説明

ヤブレツボカビ属の微生物の培養方法

本発明は、ヤブレツボカビ(Thraustochytriales)目の微生物を炭酸カルシウムを用いてpH安定化されており、3〜15g/LのCaCOを含む発酵培地において培養し、その後PUFAを微生物及び/または培地から単離することによるPUFAを産生するための最適方法に関する。本発明は特に、異なるCaCO含量を有する新規な最適化培地に関する。適当量のCaCOを使用することにより、この方法はpHをコントロールすることなくヤブレツボカビ微生物を発酵させることができるように発酵中かなり簡素化され得、大量のDHAをバイオマス中の高い油含量で得ることができ、これによりPUFA産生が実質的に改良され、かなり簡素化される。

【発明の詳細な説明】
【発明の開示】
【0001】
各種PUFA(ポリ不飽和脂肪酸)、特にω−3脂肪酸(n−3脂肪酸)はヒト栄養の必須成分である。
【0002】
しかしながら、大部分の工業国ではn−3脂肪酸の供給は不十分である。対照的に、食事中の脂肪の全量及び飽和脂肪酸やn−6脂肪酸の摂取はかなり多い。これは、食事の組成が変化したためであり、この変化は特に最近約150年間に生じており、工業国での主な死亡原因である心血管疾患のような各種の慢性文明病の出現とリンクしている(A.P.Simopoulos, Am.J.Clin.Nutr., 70:560-569(1999))。一方で、多数の研究から、n−3脂肪酸、特にエイコサペンタエン酸(EPA)及びドコサヘキサエン酸(DHA)を多く摂取すると心血管リスクを大きく低下できることが判明している(GISSI-Prevenzione Investigators (Gruppo Italiano per lo Studio della Sopravvivenza nell'Infarto miocardico), Dietary supplementation with n-3 polysaturated fatty acids and vitamin E after myocardial infarction: results of the GISSI-pevenzione trial., Lancet, 354:447-455(1999);Burrら, Effects of changes in fat, fish, and fiber intake on death and myocardial reinfarction: diet and reinfarction trial (DART), Lancet, 2:757-761(1989))。従って、多くの各種機構(WHO、FAO、AHA、ISSFAL、英国栄養財団等)はn−3脂肪酸をより多く摂取することを推奨している(Kris-Ehertonら, Fish Consumption, Fish Oil, Omega-3 Fatty Acids, and Cardiovascular Disease,Circulation, 2747-2757(2002))。
【0003】
PUFA、特にn−3脂肪酸のソースは特に、海洋冷水魚及びそこから抽出される油だけでなく、海洋微生物もある。海洋微生物は、魚と比較してコスト的に有利でコントロールされる条件下でPUFAを産生するために使用され得るという利点を有している。発酵産生は、魚またはそこから抽出される魚油に関してしばしば記載されている汚染リスクを与えない(S.F.Olsen, Int..J..Epidemiol.,1279-80(2001))。加えて、抽出した油の組成は、生物及び培養条件を選択することにより明確に影響され得、魚及び魚産物に関して記載されているような(Gamez-Mezaら, Lipids, 639-42(1999))季節変動を受けない。
【0004】
n−3 PUFAを産生させるのに適した微生物は、例えばビブリオ属の細菌(例えば、ビブリオ・マリヌス(Vibrio marinus));渦鞭毛虫類(渦鞭毛植物)、特にクリプテコジニウム(Crypthecodinium)属(例えばC・コーニイ(C.cohnii));またはストラメノパイルス(Stramenopiles)(例えば、グロッソマスティクス(Glossomastix)、黄色藻類(Phaeomonas)、ピオグイオクリシス(Pinguiochrysis)、ピングイオコッカス(Pinguiococcus)やポリドクリシス(Polydochrysis)のようなピンギオ藻網)の中にある。PUFAの発酵産生のための好ましい微生物は、ストラメノパイルス(すなわち、ラビリンツラ類)、特にヤブレツボカビ目(Thraustchytriidea)、並びにジャポノキトリウム(Japonochytrium)属、シゾキトリウム属、ヤブレツボカビ属、アルトルニア(Althornia)属、ラビリンツロイデス(Labyrinthuloides)属、アプラノキトリウム(Aplanochytrium)属及びウルケニア属に属する。
