説明

ランタノイド元素の酸化物を含む水性分散液

【課題】ランタノイド元素の酸化物の粒子を含有し、高透明性であり、長期保存しても安定性の高い水性分散液を提供すること。
【解決手段】本発明の水性分散液は、Ln(Lnは、La及びCe以外のランタノイド元素を表す。)の酸化物の粒子を含む。該粒子の最大粒径Dmaxが100nm以下であり、該水性分散液のpHが1〜7である。この水性分散液の可視光の波長領域(350〜900nm)における透過率は好適には80%以上である。前記粒子の体積換算平均粒径D50が1〜70nmであることも好適である。この水性分散液は、BET比表面積が10〜150m2/gであるLnの酸化物の粒子を水性媒体に分散させることで好適に製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化ルテチウムを始めとする各種のランタノイド元素の酸化物を含む水性分散液に関する。本発明の水性分散液は、これを塗膜にして乾燥させることで、各種光学材料に有用な薄膜を形成するための原料として好適に用いられる。
【背景技術】
【0002】
酸化ルテチウムを始めとする各種のランタノイド元素の酸化物は、光学材料として用いられているTa25やNb25と同様に、高屈折率の材料であることが知られている。特に、酸化ルテチウムは、その結晶構造が立方晶であることから、複屈折がないことも知られている。これらの特性を生かし、酸化ルテチウムを光学材料として利用する試みがなされている。
【0003】
例えば特許文献1には、透光性酸化ルテチウム焼結体が提案されている。この酸化ルテチウム焼結体は、Yの含有量が100massppm以上0.7mass%以下で、焼結体の平均粒子径が0.7μm以上20μm以下であり、焼結体中の粒界にY含有の異相の析出が実質的になく、波長500nmから6.5μmの領域にわたっての直線光透過率が1mm厚みで80%以上であることによって特徴づけられる。この酸化ルテチウム焼結体は、可視部から赤外領域にわたって良好な透光性を示すと、同文献には記載されている。同文献においては、この酸化ルテチウム焼結体は、レーザー発振装置の光学材料として用いられている。
【0004】
また、特許文献2には、メジアン径が10〜300nmであり、ヒドロキシカルボン酸を含有するルテチウムの酸化物又は水酸化物のゾルが記載されている。このゾルは、1ヶ月の保存安定性が良好で、増粘や沈殿物の発生がなかったと、同文献には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4251649号公報
【特許文献2】特開2006−45015号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載の技術は、酸化ルテチウムの粒子を焼結してバルク体を製造する技術に係るものであり、酸化ルテチウムの粒子を含む分散液を原料として薄膜を製造する技術とはアプリケーションの分野が相違する。
【0007】
また特許文献2に記載の技術では、Lu23ゾルを得るために、Lu23前駆体ゲルをオートクレーブによって加圧熱処理しなければならないので、工業化の際に装置が大型化してしまう。また、安全面にも十分に配慮しなければならない。更に、得られたLu23ゾルを限外濾過によって洗浄しなければならないところ、これには長時間を要するので非効率である。
【0008】
本発明の課題は、光学材料分野に有用なランタノイド元素の酸化物の粒子を含む分散液を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、Ln(Lnは、La及びCe以外のランタノイド元素を表す。)の酸化物の粒子を含む水性分散液であって、該粒子の最大粒径Dmaxが100nm以下であり、該水性分散液のpHが1〜7であることを特徴とする水性分散液を提供するものである。
【0010】
また本発明は、前記の水性分散液の好適な製造方法であって、BET比表面積が10〜150m2/gであるLnの酸化物の粒子(Lnは、La及びCe以外のランタノイド元素を表す。)を水性媒体に分散させることを特徴とする水性
分散液の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ランタノイド元素の酸化物の粒子を含有し、高透明性であり、長期保存しても安定性の高い水性分散液が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、実施例1及び実施例2で得られた酸化ルテチウム粒子のXRD回折図である。
