説明

リチウムイオン濃度計及びリチウムイオン濃度の測定方法、リチウムイオン濃度測定用の電極

【課題】リチウムイオン濃度の測定感度及び測定精度の向上を可能としたリチウムイオン濃度計及びリチウムイオン濃度の測定方法、リチウムイオン濃度測定用の電極を提供する。
【解決手段】被検液中のリチウムイオン濃度を測定するリチウムイオン濃度計であって、前記被検液を保持する保液材を両側から挟むように配置される一対の電極と、前記一対の電極間に電圧を印加する電圧印加手段と、前記一対の電極間を流れる電流を測定する電流測定手段と、を備え、前記一対の電極の各々は、電荷の授受に伴ってリチウムイオンを放出し又は吸収する活物質層と、前記活物質層の第1の面側に設けられ、複数種類のイオンの中からリチウムイオンを選択的に伝導させるリチウムイオン伝導層と、をそれぞれ有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン濃度計及びリチウムイオン濃度の測定方法、リチウムイオン濃度測定用の電極等に関する。
【背景技術】
【0002】
炭酸リチウム剤は双極性障害(躁鬱病)の、特に躁状態の治療薬として臨床に広く用いられている。しかし、炭酸リチウム剤は薬効域と中毒域が近接している。即ち、血清中のリチウム濃度が0.5〜1.5ミリモル/Lにおいて薬効が発現し、2.0ミリモル/Lを超えると中毒に陥る。このため、投与量が少しでも過剰になると直ぐに中毒に陥ってしまうという。従って、炭酸リチウム剤の投与期間中は生物学的液体(例えば、血清、血漿、尿、髄液又は全血液)、特に血清や全血液中のリチウム濃度の注意深い監視が必要とされる。全血液とは、血液そのもののことをいう。
【0003】
また、現代のPOCT(Point of Care Testing)の要請、即ち、患者のベッドサイドや救急現場など、あらゆる場所で迅速で簡便に、精度の高い診断ができる検査の要請から、このような薬物としてのリチウム濃度の監視方法も迅速且つ簡便なものが必然的に求められている。また、その監視装置も小型且つ高精度なものが必然的に求められている。
【0004】
さらに、生物学的液体の中にはリチウムイオンの他にも様々なイオンが溶解している。例えば、ナトリウムイオンは典型的に130−150ミリモル/L程度存在している。リチウム濃度測定には、ナトリウムイオンなどの共存イオンによる妨害を解消すべく、高いリチウム選択性が要求される。
現在、生物学的液体中のリチウム濃度を定量する測定方法としては、原子吸光法、炎光法、比色法、及び電極法が用いられている。原子吸光法や炎光法は原子による光吸収もしくは発光を波長選択的にモニターする方法で、リチウムを選択的に検出することができ、検出下限、測定精度ともに優れているが、装置が大掛かりで高価である。
【0005】
一方、比色法は基材に塗布したリチウムと選択的に反応する色素の呈色により、リチウム濃度を判定する方法であり、装置を極めて小型化できるうえに付着した血液と共に廃棄できるという長所があるが、リチウム選択性、検出下限や測定精度が劣る。
電極法は、リチウムイオン選択電極を用いて液中リチウム濃度に応じた電位変化を検出する方法である。比色法に比べて検出下限や測定精度が高く、装置の小型化が可能である(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2003−529077号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、電極法でモニターする電位変化は、液中のリチウム濃度そのものではなく、リチウム濃度の対数に比例するため、測定感度及び測定精度の点で不利である。
そこで、本発明は、リチウムイオン濃度の測定感度及び測定精度の向上を可能としたリチウムイオン濃度計及びリチウムイオン濃度の測定方法、リチウムイオン濃度測定用の電極の提供を目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様に係る被検液中のリチウムイオン濃度を測定するリチウムイオン濃度計であって、前記被検液を保持する保液材を両側から挟むように配置される一対の電極と、前記一対の電極間に電圧を印加する電圧印加手段と、前記一対の電極間を流れる電流を測定する電流測定手段と、を備え、前記一対の電極の各々は、電荷の授受に伴ってリチウムイオンを放出し又は吸収する活物質層と、前記活物質層の第1の面側に設けられ、複数種類のイオンの中からリチウムイオンを選択的に伝導させるリチウムイオン伝導層と、を有することを特徴とする。
