説明

メタルガスケット素材板およびその製造方法

【課題】電解質水溶液の存在する箇所で使用されても皮膜剥離や膨れの発生を抑制することができ、しかも環境等に配慮された脱六価クロム処理のメタルガスケット素材板を提供することにある。
【解決手段】金属板1の片面または両面上に接着剤層3を介してゴム層4が設けられた積層状のメタルガスケット素材板において、前記接着剤層3と前記ゴム層4との両方に防錆顔料が添加されていることを特徴とする、メタルガスケット素材板である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、金属板上に接着剤層を介してゴム層が設けられたメタルガスケット素材板およびその製造方法に関し、特に、エンジン内またその周辺に用いられるメタルガスケット用に好適なメタルガスケット素材板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、エンジン周辺用のメタルガスケットの素材としては、金属板に接着剤層を介してゴム層が設けられた積層状のメタルガスケット素材板が広く用いられ、このメタルガスケット素材板を用いて加工したガスケットで、エンジンの燃焼ガス、潤滑油および冷却水のシールを行っている。
【0003】
しかし、この積層状の素材板では、ガスケットのシール対象の一つである水、LLC、塩水等の電解質水溶液が金属板表面に浸透すると、金属板と接着層との間や接着層とゴム層との間で被膜剥離や膨れ(ブリスター)が発生して、ゴム層が剥がれてしまうという問題があった。
【0004】
そこで上記の問題を解決するために、従来は金属板の表面に、下地処理剤として、六価クロム化合物、リン酸およびシリカを含む塗布型クロメート処理剤を、含浸法やロールコート法などで塗布し、それを乾燥させることで積層被膜を形成しており(特許文献1参照)、かかるクロメート系下地処理は、六価クロム特有の(1)腐食因子に対するバリア効果、(2)被膜欠陥部を修復する自己修復性、そして(3)優れた界面密着性を兼ね備えているため、金属素材と接着剤との接着性を向上させる働きがある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら近年の環境問題から、メタルガスケット材の表面処理に六価クロム化合物を用いたクロメート処理を行うことは、産業廃棄物の排出、六価クロムによる環境や人体への影響を考慮して、避けている。
【0006】
一方、六価クロムを含まない下地処理に通常の接着剤層を介して通常のゴム層が設けられた金属板では、六価クロムの上記(1)〜(3)の三種の効果が発揮できないので、水、LLC、塩水等の電解質水溶液が金属板表面に浸透し、金属板と接着剤層との間、および接着剤層とゴム層との間で、被膜剥離やブリスターが発生し、ゴム層が剥がれる場合があるという課題があった。
【0007】
そこで、この発明は、水、LLC、塩水等の電解質水溶液の存在する箇所で使用しても、金属板と接着剤層との間、および接着剤層とゴム層との間での被膜剥離やブリスターの発生を抑制し、且つ、環境や人体に配慮された脱六価クロム処理のメタルガスケット素材板、およびその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明は、上記課題を有利に解決するためになされたものであり、この発明のメタルガスケット素材板は、金属板の片面または両面上に接着剤層を介してゴム層が設けられた積層状のメタルガスケット素材板において、前記接着剤層と前記ゴム層との両方に防錆顔料が添加されていることを特徴とするものである。なお、必要に応じてブロッキング防止および滑り性向上のために、前記ゴム層の上にトップコート材層が設けられていても良い。
【0009】
また、この発明のメタルガスケット素材板の製造方法は、アルカリ脱脂処理を行った後に乾燥させた金属板の片面または両面に、防錆顔料を含有する接着剤を層状に塗布し、その接着剤を乾燥および加熱処理して接着剤層を形成し、次いで前記接着剤層上に、防錆顔料を含有するゴム材を層状に塗布し、そのゴム材を乾燥および加熱処理してゴム層を形成することを特徴とするものである。なお、必要に応じてブロッキング防止および滑り性向上のために、前記ゴム層の上にトップコート材を層状に塗布し、そのトップコート材を乾燥および加熱処理してトップコート材層を形成しても良い。
