説明

ヤナギ科ヤナギ属植物の抽出成分を配合した歯周病用剤

【課題】 歯肉上皮組織の不正常な伸展を阻害する効果に優れた新規の歯周病用剤を提供する。
【解決手段】 ヤナギ科ヤナギ属(Salix)に属する原料植物を溶媒で抽出して得られた分離成分を含む歯周病用剤、および歯肉炎や歯周炎などの口腔内疾患を処置するための歯周病用剤を含む口腔用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、歯肉炎や歯周炎(歯周病)などの口腔内疾患の起因に関与する歯肉上皮組織の不正常な伸展を阻害する、新規の歯周病用剤に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳動物の歯牙の歯頚部や歯根部を取り囲む歯周組織は、歯肉(歯茎)、歯根膜、セメント質および歯槽骨から構成されており、歯牙を支持する役割を担っている。 この歯周組織に炎症症状が出現して、炎症部位が歯肉に止まっている状態を「歯肉炎」、そして、炎症部位が歯肉を超えて歯根膜や歯槽骨にまで拡大して組織破壊に至っている状態を「歯周炎」と区別している。 歯肉炎および歯周炎は共に、口腔内の食物残渣に付着した細菌類が繁殖して形成された歯垢や、その他の環境要因などの影響を受けて、歯周組織に炎症が出現することに起因している。 歯肉炎については、炎症部位が歯肉に限定されており、歯根膜や歯槽骨にまで炎症が拡大していないので、口腔内を物理的に清浄(例えば、歯磨き)することにより、症状を概ね緩和または治癒することができる。 これに対して、症状が歯周炎にまで進行してしまうと、歯肉と歯牙との間の結合組織性付着が喪失されてしまうので、歯牙の揺動のみならず、歯根膜や歯槽骨の損傷・破壊にまで至り、口腔内を単に物理的に清浄しても、もはや歯周炎の症状回復を期待することは難しくなってしまう。 また、歯周炎の発症によって歯周組織の破壊が進むと、歯肉上皮細胞が歯根に向けて伸展(ダウングロース)するので、結果として、歯肉と歯牙との間に歯周炎に特有の歯肉溝、いわゆる、歯周ポケットが形成される。
【0003】
歯周炎の発症に関与する歯周組織の炎症を医薬化合物を用いて化学的に処置する方法として、抗炎症効果に優れたε−アミノカプロン酸を利用して、その抗プラスミン作用によって、歯肉炎や歯周炎の症状の発現を抑制する手法が用いられている。 あるいは、歯周組織の炎症の原因菌であるテトラサイクリン(Tetracycline)耐性のスタフィロコッキ(Sraphylococci)を除去するための薬剤、すなわち、テトラサイクリン系の塩酸ミノサイクリン(Minocycline)を用いる手法もある。
【0004】
また、歯周ポケット内に定着している原因菌およびその滞留相(バイオフィルム)を除去するための薬剤として、マクロライド(Macrolide)系抗生物質、具体的には、ラクトン環を構成する原子数に応じて14員環〜16員環の物質、例えば、エリスロマイシン類、16員環マクロライドのジョサマイシン類、クラリスロマイシン類などがある。 これらの内でも、14員環マクロライド系抗生物質が、バイオフィルムの形成予防および除去を効果的に達成できるので有用である。
【0005】
これまでに、口腔内の環境を改善するために、植物由来成分を利用する試みがされている。 例えば、ヤナギ科のポプルス属およびサリクス属に属する植物またはそれらの溶媒抽出物が奏する収斂作用を利用することで、口腔内の引き締まり感を高め、ひいては、口内炎やう蝕などに起因する口腔内の痛みを軽減することが企図されている(特許文献1参照)。 しかしながら、歯肉炎や歯周病などの歯周疾患の病態進行と植物由来成分が奏する作用効果との相関は、未だ明確に解明されていない。
【特許文献1】特開平9−268117号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本願発明は、哺乳動物での歯肉上皮組織の不正常な伸展を阻害して歯周ポケットの形成を妨げ、それにより、歯周炎などの口腔内疾患の進行を効果的に抑止して、健全な歯肉組織を維持せしめる新規の歯周病用剤の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本願発明の要旨とするところは、古来より周知の薬用植物であることに加えて、ヒトに対する安全性が確認されているヤナギ科ヤナギ属(Salix)に属する植物、すなわち、ヤナギ科ヤナギ属植物(以下、単に「ヤナギ植物」と称する)を原料植物として選択し、これを溶媒で抽出して得られた分離成分を含み、かつ哺乳動物での歯肉上皮組織の不正常な伸展を阻害する歯周病用剤にある。 また、本願発明の他の態様によれば、本願発明の歯周病用剤を含む口腔用組成物も提供される。