【0009】
このような構成であれば、一対の電極が各々有するリチウムイオン伝導層を保液材にそれぞれ接触させ、この状態で一対の電極間に電圧を印加することができる。このとき、保液材が保持する被検液中にリチウムイオンが含まれていれば、当該リチウムイオンはリチウムイオン伝導層中を移動して活物質層に到達し、活物質層での電気化学反応に寄与するため、電流が流れる。一方で、被検液中にリチウムイオン以外の他のイオン(例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム等のミネラルイオンや、アニオン)はリチウムイオン伝導層中を移動することができないため、活物質層に到達することができず、活物質層での電気化学反応に寄与しない。
【0010】
つまり、被検液からリチウムイオン伝導層中を移動して(即ち、拡散して)活物質層に到達したリチウムイオンが当該活物質層での電気化学反応に寄与し、その結果、電流が流れる。この電流の大きさは、被検液中のリチウムイオン濃度に比例するため、この電流の測定値に基づいて被検液中のリチウムイオン濃度を求めることができる。従来の技術と比較して、対数に依存した測定方法ではないため、リチウムイオン濃度の測定感度及び測定精度の向上が可能である。なお、「電極」としては、例えば、後述のリチウムイオン選択電極10が該当する。「電圧印加手段」としては、例えば、後述の電源21が該当する。「電流測定手段」としては、例えば、後述の電流計22が該当する。
【0011】
また、上記のリチウムイオン濃度計において、前記一対の電極の各々は、前記活物質層の前記第1の面と対向する第2の面側に設けられた集電層、をさらに有することを特等としてもよい。このような構成であれば、集電層を介して活物質層の第2の面側に電圧を印加することができる。また、当該第2の面側において電流の通路を確保することができる。
【0012】
また、上記のリチウムイオン濃度計において、前記活物質層はリチウムイオン伝導体を含み、前記リチウムイオン伝導体を含む前記活物質層と前記リチウムイオン伝導層は、焼結により一体に形成されていることを特徴としてもよい。このような構成であれば、リチウムイオン伝導層から活物質層に至るリチウムイオンの経路は、空隙が少なく、被検液が侵入し難い連続した層となるため、リチウムイオンの伝導性の向上が可能である。また、焼結によって形成されたセラミック(即ち、焼結により一体に形成された活物質層1とリチウムイオン伝導層2)は、耐湿、耐熱性が高く、被検液に溶け難いだけでなく、高温加熱やオートクレーブ中での滅菌・洗浄が可能となる。被検液を測定後、滅菌・洗浄を行うことにより再利用が可能であるため、医療現場に極めて好適である。
また、上記のリチウムイオン濃度計において、前記活物質層は導電物質をさらに含む、ことを特徴としてもよい。このような構成であれば、活物質層と集電層との間で電子の授受が容易になる。電子伝導性の向上を図ることができる。
【0013】
また、上記のリチウムイオン濃度計において、前記一対の電極を格納するホルダー、をさらに備え、前記ホルダーは、基体と、前記基体の第1の面側に取り付けられた第1のリード材と、前記基体の前記第1の面と対向する第2の面側に取り付けられた第2のリード材と、を有し、前記基体には、当該基体の前記第1の面から前記第2の面にかけて貫通した開口部が設けられており、前記開口部内に前記一対の電極が配置された状態で、前記第1のリード材は前記一対の電極のうちの第1の電極に接触し、且つ、前記第2のリード材は前記一対の電極のうちの第2の電極に接触する、ことを特徴としてもよい。このような構成であれば、電圧印加手段は、第1のリード材及び第2のリード材を介して、一対の電極間に電圧を印加することができる。なお、「基体」としては、例えば、後述のボディー31が該当する。「第1のリード材」としては、例えば、後述の上部電極32が該当する。「第2のリード材」としては、例えば、後述の下部電極33が該当する。
【0014】