【図2】図2は、実施例1で得られた酸化ルテチウム粒子を含有する水性分散液中の酸化ルテチウム粒子の透過型電子顕微鏡像である。
【図3】図3は、実施例1で得られた酸化ルテチウム粒子を含有する水性分散液中の酸化ルテチウム粒子の粒度分布を示す図である。
【図4】図4は、実施例1で得られた酸化ルテチウム粒子を含有する水性分散液の可視光に対する透過率を示す図である。
【図5】図5は、実施例3で得られた酸化イッテルビウム粒子のXRD回折図である。
【図6】図6は、実施例3で得られた酸化イッテルビウム粒子を含有する水性分散液中の酸化イッテルビウム粒子の透過型電子顕微鏡像である。
【図7】図7は、実施例3で得られた酸化イッテルビウム粒子を含有する水性分散液中の酸化イッテルビウム粒子の粒度分布を示す図である。
【図8】図8は、実施例3で得られた酸化イッテルビウム粒子を含有する水性分散液の可視光に対する透過率を示す図である。
【図9】図9は、実施例4で得られた酸化ユウロピウム粒子のXRD回折図である。
【図10】図10は、実施例4で得られた酸化ユウロピウム粒子を含有する水性分散液中の酸化イッテルビウム粒子の粒度分布を示す図である。
【図11】図11は、実施例4で得られた酸化ユウロピウム粒子を含有する水性分散液の可視光に対する透過率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の水性分散液は、分散質としてLn(Lnは、La及びCe以外のランタノイド元素を表す。)の酸化物の粒子を含む。ランタノイド元素は、原子番号57のランタン(La)から、原子番号71のルテチウム(Lu)までの15種類であるが、これらの元素のうち、ランタン及びセリウムはイオン又は酸化物になった状態で4fの電子軌道を占有する電子を有さないのに対し、その他のランタノイド元素はイオンになった状態においても4fの電子軌道を占有する電子を有している。したがって、ランタノイド元素のうち、ランタン及びセリウムは、残りのランタノイド元素とは化学的性質や化学的挙動が相違する場合が多い。そこで本発明においては、ランタノイド元素のうち、ランタン及びセリウムは除外し、イオン又は酸化物になった状態においても4f電子を有しているランタノイド元素のみを対象としている。Lnに包含される元素は、具体的には、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)である。本発明の水性分散液は、これらの元素の酸化物を1種含んでいるか、又は2種以上を組み合わせた混合物を含んでいる。
【0014】
本明細書で言う「Lnの酸化物」とは、Lnの原子価に応じ、例えば、Ln23(Lnが三価の場合)、LnO(Lnが二価の場合)、LnO2(Lnが四価の場合)、Ln611(三価のLnと四価のLnとの複合酸化物)等が包含される。Lnの酸化物は、これらの酸化物のいずれか1種でもよく、あるいは2種以上の混合物でもよい。またLnの酸化物は、Ln23、LnO、LnO2又はLn611で表される狭義の酸化物のみならず、これらの酸化物の含水物や、これらの酸化物にLnの水酸化物及び/又はLnのオキシ水酸化物が一部含まれているものを広く包含する。
【0015】
Lnの酸化物は、Lnに包含される2種以上のランタノイド元素の複合酸化物であってもよい(例えば先に述べたLn611等)。しかし、Lnの酸化物は、Ln以外の金属元素、半金属元素及び/又は非金属元素を含んでいないことが好ましい。
【0016】
後述するとおり、本発明の水性分散液は透明性の高いものであるところ、該水性分散液を透明なものとするためには、該水性分散液に含まれるLnの酸化物の粒子の最大粒径Dmaxが重要となる。詳細には、Lnの酸化物の粒子の最大粒径Dmaxを100nm以下とすることが必要であり、好ましくは70nm以下、更に好ましくは50nm以下とする。最大粒径Dmaxが100nmを超えると、可視光の散乱によって水性分散液の透明性が低下する。最大粒径Dmaxの下限値に特に制限はなく、小さければ小さいほど好ましいが、20nm程度に最大粒径Dmaxが小さくなれば、水性分散液の透明性は十分に高くなる。Lnの酸化物の粒子の最大粒径Dmaxは、光子相関法を利用した動的光散乱法によって測定される。例えば日機装株式会社製のナノトラック粒度分布測定装置を用いて測定される。
【0017】