【0008】
本願発明者らが鋭意研究を行ってきた結果、ヤナギ植物を溶媒で抽出して得られた分離成分が、歯肉上皮組織、特に、哺乳動物での歯肉上皮組織の不正常な伸展を有意に阻害するとの知見を得るに至り、歯周炎などの口腔内疾患の予防や治療などの用途への応用性を見出したのである。
【0009】
また、後述するように、ヤナギ植物から所要の分離成分を効率良く取得する上で、ヤナギ植物の樹皮および/または新芽を、水で抽出することが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本願発明によると、歯肉上皮組織の不正常な伸展を阻害し、かつ歯周ポケットの形成を効果的に抑止できる新規の歯周病用剤が実現されるのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本願発明の歯周病用剤の構成を、以下に、詳細に説明する。
【0012】
本願発明の一態様によれば、ヤナギ植物を溶媒で抽出して得られた分離成分を含み、かつ哺乳動物での歯肉上皮組織の不正常な伸展を阻害する歯周病用剤が提供される。
【0013】
本願出願人は、本明細書において、in vitroの試験系のみならず、in vivoの試験系においても、歯肉上皮組織の不正常な伸展の阻害および歯周ポケットの形成の効果的な抑止効果の双方が確認された物質または組成物を包括して「歯周病用剤」と称している。
【0014】
また、本明細書で使用する「歯肉上皮細胞」の用語は、歯頚部および歯根部を取り囲んで隣接組織の支持構成物としての役割を果たす口腔内縁粘膜の上皮細胞(口腔内縁粘膜上皮細胞)を指すものであって、この上皮細胞は、歯牙のエナメル層表面に付着して、歯周炎の進行に伴って歯周ポケットを形成する。 また、口腔内縁粘膜上皮細胞は、常に細菌による感染の危険性にさらされる環境に置かれているため、細胞分裂性に優れているなど、口腔内の他の部位にある口腔粘膜上皮細胞が有する性質とは、一線を画している。
【0015】
本願発明の歯周病用剤での有効成分をもたらすヤナギ植物には、鎮痛剤や抗リウマチ薬成分を含むものが多く、古来より薬用植物として重宝されている。 このようなヤナギ植物として、エゾヤナギ(Salix daphnoides)、ムラサキヤナギ(Salix purpurea)、ポッキリヤナギ(Salix fragilis)、イヌコリヤナギ(Salix integra)、ウンリュウヤナギ(Salix matsudana)、エゾノキヌヤナギ(Salix pet-susu)、エゾノタカネヤナギ(Salix yezoalpina)、エゾマメヤナギ(Salix pauciflora)、オオキツネヤナギ(Salix futura)、オノエヤナギ(Salix sachalinensis)、カスピヤナギ(Salix acutifolia)、カワヤナギ(Salix gilgiana)、キツネヤナギ(Salix vulpina)、キヌヤナギ(Salix kinuyanagi)、クロヤナギ(Salix melanostachys)、コウライキヌヤナギ(Salix stipularsis)、コウライバッコヤナギ(Salix hultenii)、コゴメヤナギ(Salix serissaefolia)、コマイワヤナギ(Salix rupifraga)、コリヤナギ(Salix koriyanagi)、サイコクキツネヤナギ(Salix alopochroa)、シダレヤナギ(Salix babylonica)、シバヤナギ(Salix japonica)、ジャヤナギ(Salix pierotti)、シライヤナギ(Salix shiraii)、シロヤナギ(Salix jessoensis)、セイコヤナギ(Salix seiko)、セイヨウシロヤナギ(Salix alba)、タイリクキヌヤナギ(Salix schwernii)、タチヤナギ(Salix subfragilis)、タライカヤナギ(Salix