説明

リチウム2次電池用正極活物質中の6価クロムの定量分析用の溶解液調製方法

【課題】 リチウム2次電池用正極活物質に含まれる6価クロムのみを正確に定量することが可能な、6価クロムの定量分析用試料の調製方法を提供する。
【解決手段】 リチウム2次電池用正極活物質をpH緩衝液に添加してスラリーとし、該スラリーの温度を60℃以下に維持しつつpHを4.0以上8.0以下の範囲に調整して正極活物質をpH緩衝液中に溶解させ、6価クロムの定量分析用試料としての溶解液を調製する。得られた溶解液中の6価クロムは、ジフェニルカルバジド吸光光度法などの6価クロムの選択的測定法として一般的に用いられている方法を用いて定量することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム2次電池用正極活物質中に含有される6価クロムを定量分析するための試料調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウム2次電池は、軽量性や充放電サイクル特性に優れる特長があることから、パソコン、ビデオカメラ、携帯電話等の携帯型電子機器に搭載されている。また、最近では、自動車分野でも注目されており、燃料電池自動車やハイブリッド自動車への搭載も検討されている。
【0003】
一方、近年は環境問題への意識の高まりとともに、世界規模で環境規制が強化されつつある。例えば、電気電子機器に含まれる特定有害物質の使用を制限する指令(RoHS指令)や使用済み自動車に関わる指令(ELV指令)により、鉛、水銀、カドミウム、6価クロムを含む部材を使用することが制限されている。このため、リチウム2次電池を含め、上記の自動車や電気製品に使用される材料については、これらの有害物質の含有量を簡便かつ確実に分析する手法の開発が望まれている。
【0004】
上記にて例示した規制物質の中で、クロムだけは存在する形態の価数による管理が必要であり、具体的には6価クロムのみを定量分析する必要がある。6価クロムを分析する方法としては、例えば、非特許文献1に示す方法がJISで規定されている。この方法は、クロメート皮膜中に含まれる6価クロムを分析する方法であり、サンプルを熱水で煮沸し、溶出した6価クロムを分析するものである。
【0005】
また、別の方法として、非特許文献2に示した米国環境保護庁が定めた方法がある。この方法は、試料中の6価クロムを水酸化ナトリウム溶液を使用したアルカリ溶液中に溶出させて定量分析するものであり、クロムの3価から6価への酸化を抑えるために、塩化マグネシウムを加える点に特徴がある。さらに、特許文献1には、クロメート皮膜中に含まれる6価クロムの分析において、共存する3価クロムの酸化を抑制するために塩化マグネシウムを添加する方法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−298284号公報
【非特許文献1】JIS H8625「電気亜鉛めっき及び電気カドミウムメッキ上のクロメート皮膜」
【非特許文献2】EPA SW846−3060A「6価クロム定量のためのアルカリ分解法」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1の方法を例えば上述したリチウム2次電池用正極活物質に適用した場合、リチウム2次電池用正極活物質自身が強酸化性物質であるために、煮沸処理中に溶出した一般的に存在する3価のクロムが6価へ酸化され、6価として存在するクロムのみを正確に定量することは困難であった。
【0008】
また、非特許文献2の方法は、アルカリ領域で溶出させるので、上述のリチウム2次電池用正極活物質のように酸化性が強い材料に対しては、酸化抑制の効果は十分ではなかった。更に、特許文献1の方法も、非特許文献2に示したな場合と同様に、強い酸化性を示すリチウム2次電池用正極活物質に対しては効果は不充分であり、高い精度で定量分析値を得ることはできなかった。
【0009】
一般に、高精度な分析値が必要な場合は、試料を酸などにより溶解し、得た溶液をICPなどの装置を用いて定量する手法を取ることが多い。しかしながら、クロムは酸化還元反応により価数が変化する可能性があるため、リチウム2次電池用正極活物質に含まれる6価クロムのみを正確に高い精度で分析することは困難であった。
【0010】
