説明

メタボリック・シンドローム非ヒトモデル動物

【課題】代謝異常症候群状態過程を研究するのに有用なモデル動物、即ち、過栄養食によって代謝異常症候群を呈する代謝異常症候群非ヒトモデル動物を提供する。また、アディポネクチンの新規な医薬用途を提供する。
【解決手段】過栄養食摂取によって代謝異常症候群の症状を呈することを特徴とする、アディポネクチン遺伝子の全部若しくは一部が欠失、または任意の部位に他の遺伝子が挿入若しくは置換されてなる代謝異常症候群非ヒトモデル動物。アディポネクチンを有効成分とする内皮依存性高血圧予防・治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物の新規な用途に関する。具体的には本発明はアディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物の代謝異常症候群非ヒトモデル動物として新たな用途、及び当該代謝異常症候群非ヒトモデル動物を用いた代謝異常症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法に関する。
【0002】
また、本発明は、アディポネクチンの新規用途、詳細には高血圧症、特に内皮依存性の高血圧症予防または改善剤の有効成分としての新規用途に関する。
【背景技術】
【0003】
近年の高脂肪食や運動不足などの生活習慣の欧風化に伴い、糖尿病、高血圧症、高脂質血症(脂質代謝異常)といった生活習慣病の増加が大きな社会問題のひとつとなっている。生活習慣病は、食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒等の生活習慣が、その発症・進行に関与する疾患群といわれている。
【0004】
生活習慣と関連する疾患として、食習慣との関連では糖尿病(成人型)、肥満、高脂血症、高尿酸血症、循環器病、大腸がん、歯周病などの疾患が、運動習慣との関連では糖尿病(成人型)、肥満、高脂血症、高血圧などの疾患が、喫煙との関連では肺肩平上皮がん、慢性気管支炎、肺気腫、狭心症や心筋梗塞などの心臓病を含む循環器病、歯周病などの疾患が、さらに飲酒習慣との関連ではアルコール性肝疾患など肝臓疾患が指摘されている。
【0005】
これらの疾患に関しては生活環境が一様であっても全てが同じ疾患に罹患するわけではなく、患者固有に有する遺伝的な体質に基づくことが最近の研究により判ってきており、最近では肥満、癌、糖尿病、高血圧症、高脂質血症、心臓病、動脈硬化症の発症や進展に影響を与える遺伝子やその遺伝子多型も明らかにされてきている。
【0006】
上記肥満、糖尿病、高血圧症、脂質代謝異常、心筋梗塞などの動脈硬化促進に対して幾つかの危険因子が集まっていることから、近年になって、臨床分野ではこれらを1つの症候群(Multiple risk factor syndorome)として捉えようとする動きがあり、この動きにならって1998年にWHO(世界保健機構)により当該症候群を代謝異常症候群(メタボリック・シンドローム:Metabolic Syndrome)として名付けることが提唱された。WHOの提唱では、2型糖尿病あるいは耐糖能異常(インスリン抵抗性)を有する患者がさらに、肥満、特に内臓肥満(腹部)、脂質代謝異常、高血圧、微量アルブミン尿のうち、2つ以上の危険因子を併せ持つ場合に代謝異常症候群と称することが決められている。
【0007】
ところで、血管内膜や内皮細胞、平滑筋細胞には炎症反応が併発することが知られ、炎症と脂質成分の動脈壁沈着との係わりが動脈硬化進展のひとつの因子として注目されている (例えば、非特許文献1等参照)。この際、血液中のLDLがマクロファージにより動脈壁に取り込まれ、それによりLDLを取り込んだマクロファージが泡沫化し、脂肪の多いプラークが動脈壁に蓄積し、単球が接着分子とケモカインをたどって内膜に入るが、同時に白血球の一種のリンパ球もマクロファージとと共に内膜に入り込み、動脈壁の炎症活動を増加させるサイトカインも放出するとされている。特に組織の肥満は、インスリン抵抗性および心臓血管疾患(例えば、非特許文献2及び3参照)のための共通のリスクとされている。
【0008】
糖尿病の発症に関連して報告されている幾つかの遺伝子とその遺伝子多型では、脂肪細胞の分化に重要な役割を果たすとされているPPARγ(peroxisome proliferator−activated receptor−γ)、主に脂肪細胞に存在するβ−3アドレナリン受容体が知られているが、脂肪組織容量とインスリン作用との間には密接な関連があることが指摘されている。
【0009】
肥満や高脂肪血症患者ではインスリン抵抗性と高インスリン血症が認められることから、脂肪細胞の機能変化がインスリン作用の調節に深く関与していることが示唆される。また、チアゾリジン誘導体などのインスリン感受性を増加させる薬物の標的が脂肪細胞における転写調節に関わるPPARγであることは、脂肪組織とインスリン感受性との関係をいっそう緊密に結びつけるものである。実際に、脂肪細胞から分泌されるレプチン(leptin)、腫瘍壊死因子−α(tumor necrosis factor−α:TNF−α)、レジスチン(resistin)およびアディポネクチンなどのいくつかの血漿タンパク質は他の組織でのインスリン作用に影響を与えることが知られている。
【0010】
ところで、アディポネクチンは脂肪細胞において特異的に発現される分子量約30KDaの分泌蛋白質である(例えば、特許文献1及び非特許文献4等参照のこと)。この蛋白質はヒトの場合、244個のアミノ酸残基からなり、マウスの場合は247個のアミノ酸残基からなっている。C末端側に補体Cqi球状ドメインを有するほかに、8型、10型コラーゲンやプレセレベリン(precerebelin)、冬眠動物に見られる冬眠調節蛋白(hibernation−regulated protein:hib)などともアミノ酸配列の類似性があり、立体構造はTNF−αに酷似する。
【0011】
長期間のカロリー摂取制限によって循環血中のアディポネクチンは増加し、反対に高度の肥満や高インスリン血症、高血糖、高脂血症ではアディポネクチンが低値となることが知られている(例えば、非特許文献5等を参照のこと)。サルを用いた過食・運動不足により発症する肥満2型糖尿病の発症過程において、インスリン抵抗性の指標である高インスリン血症及び糖尿病が発症する以前に、低アディポネクチン血症が生じることが観察されている(例えば、非特許文献14等参照のこと)。また、アディポネクチンの低血漿濃度は、冠状動脈疾患をもつ肥満者において見出されている(例えば、非特許文献6及び7等参照のこと)。
【0012】
さらに、心臓血管疾患死の罹病率は、血漿中のアディポネクチンレベルが高いヒトと比較して、血漿中のアディポネクチンレベルが低い腎機能不全患者においてより高いことが知られている(例えば、非特許文献8等参照のこと)。また、動脈壁の内皮膜がバルーン血管形成術で傷ついたときに、血管壁の内皮下の空間において、より速いアディポネクチン浸潤が見られることが報告されている(例えば、非特許文献9等参照のこと)。さらに組織培養において、アディポネクチンによると内皮細胞上の接着分子の発現が減軽することによって内皮細胞に単球付着物が低減することが報告され(例えば、非特許文献10等参照のこと)、さらにマクロファージの貪食能及びTNF−α産生も低下する等(例えば、非特許文献10及び11等参照)、アディポネクチンは種々の増殖因子による血管平滑筋細胞の増殖を抑制する作用を有することが判明している(例えば、非特許文献20等参照のこと)。これらのことから脂肪組織から分泌されたアディポネクチンは、単球の血管内皮細胞への接着を抑制するとともに、血管内皮下において各タイプのコラーゲンと相互作用すると同時にマクロファージの泡沫化された内皮細胞、マクロファージから分泌される増殖因子による平滑筋細胞増殖・遊走を抑制することによって、抗動脈硬化作用を呈すると考えられている。また、平滑筋の増殖抑制作用に基づいて、アディポネクチンは狭心症・心筋梗塞などの動脈血管障害に基づく動脈硬化症を予防したり改善する作用がある可能性が示唆されているほか(例えば、特許文献2等参照のこと)、単球系細胞増殖抑制剤、抗炎症剤としての有用性も示されている(例えば、特許文献3等参照のこと)。
【0013】
さらに、糖尿病モデルマウスへのアディポネクチンの補充がその糖尿病を改善するというデータから、アディポネクチンがインスリン感受性増強ホルモンとして機能し、ある種の糖尿病状態を改善することが報告されている(例えば、非特許文献13、15及び16等参照のこと)。
【0014】
アディポネクチンのmRNA発現量はob/obマウスなどの肥満モデルマウスやヒト肥満患者で減少している。ヒトAcrp30遺伝子は糖尿病の責任遺伝子座である3q27に存在し、さらにこの遺伝子の一塩基多型とインスリン抵抗性、血中アディポネクチン濃度との間に有意な相関が認められている(例えば、非特許文献25等参照のこと)。
【0015】
本発明者らは、先にアディポネクチン遺伝子が欠損した遺伝子欠損マウスを作成して、インスリン抵抗性、耐糖能異常、動脈硬化を呈することを報告している(例えば、非特許文献17〜19等参照のこと) 。ヒト動脈平滑筋細胞(HASMCs)において、アディポネクチンは、PDGF−AA、PDGF−BB、HB−EGF、bFGFを含む種々の成長因子によって誘導される増殖と遊走を抑制する(例えば、非特許文献12及び20等参照のこと)。また本発明者らは、先にマウスにおいてカテーテル誘導性剥離後の動脈における平滑筋細胞の新生血管内膜の増殖は、アディポネクチン遺伝子破壊によって促進され、逆にその過剰発現によって抑制されることを報告した(例えば、非特許文献20等参照のこと)。血管内皮の機能障害は、心筋虚血の発生に影響しており、過食の人々の主要な病因や死亡原因である動脈硬化症や血栓症の進展の鍵となっており、肥満、インスリン抵抗性、糖尿病、高血圧及び脂質代謝異常などの病態の特徴をなしている(例えば、非特許文献21〜23等参照のこと)。また血管内皮の機能障害は、動脈硬化症の初期段階において観察されている(例えば、非特許文献22〜23等参照のこと)。
【0016】
また、最近、内臓脂肪型肥満・代謝異常症候群のトランスジェニックマウスとして、11β−HSD−1酵素(11β−hydroxysteroid dehydrogenase type 1 )遺伝子を脂肪組織特異的に過剰発現するトランスジェニックマウスが作成されている。当該トランスジェニックマウスは、肥満や遺伝性肥満マウスで観察される程度の11β−HSD−1酵素活性の上昇と組織内グルココルチコイド濃度の増加が認められ、内臓脂肪型の肥満とインスリン抵抗性糖尿病、高脂質血症の発症が確認され、さらに過食にもかかわらず高レプチン血症を示し、そしてアディポネクチンの発現が有意に抑制される特性を有していることが報告されている(例えば、非特許文献26等参照のこと)。
【非特許文献1】Peter, L., 日経サイエンス, 8月号, 46−55(2002)
【非特許文献2】Spiegelmanm,B.M., Flier,J. S., Cell, Vol.104, 531 (2001)
【非特許文献3】Friedman,J. M., Nature,Vol.404, 632(2000)
【非特許文献4】Maeda,k., et al., B. B. R. C., 221 (2)286−289(1996)
【非特許文献5】Weyer, C., et al., J. Clin. Endocrinol,Metab.,86, 1930−1935(2001)
【非特許文献6】Ouchi, N., et al., Circulation,Vol.100, 2473−2476 (1999)
【非特許文献7】Arita,Y., et al., Biochem、Biophys,Res,Commun.,Vol.257, 79−83 (1999)
【非特許文献8】Zoccali,C., et al., J.Am. Soc. Nephrol., Vol.13, 134(2002)
【非特許文献9】Okamoto,Y. et al., Horm,Metab,Res., Vol. 32,47−50(2000)
【非特許文献10】Ouchi, N., et al., Circulation,Vol.102, 1296−1301(2000)
【非特許文献11】Ouchi,N.,et al., Circulation, 103, 1057−1063 (2001)
【非特許文献12】Arita, Y., et al., Circulation, 105, 2893−2998 (2002)
【非特許文献13】Berg, A. H., Nature Medicine, 7(8) 947−953 (2001)
【非特許文献14】Hotta, K., et al., Diabetes, 50, 1126−1133 (2001)
【非特許文献15】Fruebis, J., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98,2005−2010(2001)
【非特許文献16】Yamauchi, T., etal., Nature Med., 7, 941−946 (2001);
【非特許文献17】Kubota, N., et al., J. Biol. Chem., 277, 25863−25866 (2002)
【非特許文献18】Maeda,N., et al., Nature Medecine, 8, 731−737 (2002)
【非特許文献19】Ma, K., et al., J. Biol. Chem., 277, 34658−34661 (2002)
【非特許文献20】Matsuda, M.,et al., J. Biol. Chem., 277, 37487−37491 (2002))。
【非特許文献21】Ross, R., N. Engl. J. Med., 340, 115−126 (1999)
【非特許文献22】Luscher,h T.F., N. Engl. J. Med., 330, 1081−1083 (1994)
【非特許文献23】Vita, J.A., Keaney, J.F., Circulation, 106, 640−642 (2002)
【非特許文献24】Harrison, D.G., J. Clin. Invest., 100, 2153−2157 (1997)
【非特許文献25】Hara K. et al., Diabetes 51, 536−540 (2002)
【非特許文献26】Masuzaki, H., et al., Science, Vol.294, 2166−2170 (2001)
【非特許文献27】Sata, M., Nature Med., Vol.8, 403 (2002)
【非特許文献28】Hotamisligil, G.H., et al., Science, 259, 87−91 (1993)
【非特許文献29】Komai, N., et al., Am. J. Hypertension., 15, 499−506 (2002))
【非特許文献30】Karas, R.H. et al., Circ.Res., 89, 534−599 (2001)
【特許文献1】PCT国際公開WO96/39429
【特許文献2】PCT国際公開WO99/21577
【特許文献3】特許第3018186号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明の目的は、アディポネクチン遺伝子及びその発現産物の更なる生理学的機能を解明し、アディポネクチンが関与する種々の病態を解明するかあるいは該病態を治療するための新しい治療方法及び新規治療用途を研究することにある。
【0018】
より具体的には、本発明の目的は、アディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物を、前記肥満、2型糖尿病、脂質代謝異常、高血圧症などの危険因子を有する代謝異常症候群の研究のために有用なモデル動物として提供することである。また本発明の他の目的は、上記モデル動物を利用した代謝異常症候群の予防または改善剤の有効成分のスクリーニング方法を提供することである。さらに本発明の他の目的は、アディポネクチンを有効成分とする内皮依存性高血圧症予防または改善剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者等は、ヒト及びマウスにおけるアディポネクチンと内皮依存的血管拡張の関係を研究していたところ、血漿アディポネクチン値は反応性充血に対する血管拡張反応と有意に相関するもののニトログリセリン誘導性充血とは相関せず、このことから血漿アディポネクチン値と内皮依存性血管拡張との間に正の関係があることが明らかになった。また、アディポネクチン欠損マウスと野生型マウスの比較において動脈リングでの血管反応性を解析した結果、高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食餌を与えると、野生型マウスに比較してアディポネクチン欠損マウスにおいて体重、収縮期血圧が有意に高くなった。そして、内皮細胞依存性血管拡張を反映しているアセチルコリン誘発血管弛緩は、野生型マウスに比較してアディポネクチン欠損マウスにおいて有意に減少した。対照的に、内皮細胞非依存性血管拡張を誘発するニトロプルシドナトリウムによって誘発される弛緩は、両マウス間で差がなく、アディポネクチン欠損マウスでは内皮依存性血管弛緩の障害が認められた。これらの結果は、アディポネクチンが栄養過多と内皮機能障害とを結ぶ一つの重要な分子として作用することを示すものである。
【0020】
また、これらのことからアディポネクチンの高い濃度が、特に内皮依存性の血圧の維持に何らかの役割を果たしていると考えられ、アディポネクチンが内皮依存性の高血圧に対する予防若しくは改善剤の有効成分として有用である可能性が示唆された。
【0021】
さらに、上記過栄養食摂取によって代謝異常症候群症状を呈するアディポネクチン遺伝子欠損マウスは、代謝異常症候群非ヒトモデル動物として、代謝異常症候群過程の研究又は生活習慣病の危険因子との係わりを研究する上で有用である。更に代謝異常症候群非ヒトモデル動物によれば、代謝異常症候群や生活習慣病の様々な状態に影響を与える物質の検出並びに選別に有効に利用できると考えられる。本発明はかかる知見に基づいて完成したものである。
【0022】
すなわち、本発明は、アディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物について、前記肥満、2型糖尿病、脂質代謝異常、高血圧症などの危険因子を有する代謝異常症候群の研究のために有用なモデル動物としての新しい用途を提供するものである。また本発明は、当該モデル動物を利用してなる代謝異常症候群の各種病態に影響を与える物質を選別するスクリーニング方法を提供するものである。さらに、本発明は、アディポネクチンを有効成分とする内皮依存性高血圧症予防または改善剤を提供するものである。
【0023】
具体的には、本発明は下記の態様を包含するものである:
項1.過栄養食摂取によって代謝異常症候群の症状を呈することを特徴とする、アディポネクチン遺伝子の全部若しくは一部が欠失、または任意の部位に他の遺伝子が挿入若しくは置換されてなる代謝異常症候群非ヒトモデル動物。
項2.マウスである項1記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物。
項3.アディポネクチンのマウスcDNAの38〜268番目に相当するゲノム領域を欠失しているか、または該ゲノム領域が他の塩基配列で置換されてなる形質転換マウスである項2に記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物。
項4.過栄養食摂取によって表出する代謝異常症候群の症状が少なくとも血管内皮の機能障害である、項1〜3のいずれかに記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物。
項5.内皮依存性の血管弛緩作用が正常動物に比べて低下してなる項1乃至4のいずれかに記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物。
項6.過栄養食摂取させてから用いられる項1乃至5のいずれかに記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物。
【0024】
なお、上記項1〜項6は、下記に掲げる項1’〜項6’と言いかえることもできる:
項1’.アディポネクチン遺伝子の全部若しくは一部が欠失、または任意の部位に他の遺伝子が挿入若しくは置換されてなり、過栄養食摂取によって代謝異常症候群の症状を呈するアディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物の代謝異常症候群非ヒトモデル動物としての使用。
項2’. アディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物がマウスである項1’に記載する代謝異常症候群非ヒトモデル動物としての使用。
項3’. アディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物が、マウスのアディポネクチンのcDNAの38〜268番目に相当するゲノム領域を欠失しているか、または該ゲノム領域が他の塩基配列で置換されてなる形質転換マウスである項2’に記載する代謝異常症候群非ヒトモデル動物としての使用。
項4’.過栄養食摂取によって表出する代謝異常症候群の症状が少なくとも血管内皮の機能障害である、項1’〜3’のいずれかに記載する代謝異常症候群非ヒトモデル動物としての使用。
項5’. アディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物が、内皮依存性の血管弛緩作用が正常動物に比べて低下してなるものである項1’乃至4’のいずれかに記載する代謝異常症候群非ヒトモデル動物としての使用。
項6’. アディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物を過栄養食摂取させてから用いる、項1’乃至5’のいずれかに記載する代謝異常症候群非ヒトモデル動物としての使用。
【0025】
項7.下記工程を有する代謝異常症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法:
(a)項1乃至6のいずれかに記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物に過栄養食摂取させて、代謝異常症候群の症状として少なくとも血管内皮の機能障害を表出させる工程、
(b)上記(a)工程で得られた代謝異常症候群非ヒトモデル動物に被験物質を投与する工程、及び
(c)上記(b)工程で得られた代謝異常症候群非ヒトモデル動物について、内皮依存性の血管弛緩或いは収縮期血圧の変化を指標として被験物質の中から代謝異常症候群に影響を与える物質を選別する工程。
項8−1.項1乃至6のいずれかに記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物であって、過栄養食摂取させることによって、対応する野生型非ヒト動物に比して、[1]少なくとも内皮依存性の血管弛緩作用が低下しているか或いは収縮期血圧が上昇しており、且つ[2]インスリン抵抗性、[3]新生血管内膜の形成、[4]傷害によって誘導される血管平滑筋細胞増殖、[5]腫瘍壊死因子(TNF)、及び[6]血清遊離脂肪酸よりなる群から選択されるいずれか少なくとも1つが亢進または増加している非ヒト動物を代謝異常症候群非ヒトモデル動物として用いて、下記(1)〜(3)の工程を実施することを含む代謝異常症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法:
(1)上記代謝異常症候群非ヒトモデル動物に被験物質を投与する工程、
(2)上記(1)の工程で得られた代謝異常症候群非ヒトモデル動物に対して、(A)の試験と、上記[2]〜[6]に対応して(B)〜(F)のいずれかの試験を行う工程;