水性分散液に含まれるLnの酸化物の粒子の最大粒径Dmaxは上述のとおりであるところ、該粒子の体積換算平均粒径D50は1〜70nm、特に1〜30nmであることが好ましい。最大粒径Dmaxが上述の範囲であることに加えて、平均粒径D50がこの範囲であることによって、水性分散液の透明性が一層向上する。平均粒径D50は、最大粒径Dmaxと同様の方法で測定される。
【0018】
水性分散液に含まれるLnの酸化物の粒子の濃度は、1〜50重量%、特に1〜30重量%であることが好ましい。この濃度範囲に調整することで、Lnの酸化物の粒子が高度に分散し、長時間保存しても沈殿の生成等が認められなくなる。
【0019】
水性分散液には、Lnの酸化物の粒子に加え、高屈折率を有する金属酸化物の粒子、強誘電体材料である金属複合酸化物の粒子を更に含んでいてもよい。そのような金属酸化物としては、例えばMg、Ti、Zn、Zr、Al、La、Ta、Nb、Ga、Ge、Sn、In、Hf、Yなどの金属の酸化物が挙げられる。これらの金属酸化物は、1種又は2種以上を用いることができる。また、そのような金属複合酸化物としては、SrTiO3、BaTiO3、LiNbO3、KNbO3、LiTaO3、PbZrO3、PbMoO4、PbMoO5が挙げられる。これらの金属複合酸化物は、1種又は2種以上を用いることができる。これらの酸化物は、水性分散液に含まれる固形分としての金属酸化物全体に対して、0.1〜50重量%程度添加することができる。
【0020】
本発明の水性分散液は、長期保存したときに安定性の高いものであることによっても特徴づけられる。水性分散液の安定性を高めるために、本発明においては水性分散液のpHを1〜7に設定し、好ましくは2〜6、更に好ましくは3〜6に設定する。水性分散液のpHが1未満の場合には、Lnの酸化物の粒子が溶解してしまうおそれがある。pHが7超の場合には、Lnの酸化物の粒子を高度に分散させることが容易でなく、直ちに又は長期間保存すると沈殿を生じる。
【0021】
水性分散液のpHを上述の範囲内に調整するためには、水性分散液にpH調整剤を添加すればよい。pH調整剤としては、例えば無機酸や有機酸を用いることができる。無機酸としては、例えばフッ酸、硝酸、塩酸及び硫酸などが挙げられる。有機酸としては、例えば酢酸、プロピオン酸、酪酸及び吉草酸などが挙げられる。これらのうち、特に酢酸を用いることが好ましい。酢酸は、劇物でないので取り扱い性がよく、また弱酸であるのでpH調整が行いやすいからである。水性分散液へのpH調整剤の添加量は、水性分散液のpHが上述の範囲となるような量とすればよい。
【0022】
水性分散液は、水性液を媒体とするものである。水性液としては、水そのものの他、水に水溶性有機溶媒を添加したものを用いることができる。水性液として水に1種又は2種以上の水溶性有機溶媒を添加したものを用いる場合には、該水性液の25℃における比誘電率は10以上であることが好ましい。水溶性有機溶媒としては、例えばアルコール類や、ポリオール類、セロソルブ、カルビトール、ケトン類を用いることができる。これらの有機溶媒は、2種以上混合して使用してもよい。アルコール類としては、例えばメタノール、エタノール、ブタノール、プロパノール、ペンタノールが挙げられる。ポリオール類としては、例えばエチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、プロパンジオール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、グリセロール、ヘキサントリオール、ブタントリオール、ペトリオール、グリセリンが挙げられる。セロソルブとしては、例えばメトキシエタノール、エトキシエタノール、プロポキシエタノール、ブトキシエタノールが挙げられる。カルビトールとしては、例えばメトキシエトキシエタノール、エトキシエトキシエタノール、プロポキシエトキシエタノール、ブトキシエトキシエタノールが挙げられる。ケトン類としては、例えばアセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジアセトンアルコールが挙げられる。これらの有機溶媒は、水性液全体に対して、0.1〜50重量%程度添加することができる。
【0023】
本発明の水性分散液は、可視光の波長領域(350〜900nm)において高透明性であることによって特徴づけられる。詳細には、可視光の波長領域における透過率が好ましくは80%以上、更に好ましくは90%以上という高透明性のものである。このように透明性の高い水性分散液を用いて塗膜を形成すると、乾燥後の塗膜の透明性が極めて高くなる。したがって、本発明の水性分散液は、高屈折率を有する透明膜の製造に非常に有用である。高屈折率を有する透明膜は、例えばシート状レンズを始めとして、光学レンズの薄型化に寄与する。水性分散液の透明性は、例えば(株)日立ハイテクノロジーズ社製の分光光度計U−4000によって測定することができる。
