説明

リパーゼ触媒を用いるエナンチオ選択的アシル化とその後の硫酸による沈殿によって、ラセミ体の4−(1−アミノエチル)安息香酸メチルエステルから(R)−および(S)−4−(1−アンモニウムエチル)安息香酸メチルエステル硫酸塩を調製する方法

本発明は、リパーゼの存在下、ラセミ体の4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルエステルとアシル化剤とを反応させて4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルエステルを形成し、次に硫酸を加えることで4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチルエステル硫酸塩を沈殿させることにより、光学活性な4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチルエステル硫酸塩を製造する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は(R)-および(S)-4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩を調製するための新規な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エステルを用いた酵素触媒反応によるアミン類ラセミ体の光学分割は周知である。Kitaguchiらは、酪酸トリフルオロエチルとサブチリシン触媒を用いるアミン類ラセミ体の光学分割について述べている(非特許文献1参照)。しかしながら、本反応のエナンチオ選択性は、その溶媒に非常に依存する。もっとも好適なものとして述べられている溶媒(3-メチル-3-ペンタノール)を用いても、中程度の選択性が達成されるのみである。
【0003】
国際公開第91/19002号は、アミン類を酢酸エチルまたは酪酸エチルとサブチリシン触媒によって反応させる、ラセミ体1級アミン類のキラル濃縮法について述べている(特許文献1参照)。しかしながら、その方法によって達成される鏡像体過剰率は不満足なものであり、加えて、1〜数週間の長い反応時間が必要とされる。
【0004】
Gotorらは、酢酸エチルとブタ膵臓リパーゼ (PPL) 触媒とを用いる2-アミノブタン-1-オールのエナンチオ選択的なアシル化について述べている(非特許文献2参照)。この場合、用いられるエステル(酢酸エチル)は溶媒としても用いられる。他の溶媒または他の酵素を使用すると、満足な結果は達成されない。
【0005】
Brievaらは、ヘキサン中サブチリシンまたは3-メチル-3-ペンタノール中キャンディダ・シリンドラシア (Candida cylindracea) リパーゼ触媒を用いる2-クロロプロピオン酸との反応による、ラセミ体1級アミン類からアミド類へのエナンチオ選択的な合成について述べている(非特許文献3参照)。
【0006】
国際公開第95/08636号は、加水分解酵素存在下、エナンチオ選択的なアシル化により、光学活性な1級および2級アミン類を対応するラセミ体から調製する方法について述べている(特許文献2参照)。
【0007】
しかしながら、本方法によって調製された光学活性なアミン類は、それらの構造によっては保存中非常に不安定であり、更なる副反応を受けやすい。
【0008】
【特許文献1】WO 91/19002号
【特許文献2】WO 95/08636号
【非特許文献1】Kitaguchiら、J. Amer. Chem. Soc., 111巻, 3094-3095頁, 1989年
【非特許文献2】Gotorら、J. Chem. Soc. Chem. Commun., 14巻, 957-958頁, 1988年
【非特許文献3】Brievaら、J. Chem. Soc. Chem. Commun., 20巻, 1386-1387頁, 1990年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
したがって本発明の目的は、高収率、高光学純度および保存において高安定性である、光学活性な4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルの調製を確立する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、リパーゼの存在下、ラセミ体の4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルとアシル化剤とを反応させて4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルを得、次に硫酸を加えることで4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩を沈殿させることにより、光学活性な4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩を調製する方法に関する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の方法に適したアシル化剤は、カルボン酸エステルが好ましい。酸成分がカルボニル炭素原子のα位にヘテロ原子置換を有する、いわゆる活性化されたカルボン酸エステルが特に好適である。メトキシ酢酸エステルをアシル化剤として使用することが好ましい。該カルボン酸エステルのアルコール成分は、分枝または直鎖で、置換されていてもよい、1〜6 個の炭素原子の鎖長を有するアルキルアルコールからなるものが好ましい。メトキシ酢酸イソプロピルが特に好適なアシル化剤である。
