説明

リチウムイオン二次電池およびその製造方法

【課題】基板に対して正極活物質であるLiCoOの特定結晶面を配向させたことにより高出力化を可能としたリチウムイオン二次電池およびその製造方法を提供する。
【解決手段】金属単結晶基板面に(003)面を垂直に配向させてエピタキシャル成長したLiCoO単結晶の薄膜から成る正極を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池。望ましくは、前記金属単結晶基板がAuまたはPtから成り、該基板面がAuまたはPtの(110)面である。金属単結晶基板面上にLiCoOの(003)面を垂直に配向させてエピタキシャル成長させることにより正極を形成することを特徴とするリチウムイオン二次電池の製造方法。望ましくは、前記金属単結晶基板として(110)面を基板面とするAuまたはPtの基板を用い、前記エピタキシャル成長をパルスレーザー・デポジション法により行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池、特に正極物質としてLiCoO2を用いたリチウムイオン二次電池およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、ニカド(Ni−Cd)電池やニッケル水素(Ni−MH)電池に比べて、(1)エネルギー密度が高いため軽量化(重量1/2程度)および小型化(体積で20〜50%程度)が可能であり、(2)作動電圧が高いため電池搭載本数の低減により機器の軽量化・小型化が可能であり、(3)メモリ効果がないため継ぎ足し充電が可能である、といった優れた特徴を有するため、ノートパソコンや携帯電話に代表される携帯機器に広く用いられている。
【0003】
しかし、これら応用機器の高機能化に伴って、リチウムイオン二次電池を更に高出力化する要請が高い。
【0004】
特許文献1には、c軸が基板の法線に対して60°以上傾いているLiCoOから成る正極を用いた固体リチウムイオン二次電池と、気相成膜法によりソース材料を特定の入射角度で供給して上記の正極を製造する方法とが開示されている。正極活物質であるLiCoOと電解質間の抵抗が下がることで高出力化できる。
【0005】
しかし特許文献1の方法では、c軸が基板に対して垂直であるLiCoOから成る正極を製造することは困難であり、高出力化に限界があった。
【0006】
特許文献2には、単結晶ニ酸化マンガン粒子のc軸方向が集電体に対して垂直に配向している電池用正極が開示されており、特許文献3には、RFスパッタリング法により製膜し、その後の加熱処理により五酸化ニオブの高配向性薄膜を得る方法が開示されており、特許文献4には、パルスレーザー・デポジション法を用いた薄膜形成方法によりスパッタリング法に比べて高い配向性が得られることが開示されている。
【0007】
しかし、上記いずれにも、リチウムイオン二次電池の高出力化を可能とする正極およびその製造方法については何ら示唆がない。
【0008】
また、非特許文献1には、半導体単結晶基板上にLiCoOを基板に対して(003)面が垂直に完全配向させたことが報告されているが、半導体接合の影響により不可避的に電圧が低下するため電池の正極として用いることは不適当である。
【0009】
【特許文献1】特開2003−132887号公報
【特許文献2】特開2007−5281号公報
【特許文献3】特開平7−142054号公報
【特許文献4】特開平9−59762号公報
【非特許文献1】M. Hirayama et al., Journal of Power Sources 168, 493 (2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、基板に対して正極活物質であるLiCoOの特定結晶面を配向させたことにより高出力化を可能としたリチウムイオン二次電池およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、本発明のリチウムイオン二次電池は、金属単結晶基板面に(003)面を垂直に配向させてエピタキシャル成長したLiCoO単結晶の薄膜から成る正極を有することを特徴とする。
【0012】
上記本発明のリチウムイオン二次電池を製造する方法は、本発明によれば、金属単結晶基板面上にLiCoOの(003)面を垂直に配向させてエピタキシャル成長させることにより正極を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
LiCoOは、CoO層(O/Co/Oの3層領域)と、Li層とが交互に積層した岩塩型結晶構造を有し、CoO層で構成される(003)面の間をLiイオンが出入りすることによりリチウムイオン二次電池の充放電が行なわれる。
【0014】
本発明においては、基板面にLiCoOをエピタキシャル成長させることにより(003)面を基板面に対して垂直配向させたことにより、Liイオンの出入りが容易になり、リチウムイオン二次電池の高出力化が可能になる。