【0024】
高透明性を有することに加え、本発明の水性分散液は、長期保存しても安定性が高いものである。例えば、室温下に1ヶ月間保存しても沈殿が生じない程度の安定性を有している。
【0025】
次に、本発明の水性分散液の好適な製造方法について説明する。本製造方法は、(i)Lnの酸化物の粒子の製造工程及び(ii)水性分散液の製造工程に大別される。これら両工程についてそれぞれ説明する。
【0026】
まず、(i)のLnの酸化物の粒子の製造工程について説明する。Lnの酸化物の粒子は、Lnを含む水溶液とアルカリ(塩基)とを混合して中和を行い、Lnの沈殿物を生成させ、該沈殿物を焼成することで得られる。Lnを含む水溶液は、例えばLnの水溶性塩を水に溶解することで得られる。あるいは、特許文献1及び2に記載されているように、Lnの酸化物を塩酸等の鉱酸に溶解することで得ることもできる。いずれの方法を採用する場合であっても、水溶液中でのLnイオンの濃度は、0.001〜1mol/リットル、特に0.01〜0.5mol/リットルとすることが好ましい。
【0027】
Lnを含む水溶液に添加するアルカリ(塩基)としては、例えばアンモニア水;水酸化ナトリウム等のアルカリ金属の水酸化物の水溶液;炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素アンモニウム等の炭酸塩;などが挙げられる。アルカリの添加量は、Lnが例えば三価の原子価を有する場合、Ln(OH)3を形成する当量を100として80〜300とすることが経済性の点から好ましい。
【0028】
Lnを含む水溶液の中和は、Lnを含む水溶液にアルカリの水溶液を添加してもよいが、アルカリの水溶液中にLnを含む水溶液を添加することで行うことが好ましい。Lnを含む水溶液の添加は、一括添加でもよく、逐次添加でもよい。添加は加熱下に行ってもよいが、通常は室温(25℃)下に行えば十分である。
【0029】
前記の中和によって、液中に沈殿物が生じる。この沈殿物を、本発明者らがXRD測定したところ、アモルファス状態のものであることが判明した。したがって、この沈殿物の詳細については現在のところ十分に明らかになっていないが、Lnの酸化物、水酸化物、オキシ水酸化物若しくは含水酸化物又はそれらの混合物ではないかと本発明者らは考えている。この沈殿物を用い、次に述べる焼成操作によって目的とするLnの酸化物を得る。したがって、以下の説明では、この沈殿物のことを「前駆体」と呼ぶこととする。
【0030】
前駆体は、常法に従い固液分離された後、1回又は複数回水洗される。水洗は、液の導電率が例えば2000μS/cm以下になるまで行うことが好ましい。前駆体の固液分離を例えばデカンテーションで行う場合には、前駆体を効率的に沈殿させる観点から、液にアンモニア水を少量添加してもよい。
【0031】
水洗された前駆体は、乾燥に付され水分が除去された後、解砕工程に付される。前駆体の乾燥には、例えば、棚段乾燥機、熱風循環乾燥機、凍結乾燥機を用いることができる。特に、凍結乾燥機を用いた凍結乾燥は、乾燥時に、液架橋力による強い凝集が前駆体間に生じないことから好ましい。前駆体の解砕には、簡易的には例えば乳鉢を用いることができる。解砕は、解砕物の大きさが目開き100μmメッシュの篩を通過する程度とすることが好ましい。
【0032】
解砕された前駆体は、次いで焼成工程に付される。これによって、Lnの酸化物の粒子が得られる。焼成工程は、最終的に得られるLnの酸化物の粒子を水性液に分散させたときに、水性分散液の透明性を高める点から重要な工程である。詳細には、焼成工程によって得られるLnの酸化物の粒子のBET比表面積が好ましくは10〜150m2/g、更に好ましくは20〜150m2/g、一層好ましくは20〜100m2/gとなるように焼成を行うことで、透明性の高い水性分散液が容易に得られる。この範囲のBET比表面積を有するLnの酸化物の粒子を得るための好適な焼成条件としては、例えば大気雰囲気下、温度が400〜1200℃、特に400〜700℃で、時間が1〜24時間、特に1〜10時間である。なお、BET比表面積は、例えば島津製作所社製の「フローソーブ2300」を用い、N2吸着法で測定することができる。本明細書では、測定粉末の量を0.3gとし、予備脱気条件は大気圧下、120℃で10分間とした。
