説明

リガンドを高密度に配置した局在場光センサーチップ

【課題】従来よりも高密度でリガンドを固定化した、金属薄膜で起きる表面プラズモン共鳴を利用するアナライトの検出方法用のセンサーチップを提供する。
【解決手段】アナライト検出用のリガンド固定化局在場光センサーチップであって、少なくとも、誘電体部材と、前記誘電体部材上に形成された金属薄膜と、前記金属薄膜上に形成された正または負に荷電した荷電層と、前記荷電層上に形成された静電相互作用により固定化されている、当該荷電層とは逆に荷電した荷電微粒子およびそれに結合したリガンドにより構成されるリガンド担持荷電微粒子からなる固定化リガンド層とを備えていることを特徴とする、リガンド固定化局在場光センサーチップ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SPFSおよびSPRに代表される、局在場光(エバネッセント波)を利用するアナライトの検出方法用のセンサーチップ(局在場光センサーチップ)、および当該センサーチップを使用するアナライトの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体分子や有機高分子などのアナライト(被検出物質)を、センサーチップ(典型的にはチップ状に作製されている測定部材)の表面で、当該アナライトとの間に特異的な分子間相互作用が働くリガンド(捕捉物質)を用いて捕捉し、それにより発せられる特有のシグナルを観測することにより、アナライトを直接的かつ定量的に検出する方法の研究開発が進められている。たとえば、あるタンパク質(抗原)をアナライトとする場合は、それと特異的に結合しうるタンパク質(抗体)がリガンドとして表面に固定化されているセンサーチップが使用される。
【0003】
ノンラベルで、すなわち放射性物質や蛍光体などの標識を用いずにアナライトを検出する方法としては、たとえば、つぎのようなSPR(Surface Plasmon Resonance:表面プラズモン共鳴法)が知られている。誘電体部材上に形成された金属薄膜に全反射が起きる所定の入射角度で測定光を照射すると、金属薄膜での表面プラズモン共鳴により反射光の強度が減衰し(全反射減衰:ATR)、ある入射角度で反射光の強度は極小となる。ここで、アナライトがセンサー(金属薄膜)上に捕捉されると誘電率が変化し、それにより反射光の強度が極小となる入射角度が変化する。SPRでは、当該入射角度をシグナルとして測定することにより、アナライトを検出することができる。
【0004】
一方、蛍光体を用いてアナライトを検出する方法としては、たとえば、誘電体部材上に形成された金属薄膜に全反射減衰(ATR)が生じる角度で測定光(励起光)を照射し、金属薄膜を透過したエバネッセント波(非伝播光、局在場光)が金属薄膜の表面プラズモンとの共鳴により数十倍〜数百倍に増強されることを利用して、金属薄膜近傍に捕捉されたアナライトを標識している蛍光体を効率的に励起させ、その蛍光シグナルを測定することによりアナライトを検出する、SPFS(Surface Plasmon-field enhanced Fluorescence Spectroscopy:表面プラズモン励起増強蛍光分光法)も知られている。
【0005】
さて、従来のセンサーチップへのリガンドの固定化は、次のような方法で行われていた。すなわち、センサーチップの表面に特定の結合を生じうる修飾基を導入しておき、一方でリガンドに当該修飾基に対応した反応基を導入しておき、これらの修飾基および反応基を反応させて結合させることにより、リガンドをセンサーチップに固定化していた。
【0006】
たとえば、SPFS用のセンサーチップの場合、誘電体部材上にまず金属薄膜(たとえばAu)を形成し、多くの場合はさらに、蛍光体と金属薄膜とが接触することにより起きる金属消光を避けるために、前記金属薄膜の表面にさらにもう一つの誘電体層を形成して、無修飾のセンサーチップを作製しておく。このような無修飾のセンサーチップの誘電体層の表面を、たとえば末端にアミノ基を有するシランカップリング剤で処理してアミノ基で修飾し、つづいてNHS(N−ヒドロキシコハク酸イミド)−PEG4−ビオチンで処理して当該アミノ基にビオチンを結合させ、このビオチンにアビジンを反応させた後に、ビオチン化したリガンド(たとえば抗体)を反応させることにより、表面に当該リガンドが固定化されたセンサーチップを作製することができる。また、前記無修飾のセンサーチップを、末端にカルボキシル基を有するシランカップリング剤で処理してカルボキシル基で修飾し、つづいてEDC(1-Ethyl-3-[3-dimethylaminopropyl]carbodiimide hydrochloride)およびNHSで処理してそのカルボキシル基を活性エステル化した後、アミノ基を有するリガンド(典型的にはタンパク質、たとえば抗体)を反応させることによっても、表面に当該リガンドが固定化されたセンサーチップを作製することができる。
【0007】
一方、荷電した高分子微粒子が、静電相互作用によって反対の電荷をもつ荷電固体表面で単粒子膜を形成することは公知である。たとえば、非特許文献1には、スチレン(ST)と水溶性のメタクリル酸エステルとのソープフリー乳化共重合によって効率よく合成することができ、その表面に比較的高濃度のスルホニウム基に由来するカチオン電荷を持っている、P(ST-co-MAPDS)微粒子のラテックスに、水中で負の表面電荷を示すガラス基板を浸漬すると、静電相互作用による吸着が起こり、超音波照射しても脱離しない比較的安定な単粒子膜が得られることが記載されている。しかしながら、上記文献に記載の方法は、ガラス表面への静電気帯電に由来するものであり、経時の安定性を保持することはできない。上記文献、およびその他の文献で知られている該静電相互作用に用いる荷電は静電気、あるいは電場を用いているため経時で劣化し単粒子層の安定性は確保できないのでセンサーへの展開は難しい。上記文献に記載の微粒子は230nm前後の比較的粗大粒子のため移流集積原理や、沈降を利用しており、純粋な静電相互作用とは考えにくい。また、静電相互作用を用いてリガンド固定化量の増大、有効抗体量の増大等が行えることに言及した公知文献はない。
【0008】
また、特許文献1には、局在プラズモン共鳴センサーについて、ガラス製の基板を3−アミノプロピルトリメトキシシランのメタノール溶液に浸漬し、次いで金コロイド溶液に浸漬することにより、ガラス製の基板の表面に金コロイド単層膜を形成する方法や、この金コロイドに所定の受容体を吸着させた場合、当該受容体に所定の物質が吸着したときの吸光度の変化から当該物質の吸着を検出する、アフィニティ・センサーとしての用途が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2000−356587号公報(特許第3452837号公報)
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】長井 勝利, 山口 敬三 "高分子コロイドの固体基板上での単粒子膜形成" 繊維学会誌, Vol. 60, No. 4, pp.P-90-P-95 (2004) .
