説明

リチウムイオン電池用負極材

【課題】高容量で、サイクル寿命の長いリチウムイオン電池用負極材を提供する。
【解決手段】構成元素として、Si,Al,M1(M1は周期律表第4族、第5族を除く遷移金属の中から選ばれる1種以上の金属元素である。),M2(M2は周期律表第4族、第5族の中から選ばれる1種以上の金属元素である。)を含有し、微細な結晶粒を構成するSi−Al−M1−M2合金相と、前記結晶粒の粒界に析出して網目状構造を呈するSi相とを有する合金材料からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池用負極材料、特に、大容量用途に供されるリチウムイオン電池に適した負極材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の鉛蓄電池、Ni−Cd電池、ニッケル水素電池といった二次電池が、水系電解液中で水素の電離反応(H→H++e-)と、プロトンの移動とにより充放電を行っているのに対し、リチウムイオン電池は、有機電解液中におけるリチウムの電離(Li→Li++e-)と、生じたリチウムイオンの移動により充放電動作がなされる。
【0003】
このようなリチウムイオン電池では、リチウム金属が標準酸化還元電位に対して3Vの電位をもつため、従来の二次電池に比べて高い電圧での放電が可能である。加えて、酸化還元を担うリチウムは軽量であるため、放電電圧の高さと相俟って、従来の二次電池を大きく超える単位質量当たりのエネルギー密度を得ることができる。
【0004】
このような軽量大容量を特徴とするリチウムイオン電池は、昨今のノートパソコン、携帯電話といった充電池を必要とするモバイル機器の普及に伴い、広く用いられている。更に、近年はその利用分野がパワーツール、ハイブリッド自動車、電気自動車といった、屋外にて大電流の放電を必要とする領域にまで拡大しつつある。
【0005】
しかし、電気自動車や電動バイクといった用途を拡充するには走行距離を延ばす必要があるため、更なる高容量化が必要となってくる。現在リチウムイオン電池に使用されている負極材は、黒鉛が主流で、容量は372mAh/gが限界である。そこで、新たな負極材として検討されているのが金属Siや金属Snなどの材料である。例えば、Siについて言えば、理論容量は黒鉛の10倍以上(4200mAh/g)あることから、多くの研究者によって検討が進められてきている。
【0006】
しかしながら、金属Siは充放電時の膨張・収縮が大きいため、微粉化や導電性ネットワークの断絶が起こりサイクル寿命を劣化させている。この対策として、合金化や非晶質化のためにメカニカルアロイングなどの検討が進められている(例えば、特許第4752996号公報(特許文献1),特許第4789032号公報(特許文献2)参照。)が、量産化には至っていない。これは、メカニカルアロイングの構造上、実験室レベルの少量サンプルの試作はできるものの、量産化に不向きなためと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4752996号公報
【特許文献2】特許第4789032号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、以上の従来技術における課題に鑑みてなされたものであり、高容量で、サイクル寿命の長いリチウムイオン電池用負極材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討した結果、Si−Al系合金に対しSiの一部を遷移金属と周期律表第4族、第5族の金属で置換した組成とし、かつこれらの原材料を溶解後に急冷凝固を行うことで、微細なSi合金相の結晶粒の粒界にSi相が網目状に析出した複合合金を得ることができると共に、この複合合金をリチウムイオン電池用負極材として用いることにより、リチウムイオン電池のサイクル寿命が改善することを見出し、本発明を成すに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、下記のリチウムイオン電池用負極材を提供する。
〔1〕
構成元素として、Si,Al,M1(M1は周期律表第4族、第5族を除く遷移金属の中から選ばれる1種以上の金属元素である。),M2(M2は周期律表第4族、第5族の中から選ばれる1種以上の金属元素である。)を含有し、
微細な結晶粒を構成するSi−Al−M1−M2合金相と、前記結晶粒の粒界に析出して網目状構造を呈するSi相とを有する合金材料からなることを特徴とするリチウムイオン電池用負極材。