【0005】
上記した微生物の幾つかが脂肪酸を工業的に産生するために使用され得ることは公知であり、対応方法も記載されている。従って、国際特許出願公開第91/07498号パンフレットはシゾキトリウム属及びヤブレツボカビ属の生物を用いるPUFAの産生を開示している。国際特許出願公開第91/11918号パンフレットはクリプテコジニウム・コーニイを用いるPUFAの産生を開示している。国際特許出願公開第96/33263号パンフレット及び対応の欧州特許出願公開第0 823 475号明細書はシゾキトリウム属の微生物を用いるPUFAの産生を開示しており、国際特許出願公開第98/03671号パンフレットはウルケニア属の微生物を用いるPUFAの産生を開示している。
【0006】
上記した微生物、特にラビリンツア門の天然生息地は海洋である。従って、これらの微生物は通常塩含有培地において培養されている。なお、本発明の目的で海水の塩含量は32〜35g/L及び90〜95%のナトリウム及び塩素含量として定義される。ヤブレツボカビまたはシゾキトリウムのような海洋微生物を培養するための典型的な培地は海水を主成分としている(例えば、ATCC(アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション)790 By+培地[酵母抽出物1.0g、ペプトン1.0g、D+グルコース5.0g、海水1L])。しかしながら、ヤブレツボカビ目の微生物が非常に低い塩分濃度の培地において生き延びることができることも公知である。しかしながら、7.5〜15‰の塩分濃度に相当する7.5〜15g/Lの塩の限界以下では、その成長は非常に遅く、低塩分濃度範囲で中間最大レベルなしであると記載されている。最適成長率は上記した塩分濃度限界を超えたときのみ達成される(Fanら, Botanica Marina, 45:50-57(2002))。
【0007】
発酵方法において頻繁に直面する問題は、代謝産物が出現し及び/または個々の培地成分が消費される結果として培養中pHが大きく変化することである。これは、海洋微生物を発酵させるための塩を多く含む培地に特に当てはまる。このため、上記発酵ではpH調節手段がしばしば必要である。しかしながら、大規模発酵の場合、pHコントロールはかなりのコスト高を招く。この点で、追加成分の導入のために使用され得る酸及び塩基を添加するための追加容器が必要である。更に、pH値を調節するための滴定は技術的にコントロールされなければならない。PUFAを工業規模で得るためのラビリンツア門の発酵に関して、pH値をコントロールした培養方法が当業界で使用されている。
【0008】
しかしながら、細胞培養において一般的な緩衝系を用いてpH値をコントロールすることは不利である。例えばTRIS、HEPES及びMOPSの緩衝能は、そのpK値が7以上であるのでPUFA発酵のために必要なpH範囲では不十分である。加えて、潜在的に反応性の第1級アミンであるTRISは7.5未満のpH範囲では好ましくない緩衝液であり、各種生物学的反応に積極的に関与する恐れがある。同様に頻繁に使用されている緩衝剤であるリン酸緩衝液は2価カチオンの存在下で溶液から析出する特性を有しており、またリン酸を必要または消費する発酵法のためには間違った選択である。酢酸緩衝液は、緩衝範囲が狭く、発酵中に代謝されるために適当でない。更に、多くの代替緩衝系はコストが高いために経済的でない。
【0009】
従って、上記技術水準に照らして、本発明の目的は海洋微生物のための新規で簡単且つ経済的な培養方法を提供することである。本発明により、方法のコントロールがかなり簡素化されなければならない。費用効果とは別に、方法は高純度のPUFAを高収率で産生できなければならない。
【0010】
上記目的及び明瞭に記載されていないが序の欄に記載されている関係から容易に推論または推察され得る更なる目的は本発明の請求の範囲に規定する主題により達成される。
【0011】
ヤブレツボカビ目の微生物を培養するための有利な方法は請求項1に記載されている方法により提供される。この方法は、pH値が専らCaCOにより安定化されており、3〜15g/LのCaCOを含む培地において培養し、可能ならばその後微生物及び/または培地からPUFAを単離することを含む。
【0012】
本発明は更に、高純度PUFAを産生する方法を含む。
【0013】
本発明によれば、好ましいPUFAはDHA、DPA及びEPAである。
【0014】
特に、上記した方法により培養した微生物は、乾燥バイオマスあたり10%以上、好ましくは14%以上、非常に特に好ましくは18%以上のDHAを産生する。
【0015】
特に、上記した方法により培養した微生物は、乾燥バイオマスあたり1%以上、好ましくは2%以上、非常に特に好ましくは3%以上のDPAを産生する。
【0016】
