説明

リチウムシリケート系化合物の製造方法

【課題】リチウムイオン二次電池用正極材料などとして有用なリチウムシリケート系材料を、比較的簡単な手段によって低温で製造することができる新規の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明のリチウムシリケート系化合物の製造方法は、アルカリ金属硝酸塩ならびにアルカリ金属水酸化物からなる群から選ばれた少なくとも一種を含む溶融塩中で、二酸化炭素および還元性ガスを含む混合ガス雰囲気下において、LiSiOで表される珪酸リチウム化合物と、鉄およびマンガンからなる群から選ばれた少なくとも一種を含む遷移金属元素含有物質と、を550℃以下で反応させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、たとえば、リチウムイオン電池の正極活物質として有用なリチウムシリケート系化合物の製造方法、およびこの方法で得られるリチウムシリケート系化合物の用途に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウム二次電池は、小型でエネルギー密度が高く、ポータブル電子機器の電源として広く用いられている。その正極活物質としては、主としてLiCoO2などの層状化合物が使われている。しかしながら、これらの化合物は満充電状態において、150℃前後で酸素が脱離しやすく、これが非水電解液の酸化発熱反応を引き起こしやすいという問題点がある。
【0003】
近年、正極活物質としては、リン酸オリビン系化合物LiMPO(LiMnPO、LiFePO、LiCoPOなど)が提案されている。これらの化合物は、LiCoOのような酸化物を正極活物質とする3価/4価の酸化還元反応の代わりに、2価/3価の酸化還元反応を用いることにより熱安定性を向上させ、さらに中心金属の周りに電気陰性度の大きいヘテロ元素のポリアニオンを配置することにより高放電電圧の得られる化合物として注目されている。
【0004】
しかしながら、リン酸オリビン系化合物からなる正極材料は、リン酸ポリアニオンの大きな分子量のため、その理論容量が170mAh/g程度に制限される。さらに、LiCoPOやLiNiPOは、動作電圧が高すぎて、その充電電圧に耐え得る電解液が無いという問題がある。
【0005】
そこで、安価で、資源量が多く、環境負荷が低く、高いリチウムイオンの理論充放電容量を有し、かつ高温時に酸素を放出しないカソード材料として、LiFeSiO(理論容量331.3mAh/g)、LiMnSiO(理論容量333.2mAh/g)等のリチウムシリケート系材料が注目されている。これらのシリケート系材料は、より高容量のリチウム二次電池の正極材料として期待されており、さらに、ヘテロ元素であるSiの電気陰性度がリン(P)より小さいことを反映して、その放電電圧がリン酸系より約0.6V程度低く、シリケートへの添加元素としてCoやNiが使える可能性がある。
【0006】
これらのシリケート材料のうちで、現在報告されている最も高い充放電特性を示す材料は、LiFeSiOであり、160mAh/g程度の容量を示すが、現行材料のLiFePOの理論容量169.9mAh/gを超えるまでの充放電特性を得るに至っていない。
【0007】
上記したシリケート系化合物の合成法としては、水熱合成法と固相反応法が知られている。これらの方法のうち、水熱合成法によれば、粒径1〜10nm程度の微粒子を得ることが可能である。しかし、水熱合成法により得られたシリケート系化合物は、ドープ元素が固溶し難い、不純物相が混在し易い、また、発現する電池特性もさほど良好ではない、という問題がある。
【0008】
一方、固相反応法では、650℃以上という高温で長時間反応させることが必要であり、ドープ元素を固溶させることは可能であるが、結晶粒が10μm以上と大きくなり、イオンの拡散が遅いという問題がある。高温で反応させるため、冷却過程において固溶しきれないドープ元素が析出して不純物が生成し、抵抗が高くなるという問題もある。さらに、高温まで加熱するために、リチウム欠損や酸素欠損のシリケート系化合物ができ、容量の増加やサイクル特性の向上が難しいという問題もある(下記特許文献1〜4等参考)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008-218303号公報
【特許文献2】特開2007-335325号公報
【特許文献3】特開2001-266882号公報
【特許文献4】特開2008-293661号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このような事情に鑑み、本発明者等は、リチウムイオン二次電池用正極材料などに有用なリチウムシリケート系材料について、サイクル特性、容量等が改善された、優れた性能を有する材料を比較的簡単な手段によって製造できる方法を見出した。具体的には、炭酸リチウムとその他のアルカリ金属炭酸塩との混合物の溶融塩中で、還元性ガスと二酸化炭素の混合ガス雰囲気下において、LiSiOと、鉄およびマンガンからなる群から選ばれた少なくとも一種を含む遷移金属元素を含む物質と、を反応させることで、比較的穏和な条件下において、鉄および/またはマンガンを含むリチウムシリケート系化合物を得た。そして、得られたリチウムシリケート系化合物は、微細で不純物相が少なく、リチウム原子を過剰に含むシリケート系化合物となり、リチウムイオン二次電池の正極活物質として用いる場合に、サイクル特性が良好で、高容量を有する材料となることがわかった。活物質は、粒子が微細であるほど良好な電池特性を示すことが知られている。また、温度が低く穏和な条件で合成を行う方が、微細な粒子の活物質が得られやすいとされている。しかし、炭酸リチウムとその他のアルカリ金属炭酸塩との混合物の溶融塩を用いる上記の製造方法では、用いる炭酸塩の融点よりも低い温度で合成を行うと、不純物の生成を抑制することが困難であった。そこで本発明者等は、上記の製造方法により得られるリチウムシリケート系化合物と同等の化合物をさらに穏和な条件下で合成することが可能な製造方法を検討した。
【0011】
すなわち本発明は、上記問題点に鑑み、リチウムイオン二次電池用正極材料などとして有用なリチウムシリケート系材料を、比較的簡単な手段によって低温で製造することができる新規の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等が鋭意研究し試行錯誤を重ねた結果、上記の製造条件よりもさらに穏和な条件下においても、鉄および/またはマンガンを含むリチウムシリケート系化合物を得ることができることを新たに見出した。この際、炭酸塩からなる混合物のかわりに低温で溶融塩となりうる特定の溶融塩を使用することで、上記の製造方法で得られるリチウムシリケート系化合物と同等の化合物が容易に得られることが新たにわかった。
【0013】