〔2〕
前記M1は、Fe,Ni,Co,Mnのいずれかであることを特徴とする〔1〕に記載のリチウムイオン電池用負極材。
〔3〕
前記M2は、Ti,V,Zr,Nb,Taのいずれかであることを特徴とする〔1〕又は〔2〕に記載のリチウムイオン電池用負極材。
〔4〕
前記構成元素の組成が、Si:40〜70at%、Al:1〜25at%、M1:5〜35at%、M2:1〜20at%であることを特徴とする〔1〕〜〔3〕のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用負極材。
〔5〕
前記Si−Al−M1−M2合金のTi含有量が1〜20at%で構成される合金であることを特徴とする〔1〕〜〔4〕のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用負極材。
〔6〕
前記結晶粒の粒径が1〜500nmであって、該結晶粒間の距離が200nm以下であることを特徴とする〔1〕〜〔5〕のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用負極材。
〔7〕
急冷凝固法により製造されてなることを特徴とする〔1〕〜〔6〕のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用負極材。
〔8〕
平均粒径が4μm以下の前記合金材料からなる粒子で構成されることを特徴とする〔1〕〜〔7〕のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用負極材。
【発明の効果】
【0011】
本発明のリチウムイオン電池用負極材によれば、構成材料である合金においてSi相を有するので、高容量とすることができ、また、該Si相を網目状構造を呈するように構成しているので、充放電時にSi相が膨張・収縮しても微粉化や導電性ネットワークの断絶が起こらず、サイクル寿命を延ばすことができる。更に、合金におけるSi−Al−M1−M2合金相の結晶粒が純Siとは異なり導電性が高いので、導電化処理や導電材の添加などの必要がなくなり、リチウムイオン電池としての体積当たりのエネルギー密度を高くすることもできる。これにより、本発明のリチウムイオン電池用負極材を用いたリチウムイオン電池を大容量で耐久性が要求される電気自動車の電源として好適なものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例1−2における鋳造品と急冷凝固品の合金断面のEPMA観察によるSi分布を示すマッピング像であり、(a)が鋳造品におけるSi分布、(b)が急冷凝固品におけるSi分布を示す。
【図2】実施例1−2、比較例1−3で得られた合金材料の組織を示す透過型査型電子顕微鏡像(TEM像)であり、(a)が実施例1−2の組織、(b)が比較例1−3の組織である。
【図3】実施例2における平均粒径に対する質量当たりの放電容量、容量維持率を示すグラフであり、(a)が平均粒径と1サイクル目の放電容量の関係を示し、(b)が平均粒径と容量維持率の関係を示す。
【図4】比較例3−1、実施例3−2で得られた急冷凝固品の合金断面のEPMA観察によるSi分布を示すマッピング像であり、(a)が実施例3−2のSi分布、(b)が比較例3−1のSi分布を示す。
【図5】比較例1−3、実施例3−4で得られた急冷凝固品の合金断面のEPMA観察によるSi分布を示すマッピング像であり、(a)が実施例3−4のSi分布、(b)が比較例1−3のSi分布を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明に係るリチウムイオン電池用負極材の実施形態について説明する。
本発明に係るリチウムイオン電池用負極材は、構成元素として、Si,Al,M1(M1は周期律表第4族、第5族を除く遷移金属の中から選ばれる1種以上の金属元素である。),M2(M2は周期律表第4族、第5族の中から選ばれる1種以上の金属元素である。)を含有し、微細な結晶粒を構成するSi−Al−M1−M2合金相と、前記結晶粒の粒界に析出して網目状構造を呈するSi相とを有する合金材料からなることを特徴とするものである。
【0014】
ここで、構成元素のうち、Siは、リチウムイオン電池用負極材の主体となる負極活物質である。