PUFAは、培養後微生物(バイオマス)及び/または培地からPUFAを単離することにより高い純度及び収率で得ることができる。
【0017】
更に、本発明は、本発明の培養方法により得られるバイマスの産生方法を含む。
【0018】
このバイオマスは、全ての考えられる限りの方法で使用され得る。特に、このバイオマスは、例えば乾燥形態(乾燥バイオマス)で直接食料または動物飼料として使用され得る。
【0019】
加えて、本発明はまた、本発明の培養方法を実施し、微生物及び/または培地から油を単離することにより得られる油タイプを含む。
【0020】
特に、これは多く他の好ましい用途とは別にヒト栄養のために有利に使用され得る油タイプである。
【0021】
本発明の条件下で、微生物は、乾燥バイオマスの重量単位あたり30重量%以上、好ましくは35重量%以上の油の産生を示す。
【0022】
本発明によれば、油は、当業者に公知のヤブレツボカビ目の通常脂肪酸スペクトルに相当する少なくとも70%の中性脂質及び少なくとも2%のリン脂質の割合であると理解される。中性脂質は少なくとも80%のトリグリセリド及び他の成分(例えば、ジアシルグリセリド、ステロール等)より構成されている。更に、トリグリセリドの重量分率は約95%の脂肪酸及び5%のグリセリンからなる。
【0023】
pH値を特に調節することなく、特に高グルコース消費で速く成長できる条件下でPUFAを産生するために海洋微生物が発酵できることはかなり驚くべきことであった。海洋微生物の発酵において適当なpHコントロールが非常に迅速に失われると培地が酸性化し、それにより成長が止まる条件では特にそうである(実施例1及びZ.Y.Wen及びF.Chen, Biotechnology Advances, 21:273-294(2003)参照)。
【0024】
本発明の方法は、驚くことに他のpH値安定化手段を添加することなくなし得る。トリスまたはリン酸緩衝液のような緩衝系を用いる経済的に利用可能な培養方法は発明者らに公知でないが、本発明によれば、pH値安定化手段は培養中に達成するpH値に依存して調節される添加タンクからの酸または塩基の添加;及び培地それ自体中の緩衝系の使用の両方であると理解される。
【0025】
本発明の方法によれば、CaCOはpH値安定化のための必須手段である。それでも、ある条件下ではpH値を調節するために培地に酸または塩基を添加することが必要なことがある。CaCOがpH安定化のための必須手段である限りこの添加も本発明に含まれる。例えばpH値が微生物の例外的に迅速な成長のために培養中特定目的値以下に低下するならば、この目的値は酸または塩基を添加することにより一次的に調節され得る。ただし、この添加はpH値調節の必須手段ではない。
【0026】
用語「pH値調節」、「pH値コントロール」または「pH値安定化」は本発明において同義的に使用される。
【0027】
必須手段はCaCOである。いずれも本発明に従ってCaCOを添加するが、酸を添加してまたは添加せずに測定され得るpH値の差は1以下、好ましくは0.75以下、特に好ましくは0.5以下、非常に特に好ましくは0.2以下、最も好ましくは0.1以下である。前記した酸及び/または塩基の添加は本発明による微量の酸及び/または塩基の添加であると理解され、これも本発明に含まれる。
【0028】
酸及び/または塩基の添加を必要としない培養系が好ましい。
【0029】
加えて、多くの代替緩衝系は、炭酸カルシウムの使用に比して費用が高いために不経済である。
【0030】
ヤブレツボカビ目の微生物を培養するための緩衝剤としての炭酸カルシウムの高効率は驚くことである。なぜならば、形成された二酸化炭素は発酵中の緩衝能を低下させる水中溶解度が低いからである。
【0031】
驚くことに、本発明の炭酸カルシウム安定化培地を使用するとき、グルコースが完全に消費されるまでの発酵が可能であり、更にはバイオマス中のPUFAの割合が有意に増加する。更に驚くことは、グルコース利用及びこれに関連してPUFA産生が促進され、よって空時収率が向上することである。
【0032】
本発明まで、別のpH値安定化手段を使用することなく、炭酸カルシウムでpH安定化させた培地を用いてヤブレツボカビ目の微生物においてn−3脂肪酸を生産するために公知の発酵方法は利用されていなかった。
【0033】
PUFAは、少なくとも2個の二重結合を含む>C12の鎖長を有するポリ不飽和長鎖脂肪酸である。本発明の方法に従って産生されるPUFAは特にn−3脂肪酸及びn−6脂肪酸である。
【0034】
本発明において、n−3脂肪酸(オメガ−3脂肪酸、ω−3脂肪酸)は少なくとも2個以上の二重結合を含み、第1二重結合がアルキル末端から数えてC3とC4炭素間にある>C12の鎖長を有するポリ不飽和長鎖脂肪酸であると理解される。従って、n−6脂肪酸の場合第1二重結合がアルキル末端から数えてC6とC7炭素間にある。
【0035】
