説明

ヨウ素分析方法および装置

【課題】IH2の干渉がないヨウ素分析方法および装置を実現する。また、ヨウ素127の測定が連続しても検出器が劣化しないヨウ素分析方法および装置を実現する。
【解決手段】誘導結合プラズマ質量分析装置を用いてヨウ素を分析するにあたり、土壌試料(300)をアルゴンガス雰囲気中で加熱(100)してサンプルを気相状態にし、前記気相状態のサンプルをリアクションセル(240)付の誘導結合プラズマ質量分析装置(200)にそのまま導入して質量分析する。前記質量分析を、リアクションセル(240)のパラメータ設定により、検出感度がヨウ素127に関しては相対的に低く、ヨウ素129に関しては相対的に高い状態で行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヨウ素分析方法および装置に関し、特に、誘導結合プラズマ質量分析装置を用いてヨウ素を分析する方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ヨウ素129(129I)とヨウ素127(127I)の同位体比を求めるのに、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)が利用される。ICP-MSとしては、リアクションセル付のものが用いられる。リアクションセルは、ダイナミックリアクションセルまたはコリジョンセルとも呼ばれる。リアクションセルの働きにより、他の同位体の干渉や妨害、バックグラウンドノイズ等が抑制され、高精度のヨウ素同位体比測定を行うことが可能である(例えば、非特許文献1参照)。
【非特許文献1】エー・ヴイ・イズマー、エス・エフ・ブーリガおよびジェイ・エス・ベッカー(A. V. Izmer, S. F. Boulyga and J. S. Becker)、六重極コリジョンセル付ICP−MSによる溶液または環境土壌中のヨウ素129/ヨウ素127の同位体比の決定(Determination of 129I/127I isotope ratios in liquid solutions and environmental soil samples by ICP-MS with hexapole collision cell)、「ジャーナル・オブ・アナリティカル・アトミック・スペクトロメトリ(Journal of Analytical Atomic Spectrometry)」、2003年、No. 18、p.1339-1345
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ICP-MSでは、ヨウ素127に水素が2つ付いたIH2の干渉が問題となる。この干渉はリアクションセルでかなり低減できるとはいえ、試料が水溶性あるいは有機溶媒系のものである場合、IH2の発生量が多いので完璧に除去することは困難である。このため、分析可能な同位体比は10の−6乗程度が限界となる。また、ICP-MSの検出器においては、ヨウ素127の信号強度がヨウ素129の6桁以上と大きいので、ヨウ素127の測定を連続的に行うと検出器が急速に劣化する。
【0004】
そこで、本発明の課題は、IH2の干渉がないヨウ素分析方法および装置を実現することである。また、ヨウ素127の測定が連続しても検出器が劣化しないヨウ素分析方法および装置を実現することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するためのひとつの観点での発明は、誘導結合プラズマ質量分析装置を用いてヨウ素を分析する方法であって、土壌試料をアルゴンガス雰囲気中で加熱してサンプルを気相状態にし、前記気相状態のサンプルをリアクションセル付の誘導結合プラズマ質量分析装置にそのまま導入して質量分析することを特徴とするヨウ素分析方法である。
【0006】
上記の課題を解決するための他の観点での発明は、上記の発明において、前記質量分析を、リアクションセルのパラメータ設定により、検出感度がヨウ素127に関しては相対的に低くヨウ素129に関しては相対的に高い状態で行うことを特徴とするヨウ素分析方法である。
【0007】
上記の課題を解決するための他の観点での発明は、誘導結合プラズマ質量分析装置を用いてヨウ素を分析する装置であって、土壌試料をアルゴンガス雰囲気中で加熱してサンプルを気相状態にする加熱炉と、前記気相状態のサンプルをそのまま導入して質量分析するリアクションセル付の誘導結合プラズマ質量分析装置を有することを特徴とするヨウ素分析装置である。
【0008】
上記の課題を解決するための他の観点での発明は、上記の発明において、前記リアクションセル付の誘導結合プラズマ質量分析装置は、質量分析を、リアクションセルのパラメータ設定により、検出感度がヨウ素127に関しては相対的に低くヨウ素129に関しては相対的に高い状態で行うことを特徴とするヨウ素分析装置である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、誘導結合プラズマ質量分析装置を用いてヨウ素を分析するにあたり、土壌試料をアルゴンガス雰囲気中で加熱してサンプルを気相状態にし、前記気相状態のサンプルを、リアクションセル付の誘導結合プラズマ質量分析装置にそのまま導入して質量分析するので、IH2の干渉がないヨウ素分析方法および装置を実現することができる。
