説明

ラクリチン活性を有する化合物のスクリーニング方法

【課題】 眼疾患の予防・治療剤及びそれらを開発し得る種々の手段の提供。
【解決手段】 ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞を用いる、ラクリチン活性を有する化合物のスクリーニング方法;ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞を含有してなる、ラクリチン増幅剤;ラクリチン、ラクリチン発現ベクター、ラクリチン発現細胞、ラクリチン活性を有する化合物、ラクリチン阻害物質、ラクリチン阻害物質発現ベクター又はラクリチン阻害物質発現細胞を含有してなる、ラクリチン発現調節剤;ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞を用いる、ラクリチンの発現調節方法;ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞の同定又は製造方法;並びにラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞を含むキットなど。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラクリチン活性を有する化合物のスクリーニング方法;ラクリチン増幅剤;ラクリチン発現調節剤;ラクリチンの発現調節方法;ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞の同定又は製造方法;並びにラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞を含むキットなどに関する。
【背景技術】
【0002】
涙液は眼において種々の重要な役割を果たしている。例えば、涙液の果たす役割としては、角結膜の湿潤性を保持することによる角膜及び結膜上皮細胞の保護、感染防止、角膜の透明性維持、角膜への栄養補給などが知られている。涙液の分泌障害により生じる疾患としては、ドライアイ等の眼疾患が知られ、ドライアイでは、例えば、人工涙液の補給、ヒアルロン酸などの保湿性の高い粘弾性物質の点眼などの処置が施されている。しかしながら、これらの対症療法では症状を緩和し得るが、根本的な治療とはなり得ない。涙液は上述の通り種々の役割を果たしており、眼疾患を改善し得ると考えられるので、涙腺に作用し、涙液分泌を促進する物質の開発が所望されている。
【0003】
ラクリチン(Lacritin)は、涙液分泌促進因子あるいは成長因子様タンパク質として同定されたタンパク質である(特許文献1及び非特許文献1参照)。ラクリチンについては、以下1)〜5)が報告されている:
1)ラクリチンは、角膜上皮細胞や涙腺腺房細胞の成長因子としての活性を有していること;
2)ラクリチンは、涙液タンパク質分泌促進効果を有していること;
3)ラクリチンは、涙腺、耳下腺、小唾液腺、顎下腺、甲状腺及び角膜上皮等の組織に由来する細胞で発現していること;
4)ラクリチンを含有する点眼剤が、ドライアイ症候群、シェーグレン症候群又は角膜上皮創傷等の眼疾患の治療に利用できる可能性があること;
5)ラクリチン受容体を発現させた細胞を用い、ラクリチンに依存するカルシウムのシグナルを指標とすることで、ラクリチンやラクリチン受容体に結合する化合物を探索できること。
【0004】
しかしながら、特定の細胞にラクリチンを作用させると、ラクリチン自身の発現が誘導されることについては、今まで何ら報告がなされていない。
【特許文献1】国際公開第02/065943号パンフレット
【非特許文献1】Sanghi, S. et al., Journal of Molecular Biology 310, pp.127-139 (2001年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ドライアイ等の眼疾患の予防・治療剤及びそれらを開発し得る種々の手段などを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、特定の細胞において、ラクリチンの発現がラクリチン自身により誘導されること、並びに該細胞におけるラクリチンの発現の誘導は、その存在が示唆されているラクリチンの活性を媒介するラクリチン受容体とは異なり得る未知のラクリチン受容体により制御され得ることを見出した。これらの知見より、本発明者らは、ラクリチン活性を有する化合物を開発するためには、上記未知のラクリチン受容体を発現する細胞におけるラクリチンの発現を指標にすればよいこと、並びにラクリチンを増幅するためには、上記未知のラクリチン受容体を発現する細胞を用いればよいことなどを着想し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)(a)ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞と試験化合物を接触させる工程、及び(b)ラクリチンの発現量が上昇するか否かを評価する工程を含む、ラクリチン活性を有する化合物のスクリーニング方法。
(2)該細胞が、百日咳毒素(PTX)により阻害されないラクリチン受容体の発現細胞である、(1)記載の方法。
(3)該細胞が角膜細胞又は結膜細胞である、(1)記載の方法。
(4)該細胞がヒト角膜上皮細胞又はヒト結膜上皮細胞である、(1)記載の方法。
(5)ラクリチンの発現量がmRNA量に基づいて評価される、(1)記載の方法。
(6)ラクリチンの発現量がタンパク質量に基づいて評価される、(1)記載の方法。
(7)ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞を含有してなる、ラクリチン増幅剤。
(8)該細胞が、百日咳毒素(PTX)により阻害されないラクリチン受容体の発現細胞である、(7)記載の剤。
(9)該細胞が角膜細胞又は結膜細胞である、(7)記載の剤。
(10)医薬である、(7)記載の剤。
(11)細胞移植剤である、(7)記載の剤。
(12)眼疾患の予防・治療剤である、(11)記載の剤。
(13)眼疾患が、角膜上皮創傷、ドライアイ症候群及びシェーグレン症候群からなる群より選ばれる、(12)記載の剤。
(14)涙液分泌促進剤である、(7)記載の剤。
(15)細胞増殖促進剤である、(7)記載の剤。
(16)角膜細胞、涙腺腺房細胞及び唾液腺腺房細胞からなる群より選ばれる細胞の増殖促進剤である、(15)記載の剤。
(17)ラクリチン、ラクリチン発現ベクター、ラクリチン発現細胞、ラクリチン活性を有する化合物、ラクリチン阻害物質、ラクリチン阻害物質発現ベクター又はラクリチン阻害物質発現細胞を含有してなる、ラクリチン発現調節剤。
(18)ラクリチン、ラクリチン発現ベクター、ラクリチン発現細胞又はラクリチン活性を有する化合物を含有してなるラクリチン増幅剤である、(17)記載の剤。
(19)ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞と、ラクリチン、ラクリチン活性を有する化合物又はラクリチン阻害物質とを接触させる工程を含む、ラクリチンの発現調節方法。
(20)ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞と、ラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物とを接触させる工程を含むラクリチン増幅方法である、(19)記載の方法。
(21)(19)又は(20)記載の方法により得られる、ラクリチンの発現が調節された細胞。
(22)(a)所定の動物細胞とラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物とを接触させる工程、及び(b)ラクリチンの発現量が上昇するか否かを評価する工程を含む、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞の同定方法。
(23)(a)動物細胞を調製する工程、(b)該細胞とラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物とを接触させる工程、及び(c)ラクリチンの発現量が上昇するか否かを評価する工程を含む、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞の製造方法。
(24)(23)記載の方法により得られる、細胞。
(25)ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞及びラクリチンの発現量を測定可能な手段を含む、キット。
(26)該細胞が角膜細胞又は結膜細胞である、(25)記載のキット。
(27)ラクリチンの発現量を測定可能な手段が、核酸プローブ、プライマー及び抗体からなる群より選択される、(25)記載のキット。
(28)試験用又は医療用キットである、(25)記載のキット。
(29)ラクリチン活性を有する化合物のスクリーニング用又は細胞移植用である、(25)記載のキット。
(30)ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞及びラクリチンを提供可能な手段を含む、キット。
(31)ラクリチンを提供可能な手段が、ラクリチン、ラクリチン発現ベクター、ラクリチン発現細胞及びラクリチン活性を有する化合物からなる群より選択される、(30)記載のキット。
(32)ラクリチンの増幅用キットである、(30)記載のキット。
(33)ラクリチンを提供可能な手段及びラクリチンの発現量を測定可能な手段を含む、キット。
(34)ラクリチンを提供可能な手段とラクリチンの発現量を測定可能な手段との組合せが、以下(i)又は(ii)のいずれかである、(33)記載のキット:
(i)ラクリチンと、ラクリチン遺伝子転写産物に特異的に反応する核酸プローブ又はラクリチン遺伝子転写産物を特異的に増幅可能なプライマーとの組合せ;
(ii)ラクリチン発現ベクターと、天然ラクリチン遺伝子転写産物に特異的に反応し、且つ該ベクター由来の転写産物と反応しない核酸プローブ、あるいは天然ラクリチン遺伝子転写産物を特異的に増幅可能であり、且つ該ベクター由来の転写産物を増幅しないプライマーとの組合せ。
(35)ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞の同定又は製造用キットである、(33)記載のキット。
【発明の効果】
【0007】
ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞におけるラクリチンの発現量の上昇を指標とすることにより、ラクリチン活性を有する化合物を得ることができるため、ドライアイ症候群、シェーグレン症候群又は角膜上皮創傷等の眼疾患のための点眼剤などの開発が可能となる。また、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞を用いることにより、ラクリチンを増幅できるため、例えば、眼疾患の予防・治療を目的とする細胞移植が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