【発明の効果】
【0010】
この発明のメタルガスケット素材板およびその製造方法によれば、防錆顔料が腐食因子の透過を抑制するとともに、侵入してくる水分によって防錆顔料から徐々に溶出する陰イオンと金属板の材料とが反応して密着性の良い化成皮膜を生成し、接着剤層及びゴム層の、電解質水溶液の浸漬による体積膨張(収縮)を抑制するので、電解質水溶液の存在する箇所で使用されても皮膜剥離や膨れ(ブリスター)の発生を抑制することができる。しかも六価クロムを含む下地処理剤を使用しないので、環境や人体に配慮された脱六価クロム処理のメタルガスケット素材板とすることができる。
【0011】
なお、この発明のメタルガスケット素材板においては、前記金属板と前記接着剤層との間に、三価クロムを含む下地処理剤層が設けられていても良く、この発明における下地処理剤は、金属板の表面の耐食性の向上と、金属板とその上層部に形成される接着剤層との密着性の向上との目的で使用される。この目的のためには、三価クロムを含む下地処理剤を金属板表面に塗布して乾燥させ、乾燥皮膜重量で片面0.1g/m以上で2g/m以下の皮膜を形成させることが好ましく、特に金属板に対し乾燥皮膜重量で片面0.3g/m以上で1.5g/m以下の下地処理剤の皮膜を形成させることが好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。ここに、図1は、この発明のメタルガスケット素材板の一実施形態を示す断面図、図2は、評価試験の一つであるNガスシール性試験の装置を示す側面図、図3(a),(b)は、そのNガスシール性試験の試験サンプルの形状を示す平面図およびその平面図中のA−A線に沿う断面図、そして図4(a),(b)は、評価試験の一つである耐ヒートサイクル性試験の試験サンプルの形状を示す平面図およびその平面図中のB−B線に沿う断面図である。
【0013】
<メタルガスケット素材板について>
この発明のメタルガスケット素材板の一実施形態は、図1に示すように、金属板(基材)1の片面または両面(図では片面)上に接着剤層3を介してゴム層4が設けられた積層状のメタルガスケット素材板において、その接着剤層3とゴム層4との両方に防錆顔料が添加されているとともに、金属板1と接着剤層3との間に、三価クロムを含む下地処理剤層2が設けられているものである。かかる実施形態のメタルガスケット素材板に使用される材料は、下記の様態からなる。
【0014】
[使用される金属板]
金属板1としては、ガスケット素材に用いられる金属板であれば全て用いることができ、例えば、ステンレス鋼板、SPCC鋼板(冷延鋼板)、亜鉛メッキ鋼板、アルミニウム合金板等を用いることが好ましい。ここにおける金属板は、一般には、アルカリ脱脂剤で、金属表面の圧延油成分である油脂分等を除くために脱脂処理をしたものをいい、この脱脂処理は、本発明で用いる三価クロム下地処理とは別のものである。
【0015】
[使用される下地処理剤(三価クロムを含む下地処理剤)]
下地処理層2の下地処理剤としては、六価クロムを含まない「三価クロムを含む下地処理剤」が使用される。この下地処理剤は、金属表面の耐食性の向上と、その上層部に形成される接着剤層との密着性を上げる目的で使用される。この目的のためには、金属板1の表面に下地処理剤を塗布して乾燥させて、乾燥皮膜重量で片面0.1g/m以上で2g/m以下の皮膜を形成することが好ましく、特に、乾燥皮膜重量で片面0.3g/m以上で1.5g/m以下の下地処理剤の皮膜を形成することが好ましい。
【0016】
[使用される接着剤]
