説明

リグニン添加熱硬化性樹脂

【課題】リグニンを利用して、機械的強度、耐熱性、電気絶縁性等の諸特性が改善された、バイオマス熱硬化性樹脂を提供する。
【解決手段】乾燥した粉末形態である草本系リグニンを含有するリグニン添加熱硬化性樹脂、例えばノボラック系またはレゾール系のフェノール樹脂、およびこの熱硬化性樹脂を用いて所定形状に成形することによりリグニン添加熱硬化性樹脂成形品が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマス熱硬化性樹脂として有用なリグニンを添加した熱硬化性樹脂に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保全の観点から植物由来の材料の有効利用が期待されている。植物由来の材料のうち、セルロースやヘミセルロース等と共に、木材の主要成分であるリグニンは、微生物等による難分解性のために、これまで有用な用途を有していなかったが、近年、熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂の添加剤として注目されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、熱可塑性樹脂と熱流動性のフェノール化リグニンとを含有する樹脂組成物が記載されている。また、特許文献2には、リグニンと、フェノールまたはその誘導体と、アルデヒド類とを有機酸の存在下で反応させて得られるリグニン変性ノボラック型フェノール樹脂の製造方法が記載されている。
【0004】
しかしながら、各種樹脂に単にリグニンを添加しただけでは、リグニンの熱流動性と反応性が低いため、リグニンによる変性が十分進行しない。その結果、得られるリグニン変性樹脂成形材料は成形性が悪く、得られる成形品も機械的強度が悪くなるという問題があった。
【0005】
そのため、リグニンの一般的な利用方法としては、リグニンを低分子化して溶融可能にするか、あるいは溶剤に可溶化させて用いるのが主であった。しかし、リグニンの低分子化は、大規模な設備と多大なコストが必要となるため、実用化は困難であった。
【0006】
一方、プラスチック材料の1つである熱硬化性樹脂は、従来から、各種電気分野、自動車分野等の幅広い分野で使用されているが、成形品の機械的強度、耐熱性、電気絶縁性等のさらなる向上が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−163481号公報
【特許文献2】特開2008−156601号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の主たる課題は、リグニンを低分子化することなくそのままの状態で利用して、バイオマス熱硬化性樹脂を提供することである。
本発明の他の課題は、機械的強度、耐熱性、電気絶縁性等の諸特性が改善された熱硬化性樹脂を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、リグニンの中でも特に草本系リグニンを熱硬化性樹脂に添加して得られる熱硬化性樹脂成形品は、機械的強度、耐熱性、電気絶縁性等の諸特性が改善されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明のリグニン添加熱硬化性樹脂は、熱硬化性樹脂および草本系リグニンを含有することを特徴とする。
また、本発明は、上記リグニン添加熱硬化性樹脂から成形材料を作製し、この成形材料を用いて所定形状に成形したリグニン添加熱硬化性樹脂成形品を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のリグニン添加熱硬化性樹脂は、通常の熱硬化性樹脂に比べて、機械的強度、耐熱性、電気絶縁性等の諸特性が向上し、しかも、これまで殆ど廃棄処分されていたリグニンの有効利用を図ったバイオマス熱硬化性樹脂であるため、環境保全にも役立つという効果がある。また、リグニンを低分子化することなくそのままの状態で用いることができるため、リグニンの低コストでの利用が可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明のリグニン添加熱硬化性樹脂を詳細に説明する。本発明の熱硬化性樹脂は、フェノール樹脂および草本系リグニンを主要構成成分とする。
【0013】
本発明における熱硬化性樹脂は特に限定されるものではなく、例えばフェノール樹脂としてノボラック系フェノール樹脂またはレゾール系フェノール樹脂を単独または併用して使用することができる。また、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、不飽和ポリエステル樹脂などの他の一般的な熱硬化性樹脂も用いることができる。
【0014】
本発明においては、リグニンとして特に草本系リグニンを使用する。リグニンは、一般に木材由来の木本系リグニンと、稲わらや麦わら等由来の草本系リグニンに大別され、パルプから紙を製造する場合に、黒液と呼ばれる廃液に含有されるものである。
【0015】
本発明では、稲わらや麦わら等を原料とする、ソーダ法によるパルプ製造過程から排出された黒液などから抽出した草本系リグニンを原料として使用する。草本系リグニンは木本系リグニンと基本骨格が大きく異なる。すなわち、廃液中のリグニンの基本骨格は、主として以下の式に示すように、G型、S型、H型からなる。なお、式中、矢印(→)は反応性の高い炭素原子を示す。
G型:
【化1】