本発明の別の態様に係るリチウムイオン濃度の測定方法は、被検液中のリチウムイオン濃度を測定する方法であって、電荷の授受に伴ってリチウムイオンを放出し又は吸収する活物質層と、前記活物質層の第1の面側に設けられ、複数種類のイオンの中からリチウムイオンを選択的に伝導させるリチウムイオン伝導層と、を有する電極を予め一対用意しておき、前記被検液を保持する保液材の両側に前記一対の電極を配置して、当該一対の電極が各々有する前記リチウムイオン伝導層を前記被検液にそれぞれ接触させる工程と、前記一対の電極間に電圧を印加して、前記一対の電極間を流れる電流を測定する工程と、を含むことを特徴とする。
【0015】
このような方法であれば、被検液からリチウムイオン伝導層中を移動して(即ち、拡散して)活物質層に到達したリチウムイオンが当該活物質層での電気化学反応に寄与し、その結果、電流が流れる。この電流の大きさは、被検液中のリチウムイオン濃度に比例するため、この電流の測定値に基づいて被検液中のリチウムイオン濃度を求めることができる。従来の技術と比較して、対数に依存した測定方法ではないため、リチウムイオン濃度の測定感度及び測定精度の向上が可能である。
【0016】
本発明のさらに別の態様に係るリチウムイオン濃度の測定方法は、被検液中のリチウムイオン濃度を測定する際に使用される電極であって、電荷の授受に伴ってリチウムイオンを放出し又は吸収する活物質層と、前記活物質層の第1の面側に設けられ、複数種類のイオンの中からリチウムイオンを選択的に伝導させるリチウムイオン伝導層と、を有することを特徴とする。
【0017】
このような構成であれば、被検液を保持する保液材を両側から挟むように一対の電極を配置し、この一対の電極が各々有するリチウムイオン伝導層を被検液にそれぞれ接触させ、この状態で一対の電極間に電圧を印加することにより、一対の電極間に電流を流すことができる。この電流の大きさは、被検液中のリチウムイオン濃度に比例するため、この電流の測定値に基づいて被検液中のリチウムイオン濃度を求めることができる。従来の技術と比較して、対数に依存した測定方法ではないため、リチウムイオン濃度の測定感度及び測定精度の向上が可能である。
【0018】
本発明は、例えば、医療現場、環境測定等に適用して好適である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施の形態に係るリチウムイオン選択電極10の構成例を示す図。
【図2】本発明の実施の形態に係るリチウムイオン濃度計50の構成例を示す図。
【図3】本発明の実施の形態に係るホルダー30の構成例を示す図(その1)。
【図4】本発明の実施の形態に係るホルダー30の構成例を示す図(その2)。
【図5】ホルダー30を備えたリチウムイオン濃度計50の構成例を示す図。
【図6】リチウムイオンの伝導経路を示す図。
【図7】電流jと濃度Cとの関係を示す検量線を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する各図において、同一の構成を有する部分には同一の符号を付し、その重複する説明は省略する
(I)リチウムイオン選択電極の構成例
図1は、本発明の実施の形態に係るリチウムイオン選択電極10の構成例を示す断面図である。図1に示すように、このリチウムイオン選択電極10は、検査に供される被検液のリチウムイオン濃度を測定するための電極であり、活物質層1と、活物質層1の第1の面(図1では、下面)側に設けられたリチウムイオン伝導層2と、活物質層1の第1の面と対向する第2の面(図1では、上面)側に設けられた集電層3と、を有する。
【0021】
これらの中で、活物質層1は、電荷の授受に伴ってリチウムイオンを放出し又は吸収するものであり、リチウムイオン吸蔵性と電子伝導性とを併せ持つ。この活物質層1は、例えば、コバルト酸リチウム(LiCoO)、ニッケル酸リチウム(LiNiO)、チタン酸リチウム(LiTi12)などのセラミックで構成されている。また、これ以外の種類であっても、リチウム電池の活物質に用いられるものであれば、活物質層1として好適に用いることができる。
なお、この活物質層1は、LiCoO、LiNiO、LiTi12などの活物質に、リチウムイオン伝導体、又は、カーボンや酸化スズ(SnO)などの導電物質を混合し、焼結したセラミックで構成されていてもよい。この点については、後述の「(IV)その他」の欄で説明する。
【0022】
