【0055】
〔2−2−3.腹腔内糖負荷試験(耐糖能試験:GTT)〕
18時間絶食させた後に、ブドウ糖を腹腔内に体重gあたり1.5mg負荷し、経時的(30分、60分、120分)に血糖値(Glucose mg/dL)を測定した。血糖値の測定には、グルコメータ(サノフィ−アベンティス社製)を用いた。
【0056】
〔2−2−4.組織学的試験〕
犠死させたマウスの白色脂肪組織(WAT)、及び肝臓組織をパラフィンで包埋、5μm厚に薄片化した後、ヘマトキシリン(hematoxylin)及びエオジン(eosin)により染色し、組織学的試験(Histological Examination)を行なった。
【0057】
実験〔2−2−1〕の結果は、コントロール群(CA−)及び治療群(CA+)についての体重変化を図10に示したとおり、コントロール群に対して治療群は3乃至5週間後までの経時的変化において、その増加が有意に抑制された(p<0.05)。また、コントロール群(CA−)及び治療群(CA+)についての食餌摂取量(Food intake:g/マウス/日)を図11に示したとおり、両群間に有意差が認められなかった。
【0058】
実験〔2−2−2〕の結果は、コントロール群(CA−)及び治療群(CA+)について、随時血糖(mg/dL)、総中性脂肪(mg/dL)、総コレステロール(mg/dL)、遊離脂肪酸(μEQ/L)の測定値を表3に示した。また、ALT(IU/L)の測定値は図12に示したとおりである。遊離脂肪酸は両群間に有意差が認められなかったが、随時血糖(p<0.01)、総中性脂肪(p<0.01)、血中総コレステロール(p<0.05)、ALT(p<0.05)は、夫々コントロール群に対して治療群で有意に低下していた。
【0059】
【表3】
【0060】
実験〔2−2−3〕の結果は、コントロール群(CA−)及び治療群(CA+)について、夫々の血糖値の経時変化を図13に示した。糖負荷後2時間における血糖値がコントロール群に対して治療群で有意(p<0.05)に低下し、耐糖能の改善が認められた。
【0061】
実験〔2−2−4〕の結果は、コントロール群(CA−)及び治療群(CA+)について、夫々WAT及び肝臓組織(Liver)の組織所見(顕微鏡写真)を図14に示した。WATの組織所見ではコントロール群に対して治療群で細胞の小型化が認められた。肝臓の組織所見では、肝細胞内脂肪量の顕著な低下が認められた。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
前駆脂肪細胞におけるグルタチオン(GSH)代謝を活性化し脂肪細胞への分化を抑制する親電子性物質前駆体又は親電子性物質を有効成分として含有することを特徴とするメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項2】
前記親電子性物質前駆体が、第2相酵素の発現を誘導することによってGSH代謝を活性化することを特徴とする請求項1に記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項3】
前記親電子性物質前駆体が、グルタチオンS−トランスフェラーゼ サブユニットα−2(Gsta2)、グルタミン酸システインリガーゼ 触媒サブユニット(Gclc)、ATP−結合カセット サブファミリーCメンバー4(Abcc4)、及びATP−結合カセット サブファミリーCメンバー1(Abcc1)を含む第2相酵素の発現を誘導することによってGSH代謝を活性化することを特徴とする請求項1又は2に記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項4】
前記親電子性物質前駆体が、カルノシン酸(CA)、カルノソール(CS)及びこれらの薬学的に許容される塩から1以上選ばれたものであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項5】
前記親電子性物質前駆体が、内臓脂肪の蓄積を抑制するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項6】
前記親電子性物質前駆体が、脂肪肝を抑制するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項7】
前記親電子性物質前駆体が、皮下脂肪を低減するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項8】
前記親電子性物質前駆体が、血糖値を低減するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項9】
前記親電子性物質前駆体が、インスリン抵抗性を抑制するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項10】
前記親電子性物質前駆体が、糖尿病を治療又は予防するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項11】
前記親電子性物質前駆体が、肝臓組織の炎症反応を抑制するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項12】
前記親電子性物質前駆体が、肝障害を抑制するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項13】
前記親電子性物質前駆体が、血中の中性脂肪量を低減するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項14】
前記親電子性物質前駆体が、血中のコレステロールを低減するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項15】
親電子性物質前駆体又は親電子性物質を前駆脂肪細胞に接触させて前記前駆脂肪細胞のグルタチオン(GSH)代謝を活性化させることを特徴とする脂肪細胞分化抑制方法。
【請求項16】
グルタチオンS−トランスフェラーゼ サブユニットα−2(Gsta2)、グルタミン酸システインリガーゼ 触媒サブユニット(Gclc)、ATP−結合カセット サブファミリーCメンバー4(Abcc4)、及びATP−結合カセット サブファミリーCメンバー1(Abcc1)を含む第2相酵素の発現を誘導することによって前記GSH代謝を活性化することを特徴とする請求項15に記載の脂肪細胞分化抑制方法。
【請求項17】
前記Gsta2を低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白(Lrp)の2倍以上の発現量に最も強く発現誘導し、前記Lrpに続き前記Gclc、Abcc4、Abcc1をNidogen 1(Nid1)の発現量以上に発現誘導させることを特徴とする請求項16に記載の脂肪細胞分化抑制方法。
【請求項18】
前記親電子性物質前駆体が、カルノシン酸(CA)、カルノソール(CS)及びこれらの薬学的に許容される塩から1以上選ばれたものであることを特徴とする請求項15乃至17のいずれかに記載の脂肪細胞分化抑制方法。
【請求項1】
