説明

ラクトフェリン加水分解物の製造方法

【課題】苦味が少なく、抗原性が低いラクトフェリン加水分解物の製造方法、および製造された加水分解物を提供する。
【解決手段】ラクトフェリンを、全蛋白質に対して80質量%以上のキモシンを含有する酵素組成物により、pH2〜3、反応温度が35〜55℃、及び反応時間が6〜24時間の条件で加水分解することにより、ラクトフェリンに比べて抗原性が0.1%(1/1000)以下であるラクトフェリン加水分解物を製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、苦味が少なく、抗原性が低いラクトフェリン加水分解物の製造方法、および当該製造方法によって提供されるラクトフェリン加水分解物に関する。
【背景技術】
【0002】
食品蛋白質の機能特性の新たな発現や改良の手段の一つとして蛋白質加水分解酵素(プロテアーゼ)や酸を用いた限定加水分解(断片化)が行なわれている。この様にして得られたペプチドは、消化吸収の観点から、遊離アミノ酸混合物よりも吸収速度及び吸収後のアミノ酸バランスにおいて優れていることが明らかにされている(非特許文献1)。しかしながら、限定加水分解(断片化)により苦味、えぐ味のある苦味ペプチドが生成し、呈味性の悪い、嗜好性に難のある素材になることが指摘されており、アミノ酸遊離率の極端に低い分解物は特に苦味を呈する場合が多く、摂取するときの障害となることがある。そのために利用が制限されているのも事実である。
一方、食餌蛋白質に起因するアレルギー患者が急増し、特に乳児においては、例えば乳清蛋白質、特にβ−ラクトグロブリンに起因するアレルギーが多発していることが明らかになっており(非特許文献1)、食品中の抗原性物質の低減や、蛋白質・ペプチドにおける抗原性の実質的除去が求められている。
このように、苦味等の不快味や抗原性が抑制され、食品加工において有用なペプチド素材の開発が待望されている。
【0003】
ラクトフェリンは、哺乳動物の乳汁、唾液、涙、精液、種々の粘液等に存在する、非ヘム鉄結合糖蛋白質であり、鉄吸着作用、細胞増殖促進作用、免疫調節作用、および抗菌作用を有する多機能蛋白質である。牛ラクトフェリンは、乳業工場で日常的に取扱う生脱脂乳またはチーズ・ホエーから容易に、かつ大量に得ることができ、商品として直ちに利用することができる。
【0004】
そして、ラクトフェリンを加水分解して得られるラクトフェリン加水分解物や、ラクトフェリン中の特定のアミノ酸配列を有するラクトフェリンペプチド、例えばラクトフェリシン(本出願人による登録商標)は、抗菌活性(特許文献1、非特許文献2)やチロシナーゼ活性(特許文献2)、アポトーシス誘導剤(特許文献3)、経口がん転移抑制剤(特許文献4)、肝機能改善剤(特許文献5)等の多くの生理活性が知られている。
【0005】
このようにラクトフェリン加水分解物やラクトフェリンペプチドは、化学物質および化学的に合成されたアミノ酸誘導体を含まない天然物由来のペプチドであるから、人および動物に対して健康的であり、かつ安全である。したがって、ラクトフェリン加水分解物やラクトフェリンペプチドは安全な、かつ有効な医薬、食品、飼料等として例えば、点眼剤、口腔剤、化粧品、皮膚剤、乳幼児用食品、臨床用食品、機能性食品、ペット用製品等の多種多様な商品に利用でき、極めて大きな価値を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−124504号公報
【特許文献2】特開平5−320068号公報
【特許文献3】特開平10−45618号公報
【特許文献4】特開平10−59864号公報
【特許文献5】国際公開第00/06192号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】酪農科学・食品の研究、第39巻、第A−283ページ、1990年
