説明

メルカプト化合物およびその製造法

【課題】表面処理剤等として有用なメルカプト基の結合した1,3,4−チアジアゾール基を有する新規な化合物およびその製造方法を与えることを課題とし、溶解性が向上し、結晶化や析出化を防止し、経時による変化のない安定な素材を与えること。
【解決手段】下記一般式Iで示される化合物とその製造法により解決される。
【化1】


一般式IにおいてZは炭素数が3以上のアルキレン基、アルキレンオキシ基、アリーレン基または任意の基を2個以上組み合わせて得られる基を表す。mは2以上の整数を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メルカプト基の結合した1,3,4−チアジアゾール基を有する新規な化合物およびその製造方法に関する。用途としては、表面処理剤、インキ添加剤の原料、塗料添加剤の原料、接着剤の原料、印刷版材料の添加剤原料、光学レンズ材料の原料、潤滑油添加剤の原料、写真用薬剤、染料の原料、医薬品原料およびその中間体として有用である。
【背景技術】
【0002】
メルカプト基が結合した1,3,4−チアジアゾール誘導体は従来から表面処理剤、光学レンズ材料の原料、潤滑油添加剤の原料、写真用薬剤、その他の用途に対して有用であることが知られている。特に、2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールは反応性が高いメルカプト基を有し、特に金属表面などの表面処理剤として非常に有用である。しかしながら、この化合物は室温で固体であり、また結晶性が高く各種溶媒に対する溶解性もさほど高くないため、表面処理剤として溶液状態で使用した場合に、乾燥後2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールが粉体の形で処理表面に析出して、均一に表面処理が行えないなどの問題があった。このため、同様なメルカプト基を有する他のチアジアゾール誘導体で、さらに溶解性を向上させ、結晶化や粉体の析出を抑えるような化合物が求められていた。例えば、特開平9−208569号公報(特許文献1)には1,3,4−チアジアゾール基に対して2および5位にアルキレンチオ基を介してメルカプト基が結合した化合物およびその製造方法について開示が成されている。この場合、アルキレンチオ基の介在により化合物の種々の溶剤に対する溶解性が向上し、また粉体の析出化も抑制されることが認められたが、メルカプト基がアルキレン基によりチアジアゾール基から引き離されることによりその酸性度が低下し、表面処理剤としての性能が低下する問題があった。
【0003】
表面処理剤としての用途に関して、1,3,4−チアジアゾール基を有する化合物の別の例として、例えば特開平8−113763号公報(特許文献2)および特開平9−25433号公報(特許文献3)には、メルカプト基と、連結基を介してラジカル重合性不飽和結合基が結合した化合物の例が記載されている。この例では、チアジアゾール基に直接結合したメルカプト基の存在により、表面処理基材への結合能力が高く良好な性能を示すが、ラジカル重合性不飽和結合基の存在により、これが経時的に変化することで表面処理剤としての寿命が短く、また表面処理された基材の表面が空気中に晒される内に変質し、表面処理した基材を用いてさらにこの上に他のコーティング部材を塗布形成した場合に、このコーティング部材と表面処理した基材との間の接着性が低下し、剥離する場合があるなどの問題があったため、重合性不飽和結合基のような反応性を有する化合物ではなく、より安定な置換基を有する化合物が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−208569号公報
【特許文献2】特開平8−113763号公報
【特許文献3】特開平9−25433号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、表面処理剤等として有用なメルカプト基が結合した1,3,4−チアジアゾール基を有する新規な化合物およびその製造方法を与えることを課題とし、溶解性が向上し、結晶化や析出化を防止し、経時による変化のない安定な素材を与えることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の課題は、下記一般式Iで示される化合物とその製造法により解決される。
【0007】
【化1】

【0008】
一般式IにおいてZは炭素数が3以上のアルキレン基、アルキレンオキシ基、アリーレン基または下記基から選ばれる任意の基を2個以上組み合わせて得られる基を表す。mは2以上の整数を表す。
【0009】
【化2】

