説明

ラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法、形質転換植物、及び形質転換植物の作成方法

【課題】パラゴムノキ等のラテックス産生植物由来カルスへの遺伝子導入効率を改善し、ラテックス産生植物の形質転換細胞を、安定的かつ高効率に作成するための方法の提供。
【解決手段】ラテックス産生植物の形質転換細胞を作成する方法であって、ラテックス産生植物由来の組織をカルス誘導後5〜9週間培養して得られたカルスに、標的遺伝子又はそのフラグメントを含むプラスミドを含有するアグロバクテリウム(Agrobacterium)属菌を感染させる感染工程を有し、前記アグロバクテリウム属菌が、対数増殖期の細菌であることを特徴とする、ラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラテックス産生植物の形質転換細胞を効率よく作成する方法、及び該方法により作成された形質転換細胞から形質転換植物を作成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
天然ゴムは、弾性を有する高分子であり、ゴム製品の主原料として様々な用途において幅広く、かつ大量に用いられている。天然ゴムは、ゴムノキ等のラテックス産生植物が分泌するラテックスを採取し、これに所望の加工をすることにより製造される。このため、主にタイ・マレーシア・インドネシア等の熱帯諸国において、ラテックスを回収するためのゴムノキ、特にパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)が、商業的に植樹されている。
【0003】
近年の遺伝子工学の発展に伴い、天然の植物体に、好ましい外来遺伝子を導入することによって、形質を改変することができるようになった。天然ゴムの製造分野においても、ラテックス産生植物を遺伝学的に改良し、より高品質のラテックスを産生し得る植物体や、より大量のラテックスを産生し得る植物体等の所望の形質を有する植物体を作成する方法が研究されている。なかでも、好ましい手法として、遺伝子組み換えによる分子育種があるが、遺伝子組み換えの植物体を得るためには、再分化と遺伝子導入のプロセスを経る必要がある。
【0004】
植物の遺伝子導入法としては、植物病原菌の1種であるアグロバクテリウム(Agrobacterium)属菌を植物細胞に感染させて遺伝子を導入する方法(アグロバクテリウム法)、遺伝子を担持させた金粒子をパーティクルガンにより植物細胞内に撃ち込む方法(パーティクルガン法)、が主として用いられている(例えば、特許文献1参照。)。
【0005】
アグロバクテリウム法により、パラゴムノキの形質転換体作成に成功している事例が幾つかある。例えば、パラゴムノキの葯由来カルスに、アグロバクテリウム属細菌のベクター系を用いて所望の遺伝子を導入し、この植物組織から植物を再生することにより、形質転換されたパラゴムノキを作成する方法が開示されている(例えば、特許文献2参照。)。また、パラゴムノキの珠皮由来カルスからアグロバクテリウム法により形質転換体が得られたという報告もある(例えば、非特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−130815号公報
【0007】
【特許文献2】特許第3289021号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】ブラン(Blanc)、外4名、プラント・セル・レポート(Plant cell Report)、2006年、第24巻、第724〜733ページ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、パラゴムノキ等のラテックス産生植物では、他の種類の植物と比較して、遺伝子が導入され難く、遺伝子導入効率が非常に悪いという問題がある。上述の事例においても、カルスに感染させるときのアグロバクテリウムの菌濃度を調整して効率化を検討しているものの、遺伝子導入の十分な効率化は達成されていない。
【0010】
本発明は、パラゴムノキ等のラテックス産生植物由来カルスへの遺伝子導入効率を改善し、ラテックス産生植物の形質転換細胞を、安定的かつ高効率に作成するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、遺伝子導入効率を高めるためには、アグロバクテリウム属菌の感染力と、遺伝子を受け取る側のカルスの状態とが重要であり、両者のバランスが特に重要であることを見出した。さらに、対数増殖期のアグロバクテリウム属菌を用いて、カルス誘導後5〜9週間培養して得られたカルスに感染させることにより、従来になく高い遺伝子導入効率が達成され、ラテックス産生植物の形質転換細胞を、安定的に効率よく作成し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、
(1) ラテックス産生植物の形質転換細胞を作成する方法であって、ラテックス産生植物由来の組織をカルス誘導後5〜9週間培養して得られたカルスに、標的遺伝子又はそのフラグメントを含むプラスミドを含有するアグロバクテリウム(Agrobacterium)属菌を感染させる感染工程を有し、前記アグロバクテリウム属菌が、対数増殖期の細菌であることを特徴とする、ラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法、