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述したようなシランカップリング剤を用いる従来の方法を採用した場合、センサーチップ表面に固定化されたリガンドについては、密度が低い、ムラがある、配向が揃っていないなどの問題があった。特に、SPFS用のセンサーチップの場合、その表面にSiO2等からなる誘電体層を設けることが金属消光を避けるために好適で多用されているが、その表面にアミノ基やカルボキシル基を導入するために用いられるシランカップリング剤(その一端に存在するシラノール基ないしアルコキシシリル基)は、SiO2が空気中の水と反応することにより生成するシラノール基との結合を介して導入される。しかしながら、そのようにして生成するセンサーチップ側のシラノール基は少ないため、シランカップリング剤を用いる方法では、導入できるアミノ基やカルボキシル基の密度、すなわちそれにより最終的に導入されるリガンドの密度に限界があった。また、アミノ基やカルボキシル基とリガンドとの反応においてpHコントロールでリガンド固定化量の増大が図れるが、配向性が損なわれるため、有効抗体数はむしろ減少することも知られている。
【0012】
本発明は、従来よりも有効な高密度でリガンドを固定化した、金属薄膜で起きる表面プラズモン共鳴を利用するアナライトの検出方法用のセンサーチップを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
発明者らは、まず、局在場光センサーチップ(SPFS用等)の表面に、イオン性ポリマーを塗布することなどによって、正または負の電荷を有するイオン性官能基を高密度で導入することができることを見いだした。その上で、上記イオン性官能基とは逆の電荷を有するイオン性微粒子(荷電微粒子)にリガンドを担持させ、これらを静電相互作用により前記イオン性官能基と結合させることによって、リガンドを均質かつ高密度でセンサーチップ表面に固定化することができること、このようにしてリガンドが固定化されたセンサーチップを使用することにより従来よりも高感度かつ高精度でシグナルを観測することができることを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明は下記の事項を包含する。
[1] アナライト検出用のリガンド固定化局在場光センサーチップであって、少なくとも、
誘電体部材と、
前記誘電体部材上に形成された金属薄膜と、
前記金属薄膜上に形成された正または負に荷電した荷電層と、
前記荷電層上に形成された、静電相互作用により固定化されている、当該荷電層とは逆に荷電した荷電微粒子およびそれに結合したリガンドにより構成されるリガンド担持荷電微粒子からなる固定化リガンド層とを備えていることを特徴とする、リガンド固定化局在場光センサーチップ。
【0015】
[2] 前記荷電層がイオン性ポリマーからなる層である、[1]に記載のセンサーチップ。
[3] 前記イオン性ポリマーがカチオン性官能基を有するポリマーである、[1]または[2]に記載のセンサーチップ。
【0016】
[4] 前記荷電層の表面電荷密度が50〜200mC/m2の範囲にある、[1]〜[3]のいずれか一項に記載のセンサーチップ。
[5] 前記荷電層の表面の算術平均粗さが1〜50nmの範囲にある、[1]〜[4]のいずれか一項に記載のセンサーチップ。
【0017】
[6] 前記センサーチップがSPFS(Surface Plasmon-field enhanced Fluorescence Spectroscopy:表面プラズモン励起増強蛍光分光法)用またはSPR(Surface Plasmon Resonance:表面プラズモン共鳴法)用である、[1]〜[5]のいずれか一項に記載のセンサーチップ。
【0018】
[7] 前記荷電微粒子が、SiO2、TiO2、イオン性ポリマー、またはリガンドを固定可能な金属からなるものである、請求項1〜6のいずれか一項に記載のセンサーチップ。
【0019】
[8] [1]〜[7]のいずれか一項に記載のアナライト検出用のリガンド固定化局在場光センサーチップの製造方法であって、
局在場光センサーチップが備えている正または負に荷電した荷電層に、当該荷電層とは逆に荷電した荷電微粒子およびそれに結合したリガンドにより構成されるリガンド担持荷電微粒子を接触させ、分子間相互作用により固定化することにより、当該リガンド担持荷電微粒子からなる固定化リガンド層を形成する工程を含むことを特徴とする、製造方法。
【0020】
[9] [1]〜[7]のいずれか一項に記載のリガンド固定化局在場光センサーチップを使用するアナライトの検出方法であって、少なくとも、
当該リガンド固定化局在場光センサーチップの測定領域の固定化リガンド層にアナライトを含む媒質を接触させる工程、および
前記工程を経た測定領域に測定光を照射し、前記金属薄膜で起きる表面プラズモン共鳴に基づくシグナルを観測する工程を含むことを特徴とする、アナライトの検出方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、センサーチップ表面に設けられたイオン性官能基が有する電荷により、リガンドを担持した、逆の電荷を有する荷電微粒子を高密度で(最密充填状態で)固定化することができる。これにより、リガンドを均質かつ高密度で配列させるとともに、リガンドの配向性も揃えることができる。したがって、このような本発明によるセンサーチップを使用することにより、従来よりも高感度かつ高精度でアナライトの検出や定量を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は、本発明の実施形態の一例の概略図である。
【図2】図2は、実施例1と同様の方法で作製したサンプルの、荷電層形成工程後のセンサーチップ表面の原子間力顕微鏡(AFM)像である。
【図3】図3は、実施例1と同様の方法で作製したサンプルの、固定化リガンド層形成工程後のセンサーチップ表面の原子間力顕微鏡(AFM)像である。
【図4】図4は、実施例1において、荷電層形成工程終了時点(グラフ中「カチオン」)、固定化リガンド層形成工程終了時点(グラフ中「カチオン+Ab」)、アナライト接触工程終了時点(グラフ中「カチオン+Ab+Ag」)それぞれで測定した、SPR法におけるシグナルに相当する反射強度を表すグラフである。
【図5】図5は、実施例1において、荷電層形成工程終了時点(グラフ中「カチオン」)、固定化リガンド層形成工程終了時点(グラフ中「カチオン+Ab」)、アナライト接触工程終了時点(グラフ中「カチオン+Ab+Ag」)それぞれで測定した、SPFS法におけるシグナルに相当する蛍光強度を表すグラフである。
【図6】図6は、実施例1におけるアナライト接触工程後のセンサーチップ表面の原子間力顕微鏡(AFM)像である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明において「局在場光センサーチップ」を使用するアナライトの検出方法とは、局在場光(エバネッセント波)が発生する測定部材(センサーチップ)を用いて、その表面に固定化された所定の分子(リガンド)と、検出対象となる分子(アナライト)との間の特異的結合に基づくシグナルを観測することによりアナライトを検出するないし定量的に測定する方法の総称である。そのようなアナライトの検出方法としては、代表的には、SPFSおよびSPRが挙げられ、エバネッセント(全反射)およびエバネッセント蛍光(全反射蛍光)による測定法も包含される。なお、本明細書において「局在場光センサーチップ」を単に「センサーチップ」と称することもある。
【0024】
これらのアナライト測定方法はいずれも公知のものであるが、その概略は次の通りである。
SPR(Surface Plasmon Resonance:表面プラズモン共鳴法)は次のような方法である。誘電体部材上に形成された金属薄膜に測定光を角度スキャンしながら照射すると、金属薄膜での表面プラズモン共鳴により反射光の強度が減衰し(全反射減衰:ATR)、ある入射角度で反射光の強度は極小となる。ここで、アナライトがセンサー(金属薄膜)上に捕捉されると誘電率が変化し、それにより反射光の強度が極小となる入射角度が変化する。SPRでは、当該入射角度をシグナルとして測定することにより、アナライトを検出することができる。
【0025】