接着剤層3の接着剤としては、フェノール変性エポキシ樹脂、ノボラック型フェノール樹脂およびレゾール型フェノール樹脂のうちの少なくとも一種を含むフェノール樹脂系、またはフェノール樹脂とエポキシ樹脂混合系の接着剤等が用いられる。この場合において、フェノール樹脂とエポキシ樹脂との混合比は10:90から90:10までの間の比率となるのが好ましい。また、必要に応じてヘキサメチレンテトラミン等の3級アミン化合物、イミダゾール誘導体、ホスフィン化合物等を硬化促進剤として添加してもよい。なお、上記接着剤には、ゴム溶液、ゴム薬品、および、カーボンブラック、シリカ等の無機充填剤を配合してもよい。すなわち、上記接着剤は、未加硫のニトリルゴムを含有した接着剤または、未加硫のニトリルゴムを溶剤に溶解したゴム溶液を含有した接着剤であってもよい。この場合においては、ニトリルゴム20重量部、シクロヘキサノン60重量部およびMEK20重量部で配合されたNBRゴムを含んだ溶液100重量部に対して、接着剤中のエポキシおよびフェノール樹脂10〜200重量部を用いることが好ましい。
【0017】
[接着剤に使用される防錆顔料]
金属板1の片面若しくは両面に積層する接着剤層3を形成する接着剤に配合する防錆顔料には、粒径が1μm以上で50μm以下の防錆顔料が用いられる。この防錆顔料としては、リン酸亜鉛系、リン酸カルシウム系、リン酸マグネシウム系、モリブデン酸亜鉛系、モリブデン酸カルシウム系、リンモリブデン酸アルミニウム系、シアナミド亜鉛系等のものを用いることができる。この防錆顔料の配合量は、接着剤中のエポキシおよびフェノール樹脂の不揮発分100重量部に対し10重量部以上で200重量部以下とするが、特に40重量部以上で120重量部以下であることが好ましい。また、接着剤によって形成される接着剤層3の厚さは、片面1μm以上で30μm以下とするが、特に5μm以上で15μm以下であることが好ましい。
【0018】
[使用されるゴム材]
接着剤層3の上に積層される、防錆顔料を配合したゴム層(ゴム配合物層)4に使用されるゴム材としては、ニトリルゴム(NBR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、フッ素ゴム(FKM)、アクリルゴム(AR)、シリコンゴム等の合成ゴム、若しくは天然ゴム(NR)、またはそれらの混合物が用いられる。そしてゴム層4の配合物としては、上記ゴム材のほかに、加硫剤、加硫促進剤、老化防止剤等のゴム薬品および、カーボンブラック、ホワイトカーボン、シリカ、クレー、タルク等の無機充填剤を用いることができる。これらの無機充填剤の配合量は、ゴム材100重量部に対し、それぞれ10重量部以上で200重量部以下であることが好ましい。
【0019】
[ゴム材に使用される防錆顔料]
接着剤塗布後に積層してゴム層4を形成するゴム材に配合する防錆顔料には、接着剤層3と同様、粒径が1μm以上で50μm以下の防錆顔料が用いられる。この防錆顔料としては、リン酸亜鉛系、リン酸カルシウム系、リン酸マグネシウム系、モリブデン酸亜鉛系、モリブデン酸カルシウム系、リンモリブデン酸アルミニウム系、シアナミド亜鉛系等のものを用いることができる。この防錆顔料の配合量は、ゴム材100重量部に対して、それぞれ10重量部以上で200重量部以下とするが、特に40重量部以上で120重量部以下とするのが好ましい。接着剤層3上に積層する、防錆顔料を配合したゴム層(ゴム配合物層)4の厚さは、金属板1の厚さに対して片面10μm以上で100μm以下であることが好ましく、特に20μm以上で50μm以下であることが好ましい。
【0020】
<製造工程について>
上記実施形態のメタルガスケット素材板の製造のための、この発明のメタルガスケット素材板の製造方法の一実施形態は、下記の製造工程からなる。
(1)金属板1にアルカリ脱脂処理を行い、乾燥させる。
(2)金属板1の片面または両面に、三価クロムを含む下地処理剤で表面処理を行う。
(3)下地処理剤を乾燥・加熱処理して下地処理剤層2を形成する。
(4)防錆顔料を含有する接着剤を下地処理剤層2上に塗布する。
(5)接着剤を乾燥・加熱処理して接着剤層3を形成する。
(6)防錆顔料を含有するゴム材を接着剤層3上に塗布する。
(7)ゴム材を乾燥・加熱(加硫)処理してゴム層4を形成する。
(8)必要に応じてトップコート材をゴム層4上に塗布し、それを乾燥・加熱処理してトップコート材層5を形成する。
【0021】