ラビリンツア門に属する微生物は本発明の方法に従うPUFAの産生のために考えられる。ヤブレツボカビ目(ヤブレツボカビ科)の微生物が好ましい(T.E.Lewis, P.D.Nichols, T.A.McMeekin, The Biotechnological Potential of Thraustochytrids, Marine Biotechnology,S.580-587(1999)及びD.Porter, Phylum Labryinthulomycota in Handbook of protoctista: the structure, cultivation, habitats, and life histories of the eukaryotic microorganisms and their descendants exclusive of animals, plants, and fungi: a guide to the algae, ciliates, foraminifera, sprorozoa, water molds, and other protoctists,編集者:L.Margulis,J.O.Corliss,M Melkonian及びD.J.Chapman,編集コーディネーター:H.I.McKhann,Jones and Bartlett Publishers, ISBN 0-86720-052-9,S.388-398(1990))。ジャポノキトリウム(Japonochytrium)属、シゾキトリウム属、ヤブレツボカビ属、アルトルニア(Althornia)属、ラビリンツロイデス(Labyrinthuloides)属、アプラノキトリウム(Aplanochytrium)属及びウルケニア属の微生物が特に好ましい。これらの中で、シゾキトリウム、ヤブレツボカビ及びウルケニアが非常に特に好ましい。特に好ましいのは、ジャポノキトリウム種(ATCC 28207)、ヤブレツボカビ・アウレウム(Thraustochytrium aureum)(特に、ATCC 28211及びATCC 34304)、ヤブレツボカビ・ロセウム(Thraustochytrium roseum)(ATCC 28210)、ヤブレツボカビ(Thraustochytrium)種(ATCC 20890、ATCC 20891、ATCC 20892及びATCC 26185)、シゾキトリウム・アグレガツム(Schizochytrium aggregatum)(ATCC 28209)、シゾキトリウム種(ATCC 20888及びATCC 20889)、シゾキトリウムSR21及びウルケニア種(SAM 2179及びSAM 2180)である。
【0036】
本発明の方法に適当な微生物は野生型形態、そこから誘導される変異体及び株、並びに対応生物の組換え株である。本発明は特にPUFAの産生を増加させるために変異体または組換え株を含む。
【0037】
本発明の微生物は、液体または固体培地に上記生物の前培養物を接種することにより培養される。
【0038】
ヤブレツボカビ目の微生物に適した培養技術は当業者に公知である。通常、排他的ではないが、培養は対応容器において水性発酵により実施される。この種の発酵のための典型的な容器の例には、振とうフラスコまたはバイオリアクター(例えばSTR(撹拌式タンク反応器))またはバブルカラムが含まれる。培養は、通常10〜40℃、好ましくは20〜35℃、特に好ましくは25〜30℃、更に特に好ましくは27〜29℃、特に28±0.5℃の温度で実施される。
【0039】
本発明の好ましい実施態様では、pH安定化培地の炭酸カルシウム含量は3〜15g/L、好ましくは4〜12g/L、特に好ましくは5〜10g/Lの範囲の値に対応する。非常に特に好ましい炭酸カルシウム含量は7.5±0.5g/Lである。
【0040】
更に好ましくは、pH安定化培地は1つ以上の炭素源及び1つ以上の窒素源を含む。ヤブレツボカビ目の微生物を培養するための炭素源及び窒素源として使用可能な物質は当業者に公知である。
【0041】
使用可能な炭素源の例は、炭水化物(例えば、グルコース、フルクトース、キシロース、スクロース、マルトース、可溶性デンプン、フコース、グルコサミン、デキストラン、グルタミン酸、糖蜜、グリセリンまたはマンニトール)、油脂または植物加水分解物である。
【0042】
使用可能な天然窒素源の例は、ペプトン、酵母抽出物、麦芽抽出物、肉抽出物、カザミノ酸、コーンスティープリカーまたは大豆であり、使用可能な有機窒素源の例はグルタメート及び尿素であり、無機窒素源(例えば、酢酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、硫酸アンモニウムまたは硝酸アンモニウム)も窒素源として使用され得る。
【0043】