従って、6価として存在するクロムのみを正確に定量すること、特に、試料中に含まれる6価の形態で存在するクロムだけを安定して溶液化する前処理操作が求められていた。本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、リチウム2次電池用正極活物質に含まれる6価クロムのみを正確に定量することが可能な、6価クロムの定量分析用試料の調製方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を達成するため、本発明が提供するリチウム2次電池用正極活物質中に含有される6価クロムの定量分析用試料の調製方法は、リチウム2次電池用正極活物質をpH緩衝液に添加してスラリーとし、該スラリーの温度を60℃以下に維持しつつpHを4.0以上8.0以下の範囲に調整して正極活物質をpH緩衝液中に溶解させ、6価クロムの定量分析用試料としての溶解液を得ることを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、リチウム2次電池用正極活物質に含まれる6価クロムを正確に定量分析することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
リチウム2次電池用の正極活物質中に6価の形態で存在するクロムを定量するための、本発明の定量分析用試料の調製方法は、リチウム2次電池用正極活物質を、所定のpH範囲に維持されている溶液に添加してスラリーとし、正極活物質に含まれている6価のクロムのみを正確に定量分析するものである。
【0014】
一般的に、リチウム2次電池は、金属酸化物からなる正極、炭素からなる負極、有機溶媒にリチウム塩を溶解した電解液、およびセパレーターで構成されている。本発明で定量分析するリチウム2次電池用正極活物質は、正極に使用される金属酸化物であり、化学式としてLiMO(MはCo、Ni、Mn、Fe、およびAlからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素)で表現できるように様々な組成のものがあるが、本発明はいずれの組成であっても適用することができる。
【0015】
本発明における6価クロムを溶出させる溶液は、溶出後でもpHを4.0以上8.0以下の範囲に維持できることが必要である。この範囲のpHに維持することにより、クロムは正極活物質から溶液中に溶解しても価数が変わることなく安定して存在することができ、その結果、正極活物質に含まれていた6価クロムだけを正確に定量することができる。
【0016】
しかしながら、リチウム2次電池用正極活物質は、通常は塩基性の物質であり、純水に溶解した場合には得られる溶液はアルカリ性を呈する。従って通常の弱酸性の溶液を用いたのではpHが上述の範囲を逸脱し易くなる。さらに前述したように、リチウム2次電池用正極活物質は自身が強酸化性物質でもあり、特に溶液のpHが8.0を越えると、3価のイオンで溶解したクロムが6価イオンへ容易に酸化される傾向があり、分析誤差を生じる恐れがある。
【0017】
また、pHが4.0未満になった場合、金属酸化物として正極活物質を構成するCoやNiなどの遷移金属が溶液中に溶解して還元剤として作用し、6価イオンで存在したクロムが3価イオンに還元されて、誤差を生じる恐れがある。
【0018】
そこで本発明では溶解に用いる溶液に、pHを4.0以上8.0以下の範囲に維持する緩衝性を持つ溶液を使用することとした。具体的には、リン酸二水素カリウム−リン酸水素二ナトリウム緩衝液、フタル酸水素カリウム−水酸化ナトリウム緩衝液、クエン酸ナトリウム−水酸化ナトリウム緩衝液などのpH緩衝液を用いた。なお、上記のpH条件を達成できるのであれば上記した種類以外の緩衝液を使用してもよい。
【0019】
本発明における6価クロムを溶出させる溶液は、さらに、溶出時の温度が60℃以下であることを特徴としている。溶液の温度が60℃より高い場合には、上述した酸化反応がより促進されやすくなるからである。一方、溶出を促進するためには溶液の温度は40℃以上であるのが好ましい。すなわち、過度な酸化を抑えつつ6価クロムを溶出させるには、溶出時のpH緩衝液の温度を40℃以上60℃以下の範囲とすることが好ましい。
【0020】
