説明

ラクトシルセラミドを生産する遺伝子組換え植物、およびその利用

【課題】ラクトシルセラミドを生産する能力を有する組換え植物体、および、該植物体を用いてラクトシルセラミドを生産する方法を提供する。
【解決手段】ヒト由来のβ1,4-ガラクトシルトランスフェラーゼのアイソフォーム遺伝子(β1,4GT5)のORFを有する植物発現ベクターを構築し、該ベクターを植物の遺伝子組換え手法を用いてタバコに導入した形質転換タバコ。得られた形質転換タバコにより、生葉1gあたり200μgを超えるラクトシルセラミドを生産する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物型スフィンゴ糖脂質の生合成の主要な出発物質である、ラクトシルセラミドを生産する組換え植物体、および、該植物体を用いる動物型のスフィンゴ糖脂質の生産に関するものである。
【背景技術】
【0002】
動物型のスフィンゴ糖脂質は医薬品や化粧品原材料の化成品として利用されている。また、糖鎖がインフルエンザ等の各種ウイルスや細菌毒素のレセプターとなることから(非特許文献1)、これらの感染症に対して抗生物質や合成医薬品原体に頼らない新規治療薬として早期の実用化が期待されているところである(特許文献1および2)。例えば、セラミドトリヘキソシドはベロ毒素(大腸菌O-157が生産する毒素)や志賀毒素(赤痢菌が生産する毒素)が細胞表面に結合するためのレセプターであること(非特許文献2および3)、また、ラクトシルセラミドは淋菌やプロピオン酸菌(皮膚炎の原因菌)が細胞に感染する際のレセプターであること(非特許文献4および5)が知られている。しかし動物の脳から採取する従来の生産方法ではBSE(狂牛病)等の感染症の問題があり、また人工合成が困難かつ高コストという欠点がある。
【0003】
近年、遺伝子組換え植物を用いた有用物質生産の研究例が報告されている(非特許文献6〜10)。この方法のメリットは低コストで二酸化炭素を排出せず、しかも動物の感染症に汚染される心配がないことである。
【0004】
ほとんど全種類のスフィンゴ糖脂質の基本構造部分はラクトシルセラミドであり、このラクトシルセラミドに更に糖鎖が付加して300種類以上と言われる様々なスフィンゴ糖脂質が動物組織内で生合成される。ラクトシルセラミドは、その前駆体であるグルコシルセラミドから、β1,4-ガラクトシルトランスフェラーゼ(β1,4GT)による糖転移反応により合成できることが判明している(特許文献3)。一方、植物体にはグルコシルセラミドは存在するがβ1,4GTを欠いているためラクトシルセラミドが生産できず、結果として動物型の糖脂質が生産できない。
【0005】
また、タバコの液体培養細胞(植物個体では無い)にβ1,4GTのアイソザイムであるhβ-1,4-GalT 1(アクセッション番号:X55415またはX13223)を導入し、タンパク質にガラクトースを転移させる研究例は報告されているが(非特許文献11)、脂質に糖転移された例はない。
【0006】
なお、本出願の発明に関連する先行技術文献情報を以下に示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2003-535965
【特許文献2】特表平10-50347
【特許文献3】特開平10-295371
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Karlson, K. A. Animal glycosphingolipids as membrane attachment site for bacteria. Ann. Rev. Biochem. 58, 309-350, 1989
【非特許文献2】Cohen A, Hannigan GE, Williams BR, Lingwood CA. J Biol Chem. 1987 Dec 15;262(35):17088-91. Related Articles, Links Roles of globotriosyl- and galabiosylceramide in verotoxin binding and high affinity interferon receptor.
【非特許文献3】Lindberg AA, Brown JE, Stromberg N, Westling-Ryd M, Schultz JE, Karlsson KA. J Biol Chem. 1987 Feb 5;262(4):1779-85. Related Articles, Links Identification of the carbohydrate receptor for Shiga toxin produced by Shigella dysenteriae type 1.
【非特許文献4】Stromberg N, Deal C, Nyberg G, Normark S, So M, Karlsson KA. Proc Natl Acad Sci U S A. 1988 Jul;85(13):4902-6. Related Articles, Links Identification of carbohydrate structures that are possible receptors for Neisseria gonorrhoeae.
【非特許文献5】Stromberg N, Ryd M, Lindberg AA, Karlsson KA. FEBS Lett. 1988 May 9;232(1):193-8. Related Articles, Links Studies on the binding of bacteria to glycolipids. Two species of Propionibacterium apparently recognize separate epitopes on lactose of lactosylceramide.
【非特許文献6】Voelker, T. A. et al.: Fatty acid biosynthesis redirected to medium chains in transgenic oilseed plants, Science, 257, 72-74(1992)
【非特許文献7】Sayanova, O. et al.: Expression of a borage desaturase cDNA containing and N-terminal cytochrome b5 domain results in the accumulation of high levels of Δ6- desaturated fatty acids in transgenic tobacco, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 94, 4211-4216(1997)
【非特許文献8】Ye, X. et al.: Engineering the provitamin A (β-carotene) biosynthetic pathway into (carotenoid-free) rice endosperm, Science, 287, 303-305(2000)
【非特許文献9】Datta, K.: Bioengineered ‘golden’ indica rice cultivars with β-carotene methabolismin the endosperm with hygromycin and mannose selection systems, Plant Biotech. J., 1, 81-90(2003)
【非特許文献10】Tozawa, Y. et al.: Characterization of rice anthranilate synthase a-subunit genes OASA1 and OASA2. Tryptopan accumulation in transgenic rice expressing a feedback-insensitive mutant of OASA1, Plant Physiology, 126, 1493-1506(2001)
【非特許文献11】Nirianne Q. Palacpac et al., Stable expression of human β1,4-galactosyltransferase in plant cells modifies N-linked glycosylation patterns, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 4692-4697 (1999)
【非特許文献12】Watarai, S. et al., Inhibition of vero cell cytotoxic activity in Escherichia colli O157:H7 lysates by globotriaosylceramide, Gb3, from bovine milk. Biosci. Biotechnol. Biochem. 65, 414-419 (2001).
【非特許文献13】Hasegawa, A., Morita, M., Kojima, Y., Ishida, H. & Kiso, M., Synthesis of cerebroside, lactosylceramide, and ganglioside GM3 analogs containingβ-thioglycosidically linked. Carbonhydr. Res. 214, 43-53 (1991).
【非特許文献14】N. Stromberg et al.,(著者名Strombergのoはウムラウトが付く) (1988) Two species of Propionibacterium apparently recognize separate epitopes on lactose of lactosylceramide FEBS Lett. 232, 193-198.
