説明

リチウムイオン二次電池用の正極活物質の製造方法

【課題】本発明は、放電容量およびサイクル特性に優れ、電池内でのガスの発生を抑制できるリチウムイオン二次電池用の正極活物質の、効率的な製造方法を提供する。
【解決手段】Li元素と、Ni、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の遷移金属元素とを含む(ただし、Li元素のモル量が該遷移金属元素の総モル量に対して1.2倍超である。)リチウム含有複合酸化物の還元処理および/または酸処理を行い、つぎにNi、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の遷移金属元素を含みLi元素を含まない化合物からなる正極材前駆体とともに350〜800℃で焼成することを特徴とする、リチウムイオン二次電池用の正極活物質の製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用の正極活物質、正極および二次電池の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、携帯電話やノート型パソコン等の携帯型電子機器に広く用いられている。リチウムイオン二次電池用の正極活物質には、LiCoO、LiNiO、LiNi0.8Co0.2、LiMn等のリチウムと遷移金属等との複合酸化物が用いられている。
【0003】
近年、携帯型電子機器や車載用のリチウムイオン二次電池として小型化・軽量化が求められ、単位質量あたりの放電容量、サイクル特性、電池としての安定性等の更なる性能向上が望まれている。
【0004】
該性能向上を目的として、Ni、Co、およびMn等の遷移金属元素に対するLi元素の比率を高くした複合酸化物(以下、「Li−rich系正極材料」という場合がある。)を用いた正極が提案されている。
Li−rich系正極材料の例として、LiMO(MはNi、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の遷移金属元素。)とLiMnOとの固溶体が提案されている。該固溶体を正極活物質として用いるリチウムイオン二次電池を、高容量で用いるには、電気的、または化学的な活性化方法が必要とされる。
【0005】
電気的な活性化方法においては、初回充電時に4.5V以上の高電圧で充電する際に、下式(1)に示す反応が進んでいると考えられる。すなわち、LiMnOからLiOが脱離し、さらにLiOが負極上でLiを析出し、正極上でO(酸素ガス)を発生させる。負極上で析出したLiは、放電によっても正極側へ戻ることができず不可逆容量の要因となり、酸素ガスの発生は、電池を破裂させる原因となりうる。
LiMnO→MnO+Li
→LiMnO+Li(不可逆容量)+0.5O (1)
【0006】
特許文献1には、化学的な活性化方法として200℃のNHで処理された0.3LiMnO−0.7LiNi0.5Mn0.5等の正極活物質が記載されている(特許文献1の図8参照)。また、特許文献1には、リチウム金属酸化物を、硝酸を用いて処理する電極の製造方法が記載されている。
【0007】
また、特許文献2には、正極活物質の製造方法において、LiMnOからなる原料リチウム複合金属酸化物をCaH等の水素化物の存在化において、300℃または310℃で熱処理する方法が記載されている。
【0008】
非特許文献1には、0.5LiMnO・0.5LiNi0.44Co0.25Mn0.31に対して酸処理を行うことで放電容量が増加して初期の不可逆容量が減少することが記載されている。しかし、非特許文献1の手法では酸処理後にろ過と洗浄を行うためプロセスが煩雑で、さらに、正極材表面へのダメージによりサイクル特性が悪化している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許第7314682号明細書
【特許文献2】特開2010−198989号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Journal of The Electrochemical Society, 153(2006)、 A1186−A1192
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
Li−rich系正極材料の化学的な活性化方法として、還元処理および/または酸処理を用いた場合、還元処理および/または酸処理によって正極材料の表面にダメージが与えられ、サイクル特性が悪化し、さらに還元処理および/または酸処理の後に洗浄を行う必要があることから生産性が低下する問題があった。
【0012】
例えば、水素を用いてLi−rich系正極材料を還元処理した場合、正極材料の表面から引き抜いたLiによってLiOHが生成される。また、硝酸を用いてLi−rich系正極材料を酸処理した場合、正極材料の表面から引き抜いたLiによってLiNOが生成される。
【0013】
LiOHおよびLiNOが正極材料表面に残ると、電解液を分解して放電容量を低下させる。また、正極活物質を含むスラリーが凝集しやすくなるため、正極の製造が困難になる。よって、還元処理および/または酸処理を行う場合には、LiOHおよび/またはLiNOを除去するために、洗浄を行う必要がある。
【0014】
また、Li−rich系正極材料を正極として用いたリチウムイオン二次電池では、高電圧での初回充電(活性化)時に電解液の一部が分解する。分解した電解液は、正極材料中の遷移金属と接触し、正極材料中の遷移金属を徐々に電解液中に溶出させるため、充放電容量が低下する原因となる。
【0015】
本発明は、放電容量およびサイクル特性に優れ、電池内でのガスの発生を抑制できるリチウムイオン二次電池用の正極活物質の、効率的な製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は以下に示す発明である。
[1]Li元素と、Ni、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の遷移金属元素とを含む(ただし、Li元素のモル量が該遷移金属元素の総モル量に対して1.2倍超である。)リチウム含有複合酸化物の還元処理および/または酸処理を行い、つぎにNi、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の遷移金属元素を含みLi元素を含まない化合物からなる正極材前駆体とともに350〜800℃で焼成することを特徴とする、リチウムイオン二次電池用の正極活物質の製造方法。
【0017】
[2]前記還元処理が、前記リチウム含有複合酸化物と、還元性のガスまたは炭素材料とを反応させる工程である[1]に記載の正極活物質の製造方法。
[3]前記酸処理が、前記リチウム含有複合酸化物と、硝酸または有機酸とを反応させる工程である[1]に記載の正極活物質の製造方法。
