説明

リグノセルロースの連続糖化法

【課題】 バイオマスを酵素で糖化し、アルコール、化成品原料などの発酵原料となるブドウ糖を製造する方法、特にリグノセルロース材料を基質として糖化酵素により連続的に糖化する経済的な工業的方法を提供する。
【解決手段】 基質としてのリグノセルロース材料と糖化酵素とを含有する分散液を連続糖化反応槽に通じることによってリグノセルロース材料を連続的に糖化し、糖化反応液から未反応リグノセルロース材料及び糖化酵素を回収して前記糖化反応槽に仕込まれる分散液における基質及び糖化酵素として循環する連続糖化方法であって、基質としてリグニンの除去操作を施したリグノセルロース材料を使用し、連続糖化反応槽に供給される前記分散液における全基質量と添加される糖化酵素量の割合を、該分散液に含まれる前記循環される基質を含む全基質の少なくとも96質量%が滞留時間内に糖化される割合に維持することによって、循環される未反応リグノセルロースの蓄積量の増加を防止しつつ連続的に糖化反応を行うことを特徴とするリグノセルロースの連続糖化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマスを酵素で糖化し、アルコール、化成品原料などの発酵原料となるブドウ糖を製造する技術に関する。特に、本発明は、リグノセルロース材料を基質として糖化酵素により連続的に糖化する工業的方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リグノセルロース材料から糖を製造する技術は、この糖を微生物の発酵基質として用いることによりアルコールのようなガソリンの代替となる燃料、こはく酸や乳酸などのプラスチック原料を製造することができ、循環型社会の形成に極めて有益な技術である。
バイオマス資源中の多糖類から発酵基質となる単糖や少糖類を作る方法は大きく分けて2つの方法がある。一つは鉱酸を用いて加水分解する酸糖化法であり、もう一つは酵素やその酵素を生産する微生物を用いて加水分解する酵素糖化法である。
【0003】
酸糖化法は酵素糖化法に比べて技術的に完成されているが、デンプン、廃糖蜜などを原料とする方法に比べてまだコストが高く、また、使用した酸の廃棄による環境負荷が問題となっており、実用化の妨げとなっている。酵素糖化法では、最近酵素の価格が下がり、後処理まで含めた全体のコストを考えると酸糖化法のコストに近づいてきたが、まだ酵素自体の価格が高く、実用化には一層の酵素価格の低減が必要である。
【0004】
また、酸糖化法では副反応によりフルフラールなどの有害物質が副生するが、酵素糖化法では反応の特異性からこの様な副反応が起きないという特長がある。
リグノセルロース材料を酵素により糖化するためには、糖化に先立ち、セルロース構造を維持し、微生物などの外敵から該構造を維持しているリグニン等の成分を除去する必要があり、そのための手段としてアルカリ抽出、爆砕、酸処理などが用いられることが報告されている。
【0005】
紙は、リグノセルロース材料から、機械的、又は化学的に繊維成分を取り出し、シートにしたものである。従って、古紙は糖化の原料としてみた場合、既に前処理の済んだリグノセルロース材料と見なすことができる。このようなリグノセルロース材料のうち、リグノセルロース材料をグラインダーやリファイナーで磨り潰して繊維を取り出す機械パルプ化法で得られるパルプ繊維は、リグニンやヘミセルロースが繊維表面に残るため、酵素で完全に糖化することはできない。機械パルプは新聞用紙、雑誌など嵩が高く、不透明度の高さが要求される紙に使用されるが、機械パルプの使用されている紙は、古紙の回収ルートが確立され、高い回収率で有効に再利用されている。
【0006】
一方、化学パルプはリグニンをほぼ完全に除去したパルプであるので、化学パルプに由来する古紙は、糖化に先立つ前処理を必要としないと言う特長がある。化学パルプは印刷用紙、コピー用紙などの事務用紙、包装用紙などに使用されるが、これらの紙の古紙は、現在ゴミとして廃棄されることが多く、特にオフィスから発生する機密書類の古紙は、その性質上、細かく裁断されるために回収再利用が困難であり、ゴミとして処分されている割合が高い。