上記製造工程において、例えばロールコーター方式による連続塗装方法で、金属板上に、接着剤処理、ゴム材塗布およびトップコート処理を、高温炉で連続的に施すことにより、メタルガスケット用素材が得られる。なお、ここでいう「加熱処理」とは、焼付、焼成または加硫等を意味する。
【0022】
以下、各製造工程をロールコーター方式による連続塗装方法で行う場合について説明する。
[下地処理工程]
表面を脱脂された金属板1のコイルに、三価クロムを含む下地処理剤の水溶液を連続的に塗布し、熱風乾燥炉を通して水分を乾燥させるとともに、焼き付けにより下地処理剤層2(皮膜)を形成する。乾燥・焼付け方法の熱風乾燥炉の温度は、150℃〜350℃であることが好ましい。
【0023】
[接着剤塗布工程]
予め有機溶剤に溶解した、防請顔料配合済みの接着剤溶液を、金属板1の、下地処理層2を形成した片面あるいは両面に塗布し、焼付炉を通して脱溶剤を行って接着剤層3を形成する。この接着剤層3の形成の際、焼付炉では、100℃〜350℃の間で、0.5分〜10分間の加熱処理をすることが好ましい。この接着剤層3の形成に当たる焼付炉では、熱風乾燥法、赤外線輻射法及び遠赤外線輻射法等が用いられる。
【0024】
この工程で用いる有機溶剤は、例えば、シクロヘキサノン、MEK、トルエン、MIBK、キシレン等であるが、本実施形態では特に、シクロヘキサノン、MEKおよびトルエンが好ましい。また、この工程では、溶剤の乾燥・焼成時の保液性及び揮発性が最適な有機溶剤を用いる。例えば、塗料溶液をロールコーター塗布可能な粘度と流動性及び揮発性を考慮し、溶剤添加量をコントロールし、ポンプによる塗料の循環使用可能な溶剤を選定することになる。
【0025】
[ゴム剤塗布工程]
予め有機溶剤に溶解した防請顔料配合済みのゴム剤溶液を、金属板1の、接着剤層3を形成した片面あるいは両面に塗布し、焼付炉を通して脱溶剤を行って、ゴム層4を形成する。このゴム層4の形成の際、焼付炉では、100℃〜350℃の間で0.5分〜10分間加熱処理をすることが好ましい。これにより、基本的には本実施形態のガスケット用素材が製造される。
【0026】
このゴム層4の形成工程で用いる有機溶剤は、例えば、シクロヘキサノン、MEK、トルエン、MIBK、キシレン等であるが、本実施形態では特に、シクロヘキサノン、MEKおよびトルエンが好ましい。また、この工程では、溶剤の乾燥・焼成時の保液性および揮発性が最適な有機溶剤を用いる。例えば、塗料溶液がロールコーター塗布可能な粘度と流動性および揮発性を考慮して溶剤添加量をコントロールし、ポンプによる塗料の循環使用可能な溶剤を選定することになる。そして、ゴム層4の形成に当たる焼付炉では、熱風乾燥法、赤外線輻射法及び遠赤外線輻射法が用いられる。
【0027】
[トップコート塗布工程]
本実施形態では必要に応じ、ゴム層4の上にトップコート層5を形成する。トップコート層5に用いられる材料としては、特に必須の物は無く、その目的、例えばブロッキング防止、滑り性改良による耐摩耗性の向上等に応じて配合、塗布量、塗布方法を決定すればよい。
【0028】
このようにして各層を連続塗装することによって、高い生産性を獲得することができ、かつ、得たガスケット用素材は良好な特性を有する。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施形態を、実施例によって詳細に説明する。
下記の表1の上欄および中欄記載のガスケット素材配合物から下記の手順によって実施例1〜4並びに比較例1〜4のガスケット素材板を作成し、それらのガスケット素材板について物性評価を行った。
【0030】
【表1】

【0031】
[下地処理]
厚さ0.2mmのSUS301鋼板の表面をアルカリ洗浄剤で脱脂した後、三価クロムからなる下地処理剤水溶液を、片面約0.3〜1.5g/mの塗布量で鋼板の両面にロールコーターで塗布し、150〜350℃で乾燥・焼付し皮膜を形成させた。
【0032】
[防錆顔料を添加・混合した接着剤溶液の調整]
フェノール樹脂/エポキシ樹脂混合型接着剤溶液に、ニトリルゴム20重量部、シクロヘキサノン60重量部およびメチルエチルケトン20重量部で配合された、ニトリルゴム(20%)を含んだ溶液と、硬化促進剤と、防錆顔料とを添加・混合し、防錆顔料入り接着剤を調整した。