<1.スクリーニング方法>
本発明は、ラクリチン活性を有する化合物のスクリーニング方法を提供する。本発明のスクリーニング方法は、例えば、(a)ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞と試験化合物を接触させる工程、及び(b)ラクリチンの発現量が上昇するか否かを評価する工程を含む。
【0009】
「ラクリチン活性」とは、ラクリチンが有する任意の薬理作用を意味する。ラクリチンは、細胞(後述の<2.ラクリチン増幅剤>で言及する細胞と同様である)の増殖作用、涙液、唾液等の分泌液の分泌促進作用等の作用を有することが知られているので、ラクリチン活性は、例えばこれら作用であり得る。
【0010】
上記スクリーニング方法の工程(a)では、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞が試験化合物と接触条件下におかれる。該細胞に対する試験化合物の接触は、培養培地中で行われ得る。例えば、該細胞を通常の方法で培養、継代した後、播種し、細胞の培養プレートへの接着後に試験化合物を添加するなどの方法が用いられる。
【0011】
試験化合物は、いかなる公知化合物及び新規化合物であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、タンパク質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分等が挙げられる。
【0012】
「ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体」とは、ラクリチンによるラクリチンの誘導を引き起こすシグナル伝達に関与する受容体を意味する。これまでにラクリチン受容体としては、ラクリチンの活性を媒介する受容体が知られており、これはGiタンパク質阻害剤で阻害され得る。一方、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体は、Giタンパク質阻害剤(例えば、百日咳毒素(PTX))により阻害され得ないことが判明しており、従って、ラクリチンの活性を媒介する受容体とは異なり得る。本明細書中、便宜のため、本発明者らがその存在を見出したラクリチン受容体を、必要に応じて「ラクリチン受容体」と省略し、従来からその存在が把握されていたラクリチンの活性を媒介する受容体を、必要に応じて「既知のラクリチン受容体」と省略する。
【0013】
「ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞」とは、上述したラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体を発現している動物細胞を意味する(本明細書中、便宜のため、必要に応じて「ラクリチン受容体発現細胞」と省略する)。ラクリチン受容体発現細胞は下記の通りの細胞であるが、かかる細胞は、例えば、後述の同定方法および製造方法により入手できる。本発明のスクリーニング方法によれば、かかる細胞におけるラクリチンの発現量の上昇を指標とすることで、ラクリチン活性を有する化合物を選択することが可能になった。
【0014】
ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞は、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、サル、ヒト等の哺乳動物、ニワトリ等の鳥類などの動物に由来する細胞であり得る。該細胞としてはまた、眼細胞が例示されるが、角膜細胞又は結膜細胞が好ましく、ヒト角膜上皮細胞又はヒト結膜上皮細胞がより好ましい。該細胞はさらに、初代培養細胞、初代培養細胞から誘導された細胞株、幹細胞等の未分化細胞の培養により得られる細胞(例えば、分化細胞)、市販の細胞株、セルバンクより入手可能な細胞株などであり得る。
【0015】
ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞と試験化合物が接触される培養培地は、用いられる細胞の種類などに応じて適宜選択されるが、例えば、最少必須培地(MEM)、ダルベッコ改変最少必須培地(DMEM)、F12培地またはRPMI1640培地、あるいはそれらの混合培地を基本培地として含むものなどである。培地への添加剤としては、例えば、仔ウシ血清(FCS)、インスリン、上皮細胞成長因子(EGF)、コレラトキシン、各種抗生剤などが挙げられる。培養条件もまた、用いられる細胞の種類などに応じて適宜決定されるが、例えば、培地のpHは約6〜約8であり、培養温度は通常約30〜約40℃であり、培養時間は約1時間〜約1週間である。
【0016】
上記スクリーニング方法の工程(b)では、試験化合物の存在下、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞におけるラクリチンの発現量が上昇するか否かが評価される。ラクリチンの発現量が上昇するか否かは、ラクリチンmRNA又はタンパク質の発現量を測定し、該測定された発現量を、試験化合物の非存在下でのラクリチンの発現量と比較することにより評価され得る。
【0017】
ラクリチンのmRNA及びタンパク質の発現量は、自体公知の方法を使用して測定できる。例えば、mRNAの発現量は、ノーザンブロット法、RT−PCR等の方法により測定でき、タンパク質の発現量は、ELISA、ウエスタンブロット法等の免疫学的方法により測定できる。
【0018】
発現量の比較は、例えば、有意差の有無に基づいて行われる。試験化合物の非存在下におけるラクリチンの発現量は、試験化合物の存在下における発現量の測定に対し、事前に測定した発現量であっても、同時に測定した発現量であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した発現量であることが好ましい。
【0019】
本発明のスクリーニング方法ではまた、ラクリチン(タンパク質)をポジティブコントロールとして使用できる。本発明のスクリーニング方法で用いられ得るラクリチンは、後述の<2.ラクリチン増幅剤>で言及するものと同様である。
【0020】
発現量の評価の結果、ラクリチンmRNA又はタンパク質の発現量の上昇が確認できれば、その試験化合物はラクリチン活性を有する化合物と判定され得る。このようにして得られた化合物は、後述のラクリチン増幅剤と同様の様々な用途に用いられ得る。本発明によれば、本発明のスクリーニング方法により得られるラクリチン活性を有する化合物もまた提供される。
【0021】
<2.ラクリチン増幅剤>
本発明は、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞を含有してなるラクリチン増幅剤を提供する。
【0022】
本発明の増幅剤は、上述したラクリチン受容体発現細胞を有効成分として含有すればよく、細胞としてラクリチン受容体発現細胞以外の細胞をさらに含有するものであっても、細胞としてラクリチン受容体発現細胞のみを実質的に含有するものであってもよい。例えば、細胞としてラクリチン受容体発現細胞のみを実質的に含有する増幅剤の使用を意図する場合、実質的にラクリチン受容体発現細胞のみからなる細胞集団を調製する必要があるが、このような細胞集団は、例えば、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体の発現が確認された単一細胞を培養することにより調製できる。また、ラクリチン受容体発現細胞における細胞マーカー(例えば、ラクリチン受容体)の同定後には、自体公知の方法、例えばフローサイトメーターを用いる方法、パニング法によりラクリチン受容体発現細胞の精製が可能となる。
【0023】
本発明の増幅剤は、ラクリチン存在下でラクリチンを誘導可能であり(即ち、細胞外環境中のラクリチン量を増幅し)、以ってラクリチンの作用を高めることができる。従って、該増幅剤はラクリチンの誘導のため、その性質上ラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物による補助を必要とする。それ故、該増幅剤は、ラクリチン受容体発現細胞の他、ラクリチンを提供可能な手段をさらに含有していてもよい。
【0024】
ラクリチンを提供可能な手段とは、ラクリチン(タンパク質)自体またはラクリチンの産生を可能とするものである限り特に限定されず、例えば、ラクリチン、ラクリチン発現ベクター、ラクリチン発現細胞、ラクリチン活性を有する化合物、並びにラクリチンの転写活性化因子の発現ベクター、ラクリチン誘導剤が挙げられる。ラクリチン活性を有する化合物は、ラクリチン活性を有していればいかなる公知化合物及び新規化合物であってもよく、例えば、核酸、糖質、タンパク質、ペプチド、有機低分子化合物などが挙げられる。
【0025】
ラクリチンは、天然タンパク質又は組換えタンパク質であり得る。ラクリチンとしては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、サル、ヒト等の哺乳動物、ニワトリ等の鳥類などの動物に由来するラクリチンが挙げられるが、例えば、ヒト又はヒト細胞への使用を意図する場合には、ヒトラクリチン(例えば、GenBank/EBIデータバンクのアクセッション番号NM_033277(cDNA)及びay005150(ゲノミック)参照)が好ましい。ラクリチンは、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞においてラクリチンの誘導能を有する限り1以上のアミノ酸が置換、付加、欠失、修飾された変異体であってもよい。
【0026】
ラクリチンはまた、天然ラクリチン(例えば、ラクリチン受容体発現細胞により産生されるラクリチン)と識別可能な形態であり得る。「識別可能な形態」とは、比較される双方の間に検出可能な差異が存在することを意味する。天然ラクリチンと識別可能な形態のラクリチンとしては、例えば、ヒスチジン(His)タグ、Flagタグ、Mycタグ等のエピトープが付加されたラクリチンが挙げられる。
【0027】
ラクリチンは、自体公知の方法により調製でき、例えば、1)ラクリチン分泌部位(例えば、涙腺、角膜、結膜、唾液腺、胸腺など)からラクリチンを回収してもよく、2)宿主細胞(例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、酵母、昆虫細胞、昆虫、動物細胞)にラクリチン発現ベクターを導入することにより形質転換体を作製し、該形質転換体により産生されるラクリチンを回収してもよく、3)ウサギ網状赤血球ライセート、コムギ胚芽ライセート、大腸菌ライセート等を用いる無細胞系によりラクリチンを合成してもよい。ラクリチンは、塩析や溶媒沈澱法などの溶解度を利用する方法;透析法、限外ろ過法、ゲルろ過法、およびSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法などの主として分子量の差を利用する方法;イオン交換クロマトグラフィーなどの荷電の差を利用する方法;アフィニティークロマトグラフィー、ラクリチン抗体の使用などの特異的親和性を利用する方法;逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法;等電点電気泳動法などの等電点の差を利用する方法;これらを組合せた方法などにより適宜精製される。