このような紙としての再利用が困難な化学パルプ由来の古紙を糖化原料として利用しようという試みは数多く行われているが、いずれの方法でも糖化のコストが高く、実用化は困難である。
【0007】
古紙の糖化のコストを下げることについては、バイオマス資源と同様にセルロース繊維への酵素のアクセスを容易にする前処理の方法の開発や、結晶性セルロースを効率高く糖化する方法の開発、更には酵素の再利用方法の開発などが考えられる。
Scott, C. D.らは、1994年、古紙の糖化装置として、連続的な磨砕と膜を用いた分離と酵素の再利用、固定化菌体による酵素の生産、高濃度のスラリー状態での処理等により、低コスト化が可能であると予測している。
【0008】
この方法では、生成物阻害を避けるため、反応液は膜により分離し、限外濾過膜で酵素を回収し、固定化したβ−グルコシダーゼでセロビオースをグルコースに分解し、グルコースは逆浸透膜で濃縮する。酵素を大量(濾紙分解活性で基質1gに対して80−160単位)に添加した主反応槽に高速遠心ポンプによる磨砕を行う循環ラインを設けて常にセルロース繊維から新しい表面を露出させ、反応後の液から限外ろ過によって酵素を分離回収しながら行う連続反応槽を想定してコストを予測している。摩砕しながら高い酵素濃度で処理することにより、糖化率は25時間で100%であった。この方法では酵素の回収率は24時間で95%以上であるが、酵素が残渣に吸着するため、これをpHや温度を変えて酵素を基質から剥して回収するとしている。
【0009】
さらに、以下のような仮定をした場合に初めて実質的にコストが見合う生産が可能になるとしている。すなわち、a)固定化したT.reeseiのような菌を酵素の生産用に組み込むことによってコストを下げ、b)原料となる新聞古紙の費用をゼロ、セルロースのエタノールへの変換効率を80%、リグニンとヘミセルロースは燃料としてエネルギーを回収する、酵素の回収率が80%、エタノールの収率が理論値の98%と仮定した場合、利益がでないが、逆有償で古紙を引き取ることで実用化が可能であると計算している(非特許文献1)。しかし、日本では新聞古紙は既に価値を持っており、逆有償での引き取りは困難である。
【0010】
このように、古紙による酵素の糖化については、現状では、コストがまだ高いことが問題であり、何らかの方法でコストを下げる工夫が必要となっている。
山下らは、新聞古紙の糖化を検討したなかで、蒸煮、蒸煮爆砕法を試みたが、余り高い効果は得られず、オゾン処理が有効であることを報告している。新聞古紙に含まれるリグニン分解するためにオゾンを検討した。その結果、予めアルカリで膨潤した古紙を洗浄後固形分濃度50%まで絞り、気相でオゾンをパルプ当たり8.8%加えることで糖化率80%を達成している。ただしオゾンの価格がまだ高価であり、実用的ではない(非特許文献2)。
【0011】
Woodらは、mixed waste office paperをKlebsiella oxytocaとカビ由来の酵素Spezyme CP(Genencor社)、Novozyme 188で併行糖化発酵を行う際に、240分に15分の割合で超音波を照射すると、酵素の使用量をパルプ1gに対して、濾紙分解活性で5単位に半減することが出来たと報告している。糖化が促進される理由として、単に超音波によって繊維がほぐれるためではなく、酵素がセルロース繊維に単に吸着して作用できない状態のものを引き剥がして、再度新しい作用点で作用できるようにする効果があるためであると考察している(非特許文献3、非特許文献4)。
【0012】
また古紙を糖化する様々な装置上の工夫がなされており、連続的に糖化する設備が考案されている(特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5)。
しかしながら、古紙などリグノセルロースから糖類を製造することは、トウモロコシデンプンなどから糖を製造する場合に比べて、酵素による糖化が容易でなく、デンプンを原料とする場合に比べて経済性が劣っていた。
【0013】