[4]前記正極材前駆体が、熱分解温度が800℃以下の有機酸塩および/または有機錯体である[1]〜[3]のいずれか一項に記載の正極活物質の製造方法。
【0018】
[5]前記リチウム含有複合酸化物の還元処理および/または酸処理後の生成物が、前記リチウム含有複合酸化物よりもLi含有量の割合が少ない化合物(A)と、リチウム含有複合酸化物から引き抜かれたLiが反応した化合物(B)とを含み、正極活物質が、リチウム含有複合酸化物の表面に正極材前駆体のLi化物が偏在する化合物である[1]〜[4]のいずれか一項に記載の正極活物質の製造方法。
【0019】
[6][1]〜[5]のいずれか一項に記載の製造方法によりリチウムイオン二次電池用の正極活物質を得て、つぎに、該正極活物質と導電材とバインダーとを含む正極活物質層を正極集電体上に形成させることを特徴とするリチウムイオン二次電池用の正極の製造方法。
[7][6]に記載の製造方法によりリチウムイオン二次電池用正極を製造し、前記正極と負極と非水電解質とを用いてリチウムイオン二次電池を構成させることを特徴とするリチウムイオン二次電池の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、放電容量およびサイクル特性に優れ、電池内でのガスの発生を抑制できるリチウムイオン二次電池用の正極活物質の効率的な製造方法を提供する。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<正極活物質の製造方法>
本発明の製造方法は、Li元素と、Ni、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の遷移金属元素とを含む(ただし、Li元素のモル量が該遷移金属元素の総モル量に対して1.2倍超である。)リチウム含有複合酸化物の還元処理および/または酸処理を行い(以下、前処理工程ともいう。)、
つぎにNi、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の遷移金属元素を含みLi元素を含まない化合物からなる正極材前駆体とともに350〜800℃で焼成する(以下、焼成工程ともいう。)ことを特徴とする、リチウムイオン二次電池用の正極活物質の製造方法である。
【0022】
(リチウム含有複合酸化物)
本発明におけるリチウム含有複合酸化物における遷移金属元素の総モル量に対するLi元素の組成比(モル比)は、リチウムイオン二次電池の単位質量あたりの放電容量をより一層増加させるために1.25〜1.75であることが好ましく、1.25〜1.65であることがより好ましい。
【0023】
リチウム含有複合酸化物に含まれる遷移金属元素は、Ni、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の元素を含み、Mnを必須とすることがより好ましく、Ni、Co、およびMnを含むことが特に好ましい。また、リチウム含有複合酸化物に含まれる遷移金属元素は、Ni、Co、およびMnのみからなっていてもよく、必要に応じてNi、Co、Mn、Li以外の金属元素(以下、他の金属元素という。)を含んでいてもよい。他の金属元素としては、Cr、Fe、Al、Ti、Zr、Mo、Nb、V、Mg等が挙げられる。他の金属元素の割合は、遷移金属元素の総量(1モル)において0.001〜0.50モルが好ましく、0.005〜0.05モルがより好ましい。
【0024】
リチウム含有複合酸化物は、下記式(1)で表される化合物であることが好ましい。本発明における式(1)で表される化合物は、充放電や活性化の工程を経る前の組成である。本明細書において活性化とは、酸化リチウム(LiO)、または、リチウムおよび酸化リチウムを、リチウム含有複合酸化物から取り除くことをいう。通常の活性化方法としては、4.4Vもしくは4.6V(Li/Liの酸化還元電位との電位差として表される。)より大きな電圧で充電する電気化学的な活性化方法が挙げられる。また、硫酸、塩酸または硝酸等の酸を用いた化学反応を行うことにより、化学的な活性化方法が挙げられる。
【0025】
Li(LiMnMe)O (1)
式(1)において、Meは、Co、Ni、Cr、Fe、Al、Ti、Zr、Mo、Nb、V、Mgから選ばれる少なくとも一種の元素である。式(1)においては、0.09<x<0.3、y>0、z>0であり、0.4≦y/(y+z)≦0.8、x+y+z=1、1.2<(1+x)/(y+z)、1.9<p<2.1、0≦q≦0.1である。Meとしては、Co、Ni、およびCrが好ましく、CoおよびNiが特に好ましい。式(1)においては、0.1<x<0.25が好ましく、0.11<x<0.22がより好ましく、0.5≦y/(y+z)≦0.8が好ましく、0.55≦y/(y+z)≦0.75がより好ましい。
【0026】
式(1)で表される化合物としては、Li(Li0.13Ni0.26Co0.09Mn0.52)O、Li(Li0.13Ni0.22Co0.09Mn0.56)O、Li(Li0.13Ni0.17Co0.17Mn0.53)O、Li(Li0.15Ni0.17Co0.13Mn0.55)O、Li(Li0.16Ni0.17Co0.08Mn0.59)O、Li(Li0.17Ni0.17Co0.17Mn0.49)O、Li(Li0.17Ni0.21Co0.08Mn0.54)O、Li(Li0.17Ni0.14Co0.14Mn0.55)O、Li(Li0.18Ni0.12Co0.12Mn0.58)O、Li(Li0.18Ni0.16Co0.12Mn0.54)O、Li(Li0.20Ni0.12Co0.08Mn0.60)O、Li(Li0.20Ni0.16Co0.08Mn0.56)O、Li(Li0.20Ni0.13Co0.13Mn0.54)O、Li(Li0.22Ni0.12Co0.12Mn0.54)O、Li(Li0.23Ni0.12Co0.08Mn0.57)O、が好ましい。
【0027】
さらに式(1)で表される化合物としては、Li(Li0.16Ni0.17Co0.08Mn0.59)O、Li(Li0.17Ni0.17Co0.17Mn0.49)O、Li(Li0.17Ni0.21Co0.08Mn0.54)O、Li(Li0.17Ni0.14Co0.14Mn0.55)O、Li(Li0.18Ni0.12Co0.12Mn0.58)O、Li(Li0.18Ni0.16Co0.12Mn0.54)O、Li(Li0.20Ni0.12Co0.08Mn0.60)O、Li(Li0.20Ni0.16Co0.08Mn0.56)O、Li(Li0.20Ni0.13Co0.13Mn0.54)O、が特に好ましい。
【0028】
リチウム含有複合酸化物が式(1)で表される化合物である場合、遷移金属元素の総モル量に対するLi元素のモル量の比は、1.2<(1+x)/(y+z)であり、1.25≦(1+x)/(y+z)≦1.75が好ましく、1.25≦(1+x)/(y+z)≦1.65がより好ましい。上記の範囲であれば、単位質量あたりの放電容量を増加させることができる。