本発明のリチウムイオン電池用負極材を構成する合金材料において重要なことは、合金中にSi相が析出していることである。リチウムイオン電池を構成し充放電を行うと、充電時には正極活物質よりリチウムイオンが抜けて負極活物質に取り込まれる。負極活物質が黒鉛の場合は層状構造を有しているためにこの層間に取り込まれる(インターカーレーション LiC6)。これに対し、Si相はリチウムイオンを合金化し取り込むが(Li4.4Si)、既に合金になっているSi−Al−M1−M2相には殆ど取り込まれない。つまり、合金中にSi単体が存在しないと負極として機能しないことになる。
【0015】
この考え方に基づき、合金組成としてのSi量は40〜70at%が好ましく、50〜70at%がより好ましく、60〜70at%が更に好ましい。Si量が40at%未満では、前述のように合金中にSi単体がほとんど存在しなくなり、負極材として機能しなくなる場合がある。一方、Si量が70at%超では合金中のSi相の網目状構造を維持できず長寿命が実現できなくなるおそれがある。
【0016】
また、Alは、Si−Al系合金相を形成し、導電性を確保するための元素である。合金組成としてのAl量は1〜25at%が好ましく、8〜25at%がより好ましい。Al量が1at%未満では、Si−Al系合金相の結晶粒を十分に形成することが困難になり、導電性を確保することが難しい場合がある。一方、Al量が25at%超ではSi相の形成を阻害するおそれがある。
【0017】
金属元素M1は、前述の通り、周期律表第4族、第5族を除く遷移金属の中から選ばれる1種以上の金属元素であり、Sc,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Y,Mo,Tc,Ru,Rh,Pd,Ag,LaやCeなどのランタノイド元素、W,Re,Os,Ir,Pt,Auなどが例示され、好ましくはFe,Ni,Co,Mnのいずれかである。
【0018】
合金組成としての金属元素M1の量は、5〜35at%が好ましく、7〜20at%がより好ましい。金属元素M1の量が5at%未満ではSiの偏析を抑制すること(つまりSi相の微細化)が困難になり、リチウムイオン電池の負極材としての充放電サイクルに対する耐久性が劣化する場合がある。一方、金属元素M1の量が35at%超ではSi相の形成を阻害するおそれがある。
【0019】
また、金属元素M2は、前述の通り、周期律表第4族、第5族の中から選ばれる1種以上の金属元素であり、Ti、V,Zr,Nb,Hf,Taなどが例示され、好ましくはTi,V,Zr,Nb,Taのいずれかである。
【0020】
合金組成としての金属元素M2の量は、1〜20at%が好ましく、10〜20at%がより好ましい。金属元素M2の量が1at%未満ではSiの偏析を抑制すること(つまりSi相の微細化)が困難になり、リチウムイオン電池の負極材としての充放電サイクルに対する耐久性が劣化する場合がある。一方、金属元素M2の量が20at%超ではSi相の形成を阻害するおそれがある。
【0021】
また、合金組成としての金属元素M1及びM2の合計添加量は、15〜40at%が好ましい。合計添加量が15at%未満ではSiの偏析を抑制すること(つまりSi相の微細化)が困難になる場合があり、40at%超ではSi相の形成を阻害するおそれがある。
【0022】
また、前記Si−Al−M1−M2合金のTi含有量が1〜20at%で構成される合金であることが好ましい。これは次の理由による。
すなわち、本発明によるSi−Al−M1−M2合金は、Siを40〜70at%含有しているために、通常の溶解法では鋳造時に余剰のSiが分離析出してSi相を含む大粒子の2相以上の組織となってしまう(図1(a)の鋳造品のEPMA観察結果を参照)。本発明では、これを急冷することにより、微細な2相以上の組織としているが、Si−Al−M1−M2合金に含まれる周期律表第4,5族元素の含有量で組織の粒径が大きく変化する。この粒径は、リチウムイオン電池の負極材としたときのサイクル寿命に大きく影響し、組織の粒径が小さいほど寿命は良好となる。ここで、前記合金組織に対するTiの添加は効果的であり、Ti1〜20at%含有でより微細化が進行する。このメカニズムについては、はっきりと分かっていないが、急冷法と組み合わせることで他の第4,5族元素を含有するよりも微細な組織が得られる(図1(b)のSi−Al−Fe−Ti急冷凝固品と図5(a)のSi−Al−Fe−V急冷凝固品を比較参照)。なお、Ti含有量が1at%未満ではその効果が得られない場合があり、20at%を超えるとSi−Al−M1−M2合金の融点が高くなり過ぎて溶解自体が難しくなるおそれがある。