(2) さらに、前記感染工程によりアグロバクテリウム属菌を感染させたカルスを、細胞培養容器内で増殖させる増殖工程を有し、前記細胞培養容器内の湿度が50〜70%に調整されていることを特徴とする前記(1)記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法、
(3) 細菌非透過性及び透湿性を有する封止部材により封止した細胞培養容器は、湿度が50〜70%に調整されている恒温培養装置内に設置されていることを特徴とする前記(2)記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法、
(4) 前記感染工程において用いられるカルス誘導後5〜9週間培養して得られたカルスが、アグロバクテリウム属菌を感染させる前に、培養期間の全部又は一部に、ストレス抵抗性誘導ホルモン含有培地中で培養されたものであることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法、
(5) 前記増殖工程において、アグロバクテリウム属菌を感染させたカルスを、ストレス抵抗性誘導ホルモン含有培地中で増殖させることを特徴とする前記(2)〜(4)のいずれかに記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法、
(6) 前記ストレス抵抗性誘導ホルモンがアブシジン酸であることを特徴とする前記(4)又は(5)記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法、
(7) 前記ラテックス産生植物がパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)であることを特徴とする前記(1)〜(6)のいずれかに記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法、
(8) 前記(1)〜(7)のいずれかに記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法により得られた形質転換細胞から、体細胞不定胚を誘導し、当該体細胞不定胚から植物体を再生することを特徴とする、形質転換植物の作成方法、
(9) 前記(8)記載の形質転換植物の作成方法により作成された、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)の形質転換植物、
を提供することを目的とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法により、アグロバクテリウム法を用いた場合の遺伝子導入効率を改善することができるため、ラテックス産生植物の形質転換細胞を、高率かつ安定的に作成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】参考例1において、それぞれ初発菌数が異なるアグロバクテリウム属菌を培養下場合の、各培養時間における測定された吸光度(OD660)を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<ラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法>
本発明のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法(以下、形質転換細胞の作成方法と略すことがある。)は、ラテックス産生植物の形質転換細胞を作成する方法であって、ラテックス産生植物由来の組織をカルス誘導後5〜9週間培養して得られたカルスに、標的遺伝子又はそのフラグメントを含むプラスミドを含有するアグロバクテリウム属菌を感染させる感染工程を有し、前記アグロバクテリウム属菌が、対数増殖期の細菌であることを特徴とする。遺伝子を渡す側のアグロバクテリウム属菌の感染力と、遺伝子を受け取る側のカルスの状態との両方を最適化し、両者のバランスを適切にすることにより、非常に効率よくアグロバクテリウム属菌が有する標的遺伝子を、カルスに導入することができる。
【0016】
本発明において、ラテックス産生植物とは、乳管または細胞間隙にラテックス(主にポリイソプレン)が含まれている植物であれば、特に限定されるものではなく、例えば、トウダイグサ科のパラゴムノキ、セアラゴムノキ(Manihot glaziovii)、クワ科のインドゴムノキ(Ficus elastica)、パナゴムノキ(Castilloa elastica)、ラゴスゴムノキ(Ficus lutea Vahl)、マメ科のアラビアゴムノキ(Accacia senegal)、トラガントゴムノキ(Astragalus gummifer)、キョウチクトウ科のクワガタノキ(Dyera costulata)、ザンジバルツルゴム(Landolphia kirkii)、フンツミアエラスチカ(Funtumia elastica)、ウルセオラ(Urceola elastica)、キク科のグアユールゴムノキ(Parthenium argentatum)、ゴムタンポポ(Taraxacum kok−saghyz)、アカテツ科のガタパーチャノキ(palaguium gatta)、バラタゴムノキ(Mimusops balata)、サポジラ(Achras zapota)、ガガイモ科のオオバナアサガオ(Cryptostegia grandiflora)、トチュウ科のトチュウ(Eucommia ulmoides)等が挙げられる。中でも、パラゴムノキ、セアラゴムノキ、インドゴムノキ等であることが好ましく、工業用天然ゴム原料として汎用されているパラゴムノキであることがより好ましい。