【非特許文献2】アンチマイクロバイアル・エージェンツ・アンド・ケモセラピー(Antimicrobial Agents and Chemotherapy)、第41巻、第1号、1997年、第54−59ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、苦味が少なく、抗原性が低い(低アレルゲン化)ラクトフェリン加水分解物の製造方法、および当該製造方法によって提供されるラクトフェリン加水分解物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、医薬品、食品、飼料等の様々な分野に利用が可能であるラクトフェリン加水分解物を提供する上で、従来より課題となっていたペプチドによる苦味の問題を克服することを課題として研究を進めた。そして、機能性と共に良好な風味を有する食品分野への適用を図るべく、鋭意検討を重ねた結果、蛋白質加水分解酵素の一種であるキモシンを含有する酵素組成物を用いてラクトフェリンを加水分解することにより、従来に比して顕著に苦味が低減され、かつ抗原性も低く抑えられたラクトフェリン加水分解物が得られることを知見した。
【0010】
本願の第一の発明は、ラクトフェリンに比べて抗原性が0.1%以下のラクトフェリン加水分解物の製造方法であって、ラクトフェリンを、全蛋白質に対して80質量%以上のキモシンを含有する酵素組成物により、pH2〜4、反応温度が35〜55℃、及び反応時間が6〜24時間の条件で加水分解する工程を含む方法である。
【0011】
上記方法は、抗原性が、ラクトフェリンを標準物質として、抗ラクトフェリン抗体を用いた免疫測定法により測定されるラクトフェリンの濃度として評価されることを好ましい態様としている。
また、上記方法は、酵素組成物の量が、ラクトフェリンの質量に対して、蛋白質の量として0.001〜5%の範囲であることを好ましい態様としている。
【0012】
また、本願の第二の発明は、前記第一の発明で特定される製造方法によって製造されるラクトフェリン加水分解物を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の製造方法によって製造されるラクトフェリン加水分解物は、口に含んでも苦味が少ないので、食品に添加した場合に食品全体の風味に影響を与えず、また抗原性も低く抑えられているので、ラクトフェリンペプチドが有する様々な生理活性を付与した機能性飲食品の製造に適した原料素材として提供することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の好ましい実施形態に限定されず、本発明の範囲内で自由に変更することができるものである。
【0015】
本発明において、出発物質として使用するラクトフェリンは、市販のラクトフェリン、哺乳類(例えば、ヒト、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ等)の初乳、移行乳、常乳、末期乳等、又はこれらの乳の処理物である脱脂乳、ホエー等から常法(例えば、イオン交換クロマ
トグラフィー等)により分離したラクトフェリン、それらを塩酸、クエン酸等により脱鉄したアポラクトフェリン、アポラクトフェリンを鉄、銅、亜鉛、マンガン等の金属でキレートさせた金属飽和ラクトフェリン、又はこれらの混合物である(以下、これらをまとめてLFと記載することがある。)。
【0016】
本発明によるラクトフェリン加水分解物(以下、「LF加水分解物」と記載することがある)は、前記ラクトフェリンをキモシンを含有する酵素組成物で加水分解することによって得られるものである。
前記酵素組成物によりラクトフェリンを加水分解する場合には、ラクトフェリンを0.5〜20質量%、望ましくは2〜15質量%の濃度で水、精製水、生理食塩水、緩衝液等に溶解してラクトフェリン(LF)溶液を調製し、当該LF溶液のpHを2〜4、好ましくは2.5〜3.5、特に好ましくは3に調整する。その後、キモシンを含有する酵素組成物を添加して加水分解を行う。
【0017】
ラクトフェリンの加水分解に使用される酵素組成物は、同組成物に含まれる蛋白質全量に対してキモシン(Chymosin 、Enzyme Code: 3.4.23.4)を80質量%以上含有してい
ればよく、含有するキモシン以外の成分に特に制限はなく、他の蛋白質分解酵素が含まれていてもよい。このような蛋白質分解酵素としては、ペプシン、又は、微生物、例えばアスペルギルス属等の糸状菌由来の蛋白質加水分解酵素等が挙げられる
キモシンは、哺乳動物の胃で作られる消化酵素の混合物から単離精製されたキモシン標品、又は粗精製品を使用することが可能であり、遺伝子組換え法により製造された組換え体キモシンを使用しても良い。
【0018】