(A) 内皮依存性の血管弛緩作用または収縮期血圧を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の内皮依存性の血管弛緩作用または収縮期血圧の測定値と対比する、
(B) インスリン抵抗性を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物 のインスリン抵抗性と対比する、
(C) 新生血管内膜の過形成度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の新生血管内膜の過形成度と対比する、
(D) 傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度と対比する、
(F) 血中の腫瘍壊死因子(TNF)濃度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の血中の腫瘍壊死因子(TNF)濃度と対比する、
(G) 血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群モデル動物の血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度と対比する、
(3)(2)で実施した(A)及び(B)〜(F)のいずれかの試験の結果に基づいて、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物に比して下記(a)及び(b)〜(f)のいずれかの特性を示した代謝異常症候群非ヒトモデル動物に投与した被験物質を、代謝異常症候群に影響を与える物質として選別する工程:
(a)内皮依存性の血管弛緩作用の上昇または抑制、或いは収縮期血圧の低下または上昇
(b)インスリン抵抗性の低下/抑制、または上昇/増加
(c)新生血管内膜の過形成度の低下/抑制、または上昇/増加
(d)傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度の低下/抑制、または上昇/増加
(e)血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度の低下/抑制、または上昇/増加
(f)血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度の低下/抑制、または上昇/増加。
項8−2.アディポネクチンのマウスcDNAの38〜268番目に相当するゲノム領域を欠失しているか、または該ゲノム領域が他の塩基配列で置換されてなる形質転換マウスであって、過栄養食摂取させることによって、対応する野生型マウスに比して、[1]少なくとも内皮依存性の血管弛緩作用が低下しているか或いは収縮期血圧が上昇しており、且つ[2]インスリン抵抗性、[3]新生血管内膜の形成、[4]傷害によって誘導される血管平滑筋細胞増殖、[5]腫瘍壊死因子(TNF)、及び[6]血清遊離脂肪酸よりなる群から選択されるいずれか少なくとも1つが亢進または増加しているマウスを代謝異常症候群非ヒトモデル動物として用いて、下記(1)〜(3)の工程を実施することを含む代謝異常症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法:
(1)上記代謝異常症候群非ヒトモデル動物に被験物質を投与する工程、
(2)上記(1)の工程で得られた代謝異常症候群非ヒトモデル動物に対して、(A)の試験と、上記[2]〜[6]に対応して(B)〜(F)のいずれかの試験を行う工程;
(A) 内皮依存性の血管弛緩作用または収縮期血圧を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の内皮依存性の血管弛緩作用または収縮期血圧の測定値と対比する、
(B) インスリン抵抗性を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物 のインスリン抵抗性と対比する、
(C) 新生血管内膜の過形成度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の新生血管内膜の過形成度と対比する、
(D) 傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度と対比する、
(F) 血中の腫瘍壊死因子(TNF)濃度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の血中の腫瘍壊死因子(TNF)濃度と対比する、
(G) 血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群モデル動物の血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度と対比する、
(3)(2)で実施した(A)及び(B)〜(F)のいずれかの試験の結果に基づいて、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物に比して下記(a)及び(b)〜(f)のいずれかの特性を示した代謝異常症候群非ヒトモデル動物に投与した被験物質を、代謝異常症候群に影響を与える物質として選別する工程:
(a)内皮依存性の血管弛緩作用の上昇または抑制、或いは収縮期血圧の低下または上昇
(b)インスリン抵抗性の低下/抑制、または上昇/増加
(c)新生血管内膜の過形成度の低下/抑制、または上昇/増加
(d)傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度の低下/抑制、または上昇/増加
(e)血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度の低下/抑制、または上昇/増加
(f)血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度の低下/抑制、または上昇/増加。
項9.代謝異常症候群の予防薬または改善薬の有効成分のスクリーニング方法として用いる項8に記載する代謝異常症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法。
項10.項8に記載する工程(3)に代えて、下記の工程を行うことを特徴とする項9に記載する代謝異常症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法:
(3’)(2)で実施した(A)及び(B)〜(F)のいずれかの試験の結果に基づいて、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物に比して下記(a’)及び(b’)〜(f’)のいずれかの特性を示した代謝異常症候群非ヒトモデル動物に投与した被験物質を、代謝異常症候群の予防薬または改善薬の有効成分として選別する工程:
(a’)内皮依存性の血管弛緩作用の上昇、或いは収縮期血圧の低下
(b’)インスリン抵抗性の低下/抑制
(c’)新生血管内膜の過形成度の低下/抑制
(d’)傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度の低下/抑制
(e’)血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度の低下/抑制
(f’)血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度の低下/抑制。
【0026】
なお、上記項8−1、8−2、9及び10に係る発明において「被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物」とは、被験物質を投与する前の代謝異常症候群非ヒトモデル動物を包含するものである。ゆえに、簡便には項8−1、8−2、9及び10に係る発明は、同一の代謝異常症候群非ヒトモデル動物について被験物質の投与後と投与前において各特性を測定して、両者を対比してその差を評価することによって実施することができる。
【0027】
項11.代謝異常症候群に影響を与える物質が、高血圧症改善薬、特に内皮依存性高血圧症改善薬、内膜肥厚改善薬、平滑筋細胞増殖抑制薬、抗動脈硬化改善薬、抗炎症薬、腫瘍壊死因子(TNF)産生抑制薬、インスリン抵抗性改善薬、グルコース耐性改善薬、肥満改善薬、脂質改善薬、組織再生促進薬及び抗心臓病薬よりなる群から選択されるいずれかの薬物である項9または10に記載する代謝異常症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法。
【0028】
項12.アディポネクチンを有効成分として含有する高血圧症予防または改善剤。
項13.下記の(a)または(b)の記載するポリペプチドを有効成分として含有する高血圧症予防または改善剤:
(a)配列番号:1で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、
(b)上記(a)のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列からなり且つ内皮依存性の血管拡張作用を有するポリペプチド。
項14.アディポネクチンが遺伝子組換え体であることを特徴とする項12に記載の高血圧症予防または改善剤。
項15.高血圧症が内皮依存性高血圧症であることを特徴とする項12〜14のいずれかに記載の高血圧症予防または改善剤。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、過栄養食摂取によって代謝異常症候群の症状を呈する代謝異常症候群の非ヒトモデル動物を提供することができる。
【0030】
当該代謝異常症候群非ヒトモデル動物は、高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を与えた場合に、野生型非ヒト動物に比して、少なくとも体重、[1]内皮依存性血管弛緩作用が有意に減少しており(収縮期血圧が高値を示す)、しかも、[2]インスリン抵抗性の有意な亢進、[3]新生血管内膜の有意な肥厚化、[4]傷害によって誘導される血管平滑筋細胞増殖の増加の程度の有意な上昇、[5]血液中の腫瘍壊死因子(TNF−α)の濃度の有意な上昇、または[6]血清遊離脂肪酸濃度の有意な上昇といったいずれかの特性を備えている。
【0031】
本発明の高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を投与した当該代謝異常症候群非ヒトモデル動物が備える代謝異常症候群の各症状に対して改善作用又は亢進作用を有する被験物質は、代謝異常症候群の予防・改善剤の候補化合物として有用である。本発明の代謝異常症候群に影響を与えるスクリーニング方法は当該代謝異常症候群の予防・改善剤の候補化合物の探索方法として有効に利用することができる。
【0032】
また本発明によれば、アディポネクチンの新規用途を提供することができる。特に本発明によれば、新たに見いだされた内皮依存性血管拡張活性(内皮依存性血管弛緩作用)増加作用又は促進作用、或いは降圧作用に基づいて、アディポネクチンの高血圧症、特に内皮依存性高血圧症の予防・改善剤の有効成分としての用途を提供することができる。当該アディポネクチンまたはその相同ポリペプチドを有効成分とする医薬組成物は、該有効成分の内皮依存性血管拡張活性(内皮依存性血管弛緩作用)増加作用又は促進作用、或いは降圧作用に基づいて、高血圧症予防・改善剤、特に内皮依存性高血圧症予防・改善剤として有用である。 本発明医薬組成物は、高血圧症を有する患者、特に内皮依存性高血圧症や、冠血管血流障害、門脈圧亢進症、DXRなどの抗がん剤による内皮依存性血管弛緩反応障害など有する患者へ予防・改善剤として使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
(1)本発明で使用する用語の定義
本明細書におけるアミノ酸、ペプチド、塩基配列、核酸等の略号による表示は、IUPAC−IUBの規定〔IUPAC−IUB Communication on Biological Nomenclature, Eur. J. Biochem., 138: 9 (1984)〕、「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作成のためのガイドライン」(特許庁編)及び当該分野における慣用記号に従うものとする。
【0034】
また、DNAの合成、外因性遺伝子を含有するベクター(発現ベクター)の製造、該ベクターを用いて宿主細胞を形質転換する方法、該宿主細胞を用いて所望蛋白質を製造する方法などは、一般的遺伝子工学的手法に従うか若しくはそれらに準じて容易に行うことができる〔Molecular Cloning 2d Ed, Cold Spring Harbor Lab. Press (1989);続生化学実験講座「遺伝子研究法I、II、III」、日本生化学会編(1986)など参照〕。
【0035】
本発明において遺伝子とは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖及びアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAをいずれも包含する趣旨で用いられ、またその長さに何ら制限されるものではない。従って、本発明の遺伝子には、特に言及しない限り、動物のゲノムDNAを含む2本鎖DNA、及びcDNAを含む1本鎖DNA(センス鎖)、並びに該センス鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(アンチセンス鎖)、およびそれらの断片のいずれもが含まれる。
【0036】
また、本発明において遺伝子とは、特に言及しない限り、リーダ配列、コード領域、エキソン及びイントロン等の機能領域の別を問うものではなく、いずれも包含するものである。またポリヌクレオチドとしては、RNA及びDNAが例示される。DNAにはcDNA、ゲノムDNA及び合成DNAがいずれも含まれ、また特定のアミノ酸配列からなる(ポリ)ペプチドには、その同等効果物(同族体、誘導体、変異体)がいずれも含まれる。またRNAには1本鎖RNA、RNAi(2本鎖RNA)が含まれる。
【0037】
なお、遺伝子及び(ポリ)ペプチドに関する変異体には、天然において突然変異や翻訳後の修飾等によって生じる変異体(例えばアレル変異体)、天然由来の遺伝子又は(ポリ)ペプチドの配列の任意部位を人為的に欠失、置換または、付加(若しくは挿入)させることによって作成される変異体が包含される。
【0038】
(2)アディポネクチン遺伝子およびその発現産物
アディポネクチン遺伝子は、アディポサイトカインの概念のひとつとして知られている脂肪組織に特異的に高発現している遺伝子である。apM1、Acrp30、AdipoQ等として、その遺伝子配列も知られている。
【0039】
Acrp30 mRNA発現量はob/obマウスなどの肥満モデルマウスやヒト肥満患者で減少する。ヒトAcrp30遺伝子は糖尿病の責任遺伝子座である3q27に存在し、さらにこの遺伝子の一塩基多型とインスリン抵抗性、血中アディポネクチン濃度との間に有意な相関が認められている(上記非特許文献13)。
【0040】
また、その発現産物であるアディポネクチンは、分子量約30KDaの分泌蛋白質である(上記非特許文献4)。この蛋白質はヒトの場合は244個、マウスの場合は247個のアミノ酸残基からなり、C末端側に補体Cqi様球状 ドメインを有する。そのアミノ酸配列は、8型、10型コラーゲンやプレセレベリン(precerebelin)、冬眠動物に見られる冬眠調節蛋白(hibernation − regulated protein:hib)などと類似しており、また立体構造はTNF−αに酷似している。
【0041】
(3)代謝異常症候群非ヒトモデル動物(アディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物の新規な用途)
本発明が対象とする代謝異常症候群非ヒトモデル動物とは、ヒト以外の動物(非ヒト動物)のアディポネクチンゲノム遺伝子(またはアディポネクチンmRNAの転写、翻訳並びに発現に関連する遺伝子)に人為的に変異(欠失、置換、付加、挿入:以下、本明細書においてこれらの変異を総称して「欠損」ともいう)を加えることにより、該遺伝子の発現能が抑制乃至は喪失するか、若しくは該遺伝子がコードするアディポネクチンの活性が実質的に抑制乃至は喪失してなり、過栄養食摂取させることによって代謝異常症候群の症状を表出する非ヒト動物(以下、アディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物またはアディポネクチン遺伝子発現不全非ヒト動物ともいう)である。なお、本明細書においてアディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物とアディポネクチン遺伝子発現不全非ヒト動物とは同意義で使用される。
【0042】
ここで、非ヒト動物としては、動物モデルを作出するうえで、個体発生期間及び生涯サイクルが短くかつ繁殖が比較的容易なマウスやラット等のゲッ歯動物が好ましいが、特にこれに限定されるものではなく、ヒト以外のウサギ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ等の他の哺乳動物もこれに含まれる。
【0043】
上記でいうアディポネクチンゲノム遺伝子またはその発現に関連する遺伝子に人為的に変 異を加える方法としては、遺伝子工学的手法により該遺伝子の塩基配列の全部を欠失するか、コドンの読み取り枠をずらしたりプロモーターあるいはエキソンの機能を破壊するように、上記ゲノム遺伝子の塩基配列の一部を欠失したり、または任意の部位に他の遺伝子を挿入するかまたは他の遺伝子で置換することによって行なうことができる。上記人為的変異方法は、例えばサイトスペシフィック・ミュータゲネシス〔Methods in Enzymology, 154, 350, 367−382 (1987);同 100, 468 (1983);Nucleic Acids Res., 12, 9441 (1984) ;続生化学実験講座1「遺伝子研究法II」、日本生化学会編, p105 (1986)〕などの遺伝子工学的手法、リン酸トリエステル法やリン酸アミダイト法などの化学合成手段〔J. Am. Chem. Soc., 89, 4801 (1967);同 91, 3350 (1969);Science, 150, 178 (1968);Tetrahed ron Lett., 22, 1859 (1981);同 24, 245 (1983)〕及びそれらの組合せることによって実施できる。
【0044】
本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物は、アディポネクチンのゲノム遺伝子に欠損があることに基づいて、野生型に比較して、過栄養食摂取によって代謝異常症候群症状を呈することを特徴する。当該モデル動物は、まずマエダ(Maeda)らに開示された方法(上記非特許文献18)に従って、製造することができる。具体的には、例えば下記のようにして作成できる:まず目的とする非ヒト動物のアディポネクチンゲノム遺伝子を単離し、そのエキソン部分に他の遺伝子を挿入することによりエキソンの機能を破壊するか、あるいはエキソン間のイントロン部分に遺伝子の転写を終結させるDNA配列(例えば、polyA付加シグナルなど)を挿入することによって、完全なメッセンジャーRNAが合成できないように構築した配列を有するDNA鎖(以下、ターゲティングベクターと略する)を作成する。これをエレクトロポレーション法等の方法で上記目的の非ヒト動物細胞(胚幹細胞)の染色体に導入して組み換え胚幹細胞を作成する。次いで、得られた組換え胚幹細胞について、アディポネクチン遺伝子が破壊されたアディポネクチンノックアウト胚幹細胞を選別して、動物胚へ注入し、仮親の子宮に移植して生殖系列のキメラ動物を取得し、このキメラ動物を正常な動物と交配させてヘテロ欠損型動物(+/−)を作出する。さらにヘテロ欠損型同士を交配させることにより、ホモ欠損型動物(−/−)、すなわち遺伝子座の双方ともアディポネクチンを実質的にコードしない所望のアディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物(ノックアウト動物)を得る。
【0045】
上記操作において、目的とする非ヒト動物のアディポネクチンゲノム遺伝子の単離は、例えば公知のヒトアディポネクチンcDNA配列(上記特許文献1参照)(配列番号2:ヒトアディポネクチンをコードするORF領域)をプローブとして非ヒト動物のゲノムDNAライブラリーをスクリーニングし、蛋白質コード領域を含む陽性クローンを単離し、これをベクターに挿入後、制限酵素で消化し、特定のエキソンを含む染色体DNAをサブクローニングすることによって取得できる。例えばマウスゲノムDNAライブラリーの作成は、ラボマニュアル遺伝子工学(丸善株式会社発行, 村松正實編,1990)100−112 頁記載の方法に従って行うことができ、またマウスアディポネクチンcDNAの作成は、例えば、ラボマニュアル遺伝子工学(丸善株式会社発行, 村松正實編,1990)83−99 頁記載の方法に従って行うことができる。
【0046】
また、非ヒト動物のアディポネクチンがヒトアディポネクチンの相同物であるかどうかの一 確認法としては、ラディエーション・ハイブリッド・マッピング(Radiation Hybrid Mapping)によって、非ヒトアディポネクチンcDNAクローンの染色体マッピングを行ない(Cox, D. R., et al., Science, 250, 245−250 (1990))、非ヒトアディポネクチン遺伝子の染色体座位と、ヒト相同遺伝子が存在する染色体座位が相同領域であるかどうかで判断するとよい。
【0047】
かくして、上記ライブラリーよりアディポネクチンゲノムDNAクローンを得、これを用いてターゲティングベクターの作製のために目的とする遺伝子領域の構造を破壊する。
【0048】
ターゲッティングベクターの作成において、アディポネクチンゲノム遺伝子のエキソン部分に他の遺伝子を挿入する場合、アディポネクチン遺伝子の変異を検出するための選択マーカー(ポジティブ選択マーカー)としても機能する遺伝子を挿入することが好ましく、このような遺伝子としては、ネオマイシン耐性遺伝子(以下、neoという)、ハイグロマイシン耐性遺伝子を代表とする薬剤耐性遺伝子あるいは lacZ(β−ガラクトシダーゼ遺伝子)、CAT(クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子)を代表とするレポーター遺伝子等を挙げることができる。好ましくはネオマイシン耐性遺伝子(neo)である。この場合、組み換えが生じたことがネオマイシン(あるいはそのアナローグであるG418)耐性の獲得により判定可能となる。さらにランダム組み換え体を除くため、ポジティブ−ネガティブ選別が可能となるように相同部位の外側にジフテリア毒素A断片遺伝子(以下「DT−A」という)のような、細胞に対して致死性を有する遺伝子をネガティブ選択マーカーとして導入することが望ましい。こうして得られるターゲティングベクターはランダム組み換えにより致死性遺伝子が導入され、このような細胞は致死となる。したがって、このようにポジティブ選択マーカーとネガティブ選択マーカーを用いてポジティブ−ネガティブ選別を行うことにより、相同組み換え体を効率的に取得することが可能となる。なお、これらの遺伝子の挿入は、試験管内で常用のDNA組換え技法により行うことができる。
【0049】