SPFS(Surface Plasmon-field enhanced Fluorescence Spectroscopy:表面プラズモン励起増強蛍光分光法)は、誘電体部材上に形成された金属薄膜に全反射減衰(ATR)が生じる角度で励起光を照射し、金属薄膜を透過したエバネッセント波(局在場光)が金属薄膜の表面プラズモンとの共鳴により数十倍〜数百倍に増強されることを利用して、金属薄膜近傍に捕捉されたアナライトを標識している蛍光体を効率的に励起させ、その蛍光シグナルを測定する方法である。
【0026】
エバネッセント(全反射)は、可視光から赤外領域に透明な高屈折率媒質(プリズム)に試料を密着させ、全反射減衰(ATR)測定によりSPR同様に極小値を求め、アナライト捕捉による変化量で計測できる。SPRと違い、金属を用いないため電場増強度は大きくないが、センサー性能の安定性が高いという特徴がある。
【0027】
エバネッセント蛍光(全反射蛍光)は、誘電体部材上に形成された金属薄膜に全反射減衰(ATR)が生じる角度で励起光を照射し、金属薄膜を透過したエバネッセント波(局在場光)が数倍〜十倍程度に増強されることを利用して、金属薄膜近傍に捕捉されたアナライトを標識している蛍光体を効率的に励起させ、その蛍光シグナルを測定する方法である。
【0028】
以下、SPFSおよびSPRの実施形態を中心として、本発明についてさらに詳細に説明する。しかしながら、本発明におけるアナライトの検出方法はSPFSおよびSPRに限定されるものではない。当業者であれば、本明細書の記載に基づき、本発明を、金属薄膜で起きる表面プラズモン共鳴を利用するその他のアナライトの検出方法において展開することが可能である。
【0029】
なお、センサーチップに関する以下の説明において、便宜上、最終的にリガンドが固定化される側を「上」または「表」、その反対側を「下」または「裏」と称する。また、ある物質の「上に形成する」は、その物質の直上に(直接接して)形成する場合の他、発明の実施に支障がない範囲において、他の物質を挟んで、その物質の上に(直接は接さずに)形成する場合も含まれる。
【0030】
−イオン性官能基修飾センサーチップ−
本発明では、表面に正または負に荷電した層(荷電層)が形成されている、つまり表面がイオン性官能基によって修飾されている、イオン性官能基修飾センサーチップを使用する。すなわち、このイオン性官能基修飾センサーチップの表面にさらに、リガンド担持荷電微粒子からなる固定化リガンド層を形成し、リガンド固定化センサーチップを作製してから、アナライト(を含む媒質)を接触させて、アナライトを検出するための測定に使用する。
【0031】
(イオン性官能基)
荷電層が有するイオン性官能基には、カチオン性官能基およびアニオン性官能基が包含される。センサーチップが、アニオン性の荷電微粒子と組み合わせて使用される場合は、上記イオン性官能基としてカチオン性官能基が選択され、逆にカチオン性の荷電微粒子と組み合わせて使用される場合は、上記イオン性官能基としてアニオン性官能基が選択される。カチオン性官能基およびアニオン性官能基は、それぞれ、いずれか1種単独であっても、2種以上が混合していてもよい。なお、荷電層中には、通常はカチオン性官能基またはアニオン性官能基のいずれか一方のみを存在させるようにするが、荷電微粒子を捕捉する上で支障がない荷電状態を生み出すことができる場合は、これら両方が存在していてもよい。また、荷電層(イオン性官能基)の荷電状態およびそれと組み合わせて使用される荷電微粒子の荷電状態は、それらが置かれている周囲のpHによっても変化する場合があるので、使用時にはそのpHを適切な範囲に調節しておくべきである。
【0032】
・カチオン性官能基
カチオン性官能基としては、たとえば、グアニジウムイオン、−NH3+、−NH2(CH3+、−NH(CH32+、−N(CH33+などの第4級アンモニウムカチオンが挙げられる。このようなカチオン性官能基は、分子内塩を形成しているものが好ましいが、塩素、臭素などのハロゲン陰イオン、硫酸陰イオン、スルホン酸陰イオン、燐酸陰イオン、カルボン酸陰イオンなどと結合して対塩を形成していてもよい。カチオン性官能基は、好ましくは表面電荷密度の観点から4級アンモニウムカチオンである。前記カチオン性官能基を含有させるポリマーとしては特に制限はないが、センサー性能の観点から、成膜性が良く、水溶性でないものが好ましい。
【0033】
・アニオン性官能基
アニオン性官能基としては、たとえば、−CO2-(カルボン酸基)、−SO3-(スルホン酸基)、−OSO3-(硫酸基)、−OPO4-(リン酸基)、−B(OH)2(ボロン酸)などが挙げられる。このようなアニオン性官能基は、分子内塩を形成しているものが好ましいが、金属陽イオンまたは有機陽イオンと結合していてもよい。その金属陽イオンとしては、たとえば、Na+(ナトリウム陽イオン)、K+(カリウム陽イオン)、Ca+(カルシウム陽イオン)などのアルカリ金属が挙げられ、有機陽イオンとしては、Me3+H(トリメチルアンモニウム陽イオン)、Et3+H(トリエチルアンモニウム陽イオン)、Me2+2(ジメチルアンモニウム陽イオン)などが挙げられる。
【0034】
なお、上記のイオン性官能基(A)は、主鎖となるポリマーに直接結合していてもよいし、他の結合基Rを介してポリマー主鎖に結合していてもよい(A−R−ポリマー主鎖)。結合基−R−としては、たとえば、炭素原子数1〜6のアルキレン基、フェニレン基、エチレンオキシ基((C24O)n)などが挙げられる。
【0035】
(荷電層の形成方法)
最表面に荷電層を備えたセンサーチップは、無修飾のセンサーチップの表面に、以下に述べるような方法により荷電層を形成することで、作製することができる。
【0036】
「無修飾のセンサーチップ」は、アナライトの検出方法に応じたものを用意すればよい。SPFS用およびSPR用の無修飾のセンサーチップ(以下「センサー基材」と称することもある)は、一般的には、少なくとも、誘電体部材(たとえばSiO2)からなる基板と、その表層側に形成された金属薄膜(たとえばAu)とを備える。全反射用および全反射蛍光用のセンサー基材は、一般的には、誘電体部材(たとえば高屈折率ガラスまたは高屈折率樹脂チップ)により構成される。
【0037】
荷電層の形成方法は特に限定されるものではないが、たとえば、表面電荷の強さ、耐久性の観点から、上述したようなイオン性官能基を側鎖に有するポリマー(イオン性ポリマー)からなる被膜をセンサーチップ表面に形成する方法が好適である。
【0038】
・イオン性ポリマー
イオン性ポリマーは、あらかじめイオン性官能基を有するモノマーを重合して得られたものでもよいし、イオン性官能基を誘導または導入しうる他の官能基を有するモノマーを重合した後、当該官能基にイオン性官能基を誘導または導入することによって得られたものでもよい。
【0039】
イオン性ポリマーの一つとして、炭化水素骨格を主鎖とするものが挙げられる。そのようなイオン性ポリマーを合成するために用いられるモノマーとしては、たとえば、ビニル基、アリル基、ジエンなどを有するモノマーが挙げられる。より具体的には、たとえば、(メタ)アクリルアミドなどのアミド類;(メタ)アクリル酸、または蟻酸ビニル、酢酸ビニル、酢酸アリル、アセト酢酸アリル、ビニルマレイン酸などのカルボン酸またはそのエステル類;スチレンスルホン酸、またはスチレンスルホン酸エステルなどのスルホン酸またはそのエステル類;この他、硫酸エステル、燐酸エステル、ホスホン酸エステルなども挙げられる。
【0040】
また、イオン性官能基が導入されたウレタン系樹脂、たとえばカチオン性水性ポリウレタン樹脂(たとえば「ハイドラン(登録商標)CP」シリーズ、DIC株式会社)などとして公知の物質も、本発明で用いることのできるイオン性ポリマーとして挙げられる。
【0041】
さらに、ポリアミノ酸由来の骨格を主鎖とするイオン性ポリマーも挙げられる。そのようなイオン性ポリマーとしては、たとえば、側鎖にカルボキシル基を有するポリアスパラギン酸およびポリグルタミン酸、ならびに側鎖にアミノ基を有するポリリジンが挙げられる。
【0042】
上記の各種のイオン性ポリマーは、公知の方法によって合成することができ、市販品として入手することもできる。イオン性ポリマーの性状、たとえば一分子あたりのイオン性官能基の数や数平均分子量などは、目的とするセンサーチップ表面の荷電状態に応じて適宜調整することが可能である。
【0043】
イオン性ポリマーは、ディップコーティング、スピンコーティング、スプレーコーティング等、公知の手法を用いてセンサーチップの表面に塗布することができる。このようなコーティング方法を用いる場合は、イオン性ポリマーの種類に応じて、適切な溶媒に、適切な濃度(たとえば0.1〜1重量%)となるよう溶解させて塗布液を調製し、これを塗布するようにすればよい。一般的には、塗布液中のイオン性ポリマーの濃度は0.5〜10重量%、塗布膜厚として5nm〜100nmの範囲で調整することにより、イオン性ポリマーからなる荷電層を形成することができる。