例えば、一般的な酵素処理条件として1gのコピー用紙に対して濾紙分解活性が10単位となるように添加し、40〜60℃で糖化を行った場合、24時間で90%近く糖化することが可能であるが、残りの10%は72時間まで酵素を作用させても、殆ど消化されないで残る(図8参照)。この酵素の添加率でも、酵素の価格が高すぎるため実用的でないが、残渣の分解を促進する目的でさらに酵素の添加率を高めることは、経済性をなくし、実用上使用不可能である。
【0014】
糖化に要する酵素のコストを下げる方法として、酵素を回収再利用する方法が試みられた。
蒸煮・爆砕処理したシラカンバ材を5%の濃度で糖化槽に加え、2万単位のセルラーゼを添加して、限外濾過により糖液と酵素液とを分離し、酵素を回収再利用しながら、8日間で2kgのシラカンバ材から単糖類を630g得ている。この方法で酵素の使用量を20%節約できたと報告している(非特許文献5)。しかし、20%の節約ではまだコストが高すぎて、実用化できない。
【0015】
また、アルカリで前処理したバガスをセルラーゼで糖化した低濃度糖液から、分画分子量10,000から20,000の限外濾過膜を利用して、酵素を90%回収している。酵素の添加率は反応液1ml当たり30〜200単位で、基質1gに対する添加率はCMCaseで1,000〜2,800単位、濾紙分解活性では45〜128単位(CMCaseが720単位のとき、濾紙分解活性が33単位として計算)と考えられるが、この条件で糖化率は80%であった。高濃度糖液の場合は糖化残渣が多く、これに吸着されるセルローゼ量が多く酵素の回収量が75から80%であった(非特許文献6)。
このような観点から、糖化装置の設計においても酵素を回収再利用する方法が検討されている(特許文献6、特許文献7、特許文献8)。
【0016】
これらの方法では、セルロースを1〜20質量%、セルラーゼを0.1〜10質量%(1ml中にCMCaseで100〜300単位)添加し、30〜60℃で24〜48時間糖化し、未分解残渣を遠心分離により除去した後、糖溶液を限外濾過で分離した後、非透過画分の酵素を再度糖化に利用する。これらの発明では糖化に伴い大量に発生する未分解の残渣に酵素が吸着し、酵素の回収率が下がるが、ノニオン系の界面活性剤で未分解の残渣を処理することにより、酵素を回収することができる。酵素の回収率については界面活性剤を利用することによって約50%増加するが、高価な酵素のコストの削減量について記載がない。
【0017】
特開昭63−87994号公報では、使用された酵素の質量当たりの活性は明らかではないが、CMCaseの活性で100〜300単位/ml添加して糖化が終了した時点で、残渣が20〜30容量%発生する。その為、連続糖化槽で糖化を行う場合、残渣が時間の経過と共に蓄積するため、残渣を分離する工程が必要となる。
【特許文献1】特開2002−159954号公報
【特許文献2】特開2002−176997号公報
【特許文献3】特開2002−186938号公報
【特許文献4】特開2001−238690号公報
【特許文献5】特開2002−238590号公報
【特許文献6】特開昭61−260875号公報
【特許文献7】特開平1−234790号公報
【特許文献8】特開昭63−87994号公報
【非特許文献1】Scott, C.D., Rothrock, D.S., Appl. Biochem. Biotechnol., 45/46, pp.641-653(1994)
【非特許文献2】山下武司、佐藤常明、(社)全国林業改良普及協会編、「木材成分総合利用研究成果集」、pp.313-326(1990)。
【非特許文献3】Wood, B.E.,Aldrich, H.C., Ingram, L.O., Biotechnol. Prog., 13, 232-237(1997)
【非特許文献4】Tomme, P., Warren, A.J., Miller, T.C.J., Kilburn, D.G., Gilkes, M. R., In "Enzymatic Degradation of Insoluble Carbohydrates"(J.N. Saddler ed.) ACS Symposium Ser. Vol 618, pp. 145-163, ACS, San Diego, CA(1995)
【非特許文献5】Ishihara, M., et al., Biotechnol. Bioeng., 37, 948-954(1991)
