説明

メッキ前処理方法

【課題】 アルミニウム合金に施すメッキ前処理の工程数を少なくすることが可能なメッキ前処理方法を提供する。
【解決手段】 変質層の除去とアルミニウム合金成分の除去を陽極電解にて行う際の電解液として、濃度が10vol%以上50vol%以下の硫酸か、濃度が10vol%以上40vol%以下のリン酸と濃度が3vol%以上12vol%以下の硝酸との混酸を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダブロックなどのアルミニウム合金製部材の表面のメッキ前処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金製シリンダブロックのピストン摺動面にはNi−SiCメッキが施される。このメッキ前処理として亜鉛下地被膜が一般に形成される。この亜鉛下地被膜を形成するには、図2に示すように、シリンダブロック表面に付着している油膜を脱脂処理して除去し、次いで、シリンダブロック表面のAl酸化膜、加工流動層或いは含油相などの変質層をアルカリ溶液でエッチングして除去し、更にシリンダブロック表面に残った合金成分を酸洗で除去し、この後、粗い亜鉛皮膜を形成し、この亜鉛皮膜を硝酸などで溶解させて亜鉛を含む不動態被膜とし、この不動態被膜をZn−O−Alからなる緻密な下地膜に置換するダブル亜鉛置換法が知られている。
【0003】
また、電解液中に金属製品を浸漬し、金属製品を陽極または陰極として直流電流を流すことで、製品表面から酸素または水素を発生させ、この酸素または水素によって製品表面に付着した汚れを落とす電解洗浄法も従来から知られている。
【0004】
上記のダブル亜鉛置換法は、アルカリエッチング、酸洗、亜鉛皮膜置換、酸処理、亜鉛皮膜置換と工程数が多く、且つ各工程間に水洗工程が付加され、効率的ではない。そこで、アルカリエッチングと酸洗を1つの工程にする提案が特許文献1,2になされている。
【0005】
特許文献1には、アルミニウム合金表面に陽極エッチングを施してアルミニウム合金表面からシリコンを突出させ、このシリコンが突出した表面にメッキ層を形成することが記載されている。
【0006】
特許文献2には、エッチングと酸洗に用いる処理液として、硝酸と硫酸と酸性フッ化アンモン(酸性フッ化アンモニウム)を混合した酸性エッチング液を用いることで、2工程を1工程で済ます提案がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−001795号公報
【特許文献2】特開平11−193481号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来のアルカリエッチングと酸洗による場合は、アルカリエッチングによってアルミニウム合金表面を過度にエッチングすると、深い溝が形成され、この後に形成される亜鉛置換膜とアルミニウム合金表面との間に隙間が形成され、密着性が低下する。
【0009】
また、従来の電解洗浄はアルカリ電解液を用いており、合金成分の除去ができない。電解液として酸を用いる電解洗浄も知られているが、この場合は陰極電解であり、汚れが付着するおそれがある。
【0010】
また、特許文献1に開示される方法では、図3に示すように細長いシリコン結晶がアルミニウム合金表面から密に突出する部分では、却ってシリコン結晶がメッキ層とアルミニウム合金との密着を阻害し、剥離しやすくなる場合がある。
【0011】
特許文献2に開示される酸性エッチング液は、硝酸と硫酸を混合しており、酸性フッ化アンモニウムが含まれていても、酸化力が過度に強くアルミニウム合金表面に不動態膜が形成されエッチングが進行しにくくなる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決すべく本願の第1発明は、アルミニウム合金表面を脱脂した後、表面の変質層の除去とアルミニウム合金成分の除去を陽極電解処理で行うようにし、この電解処理条件として、電解液を濃度10〜50vol%の硫酸、電流密度を10〜100A/dm、電解時間を5〜30秒とした。
本発明において、硫酸の濃度(vol%)は98%硫酸を水で希釈したもので、例えば10vol%とは、98%硫酸100mlに対し水900mlを加えたことを示す。
【0013】
また、本願の第2発明は、上記の陽極電解処理条件として、電解液を濃度10〜40vol%のリン酸と濃度3〜12vol%の硝酸との混合液、電流密度を10〜100A/dm、電解時間:10〜60秒とした。
【0014】
上記の電解処理において、アルミニウム合金表面を電解液に浸漬中に、アルミニウム合金表面に超音波処理を施すことで、エッチング粕の除去を効果的に行うようにしてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、従来アルカリエッチング液による変質層除去と酸洗によるアルミニウム合金成分の除去を2つの工程に分けて行っていたが、これを1工程で行うことが可能になった。その結果、メッキ前処理のサイクルタイムが短縮され効率が大幅に向上する。また、工程数削減に伴って専用及び汎用設備の投資削減ができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係るメッキ前処理工程の概略図
【図2】従来のメッキ前処理工程の概略図
【図3】従来のメッキ前処理の問題点を説明した図
【図4】密着性の試験方法を説明した図
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明の実施の形態を添付図面に基づいて説明する。図1に示すように本実施例にあっては、変質層の除去とアルミニウム合金成分の除去(スマットの溶解も含む)を電解処理により1工程で行うとともに、亜鉛下地皮膜の形成も1工程で行うようにしている。
【0018】
またこの実施例にあっては、前記亜鉛下地皮膜の形成は同一溶液内での電解、即ち、粗い亜鉛皮膜を陽極電解し、電解で発生した活性な酸素によって、Zn元素とAl元素を結合して緻密なZn−O−Al膜を形成するようにしている。
【0019】
変質層の除去とアルミニウム合金成分の除去を1工程で行う陽極電解の電解液としては、第1発明では硫酸、第2発明ではリン酸と硝酸との混合液を用いた。
以下に、電解液の濃度(vol%)、電流密度(A/dm)、処理時間、処理温度を変化させて行った実験結果を示す。
【0020】
好適か否かの判断はNi−SiCメッキ膜の密着性を基準として判断した。また、検証は図4に示すJIS−H8504−11(押出し試験方法)によって行った。
押出し試験方法は、先ずめっき面に対し裏側から底厚1.5mmを残しφ6.5mmの平底の穴をあけ、次いで、φ25mmの穴があいた受台の上に試料を乗せ、φ6.3mmのピンを前記平底の穴に刺し込み、打ち抜く。
打ち抜かれた破片部のめっきの状態変化を調べ密着性◎○×の判定を行った。
◎はめっきの剥がれが全く観られない、○は一部にめっきの剥がれが観られる、×は全周にめっきの剥がれが観られる、を表す。
尚、表1〜表6が第1発明に対応し、表7〜表12が第2発明に対応する。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
【表3】