本発明の実施にあたっては、非ヒト動物がマウスの場合、アディポネクチン遺伝子の第2エキソン領域の特定部位(アディポネクチンcDNAの38−268番目に相当するゲノム)が欠失しており、その欠失領域に選択マーカー遺伝子が挿入されていることが好ましい。具体的には、ポジティブ選択マーカーとしてMC1−neo−polyA(MC1プロモーター(Polyoma virus 由来変異エンハンサー配列およびチミジンキナーゼ遺伝子プロモーター配列からなるプロモーター)の下流にネオマイシン耐性遺伝子とSV40由来ポリA付加シグナルを連結したもの:Thomas,K.R. & Capecchi.M.R.: Site−directed mutagenesis by gene targeting in mou se embryo−derived stem cells.: Cell, 51, 503 (1987))、及びネガティブ選択マーカーとして、MC1−DT−A(MC1プロモーターの下流にジフテリア毒素A断片が連結されたもの:Yagi,T.et al.: A novel negative selection for homologous recombinants using diphtheria toxin A fragment: Analyt Biochem., 214, 77, (1993))が好適に使用される。
【0050】
後述する実施例においては、相同領域として第2エクソン上流のSnaBI−AatII断片(7kb)および下流のVspI−EcoRI断片(1.4kb)を、またポジティブ選択マーカーとしてpKO Select Neo (Lexicon Genetics社製)、ネガティブ選択マーカーとしてpKOSelect DTA (Lexicon Genetics社製)をそれぞれ使用し、相同置換を行っている。尚、本発明のアディポネクチン遺伝子欠損非ヒト動物作成のためのターゲットとなるマウスアディポネクチンゲノム遺伝子は少なくとも3つのエキソンからなる遺伝子である。後述する実施例においては第2のエキソン部分を含む領域をネオマイシン耐性遺伝子に相同置換させているが、これに限定されることなく、他のエキソン部分のいずれか、或いは複数のエキソン部分を組み合わせて、ネオマイシン耐性遺伝子等の遺伝子に相同置換させるか、欠失させてもよい。
【0051】
上記方法によって得られたターゲッティングベクターを導入する胚幹細胞としては、例えば既に樹立されたものを用いてもよく、また公知のエバンスとカウフマンの方法(Nature, 292,154 (1981))に準じて新しく樹立したものでもよい。例えば、マウスの胚幹細胞の場合、一般的には129系の胚幹細胞が使用される。しかし、これに限定されることなく、純系で免疫学的に遺伝的背景が明らかな胚幹細胞を取得するために例えば、C57BL/6マウスやC57BL/6の採卵数の少なさをDBA/2との交雑により改善したBDF1マウス(C57BL/6とDBA/2とのF1)を用いて樹立した胚幹細胞等も良好に使用し得る。かかる胚幹細胞は、採卵数が多くかつ卵が丈夫であるというBDF1マウスの利点に加えてC57BL/6マウスを背景に持つので、これから病態モデルマウスを作出したとき、C57BL/6マウスとバッククロスする事でその遺伝的背景をC57BL/6マウスに変えることが可能である点で有利に用い得る。
また、胚幹細胞を樹立する場合、一般には受精後3〜5日目の胚盤胞を使用するが、それ以外に8細胞期胚を採卵し胚盤胞まで培養して用いることにより効率よく多数の初期胚を取得することも可能である。また、雌雄いずれの胚幹細胞を用いてもよいが、通常雄の胚幹細胞の方が生殖系列キメラを作出するのに都合が良い。
【0052】
胚幹細胞にターゲティングベクターを導入するには、胚幹細胞を生殖細胞への分化能を保つように未分化の状態で培養維持する必要がある。そのためには、培地に適当な栄養細胞をフィーダー細胞として加え、また、ヒトLIF(LeukemiaInhibitory Factor)を添加し、さらに牛胎仔血清、ヌクレオシド、非必須アミノ酸、2−メルカプトエタノールなどを添加して培養することを要する。栄養細胞(フィーダー細胞)としては、STO細胞(ATCC寄託番号:CRL−1503)、あるいはマウス胎仔線維芽細胞を好ましく例示できる。栄養細胞(フィーダー細胞)の添加濃度は、2.5x10細胞/ml(10ml/100mm培養皿、2ml/35mm培養皿、4ml/60mm培養皿、0.5ml/well:24−well plate等の使用)が好ましい。ヒトLIFの添加濃度は、10ユニット/mlが好ましいがそれ以上でもよい。牛胎仔血清の添加濃度は20%、ヌクレオシドの添加濃度は10〜30nMが好ましい。非必須アミノ酸としては、例えば、ギブコ社製の非必須アミノ酸溶液が好ましく、その濃度は各0.1mMが好ましい。2−メルカプトエタノールの濃度は0.1mMが好ましい。
【0053】
エレクトロポレーション法で胚幹細胞にターゲティングベクターを導入するには、胚幹細胞を一定の濃度になるように緩衝液に浮遊させ、適当な制限酵素で処理して線状化したターゲティングベクターを添加し、ECM600(BTX社製)、或いはジーンパルサー( バイオ・ラド社製)等の適当なエレクトロポレーション装置を用い、例えば270V/1.8mm、または250V/4mm、及び500μFでエレクトロポレーションを行うことが好ましい。緩衝液としては、pHを7.0に調整されたPBS等を用いることが好ましい。制限酵素はターゲティングベクターの制限酵素部位を考慮して選択することができる。
【0054】
ターゲティングベクターを導入した後、胚幹細胞を上記の培地で24〜48時間培養し、その後、G418(ジェネティシン:Geneticin:Sigma社製)を含む培地と交換する。1日ごとに新しいG418添加培地と交換し、約1週間培養を続ける。次いで、ターゲティングベクターが導入された所謂アディポネクチンノックアウト胚幹細胞は、上記培地で薬剤(G418)耐性胚幹細胞を増殖させ、得られたG418抵抗性のクローンから相同組み換え体を単離することによって行うことができる。
【0055】
相同組み換え体の検出は、アディポネクチン遺伝子上あるいはその近傍の塩基配列と相補的な配列を有するDNAをプローブとしたサザンハイブリダイゼーション解析あるいはターゲティングベクター上のDNA配列とターゲティングベクター作製に使用したアディポネクチン遺伝子以外の近傍領域の塩基配列と相補的な配列を有するDNAをプライマーとしたPCR法による解析により行うことができる。具体的には、上記のG418添加培地で増殖したG418抵抗性のクローンの一部からDNAを抽出する。ゲノムDNAを抽出後、制限酵素処理を行い、アガロース電気泳動を行った後、アディポネクチン遺伝子のゲノムをプローブとしてサザンハイブリダイゼーションを行う。こうして、ターゲティングベクターの断片を検出できれば、その胚幹細胞は標的アディポネクチン遺伝子の一方の対立遺伝子がターゲティングベクターと相同組み換えを起こしたクローン(ヘテロ欠損型胚幹細胞)であることが証明されたことになる。
【0056】
次いで、生殖系のキメラ動物およびアディポネクチン遺伝子の破壊された改変遺伝子を有するトランスジェニック非ヒト動物の作成は、以下のようにして行うことができる。
【0057】
まず、目的の非ヒト動物の胚に上記で得られたヘテロ欠損型胚幹細胞を注入し、仮親の子宮に移植する。ここで、動物の胚としてはキメラの形成に好適であるという理由から胚盤胞が用いられる。胚幹細胞は通常約10〜15個注入される。こうして、胚幹細胞が注入された胚は直ちに仮親の子宮に移植される。上記の方法によって妊娠した仮親から生まれた子のうちキメラ動物を選ぶ。胚幹細胞の寄与率の高いキメラ動物は生殖系列のキメラ動物である可能性が高いが、キメラ動物を正常動物と交配して、得られた子マウスの毛色を指標とすることによって生殖系列のキメラ動物であることの確認が可能である。
【0058】
斯くして生殖系列のキメラ動物と正常動物との交配によりヘテロ欠損型動物が得られ、ヘテロ欠損型同士の交配によりアディポネクチン対立遺伝子の両方が破壊されたホモ欠損型動物を得ることができる。
【0059】
このようにして得られたホモ欠損型動物であるトランスジェニック非ヒト動物は、アディポネクチン遺伝子を欠損しており、本発明の代謝異常症候群モデル動物として利用できる。
【0060】
なお、上記において、アディポネクチン遺伝子発現不全非ヒト動物の作成方法として、不活性化されたアディポネクチン遺伝子断片を有するターゲティングベクターをマウス胚幹細胞あるいはマウス卵細胞に導入してマウス胚幹細胞あるいはマウス卵細胞の染色体上のアディポネクチン遺伝子と相同組換えすることによりアディポネクチン遺伝子を破壊させる方法を記載したが、別の方法を採用して同様の効果を有することもできる。
【0061】
このようにして作成される本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物は、アディポネクチン遺伝子の不活性化(欠損を含む)により正常なアディポネクチン遺伝子を有する同種の非ヒト動物に対して、その遺伝子がアディポネクチンが発現しないかまたは発現していても発現量が減退している(発現不全)。そして当該代謝異常症候群非ヒトモデル動物は、上記の特性の他に、後記実施例に示すように高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を摂取させることによって、野生型非ヒト動物と比較して、体重及び収縮期血圧が有意に高くなり、また内皮依存性の血管弛緩作用が有意に減少している。すなわち、当該代謝異常症候群非ヒトモデル動物は、過栄養食を摂取させることよって、野生型非ヒト動物とは異なって代謝異常症候群の症状を呈する。当該代謝異常症候群非ヒトモデル動物の性質は、代謝異常症候群過程を研究するために有効に利用することができる。上記所望の目的のためには、本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物は、好適には、高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を摂取させ、代謝異常症候群状態を形成させてから用いられる。
【0062】
本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物への高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食の投与は、例えば、当該動物に過栄養食(例えば30%脂肪、15%ショ糖、8%食塩含有)を4週間程度摂取させることによって行うことができる。過栄養食を摂取させた代謝異常症候群非ヒトモデル動物は、野生型非ヒト動物に比して少なくとも内皮依存性血管弛緩作用が有意に減少し、また収縮期血圧が高値を示すという特性を備えている。加えて、当該過栄養食を摂取させた代謝異常症候群非ヒトモデル動物は、野生型非ヒト動物に比べて、インスリン抵抗性の有意な亢進、新生血管内膜の有意な肥厚化、傷害によって誘導される血管平滑筋細胞増殖の増加の亢進、血液中の腫瘍壊死因子(TNF−α)の濃度の有意な上昇、または血清遊離脂肪酸濃度のが有意な上昇のいずれかの特性が認められる。
【0063】
本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の使用により、肥満、高血圧症、2型糖尿病(インスリン抵抗性亢進)、脂質代謝異常(高脂質血症)等の代謝異常症候群の危険因子に関する研究や動脈硬化症の初期状態の研究及びこれら危険因子に関連する状態である内皮依存性の血管弛緩作用或いは収縮期血圧に影響を与えるとともに、さらにインスリン抵抗性、新生血管内膜形成、血管平滑筋細胞増殖、血液や組織中の腫瘍壊死因子の量または血清遊離脂肪酸の量に影響を与える物質の検出や選別に使用できる。
【0064】
当該代謝異常症候群非ヒトモデル動物が有する各特性の評価は、通常この分野において用いられている種々の肉眼的所見、X線所見、光学的顕微鏡所見、免疫組織化学的所見、生化学的所見(例えば、血圧、血糖値、血中インスリン値、総コレステロール、HDL−コレステロール、中性脂肪、遊離脂肪酸、C反応性蛋白(CRP)、尿中アルブミンなど)、体重測定などを用いて行なうことができる。具体的には、血圧の測定には、例えば尾動脈における自動血圧測定計を用いる方法を挙げることができる。また、血管内皮機能の評価方法としては、血管拡張反応を血管内ドプラーによる観血的方法、血管径の変化を測定する非観血的方法である四肢のストレインゲージ式プレシスモグラフィーによる方法を例示できる。
【0065】
内皮依存性の血管弛緩作用を評価する方法としては、被験動物、例えば本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物(好ましくは高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を2〜4週間摂取させた後)の胸部大動脈部位を任意の培養液中に浸置し、血管の等尺性張力をアイソメトリックトランスデューサーを用いて、動脈環を平衡にさせた後、最大収縮をノルエピネフリンで決定した後、アセチルコリンやニトロプルシッド・ナトリウムなどを累積付加した際の血管の応答を測定することにより該弛緩の程度を算出する方法を挙げることができる。なお、弛緩比率はパパベリンによる最大弛緩(100%)より算出することができる。本発明において、内皮依存性の血管弛緩作用とは、上記試験により、アセチルコリン誘発による血管弛緩反応が変動するが(血管弛緩の程度が上昇/増加または抑制/低下する)、ニトロプルシッド・ナトリウム誘発による血管弛緩反応は変動しない(ニトロプルシッド・ナトリウム誘発によっては影響されない)血管反応性を示すことをいう。本発明において、内皮依存性の血管弛緩作用が上昇/増加するとは、血管の弛緩作用が大きくなること(弛緩比率が大きくなること)をいい、血管が拡張又は血管反応が良好であることを意味する。言い換えれば、血流に対する血管抵抗が低下するともいうことができ、結果として血圧(収縮期血圧)が低下する。逆に内皮依存性の血管弛緩作用を抑制/低下するとは、血管の弛緩作用が小さくなること(弛緩比率が小さくなること)をいい、血管が収縮叉は血管反応性低下していることを意味する。言い換えれば、血流に対する血管抵抗が増加するともいうことができ、結果として血圧(収縮期血圧)が上昇する。
【0066】
また、インスリン抵抗性とは、メカニズムや原因の別を問わず、生体内におけるインスリン作用発現の低下の有無をいい、「インスリン抵抗性がある」とか「インスリン抵抗性が増大している」とは、生体内におけるインスリンの作用発現が低下していること、または当該低下の度合いが高いことを意味する。かかるインスリン抵抗性の測定及び評価は、常法のインスリン耐性試験(インスリン感受性試験)により行なうことができる(上記非特許文献18,736頁参照)。
【0067】
より具体的には、10週令の代謝異常症候群非ヒトモデル動物(例えばアディポネクチンホモ欠損型マウス)及び正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物、例えばマウス)に対して、好ましくは高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を2〜4週間程度摂取させた後に、インスリン耐性試験(Insulin Tolerance Test)を行ない、そしてインスリン抵抗性指数(Insulin−resisitance lndex)を併せて測定する。ここで、インスリン耐性試験では任意の単位のインスリンを、上記各非ヒト動物の腹腔内に投与した後、15分、30分、60分後における血糖値を測定する。血液中の血糖値は、通常市販の血糖測定キットを用いて測定することができる。
【0068】
インスリン投与後30分または60分後における血糖低下作用に関して、正常非ヒト動物と比較して代謝異常症候群非ヒトモデル動物(例えば、マウス)に有意な遅延が認められる場合(有意差:例えば、スチューデントのt検定でp<0.05)を該代謝異常症候群非ヒトモデル動物について「インスリン抵抗性がある」と認定する。インスリン投与による血糖低下作用の遅延に関して、有意ではないが差があることが判明した場合は「インスリン抵抗性が増大している」と認定する。また、当該インスリン抵抗性指数は、上記と同様に過栄養食を2〜4週間摂取させた後、2mg/g体重の割合でグルコースを経口投与し、血液中の血糖値及び血中インスリン値を経時的に測定して(グルコース耐性試験(Glucose Tolerance Test))、インスリン抵抗性指数を求めることもできる。ここで血糖値及びインスリン値は通常市販の血糖測定キット及びインスリン測定キットを用いて測定することができる。なお、インスリン抵抗性指数は、上記のグルコース耐性試験による経時的な血糖値および血中インスリン値の曲線が示す面積の積で算出することができ、これら試験方法はヤマウチらの記載を参考に実施できる(上記非特許文献16)。本試験方法においては、インスリン抵抗性指数が大きい程、インスリン抵抗性が強いこと(インスリン感受性の低下していること)を意味する。
【0069】
この試験において、上記のようにインスリン投与後の血糖値の低下に不全が見られる場合、または正常非ヒト動物の血糖値低下と比較して低下に遅延がある場合は、インスリン抵抗性があると判断される。これらインスリン抵抗性の増大は、2型糖尿病への初期段階の状態を表わすひとつの兆候といえるかもしれない。
【0070】
新生血管内膜の過形成(肥厚化)とは、血管などに傷を負った後の動脈の新生内膜の肥厚化の程度をいう。通常、新生血管内膜の過形成(肥厚化)の程度は、血管が傷を負った後2〜3週間後の内膜及び中膜組織のα−平滑筋アクチンの免疫組織染色によって、α−平滑筋アクチン陽性の平滑筋細胞で識別される組織の面積を画像処理などで、比較することによる形態計測で量的に測定することができる。 新生血管内膜の過形成(肥厚化)の程度を比較する方法は常法により行い得るが、例えば、サタら(上記非特許文献27)に記載の方法に従って実施できる。
【0071】
より具体的には、被験動物、例えば代謝異常症候群非ヒトモデル動物(例えばアディポネクチンホモ欠損型マウス)と正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物、例えばマウス)に好ましくは高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を2〜4週間摂取させた後、その大腿動脈に対して直鎖状のスプリング・ワイヤー(直径0.36m)を用いて、両方向性大腿動脈外傷をつける。そして、脈管内皮を剥き出しにして、新生内膜の過形成を引き起こさせる。前記血管傷害の2〜3週間後、各非ヒト動物を麻酔し、両方の大腿動脈を10%のホルマリンで潅流固定した後、組織をパラフィン包埋する。パラフィン包埋に続いて、大腿動脈の平行切片を切り出し、ヘマトキシリン−エオジンで染色を行なう。切り出した大腿動脈の平滑筋細胞は、一次抗体とを使用するα平滑筋アクチンに対する免疫染色によって識別することができる。そして内膜および中膜の面積及び傷害された動脈におけるI/M比(内膜/中膜の面積の比)は、例えば画像解析ソフトウエア(MacSCOPE)を使用して計測することができる。
【0072】
この方法において新生血管内膜の過形成(肥厚化)の上昇/増加(増悪化)とは、正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物)に比して、平滑筋細胞で識別される内膜組織の面積が増大していることをいう。逆に新生血管内膜の過形成(肥厚化)の低下/抑制(改善化)とは、正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物)に比して、平滑筋細胞で識別される内膜組織の面積が減少していることをいう。
【0073】
本試験において、新生血管内膜の過形成(肥厚化)の上昇/増加(増悪化)は、ある意味で動脈硬化の進展と強く係わってくることは言うまでもない。代謝異常症候群に影響を与える物質は、代謝異常症候群非ヒトモデル動物に投与した場合に、該モデル動物の平滑筋細胞の内膜組織の面積がそれを投与しない対照非ヒト動物に比して差異を生じさせる物質である。内膜組織の面積を減少させる物質は、新生血管内膜の過形成改善剤又は代謝異常症候群の予防・改善剤の有効成分としての候補物質となり得る。
【0074】
また、傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度とは、血管内などに傷を負った後の動脈組織中の平滑筋細胞の増殖の程度をいい、具体的には正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物)と比較した差から評価できる。より具体的には、次のようにして測定することができる:被験動物、例えば代謝異常症候群非ヒトモデル動物(例えばアディポネクチンホモ欠損型マウス)及び正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物、例えばマウス)に、好ましくは高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を2〜4週間摂取させた後、その大腿動脈に対して直鎖状のスプリング・ワイヤー(直径0.36m)を用いて、両方向性大腿動脈外傷をつける。そして、脈管内皮を剥き出しにして、新生内膜の過形成を引き起こさせる。各非ヒト動物について血管傷害に続いて大腿動脈を取得するまでの期間、100μg/gのブロモデオキシウリジン(BrdU)を24時間ごとに腹腔内投与する。前記血管傷害の2〜3週間後、各非ヒト動物を麻酔し、両方の大腿動脈を10%のホルマリンで潅流固定した後、組織をパラフィン包埋する。パラフィン包埋に続いて、大腿動脈の平行切片を切り出し、該切片をBrdU染色キット(例えばOncogene Research Products社製)を使用して、切片を免疫染色BrdU標識し、血管平滑筋細胞を免疫組織化学的に検出して、血管平滑筋細胞の増殖の程度を調べる。得られた各組識からの切片について、新生内膜内の平滑筋細胞中のBrdU染色細胞および非染色細胞の割合を計測し、血管平滑筋細胞の増殖指数を求めることができる。血管平滑筋細胞の増殖度は、前記した方法及び文献(上記非特許文献30)に従い、BrdU染色細胞数を非染色の細胞数で割ることにより計算できる。
【0075】
傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度が低下/抑制するとは、BrdU染色細胞数を非染色の細胞数で割った値が、正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物)に比して、低値を示すことをいう。逆に傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度が上昇/増加するとは、BrdU染色細胞数を非染色の細胞数で割った値が、正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物)に比して、高値を示すことをいい、これは動脈硬化の進展の初期段階が亢進していることを示す可能性がある。
【0076】
さらに、血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度は、代謝異常症候群非ヒトモデル動物(例えばアディポネクチンホモ欠損型マウス)及び正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物、例えばマウス)に、好ましくは高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を2〜4週間摂取させた後、該両動物の血液中における腫傷壊死因子(TNF)の濃度を測定することによって求めることができる。市販の抗腫傷壊死因子(TNF−α)抗体に反応する血液中の腫傷壊死因子(TNF−α)の割合から血中の腫傷壊死因子(TNF−α)の濃度を求めることができる。かかる測定は、例えば市販のマウスTNF−αELISA KIT(商品コード: KMC3012 :バイオソース社製)を用いて行うことができる。そして血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度が低下/抑制するとは、上記測定で求めた代謝異常症候群非ヒトモデル動物の腫傷壊死因子(TNF)濃度を正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物)の該濃度と比較した場合に、比較した差が正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物)に比して、マイナス値(正常非ヒト動物に対してマイナス%)を示すことをいう。血中の腫傷壊死因子(TNF)値の上昇/増加とは、比較した差が正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物)に比して、大きい値(正常非ヒト動物に対してプラス%)を示すことをいう。TNF−αは、末梢でのインスリン作用を抑制し、動脈硬化・炎症を惹起するといわれており、蓄積した脂肪組織より分泌されたTNF−αが筋肉、脂肪組織、肝臓での糖利用亢進を抑制し、肥満でのインスリン抵抗性を介して糖・脂質代謝異常をもたらすとされている(上記非特許文献28)。ゆえに血中の腫傷壊死因子(TNF)値の上昇/増加とは、インスリン抵抗性の増大、糖・脂質代謝異常の亢進、動脈硬化の進展及び炎症状態の亢進した状態を意味する。 逆に血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度の低下/抑制とは、前記インスリン抵抗性の改善または改善傾向、糖・脂質代謝異常の改善または改善傾向、動脈硬化の進展の改善叉は改善傾向及び炎症状態の改善叉は改善傾向の状態を表わしていると言い得るかもしれない。