【非特許文献15】K. Furukawa and T. Sato, (1999) β-1,4-Galactosylation of N-glycans is a complex process. Biochim. Biophys. Acta. 1473, 54-66.
【非特許文献16】M. Amado et al., (1999) Identification and characterization of large galactosyltransferase gene families: galactosyltransferase for all functions. Biochi. Biophys. Acta. 1473, 35-53.
【非特許文献17】Harwood, J.L., (1998) What's so special about plant lipids? In Plant Lipid Biosynthesis, ed. Harwood, J.L., 1-26. Cambridge University Press.
【非特許文献18】Shimojima, M., Ohta, H., Iwamatsu, A., Masuda, T., Shioi, Y., and Takamiya, K., (1997) Cloning of the gene for monogalactosyldiacylglycerol synthase and its evolutionary origin. Proc. Natl. Acad. Asi. USA. 94, 333-337.
【非特許文献19】Miego, C., Marechal, E., Shimojima, M., Block, M.A., Ohta, H., Takamiya, K., Douce, R., and Joyard, J.,(1999) Biochemichal and topological properties of type A MGDG synthase, a spinach chloroplast envelope enzyme catalyzing the synthesis of both prokaryotic and eukaryotic MGDG. Eur. J. Biochem. 365, 990-1001.
【非特許文献20】Kelly, A.A., Froehlich, J.E., and Dormann, P.,(著者名Dormannのoはウムラウトが付く), (2003) Disruption of the two digalactosyldiacylglycerol synthase genes DGD1 and DGD2 in Arabidopsis reveals the existence of and additional enzyme of galactolipid synthesis. Plant Cell, 15, 2694-2706.
【非特許文献21】Bligh, E.G. and Dyer, W.J., (1959) A rapid method of total lipid extraction and purification. Can. J. Biochem. Physiol. 37, 911-917.
【非特許文献22】Francois, C., Marshall, R.D., and Neuberger, A., (1962) Carbonhydrates in protein. 4. The determination of mannose in hen's-egg albumin by radioisotope dilution. Biochem. J., 83, 335-341.
【非特許文献23】Ohnishi, M., Ito, S., and Fujino, Y., (1983) Characterization of sphingolipids in spinach leaves. Biochim. Biophys. Acta., 752, 416-422.
【非特許文献24】Lynch, D. V., (1993) in Lipid metabolism in plants. Sphingolipids. CRC press, 285-308.
【非特許文献25】Kelly, A. A., and Dormann, P.,(著者名Dormannのoはウムラウトが付く), (2004) Green light for galactolipid trafficking. Curr. Opinions Plant Biol., 7, 262-269.
【非特許文献26】Imai, H., Ohnishi, M., Kinoshita, M., Kojima, M., and Ito, S. (1995) Structure and distribution of cerebroside containing unsaturated hydroxyl fatty acids in plant leaves. Biosci. Biotech. Biochem., 59, 1309-1313.
【非特許文献27】Sanders, P. R., Winter, J. A., Barnason, A. R., Rogers, S. G., and Fraley, R. T. (1984) Comparison of cauliflower mosaic virus 35S and nopaline synthase promoters in transgenic plants. Nucleic Acid Res., 15, 1543-1558.
【非特許文献28】Trinchera, M., Fiorilli, A., and Ghidoni, R. (1991) Localyzation in the golgi apparatus of rat liver UDP-Gal:glucosylceramide β1,4-galactosyltransferase. Biochemistry, 30, 2719-2724.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は動物固有の糖脂質であるラクトシルセラミドを、動物由来感染症の危険が無い安全な状態で、大量に合成する方法を提供することにある。具体的には、ラクトシルセラミドを生産する能力を有する組換え植物体、および、該植物体を用いてラクトシルセラミドを生産する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明者らは、ヒト由来β1,4-ガラクトシルトランスフェラーゼ(β14GT)のcDNAをタバコに導入し、ラクトシルセラミドの生産を試みた。しかしながら、β14GTを導入された形質転換タバコからは、ラクトシルセラミドは全く合成されないか、あるいは極めて少量しか合成されなかった。そこで、本発明者らは、ヒト由来のβ1,4-ガラクトシルトランスフェラーゼのアイソフォーム遺伝子(β1,4GT5)を組換えタバコに導入し、ラクトシルセラミドの生産を試みた。
【0011】
その結果、選別された組換えタバコの葉からはラクトシルセラミドが検出され、その量は、組換えタバコ生葉1gあたり200μg以上と大量であった(従来の方法と比べて約2000倍)。すなわち、ヒト由来のβ1,4GT5を導入することによって、組換え植物体においてラクトシルセラミドを大量に合成することが可能となった(図7)。より詳しくは、本発明は以下の〔1〕〜〔7〕を提供するものである。
〔1〕植物細胞で発現可能なプロモータ―領域の下流に、下記(a)から(c)のいずれかに記載のヒト由来のDNAが機能的に結合したベクター。
(a)配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(b)配列番号:1に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA
(c)配列番号:2に記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
〔2〕〔1〕に記載のベクターが導入された形質転換植物細胞。
〔3〕〔2〕に記載の形質転換植物細胞から再生された、ラクトシルセラミドを生産する能力を有する植物体。
〔4〕〔3〕に記載の植物体の子孫またはクローンである、ラクトシルセラミドを生産する能力を有する植物体。
〔5〕〔3〕または〔4〕に記載のラクトシルセラミドを生産する能力を有する植物体の繁殖材料。
〔6〕ラクトシルセラミドを生産する能力を有する植物体の製造方法であって、
(i)〔1〕に記載のベクターを植物細胞に導入する工程、および
(ii)工程(i)においてベクターが導入された形質転換植物細胞から植物体を再生する工程、
を含む方法。
〔7〕〔2〕に記載の形質転換植物細胞、〔3〕もしくは〔4〕に記載の植物体、または〔5〕に記載の繁殖材料を用いることを特徴とする、ラクトシルセラミドの製造方法。
さらに本発明は、以下の〔8〕〜〔10〕を提供するものである。
〔8〕以下の工程(i)〜(iii)を少なくとも含む、ラクトシルセラミドの製造方法。
(i)〔1〕に記載のベクターを植物細胞に導入する工程
(ii)工程(i)においてベクターが導入された形質転換植物細胞から植物体を再生する工程
(iii)工程(ii)において再生された植物体からラクトシルセラミドを抽出し精製する工程
〔9〕〔2〕に記載の形質転換植物細胞、〔3〕もしくは〔4〕に記載の植物体、または〔5〕に記載の繁殖材料を有効成分として含有する、ラクトシルセラミド製造用組成物。
〔10〕〔2〕に記載の形質転換植物細胞、〔3〕もしくは〔4〕に記載の植物体、または〔5〕に記載の繁殖材料の、ラクトシルセラミド製造における使用。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】pBE/b14GT5のT-DNA領域を示す図である。KmRはカナマイシン抵抗性のネオマイシンリン酸転移酵素遺伝子を示す。El2はカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーターの5’上流領域(-419から-90)を2つつなげた配列を示し、P35SはCaMV 35Sプロモーターの5’上流領域(-90から-1)を示す。Ω配列は、タバコモザイクウイルスの5’上流領域である。Tnosは、ノパリン合成酵素のポリアデニル化領域を示す。
【図2】形質転換タバコのゲノムDNAを鋳型にしたPCR解析写真である。
【図3】形質転換タバコのRNAを鋳型にしたRT-PCR解析写真である。
【図4】形質転換タバコのスフィンゴ糖脂質の分析写真である。動物由来のスフィンゴ脂質(市販の標品)(*印)は植物内で合成される脂質と比較して脂肪酸鎖が異なる(鎖長、OH-基の有無など)ためTLC上の移動度が微妙に異なる。
【図5】形質転換タバコのラクトシルセラミドの糖鎖分析写真である。
【図6】ヒト由来β1,4GT5遺伝子を発現している形質転換タバコのラクトシルセラミドのTOFF-MAS分析図である。
【図7】動物型スフィンゴ糖脂質を生産するために従来技術で抱えていた問題点、スフィンゴ糖脂質の生合成経路(動植物間の比較)と病原体レセプター、それに本発明のヒト由来β1,4GT5遺伝子を発現している形質転換タバコについて示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、ヒト由来β1,4-ガラクトシルトランスフェラーゼのアイソフォーム遺伝子(β1,4GT5)のコード領域を含む、植物細胞で発現可能なベクターを提供する。具体的には、植物細胞で発現可能なプロモータ―領域の下流に、ヒト由来のβ1,4GT5をコードするDNAが機能的に結合したベクターを提供する。β1,4GT5のcDNA配列を配列番号:1に、該DNAによって合成されるタンパク質を配列番号:2に示す。
【0014】
ここで「機能的に結合した」とは、植物細胞内で外来遺伝子であるヒト由来のβ1,4GT5をコードするDNAの発現が誘導されるように、植物細胞で発現可能なプロモーター領域の下流にヒト由来のβ1,4GT5をコードするDNAが結合していることをいう。
【0015】
本発明のベクターに含まれるβ1,4GT5のコード領域は、好ましくは、β1,4GT5のcDNA配列である。cDNAの調製は、当業者にとって常套手段を利用して行うことが可能である。例えば、β1,4GT5の公知の塩基配列情報から適当なプライマー対を設計して、ヒトから調製したmRNAを鋳型にPCRを行い、得られる増幅DNA断片をプローブとして用いてcDNAライブラリーをスクリーニングすることにより、β1,4GT5のcDNAを調製することができる。さらに市販のDNA合成機を用いれば、目的のDNAを合成により調製することも可能である。
【0016】
本発明のベクターに含まれるDNAとしては、グルコシルセラミドに作用し糖転移反応によってラクトシルセラミドを合成する能力を有している限り、ヒト由来のβ1,4GT5(配列番号:2)に構造的に類似したタンパク質をコードするDNA(例えば、変異体、誘導体、アレル、バリアントおよびホモログ)を用いることもできる。このようなDNAには、例えば、配列番号:2に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAが含まれる。
【0017】
あるアミノ酸配列に対する1又は複数個のアミノ酸残基の欠失、付加及び/又は他のアミノ酸による置換により修飾されたアミノ酸配列を有するタンパク質がその生物学的機能(活性)を維持し得ることはすでに知られている(Mark, D. F. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1984) 81, 5662-5666 、Zoller, M. J. & Smith, M. Nucleic Acids Research (1982) 10, 6487-6500 、Wang, A. et al., Science 224, 1431-1433 、Dalbadie-McFarland, G. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1982) 79, 6409-6413)。
【0018】
アミノ酸配列が改変されたタンパク質をコードするDNAを調製するための当業者によく知られた方法としては、例えば、site-directed mutagenesis法(Kramer, W.& Fritz,H.-J. (1987) Oligonucleotide-directed construction of mutagenesis via gapped duplex DNA.Methods in Enzymology, 154: 350-367)が挙げられる。またタンパク質中のアミノ酸配列に変異を導入する方法として、例えば部位特異的変異誘発法(Current Protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. Jhon Wily & Sons Section 8.1-8.5))が挙げられる。また、塩基配列の変異によりコードするタンパク質のアミノ酸配列が変異することは、自然界においても生じ得る。このように天然型のβ1,4GT5をコードするアミノ酸配列(配列番号:2)において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加したアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNAであっても、天然型のタンパク質と同等の機能を有するタンパク質をコードする限り、本発明のDNAに含まれる。
【0019】