なお、本発明においてはキモシンを含有する酵素組成物に含まれるキモシン含量は、蛋白質全量に対して80質量%以上が好ましく、84質量%以上がさらに好ましく、88質量%以上がより好ましく、92質量%が特に好ましい。また、キモシンを含有する酵素組成物に含まれる蛋白質が、すべてキモシンで構成されるもの、すなわち、キモシン100質量%の酵素組成物であっても良い。酵素組成物は、蛋白質以外の成分、例えば水分、糖類等を含んでいてもよい。
【0019】
また、キモシンを含有する酵素組成物としては、キモシン含量が80質量%以上である限り、哺乳動物の胃で作られる消化酵素の混合物、すなわち、レンネット(凝乳酵素)を使用することが可能である。この場合、仔牛由来のカーフレンネット(通常、キモシン88〜94質量%とペプシン6〜12質量%をそれぞれ含有する)を使用することが好ましい。
【0020】
加水分解に使用する酵素組成物の量は、基質であるラクトフェリンの質量に対して、蛋白質の量として0.001〜5%の範囲であることが好ましく、0.01〜4%の範囲であることがより好ましく、特に、0.1〜3%の範囲であることが好ましい。
【0021】
(ラクトフェリン加水分解物の製造方法)
本発明の方法によりラクトフェリンを加水分解するにあたっては、ラクトフェリン(LF)溶液は酵素反応処理を行う前に、塩酸、クエン酸、酢酸等の酸によりpHを2〜4、好ましくは2.5〜3.5の範囲に調製されるが、pH3であることが特に好ましい。
例えば、pHを3に調整したLF溶液は、前記キモシンを含有する酵素組成物を所望の量で添加した後、酵素反応の温度を35〜55℃、好ましくは40〜50℃、より好ましくは42〜48℃に保持して、6時間〜24時間、好ましくは12〜18時間、攪拌しながらラクトフェリンを加水分解させる。
次いで、例えば反応溶液を80℃に昇温して10分間維持し、酵素を加熱失活させる。さらに、好ましくは、水酸化ナトリウム溶液等のアルカリ溶液を添加して、pHを5〜7
、例えば6に調整する。
なお、pH調整後の反応溶液(ラクトフェリン加水分解物)は、溶液のままでもよいが、凍結乾燥等を行って粉末化することが好ましい。また、ラクトフェリン分解物は、クロマトグラフィー、又は限外濾過等により、分画したものを用いることもできる。
【0022】
上記のようにして得られるラクトフェリン加水分解物は、ラクトフェリン(ラクトフェリン加水分解物と同質量の未分解のラクトフェリン)に比べて抗原性が0.1%(1/1000)以下である。抗原性は、例えば、抗ラクトフェリン抗体に対する反応性により評価することができる。抗ラクトフェリン抗体に対する反応性は、抗ラクトフェリン抗体を用いた免疫測定法、例えばELISA法(Enzyme-linked immunosorbent assay)により
測定されるラクトフェリン濃度として測定することができる。ラクトフェリン濃度は、既知量のラクトフェリンを標準物質として作成した標準曲線を用いて測定することができる。抗ラクトフェリン抗体は、モノクローナル抗体でもポリクローナル抗体でもよい。ELISA法の詳細については、後述する。
また、上記のようにして得られるラクトフェリン加水分解物は、他の蛋白質分解酵素、例えばペプシンを用いて得られるラクトフェリン加水分解物に比べて苦味が少ない。
【0023】
以下に、抗原性及び苦味を評価する具体的な方法を例示する。
(抗原性試験)
抗原性試験は、通常の免疫測定法を採用することができるが、例えば、酵素免疫測定法(Enzyme-linked immunosorbent assay:ELISA、川瀬興三他、東邦医会誌、35巻 506頁、1989年)に準じて、ラクトフェリンを対照として行い、ラクトフェリン抗体に対するラクトフェリン加水分解物の反応性として評価することができる。
【0024】
具体的には、例えば、ELISA法に使用する試薬等の調製、及びそれらを用いた測定は以下のようにして行うことができるが、これらに限定されず、適宜改変することができる。
【0025】
1)洗浄液
ダルベッコPBS(DULBECCO'S PBS:Phosphate Buffer Saline)溶液(DULBECCO'S PBS TABLET(DS PHARMA BIOMEDICAL社製、DSBN200)100錠を1L
のミリQ水に溶解したもの)1Lに対し、Tween(登録商標)20(ポリソルベート20、モノラウリン酸ポリオキシエチレンソルビタン(polyoxyethylene sorbitan monolaurate))を5mL添加して、Tween−PBS 10倍濃縮液を調製した。当該Tw
een−PBS 10倍濃縮液を、ミリQ水でさらに10倍希釈したものを洗浄液とする