【0077】
また、血清遊離脂肪酸(FFA)濃度は、代謝異常症候群非ヒトモデル動物(例えばアディポネクチンホモ欠損型マウス)及び正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物、例えばマウス)に、好ましくは高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を2〜4週間摂取させた後、該両動物の血清中における血清遊離脂肪酸(FFA)の濃度を一般に使用されている市販の生化学検査キットを用いて測定することとによって求めることができる。血清中における血清遊離脂肪酸(FFA)の濃度が低下/抑制するとは、上記測定で求めた代謝異常症候群非ヒトモデル動物の血清遊離脂肪酸(FFA) 濃度を正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物)の該濃度と比較した場合に、比較した差が正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物)に比して、マイナス値(正常非ヒト動物に対してマイナス%)を示すことをいう。また血清中における血清遊離脂肪酸(FFA)の濃度が上昇/増加するとは、比較した差が正常非ヒト動物(野生型非ヒト動物)に比して、大きい値(正常非ヒト動物に対してプラス%)を示すことをいう。
【0078】
血清遊離脂肪酸(FFA)は、末梢でのエネルギー代謝に重要な材料であり、余剰の遊離脂肪酸は糖アルコールと反応し、中性脂肪を作り出し、貯蔵脂肪となる。余剰の遊離脂肪酸は肥満、脂質代謝異常の原因となり得る。このことから、血清中における血清遊離脂肪酸(FFA)の濃度の値の上昇/増加は、現在叉は将来の肥満、脂質代謝異常の初期状態と表わされるといえるかもしれない。また、血清中における血清遊離脂肪酸(FFA)の濃度の値の低下/抑制は、現在叉は将来の肥満改善へ初期状態、或いは脂質代謝異常改善への初期状態と表わされると言い得るかもしれない。
【0079】
本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物は、肥満、2型糖尿病、脂質代謝異常、高血圧症などの危険因子を有する代謝異常症候群や動脈硬化症などの生活習慣病を研究するために有効に用いることができる。例えば本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物に高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を摂取させて代謝異常症候群の症状を表出させた後、被験物質を投与し、代謝異常症候群の改善や悪化を調べることで、該被験物質の中から代謝異常症候群の病態に影響(善影響、悪影響)を及ぼす物質を選択するために利用することができる。かかる方法は、具体的には、過栄養食を摂取させた代謝異常症候群非ヒトモデル動物に被験物質を投与し、次いで内皮依存性の血管弛緩作用或いは収縮期血圧、及びインスリン抵抗性、新生血管内膜形成、血管平滑筋細胞増殖、血液や組織中の腫瘍壊死因子の量または血清遊離脂肪酸の量のいずれかを実験的又は臨床的に評価することによって行うことができる。こうして、被験物質の中から代謝異常症候群の改善・予防薬として有効な物質(候補物質)を選別することも可能となる。
【0080】
尚、代謝異常症候群に影響を与える物質としては、高血圧症改善剤、特に内皮依存性高血圧症改善剤、内膜肥厚改善薬、平滑筋細胞増殖抑制薬、抗動脈硬化改善薬、抗炎症薬、腫瘍壊死因子(TNF)産生抑制薬、インスリン抵抗性改善薬、グルコース耐性改善薬、肥満改善薬、脂質改善薬、組織再生促進薬及び抗心臓病薬を挙げることができる。
【0081】
(4) 代謝異常症候群非ヒトモデル動物を用いる代謝異常症候群に影響を与える物質の検出方法(スクリーニング方法)
本発明は、前述する本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物を利用して、代謝異常症候群に影響を与える物質を検出する方法を提供する。当該検出方法によれば、代謝異常症候群状態に影響を与えることによって、代謝異常症候群の病態を改善させる可能性のある物質(改善・予防物質)を、被験物質の中から選別し取得することができる。また上記検出方法によれば、代謝異常症候群の病態を進展させる可能性のある物質(増悪・進展物質)を被験物質の中から選別し決定することができ、該物質の特定により事前に該物質の摂取を予防することができ、代謝異常症候群の悪化の防止に資することができる。
【0082】
本発明の代謝異常症候群に影響を与える物質の検出方法或いはスクリーニング方法は、次の工程を含む:
(a)代謝異常症候群非ヒトモデル動物に過栄養食摂取させて、代謝異常症候群の症状として少なくとも血管内皮の機能障害を表出させる工程、
(b)上記(a)工程で得られた代謝異常症候群非ヒトモデル動物に被験物質を投与する工程、及び
(c)上記(b)工程で得られた代謝異常症候群非ヒトモデル動物について、内皮依存性の血管弛緩或いは収縮期血圧の変化を指標として被験物質の中から代謝異常症候群に影響を与える物質を選別する工程。
【0083】
或いは、本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物に影響を与える物質の検出方法またはスクリーニング方法は、過栄養食摂取させることによって対応する野生型非ヒト動物に比して、[1]少なくとも内皮依存性の血管弛緩作用が低下しているか或いは収縮期血圧が上昇しており、且つ[2]インスリン抵抗性、[3]新生血管内膜の形成、[4]傷害によって誘導される血管平滑筋細胞増殖、[5]腫瘍壊死因子(TNF)、及び[6]血清遊離脂肪酸よりなる群から選択されるいずれか少なくとも1つが亢進または増加している代謝異常症候群非ヒトモデル動物を用いて、下記1)〜3)の工程を実施することによって行うことができる:
1)上記代謝異常症候群非ヒトモデル動物に被験物質を投与する工程、
2)上記1)の工程で得られた代謝異常症候群非ヒトモデル動物に対して、(A)の試験と、上記[2]〜[6]に対応して(B)〜(F)のいずれかの試験を行う工程;
(A) 内皮依存性の血管弛緩作用または収縮期血圧を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物(被験物質を投与する前の代謝異常症候群非ヒトモデル動物を含む)の内皮依存性の血管弛緩作用または収縮期血圧の測定値と対比する、
(B) インスリン抵抗性を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物(被験物質を投与する前の代謝異常症候群非ヒトモデル動物を含む)のインスリン抵抗性と対比する、
(C) 新生血管内膜の過形成度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物(被験物質を投与する前の代謝異常症候群非ヒトモデル動物を含む)の新生血管内膜の過形成度と対比する、
(D) 傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物(被験物質を投与する前の代謝異常症候群非ヒトモデル動物を含む)の傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度と対比する、
(F) 血中の腫瘍壊死因子(TNF)濃度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物(被験物質を投与する前の代謝異常症候群非ヒトモデル動物を含む)の血中の腫瘍壊死因子(TNF)濃度と対比する、
(G) 血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群モデル動物(被験物質を投与する前の代謝異常症候群非ヒトモデル動物を含む)の血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度と対比する、
3)2)で実施した(A)及び(B)〜(F)のいずれかの試験の結果に基づいて、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物(被験物質を投与する前の代謝異常症候群非ヒトモデル動物を含む)に比して下記(a)及び(b)〜(f)のいずれかの特性を示した代謝異常症候群非ヒトモデル動物に投与した被験物質を、代謝異常症候群に影響を与える物質として選別する工程:
(a)内皮依存性の血管弛緩作用の上昇または抑制、或いは収縮期血圧の低下または上昇
(b)インスリン抵抗性の低下/抑制、または上昇/増加
(c)新生血管内膜の過形成度の低下/抑制、または上昇/増加
(d)傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度の低下/抑制、または上昇/増加
(e)血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度の低下/抑制、または上昇/増加
(f)血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度の低下/抑制、または上昇/増加。
【0084】
ここで代謝異常症候群非ヒトモデル動物としては、前述する本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物を用いることができるが、好ましくはアディポネクチン遺伝子欠損マウス、特に好ましくはアディポネクチンホモ欠損型マウスである。より好ましくはアディポネクチンのマウスcDNAの38〜268番目に相当するゲノム領域を欠失しているか、該ゲノム領域が他の塩基配列で置換されてなる形質転換マウスである。
【0085】
被験物質となりえるものとしては、特に制限されないが、核酸、ペプチド、蛋白質、有機化合物、無機化合物などである。実施には、具体的にはこれらの被験物質となりえる物質を含む試料(被験試料)が代謝異常症候群非ヒトモデル動物に投与される。かかる被験試料としては、核酸含有ベヒクル(ベクターや細胞など)、細胞抽出物、遺伝子ライブラリーの発現産物、合成低分子または高分子化合物、合成ペプチド、または天然植物抽出物が制限されることなく例示される。好ましくは、核酸、ペプチドまたは蛋白質を含む核酸含有ベヒクル、細胞抽出物、合成ペプチドまたは遺伝子ライブラリーの発現産物等を挙げることができる。なお、これらの中にはアディポネクチン及びその誘導体またはアディポネクチンの部分フラグメント、或いはチアゾリン誘導体も含まれる。
【0086】
実施例に示すように、高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を摂取させた代謝異常症候群非ヒトモデル動物は、アディポネクチンのゲノム遺伝子の任意部位を欠損していることに基づいて、正常なアディポネクチンゲノム遺伝子を有する野生型非ヒト動物に比して、[1]内皮依存性血管弛緩作用が低下しているか、或いは収縮期血圧が上昇している。更に、野生型非ヒト動物に比して、 [2]インスリン抵抗性、[3]新生血管内膜の形成、[4]傷害によって誘導される血管平滑筋細胞増殖、[5]腫瘍壊死因子(TNF)、及び[6]血清遊離脂肪酸のいずれかが亢進または増加しているという特性を備えている。この知見から、代謝異常症候群非ヒトモデル動物(好ましくは高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を摂取させた代謝異常症候群非ヒトモデル動物)に対して、[1]内皮依存性血管弛緩作用の低下、或いは収縮期血圧の上昇を改善し(内皮依存性血管弛緩作用を上昇、或いは収縮期血圧を低下させて野生型非ヒト動物のものと同等又はそれ以上にする)、且つ上記[2]〜[6]のいずれか少なくとも1つ、好ましくは2以上、より好ましくは3以上、4以上、さらに好ましくは5つ全てを改善([2]〜[6]の亢進/増加を低下させて野生型非ヒト動物のものと同等又はそれ以上にする)する物質は、アディポネクチンのゲノム領域を欠損し、高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を摂取させることによって発生する代謝異常症候群状態/初期過程(特に肥満、高圧症、インスリン抵抗性、2型糖尿病、脂質代謝異常、冠動脈疾患、動脈硬化症)の進行を遅らせるか、或いは改善するための有効物質として有用であると考えられる。すなわち、本発明のスクリーニング方法は、高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を摂取させた代謝異常症候群非ヒトモデル動物に投与した被験物質の中から、該非ヒトモデル動物の特性(野生型非ヒト動物に比して、[1]内皮依存性血管弛緩作用が低下しているか、或いは収縮期血圧が上昇しており、且つ[2]〜[6]のいずれかが亢進または増加している特性)を、対応する正常な非ヒト動物の特性に転換させることができる物質を探索する方法を提供するものであって、さらに得られる物質を代謝異常症候群の予防・治療薬の有効成分の候補化合物として提供するものである。
【0087】
候補化合物の選別は、具体的には下記のようにして行うことができる。すなわち、高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食を摂取させた代謝異常症候群非ヒトモデル動物に被験物質を投与して、投与前と投与一定期間後の特性、[1]内皮依存性血管弛緩作用(内皮依存性血管拡張作用)、或いは収縮期血圧の変化、[2]インスリン抵抗性、[3]新生血管内膜の過形成度、[4]傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度、[5]血中の腫傷壊死因子(TNF−α)濃度、[6]血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度を測定し、投与前と投与後とで各特性を比較して、被験物質の投与によって代謝異常症候群非ヒトモデル動物が、(a)及び、(b)〜(c)のいずれか1つを示していることを指標として被験物質の中から候補化合物を選別する:
(a) 内皮依存性血管弛緩作用(内皮依存性血管拡張作用)の上昇(増加)、或いは収縮期血圧の低下、
(b) インスリン抵抗性の低下また改善
(c) 新生血管内膜の過形成度の低下または抑制、
(d) 傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度の低下または抑制、
(e) 血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度の低下または抑制または、
(f) 血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度の低下または抑制。
【0088】
好ましい候補化合物は、上記(b)〜(f)の効果をできるだけ多く示すものであって、好ましく2以上、より好ましくは3以上、さらに好ましくは4以上、最も好ましくは5つ全ての効果を示すものである。
【0089】
内皮依存性血管弛緩作用(内皮依存性血管拡張作用)、或いは収縮期血圧、 インスリン抵抗性、新生血管内膜の過形成度、傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度、血中の腫傷壊死因子(TNF−α)濃度、 血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度は、常法によって測定することができる。具体的には、上記(1)の欄において記載する方法(非特許文献及び特許文献も参照)に従って測定することができる。
【0090】
なお、上記方法によって選別された候補化合物は、更に他の代謝異常症候群非ヒトモデル動物や生活習慣病モデルを用いた薬効試験、安全性試験、さらに肥満、高血圧症、インスリン抵抗性、2型糖尿病、脂質代謝異常などの代謝異常症候群を負っている患者への臨床試験に供してもよく、これらの試験を実施することにより、より実用的な予防・改善薬を取得することができる。このようにして選別された物質は、さらにその構造解析結果に基づいて、化学的合成、生物学的合成(発酵)または遺伝子学的操作によって、工業的に製造することができる。
【0091】
(5) 本発明の高血圧症予防または改善剤が有効成分とするポリペプチド
本発明は高血圧症の予防または改善のために有効に用いられる医薬組成物を提供する。本発明が対象とする高血圧症は、好ましくは内皮依存性高血圧症である。
【0092】
本発明の高血圧症予防または改善剤が有効成分とするポリペプチド(以下、単に「本発明ポリペプチド」ともいう)は、(a)配列番号:1で表わされるアミノ酸配列からなるか、或いは(b)該配列番号:1において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換または付加されたアミノ酸配列からなり、且つ内皮依存性血管拡張作用或いは降圧作用を有するポリペプチドである。
【0093】
本発明ポリペプチドは、例えば、ヒト細胞、特にヒト脂肪細胞、血管内皮細胞、平滑筋細胞、線維芽細胞、肝細胞、心筋細胞、上皮細胞臓脂肪組織、あるいは例えばヒト組織、特に血管内皮細胞、脂肪組織、動脈血管、肝臓、門脈血管、心臓、肉芽組織を起源として単離されたヒト細胞乃至組織由来ポリペプチドであってもよく、またそのアミノ酸配列情報に従って合成して得られるポリペプチドであってもよい。
【0094】
本発明ポリペプチドのアミノ酸配列は、配列番号:1で表されるものに限定されず、これと一定の相同性を有するものであることができる。該相同性は、例えば約80%以上、好ましくは約95%以上、より好ましくは約98%以上であるのがよい。但し、かかる一定の相同性を有するアミノ酸配列のポリペプドは、配列番号:1で表されるアミノ酸配列のポリペプチドと実質的に同質の内皮依存性血管拡張作用或いは降圧作用を有する必要がある。ここで、実質的に同質とは、その作用が性質的に(例えば生理化学的にまたは薬理学的に)同じであることを示す。内皮依存性血管拡張作用、或いは降圧作用の程度などの量的要素は異なっていてもよい。
【0095】
また、前記(b)において「配列番号:1で表わされるアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換また付加されたアミノ酸配列」は、配列番号:1で表わされるアミノ酸配列におけるアミノ酸の改変、即ち「欠失、挿入、置換または付加」の程度およびそれらの位置は、改変されたアミノ酸配列からなるポリペプチドが、配列番号:1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドと同質の作用を有する同効物であれば特に制限されない。上記改変の程度は、通常1から数個程度であるのが好ましい。ここで同質の作用とは上記した意味である。さらに好ましくは、配列番号:1で表わされるアミノ酸配列からなるポリペプチドと同質の作用として、内皮依存性血管拡張作用、或いは降圧作用の他に、例えば蛋白質の抗原性や免疫原性活性を挙げることができる。
【0096】
本発明ポリペプチドが有する内皮依存性血管拡張作用は、高血圧症、特に内皮依存性高血圧症の症状である内皮依存性血管拡張反応(内皮依存性血管弛緩反応)の低下状態において、内皮依存性血管拡張活性(血管弛緩作用)を促進又は増加させる作用を含むものとして例示される。当該内皮依存性血管拡張作用は、血管拡張反応を血管内ドプラーによる観血的方法によって測定し、血流量の低下に基づいて内皮依存性血管拡張活性(血管弛緩作用)を促進又は増加させる作用を評価する方法、或いは血管径の変化を測定する非観血的方法(四肢のストレインゲージ式プレシスモグラフィーによる方法)、例えばコマイらの方法と同様の方法(上記非特許文献29)を用いて内皮依存性血管拡張反応(内皮依存性血管弛緩反応)の反応性を測定する方法などによって評価することができる。該方法は、後記実施例に示されるように前腕血流量をストレインゲージ式プレシスモグラフ(体積変動記録器)によって、5分間300mmHg圧でカフ膨張させた後、それから圧抜きを行ない、反応性充血に対する虚血後血管拡張応答として最大前腕血流量を測定する。内皮細胞依存性血管拡張を部分的に反映している反応性充血比として、前腕血流量の反応性充血/基線値を算出し、その後、0.3mgのニトログリセリンをスプレー装置により1噴霧で舌下に投与し、ニトログリセリン誘発充血としての最大上腕血流量を測定する。内皮細胞非依存性血管拡張を部分的に反映するニトログリセリン誘発充血比として、前腕血流量のニトログリセリン誘発充血/基線値を計測する。例えば物質投与前後の反応性の変化を比較して、ニトログリセリン誘発充血に前腕血流量の反応性が依存せず、反応性充血に対する虚血後血管拡張応答の変化に依存しているかどうかを評価することによって、内皮依存性血管拡張反応(内皮依存性血管弛緩反応)の反応性を測定することができる。
【0097】
また、インビトロ的に内皮依存性血管弛緩作用(内皮依存性血管拡張反応)を評価する方法としては例えば代謝異常症候群非ヒトモデル動物の胸部大動脈部位を任意の培養液中に浸置し、血管の等尺性張力をアイソメトリックトランスデューサーを用いて、動脈環を平衡にさせた後、最大収縮をノルエピネフリンで決定した後、アセチルコリンやニトロプルシッド・ナトリウムなどを累積付加した際の血管の応答を測定することにより該弛緩の程度を測定する方法を挙げることができる。なお、弛緩比率はパパベリンによる最大弛緩(100%)より算出できる。本発明において、内皮依存性血管弛緩作用とは、上記試験により、内皮依存性血管拡張作用を有するアセチルコリンによって血管弛緩の上昇/増加または抑制/低下を示すが、内皮非依存性血管拡張作用を有するニトロプルシッド・ナトリウムによっては血管弛緩が影響されない血管反応性を示すことをいう。内皮依存性血管弛緩作用の減少とは、野生型非ヒト動物に比して、アセチルコリン誘発による血管弛緩作用が低下していることを表わす。
【0098】
従って、内皮依存性血管弛緩作用の上昇または増加とは、血管の弛緩作用が大きくなること(弛緩比率が大きくなること)をいい、血管が拡張又は血管反応が良好であることを意味する、言い換えれば、血流に対する血管抵抗が低下することともいえる。結果として、血圧(収縮期血圧)が低下する。逆に内皮依存性血管弛緩作用の抑制/低下とは、血管の弛緩作用が小さくなること(弛緩比率が小さくなること)をいい、血管が収縮叉は血管反応性低下していることを意味する、言い換えれば、血流に対する血管抵抗が増加することともいえる。結果として、血圧(収縮期血圧)が上昇することをいう。
【0099】