【0024】
【表4】

【0025】
【表5】

【0026】
【表6】

【0027】
上記の(表1)〜(表6)から明らかなように、硫酸を電解液として使用して陽極電解処理する場合には、濃度は10〜50vol%、電流密度は10〜100A/dmが好ましい。
尚、電解液温度については70℃とし、処理時間は20秒としたが、電解液温度については50℃以上、電解時間は5〜30秒が好ましい範囲であった。
【0028】
【表7】

【0029】
【表8】

【0030】
【表9】

【0031】
【表10】

【0032】
【表11】

【0033】
【表12】

【0034】
電解液をリン酸と硝酸の混酸とした実験では、リン酸と硝酸の割合は1:1としたが、リン酸に対する硝酸の割合としては、0.5〜2.0の範囲で同等の結果が得られた。また、電流密度(A/dm)に関しては硫酸の場合と同様に10〜100A/dmが好ましい範囲であるが、実験では80A/dmで行った。また、電解液温度については40℃とし、処理時間は30秒としたが、電解液温度については25℃以上、電解時間は10〜60秒が好ましい範囲であった。
【0035】
上記した(表8)〜(表12)から明らかなように、リン酸と硝酸の混酸を電解液として使用して陽極電解処理する場合には、リン酸の濃度は10〜40vol%、硝酸の濃度は3〜12vol%が好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明に係るメッキ前処理工程は、例えばエンジンのシリンダブロックなどのアルミニウム合金製部材に施すメッキの前処理として利用することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金製品の表面を脱脂した後、表面の変質層の除去とアルミニウム合金成分の除去を行い、この後表面に下地皮膜を形成するメッキ前処理方法において、前記変質層の除去とアルミニウム合金成分の除去を以下の条件で電解処理することを特徴とするメッキ前処理方法。
陽極:アルミニウム合金製品
電解液:濃度10vol%以上50vol%以下の硫酸
電流密度:10A/dm以上100A/dm以下
電解時間:5秒以上30秒以下
【請求項2】
アルミニウム合金製品の表面を脱脂した後、表面の変質層の除去とアルミニウム合金成分の除去を行い、この後表面に下地皮膜を形成するメッキ前処理方法において、前記変質層の除去とアルミニウム合金成分の除去を以下の条件で電解処理することを特徴とするメッキ前処理方法。
陽極:アルミニウム合金製品
電解液:濃度10vol%以上40vol%以下のリン酸+濃度3vol%以上12vol%以下の硝酸
電流密度:10A/dm以上100A/dm以下
電解時間:10秒以上60秒以下
【請求項3】
請求項1または2に記載のメッキ前処理方法において、前記アルミニウム合金表面を電解液に浸漬中に、超音波処理を施すことを特徴とするメッキ前処理方法。






【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−57224(P2012−57224A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−202577(P2010−202577)
【出願日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】