【非特許文献6】安戸饒、木材学会誌、第35巻12号1067−1072ページ(1989)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
リグノセルロースなどバイオマスから糖類を製造する技術は、これまで化石資源から製造されていたプラスチックの原料や、循環型社会の構築に役立つ技術である。特に、古紙は国内で季節を問わず大量に発生するため、化石資源に替わるエネルギー、化学原料の資源として有効利用が望まれている。
化学パルプのみを使用した古紙のように、リグニンを高度に除去したリグノセルロースは、セルラーゼやヘミセルラーゼによって高い効率で繊維成分を加水分解することができ、他のバイオマス資源より容易に糖類を製造できる。しかし、先に述べたように、様々な技術が開発されてはいるものの、糖化に要する酵素のコストが高く、経済性がないことが課題となっている。
【0019】
これを解決するために、これまで糖化に用いた酵素を限外濾過などで回収し、繰り返し使用することにより酵素の使用量を削減しようという試みがなされてきたが、糖化の際に残渣が生じ、これに酵素が強く吸着しているため、回収率が下ってしまい、問題解決には至っていない。
この残渣に酵素が強度に吸着することが、酵素回収の際の最大の問題であり、これを解決できれば酵素のリサイクル性は向上し、コストを低下させ、酵素糖化の経済性は大きく改善できる。それ故、本発明は、リグノセルロース材料の酵素糖化のために投入される酵素を無駄なく有効利用することができる方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、連続的に糖化を行う工程において、大きなコストを占める酵素について、酵素の回収率を高めて繰り返し使用することによりコストを下げる方法を検討し、本発明に至った。本発明は、これまでは酵素の価格が高いことから、その使用量を削減しようという考え方であったものを、逆に所望の時間内に96%以上、好ましくは98%以上リグノセルロース材料を分解できるように、経済的に見合う範囲で多量の酵素を添加して糖化反応を行うことにより残渣の蓄積量を低減させ、残渣に吸着される酵素量を減らすという考えに基くものであり、そのために、リグニン除去操作が施されていて酵素反応を受けやすく、残渣が発生しにくいリグノセルロース材料を基質として酵素糖化反応を行なう方法に関するものである。本発明は、以下の各発明を包含する。
【0021】
(1)基質としてのリグノセルロース材料と糖化酵素とを含有する分散液を連続糖化反応槽に通じることによってリグノセルロース材料を連続的に糖化し、糖化反応液から未反応リグノセルロース材料及び糖化酵素を回収して前記糖化反応槽に仕込まれる分散液における基質及び糖化酵素として循環する連続糖化方法であって、基質としてリグニンの除去操作を施したリグノセルロース材料を使用し、連続糖化反応槽に供給される前記分散液における全基質量と添加される糖化酵素量の割合を、該分散液に含まれる前記循環される基質を含む全基質の少なくとも96質量%が滞留時間内に糖化される割合に維持することによって、前記循環される未反応リグノセルロースの蓄積量の増加を防止しつつ連続的に糖化反応を行うことを特徴とするリグノセルロースの連続糖化方法。
【0022】
(2)前記滞留時間が48時間〜8時間である(1)項記載のリグノセルロースの連続糖化方法。
【0023】
(3)前記連続糖化反応槽に供給される分散液に添加される酵素量が、分散液中の全基質1g当たり200〜1000単位に維持される量である(1)項又は(2)項に記載のリグノセルロースの連続糖化方法。
【0024】
(4)前記リグニンの除去操作を施したリグノセルロース材料が化学パルプを主成分とする古紙であることを特徴とする(1)項〜(3)項のいずれか1項に記載のリグノセルロースの連続糖化方法。
【0025】