尚、ポリペプチドの相同性は、該ポリペプチドのアミノ酸配列またはそれをコードするポリヌクレオチドの塩基配列を、配列分析ソフトウェア、例えばFASTAプログラムを使用して解析(Clustal,V., Methods Mol.Biol.,25, 307−318 (1994))することによって求めることができる。相同性検索において最も好ましく簡便な方法は、コンピューターにより読取り可能な媒体(例えば、フロッピー(登録商標)ディスク、CD−ROM、ハードディスクドライブ、外部ディスクドライブおよびDVD)中にアミノ酸配列またはそれをコードする塩基配列を記憶させ、ついでその記憶された配列を使用して、よく知られた検索手段で配列データベースを検索することである。公的なデータベースの具体例には以下のものが含まれる。
DNA Database of Japan(DDBJ)(http://www.ddbj.nig.ac.jp/);
Genebank (http://www.ncbi.nlm. nih.gov/web/Genebank/Index.htlm); およびthe European Molecular Biology Laboratory Nucleic Acid Sequence Database(EMBL)(http://www.ebi.ac.uk/ebi docs/embl db.html)。
【0100】
多数の種々の検索アルゴリズムが当業者に利用可能であり、その一例として、BLASTプログラムと称されるプログラム1式が挙げられる。5つのBLAST手段があり、そのうちの3つはヌクレオチド配列の照会用に設計されたものであり(BLASTN、BLASTXおよびTBLASTX)、2つはタンパク質配列の照会用に設計されたものである(BLASTPおよびTBLASTN)(Coulson, Tren ds in Biotechnology, 12:76−80 (1994); Birrenら, Genome Analysis, 1:543−559 (1997) )。追加的なプログラム、例えば、配列アライメントプログラム、より遠縁の配列の同定のためのプログラムなどが、同定された配列の分析のために当技術分野において利用可能であり、当業者によく知られている。
【0101】
下記に相互に置換可能なアミノ酸を列記する。当該情報は、活性を保存した状態で配列番号:1のアミノ酸配列を改変してなる本発明のポリペプチドの調製に有効に利用することができる。
【0102】
<元のアミノ酸残基保存的な置換アミノ酸残基>
Ala; Ser
Arg; Lys
Asn; GlnまたはHis
Asp; Glu
Cys; Ser
Gln; Asn
Glu; Asp
Gly; Pro
His; Asn またはGln
Ile; Leu またはVal
Leu; Ile またはVal
Lys; Arg, Asn, または Glu
Met; Leu またはIle
Phe; Met, Leu またはTyr
Ser; Thr
Thr; Ser
Trp; Tyr
Tyr; Trp またはPhe
Val; Ile またはLeu。
【0103】
また、アミノ酸を置換することによって、一般に例えば、
a)置換した領域におけるポリペプチドの構造背景、
b)標的部位のポリペプチドの電荷または疎水性、
c)アミノ酸側鎖の大きさ(容積)。
が変化することが知られている。蛋白質の特性に最も大きな変化を生み出すとされている置換には、以下のものがあげられる:
a) 親水性残基、例えばSerまたはThrを疎水性残基例えば、Leu、Ile、Phe、ValまたはAlaに置換する、
b) CysまたはProを、他の任意の残基に置換する、
c) 電気的陽性側鎖を有している残基、例えばLys、Arg、Hisを電気的陰性残基、例えば、ValまたはAspで置換する、
d)非常に大きな側鎖を有している残基、例えばPheを、Glyのような側鎖を有し ないものと置換する。
【0104】
本発明の医薬組成物において有効成分とするポリペプチドの一具体例としては、後述する実施例に示される「アディポネクチン」と名付けられたPCR産物がコードするポリペプチドを挙げることができる。ヒトのアディポネクチンの全長DNAの配列は4517bpからなりORFをコードするDNA配列は、732bpからなり配列番号:2に示すとおりであり、そのORFにコードされるアミノ酸配列は、配列番号:1に示すとおり244アミノ酸配列からなる。また、マウスのアディポネクチンのDNA配列は、全長1276bpであり、そのORF (741bp) にコードされるアミノ酸配列は、配列番号:3に示すとおり247アミノ酸配列からなる。また、ヒト及びマウスのアディポネクチンは脂肪組織に特異的にその遺伝子の発現が認められる。
【0105】
尚、ヒト及びマウスのアディポネクチン遺伝子は、上記特許文献1のヒトAcrop30及びマウスAcrop30として、ヒトアディポネクチンは、apM1として、上記非特許文献4及び特許文献2に開示されている。本発明医薬組成物の有効成分とするポリペプチドは、特許文献2にその推定アミノ酸配列が記述されてはいるが、当該特許文献2には、該ポリペプチドに関してその有用性として動脈硬化症予防・改善剤、平滑筋細胞増殖抑制作用、血管再建術後の再狭窄予防・治療剤、抗炎症剤として利用できる旨記載があるにすぎない。また上記特許文献3には、単球系細胞増殖抑制剤、抗炎症剤としての有用性が開示されているにすぎない。さらに、糖尿病マウスへのアディポネクチン補充がその糖尿病を改善するというデータから、アディポネクチンがインスリン感受性増強ホルモンであり、ある種の糖尿病状態を改善することが報告されている(上記非特許文献13;非特許文献15−16)。また、ヒト動脈平滑筋細胞(HASMCs)において、アディポネクチンは、PDGF−AA、PDGF−BB、HB−EGF、bFGFを含む種々の成長因子によって誘導される増殖と遊走を抑制することが知られている(上記非特許文献12及び20)。
【0106】
本発明の完成にあたり、本発明者等は高血圧症、糖尿病、高脂質血症のヒト患者の前腕血管反応性をストレイン−ゲージ・プレスチモグラフによって分析していたところ、予期せぬことに内皮細胞依存性血管拡張応答と血中アディポネクチンの濃度が正の相関を示すものの、ニトログリセリン誘発充血とは相関を示さないことから、血漿アディポネクチン値と内皮細胞依存性血管拡張との間に正の相関関係があることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて、アディポネクチンの新規用途を提供するものである。すなわち、本発明はアディポネクチン及びそれに関連するポリペプチドが有する内皮依存性血管拡張活性(血管弛緩作用)に基づいて、これらのポリペプチドを有効成分とする高血圧症治療剤を提供するものである。当該高血圧症治療剤は特に内皮依存性高血圧治療・改善剤として有効であり、さらに冠血流改善剤、門脈圧亢進症改善剤、(DXR)などの抗がん剤による内皮依存性弛緩反応障害改善剤などの新たな医薬用途として使用することもできる。
【0107】
(6) 本発明ポリペプチドをコードする遺伝子
以下、本発明ポリペプチドをコードする遺伝子(以下、単に「本発明遺伝子」ともいう)につき詳述する。
【0108】
本発明遺伝子は、具体的には配列番号:1で示されるアミノ酸配列をコードする塩基配列またはその相補配列を有するポリヌクレオチドからなる遺伝子として示される。かかる遺伝子の具体的態様としては、配列番号:2の塩基配列を含む遺伝子が例示できる。この塩基配列は、配列番号:1に示されるアミノ酸配列の各アミノ酸残基を示すコドンの一つの組合せ例を示している。本発明遺伝子は、かかる特定の塩基配列に限らず、配列番号:1に示される各アミノ酸残基に対して任意のコドンを組合せ、選択した塩基配列を有することも可能である。コドンの選択は、常法に従うことができ、例えば利用する宿主のコドン使用頻度などを考慮することができる〔Ncleic Acids Re s., 9, 43 (1981)〕。
【0109】
本発明遺伝子は、特にこれらに限定されることなく、例えば配列番号:1で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチドの同効物(アディポネクチン同効物)のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを有する遺伝子、または配列番号:2で示される塩基配列を有するポリヌクレオチドの同効物(アディポネクチン遺伝子同効物)であることができる(これらを以下「本発明遺伝子の改変体」ともいう)。なお、上記「アディポネクチン遺伝子同効物」とは、配列番号:2で示される塩基配列を有するポリヌクレオチドの塩基配列と配列相同性を有し、構造的特徴並びに遺伝子発現パターンにおける共通性および生物学的機能の類似性より、ひとつの遺伝子ファミリーと認識される一連の関連遺伝子を意味する。これにはアディポネクチン遺伝子のアレル体(対立遺伝子)も含まれる。
【0110】
本発明遺伝子の改変体には、具体的には配列番号:1に示されるアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換または付加されたアミノ酸配列(改変されたアミノ酸配列)をコードする塩基配列を含む遺伝子が包含される。ここで、「アミノ酸の欠失、挿入、置換または付加」の程度およびそれらの位置は、改変された蛋白質が、配列番号:1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド(アディポネクチン)と実質的に同質の作用を有する同効物であれば特に制限されない。ここで「実質的に同質の作用」とは、アディポネクチンが有する内皮依存性血管拡張活性(血管弛緩作用)、或いは血圧降下作用が例示できる。当該アディポネクチン同効物には配列番号:1に示されるアミノ酸配列と一定の相同性を有するものを挙げることができ、例えば少なくとも80%、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上の相同性を有し、且つアディポネクチンと実質的に同質の作用を有するポリペプチドが例示できる。
【0111】
また、本発明遺伝子の改変体には、前記のとおり、配列番号:2示される塩基配列と全長において一定の相同性を有する塩基配列からなるものも包含する。当該相同性には、配列番号:2に示される塩基配列と全長において少なくとも80%の同一性、好ましくは少なくとも95%の同一性、さらに好ましくは少なくとも99%の同一性を有し、かつアディポネクチンと実質的に同質の作用を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドおよびその相補鎖ポリヌクレオチドが含まれる。なお、当該相同性を有するポリヌクレオチドは、配列番号:2に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするか否かで評価することができる。ここで「ストリンジェントな条件」とは、0.1%SDSを含む0.1% SSC中、60℃の条件を挙げることかできる。
【0112】
アミノ酸配列の改変(変異)などは、天然において、例えば突然変異や翻訳後の修飾などにより生じることもあり、また天然由来の遺伝子(例えば本発明のヒトアディポネクチン遺伝子)に基づ いて人為的に改変することもできる。本発明遺伝子は、このような改変、変異の原因および手段などを問わず、上記特性を有する全ての改変遺伝子を包含する。
【0113】
上記の人為的手段としては、例えばサイトスペシフィック・ミュータゲネシス〔Methods in Enzymology, 154, 350, 367−382 (1987);同 100, 468 (1983);Nucleic Acids Res., 12, 9441 (1984);続生化学実験講座1「遺伝子研究法II」、日本生化学会編, p105 (1986)〕などの遺伝子工学的手法、リン酸トリエステル法やリン酸アミダイト法などの化学合成 手段〔J. Am. Chem. Soc., 89, 4801 (1967);同 91, 3350 (1969);Science, 150, 178 (1968);Tetrahedron Lett., 22, 1859 (1981);同 24, 245 (1983)〕およびそれらの組合せ方法などが例示できる。より具体的には、DNAの合成は、ホスホルアミダイト法またはトリエステル法による化学合成によることもでき、市販されている自動オリゴヌクレオチド合成装置上で行うこともできる。二本鎖断片は、相補鎖を合成し、適当な条件下で該鎖を共にアニーリングさせるか、または適当なプライマー配列と共にDNAポリメラーゼを用い相補鎖を付加するかの方法によって、 化学合成した一本鎖生成物から得ることもできる。
【0114】
(7) 本発明ポリペプチドをコードする遺伝子の製造
本発明遺伝子は、本明細書に開示された本発明遺伝子の具体例についての配列情報に基づいて、一般的遺伝子工学的手法により容易に製造・取得することができる〔Molecular C loning 2d Ed, Cold Spring Harbor Lab. Press (1989);続生化学実験講座「遺伝子研究法I、II、III」、日本生化学会編(1986)など参照〕。
【0115】
具体的には、本発明遺伝子が発現される適当な起源より、常法に従ってcDNAライブラリーを調製し、該ライブラリーから本発明遺伝子に特有の適当なプローブや抗体を用いて所望クローンを選択することにより実施できる〔Proc. Natl. Acad. Sci., USA., 78, 6613 (1981);Science, 222, 778 (1983)など〕。
【0116】
上記において、cDNAの起源としては、本発明遺伝子を発現する各種細胞、組織、これらに由来する培養細胞などを例示することができる。これら起源からの全RNAの分離、mRNAの分離、精製、cDNAの取得とそのクローニングなどは、いずれも常法に従って実施することができる。mRNAまたはcDNAライブラリーは市販されてもおり、本発明においてはそれら市販のmRNAまたはcDNAライブラリー、例えばクローンテック社(Clontech Lab.Inc.)などより市販の各種mRNAまたはcDNAライブラリー、特にヒトの脂肪組織のmRNAまたはcDNAライブラリーなどを用いることもできる。本発明遺伝子をcDNAのライブラリーからスクリーニングする方法も、特に制限されず、通常の方法に従うことができる。
【0117】
具体的方法としては、例えばcDNAによって産生される蛋白質に対して、該蛋白質の特異抗体を使用した免疫的スクリーニングにより対応するcDNAクローンを選択する方法、目的のDNA配列に選択的に結合するプローブを用いたプラークハイブリダイゼーション、コロニーハイブリダイゼーションなどやこれらの組合せなどを例示できる。
【0118】
用いられるプローブとしては、本発明遺伝子の塩基配列に関する情報をもとにして化学合成されたDNAなどが一般的であるが、既に取得された本発明遺伝子やその断片であってもよい。本発明遺伝子のDNA配列情報に基づき設定したセンス・プライマー、アンチセンス・プライマーをスクリーニング用プローブとして用いることもできる。プローブとして用いられるヌクレオチドは、配列番号:2に対応する部分ヌクレオチドであって、少なくとも15個の連続したDNA、好ましくは100個の連続したDNA、より好ましくは150個の連続したDNA、最も好ましくは200個の連続したDNAを有するものである。前記配列を有する陽性クローンそれ自体もプローブとして用いることができる。
【0119】
本発明遺伝子の取得に際しては、PCR法〔Science, 230, 1350 (1985)〕によるDNA/RNA増幅法が好適に利用できる。殊に、ライブラリーから全長のcDNAが得られ難いような場合には、RACE法〔Rapid amplification of cDNA ends;実験医学、12(6), 35 (1994)〕、特に5’−RACE法〔M.A. Frohman, et al., Proc. Natl. Acad. Sci., USA., 8, 8998 (1988)〕などを採用するのが好適である。
【0120】
PCR法の実施に用いられるプライマーは、本発明によって明らかにされた本発明遺伝子の配列情報に基づいて適宜設定でき、これは常法に従って合成できる。尚、増幅させたDNA/RNA断片の単離精製は、常法に従い、例えばゲル電気泳動法などによることができる。
上記で得られる本発明遺伝子或いは各種DNA断片は、常法、例えばジデオキシ法〔Proc. Natl. Acad. Sci., USA., 74, 5463 (1977)〕、マキサム−ギルバート法〔Methods in Enzymology, 65, 499 (1980)〕などに従って、また簡便には市販のシークエンスキットなどを用いて、そのDNA配列を決定することができる。
【0121】
本発明遺伝子の一部または全部のDNA配列を利用して、個体もしくは各種組織における本発明遺伝子の発現の有無を特異的に検出することができる。この検出は、常法に従って実施できる。該方法としては、例えばRT−PCR〔Reverse transcribed−Polymerase chain reaction; E.S. Kawasaki, et al., Amplification of RNA. In PCR Protocol, A Guide to methods and applications, Academic Press,Inc.,SanDiego, 21−27 (1991)〕によるRNA増幅、ノーザンブロッティング解析〔Molecular Clonin g, Cold Spring Harbor Lab. (1989)〕、in situ RT−PCR〔Nucl. Acids Res., 21, 3159−3166 (1993)〕、in situハイブリダイゼーションなどを利用した細胞レベルでの測定、NASB A法〔Nucleic acid sequence−based amplification, Nature, 350, 91−92 (1991)〕およびその他の各種方法を挙げることができる。好適にはRT−PCRによる検出法を挙げることができる。
【0122】
尚、PCR法を採用する検出に用いられるプライマーとしては、本発明遺伝子のみを特異的に増幅できる該遺伝子特有のものである限り特に制限はない。このプライマーは、本発明遺伝子の配列情報に基いて適宜設定することができる。通常、該プライマーとしては、10−35ヌクレオチド、好ましくは15−30ヌクレオチド程度の長さを有する本発明遺伝子の部分配 列を用いることができる。このように、本発明遺伝子には、本発明にかかるヒトアディポネクチン遺伝子を検出するための特異プライマーおよび/または特異プローブとして使用されるDNA断片もまた包含される。
【0123】
当該DNA断片は、配列番号:2に示される塩基配列からなるDNAと高いストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることを特徴とするDNAとして規定することできる。ここで、高いストリンジェントな条件としては、プライマーまたはプローブとして用いられる通常の条件を挙げることができ、特に制限はされないが、前述したような0.1%SDSを含む0.1%SSC中、60℃の条件を例示することができる。
【0124】
(8) 本発明ポリペプチドの遺伝子工学的製造
本発明ポリペプチドは、本発明遺伝子を利用して、通常の遺伝子工学的手法に従って、該遺伝子の発現物としてまたはこれを含む蛋白質として、容易に、大量に且つ安定して製造することができる。
【0125】
本発明は、本発明遺伝子によってコードされる蛋白質、該蛋白質の製造のための、例えば本発明遺伝子を含有するベクター、該ベクターによって形質転換された宿主細胞、該宿主細胞を培養して本発明ポリペプチドを製造する方法などをも提供する。
【0126】
本発明ポリペプチドの具体的態様としては、配列番号:1に示すアミノ酸配列からなるポリペプチド(ヒトアディポネクチン)を挙げることができるが、本発明ポリペプチドには、アディポネクチン蛋白質のみならず、その相同物も包含される。該相同物としては、配列番号:1に示されるアミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換または付加されたアミノ酸配列を有し且つ内皮依存性血管拡張活性(内皮依存性血管弛緩作用)或いは降圧作用を有する蛋白質を挙げることができる。 内皮依存性血管拡張活性(内皮依存性血管弛緩作用)の例としては、上記(4)で例示したように、ヒトに対しては血管内ドプラーによる観血的方法、ストレインゲージ式プレシスモグラフィーによる方法、動物、例えばマウスに対しては、代謝異常症候群モデル非ヒト動物の胸部大動脈部位を任意の培養液中に浸置し、血管の等尺性張力をアイソメトリックトランスデューサーを用いて、動脈環を平衡にさせた後、最大収縮をノルエピネフリンで決定した後、アセチルコリンやニトロプルシッド・ナトリウムなどを累積付加した際の血管の応答を測定することにより該弛緩の程度(弛緩比率はパパベリンによる最大弛緩(100%)より算出)を測定する方法を例示することができる。具体的には、ヒトアディポネクチン遺伝子の相同物(アレル体を含むヒトアディポネクチン同等遺伝子)の遺伝子産物を挙げることができる。
【0127】
本発明ポリペプチドの相同物には、配列番号:1に示されるアミノ酸配列のアディポネクチン蛋白質と同一活性を有する、酵母、線虫、植物組織、哺乳動物の蛋白質も含まれる。哺乳動物としては、例えばヒト、ウマ、ヒツジ、ウシ、イヌ、サル、ネコ、クマ、ラット、マウス、ウサギなどを例示できる。
【0128】
本発明ポリペプチド(発現物)は、本発明により提供される本発明遺伝子の配列情報に基づいて、通常の遺伝子組換え技術〔例えば、Science, 224, 1431 (1984) ; Biochem. Biophys. Res. Comm., 130, 692 (1985);Proc. Natl. Acad. Sci., USA., 80, 5990 (1983)など参照〕に従って調製することができる。該方法は、より詳細には、所望の蛋白質をコードする遺伝子が宿主細胞中で発現できる組換えDNA(発現ベクター)を作成し、これを宿主細胞に導入して形質転換し、該形質転換体を培養し、次いで得られる培養物から目的蛋白質を回収することにより行われる。
【0129】
宿主細胞としては、原核生物および真核生物のいずれも用いることができる。例えば原核生物の宿主としては、大腸菌、枯草菌などの一般的に用いられるもののいずれでもよく、好適には大腸菌、とりわけエシェリヒア・コリ(Escherichia coli)K12株を例示できる。真核生物の宿主細胞には、脊椎動物、酵母などの細胞が含まれる。前者としては、例えばサルの細胞であるCOS細胞〔Cell, 23: 175 (1981)〕やチャイニーズ・ハムスター卵巣細胞およびそのジヒドロ葉酸レダクターゼ欠損株〔Proc. Natl. Acad. Sci., USA., 77: 4216 (1980)〕などが、後者としては、サッカロミセス属酵母細胞などが好適に用いられる。勿論、これらに限定される訳ではない。
【0130】
原核生物細胞を宿主とする場合は、該宿主細胞中で複製可能なベクターを用いて、このベクター中に本発明遺伝子が発現できるように該遺伝子の上流にプロモーターおよびSD(シャイン・アンド・ダルガーノ)配列、更に蛋白合成開始に必要な開始コドン(例えばATG)を付与した発現プラスミドを好適に利用できる。上記ベクターとしては、一般に大腸菌由来のプラスミド、例えばpBR322、pBR325、pUC12、pUC13などがよく用いられるが、これらに限定されず既知の各種のベクターを利用することができる。大腸菌を利用した発現系に利用される上記ベクターの市販品としては、例えばpGEX−4T(Amersham Pharmacia Biotech社)、 pMAL−C2,pMAL−P2(New England Biolabs社)、pET21,pET21/lacq(Invitrogen社)、pBAD/ His(Invitrogen社)などを例示できる。
【0131】