【0023】
本発明のリチウムイオン電池用負極材を構成する合金材料の組織は、図2に示すように、Si−Al−M1−M2合金相からなる微細な結晶粒の粒界にSi相が析出して網目状構造を呈する。
【0024】
ここで、Si−Al−M1−M2合金相からなる結晶粒の粒径は、1〜500nmが好ましく、50〜300nmがより好ましい。結晶粒の粒径が1nm未満ではリチウムイオン電池の負極材としての充放電サイクルに対する耐久性が劣化する場合がある。一方、結晶粒の粒径が500nm超ではリチウムイオン電池として高容量化が困難となるおそれがある。
【0025】
また、Si相の網目状構造は、Si相が前記結晶粒の粒界に析出することにより実現されており、合金材料の表面においてSi相からなる微細な網目が比較的大きな割合で均一に露出している。
【0026】
また、このSi相からなる網目の幅、すなわち結晶粒間の距離が200nm以下、特に1nm以上200nm以下であることが好ましい。結晶粒間の距離が1nm未満では、リチウムイオン電池として高容量化が困難となる場合がある。一方、結晶粒間の距離が200nm超となると、Si相の領域において充放電時の膨張・収縮が大きくなり、微粉化や集電体との導電パスが起こることによりサイクル寿命が悪化するおそれがある。
【0027】
本発明のリチウムイオン電池用負極材を構成する合金材料の製法としては、急冷凝固法が好ましい。具体的には、構成元素に対応した各種金属材料(単金属もしくは合金)を目的組成にあわせ秤量した後、ルツボなどに仕込み、高周波誘導加熱もしくは抵抗加熱、アーク溶解により溶解後に鋳型に鋳込んで合金インゴットを形成し、つぎに該合金インゴットを再溶解してガスアトマイズ、ディスクアトマイズ、ロール急冷などにより急冷凝固を行い、目的の結晶構造を有する合金材料を得ることができる。溶解方法については特に制約は無いが、本発明の微細な結晶構造を有する二相合金材料を得るためには急冷凝固法により製造することが好ましい。
【0028】
得られた合金材料は、機械粉砕により粉末化することが好ましい。合金材料を粉末化したものを合金粉末と称する。粉砕方法についても制約は無いが、乳鉢、ロールミル、ハンマーミル、ピンミル、ブラウンミル、ジェットミル、ボールミル、ビーズミル、振動ミル、遊星ミルなどが用いることができる。合金はこれらの粉砕を組み合わせることで平均粒径4μm以下、特に1μm以上4μm以下に粉砕することが好ましい。なお、アトマイズ法のように最初から4μm以下の粒度を得られていれば粉砕の必要は無い。
【0029】
合金粉末の平均粒径を4μm以下としたのは、合金粉末をリチウムイオン電池用負極材として使用した場合のSi相の利用率及び寿命特性向上のためである。合金粉末の平均粒径が4μm超となると、合金材料中のSi単体(Si相)は微細な網目状構造となっていることから、合金粉末内部のSi相が充放電に寄与しなくなり、利用率が低下し、その分容量が低くなってしまう。また、合金粉末の平均粒径が4μm超となると、リチウムイオン電池の負極材に用いた場合に充放電による膨張・収縮が大きくなり、微粉化や集電体との導電パスが発生しサイクル寿命が低下してしまう。
また、合金粉末の平均粒径を1μm以上とするのは、材料の取り扱い性を確保するためである。
なお、合金粉末の平均粒径は、粉体の粒径を測定する公知の方法でよく、例えばレーザー回折式粒度分布測定装置により測定するとよい。
【実施例】
【0030】
以下、実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0031】
[実施例1]
(実施例1−1)
金属Si、Al、Fe、Tiをそれぞれ40at%、25at%、20at%、15at%となるよう秤量し、それらを抵抗加熱炉にて溶解した後、鋳込みにて合金インゴットを作製した。
つぎに、この合金インゴットを石英製のノズルに入れ、液体急冷単ロール装置(真壁技研製)内にセットした後、Arガス雰囲気中において高周波により加熱し、溶解する。ついで、その溶融合金をArガスによりノズルの先端孔から噴出させ、高速で回転するCu製の冷却用ロール(周速:20m/秒)の表面に接触させて急冷凝固させる。凝固した合金は、ロールの回転方向に沿って飛行し、リボン状の急冷薄体となる。
つぎに、得られた急冷薄体をステンレス製乳鉢にて粗粉砕した後、粒径300μm以下に分級し、更にボールミル粉砕にて平均粒径4μmの粉末サンプル(サンプルA)を試作した。