すなわち、本発明のリチウムシリケート系化合物の製造方法は、アルカリ金属硝酸塩ならびにアルカリ金属水酸化物からなる群から選ばれた少なくとも一種を含む溶融塩中で、二酸化炭素および還元性ガスを含む混合ガス雰囲気下において、LiSiOで表される珪酸リチウム化合物と、鉄およびマンガンからなる群から選ばれた少なくとも一種を含む遷移金属元素含有物質と、を550℃以下で反応させることを特徴とする。
【0014】
本発明のリチウムシリケート系化合物では、上記の硝酸塩および/または水酸化物の溶融塩を使用することで、比較的低温での合成が可能となる。本発明者等の調査の結果、上記の珪酸リチウム化合物と上記の遷移金属元素含有物質とを反応させてリチウムシリケート系化合物を得るには、溶融塩に溶存種としてLi、Si、Feおよび/またはMn、等とともに酸化物イオン(O2−)が存在することが重要であると考えられる。しかし、酸素を含む化合物を溶融塩として使用すれば必ず所望のリチウムシリケート系化合物が得られる訳ではない。比較的低温での合成を前提とした場合、たとえば硫酸塩の溶融塩および燐酸塩の溶融塩は、溶融塩中にO2−を放出し難くリチウムシリケート系化合物を合成することが困難であることがわかった。つまり、融点が低く550℃以下であってもO2−を放出する硝酸塩および/または水酸化物を含む溶融塩は、比較的低温で行われるリチウムシリケート系化合物の合成に最適である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の製造方法によって得られるリチウムシリケート系化合物は、安価で、資源量が多く、かつ環境負荷が低い原料を用いて得られるものであり、リチウムイオン二次電池の正極活物質として用いた場合に、酸素の脱離を抑えることができる材料である。
【0016】
特に、本発明によれば、比較的低温の溶融塩中における穏和な条件下で、正極活物質として用いた場合に優れた電池特性を示すリチウムシリケート化合物を得ることができる。
【0017】
また、上記したリチウムシリケート系化合物をリチウムイオン二次電池用正極活物質として用いて、充電および放電を行うことによって、リチウムシリケート系化合物の結晶構造が変化して安定化し、安定した充放電容量を有する正極活物質となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例1の方法により合成された化合物のX線回折パターンを示す。
【図2】実施例2の方法により合成された化合物のX線回折パターンを示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。なお、特に断らない限り、本明細書でいう「p〜q」は下限pおよび上限qを含む。また、本明細書に記載した下限および上限は任意に組み合わせて「r〜s」のような範囲を構成し得る。さらに、数値範囲内から任意に選択した数値を上下限値とすることができる。
【0020】
<溶融塩の組成>
本発明のリチウムシリケート系化合物の製造方法では、アルカリ金属硝酸塩ならびにアルカリ金属水酸化物からなる群から選ばれた少なくとも一種を含む溶融塩中において、リチウムシリケート系化合物の合成反応を行うことが必要である。この硝酸塩および水酸化物の溶融温度(融点)は高くても450℃(水酸化リチウム)であるため、硝酸塩または水酸化物のうち一種を単独で含む溶融塩でも、低い反応温度を実現することはできる。しかし、二種以上を混合した混合溶融塩とする場合には、融点が低下することで溶融塩の温度ひいては反応温度をさらに低下させることができる。たとえば150〜550℃という比較的低い反応温度において、目的とするリチウムシリケート系化合物を合成することが可能となる。その結果、リチウムシリケートの合成反応時に粒成長が抑制されて微細なリチウムシリケート系化合物が形成される。また、このような溶融塩中において上記した条件で反応させる場合には、不純物相の形成が少ない。特に、硝酸リチウムおよび/または水酸化リチウムを必須として含む溶融塩を用いることによって、リチウム原子を過剰に含むリチウムシリケート系化合物が形成される。この様にして得られるリチウムシリケート化合物は、良好なサイクル特性と高い容量を有するリチウムイオン電池用正極材料となる。
【0021】
アルカリ金属硝酸塩ならびにアルカリ金属水酸化物は、具体的には、硝酸リチウム(LiNO)、硝酸カリウム(KNO)、硝酸ナトリウム(NaNO)、硝酸ルビシウム(RbNO)および硝酸セシウム(CsNO)ならびに水酸化リチウム(LiOH)、水酸化カリウム(KOH)、水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化ルビシウム(RbOH)および水酸化セシウム(CsOH)である。さらに必要に応じて、炭酸リチウム(LiCO)炭酸カリウム(KCO)、炭酸ナトリウム(NaCO)、炭酸ルビシウム(RbCO)および炭酸セシウム(CsCO)からなる群から選ばれた少なくとも一種のアルカリ金属炭酸塩を含んでもよい。
【0022】
溶融塩は、溶融温度が550℃以下となるように上記のアルカリ金属化合物から選択し、アルカリ金属化合物を混合して用いるのであれば混合物の溶融温度が550℃以下となるように混合比を調節して混合溶融塩を得ればよい。混合比は、塩の種類に応じて異なるため、一概に規定することは困難である。たとえば、硝酸カリウム、硝酸ナトリウム、硝酸ルビシウムおよび硝酸セシウムからなる群から選ばれた少なくとも一種のアルカリ金属硝酸塩と、硝酸リチウムとの混合割合は、硝酸塩混合物全体を100モル%としたときに、硝酸リチウムを30〜100モル%さらには40〜70モル%であることが好ましい。
【0023】
一例として、硝酸リチウムと硝酸カリウムとの硝酸塩混合物の溶融塩が挙げられる。望ましい混合比は、硝酸リチウム:硝酸カリウムが、モル比で30:70〜70:30さらには36:64〜46:54である。
また、硝酸塩および/または水酸化物とともに炭酸塩を含む溶融塩を使用する場合には、硝酸塩および/または水酸化物と炭酸塩とを質量比で1:0.5〜1:1.2さらには1:0.8〜1:1の比率で混合して用いるとよい。炭酸塩を含むことで、溶融塩の融点が低下し、低温での合成が容易となる。炭酸塩の割合が過少では溶融温度を低下させる効果が得られにくいが、過剰になると硝酸塩および/または水酸化物から放出されるO2−が十分ではなくなるため望ましくない。
【0024】
<原料化合物>
本発明では、原料としては、LiSiOで表される珪酸リチウム化合物と、鉄およびマンガンからなる群から選ばれた少なくとも一種を含む遷移金属元素含有物質を用いる。
【0025】
鉄を含む物質とマンガンを含む物質については、特に限定的ではなく、金属状態の鉄、金属状態のマンガン、2価までの価数の鉄を含む化合物、2価までの価数のマンガンを含む化合物等を用いることができる。特に、反応時に2価の鉄または2価のマンガンの状態に維持されやすいように、鉄、酸化マンガンなどを用いることが好ましい。鉄を含む物質とマンガンを含む物質は、いずれか一方または両方を混合して用いることができる。
【0026】