脊椎動物細胞を宿主とする場合の発現ベクターとしては、通常、発現しようとする本発明遺伝子の上流に位置するプロモーター、RNAのスプライス部位、ポリアデニル化部位および転写終了配列を保有するものが挙げられ、これは更に必要により複製起点を有していてもよい。該発現ベクターの例としては、具体的には、例えばSV40の初期プロモーターを保有するpSV2dhfr〔Mol. Cell. Biol., 1: 854 (1981)〕などが例示できる。上記以外にも既知の各種の市販ベクターを用いることができる。動物細胞を利用した発現系に利用されるベクターの市販品としては、例えばpEGFP−N,pEGFP−C(Clontrech社)、pIND(Invitrogen社)、 pcDNA3.1/His (Invitrogen社)などの動物細胞用ベクター、pFastBac HT(GibciBRL社)、pAc GHLT(PharMingen社)、pAc5/V5−His,pMT/V5−His,pMT/Bip/V5−his(以上Invitrogen社) などの昆虫細胞用ベクターなどが挙げられる。
【0132】
また、酵母細胞を宿主とする場合の発現ベクターの具体例としては、例えば酸性ホスフアターゼ遺伝子に対するプロモーターを有するpAM82〔Proc. Natl. Acad. Sci., USA., 80 : 1 (1983)〕などが例示できる。市販の酵母細胞用発現ベクターには、例えばpPICZ(Invit rogen社)、pPICZ・Invitrogen社)なとが包含される。
【0133】
プロモーターとしても特に限定なく、エッシェリヒア属菌を宿主とする場合は、例えばトリプトファン(trp)プロモーター、lppプロモーター、lacプロモーター、recAプロモーター、PL/PRプロモーターなどを好ましく利用できる。宿主がバチルス属菌である場合は、SP01プロモーター、SP02プロモーター、penPプロモーターなどが好ましい。酵母を宿主とする場合のプロモーターとしては、例えばpH05プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーターなどを好適に利用できる。また、動物細胞を宿主とする場合の好ましいプロモーターとしては、SV40由来のプロモーター、レトロウイルスのプロモーター、メタロチオネインプロモーター、ヒートショックプロモーター、サイトメガロウイルスプロモーター、SRαプロモーターなどを例示できる。
【0134】
尚、本発明遺伝子の発現ベクターとしては、通常の融合蛋白発現ベクターも好ましく利用できる。該ベクターの具体例としては、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)との融合蛋白として発現させるためのpGEX(Promega社)などを例示できる。
【0135】
また、成熟ポリペプチドのコード配列が宿主細胞からのポリペプチドの発現、分泌を助けるポリヌクレオチド配列としては、分泌配列、リーダ配列などが例示できる。これらの配列には、細菌宿主に対して融合成熟ポリペプチドの精製に使用されるマーカー配列(ヘキサヒスチジン・タグ、ヒスチジン・タグ)、哺乳動物細胞の場合はヘマグルチニン(HA)・タグが含まれる。
【0136】
所望の組換えDNA(発現ベクター)の宿主細胞への導入法およびこれによる形質転換法としては、特に限定されず、一般的な各種方法を採用することができる。
【0137】
また得られる形質転換体は、常法に従い培養でき、該培養により所望のように設計した遺伝子によりコードされる目的蛋白質が、形質転換体の細胞内、細胞外または細胞膜上に発現、生産(蓄積、分泌)される。
【0138】
該培養に用いられる培地としては、採用した宿主細胞に応じて慣用される各種のものを適宜選択利用でき、培養も宿主細胞の生育に適した条件下で実施できる。
【0139】
かくして得られる組換え蛋白質(本発明ポリペプチド)は、所望により、その物理的性質、化学的性質などを利用した各種の分離操作〔「生化学データーブックII」、1175−1259頁、第1版第1刷、1980年 6月23日株式会社東京化学同人発行;Biochemistry, 25(25), 827 4 (1986); Eur. J. Biochem., 163, 313 (1987)など参照〕により分離、精製できる。
【0140】
該方法としては、具体的には、通常の再構成処理、蛋白沈澱剤による処理(塩析法)、遠心分離、浸透圧ショック法、超音波破砕、限外濾過、分子篩クロマトグラフィー(ゲル濾過 )、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラ フィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などの各種液体クロマトグラフィー、透析法、これらの組合せが例示でき、特に好ましい方法としては、本発明ポリペプチドに対する特異的な抗体を結合させたカラムを利用したアフィニティクロマトグラフィーなどを例示することができる。
【0141】
尚、本発明ポリペプチドをコードする遺伝子の設計に際しては、配列番号:2に示されるアディポネクチン遺伝子のDNA配列を良好に利用することができる。該遺伝子は、所望により、各アミノ酸残基を示すコドンを適宜選択変更して利用することも可能である。
【0142】
また、アディポネクチン遺伝子によりコードされるアミノ酸配列において、その一部のアミノ酸残基乃至アミノ酸配列を置換、挿入、欠失、付加などにより改変する場合には、例えばサイトスペシフィック・ミュータゲネシスなどの前記した各種方法を採用することができる。
【0143】
(9) 本発明ポリペプチドの化学合成
本発明ポリペプチドは、配列番号:1に示すアミノ酸配列情報に従って、一般的な化学合成法により製造することができる。該方法には、通常の液相法および固相法によるペプチド合成法が包含される。
【0144】
ペプチド合成法は、より詳しくは、アミノ酸配列情報に基づいて、各アミノ酸を1個ずつ逐次結合させて鎖を延長させていく所謂ステップワイズエロンゲーション法と、アミノ酸数個からなるフラグメントを予め合成し、次いで各フラグメントをカップリング反応させるフラグメント・コンデンセーション法とを包含する。本発明ポリペプチドの合成は、そのいずれによってもよい。
【0145】
ペプチド合成に採用される縮合法も常法に従うことができる。例えばアジド法、混合酸無水物法、DCC法、活性エステル法、酸化還元法、DPPA(ジフェニルホスホリルアジド)法、DCC+添加物(1−ヒドロキシベンゾトリアゾール、N−ヒドロキシサクシンアミド、N−ヒドロキシ−5−ノルボルネン−2,3−ジカルボキシイミドなど)法、ウッドワード法などに従うことができる。
【0146】
これら各方法に利用される溶媒も、この種ペプチド縮合反応に使用されることの知られている一般的なものから適宜選択することができる。その例としては、例えばジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ヘキサホスホロアミド、ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)、酢酸エチルなどおよびこれらの混合溶媒などを挙げることができる。
【0147】
尚、上記ペプチド合成反応に際して、反応に関与しないアミノ酸乃至ペプチドにおけるカルボキシル基は、一般にはエステル化により、例えばメチルエステル、エチルエステル、第3級ブチルエステルなどの低級アルキルエステル、例えばベンジルエステル、p−メトキ シベンジルエステル、p−ニトロベンジルエステルなどのアラルキルエステルなどとして保護することができる。
【0148】
また、側鎖に官能基を有するアミノ酸、例えばチロシン残基の水酸基は、アセチル基、ベンジル基、ベンジルオキシカルボニル基、第3級ブチル基などで保護してもよいが、必ずしもかかる保護を行う必要はない。更に、例えばアルギニン残基のグアニジノ基は、ニトロ基、トシル基、p−メトキシベンゼンスルホニル基、メチレン−2−スルホニル基、ベンジルオキシカルボニル基、イソボルニルオキシカルボニル基、アダマンチルオキシカルボニル基などの適当な保護基により保護することができる。
【0149】
保護基を有するアミノ酸、ペプチドおよび最終的に得られる本発明ポリペプチドにおけるこれら保護基の脱保護反応もまた、慣用される方法、例えば接触還元法や、液体アンモニア/ナトリウム、フッ化水素、臭化水素、塩化水素、トリフルオロ酢酸、酢酸、蟻酸、メタンスルホン酸などを用いる方法などに従って実施することができる。
【0150】
かくして得られる本発明ポリペプチドは、前記した各種の方法、例えばイオン交換樹脂、分配クロマトグラフィー、ゲルクロマトグラフィー、向流分配法などのペプチド化学の分野で汎用される方法に従って、適宜精製することができる。
【0151】
(10) 本発明ポリペプチドを含む医薬組成物の調製
本発明医薬組成物は、有効成分とする本発明ポリペプチドが有する内皮依存性血管拡張活性(内皮依存性血管弛緩作用)を増加または促進する作用を利用して、高血圧症、特に内皮依存性高血圧症の予防または改善に有効に利用することができる。その他、冠血管血流障害、門脈圧亢進症、(DXR)などの抗がん剤による内皮依存性血管弛緩反応障害などの予防または改善に利用することができる。
【0152】
本発明医薬組成物の有効成分とするポリペプチドが奏する内皮依存性血管拡張活性(内皮依存性血管弛緩作用)を確認する方法としては、例えば(3)にて上述した各方法及び後記実施例に記載されているように、ヒトに対しては血管内ドプラーによる観血的方法、ストレインゲージ式プレシスモグラフィーによる方法、動物、例えばマウスに対しては、代謝異常症候群モデル非ヒト動物の胸部大動脈部位を任意の培養液中に浸置し、血管の等尺性張力をアイソメトリックトランスデューサーを用いて、動脈環を平衡にさせた後、最大収縮をノルエピネフリンで決定した後、アセチルコリンやニトロプルシッド・ナトリウムなどを累積付加した際の血管の応答を測定することにより該弛緩の程度を測定する方法を例示することができる。
【0153】
該方法は、より詳しくは、ヒトにおいては、本発明の医薬組成物の有効成分とするポリペプチドの任意用量の投与前後において、ヒト前腕血流量をストレイン−ゲージ・プレスチモグラフ(体積変動記録器:EC5R,DE Horkkanson,Inc.社製)によって分析する。即ち、5分間300mmHg圧でカフ膨張させた後、それから圧抜きを行ない、反応性充血に対する虚血後血管拡張応答として最大前腕血流量を測定する。そして、内皮細胞依存性血管拡張を部分的に反映している反応性充血比として、前腕血流量の反応性充血/基線値を算出する。その後、0.3mgのニトログリセリンをスプレー装置により1噴霧で舌下に投与し、ニトログリセリン誘発充血としての最大上腕血流量を測定する。そして、内皮細胞非依存性血管拡張を部分的に反映するニトログリセリン誘発充血比として、前腕血流量のニトログリセリン誘発充血/基線値を計測する。以上、各測定によって得られた値を評価することにより、内皮細胞非依存性血管拡張作用であるか、それとも内皮細胞非依存性血管拡張作用であるかを判定することができる。
【0154】
動物、例えばマウスにおいては、本発明の医薬組成物の有効成分とするポリペプチドの任意用量の投与前後において、対象とするマウス(正常型或いはアディポネクチン遺伝子欠損型)の胸部大動脈の切片を取り出し、修正Krebs−Henseleit液 (組成 NaCl 119, KCl 14.8, KHPO 1.2, MgSO 1.2, CaCl 2.5, NaHCO 24.9,glucose 10.0 mM) に溜置した後、等尺性張力をアイソメトリックトランスデューサで測定する。動脈リング(3mm長)を平衡させた後、最大収縮を10−6Mのノルエピネフリンで決定し、弛緩はアセチルコリン(10−9〜10−5M)叉はニトロプルシッド・ナトリウム(10−9〜10−5M)の累積付加に対する応答として測定する。弛緩比率は、10−4Mのパパベリンによって誘導された最大弛緩(100%)の%として表現することなどで測定することにより実施される。
【0155】
本発明医薬組成物において有効成分とするポリペプチドには、その医薬的に許容される塩もまた包含される。かかる塩には、当業界で周知の方法により調製される、例えばナトリウム、カリウム、リチウム、カルシウム、マグネシウム、バリウム、アンモニウムなどの無毒性アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩などが包含される。更に上記塩には、本発明ポリペプチド(発現物)と適当な有機酸ないし無機酸との反応による無毒性酸付加塩も包含される。代表的無毒性酸付加塩としては、例えば塩酸塩、塩化水素酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、重硫酸塩、酢酸塩、蓚酸塩、吉草酸塩、オレイン酸塩、ラウリン酸塩、硼酸塩、安息香酸塩、乳酸塩、リン酸塩、p−トルエンスルホン酸塩(トシ レート)、クエン酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、コハク酸塩、酒石酸塩、スルホン酸塩、グリコール酸塩、マレイン酸塩、アスコルビン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、ナプシレートなどが例示される。
【0156】
本発明医薬組成物は、更に本発明ポリペプチド(発現物)またはそれらの塩を活性成分として、その薬学的有効量を、適当な医薬担体ないし希釈剤と共に含有させて医薬製剤形態に調製される。 該医薬製剤の調製に利用される医薬担体としては、製剤形態に応じて通常使用される、充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、表面活性剤、滑沢剤などの希釈剤或は賦形剤を例示できる。これらは得られる製剤の投与単位形態に応じて適宜選択使用される。特に好ましい医薬製剤は、通常の蛋白製剤などに使用される各種の成分、例えば安定化剤、殺菌剤、緩衝剤、等張化剤、キレート剤、pH調整剤、界面活性剤などを適宜使用して調製される。
【0157】
上記において安定化剤としては、例えばヒト血清アルブミンや通常のL−アミノ酸、糖類、セルロース誘導体などを例示できる。これらは単独でまたは界面活性剤などと組合せて使用できる。特にこの組合せによれば、有効成分の安定性をより向上させ得る場合がある。L−アミノ酸としては、特に限定はなく、例えばグリシン、システィン、グルタミン酸などのいずれでもよい。糖類としても、特に限定はなく、例えばグルコース、マンノース、ガラクトース、果糖などの単糖類;マンニトール、イノシトール、キシリトールなどの糖アルコール;ショ糖、マルトース、乳糖などの二糖類;デキストラン、ヒドロキシプロピルスターチ、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸などの多糖類などおよびそれらの誘導体などを使用できる。セルロース誘導体としても、特に限定はなく、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどを使用できる。
【0158】
上記糖類の添加量は、有効成分1μg当り約0.0001mg程度以上、好ましくは約0.01−10mg程度の範囲とするのが適当である。界面活性剤の添加量は、有効成分1μg当り約0.00001mg程度以上、好ましくは約0.0001−0.01mg程度の範囲とするのが適当である。ヒト血清アルブミンの添加量は、有効成分1μg当り約0.0001mg程度以上、好ましくは約0.001−0.1mg程度の範囲とするのが適当である。L−アミノ酸の添加量は、有効成分1μg当り約0.001−10mg程度とするのが適当である。また、セルロース誘導体の添加量は、有効成分1μg当り約0.00001mg程度以上、好ましくは約0.001−0.1mg程度の範囲とするのが適当である。
【0159】
界面活性剤としても、特に限定はなく、イオン性および非イオン性界面活性剤のいずれも使用できる。その具体例としては、例えばポリオキシエチレングリコールソルビタンアルキルエステル系、ポリオキシエチレンアルキルエーテル系、ソルビタンモノアシルエステル系、脂肪酸グリセリド系などを使用できる。
【0160】
任意成分として用いられる緩衝剤としては、ホウ酸、リン酸、酢酸、クエン酸、ε(イプシロン)−アミノカプロン酸、グルタミン酸および/またはそれらに対応する塩(例えばそれらのナトリウ ム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ金属塩やアルカリ土類 金属塩)などを例示できる。等張化剤としては、例えば塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、グリセリンなどを例示できる。またキレート剤としては、例えばエデト酸ナトリウム、クエン酸などを例示できる。
【0161】
本発明医薬製剤は、溶液製剤として調製できる他に、これを凍結乾燥し保存し得る状態にした後、用時水、生埋的食塩水などを含む緩衝液などで溶解して適当な濃度に調製される凍結乾燥剤形態とすることも可能である。
【0162】
本発明医薬製剤の投与単位形態は、治療目的に応じて適宜選択できる。その代表例には、錠剤、丸剤、散剤、粉末剤、顆粒剤、カプセル剤などの固体投与形態および溶液、懸濁剤、乳剤、シロップ、エリキシルなどの液剤投与形態が含まれる。これらは更に投与経路に応じて経口剤、非経口剤、経鼻剤、経膣剤、坐剤、舌下剤、軟膏剤などに分類され、それぞれ通常の方法に従い、調合、成形乃至調製することができる。
【0163】
例えば、錠剤の形態に成形するに際しては、上記製剤担体として例えば乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、尿素、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、ケイ酸、リン酸カリウムなどの賦形剤;水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン溶液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、ポリビニルピロリドンなどの結合剤;カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウムなどの崩壊剤;ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリドなどの界面活性剤;白糖、ステアリン、カカオバター、水素添加油などの崩壊抑制剤;第4級アンモニウム塩基、ラウリル硫酸ナトリウムなどの吸収促進剤;グリセリン、デンプンなどの保湿剤、デンプン、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸などの吸着剤;精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ酸末、ポリエチレングリコールなどの滑沢剤などを使用できる。更に錠剤は必要に応じ通常の剤皮を施した錠剤、例えば糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶被錠、フィルムコーティング錠とすることができ、また二重錠ないしは多層錠とすることもできる。
【0164】
丸剤の形態に成形するに際しては、製剤担体として例えばブドウ糖、乳糖、デンプン、カカオ脂、硬化植物油、カオリン、タルクなどの賦形剤;アラビアゴム末、トラガント末、ゼラチン、エタノールなどの結合剤;ラミナラン、カンテンなどの崩壊剤などを使用できる。
【0165】
カプセル剤は、常法に従い通常本発明の有効成分を上記で例示した各種の製剤担体と混合して硬質ゼラチンカプセル、軟質カプセルなどに充填して調整される。
【0166】
経口投与用液体投与形態は、慣用される不活性希釈剤、例えば水、を含む医薬的に許容される溶液、エマルジョン、懸濁液、シロップ、エリキシルなどを包含し、更に湿潤剤、乳剤、懸濁剤などの助剤を含ませることができ、これらは常法に従い調製される。
【0167】
非経口投与用の液体投与投与形態、例えば滅菌水性乃至非水性溶液、エマルジョン、懸濁液などへの調製に際しては、希釈剤として例えば水、エチルアルコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、エトキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルおよびオリーブ油などの植物油などを使用でき、また注入可能な有機エステル類、例えばオレイン酸エチルなどを配合できる。これらには更に通常の溶解補助剤、緩衝剤、湿潤剤、乳化剤、懸濁剤、保存剤、分散剤などを添加することもできる。滅菌は、例えばバクテリア保留フィルターを通過させる濾過操作、殺菌剤の配合、照射処理および加熱処理などにより実施できる。また、これらは使用直前に滅菌水や適当な滅菌可能媒体に溶解することのできる滅菌固体組成物形態に調製することもできる。
【0168】
坐剤や膣投与用製剤の形態に成形するに際しては、製剤担体として、例えばポリエチレングリコール、カカオ脂、高級アルコール、高級アルコールのエステル類、ゼラチンおよび半合成グリセライドなどを使用できる。
【0169】
ペースト、クリーム、ゲルなどの軟膏剤の形態に成形するに際しては、希釈剤として、例えば白色ワセリン、パラフィン、グリセリン、セルロース誘導体、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、シリコン、ベントナイトおよびオリーブ油などの植物油などを使用できる。
【0170】
経鼻または舌下投与用組成物は、周知の標準賦形剤を用いて、常法に従い調製することができる。
【0171】
尚、本発明薬剤中には、必要に応じて着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味剤などや他の医薬品などを含有させることもできる。
【0172】
上記医薬製剤の投与方法は、特に制限がなく、各種製剤形態、患者の年齢、性別その他の条件、疾患の程度などに応じて決定される。例えば錠剤、丸剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤およびカプセル剤は経口投与され、注射剤は単独でまたはブドウ糖やアミノ酸などの通常の補液と混合して静脈内投与され、更に必要に応じ単独で筋肉内、皮内、皮下もしくは腹腔内投与され、坐剤は直腸内投与され、経膣剤は膣内投与され、経鼻剤は鼻腔内投与され、舌下剤は口腔内投与され、軟膏剤は経皮的に局所投与される。
【0173】
上記医薬製剤中に含有されるべき有効成分の量およびその投与量は、特に限定されず、所望の治療効果、投与法、治療期間、患者の年齢、性別その他の条件などに応じて広範囲より適宜選択される。本発明医薬製剤中に含まれる有効成分(本発明ポリペプチド)の量は、広範囲から適宜選択され、通常、製剤中に約0.00001−70重量%、好ましくは0.0001−5重量%程度が含まれる量とするのが適当である。また該投与量は、通常、1日当り体重1kg当り、有効成分(本発明ポリペプチド)が約0.01μg−10mg 程度、好ましくは約0.1 μg−1mg程度投与できる量とするのがよく、該製剤は1日に1−数回に分けて投与することができる。
【0174】
また、液剤、軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、バップ剤等の方法により局所適用される経皮吸収剤の場合、有効成分(本発明ポリペプチド)の濃度が約0.001〜1000μg/ml、より好ましくは、0.01〜100μg/ml、さらに好ましくは、0.1〜100μg/mlとなるように調整することができる。
【0175】
なお、有効成分である本発明ポリペプチドに加えて、カルシウム拮抗剤、ACEインヒビター、ベータ遮断剤、その他の血管拡張剤と併用することができる。上記本発明ポリペプチドとの併用は適時に、或いはと同時に、それぞれ、一日約0.01〜100μg/ml、さらに好ましくは、0.01〜100μg/mlとなる量を投与することができる。
【0176】
以下に製剤例を示す。
注射製剤1:アディポネクチン0.5mg、塩化ナトリウム80mg、マニトール20mg、リン酸ナトリウム34.5mg、 PEG45mgを注射用蒸留水10mlに溶解し、無菌濾過後、1.0mlずつ無菌バイアルに分注し、凍結乾燥して注射製剤を調製した。
【0177】