このようにして抽出した6価クロムは、JIS K 0120に規定されたジフェニルカルバジド吸光光度法など、6価クロムの選択的測定法として一般的に用いられている方法を採用して定量することができる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例および比較例を用いて本発明の方法をさらに詳細に説明する。以下の実施例および比較例では、6価クロムの定量は、非特許文献1に記載されているJIS K 0120に規定されたジフェニルカルバジド吸光光度法(以下、JIS法と称する)に準拠して行った。測定は分光光度計((株)日立製作所製、形式名:U−2001型)を用いた。
【0022】
[実施例1]
分析対象として、リチウム、コバルト、およびニッケルを主成分とするリチウム2次電池用正極材料の粉末を準備した。この粉末を、3つの清浄な容量200mLのテフロン製ビーカーに5gずつ秤量して入れた。これらビーカーをそれぞれA、B、およびCとした。次に、それぞれのビーカーに0.25Mのリン酸二水素カリウム−リン酸水素二ナトリウム緩衝液を100mLずつ加えた。
【0023】
ビーカーAは、この他には何も加えずに、加温装置つき磁石式攪拌装置を用いて100rpmの速度で攪拌しながら40℃の状態に維持した。この状態で1時間かけて分析対象を上記緩衝液中に溶解させて、定量分析用試料を作製した。
【0024】
ビーカーBは、市販の6価クロム標準液をクロム量で50μgに相当する量だけ添加した。以降はビーカーAの場合と同様にして攪拌しながら40℃で1時間かけて分析対象を上記緩衝液中に溶解させて、定量分析用試料を作製した。
【0025】
ビーカーCは、市販の3価クロム標準液をクロム量で50μgに相当する量だけ添加した。以降はビーカーAの場合と同様にして攪拌しながら40℃で1時間かけて分析対象を上記緩衝液中に溶解させて、定量分析用試料を作製した。
【0026】
溶解を開始してから1時間経過後のビーカーA、B、およびC内の溶液のpHをpH計を用いてそれぞれ測定した。その結果、ビーカーA、B、およびC内の溶液のpHは全て7.3であった。次に、ビーカーA、B、およびC内の溶液を5Cのろ紙でそれぞれろ過し、得たろ液を希釈し、JIS法に準拠して6価クロムの定量分析を行った。その結果を下記の表1に示す。
【0027】
下記の表1に示すように、ビーカーAからは75μgの6価クロムが検出された。この検出した6価クロムの量は、分析対象では15ppmの濃度に相当する。一方、分析対象である上記リチウム2次電池用正極材料の粉末に対して、溶液中のクロムを定量するために通常用いられる酸分解−ICP発光分析法を用いて、別途全クロム濃度を定量した。その結果、16ppmの定量値となった。これらの結果より、分析対象に含まれるクロムは、ほとんどが6価クロムであり、そのほぼ全量が溶液中に6価クロムのまま溶出することが分かった。
【0028】
ビーカーBからは、123μgの6価クロムが検出された。この結果を上記ビーカーAの結果と併せて考えると、ビーカーBでは添加した6価クロムの回収率が96%であることが分かる。このことから、溶液中に含まれる6価クロムは3価に還元されることなく、6価のまま存在することが分かる。また、ビーカーCからは、73μgの6価クロムが検出された。この結果と上記ビーカーAの結果とを併せて考えると、添加した3価クロムは6価には酸化されることなく、3価のまま存在することが分かる。
【0029】
以上の結果より、本発明による方法によれば、分析対象に含まれる6価クロムを3価に還元させることなく全量を溶出し、定量分析できることが分かった。また、3価のクロムが分析対象に含まれていても6価に酸化されることがないので、6価のクロムとして誤って検出されることがない。つまり、分析対象に含まれる6価クロム量を正確に定量分析することが可能であることが分かる。
【0030】
[比較例1]
0.25Mのリン酸二水素カリウム−リン酸水素二ナトリウム緩衝液に代えて純水にした以外は実施例1と同様にして分析対象の溶解を行った。実施例1のビーカーA、B、およびCの条件に対応するビーカーをそれぞれD、E、およびFとした。溶解を開始してから1時間経過後のビーカーD、E、およびF内の溶液のpHを測定したところ、pHは全て11.2であった。次に、ビーカーD、E、およびF内の溶液を5Cのろ紙でそれぞれろ過し、得たろ液を適宜希釈し、JIS法に準拠して6価クロムの定量分析を行った。その結果を下記の表1に示す。