(5)前記連続糖化反応槽に供給される分散液における全基質量と添加される糖化酵素量の前記割合が、新たに分散液中に添加される基質の量を増減するか、又は新たに添加される糖化酵素の量を増減することによって維持されることを特徴とする(1)項〜(4)項のいずれか1項に記載のリグノセルロースの連続糖化方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、従来、紙原料として再生利用されることが少なかった化学パルプ由来の古紙からアルコール類や各種化学品の原料となる糖類を製造し、供給することができる経済性のある連続的な酵素糖化方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明の酵素糖化方法で基質とされるリグニン含量の低い又はリグニンをほとんど含まないリグノセルロース材料としては、針葉樹、広葉樹、林地残材、建築廃材、剪定廃棄物、ソーダスト、ケナフ、稲藁、麦わらなどの農産破棄物等のリグノセルロース材料からアルカリ抽出、アルカリ蒸解等の化学パルプ製造法、オルガノソルブなどの方法により高度にリグニンを除去したセルロース、ヘミセルロースを主成分とする繊維が好ましく、例えば、化学パルプを主成分とする古紙を挙げることができる。特に、化学パルプのみからなる紙が好適である。
【0028】
糖化反応に用いる酵素の種類については、セルロース、ヘミセルロースを完全に分解できるものであれば特に限定されるものではないが、トリコデルマ(Trichoderma)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、フミコーラ(Humicola)属、イルペックス(Irpex)属などに属する菌が生産するセルラーゼを主体とする酵素や、商業的に生産される酵素を、単独で、もしくは組み合わせて用いることができる。好ましくは、プロテアーゼを含まないもの、酵素の安定性を高めるためのメイクアップがなされているものが使用される。
また、必要に応じて、ヘミセルロースを分解する酵素、特に、広葉樹のパルプに含まれるキシランを分解する酵素、キシラナーゼ、針葉樹に含まれるマンナンやガラクタンを分解する酵素を追加することができる。一般に、バイオマスの糖化用に開発されている酵素は、これらの酵素も含むので好適である。
【0029】
糖化装置については、特に限定されるものではないが、酵素を回収再利用する装置を具備するもの、連続的に基質を投入し、連続的に生成糖を分離できる装置を使用し、長期間にわたって連続的に運転できるように制御された装置が必要である。例えば、図1に示したような基質調整槽1、糖化反応槽2、反応液貯留槽4、糖貯留槽5、限外濾過装置6、精密濾過装置3(例えばスピンフィルター)からなる装置を例示できる。図示の装置で酵素糖化反応を行う場合、基質調整槽1から基質を添加する液量は、限外濾過装置で膜を透過する糖液の液量と同じとし、酵素の添加率は、反応液貯留槽中の酵素の濃度と基質の添加量に応じて所望の滞留時間内に96%以上糖化することができる酵素量が維持されるような添加率とする。糖化反応槽からの分解産物と酵素液を抜き取る量は、基質の添加量と酵素液の添加量の和と同じになるように調整することによって、糖化反応槽の液量を一定に維持する。
【0030】
酵素の使用量は、基質となる繊維成分を所望の時間に96%以上、好ましくは98%以上分解できる量であることが必要であるが、経済性のある範囲で行う必要がある。具体的には、糖化反応槽での滞留時間を12時間に設定した場合、基質1gに対して、濾紙分解活性で200単位以上、1,000単位以下、更に好ましくは260単位以上、400単位以下である。しかしながら、酵素によって特性が異なるため、必ずしも、この添加量が適切でない場合もあるが、残渣の濃度が1%を越えないようにする酵素の量であることが好ましい。更に好ましくは0.8%を越えないようにする酵素の量であることが好ましい。また、1,000単位を超えて過剰の酵素を添加することは経済性を損なうので好ましくない。
【0031】
糖化反応槽は、使用する酵素の最適温度に保つことが好ましく、例えば、トリコデルマ起源の市販酵素の場合、40℃から50℃が好ましい。また、カビ類に由来する酵素も、一般に30℃から50℃に保つことが好ましい。糖化反応槽中の液のpHは使用する酵素の最適pHに保つことが好ましく、例えば、トリコデルマ起源の市販の酵素の場合、pH4から7の間が好ましい。
【0032】