【0012】
本発明の方法には、リパーゼとして多くの酵素を用いることが可能である。特に好ましいのは、例えば酵母または細菌から単離され得る微生物のリパーゼである。特に好適なリパーゼは、シュードモナス (Pseudomonas)から単離されるリパーゼ、例えばAmano P、またはシュードモナス属菌 (Pseudomonas spec.、DSM 8246) 若しくはキャンディダ・アンタークティカ (Candida antarctica) から単離されるリパーゼである。ノボザイムズ社(Novozymes)によりNovozyme 435(登録商標)の名で市販されているリパーゼ (キャンディダ・アンタークティカから単離されたリパーゼB)が、本発明の方法には特に好適である。
【0013】
使用される該酵素は、天然の形態または固定化された形態で用いることが可能である。
【0014】
好ましい溶媒は、一般に有機溶剤である。該反応は、例えばMTBE若しくはTHFなどのエーテル中、またはヘキサン、シクロヘキサン、トルエン若しくは塩化メチレンのようなハロゲン化された炭化水素のような炭化水素中で特によく進行する。しかしながら、反応は溶剤不存在下でも実施することが可能である。
【0015】
アシル化剤とラセミ体の4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルとの酵素触媒を用いる反応は、通常室温で実施される。その反応時間は1〜48時間、好ましくは5〜24時間である。
【0016】
4-(1-アミノエチル)安息香酸メチル1 molあたり1〜2 mol、好ましくは1.2〜1.6 molのアシル化剤を加える。
【0017】
加えるべきリパーゼの量は、リパーゼの種類および酵素調製物の活性に依存する。反応に最適なリパーゼの量は、簡単な予備試験によって容易に確認し得る。通常は、アミン1 mmolあたり1000ユニットのリパーゼを加える。
【0018】
反応の進行は慣用の方法、例えばガスクロマトグラフィーによって容易に追跡することができる。ラセミ体の光学分割の場合、ラセミ体のアミンの変換が50%の時に反応を停止するのが賢明である。これは通常、反応空間からの触媒の除去、たとえば酵素の濾別によって行われる。
【0019】
リパーゼを用いたラセミ体の4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルのエナンチオ選択的な反応により、それに対応するアシル化生成物(アミド)が一方のエナンチオマーから生じ、もう一方のエナンチオマーは変化しないままである。このとき存在するアミンとアミドの混合物は、慣用の方法によって容易に分離することが可能である。例えば、抽出または蒸留法は、アミンとアミドの混合物を分離するために非常に適している。選択的にアシル化されるエナンチオマーはリパーゼの選択に依存しており、それは予備試験によって容易に確認することができる。例えば、Novozyme(登録商標) 435は、(R)-4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルを選択的にアシル化する。
【0020】
光学活性な4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルを調製した後、硫酸の添加によって光学活性な4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩に変換する。完全な塩形成(4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩への変換)を確実なものとするためには、反応混合物中の4-(1-アミノエチル)安息香酸メチル1 molあたり少なくとも0.5 molの硫酸を加える。
【0021】
硫酸は、酵素的アシル化反応系に直接、または反応媒質から4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルをあらかじめ単離した後で加えることができる。また、リパーゼを反応媒質から取り除くのみでも可能である。これは固定化されたリパーゼを用いるときに特に有利である。
【0022】
4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩は、通常その反応媒質から沈殿し、それ故溶解しているアシル化された4-(1-アミノエチル)安息香酸メチル(すなわちアミド)から容易に分離し得る。両反応生成物が溶解している場合は、それぞれの異なる物理化学的性質に基づいて、結晶化、抽出、蒸留およびクロマトグラフィーのような標準的な操作によって容易に分離し得る。
【0023】
4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩は反応条件下で安定であり、例えば4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルを用いたときに観察されるような分子間アミド化は受けない。4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩は、再結晶のようなさらなる精製によって、高い光学純度で得ることが可能である。