【0031】
下記の表1に示すように、ビーカーDから検出された6価クロムは75μgであった。また、ビーカーEからは、124μgの6価クロムが検出された。これらの結果から、ビーカーEでは添加した6価クロムの回収率が98%であることが分かる。このことから、溶液中に含まれる6価クロムは3価に還元されることなく、6価のまま存在することが分かる。
【0032】
ビーカーFからは123μgの6価クロムが検出された。この結果を上記ビーカーDの結果と併せて考えると、ビーカーFでは添加した3価クロムが6価クロムに酸化されていることが分かる。つまり、この方法では溶液中に3価クロムが存在していた場合は、誤って6価クロムとして検出されてしまうことになる。
【0033】
[比較例2]
緩衝液の濃度を0.25Mに代えて0.01Mにした以外は実施例1と同様にして分析対象の溶解を行った。実施例1のビーカーA、B、およびCの条件に対応するビーカーをそれぞれG、H、およびIとした。溶解を開始してから1時間経過後のビーカーG、H、およびI内の溶液のpHを測定したところ、pHは全て8.9であった。次に、ビーカーG、H、およびI内の溶液を5Cのろ紙でそれぞれろ過し、得たろ液を適宜希釈し、JIS法に準拠して6価クロムの定量分析を行った。その結果を下記の表1に示す。
【0034】
下記の表1に示すように、ビーカーGから検出された6価クロムは74μgであった。また、ビーカーHからは、125μgの6価クロムが検出された。これらの結果から、ビーカーHでは添加した6価クロムの回収率が102%であることが分かる。このことから、溶液中に含まれる6価クロムは3価に還元されることなく、6価のまま存在することが分かる。
【0035】
ビーカーIからは91μgの6価クロムが検出された。この結果を上記ビーカーGの結果と併せて考えると、ビーカーIでは添加した3価クロムの一部(34%)が6価クロムに酸化されていることが分かる。つまり、この方法では溶液中に3価クロムが存在していた場合は、誤って6価クロムとして検出されてしまうことになる。
【0036】
[比較例3]
溶出時の温度を40℃に代えて80℃とした以外は実施例1と同様にして分析対象の溶解を行った。実施例1のビーカーA、B、およびCの条件に対応するビーカーをそれぞれJ、K、およびLとした。溶解を開始してから1時間経過後のビーカーJ、K、およびLの溶液のpHを測定したところ、pHは全て7.4であった。次に、ビーカーJ、K、およびL内の溶液を5Cのろ紙でそれぞれろ過し、得たろ液を適宜希釈してJIS法に準拠して6価クロムの定量分析を行った。その結果を下記の表1に示す。
【0037】
下記の表1に示すように、ビーカーJから検出された6価クロムは75μgであった。また、ビーカーKからは、122μgの6価クロムが検出された。これらの結果から、ビーカーKでは添加した6価クロムの回収率が94%であることが分かる。このことから、溶液中に含まれる6価クロムは3価に還元されることなく、6価のまま存在することが分かる。
【0038】
ビーカーLからは98μgの6価クロムが検出された。この結果を上記ビーカーJの結果と併せて考えると、ビーカーLでは添加した3価クロムの一部(46%)が6価クロムに酸化されていることが分かる。つまり、この方法では溶液中に3価クロムが存在していた場合は、誤って6価クロムとして検出されてしまうことになる。
【0039】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム2次電池用正極活物質をpH緩衝液に添加してスラリーとし、該スラリーの温度を60℃以下に維持しつつpHを4.0以上8.0以下の範囲に調整して正極活物質をpH緩衝液中に溶解させ、6価クロムの定量分析用試料としての溶解液を得ることを特徴とする、リチウム2次電池用正極活物質中に含有される6価クロムの定量分析用試料の調製方法。

【公開番号】特開2011−185824(P2011−185824A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−52923(P2010−52923)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】