ここで「同等の機能を有する」とは、対象となるタンパク質が、例えばβ1,4GT5をコードするアミノ酸配列からなるタンパク質と同等の生物学的機能(活性)を有していることを意味する。本発明においては、対象となるタンパク質が、例えばグルコシルセラミドに作用し糖転移反応によってラクトシルセラミドを合成する能力を有することを意味する。
【0020】
改変されるアミノ酸の数は、改変後のタンパク質が、グルコシルセラミドに作用し糖転移反応によってラクトシルセラミドを合成する能力を有している限り、特に制限はないが、一般的には、50アミノ酸以内、好ましくは30アミノ酸以内、より好ましくは10アミノ酸以内(例えば、5アミノ酸以内、3アミノ酸以内)である。アミノ酸の改変は、好ましくは保存的置換である。改変前と改変後の各アミノ酸についてのhydropathic index(Kyte and Doolitte,(1982) J Mol Biol. 1982 May 5;157(1):105-32)やHydrophilicity value(米国特許第4,554,101号)の数値は、±2以内が好ましく、さらに好ましくは±1以内であり、最も好ましくは±0.5以内である。
また、たとえ、塩基配列が変異した場合でも、それがタンパク質中のアミノ酸の変異を伴わない場合(縮重変異)もあり、このような縮重変異体も本発明のDNAに含まれる。
【0021】
改変するアミノ酸残基の種類としては、改変前のアミノ酸の性質が保存されている他のアミノ酸(改変前のアミノ酸と類似のアミノ酸)に改変されることが望ましい。例えばアミノ酸側鎖の性質としては、疎水性アミノ酸(A、I、L、M、F、P、W、Y、V)、親水性アミノ酸(R、D、N、C、E、Q、G、H、K、S、T)、脂肪族側鎖を有するアミノ酸(G、A、V、L、I、P)、水酸基含有側鎖を有するアミノ酸(S、T、Y)、硫黄原子含有側鎖を有するアミノ酸(C、M)、カルボン酸及びアミド含有側鎖を有するアミノ酸(D、N、E、Q)、塩基含有側鎖を有するアミノ離(R、K、H)、芳香族含有側鎖を有するアミノ酸(H、F、Y、W)を挙げることができる(括弧内はいずれもアミノ酸の一文字表記を表す)。
【0022】
上記β1,4GT5をコードするアミノ酸配列に複数個のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNAには、これらタンパク質を含む融合タンパク質をコードするDNAが含まれる。融合タンパク質は、β1,4GT5をコードするアミノ酸配列からなるタンパク質と他のアミノ酸配列からなるタンパク質とが融合したものである。融合タンパク質を作製する方法は、上記β1,4GT5をコードするDNAと他のタンパク質をコードするDNAをフレームが一致するように連結してこれを発現ベクターに導入し、宿主で発現させればよく、当業者に公知の手法を用いることができる。上記β1,4GT5をコードするアミノ酸配列からなるタンパク質との融合に付される他のタンパク質は、特に制限されない。
【0023】
上記β1,4GT5をコードするアミノ酸配列からなるタンパク質との融合に付される他のタンパク質は、例えば、該タンパク質の単離・精製、あるいは応用研究等の種々の目的に応じて、適宜選択することができる。例えばFLAG(Hopp, T. P. et al., BioTechnology (1988) 6, 1204-1210)、6個のHis(ヒスチジン)残基からなる6×His、10×His、インフルエンザ凝集素(HA)、ヒトc-mycの断片、VSV-GPの断片、p18HIVの断片、T7-tag、HSV-tag、E-tag、SV40T抗原の断片、lck tag、α-tubulinの断片、B-tag、Protein Cの断片等の公知のタンパク質を使用することができる。また、β1,4GT5をコードするアミノ酸配列からなるタンパク質との融合に付される他のタンパク質としては、例えば、GST(グルタチオン−S−トランスフェラーゼ)、HA(インフルエンザ凝集素)、イムノグロブリン定常領域、β−ガラクトシダーゼ、MBP(マルトース結合タンパク質)等が挙げられる。市販されているこれらタンパク質又はタンパク質をコードするDNAを、β1,4GT5をコードするDNAと融合させ、これにより調製された融合DNAを発現させることにより、融合タンパク質を調製することができる。
【0024】
上記β1,4GT5をコードするアミノ酸は、天然に存在する状態から修飾されていないもの、及び修飾されているものの双方を含む。修飾としては、アセチル化、アシル化、ADP-リボシル化、アミド化、フラビンの共有結合、ヘム部分の共有結合、ヌクレオチド又はヌクレオチド誘導体の共有結合、脂質又は脂質誘導体の共有結合、ホスファチジルイノシトールの共有結合、架橋、環化、ジスルフィド結合の形成、メチル化、脱メチル化、共有架橋の形成、シスチンの形成、ピログルタメートの形成、ホルミル化、γ-カルボキシル化、グリコシル化、GPIアンカー形成、ヒドロキシル化、ヨウ素化、メチル化、ミリストイル化、酸化、タンパク質分解処理、リン酸化、プレニル化、ラセミ化、セレノイル化、硫酸化、アルギニル化のようなタンパク質へのアミノ酸の転移RNA媒介付加、ユビキチン化等が含まれる。
【0025】
また、あるタンパク質と同等な機能を有するタンパク質を調製する当業者によく知られた他の方法としては、ハイブリダイゼーション技術(Sambrook,J et al., Molecular Cloning 2nd ed., 9.47-9.58, Cold Spring Harbor Lab. press, 1989)を利用する方法が挙げられる。即ち、当業者であれば、上記β1,4GT5をコードするDNAもしくはその一部をもとに、種々の生物由来(例えば、ヒト由来)のDNA試料、あるいは人工的に合成されたペプチドライブラリー等から、これと相同性の高いDNAを単離して、該DNAからβ1,4GT5をコードするアミノ酸配列からなるタンパク質と同等の機能を有するタンパク質を単離することも通常行いうることである。
本発明のDNAには、本発明の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAとハイブリダイズするDNAであって、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と同等な機能を有するタンパク質をコードするDNAが含まれる。
配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と同等な機能を有するタンパク質をコードするDNAを単離するためのハイブリダイゼーションの条件は、当業者であれば適宜選択することができる。ハイブリダイゼーションの条件としては、例えば、低ストリンジェントな条件が挙げられる。低ストリンジェントな条件とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、例えば42℃、0.1×SSC、0.1%SDSの条件であり、好ましくは50℃、0.1×SSC、0.1%SDSの条件である。より好ましいハイブリダイゼーションの条件としては、高ストリンジェントな条件が挙げられる。高ストリンジェントな条件とは、例えば65℃、5×SSC及び0.1%SDSの条件である。これらの条件において、温度を上げる程に高い相同性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。但し、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響を及ぼす要素としては温度や塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれら要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0026】