【0015】
従来は、基板面に対して(003)面を垂直に配向させることができなかった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
図1に、本発明のリチウムイオン二次電池の正極構造を模式的に示す。
【0017】
正極10は、金属単結晶基板12の基板面12Sに(003)面を垂直に配向させてエピタキシャル成長したLiCoO単結晶の薄膜14から成る。LiCoO単結晶14は、CoO層16とLi層18とが交互に〔001〕方向に積層した岩塩形結晶構造である。充電時にはLiイオン18がCoO層16間から矢印Cで示すように放出され、放電時には矢印Dで示すようにLiイオン18がCoO層16間に戻る。CoO層16も、Li層18も、それぞれ(003)面を規定しており、CoO層16とLi層18の両方で規定する面は(006)面である。(006)面の面間隔は(003)面の面間隔の1/2である。LiCoO14の(003)面が基板面12Sに垂直であることにより、Liイオン18の出入りが最も効率的に行なわれ、高出力化ができる。
【0018】
金属単結晶基板12としては、(110)を基板面12SとするAu基板またはPt基板を用いることができる。金属単結晶基板面12SにLiCoO14の(003)面を垂直に配向させてエピタキシャル成長を可能とするためには、基板面12Sに垂直な基板格子面間隔と、基板面12に垂直なLiCoO14の格子面間隔とが、十分に近いことが必要である。十分に近いかどうかは、一義的に決定すべきものではなく、エピタキシャル成長できるか否かによる。すなわち、用いた製膜技術によってエピタキシャル成長できればよい。本発明は、エピタキシャル成長を利用することにより、基板に対して(003)面が垂直に配向したLiCoO薄膜を得ることを可能とした点に特徴がある。
【0019】
基板面に垂直なLiCoO14のCoO面16と、2つのCoO面16間の中央に挟まれているLi面18との面間隔は(003)面の面間隔の半分すなわち(006)面の面間隔であり、2.34Åである。
【0020】
(110)面を基板面12SとするAu基板12は、基板面12Sに垂直な面は(−111)面または(1−11)面であり、面間隔は2.35Åである。LiCoO(006)面の面間隔2.34Åとのミスフィットは(2.35−2.34)/2.34=0.004=0.4%である。
【0021】
(110)面を基板面12SとするPt基板12は、基板面12Sに垂直な面は(−111)面または(1−11)面であり、面間隔は2.29Åである。LiCoO(006)面の面間隔2.34Åとのミスフィットは(2.29−2.34)/2.34=−0.02=−2%である。
【0022】
Au基板またはPt基板の(110)基板面12Sに、LiCoO(110)面が接した形で、LiCoO〔110〕方向Rに沿ってエピタキシャル成長する。これにより(110)基板面12Sに対してLiCoO(003)面が垂直な方向に成長する。AuまたはPtの(110)基板面12Sに垂直な(−111)面または(1−11)面の面間隔と、LiCoOの(006)面の面間隔とが、上記の程度のミスフィットである(十分に近い)ことによって、上記のエピタキシャル成長が可能となっている。
【実施例】
【0023】
〔実施例1〕
本発明のリチウムイオン二次電池正極を構成するLiCoO薄膜を下記の方法により製造した。
【0024】
<作製手法>
PLD(Pulse Laser Deposition:パルスレーザー・デポジション法)
真空チャンバー内で、薄膜の材料となるターゲットにパルスレーザーを照射することでプラズマ化させ、ターゲットの対角上に設置した基板に堆積することで薄膜を作成する。
【0025】
<装置>
真空チャンバー:AOV(株)社製
KrFエキシマレーザー(248nm):Coherent GmbH社製
<成膜条件>
レーザー出力:150mJ、10Hz
成膜時間:1h
酸素分圧:0.025torr
基板:単結晶Au(110)基板
(750℃×12h 加熱処理してから使用)
基板温度:600℃
基板回転速度:30rpm
ターゲット:LiCoO焼結体(φ20mm×5mm)
ターゲット回転速度:60rpm
基板−ターゲット距離:7.5cm
〔実施例2〕
本発明のリチウムイオン二次電池正極を構成するLiCoO薄膜を実施例1と同じ条件で製造した。ただし、基板として単結晶Pt(110)基板を用いた。
【0026】
実施例1および実施例2により、それぞれAu(110)基板上およびPt(110)基板上に成膜されたLiCoO薄膜について、CuKα線によりX線回折を行った。out of plane測定およびin plane測定による測定結果をまとめて表1に示す。out of plane測定(一般的な測定)では基板法線方向に配向した結晶面のピークが現われ、in plane測定では基板に対して垂直な面のピークが現われる。
【0027】
【表1】