リチウムイオン伝導層2は、複数種類のイオンの中からリチウムイオンを選択的に伝導させるものである。即ち、リチウムイオン伝導層2は、リチウムイオン伝導性が高く、リチウムイオン以外の他のイオン伝導性が低い。このリチウムイオン伝導層2は、生物学的液体(例えば、血清、血漿、尿、髄液又は全血液)、水溶液と接しても安定な性質を有するものであり、例えば、以下の(1)〜(9)などの酸化物、リン酸塩系のリチウムイオン伝導体により、少なくともその一部が構成されている。
【0023】
(1) LiTi(PO、Li1.30.3Ti1.7(PO[ただし、M=Al、Sc]などのNASICON型セラミック結晶
(2) Li0.35La0.55TiO、LiSrTiTaO、Li3xLa1/3−xTaOなどのペロブスカイト型セラミック結晶
(3) Li(PO[ただし、M=In、Sc、Cr、Fe]などのβ−Fe(SO型セラミック結晶
(4) Li14Zn(GeOなどのリシコン結晶
(5) Liドープβ−Al結晶
(6) LiPO結晶
(7) LiLaZr12などのガーネット型セラミック結晶
(8) 上記結晶を含む部分結晶化ガラス
(9) LiO−SiO−B系、LiO−SiO−ZrO系酸化物ガラス
【0024】
集電層3は、活物質層1の第2の面側に電圧を印加すると共に、当該第2の面側において電流の通路を確保するためのものである。この集電層3は、例えば、金(Au)、プラチナ(Pt)、アルミニウム(Al)などの金属のスパッタ膜、又は、銅(Cu)やニッケル(Ni)などのめっき膜、或いは、銀ペーストなど、種々の導電膜で構成可能である。次に、上記のリチウムイオン選択電極10を備えるリチウムイオン濃度計の構成について説明する。
【0025】
(II)リチウムイオン濃度計の構成例
図2は、本発明の実施の形態に係るリチウムイオン濃度計50の構成例を示す概念図である。図2に示すように、このリチウムイオン濃度計50は、一対のリチウムイオン選択電極10と、一対のリチウムイオン選択電極10の電極間に電圧を印加する電源21と、電圧印加によって一対のリチウムイオン選択電極10の電極間を流れる電流を測定する電流計22と、を有する。なお、電源21としては、例えば、直流電源を用いることができる。
【0026】
図2に示すように、このリチウムイオン濃度計50では、一対のリチウムイオン選択電極10によってセンサーヘッド11が構成されている。このセンサーヘッド11を構成する、第1のリチウムイオン選択電極10と第2のリチウムイオン選択電極10は、各々のリチウムイオン伝導層2を互いに向かい合わせるようにして配置されている。次に、上記のリチウムイオン濃度計50に適用して好適なホルダーの構成について説明する。
【0027】
図3(a)〜(d)及び図4は、本発明の実施の形態に係るホルダー30の構成例を示す概念図である。詳しくは、図3(a)は平面図、図3(b)は図3(a)をX3−X´3線で切断した断面図、図3(c)は底面図、図3(d)は図3(a)をY3−Y´3線で切断した断面図である。また、図4は、上部電極32をスライドさせたときの状態を示す平面図である。
【0028】
図3(a)〜(c)に示すように、このホルダー30は、センサーヘッド11を格納するものであり、ボディー31と、ボディー31の上面側に着脱可能に取り付けられた上部電極32と、ボディー31の下面側に着脱可能に取り付けられた下部電極33と、を有する。ここで、ボディー31、上部電極32及び下部電極33は、高温加熱やオートクレーブ中での滅菌・洗浄が可能な材質からなる。例えば、ボディー31はセラミックからなり、上部電極32及び下部電極33はステンレス鋼からなる。
【0029】
また、ボディー31には、その上面から下面にかけて貫通した開口部34が設けられている。この開口部34内に、センサーヘッド11が配置される。さらに、ボディー31の上面及び下面にはそれぞれ、ボディー31の長手方向に沿って溝部35及び36が設けられている。
図3(d)に示すように、例えば、上部電極32の両側端部は溝部35に掛止されており、下部電極33の両側端部は溝部36に掛止されている。これにより、上部電極32及び下部電極33は、溝部35、36に沿ってそれぞれスライドさせることができるようになっている。また、図4に示すように、上部電極32を溝部35に沿ってスライドさせることにより、その先端部32aを開口部34の上方まで移動させることができるようになっている。
【0030】