炭酸カルシウムに加えて、pH安定化培地は、ヤブレツボカビ目の微生物の培養を助けるために当業者に公知の全ての他の成分、特に無機塩(例えば、Ca、Mg、K、Fe、Ni、Co、Cu、Mn、MoまたはZn)を含み得る。リン酸塩(例えば、リン酸水素カリウム)、塩化物(例えば、塩化マグネシウム)、硫酸塩(例えば、硫酸アンモニウム、硫酸マグネシウム、硫酸鉄または硫酸ナトリウム)を例示することができる。更に使用可能な無機塩は、例えばハロゲン化物(例えば、臭化カリウムまたはヨウ化カリウム)及び他の炭酸塩(例えば、炭酸水素ナトリウム)である。
【0044】
可能ならば、培地は追加の多量栄養素及び微量栄養素、例えばアミノ酸、プリン、ピリミジン、コーンスティープリカー、タンパク質加水分解物、ビタミン(水溶性及び/または水不溶性)及び当業者に公知の他の培地成分を含み得る。所要により、消泡剤を添加してもよい。培地は複合成分を含んでいても、または化学的に規定されていてもよい。
【0045】
微生物の成長または生産性に対して悪影響がない限り、各成分の量は変更可能である。当業者は、微生物の要件に応じて個々の事例で組成を容易に決定することができる。通常、炭素源は最高300g/Lの濃度で添加され、窒素源は1〜30g/Lの濃度である。好ましくは、窒素源は培地の炭素含量に応じて調節される。
【0046】
特に好ましいpH値安定化培地はグルコース、酵母抽出物、コーンスティープリカー(CSL)、塩化マグネシウム、炭酸カルシウム、塩化カルシウム、硫酸ナトリウム及びリン酸カリウムを含む。
【0047】
培地のpH値は、発酵開始前に対応する酸または塩基を添加することにより3〜10、好ましくは4〜8、特に好ましくは5〜7、非常に特に好ましくは約6に設定する。
【0048】
培地はその後滅菌される。培地の滅菌方法は当業者に公知であり、高圧蒸気滅菌及び滅菌濾過が例示され得る。
【0049】
培養は、通常当業者には公知のように回分、流加モードまたは連続的に実施され得る。
【0050】
回分または流加培養は通常1〜12日間、好ましくは2〜10日間、特に好ましくは3〜9日間実施する。
【0051】
培地成分は培地に個々に、または混合物として添加され得る。混合物を予め調製することも可能である。前記成分(特に、炭素源及び窒素源)または特定の培地添加物は培養前または培養中に添加され得る。添加は2回または複数回繰り返され得、或いは連続的にも実施され得る。
【0052】
産生したPUFAは通常中性脂肪(例えば、トリアシルグリセリド)または極性脂質(例えば、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミンまたはホスファチジルイノシトール)の形態で利用可能である。
【0053】
本発明の目的で、用語「PUFA」、「n−3脂肪酸」または「n−3活性物質」は、対応脂肪酸が存在し得る全ての考えられ得る形態、すなわち遊離脂肪酸、エステル、トリグリセリド、リン脂質または他の誘導体の形態を有すると理解される。これらの物質は全て以下の説明においてまとめられ、これらの用語は同義的に使用される。更に、PUFAは、培養から単離する前またはその後に例えば適当な酵素(リパーゼ)を用いて化学的または生体触媒エステル交換により変換され、濃縮され得る。
【0054】
発酵微生物または培地からのPUFAの単離及び脂肪酸スペクトルの分析は当業者に公知の一般的な手順(U.N.Wanasundara, J.Wanasundara, F.Shahidi, Omega-3 fatty acid concentrates: a review of production technologies, Seafoods - Quality, Technology and Nutraceutical Applications, S.157-174(2002))を用いて実施される。
【0055】
本発明の方法の基礎をなすpH安定化発酵培地を以下幾つかの実施例により説明する。しかしながら、発酵培地及び本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例1】
【0056】
専ら異なる量のCaCOによりpH安定化させた各種培地においてPUFAを産生するためのウルケニア種SAM 2179株の発酵
ウルケニア種SAM 2179株をじゃま板を有する300ml容量の三角フラスコ中の培地(50ml)において培養した。
【0057】
培地組成:
発酵培地:グルコース 150g/L
コーンスティープリカー 3.75g/L
KHPO 3g/L
NaSO 1g/L
MgCl・6HO 1g/L
CaCl・2HO 0.3g/L
(NHSO 5g/L;
50mLフラスコあたりのCaCO添加:培地1.1 0g/L
培地1.2 1g/L
培地1.3 2g/L
培地1.4 5g/L
培地1.5 10g/L;
pH値をNaOH及びオートクレーブで6.0に設定。
【0058】
培養条件:温度:28℃、振とう速度:150rpm。