本発明で使用される遷移金属元素含有物質は、鉄および/またはマンガンを必須として含むが、さらに必要に応じて、その他の金属元素を含んでもよい。その他の金属元素としては、Mg、Ca、Co、Al、Ni、Nb、Ti、Cr、Cu、Zn、Zr、V、MoおよびWからなる群から選ばれた少なくとも一種を例示できる。これらの金属元素を含む遷移金属元素含有物質は、金属状態の金属元素であってもよく、あるいは、2価までの価数の金属元素を含む化合物、たとえば、硫酸塩、炭酸塩、水酸化物などであってもよい。遷移金属元素含有物質は、金属元素を一種のみ含む物質であってもよく、あるいは、二種以上の金属元素を同時に含む物質であってもよい。遷移金属元素含有物質は、一種の化合物を単独または二種以上の化合物を混合して用いることができる。すなわち、遷移金属元素含有物質は、具体的には、鉄および/またはマンガンを含む物質を必須とし、必要に応じて、酸化コバルト、酸化マグネシウム、炭酸カルシウム、酸化カルシウム、酸化アルミニウム、酸化ニッケル、酸化ニオブ、チタン酸リチウム、酸化クロム(III)、酢酸銅(II)、酸化亜鉛、酸化ジルコニウム、炭化バナジウム、モリブデン酸リチウムおよびタングステン酸リチウムのうちの一種または二種以上を含むとよい。
【0027】
遷移金属元素含有物質において、鉄および/またはマンガンの含有量は、金属元素の合計量を100モル%として、鉄および/またはマンガンが50モル%以上であることが必要である。即ち、Mg、Ca、Co、Al、Ni、Nb、Ti、Cr、Cu、Zn、Zr、V、MoおよびWからなる群から選ばれた少なくとも一種の遷移金属元素の量は、遷移金属元素の合計量を100モル%として、0〜50モル%とすることができる。
【0028】
LiSiOで表される珪酸リチウム化合物と、遷移金属元素含有物質との混合割合については、通常、珪酸リチウム化合物1モルに対して、遷移金属元素含有物質に含まれる金属元素の合計量が0.9〜1.2モルとなる量とすることが好ましく、0.95〜1.1モルとなる量とすることがより好ましい。
【0029】
<リチウムシリケート化合物の製造方法>
本発明のリチウムシリケート化合物の製造方法では、上記の溶融塩中で、二酸化炭素および還元性ガスを含む混合ガス雰囲気下において、上記の原料化合物を550℃以下で反応させることが必要である。
【0030】
具体的な反応方法については特に限定的ではないが、通常は、上記した硝酸塩および/または水酸化物、珪酸リチウム化合物および遷移金属元素含有物質を混合し、ボールミル等を用いて均一に混合した後、加熱して硝酸塩および/または水酸化物を溶融させればよい。これにより、溶融塩中において、珪酸リチウム化合物と遷移金属元素との反応が進行して、目的とするリチウムシリケート系化合物を得ることができる。
【0031】
この際、珪酸リチウム化合物と遷移金属元素含有物質とからなる原料と、硝酸塩および/または水酸化物(つまり溶融塩)と、の混合割合については特に限定的ではなく、溶融塩中において、原料を均一に分散できる量であればよく、たとえば、珪酸リチウム化合物と遷移金属元素含有物質の合計量100質量部に対して、溶融塩の合計量が90〜300質量部の範囲となる量であることが好ましく、90〜250質量部さらには100〜150質量部の範囲となる量であることがより好ましい。
【0032】
溶融塩中における珪酸リチウム化合物と遷移金属元素含有物質との反応温度は、550℃以下であればよい。特に、150〜550℃さらには300〜550℃が好ましく、特に375〜525℃であれば実用的な速度で反応が進行するため好ましい。サイクル特性およびレート特性を高めるには、反応温度は低い方が好ましい。しかし、150℃未満では、溶融塩中にO2−が放出されにくく、リチウムシリケート系化合物が合成されるまでに長時間を要するため、実用的ではない。また、550℃を超えると、得られるリチウムシリケート系化合物の粒子が粗大化し易くなるため好ましくない。
【0033】
上記した反応は、反応時において、遷移金属元素を2価イオンとして溶融塩中に安定に存在させるために、二酸化炭素および還元性ガスを含む混合ガス雰囲気下で行う。この雰囲気下では、遷移金属元素を2価の状態で安定に維持することが可能となる。二酸化炭素と還元性ガスの比率については、たとえば、二酸化炭素1モルに対して還元性ガスを0.01〜0.4モルとすればよく、0.03〜0.3モルとすることが好ましい。還元性ガスとしては、たとえば、水素、一酸化炭素などを用いることができ、水素が特に好ましい。
【0034】
二酸化炭素と還元性ガスの混合ガスの圧力については、特に限定はなく、通常、大気圧とすればよいが、加圧下、あるいは減圧下のいずれであっても良い。
【0035】
珪酸リチウム化合物と遷移金属元素含有物質との反応時間は、通常、10分〜70時間とすればよく、好ましくは5〜25時間さらには10〜20時間とすればよい。
【0036】
上記の反応終了後、冷却し、フラックスとして用いたアルカリ金属硝酸塩および/またはアルカリ金属水酸化物を除去することで、リチウムシリケート系化合物が得られる。
【0037】
アルカリ金属硝酸塩および/またはアルカリ金属水酸化物を除去する方法としては、反応後の冷却により固化した硝酸塩および/または水酸化物を溶解できる溶媒を用いて、生成物を洗浄することによって、硝酸塩および/または水酸化物を溶解除去すればよい。たとえば、溶媒として、水を用いるとよい。
【0038】
<リチウムシリケート系化合物>
上記した方法によって得られるリチウムシリケート系化合物は、組成式:Li2+a-b1-xM’SiO4+c(式中、Aは、Na、K、RbおよびCsからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、Mは、FeおよびMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、M’は、Mg、Ca、Co、Al、Ni、Nb、Ti、Cr、Cu、Zn、Zr、V、MoおよびWからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素である。各添字は次の通りである:0≦x≦0.5、0≦a<1、0≦b<0.2、0<c<0.3)で表される化合物である。
【0039】
この化合物は、溶融塩中に硝酸リチウムおよび/または水酸化リチウムが含まれている場合には、溶融塩中のリチウムイオンが、リチウムシリケート化合物のLiイオンサイトに浸入して、化学量論量と比較して、Liイオンを過剰に含む化合物となる。つまり、上記の組成式の添字“a”は、0<a<1となる。また、溶融塩中において、550℃以下という低温で反応を行うことによって、結晶粒の成長が抑制され、平均粒径が40nm〜15μmさらには50nm〜10μmという微細な粒子となり、さらに、不純物相の量が大きく減少する。その結果、リチウムイオン二次電池の正極活物質として用いる場合に、良好なサイクル特性およびレート特性を示すとともに高容量を有する材料となる。上記した方法で得られるリチウムシリケート系化合物は、特に、平均粒径が40nm〜1μmの範囲内にあるものが好ましい。なお、平均粒径は、レーザー回折粒度分布測定装置(株式会社島津製作所製「SALD7100」など)またはTEM、SEMなどの電子顕微鏡によって求めることができる。たとえば、リチウムシリケート化合物を電子顕微鏡で観察し、識別できる粒子の粒子径を2本の平行線で挟んだとき、その平行線の間隔の最大値を測定し、それらの粒子径の数平均値をその粒子の平均粒径として採用すればよい。