【0028】
表1には、(003)〔2θ≒18.9°〕、(101)〔2θ≒37.4°〕、(104)〔2θ≒45.2°〕、(110)〔2θ≒66.4°〕の回折ピークの有無を示した。表1に示したように、out of plane測定では(003)面と直角の関係にある(110)面のみが観測され、in plane測定では(003)面のみが観測された。
【0029】
この結果から、実施例1(単結晶Au(110)基板使用)、実施例2(単結晶Pt(110)基板使用)のいずれの場合にも、基板面に対して(003)面が完全に垂直に配向しているLiCoO薄膜が得られたことが分かる。
【0030】
<従来例との比較>
表2に、前述の特許文献1に開示されているc軸が基板法線に対して75°傾いているLiCoO薄膜についてのout of plane測定による配向度を、実施例1と比較して示す。
【0031】
【表2】

【0032】
配向度を(003)面による回折強度に対する強度比で比較する。
【0033】
本発明の実施例1では、表1に示したようにout of plane測定では(003)面と直角の関係にある(110)面のみが観測されたのに対応して、表2において(003)面、(101)面、(104)面の強度比はいずれも0であり、基板面に対して(003)が垂直に配向していることが明瞭に示されている。
【0034】
これに対して、特許文献1の従来例では(003)面、(101)面、(104)面が大きな強度比で観測されており、基板面に対する特定方位の配向は認められない。なお、特許文献1には(110)面の回折データが示されていなかったため、(110)面の回折強度比は0と推察する。
【0035】
<原子配列>
図2に、実施例1のAu基板とその上にエピタキシャル成長したLiCoOとの界面におけるAu原子とLiCoOのO原子との配列関係を示す。
【0036】
同図に示したように、Au[1−11]方向とLiCoO[006]方向とが一致しており、これらの方向の隣接O原子(図中●)間距離と隣接Au原子(図中○)間距離とがほぼ等しい。更に、Au(1−11)面とLiCoO(006)面とが規則性を持って周期的に重なっている。つまり重なり合うことで安定に存在している。
【0037】
図2は、Au基板の場合を示したが、Pt基板の場合についても、LiCoOエピタキシャル薄膜との間で同様の原子配列関係が成立している。
【0038】
AuまたはPt基板とLiCoOエピタキシャル薄膜との接触面において、AuおよびPt基板の最表面の原子配列とLiCoO薄膜の最表面の原子配列とが重なった点が周期的に規則的に配列した組み合わせを選択したことで、本発明の(110)配向したLiCoO薄膜を得ることができる。
【0039】
〔比較例〕
LiCoO薄膜を実施例1と同じ条件で製造した。ただし、基板として単結晶Au(111)基板を用いた。実施例1、2と同様にX線回折を行った。結果を表3に示す。
【0040】
【表3】

【0041】
表3に示したように、out of plane測定では(003)面のみが観測され、in plane測定では(003)面と直角の関係にある(110)面のみが観測された。
【0042】
この結果から、Au(111)基板面に対して(003)面が完全に平行に配向しているLiCoOが形成されたことが分かる。すなわち、本発明の狙いとする基板面に対して(003)面が垂直に配向したLiCoO薄膜は得られなかった。
【0043】
<充放電特性>
実施例1および比較例で作製したAu基板/LiCoO正極をそれぞれ用いた下記セル構成のリチウムイオン二次電池を作製し、下記の条件で充放電特性を測定した。
【0044】
≪セル構成≫
正極…実施例1または比較例にて成膜
負極…Li金属(本城金属製)
電解液…1M LiO4/EC−DEC(富山薬品製)
セパレーター…UP3025(宇部興産製)
≪測定条件≫
装置:1286型ポテンショスタット/ガルバノスタット(Solartron社製)
治具(セル):トムセル(日本トムセル製)
測定環境:25℃高温槽内
測定条件: 測定電位…3.0〜4.3V
挿引速度…0.1mV/sec
図3に測定結果を示す。図中、実線の電位/電流曲線で示した実施例1によるセルでは、充電時および放電時共に3.9V付近の電位でシャープなピーク(酸化還元反応)が認められ、Liイオンの出入りが盛んに行なわれることが分かる。これに対して、破線の電位/電流曲線で示した比較例によるセルでは、充電時も放電時も明瞭なピークは認められず、Liイオンの移動がほとんど行なわれないことが分かる。
【0045】
このように、本発明により単結晶Au(110)基板面に(003)面を垂直に配向させてエピタキシャル成長したLiCoO単結晶の薄膜から成る正極を有するリチウムイオン二次電池は、充放電時のLiイオンの出入りが向上し、高出力化が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によれば、基板に対して正極活物質であるLiCoOの特定結晶面を配向させたことにより高出力化を可能としたリチウムイオン二次電池およびその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】図1は、本発明のリチウムイオン二次電池の正極構造を模式的に示す断面図である。
【図2】図2は、実施例1のAu基板とその上にエピタキシャル成長したLiCoOとの界面におけるAu原子とLiCoOのO原子との配列関係を示す平面図である。
【図3】図3は、実施例1および比較例で作製したAu基板/LiCoO正極をそれぞれ用いたリチウムイオン二次電池の充放電曲線を示すグラフである。
【符号の説明】
【0048】
10 正極
12 金属単結晶基板
12S 基板面(基板(110)面)
14 LiCoO単結晶薄膜
16 CoO
18 Li層(Liイオン)
R LiCoO[110]方向
C 充電時のLiイオン18の移動方向
D 放電時のLiイオン18の移動方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属単結晶基板面に(003)面を垂直に配向させてエピタキシャル成長したLiCoO単結晶の薄膜から成る正極を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【請求項2】
請求項1において、前記金属単結晶基板がAuまたはPtから成り、該基板面がAuまたはPtの(110)面であることを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【請求項3】
金属単結晶基板面上にLiCoOの(003)面を垂直に配向させてエピタキシャル成長させることにより正極を形成することを特徴とするリチウムイオン二次電池の製造方法。
【請求項4】
請求項3において、前記金属単結晶基板として(110)面を基板面とするAuまたはPtの基板を用い、前記エピタキシャル成長をパルスレーザー・デポジション法により行なうことを特徴とするリチウムイオン二次電池の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−295514(P2009−295514A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−149798(P2008−149798)
【出願日】平成20年6月6日(2008.6.6)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】