【0026】
2)ブロック液
REAGENT DILUENT CONCENTRATE 2(10X)(R&D systems社製、DY995)を、
2.2μmフィルターで濾過したミリQ水で10倍に希釈したものをブロック液とする。
【0027】
3)一次抗体液
抗ウシ・ラクトフェリン・ヤギ抗体(Goat anti-Bovine Lactoferrin affinity Purified 1.0 mL @ 1.0 mg/mL)(Bethyl社製、A10-126A)1mlを、PBS溶液(pH
7.2)(ギブコ社製、20012)にて4,000倍に希釈した溶液を一次抗体液とする。
【0028】
4)希釈液
前記Tween−PBS10倍濃縮液と、前記ブロック液と、ミリQ水とを、それぞれ、Tween−PBS10倍濃縮液:ブロック液:ミリQ水=1:1:8、となるように混合して希釈液とする。
【0029】
5)検量線サンプル
ラクトフェリンを前記希釈液に溶解して、それぞれ3.125ng/mL、6.25ng/mL、12.5ng/mL、25ng/mL、50ng/mL、100ng/mLの濃度となるように調製して検量線サンプルとする。
【0030】
6)LF分解物サンプル
ラクトフェリン加水分解物を希釈液に溶解して、LF分解物サンプルとする(最大濃度:4000ng/mL)。
【0031】
7)二次抗体液
ペルオキシダーゼ標識抗ウシ・ラクトフェリン・ヤギ抗体(Goat anti-Bovine Lactoferrin HRP conjugated 1.0 mL @ 1.0 mg/mL)(Bethyl社製、A10-126P)1mLを前記希釈液で12,000倍に希釈した溶液を二次抗体液とする。
【0032】
8)発色液
ABTS Peroxidase Sulfate(ABTS:2,2'-Azido.bis-3-ethyl benzthiazoline sulfonic acid)とPeroxidase Solution B(H2O2)(KSP社製、50-62-00)とを同量(1:1)
混合したものを発色液とする。
【0033】
9)反応停止液
ラウリル硫酸ナトリウム(SDS:sodium dodecyl sulfate)20gをミリQ水50mLに溶解し、これにジメチルホルムアミド(DMF)50mlを加えて反応停止液とする。
【0034】
10)測定手順
i)一次抗体液100μLをマイクロプレートのウェルに分注し、常温で1時間〜一晩静置した後、ウェルを洗浄液300μLで3回洗浄し、ウェルにブロック液200μLを分注する。常温で1〜2時間静置した後、洗浄液300μLで3回洗浄する。
【0035】
ii)検量線サンプル又はLF分解物100μLをウェルに入れ、常温で2〜3時間静置した後、洗浄液300μLで3回洗浄する。
【0036】
iii)ウェルに二次抗体液100μLを入れ、常温で2〜3時間静置した後、洗浄液300μLで3回洗浄する。
iv)ウェルに発色液100μLを入れ、常温で5〜15分静置した後、反応停止液50μLを加える。
【0037】
v)反応液の吸光度(405nm)を測定する。吸光度は、例えばマイクロプレートリーダー(コロナ電機社製、MTP−32)を用いて測定することができる。検量線サンプルの濃度と吸光度をプロットして検量線を作成する。LF分解物サンプルの反応液の吸光度と検量線から、LF分解物サンプルのラクトフェリン濃度を測定する。
【0038】
11)抗原性
抗原性は、以下の式に基づいて算出することができる。
【0039】
抗原性(%)=[ELISA法により測定されたLF分解物サンプルのラクトフェリン濃度(W/V)]×100/[LF分解物サンプルのペプチド濃度(W/V)]
【0040】
LF分解物サンプル中に含まれる蛋白質分解酵素がラクトフェリン及びラクトフェリン
加水分解物に比べて無視できる量であれば、上記式の分母は、加水分解前のラクトフェリン溶液のラクトフェリン濃度で置換えることができる。
尚、LF分解物サンプルのペプチド濃度は、例えば、紫外吸収法、Bradford法、Lowry
法等の方法により測定することができる。
【0041】
上記のようにして測定されるLF分解物サンプル中のラクトフェリン濃度は、未分解のラクトフェリンの濃度であるか、抗ラクトフェリン抗体に反応性を有する加水分解ペプチドによるみかけのラクトフェリン濃度であるか、あるいはその両方であるか明らかではないが、いずれにしても、免疫測定法により測定されるラクトフェリン濃度が低いことは、抗ラクトフェリン抗体に対する反応性、すなわち抗原性が低いことを示している。