【0029】
リチウム含有複合酸化物は、粒子状であることが好ましく、平均粒子径(D50)は3〜30μmが好ましく、4〜25μmがより好ましく、5〜20μmが特に好ましい。本発明において、平均粒子径(D50)とは、体積基準で粒度分布を求め、全体積を100%とした累積カーブにおいて、その累積カーブが50%となる点の粒子径である、体積基準累積50%径を意味する。粒度分布は、レーザー散乱粒度分布測定装置で測定した頻度分布および累積体積分布曲線で求められる。粒子径の測定は、粉末を水媒体中に超音波処理などで充分に分散させて粒度分布を測定する(例えば、HORIBA社製レーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置Partica LA−950VII、などを用いる)ことで行なわれる。
【0030】
リチウム含有複合酸化物の比表面積は、0.3〜10m/gが好ましく、0.5〜5m/gが特に好ましい。該比表面積が、0.3〜10m/gである場合、容量が高く、緻密な正極を形成できる。
【0031】
リチウム含有複合酸化物の製造方法としては、共沈法により得られたリチウム含有複合酸化物の前躯体とリチウム化合物を混合して焼成する方法、水熱合成法、ゾルゲル法、乾式混合法、イオン交換法などが挙げられる。なお、リチウム含有複合酸化物中に遷移金属元素が均一に含有されると放電容量が向上するため、共沈法により得られたリチウム含有複合酸化物の前躯体(共沈組成物)とリチウム化合物とを混合して焼成する方法を用いることが好ましい。
【0032】
(前処理工程)
本発明の製造方法は、上記のリチウム含有複合酸化物に対して、還元処理および/または酸処理を行う前処理工程を有する。前処理工程により得られた生成物は、通常の場合、前記リチウム含有複合酸化物からLiが引き抜かれることによりLi含有量の割合が少ない化合物(A)(以下、化合物(A)ともいう。)と、リチウム含有複合酸化物から引き抜かれたLiが反応した化合物(B)(以下、化合物(B)ともいう。)を含む。また未反応のリチウム含有複合酸化物も含みうる。
【0033】
化合物(A)は、前処理工程によってLiが引き抜かれた化合物である。前処理工程が還元処理の場合、リチウム含有複合酸化物中の遷移金属元素の酸化物等が考えられる。前処理工程が酸処理の場合、リチウム含有複合酸化物中のLi元素が水素元素とイオン交換した化合物が考えられる。
該化合物(A)は、後述する焼成工程によって、リチウム含有複合酸化物よりもLi含有量の割合が少ないリチウム含有複合酸化物を形成しうる。
【0034】
化合物(B)としては、前処理工程を水素環元により行う場合には、LiOH、または該LiOHが大気中の二酸化炭素と反応したLiCOが考えられる。また、前処理工程が酸処理の場合、酸処理に用いた酸とLiとの塩が考えられる。
【0035】
還元処理は、還元性のガスまたは炭素材料と、リチウム含有複合酸化物とを反応させることにより行うのが好ましい。
還元性のガスとしては、水素ガス、アンモニアガス、一酸化炭素(CO)ガスから選ばれる少なくとも一種が好ましい。該還元性のガスを用いて還元処理を行うことにより、リチウム含有複合酸化物の表面を均一に還元できる。還元性のガスとしては、毒性が少なく還元性にも優れていることから、水素ガスを用いることが特に好ましい。
【0036】
炭素材料としては、アセチレンブラック、黒鉛、ケッチェンブラック、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブ等の粒子状カーボン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、デンプン、ゼラチン、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ポリアクリル酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド、ポリ酢酸ビニル、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリグリセリン等のポリマー、グルコース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、マルトース、スクロース、ラクトース、グリコーゲン、ペクチン、アルギン酸、グルコマンナン、キチン、ヒアルロン酸、コンドロイチン、アガロース、グリセリン等の多価アルコール類等が挙げられる。
【0037】
還元処理の方法は、リチウム含有複合酸化物と還元性のガス、またはリチウム含有複合酸化物と炭素材料を混合し、加熱させる方法が挙げられる。
還元性のガスには、還元性のガスと不活性ガスとの混合ガスを用いることもできる。不活性ガスとしては、窒素ガス、アルゴンガスが好ましい。混合ガスを用いる場合、混合ガス中の還元性のガスの割合は、充分な還元が実施でき、還元反応が制御しやすいため、0.3〜20質量%が好ましく、0.5〜5.5質量%がより好ましく、1〜3.5質量%が特に好ましい。
【0038】
炭素材料を用いる還元処理は、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。仮に還元処理のガス中に酸素が含まれていたとしても、十分に密閉されていれば炭素による還元効果が発揮できる。炭素材料の量は、上記のリチウム含有複合酸化物に対して5〜100質量%が好ましく、10〜80質量%がより好ましく、20〜50質量%が特に好ましい。
【0039】
還元処理における加熱温度は、還元反応を適度に制御することができることから、150〜600℃が好ましく、300〜550℃がより好ましく、400〜500℃が特に好ましい。還元処理における加熱時間は、0.1〜10時間が好ましく、0.5〜5時間がより好ましく、1〜3時間が特に好ましい。
【0040】
酸処理に用いる酸としては、硝酸または有機酸が好ましい。
酸として、硝酸または有機酸を用いた場合には、Li元素と酸との反応によりLiの硝酸塩またはLiと有機酸との塩が生成しうるが、これらの塩はLiの塩酸塩またはLiの硫酸塩等に比して不安定であり、熱により分解しやすい。したがって、後述する焼成工程において、分解により生成したLiと正極材前駆体とが容易に反応できる利点がある。
有機酸としては、酢酸(CHCOOH)、蟻酸(HCOOH)が好ましい。
【0041】
酸処理の方法としては、リチウム含有複合酸化物の粉末と、酸とを混合する方法が挙げられる。酸は、そのまま、または、水および/または水溶性溶媒によって希釈して用いることができる。
水溶性溶媒としては、水溶性アルコール、ポリオールが好ましい。
水溶性アルコールとしては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノールが挙げられる。ポリオールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ブタンジオール、グリセリンが好ましい。