【発明の効果】
【0010】
表面処理剤等として有用なメルカプト基の結合した1,3,4−チアジアゾール基を有する新規な化合物およびその製造方法を与える。溶解性が向上し、結晶化や析出化を防止し、経時による変化のない安定な素材を与える。
【発明を実施するための形態】
【0011】
一般式Iで示される化合物の好ましい例を下記に例示する。
【0012】
【化3】

【0013】
【化4】

【0014】
【化5】

【0015】
【化6】

【0016】
【化7】

【0017】
上記化学式で示されるモノマーの合成方法は後述する合成例にて具体的に示すが、基本的には下記一般式IIで表される多官能性エポキシ化合物と2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールを反応させることで得られる。反応の際、多官能性エポキシ化合物に対する2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールのモル比が重要であり、多官能性エポキシ化合物のエポキシ基のモル数に等しいか、或いは僅かに過剰のモル数の2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールを加えることが好ましく、多官能性エポキシ化合物のエポキシ基のモル数が1に対して、添加する2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールのモル数は1から1.2モルの範囲であることが好ましい。多官能性エポキシ化合物のエポキシ基のモル数は、実際の化合物が種々の構造の混合物である場合があるため、各々の化合物について実測されたエポキシ当量にもとづいて算出することが好ましい。さらには、後者をあらかじめ溶解した溶液の中に、徐々に多官能性エポキシ化合物を添加することで、常にエポキシ基濃度に対して2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールの濃度が過剰となり、副成する可能性のある2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾール1分子に対してエポキシ基が2分子付加した構造の化合物の生成を抑制することが可能であるため好ましい。
【0018】
【化8】

【0019】
上記一般式IIにおけるZおよびmは一般式IにおけるZおよびmと同一である。
【0020】
上記一般式IIで示される多官能性エポキシ化合物としては市販される種々のエポキシ化合物を用いることが出来る。市販品の例として、ナガセケムテックス株式会社から入手可能なデナコールEXシリーズなどを好ましく使用することが出来る。先に示した本発明の化合物の例は各々対応する下記多官能性エポキシ化合物を原料に用いて合成される。
【0021】
【化9】