【0028】
ラクリチン発現ベクターは、上記ラクリチンを発現可能なベクターであり得る。ラクリチン発現ベクターは、ラクリチンをコードするポリヌクレオチドが、目的とする細胞内でプロモーター活性を発揮し得るプロモーターに機能的に連結されていなければならない。使用されるプロモーターは、目的の細胞で機能し得るものであれば特に制限はないが、例えば、SV40由来初期プロモーター、サイトメガロウイルスLTR、ラウス肉腫ウイルスLTR、MoMuLV由来LTR、アデノウイルス由来初期プロモーター等のウイルスプロモーター、並びにβ−アクチン遺伝子プロモーター、PGK遺伝子プロモーター、トランスフェリン遺伝子プロモーター等の哺乳動物の構成タンパク質遺伝子プロモーターなどが挙げられる。プロモーターはまた、角膜細胞特異的プロモーター(例えば、ケラチン12(Krtl.12)、ケラトカン)、結膜細胞特異的プロモーター等のラクリチン受容体発現細胞特異的プロモーターであってもよい。
【0029】
発現ベクターは、好ましくはラクリチンをコードするポリヌクレオチドの下流に転写終結シグナル、すなわちターミネーター領域を含有する。さらに、形質転換細胞選択のための選択マーカー遺伝子(テトラサイクリン、アンピシリン、カナマイシン、ハイグロマイシン、ホスフィノスリシン等の薬剤に対する抵抗性を付与する遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子等)をさらに含有することもできる。
【0030】
発現ベクターとして使用される基本骨格のベクターは特に制限されないが、例えば、プラスミドベクター、並びにレトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、センダイウイルス等のウイルスベクターが挙げられる。
【0031】
ラクリチンを提供可能な手段として発現ベクターが提供される場合、該発現ベクターはラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞に導入されていてもよい。発現ベクターの細胞への導入方法としては、自体公知の方法、例えばエレクトロポレーション法、リン酸カルシウム沈殿法、マイクロインジェクション法、リポソーム、陽イオン性脂質等の脂質を使用する方法などが用いられ得る。また、該発現ベクター(又はラクリチンのコーディング領域、及びプロモーター領域を少なくとも含む部分)は、ラクリチン受容体発現細胞のゲノムに組み込まれていても、組み込まれていなくてもよい。発現ベクターの細胞内ゲノムへの組込みには、自体公知の方法、例えばレトロウイルスを使用する方法、相同組換えを可能とするターゲティングベクターを使用する方法などが用いられ得る。
【0032】
「ラクリチン発現細胞」とは、ラクリチン非存在下であってもラクリチンを発現する細胞を意味する。ラクリチン発現細胞としては、例えば、ラクリチン発現ベクターの宿主細胞への導入により得られる形質転換体、ラクリチンを構成的に発現する天然細胞が挙げられる。ラクリチン発現細胞は、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、サル、ヒト等の哺乳動物、ニワトリ等の鳥類などの動物に由来する細胞であり得る。ラクリチン発現細胞はまた、涙腺細胞、耳下腺細胞、小唾液腺細胞、顎下腺細胞、甲状腺細胞、角膜細胞、胸腺細胞、結膜細胞等の細胞であり得る(これら細胞はラクリチンを発現することが既知である)。ラクリチン発現細胞はさらに、初代培養細胞、初代培養細胞から誘導された細胞株、幹細胞等の未分化細胞の培養により得られる細胞(例えば、分化細胞)、市販の細胞株、セルバンクより入手可能な細胞株などであり得る。
【0033】
ラクリチンを提供可能な手段としてラクリチン発現細胞が提供される場合、該細胞はラクリチン受容体発現細胞と同一細胞であっても異なる細胞であってもよい。換言すれば、本発明の増幅剤は、ラクリチン受容体及びラクリチンを構成的に発現する細胞、またはラクリチン受容体発現細胞及びラクリチン発現細胞を含有してなる。
【0034】
本発明の増幅剤はまた、ラクリチンを提供可能な手段を伴わずに提供される。この場合、該増幅剤は、ラクリチンの誘導のため、ラクリチンが存在する環境、例えば上述のラクリチン発現部位への適用に適切であるように調製され得る。
【0035】
本発明の増幅剤は、ラクリチン受容体発現細胞に加え、任意の担体または媒体などを含有できる。任意の担体としては、医薬上許容され得る担体(後述)が挙げられる。任意の媒体としては、例えば、細胞培養培地、培地添加剤などが挙げられる。
【0036】
本発明の増幅剤は、医薬又は試験用試薬などとして、あるいはインビボ又はインビトロにおいて用いられ得る。本発明の増幅剤が医薬として使用される場合、点眼剤、貼付剤、軟膏剤、ローション剤、クリーム剤等の剤形で用いられ得る。
【0037】
一実施形態では、本発明の増幅剤は、ラクリチンの産生剤(または産生システム)であり得る。該産生剤によれば、天然ラクリチンを大量且つ効率的に取得することが可能となる。
【0038】
別の実施形態では、本発明の増幅剤は、ラクリチン受容体発現細胞を哺乳動物等の動物に移植するための細胞移植剤であり得る。この場合、ラクリチン受容体発現細胞は、移植用の細胞シート、細胞層または組織均等物(以下、必要に応じて「移植片」と省略する)として提供されてもよい。移植片の作製に関する技術は、例えば、WO03/084431、WO03/026712、WO03/009783、WO00/29553、WO96/13974、特開2003-38170、特開2001-161353、US20020039788等に詳述されている。また、該細胞移植剤は、その含有するラクリチン発現細胞の種類および移植が意図される動物の種類に応じて、異種移植、同種異系移植または同種同系移植を可能とする。例えば、ヒトにおける同種同系移植が所望される場合、一方の眼から採取された角膜細胞または結膜細胞の細胞培養物から調製された移植片がもう一方の眼に移植され得る。該細胞移植剤は、例えば、眼疾患の予防・治療剤として用いられ得る。該細胞移植剤の適用が所望される眼疾患としては、例えば、角膜上皮創傷、シェーグレン症候群、涙液減少症、眼乾燥症、マイボーム腺機能不全、シェーングレン症候群、乾性角結膜炎、眼瞼炎、スティーブンス−ジョンソン症候群、VDT(Visual Display Terminal)作業に関連したドライアイ等のドライアイ症候群、さらにドライアイに伴う角結膜上皮障害、角膜上皮糜爛、角膜潰瘍、眼瞼縁炎、眼類天疱瘡などが挙げられる。
【0039】
また別の実施形態では、本発明の増幅剤は、細胞増殖の促進剤であり得る。該増幅剤により増殖が促進される細胞としては、例えば、角膜細胞、涙腺細胞等の眼細胞、涙腺腺房細胞、唾液腺腺房細胞、胸腺腺房細胞等の腺房細胞などが挙げられる。
【0040】
さらに別の実施形態では、本発明の増幅剤は、涙液等の分泌液の分泌促進剤であり得る。例えば、該促進剤は、涙腺細胞からの涙液分泌能の向上を可能とする。この場合、該促進剤は、涙腺細胞の存在部位への適用に適切であるように調製され得る。
【0041】
本発明の増幅剤は、ラクリチン存在下でのラクリチンの持続的な増幅を可能とする。従って、本発明の増幅剤は、長期にわたるラクリチン活性の増強が期待できるという点で極めて有用である。
【0042】
<3.ラクリチン発現調節剤>
本発明は、ラクリチン発現調節剤を提供する。本発明の調節剤は、ラクリチン、ラクリチン発現ベクター、ラクリチン発現細胞、ラクリチン活性を有する化合物、ラクリチン阻害物質、ラクリチン阻害物質発現ベクター又はラクリチン阻害物質発現細胞を少なくとも含有してなる。なお、本発明の調節剤は、1種類の上記成分のみならず、2種類以上の成分を含有していてもよい。
【0043】
ラクリチン阻害物質とは、ラクリチンの発現又は機能を抑制する化合物を意味する。ラクリチン阻害物質としては、例えば、アンチセンス核酸、リボザイム、デコイ核酸、siRNA、抗体、ドミナントネガティブ変異体、アプタマーなどが挙げられる。
【0044】
アンチセンス核酸とは、標的mRNA又は初期転写産物を発現する細胞の生理的条件下で該標的mRNA又は初期転写産物とハイブリダイズし得る塩基配列からなり、且つハイブリダイズした状態で該標的mRNAにコードされるポリペプチドの翻訳を阻害し得る核酸をいう。アンチセンス核酸の種類はDNAであってもRNAであってもよいし、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。また、天然型のアンチセンス核酸は、細胞中に存在する核酸分解酵素によってそのリン酸ジエステル結合が容易に分解されるので、本発明のアンチセンス核酸は、分解酵素に安定なチオリン酸型(リン酸結合のP=OをP=Sに置換)や2’-O-メチル型等の修飾ヌクレオチドを用いて合成もできる。アンチセンス核酸の設計に重要な他の要素として、水溶性及び細胞膜透過性を高めること等が挙げられるが、これらはリポソームやマイクロスフェアを使用するなどの剤形の工夫によっても克服できる。
【0045】
アンチセンス核酸の長さは、転写産物と特異的にハイブリダイズし得る限り特に制限はなく、短いもので約15塩基程度、長いものでmRNA(初期転写産物)の全配列に相補的な配列を含むような配列であってもよい。合成の容易さや抗原性の問題等から、例えば約15塩基以上、好ましくは約15〜約30塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。アンチセンス核酸の標的配列は、アンチセンス核酸がハイブリダイズすることにより、翻訳が阻害される配列であれば特に制限はなく、mRNAの全配列であっても部分配列であってもよいし、あるいは初期転写産物のイントロン部分であってもよい。
【0046】
リボザイムとは、mRNAもしくは初期転写産物を、コード領域の内部(初期転写産物の場合はイントロン部分を含む)で特異的に切断し得る酵素活性を有するRNAをいうが、最近では当該酵素活性部位のヌクレオチド配列を有するオリゴDNAも同様に核酸切断活性を有することが明らかになっているので、本発明では配列特異的な核酸切断活性を有する限りDNAをも包含する概念として用いるものとする。リボザイムとして最も汎用性の高いものとしては、ウイロイドやウイルソイド等の感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型等が知られている。また、リボザイムを、それをコードするDNAを含む発現ベクターの形態で使用する場合には、細胞質への移行を促進するために、tRNAを改変した配列をさらに連結したハイブリッドリボザイムとすることもできる[Nucleic Acids Res., 29(13): 2780-2788 (2001)]。
【0047】