なお、粉末サンプルの平均粒径は、レーザー回折式粒度分布測定装置(SALD−7000、島津製作所製)により測定した。
【0032】
(実施例1−2)
実施例1−1において、金属Si、Al、Fe、Tiの組成をそれぞれ60at%、15at%、10at%、15at%とし、それ以外は実施例1−1と同じ条件として、粉末サンプル(サンプルB)を試作した。
ここで、本実施例において、合金インゴットの段階のもの(鋳造品)と急冷薄体の段階のもの(急冷凝固品)の合金断面組織についてEPMA(Electron Probe MicroAnalyser)分析によりSi分布を調査した。図1にその結果を示す。鋳造品ではSiが偏析していたが(図1(a))、急冷凝固によりSiが断面において均一に分布するようになった。
【0033】
(実施例1−3)
実施例1−1において、金属Si、Al、Fe、Tiの組成をそれぞれ70at%、8at%、7at%、15at%とし、それ以外は実施例1−1と同じ条件として、粉末サンプル(サンプルC)を試作した。
【0034】
(比較例1−1)
実施例1−1において、金属Si、Al、Fe、Tiの組成をそれぞれ30at%、35at%、20at%、15at%とし、それ以外は実施例1−1と同じ条件として、粉末サンプル(サンプルD)を試作した。
【0035】
(比較例1−2)
実施例1−1において、金属Si、Al、Fe、Tiの組成をそれぞれ80at%、5at%、5at%、10at%とし、それ以外は実施例1−1と同じ条件として、粉末サンプル(サンプルE)を試作した。
【0036】
(比較例1−3)
実施例1−1において、金属Si、Al、Fe、Tiの組成をそれぞれ60at%、25at%、15at%、0at%とし、それ以外は実施例1−1と同じ条件として、Tiの添加効果を確認するための粉末サンプル(サンプルF)を試作した。
【0037】
(比較例1−4)
市販のSi粉(和光純薬工業製、商品名:ケイ素粉、平均粒径4μm)を粉末サンプル(サンプルG)として用いた。
【0038】
(評価方法及び結果)
(1)充放電試験
以上のようにして得られた粉末サンプルを、それぞれバインダとしてポリイミド(N−メチル−2ピロリドン溶液)と混合し、Cu集電体に塗布、加熱乾燥して、電極材シートを形成した。この電極材シートとともに、対極として金属リチウムを用い、電解液として1mol−LiPF6(EC:DEC=1:1V/V%)を用いて、評価用のCR2032型コイン電池を組み立て、充放電試験を行った。このときの充放電条件は、温度20℃、電圧0〜2Vの範囲で、充電、放電共に0.1Cで行い、充放電サイクルを50回行って1回目と50回目の放電容量(負極材(粉末サンプル)1g当たりのmAh)を測定し、容量維持率((50サイクル目の容量)/(1サイクル目の容量)×100(%))を求めた。
なお、本試験は、本発明のリチウムイオン電池用負極材を評価用リチウム電池(コイン電池)の正極として用いているが、コイン電池(リチウム電池)の充放電サイクルに伴って起きる正極(本発明のリチウムイオン電池用負極材)におけるLiイオンの吸蔵・放出に対する耐久性を簡易的に評価するために行った。
その結果を表1に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
表1より、Siが40〜70at%である実施例1−1〜1−3の1サイクル目の放電容量、容量維持率が共に高い。これに対し、Si原子30at%の比較例1−1では容量維持率は高いものの、1サイクル目の放電容量が低かった。また、Si80at%の比較例1−2では1サイクル目の放電容量は高いものの、容量維持率がSi単体(比較例1−4)に次いで低かった。また、実施例1−2の放電維持率が比較例1−3よりも高く、Ti添加の効果が明確に認められた。
【0041】
(2)組織観察及び組成分析
つぎに、実施例1−2と比較例1−3の粉末サンプルB,Fについて、透過型走査顕微鏡(TEM)にて構成材料の組織を観察した。図2に、その結果を示す。
実施例1−2(図2(a))では、粒状の灰色部と、灰色部の周りを囲んで網目状につながった白色部とからなる組織が観察された。
比較例1−3(図2(b))では、灰色部のベースの中に粒状の白色部が点在する組織が観察された。
【0042】
つぎに、実施例1−2及び比較例1−3の粉末サンプルB,Fの観察組織における灰色部及び白色部の組成について、エネルギー分散型X線分析(EDX)により分析した。表2,表3に、その結果を示す。