【0040】
<カーボン被覆処理>
上記した方法で得られる組成式:Li2+a-b1-xM’SiO4+cで表されるリチウムシリケート系化合物は、さらに、カーボンによる被覆処理を行って導電性を向上させることが好ましい。
【0041】
カーボン被覆処理の具体的な方法については、特に限定的ではなく、ブタンガスのような炭素含有ガスを含む雰囲気において熱処理を行う気相法の他、炭素源となる有機物とリチウムシリケート系化合物とを均一に混合した後に熱処理によって有機物を炭化させることによる熱分解法も適用可能である。特に、上記リチウムシリケート化合物に、カーボン材料とLiCOを加え、ボールミルによってリチウムシリケート系化合物がアモルファス化するまで均一に混合した後、熱処理を行うボールミリング法を適用することが好ましい。この方法によれば、ボールミリングによって正極活物質であるリチウムシリケート系化合物がアモルファス化され、カーボンと均一に混合されて密着性が増加し、さらに熱処理により、該リチウムシリケート系化合物の再結晶化と同時にカーボンが該リチウムシリケート系化合物の周りに均一に析出して被覆することができる。この際、LiCOが存在することにより、リチウム過剰シリケート系化合物がリチウム欠損になることはなく、高い充放電容量を示すものとなる。
【0042】
アモルファス化の程度については、CuのKα線を光源とするX線回折測定において、ボールミリング前の結晶性を有する試料についての(011)面由来の回折ピークの半値幅をB(011)crystal、ボールミリングにより得られた試料の同ピークの半値幅をB(011)millとした場合に、B(011)crystal/B(011)millの比が0.1〜0.5程度の範囲であればよい。
【0043】
この方法では、カーボン材料としては、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)、黒鉛等を用いることができる。
【0044】
リチウムシリケート系化合物、カーボン材料およびLiCOの混合割合については、リチウムシリケート系化合物100質量部に対して、カーボン系材料を20〜40質量部、LiCOを20〜40質量部とすればよい。
【0045】
リチウムシリケート化合物がアモルファス化するまでボールミリング処理を行った後、熱処理を行う。熱処理は、リチウムシリケート化合物に含まれる遷移金属イオンを2価に保持するために、還元性雰囲気下で行う。この場合の還元性雰囲気としては、溶融塩中でのリチウムシリケート系化合物の合成反応と同様に、2価の遷移金属イオンが金属状態まで還元されることを抑制するめに、二酸化炭素と還元性ガスの混合ガス雰囲気中であることが好ましい。二酸化炭素と還元性ガスの混合割合は、リチウムシリケート化合物の合成反応時と同様とすればよい。
【0046】
熱処理温度は、500〜800℃とすることが好ましい。熱処理温度が低すぎる場合には、リチウムシリケート化合物の周りにカーボンを均一に析出させることが難しく、一方、熱処理温度が高すぎると、リチウムシリケート系化合物の分解やリチウム欠損が生じることがあり、充放電容量が低下するので好ましくない。また、熱処理時間は、通常、1〜10時間とすればよい。
【0047】
また、その他のカーボン被覆処理方法として、上記リチウムシリケート系化合物に、カーボン材料とLiFを加え、上記した方法と同様にして、ボールミルによってリチウムシリケート系化合物がアモルファス化するまで均一に混合した後、熱処理を行ってもよい。この場合には、上記した場合と同様に、リチウムシリケート系化合物の再結晶化と同時にカーボンが該リチウムシリケート系化合物の周りに均一に析出して被覆して、導電性が向上し、さらに、リチウムシリケート系化合物の酸素原子の一部がフッ素原子と置換して、
組成式:Li2+a-b1-xM’SiO4+c-y2y
(式中、Aは、Na、K、RbおよびCsからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、Mは、FeまたはMnであり、M’は、Mg、Ca、Co、Al、Ni、Nb、Ti、Cr、Cu、Zn、Zr、V、MoおよびWからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素である。各添字は次の通りである:0≦x≦0.5、0≦a<1、0≦b<0.2、0<c<0.3、0<y<1)で表されるフッ素含有リチウムシリケート系化合物が形成される。
【0048】
この化合物は、Fが添加されたことにより、正極として用いた場合に、平均電圧が2.6Vから2.8Vに上昇して、より優れた性能を有する正極材料となる。この際、LiFが存在することにより、リチウム過剰シリケート系化合物がリチウム欠損になることはなく、高い充放電容量を示すものとなる。
【0049】
この方法では、リチウムシリケート系化合物、カーボン材料およびLiFの混合割合については、リチウムシリケート系化合物100質量部に対して、カーボン系材料を20〜40質量部、LiFを10〜40質量部とすればよい。さらに、必要に応じて、LiCOが含まれていても良い。ボールミリングおよび熱処理の条件については、上記した場合と同様とすればよい。
【0050】
<リチウムイオン二次電池用正極>
上記した溶融塩中で合成して得られるリチウムシリケート系化合物、カーボン被覆処理を行ったリチウムシリケート系化合物、およびフッ素添加されたリチウムシリケート系化合物は、いずれもリチウム二次電池正極用活物質として有効に使用できる。これらのリチウムシリケート系化合物を用いる正極は、通常のリチウムイオン二次電池用正極と同様の構造とすることができる。
【0051】
たとえば、上記リチウムシリケート系化合物に、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)、気相法炭素繊維(VaporGrownCarbonFiber:VGCF)等の導電助剤、ポリフッ化ビニリデン(PolyVinylidineDiFluoride:PVdF)、ポリ四フッ化エチレン(PTFE)、スチレン-ブタジエンゴム(SBR)等のバインダー、N-メチル−2−ピロリドン(NMP)等の溶媒を加えてペースト状として、これを集電体に塗布することによって正極を作製することができる。導電助剤の使用量については、特に限定的ではないが、たとえば、リチウムシリケート系化合物100質量部に対して、5〜20質量部とすることができる。また、バインダーの使用量についても、特に限定的ではないが、たとえば、リチウムシリケート系化合物100質量部に対して、5〜20質量部とすることができる。また、その他の方法として、リチウムシリケート系化合物と、上記の導電助剤およびバインダーを混合したものを、乳鉢やプレス機を用いて混練してフィルム状とし、これを集電体へプレス機で圧着する方法によっても正極を製造することが出来る。