taraikaensis)、チチブヤナギ(Salix kenoensis)、ヌマキヌヤナギ(Salix brachypoda)、ネコヤナギ(Salix gracilistyla)、ノヤナギ(Salix subopposita)、ヒダカミネヤナギ(Salix hidakamontana)、フリソデヤナギ(Salix leucopithecia)、マルバヤナギ(Salix chaenomeloides)、ミヤマヤチヤナギ(Salix paludicola)、ミヤマヤナギ(Salix reinii)、ヤマネコヤナギ(Salix bakko)、ヤマヤナギ(Salix sieboldiana)、ユビソヤナギ(Salix hukaoana)、ヨシノヤナギ(Salix yoshinoi)、およびレンゲイワヤナギ(Salix nakamurana)のいずれか、またはこれらの任意の組み合わせなどが、本発明において使用可能であるが、これらに限定されない。 とりわけ、後出の実施例の開示からも明らかな通り、エゾヤナギ(Salix daphnoides)、ムラサキヤナギ(Salix purpurea)、ポッキリヤナギ(Salix fragilis)の各々から抽出して得た分離成分の混合物が、歯肉上皮細胞の伸展を顕著に阻害することが実証されており、つまり、これら分離成分は、本願発明の歯周病用剤での有効成分として好適に利用することができる。
【0016】
また、歯肉上皮組織の伸展を阻害する効果を的確に引き出す観点に立脚すれば、ヤナギ植物の選択にあたっては、その総サリシン含量が、概ね乾燥重量当たり1.5%以上の樹種を選択することが好ましい。
【0017】
そして、選択したヤナギ植物を、溶媒を用いた抽出工程に適用する。 抽出工程には、ヤナギ植物全体またはそのいずれかの部位(例えば、樹皮または新芽)が適用でき、また、それらをそのままで、または、物理的に破砕してから、あるいは、必要に応じて、乾燥および粉砕して粉体に加工してから抽出工程に適用することもできる。
【0018】
この抽出工程で利用する溶媒としては、当該技術分野で周知の溶媒が利用可能であり、例えば、低級アルコール、多価アルコール、非極性溶媒、極性溶媒などが使用できる。
【0019】
低級アルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノールなどの炭素数が1〜4のアルコール;多価アルコールとしては、グリセリン、ポリエチレングリコールなど;非極性溶媒としては、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカンなどの飽和炭化水素;極性溶媒としては、水、温水(熱水)、アセトン、酢酸エチル、酢酸メチルなどがある。 溶媒としては、前記したものの内のいずれかを選択して利用できることは勿論、二種類以上の溶媒を組み合わせて使用することもできる。 例えば、脂肪分の多い原料を用いる場合には、非極性溶媒で脱脂抽出処理した後に、任意の溶媒で抽出処理を行ってもよく、あるいは含水有機溶媒を用いて抽出処理を行うこともできる。
【0020】
ヤナギ植物の抽出方法としては、当該技術分野で周知の方法を用いることができる。 例えば、ヤナギ植物それ自体、もしくはその粗粉砕物または裁断物、あるいはその乾燥破砕物(粉末)を、溶媒に、冷浸、温浸などして浸漬する方法や、加温して攪拌しながら抽出を行って、濾過を経て所望の分離成分を含む抽出物を得る方法、それにパーコレーション法なども利用することができる。
【0021】
このようにして得られた抽出物を、必要に応じて、濾過または遠心分離によって不要な固形物を除去した後に、使用態様に応じて、そのまま用いるか、または溶媒を留去して一部濃縮または乾燥したものを用いることができる。 なお、濃縮または乾燥して得られた分離物を、非溶解性溶媒で洗浄して精製して用いてもよく、あるいは、このものをさらに適当な溶剤に溶解または懸濁して用いることもできる。
【0022】
別法として、得られた抽出物を、慣用されている精製法、例えば、向流分配法や液体クロマトグラフィーなどを用いて、所望の阻害活性を有する画分を取得および精製して使用することも可能である。
【0023】
さらに、前述したようにして得られた溶媒抽出物を、減圧乾燥、凍結乾燥などの通常の乾燥手段によって、乾燥濃縮エキスの形態に加工して使用することも可能である。