【0033】
上述の条件で焼成されることによって、上述の好適な範囲のBET比表面積を有するLnの酸化物の粒子が得られる。このLnの酸化物の粒子の比表面積換算粒径は、好ましくは50nm以下、更に好ましくは30nm以下、一層好ましくは20nm以下である。このLnの酸化物の粒子は、前駆体と異なり、XRD測定すると、主としてLnの酸化物に由来する回折ピークが観察され、結晶構造を有していることが確認される。
【0034】
次に、(ii)の水性分散液の製造工程について説明する。焼成によって得られたLnの酸化物を粉砕する。粉砕は、乾式でも湿式でもよいが、湿式粉砕することが、水性分散液を簡便に得る点から好ましい。湿式粉砕を行う場合には、Lnの酸化物の粒子と水性液とを混合してスラリーとなし、ビーズミル等のメディアミルによって粉砕を行う。水性液としては、先に述べたものを特に制限なく用いることができる。使用するビーズとしては、例えばジルコニアビーズやアルミナビーズ等が挙げられる。この場合、各種のpH調整剤をスラリーに添加して粉砕操作を行うことで、Lnの酸化物の粒子を単分散状態に近づけやすくなる。pH調整剤としては、液のpHを好ましくは1〜7、更に好ましくは2〜6に調整できるものを用いることが好ましい。そのようなpH調整剤としては、例えば、先に述べた無機酸や有機酸を用いることができ、特に好ましいものは酢酸である。
【0035】
上述のpH調整剤は、これを湿式粉砕時にスラリーに添加することに代えて、湿式粉砕して得られた水性分散液に添加してもよい。pH調整剤を水性分散液に添加する場合、その添加量は、水性分散液のpHが、好ましくは1〜7、更に好ましくは2〜6となるようにする。
【0036】
湿式粉砕後、液とビーズとを分離することで、目的とする水性分散液が得られる。このようにして得られた水性分散液は無色透明であり、可視光の透過率が高いものである。また、長期間保存しても沈殿の生じない安定なものである。
【0037】
このようにして得られた水性分散液は、Lnの酸化物のが有する高屈折率や、水性分散液が有する可視光に対する透明性を利用して、各種の光学材料や電子材料に用いることができる。例えば、レンズ等の光学系部品、反射防止膜、赤外線吸収膜、赤外線反射膜等に用いることができる。具体的には、水性分散液を各種の基板、例えば透明基板やレンズ等の表面に塗布して塗膜を形成し、該塗膜を乾燥させることで、高透明性及び高屈折率を有する薄膜を形成することができる。特に、後述する実施例において例証されるように、酸化イッテルビウムは、酸化ルテチウムや酸化ユウロピウム等の他の酸化物と同様に、可視光に対する透過性が高く、かつ紫外線のカット性が高いだけでなく、酸化イッテルビウムに特有の性質として、赤外線のカット性にも優れているという特徴を有している。したがって酸化イッテルビウムの水分散液は、この特徴を生かした用途、例えば赤外線及び紫外線遮断膜の形成に好適に用いられる。乾燥後の薄膜を、必要に応じて不活性雰囲気下、大気等の酸化性雰囲気下又は弱還元性雰囲気下(例えば爆発限界濃度以下の含水素雰囲気下)に焼成してもよい。この薄膜は、レンズの屈折率を更に高めるために、あるいは薄型レンズそのものとして有用である。更に本発明の水性分散液を用い、Lnの酸化物の粒子を合成樹脂中に分散させ、Lnの酸化物の高屈折率を利用した樹脂レンズ、反射防止膜、赤外線カットフィルム等を形成してもよい。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「重量%」を意味する。
【0039】
〔実施例1〕
(1)酸化ルテチウム粒子の製造
ガラス容器に470gの水をはかり取り80℃に加熱した。この中へ、36%塩酸16.8gを添加した。更に、Lu23(日本イットリウム株式会社製)10.0gを添加し、これを完全に溶解させた。その後、液を90℃に調整した。
【0040】
別のガラス容器に450gの水をはかり取り、25%アンモニア水40.7gを添加した。この水溶液に、酸化ルテチウムが溶解した上述の水溶液を添加した。添加速度は5ml/分とした。この操作によって、液中に沈殿物が生成した。
この液を、上澄みの導電率が1000μS/cm以下になるまでデカンテーション洗浄した。このとき、効率的な沈殿のために、アンモニアを数滴添加した。
【0041】
洗浄終了後、減圧濾過によって固液分離を行い、ケーキを得た。このケーキを大気中で120℃・12時間乾燥し、水分を除去した。このようにして得られた乾燥ケーキを乳鉢で解砕し、次いで目開き75μmのメッシュで分級し、前駆体粒子を得た。この前駆体粒子のXRD回折図を図1に示す。同図から明らかなように、この前駆体粒子はアモルファスのものであった。