【0033】
[接着剤塗布]
形成された皮膜上に、表1記載の、防錆顔料を配合したフェノール樹脂/エポキシ樹脂混合型接着剤溶液を、片面約5〜15μmの厚さで両面にロールコーターで塗布し、200〜300℃で2〜5分間炉内を通し、溶剤の乾燥及び焼成を連続的に行い、接着剤層を形成させた。
【0034】
[防錆顔料を添加・混合した均一なゴム配合物溶液の調整]
均一なゴム配合物溶液の調整は、下記のようにして作成した。まず、表1記載のニトリルゴム(NBR)とカーボンブラック、酸化亜鉛、硫黄、加硫促進剤、老化防止剤、ステアリン酸および可塑剤をロールにて均一に混練し、この混練物をシクロヘキサノン、MEKおよびトルエンを添加して溶解し、NBRゴム溶液とした。そしてここで調整したNBRゴム溶液に、防錆顔料を添加・混合し、防錆顔料入りゴム溶液を調整した。
【0035】
[ゴム層塗布]
この接着剤層の上に、表1に記載した、防錆顔料を配合したゴム配合物を予めシクロヘキサノン、メチルエチルケトン(MEK)およびトルエン等にて粘度調整した均一な上記ゴム配合物溶液を、片面約10〜30μmの厚さで両面にロールコーターにて塗布し、150〜250℃の炉内を通して、溶剤の乾燥及び加硫を数分間で連続的に行った。
【0036】
[トップコート層塗布]
ゴム加硫層の上にトップコート層を形成した。今回の塗布方法としては、水分散型の炭化水素系ワックスを片面約100〜1500mg/m付着するようにロールコーターにて塗布し、100〜200℃で乾燥させて塗膜を形成した。
【0037】
「評価内容および基準」
上記の如くして各層を積層されたメタルガスケット素材板について、物性試験として次の各項目の試験を行った。
(1)Nガスシール性
図2に示すアルミ治具11の面祖度12.5Sの試料挟持面11a間に、図3(a),(b)に示す所定の試験型に打ち抜いた試料13を配置し、締め付けボルト12を500〜1500N・cmのトルクで締め込んで、試料13を締め付けて挟持し、矢印で示すようにNガスを試料13に供給して、シール限界圧を評価した。なお、試料13は、二重の環状の山形ビード(いわゆるフルビード)13aと、それらの山形ビード13aの間に位置する円弧状開口部13bと、内側の山形ビード13aで囲まれた円形開口部13cとを有しており、Nガスは二重の環状山形ビード13aの間に供給した。
(評価基準)
○:良好な水準
△:ガスケット用素材として実用上問題となる可能性がある水準。
×:ガスケット用素材として好ましくない水準。
【0038】
(2)耐ヒートサイクル性
図4(a),(b)に示す所定のシリンダーヘッドガスケット型に打ち抜いた試料14は、二つのシリンダーボア孔14aと、それらのシリンダーボア孔14aをそれぞれ囲繞する二つの環状の山形ビード14bと、それらの山形ビード14bの周辺部に配置された複数の、冷却水および蒸気の通路孔14cと、それらの通路孔14cを全体的に囲繞するステップビード(いわゆるハーフビード)14dと、そのステップビード14dと試料14の外周縁との間に配置された複数の締め付けボルト孔14eとを有しており、この試料14を、図示しないシリンダーブロックとシリンダーヘッドとの間に配置し、シリンダーブロックとシリンダーヘッドとを締結する締め付けボルトを上記締め付けボルト孔14eに通して締付け圧100N・mのトルクで締め付けた状態で、冷却水と、ボイラーから導いた蒸気とを交互に5分間ずつのサイクルで500回繰り返して通路孔14cに供給した後、シリンダーボア孔14aの周囲の山形ビード14bとステップビード14dとに挟まれた蒸気通路部分の塗膜の状態を目視観察する。
(評価基準)
○:膨れ、剥離等も認められないガスケット用素材として良い水準。
△:膨れ、剥離が部分的に認められ実用上問題となる可能性がある水準。
×:膨れ、剥離が30%以上発生し、ガスケット用素材として好ましくない水準。
【0039】
(3)耐不凍液試験
試験片が浸かるように容器にホンダニ輪車用純正LLC100%液を張り、試験片を100℃×120時間浸漬処理後に取出して、液接触部の外観を目視で評価する。