【0024】
また、本願発明の好ましい実施態様によれば、本願発明の歯周病用剤を有効成分とする口腔用組成物も提供される。 そして、本願発明の歯周病用剤での阻害効果に悪影響を及ぼすものでない限りは、口腔用組成物に一般的に用いられているその他の成分、例えば、粘着剤、清涼剤、結合剤、甘味料、着香料、崩壊剤、滑沢剤、着色料、徐放調整剤、界面活性剤、溶解剤、湿潤剤、pH調整剤などを任意に加えることもできる。
【0025】
粘着剤としては、多糖類、セルロース系高分子物質、合成高分子物質、天然系高分子物質、アミノ酸系高分子物質、ゴム系高分子物質などを由来とする水溶性高分子物質が利用できる。 例えば、プルラン、プルラン誘導体およびデンプンなどの多糖類;ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース塩類(カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウムおよびカルボキシメチルセルロースカリウムなど)、メチルセルロース、エチルセルロース、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸塩(ポリアクリル酸ナトリウムおよびアクリル酸・アクリル酸オクチルエステル共重合体など)、メタアクリル酸類の共重合体(メタアクリル酸とアクリル酸 n-ブチルの重合体、メタアクリル酸とメタアクリル酸メチルの重合体およびメタアクリル酸とアクリル酸エチルの重合体など)などのセルロース系高分子物質;カルボキシビニルポリマー、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールなどの合成高分子物質;レクチン、アルギン酸、アルギン酸塩(アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウム、アルギン酸マグネシウム、アルギン酸プロピレングリコールエステル、アルギン酸トリエタノールアミン、アルギン酸トリイソプロパノールアミン、アルギン酸アンモニウム、アルギン酸ブチルアミンおよびアルギン酸ジアミルアミンなど)、コンドロイチン硫酸ナトリウム、寒天、キトサン、カラギーナンなどの天然系高分子物質;コラーゲンおよびゼラチンなどのアミノ酸系高分子物質;および、アラビアガム、カラヤガム、トラガカントガム、キサンタンガム、ローカストビンガム、グアガム、タマリンドガムおよびジェランガムなどのゴム系高分子物質などが、本願発明において好適に利用することができる。
【0026】
清涼剤としては、l-メントール、dl-メントール、ハッカ油、カンフル、ハッカ水、ボルネオール、ペパーミント精油、スペアミント精油などが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは2種類以上を併用することもできる。
【0027】
結合剤としては、糖類(ブドウ糖など)、糖アルコール類(ソルビトール、キシリトール、エリスリトール、マンニトールなど)、ポリビニルピロリドン、デンプン類、マクロゴール、デキストリン、トラガント、ゼラチン、ポリビニルアルコール、セラック、アラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロースなどが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは2種類以上を併用することもできる。
【0028】
甘味料としては、サッカリンナトリウム、ステビオサイド、ステビアエキス、アスパルテーム、キシリトール、水飴、蜂蜜、ソルビトール、マルチトール、マンニトール、糖類(乳糖、白糖、果糖、ブドウ糖など)などが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは2種類以上を併用することもできる。
【0029】