【0042】
この前駆体を大気中で500℃・3時間焼成し、目的とする酸化ルテチウム粒子を得た。この酸化ルテチウム粒子のXRD回折図を図1に示す。同図から明らかなように、この酸化ルテチウム粒子はLu23に由来する回折ピークを示すものであった。この酸化ルテチウム粒子のBET比表面積を測定したところ、51m2/gであった。この酸化ルテチウム粒子の比表面積換算粒径は12nmであった。
【0043】
(2)水性分散液の製造
50mlの樹脂製容器に、前記の(1)で得られた酸化ルテチウム粒子2.7gと、純水25gと、酢酸0.5gとを入れた。更に0.1mmφのジルコニアビーズを入れ、容器を密栓した後、ペイントシェーカによって湿式粉砕を行った。このときの液のpHは6であった。湿式粉砕は1時間行った。最後に液を0.2μmのメンブランフィルターに通し粗粒を除去して、目的とする酸化ルテチウム粒子の水性分散液(ゾル)を得た。得られた水性分散液は無色透明であり、これに赤色レーザ(波長650nm)を照射したところ、チンダル現象が観察され、酸化ルテチウム粒子が高度に分散していることが確認された。
【0044】
得られた水性分散液をコロジオン膜にすくい取り、透過型電子顕微鏡(TEM)観察したところ、酸化ルテチウム粒子の一次粒子径は5nmであった。そのTEM像を図2に示す。また、日機装株式会社製のナノトラック粒度分布測定装置を用いた粒度分布の測定結果を図3に示す。酸化ルテチウム粒子の最大粒径Dmaxは30nmであり、体積換算平均
粒径D50は7.5nmであった。
【0045】
この水性分散液を少量はかり取り、200℃で乾燥させた後の酸化ルテチウム粒子の固形分濃度は8%であり、ガラス質の透明な固形分が残存することが確認された。また、この水性分散液の可視光に対する透明性を(株)日立ハイテクノロジーズ社製の分光光度計U−4000によって測定したところ、可視光の波長領域(波長350〜900nm)における透過率は92%以上であった(最低値がλ=350nmで92%)。透過率のグラフを図4に示す。
【0046】
更に、この水性分散液を常温(25℃)で1ヶ月保存して保存安定性を調べたところ、沈殿の生成は観察されず、高分散状態が維持されていることが確認された。
【0047】
〔実施例2〕
ガラス容器に470gの水をはかり取り80℃に加熱した。この中へ、60%硝酸17.4gを添加した。更にLu23(日本イットリウム株式会社製)10.0gを添加し、これを完全に溶解させた。その後、液を90℃に調整した。これ以外は実施例1と同様にして、目的とする酸化ルテチウム粒子の水性分散液(ゾル)を得た。本実施例で得られた酸化ルテチウム粒子のXRD回折図を図1に示す。同図から明らかなように、この酸化ルテチウム粒子はLu23に由来する回折ピークを示すものであった。この酸化ルテチウム粒子のBET比表面積を測定したところ、21m2/gであった。この酸化ルテチウム粒子の比表面積換算粒径は30nmであった。また、水性分散液中での酸化ルテチウム粒子の最大粒径Dmaxは35nmであり、体積換算平均粒径D50は9.3nmであった。水性
分散液のpHは6であり、可視光の波長領域(350〜900nm)における透過率は90%であった。この水性分散液を常温(25℃)で1ヶ月保存して保存安定性を調べたところ、沈殿の生成は観察されず、高分散状態が維持されていることが確認された。
【0048】
〔比較例1〕
本比較例は、特許文献1を追試したものである。80℃に加熱された水に36%塩酸を添加し、更に、Lu23(日本イットリウム株式会社製)10.0gを添加し、これを完全に溶解させて、濃度0.5mol/リットルのLuCl3水溶液500mlを得た。これに3.0mol/リットルの炭酸水素アンモニウム水溶液200mlを、5ml/分の速度で添加した。これによって液中に沈殿物が生成した。この液を室温(25℃)下に10日間エージングした。その後は、実施例1と同様にして前駆体を得た。
【0049】
得られた前駆体を、大気中で1200℃・12時間焼成し、酸化ルテチウム粒子を得た。この酸化ルテチウム粒子のBET比表面積は6m2/gであり、比表面積換算粒径は106nmであった。この酸化ルテチウム粒子を用い、実施例1と同様にして水性分散液の調製を試みた。しかし、透明分散液を得ることはできず、液は白濁し、直ちに沈殿が生じてしまった。
【0050】
〔実施例3〕