【0044】
また、必要であれば、センサーチップ(たとえば金薄膜が形成されているSPRまたはSPFS用のセンサーチップ)の表面にSAM(Self-Assembled Monolayer:自己組織化単分子膜)を予め形成しておき、その表層側にイオン性ポリマーを塗布ないし接触させて、両者の官能基間に結合を生じさせ、固定化する態様であってもよい。また、開始剤を基板に直接、あるいは前記SAMやシランカップリング剤で固定化し、逐次反応で分子長を制御可能なラジカルリビング重合法を用いてin situでポリマー膜を形成したものであってもよい。
【0045】
・表面電荷密度
荷電層を備えたセンサーチップは、所望の密度で(好ましくは最密充填で)リガンド担持荷電微粒子を配置させるために、表面電荷密度が少なくとも一定の水準を満たす程度に高いことが好ましい。センサーチップと荷電微粒子とを接触させる工程における条件下、より具体的には当該工程に用いられるリガンド担持荷電微粒子を含む媒質(水溶液)のpH条件下において、センサーチップ(荷電層)の表面電荷密度は、たとえば10〜500mC/m2、好ましくは50〜200mC/m2で調整することができる。このような表面荷電密度は、ゼータポテンシャル測定装置(例えば、ゼータ電位測定システム「ELSZ−2」(大塚電子株式会社製)で平板試料用セルを用いて測定できる。)など、公知の手段を用いて測定することができる。また、リガンド担持荷電微粒子の投影断面積あたりのイオン性官能基の数が少なくとも1となるような表面電荷密度であることが好ましい。イオン性薄膜を形成するために用いるイオン性ポリマーの一分子あたりに導入するイオン性官能基の数や、センサーチップ表面の単位体積あたりに塗布するイオン性ポリマーの量などの条件を調節することにより、表面電荷密度が所望の範囲に収まるようにすることができる。
【0046】
・表面粗さ
測定精度を高めるために、センサーチップが備える荷電層の表面は平滑であることが理想的である。このような平滑さは、代表的には、表面粗さを指標とすることができる。たとえば、イオン性官能基修飾センサーチップ表面の算術平均粗さ(Rz)は、1〜50nmであることが好ましく、1〜10nmであることがより好ましい。このような表面粗さは、表面粗さ測定装置や原子間力顕微鏡(AFM)など、公知の手段を用いて測定することができる。
【0047】
(センサー基材の構成)
SPFS用およびSPR用の無修飾のセンサーチップ(センサー基材)は、少なくとも、誘電体部材(プリズムまたは透明平面基板)と、当該誘電体部材上に形成された金属薄膜、必要に応じてさらにスペーサー層とにより構成されるものであり、本発明おいても公知の一般的なものを用いることができる。
【0048】
・誘電体部材
センサー基材を構成する誘電体部材は、プリズム形状であっても、平面基板状であってもよい。前者の場合、金属薄膜等は当該誘電体部材の水平面上に形成され、得られるセンサーチップは測定光を照射するプリズムと一体化したものとなる。後者の場合、金属薄膜等は当該誘電体部材の一方の側の平面に形成され、得られるセンサーチップは、測定光を照射するプリズムの水平面上に密着させて積載して用いる、プリズムとは分離したものとなる。
【0049】
誘電体部材の材料としては、ガラスや、ポリカーボネート(PC)、シクロオレフィンポリマー(COP)などのプラスチック、好ましくはd線(588nm)における屈折率〔nd〕が1.40〜2.20の範囲にある物質を用いることができる。誘電体部材を透明平面基板として作製する場合、その厚さは、たとえば0.01〜10mmの範囲で調整することができる。金属薄膜を形成する前に、誘電体部材の表面は酸またはプラズマによる洗浄処理がなされていることが好ましい。
【0050】
・金属薄膜
センサー基材を構成する金属薄膜は、酸化に対して安定であり、かつ表面プラズモンによる電場増強効果が大きい、金、銀、アルミニウム、銅、および白金からなる群から選ばれる少なくとも1種の金属からなる(合金の形態であってもよい)ことが好ましく、特に金からなることが好ましい。
【0051】
誘電体部材上に金属薄膜を形成する方法としては、例えば、スパッタリング法、蒸着法(抵抗加熱蒸着法、電子線蒸着法等)、電解メッキ、無電解メッキ法などが挙げられる。薄膜形成条件の調整が容易なことから、スパッタリング法または蒸着法によりクロムの薄膜および金属薄膜を形成することが好ましい。
【0052】
ガラス製の誘電体部材を用いる場合には、ガラスと上記金属薄膜とをより強固に接着するため、あらかじめクロム、ニッケルクロム合金またはチタンの薄膜を形成することが好ましい。
【0053】
表面プラズモンが発生し易いよう、金、銀、アルミニウム、銅、白金、またはそれらの合金からなる金属薄膜の厚さはそれぞれ5〜500nmが好ましく、クロム薄膜の厚さは1〜20nmが好ましい。電場増強効果の観点からは、金:20〜70nm、銀:20〜70nm、アルミニウム:10〜50nm、銅:20〜70nm、白金:20〜70nm、およびそれらの合金:10〜70nmがより好ましく、クロム薄膜の厚さは1〜3nmがより好ましい。
【0054】
(スペーサー層)
センサー基材には、必要に応じて、金属薄膜による蛍光色素の金属消光を防止するため、金属薄膜の上に、誘電体からなるスペーサー層を形成してもよい。この場合、荷電層は当該スペーサー層上に形成される、つまりスペーサー層を挟んで金属薄膜上に形成されることになる。
【0055】
誘電体としては、光学的に透明な各種無機物や、天然または合成ポリマーを用いることができる。なかでも、化学的安定性、製造安定性および光学的透明性に優れていることから、二酸化ケイ素(SiO2)または二酸化チタン(TiO2)を用いることが好ましい。
【0056】
スペーサー層の厚さは、通常10nm〜1mmであり、共鳴角安定性の観点からは、好ましくは30nm以下、より好ましくは10〜20nmである。一方、電場増強効果の観点から、好ましくは200nm〜1mmであり、さらに電場増強効果の安定性から、400nm〜1,600nmがより好ましい。
【0057】
このようなスペーサー層は、スパッタリング法、電子線蒸着法、熱蒸着法、ポリシラザン等の材料を用いた化学反応を用いた方法、またはスピンコータによる塗布など、公知の手段によって形成することができる。
【0058】
−リガンド担持荷電微粒子−
本発明では、荷電層のさらに表層側に固定化リガンド層を形成するために、荷電微粒子およびそれに結合したリガンドによって構成される、リガンド担持荷電微粒子を用いる。
【0059】
・荷電微粒子
荷電微粒子としては、正または負に荷電した、通常、1〜100nm程度のサイズを有する微粒子を用いることが、静電相互作用を利用した強固な固定化のために重要である。なお、このような荷電微粒子のサイズは、動的光散乱法により測定される体積平均粒子径、または商品の粒径等の公称値(カタログ値)によって表すことができる。
【0060】
荷電微粒子の分散形態としては、結合力が強い自己乳化型の方が好ましいが、自己乳化型でなくても利用可能である。
本発明において用いることのできる荷電微粒子としては種々のものが知られており、後述するような適切な手段によりリガンドを担持することができるものであれば特に限定されるものではないが、代表的には、SiO2およびTiO2、イオン性ポリマー、ならびにリガンド固定可能な金属からなるものを挙げることができる。
【0061】
SiO2またはTiO2からなる荷電微粒子は、いわゆるコロイダルシリカ(たとえば「スノーテック(登録商標)」シリーズ、日産化学工業株式会社)や超微粒子酸化チタン(たとえば「STT−65C−S」、チタン工業株式会社)などとして知られている物質である。これらの荷電微粒子は、酸性では正電荷を、アルカリ性では負電荷を帯びる。TiO2は、アナターゼ型であっても、ルチル型であってもよい。
【0062】
イオン性ポリマーからなる荷電微粒子としては、高分子コロイド、高分子ラテックスなどとして知られている物質を用いることができる。このような荷電微粒子は、イオン性ポリマーが有するイオン性官能基に応じて、水中で正または負に荷電する。このイオン性官能基としては、荷電層に関して前述したようなカチオン性官能基およびアニオン性官能基と同様のものが挙げられる。また、粒子状に凝集するものであれば、荷電層に関して前述したようなイオン性ポリマーと同様のものを荷電微粒子として用いることができる。
【0063】