また、ハイブリダイゼーションにかえて、遺伝子増幅技術(PCR)(Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. John Wiley&Sons Section 6.1-6.4)を用いて、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの一部を基にプライマーを設計し、該DNAと相同性の高いDNA断片を単離し、該DNAを基に配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と同等の機能を有するタンパク質をコードするDNAを取得することも可能である。
【0027】
上述のハイブリダイゼーション技術や遺伝子増幅技術により単離されるDNAがコードする、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と同等な機能を有するタンパク質は、通常、該タンパク質とアミノ酸配列において、通常高い相同性を有する。本発明の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAには、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と同等な機能を有し、かつ該タンパク質のアミノ酸配列と高い相同性を有するタンパク質をコードするDNAも含まれる。高い相同性とは、アミノ酸レベルにおいて、通常、少なくとも50%以上の同一性、好ましくは75%以上の同一性、さらに好ましくは85%以上の同一性、さらに好ましくは95%以上(例えば、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)の同一性を指す。タンパク質の相同性を決定するには、文献(Wilbur, W. J. and Lipman, D. J. Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1983) 80, 726-730)に記載のアルゴリズムに従えばよい。
【0028】
アミノ酸配列の同一性は、例えば、Karlin and Altschul によるアルゴリズムBLAST (Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-2268, 1990、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-5877, 1993)によって決定することができる。このアルゴリズムに基づいて、BLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul et al. J. Mol. Biol.215: 403-410, 1990)。BLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは例えば、score = 50、wordlength = 3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(http://www.ncbi.nlm.nih.gov.)。
【0029】
あるDNAによってコードされるタンパク質が「グルコシルセラミドに作用し糖転移反応によってラクトシルセラミドを合成する能力を有している」か否かは、変異タンパク質をコードするDNAを含むベクターを植物細胞に導入することによって、導入された細胞の内在性のグルコシルセラミドからラクトシルセラミドが合成されるかどうかで判断できる。一例としては、実施例6〜10のように、該タンパク質をコードするDNAを含むベクターを導入された細胞から再生された植物体からラクトシルセラミドが検出されるか否かで判断することができる。
【0030】
本発明のベクターとしては、植物細胞で外来遺伝子の発現を可能にするプロモータ―領域を含むものであれば特に制限されない。例えば、植物細胞内での恒常的な遺伝子発現を行うためのプロモーターとして以下のものが挙げられる:
カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35Sプロモーター(例えば、Odelら, Nature,313:810, 1985;Dekeyserら, Plant Cell, 2:591, 1990;Terada and Shimamoto, Mol. GeN. Genet. 220:389, 1990;およびBenfey and Chua, Science, 250:959-966, 1990を参照)、ノパリン合成酵素プロモーター(Anら, Plant Physiol. 88:547, 1988)、オクトピン合成酵素プロモーター(Frommら, Plant Cell, 1:977,1989)、および、翻訳エンハンサー配列をもつ2x CaMV/35Sプロモーター(Kayら, Science, 236:1299-1302, 1987)。
【0031】
また、外的な刺激により誘導的に活性化されるプロモーターも、植物細胞における外来遺伝子の発現に使用することができる。このようなプロモーターの例として以下のものが挙げられる:
(a)熱 により誘導されるプロモーター(Callisら, Plant Physiol., 88:965,1988;Ainleyら, Plant Mol. Biol., 22:13-23, 1993;およびGilmartinら,The Plant Cell, 4:839-949, 1992)、(b)光により誘導されるプロモーター(例えば、エンドウのrbcS-3Aプロモーター;Kuhlemeierら、Plant Cell、1:471, 1989、およびトウモロコシのrbcSプロモーター;Schaffher & SheeN, Plant Cell、3:997、1991)、(c)ホルモンにより誘導されるプロモーター(例えばアブシジン酸により誘導されるプロモーター;Marcotteら, Plant Cell. 1: 471, 1989)、(d)傷により誘導されるプロモーター(例えばジャガイモのPinIIプロモーター;Keilら, Nucl. Acids. Res. 14: 5641-5650, 1986、アグロバクテリウム(Agrobacterium)のmasプロモーター;Langridgeら,Bio/Technology 10:305-308, 1989、およびブドウのvst1プロモーター;Weiseら, Plant Mol. Biol., 26:667-677,1994)、および(e)ジャスモン酸メチルまたはサリチル酸など化学物質により誘導されるプロモーター(Gatzら, Plant Mol. Biol. 48:89-108, 1997)。
【0032】
また、ユビキチンプロモーター、大豆緑斑紋ウィルスプロモーター、レトロトランスポゾンプロモーター、LHCPIIプロモーターなどを利用することもできる。
また、ベクターへの遺伝子の挿入は、常法により、例えば、制限酵素サイトを用いたリガーゼ反応により行うことができる(Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. John Wiley & Sons.Section 11.4-11.11)。
【0033】
本発明のベクターには、例えばβ1,4GT5のコード領域の上流または下流に位置するイントロンなどのRNAプロセシングシグナルも含めることができる。また、mRNAの安定性を高めるための3’端ターミネーター領域などの植物遺伝子の3’端の非翻訳領域に由来する付加的な調節配列も含めることができる。例として、ジャガイモのPI-IIターミネーター領域、またはオクトピン合成酵素もしくはノパリン合成酵素(NOS)の3’端ターミネーター領域などがある。
【0034】