未反応基質を含む残渣の量が増加した場合には、不足している酵素を追加するか、もしくは基質の供給を一時的に止めることで残渣の量を低減することが可能である。未反応基質を含む残渣を系内から濾過、遠心分離などの操作によって除去することも可能であるが、残渣を除去する場合には残渣から酵素を回収、再利用することが重要であり、作業が繁雑となるので好ましくない。
【0033】
本発明において、糖化率は、基質の有機分当りの生成糖量と定義する。基質の有機分は、基質中の水分、灰分を除いた質量とする。生成糖量は、糖化反応槽、反応液貯留槽、糖貯留槽の上清中に含まれる全糖量をそれぞれ測定し、加水分解によって付加された水の量を差し引いた質量の和を生成糖量とする。
【0034】
また、各酵素の活性は以下のように測定する。
1)CMCase活性
1.25%のカルボキシメチルセルロース(CMC)を含む125mM酢酸緩衝液( pH4.0)40μlに、酵素液10μlを加え、50 ℃、10min反応させ、生 成した還元糖をAvicelase活性測定と同様にNelson−Somogyi法 で測定し、1分間21μmolの還元糖を生成する酵素の量を1単位とした。
【0035】
2)CBH I活性
1.25mM 4-Methyl-umberiferyl-cellobiosideを含む125mM 酢酸緩衝液 (pH4.0)16μlに、酵素液4μlを加え、50℃、10min反応を行ったの ち、500mM glycine−NaOH緩衝液(pH10.0)100 μlを添 加し、反応を停止させた。これを350nmの励起光での460nmの蛍光を測定し、 1分間21μmolのウンベリフェロンを生成する酵素の量を1単位とした。
【0036】
3)濾紙分解活性
75mM 酢酸緩衝液(pH 5.0)500μlに250ul の培養上清を添加 し750μlにした。これにワットマンNo.1の濾紙を0.5×6cm にカットし カールさせたものを1つ添加し、37℃にて1時間反応させた。反応終了後、DNS法 で生成した還元糖を測定した。検量線はグルコースで作成し、1分間に1μmolの還 元糖を生成する酵素の量を1単位とした。
【0037】
4)グルコース濃度
溶液中のグルコースの濃度はグルコースセンサー(王子計測機器製BF−400型)で定量した。
【0038】
5)糖化反応槽中のリグノセルロースの残渣の量
糖化反応槽のリグノセルロースの残量は次のように定義する。
「残渣の量」=「投入したリグノセルロースの重量」−(「各槽中に生成した糖を全糖として測定した量の総量」−「各糖の水の分子量分」)
【実施例】
【0039】
以下、添付した図面中の図1の連続糖化装置を使用する実施例にしたがって、本発明の方法を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によって限定されるものではない。
図1の連続糖化装置において、符号1は基質調整槽を示し、2は糖化反応槽、3はスピンフィルター、4は反応液貯留槽、5は糖貯留槽、6は限外濾過装置、7は窒素ボンベ、8はフィードコントローラー、P1〜P3は送液ポンプ、11〜15は送液ラインを示している。
【0040】
図1の連続糖化装置における各設備は、それぞれ次のように調整した。
(基質調整槽1)
容量は7L、コピー用紙 1.25%(w/w, 絶乾)となるように懸濁し、撹拌速度180rpmで攪拌した。基質の送り出しは、窒素ボンベを接続し、窒素ガスの圧力により容器内を加圧し、基質をライン11を通して糖化反応槽に1時間に50g(フィードコントローラーにより自動制御)の速度で連続的に圧送した。
【0041】
(糖化反応槽2)
反応液量3kg、Genencor社製GC220酵素液を濾紙分解活性でコピー用紙1gについて260単位、コピー用紙 0.25%(w/w, 絶乾)を加えて、希釈率0.083h-1,滞留時間12時間、50℃、250−300rpm;ライン12からの流入量1時間に 200 g(固定流速)となるように運転し、スピンフィルター3を通してライン13 からの流出量を1時間に250 gとなるようにフィードコントローラーで自動制御した。連続運転開始後200時間で定常状態に達した。200時間後からの経時変化を図2に示した。
【0042】
(反応液貯留槽4)