【0017】
[カルスの調製]
本発明の形質転換細胞の作成方法においては、ラテックス産生植物由来の組織をカルス誘導後5〜9週間培養して得られたカルスを用いる。カルス誘導後アグロバクテリウム属菌感染までの培養期間は、5〜9週間の期間内であれば特に限定されるものではなく、ラテックス産生植物の種類、カルス誘導の材料とする植物組織の種類や量、感染に用いるアグロバクテリウム属菌の量等を考慮して、適宜決定することができる。好ましくは、カルス誘導後6〜9週間培養して得られたカルスを用いる。
【0018】
再分化能を有するカルスの調製を調製するための、植物組織に対するカルス誘導は、従来公知の何れの手法により行ってもよい。例えば、適当な大きさに切断したラテックス産生植物由来の組織を、脱分化を促進し得るホルモンを含有するカルス誘導培地(脱分化誘導培地)中で培養することにより、植物組織からカルスを誘導することができる。脱分化を促進し得るホルモンとしては、具体的には、サイトカイニン系植物ホルモンやオーキシン系植物ホルモン等が挙げられる。
【0019】
カルスを誘導する植物組織は、ラテックス産生植物由来の組織であれば特に限定されるものではなく、根、茎、葉又は花等の種々の部分を適宜の大きさに切断して用いることができる。本発明において用いられる植物組織としては、つぼみ、未熟果実又は茎であることが好ましく、つぼみから取り出した葯、未熟果実から取り出した未熟種子、茎から取り出した形成層であることがより好ましい。
【0020】
具体的には、以下のようにしてカルスを誘導することができる。
まず、ラテックス産生植物の組織の表面を洗浄する。植物組織として植物の内部組織を利用する場合は、例えば、磨き粉で洗っても良く、界面活性剤を約0.1%含む水で洗浄することもできる。葉等を利用する場合は、軟らかいスポンジで表面を洗ってもよい。
次に、洗浄した植物組織を殺菌又は滅菌する。殺菌又は滅菌は、周知の殺菌剤・滅菌剤を用いて行うことができるが、エタノール、塩酸ベンザコルニウム、次亜塩素酸ナトリウム水溶液等を用いることが好ましい。
【0021】
殺菌等処理後、植物組織をカルス誘導培地に移して培養する。カルス誘導培地は、例えば、一般的に植物細胞の培養に用いられるホルモンフリーの植物細胞培養培地に、サイトカイニン系植物ホルモン及び/又はオーキシン系植物ホルモンを低濃度で加えることにより調製することができる。該植物細胞培養培地としては、Whiteの培地、Hellerの培地、SH培地(SchenkとHildebrandtの培地)、MS培地(MurashigeとSkoogの培地)、LS培地(LinsmaierとSkoogの培地)、Gamborg、B5、MB培地、WPM培地(LLOYD AND McCOWN‘S Woody Plant Medium)等がある。本発明において用いられるカルス誘導培地としては、MS培地、MB培地、MS改変培地(MS培地の組成に変更を加えた培地)、MB改変培地、又はWPM培地に、サイトカイニン系植物ホルモン及び/又はオーキシン系植物ホルモンを添加した培地が好適である。
【0022】
サイトカイニン系植物ホルモンとしては、BAP(ベンジルアミノプリン)、2iP(イソペンチニルアミノプリン)、カイネチン(6−フルフリルアミノプリン)、ゼアチン、を用いることができるが、好適には、BAP(ベンジルアミノプリン)又はKIN(カイネチン)を1〜3mg/Lで用いることができる。
オーキシン系植物ホルモンとしては、pCPA(クロロフェノキシ酢酸)、2,4−D(ジクロロフェノキシ酢酸)、IAA(インドール酢酸)、IBA(インドール酪酸)、NAA(ナフタレン酢酸)、NOA(ナフトキシ酢酸)を用いることができる。好適には、2,4−D(ジクロロフェノキシ酢酸)を0.3〜1.0mg/Lと、IAA(インドール酢酸)を約1mg/L又はNAA(ナフタレン酢酸)を約1mg/Lとを組み合わせて用いることができる。
更に好適には、サイトカイニン系植物ホルモンとオーキシン系植物ホルモンとを組み合わせて用いることができ、例えば、BAP又はKINと、2,4−Dと、IAA又はNAAとの3種類を組み合わせて用いることができる。
【0023】
カルス誘導培地には、サイトカイニン系植物ホルモンやオーキシン系植物ホルモン以外にも、カルス誘導を促進し得る物質を適宜添加してもよい。例えば、更に、スクロースを4〜7wt%の高濃度で添加してもよく、ココナッツウォーターを加えても良い。
また、カルス誘導培地としては、液体培地を用いてもよく、カルスの支持体としてゲルライトや寒天等を用いた培地であってもよい。
【0024】
植物組織をカルス誘導培地中で培養することにより、カルスを誘導することができる。好適には、カルス誘導培地のpHを5.6〜5.8に調整し、培養温度は、26〜28℃、暗所にてカルス誘導する。
【0025】
なお、本発明において、「カルス誘導後」とは、「植物組織をカルス誘導培地中で培養を始めた後」を意味する。つまり、本発明の形質転換細胞の作成方法においては、ラテックス産生植物由来の組織をカルス誘導培地に移して5〜9週間培養して得られたカルスに、アグロバクテリウム属菌を感染させる。カルス誘導後5〜9週間のカルスを用いることにより、遺伝子導入効率が改善される理由は明らかではないが、カルス誘導後5〜9週間のカルスは増殖が盛んであり、この高い増殖活性によってアグロバクテリウム属菌の感染効率が向上することに加えて、感染した細胞も良好に増殖するため、結果として、遺伝子導入効率が顕著に改善されるのではないかと推察される。
【0026】
[アグロバクテリウム属菌の調製]