(評価基準)
○:膨れ、剥離等も認められないガスケット用素材として良い水準。
△:膨れ、剥離が部分的に認められ実用上問題となる可能性がある水準。
×:膨れ、剥離が全面積の30%以上発生し、ガスケット用素材として好ましくない水準。
【0040】
(4)耐油浸漬試験
試験片が浸かるように容器にホンダニ輪車用純正油10W−30を張り、試験片を150℃×120時間浸漬処理後に取出して、液接触部の外観を目視で評価する。
(評価基準)
○:膨れ、剥離等も認められないガスケット用素材として良い水準。
△:膨れ、剥離が部分的に認められ実用上問題となる可能性がある水準。
×:膨れ、剥離が全面積の30%以上発生し、ガスケット用素材として好ましくない水準。
【0041】
(5)耐燃料油浸漬試験
試験片が浸かるようにASTM FUEL Cを張り、試験片を室温×120時間浸漬処理後に取出して、液接触部の外観を目視で評価する。
(評価基準)
○:膨れ、剥離等も認められないガスケット用素材として良い水準。
△:膨れ、剥離が部分的に認められ実用上問題となる可能性がある水準。
×:膨れ、剥離が全面積の30%以上発生し、ガスケット用素材として好ましくない水準。
【0042】
(6)耐熱老化性
空気循環式加熱炉中で200℃×72時間加熱処理した材料につき、JISK5600に基づき碁盤目試験を行い、付着テープに剥離した個数を求める。
(評価基準)
○:剥離が認められないガスケット用素材として良い水準。
△:剥離が部分的に認められ実用上問題となる可能性がある水準。
×:剥離が全面積の30%以上発生し、ガスケット用素材として好ましくない水準。
【0043】
(7)耐塩水試験
水が流通するように加工した図2に示すと同様の治具に、図3に示すと同様の試料を挟み込み、その冶具に、ヒーターで60〜95℃に加熱した塩水をポンプで流通させて、試料の山形ビード間の塩水流路部分の塗膜の状態を目視観察する。
(評価基準)
○:膨れ、剥離等も認められないガスケット用素材として良い水準。
△:膨れ、剥離が部分的に認められ実用上問題となる可能性がある水準。
×:膨れ、剥離が30%以上発生し、ガスケット用素材として好ましくない水準。
【0044】
上述した評価の結果の概要は、表1の下欄に示す。以下、各評価の結果を詳述する。
(実施例1)
接着剤中のエポキシ樹脂100重量部に対し、防錆顔料(リン酸亜鉛)を100重量部配合し、ゴム加硫物にゴム分100重量部に対し、防錆顔料(リン酸亜鉛)を40重量部配合した。Nシール性、耐不凍液浸漬性、耐油浸漬性、耐燃料油浸漬性、耐熱老化性、耐塩水性の何れの試験においても良好な結果であったが、耐ヒートサイクルにおいて、膨れ、剥離が僅かに発生した。
【0045】
(実施例2)
接着剤中のエポキシ樹脂100重量部に対し、防錆顔料(リン酸亜鉛)を100重量部配合し、ゴム加硫物にゴム分100重量部に対し、防錆顔料(リン酸亜鉛)を80重量部配合した。Nシール性、耐ヒートサイクル性、耐不凍液浸漬性、耐油浸漬性、耐燃料油浸漬性、耐熱老化性、耐塩水性の何れの試験においても良好な結果であり、ガスケット用素材として良い水準であった。
【0046】
(実施例3)
接着剤中のエポキシ樹脂100重量部に対し、防錆顔料(リン酸亜鉛)を100重量部配合し、ゴム加硫物にゴム分100重量部に対し、防錆顔料(リン酸亜鉛)を160重量部配合した。耐ヒートサイクル性、耐不凍液浸漬性、耐油浸漬性、耐燃料油浸漬性、耐熱老化性、耐塩水性の何れの試験においても良好な結果であったが、Nシール性において、ガスケット用素材として多少問題となる可能性がある水準であった。
【0047】
(実施例4)
接着剤中のエポキシ樹脂100重量部に対し、防錆顔料(リンモリブデン酸アルミニウム)を100重量部配合し、ゴム加硫物にゴム分100重量部に対し、防錆顔料(リンモリブデン酸アルミニウム)を80重量部配合した。リン酸亜鉛配合品(実施例2)と同様に、Nシール性、耐ヒートサイクル性、耐不凍液浸漬性、耐油浸漬性、耐燃料油浸漬性、耐熱老化性、耐塩水性の何れの試験においても良好な結果であり、ガスケット用素材として良い水準であった。