図5は、上記のホルダー30を備えたリチウムイオン濃度計50の構成例を示す概念図である。図5に示すように、リチウムイオン濃度を測定する際は、ホルダー30の開口部34内にセンサーヘッド11を配置し、上部電極32をスライドさせて、その先端部32aをセンサーヘッド11に接触させる。これにより、センサーヘッド11は上部電極32及び下部電極33に挟持され、接触した状態となる。図5に示すように、上部電極32及び下部電極33が電源21に接続されることにより、上部電極32及び下部電極33を介して、センサーヘッド11に電圧を印加し、電流を測定することが可能となる。
【0031】
次に、図2又は図5に示したリチウムイオン濃度計50を用いて、リチウムイオン濃度を測定する方法について説明する。
(III)リチウムイオン濃度の測定方法
まず始めに、予め、被検液を保液材60に染み込ませておく。ここで、被検液とは検査に供される液体のことであり、具体的には、生物学的液体(例えば、血清、血漿、尿、髄液又は全血液)、或いは、その他の水溶液等が挙げられる。次に、この被検液を染み込ませた保液材60の両側に一対のリチウムイオン選択電極10を配置して、一対のリチウムイオン選択電極10が各々有するリチウムイオン伝導層を被検液にそれぞれ接触させる。そして、保液材60を挟持した一対のリチウムイオン選択電極10(即ち、センサーヘッド11)を、ホルダー30の開口部34内に配置し、上部電極32をスライドさせて、その先端部32aをセンサーヘッド11に接触させる。次に、上部電極32及び下部電極33に電源21を接続することにより、上部電極32及び下部電極33を介して、センサーヘッド11に電圧を印加する。
【0032】
図6は、リチウムイオンの伝導経路を示す概念図である。図6に示すように、センサーヘッドを構成する第1のリチウムイオン選択電極10と第2のリチウムイオン選択電極10とによって、被検液を保持する保液材60が挟持され、両電極10が被検液とそれぞれ接触した状態で、両電極10間に電圧を印加する。すると、図6の左側に位置する第1のリチウムイオン選択電極10がアノード、図6の右側に位置する第2のリチウムイオン選択電極10がカソードとなる。活物質層1が例えばチタン酸リチウムからなる場合、アノード側の活物質層1では(i)式の反応が進んで、リチウムイオン(Li)と電子(e)の放出が行われる。
LiTi12 − 3Li− 3e ⇒ LiTi12…(i)
【0033】
アノードから放出されたリチウムイオンは、リチウムイオン伝導層2中を移動して保液材60に向かう。また、保液材60に保持された被検液中のカチオン、例えば、ナトリウムイオン(Na)、カリウムイオン(K)、カルシウムイオン(Ca2+)、マグネシウムイオン(Mg2+)、リチウムイオン(Li)はカソードに向かって進む。そして、これら各種のカチオンの中で、リチウムイオンのみがカソード側のリチウムイオン伝導層2に入り込み、その中を移動して、活物質層1に到達することができる。リチウムイオン外の他のイオン(例えば、Na、K、Ca2+、Mg2+等のミネラルイオンや、アニオン)は、リチウムイオン伝導層2中を移動することができないため、且つ活物質層1に到達することができない。カソード側の活物質層1では、リチウムイオンと電子の供給を受けて(ii)式の反応が進む。
LiTi12 + 3Li+ 3e ⇒ LiTi12…(ii)
【0034】
このように、保液材60に含まれる被検液中にリチウムイオンが存在する場合は、このリチウムイオンがカソード側のリチウムイオン伝導層2に入り込み、その中を移動して活物質層1に到達することができる。そして、このカソード側の活物質層1において、(ii)式の反応が進み、電流が流れる。逆に、被検液中にリチウムイオンが存在しない場合は、カソード側の活物質層1にはLiは供給されないため(ii)式の反応は進まず、電流は流れない。
【0035】
ここで、電流計22で測定される電流値は、保液材60からカソード側の活物質層1に移動してくる(即ち、拡散してくる)リチウムイオンの物質量によって決定されるため、拡散律速とみなすことができる。そのため、電流計22で測定される電流値の時間変化は、コットレルの式に従う。コットレルの式を(iii)式として示す。
j=nFACD0.5/(π0.50.5)…(iii)