着香料としては、天然香料(スペアミント油、アニス油、ユーカリ油、ウインターグリーン油、カシア油、クローブ油、タイム油、セージ油、レモン油、オレンジ油、ハッカ油、カルダモン油、コリアンダー油、マンダリン油、ライム油、ラベンダー油、ローズマリー油、ローレル油、カモミル油、キャラウェイ油、マジョラム油、ベイ油、レモングラス油、オリナガム油、パインニードル油など)、合成香料(カルボン、アネトール、シネオール、サリチル酸メチル、シンナミックアルデヒド、オイゲノール、チモール、リナロール、リナリールアセテート、リモネン、メントン、メンチルアセテート、ピネン、オクチルアルデヒド、シトラール、プレゴン、カルビールアセテート、アニスアルデヒドなど)、前掲の天然香料および/または合成香料から任意に選択した香料を混合して得た調合香料などが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは2種類以上を併用することもできる。
【0030】
崩壊剤としては、デンプン類、メチルセルロース、結晶セルロース、セルロース誘導体(カルボキシメチルセルロースナトリウムなど)、アルギン酸、アルギン酸塩、炭酸塩、有機酸、ポリビニルピロリドン、架橋ポリビニルピロリドンなどが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは2種類以上を併用することもできる。
【0031】
滑沢剤としては、滑石、金属石鹸、脂肪酸(ステアリン酸など)、ステアリン酸塩(ステアリン酸マグネシウムなど)、タルク、蔗糖脂肪酸エステル、含水ニ酸化ケイ素、軽質無水ケイ酸、乾燥水酸化アルミニウムゲル、マクロゴールなどが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは2種類以上を併用することもできる。
【0032】
着色料としては、青色1号、黄色4号、二酸化チタン、銅クロロフィリンナトリウムなどが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは2種類以上を併用することもできる。
【0033】
防腐剤としては、安息香酸類、サリチル酸類、ソルビン酸類、パラベン類、塩化セチルピリジニウム、塩化デカリニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化ベンザルコニウム、塩化クロルヘキシジン、グルコン酸クロルヘキシジン、イソプロピルメチルフェノール、トリクロサン、ヒノキチオール、フェノールなどが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは2種類以上を併用することもできる。
【0034】
徐放調整剤としては、ポリ酢酸ビニル、エチルセルロース、アミノアルキルメタアクリレートコポリマーなどが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは双方を併用することもできる。
【0035】
界面活性剤としては、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ひまし油、モノステアリン酸ソルビタン、ポリソルベート、モノステアリン酸グリセリン、ラウリル流酸ナトリウム、ラウロマクロゴールなどが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは2種類以上を併用することもできる。
【0036】
溶解剤としては、グリセリン、濃グリセリン、プロピレングリコール、エタノール、流動パラフィン、精製水、マクロゴール、ポリソルベートなどが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは2種類以上を併用することもできる。
【0037】
湿潤剤としては、グリセリン、プロピレングリコール、ソルビトール液、水、エタノール、希エタノールなどが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは2種類以上を併用することもできる。
【0038】
pH調整剤としては、乳酸、パントテン酸、リン酸塩、リンゴ酸、クエン酸などが本願発明において利用可能であるが、これらに限定されるものではなく、これらのいずれか1種類のみを用いることも、あるいは2種類以上を併用することもできる。
【0039】
本願発明の口腔用組成物の剤型としては、錠剤、丸剤、顆粒剤、液剤、シート剤、ゲル剤、ペースト剤などのいずれでも利用可能である。 とりわけ、本願発明の口腔用組成物を歯科製剤とする場合には、練歯磨、洗口液、口腔用パスタ、トローチなどの形態とすることで、歯周炎、歯肉炎、歯根膜炎、智歯周囲炎、インプラント周囲炎などの歯周組織の破壊に起因する口腔内疾患の予防および治療に有効に対処できる。