【0022】
【化10】

【0023】
【化11】

【0024】
【化12】

【0025】
上記のような市販される各種多官能性エポキシ化合物の中でも、特にE−13〜E−21で示される例のように、骨格中にエーテル結合を有し、かつ3個以上のエポキシ基を有する多官能性エポキシ化合物を原料に使用した場合に、得られるS−13〜S−21で示される本発明の化合物は結晶性に乏しく単独で被膜形成能が発揮出来るため、表面処理剤として用いた場合に種々の基材表面に対する高い親和性を示すとともに、各種溶剤に対する溶解性が向上し、結晶化や析出化を防止し、経時による変化のない安定な素材を与えるため極めて好ましい。
【0026】
本発明の一般式Iで示される化合物の製造方法として最も好ましいのは、溶媒としてメタノール、エタノール、プロパノール等のアルコール類を使用し、上記多官能性エポキシ化合物と2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールを混合し、この際、酸もしくは塩基性化合物を反応系内に添加することなく、単に両者を混合して加熱するだけで反応を行うことが最も収率良く目的とする化合物が得られるため好ましい。また、反応温度に関しては、10℃から75℃までの温度で反応を行うことが好ましく、これ以下の温度では反応の進行が遅く、またこの範囲を超えて高温で反応を行うと、副反応が生じ、目的とする化合物の収率が低下する場合がある。
【0027】
反応溶媒として上記のようなアルコール類を使用した場合、アルコール中に含まれる水分量は質量比で50質量%以下であることが好ましく、これ以上水分が含まれる場合にはエポキシ基の加水分解が生じる場合があり、さらに、原料である2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールが十分に溶解しないため反応が満足に進行しない場合がある。反応が完結した後、反応系を冷却することで生成物は反応系から分離して粘稠な液体状に沈降する。これを分離することで純度の高い本発明の化合物を高い収率で回収することが出来るため好ましい。
【実施例】
【0028】
(実施例1)化合物S−1の合成例
水浴上で、攪拌機、温度計、滴下漏斗および還流冷却管を備えた1リッターフラスコ内に、2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールを155グラム秤取り、メタノール500グラムを加えて攪拌した。水浴の温度を60℃に上昇し、懸濁した溶液に1,6−ヘキサンジオールジグリシジルエーテル(E−1)(ナガセケムテックス株式会社製デナコールEX−212;エポキシ当量151)151グラムを内温の上昇が急激に起こらないよう注意しながら少しずつ滴下した。滴下終了後、均一に溶解した溶液をさらに60℃において3時間攪拌を行い、その後氷冷して放置した。沈降した淡黄色固体である生成物を濾過により分離し、メタノールにより洗浄を行った後、真空乾燥機内で1昼夜乾燥を行った。得られた生成物を重水素化クロロフォルムに溶解しプロトンNMRによる構造解析の結果、S−1の化学式で表される化合物であることを確認した。収率は82%であった。
【0029】
(実施例2)化合物S−7の合成例
実施例1においてE−1に換えてE−7(ナガセケムテックス株式会社製デナコールEX−821;エポキシ当量185)を1エポキシ当量(185グラム)用いた以外は同様にして反応を行った。反応終了後、氷冷したところ淡黄色液体が分離した。デカンテーションにより沈降した液体を分離し、さらにメタノールにより洗浄を行った後、得られた粘稠な液体を取り出して、真空乾燥器内で一昼夜乾燥を行い、収量290グラムで生成物を回収した。生成物は、プロトンNMRによる構造解析でほぼS−7の構造に間違いない結果を得たが、これ以外に、以下のようにして高速液体クロマトグラフィーを使用して解析を行った。即ち、東ソー株式会社製有機溶媒系SECカラムTSKgel MultiporeHXL−Mカラム3本を連結したカラムを用いてTHFを移動相としてGPC解析を行った。出発原料であるE−7はこのGPC測定による解析では前述のE−7で示す構造の単一物質ではなく、エチレンオキシ基の繰り返し数等の異なる複数の同族化合物の混合物であることが分かった。反応生成物のGPC測定において、使用した示差屈折率計検出器および紫外可視分光光度計検出器(290nmの波長を使用することで生成物組成中のチアジアゾール基の存在を選択的に検出した)の両方において得られた溶出曲線は完全に一致しており、未反応の原料であるE−7の残存は認められず、平均分子量は出発原料より約300程度増加していることから代表構造としてS−7の構造の化合物が得られていることを確認した。
【0030】
(実施例3)化合物S−13およびS−14の混合物の合成例
実施例1においてE−1に換えてE−13とE−14の混合物(ナガセケムテックス株式会社製デナコールEX−313;エポキシ当量141)を1エポキシ当量(141グラム)用いた以外は同様にして反応を行った。実施例2と同様にして、分離、洗浄および乾燥を行い収量230グラムで生成物を回収した。生成物は、プロトンNMRによる構造解析でほぼS−13とS−14の構造の化合物を含む結果を得たが、さらに実施例2と同様にして高速液体クロマトグラフィーを使用して解析を行った。出発原料であるデナコールEX−313はこのGPC測定による解析では前述のE−13とE−14で示す構造の化合物がほぼ当量含まれており、さらにこれ以外に分子量がやや大きい同族体が含まれていることが確認された。反応生成物のGPC測定において、使用した示差屈折率計検出器および紫外可視分光光度計検出器(290nmの波長を使用することで生成物組成中のチアジアゾール基の存在を選択的に検出した)の両方において得られた溶出曲線は完全に一致しており、未反応の原料に含まれていたE−13およびE−14の化合物の残存は認められず、平均分子量は出発原料より約300〜900程度増加していることから代表構造としてS−13とS−14の構造の化合物が得られていることを確認した。
【0031】
(実施例4)化合物S−21の合成例
実施例1においてE−1に換えてE−21(ナガセケムテックス株式会社製デナコールEX−614;エポキシ当量167)を1エポキシ当量(167グラム)用いた以外は同様にして反応を行った。実施例2と同様にして、分離、洗浄および乾燥を行い収量290グラムで生成物を回収した。生成物は、プロトンNMRによる構造解析でほぼS−21の構造の化合物を含む結果を得たが、さらに実施例2と同様にして高速液体クロマトグラフィーを使用して解析を行った。出発原料であるデナコールEX−614はこのGPC測定による解析では平均分子量が約550であり、この前後の分子量を有する同族体が含まれていることが確認された。反応生成物のGPC測定において、使用した示差屈折率計検出器および紫外可視分光光度計検出器(290nmの波長を使用することで生成物組成中のチアジアゾール基の存在を選択的に検出した)の両方において得られた溶出曲線は完全に一致しており、未反応の原料に含まれていたEX−614の残存は認められず、平均分子量は出発原料より約1200程度増加していることから代表構造としてS−21の構造の化合物が得られていることを確認した。
【0032】
(実施例5〜8および比較例1〜3)
上記の実施例1〜4で得られた本発明の化合物S−1、S−7、S−13とS−14の混合物およびS−21の結晶性の有無、溶媒に対する溶解性および加熱安定性について評価を行い、各々実施例5〜8とした。さらに、以下の比較化合物R−1〜R−3を用いて同様に評価を行い、各々比較例1〜3とした。比較化合物R−1は2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾール(東京化成工業株式会社製試薬)を使用した。比較化合物R−2は前述の特開平9−208569号公報(特許文献1)に記載の合成方法を用いて合成した。比較化合物R−3は前述の特開平8−113763号公報(特許文献2)に記載の合成方法を用いて合成した。
【0033】
【化13】