デコイ核酸とは、転写調節因子が結合する領域を模倣する核酸分子をいい、ラクリチン阻害物質としてのデコイ核酸は、ラクリチン遺伝子に対する転写活性化因子が結合する領域を模倣する核酸分子であり得る。
【0048】
デコイ核酸としては、例えば、リン酸ジエステル結合部分の酸素原子を硫黄原子で置換したチオリン酸ジエステル結合を有するオリゴヌクレオチド(S−オリゴ)、又はリン酸ジエステル結合を電荷を持たないメチルホスフェート基で置換したオリゴヌクレオチドなど、生体内でオリゴヌクレオチドが分解を受けにくくするために改変したオリゴヌクレオチドなどが挙げられる。デコイ核酸は転写活性化因子が結合する領域と完全に一致していてもよいが、転写活性化因子が結合し得る程度の同一性を保持していればよい。デコイ核酸の長さは転写活性化因子が結合する限り特に制限されない。また、デコイ核酸は、同一領域を反復して含んでいてもよい。
【0049】
siRNAとは、mRNA又は初期転写産物のコード領域内の部分配列(初期転写産物の場合はイントロン部分を含む)に相補的な二本鎖オリゴRNAをいう。二本鎖オリゴRNAを細胞内に導入するとそのRNAに相補的なmRNAが分解される、いわゆるRNA干渉(RNAi)と呼ばれる現象は、以前から線虫、昆虫、植物等で知られていたが、この現象が動物細胞でも起こることが確認されたことから[Nature, 411(6836): 494-498 (2001)]、本技術は積極的に活用されている。
【0050】
アンチセンスオリゴヌクレオチド及びリボザイムは、例えば、ラクリチン遺伝子のヌクレオチド配列に基づいて標的配列を決定し、市販のDNA/RNA自動合成機(アプライド・バイオシステムズ社、ベックマン社等)を用いて、これに相補的な配列を合成することにより調製できる。デコイ核酸、siRNAは、センス鎖及びアンチセンス鎖をDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、適当なアニーリング緩衝液中、約90〜約95℃で約1分程度変性させた後、約30〜約70℃で約1〜約8時間アニーリングさせることにより調製できる。また、相補的なオリゴヌクレオチド鎖を交互にオーバーラップするように合成して、これらをアニーリングさせた後リガーゼでライゲーションすることにより、より長い二本鎖ポリヌクレオチドを調製できる。
【0051】
ラクリチン抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のいずれであってもよく、周知の免疫学的手法により作製できる。また、該抗体は、抗体のフラグメント(例えば、Fab、F(ab’)2)、組換え抗体(例えば、単鎖抗体)であってもよい。ラクリチン阻害物質としてのラクリチン抗体は、ラクリチン中和抗体(またはラクリチン阻害抗体)であり得る。
【0052】
例えば、ポリクローナル抗体は、ラクリチンあるいはそのフラグメント(必要に応じて、ウシ血清アルブミン、KLH(Keyhole Limpet Hemocyanin)等のキャリアタンパク質に架橋した複合体とすることもできる)を抗原として、市販のアジュバント(例えば、完全または不完全フロイントアジュバント)とともに、動物の皮下あるいは腹腔内に2〜3週間おきに2〜4回程度投与し(部分採血した血清の抗体価を公知の抗原抗体反応により測定し、その上昇を確認しておく)、最終免疫から約3〜約10日後に全血を採取して抗血清を精製することにより取得できる。抗原を投与する動物としては、ラット、マウス、ウサギ、ヤギ、モルモット、ハムスターなどの哺乳動物が挙げられる。
【0053】
また、モノクローナル抗体は、細胞融合法(例えば、渡邊武、細胞融合法の原理とモノクローナル抗体の作成、谷内昭、高橋利忠編、「モノクローナル抗体とがん―基礎と臨床―」、第2-14頁、サイエンスフォーラム出版、1985年)により作成することができる。例えば、マウスに該因子を市販のアジュバントと共に2〜4回皮下あるいは腹腔内に投与し、最終投与の約3日後に脾臓あるいはリンパ節を採取し、白血球を採取する。この白血球と骨髄腫細胞(例えば、NS-1, P3X63Ag8など)を細胞融合して該因子に対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得る。細胞融合はPEG法[J. Immunol. Methods,81(2): 223-228 (1985)]でも電圧パルス法[Hybridoma, 7(6): 627-633 (1988)]であってもよい。所望のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、周知のEIAまたはRIA法等を用いて抗原と特異的に結合する抗体を、培養上清中から検出することにより選択できる。モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマの培養は、インビトロ、またはマウスもしくはラット、このましくはマウス腹水中等のインビボで行うことができ、抗体はそれぞれハイブリドーマの培養上清および動物の腹水から取得できる。
【0054】
ラクリチン抗体は、例えば非特許文献1に記載されており、該文献に記載の方法に基づいて作製することができる。
【0055】
さらに、ヒトにおける治療効果と安全性を考慮すると、本発明の抗体は、キメラ抗体、ヒト化又はヒト型抗体であってもよい。キメラ抗体は、例えば「実験医学(臨時増刊号), Vol.6, No.10, 1988」、特公平3-73280号公報等を、ヒト化抗体は、例えば特表平4-506458号公報、特開昭62-296890号公報等を、ヒト抗体は、例えば「Nature Genetics, Vol.15, p.146-156, 1997」、「Nature Genetics, Vol.7, p.13-21, 1994」、特表平4-504365号公報、国際出願公開WO94/25585号公報、「日経サイエンス、6月号、第40〜第50頁、1995年」、「Nature, Vol.368, p.856-859, 1994」、特表平6-500233号公報等を参考にそれぞれ作製することができる。
【0056】
ドミナントネガティブ変異体とは、ラクリチンに対する変異の導入によりその活性が低減したものをいう。該ドミナントネガティブ変異体は、天然のラクリチンと競合することで間接的にその活性を阻害することができる。該ドミナントネガティブ変異体は、ラクリチンをコードする核酸に変異を導入することによって作製することができる。変異としては、例えば、機能性部位における、当該部位が担う機能の低下をもたらすようなアミノ酸の変異(例えば、1以上のアミノ酸の欠失、置換、付加)が挙げられる。該変異は、PCRや公知のキットを用いる自体公知の方法により導入できる。
【0057】
アプタマーとは、所定のタンパク質に特異的に結合してその機能的発現を阻害するオリゴヌクレオチドをいう。ラクリチンに対するアプタマーは、例えば、以下の手順により取得することができる。即ち、まず、DNA/RNA自動合成機を用いてランダムにオリゴヌクレオチド(例えば、約60塩基)を合成し、オリゴヌクレオチドのプールを作製する。次に、目的の蛋白質、即ちラクリチンと結合するオリゴヌクレオチドをアフィニティーカラムで分離する。分離したオリゴヌクレオチドをPCRで増幅し、前述の選抜プロセスで再度選抜する。この過程を約5回以上繰り返すことによって、ラクリチンに親和性の強いアプタマーを選抜することができる。
【0058】
ラクリチン阻害物質発現ベクターは、上記ラクリチン阻害物質を発現可能なベクターであり得る。ラクリチン阻害物質発現ベクターにおける発現ベクターは、ラクリチン発現ベクターのものと同様である。ラクリチン阻害物質発現ベクターは、ラクリチン阻害物質として、例えば、アンチセンス核酸、リボザイム、デコイ核酸、siRNA、抗体、ドミナントネガティブ変異体、アプタマーを発現するベクターであり得る。
【0059】
ラクリチン阻害物質発現細胞とは、ラクリチン阻害物質発現ベクターの宿主細胞への導入により得られる形質転換体である。ラクリチン阻害物質発現細胞の作製に用いられる宿主細胞は、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、サル、ヒト等の哺乳動物、ニワトリ等の鳥類などの動物に由来する細胞であり得る。該宿主細胞はまた、任意の組織に由来する細胞であり得る。該宿主細胞はさらに、初代培養細胞、初代培養細胞から誘導された細胞株、幹細胞等の未分化細胞の培養により得られる細胞(例えば、分化細胞)、市販の細胞株、セルバンクより入手可能な細胞株などであり得る。ラクリチン阻害物質発現細胞は、ラクリチン阻害物質として、例えば、抗体、ドミナントネガティブ変異体等の分泌可能なものを発現する細胞であり得る。
【0060】
本発明の調節剤は、上記成分に加え、任意の担体、例えば医薬上許容され得る担体を含むことができる。医薬上許容され得る担体としては、例えば、ショ糖、デンプン、マンニット、ソルビット、乳糖、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤、セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリプロピルピロリドン、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、ショ糖、デンプン等の結合剤、デンプン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、ナトリウム−グリコール−スターチ、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウム等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、エアロジル、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等の滑剤、クエン酸、メントール、グリシルリシン・アンモニウム塩、グリシン、オレンジ粉等の芳香剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水、オレンジジュース等の希釈剤、カカオ脂、ポリエチレングリコール、白灯油等のベースワックスなどが挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0061】
経口投与に好適な製剤は、水、生理食塩水、オレンジジュースのような希釈液に有効量の物質を溶解させた液剤、有効量の物質を固体や顆粒として含んでいるカプセル剤、サッシェ剤または錠剤、適当な分散媒中に有効量の物質を懸濁させた懸濁液剤、有効量の物質を溶解させた溶液を適当な分散媒中に分散させ乳化させた乳剤等である。
【0062】