【0048】
(比較例1)
接着剤及びゴム加硫物共に防錆顔料を配合しなかった。Nシール性、耐油浸漬性、耐燃料油浸漬性、耐熱老化性の何れの試験においても良好な結果であったが、耐ヒートサイクル性、耐不凍液浸漬性、耐塩水性において膨れ、剥離が全面積の30%以上発生し、ガスケット用素材として好ましくない水準であった。
【0049】
(比較例2)
接着剤のみ接着剤中のエポキシ樹脂100重量部に対し、防錆顔料(リン酸亜鉛)を100重量部配合した。Nシール性、耐不凍液浸漬性、耐油浸漬性、耐燃料油浸漬性、耐熱老化性の何れの試験においても良好な結果であったが、耐ヒートサイクル性、耐塩水性において、剥離が全面積の30%以上発生し、ガスケット用素材として好ましくない水準であった。
【0050】
(比較例3)
接着剤のみ接着剤中のエポキシ樹脂100重量部に対し、防錆顔料(リン酸亜鉛)を200重量部配合した。Nシール性、耐不凍液浸漬性、耐油浸漬性、耐燃料油浸漬性、耐熱老化性の何れの試験においても良好な結果であったが、耐ヒートサイクル性、耐塩水性において、剥離が全面積の30%以上発生し、ガスケット用素材として好ましくない水準であった。
【0051】
(比較例4)
接着剤のみ接着剤中のエポキシ樹脂100重量部に対し、防錆顔料(リン酸亜鉛)を100重量部配合した。ゴム加硫物には防錆顔料の代わりにカーボンをゴム分100重量部に対し、80重量部増量配合した(合計140重量部)。耐不凍液浸漬性、耐油浸漬性、耐燃料油浸漬性、耐熱老化性の何れの試験においても良好な結果であったが、Nシール性、耐ヒートサイクル性、耐塩水性において、ガスケット用素材として好ましくない水準であった。
【0052】
以上のように、上記実施例1〜4のガスケット素材板は何れも、上記比較例1〜4のガスケット素材板と異なり、ガスケットの素材として高い性能を有し、特に、電解質水溶液の存在する箇所で使用されても皮膜剥離や膨れ(ブリスター)の発生を抑制できることが確認された。しかも上記実施例1〜4のガスケット素材板は何れも、六価クロムを含む下地処理剤を使用しないので、環境等に配慮された脱六価クロム処理のメタルガスケット素材板とすることができる。
【0053】
以上、図示例に基づき説明したが、この発明は上述の例に限定されるものでなく、特許請求の範囲の記載範囲内で適宜変更し得るものであり、例えば、上記実施例は金属板の両面に三価クロムを含む下地処理剤層と何れも防錆顔料を含む接着剤層およびゴム層とトップコート材層とを設けたが、所要に応じて、これらの層を金属板の片面のみに設けても良く、またトップコート材層を省略しても良い。
【産業上の利用可能性】
【0054】
かくしてこの発明のメタルガスケット素材板およびその製造方法によれば、防錆顔料が腐食因子の透過を抑制するとともに、侵入してくる水分によって防錆顔料から徐々に溶出する陰イオンと金属板の材料とが反応して密着性の良い化成皮膜を生成し、接着剤層及びゴム層の、電解質水溶液の浸漬による体積膨張(収縮)を抑制するので、電解質水溶液の存在する箇所で使用されても皮膜剥離や膨れ(ブリスター)の発生を抑制することができる。しかも六価クロムを含む下地処理剤を使用しないので、環境等に配慮された脱六価クロム処理のメタルガスケット素材板とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】この発明のメタルガスケット素材板の一実施形態を示す断面図である。
【図2】評価試験の一つであるNガスシール性試験の装置を示す側面図である。
【図3】(a),(b)は、上記Nガスシール性試験の試験サンプルの形状を示す平面図およびその平面図中のA−A線に沿う断面図である。
【図4】(a),(b)は、評価試験の一つである耐ヒートサイクル性試験の試験サンプルの形状を示す平面図およびその平面図中のB−B線に沿う断面図である。
【符号の説明】
【0056】
1 金属板(基材)
2 下地処理剤層
3 接着剤層
4 ゴム層
5 トップコート材層
11 冶具
11a 試料挟持面
12 締め付けボルト
13 試料
13a 山形ビード
13b 円弧状開口部
13c 円形開口部