【0052】
集電体としては、特に限定はなく、従来からリチウムイオン二次電池用正極として使用されている材料、たとえば、アルミ箔、アルミメッシュ、ステンレスメッシュなどを用いることができる。さらに、カーボン不織布、カーボン織布なども集電体として使用できる。
【0053】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、その形状、厚さなどについては特に限定的ではないが、たとえば、活物質を充填した後、圧縮することによって、厚さを10〜200μm、より好ましくは20〜100μmとすることが好ましい。従って、使用する集電体の種類、構造等に応じて、圧縮後に上記した厚さとなるように、活物質の充填量を適宜決めればよい。
【0054】
<充電状態または放電状態のリチウムシリケート系化合物>
上記した方法によってアルカリ金属硝酸塩および/またはアルカリ金属水酸化物の溶融塩中で原料化合物を反応させて得られるリチウムシリケート系化合物、カーボン被覆処理を行ったリチウムシリケート系化合物、およびフッ素添加されたリチウムシリケート系化合物は、これをリチウムイオン二次電池用正極活物質として用いてリチウムイオン二次電池を作製し、充電および放電を行うことによって、その結晶構造が変化する。溶融塩中で合成して得たリチウムシリケート系化合物は、構造が不安定であり、充電容量も少ないが、充放電により構造が変化して安定化することによって、安定した充放電容量が得られるようになる。一旦、充放電を行ってリチウムシリケート系化合物の結晶構造を変化させた後は、充電状態と放電状態でそれぞれ異なる結晶構造となるが、高い安定性を維持することができる。
【0055】
この構造の安定化は、溶融塩法によってリチウムシリケート系化合物を合成する際に、充放電に関与しないアルカリ金属イオン(Na、K)がLiサイトの一部を置換することによってリチウムシリケート化合物中に導入され、これにより結晶構造が安定化され、Liが充放電しても結晶構造が維持されることによるものと考えられる。さらに、Naのイオン半径(約0.99Å)とKのイオン半径(約1.37Å)は、Liのイオン半径(約0.590Å)より大きいため、Liの移動がしやすくなり、Liの挿入・脱離量が増加し、結果的に充放電容量の向上につながると考えられる。この場合の充電方法および放電方法は特に限定されないが、たとえば、電池容量に対して0.1Cの電流値を用いて定電流充電・放電させれば良い。充電および放電時の電圧は、リチウムイオン二次電池の構成要素に応じて決めればよいが、通常は、金属リチウムを対極とした場合に4.5V〜1.0V程度とすることができ、4.2V〜1.5V程度とすることが好ましい。
【0056】
以下、充電状態および放電状態のそれぞれのリチウムシリケート系化合物の結晶構造について、具体例を挙げて説明する。
【0057】
(i)鉄含有リチウムシリケート系化合物
まず、溶融塩中で合成して得られた組成式:Li2+a-bFeSiO4+c(式中、Aは、Na、K、RbおよびCsからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、各添字は次の通りである:0≦a<1、0≦b<0.2、0<c<0.3)で表される鉄含有リチウムシリケート系化合物について説明する。
【0058】
該鉄含有リチウムシリケート系化合物を正極活物質として用い、負極材料としてリチウム金属を用いたリチウムイオン二次電池について、4.2Vまで定電流充電を行うことによって、得られる充電状態のリチウムシリケート系化合物は、組成式:Li1+a-bFeSiO4+c(式中、A、a、bおよびcは上記に同じ)で表されるものとなる。
【0059】
該化合物について、波長0.7ÅのX線を用いてX線回折測定を行うと、回折角(2θ)が5度から40度の範囲において、相対強度が最も高い5本の回折ピークの相対強度、回折角および半値幅はそれぞれ下記の値となる。なお、回折角および半値幅は、下記の値の±0.03度程度の範囲内となる。
第1ピーク:相対強度100%、回折角10.10度、半値幅0.11度
第2ピーク:相対強度 81%、回折角16.06度、半値幅0.10度
第3ピーク:相対強度 76%、回折角 9.88度、半値幅0.14度
第4ピーク:相対強度 58%、回折角14.54度、半値幅0.16度
第5ピーク:相対強度 47%、回折角15.50度、半値幅0.12度
【0060】
該化合物について、波長0.7ÅのX線を用いてX線回折測定を行うと、波長0.7ÅのX線を用いてX線回折測定を行って得られた回折パターンに対して、リチウムイオンと鉄イオンの不規則化を考慮したモデルで構造解析した結果、以下の結晶構造を有する。つまり、充電状態のリチウムシリケート系化合物は、結晶系:斜方晶、空間群:P2、格子パラメーター:a=8.3576Å、b=5.0276Å、c=8.3940Å、β=103.524度、体積:342.9Åを有することを特徴としている。なお、上記の結晶構造について、格子パラメーターの値は±0.005程度の範囲内となる。
【0061】
上記した回折ピークは、溶融塩中で合成した鉄含有リチウムシリケート系化合物の回折ピークとは異なっており、充電によって結晶構造が変化することを確認できる。
【0062】
なお、上記した回折ピークについては、たとえば、次の方法で測定することができる。
まず、充電した電極を鎖状炭酸エステル系溶媒で数回洗浄して、電極表面に付着した不純物を取り除く。その後真空乾燥し、得られた電極から電極層(集電体含まない)を剥がし、ガラスキャピラリーに充填し、エポキシ樹脂接着剤を用いて封入する。その後、波長0.7ÅのX線を用い、X線回折パターン測定することによって、充電状態のリチウムシリケート系化合物を確認することができる。この際、鎖状炭酸エステル系溶媒としては、たとえば、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチルメチルカーボネネート(EMC)等を用いることができる。
【0063】
また、上記した方法で4.2Vまで充電した鉄含有リチウムシリケート系化合物について、1.5Vまで定電流放電すると、得られる放電状態のリチウムシリケート系化合物は、組成式:Li2+a-bFeSiO4+c(式中、A、a、bおよびcは上記に同じ)で表されるものとなる。該化合物について、波長0.7ÅのX線を用いてX線回折測定を行うと、回折角(2θ)が5度から40度の範囲において、相対強度が最も高い5本の回折ピークの相対強度、回折角および半値幅はそれぞれ下記の値となる。なお、回折角および半値幅は、下記の値の±0.03度程度の範囲内となる。
第1ピーク:相対強度100%、回折角16.07度、半値幅0.08度
第2ピーク:相対強度 71%、回折角14.92度、半値幅0.17度