(iii)式において、jは電流、nは反応電子数、Fはファラデー定数、Aは電極面積、Cは濃度、Dは拡散係数、tは電流jが流れ始めてからの時間を示す。これらを本発明に適用すると、nはリチウムイオンの電荷数に該当し、Aは活物質層1の面積に該当し、Cは保液材60におけるリチウムイオンの濃度に該当し、Dは保液材60におけるリチウムイオンの拡散係数に該当する。(iii)式から明らかなように、電流jは、濃度C(即ち、保液材60におけるリチウムイオンの濃度)に比例する。また、電流jは、時間t0.5に反比例する。
【0036】
そこで、本発明では、実験又はシミュレーションを予め行い、図7に示すように、電流jと濃度Cとの関係を示す検量線を作成しておく。この検量線は、電流jが流れ始めてから所定時間tが経過した時点における、電流jと濃度Cとの関係を示す図である。図2又は図5に示したリチウムイオン濃度計50において、電流が流れ始めてからの経過時間をカウントしておき、経過時間が所定時間tとなった時点での電流値を電流計22で測定する。この電流値を検量線に当てはめることにより、保液材60に含まれる被検液のリチウムイオン濃度を得ることができる。
【0037】
以上説明したように、本発明の実施の形態によれば、一対のリチウムイオン選択電極10が各々有するリチウムイオン伝導層2を保液材60にそれぞれ接触させ、この状態で一対のリチウムイオン選択電極10の間に電圧を印加することができる。このとき、保液材60が保持する被検液中にリチウムイオンが含まれていれば、当該リチウムイオンはリチウムイオン伝導層2中を移動して活物質層1に到達し、活物質層1での電気化学反応に寄与するため、電流が流れる。一方で、被検液中にリチウムイオン以外の他のイオン(例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム等のミネラルイオンや、アニオン)はリチウムイオン伝導層2中を移動することができないため、活物質層1に到達することができず、活物質層1での電気化学反応に寄与しない。
【0038】
つまり、被検液からリチウムイオン伝導層2中を移動して(即ち、拡散して)活物質層1に到達したリチウムイオンが当該活物質層1での電気化学反応に寄与し、その結果、電流が流れる。この電流の大きさは、被検液中のリチウムイオン濃度に比例するため、この電流の測定値に基づいて被検液中のリチウムイオン濃度を求めることができる。
従来の技術と比較して、対数に依存した測定方法ではないため、リチウムイオン濃度の測定感度及び測定精度の向上が可能である。即ち、本発明の実施の形態は、電流検出型であり、リチウムイオン濃度に対して図7に示したような線形の応答をする。このため、リチウムイオン濃度に対して対数の応答をする電圧検出型よりも測定感度及び測定精度の点で有利である。
【0039】
また、本発明の実施の形態によれば、被検液中のリチウムイオン濃度を測定する際に、この被検液を保液材60に含ませている。これにより、リチウムイオン測定後の被検液を保液材60と共に廃却することができるので、取り扱いが容易である。なお、本発明において、保液材60は少なくともその一部が高吸水性高分子で構成されていることが好ましい。その理由は、被検液の保持性を高めることができ、リチウムイオン選択電極10の表面が被検液で汚染されることを抑制できるからである。
【0040】
(IV)その他
本発明において、リチウムイオン選択電極10の活物質層1は、リチウムイオン伝導体を含み、リチウムイオン伝導体を含む活物質層1とリチウムイオン伝導層2は、焼結により一体に形成されていてもよい。即ち、活物質層1は、LiCoO、LiNiO、LiTi12などの活物質に、上記(1)〜(9)に示したようなリチウムイオン伝導体が混合され、焼結により、リチウムイオン伝導層2と一体に形成されていてもよい。このような構成であれば、被検液からの活物質層1までのリチウムイオン経路が空隙によって途切れることなく形成されているため、リチウムイオン伝導層2と活物質層1との間でリチウムイオンの授受が容易となる。リチウムイオン伝導性の向上を図ることができる。
【0041】
また、活物質層1は、カーボンや酸化スズ(SnO)などの導電物質を含んでいてもよい。このような構成であれば、活物質層1と集電層3との間で電子の授受が容易になる。電子伝導性の向上を図ることができる。
或いは、活物質層1は、上記(1)〜(9)に示したようなリチウムイオン伝導体と、カーボンや酸化スズ(SnO)などの導電物質の両方を含み、焼結により、リチウムイオン伝導層2と一体に形成されていてもよい。このような構成であれば、リチウムイオン伝導層2と活物質層1との間でリチウムイオンの授受が容易になると共に、活物質層1と集電層3との間で電子の授受が容易になる。リチウムイオン伝導性と電子伝導性の両方の向上を図ることができる。