【0040】
なお、歯肉上皮組織の伸展の阻害をさらなる促す目的で、本願発明の歯周病用剤または口腔用組成物に、歯肉上皮組織の伸展阻害効果を奏する従来公知の植物抽出物や薬用化合物(組成物)を任意に加えることも可能であり、それらの添加量などは、当業者であれば容易に調整できる。
【0041】
以下に、本願発明をその実施例に沿って説明するが、この実施例の開示に基づいて本願発明が限定的に解釈されるべきでないことは勿論である。
【実施例】
【0042】
A:歯肉上皮細胞の培養
歯肉組織が健康なヒトの口腔内から、歯肉上皮組織(約5.0mm×約5.0mmの切片)を採取した。 採取した組織片を、リン酸緩衝液(1×105U/ml ペニシリン、100μg/ml ストレプトマイシン、80μg/ml カナマイシンを含有)に浸漬して、24時間以内に、外科用メスで、約0.5mm×約0.5mmの小切片に裁断した。 この小切片を、I型コラーゲンコート6ウェルプレートのウェルに静置した。 小切片とコラーゲンとの癒着を確認してから、初代培養培地(L-グルタミン、10% FBS、10pg/ml EGF、80μg/ml カナマイシン含有のDMEM/Ham's F12培地(大日本製薬製))を、ウェルに静かに注いだ。 こうして調製された培養系を、37℃、5%二酸化炭素の条件下で培養を行い、2日に1度の割合で、初代培養培地を新鮮なものと交換した。
【0043】
小切片から上皮細胞が増殖していることを確認、すなわち、ウェルの概ね3割を覆う程度にまで上皮細胞が増殖していることを確認してから、培地を、継代培養培地(EDGS、80μg/ml カナマイシン含有のEpiLife培地(casdade社製))に交換した。 培養液を、I型コラーゲンコートT75フラスコに移し、2500cells/cm2の集密度をメドにして、細胞の増殖速度にあわせて継代培養を行って、以下の実施例で用いる歯肉上皮細胞を得た。
【0044】
B:歯肉上皮細胞の伸展阻害効果の検定
まず、歯周炎を人工的に誘発するための炎症誘導用培地を調製した。 炎症誘発物質である、組換えヒトTNF-αを、PEPROTECH社より購入した(Size B vial: 50μg、300-01A; Lot No. 121CY25)。 組換えヒトTNF-αの50μgを、室温下で、1時間放置した後に、卓上遠心分離器に適用した。 遠心分離して得られた沈殿物を、500μlの蒸留水に溶解し、0.1mg/ml Tris緩衝液を加えた後に、得られた水溶液の36μlを、3.564mlの生理食塩水(PBS(-))にさらに溶解した。 こうして得たPBS溶液を、セラムチューブに1.2mlずつ分注して、−20℃の温度下で保存した。 なお、残余の水溶液については、セラムチューブに100μlずつ分注して、−20℃の温度下で保存した。 PBS溶液の1.2ml(1μg/mlのTNF-α含有)を、10.8mlのEpiLife培地(血清および抗生物質を含まず)に溶解し、そして、0.2μmの孔径のフィルターを用いて濾過および滅菌をして、炎症誘導用培地を得た。
【0045】
次に、エゾヤナギ(Salix daphnoides)、ムラサキヤナギ(Salix purpurea)およびポッキリヤナギ(Salix fragilis)から採取した樹皮と新芽を原料とした乾燥エキス(西洋ヤナギ乾燥エキス(Salicis cort extr. a. sicc.):アスク薬品株式会社)と、溶媒(精製水)とを用いて、0.02g/ml(2% w/v)の抽出エキスが溶解した溶液を得た。 この溶液を、0.2μmの孔径のフィルターを用いて濾過および滅菌をして、炎症誘導用培地を用いて、成分濃度の調整を行った。
【0046】
ヤナギ植物由来の抽出成分を含む溶液に関する歯肉上皮細胞の伸展阻害は、Masami Yoshioka, et al., `Effect of Hydroxamic Acid Based Matrix Metalloproteinase Inhibitors on Human Gingival Cells and Porphyromonas gingivalis`, J. Periodontol, vol.74, pp.1219-1224 (2003)の文献で報告された手順に従って検定した。