金属としては、金、銀、銅、アルミニウム、鉄、等のナノ粒子、あるいは前記金属の酸化物を有する複合物等であってもよい。なお、これらの金属からなる微粒子(典型的にはコロイド粒子)は、通常正または負に荷電している。たとえば、金、銀等のコロイド粒子は通常負に荷電している。このような金属は、荷電微粒子の表面にリガンドを固定化するために、公知の手法(たとえば後述するように、所定の化合物で処理して金属微粒子の表面に所定の修飾基を導入する手法)を適用することができるものであればよい。また、あらかじめリガンドを固定化した金属微粒子(例えば抗体固定金ナノ粒子)は製品として入手することができる。
【0064】
・リガンド
リガンドは、アナライトと特異的に結合する物質であれば、特に限定されるものではない。たとえば、アナライトがタンパク質である場合は、その一部を認識して特異的に結合する抗体(Fab、F(ab)2等を含む)がリガンドとなり、アナライトが核酸である場合はそれと相補的な塩基配列を有する核酸がリガンドとなり、アナライトが糖鎖を有する分子である場合は、糖鎖を認識して結合するタンパク質であるレクチン等がリガンドとなる。また、アナライトをあらかじめ特定の物質(たとえばビオチン)で修飾しておいた場合には、当該特定の物質と特異的に結合する物質(たとえばアビジン)をリガンドとして用いればよい。
【0065】
リガンドがタンパク質(抗体等)である場合、それを構成するアミノ酸の末端または側鎖に、チオール基,アミノ基,カルボキシル基,ヒドロキシル基などの修飾基が存在するので、それらの修飾基を荷電微粒子との結合に利用することができる。一方、核酸は、それを構成する塩基中にアミノ基、ヒドロキシル基は存在するが、通常はカルボキシル基、チオール基は存在しないので、修飾基との関係において必要であれば、公知の手法を用いてそれらの反応基を核酸に導入しておいてもよい。
【0066】
(作製方法)
リガンド担持荷電微粒子は、通常は液相中で、荷電微粒子とリガンドとを結合させる所定の反応を行うことにより作製することができる。荷電微粒子とリガンドとの結合の態様は特に限定されるものではなく、公知の手法を利用することができる。
【0067】
たとえば、荷電微粒子がSiO2からなるものである場合、当該荷電微粒子をシランカップリング剤で処理してその表面に所定の修飾基を導入しておき、一方で当該修飾基に対応した反応基を有するリガンドを用意しておき、これらの修飾基および反応基を反応させることにより、当該荷電微粒子にリガンドを結合させることができる。荷電微粒子がTiO2からなるものである場合にも、同様にシランカップリング剤を用いることが可能である。
【0068】
荷電微粒子が金属からなるものである場合も、その金属に応じて適切な化合物を選択して処理し、その表面に所定の修飾基を当該荷電微粒子に導入し、それ以後は上記と同様、リガンドが有する反応基と反応させればよい。たとえば金属が金であれば、一方の末端に金と結合するチオール基を有し、もう一方の末端にカルボキシル基、アミノ基等の修飾基を有するSAMを上記化合物として用いることができる。また、あらかじめ所定の修飾基が導入された荷電微粒子は製品としても入手可能である。
【0069】
また、荷電微粒子がイオン性ポリマーからなるものである場合は、当該イオン性ポリマーが有するイオン性官能基(たとえばアニオン性官能基であるカルボキシル基)の一部を、リガンドが有する反応基(たとえばアミノ基)と反応させるために利用することにより、当該荷電微粒子にリガンドを結合させることができる。
【0070】
荷電微粒子に担持させるリガンドの量は、荷電微粒子が有する修飾基の数や反応させるリガンドの量(リガンド溶液の濃度)などを調整することにより、所望の範囲とすることができるが、センサーチップへの荷電層との分子間相互作用が妨げられない範囲とすることが適切である。
【0071】
なお、リガンド担持荷電微粒子を作製した際の反応液は、そのまま、または適切な濃度に希釈して、後の固定化リガンド層形成工程において、荷電層を備えるセンサーチップに接触させて、リガンド担持荷電微粒子層を形成させるために用いることもできる。この反応液中にリガンドと結合していない荷電微粒子(未反応の荷電微粒子)が含まれていると、それも荷電層と結合するので、その分、リガンド担持荷電微粒子の荷電層への結合量(密度)が低下してしまうおそれがある。そのため、反応させる荷電微粒子とリガンドとの量比を適切に調整する、通常はリガンドの量を荷電微粒子に対して十分に多くすることにより、未反応の荷電微粒子が極力残存しないようにすることが望ましい。あるいは、たとえばアフィニティクロマトグラフィーにより反応液中から未反応の荷電微粒子を除去してリガンド担持荷電微粒子を精製し、この精製物を、必要に応じて所定の濃度の水溶液等を調製した上で、その後の工程で用いるようにすることが望ましい。
【0072】
−リガンド固定化センサーチップ
本発明におけるアナライトの検出方法では、前述したようなイオン性官能基修飾センサーチップとリガンド担持荷電微粒子とを用いて、以下に述べるような方法(工程)に従って固定化リガンド層を形成することにより作製することができる。
【0073】
(固定化リガンド層形成工程)
固定化リガンド層を備えたセンサーチップ(リガンド固定化センサーチップ)は、前述したような方法、たとえばイオン性ポリマーを塗布することにより、あらかじめセンサーチップの表面に形成されている荷電層に、リガンド担持荷電微粒子を接触させ、静電相互作用により固定化することにより、リガンド担持荷電微粒子からなる固定化リガンド層を形成する工程(固定化リガンド層形成工程)を含む製造方法により製造することができる。
【0074】
荷電層へのリガンド担持荷電微粒子の接触は、通常、リガンド担持荷電微粒子を含む媒質を荷電層に接触させることによって行うことが好適である。媒質としては、たとえばアナライトの検出方法において汎用されている水を用いること、つまりリガンド担持荷電微粒子の水溶液を用いることが好適である。この場合の水は、純水の他、緩衝液(たとえばリン酸緩衝液生理食塩水)や、その他の必要な試薬等の水溶液であってもよい。荷電層にリガンド担持荷電微粒子を静電相互作用により固定化することが可能であれば、水以外の媒質を用いることも可能である。
【0075】
また、リガンド担持荷電微粒子を含む媒質の荷電層への接触のさせ方は特に限定されるものではなく、当該媒質が移動(流下)している状態において接触させてもよいし、静止した状態で接触させてもよい。前者の接触の態様としては、流路型の測定部材を構築し、あらかじめ荷電層が形成されているセンサーチップに対して、リガンド担持荷電微粒子を含む媒質をフローセルにより形成される密閉流路から導入することにより、上記センサーチップの表面に接触させることが好適である。このような態様は、次に述べる後者の態様に比べて、リガンド担持荷電微粒子による被覆を十分な水準に到達させるまでの時間が短くて済む。また、後者の接触の態様として、あらかじめ荷電層が形成されているセンサーチップを、容器内に収められたリガンド担持荷電微粒子を含む媒質に単に浸漬するようにしてもよいし、荷電層が形成されているセンサーチップが底面をなすウェル型の測定部材を構築し、そのウェルにリガンド担持荷電微粒子を含む媒質を注入するようにしてもよい。いずれの態様の場合も、リガンド担持荷電微粒子を含む媒質を接触させた後、必要に応じてセンサーチップを洗浄してもよい。また、ウェル型の構造において接触させる場合は、効率を高めるため、必要に応じて振盪、ボルテックス、撹拌、超音波等を用いてもよい。
【0076】
前記媒質中のリガンド担持荷電微粒子の濃度、荷電層と前記媒質との接触時間(前記媒質の送液速度や送液時間)などの各種条件は特に限定されるものではなく、目的とする状態の固定化リガンド層が形成されるような条件を採用すればよい。たとえば、センサーチップの表面がリガンド担持荷電微粒子で十分に(最密充填で)被覆されるようにするためには、前記媒質中のリガンド担持荷電微粒子の濃度を十分に高くする、および/または荷電層と前記媒質との接触時間を十分に長くすることが好ましい。一方、前記媒質中のリガンド担持荷電微粒子の濃度を調整することにより、センサーチップの固定化させるリガンドの密度を調整することも可能である。前記媒質中のリガンド担持荷電微粒子の濃度は、たとえば0.01〜1wt%の範囲で調整することが可能である。
【0077】