本発明医薬組成物は、有効成分とする本発明ポリペプチド(例えばアディポネクチン)が内皮依存性血管拡張活性(内皮依存性血管弛緩作用)増加作用又は促進作用、或いは降圧作用を有していることに基づいて、高血圧症予防・改善剤、特に内皮依存性高血圧症予防・改善剤として有効に使用することができる。本発明医薬組成物の適用される疾患としては、上記したように高血圧症を有する患者、特に内皮依存性高血圧症や、冠血管血流障害、門脈圧亢進症、DXRなどの抗がん剤による内皮依存性血管弛緩反応障害など有する患者などを挙げることができる。
【実施例】
【0178】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
参考例1 アディポネクチン遺伝子破壊用ベクター(ターゲッティングベクター)の作製
Genbankデータベースより入手したマウスAcrop30(アディポネクチン遺伝子のマウスホモログ)の塩基配列に基いて,オリゴヌクレオチド(配列番号6:AcrpPrl: ATGCTACTGTTGCAAGCTCTCCT,配列番号7:P2:CTTCAGCTCCTGTCATTCCAACA)を合成してマウスゲノムDNAを鋳型としてPCRを行い、その産物をプローブとして129/SvJマウスファージライブラリー(ストラタジーン社製:Stratagene )をスクリーニングした。その結果,マウス・アディポネクチン遺伝子の蛋白質翻訳開始エクソンを含む約16kbのゲノムDNA断片を回収し、これをpBuluescript II(BSK:ストラタジーン社製)にサブクローンした。ついで、ショットガン法[Kawasaki,et al., 蛋白質・核酸・酵素,Vol.24, No.58, 41 (1996)]により、該DNA断片の塩基配列を決定した。その結果、マウス・アディポネクチンの遺伝子は、3つのエクソンからなり、配列番号3に示す247個のアミノ酸からなる配列をコードするORF領域(配列番号4)を有していることがわかった。また5’および3’非翻訳領域と蛋白質翻訳領域(39−782位)を含むcDNAの塩基配列(1276塩基)を配列番号5に示す。該マウス・アディポネクチンのcDNAクローンとヒト・アディポネクチンのcDNAクローンの相同性は核酸レベルで83%であり、推定されるアミノ酸配列レベルでは83%であった。
【0179】
マウス・アディポネクチンのcDNAの塩基配列のうち、遺伝子破壊用ベクターの相同領域として第2エクソン上流のSnaBI−AatII断片(上流側断片:7kb)および下流のVspI−EcoRI断片(下流側断片:1.4kb)を用いた。また、ポジティブ選択マーカーとしてpKO Select Neo (Lexicon Genetics社製)及びネガティブ選択マーカーとしてpKO Select DTA (Lexicon Genetics社製)をそれぞれ使用し、これらをそれぞれ上記上流側断片と下流側断片の間、及び下流側断片の下流に組み入れて遺伝子破壊用ベクター(ターゲティングベクター)を構築した(図1参照)。
【0180】
参考例2:アディポネクチン遺伝子欠損マウスの作製
参考例1により作製したマウス・アディポネクチン遺伝子の遺伝子破壊用ベクター(ターゲティングベクター)を導入するマウス胚幹細胞、フィーダー細胞及び培地として、ザ・マウス・キット (The Mouse Kit:Lexicon Genetics社製)を使用した。マウス胚幹細胞の培養は製品の使用説明書に従い、次いでNotI消化により、線状化した遺伝子破壊用ベクター50μgをエレクトロポレーションによって3×10個の胚幹細胞に導入した。遺伝子導入には機材としてECM600(BTX Inc.社製)を用い、条件は270V/1.8mm および500μFとした。導入後48時間にジェネテイシン(Geneticin)(250μM,シグマ社製:Sigma)を添加して、以後、当該薬剤への耐性を指標とした薬剤選択を7日間行い、2896個のジェネテイシン耐性コロニーの中から120クローンを回収した。回収されたこれらの胚幹細胞からゲノムDNAを抽出し、5’プローブ(513bpマウスゲノムDNAを鋳型として以下の合成オリゴヌクレオチドを用いたPCRにより作製した:apMP1 :CGATGCTGTGTTCAATGGAGC (配列番号8),apMP2:CCTTTCGGTCCACAAGCTTGA(配列番号9))、および相同領域の下流に位置する3’プローブ(l91bp,PCRにより作製、apM3,Pr1:GCGAATGGGTACATTGGGAACA(配列番号10)、apM3,Pr2:CTCACTTTCTAGGTCTTCTTGG (配列番号11))、並びにneoプローブを用いてサザンブロット解析を行った結果、8株が相同組換え体として同定された。これらのうち6株(クローン番号633, 644, 649, 666, 667および668)をC57BL/6Jマウス胚盤胞へ注入し、キメラマウスを作製した。
【0181】
次いで作製したキメラマウスをC57BL/6J系マウス(日本クレア株式会社より入手)と交配させた。その結果、クローン番号649に由来するキメラマウスからへテロ欠損型マウス(+/−)が得られた。さらにヘテロ欠損型マウス(+/−)同士を交配させてホモ欠損型マウス(−/−)を作製した。
【0182】
なお、得られた野生型マウス(+/+)の雌から取り出した卵子をヘテロ欠損型マウス(+/−)の雄から取り出した精子で受精させて調製した受精卵を、平成14年8月2日付けで、日本国茨城県つくば市東1丁目1番1中央第6に住所を有する独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに、微生物の表示:(寄託者が付した識別のための表示)アディポネクチン欠損マウス由来受精卵、(受託番号)FERM P−18960として寄託した。
【0183】
参考例3:遺伝子型の判定
アディポネクチン遺伝子野生型マウス(+/+)及びアディポネクチン遺伝子へテロ欠損型マウス(+/−)について、遺伝子型を判定した。
【0184】
遺伝子型の判定には、遺伝子破壊用ベクターの構築に使用した相同領域の上流に位置する5’プローブ(apMPl:CGATGCTGTGTTCAATGGAGC(配列番号8),apMP2:CCTTTCGGTCCACAAGCTTGA(配列番号9))、および相同領域の下流に位置する3’プローブ(apM3Pr1:GC GAATGGGTACATTGGGAACA(配列番号10)、apM3Pr2:CTCACTTTCTAGGTCTTCTTGG (配列番号11))を用いた(図1参照)。アディポネクチン遺伝子野生型マウス(+/+)及びアディポネクチン遺伝 子へテロ欠損型マウス(+/−)のゲノムDNAを制限酵素SpeIで消化し、上記5’プローブまたは3’プローブのそれぞれを使用して、常法(Maniatis et a1.1990)に従ってサザンブロット・ハイブリダイゼーションを行った。
【0185】
5’プローブによるサザンブロット解析において、野生型及び欠損型にはいずれも17kbのバンドが検出されたが、欠損型には特有に10kbのバンドが検出された。一方、3’プローブによるサザンブロット解析では、野生型及び欠損型にはいずれも17kbのバンドが検出されたが、欠損型には特有に7kbのバンドが検出された。このことから、アディポネクチン遺伝子へテロ欠損型マウス(+/−)は、第2エクソン部位が欠損し、ネオマイシン耐性遺伝子に置換されていることが確認された。
【0186】
参考例4:組換えアディポネクチンの製造(アディポネクチンの大腸菌での発現)
ヒトのアディポネクチン遺伝子の塩基配列及び該遺伝子配列でコードされるアミノ酸配列は、ジーンバンク(Genebank)にアクセッション番号D45371として登録されている。そのコーディング領域(CDS)は、27−761番目に示されている。その推定アミノ酸配列は配列番号1に示すとおりである。該配列において、1−14番目はシグナルペプチドであり、15−244番目が成熟型アディポネクチンである。
【0187】
アディポネクチン遺伝子の塩基配列のうち、69−761番の693塩基対を増幅し、その5’末端にNdeIサイトを、3’末端にBamHIサイトを増設するように設計し、自動DNA合成機により製造し、PCR産物を取得した。上記で得られたPCR産物をpT7BlueT−Vector(ノバゲン社製)にサブクローニングし、その塩基配列(pT7−アディポネクチン)に変異がないことを確認した。次いで、発現ベクターpET3c(ノバゲン社製)をNdeI及びBamHIで消化し、約4600塩基対の断片得た。また、上記で得たpT7−アディポネクチンをNdeI及びBamHI消化し、約700塩基対の断片を得た。これらの断片をライゲーションし、得られた発現ベクターをpET3c−アディポネクチンとした。
【0188】
次に、宿主大腸菌BL21(DE3)pLysSを、上記で得たpET3c−アディポネクチンでトランスフォームし、2 x T.Y.Amp.(トリプトン16g、酵母抽出物10g、クロラムフェニコール25μg/ml及びNaCl15g)で前培養し、翌日、その培養液を100倍量の2 x T.Y.Amp.で希釈して更に培養した。2〜3時間培養して培養液のOD550が0.3〜0.5の最終濃度0.4mMの菌体が対数増殖期に入ったところでIPTG(イソプロピルβ−D−チオガラクトピラノシド)を添加し、組換えアディポネクチンの生産を誘導した。IPTGによる誘導前後の大腸菌及びIPTG誘導後のインクルージョンボディー(大腸菌の不溶性画分)をサンプリングし、SDS−PAGE及びウエスタンブロッティングによりアディポネクチンの発現を確認した。
【0189】
そしてIPTG添加後約3〜5時間で培養液を遠心分離(5000rpm, 20, 4℃)し、得られた大腸菌の沈殿を凍結保存した。次いで大腸菌からのインクルージョンボディーの調製を以下のように行なった。即ち、大腸菌の沈殿を50mM Tris−HCl(pH8.0)に懸濁し、リゾチームで37℃、1時間処理した後、最終濃度0.2%のトリトンX−100 (TritonX−100,片山化学社製)を添加した。その溶液を超音波処理(BRANSON SONIFIER, output control 5, 30秒)し、遠心分離(12000rpm, 30分, 4℃)して沈殿を回収した。その沈殿を0.2%のトリトンX−100を添加した50mM Tris−HCl(pH8.0)25mlに懸濁し、超音波処理(同上条件)を行った。
【0190】
得られた溶液を遠心分離し、沈殿を再度同様の操作で洗浄し、得られた沈殿をインクルージョンボディーとした。次いでインクルージョンボディーのリフォールディング インクルージョンボディーを少量の7M塩酸グアニジン,100mM Tris−HCl(pH8.0),1%2MEに可溶化した。その溶液を200倍量の2M 尿素、20mM Tris−HCl(pH8.0)に滴下して希釈し、4℃で3晩放置した。リフォールディング溶液の濃縮は、リフォールディングした溶液を遠心分離(9000rpm, 30分間, 4℃)し、得られた上清をアミコンYM−10メンブランを用いた限外濾過で約100倍に濃縮した。その濃縮液を20mM Tris−HCl(pH8.0)にて透析し、0.45μmのフィルターで濾過した。次いで得られたサンプルをDEAE−5PW (東ソー社製)による陰イオン交換高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により分離、精製した。開始バッファーは20mM Tris−HCl(pH7.2)で、溶出は1M NaClのグラジェント(0→1M NaCl/60ml)で行い、280nmの吸収でモニターした。フラクションは1mlずつ行い、各フラクションをSDS−PAGEして分析した。組換えアディポネクチンは、大腸菌にインクルージョンボディーとして発現していたので、精製に際してはインクルージョンボディーの可溶化及びリフォールディングを行った。その結果、組換えアディポネクチンは可溶化され、陰イオン交換カラムで分離された。そのピークのフラクション(フラクションNo.30−37)をSDS−PAGEで分析したところ、約30kDaのバンドが観察された。
【0191】
実施例1
アディポネクチン欠損(KO)マウスと野生型(WT)マウスにおいて動脈リングでの血管反応性を解析した。
【0192】
アディポネクチン欠損雄マウスは、上記参考例1及び2にしたがって作製した。8週令アディポネクチン欠損雄マウス(KO)及び野生型マウス(WT)に高脂肪、高ショ糖及び高食塩食(30%脂肪、15%ショ糖、8%食塩)を与え、その後4週間該過栄養食餌を与え続けた。体重は試験実施前に測定した。収縮期血圧は、拘束下で自動脈圧計(MK−2000, Muromachi社製)を用いて尾動脈で測定した。血液サンプルは一晩絶食後に採取した。血漿グルコース、総コレステロール、トリグリセリド、HDL−コレステロール値は、酵素キット(和光純薬工業社製)で測定した。試験のプロトコールは大阪大学医学部の動物実験に対する倫理委員会によって承認された。
【0193】
マウスにおける血管弛緩試験は、以下のようにして行なった。即ち、アディポネクチン欠損(KO)マウスと野生型(WT)マウスにおいて動脈リングでの血管反応性を解析した。WTマウス(n=5)或いはKOマウス(n=5)の胸部大動脈の切片を取り出し、修正Krebs−Henseleit液(組成 NaCl 119, KCl 14.8, KHPO 1.2, MgSO 1.2, CaCl2.5, NaHCO 24.9,glucose 10.0 mM) に溜置した。
【0194】
等尺性張力はアイソメトリックトランスデューサ(TB−611T, ニホン−コーデン社製)で測定した。動脈リング(3mm長)を平衡させた後、最大収縮を10−6Mのノルエピネフリン(シグマケミカル社製)で決定した。弛緩はアセチルコリン(ACh:第一製薬株式会社製,10−9〜10−5M)叉はニトロプルシッド・ナトリウム(SNP:和光純薬工業社製,10−9〜10−5M)の累積付加に対する応答として測定した。弛緩比率は、10−4Mのパパベリン(シグマケミカル社製)によって誘導された最大弛緩(100%)の%として表現した。尚、データは平均±SEで示した。統計的差異は対応のないt検定により解析した。p<0.05の値を統計学的有意とした。
【0195】
その結果を表1及び図2に示す。
【0196】
【表1】

【0197】
この結果が示すように、マウスに4週間、高脂肪、高ショ糖、高食塩の過栄養食餌を与えると、アディポネクチン遺伝子欠損マウス(KO)の体重と収縮期血圧(SBP)は、野生型(WT)マウスに比較して有意に高くなった(体重:29.4±0.9 g(KO)vs. 25.0 ± 0.6g(WT),SBP :120 ±4mmHg(KO)vs.103 ±5mmHg(WT))。心拍数は野生型(WT)マウスとアディポネクチン遺伝子欠損マウス(KO)との間に有意な差異はなかった(心拍数:714±9泊数/分(KO)vs. 723 ± 15泊数/分(WT))。血漿グルコースはアディポネクチン遺伝子欠損マウス(KO)の方が有意に高かったが、脂質については有意差はなかった。
【0198】
また、内皮細胞依存性血管拡張を誘発するアセチルコリンによる血管弛緩(アセチルコリン誘発性血管弛緩)は、図2のAに示されるように野生型(WT)マウスに比較してアディポネクチン遺伝子欠損マウス(KO)において有意に減少した。対照的に、内皮細胞非依存性血管拡張を誘発するニトロプルシドナトリウムによる血管弛緩(ニトロプルシドナトリウム誘発性血管弛緩)は、図2のBに示されるように野生型(WT)マウスとアディポネクチン遺伝子欠損マウス(KO)との両者間で差がなかった。このことから、アディポネクチン遺伝子欠損マウス(KO)には内皮依存性血管弛緩に機能障害(機能低下)があることが認められた。
【0199】
一方、通常食を摂取させた場合の体重、収縮期血圧、及びアセチルコリン誘導性血管弛緩反応は、野生型(WT)マウスとアディポネクチン遺伝子欠損マウス(KO)との両者の間で有意な差はなかった。これらの結果は、アディポネクチンが栄養過多と内皮機能障害とを結ぶ一つの重要な分子として作用することを示している。
【0200】
本発明者らは、このようにアディポネクチン遺伝子欠損マウスでは内皮依存的な血管弛緩において障害が生じている可能性を見いだした。過剰な栄養によって生じた肥満は、しばしば耐糖能異常、高血圧、脂質代謝異常を伴い、代謝異常症候群の因子を呈し、最終的に動脈硬化症に帰結する。臨床的には、低アディポネクチン血症はインスリン抵抗性、2型糖尿病及び冠動脈疾患を含む肥満に関連した疾患において観察されている。本発明で見いだされた内皮の機能障害は、特に動脈硬化症の初期段階に発生する代謝異常症候群において観察される。このことは、低アディポネクチン血症が特に代謝異常症候群における内皮の機能障害の原因となりうることを示している。従来得られている情報と鑑み合わせるに、以上のデータは、アディポネクチン遺伝子欠損マウスが過栄養により誘導されうる代謝異常症候群を模倣した病態モデル動物であることを示すものである。
【0201】
実施例2 代謝異常症候群モデル動物を用いた代謝異常症候群に影響を与える物質の検出方法
(1)参考例1〜3によって作製された代謝異常症候群非ヒトモデル動物(例えば、アディポネクチン遺伝子ホモ欠損型マウス(KOマウス))(雄性、8−11週令)に高脂肪、高ショ糖及び高食塩食(30%脂肪、15%ショ糖、8%食塩)を与え、その後4週間該過栄養食餌を与え続ける。体重は試験実施前に測定する。収縮期血圧は、拘束下で自動脈圧計(MK−2000, Muromachi社製)を用いて尾動脈で測定する。
【0202】
被験物質を適当な濃度の溶媒に溶かして、尾静脈に静注するか、或いは任意の担体と共に経口的に毎日叉は任意の間隔で、1〜4週間期間に投与する。被験物質投与前後において以下の測定を行なう。両マウスの血液サンプルは一晩絶食後に採取する。血漿グルコース、総コレステロール、トリグリセリド、HDL−コレステロール値は、酵素キット(和光純薬工業社製)で測定する。
【0203】
その他、X線所見、光学的顕微鏡所見、免疫組織化学的所見、血糖値、血中インスリン値、遊離脂肪酸、C反応性蛋白(CRP)、尿中アルブミンなどの生化学的所見などを、常法を用いて測定する。
【0204】
同時に、被験物質投与前後において[1]内皮依存性血管弛緩作用、または収縮期血圧を測定し、被験物質投与後の測定値と投与前の測定値を対比し、加えて、[2]インスリン抵抗性を測定し、被験物質投与後の測定値と投与前の測定値を対比するか、[3]新生血管内膜の過形成度を測定し、被験物質投与後の過形成度と投与前の過形成度を対比するか、[4]傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度を測定し、被験物質投与後の増殖度と投与前の増殖度を対比するか、[5]血中の腫瘍壊死因子(TNF)濃度を測定し、被験物質投与後の濃度と投与前の濃度を対比するか、または[6]血清中の遊離脂肪酸(FFA)濃度を測定し、被験物質投与後の濃度と投与前の濃度を対比する。[2]〜[6]はいずれか少なくとも1つを測定すれば足りるが、好ましくは2以上、より好ましくは3以上、更に好ましくは4以上、最も好適なのは5つ全ての測定である。なお、被験物質投与後の各特性は、上記のように当該代謝異常症候群非ヒトモデル動物に被験物質を投与する前に測定して求めた各特性と対比してもよいし、別途被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物(過栄養食の摂取処理)を用意しておき、該モデル動物について求めた各特性と対比してもよい。以下、被験物質投与前の代謝異常症候群非ヒトモデル動物及び被験物質を投与しない代謝異常症候群非ヒトモデル動物を総称して「被験物質非投与群」または「非投与群」という。
【0205】
[1]内皮依存性の血管弛緩作用を評価する方法としては、例えば、被験物質投与群と非投与群における代謝異常症候群モデル動物の胸部大動脈部位を任意の培養液中に浸置し、血管の等尺性張力をアイソメトリックトランスデューサーを用いて、動脈環を平衡にさせた後、最大収縮をノルエピネフリンで決定した後、アセチルコリンやニトロプルシッド・ナトリウムなどを累積付加した際の血管の応答を測定することにより該弛緩の程度(弛緩比率はパパベリンによる最大弛緩(100%)より算出)を測定することができる。非投与群と対比した場合に被験物質投与群に弛緩比率に改善が見られる場合、投与した被験物質を内皮依存性血管弛緩作用に改善に影響を与える候補物質として認定する。
【0206】
[2]インスリン抵抗性は、任意の単位のインスリンを、上記被検物質投与群と非投与群における代謝異常症候群モデル動物の各腹腔内に投与した後、15分、30分、60分後における血糖値を測定する。血液中の血糖値は、通常市販の血糖測定キットを用いて測定することができる。
【0207】
例えば、代謝異常症候群モデル動物において、インスリン投与後、30分、60分後に生じる血糖低下作用の遅延の改善程度を、被検物質投与群と非投与群とで比較して、被験物質投与群に糖低下作用の障害改善が見られる場合、該被験物質をインスリン抵抗性に改善に影響を与える候補物質として認定する。
【0208】
またインスリン抵抗性指数は、2mg/g体重の割合でグルコースを経口投与し、血液中の血糖値及び血中インスリン値を経時的に測定することによって求めることができる(グルコース耐性試験(Glucose Tolerance Test))。ここで血糖値及びインスリン値は通常市販の血糖測定キット及びインスリン測定キットを用いて測定することができる。なお、インスリン抵抗性指数は、上記のグルコース耐性試験による経時的な血糖値および血中インスリン値の曲線が示す面積の積で算出することができる。
【0209】
尚、本試験方法においては、インスリン抵抗性指数が大きい程、インスリン抵抗性が強いこと(インスリン感受性の低下していること)を意味し、被験物質投与群でこのインスリン抵抗性が改善(弱くなった)した場合、該被験物質をインスリン抵抗性に改善に影響を与える候補物質として認定する。
【0210】
[3]新生血管内膜の過形成(肥厚化)は、下記のようにして評価することができる。まず、被験物質投与群と非投与群における代謝異常症候群モデル動物に対して、大腿動脈に対して直鎖状のスプリング・ワイヤー(直径0.36m)を用いて、両方向性大腿動脈外傷をつける。そして、脈管内皮を剥き出しにして、新生内膜の過形成を引き起こさせる。前記血管傷害の2〜3週間後、各モデル動物を麻酔し、両方の大腿動脈を10%のホルマリンで潅流固定した後、組織をパラフィン包埋する。パラフィン包埋に続いて、大腿動脈の平行切片を切り出し、ヘマトキシリン−エオジンで染色を行なう。切り出した大腿動脈の平滑筋細胞は、一次抗体とを使用するα平滑筋アクチンに対する免疫染色によって識別することができる。そして内膜および中膜の面積及び傷害された動脈におけるI/M比(内膜/中膜の面積の比)は、例えば画像解析ソフトウエア(MacSCOPE)を使用して計測することができる。
【0211】
この方法において新生血管内膜の過形成(肥厚化)の低下/抑制(改善化)とは、被験物質非投与群と比べて、被験物質投与群の代謝異常症候群モデル動物で平滑筋細胞で識別される内膜組織の面積が減少している場合をいい、この場合の被験物質を新生血管内膜の過形成(肥厚化)を改善(低下/抑制)する候補物質として認定することができる。
【0212】
[4]傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度は、下記のようにして評価することができる。まず、被検物質投与群と非投与群における代謝異常症候群モデル動物の大腿動脈に対して直鎖状のスプリング・ワイヤー(直径0.36m)を用いて、両方向性大腿動脈外傷をつける。そして、脈管内皮を剥き出しにして、新生内膜の過形成を引き起こさせる。各モデル動物について血管傷害に続いて大腿動脈を取得するまでの期間、100μg/gのブロモデオキシウリジン(BrdU)を24時間ごとに腹腔内投与する。前記血管傷害の2〜3週間後、各マウスを麻酔し、両方の大腿動脈を10%のホルマリンで潅流固定した後、組織をパラフィン包埋する。パラフィン包埋に続いて、大腿動脈の平行切片を切り出し、該切片をBrdU染色キット(例えばOncogene Research Products社製)を使用して、切片を免疫染色BrdU標識し、血管平滑筋細胞を免疫組織化学的に検出する。以上のことから、血管平滑筋細胞の増殖度を調べることができる。具体的には、得られた各組識からの切片について、新生内膜内の平滑筋細胞中のBrdU染色細胞および非染色細胞の割合を計測し、血管平滑筋細胞の増殖指数を求めることができる。また、血管平滑筋細胞の増殖度は、BrdU染色細胞数を非染色の細胞数で割ることにより計算できる。