【0047】
まず、24ウェルプレート(1.8cm2/ウェル)に、歯肉上皮細胞を、2×104個/ウェルの割合で配置せしめる。 2日に1度の割合で、継代培養培地を新鮮なものと交換して、細胞がウェル全体を覆うようになるまで培養を継続した。 細胞がウェル全体を覆ったことを確認してから、ピペットチップの先端でウェルの半分の細胞を掻き取った。 ウェルをPBSで洗浄した後に、炎症誘導用培地とヤナギ植物由来の(1.0%または0.1%の濃度の)抽出成分を含む溶液とを注ぎ、37℃、5%二酸化炭素の条件下で培養を行い、培養開始後、0時間、24時間および48時間の時点にて、ウェルの写真撮影を行って、細胞の伸展度を検証した(図1(b))。 なお、ウェルをPBSで洗浄した後に、炎症誘導用培地だけを注いだ以外は、同様の手順を踏んだ試験区を対照とした(図1(a))。
【0048】
ウェル上に現れた細胞を撮影した写真に基づいて、細胞の移動距離を目視で判定した。
【0049】
そして、対照での移動距離との比較に基づいて、ヤナギ植物由来の抽出成分による歯肉上皮細胞の伸展阻害効果を、顕著な阻害効果(+++)、強度の阻害効果(++)、通常の阻害効果(+)および阻害効果無し(−)、との4段階評価に従って等級付けを行った。 その評価結果を、以下の表1にまとめた。
【0050】
【表1】

表1に記載の結果から明らかなように、ヤナギ植物から得た分離成分は、歯肉上皮細胞の伸展を有意に阻害し、この阻害効果が濃度依存的であることが確認された。
【0051】
C:生体での歯肉上皮細胞の伸展阻害効果の検定
6週齢のWistar系雄性ラット(15匹)を準備した。 これらラットにおける歯肉上皮細胞の伸展阻害効果を、D. Ekuni, et al., `Protease augment the effects of lipopolysaccharide in rat gingiva`, J. Periodont Res, vol.38, pp.591-596 (2003)の文献で報告された手順に従って検定した。 すなわち、歯周炎の発症に起因する歯周組織の破壊の進行に伴って、健全な歯肉上皮細胞(図2(a))が歯根に向けてダウングロースし(図2(b))、その結果、歯肉と歯牙との間に歯周炎に特有の歯肉溝(歯周ポケット)が形成されるとの独特の現象に着目して、生体での歯肉上皮細胞の伸展阻害効果を検定した。
【0052】
具体的には、まず、ラットの腹腔内に、ネンブタール注射液(大日本製薬)の1ml/kgを投与して全身麻酔を施した。 その後、上顎第1臼歯口蓋側歯肉溝に、放線菌 Streptomyces griseus 由来プロテアーゼ(Sigma社)2.25units/μlの0.5μlを投与して、5分間作用させ、その後すぐに、LPS(大腸菌由来毒素、Sigma社)25mg/ml水溶液の0.5μlを同じ部位に投与して、5分間作用させた。 この手順を、3回繰り返して歯周炎を誘発した。 なお、LPSを投与した後に、グリチルリチン酸二カリウム5%水溶液(陽性対照:5匹)、ヤナギ植物エキス5%水溶液(本願発明:5匹)、および精製水(陰性対照:5匹)をそれぞれ投与して、さらに5分間かけて作用せしめた。 この一連の作業を、毎日、4週間にわたって行った。
【0053】
4週間後に、ラットを屠殺して、それらの上顎を摘出した。 摘出した上顎に対して、10%ホルムアルデヒド水溶液(0.1M リン酸緩衝液、pH7.4)を用いて、4℃で、一晩、固定化処理を施し、次いで、K-CX(ファルマ社)を用いて、4℃で、一晩、脱灰処理を施した。 その後、処理した上顎を、30%スクロース水溶液(0.1M リン酸緩衝液、pH7.4)に、4℃で、一晩、浸漬した。 こうして得られた試料を、OCTコンパウンド(サクラ精機)に包埋した後、クリオスタット(ライカ社)で、8μm厚の頬舌方向の切片を作製した。 次いで、切片のヘマトキシリン・エオジン染色を行い、顕微観察して、歯肉上皮組織のダウングロース(μm)を測定した。 歯肉上皮組織のダウングロースは、図3(a)を参照すると、歯肉上皮と歯牙が接する位置(Central Enamel Junction (CEJ):位置X)から、組織内部に侵入した歯肉上皮細胞の最先端(位置Y)までの距離(μm:X-Y間の距離α)を、接眼マイクロメーターで測定した。 その測定結果を、以下の表2にまとめた。 なお、距離αがゼロのラット、すなわち、ダウングロースが全く認められなかったラットの個体数(無伸展個体数)も、以下の表2に併記した。