【0010】
また、前記質量分析を、リアクションセルのパラメータ設定により、検出感度がヨウ素127に関しては相対的に低くヨウ素129に関しては相対的に高い状態で行うので、ヨウ素127の測定が連続しても検出器が劣化しないヨウ素分析方法および装置を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図面を参照して発明を実施するための最良の形態を詳細に説明する。なお、本発明は、発明を実施するための最良の形態に限定されるものではない。図1にヨウ素分析装置の構成を模式的に示す。本装置は発明を実施するための最良の形態の一例である。本装置の構成によって、ヨウ素分析装置に関する発明を実施するための最良の形態の一例が示される。本装置の動作によって、ヨウ素分析方法に関する発明を実施するための最良の形態の一例が示される。
【0012】
図1に示すように、本装置は、加熱炉100と誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)200を有する。加熱炉100には土壌試料300が挿入される。土壌試料300は、例えば、核関連施設等の周辺で採取され、前処理によりヨウ素をヨウ化パラジウムの形にしたものである。
【0013】
加熱炉100には、また、アルゴン(Ar)ガスが導入される。加熱炉100は、アルゴンガス雰囲気中で土壌試料300を加熱し、土壌試料300に含まれているサンプルを気相状態にする。
【0014】
気相状態のサンプルは、ICP-MS200にそのまま導入される。すなわち、ネブライザ等による霧化を経ることなく、気相状態のサンプルが誘導結合プラズマ発生器(ICP)210に直接導入される。ICP210は、同時に導入されるアルゴンガスとともに、サンプルガスを誘導結合によってプラズマ化する。ネブライザを用いないので、プラズマには水素イオン(H+)は含まれない。あるいは、水素イオンが含まれたとしても、ネブライザを用いた場合に比べてはるかに少量である。
【0015】
ICP210から放出されるプラズマ212は、第1の真空チャンバ220に、サンプリングコーン222のオリフィスを通じて吸入される。第1の真空チャンバ220内は、ポンプ224による吸引によって真空化されている。
【0016】
第1の真空チャンバ220中のプラズマは、第2の真空チャンバ230に、スキマーコーン232のオリフィスを通じて吸入される。第2の真空チャンバ230内は、ポンプ234とポンプ236のタンデム吸引によって、さらに高度に真空化されている。
【0017】
第2の真空チャンバ230内では、イオン光学系238により、プラズマ中の正イオンだけが選択的に収束されてリアクションセル240に送り込まれる。リアクションセル240は、第2の真空チャンバ230と第3の真空チャンバ250にまたがって存在し、第2の真空チャンバ230側に入口を有し、第3の真空チャンバ250側が出口を有する。
【0018】
リアクションセル240の入口付近には、外部から酸素(O2)ガスが導入される。この酸素ガスとの反応によって、ヨウ素と干渉するゼノン(Xe)イオンが除去される。なお、プラズマ212に水素イオン(H+)が含まれないことにより、IH2が発生せず、それによる干渉は発生しない。また、少量含まれる水素イオンによりIH2が発生したとしても、リアクションセル240による後述のアキシャルフィールド・テクノロジ(AFT)によって除去される。
【0019】
リアクションセル240は四重極242を有し、それには、図示しない電圧源から電圧が印加される。印加電圧は高周波電圧に直流電圧を重畳したものとなっている。リアクションセル240は、四重極242に印加される電圧によって定まる質量通過帯域を持つものとなる。
【0020】
リアクションセル240の質量通過帯域を決定する2つのパラメータは、
【0021】
【数1】

【0022】
で与えられる。
ここで、
e:電荷
U:直流電圧
V:高周波電圧
m:質量
ω:高周波電圧の角周波数
r:四重極内接円の半径
である。これらのパラメータは、リアクションセル240の質量通過帯域が所望の帯域となるように、使用者によって設定される。
【0023】
リアクションセル240は、また、AFT用に4本のロッド(図示せず)を有する。4本のロッドは、四重極242の間にそれぞれ配置される。それらのロッドは、互いに対向するもの同士の距離が入口側から出口側に向かって次第に大きくなっている。
【0024】
通常は、これらのロッドに正電圧を印加してイオンを加速するのであるが、本装置では、負電圧を印加して、リアクションセル内で発生した運動エネルギーの低いIH2イオンを除去するようにしている。これによって、IH2の干渉は完璧に除去される。