さらに本発明のベクターには、形質転換体の速やかな選択を可能とするための優性選択マーカー遺伝子を含めることもできる。優性選択マーカー遺伝子には、抗生物質耐性遺伝子(例えばハイグロマイシン、カナマイシン、ブレオマイシン、G418、ストレプトマイシンまたはスペクチノマイシンに対する耐性)をコードする遺伝子、および、除草剤耐性遺伝子(例えば、ホスフィノスリシンアセチル基転移酵素)が含まれる。
【0035】
上記ベクターを導入する植物細胞の種類としては、好ましくはタバコ、コムギ、イネ、トウモロコシ、アズキ、コンニャク等があげられるが、細胞内でラクトシルセラミドを合成可能であり、形質転換が可能である限り、これらに制限されない。
【0036】
本発明のベクターは、当業者に公知の方法によって、植物細胞に導入することができる。例えばタバコに導入する場合は、実施例に記載のアグロバクテリウムを用いた形質転換法や、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、単子葉植物のアグロバクテリウムを用いた形質転換法、ポリカチオン法、植物のプロトプラストの形質転換法(ポリエチレングリコール法)、リン酸カルシウム沈殿法、リポフェクタミン法(GIBCO-BRL社製)、マイクロインジェクション法などの方法が挙げられる。アグロバクテリウム法は、イネ(Hiei Y et al. Plant Mol Biol. Sep; 35(1-2): 205-218)、オオムギ(Higuchi K et al. Plant J Jan;25(2):159-167)、ナタネ(Damgaard O & Rasmussen O et al. Plant Mol Boil 1991 Jul;17(1) 1-8)、ジャガイモ(Yu J & Langridge W Transgenic Res. 2003 Apr, 12 (2): 163-169)、アスパラガス(Ignacimuthu S Indian J Exp Biol. 2000 May;38(5):493-498)、ナス(Rotino GL et al. Nat Biotechnol. 1997 Dec;15(13): 1398-1401)、トウガラシ(Shin R. et al. Transgenic Res. 2002 Apr;11 (2): 215-219)、トマト、サツマイモ、メロン(3種ともMihalka V. et al. Plant Cell Rep 2003 Apr;21(8):778-784)、ダイズ(Zeng P et al Plant Cell Rep 2004 Feb;22(7) 478-482)、サトウキビ(Manickavasagam M et al. Plant Cell Rep. 2004 May 5)、ソルガム(Zhao ZY et al. Plant Mol Biol 2000 Dec;44(6): 789-798)、ソバ(Kojima M et al. Biosci Biotechnol Biochem. 2000 Apr;64(4):845-847)、ニンジン(Koyama H et al. Plant Cell Physiol 1999 May;40(5):482-484)、リンゴ(Szankowski I et al. Plant Cell Rep. 2003 Sep;22(2):141-149)などへの遺伝子導入にも利用できる。また、エレクトロポレーションまたはパーティクルガン法は、イネ(Shimamoto K et al. Nature 338, 274-276 (1989))、トウモロコシ(Kyozuka J et al. MolGen Genet. Aug228(1-2): 40-48)などへの遺伝子導入に利用でき、パーティクルガン法はバナナ(Sagi L et al. Biotechnology (NY). 1995 May;13(5):481-485)、ライ麦(Popelka JC et al. Transgenic Res. 2003 Oct;12(5):587-596)などへの遺伝子導入に利用できる。
【0037】
本発明は、上記ベクターが導入された形質転換植物細胞を提供する。本発明における形質転換植物細胞は、上記ベクターが導入された植物の細胞または細胞の集合であってラクトシルセラミドを生産する能力を有する細胞であれば、その形態を問わない。該細胞は、形質転換植物体を作製する場合には、植物体を再生する能力を有する細胞である。例えば、液体培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどは本発明における植物細胞に含まれる。
【0038】
本発明は、上記形質転換細胞から再生された、ラクトシルセラミドを生産する能力を有する植物体を提供する。本発明における「ラクトシルセラミドを生産する能力を有する植物体」とは、本来植物では合成されることのないラクトシルセラミドを、内在性のグルコシルセラミドからの糖転移反応により合成することができるように改変された植物体をいう。
【0039】
本発明のヒト由来β1,4GT5が導入された形質転換植物体に、さらに、動物におけるラクトシルセラミドからスフィンゴ糖脂質の生合成経路に関わる酵素をコードする遺伝子を導入することにより、植物体内において、ラクトシルセラミドに順次糖を結合させて、動物のスフィンゴ糖脂質(ガングリオ系列、グロボ系列、ラクト系列の糖脂質)を合成することが可能となる(岩瀬仁勇他共著、培風館「糖鎖の科学入門」65ページ「図3-18 主なスフィンゴ糖脂質の生合成経路」参照)。ガングリオ系列のスフィンゴ糖脂質を合成するための酵素としては、α2,3-シアリルトランスフェラーゼとβ1,4-N-アセチルガラクトサミントランスフェラーゼが挙げられ、グロボ系列のスフィンゴ糖脂質を合成するための酵素としては、α1,4-ガラクトシルトランスフェラーゼが挙げられ、ラクト系列のスフィンゴ糖脂質を合成するための酵素としては、β1,3-N-アセチルグルコサミントランスフェラーゼが挙げられる。本発明の「ラクトシルセラミドを生産する能力を有する植物体」には、このような、ヒト由来β1,4GT5に加えて、動物におけるラクトシルセラミドからスフィンゴ糖脂質の生合成経路に関わる酵素をコードする遺伝子が導入された形質転換植物体も含まれる。
【0040】
また本発明は、上記ベクターが導入された細胞から再生された植物体のみならず、その子孫あるいはクローンをも提供する。一旦、ゲノム内に上記ベクターが導入された形質転換植物体が得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫あるいはクローンを得ることが可能である。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。
【0041】
さらに本発明は、ラクトシルセラミドを生産する能力を有する植物体の製造方法を提供する。本方法は、上記ベクターを植物細胞に導入する工程およびベクターを導入された細胞から植物体を再生する工程を含む。
【0042】
形質転換植物細胞から植物体を再生する工程は、植物の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。例えば、タバコの場合は、実施例3のように、リーフディスク法によって上記ベクターを感染させた後、感染時に用いた菌体を除去するためタバコの葉を抗生物質であるカナマイシンとカルベニシリンを含むMS液体培地で洗い、続いてこれら抗生物質を加えた再分化用MS寒天培地上で培養し、形質転換タバコのシュートを得ることができる。一般に、形質転換用ベクターに組み込まれた優性選択マーカーは、形質転換植物の芽生えに抗生物質耐性をもたらし、芽生えを適切な濃度の抗生物質に曝すことで形質転換体を選抜することができる。形質転換体の選抜に用いられる抗生物質としては、上述のカナマイシンのほかにハイグロマイシンなども挙げられる。その他の選抜方法としては、MATベクター法などがある。
【0043】