第3ピーク:相対強度 44%、回折角10.30度、半値幅0.08度
第4ピーク:相対強度 29%、回折角 9.82度、半値幅0.11度
第5ピーク:相対強度 26%、回折角21.98度、半値幅0.14度
【0064】
該化合物について、波長0.7ÅのX線を用いてX線回折測定を行うと、波長0.7ÅのX線を用いてX線回折測定を行って得られた回折パターンに対して、リチウムイオンと鉄イオンの不規則化を考慮したモデルで構造解析した結果、以下の結晶構造を有する。つまり、放電状態のリチウムシリケート系化合物は、結晶系:斜方晶、空間群:P2、格子パラメーター:a=8.319Å、b=5.0275Å、c=8.2569Å、β=98.47度、格子体積:341.6Åを有することを特徴としている。なお、上記の結晶構造について、格子パラメーターの値は±0.005程度の範囲内となる。
【0065】
上記した回折ピークは、溶融塩中で合成した鉄含有リチウムシリケート系化合物の回折ピークおよび充電後の鉄含有リチウムシリケート系化合物の回折ピークとはいずれも異なっており、放電によっても結晶構造が変化することが確認できる。
【0066】
(ii)マンガン含有リチウムシリケート系化合物
次に、溶融塩中で合成して得られた組成式:Li2+a-bMnSiO4+c(式中、Aは、Na、K、RbおよびCsからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、0≦a<1、0≦b<0.2、0<c<0.3)で表されるマンガン含有リチウムシリケート系化合物について説明する。
【0067】
該リチウムシリケート系化合物を正極活物質として用い、負極材料としてリチウム金属を用いたリチウムイオン二次電池について、4.2Vまで定電流充電を行うことによって、得られる充電状態のリチウムシリケート系化合物は、組成式:Li1+a-bMnSiO4+c(式中、A、a、bおよびcは上記に同じ)で表されるものとなる。
【0068】
該化合物について、波長0.7ÅのX線を用いてX線回折測定を行うと、回折角(2θ)が5度から40度の範囲において、相対強度が最も高い5本の回折ピークの相対強度、回折角、および半値幅はそれぞれ下記の値となる。なお、回折角および半値幅は、下記の値の±0.03度程度の範囲内となる。
第1ピーク:相対強度100%、回折角 8.15度、半値幅0.18度
第2ピーク:相対強度 64%、回折角11.60度、半値幅0.46度
第3ピーク:相対強度 41%、回折角17.17度、半値幅0.18度
第4ピーク:相対強度 37%、回折角11.04度、半値幅0.31度
第5ピーク:相対強度 34%、回折角19.87度、半値幅0.29度
【0069】
上記した回折ピークは、溶融塩中で合成したマンガン含有リチウムシリケート系化合物とは異なっており、充電によって結晶構造が変化することが確認できる。
【0070】
また、上記した方法で4.2Vまで充電したマンガン含有リチウムシリケート系化合物について、1.5Vまで定電流放電すると、得られる放電状態のマンガン含有リチウムシリケート系化合物は、組成式:Li2+a-bMnSiO4+c(式中、A、a、bおよびcは上記に同じ)で表されるものとなる。該化合物について、波長0.7ÅのX線を用いてX線回折測定を行うと、回折角(2θ)が5度から40度の範囲において、相対強度が最も高い5本の回折ピークの相対強度、回折角、および半値幅はそれぞれ下記の値となる。なお、回折角および半値幅は、下記の値の±0.03度程度の範囲内となる。
第1ピーク:相対強度100%、回折角 8.16度、半値幅0.22度
第2ピーク:相対強度 71%、回折角11.53度、半値幅0.40度
第3ピーク:相対強度 67%、回折角11.66度、半値幅0.53度
第4ピーク:相対強度 61%、回折角11.03度、半値幅0.065度
第5ピーク:相対強度 52%、回折角11.35度、半値幅0.70度
【0071】
上記した回折ピークは、溶融塩中で合成したマンガン含有リチウムシリケート系化合物の回折ピーク、および充電後のマンガン含有リチウムシリケート系化合物の回折ピークとはいずれも異なっており、放電によっても結晶構造が変化することが確認できる。
【0072】
なお、上記した鉄含有リチウムシリケート系化合物およびマンガン含有リチウムシリケート系化合物のそれぞれにおいて、元素Aの置換量、すなわちbの値は、0.0001〜0.05程度であることが好ましく、0.0005〜0.02程度であることがより好ましい。
【0073】
<リチウムイオン二次電池>
上記したリチウムイオン二次電池用正極を用いるリチウムイオン二次電池は、公知の手法により製造することができる。すなわち、正極材料として、上記した正極を使用し、負極材料として、公知の金属リチウム、黒鉛などの炭素系材料、シリコン薄膜などのシリコン系材料、銅−錫やコバルト−錫などの合金系材料、チタン酸リチウムなどの酸化物材料を使用し、電解液として、公知のエチレンカーボネート、ジメチルカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネートなどの非水系溶媒に過塩素酸リチウム、LiPF、LiBF、LiCFSOなどのリチウム塩を0.5mol/Lから1.7mol/Lの濃度で溶解させた溶液を使用し、さらにその他の公知の電池構成要素を使用して、常法に従って、リチウムイオン二次電池を組立てればよい。
【実施例】
【0074】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
【0075】
<実施例1>
<鉄含有リチウムシリケート化合物の合成>
鉄(高純度化学株式会社製、純度99.9%)0.03モルと、リチウムシリケートLiSiO(キシダ化学株式会社製、純度99.5%)0.03モルと、の混合物にアセトン20mlを加えてジルコニア製ボールミルにて500rpmで60分混合し、乾燥した。これを硝酸塩混合物(硝酸リチウム(キシダ化学製、純度99%)および硝酸カリウム(キシダ化学製、純度99%)を硝酸リチウム:硝酸カリウムで41:59(モル比)に混合したもの)とともに乳鉢で混合した。混合割合は、鉄とリチウムシリケートとの合計量を100質量部に対して、硝酸塩混合物120質量部の割合とした。得られた粉体を、電気炉を用いて金坩堝中で加熱して、二酸化炭素(流量:100mL/分)と水素(流量:3mL/分)の混合ガス雰囲気下で、500℃に加熱して、硝酸塩混合物を溶融させた状態で13時間反応させた。
【0076】
反応後、反応系である炉心全体(金坩堝含む)を電気炉から取り出して、混合ガスを通じたまま室温まで急冷した。
【0077】
次いで、固化した反応物に水(20ml)を加えて乳鉢ですりつぶし、塩等を取り除くために水に溶解させてからろ過して、鉄含有リチウムシリケート系化合物の粉体を得た。
【0078】
得られた生成物について、粉末X線回折装置により、CuKα線を用いてX線回折測定を行った。XDRパターンを図1に示した。このXDRパターンは、報告されている空間群P2の単斜晶LiFeSiOのパターンとほぼ一致した。