本発明の形質転換細胞の作成方法においては、標的遺伝子又はそのフラグメント(以下、標的遺伝子等、と記載することがある。)を含むプラスミドを含有するアグロバクテリウム属菌をカルスに感染させる。
本発明において用いられるアグロバクテリウム属菌としては、含有するプラスミドを植物細胞に導入させることができるアグロバクテリウム属菌であれば特に限定されるものではないが、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)であることが好ましい。感染効率が良好であり、アグロバクテリウム法において汎用されているためである。
【0027】
標的遺伝子等を含むプラスミドを含有するアグロバクテリウム属菌は、従来公知の何れの手法を用いて作製してもよい。例えば、アグロバクテリウム属菌が有するTiプラスミドのT−DNA領域と相同組み換え可能なプラスミドに、標的遺伝子等を組み込んだ標的遺伝子組み換え中間ベクターを作製し、該標的遺伝子組み換え中間ベクターをアグロバクテリウム属菌に導入してもよい。また、アグロバクテリウム法において汎用されているバイナリーベクターに標的遺伝子等を組み込んだ標的遺伝子バイナリーベクターをアグロバクテリウム属菌に導入してもよい。
【0028】
このようにして作製した標的遺伝子等を含むプラスミドを含有するアグロバクテリウム属菌を、常法により培養し増殖させることにより、カルスに感染させるために必要な量を調製することができる。
【0029】
本発明において、標的遺伝子とは、ラテックス産生植物に導入する目的の遺伝子を意味する。標的遺伝子としては、ラテックス産生植物に導入された結果、当該ラテックス産生植物の遺伝的形質を変化させ得るものであれば特に限定されるものではなく、導入されるラテックス産生植物が本来有している遺伝子であってもよく、当該ラテックス産生植物以外の生物由来の遺伝子であってもよく、人工的に作製した遺伝子であってもよい。人工的に作製した遺伝子としては、例えば、2種類以上の遺伝子をつなぎ合わせたキメラ遺伝子であってもよく、いずれかの生物が有する遺伝子を変異させた変異遺伝子であってもよい。変異遺伝子としては、例えば、遺伝子を構成するDNAの塩基配列のうちの一部の塩基を欠損させたものであってもよく、置換させたものであってもよい。また、該塩基配列の途中に部分塩基配列を挿入したものであってもよい。
【0030】
また、標的遺伝子は、構造遺伝子であってもよく、調節領域であってもよい。例えば、プロモーターやターミネーター等の転写や翻訳の制御領域を含む構造遺伝子であってもよい。なお、制御領域の遺伝子は、遺伝子が導入されるラテックス産生植物中で機能し得るものであればよく、遺伝子が導入されるラテックス産生植物と同種の生物由来の遺伝子であってもよく、異種の生物由来の遺伝子であってもよいことは言うまでもない。このような異種プロモーターとしては、例えば、CaMV35 promoter、NOS promoter等の遺伝子組み換えに係る分野において汎用されているプロモーターを使用することができる。
【0031】
ラテックス産生植物に導入される標的遺伝子は、遺伝子の全長であってもよく、フラグメントであってもよい。例えば、構造遺伝子の機能ドメインのみからなるフラグメントを導入するものであってもよい。
【0032】
ラテックス産生植物に導入する標的遺伝子としては、例えば、ラテックスの生合成機構やポリイソプレン鎖延長反応に関与し、ラテックスの産生量や分子量に対して機能する遺伝子、並びに、ラテックス中に含まれる、タンパク質、イノシトール、ケブラキトールなどの糖類、ビタミンEの一種であり天然の老化防止剤としても効果のあるトコトリエノールの生合成に関与し、その生産量に対して影響を与える遺伝子、さらには、これらのタンパク質、糖類、トコトリエノールの変異体を生ずる遺伝子等であることが好ましい。また、これらの遺伝子に組織特異的に機能するプロモーター等の調節領域を含ませることにより、標的遺伝子がコードしているタンパク質を、植物体の特定の組織において発現させることもできる。
【0033】
標的遺伝子等は、好適には、マーカー遺伝子、場合により、レポーター遺伝子とともにベクターに組み込まれる。
選抜用マーカーとしては、カナマイシン耐性遺伝子(nptII)、ヒエグロマイシン耐性遺伝子(hptI)、ブレオマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子を挙げることができる。植物体での発現位置を確認するためのレポーター遺伝子としては、ルシフェラーゼ遺伝子、GUS(βグルクロニダーゼ)遺伝子等を挙げることができる。
【0034】
本発明の形質転換細胞の作成方法においては、対数増殖期のアグロバクテリウム属菌をカルスに感染させる。指数関数的に増殖する対数増殖期のアグロバクテリウム属菌を用いることにより、効率よくカルスに感染させることができる。これは、アグロバクテリウム属菌の菌体の時期を対数増殖期に合わせることにより、菌の活動が活発化されて感染力が高くなっているためと推察される。本発明においてカルスに感染させるアグロバクテリウム属菌としては、特に増殖活性の高い対数増殖期中期のものを用いることが好ましい。
【0035】
[感染工程]
カルス誘導後5〜9週間培養して得られたカルスへの、標的遺伝子等を含むプラスミドを含有するアグロバクテリウム属菌の感染は、アグロバクテリウム法において一般的に行われている手法で行うことができる。例えば、アグロバクテリウム属菌懸濁液中に、カルスを浸漬させることにより、感染させることができる。感染に用いられるアグロバクテリウム属菌懸濁液の菌濃度は、アグロバクテリウム属菌の種類や増殖活性、感染させるカルスのカルス誘導後の培養期間、浸漬時間等を考慮して適宜決定することができる。例えば、1×10〜1×10cell/mLとなるように調製したアグロバクテリウム属菌懸濁液中に、カルスを1秒間〜10分間浸漬させることにより、感染させることができる。