非経口的な投与(例えば、眼内投与、結膜下注射、テノン嚢注射、口腔内投与、皮下注射、筋肉注射、局所注入など)に好適な製剤としては、水性および非水性の等張な無菌の注射液剤があり、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。また、水性および非水性の無菌の懸濁液剤が挙げられ、これには懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等が含まれていてもよい。当該製剤は、アンプルやバイアルのように単位投与量あるいは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分および医薬上許容され得る担体を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解または懸濁すればよい状態で保存することもできる。
【0063】
本発明の調節剤の投与量は、有効成分の活性や種類、病気の重篤度、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって異なり一概に云えないが、通常、成人1日あたり有効成分量として約0.001〜約500mg/kgである。
【0064】
本発明の調節剤は、医薬又は試験用試薬などとして、あるいはインビボ又はインビトロにおいて用いられ得る。本発明の調節剤が医薬として使用される場合、点眼剤、貼付剤、軟膏剤、ローション剤、クリーム剤、経口剤等の剤形で用いられ得る。
【0065】
一実施形態では、本発明の調節剤は、ラクリチンの産生剤、細胞増殖の促進剤、あるいは涙液等の分泌液の分泌促進剤であり得る。ラクリチンの産生剤、細胞の増殖促進剤、分泌促進剤の詳細は、本発明の増幅剤と同様である。
【0066】
別の実施形態では、本発明の調節剤は、眼疾患の予防・治療剤であり得る。該調節剤の適用が所望される眼疾患は、本発明の増幅剤が適用され得る眼疾患と同様である。この場合、本発明の調節剤には、ラクリチン、ラクリチン発現ベクター、ラクリチン発現細胞又はラクリチン活性を有する化合物が含有される。
【0067】
また別の実施形態では、本発明の調節剤は、流涙症、涙嚢炎などの疾患の予防・治療剤であり得る。この場合、本発明の調節剤には、ラクリチン阻害物質、ラクリチン阻害物質発現ベクター又はラクリチン阻害物質発現細胞が含有される。
【0068】
本発明の調節剤は、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞によるラクリチンの発現を制御することにより、ラクリチンの活性を媒介するラクリチン受容体に対するラクリチンの結合量を調節し、以ってラクリチン活性の増強又は抑制の程度を増幅できる。例えば、ラクリチンは、それ自体がラクリチン活性を媒介するラクリチン受容体に結合するのみならず、該受容体に結合し得る新たなラクリチンの発現を誘導することで、ラクリチンの該受容体に対する結合量を顕著に増加させ、以って細胞増殖作用等の作用の劇的な増強を可能とする。また、ラクリチン阻害物質は、それ自体がラクリチンの活性を媒介するラクリチン受容体に対するラクリチンの結合量を低下させるのみならず、該受容体に結合し得る新たなラクリチンの発現を抑制することで、ラクリチンの該受容体に対する結合量を顕著に低下させ、以って細胞増殖作用等の作用の劇的な減弱を可能とする。従って、本発明の調節剤は、ラクリチン活性の顕著な増強又は抑制が期待できるという点で極めて有用である。
【0069】
<4.ラクリチンの発現調節方法>
本発明は、ラクリチンの発現調節方法を提供する。本発明の調節方法は、例えば、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞と、ラクリチン、ラクリチン活性を有する化合物又はラクリチン阻害物質とを接触させる工程を含む。なお、本発明の調節方法は、1種類の上記成分のみならず、2種類以上の成分を作用させてもよい。
【0070】
上記調節方法の工程では、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞がラクリチン、ラクリチン活性を有する化合物又はラクリチン阻害物質と接触条件下におかれる。ラクリチン受容体発現細胞に対するラクリチン、ラクリチン活性を有する化合物又はラクリチン阻害物質の接触はインビトロ(即ち、培養培地中)又はインビボで行われ得るが、該接触は、種々の様式で達成され得る。
【0071】
例えば、本発明の調節方法がインビトロで行われる場合、接触は、ラクリチン受容体発現細胞を含む培養培地へのラクリチン、ラクリチン活性を有する化合物又はラクリチン阻害物質の添加により直接的に達成され得る。接触はまた、培養培地中のラクリチン受容体発現細胞又は当該細胞の周囲に存在する他の細胞へのラクリチン発現ベクター又はラクリチン阻害物質発現ベクターの導入により、あるいはラクリチン受容体発現細胞をラクリチン発現細胞又はラクリチン阻害物質発現細胞と共存させることにより間接的に達成され得る。詳細には、ラクリチン発現ベクター又はラクリチン阻害物質発現ベクターのラクリチン受容体発現細胞又は該他の細胞への導入後、これらの細胞からラクリチン又はラクリチン阻害物質が分泌され、ラクリチン受容体発現細胞に接触し得る。また、ラクリチン受容体発現細胞をラクリチン発現細胞又はラクリチン阻害物質発現細胞と共存させることで、ラクリチン発現細胞から産生されたラクリチン又はラクリチン阻害物質発現細胞から産生されたラクリチン阻害物質が、ラクリチン受容体発現細胞に接触し得る。また、本工程では、ラクリチン受容体発現細胞及びその他の細胞を含む細胞集団に接触させてもよいし、ラクリチン受容体発現細胞のみを実質的に含む細胞集団に接触させてもよい。本工程で用いられる培養培地および培養条件は、用いられる細胞の種類などに応じて適宜選択され得るが、例えば、本発明のスクリーニング方法の工程(a)と同様である。
【0072】
一方、本発明の調節方法がインビボで行われる場合、接触は、ラクリチン受容体発現細胞の存在部位へのラクリチン、ラクリチン活性を有する化合物又はラクリチン阻害物質の投与により直接的に達成され得る。接触はまた、被験体のラクリチン受容体発現細胞又は当該細胞の周囲に存在する他の細胞へのラクリチン発現ベクター又はラクリチン阻害物質発現ベクターの導入により、あるいはラクリチン受容体発現細胞をラクリチン発現細胞又はラクリチン阻害物質発現細胞と共存させるように投与することにより間接的に達成され得る。発現ベクターが用いられる場合、角膜細胞特異的プロモーター(例えば、ケラチン12(Krtl.12)、ケラトカン)、結膜細胞特異的プロモーター等のラクリチン受容体発現細胞特異的プロモーターを有する発現ベクターが好ましい。
【0073】
本発明の調節方法は、ラクリチンの発現が増幅されたか否かを評価する工程をさらに含むことができる。本発明の調節方法がインビトロで行われる場合、ラクリチンの発現が増幅されたか否かは、例えば、本発明のスクリーニング方法の工程(b)と同様にして評価され得る。一方、本発明の調節方法がインビボで行われる場合、ラクリチンの発現が増幅されたか否かは、例えば、ラクリチン、ラクリチン活性を有する化合物又はラクリチン阻害物質とラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞との接触部位(例えば、角膜、結膜)からの分泌液(例えば、涙液)中のラクリチン量を測定し、接触させた有効成分の種類・量及び接触からの経過時間などを考慮しつつ、接触前に予め測定された分泌液中のラクリチン量と比較することにより評価される。従って、本発明の調節方法は、接触前に分泌液中のラクリチン量を測定する工程を含むこともできる。分泌液中のラクリチン量は、例えば、自体公知の方法、例えば、ELISA法、ウェスタンブロッティング、高速液体クロマトグラム(HPLC)法、により測定できる。
【0074】
一実施形態では、本発明の調節方法は、ラクリチンの製造方法であり得る。該製造方法によれば、天然ラクリチンを大量且つ効率的に取得することが可能となる。
【0075】
別の実施形態では、本発明の調節方法は、ラクリチン活性を有する化合物のスクリーニング方法に好適であり得る。例えば、本発明の調節方法は、該スクリーニング方法におけるポジティブコントロールの使用法の態様に該当する。
【0076】
また別の実施形態では、本発明の調節方法は、細胞増殖の調節方法であり得る。増殖が調節される細胞は、例えば、本発明の増幅剤により増殖が促進され得る細胞と同様である。
【0077】
さらに別の実施形態では、本発明の調節方法は、涙液等の分泌液の分泌調節方法であり得る。分泌が調節される細胞は、例えば、本発明の増幅剤により分泌が促進され得る細胞と同様である。
【0078】
また別の実施形態では、本発明の調節方法は、眼疾患の予防・治療方法であり得る。予防・治療が所望される眼疾患は、例えば、本発明の調節剤により予防・治療され得る眼疾患と同様である。この場合、本発明の調節方法では、ラクリチン、ラクリチン発現ベクター、ラクリチン発現細胞又はラクリチン活性を有する化合物が使用される。
【0079】
さらに別の実施形態では、本発明の調節方法は、ドライアイ疾患の予防・治療方法であり得る。予防・治療が所望されるドライアイ疾患は、例えば、本発明の調節剤により予防・治療され得るドライアイ疾患と同様である。この場合、本発明の調節方法では、ラクリチン阻害物質、ラクリチン阻害物質発現ベクター又はラクリチン阻害物質発現細胞が使用される。
【0080】
本発明によれば、該調節方法により得られる、ラクリチンの発現が調節されたラクリチン受容体発現細胞もまた提供される。該細胞は、単離された形態または他の細胞と共存した形態で提供され得る。
【0081】
<5.ラクリチン受容体発現細胞の同定・製造方法>
本発明は、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞の同定方法を提供する。該同定方法は、例えば、(a)所定の動物細胞とラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物とを接触させる工程、及び(b)ラクリチンの発現量が上昇するか否かを評価する工程を含む。
【0082】
本発明の同定方法で用いられる動物細胞は、既存の動物細胞であり得る。該動物細胞としては、例えば、市販の細胞株、セルバンクより入手可能な細胞株などを使用できる。動物細胞はまた、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、サル、ヒト等の哺乳動物、ニワトリ等の鳥類などの動物に由来する細胞であり得る。動物細胞はさらに、任意の組織に由来する細胞であり得る。
【0083】
上記同定方法の工程(a)では、所定の動物細胞がラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物と接触条件下におかれる。動物細胞に対するラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物の接触は培養培地中で行われ得るが、該接触は、種々の様式で達成され得る。例えば、該接触は、動物細胞を含む培養培地へのラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物の添加により直接的に達成され得る。また、該接触は、培養培地中の動物細胞へのラクリチン発現ベクターの導入により間接的に達成され得る。詳細には、ラクリチン発現ベクターの動物細胞への導入後、動物細胞(形質転換体)からラクリチンが分泌され、動物細胞に接触し得る。本工程で用いられ得る培養培地および培養条件は、用いられる細胞の種類などに応じて適宜選択されるが、例えば、本発明のスクリーニング方法の工程(a)と同様である。