【0042】
なお、焼結により形成されたセラミックは、耐湿、耐熱性が高く、被検液やその他水溶液に溶け難いだけでなく、高温加熱やオートクレーブ中での滅菌・洗浄が可能である。焼結により活物質層1及びリチウムイオン伝導層2はセラミック化するため、これらは金属である集電層3を含めて、高温加熱やオートクレーブ中での滅菌・洗浄が可能である。滅菌・洗浄を行うことにより再利用が可能であるため、医療現場に適用して極めて好適である。
【符号の説明】
【0043】
1 活物質層、2 リチウムイオン伝導層、3 集電層、10 リチウムイオン選択電極、11 センサーヘッド、21 電源、22 電流計、30 ホルダー、31 ボディー、32 上部電極、32a 先端部、33 下部電極、34 開口部、35、36 溝部、50 リチウムイオン濃度計、60 保液材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検液中のリチウムイオン濃度を測定するリチウムイオン濃度計であって、
前記被検液を保持する保液材を両側から挟むように配置される一対の電極と、
前記一対の電極間に電圧を印加する電圧印加手段と、
前記一対の電極間を流れる電流を測定する電流測定手段と、を備え、
前記一対の電極の各々は、
電荷の授受に伴ってリチウムイオンを放出し又は吸収する活物質層と、
前記活物質層の第1の面側に設けられ、複数種類のイオンの中からリチウムイオンを選択的に伝導させるリチウムイオン伝導層と、を有することを特徴とするリチウムイオン濃度計。
【請求項2】
前記一対の電極の各々は、前記活物質層の前記第1の面と対向する第2の面側に設けられた集電層、をさらに有することを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン濃度計。
【請求項3】
前記活物質層はリチウムイオン伝導体を含み、
前記リチウムイオン伝導体を含む前記活物質層と前記リチウムイオン伝導層は、焼結により一体に形成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のリチウムイオン濃度計。
【請求項4】
前記活物質層は導電物質をさらに含む、ことを特徴とする請求項1から請求項3の何れか一項に記載のリチウムイオン濃度計。
【請求項5】
前記一対の電極を格納するホルダー、をさらに備え、
前記ホルダーは、
基体と、
前記基体の第1の面側に取り付けられた第1のリード材と、
前記基体の前記第1の面と対向する第2の面側に取り付けられた第2のリード材と、を有し、
前記基体には、当該基体の前記第1の面から前記第2の面にかけて貫通した開口部が設けられており、
前記開口部内に前記一対の電極が配置された状態で、前記第1のリード材は前記一対の電極のうちの第1の電極に接触し、且つ、前記第2のリード材は前記一対の電極のうちの第2の電極に接触する、ことを特徴とする請求項1から請求項4の何れか一項に記載のリチウムイオン濃度計。
【請求項6】
被検液中のリチウムイオン濃度を測定する方法であって、
電荷の授受に伴ってリチウムイオンを放出し又は吸収する活物質層と、
前記活物質層の第1の面側に設けられ、複数種類のイオンの中からリチウムイオンを選択的に伝導させるリチウムイオン伝導層と、を有する電極を予め一対用意しておき、
前記被検液を保持する保液材の両側に前記一対の電極を配置して、当該一対の電極が各々有する前記リチウムイオン伝導層を前記被検液にそれぞれ接触させる工程と、
前記一対の電極間に電圧を印加して、前記一対の電極間を流れる電流を測定する工程と、を含むことを特徴とするリチウムイオン濃度の測定方法。
【請求項7】
被検液中のリチウムイオン濃度を測定する際に使用される電極であって、
電荷の授受に伴ってリチウムイオンを放出し又は吸収する活物質層と、
前記活物質層の第1の面側に設けられ、複数種類のイオンの中からリチウムイオンを選択的に伝導させるリチウムイオン伝導層と、を有することを特徴とするリチウムイオン濃度測定用の電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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