【0025】
このようなリアクションセル240を通過したイオンが、第3の真空チャンバ250に送り込まれる。第3の真空チャンバ230内は、ポンプ252とポンプ236のタンデム吸引によって、高度に真空化されている。
【0026】
第3の真空チャンバ250には、マスフィルタ254と検出器256が設けられている。リアクションセル240から送り込まれたイオンは、マスフィルタ254を通過したものが検出器256に到達する。
【0027】
マスフィルタ254は、いずれも四重極の、プレフィルタ254aとメインフィルタ254bからなる。図示しない電圧源により、プレフィルタ254aには高周波電圧のみが印加され、メインフィルタ254bには、高周波電圧に直流電圧を重畳したものが印加される。
【0028】
検出器256は、到達したイオンを検出する。イオン検出信号は、図示しない信号処理回路で処理されて測定信号となる。測定信号はイオンのカウント数で表わされる。ヨウ素129のカウント数とヨウ素127のカウント数の比が同位体比129I/127Iである。
【0029】
本装置においては、イオンの検出感度が、ヨウ素127に関しては相対的に低く、ヨウ素129に関しては相対的に高くなるように、リアクションセル240のパラメータa,qが設定される。そのようなパラメータは、
例えば、
a=0.07
q=0.7
である。
【0030】
このようなパラメータ設定により、ヨウ素127の検出感度をヨウ素129よりも3桁程度落とすことができる。このため、ヨウ素129よりも圧倒的に数が多いヨウ素127の測定が連続しても、検出器256が劣化することはなく、安定な測定を長期にわたって行うことができる。このため、IH2による干渉が発生しないこととあいまって、同位体比129I/127Iを10の−8乗まで測定することが可能である。
【0031】
なお、実際の使用に当たっては、予め同位体比129I/127Iが判明している標準サンプルによって本装置を校正してヨウ素127の検出信号の補正係数を求めておき、それを用いて感度が低い状態で得られたヨウ素127の実測値を補正する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明を実施するための最良の形態の一例のヨウ素分析装置の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0033】
100 : 加熱炉
200 : ICP-MS
210 : ICP
212 : プラズマ
220 : 第1の真空チャンバ
222 : サンプリングコーン
224 : ポンプ
230 : 第2の真空チャンバ
232 : スキマーコーン
234,236 : ポンプ
238 : イオン光学系
240 : リアクションセル
242 : 四重極
250 : 第3の真空チャンバ
252 : ポンプ
254 : マスフィルタ
256 : 検出器
300 : 土壌試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導結合プラズマ質量分析装置を用いてヨウ素を分析する方法であって、
土壌試料をアルゴンガス雰囲気中で加熱してサンプルを気相状態にし、
前記気相状態のサンプルをリアクションセル付の誘導結合プラズマ質量分析装置にそのまま導入して質量分析する
ことを特徴とするヨウ素分析方法。
【請求項2】
前記質量分析を、リアクションセルのパラメータ設定により、検出感度がヨウ素127に関しては相対的に低くヨウ素129に関しては相対的に高い状態で行う
ことを特徴とする請求項1に記載のヨウ素分析方法。
【請求項3】
誘導結合プラズマ質量分析装置を用いてヨウ素を分析する装置であって、
土壌試料をアルゴンガス雰囲気中で加熱してサンプルを気相状態にする加熱炉と、
前記気相状態のサンプルをそのまま導入して質量分析するリアクションセル付の誘導結合プラズマ質量分析装置
を有することを特徴とするヨウ素分析装置。
【請求項4】
前記リアクションセル付の誘導結合プラズマ質量分析装置は、質量分析を、リアクションセルのパラメータ設定により、検出感度がヨウ素127に関しては相対的に低くヨウ素129に関しては相対的に高い状態で行う
ことを特徴とする請求項3に記載のヨウ素分析装置。

【図1】
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【公開番号】特開2008−134135(P2008−134135A)
【公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−320034(P2006−320034)
【出願日】平成18年11月28日(2006.11.28)
【出願人】(501245414)独立行政法人農業環境技術研究所 (60)
【出願人】(505322131)株式会社 イアス (10)
【出願人】(504074787)株式会社パーキンエルマージャパン (1)
【Fターム(参考)】