【0084】
上記同定方法の工程(b)では、ラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物の存在下、動物細胞におけるラクリチンの発現が上昇するか否かが評価される。ラクリチンの発現が上昇するか否かは、本発明のスクリーニング方法の工程(b)と同様に評価され得る。しかしながら、ラクリチンの発現量の上昇をより高感度に捉えるためには、必要に応じて、検出する対象物、即ちmRNAまたはタンパク質を適宜選択する必要がある。例えば、工程(a)でラクリチンを用いた場合、好ましくはラクリチンmRNAの発現量が測定される。これは、検出する対象物をタンパク質とした場合、添加したラクリチンが培養上清中に存在するので、その添加量が多ければ多いほど、ラクリチンの発現量の上昇を短時間で高感度に検出できないためである。また、工程(a)でラクリチン発現ベクターを用いた場合、上記と同様の理由により、好ましくはラクリチンmRNAの発現量が測定されるが、この場合、例えば、少なくとも一方のプライマーがラクリチン遺伝子の非コーディング領域(該領域は、ラクリチン発現ベクター中に含まれない)にアニールするように設計されたプライマーを用いてRT−PCRが行われ得る。
【0085】
本発明の同定方法は、百日咳毒素(PTX)等のGiタンパク質阻害剤によるラクリチン受容体の阻害能を評価する工程をさらに含むことができる。
【0086】
本発明の同定方法は、例えば、本発明のスクリーニング方法、剤およびキットなどに必要とされるラクリチン受容体発現細胞の提供を可能とするため有用である。
【0087】
本発明はまた、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞の製造方法を提供する。本発明の製造方法は、例えば、(a)動物細胞を調製する工程、(b)該細胞とラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物とを接触させる工程、及び(c)ラクリチンの発現量が上昇するか否かを評価する工程を含む。
【0088】
上記製造方法の工程(a)では、動物細胞が自体公知の方法により調製される。例えば、動物細胞は、動物からの単離により、動物から単離された細胞の改変により、あるいは既存の細胞の改変により調製され得る。
【0089】
調製された動物細胞は、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、サル、ヒト等の哺乳動物、ニワトリ等の鳥類などの動物に由来する細胞であり得る。調製された動物細胞はまた、任意の組織由来の細胞であり得るが、例えば、角膜細胞、結膜細胞等の眼細胞であり得る。角膜細胞及び結膜細胞としては、上皮細胞も使用できる。調製された動物細胞はさらに、初代培養細胞、初代培養細胞から誘導された細胞株、幹細胞(例えば、角膜幹細胞、結膜幹細胞)等の未分化細胞の培養により得られる細胞(例えば、分化細胞)であり得る。例えば、角膜幹細胞および結膜幹細胞の培養に関する技術は、WO03/084431、WO03/006613、WO01/080760、特開2001-161353に詳述されている。
【0090】
上記製造方法の工程(b)及び(c)は、上記同定方法の工程(a)及び(b)と同様に行われ得る。
【0091】
本発明の製造方法は、百日咳毒素(PTX)等のGiタンパク質阻害剤によるラクリチン受容体の阻害能を評価する工程をさらに含むことができる。
【0092】
本発明の製造方法は、例えば、本発明のスクリーニング方法、剤およびキットなどに必要とされる新規ラクリチン受容体発現細胞の提供を可能とするため有用である。本発明によれば、該製造方法により得られた新規ラクリチン受容体発現細胞もまた提供される。
【0093】
<6.キット>
本発明は、本発明の方法の実施に必要とされる2種以上の構成成分を含む種々のキットを提供する。本発明のキットは、2種以上の構成成分が隔離された形態(例えば、異なる容器に納められた状態)で提供される。本発明のキットは、試験用又は医療用(例えば、診断用、予防・治療用、手術用)として用いられ得る。
【0094】
本発明のキットは、例えば、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞及びラクリチンの発現量を測定可能な手段を含むキット(キットI)であり得る。
【0095】
ラクリチンの発現量を測定可能な手段は、ラクリチンmRNA又はタンパク質を定量可能である限り特に限定されない。該手段は、標識用物質で標識されていてもよい。標識用物質としては、例えば、FITC、FAM等の蛍光物質、ルミノール、ルシフェリン、ルシゲニン等の発光物質、H、14C、32P、35S、123I等の放射性同位体、ビオチン、ストレプトアビジン等の親和性物質などが挙げられる。
【0096】
詳細には、ラクリチンの発現量を測定可能な手段は、ラクリチン遺伝子転写産物(例えば、mRNA)に特異的に反応する核酸プローブ、ラクリチン遺伝子転写産物(またはcDNA)を特異的に増幅可能である複数のプライマー(例えば、プライマー対)又はラクリチン抗体であり得る。核酸プローブは、マイクロアレイのように基板上に固定された形態で提供されてもよく、ラクリチン抗体は、プレート等の基板上に固定された形態で提供されてもよい。
【0097】
ラクリチン遺伝子転写産物に対して特異的に反応する核酸プローブは、ラクリチン遺伝子転写産物の量を特異的に測定可能である限り特に限定されない。該プローブはDNA、RNAのいずれでもよいが、安定性等を考慮するとDNAが好ましい。また、該プローブは、1本鎖又は2本鎖のいずれであってもよい。該プローブのサイズは、ラクリチン遺伝子転写産物を特異的に検出可能である限り特に限定されないが、好ましくは約15〜1000bp、より好ましくは約20〜500bpである。該プローブは、RNA抽出用試薬とともに提供されてもよい。
【0098】
ラクリチン遺伝子転写産物を特異的に増幅可能な複数のプライマーは、アガロースゲル電気泳動等の自体公知の検出手段において容易に検出可能なサイズのヌクレオチド断片が増幅されるように選択される。容易に検出可能なサイズのヌクレオチド断片は、例えば約100bp以上、好ましくは約200bp以上、より好ましくは約400bp以上の長さを有し得る。該プライマーのサイズは、ラクリチン遺伝子転写産物を増幅可能な限り特に限定されないが、例えば約15〜50bp、好ましくは約18〜30bpであり得る。該プライマーは、RNA抽出用試薬及び/又は逆転写酵素とともに提供されてもよい。
【0099】
一実施形態では、本発明のキットIは、スクリーニング用キットであり得る。該キットは、本発明のスクリーニング方法に必要とされる細胞及び手段を含むため、試験化合物がラクリチン活性を有するか否かの容易かつ迅速な判定を可能とする。該スクリーニング用キットは、ポジティブコントロールとしてのラクリチンを提供可能な手段(例えば、ラクリチン、ラクリチン活性を有する化合物)、Giタンパク質阻害剤(例えば、百日咳毒素(PTX))、ネガティブコントロールとして上皮細胞成長因子(EGF)をさらに含んでいてもよい。
【0100】
別の実施形態では、本発明のキットIは、細胞移植用キットであり得る。該キットは、移植に必要とされる細胞、及び該細胞における移植前及び/又は移植後のラクリチンの発現量(即ち、ラクリチン受容体発現細胞の効果)の確認に必要とされる手段を含むため、ラクリチン受容体発現細胞の移植の実施に有用である。該細胞移植用キットは、ラクリチンを提供可能な手段、細胞移植用器具をさらに含んでいてもよい。ラクリチン受容体発現細胞は、移植片として提供されてもよい。該細胞移植用キットは、異種移植、同種異系移植又は同種同系移植用キットであり得る。該細胞移植用キットは、例えば、眼疾患の予防・治療用キットとして用いられ得る。該細胞移植用キットの適用が所望される眼疾患は、本発明の増幅剤の適用が所望される眼疾患と同様である。眼疾患の予防・治療用キットは、眼疾患マーカーを測定可能な手段(例えば、眼疾患マーカーに対する抗体)を含むこともできる。
【0101】
また別の実施形態では、本発明のキットIは、細胞増殖の促進用キットであり得る。増殖が促進される細胞は、本発明の増幅剤により増殖が促進される細胞と同様である。該促進用キットは、細胞増殖作用を有するラクリチンの増幅に必要とされる細胞、及びラクリチンの発現量の確認に必要とされる手段を含むため、ラクリチンによる細胞増殖促進の確認に有用である。該促進用キットは、ラクリチンを提供可能な手段、増殖の促進が所望される細胞のマーカー(例えば、細胞表現抗原)に対する抗体、細胞染色用試薬(例えば、トリパンブルー)、MTTアッセイ用試薬をさらに含んでいてもよい。
【0102】
さらに別の実施形態では、本発明のキットIは、涙液等の分泌液の分泌促進用キットであり得る。分泌が促進される細胞は、本発明の増幅剤により分泌が促進される細胞と同様である。該促進用キットは、分泌作用を有するラクリチンの増幅に必要とされる細胞、及びラクリチンの発現量の確認に必要とされる手段を含むため、ラクリチンによる分泌促進の確認に有用である。該構築用キットは、ラクリチンの発現量を測定可能な手段、涙液量を測定可能な手段(例えば、涙液タンパク質量測定試薬シルマーテスト用試験紙、綿糸法用綿糸)をさらに含んでいてもよい。
【0103】
本発明のキットはまた、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞及びラクリチンを提供可能な手段を含むキット(キットII)であり得る。本発明のキットIIは、例えば、ラクリチンの増幅に用いられ得る。
【0104】
一実施形態では、本発明のキットIIは、ラクリチン産生剤(または産生システム)の構築用キットであり得る。該構築用キットは、ラクリチンの増幅に必要とされる細胞、及び該細胞におけるラクリチン産生のスターターとして必要とされる手段を含むため、特に、天然ラクリチンの大量且つ効率的な生産に有用である。該構築用キットは、培養培地、ラクリチンの発現量を測定可能な手段、転写活性因子をさらに含んでいてもよい。
【0105】
別の実施形態では、本発明のキットIIは、ラクリチン受容体発現細胞を哺乳動物等の動物に移植するための細胞移植用キットであり得る。該細胞移植用キットは、移植に必要とされる細胞、及び該細胞におけるラクリチン産生のスターターとして必要とされる手段を含むため、ラクリチン受容体発現細胞の移植の実施に有用である。該細胞移植用キットは、ラクリチンの発現量を測定可能な手段、細胞移植用器具をさらに含んでいてもよい。ラクリチン受容体発現細胞は、移植片として提供されてもよい。該細胞移植用キットは、異種移植、同種異系移植又は同種同系移植用キットであり得る。該細胞移植用キットは、例えば、眼疾患の予防・治療用キットとして用いられ得る。該細胞移植用キットの適用が所望される眼疾患は、本発明の増幅剤の適用が所望される眼疾患と同様である。眼疾患の予防・治療用キットは、眼疾患マーカーを測定可能な手段(例えば、眼疾患マーカーに対する抗体)を含むこともできる。