【0042】
酸の希釈に水と水溶性媒体とを含む混合溶媒を用いる場合、水溶性媒体(水溶性アルコールおよび/またはポリオール)の総量は、水と水溶性媒体の全質量に対して0〜20質量%が好ましく、0〜10質量%がより好ましい。
酸処理において、酸を希釈する場合、酸の濃度は、0.01mol/L〜5mol/Lが好ましく、0.05mol/L〜2.5mol/Lがより好ましい。
酸の希釈に用いる溶媒は、水のみであることが、安全面、環境面、取扱い性、コストの点で優れているため好ましい。
【0043】
リチウム含有複合酸化物の酸処理に用いられる酸(H+)の量は、リチウム含有複合酸化物のLiのモル量に対して0.05〜1.0倍が好ましく、0.10〜0.60倍がより好ましく、0.20〜0.50倍が特に好ましい。
酸の量が上記の範囲であれば、リチウム含有複合酸化物の表面を均一に酸処理しやすく、かつリチウム含有複合酸化物の表面を酸処理する際に、リチウム含有複合酸化物が塊にならず撹拌しやすい。
【0044】
リチウム含有複合酸化物の酸処理において、リチウム含有複合酸化物粉末と、酸とを混合した後、その混合物を加熱することが好ましい。酸処理における加熱温度は、50〜90℃が好ましく、70〜90℃がより好ましい。
酸処理における加熱時間は、0.1〜24時間が好ましく、0.5〜18時間がより好ましく、1〜12時間が特に好ましい。
【0045】
(焼成工程)
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法においては、つぎにNi、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の遷移金属元素を含みLi元素を含まない化合物からなる正極材前駆体とともに350〜800℃で焼成する焼成工程を行う。
焼成工程では、還元処理および/または酸処理を行ったリチウム含有複合酸化物表面で、Liと正極材前駆体とが反応し、正極材前駆体のLi化物がリチウム含有複合酸化物表面を被覆する反応が進んでいると考えられる。該Liは、リチウム含有複合酸化物から引き抜かれたLiであり、該Liは、化合物(B)となって、または化合物(B)分解物から供給されて反応に関与すると考えられる。
【0046】
正極材前駆体は、Ni、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の遷移金属元素を含み、Li元素を含まない化合物である。
正極材前駆体としては、熱分解温度が800℃以下である有機酸塩および/または有機錯体が好ましい。熱分解温度が800℃以下である正極材前駆体は、焼成工程における350〜800℃の焼成によって速やかに熱分解して、リチウム含有複合酸化物から引き抜かれたLi元素と反応するため、効率よく生成物を生成できる。
【0047】
熱分解温度が800℃以下である有機酸塩または有機錯体としては、ニッケル、マンガン、コバルトから選ばれる少なくとも一種の遷移金属と、クエン酸塩、グリコール酸塩、乳酸塩、リンゴ酸塩、酒石酸塩、グルコン酸塩、シュウ酸塩、マロン酸塩、コハク酸塩、グルタル酸塩、アジピン酸塩、マレイン酸塩、酢酸塩、ギ酸塩、プロピオン酸塩から選ばれる少なくとも一種の有機酸の塩または錯体が好ましい。前記遷移金属としてニッケル、マンガン、コバルトを用いることで、電気化学的に活性な被覆層が得られる。有機酸として上記化合物を用いることで、水への溶解性が高く、熱分解しやすい塩または錯体となる。正極材前駆体としては、酢酸マンガン、酢酸ニッケル、酢酸コバルト、クエン酸ニッケルがより好ましい。
【0048】
正極材前駆体は、前処理工程の生成物と混合された状態で加熱される。正極材前駆体は、水溶性であることが好ましい。正極材前駆体が水溶性である場合、焼成工程において、正極材前駆体を含む水溶液と、前処理工程の生成物とを混合することにより、これらを容易に均一に混合できる。このことによって、リチウム含有複合酸化物が均一に被覆されるように、正極材前駆体のLi化物が生成される。
【0049】
焼成工程における焼成温度は、350〜800℃である。前記の範囲内で正極材前駆体の熱分解温度や、リチウム含有複合酸化物の種類などに応じて決定することができる。焼成温度が350℃以上であるので、化合物(B)と、正極材前駆体との反応を促進させることができ、効率よく正極材前駆体のLi化物を生成できると考えられる。また、焼成温度が800℃以下であるので、焼成工程を行うことによってリチウム含有複合酸化物の表面積が減少することによる放電容量の低下を抑制できる。焼成温度は350〜650℃がより好ましく、450〜650℃が特に好ましい。
焼成時間は、0.1〜24時間が好ましく、0.5〜18時間がより好ましく、1〜12時間が特に好ましい。
【0050】
リチウム含有複合酸化物を被覆する正極材前駆体のLi化物の量(被覆量:前処理工程前のリチウム含有複合酸化物に含まれる遷移金属元素合計と、正極材前駆体に含まれる遷移金属元素合計とのモル比)は、0.01〜0.2が好ましい。被覆量は仕込み量に基づいて算出することができる。被覆量が0.01以上である場合、得られた正極活物質を用いた正極を備えるリチウムイオン二次電池において、正極活物質中の遷移金属が電解液中に溶出することをより効果的に抑制できる。被覆量が0.2以下である場合、リチウム含有複合酸化物に含まれるLi元素量が充分に確保されているため、得られた正極活物質を用いた正極を備えるリチウムイオン二次電池が、単位質量あたりの放電容量に優れたものとなる。被覆量は0.015〜0.15がより好ましく、0.02〜0.1が特に好ましい。
【0051】
本発明の製造方法においては、上記リチウム含有複合酸化物の還元処理および/または酸処理を行う前処理工程より前記リチウム含有複合酸化物からLi元素が引き抜かれる。つぎに、上記正極材前駆体と混合して焼成することにより、リチウム含有複合酸化物の表面から引き抜かれたLiと、正極材前駆体とが反応して、リチウム含有複合酸化物の表面に、正極材前駆体のLi化物が偏在する化合物が形成されると考えられる。
【0052】
「偏在」とは、正極材前駆体とLi元素とが反応した正極材前駆体のLi化物が、リチウム含有複合酸化物の中心よりも表面に多く含まれていることをいう。該正極材前駆体のLi化物がリチウム含有複合酸化物の表面に偏在していることは、例えば、正極活物質を切断した後に断面を研磨し、X線マイクロアナライザー分析法(EPMA)で元素マッピングを行うことにより評価することができる。該評価方法によって、正極材前駆体のLi化物がリチウム含有複合酸化物の中心(ここで、中心とは、リチウム含有複合酸化物の表面に接していない部分をいい、表面からの平均距離が最長である部分であるのが好ましい。)に対して、表面から100nmの範囲により多く存在することが確認できる。