14 試料
14a シリンダーボア孔
14b 山形ビード
14c 冷却水および蒸気の通路孔
14d ステップビード
14e 締め付けボルト孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板の片面または両面上に接着剤層を介してゴム層が設けられた積層状のメタルガスケット素材板において、
前記接着剤層と前記ゴム層との両方に防錆顔料が添加されていることを特徴とする、メタルガスケット素材板。
【請求項2】
前記金属板と前記接着剤層との間に、三価クロムを含む下地処理剤層が設けられていることを特徴とする、請求項1記載のメタルガスケット素材板。
【請求項3】
前記ゴム層の上にトップコート材層が設けられていることを特徴とする、請求項1または2記載のメタルガスケット素材板。
【請求項4】
前記金属板を形成する板材は、ステンレス鋼板、冷延鋼板、亜鉛めっき鋼板またはアルミニウム合金板であることを特徴とする、請求項1から3までの何れか記載のメタルガスケット素材板。
【請求項5】
前記接着剤層を形成する接着剤は、フェノール変性エポキシ樹脂、ノボラック型フェノール樹脂およびレゾール型フェノール樹脂のうちの少なくとも一種を含むフェノール樹脂系、またはフェノール樹脂とエポキシ樹脂との混合系の接着剤であることを特徴とする、請求項1から4までの何れか記載のメタルガスケット素材板。
【請求項6】
前記接着剤層を形成する接着剤は、未加硫のニトリルゴムを含有した接着剤または、未加硫のニトリルゴムを溶剤に溶解したゴム溶液を含有した接着剤であることを特徴とする、請求項1から5までの何れか記載のメタルガスケット素材板。
【請求項7】
前記ゴム層を形成するゴム配合物は、ニトリルゴム、スチレンブタジエンゴム、フッ素ゴム、アクリルゴムおよびシリコンゴムのうちの少なくとも一種を含む合成ゴム、若しくは天然ゴム、またはそれら合成ゴムと天然ゴムとの混合物であるゴム材を有することを特徴とする、請求項1から6までの何れか記載のメタルガスケット素材板。
【請求項8】
前記防錆顔料は、リン酸亜鉛系、リン酸カルシウム系、リン酸マグネシウム系、モリブデン酸亜鉛系、モリブデン酸カルシウム系、リンモリブデン酸アルミニウム系およびシアナミド亜鉛系のうちの少なくとも一種を含む、粒径1〜50μmの防錆顔料であることを特徴とする、請求項1から7までの何れか記載のメタルガスケット素材板。
【請求項9】
アルカリ脱脂処理を行った後に乾燥させた金属板の片面または両面に、防錆顔料を含有する接着剤を層状に塗布し、その接着剤を乾燥および加熱処理して接着剤層を形成し、
次いで前記接着剤層上に、防錆顔料を含有するゴム材を層状に塗布し、そのゴム材を乾燥および加熱処理してゴム層を形成することを特徴とする、メタルガスケット素材板の製造方法。
【請求項10】
前記金属板の片面または両面に、三価クロムを含む下地処理剤を層状に塗布し、その下地処理剤を乾燥および加熱処理して下地処理剤層を形成し、
次いで前記下地処理剤層上に、前記防錆顔料を含有する接着剤層および前記防錆顔料を含有するゴム層を形成することを特徴とする、請求項9記載のメタルガスケット素材板の製造方法。
【請求項11】
前記ゴム材層上にトップコート材を層状に塗布し、そのトップコート材を乾燥および加熱処理してトップコート材層を形成することを特徴とする、請求項9または10記載のメタルガスケット素材板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−164122(P2008−164122A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−356395(P2006−356395)
【出願日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【出願人】(000230423)日本リークレス工業株式会社 (13)
【出願人】(000176235)三信工業株式会社 (1)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】