糖化反応槽からスピンフィルター3を通しての流出液量では、限外濾過装置に必要な流速、圧力が不足するために、緩衝作用を持たせるために反応液貯留槽4を設置した。
【0043】
(限外濾過装置6)
(Minimate TFF Capsule,10K membrane,日本ポール社)を使用し、ライン14の流出量が1時間に50gとなるようにフィードコントローラーでライン15の流量、圧力を自動制御した。
【0044】
結果は、図2〜5に示すとおりである。図2は、連続糖化装置に、古紙を基質とし、酵素を古紙1gに対して260単位添加した場合の糖化率を示す。糖化率は、各経過時間後の糖化反応槽、反応液貯留槽、糖貯留槽中の全糖量の合計又はグルコースの合計を、添加した古紙の全糖量をグルコースとキシロースの合計として換算したもので除したものである。また、744時間目に濾紙分解活性で780単位を追加している。
【0045】
図3は、連続糖化装置に古紙を基質とし、酵素を古紙1gに対して260単位添加した場合の基質添加量、全糖生成量、紙の残量を示す。また、744時間目に濾紙分解活性で780単位を追加している。
【0046】
図4は、連続糖化装置に古紙を基質とし、酵素を古紙1gに対して260単位添加した場合のCBHI活性の経時変化を示す。また、744時間目に濾紙分解活性で780単位を追加している。
【0047】
図5は、連続糖化装置に古紙を基質とし、酵素を古紙1gに対して130単位添加した場合の糖化率を示す。糖化率は、各経過時間後の糖化反応槽、反応液貯留槽、糖貯留槽中の全糖量の合計又はグルコースの合計を、添加した古紙の全糖量をグルコースとキシロースの合計として換算したもので除したものである。
【0048】
図6は、連続糖化装置に古紙を基質とし、酵素を古紙1gに対して130単位添加した場合の基質添加量、全糖生成量、紙の残量を示す。
【0049】
図7は、連続糖化装置に古紙を基質とし、酵素を古紙1gに対して130単位添加した場合のCBHI活性の経時変化を示す。
【0050】
図2から明らかなように1,000時間に及ぶ連続運転に際し、糖化率は98%以上を保っていた。このときの残渣の蓄積量は、図3に示したように、100時間から150時間にかけて3kgの反応液中に蓄積量が約7g(反応液中の濃度:0.23%)まで上昇した。このとき、図4に示したようにCBHIの回収率が半分以下になったので、初期の活性になるように酵素を追加した。
その結果、残渣の量が減り、500時間まで酵素の追加をせずに100%の糖化率を維持することができた(図2)。
【0051】
500時間から600時間にかけて、再び残渣の蓄積が起こり(図3)、600時間後には残渣の蓄積量が3kgの反応液中に23g(0.76%)まで増加した。これに伴って図2に示したように糖化率が低下した。
600時間目に新たな基質の添加を止め、残渣の分解を促進すると、それに伴って図4に示したようにCBHIの活性が回復し、糖化率が100%に回復した。
しかし、酵素の活性が元の水準まで回復しないため、744時間目にCBHIの活性を指標に元の水準まで酵素を追加した。
【0052】
以上のように、投入する基質に対する残渣の蓄積量を5%以下に保つことにより、あらたな酵素を追加せずに繰り返し回収、再使用することが可能となり、酵素のコストを削減することが可能となる。酵素の活性低減率から計算すると同一の酵素を、糖化反応12時間で100%近く糖化するバッチ処理の50回分以上使用することができた。このように従来の方法に比べて糖化時間を短縮し、酵素のコストを大幅に削減することが可能となった。
【0053】
(比較例1)
実施例1で、Genencor社製GC220酵素液を濾紙分解活性で260単位/L用いる代わりに、酵素の添加量を130単位で行った。
糖化率は反応初期より下降し続けており(図5参照)、短期間に糖化残渣の上昇が起こっている(図6参照)。これに伴い、酵素の回収率の低下が起こり(図7参照)、糖化率が下がるという悪循環が起こっている。そのため、生成した糖に対する酵素のコストを安価にするためには残渣を分離し、残渣に吸着する酵素を回収する必要がある。
【0054】
(比較例2)