固定化リガンド層形成工程が、前述したように、密閉流路にリガンド担持荷電微粒子を含む媒質を送液することでセンサーチップと接触させるような態様で行われる場合、適切な処理時間を判断するために、当該処理工程の開始前からシグナルの測定を始め、以後連続的にリアルタイムで測定し続けてもよい。特に、SPRにおいては、処理時間の経過と共に測定値が変化する(反射強度が極小となる入射角度が大きくなる)様子の観測を通じて、荷電層にリガンド担持荷電微粒子が結合し、固定化リガンド層が形成されていく状態を随時確認することができる。たとえば、測定値が変化しなくなる、ないし変動が十分に小さくなることにより、リガンド担持荷電微粒子の結合、すなわち固定化リガンド層の形成が飽和(最密充填)に達したものと判断し、固定化リガンド層形成工程を終了させることができる。また、測定値の変化が所定の水準に達した段階で、固定化リガンド層の形成が所望の水準に達したと判断して、その段階で固定化リガンド層形成工程を終了させることも可能である。
【0078】
−アナライトの検出方法−
本発明に係るアナライトの検出方法は、上述したような、荷電層と、その表層側に形成された固定化リガンド層とを備えたセンサーチップを使用する。
【0079】
このようなアナライトの検出方法は、従来の方法で(たとえばシランカップリング剤を用いて)リガンドが固定化されているセンサーチップを用いる場合と、基本的に同様の手順で、同様の測定装置を用いて実施することができる。
【0080】
・アナライト
アナライトは、リガンドと特異的に結合する物質である。たとえば、タンパク質(ポリペプチド、オリゴペプチド等を含む),核酸(DNA、RNA、ポリヌクレオチド、オリゴヌクレオチド、PNA(ペプチド核酸)等を含む),脂質,糖などの生体分子や、薬剤物質,内分泌錯乱化学物質などの生体分子と結合する外来物質、その他の生体関連物質などがアナライトとなり得る。がんの診断等において重要な指標となる、血液中に存在する腫瘍マーカー(たとえばα−フェトプロテイン)は、重要なアナライトの一例である。アナライトは、あらかじめ特定の物質(たとえばビオチン)で修飾しておくこともできる。このような修飾されたアナライトに対しては、前記特定の物質と特異的に結合する物質(たとえばアビジン)をリガンドとして用いればよい。
【0081】
また、このようなアナライトを含む、または含んでいる可能性のある物質として、一般的に、生体から採取した検体が用いられる。検体としては、たとえば、ヒトおよびヒト以外の動物(たとえばほ乳類)から採取される血液(血清・血漿)、尿、鼻孔液、唾液、便、体腔液(髄液、腹水、胸水等)などが挙げられる。このような検体は、必要に応じて、アナライト以外の不純物を除去するための精製処理をした上で用いてもよい。
【0082】
・測定部材の構築方法
測定部材の構築方法は、SPFS、SPRに共通する事項である。
各種の媒質(たとえばアナライトを含む試料溶液等)を密閉流路を通じて送液して測定領域に接触させる「流路型」のシステムとする場合、上述したようなセンサーチップ(本発明においてはリガンド固定化センサーチップ)の表層側に、密閉流路を形成するための部材である「フローセル」を積載して固定することにより測定部材を構築する。
【0083】
一方、より広い領域において各種の媒質を測定領域に接触させる「ウェル型」のシステムとする場合、上述したようなセンサーチップ(本発明においてはリガンド固定化センサーチップ)の表層側に、貫通孔を有する「ウェル部材」を積載して固定することにより測定部材を構築する。
【0084】
センサーチップ上にフローセルまたはウェル部材を固定する際には、誘電体部材と同じ光屈折率を有する接着剤,マッチングオイル,透明粘着シートなどを用いることが好ましい。
【0085】
以下、金属薄膜で起きる表面プラズモン共鳴を利用するアナライトの検出方法として代表的な、SPFSおよびSPRそれぞれの実施形態に即して、アナライトの検出方法を説明する。
【0086】
<SPRの実施形態>
SPR用の測定システムは、主に、測定部材と、当該測定部材の誘電体部材側に備えられ、測定領域の金属薄膜の裏面側から測定光(入射光)を照射する光源と、その測定光の反射光を受光する受光器とを備える。
【0087】
SPRに準じた場合、具体的には、上記のようなシステムを用いて、次のような工程を行うことによりアナライトを検出することができる。
(1)アナライト接触工程:前述したようなリガンド固定化センサーチップの、固定化リガンド層が形成されている測定領域にアナライトを含む媒質を接触させる工程;
(2)シグナル観測工程;上記工程を経た測定領域に測定光を照射し、金属薄膜で起きる表面プラズモン共鳴に基づくシグナルを観測する工程。
【0088】
(アナライト接触工程)
アナライトは、通常、アナライトを含む媒質(以下「試料溶液」と称することもある。)を調製し、当該媒質を介して固定化リガンド層に接触させるようにする。
【0089】
アナライトを含む媒質としては、たとえば分子間相互作用測定方法において汎用されている水を用いること、つまりアナライトの水溶液を調製することが好適である。この場合の水は、純水の他、緩衝液(たとえばリン酸緩衝液生理食塩水)や、その他の必要な試薬等の水溶液であってもよい。固定化されたリガンドとアナライトとの特異的結合を妨げずに、所定の測定を適切に行うことが可能な媒質であれば、水以外の媒質を用いることも可能である。
【0090】
(シグナル観測工程)
SPRの場合、金属薄膜で起きる表面プラズモン共鳴に基づくシグナルは、表面プラズモン共鳴により減衰する反射光の強度を反映したものである。すなわち、反射光の強度が極小となるときの入射光の入射角度(θ)を測定値として取得する。一般的には、アナライト接触工程の開始前の測定値(θ1)および当該工程の終了後の測定値(θ1’)の絶対値の差として、測定値の変化量(Δθ1)を算出することができ(通常、θ1<θ1’であり、Δθ1=θ1’−θ1である)、この変化量をアナライトの検出ないし定量のために用いるようにする。このようなΔθ1は、固定化リガンドに捕捉されたアナライトにより薄膜が形成されることに伴う誘電率の変化を反映している。
【0091】
ある試料溶液に含まれるアナライトの量は、その試料溶液についてのθ1またはΔθ1を、濃度が既知の試料を用いて取得した基準値と対比することにより定量的に評価することもできるし、他の試料溶液についてのθ1またはθλ1と対比することにより相対的に評価することもできる。
【0092】
θ1が実質的に変化しない、つまりΔθ1が0ないし十分に小さい(測定誤差の範囲である)場合、センサーチップに固定化されたリガンドと試料溶液中のアナライトとの特異的結合が起きなかった、つまり当溶試料溶液中にアナライトは存在しなかったと判断することができる。
【0093】
一方、θ1が変化した、つまりΔθ1が一定の値(測定誤差の範囲)より大きい場合、センサーチップに固定化されたリガンドと試料溶液中のアナライトとの分子間相互作用が起きたことが示され、当該試料溶液中にアナライトが存在すると判断することができる。さらに、その変化の程度、つまりΔθ1の大きさから、試料溶液中のアナライトを定量することができる。
【0094】
<SPFSの実施形態>
SPFS用の測定システムは、前述したSPR用の測定システムと同様、主に、測定部材と、当該測定部材の誘電体部材側(金属薄膜裏面側)に備えられ、測定領域の金属薄膜の裏面側から測定光(入射光)を照射する光源と、その測定光の反射光を受光する受光器とを備え、さらに、当該測定部材の固定化リガンド層側(金属薄膜表面側)に備えられ、測定領域で発せられる蛍光を受光する光検出器とを備える。
【0095】
SPFSに準じた場合、具体的には、上記のようなシステムを用いて、次のような工程を行うことによりアナライトを検出することができる。
(1)アナライト接触工程:前述したようなリガンド固定化センサーチップの、固定化リガンド層が形成されている測定領域にアナライトを含む媒質を接触させる工程;
(2)蛍光標識工程:上記工程を経た測定領域に標識リガンドを含む媒質を接触させる工程;
(3)シグナル観測工程;上記工程を経た測定領域に測定光を照射し、金属薄膜で起きる表面プラズモン共鳴に基づくシグナルを観測する工程。
【0096】
(アナライト接触工程)
SPFSにおけるアナライト接触工程は、前述したSPRにおけるアナライト接触工程と同様であるため、ここでの記載は省略する。
【0097】
(蛍光標識工程)
SPFSの場合、上記工程を経た測定領域に標識リガンドを含む媒質を接触させる、すなわち、リガンド固定化層で捕捉したアナライトと標識リガンドとが接触するようにし、固定化リガンド−アナライト−標識リガンド複合体を形成させる。
【0098】
・標識リガンド