【0042】
(苦味試験)
ラクトフェリン加水分解物の苦味は、官能性試験により評価することができる。具体的には、例えば、各試料を精製水に1質量%の濃度に溶解した被検液を、20℃に保温し、20歳から40歳までの男女各20人のパネルにより官能的に風味を試験し、苦味なし(0点)、苦味ややあり(1点)、苦味あり(2点)、苦味強くあり(3点)の4段階で評価する。評価点の平均値から、例えば、0.5点未満を「苦味なし」、0.5点以上1.5点未満を「苦味ややあり」、1.5点以上2.5点未満を「苦味あり」、及び2.5点以上3.0点未満を「苦味強くあり」として判定することができる。
【実施例】
【0043】
以下に実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
ウシ・ラクトフェリン(森永乳業社製)を精製水にて5質量%となるように溶解し、塩酸溶液にてpHを3に調整してラクトフェリン溶液を調製した。調製したラクトフェリン溶液を45に加温し、次いでラクトフェリンの質量に対して3%のカーフレンネット(RENCO社製、キモシンを92質量%、ペプシンを8質量%含有)を添加して、攪拌しながら24時間反応させて、加水分解を行った。
加水分解終了後、反応液を80に加温し、10分間保温して酵素を失活させた。
反応液を氷冷後、水酸化ナトリウム溶液を添加して反応液のpHを6に調整し、その後反応液を凍結乾燥してラクトフェリン加水分解物粉末を製造した。
【0044】
[試験例1]
本試験は、本発明のラクトフェリン加水分解物の抗原性について検討するために行った。
【0045】
実施例1で製造したラクトフェリン加水分解物について、前記の抗原性試験(ELISA法)に記載される方法に基づいて抗原性の試験を行った。
【0046】
その結果、実施例1で製造したラクトフェリン加水分解物を水に溶解した溶液のペプチド濃度は8000ng/mL、抗原性試験で測定されたラクトフェリン濃度は3.6ng/mLであり、ラクトフェリン加水分解物の抗原性は、同量のラクトフェリンに比べて0.045%(1/1000以下)であることが確認された。
【0047】
[試験例2]
本試験は、本発明のラクトフェリン加水分解物と他の加水分解酵素によって消化されたラクトフェリン加水分解物の苦味について検討するために行った。
【0048】
(試験試料)
ラクトフェリンの加水分解に用いる酵素として、それぞれ、キモシン(100質量%:DSM社製)を用いたラクトフェリン加水分解物を試料1、キモシンを92質量%含有する酵素組成物を用いたラクトフェリン加水分解物を試料2、キモシンを88質量%含有する酵素組成物を用いたラクトフェリン加水分解物を試料3、キモシンを50質量%含有する酵素組成物を用いたラクトフェリン加水分解物を試料4、ウシレンネット(RENCO社製。キモシン5質量%、ペプシン95質量%)を用いたラクトフェリン加水分解物を試料5、豚ペプシンを用いたラクトフェリン加水分解物を対照1、モルシンFを用いたラクトフェリン加水分解物を対照2、スミチームAPを用いたラクトフェリン加水分解物を対照3として苦味試験に供した。試料2〜4の作製に使用した酵素組成物は、試料1及び試料5の作製に各々用いたキモシン及びウシレンネットを、所定のキモシン含量となるように混合することにより調製した。スミチームAPはアスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)由来のプロテアーゼであり、モルシンFはアスペルギルス・サイトイ(Aspergillus saitoi)由来のプロテアーゼである。
【0049】
(試験方法)
ラクトフェリンを加水分解するに際し、ラクトフェリンは精製水にて5質量%に調製して加水分解を行った。
また、酵素量はすべて、ラクトフェリンの質量に対して3%となるように各酵素を添加し、すべての試料について、pH3の条件にて酵素反応を行った。
反応温度は、試料1〜5は45℃に設定し、対照1〜3については、用いられる各酵素の至適温度に設定し、また、すべて反応時間を6時間に揃えて加水分解を行った。
なお、苦味は、前記の4段階の官能評価に基づいて評価した。
【0050】
(試験結果)
本試験の結果は表1に示されるとおりである、その結果、ラクトフェリンの加水分解に用いる酵素が、キモシン、キモシンを92質量%含有する酵素組成物、又はキモシンを88質量%含有する酵素組成物である場合、本試験により苦味は検出されなかった。