【0034】
【化14】

【0035】
【化15】

【0036】
結晶性の有無については次のように評価を行った。即ち、各々の化合物をアセトンに溶解し、5質量%濃度の溶液とした。これをポリエステルフィルムの上に滴下し、放置したところで、アセトンが蒸発して化合物が固体、粉末状に表面に析出した場合を×とし、透明で均質な皮膜状になり、結晶性が全く認められなかった場合を○とした。蒸発残渣が、透明ではないが粉末状ではなくほぼ均質な固体であった場合を△とした。
【0037】
溶媒に対する溶解性評価は、溶媒として、2質量%のトリエタノールアミンを含む水(A)、アセトン(B)および酢酸エチル(C)を用いて、室温において各々の化合物を5質量%以上の濃度で溶解する場合を○とし、1質量%以下の溶解性である場合を×とし、これらの間であった場合を△とした。
【0038】
加熱安定性については、各々の化合物を単独で50℃に設定した乾燥機内に1ヶ月間放置した後に、上記の溶媒に対する溶解性に変化がなく、着色が認められなかった場合を○とし、溶解性の変化もしくは着色が認められた場合を×とした。
【0039】
評価の結果を下表にまとめた。本発明の化合物はここに示した以外の各種有機溶剤にも易溶性であり、テトラヒドロフラン、ジオキサン、トルエン等の溶媒に易溶性であった。また、トリエタノールアミン以外にも、アンモニア、トリエチルアミン等の有機アミン類を添加することで、水、アルコールにも易溶性を示した。本発明の化合物はS−1を除き、常温で粘稠な液体状であり、結晶の析出や粉体化することはないことを確認した。
【0040】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明で得られる化合物は1,3,4−チアジアゾール誘導体であり、表面処理剤、インキ添加剤の原料、塗料添加剤の原料、接着剤の原料、印刷版材料の添加剤原料、光学レンズ材料の原料、潤滑油添加剤の原料、写真用薬剤、染料の原料、医薬品原料およびその中間体として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式Iで示される化合物。
【化1】

(一般式IにおいてZは炭素数が3以上のアルキレン基、アルキレンオキシ基、アリーレン基または下記基から選ばれる任意の基を2個以上組み合わせて得られる基を表す。mは2以上の整数を表す。)
【化2】

【請求項2】
多官能性エポキシ化合物と2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールから合成されることを特徴とする前記一般式Iで示される化合物の製造方法。