S型:
【化2】

H型:
【化3】

【0016】
針葉樹のパルプ廃液から得られる木本系リグニンは、G型を基本骨格とする。広葉樹のパルプ廃液から得られる木本系リグニンは、G型とS型を基本骨格とする。
【0017】
これに対して、草本系リグニンは、G型、S型およびH型を基本骨格とし、H型を含有する点で木本系リグニンと基本骨格が大きく異なる。
このH型の特徴は、G型がフェノール基本骨格中のオルソ位にメトキシ基を1つ、S型が2つ有しているのに対して、H型にはメトキシ基が存在しないことである。そのため、H型を含む草本系リグニンは、G型、S型を含む木本系リグニンと比較して、芳香核の修飾が少ないため、高い反応性を有する。
【0018】
また、草本系リグニンは、乾燥した粉末形態で添加するのがよい。乾燥は、粉末化の前後いずれであってもよい。乾燥条件は特に限定されないが、例えば乾燥炉で100〜200℃で20分〜2時間程度、乾燥を行えばよい。
【0019】
草本系リグニンの粉末化は、例えばボールミルなどで所定の粒度に粉砕すればよい。粉末化工程において用いることができる装置としては特に限定されないが、例えば、ボールミル、ハンマーミル、ロールミルなどの通常の粉砕装置のほか、旋回流型ジェットミル、対向型ジェットミル、壁衝突型ジェットミルなどのジェットミル、オングミル、乳鉢、多段石臼型混練押出機などを用いることができる。
草本系リグニンの平均粒径は、0.1〜1000μm、好ましくは0.1〜500μmであるのがよい。草本系リグニンの粒度が上記範囲を超える場合は、充分な熱硬化性樹脂の改質効果が得られないおそれがある。一方、上記範囲を下回る場合は、粒子が凝集して樹脂中にうまく分散できない可能性がある。
【0020】
次に、本発明のリグニン添加熱硬化性樹脂を製造するにあたっては、熱硬化性樹脂100質量部に対して、草本系リグニンを10〜300質量部、好ましくは20〜200質量部を添加するのがよい。
草本系リグニンの添加量が上記範囲を超える場合は、熱硬化性樹脂の含有量が相対的に低下するので、得られる成形材料の粘度が上昇し、トランスファ成形などの成形法では成形が難しくなる。一方、上記範囲を下回る場合は機械的強度、耐熱性、電気絶縁性といった熱硬化性樹脂のもつ特性を改善することが困難になるおそれがある。
【0021】
草本系リグニンに加えて、さらに通常の熱硬化性樹脂成形材料に添加される充填剤、硬化剤、その他の添加剤を特別な制限なく配合することができる。
充填剤としては、例えば木粉、パルプなどを用いることができる。その他の添加剤としては、例えば、着色剤、可塑剤、安定剤、離型剤(ステアリン酸亜鉛などの金属石鹸)などが挙げられる。
前記充填剤の配合量は、熱硬化性樹脂および草本系リグニンの総量に対して10〜300質量部、好ましくは20〜200質量部であるのがよい。
【0022】
本発明おいては、前記したリグニン添加熱硬化性樹脂に各種添加剤を配合して成形材料を作製し、この成形材料を用いて所定形状に成形されたリグニン添加熱硬化性樹脂成形品を得る。成形は、例えばトランスファ成形や圧縮成形のような通常の熱硬化性樹脂と同様な成形方法を用いて同様な成形条件で成形することができる。そして、得られた成形品は、曲げ強度などの機械的強度、耐熱性、電気絶縁性等の諸特性が向上している。
【実施例】
【0023】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例によって限定されるものではない。
[実施例1]
(ノボラック系フェノール樹脂成形材料)
麦わらを原料とするパルプ製造過程で生成した廃液から平均粒径60μmの草本系リグニンを得た。
このリグニンを用いて、下表に示す配合量で各成分を混合した。
【表1】

これらの配合成分を、混合後、2本ロールにて100〜110℃で5分間混練して、リグニン添加フェノール樹脂成形材料を得た。
【0024】
[比較例1]
草本系リグニンに代えて、木本系リグニンを用いた他は、実施例1と同様にしてリグニン添加フェノール樹脂成形材料を得た。使用した木本系リグニンは、パルプ製造過程で生成した廃液から回収したリグニンを乾燥したものである。
【0025】
[比較例2]
草本系リグニンを添加せず、下表に示す配合量で各成分を混合した他は、実施例1と同様にしてフェノール樹脂成形材料を得た。
【表2】