【実施例1】
【0024】
(S)-4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩 (S-1-硫酸塩)の調製
【化1】

手順:
メトキシ酢酸イソプロピル(IPMA)(19.8g、0.15 mol)とNovozyme 435 (500mg)を4-(1-アミノエチル)安息香酸メチル1(17.9g、0.1mol)のトルエン(150ml)溶液に加え、室温で撹拌した。24時間後のHPLC分析は、全てのR-1がR-アミドR-2に変換され未反応のS-アミンS-1のみが検出可能となったことを示していた。酵素を、珪藻土を通して吸引しながら濾別し、フィルター上の残渣をトルエン(20 ml) で洗浄し、硫酸(38%水溶液6.45g、25 mmol)を撹拌しながら濾液に加えた。多量の白色沈殿が分離した。沈殿した塩を吸引濾過し、トルエン(2 x 20 ml)で洗浄し、フィルター上の残渣を水(10 ml)から再結晶した。8.9 g (78%) のS-1硫酸塩を結晶性白色固体として単離した。S-アミンS-1はHPLC分析によるとエナンチオピュアであった。融点: 280℃ (分解)、旋光度:[α]D= -3.5° (c=1、H2O)。
【0025】
合わせたトルエン濾液を水(10 ml)でもう一度洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥し濃縮した。油ポンプ真空下50℃で残渣から残留溶剤を除去した。11 g (88%)のR-アミドR-2が、GC分析によると90%純度の油状固体(融点: 50-60℃)として回収された。
【0026】
1H-NMRスペクトル:
アミン (1):
1H-NMR (400 MHz, CDCl3) δ= 1.40 (d, J= 7 Hz, 3H); 1.60 (s, broad, 2H), 3.90 (s, 3H), 4.15 (q, J= 7 Hz, 1H), 7.45および8.03 (AA, BB 系, JAB= 10.7 Hz, 4H)
【0027】
S-アミン硫酸塩 (S-1 硫酸塩):
1H-NMR (400 MHz, D2O) δ= 1.65 (d, J= 7 Hz, 3H); 3.95 (s, 3H), 4.65 (q, J= 7 Hz, 1H), 7.60および8.10 (AA, BB系, JAB= 10.7 Hz, 4H)。
【0028】
R-アミド (R-2):
1H-NMR (400 MHz, CDCl3) δ= 1.55 (d, J= 7 Hz, 3H); 3.42 (s, 3H), 3.88および3.93 (AB 系, JAB= 15 Hz, 2H), 3.90 (s, 3H), 5.23 (sept, J= 7 Hz, 1 H), 6.80 (d (broad), J= 7 Hz, 1H), 7.40および8.03 (AA, BB 系, JAB= 10.7 Hz, 4H)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リパーゼの存在下、ラセミ体の4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルとアシル化剤とを反応させて4-(1-アミノエチル)安息香酸メチルを得、次に硫酸を加えることで4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩を沈殿させることにより、光学活性な4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩を調製する方法。
【請求項2】
メトキシ酢酸エステルをアシル化剤として使用する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
Novozyme(登録商標)435をリパーゼとして使用する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
反応を溶剤中で実施する、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
硫酸を加える前に反応媒質から酵素を取り除く、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
(S)-4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩。
【請求項7】
(R)-4-(1-アンモニウムエチル)安息香酸メチル硫酸塩。

【公表番号】特表2009−522230(P2009−522230A)
【公表日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−547944(P2008−547944)
【出願日】平成18年12月19日(2006.12.19)
【国際出願番号】PCT/EP2006/069890
【国際公開番号】WO2007/077120
【国際公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【出願人】(508020155)ビーエーエスエフ ソシエタス・ヨーロピア (2,842)
【氏名又は名称原語表記】BASF SE
【住所又は居所原語表記】D−67056 Ludwigshafen, Germany
【Fターム(参考)】