【0106】
また別の実施形態では、本発明のキットIIは、細胞増殖の促進用キットであり得る。増殖が促進される細胞は、本発明の増幅剤により増殖が促進される細胞と同様である。該促進用キットは、細胞増殖作用を有するラクリチンの増幅に必要とされる細胞、及び該細胞におけるラクリチン産生のスターターとして必要とされる手段を含むため、ラクリチンによる細胞増殖の促進に有用である。該促進用キットは、ラクリチンの発現量を測定可能な手段、増殖の促進が所望される細胞のマーカー(例えば、細胞表現抗原)に対する抗体、細胞染色用試薬をさらに含んでいてもよい。
【0107】
さらに別の実施形態では、本発明のキットIIは、涙液等の分泌液の分泌促進用キットであり得る。分泌が促進される細胞は、本発明の増幅剤により分泌が促進される細胞と同様である。該促進用キットは、分泌作用を有するラクリチンの増幅に必要とされる細胞、及び該細胞におけるラクリチン産生のスターターとして必要とされる手段を含むため、ラクリチンによる分泌の促進に有用である。該構築用キットは、ラクリチンの発現量を測定可能な手段、涙液量を測定可能な手段、涙液中のタンパク質量の測定可能な手段、涙液の代謝を測定可能な手段などをさらに含んでいてもよい。
【0108】
本発明のキットはさらに、ラクリチンを提供可能な手段及びラクリチンの発現量を測定可能な手段を含むキット(キットIII)であり得る。
【0109】
本発明のキットIIIは、上述した2つの構成成分を含む限り特に限定されないが、本発明のキットIIIの一例は、ラクリチンを提供可能な手段としてラクリチンを、ラクリチンの発現量を測定可能な手段としてラクリチン遺伝子転写産物に特異的に反応する核酸プローブ又はラクリチン遺伝子転写産物を特異的に増幅可能なプライマーを含むものであり得る。
【0110】
本発明のキットIIIの別の例は、ラクリチンを提供可能な手段としてラクリチン発現ベクターを、ラクリチンの発現量を測定可能な手段として天然ラクリチン遺伝子転写産物に特異的に反応し、且つ該ラクリチン発現ベクター由来の転写産物と反応しない核酸プローブ、あるいは天然ラクリチン遺伝子転写産物を特異的に増幅可能であり、且つ該ラクリチン発現ベクター由来の転写産物を増幅しないプライマーを含むものであり得る。天然ラクリチン遺伝子転写産物に特異的に反応し、且つ該ラクリチン発現ベクター由来の転写産物と反応しない核酸プローブは、天然ラクリチン遺伝子転写産物の非コーディング領域(該領域は、ラクリチン発現ベクター中に組み込まれていない)に反応するように設計されたものであり得る。天然ラクリチン遺伝子転写産物を特異的に増幅可能であり、且つ該ラクリチン発現ベクター由来の転写産物を増幅しないプライマーは、少なくとも1つのプライマーが、天然ラクリチン遺伝子転写産物の非コーディング領域(該領域は、ラクリチン発現ベクター中に組み込まれていない)にアニールするように設計されたものであり得る。
【0111】
一実施形態では、本発明のキットIIIは、ラクリチン受容体発現細胞の同定用キットであり得る。該キットは、本発明の同定方法に必要とされる上記(i)及び(ii)の構成成分を含むため、所定の動物細胞がラクリチン受容体を発現しているか否かの容易かつ迅速な判定を可能とする。該同定用キットは、Giタンパク質阻害剤、ネガティブコントロールとして上皮細胞成長因子(EGF)をさらに含んでいてもよい。
【0112】
別の実施形態では、本発明のキットIIIは、ラクリチン受容体発現細胞の製造用キットであり得る。該キットは、本発明の製造方法に必要とされる上記(i)及び(ii)の構成成分を含むため、調製された動物細胞がラクリチン受容体を発現しているか否かの容易かつ迅速な判定を可能とする。該製造用キットは、Giタンパク質阻害剤、ネガティブコントロールとして上皮細胞成長因子(EGF)をさらに含んでいてもよい。
【0113】
本明細書中で挙げられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0114】
以下に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。
【実施例】
【0115】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0116】
実施例1
不死化ヒト角膜上皮細胞におけるラクリチンタンパク質によるラクリチンmRNAの発現亢進
1.1.ラクリチンの調製
ラクリチン遺伝子の開始コドンから終止コドンまでの配列をpTrcHis−TOPOベクター(インビトロジェン株式会社)に組み込み、One Shotコンピテントセル(インビトロジェン株式会社)に形質転換した。イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)で3時間発現誘導を行った後、大腸菌の水溶性画分を精製に用いた。精製はHis−TagとNiのアフィニティークロマトグラフィー法にてProBond Purification System(インビトロジェン株式会社)を用いて行った。
【0117】
1.2.試験方法
不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE−T,Cell No.RCB1384,理研バイオリソースセンター)を、5%ウシ胎児血清(インビトロジェン株式会社)、5μg/mLインスリン(和光純薬株式会社)、0.1μg/mLコレラトキシン(Calbiochem)、10ng/mL EGF(インビトロジェン株式会社)および40μg/mLゲンタマイシン(インビトロジェン株式会社)を含むD−MEM/F12(1:1)溶液(Dulbecco’s Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F−12,インビトロジェン株式会社)中で培養し、培養条件は、5%CO,95%air,100%humidity,37℃とした。6穴プレートに2.4×10細胞/ウェルとなるよう細胞を播種した。15−20時間後に40μg/mLゲンタマイシンのみを含むD−MEM/F12(1:1)溶液1mLで1回洗浄し、同じ培養液を各ウェルに2mLずつ加えた。1時間培養後、精製したラクリチン組換えタンパク質を最終濃度10−7Mとなるように添加し、また別のウェルに、添加したラクリチンと同量の生理食塩液を添加し、4時間後にトータルRNAを抽出した。トータルRNAの抽出はTRIzol試薬(インビトロジェン株式会社)を用いてプロトコールに従い、トータルRNAを抽出した。
各ウェルの培養液を除去し、TRIzol試薬1mLを加え、室温で5−10分間インキュベートし、TRIzol試薬1mL当たりクロロホルム0.2mLを加え、15秒間軽く振盪した。振盪後、室温で5分間インキュベートし、4℃で15分間遠心(12000×g)した。遠心後、上清を新しいチューブに移し、イソプロパノールを0.5mL加え、軽く振盪した。さらに、4℃で15分間遠心(12000×g)し、ペレットが確認できたら75%エタノールで1回洗浄し、RNase、DNaseフリーの水でペレットを溶解し、それらの吸光度(A260/280)から濃度を求めた。
抽出した各トータルRNA4μgについて、オリゴdT12−18プライマー(インビトロジェン株式会社)を用いて42℃で50分、72℃で15分、逆転写反応を行った。ついで、逆転写溶液20μL中の1μLをテンプレートとし、ラクリチン特異的プライマー(センス:配列番号1、アンチセンス:配列番号2)を用いて、94℃にて30秒、60℃にて30秒、72℃にて1分のサイクルを36回繰り返し、cDNAを増幅し、317塩基のPCR産物を得た。また、発現変化しないハウスキーピング遺伝子GAPDHは、GAPDH特異的プライマー(センス:配列番号3、アンチセンス:配列番号4)を用いて、94℃にて30秒、55℃にて30秒、72℃にて30秒のサイクルを20回繰り返し、cDNAを増幅し、207塩基のPCR産物を得た。cDNAを増幅した後、2.0%アガロースゲルを用いて、TAEバッファー(インビトロジェン株式会社)中、100ボルトで約27分泳動した。
【0118】
1.3.試験結果
図1は不死化ヒト角膜上皮細胞サンプルのPCR産物の電気泳動図であり、レーン1は生理食塩液を添加した不死化ヒト角膜上皮細胞からのラクリチンPCR産物、レーン2はラクリチン組換えタンパク質を添加した不死化ヒト角膜上皮細胞からのラクリチンPCR産物である。
図1に示すように、生理食塩液を添加した場合とラクリチンを添加した場合とのPCR産物量の変化を比較したところ、ハウスキーピング遺伝子であるGAPDHはどちらも発現変化が確認されなかったが、ラクリチンを添加したサンプルは生理食塩液を添加したサンプルと比較して、ラクリチンの発現亢進が確認された。
【0119】
実施例2
不死化ヒト角膜上皮細胞におけるラクリチンタンパク質によるラクリチンmRNAの発現亢進および百日咳毒素に対する感受性
2.1.試験方法
百日咳毒素(Pertussis Toxin,CALBIOCHEM)添加群を追加し、試験例1と同様に操作した。百日咳毒素は細胞接着後最終濃度100ng/mLとなるように調製し、ラクリチン組換えタンパク質を添加する前に添加した。
【0120】
2.2.試験結果
図2は不死化ヒト角膜上皮細胞サンプルのPCR産物の電気泳動図であり、レーン1は生理食塩液を添加した不死化ヒト角膜上皮細胞からのラクリチンPCR産物、レーン2はラクリチン組換えタンパク質を添加した不死化ヒト角膜上皮細胞からのラクリチンPCR産物、レーン3はラクリチン組換えタンパク質および百日咳毒素を添加した不死化ヒト角膜上皮細胞からのラクリチンPCR産物である。
図2に示すように、生理食塩液を添加した細胞と比較して、ラクリチンを添加した細胞、およびラクリチンと百日咳毒素を添加した細胞の両方において、明らかにラクリチンmRNAの発現亢進が確認された。
【0121】
実施例3
正常ヒト角膜上皮細胞におけるラクリチンタンパク質によるラクリチンmRNAの発現亢進
3.1.試験方法
正常ヒト角膜上皮細胞(HCEC,倉敷紡績株式会社)を用い試験例1と同様に操作した。ただし、正常ヒト角膜上皮細胞は、5μg/mLインスリン(倉敷紡績株式会社)、1ng/mLマウス由来上皮成長因子(倉敷紡績株式会社)、0.18μg/mLハイドロコーチゾン(倉敷紡績株式会社)、5μg/mLトランスフェリン(倉敷紡績株式会社)および0.4%V/Vウシ脳下垂体抽出液(倉敷紡績株式会社)を含むEpiLife(登録商標:倉敷紡績株式会社)中で培養した。また、試験例2と同様に百日咳毒素添加群も試験した。
【0122】
3.2.試験結果
図3は正常ヒト角膜上皮細胞サンプルのPCR産物の電気泳動図であり、レーン1および2は正常ヒト角膜上皮細胞からのラクリチンPCR産物、レーン3および4はラクリチン組換えタンパク質を添加した正常ヒト角膜上皮細胞からのラクリチンPCR産物、レーン5および6はラクリチン組換えタンパク質および百日咳毒素を添加した正常ヒト角膜上皮細胞からのラクリチンPCR産物である。