【0036】
浸漬後、脱分化誘導ホルモンフリーの植物細胞培養培地にカルスを植え、1〜7日間培養することによって、感染によりカルスに導入された標的遺伝子等の遺伝子断片が、植物細胞の遺伝子中に組み込まれ、安定した形質転換細胞を得ることができる。この間の培養は、カルス培養と同様に25〜28℃程度で行ってもよいが、カルス培養温度よりも2〜8℃程度低い温度において行っても良い。
【0037】
[増殖工程]
このようにして得られた形質転換細胞を、さらに増殖させることにより、より安定的かつ高率で目的の形質転換細胞を得ることができる。この増殖工程では、形質転換細胞を効率よく増殖させるために、適当な植物細胞培養培地で、25〜28℃程度の一般的な細胞培養温度で行う。一般的には、1〜3週間ごとに植え継ぎながら、2〜5ヶ月程度培養する。
【0038】
標的遺伝子等と共に、薬剤耐性遺伝子等のマーカー遺伝子を導入した場合には、該増殖工程において、薬剤等を添加した植物細胞培養培地で増殖させることにより、形質転換細胞のみを選抜することができる。
【0039】
該増殖工程においては、一般的には、雑菌等の混入による汚染を防止するために、細胞培養容器の本体と蓋とを、パラフィルム等で封止した状態で培養する。本発明においては、細胞培養容器内の湿度を適切な範囲に調整した湿度制御条件下で培養することにより、より高い遺伝子導入効率を達成することができる。細胞培養容器内の湿度は、50〜70%に調整されていることが好ましく、60%程度に調整されていることがより好ましい。
【0040】
具体的には、細胞培養容器の本体と蓋とを、細菌非透過性であって、かつ透湿性を有する封止部材により封止した細胞培養容器を、湿度が50〜70%に調整されている恒温培養装置内に設置することにより、細胞培養容器内の湿度を50〜70%に調整することができる。このような封止部材としては、例えば、平均孔径が0.1μm以下、好ましくは0.08μm以下の多孔質の封止部材であることが好ましい。平均孔径が0.1μm以下であれば、細菌等の透過を防止しつつ、水分子や酸素分子、二酸化炭素分子等は十分に透過し得るためである。このような封止部材としては、例えば、透湿性の高いサージカルテープ(医療用補助テープ)等を用いることができる(例えば、特開2007−75176号公報参照。)。
【0041】
[ストレス抵抗性誘導ホルモンの添加]
本発明においては、アグロバクテリウム属菌を感染させる前に、カルスを予め、ストレス抵抗性誘導ホルモン含有培地中で培養しておくことにより、さらに遺伝子導入効率を高めることができる。カルスを予めストレス抵抗性誘導ホルモン含有培地中で培養することにより、感染時のストレスに対する抵抗性を高めることができるためと推察される。ストレス抵抗性誘導ホルモンとしては、ストレス緩和作用を有する植物ホルモンとして公知のいずれのホルモンを用いてもよく、例えば、アブシジン酸(abscisic acid,ABA)、ジャスモン酸等がある。本発明において用いられるストレス抵抗性誘導ホルモンとしては、アブシジン酸であることが好ましい。
【0042】
ストレス抵抗性誘導ホルモン含有培地中で培養する期間は、カルス誘導後の培養期間の全期間であってもよく、一部の期間であってもよい。特に、アグロバクテリウム感染直前までの期間を、ストレス抵抗性誘導ホルモン含有培地中で培養することが好ましい。具体的には、感染直前の2〜10日間、カルス誘導培地にストレス抵抗性誘導ホルモンを添加した培地で培養する。培地中のストレス抵抗性誘導ホルモン濃度は、遺伝子導入効率を高める効果が奏される濃度であれば特に限定されるものではなく、添加するストレス抵抗性誘導ホルモンの種類、培養期間、カルス誘導培地の種類、カルス誘導の原料とした植物組織の種類等を考慮して、適宜決定することができる。例えば、ストレス抵抗性誘導ホルモンとしてABAを用いる場合には、最終濃度が0.05〜5μM、好ましくは0.1〜2.5μMとなるように、カルス誘導培地に添加することができる。
【0043】
また、アグロバクテリウム属菌を感染させた後に得られた形質転換細胞(アグロバクテリウム属菌を感染させたカルス)を、ストレス抵抗性誘導ホルモン含有培地中で増殖させることも好ましい。感染後にストレス抵抗性誘導ホルモンに暴露(接触)させることにより、形質転換細胞における、導入された標的遺伝子等が発現することによる影響を、低減させ得るためである。特に、標的遺伝子として、細胞の生理機能に対する影響が大きい遺伝子等を導入する場合には、アグロバクテリウム属菌を感染させたカルスを、ストレス抵抗性誘導ホルモン含有培地中で増殖させることにより、遺伝子導入効率を顕著に改善することができる。
【0044】
具体的には、アグロバクテリウム属菌懸濁液に浸漬させた後のカルスを、植物細胞培養培地にストレス抵抗性誘導ホルモンを添加した培地に植えて、増殖させる。添加するストレス抵抗性誘導ホルモンやその濃度等は、カルス誘導培地に添加する場合とほぼ同等である。なお、ストレス抵抗性誘導ホルモン含有培地中で培養する期間は、感染後の増殖期間の全期間であってもよく、一部の期間であってもよい。
【0045】