【0059】
96時間培養後遠心して細胞を収集した。その後、これらの細胞を凍結乾燥し、乾燥バイオマスを調べた。細胞消化及び脂肪酸測定を、10%メタノール性塩酸中60℃で(撹拌しながら)2時間加熱することにより実施した。エステルをガスクロマトグラフィーにより分析して、脂肪酸組成を調べた。
【表1】

【0060】
ウルケニア種SAM 2179をpHを十分に安定化させていない発酵培地中で発酵させると、pH値が急激に低下する結果として発酵中グルコース消費が減速し、成長が止まる(培地1.1〜1.3参照)。大量のCaCO緩衝液のみが培養中のpH値を安定化させる(培地1.4及び1.5)。このように、CaCO濃度を上昇させると培養中のグルコース消費も多くなる。pH値が安定化し、それにともなってグルコース消費が多くなるので、高いバイオマス値が得られ、その結果上記した条件下で約2g/L×dという高いDHA空時収率が得られる。
【実施例2】
【0061】
グルコース限界までの専ら異なる量のCaCOによりpH安定化させた各種培地においてPUFAを産生するためのウルケニア種SAM 2179株の発酵
グルコースが完全に消費するまでウルケニア種SAM 2179株をじゃま板を有する300ml容量の三角フラスコ中の培地(50ml)において培養した。
【0062】
培地組成:
発酵培地:グルコース 150g/L
コーンスティープリカー 3.75g/L
KHPO 3g/L
NaSO 1g/L
MgCl・6HO 1g/L
CaCl・2HO 0.3g/L
(NHSO 5g/L;
50mLフラスコあたりのCaCO添加:培地1.4 5g/L
培地1.5 10g/L;
pH値をNaOH及びオートクレーブで6.0に設定。
【0063】
培養条件:温度:28℃、振とう速度:150rpm。
【0064】
144.5時間培養後遠心して細胞を収集した。その後、これらの細胞を凍結乾燥し、乾燥バイオマスを調べた。細胞消化及び脂肪酸測定を、10%メタノール性塩酸中60℃で(撹拌しながら)2時間加熱することにより実施した。エステルをガスクロマトグラフィーにより分析して、脂肪酸組成を調べた。
【表2】

【0065】
ウルケニア種SAM 2179をそれぞれ5g/L、10g/LのCaCOで緩衝させた培地中で発酵させると、pH値が大きく低下することなくグルコース限界まで培養することができる。これにより得られたバイオマス及びバイオマスあたりのDHAの割合は、グルコースの完全消費に相当する約58〜64g/Lのバイオマス及び20〜22%のDHA/DBMで非常に高い。CaCO濃度が高い(10g/L)と、バイオマスあたりの必須PUFA DHAは低いCaCO(5g/L)に比して僅かに低下するが、大量のバイオマスが得られることが分かる。しかしながら、得られるDHA空時収率は両方の濃度でほぼ同一のままである。
【実施例3】
【0066】
最適化培養条件下でPUFAを産生するためのウルケニア種SAM 2179株の培養
ウルケニア種SAM 2179株をじゃま板を有する300ml容量の三角フラスコ中の培地(50ml)においてグルコースが完全に消費するまで培養した。7.5g/LのCaCO濃度及び修飾前培養により発酵が最適化された。DH1培地中の静置培養の代わりに前培養を用いる場合、同一培地で振とう培養を用いた(48時間、150rpm及び28℃)。
【0067】
培地組成:
前培養培地:DH1培地
グルコース1水和物(g/L):56.25
酵母抽出物(g/L) :12.5[Difco]
トロピックマリン(g/L) :16.65[ドイツ国ワールテンベルクに所在のDr.Biener GmbH];
HClでpH値を6.0に設定;
発酵培地:グルコース 150g/L
コーンスティープリカー 3.75g/L
KHPO 3g/L
NaSO 1g/L
MgCl・6HO 1g/L
CaCl・2HO 0.3g/L
(NHSO 5g/L;
50mLフラスコあたりのCaCO添加:培地1.6 7.5g/L;
pH値をNaOH及びオートクレーブで6.0に設定。
【0068】
培養条件:温度:28℃、振とう速度:150rpm。
【0069】
99.75時間培養後遠心して細胞を収集した。その後、これらの細胞を凍結乾燥し、乾燥バイオマスを調べた。細胞消化及び脂肪酸測定を、10%メタノール性塩酸中60℃で(撹拌しながら)2時間加熱することにより実施した。エステルをガスクロマトグラフィーにより分析して、脂肪酸組成を調べた。
【表3】

【0070】