【0053】
本発明の製造方法における反応メカニズムとしては、それぞれ以下のように考えられる。ただし、MはNi、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の遷移金属元素である。
(1)水素で還元処理を行い、正極材前駆体として酢酸マンガンを用いた場合の反応メカニズム;
リチウム含有複合酸化物の表面で、下式(2)および下式(3)に示す反応により、LiOHが生成する。
2LiMnO+H→2LiMnO+2LiOH (2)
2LiMO+H→2MO+2LiOH (3)
【0054】
つぎに正極材前駆体として酢酸マンガンを用いる焼成工程を行うと、前処理工程で生成したLiOHと、酸素および酢酸マンガンとが反応する。これにより、下式(4)に示す反応により、LiMnが生成する。よってリチウム含有複合酸化物表面にLiMnが偏在した正極材料が得られると考えられる。
2LiOH+18.5O+4Mn(CHCOOH)→2LiMn+16CO+13HO (4)
【0055】
(2)硝酸で酸処理を行い、正極材前駆体として酢酸マンガンを用いた場合の反応メカニズム;
リチウム含有複合酸化物表面では下式(5)に示す反応にしたがってLiNOが生成する。
LiMnO+LiMO+3HNO
→3LiNO+HMnO+HMO(5)
【0056】
つぎに正極材前駆体として酢酸マンガンを用いる上記焼成工程を行うと、前処理工程で生成したLiOHと、酸素および酢酸マンガンとが反応する。これにより、下式(6)に示す反応にしたがってLiMnが生成する。よってリチウム含有複合酸化物表面にLiMnが偏在する正極材料が得られると考えられる。
LiNO+6.5O+2Mn(CHCOOH)→LiMn+NO+8CO+6HO (6)
【0057】
本発明の製造方法によれば、正極活物質が電気化学的に活性なLiMnによって被覆されたものとなるため、被覆による容量低下を防ぐことができる。また、LiMnは安定性が高いためサイクル特性が向上する。
正極材前駆体として酢酸マンガンおよび酢酸ニッケルを用いた場合には、焼成工程を行うことによりLiNi0.5Mn1.5が生成する。正極活物質が電気化学的に活性なLiNi0.5Mn1.5によって被覆されたものとなるため、被覆による容量低下を防ぐことができる。また、LiNi0.5Mn1.5は安定性が高いためサイクル特性が向上する。
【0058】
正極材前駆体として酢酸ニッケル、酢酸コバルト、またはクエン酸ニッケルを用いた場合、焼成工程を行うことにより、LiNiOまたはLiCoOが生成する。正極活物質が電気化学的に活性なLiNiOまたはLiCoOによって被覆されるため、被覆を行っても容量が大きく低下しない。
【0059】
本発明の正極活物質の製造方法においては、前処理工程における生成物を、焼成工程において反応に利用することで、最終生成物中に不純物として残余するのを防ぐこともできる。
よって、本発明の正極活物質の製造方法においては、リチウム含有複合酸化物の酸処理および/または還元処理を行う前処理工程後に洗浄等の精製工程を行う必要はない。本発明の製造方法において、正極活物質を効率よく生産できることから、洗浄等の精製工程は含まないことが好ましい。
【0060】
また、本発明の正極活物質の製造方法によって得られた正極活物質は、焼成工程の生成物がリチウム含有複合酸化物の表面に偏在する。該生成物は、電解液に対してリチウム含有複合酸化物よりも安定であるため、正極活物質中の遷移金属が電解液中に溶出することを抑制することができる。また、これを用いた正極を備えるリチウムイオン二次電池は、サイクル特性に優れる。
【0061】
<正極>
本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、上記の正極活物質、導電材、およびバインダーを含む。なお、上記の正極活物質に含まれるリチウム含有複合酸化物は、活性化前の正極に含まれるリチウム含有複合酸化物を構成するものである。
リチウムイオン二次電池用正極は、正極集電体上(正極表面)に、本発明の正極活物質を含有する正極活物質層が形成されてなる。リチウムイオン二次電池用正極は、例えば、本発明の正極活物質、導電材およびバインダーを、溶媒に溶解させるか、分散媒に分散させるか、又は溶媒と混練することによって、スラリー又は混錬物を調製し、調製したスラリー又は混錬物を正極集電板に塗布等により担持させることによって、製造できる。
【0062】
導電材としては、アセチレンブラック、黒鉛、ケッチェンブラックなどのカーボンブラック等が挙げられる。
バインダーとしては、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素系樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン、スチレン・ブタジエンゴム、イソプレンゴム、ブタジエンゴム等の不飽和結合を有する重合体およびその共重合体、アクリル酸共重合体、メタクリル酸共重合体等のアクリル酸系重合体およびその共重合体等が挙げられる。
【0063】
<リチウムイオン二次電池>
本発明のリチウムイオン二次電池は、正極と負極と非水電解質とを含み、活性化前の正極が、上記のリチウムイオン二次電池用正極であるものである。
負極は、負極集電体上に、負極活物質を含有する負極活物質層が形成されてなる。例えば、負極活物質を有機溶媒と混錬することによってスラリーを調製し、調製したスラリーを負極集電体に塗布、乾燥、プレスすることによって、製造することができる。
【0064】
負極集電板としては、例えばニッケル箔、銅箔等の金属箔を用いることができる。
負極活物質としては、リチウムイオンを吸蔵、放出可能な材料であればよく、例えば、リチウム金属、リチウム合金、リチウム化合物、炭素材料、周期表14、15族の金属を主体とする酸化物、炭素化合物、炭化ケイ素化合物、酸化ケイ素化合物、硫化チタンおよび炭化ホウ素化合物等を用いることができる。
【0065】
リチウム合金およびリチウム化合物としては、リチウムと、リチウムと合金あるいは化合物を形成可能な金属とにより構成されるリチウム合金およびリチウム化合物を用いることができる。
炭素材料としては、例えば、難黒鉛化性炭素、人造黒鉛、天然黒鉛、熱分解炭素類、ピッチコークス、ニードルコークス、石油コークス等のコークス類、グラファイト類、ガラス状炭素類、フェノール樹脂やフラン樹脂等を適当な温度で焼成し炭素化した有機高分子化合物焼成体、炭素繊維、活性炭、カーボンブラック類等を用いることができる。
周期表14族の金属としては、例えば、ケイ素あるいはスズであり、最も好ましくはケイ素である。また、比較的低い電位でリチウムイオンを吸蔵、放出可能な材料であれば、例えば、酸化鉄、酸化ルテニウム、酸化モリブデン、酸化タングステン、酸化チタン、酸化スズ等の酸化物およびその他の窒化物等も同様に用いることができる。
【0066】