このように、本発明の形質転換植物の作成方法は、アグロバクテリウム属菌の感染力と、カルスの培養状態との両方を最適化することにより、遺伝子導入効率を顕著に改善し得る方法である。パラゴムノキをはじめとするラテックス産生植物は、遺伝子導入効率が悪く、従来法では、最大でも、カルス全体の10%程度しか遺伝子を導入させることができなかったが、本発明の形質転換植物の作成方法により、遺伝子導入効率約50%以上という非常に高い効率を達成することが可能となり、形質転換細胞を安定して作成することができる。
【0046】
<形質転換植物の作成方法>
本発明の形質転換植物の作成方法は、本発明の形質転換細胞の作成方法により作成された形質転換細胞から、体細胞不定胚を誘導し、当該体細胞不定胚から植物体を再生することを特徴とする。形質転換細胞からの体細胞不定胚誘導や、体細胞不定胚からの植物体の再生は、植物工学の分野で用いられる手法を適宜調整して行うことができる。例えば、形質転換植物細胞を、ホルモンフリーの再分化培地等を用いて培養して体細胞不定胚を誘導した後、該体細胞不定胚を茎と根を形成させるため発育培地中で培養することにより、小植物体を得ることができる。この小植物体を土壌等に移植して栽培することにより、形質転換植物を得ることができる。
【0047】
再分化培地や発育培地等としては、パラゴムノキ等のラテックス産生植物において、体細胞不定胚の形成や植物体の再生に用いられている培地を、そのまま又は適宜改変して用いることができる(例えば、特許文献2参照。)。例えば、再分化培地としては、MS培地、MB培地、MS改変培地(MS培地の組成に変更を加えた培地)、MB改変培地、又はWPM培地に、サイトカイニン系植物ホルモン、オーキシン系植物ホルモン、ジベレリン、アブシジン酸等のホルモンを添加した培地を用いることができる。また、再分化培地には、更に、スクロースやマルトース等の糖、スペルミジン等のポリアミン、ココナッツウォーター、バナナパウダー、カゼイン等の栄養源等を添加してもよい。また、再分化培地としては、液体培地でもよいが、カルスの支持体としてゲルライトや寒天等を用いた培地であることが好ましい。一方、発育培地としては、MS培地、MB培地、MS改変培地(MS培地の組成に変更を加えた培地)、MB改変培地、又はWPM培地に、サイトカイニン系植物ホルモン、オーキシン系植物ホルモン、ジベレリン等のホルモンを添加した培地を用いることができる。更に、スクロースやマルトース等の糖、活性炭等を添加してもよい。また、発育培地としては、液体培地でもよいが、カルスの支持体としてゲルライトや寒天等を用いた培地であることが好ましい。なお、各ホルモンの濃度は、前記カルス誘導培地と同様の濃度が挙げられる。
【実施例】
【0048】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
[参考例1]
<アグロバクテリウム属菌の増殖曲線>
アグロバクテリウムにおいて汎用されているアグロバクテリウム・ツメファシエンスEHA105株の増殖性を確認した。
まず、L字管に入れた10mLのLB培地に、アグロバクテリウム・ツメファシエンスEHA105株(以下、EHA105株という。)を、初発菌数が1×10〜1×10cell/mLとなるように調整して植菌し、28℃で50rpm(回転/分)の条件で振とう培養を行った。約8時間ごとに各培地の、660nmの波長の光に対する吸光度(OD660)を測定し、増殖曲線を作成した。
【0050】
図1は、各培養時間における測定された吸光度(OD660)を示した図である。図中の5本の曲線は、左から、初発菌数が1×10cell/mL、1×10cell/mL、1×10cell/mL、1×10cell/mL、1×10cell/mLの場合の増殖曲線である。これにより、初発菌数を1×10cell/mLとすることにより、培養24時間後に対数増殖期中期を向かえることが分かった。なお、対数増殖期中期とは、図1に示す増殖曲線が直線で近似し得る、OD660が0.4〜1.3程度の範囲の状態を意味する。
【0051】
[実施例1]
<標的遺伝子含有アグロバクテリウム属菌の調製>
蛍光タンパク質であるGFPをコードするGFP遺伝子と、ネオマイシン耐性遺伝子であるnptII遺伝子とを標的遺伝子として用いた。
まず、GFP遺伝子及びnptII遺伝子を組み込んだGFP遺伝子含有バイナリーベクターを作製し、これをEHA105株に導入し、GFP遺伝子含有EHA105株を作製した。
抗生物質添加(50mg/Lカナマイシン及び100mg/Lハイグロマイシン)LB寒天培地上で培養したGFP遺伝子含有EHA105株を、白金耳で掻き取り、初発菌数が1×10cell/mLとなるように調整し、抗生物質添加LB液体培地に植菌し、28℃で50rpm(回転/分)の条件で24時間振とう培養を行い、対数増殖期中期の菌体を得た。得られた培養物を、OD550が0.25(約5×10cell/mL)となるように希釈したものを、GFP遺伝子含有EHA105株懸濁液とした。
【0052】
<カルスの調製>
外植体として用いる雄花の蕾の状態のものをパラゴムノキから採取し、希釈した次亜鉛素酸ソーダ溶液で消毒後、蕾を開いて葯を取り出した。この葯を、カルス誘導培地に植えて(カルス誘導)、27〜28℃の暗所で、5〜12週間培養した。カルス誘導培地としては、MS基本培地に、1〜3mg/LのBAP若しくはKINと、0.3〜1mg/Lの2,4−D、さらに1mg/LのNAA若しくはIAAを添加、さらに5〜7%のスクロースおよび5%程度のココナッツウォーターを加えた培地を用いた。pHは5.6〜5.8に調製し、支持体としては、ゲルライトあるいは寒天粉末を使用した。
【0053】
<感染>