【0043】
【表2】

【0044】
【表3】

【0045】
分析の結果、白色部は実施例1−2(粉末サンプルB),比較例1−3(粉末サンプルF)ともにSi100%であり、灰色部は実施例1−2(粉末サンプルB)ではSi-Al-Fe-Ti、比較例1−3(粉末サンプルF)ではSi-Al-Feの合金組成であった。粉末サンプルB,Fの灰色部のSi量(at%)が原材料組成(表1)より低いのは、合金化に寄与しなかったSiが単相で合金中に析出しているためである。
【0046】
以上の分析結果に基づいて、粉末サンプルB,Fの組織を観察すると、図2に示すように、比較例1−3のTiを添加していない粉末サンプルFのSi分布は、Si−Al−Fe母合金にSi相が粒状に点在しているのに対し(図2(b))、実施例1−2のTiを添加している粉末サンプルBのSi分布はSi−Al−Fe−Ti合金相の結晶粒の粒界にSi相が網目状に存在していることが確認できた(図2(a))。また、実施例1−2の粉末サンプルBにおけるSi−Al−Fe−Ti合金相の結晶粒の粒径は50〜300nm程度であった。また、Si相の網目の幅(Si合金結晶粒間の距離)については比較例1−3では200nmを超えていたのに対して実施例1−2では100nm以下であった。
【0047】
[実施例2]
つぎに、実施例1−2で試作した合金材料を用いて、粉砕粒度(粒径)の検討を行った。
詳しくは、まず実施例1−2で急冷薄体を粗粉砕したものについて溶媒としてノルマルヘキサンを用いつつステンレス製ボールミルポット及びステンレス製ボールを使用して粉砕し、粉砕時間を調整することで粉砕粒度をコントロールして、平均粒径1.9,3.5,5.0,11.6μmの粉末サンプルH,I,J,Kを得た。
ついで、得られた粉末サンプルを用いて、実施例1と同様に、評価用のCR2032型コイン電池を組み立て、充放電試験を行った。その結果を図3及び表4に示す。
【0048】
【表4】

【0049】
図3及び表4より、粉末サンプルの平均粒径が小さくなるにつれ、1サイクル目の放電容量及び容量維持率が向上する傾向が認められた。
これは、図2の観察結果からも分かるように、粉末サンプルの粒径が大きくなると粉末サンプル内部のSi相がLiイオンとの反応に寄与しないため、単位質量当たりの放電容量が小さくなったことによるものと考えられる。また、粉末サンプルの粒径が大きいと1粒子当りの膨張が大きくなるため、応力がバインダの結着力を越えてしまい集電体との導電パスが発生し容量維持率が低下したと考えられる。
【0050】
[実施例3]
つぎに、Si−Al系合金に、添加する金属元素の検討を行った。
詳しくは、実施例1−2の合金組成(Si60Al15Fe10Ti15)を基準として、下記のように添加金属元素を置換して、実施例2−1の条件で平均粒径1.9μmの粉末サンプルL〜Sを得た。ついで、得られた粉末サンプルを用いて、実施例1と同様に、評価用のCR2032型コイン電池を組み立て、充放電試験を行った。
【0051】
(置換1)
下記組成式(1)の金属元素M1について、「無し、Ni,Co,Mn」のいずれかを選択して、粉末サンプルL,M,N,Oを得た。なお、「無し」の場合は、Si60Al25Ti15とした。
Si60Al15M110Ti15 (1)
【0052】
(置換2)
下記組成式(2)の金属元素M2について、「V,Zr,Nb、Ta」のいずれかを選択して粉末サンプルP,Q,R,Sを得た。
Si60Al15Fe10M215 (2)
【0053】
表5に、その結果を示す。
【0054】
【表5】

【0055】
表5より、金属元素M1を含まない(すなわち周期律表第4,5族の金属元素を除く遷移金属を含まない)比較例3−1(粉末サンプルL)は1サイクル目の放電容量が大きいものの、50サイクル後の容量維持率が極端に悪くなることが分かった。これは、図4に示す急冷薄体の段階のもの(急冷凝固品)の断面組織におけるSi分布からもわかるように、Siの偏析が大きいことが原因と考えられる。つまり、図4(a)に示すように遷移金属の金属元素M1(図4(a)ではCo)を含んでいる実施例3−2ではSiの偏析が小さく比較的均一に分布しているのに対し、図4(b)に示すようにその金属元素M1を含んでいない比較例3−1におけるSiの偏析が大きくなり、Si相の部分の結晶が大きくなっていると考えられる。そして、合金中のSi相の結晶粒径が大きいと、その部分の充放電時の膨張・収縮が大きくなり、微粉化や集電体との導電パスが起こることによりサイクル寿命が悪化したと考えられる。