さらに本発明は、上記形質転換植物細胞または形質転換植物体を用いることを特徴とする、ラクトシルセラミドの製造方法を提供する。該植物細胞または植物体からのラクトシルセラミドの回収は、当業者に公知の方法で行なうことができる。
本発明のラクトシルセラミドの製造方法の一態様として、例えば以下の工程(i)〜(iii)を含む方法が挙げられる。
(i)本発明のベクターを植物細胞に導入する工程
(ii)工程(i)においてベクターが導入された形質転換植物細胞から植物体を再生する工程
(iii)工程(ii)において再生された植物体からラクトシルセラミドを抽出し精製する工程
例えば本発明のベクターが導入された形質転換植物細胞を培養し、該形質転換植物細胞またはその培養上清から、ラクトシルセラミドを回収する工程も、本発明に含まれる。
さらに一例として、タバコにおけるラクトシルセラミドの抽出方法を以下に記載する。
【0044】
まず、クロロホルム/メタノールによって植物体から総脂質を抽出する。具体的には、タバコ葉5〜10gを100 mlのクロロホルム:メタノール(1:2/容積比)に浸し、ポリトロンホモジナイザーで約2分間破砕後、破砕液を4重に重ねたミラクロスでろ過する。分液ロートに移し、クロロホルム:メタノール:水の容積比が1:1:0.9になるようにクロロホルムと水を加え、下層を回収し(2層分離)ロータリーエバポレーターで濃縮することで、総脂質を抽出できる。
【0045】
次に、弱アルカリ分解法を用いて、総脂質画分からスフィンゴ脂質を得る。具体的には、上記方法で得た総脂質の一部、約0.5 ml(総脂質0.8 gを含む)に0.4 M KOHを含有したメタノール30 mlを混合し、37℃で2時間反応する。この間はグリセロ脂質のみが分解されスフィンゴ脂質は分解されない。反応液を分液ロートに移し30 mlのクロロホルム、27 mlの水を加え、混和後に下層を回収し(2層分離)ロータリーエバポレーターで濃縮することで、スフィンゴ脂質画分を得ることができる。
【0046】
最後に、シリカゲルカラムを用いてラクトシルセラミドを精製する。具体的には、内径2 cmのクロマト用ガラスカラムにシリカゲル(イアトロビーズ、ヤトロン製6RS-8060)を高さ1.5 cmの高さまで充填する。0.5 mlのクロロホルム:メタノール(90:10)に溶解したスフィンゴ脂質をカラムに載せ、クロロホルム:メタノール溶液を(90:10)から(70:30)の割合までグラジエントに変化させながら流す。最初に色素とグルコシルセラミドが溶出し、それに続いて(80:20あたり)ラクトシルセラミドが溶出する。
【0047】
このような方法により得られたラクトシルセラミドもまた、本発明に含まれる。
【0048】
また本発明は、本発明の形質転換植物細胞または形質転換植物体を有効成分として含有する、ラクトシルセラミド製造用組成物を提供する。組成物には、これら形質転換植物細胞または形質転換植物体の形状を安定に保ち得る生理学的に許容される物質が含まれていてもよいが、特に制限されない。例えば、水、無機塩類、アミノ酸類、糖類等を含む溶液、培地、あるいはバッファー等が含まれていてもよい。
また本発明は、本発明の形質転換植物細胞または形質転換植物体の、ラクトシルセラミド製造における使用を提供する。
【実施例】
【0049】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例になんら制限されるものではない。
【0050】
[実施例1]ヒト由来のβ1,4-ガラクトシルトランスフェラーゼのアイソフォーム遺伝子(β1,4GT5)の単離方法
ヒト心臓由来のpolyA+ mRNA (STRATAGENE)を鋳型に用いて、オリゴdTプライマーを使い1st-strand cDNAを逆転写合成した。このcDNAを鋳型に用いてPCR法によりβ1,4GT5(Accession No. NM_004776 (NCBI))のORF全長(1,167 bp)を増幅した。このPCRにはプライマーとしてb14GT5/27F (5’-ATGCGCGCCCGCCGGGGGCTGCTGCGG-3’/配列番号:3)とb14GT5/27R (5’-TCAGTACTCGTTCACCTGAGCCAGCTC-3’/配列番号:4)を用いた。PCR反応にはミスが少ないKOD Plus DNA polymerase (TOYOBO)を用い、PCRサイクルは94℃で2分間処理した後、94℃ 15秒間、68℃ 2分間を35回繰り返した。得られた単一バンドをプラスミドpBluescript II KS+のEcoRVサイトに挿入してpBS/β14GT5クローンを得た。このcDNAクローンの配列は制限酵素サイトの確認とABI PRISM Big Dye Terminator Ver3(Applied Biosystems, California, USA)を用いたシークエンシングにより確認した。
ヒトβ1,4GT5のDNA配列とアミノ酸配列を配列番号:1、配列番号:2にそれぞれ示す。
【0051】
[実施例2]ヒト由来β1,4GT5の植物発現ベクターの構築
TiプラスミドベクターpBE2113を制限酵素BamHIとSacIで消化し、電気泳動により分画してGUSカートリッジを抜き去った断片pBE2113ΔGUSを得た。pBS/β14GT5をこの断片に挿入する目的でBamHIとSacIサイト付加のためのPCRを行った。プライマーにはBH1/b14GT5(5’-TTG GGATCC ATGCGCGCCCGCCGGGGGGG/配列番号:5)とb14GT5/Sc1(5’-AAGGAGCTCTCAGTACTCGTTCACCTGAGC/配列番号:6)を用い、反応は上記と同条件で行った。得られたPCR産物をBamHIとSacIで消化し、断片pBE2113ΔGUS断片にライゲーションして植物発現ベクターpBE/βGT5を構築した。このクローンの配列は上記と同じ方法でシークエンシングを行いミスが無いことを確認した。挿入されたβ1,4GT5のcDNAの発現はカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(35S)とΩ配列、そしてノパリンシンターゼのターミネーター(NOS)により制御される構造である。また形質転換体の選択マーカーとしてカナマイシン耐性遺伝子を含んでいる。
ヒトβ1,4GT5の植物発現ベクターを図1に示す。
【0052】
[実施例3]タバコの形質転換
タバコ(Nicotiana tabacum cv. Blight Yellow)の形質転換はAgrobacteriumを使いリーフディスク法を用いて行った。無菌的に育成したタバコの葉から一辺約1 cmのリーフディスクを切り出し、pBE/βGT5を持ったAgrobacterium tumefacience LBA4404株の菌液に浸して2日間MS寒天培地上で共存培養して感染させた。3日目に50 mg/l カナマイシンと500 mg/l カルベニシリンを含むMS液体培地でリーフディスクを洗いAgrobacterium菌体を除去したうえ、これら抗生物質を加えた再分化用MS寒天培地上で培養し、形質転換タバコのシュートを得た。
【0053】
[実施例4]β1,4GT5を導入した組換えタバコのゲノムDNAの解析
ヒトβ1,4GT5がタバコの染色体ゲノムに挿入されていることを確認するためにPCRを行った。カナマイシン抵抗性が確認された62系統の各組み換えタバコの葉約0.1 gからDNAを抽出し(DNeasy Plant Mini Kit, QIAGEN)、その一部を鋳型に用いてPCRを行った。プライマーはβ1,4GT5のORF全長を含むようにb14GT5/27F(5’-ATGCGCGCCCGCCGGGGGCTGCTGCGG/配列番号:3)とb14GT5/27R(5’-TCAGTACTCGTTCACCTGAGCCAGCTC/配列番号:4)を用いた。PCR反応にはTAKARA EX Taq Polymeraseを使い、94℃ 30秒間、65℃ 30秒間、72℃ 1.5分間を40回繰り返した。16クローンについて調べたところ、16クローン全てにイソ型β1,4-ガラクトシルトランスフェラーゼ遺伝子固有のバンドが現れ、確かに核ゲノムに遺伝子が挿入されていることを確認した。