これに対し、ラクトフェリンの加水分解に用いる酵素が、キモシンを50質量%含有する酵素組成物では、若干ではあるものの苦味を感じる結果となり、さらに、キモシンを5質量%含有する酵素組成物では、明確に苦味を感じる結果となった。
また、ラクトフェリンの加水分解に用いる酵素が、ペプシンである場合は、苦味を感じることが確認され、モルシンFやスミチームAPである場合は、苦味を強く感じる結果となった。
【0051】
すなわち、ラクトフェリンに用いる加水分解酵素は、ラクトフェリン加水分解物の苦味を抑えるという点で、上記反応条件では少なくともキモシンを80質量%程度含有する酵素組成物であることが好ましいことが判明した。
【0052】
【表1】

【0053】
[試験例3]
本試験は、本発明とは酵素反応条件が異なる方法により得られたラクトフェリン加水分解物の苦味と抗原性について検討するために行った。
【0054】
Hoek, K.S.ら(アンチマイクロバイアル・エージェンツ・アンド・ケモセラピー(Antimicrobial Agents and Chemotherapy)、第41巻、第1号、1997年、第54−59
ページ)には、ラクトフェリンの加水分解に用いる酵素がキモシンである点、pHが3である点で、本発明のラクトフェリン加水分解物の製造方法と条件が共通するものの、酵素反応時間が本発明に比して短い(反応時間:1時間)ことが記載されている。
そこで、文献1に記載されているラクトフェリン加水分解物の製造方法に基づいて調製したラクトフェリン加水分解物を対照4とし、当該対照4と、前記本発明の実施例1で製造したラクトフェリン加水分解物とについて、抗原性試験および苦味試験を行った。
【0055】
その結果を表2に示す。表2から明らかなとおり、本発明の実施例1と対照4の苦味は、いずれも感じられない結果となった。
一方、抗原性(%)は実施例1が0.045であるのに対し、対照4では1.624であり、上記Hoek, K.S.らに記載されるラクトフェリン加水分解物は、本発明のラクトフェリン加水分解物に比して抗原性が36倍も顕著に高い値を示すことが判明した。
【0056】
【表2】

【0057】
なお、文献1に記載されるとおり、対照4の試料の調製にあたっては、酵素量が、ラクトフェリンの質量に対して4%相当のキモシンを用い、また、酵素反応の温度条件が、60℃である点で、本発明と相違するものであった。
すなわち、本発明に比してキモシンの酵素量が1.45倍であり、酵素反応温度も15℃高いにもかかわらず、抗原性は、本発明に比して高い値を示していた。
【0058】
よって、苦味が抑えられ、抗原性が十分に低いラクトフェリン加水分解物を製造するためには、加水分解に用いる酵素がキモシン含量が80質量%以上である酵素組成物を用い
て、少なくとも6時間以上、好ましくは24時間の酵素反応を行うことが重要であることが判明した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトフェリンに比べて抗原性が0.1%以下のラクトフェリン加水分解物の製造方法であって、ラクトフェリンを、全蛋白質に対して80質量%以上のキモシンを含有する酵素組成物により、pH2〜4、反応温度が35〜55℃、及び反応時間が6〜24時間の条件で加水分解する工程を含む方法。
【請求項2】
抗原性が、ラクトフェリンを標準物質として、抗ラクトフェリン抗体を用いた免疫測定法により測定されるラクトフェリンの濃度として評価される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
酵素組成物の量が、ラクトフェリンの質量に対して、蛋白質の量として0.001〜5%の範囲である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法によって製造されるラクトフェリン加水分解物。

【公開番号】特開2012−235768(P2012−235768A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−21014(P2012−21014)
【出願日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【出願人】(000006127)森永乳業株式会社 (269)
【Fターム(参考)】