非水電解質としては、非水溶媒に電解質塩を溶解させた非水電解液を用いることが好ましい。
非水電解液としては、有機溶媒と電解質とを適宜組み合わせて調製されたものを用いることができる。有機溶媒としては、この種の電池に用いられるものであればいずれも使用可能であり、例えば、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、1,2−ジメトキシエタン、1,2−ジエトキシエタン、γ−ブチロラクトン、ジエチルエーテル、スルホラン、メチルスルホラン、アセトニトリル、酢酸エステル、酪酸エステル、プロピオン酸エステル等を用いることができる。特に、電圧安定性の点からは、プロピレンカーボネート等の環状カーボネート類、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート等の鎖状カーボネート類を使用することが好ましい。また、このような有機溶媒は、1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を混合して用いてもよい。
【0067】
また、その他、非水電解質として、電解質塩を含有させた固体電解質、高分子電解質、高分子化合物などに電解質を混合または溶解させた固体状もしくはゲル状電解質等を用いることができる。
固体電解質としては、リチウムイオン伝導性を有する材料であればよく、例えば、無機固体電解質および高分子固体電解質のいずれをも用いることができる。
【0068】
無機固体電解質としては、窒化リチウム、ヨウ化リチウム等を用いることができる。
高分子固体電解質としては、電解質塩と該電解質塩を溶解する高分子化合物を用いることができる。そして、この高分子化合物としては、ポリ(エチレンオキサイド)や同架橋体などのエーテル系高分子、ポリ(メタクリレート)エステル系、アクリレート系等を、単独あるいは分子中に共重合、または混合して用いることができる。
【0069】
ゲル状電解質のマトリックスとしては、上記の非水電解液を吸収してゲル化するものであればよく、種々の高分子を用いることができる。また、ゲル状電解質に用いられる高分子材料としては、例えば、ポリ(ビニリデンフルオロライド)、ポリ(ビニリデンフルオロライド−co−ヘキサフルオロプロピレン)などのフッ素系高分子等を使用することができる。また、ゲル状電解質に用いられる高分子材料としては、例えば、ポリアクリロニトリルおよびポリアクリロニトリルの共重合体を使用することができる。また、ゲル状電解質に用いられる高分子材料としては、例えば、ポリエチレンオキサイドおよびポリエチレンオキサイドの共重合体、同架橋体などのエーテル系高分子を使用することができる。共重合モノマーとしては、例えば、ポリプロピレンオキサイド、メタクリル酸メチル、メタクリル酸ブチル、アクリル酸メチル、アクリル酸ブチル等を挙げることができる。
また、酸化還元反応に対する安定性の観点により、上記した高分子のうち、特にフッ素系高分子を用いることが好ましい。
【0070】
上記したような各種の電解質中で用いられる電解質塩は、この種の電池に用いられるものであればいずれも使用可能である。電解質塩としては、例えば、LiClO、LiPF、LiBF、CHSOLi、LiCl、LiBr等を用いることができる。
本発明のリチウムイオン二次電池の形状は、コイン型、シート状(フィルム状)、折り畳み状、巻回型有底円筒型、ボタン型等の形状を、用途に応じて適宜選択することができる。
【0071】
本発明のリチウムイオン二次電池は、活性化(初回充電)してから用いられる。本発明のリチウムイオン二次電池においては、活性化(初回充電)を行うことにより、正極の正極活物質に含まれるLiMnOからLiMnOを生成する。活性化により生成されたLiMnOは、活性化前の正極に含まれるLiMOとともに、充電時にLiを放出し、放電時に吸収する。
【0072】
このように、本発明のリチウムイオン二次電池では、正極に含まれるLi元素のモル量が遷移金属元素の総モル量に対して1.2倍超であり、活性化により生成されたLiMnOを、活性化前の正極に含まれるLiMOとともに充放電において用いて、正極と負極との間でLiを移動させる。このことにより、本発明のリチウムイオン二次電池は、放電容量およびサイクル特性に優れたものとなる。
【実施例】
【0073】
<リチウム含有複合酸化物の合成>
硫酸ニッケル(II)六水和物(140.6g)、硫酸コバルト(II)七水和物(131.4g)、硫酸マンガン(II)五水和物(482.2g)に蒸留水(1245.9g)を加えて均一に溶解させて原料溶液とする。硫酸アンモニウム(79.2g)に蒸留水(320.8g)を加えて均一に溶解させてアンモニア源溶液とする。硫酸アンモニウム(79.2g)に蒸留水(1920.8g)を加えて均一に溶解させて母液とする。水酸化ナトリウム(400g)に蒸留水(600g)を加えて均一に溶解させてpH調整液とする。
【0074】
2Lのバッフル付きガラス製反応槽に母液を入れてマントルヒーターで50℃に加熱し、pHが11.0となるようにpH調整液を加える。反応槽内の溶液をアンカー型の撹拌翼で撹拌しながら原料溶液を5.0g/分、アンモニア源溶液を1.0g/分の速度で添加し、ニッケル、コバルト、マンガンの複合水酸化物を析出させる。原料溶液を添加している間、反応槽内のpHを11.0に保つようにpH調整溶液を添加する。また、析出した水酸化物が酸化しないように反応槽内に窒素ガスを流量0.5L/分で流す。また、反応槽内の液量が2Lを超えないように連続的に液の抜き出しを行う。
【0075】
得られたニッケル、コバルト、マンガンの複合水酸化物から不純物イオンを取り除くため、加圧ろ過と蒸留水への分散を繰返して洗浄する。ろ液の電気伝導度が25μS/cmとなった時点で洗浄を終了し、120℃で15時間乾燥させて前駆体とする。
ICP(高周波誘導結合プラズマ)で前駆体のニッケル、コバルト、マンガンの含有量を測定すると、それぞれ11.6質量%、10.5質量%、42.3質量%となる(モル比でニッケル:コバルト:マンガン=0.172:0.156:0.672)。
【0076】
この前駆体(20g)とリチウム含有量が26.9mol/kgの炭酸リチウム(12.6g)とを混合して、酸素含有雰囲気下800℃で12時間焼成し、実施例のリチウム含有複合酸化物を得る。得られた実施例のリチウム含有複合酸化物の組成はLi(Li0.2Ni0.137Co0.125Mn0.538)Oとなる。実施例のリチウム含有複合酸化物の平均粒子径D50は5.3μmであり、BET(Brunauer,Emmett,Teller)法を用いて測定した比表面積は4.4m/gとなる。
【0077】
(実施例1)
<前処理工程>
実施例のリチウム含有複合酸化物(15g)をセラミック製ボートに乗せて、内径φ10cmの環状炉に入れる。Hガスを3質量%含むNガスを流量0.3L/分で流しながら、460℃で3時間加熱する表1に示す水素ガス処理を還元処理(前処理工程)として行い、前処理工程を行うことによりLi含有量の割合が少ない化合物(A1)と、Liを含む化合物(B1)とを含む実施例1の処理物(1)を得る。