カルス誘導後所定期間培養して得られたカルスを、上記で調製したGFP遺伝子含有EHA105株懸濁液に1分間浸漬させた後、カルスを、前記カルス誘導培地からホルモンを除き、20mg/Lのアセトシリンゴンを加えた培地に移して、22℃で5日間、暗所にて培養した。
【0054】
<形質転換細胞含有カルスの増殖>
さらに、上記カルスを、前記カルス誘導培地からホルモンを除き、500mg/Lのチメンチンを加えた培地に移して、27℃で暗所にて51日間(感染後8週間)培養した。3週間ごとに同じ培地に植え継いだ。
GFPが発する蛍光を観察することにより、得られたカルス中の形質転換細胞数を測定し、遺伝子導入効率を算出した。算出した結果を表1に示す。これらの結果からも明らかであるように、カルス誘導後5〜9週間培養して得られたカルスに、対数増殖期のアグロバクテリウム属菌を感染させることにより、50%以上という高い遺伝子導入効率が達成し得る。
【0055】
【表1】

【0056】
[実施例2]
<従来法による標的遺伝子含有アグロバクテリウム属菌の調製>
実施例1で作製したGFP遺伝子含有EHA105株を、抗生物質添加(50mg/Lカナマイシン及び100mg/Lハイグロマイシン)LB寒天培地上で培養したGFP遺伝子含有EHA105株を、白金耳で掻き取り、抗生物質添加LB液体培地に入れて一晩培養した。得られた培養物を、OD550が0.25(約5×10cell/mL)となるように希釈したものを、GFP遺伝子含有EHA105株懸濁液(対照)とした。
【0057】
<形質転換細胞の作成>
実施例1と同様にして、カルス誘導後8週間培養することにより得られたカルスを、実施例1で調製したGFP遺伝子含有EHA105株懸濁液又は上記で調製したGFP遺伝子含有EHA105株懸濁液(対照)に、1分間浸漬させた後、実施例1と同様にして感染させて培養し、感染後8週間のカルスを得た。
GFPが発する蛍光を観察することにより、得られたカルス中のGFPの蛍光を発するカルス(GFP蛍光カルス;形質転換細胞)の割合を測定した。結果を表2に示す。従来法により調製したGFP遺伝子含有EHA105株懸濁液(対照)を用いた場合(サンプル2A〜2C)には、いずれもGFP蛍光カルスは全体の10%にも届かず、また、GFP蛍光カルスの増殖は観察されなかった。一方、実施例1において調製したGFP遺伝子含有EHA105株懸濁液を用いた場合(サンプル2D〜2E)には、全体の50%以上がGFP蛍光カルスであり、また、GFP蛍光カルスが増殖していることが観察された。なお、GFP蛍光カルスの全体に占める割合は、遺伝子導入効率と同じことを意味する。
すなわち、これらの結果から、カルス誘導後5〜9週間培養して得られたカルスを感染に用いた場合であっても、遺伝子を導入するアグロバクテリウム属菌として対数増殖期にある細菌を用いない場合には、十分な遺伝子導入効率を達成できないことが明らかである。
【0058】
【表2】

【0059】
[実施例3]
感染後に得られた形質転換細胞含有カルスを、湿度制御環境下で培養した場合の遺伝子導入効率を調べた。
まず、実施例1と同様にして、カルス誘導後8週間培養することにより得られたカルスを、実施例1で調製したGFP遺伝子含有EHA105株懸濁液に1分間浸漬させた後、前記カルス誘導培地からホルモンを除き、20mg/Lのアセトシリンゴンを加えた培地に移して、22℃で5日間、暗所にて培養した。
さらに、上記カルスを、2つに分けて、前記カルス誘導培地からホルモンを除き、500mg/Lのチメンチンを加えた培地に移した。一方の細胞培養容器は、蓋と本体とをパラフィルムで封止した(サンプル3A)。他方の細胞培養容器は、平均孔径が0.1μm以下のサージカルテープ(マイクロポアサージカルテープ、3M社製)で封止した(サンプル3B)。両細胞培養容器を、湿度60%に制御された27℃の恒温培養装置内に設置し、3週間間隔で継代培養しながら、51日間(感染後8週間)培養した。
【0060】
GFPが発する蛍光を観察することにより、得られたカルス中の形質転換細胞数を測定し、遺伝子導入効率を算出した。算出した結果を表3に示す。湿度無調整の密閉した環境下で培養を行ったサンプル3Aに比べて、湿度を60%に調整した環境下で培養を行ったサンプル3Bは、80%以上という非常に高い遺伝子導入効率であった。これらの結果から、形質転換細胞の培養を、湿度を制御した環境下で行うことにより、遺伝子導入効率がより改善されることが明らかである。
【0061】
【表3】

【0062】
[参考例2]
<標的遺伝子含有アグロバクテリウム属菌の調製2>
GFPをコードするGFP遺伝子のC末端にHGGT(homogentisate geranylgeranyl transferase)タンパク質をコードするHGGT遺伝子を結合させたGFP−HGGTキメラ遺伝子と、ネオマイシン耐性遺伝子であるnptII遺伝子とを標的遺伝子として用いた。
まず、GFP−HGGTキメラ遺伝子及びnptII遺伝子を組み込んだGFP−HGGT遺伝子含有バイナリーベクターを作製し、これをEHA105株に導入し、標的遺伝子含有EHA105株を作製した。得られたGFP−HGGT遺伝子含有EHA105株から、実施例1と同様にして、GFP−HGGT遺伝子含有EHA105株懸濁液を調製した。
【0063】
[実施例4]
アグロバクテリウム属菌を感染させる前に、カルスをアブシジン酸(ABA)含有培地中で増殖させた場合の、遺伝子導入効率を調べた。
まず、実施例1と同様にして、パラゴムノキから採取した葯からカルスを誘導し、カルス誘導培地にて8週間培養した。最後の1週間は、当該カルス誘導培地にABA(0.5μM)を添加したABA含有培地にて培養した(サンプル4B)。最後の1週間もABA無添加のカルス誘導培地にて培養したものを、対照とした(サンプル4A)。