【0026】
[I]成形性評価
実施例1および比較例1、2で得たフェノール樹脂成形材料について、示差走査熱量分析(DSC)挙動、溶融粘弾性挙動、熱重量分析(TG−DTA)挙動を調べた。その結果、硬化特性に差は認められず、リグニンを添加していないフェノール樹脂成形材料(比較例2)とほぼ同等であった。
【0027】
[II]成形品の物性評価
実施例1および比較例1、2で得たフェノール樹脂成形材料について、トランスファ成形法を用いて、170℃で15分の条件で成形を行い、成形品を得た。得られた成形品の物性を評価した。評価方法は以下の通りである。
(1)ガラス転移温度(Tg)
エスアイアイ・ナノテクノロジー(株)製のDMS110を用い、固体動的粘弾性測定(周波数1Hz、昇温速度2℃/分)を行った。ガラス転移温度(Tg)は、固体動的粘弾性測定から得られるtanδ曲線のピーク温度とした。
(2)曲げ強度
JIS K6911に従い、クロスヘッド速度3mm/分、スパン100mmにて曲げ強度の測定を行った。
(3)荷重たわみ温度
ASTM D648に従い、昇温速度2℃/分、荷重18.5kg/cm2で、標準たわみ量(0.25mm)に到達したときの温度を測定した。
(4)線膨張係数
エスアイアイ・ナノテクノロジー(株)製のTMA/SS6000を用い、窒素雰囲気下、圧縮モード、昇温速度2℃/分で熱機械分析(TMA)を行い、得られるTMA曲線の傾きから100℃での線膨張係数を求めた。
(5)体積抵抗率(電気絶縁性)
JIS K6911に従い、横河-Hewlett−Packard社製のHP4339Aを用いて体積抵抗率(Ω・cm)を測定した。
(6)誘電率
アジレントテクノロジー(株)製のインピーダンスアナライザーE4991Aを用い、周波数1GHzにおける誘電率を容量法にて測定した。
(7)吸水率
吸水率は、初期の重量と、沸騰水に2時間浸漬した後の重量増加とを測定し、その比率により吸水率を算出した。
これらの評価結果を表3に示す。

【表3】

【0028】
表3から、実施例1の成形材料を用いて得られた成形品は、比較例1で得られた成形品と比較して、耐熱性はほぼ同等であるが、曲げ強度、電気絶縁性および耐水性に優れていることがわかる。
一方、比較例2で得られた従来のフェノール樹脂成形品と比較すると、実施例1で得られた成形品は、曲げ強度はほぼ同等であり、耐熱性、電気絶縁性、誘電性が向上し、かつ線膨張係数が小さいことがわかる。
【0029】
{実施例2}
(レゾール系フェノール樹脂成形材料)
実施例1で使用したのと同じ草本系リグニンを用いて、これをメタノール中でレゾール系フェノール樹脂と1:1の重量比で混合したのち、メタノールを除去し、リグニン添加フェノール樹脂成形材料を得た。
このフェノール樹脂成形材料を圧縮成形法にて200℃で15分間成形して、成形品を得た。この成形品は耐熱性の高いものであった。すなわち、固体動的粘弾性試験の結果、レゾールのみの硬化物のガラス転移温度Tgは263℃、リグニン添加フェノール樹脂硬化物のTgは267℃であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱硬化性樹脂および草本系リグニンを含有する、ことを特徴とするリグニン添加熱硬化性樹脂。
【請求項2】
前記熱硬化性樹脂が、ノボラック系またはレゾール系のフェノール樹脂である請求項1に記載のリグニン添加熱硬化性樹脂。
【請求項3】
前記草本系リグニンが、乾燥した粉末形態で添加される請求項1または2に記載のリグニン添加熱硬化性樹脂。
【請求項4】
熱硬化性樹脂100重量部に対して、草本系リグニンを10〜300重量部を添加した請求項1〜3のいずれかに記載のリグニン添加熱硬化性樹脂。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のリグニン添加熱硬化性樹脂を用いて所定形状に成形したことを特徴とするリグニン添加熱硬化性樹脂成形品。

【公開番号】特開2012−82255(P2012−82255A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−227411(P2010−227411)
【出願日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【出願人】(000233860)ハリマ化成株式会社 (167)
【出願人】(508114454)地方独立行政法人 大阪市立工業研究所 (60)
【Fターム(参考)】