また、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて得られた生成物を観察したところ、粒径が50nm〜15μm程度の粒子が観察された。前述の方法により平均粒径を算出したところ、500nmであった。
【0079】
<実施例2>
<マンガン含有リチウムシリケート化合物の合成>
実施例1で用いた鉄に代えて、酸化マンガン(II)(高純度化学株式会社製、純度99.9%)を0.03モル用い、実施例1と同様の合成条件でマンガン含有リチウムシリケート系化合物の粉体を得た。
【0080】
得られた生成物について、粉末X線回折装置により、CuKα線を用いてX線回折測定を行った。XDRパターンを図2に示した。この生成物のXDRパターンは、空間群Pmn2の斜方晶LiMnSiOのXDRパターンとほぼ一致した。
また、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて得られた生成物を観察したところ、粒径が50nm〜15μm程度の粒子が観察された。平均粒径を算出したところ、300nmであった。
【0081】
<実施例3>
<鉄含有リチウムシリケート化合物の合成>
上記の硝酸リチウムおよび硝酸カリウムを硝酸リチウム:硝酸カリウムで41:59(モル比)に混合した硝酸塩混合物、ならびに、炭酸リチウム(キシダ化学製、純度99.5%):炭酸ナトリウム(キシダ化学製、純度99.5%):炭酸カリウム(キシダ化学製、純度99.5%)で43.5:31.5:25(モル比)に混合した炭酸塩混合物、を硝酸塩:炭酸塩=1:1(質量比)となるように乳鉢により混合し、硝酸塩炭酸塩混合物を得た。
【0082】
上記の鉄0.03モル、リチウムシリケート0.03モル、およびアセトン20mlをジルコニア製ボールミルにて500rpmで60分混合し、乾燥した。これを硝酸塩炭酸塩混合物とともに乳鉢で混合した。混合割合は、鉄とリチウムシリケートとの合計量を100質量部に対して、硝酸塩炭酸塩混合物の合計で120質量部の割合とした。
得られた混合粉体を、電気炉を用いて水素雰囲気(流量:100mL/分)のもとで加熱し、400℃で3時間保持後、さらに二酸化炭素(流量:70mL/分)および水素(流量:30mL/分)の混合ガス雰囲気下で65時間保持した。つまり、硝酸塩炭酸塩混合物を溶融させた状態で、400℃で68時間反応させた。
【0083】
反応後、反応系である炉心全体を電気炉から取り出して、混合ガスを通じたまま室温まで急冷した。
【0084】
次いで、固化した反応物に水(20ml)を加えて乳鉢ですりつぶし、塩等を取り除くために水に溶解させてからろ過して、鉄含有リチウムシリケート系化合物の粉体を得た。
【0085】
得られた生成物について、粉末X線回折装置により、CuKα線を用いてX線回折測定を行った。このXDRパターンは、報告されている空間群P2の単斜晶LiFeSiOのパターンとほぼ一致した。つまり、反応温度を400℃にしても、500℃で反応させた実施例1と同等の生成物が得られた。
また、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて得られた生成物を観察したところ、粒径が40nm〜10μm程度の粒子が観察された。平均粒径を算出したところ、550nmであった。
【0086】
<実施例4>
<マンガン含有リチウムシリケート化合物の合成>
実施例3で用いた鉄に代えて、上記の酸化マンガンを0.03モル用い、実施例3と同様の合成条件でマンガン含有リチウムシリケート系化合物の粉体を得た。
【0087】
得られた生成物について、粉末X線回折装置により、CuKα線を用いてX線回折測定を行った。この生成物のXDRパターンは、空間群Pmn2の斜方晶LiMnSiOのXDRパターンとほぼ一致した。つまり、反応温度を400℃にしても、500℃で反応させた実施例2と同等の生成物が得られた。
また、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて得られた生成物を観察したところ、粒径が40nm〜10μm程度の粒子が観察された。平均粒径を算出したところ、330nmであった。
【0088】
<比較例1>
<鉄含有リチウムシリケート化合物の合成>
炭酸リチウムLiCO、シュウ酸鉄FeC・2HO(シグマアルドリッチ製、純度99.99%)、および酸化シリコンSiOをボールミリングした後、800℃で6時間熱処理する方法(固相反応法)で、鉄含有リチウムシリケート化合物を合成した。
【0089】
<比較例2>
<マンガン含有リチウムシリケート化合物の合成>
炭酸リチウムLiCO、シュウ酸マンガンMnC・2HO(シグマアルドリッチ製、純度99.99%)、および酸化シリコンSiOをボールミリングした後、800℃で6時間熱処理する方法(固相反応法)で、マンガン含有リチウムシリケート化合物を合成した。
【0090】
<参考例1>
<鉄含有リチウムシリケート化合物の合成>
硝酸塩を用いず、炭酸塩混合物を溶融塩として用いて、鉄含有リチウムシリケート化合物を合成した。以下、炭酸塩混合物を用いた場合の合成プロセスを示す。
上記のシュウ酸鉄FeC・2HO0.03モルおよびリチウムシリケートLiSiO(キシダ化学製、純度99.5%)0.03モルの混合物と、炭酸塩混合物(炭酸リチウム(キシダ化学製、純度99.9%)、炭酸ナトリウム(キシダ化学製、純度99.5%)および炭酸カリウム(キシダ化学製、純度99.5%)をモル比で43.5:31.5:25に混合したもの)と、を混合した。混合割合は、炭酸塩混合物100質量部に対して、シュウ酸鉄とリチウムシリケートの合計量を225質量部の割合とした。これにアセトン20mlを加えてジルコニア製ボールミルにて500rpmで60分混合し、乾燥した。その後、得られた粉体を金坩堝中で加熱して、二酸化炭素(流量:100mL/分)と水素(流量:3mL/分)の混合ガス雰囲気下で、550℃に加熱して、炭酸塩混合物を溶融させた状態で21時間反応させた。
【0091】
反応後、反応系である炉心全体を電気炉から取り出して、混合ガスを通じたまま室温まで急冷した。
【0092】
次いで、生成物に無水酢酸(20ml)を加えて乳鉢ですりつぶし、酢酸(10ml)を加えて炭酸塩等を反応させて取り除き、ろ過して鉄含有リチウムシリケート系化合物の粉体を得た。得られた生成物について、粉末X線回折装置により、CuKα線を用いてX線回折測定を行った。このXDRパターンは、報告されている空間群P2の単斜晶LiFeSiOのパターンとほぼ一致した。
【0093】
<参考例2>
<マンガン含有リチウムシリケート化合物の合成>
参考例1で用いたシュウ酸鉄に代えて、シュウ酸マンガンを0.03モル用い、参考例1と同様の合成条件でマンガン含有リチウムシリケート系化合物の粉体を得た。
【0094】
<リチウムイオン二次電池の作製>
実施例および比較例の方法により得られたリチウムシリケート系化合物のうちのいずれかを正極活物質として用い、リチウムイオン二次電池を作製した。