【0078】
【表1】

【0079】
<焼成工程>
次いで、表1に示す正極材前駆体である酢酸マンガン・4水和物(化学式:Mn(CHCOO)・4HO、分子量:245.09)(7.2g)を、蒸留水(17.8g)に溶解してpH7.0の酢酸Mn水溶液を調製する。
次に、調製した酢酸Mn水溶液(2.4g)を、撹拌している実施例1の処理物(1)(10g)に噴霧して混合し、酸素含有雰囲気下で、表1に示す熱処理温度で3時間焼成する焼成工程を行い、実施例1の正極活物質を得る。
【0080】
(実施例2)
表1に示す正極材前駆体として、酢酸マンガン・四水和物(化学式:Mn(CHCOO)・4HO、分子量:245.09)と、酢酸ニッケル・四水和物(化学式:Ni(CHCOO)・4HO、分子量:248.84)とを3:1の割合(モル比)で混合した混合物を用い、この混合物(7.23g)を蒸留水(17.77g)に溶解してpH6.9の酢酸Mn酢酸Ni水溶液を調製する。
その後、酢酸Mn水溶液に代えて酢酸Mn酢酸Ni水溶液を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例2の正極活物質を得る。
【0081】
(実施例3)
表1に示す正極材前駆体として、クエン酸(6.28g)、ニッケル粉(1.72g)、蒸留水(18g)を50℃で24時間撹拌してpH4.1のクエン酸ニッケル水溶液を調製する。
その後、酢酸Mn水溶液に代えてクエン酸ニッケル水溶液を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例3の正極活物質を得る。
【0082】
(実施例4)
表1に示す正極材前駆体として、酢酸コバルト・四水和物(化学式:Co(CHCOO)・4HO、分子量:249.08)(7.32g)を蒸留水(17.68g)に溶解してpH6.9の酢酸コバルト水溶液を調製する。
その後、酢酸Mn水溶液に代えて酢酸コバルト水溶液を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例4の正極活物質を得る。
【0083】
(実施例5)
還元処理において用いたHガスを3質量%含むNガスに代えて、NHガスを3質量%含むNガスを用いたこと以外は実施例1と同様にして、実施例5の正極活物質を得る。
【0084】
(実施例6)
還元処理において用いたHガスを3質量%含むNガスに代えて、COガスを3質量%含むNガスを用いたこと以外は実施例1と同様にして、実施例6の正極活物質を得る。
【0085】
(実施例7)
実施例のリチウム含有複合酸化物(15g)と酢酸(2.53g)と蒸留水(7.47g)とを混合し、密閉容器中で90℃17時間保持する表1に示す酢酸処理を酸処理(前処理工程)として行い、前処理工程を行うことによりLi含有量の割合が少ない化合物(A2)と、Liを含む化合物(B2)とを含む実施例7の処理物(2)を得る。
なお、前処理工程前のリチウム含有複合酸化物中のLiと酢酸とのモル比(Li/酢酸)は0.20mol/molとする。
【0086】
次いで、実施例1と同じMn水溶液(3.6g)を、撹拌している実施例7の処理物(2)に噴霧して混合し、120℃で加熱して水を蒸発させた後、実施例1と同様にして熱処理する焼成工程を行い、実施例7の正極活物質を得る。
【0087】
(実施例8)
実施例のリチウム含有複合酸化物(15g)と1N硝酸42.2mlとを混合し、密閉容器中で90℃17時間保持する表1に示す硝酸処理を酸処理(前処理工程)として行い、前処理工程を行うことによりLi含有量の割合が少ない化合物(A3)と、Liを含む化合物(B3)とを含む実施例8の処理物(3)を得る。
なお、前処理工程前のリチウム含有複合酸化物中のLiと硝酸とのモル比(Li/硝酸)は0.20mol/molとする。
【0088】
次いで、実施例1と同じMn水溶液(3.6g)を、撹拌している実施例8の処理物(3)に噴霧して混合し、120℃で加熱して水を蒸発させた後、酸素含有雰囲気下で、表1に示す熱処理温度で3時間焼成する焼成工程を行い、実施例8の正極活物質を得る。
【0089】
(比較例1)
実施例1の処理物(1)を比較例1の正極活物質とする。
(比較例2)
焼成工程における熱処理温度を表1に示す熱処理温度としたこと以外は実施例1と同様にして、比較例2の正極活物質を得る。
(比較例3)
比較例1の正極活物質を水で洗浄してろ過したものを比較例3の正極活物質とする。
【0090】
(比較例4)
実施例7の処理物(2)を水で洗浄してろ過し、300℃で3時間焼成する熱処理を行い、比較例4の正極活物質とする。
(比較例5)
実施例8の処理物(3)を水で洗浄してろ過し、300℃で3時間焼成する熱処理を行い、比較例5の正極活物質とする。
【0091】
(比較例6)
実施例のリチウム含有複合酸化物に対して前処理工程を行わず、比較例6の正極活物質とする。
【0092】
(比較例7)
焼成工程における熱処理温度を表1に示す熱処理温度としたこと以外は実施例1と同様にして、比較例7の正極活物質を得る。
(比較例8)
焼成工程における熱処理温度を表1に示す熱処理温度としたこと以外は実施例7と同様にして、比較例8の正極活物質を得る。
【0093】
このようにして得られた実施例1〜実施例8および比較例1〜比較例8の正極活物質の被覆量を表1に示す。なお、表1に示す被覆量とは、前処理工程前のリチウム含有複合酸化物に含まれる遷移金属元素合計と、正極材前駆体に含まれる遷移金属元素合計とのモル比である。
【0094】
<正極体シートの作製>
正極活物質として、実施例1〜実施例8および比較例1〜比較例8の正極活物質をそれぞれ用い、正極活物質とアセチレンブラック(導電材)とポリフッ化ビニリデン(バインダー)を12.1質量%含むポリフッ化ビニリデン溶液(溶媒N−メチルピロリドン)を混合し、さらにN−メチルピロリドンを添加してスラリーを作製する。正極活物質と、アセチレンブラックと、ポリフッ化ビニリデンは質量比で80/12/8とする。スラリーを厚さ20μmのアルミニウム箔(正極集電体)にドクターブレードを用いて片面塗工する。120℃で乾燥し、ロールプレス圧延を2回行うことによりリチウム電池用の正極となる実施例1〜実施例8および比較例1〜比較例8の正極体シートを作製する。
【0095】
このようにして得られる実施例1〜実施例8および比較例1〜比較例8の正極体シートの製造性(電極化)を調べる。その結果を表1に示す。電極化の評価は、正極体シート化できたものを○、スラリーが凝集して正極体シート化できなかったものを×とする。
【0096】
<電池の組み立て>