ウルケニア種SAM 2179をまずDH1培地において28℃、150rpmで48時間培養する最適化発酵条件を用いて、DHA空時収率を3.5g/L×d以上に実質的に向上できた。これは主に急速な成長の結果であり、よってグルコース限界は100時間未満に達成した。発酵培地中に7.5g/LのCaCOを使用すると、最適化培養に必要なpH安定化を得ることができる。10g/LのCaCOにより高いバイオマス値が得られ、5g/LのCaCOでより高いDHA値が得られた実施例2の結果から、7.5g/LのCaCOを使用した。従って、DHA産生(すなわち、できるだけ高いDHA含量を有するバイオマスをできるだけ大量)のための最適CaCO濃度は5〜10g/LのCaCOと推定された。pH値の安定化に加えて、本発明の発酵培地を使用すると驚くことにグルコース限界時に3g/L×d以上という高いDHA空時収率が得られる。この場合、実施例2と同等のバイオマス値が得られ、達成された乾燥バイオマスあたりのDHAの割合及びDHA量は高かった(10%以上)。
【実施例4】
【0071】
CaCOによりpHを安定化させた及び安定化させていない培地においてPUFAを産生するためのウルケニア種SAM 2179株の発酵
ウルケニア種SAM 2179株をグルコースが完全に消費するまで5L容量の発酵装置において培養した。
【0072】
培地組成:
発酵培地:グルコース 150g/L
コーンスティープリカー 3.75g/L
KHPO 3g/L
NaSO 1g/L
MgCl・6HO 1g/L
CaCl・2HO 0.3g/L
(NHSO 5g/L;
pHコントロールありの発酵の場合:HPO及びオートクレーブでpH値を4.0に設定;
pHコントロールなしの発酵の場合:NaOH及びオートクレーブに加えて7.5g/のでCaCOでpH値を6.0に設定。
【0073】
培養条件:温度:28℃、換気:0.8vvm。
【0074】
pHコントロールあり及びpHコントロールなしの発酵
【表4】

【0075】
本発明のCaCO安定化発酵培地を使用すると、5L発酵規模でもウルケニア種SAM 2179をpHコントロールなしでグルコース限界まで培養できる。十分量のCaCOを使用すると、グルコース消費が促進される結果としてより速く成長する。加えて、大量のバイオマスが得られる。更に、これに関連して、バイオマスあたり高割合のDHA及び高量のDHAが発酵中得られる。これにより、pHコントロールした発酵に比してCaCO緩衝発酵の場合DHA空時収率が15%以上有意に上昇する。
【実施例5】
【0076】
7.5g/LのCaCOにより安定化した発酵培地1.6においてPUFAを産生するためのシゾキトリウム種SR 21の発酵
シゾキトリウム種SR 21株をじゃま板を有する300ml容量の三角フラスコ中の培地(50ml)においてグルコースが完全に消費するまで培養した。
【0077】
培地組成:
前培養培地:GY培地
グルコース(g/L) :30.0
酵母抽出物(g/L) :12.5[Difco]
トロピックマリン(g/L):16.65[ドイツ国ワールテンベルクに所在のDr.Biener GmbH]
HClでpH値を6.0に設定;
発酵培地:グルコース 150g/L
コーンスティープリカー 3.75g/L
KHPO 3g/L
NaSO 1g/L
MgCl・6HO 1g/L
CaCl・2HO 0.3g/L
(NHSO 5g/L;
50mLフラスコあたりのCaCO添加:培地1.6 7.5g/L;
pH値をNaOH及びオートクレーブで6.0に設定。
【0078】
培養条件:温度:28℃、振とう速度:150rpm。
【0079】
96時間培養後遠心して細胞を収集した。その後、これらの細胞を凍結乾燥し、乾燥バイオマスを調べた。細胞消化及び脂肪酸測定を、10%メタノール性塩酸中60℃で(撹拌しながら)2時間加熱することにより実施した。エステルをガスクロマトグラフィーにより分析して、脂肪酸組成を調べた。
【表5】

【0080】
本明細書に記載されているCaCOを用いてpH安定化されている培地により、ラビリンツア門に属する他の生物の場合もPUFAの産生が最適化する。よって、本発明の主題をなす培地において微生物シゾキトリウム種SR21株を発酵させることが可能である。SR21の場合必須PUFAのDHAの空時収率はウルケニア種SAM 2179(実施例3参照)の場合よりも僅かに低いが、n−3 PUFA DHAに比して総乾燥バイオマスの15%(w/w)以上である。この実施例は、本発明の主題をなす最適化されているpH安定化培地により他のラビリンツア門の生物でもPUFA産生のためにpHコントロールなしに発酵できることを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヤブレツボカビ(Thraustochytriales)属の微生物をCaCO以外の他のpH安定化手段を殆ど添加せず、好ましくはCaCO以外の他のpH安定化手段を添加せずに発酵培地において培養する前記微生物の培養方法。
【請求項2】
微生物が乾燥バイオマスの重量単位あたり25重量%以上、好ましくは35重量%以上、非常に特に好ましくは45重量%以上の油を産生する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