PCRの結果を図2に示す。
【0054】
[実施例5]β1,4GT5を導入した組換えタバコのRNAの解析
ヒトβ1,4GT5がタバコの染色体ゲノムに挿入されていることを確認するためにRT-PCRを行った。カナマイシン抵抗性が確認された62系統の各組み換えタバコの葉約0.1 gからTotal RNAを抽出(RNeasy Plant Mini Kit, QIAGEN)し、その一部を鋳型に用いてPCRを行った。プライマーはb14GT5sqp1(5'-TGGATTACATTCATGAACTC/配列番号:7)とb14GT5/27R(5’-TCAGTACTCGTTCACCTGAGCCAGCTC/配列番号:4)を用いた。RT-PCR反応にはReady-To-Go RT-PCR Beads(アマシャム)を使い、42℃、30分間逆転写反応させて95℃で5分間処理し酵素を失活させた後、95℃、30秒、55℃、30秒、72℃、2分のPCR反応を40サイクル繰り返した。27クローンについて調べたところ、5クローンにβ1,4GT5固有のバンドが現れ、確かにRNAが転写されていることを確認した。
RT-PCRの結果を図3に示す。
【0055】
[実施例6]組換えタバコの脂質の解析
タバコの葉約10 gを約1 cm四方の大きさに切った後、100 mlのクロロホルム/メタノール(1:2)を加えポリトロンで1分間破砕した。これをブフナロートに敷いた4重ミラクロスで吸引濾過し、Bligh-Dyer法に従ってクロロホルムと水を加えて2層分配しクロロホルム層を回収した。これを減圧下で乾固させた後、1 mlのクロロホルム/メタノール(2:1)に溶解し総脂質画分とした。
【0056】
総脂質画分からスフィンゴ脂質を得るために弱アルカリ分解法を用いた。上で得られた総脂質に10 mlの0.4 M KOHのメタノール溶液を加え37℃で2時間反応させた。これにクロロホルムと水を加え2層分配を行ってアルカリに耐性な脂質を回収し、減圧乾固後に少量のクロロホルム/メタノール(2:1)に溶解して総スフィンゴ脂質画分とした。
【0057】
[実施例7]TLC分画されたラクトシルセラミドの同定
スフィンゴ脂質を脂質クラスに分離するためにシリカゲルTLCにかけた。総スフィンゴ脂質画分をシリカゲルTLCに載せ展開溶媒としてクロロホルム/メタノール/水(65 : 16 : 1)を用いて展開した。脂質の検出はプリムリン法とオルシノール硫酸法を用いた。その結果、タバコの葉の脂質にはグルコシルセラミドと共に新規合成されたラクトシルセラミドのスポットが確認された。
TLCのスポットの写真を図4に示す。
【0058】
[実施例8]ラクトシルセラミドの糖鎖の分析
得られたラクトシルセラミドをTLCから分離回収し糖鎖構造の分析を行った。エンドグリコセラミダーゼ(タカラ)を用いて糖鎖を切断してTLCに展開したところ、糖鎖構造がラクトースであることが確認された。
TLC写真を図5に示す。
【0059】
[実施例9]ラクトシルセラミドのTOFF-MAS分析
得られたラクトシルセラミドをTOFF-MASで分析したところ、ラクトシルセラミド特有のピーク(*で示す)が検出された。
TOFF-MASのクロマトグラムを図6に示す。
【0060】
[実施例10]ラクトシルセラミド含量の分析
TLCで分離したスフィンゴ脂質をオルシノール硫酸法で発色させ、デンシトメーターを用いる方法でラクトシルセラミド含量を定量した。図4のTLCのオルシノールの発色をデンシトメーターで読み込み、各脂質を定量して各脂質の相対量とラクトシルセラミドの絶対量を分析した。以下の表1に糖脂質の組成について示す。
【0061】
【表1】

【0062】
平均値(± 標準誤差);n=7回の実験結果;tr, 0.4%以下;MGDG, モノガラクトシルジアシルグリセロール;DGDG, ジガラクトシルジアシルグリセロール;SQDG, スルフォキノボシルジアシルグリセロール;SteGlc, ステリルグルコシド;LacCer, ラクトシルセラミド。
【0063】
また以下の表2に形質転換タバコのラクトシルセラミド含量(μg/g、生葉あたり)について示す。
【0064】
【表2】

【0065】
平均値(± 標準誤差); n=6回の実験結果。
【0066】
その結果、ヒトβ1,4GT5が導入された組換えタバコには、生葉1gあたり約200μg(個体差157〜263μg)のラクトシルセラミドが含まれていた。
【0067】
以前、本発明者らは、β1,4-ガラクトシルトランスフェラーゼ(Accession No. AF097159 (NCBI))をタバコに導入し、ラクトシルセラミドの合成を試みたが、その際得られたラクトシルセラミドは生葉1gあたり約0.1μgであり、産業上利用可能な収量ではなかった。一方、本発明ではその約2000倍という大量のラクトシルセラミドが得られたことから、これまでの方法と比べてはるかに有用であるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明により、組換え植物を用いてラクトシルセラミドを大量に合成することが可能となった。ラクトシルセラミドは本来植物では生産されない動物固有のスフィンゴ糖脂質の共通の前躯体である。このラクトシルセラミドが植物で生産可能になったことにより、これまで産業上有用であるにもかかわらずコストおよび安全性の問題により生産が困難であった動物固有のスフィンゴ糖脂質を、大量かつ安価に生産することが可能になった。本発明の方法は生産の過程で植物を用いるため、安全性の面でも優れている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物細胞で発現可能なプロモータ―領域の下流に、下記(a)から(c)のいずれかに記載のヒト由来のDNAが機能的に結合したベクター。
(a)配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(b)配列番号:1に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA
(c)配列番号:2に記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
【請求項2】
請求項1に記載のベクターが導入された形質転換植物細胞。
【請求項3】
請求項2に記載の形質転換植物細胞から再生された、ラクトシルセラミドを生産する能力を有する植物体。
【請求項4】
請求項3に記載の植物体の子孫またはクローンである、ラクトシルセラミドを生産する能力を有する植物体。
【請求項5】
請求項3または4に記載のラクトシルセラミドを生産する能力を有する植物体の繁殖材料。
【請求項6】
ラクトシルセラミドを生産する能力を有する植物体の製造方法であって、
(i)請求項1に記載のベクターを植物細胞に導入する工程、および
(ii)工程(i)においてベクターが導入された形質転換植物細胞から植物体を再生する工程、
を含む方法。
【請求項7】
請求項2に記載の形質転換植物細胞、請求項3もしくは4に記載の植物体、または請求項5に記載の繁殖材料を用いることを特徴とする、ラクトシルセラミドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−19526(P2011−19526A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−206506(P2010−206506)
【出願日】平成22年9月15日(2010.9.15)
【分割の表示】特願2006−532753(P2006−532753)の分割
【原出願日】平成17年8月31日(2005.8.31)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】