実施例1〜実施例8および比較例1〜比較例8の正極体シートを打ち抜いたものを正極に用い、厚さ500μmの金属リチウム箔を負極に用い、負極集電体に厚さ1mmのステンレス板を使用し、セパレータには厚さ25μmの多孔質ポリプロピレンを用い、さらに電解液には、濃度1(mol/dm)のLiPF/EC(エチレンカーボネート)+DEC(ジエチルカーボネート)(1:1)溶液(LiPFを溶質とするECとDECとの体積比(EC:DEC=1:1)の混合溶液を意味する。)を用いてステンレス製簡易密閉セル型の実施例1〜実施例8および比較例1〜比較例8のリチウム電池をアルゴングローブボックス内で組み立てる。
【0097】
<初期容量の評価><サイクル特性の評価>
このようにして得られた実施例1〜実施例8および比較例1〜比較例8のリチウム電池について、25℃にて電池評価を行う。
正極活物質(1g)につき150mAの負荷電流で4.8Vまで充電し、正極活物質(1g)につき37.5mAの負荷電流にて2.5Vまで放電する。4.8〜2.5Vにおける正極活物質の放電容量を4.8V初期容量とする。続いて正極活物質1gにつき150mAの負荷電流で4.3Vまで充電し、正極活物質1gにつき37.5mAの負荷電流にて2.5Vまで放電する。
【0098】
このような充放電を行った実施例1〜実施例8および比較例1〜比較例8のリチウム電池について、引き続き充放電正極活物質(1g)につき200mAの負荷電流で4.5Vまで充電し、正極活物質(1g)につき100mAの負荷電流にて2.5Vまで放電する充放電サイクルを100回繰返す。4.5V充放電サイクル1回目の放電容量を4.5V初期容量とする。4.5V充放電サイクル100回目の放電容量を4.5V充放電サイクル1回目の放電容量で割った値をサイクル維持率とする。
【0099】
実施例1〜実施例8および比較例1〜比較例8のリチウム電池の4.8V初期容量、4.5V初期容量、サイクル維持率を表1に示す。
なお、表1において、4.8V初期容量(不可逆容量)は、80%以上である場合を○、80%未満である場合を×と評価する。また、4.5V初期容量(初期容量)は、200mAh/g以上である場合を○、200mAh/g未満である場合を×と評価する。また、サイクル維持率は、70%以上である場合を○、70%未満である場合を×と評価する。
【0100】
表1に示すように、実施例1〜実施例8のリチウム電池は、全ての評価項目が○となる。
これに対し、比較例1のリチウム電池は、水素ガス処理によって生成されたLiOHによってスラリーが凝集して正極体シート化できなかったため、電極化が×となっている。このため、比較例1のリチウム電池では、4.8V初期容量、4.5V初期容量、サイクル維持率の評価ができない。
【0101】
また、比較例2のリチウム電池は、焼成工程における熱処理温度が低く、リチウム含有複合酸化物から引き抜かれたLi元素と、正極材前駆体との反応が不充分となり、生成物の生成が不足するため、4.8V初期容量およびサイクル特性が×となる。
【0102】
また、比較例3〜比較例5のリチウム電池は、いずれも処理物を水で洗浄してろ過した正極活物質を用いる場合の例である。比較例3〜比較例5のリチウム電池は、比較例1と同様に、焼成工程を行わないが、比較例1と異なり、リチウム含有複合酸化物を水で洗浄してろ過するので、電極化は○となる。しかし、比較例3〜比較例5のリチウム電池は、焼成工程を行わないため、サイクル特性が×となる。
【0103】
また、比較例6のリチウム電池は、前処理工程および焼成工程を行わないので、4.8V初期容量およびサイクル特性が×となる。
また、比較例7および比較例8のリチウム電池は、焼成工程における熱処理温度が高く、焼成工程を行うことによってリチウム含有複合酸化物の表面積が減少するため、4.5V初期容量が×となる。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明によれば、小型・軽量であり、単位質量あたりの放電容量が高く、かつサイクル特性および生産性に優れ、電池内でのガスの発生を抑制できるリチウムイオン二次電池用の正極活物質を得ることができる。該正極活物質は、携帯電話等の電子機器、車載用の二次電池として利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Li元素と、Ni、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の遷移金属元素とを含む(ただし、Li元素のモル量が該遷移金属元素の総モル量に対して1.2倍超である。)リチウム含有複合酸化物の還元処理および/または酸処理を行い、
つぎにNi、Co、およびMnから選ばれる少なくとも一種の遷移金属元素を含みLi元素を含まない化合物からなる正極材前駆体とともに350〜800℃で焼成することを特徴とする、リチウムイオン二次電池用の正極活物質の製造方法。
【請求項2】
前記還元処理が、前記リチウム含有複合酸化物と、還元性のガスまたは炭素材料とを反応させる工程である請求項1に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項3】
前記酸処理が、前記リチウム含有複合酸化物と、硝酸または有機酸とを反応させる工程である請求項1に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項4】
前記正極材前駆体が、熱分解温度が800℃以下の有機酸塩および/または有機錯体である請求項1〜3のいずれか一項に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項5】
前記リチウム含有複合酸化物の還元処理および/または酸処理後の生成物が、前記リチウム含有複合酸化物よりもLi含有量の割合が少ない化合物(A)と、リチウム含有複合酸化物から引き抜かれたLiが反応した化合物(B)とを含み、正極活物質が、リチウム含有複合酸化物の表面に正極材前駆体のLi化物が偏在する化合物である請求項1〜4のいずれか一項に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の製造方法によりリチウムイオン二次電池用の正極活物質を得て、つぎに、該正極活物質と導電材とバインダーとを含む正極活物質層を正極集電体上に形成させることを特徴とするリチウムイオン二次電池用の正極の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の製造方法によりリチウムイオン二次電池用正極を製造し、前記正極と負極と非水電解質とを用いてリチウムイオン二次電池を構成させることを特徴とするリチウムイオン二次電池の製造方法。

【公開番号】特開2012−169066(P2012−169066A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−27219(P2011−27219)
【出願日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】