図3に示すように、生理食塩液を添加した細胞と比較して、ラクリチンを添加した細胞、およびラクリチンと百日咳毒素を添加した細胞の両方において、明らかにラクリチンmRNAの発現亢進が確認された。
【0123】
実施例4
不死化ヒト結膜上皮細胞におけるラクリチンタンパク質によるラクリチンmRNAの発現亢進
4.1.試験方法
不死化ヒト結膜上皮細胞(Chang Conjunctiva,大日本製薬株式会社)を用い試験例1と同様に操作した。ただし、不死化ヒト結膜上皮細胞は、10%ウシ胎児血清(インビトロジェン株式会社)を含むM199(インビトロジェン株式会社)溶液中で培養し、血清を含まない培養液にて試験を行った。また、試験例2と同様に百日咳毒素添加群も試験した。
【0124】
4.2.試験結果
図4は不死化ヒト結膜上皮細胞サンプルのPCR産物の電気泳動図であり、レーン1および2は不死化ヒト結膜上皮細胞からのラクリチンPCR産物、レーン3および4はラクリチン組換えタンパク質を添加した不死化ヒト結膜上皮細胞からのラクリチンPCR産物、レーン5および6はラクリチン組換えタンパク質および百日咳毒素を添加した不死化ヒト結膜上皮細胞からのラクリチンPCR産物である。
図4に示すように、生理食塩液を添加した細胞と比較して、ラクリチンを添加した細胞、およびラクリチンと百日咳毒素を添加した細胞の両方において、明らかにラクリチンmRNAの発現亢進が確認された。
【0125】
実施例1〜4の結果より、ラクリチンタンパク質はラクリチンmRNAの発現を亢進することが発見されたため、この方法を用いてラクリチン様化合物のスクリーニングとして使用することができる。また、ラクリチンタンパク質によるラクリチンmRNAの発現が亢進されることから、ラクリチンによる効果の持続および増加が期待される。さらに、バージニア大学のLaurie等の学会アブストラクト(The American Society for Cell Biology 43th Annual Meeting,2003年12月15日発表、プレゼンテーション番号1177)によると、「ラクリチンによる細胞内カルシウムの上昇は、百日咳毒素により阻害された」という記載があり、ラクリチン受容体はGi共役型であると推測されてきた。しかし、本発明における発現亢進作用は百日咳毒素非感受性であるため、バージニア大学が示唆する受容体とは異なる受容体を介して応答していることが考えられる。
【0126】
実施例5
ラクリチン活性を有する化合物のスクリーニング方法
ラクリチン受容体が発現している細胞を用いることができる。例えば、不死化ヒト角膜上皮細胞を、5%ウシ胎児血清、5μg/mLインスリン、0.1μg/mLコレラトキシン、10ng/mL EGFおよび40μg/mLゲンタマイシンを含むD−MEM/F12(1:1)溶液で培養し、培養条件は、5%CO2,95%air,100%humidity,37℃とする。6穴プレートに2.4×10細胞/ウェルとなるよう細胞を播種する。15−20時間後に40μg/mLゲンタマイシンのみを含むD−MEM/F12(1:1)溶液1mLで1回洗浄し、同じ培養液を各ウェルに2mLずつ加える。1時間培養後、適当な濃度の試験物質を添加する。また、ポジティブコントロールとして精製したラクリチン組換えタンパク質を、ネガティブコントロールとして生理食塩液を用いる。添加4時間後にトータルRNAを抽出する。以降の操作は試験例と同様に行い、ラクリチンmRNAの発現が亢進するかどうかを観察することでラクリチン様化合物のスクリーニングができる。
【0127】
ラクリチン特異的プライマー、センス:TCCTCTTCTTGGCAGCTGTAGCAG(配列表 配列番号1)
ラクリチン特異的プライマー、アンチセンス:TGGCACGCCTCCGTGCATTCCTT(配列表 配列番号2)
GAPDH特異的プライマー、センス:TCAAGAAGGTGGTGAAGCAGGC(配列表 配列番号3)
GAPDH特異的プライマー、アンチセンス:GGTCCACCACCCTGTTGCTGTA(配列表 配列番号4)
【図面の簡単な説明】
【0128】
【図1】ラクリチン処理した不死化ヒト角膜上皮細胞におけるラクリチンPCR産物の電気泳動図を示す。
【図2】ラクリチン、並びにラクリチン及び百日咳毒素(PTX)処理した不死化ヒト角膜上皮細胞におけるラクリチンPCR産物の電気泳動図を示す。
【図3】ラクリチン、並びにラクリチン及び百日咳毒素(PTX)処理した正常ヒト角膜上皮細胞におけるラクリチンPCR産物の電気泳動図を示す。
【図4】ラクリチン、並びにラクリチン及び百日咳毒素(PTX)処理した不死化ヒト結膜上皮細胞におけるラクリチンPCR産物の電気泳動図を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞と試験化合物を接触させる工程、及び(b)ラクリチンの発現量が上昇するか否かを評価する工程を含む、ラクリチン活性を有する化合物のスクリーニング方法。
【請求項2】
該細胞が、百日咳毒素(PTX)により阻害されないラクリチン受容体の発現細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
該細胞が角膜細胞又は結膜細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項4】
該細胞がヒト角膜上皮細胞又はヒト結膜上皮細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項5】
ラクリチンの発現量がmRNA量に基づいて評価される、請求項1記載の方法。
【請求項6】
ラクリチンの発現量がタンパク質量に基づいて評価される、請求項1記載の方法。
【請求項7】
ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞を含有してなる、ラクリチン増幅剤。
【請求項8】
該細胞が、百日咳毒素(PTX)により阻害されないラクリチン受容体の発現細胞である、請求項7記載の剤。
【請求項9】
該細胞が角膜細胞又は結膜細胞である、請求項7記載の剤。
【請求項10】
医薬である、請求項7記載の剤。
【請求項11】
細胞移植剤である、請求項7記載の剤。
【請求項12】
眼疾患の予防・治療剤である、請求項11記載の剤。
【請求項13】
眼疾患が、角膜上皮創傷、ドライアイ症候群及びシェーグレン症候群からなる群より選ばれる、請求項12記載の剤。
【請求項14】
涙液分泌促進剤である、請求項7記載の剤。
【請求項15】
細胞増殖促進剤である、請求項7記載の剤。
【請求項16】
角膜細胞、涙腺腺房細胞及び唾液腺腺房細胞からなる群より選ばれる細胞の増殖促進剤である、請求項15記載の剤。
【請求項17】
ラクリチン、ラクリチン発現ベクター、ラクリチン発現細胞、ラクリチン活性を有する化合物、ラクリチン阻害物質、ラクリチン阻害物質発現ベクター又はラクリチン阻害物質発現細胞を含有してなる、ラクリチン発現調節剤。
【請求項18】
ラクリチン、ラクリチン発現ベクター、ラクリチン発現細胞又はラクリチン活性を有する化合物を含有してなるラクリチン増幅剤である、請求項17記載の剤。
【請求項19】
ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞と、ラクリチン、ラクリチン活性を有する化合物又はラクリチン阻害物質とを接触させる工程を含む、ラクリチンの発現調節方法。
【請求項20】
ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞と、ラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物とを接触させる工程を含むラクリチン増幅方法である、請求項19記載の方法。
【請求項21】
請求項19又は20記載の方法により得られる、ラクリチンの発現が調節された細胞。
【請求項22】
(a)所定の動物細胞とラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物とを接触させる工程、及び(b)ラクリチンの発現量が上昇するか否かを評価する工程を含む、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞の同定方法。
【請求項23】
(a)動物細胞を調製する工程、(b)該細胞とラクリチン又はラクリチン活性を有する化合物とを接触させる工程、及び(c)ラクリチンの発現量が上昇するか否かを評価する工程を含む、ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞の製造方法。
【請求項24】
請求項23記載の方法により得られる、細胞。
【請求項25】
ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞及びラクリチンの発現量を測定可能な手段を含む、キット。
【請求項26】
該細胞が角膜細胞又は結膜細胞である、請求項25記載のキット。
【請求項27】
ラクリチンの発現量を測定可能な手段が、核酸プローブ、プライマー及び抗体からなる群より選択される、請求項25記載のキット。
【請求項28】
試験用又は医療用キットである、請求項25記載のキット。
【請求項29】
ラクリチン活性を有する化合物のスクリーニング用又は細胞移植用である、請求項25記載のキット。
【請求項30】
ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞及びラクリチンを提供可能な手段を含む、キット。
【請求項31】
ラクリチンを提供可能な手段が、ラクリチン、ラクリチン発現ベクター、ラクリチン発現細胞及びラクリチン活性を有する化合物からなる群より選択される、請求項30記載のキット。
【請求項32】
ラクリチンの増幅用キットである、請求項30記載のキット。
【請求項33】
ラクリチンを提供可能な手段及びラクリチンの発現量を測定可能な手段を含む、キット。
【請求項34】
ラクリチンを提供可能な手段とラクリチンの発現量を測定可能な手段との組合せが、以下(i)又は(ii)のいずれかである、請求項33記載のキット:
(i)ラクリチンと、ラクリチン遺伝子転写産物に特異的に反応する核酸プローブ又はラクリチン遺伝子転写産物を特異的に増幅可能なプライマーとの組合せ;
(ii)ラクリチン発現ベクターと、天然ラクリチン遺伝子転写産物に特異的に反応し、且つ該ベクター由来の転写産物と反応しない核酸プローブ、あるいは天然ラクリチン遺伝子転写産物を特異的に増幅可能であり、且つ該ベクター由来の転写産物を増幅しないプライマーとの組合せ。
【請求項35】
ラクリチンの発現を媒介するラクリチン受容体発現細胞の同定又は製造用キットである、請求項33記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−129724(P2006−129724A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−319508(P2004−319508)
【出願日】平成16年11月2日(2004.11.2)
【出願人】(000199175)千寿製薬株式会社 (46)
【Fターム(参考)】