(1)酸化イッテルビウム粒子の製造
ガラス容器に370gの水をはかり取り90℃に加熱した。この中へ、36%塩酸18.53gを添加した。更に、Yb23(日本イットリウム株式会社製)10.0gを添加し、これを完全に溶解させた。その後、液を90℃に調整した。
【0051】
別のガラス容器に380gの水をはかり取り、25%アンモニア水14.58gを添加した。この水溶液に、酸化イッテルビウムが溶解した上述の水溶液を添加した。添加速度は5ml/分とした。この操作によって、液中に沈殿物が生成した。この液を、上澄みの導電率が1000μS/cm以下になるまでデカンテーション洗浄した。このとき、効率的な沈殿のために、アンモニアを数滴添加した。
【0052】
洗浄終了後、減圧濾過によって固液分離を行い、ケーキを得た。このケーキを大気中で120℃・12時間乾燥し、水分を除去した。このようにして得られた乾燥ケーキを乳鉢で解砕し、次いで目開き75μmのメッシュで分級し、前駆体粒子を得た。この前駆体粒子のXRD回折図を図5に示す。同図から明らかなように、この前駆体粒子はアモルファスのものであった。
【0053】
この前駆体を大気中で800℃・3時間焼成し、目的とする酸化イッテルビウム粒子を得た。この酸化イッテルビウム粒子のXRD回折図を図5に示す。同図から明らかなように、この酸化イッテルビウム粒子はYb23に由来する回折ピークを示すものであった。この酸化イッテルビウム粒子のBET比表面積を測定したところ、19m2/gであった。この酸化イッテルビウム粒子の比表面積換算粒径は34nmであった。
【0054】
(2)水性分散液の製造
50mlの樹脂製容器に、前記の(1)で得られた酸化イッテルビウム粒子2.7gと、純水25gと、酢酸0.5gとを入れた。更に0.1mmφのジルコニアビーズを入れ、容器を密栓した後、ペイントシェーカによって湿式粉砕を行った。このときの液のpHは6であった。湿式粉砕は1時間行った。最後に液を0.2μmのメンブランフィルターに通し粗粒を除去して、目的とする酸化イッテルビウム粒子の水性分散液(ゾル)を得た。得られた水性分散液は無色透明であり、これに赤色レーザ(波長650nm)を照射したところ、チンダル現象が観察され、酸化イッテルビウム粒子が高度に分散していることが確認された。
【0055】
得られた水性分散液をコロジオン膜にすくい取り、透過型電子顕微鏡(TEM)観察したところ、酸化イッテルビウム粒子の一次粒子径は18nmであった。そのTEM像を図6に示す。また、日機装株式会社製のナノトラック粒度分布測定装置を用いた粒度分布の測定結果を図7に示す。酸化イッテルビウム粒子の最大粒径Dmaxは69nmであり、体積換算平均粒径D50は22nmであった。
【0056】
この水性分散液を少量はかり取り、200℃で乾燥させた後の酸化イッテルビウム粒子の固形分濃度は8%であり、ガラス質の透明な固形分が残存することが確認された。また、この水性分散液の可視光に対する透明性を(株)日立ハイテクノロジーズ社製の分光光度計U−4000によって測定したところ、可視光の波長領域(波長350〜900nm)における透過率は81%以上であった(最低値がλ=350nmで81%)。透過率のグラフを図8に示す。この分散液は、可視光の波長領域において高い透過率を示すとともに、赤外光及び紫外光に対して高いカット性を示すことが判る。
【0057】
更に、この水性分散液を常温(25℃)で1ヶ月保存して保存安定性を調べたところ、沈殿の生成は観察されず、高分散状態が維持されていることが確認された。
【0058】
〔実施例4〕
(1)酸化ユウロピウム粒子の製造
ガラス容器に470gの水をはかり取り90℃に加熱した。この中へ、36%塩酸18.53gを添加した。更に、Eu23(日本イットリウム株式会社製)20.82gを添加し、これを完全に溶解させた。その後、液を90℃に調整した。
【0059】
別のガラス容器に450gの水をはかり取り、水酸化ナトリウム13.64gを添加した。この水溶液に、酸化ユウロピウムが溶解した上述の水溶液を添加した。添加速度は5ml/分とした。この操作によって、液中に沈殿物が生成した。この液を、上澄みの導電率が1000μS/cm以下になるまでデカンテーション洗浄した。このとき、効率的な沈殿のために、アンモニアを数滴添加した。
【0060】
洗浄終了後、減圧濾過によって固液分離を行い、ケーキを得た。このケーキを大気中で120℃・12時間乾燥し、水分を除去した。このようにして得られた乾燥ケーキを乳鉢で解砕し、次いで目開き75μmのメッシュで分級し、前駆体粒子を得た。この前駆体粒子のXRD回折図を図9に示す。同図から明らかなように、この前駆体粒子はEu(OH)3からなるものであった。