【0213】
傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度が低下/抑制するとは、被験物質投与群における代謝異常症候群モデル動物のBrdU染色細胞数を非染色の細胞数で割った値が、非投与群における代謝異常症候群モデル動物のそれと比較して、低値を示すことをいい、逆に増殖度の上昇/増加とは、BrdU染色細胞数を非染色の細胞数で割った値が、非投与群における代謝異常症候群モデル動物と比較して、高値を示すことをいい、これは動脈硬化の進展の初期段階が亢進していることを示すと思われる。従って、被験物質投与群による値が非投与群に比して低値を示す場合、当該被験物質が傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度を改善する(低下/抑制作用を有する)候補物質として認定することができる。
【0214】
[5]血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度は、市販の抗腫傷壊死因子(TNF−α)抗体を用いて、該抗体と反応する血中の腫傷壊死因子(TNF−α)の濃度から求めることができる。具体的には血中の腫傷壊死因子(TNF−α)の濃度は、例えば市販のマウスTNF−αELISA KIT(商品コード: KMC3012 :バイオソース社製)を用いて測定することができる。血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度の低下/抑制とは、被験物質投与群と非投与群の腫傷壊死因子濃度を比較した場合に、被験物質投与群がマイナスの値(非投与群の代謝異常症候群モデル動物の腫傷壊死因子濃度に対してマイナス%を示す)を示すことをいう。被験物質投与群による値が非投与群に比して低値を示す場合、当該被験物質は代謝異常症候群モデル動物の血液中における腫傷壊死因子(TNF)の濃度を低下/抑制する候補物質と認定することができる。
【0215】
[6]血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度は、血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度の測定において広く常用されている方法で測定することができる。血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度の低下/抑制とは、被験物質投与群と非投与群の血清の遊離脂肪酸濃度を比較した場合に、被験物質投与群がマイナスの値(非投与群の代謝異常症候群モデル動物の遊離脂肪酸濃度に対してマイナス%を示す)を示すことをいう。被検物質投与群による値が被検物質非投与群に比して低値を示す場合、当該被験物質が代謝異常症候群モデル動物の血液中における遊離脂肪酸(FFA)濃度を低下/抑制する候補物質と認定することができる。
【0216】
上記で実施した[1]及び、[2]〜[6]のいずれかの試験の結果に基づいて、被験物質非投与群の代謝異常症候群モデル動物に比して下記(a)及び、(b)〜(f)のいずれかの改善効果が得られた代謝異常症候群モデル動物に投与した被験物質を代謝異常症候群の初期状態に改善を与える候補物質として選択することができる:
(a)内皮依存性血管弛緩作用の上昇叉は抑制
(b)インスリン抵抗性の低下/抑制
(c)新生血管内膜の過形成度の低下/抑制
(d)傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度の低下/抑制
(e)血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度の低下/抑制
(f)血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度の低下/抑制、
また、上記で実施した[1]及び、[2]〜[6]のいずれかの試験の結果に基づいて、被験物質非投与群の代謝異常症候群モデル動物に比して下記(a)及び、(b)〜(f)のいずれかの改善効果が得られた代謝異常症候群モデル動物に投与した被験物質を代謝異常症候群に影響を与える物質として選択することができる:
(a)内皮依存性血管弛緩作用の上昇または抑制、或いは収縮期血圧の低下または上昇
(b)インスリン抵抗性の低下/抑制、または上昇/増加
(c)新生血管内膜の過形成度の低下/抑制、または上昇/増加
(d)傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度の低下/抑制、または上昇/増加
(e)血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度の低下/抑制、または上昇/増加
(f)血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度の低下/抑制、または上昇/増加。
【0217】
(2)本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物について、[3]の血管損傷によって誘導される新生内膜肥厚(過形成)を対象として、該新生内膜肥厚化に対する被験物質(アディポネクチン)の影響を調べた。
【0218】
実験には、全長マウス・アディポネクチンを産生するマウス・アディポネクチン産生−組換え体アデノウイルス(apM1アデノウイルス(Ad−APN))は、アデノウイルス発現ベクターキット(タカラ社製、京都、日本)を用いて調製した。
【0219】
まず、2x10pfuのapM1アデノウイルス(Ad−APN)またはβ−ガラクトシダーゼ・アデノウイルス(Ad−βgal)を、大腿動脈外傷に先立つ3日前に、野生型マウス(アディポネクチン遺伝子野生型マウス(+/+))及び本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物(アディポネクチン遺伝子ホモ欠損型マウス(−/−))のそれぞれの頸静脈に注射し感染させた。マウス・アディポネクチン産生−組換え体アデノウイルス投与後14日後に、血液を採取して、血漿中のアディポネクチン・レベルを免疫ブロッテイング分析によって測定した。
【0220】
その結果、β−ガラクトシダーゼ・アデノウイルス(Ad−βgal)を感染させた野生型マウスに比較して、アディポネクチン・アデノウイルス(Ad−APN)を感染させた野生型マウス及び本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物のアディポネクチンの血漿レベルは、2〜3倍高かった。そしてウイルス注射後14日目(外傷後の11日目に)に、各マウスの大腿動脈を切り出し、取得し、ヘマトキシリン・エオジン染色した。 その結果を図3Aに示す。図3Aに示されるように本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物(マウス)において、アディポネクチン・アデノウイルスの感染(すなわちアディポネクチン(被験物質)の投与)によって、血管損傷による新生内膜形成が抑制されることが示された。
【0221】
次いでβ−ガラクトシダーゼ・アデノウイルスで処理された野生型マウス(WT:n=5,± SEM)、アディポネクチン・アデノウイルスで処理された野生型マウス(WT:n=5,±SEM)、β−ガラクトシダーゼ・アデノウイルスで処理された本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル・マウス(Ad−βgal−KO:n=5,±SEM) 、及びアディポネクチン・アデノウイルス処理された本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル・マウス(APN−KO:n=5,±SEM)について、傷害された動脈におけるI/M比(内膜/中膜の面積の比)をコンピューター化された形態計測で量的に測定した。
【0222】
その結果を図3Bに示す。図3Bに示されるように、β−ガラクトシダーゼ・アデノウイルス処理された本発明の代謝異常症候群モデル・マウスの大腿動脈のI/M比がβ−ガラクトシダーゼ・アデノウイルス処理された野生型マウスのそれより有意に大きいことが明らかになった(#:p=0.002)(アディポネクチン欠損による内膜肥厚化)。そして、アディポネクチン・アデノウイルスで処理された本発明の代謝異常症候群モデル・マウス(APN−KO:n=5,±SEM)のI/M比の結果から、上記β−ガラクトシダーゼ・アデノウイルスで処理された本発明の代謝異常症候群モデル・マウスで認められた内膜肥厚化(アディポネクチン欠損による肥厚化)は、アディポネクチン・アデノウイルス(被検物質)で処理することによって減少することが認められた。
【0223】
これらの結果から、本発明の代謝異常症候群モデル・マウスにアディポネクチン(被検物質)でを投与することによって、本発明の代謝異常症候群モデル・マウスの新生内膜肥厚化(過形成)が減少されることが示された。
【0224】
上記の実施例2(2)の結果から、本発明の代謝異常症候群非ヒトモデル動物(マウス)は、アデノウイルスを介してアディポネクチン(被験物質)を投与すると、上記新生内膜の過形成が抑制され、代謝異常症候群非ヒトモデル動物(マウス)に投与した被験物質(アディポネクチン)が、代謝異常症候群モデル動物として用いた代謝異常症候群に影響を与える物質の検出方法によって選択された代謝異常症候群の初期状態に改善を与える候補物質として選択することができる。
【0225】
実施例3
部分的な内皮機能を評価するために、使用されるストレイン−ゲージ・プレスチモグラフ(体積変動記録器)によって合計390人を対象に反応性充血に対する血管拡張剤応答を分析した。
【0226】
大阪大学病院の代謝異常症候群患者から静脈血を採取して、先に報告された方法に順じて、血漿アディポネクチン濃度をELISAキット(Adiponectin ELISA Kit; 大塚製薬社製)によって測定した(上記非特許文献20)。血清総コレステロール(T−chol)、トリグリセライド(TG)、高比重リポプロティン(HDL−chol)濃度は、酵素的方法によって測定した。血清グルコースは、グルコース・オキシダーゼ法によって測定した。BMIは、体重/(身長x身長)として計算した。
【0227】
患者の特徴を表2に示す。この研究に参加した全ての患者は日本人で、書式によるインフォームドコンセントを得た。この研究は大学の倫理委員会で承認された。
【0228】
【表2】

【0229】
内皮依存機能評価は、前腕血管の反応性を前腕血流量の測定によって行なった。即ち、コマイらの方法(上記非特許文献29)と同様の方法で、ストレイン−ゲージ・プレスチモグラフ(体積変動記録器:EC5R,DE Horkkanson,Inc.社製)によって分析した。簡記すると、5分間300mmHg圧でカフ膨張させた後、それから圧抜きを行ない、反応性充血に対する虚血後血管拡張応答として最大前腕血流量を測定した。内皮細胞依存性血管拡張を部分的に反映している反応性充血比として、前腕血流量の反応性充血/基線値を算出した。その後、0.3mgのニトログリセリンをスプレー装置により1噴霧で舌下に投与し、ニトログリセリン誘発充血としての最大上腕血流量を測定した。本発明者等は、内皮細胞非依存性血管拡張を部分的に反映するニトログリセリン誘発充血比として、前腕血流量のニトログリセリン誘発充血/基線値を計測した。観察者内の変動係数は、2.4 ± 1.4%、観察者間の変動係数は2.6 ± 1.5%であった。尚、データは平均±SEで示した。統計的差異は対応のないt検定により解析した。一次回帰分析は、血漿アディポネクチン値と上腕血流パラメーターを比較するために使用した。p<0.05の値を統計学的有意とした。
【0230】
その結果を図4のA及びBに示す。
【0231】
該図4A及びBから明らかなように、血漿アディポネクチン値は反応性充血に対する血管拡張反応と有意に相関していたが(r=0.197,p<0.0005)(図A)、ニトログリセリン誘導性充血とは相関しなかったことから(図B)、血漿アディポネクチン値と内皮依存性血管拡張との間に正の関係があることが明らかになった。
【0232】
このようにヒト対象患者において血漿アディポネクチン値と内皮依存的血管弛緩との間に強い正の相関を見出し、また上記実施例1の知見から判明したようにアディポネクチン遺伝子欠損マウスでは内皮依存的血管弛緩の障害を認めた。これらの知見は、低アディポネクチン血症が特に代謝異常症候群における内皮の機能障害の原因となりうることを示している。
【0233】
アディポネクチンは、単独で或いは付随の代謝性疾患と協調して血管機能を調節するユニークな分子として作用する可能性がある。したがって、内皮機能の低下した患者、例えば内皮依存性高血圧症の患者へのアディポネクチンの補充は、アディポネクチンが有する内皮依存性血管拡張作用(血管弛緩作用)の増加または促進により、内皮依存性高血圧症の改善または進展の予防に有用と考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0234】
【図1】マウスアディポネクチン野生型(Intact Allele)(図A)と欠損型(Mutant All ele)(図B)の遺伝子の構造図を示す。
【図2】実施例1における内皮細胞依存性血管拡張(血管弛緩)作用の結果を示す図面である。図2のAは、内皮細胞依存性血管拡張のアセチルコリン誘発血管弛緩作用を、図2のBは内皮細胞非依存性血管拡張のニトロプルシドナトリウムによって誘発される弛緩の結果を示す図面である。
【図3】Aは実施例2における血管損傷による新生内膜形成の結果を示す図面である。Bは実施例2における本発明の代謝異常症候群モデル・マウスと野生型マウスにおける血管損傷による新生内膜形成の結果を示す図面である。
【図4】実施例3におけるヒト対象患者において血漿アディポネクチン値とストレイン−ゲージ・プレスチモグラフによって分析された内皮依存的血管弛緩(図A)及び内皮非依存的血管弛緩(図B)との間の相関結果を示す図面である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
過栄養食摂取によって代謝異常症候群の症状を呈することを特徴とする、アディポネクチン遺伝子の全部若しくは一部が欠失、または任意の部位に他の遺伝子が挿入若しくは置換されてなる代謝異常症候群非ヒトモデル動物。
【請求項2】
マウスである請求項1記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物。
【請求項3】
アディポネクチンのマウスcDNAの38〜268番目に相当するゲノム領域を欠失しているか、または該ゲノム領域が他の塩基配列で置換されてなる形質転換マウスである請求項2に記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物。
【請求項4】
過栄養食摂取によって表出する代謝異常症候群の症状が少なくとも血管内皮の機能障害である、請求項1〜3のいずれかに記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物。
【請求項5】
内皮依存性の血管弛緩作用が正常動物に比べて低下してなる請求項1乃至4のいずれかに記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物。
【請求項6】
過栄養食摂取させてから代謝異常症候群の病態モデルとして用いられる請求項1乃至5のいずれかに記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物。
【請求項7】
下記工程を有する代謝異常症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法:
(a)請求項1乃至6のいずれかに記載の代謝異常症候群非ヒトモデル動物に過栄養食摂取させて、代謝異常症候群の症状として少なくとも血管内皮の機能障害を表出させる工程、
(b)上記(a)工程で得られた代謝異常症候群非ヒトモデル動物に被験物質を投与する工程、及び
(c)上記(b)工程で得られた代謝異常症候群非ヒトモデル動物について、内皮依存性の血管弛緩或いは収縮期血圧の変化を指標として被験物質の中から代謝異常症候群に影響を与える物質を選別する工程。
【請求項8】
アディポネクチンのマウスcDNAの38〜268番目に相当するゲノム領域を欠失しているか、または該ゲノム領域領域が他の塩基配列で置換されてなる形質転換マウスであって、過栄養食摂取させることによって、対応する野生型マウスに比して、[1]少なくとも内皮依存性の血管弛緩作用が低下しているか或いは収縮期血圧が上昇しており、且つ[2]インスリン抵抗性、[3]新生血管内膜の形成、[4]傷害によって誘導される血管平滑筋細胞増殖、[5]腫瘍壊死因子(TNF)、及び[6]血清遊離脂肪酸よりなる群から選択されるいずれか少なくとも1つが亢進または増加しているマウスを代謝異常症候群非ヒトモデル動物として用いて、下記(1)〜(3)の工程を実施することを含む代謝異常症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法:
(1)上記代謝異常症候群非ヒトモデル動物に被験物質を投与する工程、
(2)上記(1)の工程で得られた代謝異常症候群非ヒトモデル動物に対して、(A)の試験と、上記[2]〜[6]に対応して(B)〜(F)のいずれかの試験を行う工程;
(A)内皮依存性の血管弛緩作用または収縮期血圧を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の内皮依存性の血管弛緩作用または収縮期血圧の測定値と対比する、
(B) インスリン抵抗性を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物のインスリン抵抗性と対比する、
(C) 新生血管内膜の過形成度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の新生血管内膜の過形成度と対比する、
(D) 傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度と対比する、
(F) 血中の腫瘍壊死因子(TNF)濃度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物の血中の腫瘍壊死因子(TNF)濃度と対比する、
(G) 血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度を測定し、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群モデル動物の血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度と対比する、
(3)(2)で実施した(A)及び(B)〜(F)のいずれかの試験の結果に基づいて、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物に比して下記(a)及び(b)〜(f)のいずれかの特性を示した代謝異常症候群非ヒトモデル動物に投与した被験物質を、代謝異常症候群に影響を与える物質として選別する工程:
(a)内皮依存性の血管弛緩作用の上昇または抑制、或いは収縮期血圧の低下または上昇
(b)インスリン抵抗性の低下/抑制、または上昇/増加
(c)新生血管内膜の過形成度の低下/抑制、または上昇/増加
(d)傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度の低下/抑制、または上昇/増加
(e)血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度の低下/抑制、または上昇/増加
(f)血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度の低下/抑制、または上昇/増加。
【請求項9】
代謝異常症候群の予防薬または改善薬の有効成分のスクリーニング方法として用いる請求項8に記載する代謝異常症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法。
【請求項10】
請求項8に記載する工程(3)に代えて、下記の工程を行うことを特徴とする請求項9に記載する代謝異常症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法:
(3’)(2)で実施した(A)及び(B)〜(F)のいずれかの試験の結果に基づいて、被験物質を投与しない対照の代謝異常症候群非ヒトモデル動物に比して下記(a’)及び(b’)〜(f’)のいずれかの特性を示した代謝異常症候群非ヒトモデル動物に投与した被験物質を、代謝異常症候群の予防薬または改善薬の有効成分として選別する工程:
(a’)内皮依存性の血管弛緩作用の上昇、或いは収縮期血圧の低下
(b’)インスリン抵抗性の低下/抑制
(c’)新生血管内膜の過形成度の低下/抑制
(d’)傷害によって誘導される血管平滑筋細胞の増殖度の低下/抑制
(e’)血中の腫傷壊死因子(TNF)濃度の低下/抑制
(f’)血清の遊離脂肪酸(FFA)濃度の低下/抑制。
【請求項11】
代謝異常症候群に影響を与える物質が、高血圧症改善薬、特に内皮依存性高血圧症改善薬、内膜肥厚改善薬、平滑筋細胞増殖抑制薬、抗動脈硬化改善薬、抗炎症薬、腫瘍壊死因子(TNF)産生抑制薬、インスリン抵抗性改善薬、グルコース耐性改善薬、肥満改善薬、脂質改善薬、組織再生促進薬及び抗心臓病薬よりなる群から選択されるいずれかの薬物である、請求項9または10に記載する代謝異常症候群に影響を与える物質のスクリーニング方法。
【請求項12】
アディポネクチンを有効成分として含有する高血圧症予防または改善剤。
【請求項13】
下記の(a)または(b)の記載するポリペプチドを有効成分として含有する高血圧症予防または改善剤:
(a)配列番号:1で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、
(b)上記(a)のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列からなり且つ内皮依存性の血管拡張作用を有するポリペプチド。
【請求項14】
アディポネクチンが遺伝子組換え体であることを特徴とする請求項12に記載の高血圧症予防または改善剤。
【請求項15】
高血圧症が内皮依存性高血圧症であることを特徴とする請求項12〜14のいずれかに記載の高血圧症予防または改善剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−108091(P2009−108091A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−314173(P2008−314173)
【出願日】平成20年12月10日(2008.12.10)
【分割の表示】特願2003−69129(P2003−69129)の分割
【原出願日】平成15年3月14日(2003.3.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2003年1月発行の American Journal of Hypertension 第16巻 第1号 第72−75頁に「Decreased Plasma Adiponectin Concentration in Patients With Essential Hypertension」として発表
【出願人】(599101070)
【出願人】(503098528)
【出願人】(000206956)大塚製薬株式会社 (230)
【Fターム(参考)】