実施例1で、クラフトパルプを主成分とする古紙の代わりに新聞古紙を用いる以外は実施例1と同様に行った。糖化率は60%であり、急激に残渣の量が増加、酵素の回収率が下がり、48時間以降の連続糖化の続行は実質的に不可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明により、酵素のコストを大幅に削減することができ、リグノセルロース原料から糖類を製造する経済性を高めることが可能となる。したがって、糖類を発酵基質としてアルコールや化学原料を供給する経済性を高めることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】連続糖化装置を示す図。
【図2】連続糖化装置に、古紙を基質とし、酵素を古紙1gに対して260単位添加した場合の糖化率を示す図。
【図3】連続糖化装置に古紙を基質とし、酵素を古紙1gに対して260単位添加した場合の基質添加量、全糖生成量、紙の残量を示す図。
【図4】連続糖化装置に古紙を基質とし、酵素を古紙1gに対して260単位添加した場合のCBHI活性の経時変化を示す図。
【図5】連続糖化装置に古紙を基質とし、酵素を古紙1gに対して130単位添加した場合の糖化率を示す図。
【図6】連続糖化装置に古紙を基質とし、酵素を古紙1gに対して130単位添加した場合の基質添加量、全糖生成量、紙の残量を示す図。
【図7】連続糖化装置に古紙を基質とし、酵素を古紙1gに対して130単位添加した場合のCBHI活性の経時変化を示す図。
【図8】一般的な酵素によるセルロース糖化処理における処理時間と糖化率の関係を示す図。
【符号の説明】
【0057】
1:基質調整槽
2:糖化反応槽
3:スピンフィルター
4:反応液貯留槽
5:糖貯留槽
6:限外濾過装置
7:窒素ボンベ
8:フィードコントローラー
P1〜P3:送液ポンプ
11〜15:送液ライン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基質としてのリグノセルロース材料と糖化酵素とを含有する分散液を連続糖化反応槽に通じることによってリグノセルロース材料を連続的に糖化し、糖化反応液から未反応リグノセルロース材料及び糖化酵素を回収して前記糖化反応槽に仕込まれる分散液における基質及び糖化酵素として循環する連続糖化方法であって、基質としてリグニンの除去操作を施したリグノセルロース材料を使用し、連続糖化反応槽に供給される前記分散液における全基質量と添加される糖化酵素量の割合を、該分散液に含まれる前記循環される基質を含む全基質の少なくとも96質量%が滞留時間内に糖化される割合に維持することによって、循環される未反応リグノセルロースの蓄積を防止しつつ連続的に糖化反応を行うことを特徴とするリグノセルロースの連続糖化方法。
【請求項2】
前記滞留時間が48時間〜8時間である請求項1記載のリグノセルロースの連続糖化方法。
【請求項3】
前記連続糖化反応槽に供給される分散液に添加される酵素量が、分散液中の全基質1g当たり酵素200〜1000単位に維持される量である請求項1又は請求項2に記載のリグノセルロースの連続糖化方法。
【請求項4】
前記リグニンの除去操作を施したリグノセルロース材料が化学パルプを主成分とする古紙であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のリグノセルロースの連続糖化方法。
【請求項5】
前記連続糖化反応槽に供給される分散液における全基質量と糖化酵素量の前記割合が、新たに分散液中に添加される基質の量を増減するか、又は新たに添加される糖化酵素量を増減することによって維持されることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のリグノセルロースの連続糖化方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−87319(P2006−87319A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−274459(P2004−274459)
【出願日】平成16年9月22日(2004.9.22)
【出願人】(591178012)財団法人地球環境産業技術研究機構 (153)
【Fターム(参考)】