【0061】
この前駆体を大気中で750℃・3時間焼成し、目的とする酸化ユウロピウム粒子を得た。この酸化ユウロピウム粒子のXRD回折図を図9に示す。同図から明らかなように、この酸化ユウロピウム粒子はEu23に由来する回折ピークを示すものであった。この酸化ユウロピウム粒子のBET比表面積を測定したところ、28m2/gであった。この酸化ユウロピウム粒子の比表面積換算粒径は28nmであった。
【0062】
(2)水性分散液の製造
50mlの樹脂製容器に、前記の(1)で得られた酸化ユウロピウム粒子2.7gと、純水25gと、酢酸0.5gとを入れた。更に0.1mmφのジルコニアビーズを入れ、容器を密栓した後、ペイントシェーカによって湿式粉砕を行った。このときの液のpHは6であった。湿式粉砕は1時間行った。最後に液を0.2μmのメンブランフィルターに通し粗粒を除去して、目的とする酸化ユウロピウム粒子の水性分散液(ゾル)を得た。得られた水性分散液は無色透明であり、これに赤色レーザ(波長650nm)を照射したところ、チンダル現象が観察され、酸化ユウロピウム粒子が高度に分散していることが確認された。
【0063】
得られた水性分散液をコロジオン膜にすくい取り、透過型電子顕微鏡(TEM)観察したところ、酸化ユウロピウム粒子の一次粒子径は10nmであった。日機装株式会社製のナノトラック粒度分布測定装置を用いた粒度分布の測定結果を図10に示す。酸化ユウロピウム粒子の最大粒径Dmaxは40nmであり、体積換算平均粒径D50は13nmであった。
【0064】
この水性分散液を少量はかり取り、200℃で乾燥させた後の酸化ユウロピウム粒子の固形分濃度は8%であり、ガラス質の透明な固形分が残存することが確認された。また、この水性分散液の可視光に対する透明性を(株)日立ハイテクノロジーズ社製の分光光度計U−4000によって測定したところ、可視光の波長領域(波長350〜900nm)における透過率は86%以上であった(最低値がλ=350nmで86%)。透過率のグラフを図11に示す。
【0065】
更に、この水性分散液を常温(25℃)で1ヶ月保存して保存安定性を調べたところ、沈殿の生成は観察されず、高分散状態が維持されていることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ln(Lnは、La及びCe以外のランタノイド元素を表す。)の酸化物の粒子を含む水性分散液であって、該粒子の最大粒径Dmaxが100nm以下であり、該水性分散液のpHが1〜7であることを特徴とする水性分散液。
【請求項2】
可視光の波長領域における透過率が80%以上である請求項1記載の水性分散液。
【請求項3】
前記粒子の体積換算平均粒径D50が1〜70nmである請求項1又は2記載の水性分散液。
【請求項4】
Lnの酸化物が、Ln23で表されるものである請求項1ないし3のいずれか一項に記載の水性分散液。
【請求項5】
Lnの酸化物が、酸化ルテチウム、酸化イッテルビウム又は酸化ユーロピウムである請求項1ないし4のいずれか一項に記載の水性分散液。
【請求項6】
請求項1記載の水性分散液の製造方法であって、BET比表面積が10〜150m2/gであるLnの酸化物の粒子(Lnは、La及びCe以外のランタノイド元素を表す。)を水性媒体に分散させることを特徴とする水性分散液の製造方法。
【請求項7】
Lnを含む水溶液と塩基とを混合してLnの沈殿物を生成させ、該沈殿物を大気雰囲気下に焼成して前記のLnの酸化物の粒子を得る請求項6記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1記載の水性分散液を基板の表面に塗布して塗膜を形成、該塗膜を乾燥させることを特徴とする透明薄膜の製造方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図2】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−116622(P2011−116622A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−167002(P2010−167002)
【出願日】平成22年7月26日(2010.7.26)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】