リチウムシリケート系化合物100質量部に対して、アセチレンブラックとPTFEの混合物(AB:PTFE(質量比)=2:1の混合物)25質量部を添加し、シート法により電極を作製し、140℃で3時間真空乾燥した。その後、エチレンカーボネート(EC):ジエチレンカーボネート(DEC)=1:1にLiPFを溶解して1mol/Lとした溶液を電解液として用い、セパレータとしてポリプロピレン膜(セルガード製、Celgard2400)、負極としてリチウム金属箔を用いたコイン電池を試作した。得られたコイン電池は、表1に示すように、#E1〜#E4、#01、#02、#C1および#C2とした。
【0095】
これらのコイン電池について60℃にて充放電試験を行った。試験条件は、〔1〕0.1Cにて電圧4.2〜1.5Vまたは〔2〕0.5Cにて電圧4.2〜1.5V、とした。5サイクル後の放電容量、5サイクル後における平均電圧、および放電容量を90%維持できるサイクル数、を表1に示した。
【0096】
【表1】

【0097】
鉄含有リチウムシリケート化合物を用いた二次電池の性能を比較すると、#E1、#E3および#01の電池は、条件〔1〕では、放電容量が250mAh/g程度で、平均電圧が2.6V程度で、高かった。特に、#E1および#E3の電池は、70サイクルまで初期容量の9割以上を維持した。電池#01は、いずれの電池特性においても、電池#C1よりも優れた。
放電容量および平均電圧について電池#E3と電池#01とを比較すると、条件〔1〕による試験結果に大差はなかった。しかし、それぞれの電池について条件〔1〕と条件〔2〕の結果を比較すると、0.1Cから0.5Cに変更したことによる電池#01の電池特性の低下は、電池#E3よりも顕著であった。
【0098】
つまり、硝酸塩を含む混合物の溶融塩を用いる実施例1および実施例3の方法によれば、正極活物質として用いた場合にサイクル特性およびレート特性に優れ、高容量のリチウムシリケート系化合物が得られることがわかった。これは、実施例1および実施例3では、500℃以下の低温において、鉄含有リチウムシリケート化合物が合成されたからであると推測される。なお、硝酸塩を使用した実施例1または実施例3の方法において溶融塩の温度を550℃にすれば、硝酸塩を使用しなかった参考例1と同程度の反応が行われることが推測される。
また、マンガン含有リチウムシリケート化合物についても、以上説明した鉄含有リチウムシリケート化合物と同様の傾向であった。
【0099】
つまり、硝酸塩を含む混合物の溶融塩中で原料化合物を反応させる方法によれば、正極活物質として用いた場合に電池特性に優れたリチウムシリケート系化合物が得られることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ金属硝酸塩ならびにアルカリ金属水酸化物からなる群から選ばれた少なくとも一種を含む溶融塩中で、二酸化炭素および還元性ガスを含む混合ガス雰囲気下において、LiSiOで表される珪酸リチウム化合物と、鉄およびマンガンからなる群から選ばれた少なくとも一種を含む遷移金属元素含有物質と、を550℃以下で反応させることを特徴とするリチウムシリケート系化合物の製造方法。
【請求項2】
前記溶融塩は、硝酸リチウムを少なくとも含む請求項1記載のリチウムシリケート系化合物の製造方法。
【請求項3】
前記溶融塩は、アルカリ金属硝酸塩ならびにアルカリ金属水酸化物からなる群から選ばれた二種以上を含む混合溶融塩である請求項1または2記載のリチウムシリケート系化合物の製造方法。
【請求項4】
前記珪酸リチウム化合物と前記遷移金属元素含有物質とを150〜550℃で反応させる請求項1〜3のいずれかに記載のリチウムシリケート系化合物の製造方法。
【請求項5】
前記遷移金属元素含有物質は、該遷移金属元素含有物質に含まれる金属元素の合計量を100モル%として、鉄およびマンガンからなる群から選ばれた少なくとも一種の遷移金属元素を50〜100モル%と、Mg、Ca、Co、Al、Ni、Nb、Ti、Cr、Cu、Zn、Zr、V、MoおよびWからなる群から選ばれた少なくとも一種の金属元素を0〜50モル%含む請求項1〜4のいずれかに記載のリチウムシリケート系化合物の製造方法。
【請求項6】
前記遷移金属元素含有物質は、鉄および/または酸化マンガンを必須とし、必要に応じて酸化コバルト、酸化マグネシウム、炭酸カルシウム、酸化アルミニウム、酸化ニッケル、酸化ニオブ、チタン酸リチウム、酸化クロム(III)、酢酸銅(II)、酸化亜鉛、酸化ジルコニウム、炭化バナジウム、モリブデン酸リチウム、およびタングステン酸リチウムのうちの一種または二種以上を含む請求項5記載のリチウムシリケート系化合物の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法でリチウムシリケート系化合物を製造した後、前記アルカリ金属硝酸塩および/または前記アルカリ金属水酸化物を溶媒により除去する工程を含む、リチウムシリケート系化合物の製造方法。
【請求項8】
形成されるリチウムシリケート系化合物が、組成式:Li2+a-b1-xM’SiO4+c(式中、Aは、Na、K、RbおよびCsからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、Mは、FeおよびMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、M’は、Mg、Ca、Co、Al、Ni、Nb、Ti、Cr、Cu、Zn、Zr、V、MoおよびWからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素である。各添字は次の通りである:0≦x≦0.5、0≦a<1、0≦b<0.2、0<c<0.3)で表される化合物である、請求項1〜7のいずれかに記載のリチウムシリケート系化合物の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の方法によって得られたリチウムシリケート系化合物からなるリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項10】
請求項9に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質を含むリチウム二次電池用正極。
【請求項11】
請求項10に記載のリチウム二次電池用正極を構成要素として含むリチウム二次電池。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−6810(P2012−6810A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−146577(P2010−146577)
【出願日】平成22年6月28日(2010.6.28)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】