得られたカルスを、参考例2で調製したGFP−HGGT遺伝子含有EHA105株懸濁液に1分間浸漬させた後、実施例1と同様にして感染させて培養し、感染後8週間のカルスを得た。
GFPが発する蛍光を観察することにより、得られたカルス中のGFPの蛍光を発するカルス(GFP蛍光カルス;形質転換細胞)の割合を測定した。結果を表4に示す。比較的生体に対する影響の小さいGFPを単独で発現させた場合と異なり、HGGTタンパク質を発現させた場合には、遺伝子導入効率が20%未満と非常に低い値であった(サンプル4A)。これに対して、アグロバクテリウム属菌感染前にABA含有培地で培養したサンプル4Bでは、遺伝子導入効率が46%と非常に良好であった。これらの結果から、アグロバクテリウム属菌感染前に、カルスを予めストレス抵抗性誘導ホルモン含有培地中で一定期間以上培養することにより、遺伝子導入効率がより改善されることが明らかである。
【0064】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0065】
ラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法により、アグロバクテリウム法を用いた場合の遺伝子導入効率を改善することができるため、特に天然ゴムの産生の分野で特に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラテックス産生植物の形質転換細胞を作成する方法であって、
ラテックス産生植物由来の組織をカルス誘導後5〜9週間培養して得られたカルスに、標的遺伝子又はそのフラグメントを含むプラスミドを含有するアグロバクテリウム(Agrobacterium)属菌を感染させる感染工程を有し、
前記アグロバクテリウム属菌が、対数増殖期の細菌であることを特徴とする、ラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法。
【請求項2】
さらに、前記感染工程によりアグロバクテリウム属菌を感染させたカルスを、細胞培養容器内で増殖させる増殖工程を有し、
前記細胞培養容器内の湿度が50〜70%に調整されていることを特徴とする請求項1記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法。
【請求項3】
細菌非透過性及び透湿性を有する封止部材により封止した細胞培養容器は、湿度が50〜70%に調整されている恒温培養装置内に設置されていることを特徴とする請求項2記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法。
【請求項4】
前記感染工程において用いられるカルス誘導後5〜9週間培養して得られたカルスが、アグロバクテリウム属菌を感染させる前に、培養期間の全部又は一部に、ストレス抵抗性誘導ホルモン含有培地中で培養されたものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法。
【請求項5】
前記増殖工程において、アグロバクテリウム属菌を感染させたカルスを、ストレス抵抗性誘導ホルモン含有培地中で増殖させることを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法。
【請求項6】
前記ストレス抵抗性誘導ホルモンがアブシジン酸であることを特徴とする請求項4又は5記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法。
【請求項7】
前記ラテックス産生植物がパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載のラテックス産生植物の形質転換細胞の作成方法により得られた形質転換細胞から、体細胞不定胚を誘導し、当該体細胞不定胚から植物体を再生することを特徴とする、形質転換植物の作成方法。
【請求項9】
請求項8記載の形質転換植物の作成方法により作成された、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)の形質転換植物。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2010−161989(P2010−161989A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−8063(P2009−8063)
【出願日】平成21年1月16日(2009.1.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、受託研究「生物機能活用型循環産業システム創造プログラム・省エネルギー技術開発プログラム/植物機能を活用した高度モノづくり基盤技術開発/植物の物質生産プロセス制御基盤技術開発/パラゴムノキのゴム生産制御技術の開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【出願人】(594201744)バダン ペングカジアン ダン ペネラパン テクノロジ (13)
【氏名又は名称原語表記】Badan Pengkajian Dan Penerapan Teknologi
【住所又は居所原語表記】Jl. M. H. Thamrin No.8, Jakarta 10340, Indonesia
【Fターム(参考)】