【0056】
また、前述した比較例1−3のように、金属元素M2を含まない(すなわち周期律表第4,5族の金属を含まない)ものでも、1サイクル目の放電容量が比較的大きいものの、50サイクル後の容量維持率が悪くなったが、これも図5に示す急冷薄体の段階のもの(急冷凝固品)の断面組織におけるSi分布からもわかるように、Siの偏析が大きいことが原因と考えられる。すなわち、図5(a)に示すように周期律表第4,5族の金属元素M2(図5(a)ではV)を含んでいる実施例3−4ではSiの偏析が小さく比較的均一に分布しているのに対し、図5(b)に示すようにその金属元素M2を含んでいない比較例1−3におけるSiの偏析が大きくなっていることから、金属元素M1を含まない場合と同様にSi相の部分の結晶が大きくなり、それに起因してサイクル寿命が悪化したと考えられる。
【0057】
以上のことからSi−Al合金中に少なくとも一種以上の遷移金属(ただし、周期律表第4,5族の金属元素を除く)と周期律表第4,5族の金属元素を同時に含有することで、それらの相乗効果により、Si相の均一化及び微細化が実現できると考えられる。すなわち、本発明の考え方により製造された合金は、微細な結晶粒を構成するSi-Al-M1-M2合金相と、該結晶粒の粒界に網目状に存在する微細なSi相とを有することで、高容量かつ長寿命なリチウムイオン電池用負極材を実現することが可能である。
【0058】
なお、これまで本発明を図面に示した実施形態をもって説明してきたが、本発明は図面に示した実施形態に限定されるものではなく、他の実施形態、追加、変更、削除など、当業者が想到することができる範囲内で変更することができ、いずれの態様においても本発明の作用・効果を奏する限り、本発明の範囲に含まれるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構成元素として、Si,Al,M1(M1は周期律表第4族、第5族を除く遷移金属の中から選ばれる1種以上の金属元素である。),M2(M2は周期律表第4族、第5族の中から選ばれる1種以上の金属元素である。)を含有し、
微細な結晶粒を構成するSi−Al−M1−M2合金相と、前記結晶粒の粒界に析出して網目状構造を呈するSi相とを有する合金材料からなることを特徴とするリチウムイオン電池用負極材。
【請求項2】
前記M1は、Fe,Ni,Co,Mnのいずれかであることを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン電池用負極材。
【請求項3】
前記M2は、Ti,V,Zr,Nb,Taのいずれかであることを特徴とする請求項1又は2に記載のリチウムイオン電池用負極材。
【請求項4】
前記構成元素の組成が、Si:40〜70at%、Al:1〜25at%、M1:5〜35at%、M2:1〜20at%であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用負極材。
【請求項5】
前記Si−Al−M1−M2合金のTi含有量が1〜20at%で構成される合金であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用負極材。
【請求項6】
前記結晶粒の粒径が1〜500nmであって、該結晶粒間の距離が200nm以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用負極材。
【請求項7】
急冷凝固法により製造されてなることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用負極材。
【請求項8】
平均粒径が4μm以下の前記合金材料からなる粒子で構成されることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用負極材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−105655(P2013−105655A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−249620(P2011−249620)
【出願日】平成23年11月15日(2011.11.15)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】