前駆脂肪細胞におけるグルタチオン(GSH)代謝を活性化し脂肪細胞への分化を抑制する親電子性物質前駆体又は親電子性物質を有効成分として含有することを特徴とするメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項2】
前記親電子性物質前駆体が、第2相酵素の発現を誘導することによってGSH代謝を活性化することを特徴とする請求項1に記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項3】
前記親電子性物質前駆体が、グルタチオンS−トランスフェラーゼ サブユニットα−2(Gsta2)、グルタミン酸システインリガーゼ 触媒サブユニット(Gclc)、ATP−結合カセット サブファミリーCメンバー4(Abcc4)、及びATP−結合カセット サブファミリーCメンバー1(Abcc1)を含む第2相酵素の発現を誘導することによってGSH代謝を活性化することを特徴とする請求項1又は2に記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項4】
前記親電子性物質前駆体が、カルノシン酸(CA)、カルノソール(CS)及びこれらの薬学的に許容される塩から1以上選ばれたものであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項5】
前記親電子性物質前駆体が、内臓脂肪の蓄積を抑制するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項6】
前記親電子性物質前駆体が、脂肪肝を抑制するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項7】
前記親電子性物質前駆体が、皮下脂肪を低減するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項8】
前記親電子性物質前駆体が、血糖値を低減するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項9】
前記親電子性物質前駆体が、インスリン抵抗性を抑制するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項10】
前記親電子性物質前駆体が、糖尿病を治療又は予防するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項11】
前記親電子性物質前駆体が、肝臓組織の炎症反応を抑制するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項12】
前記親電子性物質前駆体が、肝障害を抑制するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項13】
前記親電子性物質前駆体が、血中の中性脂肪量を低減するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項14】
前記親電子性物質前駆体が、血中のコレステロールを低減するものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のメタボリックシンドローム治療又は予防薬。
【請求項15】
親電子性物質前駆体又は親電子性物質を前駆脂肪細胞に接触させて前記前駆脂肪細胞のグルタチオン(GSH)代謝を活性化させることを特徴とする脂肪細胞分化抑制方法。
【請求項16】
グルタチオンS−トランスフェラーゼ サブユニットα−2(Gsta2)、グルタミン酸システインリガーゼ 触媒サブユニット(Gclc)、ATP−結合カセット サブファミリーCメンバー4(Abcc4)、及びATP−結合カセット サブファミリーCメンバー1(Abcc1)を含む第2相酵素の発現を誘導することによって前記GSH代謝を活性化することを特徴とする請求項15に記載の脂肪細胞分化抑制方法。
【請求項17】
前記Gsta2を低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白(Lrp)の2倍以上の発現量に最も強く発現誘導し、前記Lrpに続き前記Gclc、Abcc4、Abcc1をNidogen 1(Nid1)の発現量以上に発現誘導させることを特徴とする請求項16に記載の脂肪細胞分化抑制方法。
【請求項18】
前記親電子性物質前駆体が、カルノシン酸(CA)、カルノソール(CS)及びこれらの薬学的に許容される塩から1以上選ばれたものであることを特徴とする請求項15乃至17のいずれかに記載の脂肪細胞分化抑制方法。
【図1】
【図3】
【図5】
【図6】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図4】
【図7】
【図14】
【図3】
【図5】
【図6】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図4】
【図7】
【図14】
【公開番号】特開2011−57654(P2011−57654A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−212482(P2009−212482)
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り バイオケミカル アンド バイオフィジカル リサーチ コミュニケーションズ、第382巻、2009年、第549−554頁〔Biochemical and Biophysical Research Communications 382 (2009) 549−554〕、平成21年3月14日 エルゼビア社ジャーナルホームページ〔Journal homepage:http//www.elsevier.com/locate/ybbrc〕掲載(同誌、同内容論文、平成21年5月8日 同社発行)
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【出願人】(507148456)学校法人 岩手医科大学 (19)
【出願人】(000214272)長瀬産業株式会社 (137)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り バイオケミカル アンド バイオフィジカル リサーチ コミュニケーションズ、第382巻、2009年、第549−554頁〔Biochemical and Biophysical Research Communications 382 (2009) 549−554〕、平成21年3月14日 エルゼビア社ジャーナルホームページ〔Journal homepage:http//www.elsevier.com/locate/ybbrc〕掲載(同誌、同内容論文、平成21年5月8日 同社発行)
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【出願人】(507148456)学校法人 岩手医科大学 (19)
【出願人】(000214272)長瀬産業株式会社 (137)
【Fターム(参考)】
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