センサーチップ上に捕捉されたアナライトを蛍光標識化するために用いられる、蛍光体と結合したリガンドを「標識リガンド」(リガンドが抗体であれば「標識抗体」、「二次抗体」などと呼ばれることもある。)と称する。標識リガンドのリガンド(以下「第二リガンド」と称することがある。)とリガンド担持荷電微粒子のリガンド(以下「第一リガンド」と称することがある。)は、同じでもよいし、異なっていてもよい。ただし、第一リガンドがポリクローナル抗体である場合、第二リガンドはモノクローナル抗体であってもポリクローナル抗体であってもよいが、第一リガンドがモノクローナル抗体である場合、第二リガンドはその第一リガンドが認識しないエピトープを認識するモノクローナル抗体であるか、またはポリクローナル抗体であることが望ましい。
【0099】
SPFSにおける標識リガンドは、一般的な免疫染色法でも用いられているリガンドと蛍光体との複合体(コンジュゲート)と同様にして作製することができる。たとえば、リガンドとアビジン(ストレプトアビジン等を含む)との複合体、および蛍光体とビオチンとの複合体をそれぞれ作製し、これらを反応させることにより、アビジン/ビオチンを介してリガンドに蛍光体が結合した複合体(1のアビジンに対し最大4のビオチンが結合しうる)が得られる。上述のようなビオチンとアビジンの反応以外にも、蛍光標識法で用いられている一次抗体−二次抗体の反応様式や、カルボキシル基とアミノ基、イソチオシアネートとアミノ基、スルホニルハライドとアミノ基、ヨードアセトアミドおよびチオール基などの反応を用いてもよい。
【0100】
・蛍光体
「蛍光体」は、所定の励起光を照射する、または電界効果を利用して励起することによって蛍光を発光する物質の総称である。本発明では、公知のSPFS等または蛍光標識法等で用いられている、公知の各種の蛍光体を用いることができる。代表的な蛍光体としては、蛍光色素および半導体ナノ粒子が挙げられる。
【0101】
蛍光色素としては、たとえば、フルオレセイン・ファミリーの蛍光色素(Integrated DNA Technologies社製、たとえばFluorescein Isothiocyanate:FITC)、ポリハロフルオレセイン・ファミリーの蛍光色素(アプライドバイオシステムズジャパン(株)製)、ヘキサクロロフルオレセイン・ファミリーの蛍光色素(アプライドバイオシステムズジャパン(株)製)、クマリン・ファミリーの蛍光色素(インビトロジェン(株)製、たとえばAminomethylcoumarin:AMCA)、ローダミン・ファミリーの蛍光色素(GEヘルスケア バイオサイエンス(株)製、たとえば、Tetramethyl Rhodamine Isothiocyanate:TRITC、Rhodamine Red−X:RRX、Texas Red:TR)、シアニン・ファミリーの蛍光色素(たとえば、Cy2(登録商標)、Cy5(登録商標)、Alexa Fluor(登録商標) 647)、インドカルボシアニン・ファミリーの蛍光色素(たとえばCy3(登録商標))、オキサジン・ファミリーの蛍光色素、チアジン・ファミリーの蛍光色素、スクアライン・ファミリーの蛍光色素、キレート化ランタニド・ファミリーの蛍光色素、BODIPY(登録商標)・ファミリーの蛍光色素(インビトロジェン(株)製)、ナフタレンスルホン酸・ファミリーの蛍光色素、ピレン・ファミリーの蛍光色素、トリフェニルメタン・ファミリーの蛍光色素、Alexa Fluor(登録商標)色素シリーズ(インビトロジェン(株)製)などが挙げられる。これらファミリーに含まれる代表的な蛍光色素の吸収波長(nm)および発光波長(nm)を表1に示す。
【0102】
また、上記のような有機蛍光色素以外に、Eu、Tb等の希土類錯体系の蛍光色素を用いることもできる。希土類錯体は、一般的に励起波長(310〜340nm程度)と発光波長(Eu錯体で615nm付近、Tb錯体で545nm付近)との波長差が大きく、蛍光寿命が数百マイクロ秒以上と長い特徴がある。市販されている希土類錯体系の蛍光色素の一例としては、ATBTA−Eu3+が挙げられる。
【0103】
一方、半導体ナノ粒子は、たとえばSi、Ge、InN、InP、GaAs、AlSe、CdSe、AlAs、GaP、ZnTe、CdTe、InAsなどの半導体又はこれらを形成する原料からなるものである。低毒性という観点からはInPやSiが好ましく、可視光の範囲における発光強度の観点からはCdTeやCdSeが好ましい。
【0104】
また、前記半導体ナノ粒子をコアとし、その外層にシェルを付加したコア/シェル構造の半導体ナノ粒子を用いてもよい。シェルを形成するための素材としては、公知のコア/シェル構造の半導体ナノ粒子と同様に、II−VI族、III−V族、IV族の無機半導体を用いることができる。例えば、Si、Ge、InN、InP、GaAs、AlSe、CdSe、AlAs、GaP、ZnTe、CdTe、InAsなどの各コア形成無機材料よりバンドギャップが大きく、毒性を有さない半導体又はこれらを形成する原料が好ましい。より具体的には、たとえば、InP、CdTe、及びCdSeをコアとする場合にはZnSが、Siをコアとする場合にはSiO2がシェルとして好適である。なお、コアが部分的に露出しても弊害を生じない限り、シェルはコアの全表面を完全に被覆するものでなくてもよい。
【0105】
コア/シェル構造でない(コアのみからなる)半導体ナノ粒子の体積平均粒径は、従来のものと同程度でよいが、1〜15nmであることが好ましい。また、コア/シェル構造の半導体ナノ体粒子の体積平均粒径も、従来のものと同程度でよいが、1〜20nmであることが好ましい。
【0106】
なお、上述した半導体ナノ粒子、及び以下に述べる蛍光増強微粒子(金属コロイド粒子)やナノ粒子集積体の粒径は、原則として体積平均粒径により表される。この体積平均粒径は、動的光散乱法(Dynamic Light Scattering, DLS)による粒径測定装置(たとえばMalvern Instruments社製、Zetasizer Nano S)を用いて、上記各粒子の作製直後(凝集前)の粒径分布を測定することにより求められる値であり、粒径分布のピーク(中心)位置の粒径をその粒子の体積平均粒径とする。
【0107】
このような半導体ナノ粒子は、公知の方法により作製することができ、また製品として入手することもできる。
(シグナル観測工程)
SPFSの場合、金属薄膜で起きる表面プラズモン共鳴に基づくシグナルは、前記蛍光標識工程により形成された複合体中の蛍光体が発する蛍光を反映したものである。すなわち、上記工程を経た測定領域に測定光(蛍光体に対応した励起光)を照射し、測定領域から発せられる蛍光の強度(アッセイシグナルS、単位はたとえばa.u.)を測定値として取得する。通常は、ノイズ等の影響を排除するため、アナライト接触工程または蛍光標識工程を経ていない状態にある測定領域から発せられる蛍光の強度(ブランクシグナルN、いわゆるノイズ)も測定値として取得しておき、下記式により算出されるS/N比をアナライトの検出ないし定量のために用いる。
【0108】
S/N比=|(アッセイシグナル)|/|(ブランクシグナル)|
このようなS/N比は、センサーチップ表面に捕捉されたアナライトおよびこれに結合した標識リガンドにより薄膜が形成されることに伴う誘電率の変化を反映している。
【0109】
ある試料溶液に含まれるアナライトの量は、その試料溶液についてのS/N比を、濃度が既知の試料を用いて取得した基準値と対比することにより定量的に評価することもできるし、他の試料溶液についてのS/N比と対比することにより相対的に評価することもできる。
【0110】
たとえば、S/N比が1ないしそれに近い(測定誤差の範囲である)場合、センサーチップに固定化されたリガンドと試料溶液中のアナライトとの特異的結合が起きなかった、つまり当溶試料溶液中にアナライトは存在しなかったと判断することができる。
【0111】
一方、S/N比が一定の値(測定誤差の範囲)より大きい場合、センサーチップに固定化されたリガンドと試料溶液中のアナライトとの特異的結合が起きたことが示され、当該試料溶液中にアナライトが存在すると判断することができる。さらに、そのS/N比の大きさから、試料溶液中のアナライトを定量することができる。
【実施例】
【0112】
[実施例1]
ガラス製の誘電体部材の平面上に、スパッタリング法により形成されたクロム薄膜(厚さは1〜3nm)と、その上にさらにスパッタリング法により形成された金薄膜(厚さは44〜52nm)とを備えるセンサーチップを用意した。
【0113】
(荷電層形成工程)