微生物が乾燥バイオマスの重量単位あたり10重量%以上、好ましくは14重量%以上、特に好ましくは18重量%以上、非常に特に好ましくは22重量%以上のDHAを産生する請求項1に記載の方法。
【請求項4】
微生物が乾燥バイオマスあたり1%以上、好ましくは2%以上、特に好ましくは3%以上、非常に特に好ましくは4%以上のDPAを産生する請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
3〜15g/L、好ましくは4〜12g/L、特に好ましくは5〜10g/L、非常に特に好ましくは7.5±0.5g/LのCaCOを培地に添加する請求項1または2に記載の方法。
【請求項6】
培地がグルコース、コーンスティープリカー、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、炭酸カルシウム、硫酸ナトリウム、硫酸アンモニウム及びリン酸水素カリウムを含む請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
培地が3〜10、好ましくは5〜7のpHを有する請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
培養を10〜40℃、好ましくは25〜35℃で実施する請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
培養を1〜10日間、好ましくは3〜9日間実施する請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
微生物がシゾキトリウム(Schizochytrium)属、ヤブレツボカビ(Thraustochytriales)属またはウルケニア(Ulkenia)属に属している請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法
【請求項11】
微生物がウルケニア種SAM 2179である請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
微生物がシゾキトリウム種SR 21である請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
ヤブレツボカビ目の微生物を培養するための専らCaCOをpH安定化手段として含む培地の使用。
【請求項14】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法を用いて産生し、その後培養ブロス及び/または本発明において利用可能なバイオマスから単離した少なくとも20面積(%)、好ましくは少なくとも30面積(%)、特に好ましくは少なくとも40面積(%)のDHA含量を有する油。
【請求項15】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法を用いて産生し、その後培養ブロス及び/または本発明において利用可能なバイオマスから単離した少なくとも3面積(%)、好ましくは少なくとも6面積(%)、特に好ましくは少なくとも9面積(%)のDPA含量を有する油。
【請求項16】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法を用いて産生し、その後培養ブロス及び/または本発明において利用可能なバイオマスから単離した少なくとも90%の純度を有するDHA。
【請求項17】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法を用いて産生し、その後培養ブロス及び/または本発明において利用可能なバイオマスから単離した少なくとも90%の純度を有するDPA。
【請求項18】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法を用いて産生し、その後培養ブロスから分離して得ることができるバイオマス。
【請求項19】
請求項18に記載のバイオマスを含む動物飼料。
【請求項20】
請求項18に記載のバイオマスを含むヒトのための栄養食料。

【公表番号】特表2007−512809(P2007−512809A)
【公表日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−538779(P2006−538779)
【出願日】平成16年11月10日(2004.11.10)
【国際出願番号】PCT/EP2004/012715
【国際公開番号】WO2005/045050
【国際公開日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【出願人】(303007359)ヌートリノーヴァ ニュートリション スペシャリティーズ アンド フード イングリーディエンツ ゲー・エム・ベー・ハー (3)
【Fターム(参考)】