【0054】
【表2】

表2および図3に示した結果から明らかなように、精製水で処理したラットでは、試験を開始して4週間後には、歯肉の明確なダウングロースが確認された(図3(a))。 それに対して、ヤナギ植物抽出物では、試験を開始して4週間後でも、歯肉のダウングロースがほとんど認められず(図3(b))、抗炎症剤であるグリチルリチン酸二カリウム(図3(c))とほぼ同様の阻害効果を奏して、健常組織が実質的に維持されていた。
【0055】
本実施例の結果から、ヤナギ植物を溶媒で抽出して得られた分離成分は、歯肉上皮細胞の伸展を、生体内においても有意に阻害することが確認された。
【0056】
D:口腔用組成物の調製
実施例Cで歯肉上皮細胞の伸展阻害効果が実証されたヤナギ植物抽出物(0.5%)を配合してなる、各種用途の口腔用組成物を調製した。 なお、本実施例での成分配合量の単位は、特に断りのない限り、重量%で表示してある。
【0057】
D−1:練歯磨剤
以下の表3に記載の材料を、常温下で、混合および練合して練歯磨剤を調製した。
【0058】
【表3】

D−2:練歯磨剤
以下の表4に記載の材料を、常温下で、混合および練合して練歯磨剤を調製した。
【0059】
【表4】

D−3:洗口液
以下の表5に記載の材料を、常温下で、混液して洗口液を調製した。
【0060】
【表5】

D−4:口腔用パスタ
以下の表6に記載の材料を、常温下で、混合して口腔用パスタを調製した。
【0061】
【表6】

D−5:トローチ 以下の表7に記載のマルチトール、アラビアガム、クエン酸、ヤナギ植物抽出物およびキシリトールを常温下で混合して得られた顆粒に対して、ショ糖脂肪酸エステルと粉末香料を加えて打錠して、トローチを調製した。
【0062】
【表7】

【産業上の利用可能性】
【0063】
本願発明の歯周病用剤は、歯肉炎や歯周炎などの口腔内疾患を予防および治療するための手段として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】歯肉上皮細胞の伸展阻害検定試験の原理を説明する模式図である。
【図2】歯肉上皮組織の伸展の原理を説明する模式図である。
【図3】(a)精製水、(b)ヤナギ植物抽出物および(c)グリチルリチン酸二カリウムで処理したラットでの歯肉上皮組織の伸展状態を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヤナギ科ヤナギ属(Salix)に属する少なくとも一つの原料植物を溶媒で抽出して得られた分離成分を含み、かつ哺乳動物での歯肉上皮組織の不正常な伸展を阻害する、ことを特徴とする歯周病用剤。
【請求項2】
前記分離成分が、エゾヤナギ(Salix daphnoides)、ムラサキヤナギ(Salix purpurea)、ポッキリヤナギ(Salix fragilis)、およびこれらの組み合わせよりなるグループから選択される原料植物を溶媒で抽出して得られる請求項1に記載の歯周病用剤。
【請求項3】
溶媒抽出に用いられる部位が、前記原料植物の樹皮および/または新芽である請求項1または2に記載の歯周病用剤。
【請求項4】
前記溶媒が、水である請求項1乃至3のいずれかに記載の歯周病用剤。
【請求項5】
乾燥エキスの形態である請求項1乃至4のいずれかに記載の歯周病用剤。
【請求項6】
前記哺乳動物が、ラットである請求項1乃至5のいずれかに記載の歯周病用剤。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかに記載の歯周病用剤を含む口腔用組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−99638(P2007−99638A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−288572(P2005−288572)
【出願日】平成17年9月30日(2005.9.30)
【出願人】(000186588)小林製薬株式会社 (518)
【Fターム(参考)】