カチオン性水性ポリウレタン樹脂「ハイドラン CP−7610」(DIC株式会社製、体積平均粒径8nm)を水で希釈し、濃度1wt%の塗布液を調製した。この塗布液を、スピンコーター(回転数:3000rpm)を用いて、無修飾のセンサーチップの表面に塗布した。塗布後70℃で30分間乾燥して、上記カチオン性ポリウレタンからなる被膜が形成された、カチオン性修飾センサーチップを作製した。
【0114】
参考のため、上記と同様の方法で別途作製したカチオン性修飾センサーチップ表面の原子間力顕微鏡(AFM)像を図2に示す。
(固定化リガンド層形成工程)
リガンド担持荷電(アニオン)微粒子として、Immunogold conjugate EM.GMHL 10(BB international社製)を用いた。これを1体積%に希釈した水溶液を調製し、上記工程で作製したイオン性(カチオン)被膜センサーチップを底面とするウェルに添加し、5分間振盪し、その後洗浄した。参考のため、上記と同様の方法で別途作製した、リガンド担持金微粒子を固定したカチオン性修飾センサーチップ表面の原子間力顕微鏡(AFM)像を図3に示す。
【0115】
(アナライト接触工程)
アナライトとしてIgGを用い、これをAlexa Fluor 647(登録商標、Invitrogen社)で標識して、標識化アナライトを作製した(標識率2.4)。この標識化アナライトを10ng/mLの濃度で含有する試料溶液を調製し、上記工程で作製した固定化リガンド層が備えるセンサーチップを底面とするウェルに添加し、5分間振盪した。
【0116】
前記荷電層形成工程、固定化リガンド層形成工程、アナライト接触工程それぞれの終了時点で、センサーチップ(測定部材)をSPFS用測定装置に装着し、入射角度を変化させながら測定光を照射して、SPR法におけるシグナルに相当する反射強度およびSPFS法におけるシグナルに相当する蛍光強度の両方を測定した。結果をそれぞれ図4,5に示す。また、アッセイ終了後にアナライトを捕捉した後の原子間力顕微鏡(AFM)像を撮影した結果を図6に示す。
【0117】
[実施例2]
実施例1の固定化リガンド層形成工程、アナライト接触工程、標識抗体接触工程を以下に変更してアッセイを行った。
【0118】
(固定化リガンド層形成工程)
固定化リガンド固定SiO2微粒子として、「スノーテックスXS」(日産化学社工業社製、体積平均粒径5nm)を用いた。また、リガンドとして、抗αフェトプロテイン〔AFP〕マウスモノクローナル抗体(clone:1D5;ミクリ免疫研究所(株))を用いた。「スノーテックスXS」5%溶液を10ml採取し、5 - カルボキシ- ペンチルトリエトキシシランを0.5ml加えて3時間室温で反応させた。更に、25mM MES(2−モルホリノエタンスルホン酸)バッファー(pH5.5)1mL、100当量の1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC:(株)同人化学研究所製)およびN−ヒドロキシコハク酸イミド(NHS:Thermo Scientific社製)を加え、カルボキシル基を活性化させた。AFP抗体1D5を1mL添加し、室温で30分間反応させて1D5を微粒子に反応させた。スピンカラムを利用して未反応の抗体を除去した。
【0119】
直径φ5mmの円形の貫通穴を有するウェル部材を用意した。このウェル部材を、上記工程により作製したカチオン性修飾センサーチップの表面上に、マッチングオイルを介して固定し、ウェル型の測定部材を作製した。
【0120】
前記リガンド担持荷電微粒子(SiO2)を1重量%の濃度で含有する水溶液1mLを、ウェル内に導入し、5分間振盪し水洗を行い固定化リガンド層を形成した。
(アナライト接触工程)
PBS(pH7.4;ナカライテスク(株)製)中、アナライトとしてα−フェトプロテイン(AFP)(AcrisAntibodiesGmbH製)を1μg/mLの濃度で含むサンプルを調製した。このサンプルを、前記シリンジポンプにより20μL/minの送液速度で70分間(計1400μL)、測定部材の密閉流路に導入し、固定化リガンド層が形成されたセンサーチップの表面に接触させて、固定化リガンドにアナライトを結合させた。
【0121】
(標識抗体接触工程)
一方、抗αフェトプロテインマウスモノクローナル抗体「6D2」にAlexa Fluor 647(登録商標、Invitrogen社)で標識して、標識化アナライトを作製した(標識率2.5)。この標識化アナライトを10ng/mLの濃度で含有する試料溶液を調製し、上記工程で作製した固定化リガンド層が備えるセンサーチップを底面とするウェルに添加し、5分間振盪した。前記荷電層形成工程、固定化リガンド層形成工程、アナライト接触工程、標識抗体接触工程それぞれの終了時点で、センサーチップ(測定部材)をSPFS用測定装置に装着し、入射角度を変化させながら測定光を照射して、SPR法におけるシグナルに相当する反射強度およびSPFS法におけるシグナルに相当する蛍光強度の両方を測定した。結果を表1に示す。
【0122】
【表1】

【符号の説明】
【0123】
10 リガンド固定化センサーチップ
100 センサー基材
102 誘電体部材
104 金属薄膜
120 荷電層
140 固定化リガンド層(リガンド担持荷電微粒子)
142 荷電微粒子
144 リガンド
160 アナライト

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アナライト検出用のリガンド固定化局在場光センサーチップであって、少なくとも、
誘電体部材と、
前記誘電体部材上に形成された金属薄膜と、
前記金属薄膜上に形成された正または負に荷電した荷電層と、
前記荷電層上に形成された、静電相互作用により固定化されている、当該荷電層とは逆に荷電した荷電微粒子およびそれに結合したリガンドにより構成されるリガンド担持荷電微粒子からなる固定化リガンド層とを備えていることを特徴とする、リガンド固定化局在場光センサーチップ。
【請求項2】
前記荷電層がイオン性ポリマーからなる層である、請求項1に記載のセンサーチップ。
【請求項3】
前記イオン性ポリマーがカチオン性官能基を有するポリマーである、請求項1または2に記載のセンサーチップ。
【請求項4】
前記荷電層の表面電荷密度が50〜200mC/m2の範囲にある、請求項1〜3のいずれか一項に記載のセンサーチップ。
【請求項5】
前記荷電層の表面の算術平均粗さが1〜50nmの範囲にある、請求項1〜4のいずれか一項に記載のセンサーチップ。
【請求項6】
前記センサーチップがSPFS(Surface Plasmon-field enhanced Fluorescence Spectroscopy:表面プラズモン励起増強蛍光分光法)用またはSPR(Surface Plasmon Resonance:表面プラズモン共鳴法)用である、請求項1〜5のいずれか一項に記載のセンサーチップ。
【請求項7】
前記荷電微粒子が、SiO2、TiO2、イオン性ポリマーまたはリガンドを固定可能な金属からなるものである、請求項1〜6のいずれか一項に記載のセンサーチップ。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のアナライト検出用のリガンド固定化局在場光センサーチップの製造方法であって、
局在場光センサーチップが備えている正または負に荷電した荷電層に、当該荷電層とは逆に荷電した荷電微粒子およびそれに結合したリガンドにより構成されるリガンド担持荷電微粒子を接触させ、分子間相互作用により固定化することにより、当該リガンド担持荷電微粒子からなる固定化リガンド層を形成する工程を含むことを特徴とする、製造方法。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のリガンド固定化局在場光センサーチップを使用するアナライトの検出方法であって、少なくとも、
当該リガンド固定化局在場光センサーチップの測定領域の固定化リガンド層にアナライトを含む媒質を接触させる工程、および
前記工程を経た測定領域に測定光を照射し、前記金属薄膜で起きる表面プラズモン共鳴に基づくシグナルを観測する工程を含むことを特徴とする、アナライトの検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−29370(P2013−29370A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−164519(P2011−164519)
【出願日】平成23年7月27日(2011.7.27)
【出願人】(000001270)コニカミノルタホールディングス株式会社 (4,463)
【Fターム(参考)】